ダウン症候群の心理学的研究
2.知能特性について 水 田 善 次 郎
研究目的
ダウン症候群(Down s Syndrome)の知能については多くの研究を見ることができる。
それらはダウン症候群の知能水準に関するもの,知能の発達に関するもの,養育態度と知 能との関係についてのものおよび染色体核型と知能との関係についてのものなどである。
そして,ダウン症候群の知能の水準については, 「彼らの知能の多くは痴愚の低い方であ る。CAが1才から10才までのダウン症児のMAは1才から3才までの間にある…」など
(Benda,1960)(1)。「ダウン症候群の大多数は痴愚・白痴級(白痴級9.21%,痴愚級89.47
%魯鈍級1.32%)に属している。平均IQは34,平均MAは3才10か月であったd (建白 1967)(2)。「ダウン症の精神症状としては,程度の差こそあれ強度の精神薄弱があげられ
る。IQはほぼ20〜40であり, MAはおおむね2才〜7才で,7才をこえるものはないと いわれているd (黒木,1970)(3)。「正常者の精神発達曲線とダウン症候群のそれとを比較 すると,ダウン症候群の精神発達曲線は正常者の約四分の一であり,成熟児の平均MAは 正常者の約25%であるd (Ross,1962)(4)などがある。知能の発達に関しては, C Aの 成長に伴いIQは逆に低下しているとの報告が多くみられる。つまり,CAとIQとの相 関は負の相関である,無の相関であるなどである。(Nakamura,1961)(5)(Zeaman,&
House,1962)(6)(建川・伊沢,1970)(7)。養育態度と知能との関係については,「家庭で,
あるいは少人数のグループで生活する私立学校で,個人的世話や配慮が払われるなら,よ りよい発達をとげるであろうd(Benda,1960)(8)などがある。染色体核型と知能との関係 については,Mosaic・Type,Translocation−Type,Trisony・Typeによって知能水準に高 低がある。そして,Mosaic・Typeには高いものと低いものとの両端があり,Transloca
・tion・Type はダウン症候群の平均IQ範囲であり,Trisomy・Typeはダウン症候群の中 で最も低い知能の持主である。(建川,1970)(9),(池田,1969)(1①などがある。
そこで,本研究はダウン症候群の知能構造の面について考察してみたいと思う。伊沢,
思川氏ら(7)によるとダウン症候群の知能はかなり特異的な構造をもっていると述べている が,(1)ダウン症候群と一般の精神薄弱との条件を同一にした場合,ダウン症候群は特異な 構造をもっているのか。(2)ダウン症候群は単一の知能特性であるのか。の二点について検 討することにした。
研究方法
長崎県下の養護学校および長崎市内の特殊学級に三島している全ダウン症候群53名と,
それらダウン症候群と年令,性別を同じくし,かつ,能力がマッチしていると思われる一般
精神薄弱児をそれぞれの学校の先生に抽出してもらい,両群の児童・生徒に1970年新改訂
の田中ビネー法知能検査を実施した。次いで,ダウン症候群(以下,DSGという)と一
般の精神薄弱児群(以下,CGという)とが, CA, MA, IQおよび性別においてマッチ
しているものを対象児として抽出し,DSGとCGとを比較検討することにした。対象児
長崎大学教育学部教育科学研究報告 第22号
の構成は表1の通りである。
表 1 対象児の構成
性 別
NCA
MA IQ男 15 11:7 2:11 27
DSG 女 12 10:11 3:11 38
計 27 11:3
3:432
男
15 11:8 2:11 26
C G
女 12 10:10 3:10 37
計 27 11:3
3:431
さらに,DSGはすべてその知能特性を等しくするものであるか,を検討するために,
満15才以下のダウン症候群39名(男:ユ7名,女:22名,CA=7:4〜15:2)については WISC知能検査を実施した。
結果並びに考察
(1)ダウン症候群についての知能の水準および発達については,今までの研究の結果と ほとんど同じ結果を示し,低い痴愚の段階で,CAの成長に伴って負の加速現象がみられた。
(2)DSGはCGと異った知的特性を示すものであるかを検討するため, DSGとCG との田中ビネー法による検査結果を比較することにする。
(イ)DSG, CGそれぞれの田中ビネー法検査の各項目の通過率を算出し,平群の通過 率順位の一致度をKendallの順位相関で求めた。その結果は, rFO.875で, D S GとC
Gとの通過率の順位は非常に高い一致度であるといえる。
㈲ DSG, CG両断は基底年令,上底年令および上底年令と基底年令との差(ちらば り)においても高い一致度を示した。
の 田中ビネー法知能検査について同じような項目をまとめて組みかえたのが表2であ る。そして,表の左側に示しているように,それぞれ「言語表出力」 「言語概念」「数概 念」「知覚・運動力」「弁別力」の5つのカテゴリーにまとめた。表2にみられるごとく,
DSG, CG両群の検査項目ごとの成績の間には有意な差はみられなかった。しかし,物 の名称つまり「言語の表出力」においてはDSGがCGに優れている傾向を示し,逆に,
