• 検索結果がありません。

現代イギリス対外投資の構造と特質

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "現代イギリス対外投資の構造と特質"

Copied!
22
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

現代イギリス対外投資の構造と特質

87

現代イギリス対外投資の構造と特質

西

清 勝

1 分 析 視 角

 論題は「現代イギリス対外投資の構造と特質」だが,かかる大きなテーマを十分に解明 することは私の能力をはるかに超えている。従って,限られた分析視角からこのテーマに 接近することを予めお断りしておきたい。

 考察は,イギリス対外投資の歴史を一瞥することから始まる。第1表は,第一次大戦前 のイギリス対外投資を概観したものである。同一から資本輸出が真に大量現象になったこ と,また資本輸出および貿易収支の大幅赤字をまかなうのに利子・配当収入を充てるパタ ーンに変わったこと等を以ってほぼ1870年代を画期とすることに大方の異存はないと思わ

 (1)

れる。

 ところで,同表の作成者A.H.イムラーが,イギリス対外投資を同国の輸出産業の発展 や経済生活の向上を促進した(イギリスの対外投資→外国の購買力の増加・生産性の向上       (2)

→イギリスの輸出増・廉価な輸入増)ことの故をもって一ちょうど保護主義の誤謬の論

      第1表:19世紀イギリスの対外投資       (五年平均,単位100万ポンド)

1815−20 182工一25 1826−30 1831−35 1836−4Q 1841−45 1846−50 1851−55 1856−60 1861−65 1866−70 187!−75 1876−80 1881−85 1886−90 189工一95

1896 − 1900 1901 − 1905

1906 一一 1910

1911 − 1913

商品貿易収支

e6 ee e

←)

e

←)

ee

(一)

(→

6e

←)

6

←)

(→

8.98

8.08

12.82 13.12 23.96 17.04 26.82 27.54 33.84 56.82 58.12 62.50 124.56 104.28 91.IO

!30.30

160.60 174.58 142.10 134.30

貿易・サー

ビス収支

Gう

()

←→

e

←)

e6

臼→

臼→

臼→

6

e

e

5.48

6.10

2.02

1.00 5.36

工.60

4.78

3.74

9.70 0.24 9.68

24.58 31。48 3.20

3.42

41.94 59.88 63.90

5.58

18.17

利子・配当

←D

ω

ω

←→

←o

ω

←→

←→

G→

臼→

←→

仔う

 1.74

4.24

4.60

5.38 7。98

 7.50  9.48

U.72

16.52 21.78 30.82 49.98 56.34 64.76 84.16 93.98 100.20 112.94 151.42 187。93

経常勘定収支

ω

(o

G→

G→

ぐの

G→

臼→

G→

←D

。→

(+)

 7.22

10.34  2.58  6.38  2.62  5.90  4.70  7.98 26.22 22.02 40.50 74.56 24.86

6L56

87.58 52.04 40.32 49.04 145,84 206.10

各期末投 資 残高

 46.1  97.8

 110.7  142.6  155.7  185.2  208.7  248.6  379.7  489.8  692.3

1,065.1 1,189。4 1,497.2 1,935.1 2,195.3

2,396.9

2,642.1 3,371.3 3,989.6

(出所)A。H. Imlah,&oπo加6 E16クπθη 5∫厄んθP礁B漉αη加,1958, PP.70−75

(2)

 88

       (3)

離,自由貿易の積極的擁護と同じ論法で一資本移動の自由を擁護ないし賛美する見解に 終始するのに対し,全く別の視角からこの時期のイギリス対外投資に接近する見解がある

ことを指摘しなければならない。

 L.H.ジェンクスは, A.H.イムラーの看過したイギリスの輸出産業と対外投資(マン        (4)

チェスターとシティ)との相互関係における矛盾・対立の側面を指摘するだけでなく,対 外投資と国家との相互関係(にみられる変化)をも視野に収めて研究を進めている。そし て彼は,後者の相互関係を1870年前後からのイギリスの東方(対オットマン帝国)政策に おける変化と結びつけて説明している。

 「イギリスが近東においてより積極的な政策を追求する(ように変った)ことは,イギリ スがそれまでこばんできた民問企業の利益を追求する(ように変った)ことに象徴的に示 される。そしてそれはもう一つの重大な変化を意味したのである。それは対外投資をイギ

リスの真の武器にした。イギリス政府と金融界との結びつきが生まれ,政府は後者に無関 心ではいられなくなった。以上のことは,対外投資がイギリスの対外政策の持続する利害 関係の一つとしてきたことを象徴的に示すものであった。……イギリスは遠隔の地の安全 と福祉に重大な利害関係をもつようになり,東方政策が新しい局面に入ったことを世界中        (5)

の人々が認めるであろう。」

 かかる東方政の変化を就中集中的に表現するものはスエズ運河の建設をめぐる国際借款       (6)

の問題であった。同問題に関して近年秀れた研究がなされてきているが,古典的な叙述 は,ローザ・ルクセンブルグ「資本蓄積論」第30章国際借款の中で与えられている。

 図式的に言えば,スエズ運河(ユ869年開通)建設のための国際借款→債務累積によるエ ジプト国家財政の破綻→財政再建のためエジフ。ト内閣へのイギリス人派遣→農民をはじめ 国民への負担増・反乱→イギリスの軍事占領(1882年)ということになる。つまり,エジ プトの植民地化が投資を禎汗とし,政治的介入そして軍事的占領をもって完成されたので ある。そしてこのエジプトの植民地化は,エジプトをトルコの支配から切り離し,「イン        (7)

ドへの道」 (The High Road to India)を,バクダッド鉄道の建設以前においては,独 占的に占有することを意味したことは言うまでもない。

 しかし,それだけではない。スエズ運河をめぐる国際借款は,イギリスにとって「イン

    (8)

ド(支配)」型英帝国形成の初発であり,逆にその結末は,1967年に,英帝国を衣鉢する        (9)

