中学校の小説指導に関する一考察
国文学研究室 田口守
は じ め にやまなし
小学校国語の教科書教材としての物語類と︑その発展教材である中
学校の小説との間には︑質的にみて越え難いほどの大きな断層がある
ことに気づく︒特に現代小説が採録されている場合にその感を強く
する︒登場人物の性格やその抱懐する人生観が複雑になり︑人物の言
動から直接に心情を把握できない場合も多くなる︒小学校の教材が子
供を対象として書かれた児童文学の中より選ばれているのに対して︑
中学校のそれが一般文芸誌上の成人文学中より選ばれることが多
いためであろうか︒中学校の段階ではじめてこのような大人の文学に
接する訳であるから︑その出逢いは大切にされなければならないし︑
その指導も小・中間の落差を考慮した慎重な配慮の下になされなければ
ならないと考える︒本稿はその前提として︑中学校の代表的小説教材
の二︑三を選び︑それを小学校の物語の地平より眺めながら︑その教
材としての特質を明らかにしょうとしたものである︒ 小学校の教材にも﹃やまなし﹄ ︵宮沢賢治作・光村図書六年上︶のような複雑な性格を備えた作品もあり︑中学校への接点に立つ教材として分析する必要を感じる︒ ﹃やまなし﹄は︑﹁小さな谷川﹂の五月と十二月の二つの場面より成っている︒主題もその二つの場面を重ね合わせることにより︑自然に浮かび出る仕組みになっている︒だから︑二元対比を基本とするたとえば正直爺さんと欲ばり婆さんの民話などの構造と︑その意味では本質的に変わるものではない︒主題提示法としては単純な部類に属する︒ところが︑これを大学の教材研究の受講者に課して主題を求めさせても︑十分満足できる解答を得ることができないのはなぜか︒その困難さは何に起因するかについて︑以下考えてみたい︒ 五月の場面 二匹の蟹の子が川底で﹁クランポンが笑ったよ﹂と楽
しそうに話し合っている時︑突然﹁銀の色の腹をひるがえして﹂一匹
の魚が現われ︑クランポンが死ぬ︒ ﹁クランポンは︑死んだよ﹂ ﹁ク
ランポンは︑殺されたよ﹂との兄弟蟹の会話により︑クランポンは魚
二
一1 61一
に食べられたのだとわかる︒又﹁青光りのまるでぎらぎらする鉄
ぼうだまのようなもの﹂が飛び込んできて︑魚とともに消える︒お
とうさんの話で︑それが﹁かわせみ﹂だとわかる︒ ﹁さかなは︑こわ
い所へ行った﹂というから︑ ﹁かわせみ﹂に食べられたのであろう︒
きれないカバの花の流れで︑五月の場面は終っている︒
十二月の場面冷たい水の底まで月の光︒蟹の子供たちは︑自分た
ちの吐く泡の大きさ比べに興じている︒そこへ︑ドブンと﹁黒い丸い
大きなものが天じょうから落ち﹂てきて︑子供たちは﹁かわせみだ﹂
と不安がる︒父蟹の説明で︑それは﹁やまなし﹂の熟した実だと知れ
る︒ ﹁そこらの月明かりの水の中は︐やまなしのいいにおいでいっぱ
いでした﹂とも語られる︒三匹の蟹は︑この﹁やまなし﹂を楽しそう
に追いかけてゆく︒ ﹁波は︑いよいよ青薄いほのほをゆらゆらと上げ
ました︒それはまた︑金ごう石の粉をはいているようでした﹂という
情景で︑この場面は終る︒
この五月と十二月の二つの場面は︑周囲の情景を含めて対照的に描
かれている︒ともに水中の美しい清景を背景に語られている点は︑お
なじであるが︒
殺 か 金 太 昼 五
盆
獄
わ 色
陽 月 月
せ の の
み 光 場㊥
平
や
青 月 夜
十
♀
安 ま 臼
二 二
な
い
月 月
し 光 の
場面
)
ところで︑常識的にいって五月のイメージは︑風薫る五月︑爽快さ︑
