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イギリスにおける教育改革の動向について

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(1)

イギリスにおける教育改革の動向について

その他のタイトル Trends of Educational Reforms in England

著者 本庄 良邦

雑誌名 関西大学社会学部紀要

巻 1

号 1

ページ 1‑25

発行年 1970‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023237

(2)

イギリスにおける教育改革の動向について

本 庄 良 邦

この論文は,イギリスにおける最近の教育改革の動向を,まさしく,本格的な「教育計画の時

. . 

代」といわれている

1960

年代を主軸として,それにかかわる若干の歴史的変遷をふまえつつ,考 察したものである。しかも,その動向を国家レベルでとらえようとしたものであるが故に,教育 思想ならびに教育内容の改革という側面を, 時間的制約もあって, できるだけはぶき, 主とし て,これを「教育制度の改革」という側面からとらえたものである。

旧来よりイギリスでは,教育が国家の干渉の少ない程,よりよく発展するものであるという伝 統的な考え方がみられたが,しかし,このような考え方を,あらためつつある現在においても,

依然として,各地方教育当局による独自性が強く,また,教育内容,方法に関する現場の自主性 も,多大に,認められているがために,中央における教育改革と地方ならびに現実とのあいだの ヅレが顕著にみられるのである。全体的把握が,従って,きわめて困難なわけであるが,しかし ながら, 「教育制度全体の統一のための当面の教育改革の構想ならびにその意図」は,システム

・アナリシスによって,充分,把握され得るものであり,したがって,それらを通じて,イギリ ス現在の教育改革のおよその方向とその特色を明らかにすることができるものである。

ただ,ここでいうイギリスとは,ィングランドとウェールズのことであり,スコットランドの 教育は,スコットランド大臣の所管になっており,北アイルランドの教育は,北アイルランド自 治政府の文部大臣が所管しているのであるが,最近では,それらの教育が,近づきつつあるとは いえ,これも,また,かなりの独自性がみられるために,主として,イングランドとウェールズ における教育制度の改革について論究するものである。

(1) 

問題の展開

(2) 

義務教育

(CompulsoryEducation)

の上向延長

(3) 

分離制

(Separatism)

より綜合制へ

(4)  Sixth Form

の改善

(5) 

私立学校解消の方向

(6) 

勤労青少年の継読教育

(FurtherEducation)  (7) 

大学の量的拡大

( 1 ) 問 題 の 展 開

現代は,まさしく,科学技術の急激な発展の時代であり, 「工業化が, 高度の段階に達したヨ

‑ 1 ‑

(3)

関西大学『社会学部紀要」第

1

巻第

1

. . . 

.  .  .  .  .  .  .  . 

ーロッパ諸国において,経済発展と都市化の加速度現象は,われわれの知的生活の諸条件を大き .  .  . 

.  .  . 

く変えつつある。オートメーションとサイバネティックスを含むこの発展の広がり,即ち,経済 生活のあらゆる分野をふくむ,その広大な性格とその増大の速度は,これらの国ぐににおいて,

新しい産業革命を語らしめる重大な変化をもたらしている」

1)

ことは事実であり,しかも,「科学 によって解放された力は, 人びとに, 活動的な知性と科学的知識の, しっかりした基礎を求め る」が故に,「学校教育は,かかる科学技術の進歩のための諸条件を準備」

1)

せざるを得ない状況 にあると云えよう。

このような第

2

次産業革命

(SecondeRevolution Industrielle)

とよばれるに相応しい現代,ョ ーロッパ各国の教育制度は,いまや,大きな変革をせまられているといえるが,その変革は,転 換の方向と予見とをともなうがために,教育改革に課せられた責務は,きわめて大なるものがあ ると思われる。貴族主義に根ざす伝統的保守性の強いイギリスにおいても,このことは決して例

. . . 

外ではなく,むしろ,旧来のおだやかな改革の積み上げ方式を改めて,大担な教育改革を推進さ せることによって,イギリス社会の没落を換回せんとする努力さえうかがえるのである。つま り,「古い階級社会

(ClassriddenSociety)の構造変革を教育制度の改革でもって行なう」

.  .  . 