スターリング地域の崩壊を意味するポンド切下げとスエズ以東からの軍事力の撤退(197ユ 年)との同時声明として与えられているのである。イギリスの対外投資を考える場合,い かに政治的・軍事的側面を併せて重視することが大切であるかは以上で明白であろう。

      ...  (1①

 「ポンドとイギリスの政策一衰退過程にある国際通貨に関する政治的研究」 (傍点一 西口)の著者であるS.ストランジ女史によれば,対外投資を比較政治経済学の問題        (11)

(aquestion of comparative political economy)として初めてとりあげたのはH.フェ

イスであり,それ以降絶えてないという。事実H.フェイスは,その著作の序文の中で,

(3)

現代イギリス対外投資の構造と特質

89

第一次大戦前の政治的分割一それはついには第一次大戦に至るのだが一は,国際間の 貸借関係(borrowing一一1ending relatio亘s)を考慮に入れることによってよりょく理解で きるし,また逆に国際政治を考慮に入れることで資本の行動がよく分かると述べている。

フェイスの意図がどこにあるかは,副題が「第一次大戦前のヨー日ッパの対外投資および 国際金融と外交との関係に関する一説明」と付されていることからも明らかだが,もちろ ん以上の関係一対外投資と外交一はイギリスの場合にもあてはまる。イギリスの資本 輸出については,その自治領や植民地への貸付を有利にするco工onial stock a(尤(1900 年改正)を唯一の例外として公式的には資本の移動は自由であったが実際にはそうでは なかったことが同書において豊富な事例によって説明されている。 1egal freedom and          ⑫

informal intercourse という言葉がこの間の事情,つまり公式的には国家の介入はなか ったが,実際には非公式に国家と投資との交渉があったことをものがたってくれる。

 以上の意味で,小野一一・郎教授の以下の指摘はまさに正鵠を射る.ものと言えるだろう。

 「イギリスの場合投資はほとんど経済的動機にもとづいておこなわれ,ドイツ,フラン スの投資とちがって計画的な政策ないし国家政策の考慮にほとんどもとつくものでなかっ たことがしばしば強調されているが,この点について一言のべておこう。イギリスの投資 についてのこのフランスあるいはドイツに対する区別づけは正当ではない。フランス,ド イツの場合,その大きな部分が政治的考慮にもとづいていたとしても,そのことは必ずし も経済的動機が無視されたことにはならないし,他方イギリスもしばしば巨額の資本を政 治的考慮にもとづいて,これを軍事的目的に使用する外国政府の公債に投下したからであ る。……イギリス投資のヨーロッパからの引上げ,対ヨーロッパ投資の比重の減少も,た んに利子の取得といった経済的動機をこえたイギリスにとっての強力な競争者たるヨーロ ッパの地位の上昇に比例するものであった。……およそ巨額の資本輸出が全く経済的動機 だけでなんらの政治的考慮なしになされると考えることの方がはるかに困難であると言え     ㈹

るだろう。」

 かかる立場からみれば,従来のイギリス資本輸出に関する研究の多くが一面的な理解に 陥っていたことが聞明になる。例えば,B.トーマスは第一次大戦前の40年間,フラン スやドイツの対外投資は国際経済の成長に対して大きな影響を及ぼさなかった。この点で はイギリスの長期資本輸出が支配的な影響を行使したとして,国際経済とくに大西洋経済

(The Atlaれtic EcoRomy)の均衡的成長にイギリスの対外撫資は貢献したと述べてい 働

る。しかし,その同じ筆者が他方で英帝国への投資の集中一郭って比心的な意味で一の世 界の分割あるいは分割闘争一を示す統計表(第2表)を用いているのにその点には何ら 言及していない。つまり,国際経済の均衡的成長(正確には「均衡的」と括弧付で用いる べきだろうが)と分割闘争の両面が統一的に把握されていない。従って,第一次大戦前に 明瞭にその原型が形成されつつあった英帝国と資本輸出の関連が看過されてしまうのであ

る6 (第一次大戦後の両者の関連については第3表を参照。)

(4)

90

第2表=イギリス対外投資め地理的    分布(1913年)   (%)

第3表:イギリス対外投資の地理的   分布の変化(1913一工936年)(%)

ラ ヨ

    帝     衆 テ ン ・ア メ

 一    ロ    ツ

 国1  国

リ カ  ノぐ

エジプト,トルコ,中国,日本

47.3

20.0

20.1 5.8 4.7 2.1

合 計

100.O

1・9131・93。i・936 英  帝  国

合  衆  国 ラテン・アメリカ

ヨ  一  ロ  ツ ノぐ

そ  の  他 47

20

20

6 7

59 5 21

8

7

61 4

20

7 8

合 計1・。。[エ・・「・・。

(出所)Brinley Thomas, The Historical Record of International

Capital Movements to l913,  in J.

H.Adler(ed.)C砂ゴ副Moη俄6寵3

α冠E o%o而σD6曽6♂oρ解8冗 ,1967,

       へ

P.13       

(出所)原田三郎「イギリス資本主義   の研究」昭和24年,139ページ。

皿 現代イギリス対外投資の構造と特質

前節で述べた分析視角かう現代イギリス対外投資について以下研究をすすめるが,かか       〔16)

る立場は,近年の資本輸出に関する研究動向では資本の過剰と資本輸出との関係を究明す       (恥鋤 ることに相対的に力点が置かれていることから柳かの存在意義をもつかも知れない。

第4表:主要国の民間長期資本輸出残高

(単位,10億ドル) (%)

降券投釧直接投倒合

合   衆   国

イ  ギ  リ  「ス

EEC 6 力 国

日       本

カ    ナ    ダ

スイスそ の 他

=L6.OO ( 3G.5)

11.75 ( 22,4)

10.00(17.O)

n.a.(一)

4.8Q( 9.1)

10.OO ( 19.0)