太陽の輝き︑花々と青葉︑生命の躍動等の語と結びつてう︒十二月に
比して︑五月は︒ブラスの感覚で受け入れられる健康な季節であろう︒ 一二
この谷川の二匹の蟹の目で把えられた五月の景も︑それを水中の世界
に移しているだけで︑本質的には変わらない︒問題は殺織劇が明るい
五月の太陽の輝きの下で行われている点にある︒殺獄劇の背景として
は︑この五月の景は明朗過ぎる︒五月の景との間に意味的連関を求め
の の ゆ ぶ ゆ ゆ ゆ ゆることができず︑五月に殺織が行われたという一つの事実として意識
されるにとどまる︒仮りにここで︑幽霊の出現には寺の鐘の音や不気
味な鳥の声や生臭い風が描かれるように︑この殺識劇をサ層盛り上げ
ることのできるある種の情景を背景として用意したならば︑そこに描
かれた情景は︑殺鐵の恐怖劇を盛り上げるものとして有意性を持つこ
とができよう︒小学校の物語に描かれる事件と背景との関係は︑こう
した段階のものである︒カバの花の流れる︑金色に輝く五月の情景の
下での殺激劇は︑感覚的に新鮮であっても︑常識的次元を超えた描き
方である︒だからここでは常識的に見て相応しくないと意識させる
ゆ ゆ ゆ ゆ り ゆ ゆ ゆことが必要であろう︒五月に殺識劇が行われたという一つの事実と
して意識される段階では︑ ﹁五月﹂は偶然その時にことが行われたと
いう時を示すだけで終ってしまうからである︒それでは︑五月の景の
意味を求めての次の活動を開始することができない︒.
作者は慎重に︑これに重ねるべく十二月の場面を用意した︒常識的
にみれば︑十二月の水中は死の世界であろう︒五月の﹁生﹂に対して︑
十二月には﹁死﹂がふさわしい︒それを逆転させてみたところに︑こ
の一編の特色があり︑難解さがある︒と同時に︑この逆転によって
﹁五月﹂ ﹁十二月﹂の景が単なる背景以上の意味を帯びてくるのであ
る︒ 光村図書の﹃学習指導書﹄は︑この作晶に対して詳しい分析を試み
ている︒まず︑五月の場面には﹁明﹂と﹁暗﹂︑ ﹁静﹂と﹁動﹂の交
互の組み合わせがあるとして︑
〇五月にふさわしい明るいイメージで始まった物語は︑明と暗︑静
と動をくり返し︑次第に不吉な色を濃くしていく︒そして最後に︑
魚の死という恐怖の世界に落とされる︒
〇五月という明るい自然の中で︑殺し殺されるすさまじい修羅の世
界が展開されるのである︒
○そこへ臼いかばの花が流れてくる︒臼い美しいかばの花が静かに
すべっていくというイメージで︑おそろしい暗いイメージが落ち
着きを取りもどす︒
と︑ゆきとどいた解説を付している︒更に﹁十二月﹂の場面を︑ ﹁明
暗の対比が少なく︑むしろ全体として明るく平和なイメージである﹂
とおさえ︑一編全体としては幅
﹁五月﹂は全体として暗いイメージであり︑ ﹁十二月﹂は全体と
して明るいイメージととらえることができよう︒つまり︑部分的
に明と暗をくり返したこの物語は︑全体として﹁五月しと﹁十二
月﹂が明と暗の対照をなしているのである︒
と解釈する︒最後に主題について︑
﹁やまなし﹂の世界は︑
﹁不安なこと︑おそろしいこともあるが鳩﹃やまなし﹄という題
名に象徴される︑静かな喜びの世界である﹂
として︑ 人生にはさまざまな不安や恐怖があるにしても︑側壁として︑人
生は明るく平和な生きるに値するものなんだということを︑イメ
ージとして感得させることがたいせつである︒そして︑これがこ
の作昴の主題であるということができる︒
と結ぶ︒ 光村図書のこの一編の解釈を高く評価しながらも︑その主題の受け
取り方に対しては︑承服できないものを感じる︒ ﹁五月しと﹁十二月﹂