2)

ために は , 伝統的教育制度の延命に終示符をうち, まさしく, 未来的展望のもとに全般的教育改革を 指向する必要があるわけである。 .  .  .  .  . 

さて,周知の如く,ィギリスの教育制度は,きわめて複雑な様相を呈しているが,それは,歴 史的にみて,日本の如く,国家自体が,ある特定の時期に,外国の制度をまねて,一斉に教育制 度を整備したというのではなくて,まさしく,イギリス自体のなかで,しかも,主として民間の 有志によって学校が自主的に設立され,経営されてきたがために,国家の干渉を,極力,排除した ことによるところ大なるものがある。しかも,一般民衆のための初等教育と,初等部を含む特権

... 

的中等学校教育がどちらかといえば,別系統に発生し,発展してきたという点に基本的にもとめ られるのである。しかも,これらが相互に重複,不足をともないながら,統合されずにすまされ てきたことによるものである。さらに,歴史的にみて,イギリスの

Publicschool

Gram‑

mar schoolなどの特権的学校の伝統が,きわめて強く,従って,一般民衆の教育に対する要求

が,近代社会の発展にともなって,高まってきた場合,学校が国民の教育要求に応じきれず,む しろ,学校そのものが, 「階級差を反映し,それを,再生産する」

8)

という役割をすら果してき たものである。このことは,ただ単に,イギリスだけの現象ではなくて,西ヨーロッパ諸国に共 通の現象であり,程度の差こそあれ, ドイツの

Gymnasium

やフランスの

Lycee

についても等

しくいえることである。

1)  Collogue Europeen, Une education Pour notre temps. Problemes et Perspectives

—-

1969. 

P.  249 "L'Ed ucation et le  developpement scientlf1que, economique et social" 

2)  J. Vaizey, Education for tomorrow. 1962. P. 22 

3)  H.J. Laski, Reflections on the Revolution of our time. 1943. P. 131 

(4)

イギリスにおける教育改革の動向について(本庄)

現在のイギリスの教育制度は,

1944

年の教育法

(EducationAct, 1944)に基礎をおいているが,

これ以来,比較的長期の展望と計画にもとづき,着実に,しかも中央による全般的改革をすすめ ているものである。勿論,それ以前に,第一次世界大戦後,ヨーロッパ諸国にみられた「教育の 機会均等」に対する要求が,ここでも高まり,伝統的なイギリスの教育育制度を改革する運動 が,次第に高まってきたのであるが,これが「すべてのものに中等教育を」

(Secondaryeducation  for all)

とする教育運動であったのである。

1944

年の教育法は,バトラー法とよばれているものであるが,これは,

1941

年の教育白書「教 育改造」

(Educational reconstruction)にもとづいて公布されたものであり, 1833

年の教育法,

1870

年法,

1902

年法,

1918

年のフィッシャー法につづく,きわめて画期的なものであった。バト ラー法は,

(1)

中央行政の統制, 指揮

(Controland direction of central administration) 4)

と(

2)

教 育の機会均等と地方教育当局

(localeducaion authories)

の教育的責任

s)'(3)3

つの教育段階

(three stages of the system)つまり,初等教育,中等教育,継続教育 (furthereducation)の確

6)

3

つを基本方針としたものである。具体的提言は,義務教育を

5

オから

15

オまでの1

0

年間 として,これを

1947

年より実施し,さらに,できるだけ速やかに,義務教育を1

1

年制に延長すべ きことを公表し,中等学校については,

Grammarschoolや Technicalschoolのほかに, 4

年制の近代学校

(Modernschool)を設けたことである。さらに,継続教育として,義務教育終了

後より

18

オまでの青少年で,第

6

年級

(Sixthform)または,高等教育機関に在籍していないも

のに対して,普通教育を中心とする定時制教育を与えることを約束したものである。

このバトラー法にみられる

3

つの具体的提案,即ち,義務教育年限の

1

年延長と,モダーン・

スクールの設置,ならびにそれの卒業生のための定時制教育センターの設立に関する必要性につ いて,

1956

年,政府は, 中央教育助言審議会

(CentralAdvisory Council for Education) 7)