59.45 ( 56.2)

17.55 ( 16.6)

17,50 ( 16.5)

]..40 (  1.3)

4.10( 3.9)

5.85 (  5.5)

75.45 ( 47.6)

29.30 ( 18.5)

27.50 ( 17.4)

1.40 (  O.9)

8.90( 5.6)

15.85 ( 10.O)

52.55 (100,0)

105.85 (工00.0)

158。40 (100.O)

(出所)A.K. Cairncross, C碗roJ o∫Loη9−T8辮1舵6蝦傭。瑚J Cαρ加J M碑8解6脇,

   1973,p.ユ5

 第4表は主要国 の民間長;期資本輸出残高を示したものである。イギリスは1960年代の後 半においてもまだ重要な資本輸出国の地位を保っていたことが分る。しかし,そうした重 要な資本輸出国であるにもかかわらず,現代イギリス対外投資に関する研究は驚くほど少

     {1鋤

ないのである。

 もちろんそれには理由がないわけではない。イギリス対外投資に関する研究を制約して

きた最も大きな要因は統計資料の不備である。とくに1950年代末迄においてその弊は著る

(5)

現代イギリス対外投資の構造と特質 91

第5表:イギリスの対外投資(1)

(単位工OO万ポンド)

/938年

1945年 1950年

スターリング:地域

ノ・ξ

ド ル

一 ス ト ラ リ ア

ユ 一 ジ 一 ツ ン ド     ン      ド

 キ  ス  タ  ン   ア   連   邦    民    地(2)

そ   の  ア  ル  ブ

 ン

ラ リ

ジ カ

チ  ン   ノレ

その他ラテン・アメリカ(3)

ヨ  一  ロ  ツ  パ(4)

日   本,中    国

520 134

388 199

258

268

峰20

368 164 214 217 87

429

107

82

111

238

88

208 318

108 176

ユ86

83

372 68 64  9

161

265

125 161

40

64 127

ユ75

83

計(5)

3,5451

2,4・71 2,。1gl

 (1)証券投資,額面価額,年末現在。

 ②英領酉アフリカ,東アフリカ,中央アフリカ,西インド,マラヤなど     (戦後の独立国を含む),ただしセイロンを除く。

 (3}メキシコを除く。

 (41東欧を含む。

 ㈲ 表示されていない国を含む。

(出所)山田秀雄,戦後イギリスの海外投資,「経済研究」第工2巻第ユ号,昭    和36年1月,67ページ。

(資料)Bank of England,σ痂θ4 Kガπ940解0η6プ5θ郎1π085魏6π≠5,

   1938tO1948,およびその後の統計。

しかった。

 第5表および第6表は,いずれも公式統計にもとつくものである。ところで,この第5 表を以下の第8表とつき合わせてみると,ユ950年において実に20億ポンドの差があるので ある。それは公式統計が,直接投資を外し証券投資だけしか表示せず,また表示も市場価       ⑳

格ではなく額面価格であることからくるのである。また,第6表には「本推計は極めて大 雑把なものであり,とくにスターリング地域についてはいちじるしい。内部留保からの再 投資はごく一部しか計上されておらず,計数はかなり不完全なものであることを免れな い。」との注記が付されている有様であった。

 統計資料の不備についてもう少し述べておこう。イギリスの対外投資に関して,1958年

まで直接投資と証券投資の分離表示すら行なわれず,従って子会社の再投資収益について

も表示されなかった(支社の再投資収益についてはさらに遅れて1965年から公表されるよ

うになった)し,それ獄降においても直接投資に関してイギリス商務省の発表する数値は

全数調査ではなく,しかもイギリス対外直接投資の基軸の一つをなす石油・銀行・保険が

(6)

92

第6表:イギリ:スの対外投資総額(1946〜1957年)

(単位100万ポンド)

民話投資(注)

  スターリング地域

  その他地域

公共投資

  スターリング地域

  その他地域

工946

〜1951

910 1952

38・1 160

80

86

259

12 11

1953    】、954

200

70

210

110

1955

170

工40

17

:71

  

 1

261 25

一[ 19

1956

2工0

210

19 2

1957

250 140

22

8

19堆6

〜1957

2,110

L130

207

306

1・β35263い94[3461354[44・[42・13・753

 (注)本推計は極めて大雑把なものであり,とくにスターリング地域についていちじるし    い。内部留保からの再投資はごく一部しか計上されておちず,計数はかなり不完全    なものであることを免れない。

(出所)Committee on the Working of the Monetary System, R砂oγ(Rα4読燕    R6釦rの,ユ959,日本銀行調査局訳「ラドタリフ委員会報告」(下)昭和34年,

   403ページ。

第7表:イギリスの対外ポジション(1939年,19如年,1959年)

       (単位IOO万ポンド)

融長鳥七四府債額肇 1939年

1949年 1959年

4,000 3,000 5,500

(1)

1,900 1,500

短 期債 務

(純  額)

 (2)

1,600(a)

工,000(3)

 4,000

e500

 3,000

 (1}

 (2}

 (3)

(出所)

第一次大戦の債務を除く。

短期債務から公的準備を差引いたもの。

調整済。

A.R. Conan,丁舵Rαだ。観」θo∫漉θ5オ67」加9!レ8α,1961, P.ユ28

調査対象から外されていた。また,現代イギリス対外投資の主流を成す製造業の海外事業 活動をたとえ不十分なものであっても産業部門毎に分析し表示してくれたのは1971年まで

「レッダウェイ報告」一つだけであった有様である。イギリス対外投資の全貌を把握する ことは難しかったといえるだろう。

 従って,イギリス政府の公式統計を参考にしつつも,推計調査に頼らざるをえなくな る。1950年代末までのそうした推計の代表的なものは,A. R.コナンの一連の研究であろ う。彼の研究にもとづいて以下1950年代のイギリス対外投資の特徴点についてまとめてみ よう(第7,8,9表参照)。