の対比を強調しながら︑最終的にそれを並列させて理解しようとして いるからである︒ ﹁人生にはさまざまな不安や恐怖があるにしても︑全体として︑人生は明るく⁝⁝﹂としているのがそれである︒ ﹁五月中の場面に︑ ﹁明﹂と﹁暗﹂の交錯を見るのは正しい理解に違いない︒五月という太陽の輝きと隼命の躍動の季節は.同時に殺無性を内包した季節であるとする認識が︑ここには示されている︒殺し合いによって保たれる美しい季節であり︑生命の祭典が描き出されているのである︒十二月は︑その対極にある世界︑殺し合いのない静鑑︑平安の世界として定位されなければならない︒それは︑ ﹁五月﹂の世界︑ ﹁かわせみ﹂的弱肉強食の世界の否定の上に描き出されたもので︑
﹁全体として︑人生は明るく﹂といった平板な理解を拒否する厳
しい対比の上に築かれた﹁やまなし﹂的世界と考えるべきだろう︒
﹁全体として︑人生は明るく平和な生きるに値するもの﹂という認識
とは異質の人生観︑世界観が六年生の前に提示されているのである︒
二 走れメ臼ス
昭和一五年﹃新潮﹄に発表された太宰治の﹃走れメロス﹄は︑現在
の中学校の小説教材としては︑最もポピュラーな作品である︒シルレ
ルの詩﹁人質﹂に依拠し︑また国定教科書コ飼等小学読本巻一﹄第三
課﹁真の知己﹂にもつながるといわれるこの作品は︑太宰文学の中で
はむしろ異質な.中期の明るい健康的な面を代表するもので︑そのテ
⁝マの明快さと︑それが﹁信実﹂とか﹁友情﹂とかいった学校教育が
好んで採り上げる徳目とも結びつく点︑小学校の﹃やまなし﹄とは対
照的な作品である︒近代小説はメロス的な英雄像を否定する傾向のも
のが主流をなすということができるとすれば︑これは現代文学の追求
する課題とは相渉ることの少ない古風な作品で︑むしろ小学校の物語
教材として扱うべきもののようにも思われる︒しかし︑このメロス像
一三
一163聯
は王ディオニスとの厳しい対比の上に成り立っており︑二者の関係を︑
メロスは太宰の理想とし︑希求したものの具現︑古代的︑素朴単
純な人間像として造型されているのに対して︑王は太宰の脱却し
たいと願ったものの具現︑すなわち近代人的複雑さを持った人間
として描かれている︒
という図式で把えることが許されれば︑これまた﹃やまなし﹄の五月
と十二月の場面の対比にも通じ︑現代文学特有の複雑な相貌を呈して
くる︒ しかしながら︑この作品は暴君ディォニスに対するメロスの勝利を
描くことを最終目標としているのであるから︑王はついには折伏され
る運命にあり︑メロスは最終的に称賛を約束されている︒その意味で
はやはり︑勧懲小説的傾向の強い作品である︒だから指導に当っては︑
単なる勧懲小説と受け取らせないための慎重な配慮が必要であろう︒
ここでは﹃走れメロス﹄論を展開する余裕はないので︑冒頭部︑王と
メロスの対決の場に絞って考察を加えることにする︒.
王ディオニスを︑単に折伏されるものとして扱うことなく︑メロス
と王の緊張関係を最後まで持続させるには︑二人の最初の出逢いの場
の読みを深める必要があろう︒﹃指導書﹄類は︑そこで左の一文に注
目する︒ 暴君ディオニスは.静かに︑けれども威厳をもって問い詰めた︒
その王の顔は蒼白で︑みけんのしわは︑刻み込まれたように深か
つた︒
光村図書︵中・二︶は︑ ﹁静かに云々﹂には︑ ﹁自分を殺そうとした
メロスに対し︑静かに落ち着いて問うている︒いわゆる暴君とは異な
った印象を与えるしと注し︑ ﹁顔は蒼白云々﹂には︑人間不信に陥っ
た王の苦悩と懐疑と孤独が表わされている︒その王の悩みは︑同時に
