論文の内容の要旨
1 申 請 者
防衛大学校 齋 藤 大 介
2 論文題目
日本陸軍の機械化の特質―戦間期における軍備上の趨勢への対応―
3 論文の内容の要旨
本研究は、第一次世界大戦以降、近代戦を戦うためには不可避となりつつあった機械化用兵
(mechanized warfare)に対する日本陸軍の対応を、用兵思想の観点から明らかにするもので ある。陸軍の機械化とは、機械兵器の登場によって自然に発生したのではなく、未来の戦争に 勝利するために行われた意図的な行為であり、その推進には、それによってどのように戦争を 戦うかという構想と不可分である。そのような創発的な機械化という行為に対し、戦間期にお ける日本陸軍が戦場で戦う「軍隊」として、どのような用兵の企図のもとに対応したのかを明 らかにすることが本研究の狙いとなる。また、軍事上の概念に注目し、且つ、「warfare(戦争 の軍事的側面)」乃至は「作戦次元」に焦点を当てて日本陸軍の機械化を検討することは、陸
「軍」としての知的取り組みの実相とその特徴を明らかにすることであり、このことは、従来 の研究との違いとなり、「戦術をおろそかにしがち」な日本軍事史の学術的研究の問題に対し ての一つの回答を提出することになると考えられる。
第一章では、1920年代から1930年代における「機械化用兵」の一般的形態を、主として機 械化先進国の英国、ソ連、そしてドイツの事例から考察し、「戦略的麻痺」、「大戦術」及び「作 戦術」という概念枠組みに基づく創発的な行為であることを確認した。また、日本陸軍におけ る航空もまた、それらと同様の経緯によって発展したことを確認した。第二章以下では、日本 陸軍の取り組みを、機械化の過程を推進し得た「契機」に区分し、概ね時系列に従って叙述す ることで、各期における日本陸軍の努力を論じた。第二章では、日本陸軍の機械化の出発点と なった第一次世界大戦の教訓の導出のうち、用兵に関する教訓をどのように日本陸軍が捉え、
知識化したのかを明らかにした。第三章では、宇垣軍縮と呼ばれる第三次軍備整理以降、1930 年代までの機械化の推進を確認するとともに、当時の軍人たちの議論と典令から、日本陸軍の 機械化用兵の内容を確認した。第四章は、日本初の機械化部隊である独立混成第一旅団に焦点 を当て、その創設と解隊の経緯の観察から、機械化用兵における混乱と変化を論じた。第五章 においては、日本陸軍の仮想敵であり、機械化の指標であったソ連労農赤軍の「縦深作戦」と いう用兵に対する日本陸軍の認識とその機械化への影響を考察した。そして、第六章では、ノ モンハン事件に関する研究と山下視察団報告の影響を確認するともに、日本陸軍の機械化の集 大成である機甲軍とそれが軍以上の運用である「統帥」に与えた影響を考察した。これらによ って、日本陸軍は、何のために機械化を行おうとしたのか、日本陸軍の機械化を支えていた用 兵上の思想は如何なるものであったか、そして、それはどのように実現されたかという三つの
問いへ回答しつつ、日本陸軍の機械化の特質を明らかにした。この際、機械化に関する議論 を可能な限り検証するとともに、機械化推進の実質的主体となった人物或いは組織が存在 したか否かを特定することを試みた。
日本陸軍における機械化とは、当初、第一次世界大戦で見られた戦争における物質的要 素の重要性と世界の趨勢に対する「軍備」の準備乃至は戦車という機械兵器の導入を意味 しており、それは必ずしも「戦略的麻痺」や「作戦術」の概念に基づく用兵に関する創発 的な行為ではなかった。その原因は、「統帥」を担う参謀本部が機械化に対する関心を持た ず、機械化は「軍備」という行政上の問題として、その用兵は専ら「戦法」という戦術次 元の具体的解決法の問題として扱われたことによる。そのような状態において、日本陸軍 の機械化用兵は自国の「軍備」と支那事変における経験に基づき現実的且つ合理的に、そ して、日本陸軍全体の用兵に影響を及ぼさない範囲で発展した。日本陸軍として、機械化 が全軍的な用兵の変更を伴う問題であること、つまり「統帥」における用兵の変更が必要 であることが認識されたのは、1939(昭和 14)年のノモンハン事件とその翌年のドイツ 軍によるフランス侵攻によって、機械化用兵が可視化されてからであった。日本陸軍の機 械化の特質は、統帥部の関心と関与の低さにより、用兵との関連が希薄であり、事大主義 的であった一方、その本質は、「軍備」を取り巻く現状の追認であったということが、本研 究における結論である。換言すれば、「統帥」における機械化への無関心が日本陸軍の機械 化を制限したと言えよう。
最後に、研究を通じて浮かび上がってきた、渋谷安秋大佐、角健之少将、当山弘道中将、三 橋済少将、小林修治郎大佐、品川好信大佐といった、戦車第二聯隊練習部並びに陸軍戦車学校 研究部に所属した「機械化論者」の知的努力が日本陸軍の機械化用兵を支えていたことを指摘 したい。彼らの努力は日本陸軍全体の用兵に影響を及ぼすことはなかったが、それは日本 陸軍の機械化における実現しなかった功績として認められなければならないであろう。そ して、彼らの思考と足跡を辿り、その努力の実相を明らかにすることは、日本陸軍の機械化用 兵のみならず、日本陸軍の統帥部における「軍事用兵」への関心とその能力を解明する鍵とな ることが予想される。そしてそれは、日本陸軍の「軍」としての実力を明らかにするものと考 えられる。
4 キーワード(5個程度)
「機械化用兵」、「機械化論者」、「統帥」、「戦略的麻痺」、「作戦術」、「軍備」