 まず第一に,その対外ポジションが示すように,第二次大戦による大きな打撃にもかか       ⑳

わらず,戦後期の回復は予想以上のものがあるということである。戦前40億ポンドの債権

(7)

現代イギリス対外投資の構造と特質 国が1949年には5億ポンドの債務国に 転落したが,50年代末には30億ポンド の債権i国に回復しているのである(こ の点は,後出の第IO表と比較対照する と,コナンの推計には若干の過大評価 があるように思われる)。同じ強い回 復力は対外投資にもみられ,50年代末 には戦前の絶対額(純額)を越えてい

る。

 次に,投資の向について。イギリス の対外投資がスターリング地域に向か う強い傾向があることは既に指摘した とおりだが(第2,3表),戦後期に おいても同地域に集中していった。

1958年において主要スターリング諸国 への資本流出の約3分の2はイギリス からのものであったことからそのこと がうかがわれる。コナンの他の研究で

第8表 イギリスの対外投資(推計額)

         (単位100万ポンド)

93

【・938年・949−5。年 スターリング地域

  アイルラ ン ド   オーストラリア   ニュージーランド

 南 ア 連 邦

  イ   ン   ド

 植  民  地

ル 地 域

カ   ナ   ダ

合  衆  国  の  他

ラテン・アメリカ

ヨ  一  1コ ツ ノぐ

日 本,中 国

100

650

150

300 550 300 500 500 700 250 200

150

650

100

400 300 400 600 500 400 150 200

計(1)

4,…14・・・…)

 (1)その他地域も含む。

 ② 分離して表示されないスターリング地域    の2億ポンド(推計)を含む。

(出所)A.R. Conan, Tんθ&θr♂伽g.Arεα,

   1952,p.180

は1946−55年において同比率は約70%だったから若干の後退はみられるもののスターリン グ地域はイギリス資本の主要な受入れ先であったと言える。それには為替管理上の優遇措 置が採られたことが与って大きい。なお,スターリング地域内においてその重点に変化が

第9表:主要スターリング諸国への資本流出

(単位100万ポンド)

オース トラ リア ニュージーランド

南  ア  連  邦

ロ 一  デ  シ  ア イ    ン    ド パ  キ ス  タ ン

セ  イ  ロ  ン 植   民   地

1938年

投資残高1

   1

公的一間

 900

iii

}蜘

 400  600  175  200   50

}4・・

100

250

25 400

75

350

75

300

イギリス

の保有高

 (%)

72

75 60

75 75

100 75

1958年

流入額

 800

iii

}…

 800

公的医間

150

50

100 175

500 75 250

650

100

700 275 200

500

イギリス

の保有高

 (%)

69 67 67 70

36

100 77 合 計i3・・・…525 L4751 7313・6・・1・・3・・i2・425[ 64

(出所)A.R. Conan, C妙z∫α♂1㎜ρoプ 5傭03∠θ7♂fηg Coπη痂65,1960, P.36,

   p.41,p.47, p.52, p.85.

(8)

94

みられることは注目しておいてよい。戦前は,オーストラレイシアが主位で,次いでイン ド亜大陸,最後に南ア連邦,ローデシアの順であったが,戦後は南ア連邦,ローデシアが 第一位で,オーストラレイシアが続き,インド亜大陸は植民地にも及ばなくなってしま

つた。それには政情不安の問題と次に述べるイギリズ以外の資本一一主にアメリカと世 銀一の進出が影響している。

 最後に受入れ部門について。戦後ロンドン市場で公的機関が起債することが困雑になっ たことのため,イギリスの投資は主に民間部門(特にアフリガ)であり,他方インド亜大 陸は公的部門が主流となった。それにはアメリカや世銀からの受入れ部分が大きい。同じ ことはオーストラレイシァについても言いうることである。なお民間投資において抽出産 業ばかりでなぐ,製造業投資が増加してきていることは注目に値する。とくにオーストラ リア,南ア連邦において顕著であり,その源泉には再投資収益がで部充てらるようになっ てきている。

第10表;イギリスの対外ポジションぐ1)(1962年,ユ968年,1969年)

       (年末)(単位 lpO万ポンド)

1962年末 1968年末 1969年末

民聞長期資本 輸   出,

4,925 7,420 7,310

一二債務8

4,285 3,630 3,695

短期債務

  660 ω 270

←) 435

対外準備およ び関連項目  1,540 62,100 el,355

合 計

1,520

L960

2,695

      ω純額

    (出所)HMSO, B6朗fπ 3 Z腔ア α痂繊」1郷6∫珈8η .Po∫∫ 加,1971,,P.6

 次にユ960年代以降についてみてみよう。まず第一に,その対外ポジションを示す秘計

(第IO表)によれば,60年代において対外投資が大きく伸びてきたことは明らかである。

また,差引純債権国である。しかし,イギリスの公的債務が工96b年代末において,一入 当りとしては最大であり,インド,インドネシア,トルコ等が債権国会議の管視下にある とのと同じく,アメリカをはじめ西欧諸国の共同管掌下にあることも忘れてはならない。

イギリス政府およびイングランド銀行の秘密主義のため,近年まで対外ポジションの正確        伽

な実態は把握でぎなかったが,1968年から公表されるようになった。勿論その中にイギリ        ㈱

スの対外投資およびイギリスへの対内投資も含まれている。

 次にイギリスの対外投資とイギリスへの対内投資について見てみよう(第11表参照)。

両投資ともかなりの絶対額だが,しかもほぼ平行して伸びているととが分る。つまりイギ リスにとっても相互投資の現象が瞬らかにみられるということだ。また直接投資が証券投 資を圧倒していること,石油への投資が重要な構成部分になっていることも明らかであ

る。

 次いで地理的分布にみられる特徴点に移ろう。第12表は,各形態の投資がスターリング

地域および非スターリング地域に流出したことを示ずものだが十分 にその特徴点が浮び上

(9)