近代人としてのそれでもある﹂という解説を付し︑更に﹁みけんのし 一四わ云々﹂からは﹁人間信頼を求めつつも.それを得られないゆえの慢悩﹂を読みとろうとしている︒しかしこれらは︑王の風貌についての解釈であって︑何故にそのような苦渋に満ちた風貌を呈するに至ったかの理由にまで唱った追求はなされないのが普通である︒王ディオニスの復権を真に果たすためには︑この風貌に対する具体的事実の裏づけを求める必要があろう︒少なくともそれを求める学習者の欲求がなければ︑この作品は古風な勧懲小説の域にとどまらざるを得ないとしなければならない︒ メロスは激怒した︒必ず︑かの邪知暴虐の王を除かなければなら ぬと決意した︒ これが﹃走れ二二ス﹄の冒頭文である︒ここでディオニスは﹁邪知暴虐の王﹂と規定されているのである︒ディオニスを︑折伏を待つもの.否定されるものから︑勇者メロスに対決するものの地位に引き上げるには︑その風貌の解釈だけでは弱いとしなければなるまい︒ ディオニス復権がこの作晶を現代化するための手段としてなされたとすれば︑それはやはり解釈の正道とは言えない︒王とメロスの対決は︑二つの世界観︑二つの哲学の対決であり衝突である︒しかもここは︑迫真的緊迫感をもって読者に迫ってくる︒この場面における王の言動には︑王を﹁邪知暴虐﹂と規定したメロスそのものを︑ ﹁政治がわからぬ﹂ ﹁村の牧人﹂として相対化するだけの力がある︒この王ディオニスの復権を抑えているのは︑﹃やまなし﹂を平板な理解の中に封じ込めようとしたと同質の学校教育のもつ体質である︒この体質は︑小学校の物語教材では表面化することが少ない︒︑しかし成人用文学である中学校の小説に対した時︑その主題を歪曲し体制化させるものとして表面化することが多くなる︒今ここでディオニス復権を云々するのは︑その作用を排して作晶の内実に立ち入りたいからである︒
たとえば︑二者対決以前の次の箇所を注意深く読んでみよう︒
歩いているうちに︑メロスは︑町の様子を怪しく思った︒ひつそ
りしている︒もうすでに日も落ちて︑町の暗いのはあたりまえだ
が︑けれども︑なんだか︑夜のせいばかりではない︑町全体が︑
やけに寂しい︒のんきなメロスも︑だんだん不安になってきた︒
り ゆ り の セ リ ゆ り む リ ロ 道で会った若い衆をつかまえて︑何かあったのか︑二年前にこの
り り ゆ ゆ む り り の り ゆ ゆ り り り り り の ゆ ゆ ゆ 町に来たときは︑夜でも皆が歌を歌って︑町はにぎやかであった
り ゆ り る が︑と質問した︒
この中の傍点部の文に注意してみよう︒それによると︑この町は︑二
年前は平和で活気に満ち満ちていたことになる︒恐らく理想的な政治
が行われていたのであろう︒ところが今は︑町の様子が一変している︒
その原因は勿論︑王が人を殺すためであるが︑その段階の理解でと
どまっては課題を引き出すことができない︒二年前までは理想の政治
を実現していた王が︑何故変身したか︑王位の交替があったのか︑そ
うした疑問が生徒の側に生じないのは不自然である︒勿論︑二年前と
別の王が誕生したとは理解できない︒同一王であって︑理想の君主か
ら殺人鬼に転落した秘密を探らなければならない所以である︒
メロスの質問に︑老爺は答えて言った︒ ﹁王様は︑人を殺します﹂
と︒そしてメロスの︑ ﹁たくさんの人を殺したのか﹂の問いに対して
の答えは︑
﹁はい︑初めは王様の妹婿様を︒それから︑ご自身のお世継ぎを︒
それから︑親様を︒それから︑妹のお子様を︒それから︑皇后様
を︒それから︑賢臣のアレキス様を﹂