には かったのであるが,これが1

959

年の同審議会の答申「1

5

オから

18

オまで」

'15 to 18' 

と題する

760

(1

部 ,

2

部)に及ぶクラウザー報告

(Crowtherreport)  s)

である。これは,最近のマス・

コミュニケーションの発達や,技術革新の著しい進展に対処してゆくために,今後の教育はいか になければならないかをきわめて広範な分野にわたって論究し,調査研究したものであるが,特 に,今後は「機械や装置に対する一般的理解力」を,すべての子どもに与える必要から,高度エ 業社会における一般的技術的知性

(generalmechanical intelligence)

なるものの必要性を強調し

たものである。特に,具体的提案として,

(1)

社会的労働能力のレベル・アップから,義務教育年限を,いままでの1

5

オより

1

年延長して

4)  Education Act, 1944.  Part  I. Sect. 15. 

5)  Ibid.,  Part II.  Sect. 6.  6)  Ibid.,  Part n. Sect. 7. 

7) 

これは,

1944

年の教育法によって, 旧来の中央諮問委員会

(Consoltative Committee)

のかわりに設 けられたものである。

8)  A report of the Central Advisory Council for Education  (England), 15 to 18,  1959. 

‑ 3 ‑

(5)

関西大学『社会学部紀要」第

1

巻第

1

16

オまでとし,しかも,ベビー・プームのすぎる

1962

年から

65

年までの間に,中等教育に入るも のから,この

1

年延長を実施すること。

(2)

勤労青少年に対する教育機関として,新しく,

Countycollegeを設け, 15

オから

18

オまで の勤労青少年が,働きつつ学ぶ昼間の定時制カレッヂを全国に設置し,これを義務づけようとし たこと.

である。中等教育の後期で,全日制という条件で,教育をうけるものは,僅か同年令層の

25

パ ーセントにすぎないが故に,定時制の教育センターとしてのカウンティ・カレッヂを設置せよと いうものであった。まさに,教育をうける権利の二重構造における底辺部と日向の存在との差 を,できるだけ,せばめんとする意図のもとに行なわれたものであり,また,未開発の人的能力 を最大限開発せんがために,中等教育の量的拡大をめざしたものであったのである。

ところが,政府は,中央教育助言審議会の答申を一向に尊重しそうになかったがために,中教 審は,

1963

10

月に, 「われわれの未来の半分」

(Half our Future)

と題するニューサム報告

(Newtham Report)を発表したのである。この報告書は13

オから

16

オまでの前期中等教育にお いて,平均ないし平均以下の能力をもつ子どもたちは,中等教育の約半分を占めており,彼らに 対して,もし国家が適切な教育ないし教育条件を提供しさえすれば,能力を一人前に高めるこ とができるものであり,また,このことが,まさに,

Nationalresourceの開発につながるわけ

である。そのために必要な人的物的教育諸条件の拡充を提言したものである。従って,とりあえ ず,義務教育を

1

年延長し,

1965

年に中等学校へ入学するものから,これを実施せよと勧告した ものである。かくして,政府は,

1964

1

月に,

1967

年から義務教育の

1

年延長を行なうことを 決定したのである。

勿論,

1963

9

月,労働党は第6

2

回定期大会をひらき,ウィルソンを党首として総選挙にのぞ み , 「労働党と科学革命」と題する政策の基調を発表し,「社会主義と科学」の結合をうったえ,

とくに,中等教育について,青少年の

4

分の

1

から後期中等教育の機会をうばうことは,教育の 機会均等原則にもとるものであり, このような中等教育の改革をかかげて選挙にのぞんだこと は,いうまでもないことである。

( 2 )   義務教育の上向延長

イギリスの現行教育制度は, 基本的に, 幼児教育

(infanteducation), 

初等教育

(primary education)

中等教育

(secondaryeducation)  , 

高等教育

(highereducation)

に分けることができ

るが,中等教育段階の後期における第

6

年級

(sixthform)

と継続教育

(furthereducation)

が , 今後の教育改革の課題となってくるであろう。

(1)