現代イギリス対外投資の構造と特質      95

   第11表:イギリスの対外資本流出およびイギリスへの対内資本流入(1)(1964−69年)

      (単位 工OO万ポンド)

1ユ964・9651・966・96・1ユ9681・969

〈イギリスの対外資本流出〉

 直  接  投  資(2)

 証券投資一ロンドン市場

  借款(新規発行)

  そ     の     他   その他(石油及び雑多な投資)

e263 8 6

㈲3 e133 e308

←→14 eD 80

()140

㌧62フ6

㈲18 田65

euo

6281

e18 e41

6123 e410

e→10

e246

689

653エ

㈲7

e3

←)90

1839ge35媚3。31e46316・351e6・7

〈イギリスへの対内資本流入〉

 直  接  投  資(3)

  イギリス企業有価証券への投資

  海外での発行(純額)

  そ の 他 有 価 証 券   その他(石油及び雑多な投資)

㈲162

田5 947

←→38

田197

㈲5 H20

㈲9エ

←→195

←→4

665

㈲140

㈲エ70

㈲25

640

ω200 ω283

ω19

㈲26

ω245

G→273

㈲6 ω134 任208 合

1㈲・581㈲273田2741臼→3551㈲5731田62・

 {1)純額。資産の増はe,減は㈲で表わす。債務の増は繊減は6で表わす。

 〔2) 石2由を・除く。

 (3)石油および保険を除く。

(出所)HMSG, oρ.読.,P.12

 第12表:イギリス対外投資一スターリング地域と非スターリング地域一(1)

       (単位 100万ポとド)

1960 1961 1962

上963

1964

1965

1966 1967 1968

1969 197G 1971

スターリング地域

直搬資1誹投倒そ曜・・

6160 e124

8ユ22 8王35 ω161

←)186

日119 の142

←)177

の313

6213 6229

㈲13

H 11

㈲ 5

㈲ 8

㈲25

㈲50

㈲39

←〕4エ

eエ57

921

9 16

ω61

e54

651 633

836

651

←)63

e6⊥e43

e・20

952 e29

㈲16

非スターリング地域 直搬出証獺剰その他・・)

ego1

日102

987

e101

eユ02

e122

日157

6139

日233 日236

←)295

e305

㈲24 田39

㈲34

の 13

の28

㈲44

㈲ 44 8 18

e79

613

の866128

e55H64

日39,

H43682 egl

e49 e73

の61

e44

91エ5

6139

 (1)

 ②

(出所)

純額。資産の増はe,減は㈲で表わす。軍務の増は㈲,減はeで表わす。

石油および保険を含む。

A.K. Cairncross, oρ、諺.,p.66

(10)

9駐

第13表:イギリス対外直接投資の地理的分布(1)

(%)

1930年 1961年

ヨーロッパ(海外スターリ

ング地域を含む)

合    衆    国

カ     ナ    

西 イ ン ド 諸 島 南および中央アメリカ 中         東

インド亜大陸

極         東

オースラレイシア

南  ア  連  邦 その他ア フ リカ

そ    の    他  合       計 合 計 額(100万ポンド)

7.4

2。1 5.2

工.7

35.4(2)

1.2 9.3

20.7(3)

4,8 6.1 6.1

 100.O

L551

ユ2.1

9,1 15,3  3.1

 4.9(4)

 0.6

工0,1

 5.6 17、8  8.8

・122

 0.4

 100.σ 2,950

ユ974年

26.2

14.1 9.5 2.4 3.6 0.6 4.4 4.3,

17.8 9.0 7.8 0.3

 100.0 9,028   〔1)

  (2)

  (3}

  (4}

(出所)

石油,保険および銀行を除く。

イギリスに登録されている鉄道会社を含む。

国籍離脱者(駆pat罫iates)の所有する投資の若干を含む。

投資の引上げは主に1945一一51年の間生じた。

T.Houston and J.H. Dunning,σ.K. Zη伽5≠07ッ!1う70α4, p.113

第14表:ヨーロッパおよび合衆国向けの直接投資 単.位100万ポンド)

ユ958

1959

工960

1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970

ユ971 ユ972 ユ973

直接投資総額

(石油を除く)

 144  196  247

226 209 236 263  308  276

 281

 410  549  546  675  737

L624

各地域向け直接投資

英連邦および海

E帥)IEEC(1)〒雑面郵貯噛出(%)

 1  4 11 19

工6

5 15 11

−8 19 14

28

 5

52

71(2)

16 21 25 29 40 37 32

5工

30 73 105 78

263 223

463(3)

16 16

20

10

ユ1

31

23

42 52

84 54

134

ユ29

105 377

(18.1)

(28.4)

25.4

373

37.9 38.9 37.4

33.5

49。9

37。6 49.6 36.5

48.6

68.2

61.0 63,0

53.0 55.0 55.4 57.7

61.1

62.3

62.1

62.2 63.4 66.3 68,2

68.5

69。2 67.5

7L9

73.8

  (

  〔1}

  (2》

  (3)

(出所)

)を付しているのは,推計が厳密でないことを示す。以下同じ。

1972年まで従来の構成とする。       1

デンマークを含む。

デンマークとアイルランドを含まない。

T.Houston and J. H. Dunning, oρ. ガ彦.,p.118

(11)

現代イギリス対外投資の構造と特質

9ワ

がってこない。それで,今日の対外投資の主流を成す直接投資について補足すると第13表 のようになる。つまり,1930年までイギリスの対外投資はヨーロッパと合衆国の合計9.5

%,それからカナダ,オーストラレイシアの合計10.0%を除く80.5%が低開発諸国に投下 されていた(ただし,南ア連邦を含み,石油・保険・銀行を除く)。英連邦諸国だと実に 90%以上が投下されていた。その後,ラテン・アメリカと極東での決定的な後退および 1946−60年の間に英連邦諸国に集中(実に80%を占める)したこと等が分かる。しかし近 年における地理的分布の特徴は,50年代の英連邦への集中から西欧および合衆国という先 進国への方向転換である(第14表参照)。この点は重要な点であるが詳論は後に譲る。