用途による物の指示,反対類推,物の定義,文の記憶,物の差異などの「言語概念」にお いてはCGがDSGに優iれている傾向にある。また,「数概念」および三種の型はめこみ,
表2DSG, CGの通過率の比較
田中ビネーの問題
CSGC G
言語
7 物の名称(具体物)12 〃 〃Q4 〃 〃
85.2 V7.8 U3.0
81.5 V4.0 T9.3 表
6 〃 (カード)
88.9 85.2出 10 〃 〃
Q0 〃 〃
85.2 V4.1
77.8 U6.7 力
26 〃 〃
70.4 48.142 〃 〃
22.2 22.2ひもとおし,小鳥の絵の完成,絵の欠 所発見,ひし形の模写,トンネルつく
りなどの「知覚・運動力」においてはD SGがCGより優れている傾向にあり,
一方,まるの大きさの比較,動物の見
分け,左右の弁別などの「弁別力」に
おいては,CGがDSGより優れてい
る傾向にある。以上,DSGとCGと
の優劣の傾向の一部は伊沢・建川氏ら
(7)の研究による「ダウン症候群は生理 型の精神薄弱児に比べ,物の名称,図 形模写において優れ,左右の弁別など において劣る。」という報告と一致し た結果であるといえる。そして,彼ら はこのことについて,ダウン症候群は 一般的な知的機能が劣っているわりに,
認知および模倣構成的側面が比較的に 障害されていないことであろう。しか し,このような認知や模倣は短絡的認知 ( shOrt・Circuit cOgnitive act三vity ) あるいは反射的レベルでの模倣(reflexive or echoic imitation)とでもいうべ きものかも知れないと述べている。確 かに,そのようなことのためだと思わ れる。さらに,ダウン症候群の注意の 集中力のなさ,あるいは固:執傾向の強 さなども要因として考えられるのでは ないかと思われる。
(2)DSGはすべての知能特性を等 しくするものであるかを検討するため に,ダウン症候群39名にWISC知能 検査を実施した。WISCの下位検査やそれぞれの平均と標準偏差は表3の通りである。
表 3 WISC下位検査のヌとSD
田中ビネーの問題
DSGC G
1ユ簡単な命令の実行
70.48ユ.5 言 9 用途による物の指示
81.5 85.215 〃
66.7 70.432 〃
33.3 51.9証
29 物の選択
48.1 44.4口口
33 反対類推
14.8 33.334物の定義
25.9 37.0概
36文の記憶 S6反対類推
7.4
@0 22@02
48物の差異 0
7.4念 49絵の不合理 T3関係類推
3.7 R.7
7.4
@0
数
30数概念 48.ユ
37.035 〃 22.2 25.9
概 41 〃 22.2 18.5
44 〃 11.1 0
念 51打数かぞえ 0
01 3種の型のはめこみ
92.6 85.2知 8 ひもとおし
100.0 92.619 〃 92.6 77.8
覚 47 〃
0 3.7
●
27小鳥の絵の完成
66.7 51.9 運40絵の欠所発見
29.6 18.5 動50 ひし形模写
11.13.7
力22絵の組合せ
85.2 77.823 トンネルつくり
85.2 74.1 弁14 まるの大きさの比較
77.8 81.516動物の見わけ
88.9 85.2別 28 〃
74.1 81.539絵の異同弁別
7.4 11.1力
45左右弁別
11.1 18.5知 識
理解 算数 類似 単語 V−IQ 完成 配列 積木 組合 符号
P−IQ F−IQx 0.1 0.6 0.1 0.9 3.0
42.3
1.4 1.3 4.9 2.0 2.649.3 3&1
S D 0.30 0.87 0.22
1.570.56 3.33
1.77 1.060.75 1.54 2.64 6.26 4.62
表3が示すごとく,言語性検査はすべての下位検査とも得点が低く,ほとんど検査不能 に近いことを示し,動作性検査において,いくらか検査可能であるということを示してい る。また,標準偏差の値から,類似問題,絵画完成,組合せ問題および符号問題以外はほ とんど弁別力をもたないといってもよい。図1はWISC知能検査の10個の下位検査の得 点を,2人ずつに組み合せ,それら2人の間の類似度をCronbachのD2法(ll)によって算出し,
そのD2値による各ダウン症候群間の類似度の布置関係を模式的に図示したものである。つ まり,この布置関係の図は,はじめに群の中核とみられる(12番と17番)ダウン候群を布 置し,以下類似するものを順次,類似度の大きさにしたがって,幾何学的に配置していっ たもので,立体空間を構成するものを平面に布置しかえたものである。
図1が示すごとく,WISC知能検査によるダウン症候群の知能構造パターンとしては,
A群とB群の二つのグループに分けることができた。
A群,B群のほかそれらをとりまくC, D, E, Fのそれぞれの群のWISC知能検査
の下位検査のプロフィールを図示したものが図2である。
図1
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WlSC下位検査のD2値による
ダウン症候群の布置関係 ⑰\.