は,現行イギリスの教育制度を,

EdmundJ. King

Other School and Others.  a  comparative study for today,  1968. (p. 101)

によって表わしたものであるが,縦軸を年令,

横軸を就学人口によるおよその配分とし,縦軸の右側を年級および

degree,certificatesの習得

(6)

『ゞ<.,I や ゜゜

...,  ゜゜

10 

11 

12  13  14  15  16 

17 

18  19  20 

~

22  23  24 

Nursery Schools 

5

PreptorySchools 

.nd  and Wales "In日目邑ion

Infnnt Schools  Junior  Schools  Secondary  Modem Schools 

II II  Public Schools 

"‑i

1

l=I I

I1<1 1<1  Primary Education 

General  Certificate 

Education (Advanced) 

Gene a‑

S

ユ奇吾

Education

(oa 

inary)  Dip! 03 as 

B.A., B.Sc., 

Dip! maor  Certificate 

MA.MSc. 

E

Research  Ph.D. 

Higher  Doc! rates  DEGREE OR  CERTIFICATE 

DY 

111111  School System in England and Wales  4 ヤ9x‑nt}が悽碕舜哄〇湮面‑c0ぐ/

A( 丼円︶

(7)

関西大学『社会学部紀要」第

1

巻 第

1

号 段階としたものである。

まず,幼児教育よりながめれば,

2

オから保育学校

(nurseryschool), 

または

3

オから幼児学 校

(infantschool)の保育部 (nurseryclasses)に入ることができる。

日本のそれと比較して,ィ ギリスの場合は,保育学校の新設に対して,制限的な態度をとっているのである。世界的動向と しては,就学前教育が改めて見直されているのであるが,イギリスでは

1945

年以降,義務教育を うける児童,生徒の急激な増加により,むしろ「義務教育の完全実施」と「その上向延長」を課 題としているものである。

イギリスの義務教育は,

5

オから

10

年間, 即ち,

15

オまでであるが, これを本年度

(1970

年 ) より

16

オにひきあげるべく,この点に政策的力点をおいているものである。初等教育は,表(

1)

の 如<'

5

オから 1 1オまでであって,これを幼児学校

(5 7

オ)と小学校

(7 11

オ)とに分けて いるのである。この

infantschoolとjuniorschoolが,独立して存在する場合もあれば,統

ーされて存在している場合もある。千里ニュータウンにおける初期の学校づくりの構想の中に,

幼稚園

2

年と小学校低学年

2

年を結びつけ, 「 高

(4

年)低

(4

年)分離の制度」

9)

が考えられて いたが,このことは,イギリスの教育制度にならう着想であったと思われる。

さらに,ィギリスは私立学校の伝統の強いところであるがために,私立の

Public school

に 進学するための準備として,

Preparatoryschool

があり,これは,

7

オから

13

オまでの子ども が通学するものである。 ( 表 ・

1

左端参照)

初等教育の充実に関して,

1967

年 , 中教審は

PlowdenReport10)

を発表し, 次の諸点を強 調したのであるが,

(1)

教育費のより多くを,初等教育にあてること。

( 2 )  3  5

 

オの幼児に対する教育を拡充すること。

( 3 )  

Infant schoolの 2年制を 3年制に延長し,それ以後に, 8

オから 1 2 オまでの中学校(

middle school)を設けること。

(4)

教員不足に対処するために,補助教員制度を設けること。

(5)

教育の格差をなくするために,優先強化地域を指定すること。

等の勧告を行なったのである。このプラウデン報告の

Priorityareaの指定(5)

に関して,ゴー ルドン・ウォーカー文相は,政策の重点事項の

1

つとして取りあげ,すでに,

1969

年,そのため の予算が一部つけられたのである。

しかし,政策の最重点目標の

1

つに,義務教育年限の

16

オ引きあげが存在することは事実であ り,すでに述べた如く,政府は,これを

1970

年度より実施することを決定しているものである。

9) 

鈴木,本庄, 「千里ニュータウンにおける教育調査」:関西大学経済政治研究所「調査と資料」第

4

( 昭

40.6),  P. 10. 