この箇所に関する﹃指導書﹄の説明を聞こう︒
○ここでは︑ ﹁それから﹂が五回繰り返して使われている︒老爺の
あたりはばかる様子とともに︑王がいかに多くの人を殺したかを
印象づけている﹂ ︵光村図書︶
○﹁それから﹂が五回繰り返されており︑王の殺した人間がいかに 多いかを印象的に表現している︵学校図書・二年︶両書同様の解釈を施す︒﹃指導書﹄がいうように︑五回の﹁それから﹂が殺された人間の数の多さを表わすものであることは.否定しない︒それと同時に︑殺した人の順序をも示していることを見落してはなるまいと考えるのである︒ ①妹婿︑②王の世継︑③妹︑④妹の子︑⑤皇后︑⑥賢臣アレキスこれが老爺の語った順序である︒⑥から臣下に入るが︑それまでの顯序は複雑である︒⑥以外は全て学区者︒その申で︑作者が妹婿を第一番目に挙げたのは注目してよかろう︒この順序性の中に︑王変身の秘密が隠されていることを否定できまい︒妹婿を中心に︑王ディオニスを廃帝に導かんとする陰謀があったであろうことも︑十分想像できよう︒この中の何人かは︑王の猜疑心の犠牲者であったかも知れないが︒ このような細部の検討を加えることをせず︑メロスの言葉通り﹁邪知暴虐﹂の王として読みすすめると︑どうなるか︒東京書籍︵二年︶が参考として掲げた次のような﹁生徒の反応﹂が︑当然その結果として現われることになろう︒ いくら邪知暴虐で人を信じられないからといって︑自分の子ども や妹たちや皇后まで殺すなんて︑完全に気ちがいだ︒だから︑お しまいにhわしもなかまに入れてくれまいか﹂と言ったって信じ られない︒群衆の間にどっと歓声が起こったとあるが︑ぼくだっ たら︑ちっとも喜びは感じもしないし︑見せもしない︒罪をつぐな ってほしいと思う︒
三 屋根の上のサワン
昭和四年に文芸誌﹃文学﹄に発表された井伏鱒二の﹃屋根のしのサ
ワン﹄も︑申学校の小説教材として採られることが多い︒
一五
一165一
これは︑傷ついた一羽のガンと﹁わたし﹂との交情を描いた詩情豊
かな作品であるが︑ここの﹁わたし﹂もまた︑複雑な心の持主である︒
ここでは﹁わたし﹂とサワンの出逢いから別れに至る顛末が︑ ﹁わた
し﹂の口を通して直接読者に語りかけられてゆく︒ ﹁わたし﹂は作申
の人物であるとともに語り手でもある︒こうした構造が﹁わたし﹂を
より複雑なものにしているようである︒
ここも︑冒頭の文章に隈瀕してその特色を考えることにする︒
おそらく気まぐれな狩猟家か︑いたずら好きな鉄砲撃ちかがねら
い撃ちにしたものにちがいありません︒わたしは︑沼池の岸で一
羽のガンが苦しんでいるのを見つけました︒
この冒頭の一文は平凡ではない︒小学校流の物語の世界に馴れた読者
が︑何か異質な︑新鮮なとまどいのようなものを感じることが予想さ ゆ れる文章である︒ ﹁気まぐれな狩猟家﹂ ﹁いたずら好きな鉄砲撃ち﹂
ゆ ゆ ゆが﹁ねらい撃ちにした﹂と︑何の感情移入もせず無造作に言ってのけ
ているからである︒﹃指導書﹂ ︵日本書籍・二年︶は︑この﹁気まぐ
れ﹂の語に︑ ﹁きまった考えがなく︑その時々の気分で心が動かされ
やすいこと﹂と︑﹃広辞苑﹄そのままの形の注を施しているが︑これ
では小説に対する新しい眼を開けることはできない︒この語は︑ ﹁お
そらく⁝⁝にちがいありません﹂という︑ ﹁わたし﹂の判断︑推量の
内容をなすものであるから︑読解としては判断の根拠を明らかにする
方向で検討を加え︑その根拠との関係で﹁気まぐれ﹂の内実を定めな
ければならないであろう︒
それではこうした判断︑推量の根拠は奈辺にあったとすべきであろ