 最後に産業部門別分布にみられる変化について述べてみよう(第15,16,17表参照)。

一目して,従来の鉄道,農業および鉱業から現在は製造業,配給業および石油への重点の 移行がみられることが分かる。時期区分をしてみると次の通りである。第一次大戦前は約 60%が鉄道投資であり,しかも主に証券投資の形態であった。第一次大戦中およびそれ以 降の負の投資(disinvestrnent)一鉄道債,証券投資の売却および国有化による没収二一 にもかかわらず,1920年代末には第一次大戦前の水準近く迄に回復した。それは主に第一 次産業に向って投資が行なれた結果であった。1930年代から次第に製造業投資がふえてい った。第二次大戦中に海外資産の約40%を失ったが,それ以降急速に立ち直っていった。

      (29 近年の投資の主力を担っているのは製造業である。

第15表:

イギリス企業の対外直接および証券投資残高

 一産業部門別分布の歴史的変化(!914−72年)

(%)

に 一一

1914年 1931年 1961年 1972年

〈第一次産業〉

 農

 鉱  業・製  錬

〈製造業・配給業〉

〈サービス業〉

その他輸送・通信業

公共事業(水道・ガス・電気)

建     設     業 銀       行 保      険 不     動     産 そ     の     他

14.7 2.4 10.8

1,5

7.8

77.4 58.1

除外

4.9 2.1

2.8

9・21

0.3 3

22.2 6.6 8.0 7.6 11.8

66.0

43.0 1.4 5.5 4.3

3.6 8.2

1}

30.9

6.4 4.3

20.2

41.2

317

9.5

27.9

2.1

0.6

15.3

99

30.8 4.3 5.5

21.0 47.0

38.5 8.6

22,ユ

0.6 2.4

0.9

137

2.4 2.1

 合         計

合計額(100万ポンド)  100.0

2,638

 100.O

l,987

 100.0

4,573

  100.0

(10,217)

(出所)T.Houston and J.H. Dunning, oρα .,P.46

(12)

98

第16表:産業部門別新規投資の流れ

〈第一次産業〉

 農       業  鉱 業・製 錬 業  石        油 く製造業・配給業〉

 製   造   業  配   給   業

〈サービス業〉

 輸  送・通  信  建   設   業  銀行・保険・不動産他

新規直接投資の累積額に占める割合(%)

19

j年i 9㌔年19墾,。年i19匹,3年

4.0 4.2

30.7

35.1

99

2.2 1.3 12.6

2.5 4.0 30.6

35.O

14.9

0.3

09

12.2

0.7 6.6 16.9

43.2 13.2

2.6 1.3 15.6

0.8 3.0 13.4

43.3 14.1

2.4 1.8

21.2

合計(1960−73年)

(藷諜剤%

 !41

 356

1,700

3,412 1,109

 182  122

1,430

1.7 4.2

20.2

40.3 13.1

2.2 1.4 16.9

晶類(、。。万ボン融)1,6110・o、,2110・oi、,9180・03,6110・o}8,452

100,0

(出所) T.Houston and J. H. Dunning, oρ. cガ .,P.85

第17表:第一次産業および製造業の対外直接投資残高の分布 イギリス上葉i盟め

サンプル調査(1)

(%)

〈第一次産業〉

  農業(プランテーション)

  鉱      業   石       油 く製  造  業〉

  食料,飲料,タバコ,家庭用品   化       学   金 属, 金 属 製 品   機    械, 器    械   電       機   自     動     車

  織物,衣類はきもの

  建築資材,ガラス,陶器

  紙印刷,出版

  ゴ       ム

  そ  の  他  製 造 業

全イギリス企業(2)

子会社の産業分類

・956剰・965年

 6.0  3.8

(36.1)

25.6

6.4 4.0 1.0 2.9 4.3 4.4 2.5

30

(3)

3.8 5.0 44.0

18.6 6.7 4.6 0.7 2.3 4.4 3.2 2.6 4.1

(3)

親会社の 産業分類 1972年

子会社の産業分類 1972年  1974年

3.7

60

28.9

18.3 9.6

(4.7)(4)1

5.0 7.7 1.4 4,8

(2.7)

3.5 2.O l.7

6.2 7.9

30.3

15.6 9.7

2.0(5)

3.7 7.l l.3 4,2

3.7 1.9

6.4(6)

5.2 7.7

29.4

17.2 10.7

1.7(5)

4.1 6.7 1.4 4.0

3.8 1.6

6.5(6)

 合         計

合計額(IOO万ポンド)

 1000   100.O   lOO.0   100.0   100.0

1,389    2,898    7,431    7,085    8,857

  (1)代表的大企業48社を含む。

  ②第一次産業および製造業企業であって,海外販売子会社を含むが,主にサー     ビス産業に従事する企業は含まない。

  (3)1965年までは,部晶とゴムを含む。

  (4>金属製品と建築資材の筆者による推計。

  (5)金属のみ。

  (6)金属製品と建築資材を含む。

(出所) T.Houston and J.H. Dunning,01り.αム,P.87

(13)

現代イギリス対外投資の構造と特質       99

 最近IO年余の特徴は,新規投資の流れからも分かるように,農業と鉱業の投資水準が低 く,鉱業では付言すると変動が大きいこと,また石油の投資水準が次第に低下してきてい ること等であろう。ところで,他方主力となってきた製造業だが,1960年代の半ばまで前 述の石油と食品加工・家庭用品で直接投資残高全体の約60%が占められている。つまり本 来の製造業(化学・電機・機械等)は60年代半ば以降になってやっと成長してきているわけ