10)  A report  of  the  Cental  Advisory  Council  for Education (England),  "Children  and their  Primary schools.",  1967. 

(8)

イギリスにおける教育改革の動向について(本庄)

義務教育年限の上向延長については,ただ単にイギリスのみならず,フランスにおいても,すで に

1967

年から

2

ケ年延長されて,

16

オまでの

10

年間になっており,また,ソビエト同盟において も

1959

年の「学校と生活の結びつきの強化と,ソビエト国民教育制度のより一層の発展につい て」以来, 1 1年制

(18

オまで)学校の完成をめざしているものである。

義務教育年限の上向延長は,社会・経済,文化の進歩からみて,旧来の年限が不充分であると いう見解が一般に高まってきたという事実によるものであり,イギリス全体で

60

バーセントの子 弟が, 義務教育の年限以上に就学させているということは, ( 痴

1)

16

オにおける斜線以外のもの)

すでに年限延長を緊急の要請たらしめていることをもの語るものである。しかも,この年限延長 は,一般的には,教育の機会均等の確立ないしより一層の拡大から考えられているものである が,イギリスの場合は,何よ・りもこの機会均等という 「平等の原則」が, 「階級性の排除」とつ ながっている点が特色といえるであろう。イギリス的アリストクラシーを打破して,真に民主的 な新しい社会

(Newsociety) 11)

を目指す限り,教育制度に内在する不平等を何よりも早くとり のぞき,教育の分化,多様化,早期選別を,その統一化,共通化,後期選別に切り換えねばなら ないのである。子どものもつ才能は,正確に早く発見されねばならないが,しかし,コースヘの 選別,分化は, できるだけおそく延長する

(earlyidentification and late separation)ことが大切

なのである。そのための条件として,すべての子どもに無差別,平等に普通教育を与え,すべて の子どもの諸能力を最大限発揮させる配慮をした上で, 全般的レベル・アップのなかから, 「 適 正な選抜」を行なうわけである。ここに,義務教育の年限延長の根拠とそれにかかわるメリット クラシィの原理をおいているものである。

さらに,義務教育の延長は,現代における義務教育観の変化より考えられるのであるが,絶対 主義体制の如きは,まさしく,教育は国家に対する国民の義務であったが,しかしながら,現代 の義務教育は,生存権にかかわる人権の

1

つとしての「教育を受ける権利」を,現実的に保障す る極めて有力な手段

12)

として把えられ,しかも,この義務教育の内容としての普通教育

(general edcuation)を,すべての国民に,無差別,平等に与えるということである。従って,絶対主義的

な国家に対する義務とか,「教育の私事性」にもとづく近代的義務教育観ではなくて,まさしく,

現代の要請する社会的平均能力の基礎としての普通教育を,国民すべてのものに平等に与え,現 代の科学技術の構造的発展,社会の発展に対応した基礎学力を身につけることは,国民の当然の 権利となるわけである。従って,これは,単なる年限延長の問題ではなくて,「普通教育の前進」

と,その現代化をもとめ,中等教育段階で顕著にあらわれている複線型学校体系そのものを,ぁ らためさせてゆくわけである

13)

。さらに,また,応能概念を,「子どもの学習権」からとらえる

11)  Robin Pedly, The Comprehensive School. 1967, PP. 1131. 

12)  Ronald Gould, The N. U. T.  View on the Educational Reforms. 1967,  JAN., Introduction.  13)  Colloque Europeen,  Une education Pour notre temps, P. 111, Rapport 3. Les structures de 

I'education dans les  pays industriellement developpes. 

‑ 7 ‑

(9)

関西大学『社会学部紀要』第

1

巻第

1

ということは,いまや,ヨーロッパ諸国では常識となりつつあると思われるのである。なお,義 務教育に関して,ベルギーやスイスでは,義務教育費を年令できり,それ以上で終了できない者 に対しては,義務教育機関在学中といえども,私費でまかなわせているものである。これは,財 政的理由によるというよりは,むしろ,日本の如き「年令主義」ではなくて, 「課程主義」の反 映として理解すべきものである。

以上の如き,義務教育の上向延長の諸論拠は,次の中等教育における統一的な綜合制の実現に ついても,同様のものがうかがえるのである。

( 3 )   分離制

(Separatism)

より綜合制へ

教育機会の不均等は,中等教育段階に顕著にあらわれるものであるが, イギリスの場合, 「 教 育の機会均等」ということは,「ごく少数の子どもにとってのみ意味のある」

14)

ことがらであっ

.... 