うか︒ ﹁気まぐれな﹂とか﹁いたずら好きの﹂という語句からは︑小 学校教材﹃大造じいさんとガン﹄ ︵椋鳩十︶の中のじいさんのような
強い生活の臭を嗅ぎとることは困難である︒ ﹁わたし﹂の発見したガ
ンは︑翼に弾丸を受けながら沼池の岸に放置されていた︒厳しい探索 =ハ
が行われなかったことを意味しよう︒この場合.ガンを撃つ必然性が
それほど強くなかったことをも間接的に語っていることまで指適させ
る必要があろう︒そうした﹁わたし﹂の判断が︑この時の猟師に﹁気
まぐれな﹂とか﹁いたずら好きの﹂という形容を加えさせたのである︒ だからそこには︑大造じいさんがガンに立ち釣った時のような緊迫
感も清潔感もなかったにちがいない︒こうした読解作業を通じて浮か
び上ってくるのは︑憎むべき軽薄な猟師像である︒ところが語り手で
ある﹁わたし﹂は︑そうした動物愛護的感情を無視するかのように︑
﹁わたし﹂の判断だけを何の感慨も込めることなく無造作に述べた︒
新鮮なとまどいを感じさせるとしたのは︑そのためである︒
恐らくここは.小学校流の物語教材であったならば︑この時のガン
の苦しみを我が苦しみとし︑この鉄砲撃ちを憎む方向で指導がなされ
たであろうと推量される︒事実小学校の物語教材では.そうした子供
の自然な感情の流れに沿いながら︑それを増幅したり︑流れを少し変
えたりすることによって︑物語の頂点を極めることができるような作
品が主流をなしている︒ところが中学校の小説では︑この自然な感情
の流れを遮断したり︑抑制したり︑屈折させたりするといった内容の
ものが目立つ︒これもぞうした種類の小説である︒
わたしは︑足音を忍ばせながら傷ついたガンに近づいて︑それを
両手に拾い上げました︒そこで︑この一羽の渡り鳥の羽毛やから
だの暖かみは︑わたしの両手に伝わり︑この鳥の意外に重たい目
方は︑そのときのわたしの思い屈した心を慰めてくれました︒わ
たしは︑どうしてもこの鳥をじょうぶにしてやろうと決心して︑
それを両手にかかえて家に持って帰りました︒
右は︑ ﹁わたし﹂がこのガンを助けてやろうと決意するまでのいき
さつを述べた文である︒もし先の冒頭文において︑読者がガンへの同
庸心を強く持てば︑続いてここでは主人公がガン救助の行動に出るの
を期待し︑それを要求もしよう︒物語では︑そうした英雄的な行動が
描かれるのが普通である︒そしてそこに︑主人公の暖い思いやりのあ
るやさしい心を感じ︑それを頭で理解するだけでなく︑実感として心
に感ずるような指導がなされよう︒勿論そこでは︑主人公が何故助け
ようと決意したか︑などの説明はなされないのが普通である︒それは
人間として当然のことをしたまでであるからである︒救済の行為が何
も代償を期待していなければいないほど︑即ち無私の行為であればあ
るほど純粋で美談たり得るのである︒その結果︑助けられた鳥が報恩
の挙に出れば︑民話めいてもこよう︒
ところがここでは︑ ﹁わたし﹂が何故助けようと決意したかを語っ
ている︒それも無私の行為でなく︑ ﹁わたし﹂の心を慰めてくれたか
らだという︒その慰め方は︑ガンの体の暖かみと意外に重たい目方に
直接触れたからだと説明されている︒この理由も︑直観により︑また
想像力の助けを借りてはじめて理解されるといった内容のものである︒
中学校の小説の理解には︑本格的な想像力が要求される所以でもある︒
四 サーカスの馬
最後に︑本当の意味での現代小説︑戦後の作品から一つを選んで分
析することにする︒
昭和三十年﹃新潮﹄に掲載された安岡章太郎作﹃サーカスの馬﹄は.