だ。「イギリス産業の立遅れ」とは何も昨日や今日始まったことではないが,原材料(石 油)と消費財産業(食品加工等)とに比べて本来の製造業が国際的に立ち遅れていたこと は否あない事実であろう。

    皿 イギリス対外投資と対外政策

 前節での検討結果をまとめて言えば,現代のイギリス対外投資は,第一次産業や公益事 業から製造業へ,英連邦諸国や低開発諸国から先進国(西欧・合衆国)にその重点を移行 したということである。しかも,この傾向は今後とも不動であるというアンケート結果も    ⑳ でている。

       {31)

 ところで,この結果はアメリカ資本を先頭とする戦後の国際資本移動の特徴と規を一に しているだけのように見える。しかし果してそうだろうか,この点を検討してみよう。

第18表:1854年におけるイギリス対外投資の地域別分布

「㎜一一…}皿一

般万ポン綿)

i合   衆   国

修二鰯纏夙ロ汀㈱

 フ ラ ン ス 鉄 道  ベ ル ギ 一 鉄 道

50〜60 45〜55 35〜45 35〜40 25〜30

 5

195〜230

(出所)L.H. Jenks, oρ.α .,P.413

  第19表:イギリス対外投資の地域別分布(1870−1913年)

(%)

1870年 1913年 合       衆       国

その他の 新興 諸国(1)

ヨ     一      ロ      ツ     ノ・ξ

その他の全地域

20

10

50 20

20

45 5 30

100 100

 (1)カナダ,アルゼンチン,南アフリカ,オーストラリア,ニュージーランド

(出所)R.Nurkse, Egκ〜妨π蹴απ4σプ。ω疏zπ,加Wo714 E6碗。儒ッ,1961

   p.287 河村他訳「世界経済の均衡と成長」昭和42年,335ページ

(14)

100       1

 イギリス対外投資の歴史に関する研究が示すように(第18,19表参照),1870年頃まで は対ヨーロッパ投資が中心だったが,それ以降ほぼ一世紀近くにわたって英連邦一植民地 向け投資一「植民地型帝国主義」 (レーニン)一が主流だった。

 今日この傾向が逆転したことになる。「先進国市場へのイギリス資本の復活」 (the       (32)

current resurgence of U.K. investment in the more advanced markets)である。

つまりイギリス対外投資の長い歴史の上で,今日の事態一それは19ε0年代末から始まる のだが  は,新しい局面であるということだ。

第20表  イギリス対外投資(ドル地域以外)の源泉

(単位100万ポンド)

〈イギリスの国際収支〉

  経 常 勘 定  尻   アメリカからの防衛援助   合      計

〈ドル地域からの資本輸入〉

  贈        与

  ポンド残高の増加   その他の資本輸入

  合      計

1946

 −49

←1709

印09

1950

300 300

e38

P1

}:ll/

239

48 118

1951

6407

  4

C→403

工952

126 121

247

 54

(→41    

←り34i

4・5162・

←一14

 40  36

1950    1953

 −52[

  ヒ

19 125 144

293  3

124

420

75 102 177

28

3 31

1954

155

50 205

1955

(→147

 44

C→IO3

圏璽

83 196 279

35 38 73

  1  」  _

←う371 24  58  99  191 123

e607

 321

(ヨ・286

 681

 24

1,501 2,206

金ドル輪力 范ヘ羅lb・561←575!3441・751(一156i←12・・16871229}698!

2

ド・レ地域胴への鱗出11・1・・i・3・1←・8・458}・・8ie321・9・・4513・4

1,922

(出所)

(資料)

F.W. Paish, Britain s Foreign Investments:The Post−War

Record , Lloッ45 Bα痂R6窃θ1ω, July,1956, p.22

θ .K. Bα1απ680∫Pα∠ソ解ε窺∫W7L露θ・r)α2り875.(Crnd.8976,9430,9731)

第21表 イギリス国際収支内訳一年間計数総計(1949〜1958年) (単位100万ポンド)

経  常  勘   定   余  遺 贈        与(純    額)

国際機関からの借入純額(1)

スターリング地域諸国に対する債務の増 非スターリング地域諸国に対する債務の減

対外準備の増(2) その他:主として海外長期投資

取  支

1,415

 337  178  463

 269  465

1,659

スターリング

負債の純増

372

2,393 2,393  (1)

 (2)

(出所)

EPUポジションの変化をむ。

1949年おける再評価による増1億4,900万ポンドを含まない。

Committee on the Working of the Monetary System, R6ρoガ

(Rα46♂∠カセRερoプ≠),1959,日本銀行調査局訳「ラドタリフ委員会報告」

(下)昭和34年,333ページ。

(15)

現代イギリス対外投資の構造と特質

101

 第20表は,戦後10年間の対外投資についてのものである。F.W.ペイシュも言うよう

に戦後期とくにその当初においては,国際収支の悪化に苦しんでいたイギリスには対外投 資の余力はなかった。にもかかわらず投資が行なわれたのは,ポンド残高と合衆国および        {iB}

カナダからの資本輸入を資本輸出にまわしたからである。第21表はユ950年代末までの国際 収支を示すものだが,支出の最大項目は投資であり,経常勘定余剰を超過さえしている。

周知のように戦後のイギリスの国際収支構造は脆弱であるにもかかわらず,大量の対外 投資一応にスターリング地域向け一一を継続していたわけだが,さらに対外援助も行な        図

っていたのであり,同じくその方向はスターリング地域であった(第22,23表参照)。

 こうしたスター・リング地域向けの大量の対外投資を放任する対外政策に対して,当然の ことながら賛否両論があらわれてきた。ここでは「ラドタリフ委員会」におけるそれをみ てみよう。

 反対論者(2〜3人の少数者)は,資本輸出を制限することによって,金・外貨準備を ふやし,ポンドを強化できるし,また国内投資がふえ,イギリス国内経済の強化になる,

と主張した。これに対し賛成論者(多数派)が次のように述べていることは興味深い。

 「もしも,先行2〜3年中間に金・外資準備を500百ポンド増加させるか,もしくは同 額のものを海外に対する投資にあてるかの両者について自由な選択が許されるとすれば,