たし,しかも,「社会階層

(socialclass)

という現象が,教育における不自然な機会の不均等の主 要因」となっていたものである。例えば, 特権的なグラマー・スクールヘの入学を希望する者 は,専門職80 パーセント,熟練労働者50 バーセント,非熟練労働者3

5

バーセントと,きわめて高 い比率をあらわしている

15)

にもかかわらず,その入学者は,

1944

年教育法において特待生

(spe cial place)制度のできたあとにおいても,依然,同年令層の2

割にすぎず,しかも,労働階層に

とって,グラマー・スクールヘの入学は,表

2

の如く,きわめて少ないのである。

2

1952

11953

11954

年 専門職事業経営者,管理者

40(%)  59( 64(%) 

クラークス

35  44  46 

職長,小商店主

21  30  32 

熟練および非熟練労働者

15  14  12  J. E. Floud, A. H. Halsey ; Social class and Educational 

これは,南西ハーフォードシャ ーにおける 3年間の推移をみたも のであるが,グラマー・スクール は,やはり中流階級ないしそれ以 上の子弟のためのものであり,労 働階級が,それに結びつきうるパ ーセントは年々,少しづつ減少し

opportunity. 1956. 

(本庄良邦訳,

76

さえしているのである。

従って,「出来るだけ平等な条件」で, すべての階層の子どもたちに, 公的な中等学校を開放 するということは,「中等教育を通しての経済的社会的機会の平等ということを事実上意味する こと」

16)

になるものである。このイギリス社会学界の長老である

D.V.

グラースの考えをうけつ いだ門弟の

J.

フラウドや

A.H.

ハルゼーらは, 旧来, 教育機会があきらかに社会階層と結び ついていた事実をあきらかにしたが故に,すべての子どもが,能力の最大限の発展のために,必 要な機会を平等に与えねばならないものとして,生得的能力観を打破し,子どもをとりまく文化

14)  J. E. Floud, A. H. Halsey, F.  M. Martin, Social  class and Educational Opportunity. 1956.  15)  D. V. Glass, (ed), Social Mobility in Britain. 1954,  P. 163. 

16)  D. V. Glass (ed), Social mobility in Britain. 1954,  PP.1045. 

(10)

イギリスにおける教育改革の動向について(本庄)

的要因にこそ目をそそがねばならないとする。即ち, 「心理学的および社会学的研究は, 測定さ れる知能や教育の達成には社会的要因が影響を及ぽすと発表しているが,それと同時に,教育の 機会均等は,より強い意味において,人間の能力の発展にとって障害となるものを克服する機会 をも含むよう定義しなおす必要がある」

17)

としているのである。

この意味で,イギリスの中等教育は,いまや教育改革の焦点となっており,これが,現行では,

12

オから始められているが,そのうち

15

オまでが義務教育となっているのである。さらに,大学 進学のための勉学をつづけるもののために, それ以降から

18

オまでの期間を, いわゆる

Sixth Form 

( 第

6

年級)としているが,これは, 中等教育の後半である第

6, 7, (8)

年級を一括して第

6

年級とし,この期間に,

G.C. E. (General Certificates of Education)

の資格試験をうけるわけ である(表( 1 ) 参照)。

公的な中等教育機関として,イギリスでは,旧来より三本建てとなっていたが,それは周知の ごとく,

Grammar‑school

Technicalschool, Modern school

の三課程制

(tripartitism)

である。グラマー・スクールは,最も古い歴史を有する学校で,大学進学のための準備的色彩が 強く,

11

オ余の統一試験

(Elevenplus examination)