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譜ご/⑨
爾
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㊧
⑮
○馴群を示す
図2において,A群はWISC卜
知能検査のすべての下位検査にお いて低い得点のものであり,B群 はA群に比べ動作性検査の組合せ 問題,符号問題に高い得点を示し ているものである。さらに,図1 からA群に類似した群としてC群 が考えられ,B群に類似した群と
して,D, E, Fの群が考えられ る。図2よりC群は類似問題や理 解問題に高い得点を示しているも のである。したがって,A群は言 語性型(Verbal)のダウン症候 群ではないかと推測される。一方,
B群に類似したD群は組合せ問題 符号問題絵画完成に高い得点を 示し,E群は絵画完成,符号問題 に,F群は絵画完成,組合せ問題 に高い得点を示している。したが って,B群は動作性型(Performa
・nce)のダウン症候群ではないか と推測される。つまり,ダウン症 候群はすべてその知能特性を等し
くするものではなく,言語二型の
SS
6
5
4
3
2
1
図2 各群のWlSC下位検査のプロフィール A
一●一一B
一一一一b 斗一一D
一一・一
d
一・・一
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知 理 識 解
算 類 単
数 似 語完 配 積 成 列 木
組 符
合 号
知能をもつものと動作性型の知能をもつものとの少なくとも2種類のダウン症候群に分け られるように思われる。この分類結果が染色体の核型による分類であるのかは今後の研究 に待たねばならない。
総 括
(1)(イ)ダウン症候群と一般の精神薄弱児との条件を同一にした場合,ダウン症候群は特 異的な知能構造をもっているあか。@ダウン症候群はすべて単一の知能特性をもっている のかの二点を研究の目的とした。
(2)ダウン症候群は特異的な知能構造をもっているかを検討するために,DSG27名と CG27名とがCA, MA,IQおよび性別においてマッチしているものを対象児として抽 出し,1970年新改訂の田中ビネー法の知能検査を実施した。また,ダウン症候群はすべて その知能特性を等しくするものであるかを検討するために,満15才以下のダウン症候群39 名(男=・17名,女二22名,CA=7:4〜15:2)についてはWISC知能検査を実施し
た。
(3)(イ)DSGとCGとの田中ビネー法の検査結果を比較検討の結果,①両氏の間には検 査項目の通過率の順位において非常に高い一致度を示した。②寸意は基底年令,上底年令 および上底年令と基底年令との差(ちらばり)においても高い一致度を示した。③両群の 検査項目ごとの成績間には有意差は見られなかった。しかし,DSGは言語の表出力,数 概念知覚・運動力に関する項目でCGより優れ,言語概念,弁別力に関する項目で劣っ ている傾向が見られた。この優劣の結果は,伊沢・油川らも指摘しているようにダウン症 候群は一般的な知的機能が劣っているが認知模倣において優れているからではないかと思 われる。さらに,ダウン症候群は注意の集中力の貧弱さや固執傾向の強さのためではない かとも考えられる。
㈲ WISC知能検査の結果をCronbachの併法によつで,ダウン症候群のグルーピン グを行った。その結果,2つのグループが見だされた。一つは言語性型のダウン症候群で あり,もう一つは動作性心のダウン症候群である。つまり,ダウン症候群は単一の知能特 性を示すものでなく,少なくとも二つのパターンがあるように思われる。しかし,ダウン 症候群は染色体の異常によるものであり,染色体核型と関係させると,はたして2つのパ ターンにとどまるのかわからない。また,今回の類型が既に,核型と関係しているのかに ついてもわからない。今後,被験者を多くし,染色体核型と知能との関係も明らかにした いと思う。
最後に,研究をまとめるにあたって,ご協力いただいた各学校の先生方に深く感謝いた
します。
長崎大学教育学部教育科学研究報告 第22号 参 考 文 献
(1) Benda,C.E.:The chiH with mongolism. New York.1960, 63・77
(2)建川博之 :ダウン症候群の心理学的特i生について 東京学大.特殊教育研究施設研究記要1967 No1.141〜151
(3)黒木良和 :ダウン症を中心とした染色体異常 教育と医学1970,18,239−246
(4) Ross,R.T:The mental growth of mongoloid}defectvie. Amer. J. ment Defic.,66,
736−7381962
(5) Nakamura,H. :Nature of institutionaliZed adult mongoloid intelligence. Amer.J.ment.
Defic. 66,456−458,1961
(6) Zeaman, D.&House, B. J.:Mongoloid MA is Proportional to log CA. Child Developm.