第22表:イギリスの対外援助(1954−62年)

(単位100万ポンド)

1954/551・955/56」1956/571・957/581エ958/5gト959/6q・96。/6・1・96・/62

二国間援助 植民地(1)

英連邦独立国

その他諸国 忌

借 合

与 款

55.3 35,6

19.7 3.4 0,6 2.8 7.5 5。7

L8

45.3 33.0

12.3 2.3

0.6

1.7

28.8

7.8

2LO

46.0

37.6 8.4 1.9 0.6 1.3 11.8 6.8 5,0

47。3

41,1 6.2 4.7 2.7 2.O

ユO,3

6.1 4.2

49.0 37.3

u,7

25.8

5.0

20.8

10.7 5.7 5.o

57.6 40.3

17.3

39,7

5.0 34.7 12、4 7.4 5.O

71.8

38.9

32.9

45.合 lO.2 35.4

12.5 8.7 3.8

95.5 56.6 38,9

44。5

ユ2.5 32.0

13,8 10.4 3.4

二国間援助合計 66・2i 76・4159・762・3185・5エ・9・7・29・gl・53・8 多国間援助(2) …415・gl・5・6i憾・8i 24・・i・9・gi 2・・2 6.3

援助合計176・6182・375・38L・1ユ。9・51ユ29・6i15…1ユ6・・ユ

 ω現在は独立しているが,独・立以前に与えられた援助およびローデシアとニア    サランドの連合に与えられた援助を含む。

 ② 世銀,国際金融公社,国際開発協会への出資および以下の国際連合の諸組織    への出資を含む。技術協力の拡大計画,特別基金,パレスチナ難民救済基金,

   児童基金,朝鮮復興局,コンゴへの民閥協力。また,インダス川流域開発基    金への出資も含む。

(注記)技術協力は,供与され,それが(貨幣価値に)換算できる場合は,贈与の申    に含まれる。

(出所)HMSO, Cmnd,2工47,窃4 o D⑳θ♂oρ麹g Cα6η 85,1963, P.15.

(16)

102

第23表:イギリス対外援助の地理的分布       (単位IOO万ポンド)

1957−8年 1965一一6年 二国軍:英連邦

 贈      与

 技  術  協  力

 借      款

 44

_(i)

 8

57 28 80

英連邦合訓 521

165

二国間:外 国  贈      与

 技  術  協  力

 借      款

 6

_(1)

 4

5 3 13

外  国 合 計

・。1

21

二国間援助合計 6揖

186

多 国 間 援 助 3.

19

イギリスの援助合計 651 205

 (1)この時点まで,贈与の中に含まれる。

(出所)S.Strange, oρ. o∫∫.,P.193.

その選択に何時までも躊躇を感ずる ものは少ないであろう。所得を犠牲 にして長期証券の代りに金および外 貨を購入することは,外国為替面に 突発する危険に対し自己を安全に保 つために支払う代価としてはそれ程 高いものではないだろう。同様に海 外投資が英国産業を弱体化し,その 競争力を弱めることになるならば英 国からの資本輸出を行なうことは愚 かなことであろう。しかしながら次 にかかげる3つの理由から選択は自         圃

由ではないのである。」

 つまり「選択は自由でない」との 判断をしているのだが,その根拠と なっている3つの理由を次に見てみ

よう。

 第一には,「英連邦諸国の急速な発展に貢献することが英国政府の政策目的の一つであ        {諮)

るということである。」従って,これを肯定すれば,英連邦諸国に対する貸出を阻害でき ないことになる。

 第二に,「海外諸国に対する投資が自らの利益という観点からさえも,緊急にしてしか        〔3の

も価値あるのだということである。」つまり,既にA,H.イムラーについて述べたことの あるイギリス の対外投資→外国の購買力の増加・生産性の向上→イギリスの輸出増・廉価 な輸入増,という関係および投資に基づく利子・利潤・配当収入を示す。

 第三は,「海外投資が減少した場合,それと同額の金・外貨準備の増加が自動的に生ず       (謝

ることもまずあり得ないことであろう。」

 それ以外に賛成論者の立場に立って考えればさらに少なくとも次の二つの理由が追加で きるだろう。一つは,スターリング諸国はポンド残高の引き出しを行なうだろう。他は,

当然他の国あるいは国際機関(主にアメリカと世銀)から借入れが行なわれるだろう。そ うすると,商品貿易上の利益(=前述の第2の理由)以外に,ポンドがスターリング地域 の通貨として国際的な役割を果しているため入手できる種々の貿易外収入(保険・銀行あ るいは海運)を失ってしまうだろう。いずれもイギリスにとって不利な要因であることは 明白である。

 以上の賛成論についてもう少し検討してみよう。第3番目の理由,つまり,資本輸出が・

国際収支に対し直接および間接にどのような影響を及ぼすかについては史上しばしば論争

参照

関連したドキュメント

この小論の目的は,戦間期イギリスにおける経済政策形成に及ぼしたケイ

DTPAの場合,投与後最初の数分間は,糸球体濾  

この調査は、健全な証券投資の促進と証券市場のさらなる発展のため、わが国における個人の証券

関係会社の投融資の評価の際には、会社は業績が悪化

将来の需要や電源構成 等を踏まえ、設備計画を 見直すとともに仕様の 見直し等を通じて投資の 削減を実施.

の主として労働制的な分配の手段となった。それは資本における財産権を弱め,ほとん

クター(SMB)およびバリューファクター(HML)および投資ファクター(AGR)の動的特性を得るために、特

 福沢が一つの価値物を絶対化させないのは、イギリス経験論的な思考によって いるからだ (7) 。たとえばイギリス人たちの自由観を見ると、そこにあるのは liber-