の成績の上位

2

割のものが入学する学校で あった。テクニカル・スクールは,職業技術の必要性が高まるにつれて

1910

年代から設けられた 学校であるが,これは, 現在, 量的に減少の一路をたどりつつあり, しかも,次のモダーン・

スクールとあまり差がなくなりつつあるように思われる。 さらに, テクニカル・スクールは,

fulltime

parttime

に分け,むしろ,「パート・タイムの技術学校の拡充を中心とする文教 政策」をとってきたものである。モダーン・スクールは,

1924

年の労働党政府が任命したハドウ

(Hadow)

委員会の報告にもとづいて設けられたものであって, 初等教育を終了したすべての子 どもを

15

オまで(義務教育が

15

オまでに延長されたのは,

1947

年からである), 普通教育をうけさせる ために設けられた学校である。

これらの三つの中等学校は,

11

オ余の統一試験の成績によって,およそ,グラマー・スクール

20

パーセント,テクニカル・スクール

5

パーセント, モダーン・スクール

60

パーセント(残りは,

私立学校)に配分されてきたが, 1 1オで子どもの将来の進路を決定することに対して,従来より,

きびしい批判がなされていたのである。

労働党政府は, 政権獲得後,

1965

7

月1

2

日に, すべての地方教育庁に対して通達を出し,

11

オ余の統一試験を廃止し,中等教育における分離制度を廃止することは,政府が公けにした 公約であり,

1965

1

月2

1

日の下院において承認された方針である」がために,「

11

オから

18

オ までの生徒を無差別,平等に受け入れる

ComprehensiveSchool

の制度の確立」をおこなうか ら,「地方教育当局は, この一年内に中等学校再編計画を政府に提出すること」を要請した。労 働党は,教育の機会均等の原則と,早期選別による問題性から,中等教育における綜合制への方

17)  OECD, Ability and Educational Opportunity. 1961. A. H. 

ハ ル ゼ ー報告,石田訳

8

頁 。

‑ 9 ‑

(11)

関西大学「社会学部紀要」第

1

巻第

1

向を積極的に打ち出しているものである。

これら

4

つの公的中等教育機関の,

1965

1

月現在の数(但し,

EnglandとWales

のみ)を比 較してみると,下表の如きものである。

3

表(

3)

の如く,

1965

年度の, イングラン

!学校数

1

生徒数(単位千人) ドとウェールズ全体で

Comprehensive School在学者は,僅か, 8.5

バーセントに すぎないが,しかし,これが最も発展して いるロンドン市内では,同年度で5

0

バーセ

ントを超えている(表

4)

のである。

表(

4)

18),

ロンドン市内のみの1

956

年 から

1965

年までの綜合制学校,文法学校,

その他の中等学校の推移を,各中等学校第

Grammar School  1,285  719(25.5%) 

Technical School  172  86(3%)  Modern School  3,727  1,555(55.2%)  Comprehensive School  262  240(8.5%) 

417  221(7.8%) 

5, 863 

2, 819  100

4

ヽ ` ' /

% 

︵ 

6 8

6 4

6 0

5 6

5 2

4 8

M 4

0 3

6 3

2 2

8 2

4 2

0 1

6 1

2 8

4  

\ 

` 

\ 

\ 

\  ` 

` 

Comprehensive. 

' ,  

.

-~-—

-All other secondary. 

̲ /  ̲̲ ̲ 

‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑‑Grammar. 

1956  1957  1958  1959  1960  1961  1962  1963  1964  1965

年 コンプリヘンシヴ・スクール

‑‑‑‑‑‑ーグラマー・スクール

―-——その他

18)  Inner London Education Statistics. 196465,  P. 11. 

‑ 10‑

表 6 Age o f  a l l   c a n d i d a t e s ,  Summer e x a m i n a t i o n ,  1 9 6 6  
表 9 S t u d e n t s  i n  H i g h e r  E d u c a t i o n ,  R o b b i n s  P r o j e c t i o n s  and A c t u a l  Outcome  1963/4‑1967/8  U n i v e r s i t i e s  I  C e d o u l l c e a g t e i s on   o f  I  F e ud ru tc a h t e i r o  n  A e d l l u  c

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