現在︑光村図書︵二年︶︑教育出版︵二年︶︑日本書籍︵三年︶の三
社の教科書に採用されている︒
はじめに︑構成に沿って内容を紹介する︒左は教育出版の﹃指導書﹄
からの引用である︒
ωぼくはまったくとりえのない生徒であり︑おまけに︑まったく人
好きのしないやつであった︒そうかといって︑不良少年というも のでさえなかった︒先生はもう怒りもしなくなった︒そこで︑ぼ くは. ﹁まあいいや︑どうだって﹂とつぶやいてみるのであった︒ 歯しばしば廊下に立たされるぼくは︑教室にいるよりは︑かえって︑ だれもいない廊下に一人で出ているほうが好きだった︒そして︑ ﹁まあいいや︑どうだって﹂と︑つぶやいた︒ ㈲サ⁝カスのテントの陰で︑くらの当たる部分がへこんだやせ馬を 見つけたぼくは︑自分の此間を発見したような身近さを感じた︒ そのやせ馬が︑やはり︑ ﹁まあいいや︑どうだって﹂と︑つぶや いているような気がした︒ 凶ある日︑サーカス小屋で︑観衆の前に引き出されたやせ馬を見つ けたぼくは︑かたわを見せ物にしなくたっていいじゃないかと︑ 団長の親方に激しく怒りを感じた︒ところが.くぼんだ背申に人 を乗せたやせ馬が︑長年鍛え抜いた巧みな曲芸を見せ始めると. このやせ馬が一座の花形だったことを知ったぼくは︑あっけにと られ.そして︑さかんな拍手を送った︒ この内容を更に要約すれば︑日本書籍のように. 劣等生で何のとりえもないと自ら思っている﹁ぼく﹂が︑同じよ うな境遇にあると思いこんでいた﹃サーカスの馬﹄が実は一座の 花形であったこと叡知って︑快哉の拍手を送る︒となる︒サーカスの馬を介して無気力な生活から脱出するきっかけをつかんだ少年の話として︑学校教育の中で重視されてきたことが︑おぼろげながら推察できる︒また︑このような要約でみる眼り︑この作品のどこに現代小説としての特質があるかわからなくなるのも事実であろう︒ ところが︑この作品の中に一歩足を踏み入れた生徒は︑ ﹁ぼく﹂の異様な心のありように接して︑とまどいをみせる︒
○先生にあんな目つきで見られたら︑私たちならショックをうける
;
・・L67v
なり︑なんらかの気持を持つのに. ﹁ぼく﹂はちがつたので︑
﹁ぼく﹂の心に疑問をもった︒
○私たちが﹁ぼくしだったら︑悲しくて泣いてしまうかもしれない︒
それなのに﹁ぼくしは何も感じない︒ここに私たちと﹁ぼく﹂の
ちがいがあると思った︒
〇一つもとりえのない生徒なんて見たことも聞いたこともなかった︒
○なぜ︑こんなふうにふつうの生徒とちがって︑どきょうがいいの
だろうと思った︒
○たいていの生徒は︑そんな時︑教室の中が気になっていられない
ものなのに︑一人で立っているほうが好きだという﹁ぼく﹂の心
がわからない︒
以上は︑茨城県石岡市立府中中学校の桂英輔氏の研究発表資料集︵第
二十二回茨城県教育研究連盟研究集会︶よウ引かせていただいた︒
﹁ぼぐ﹂の心を︑生徒たちが扱いかねている様が読みとれよう︒
ところで︑この﹁ぼく﹂の心は︑末尾の拍手の後どのようなものに
変化したのだろうか︒諸﹃指導書﹄は︑心の変化を強調しながら︑こ
の点になると歯切れが悪くなる︒ ﹁ぼく﹂の心︑その内的世界を把え
る作業から始めなければならないようである︒
﹁ぼく﹂は︑作中人物であると同時に語り手でもあるという点で︑
﹃屋根の上のサワン﹄に似ている︒語り手の﹁ぼく﹂は︑まず﹁ぼくし
という申学生が﹁まったくとりえのない生徒﹂であり︑ ﹁まったく人
好きのしないやつ﹂であり︑ ﹁不良少年でさえなかったしとして︑そ
の劣等ぶりを具体例を挙げながら説明してゆく︒小学校の物語教材な
らば︑こうした少年は馬何かのきっかけで努力するようになり︑立ち
直って立派になるというコースを歩む︒﹃ヴィーチャと学校友だち﹄
の中の﹁算数の宿題﹂のように︒﹃サーカスの馬﹄の要約の跡をたど
れば︑歯切れは悪いが︑ほぼこの方向をたどって授業が展開されるこ 一ズとを期待しているかのようである︒その歯切れの悪さの中に︑現代小説と学校教育の間の格闘の跡を読みとるべきかも知れない︒ この小説の中における﹁ぼく﹂の劣等ぶりは︑確かに桁はずれである︒御伽草子の﹁ものぐさ太郎﹂などは.ものぐさに徹することによって自分の運命を切り開いていった︒自分の運命を切り開いたというよりも︑その桁はずれのものぐさぶりが︑実は環常的次元を超えた存在に通ずる証でもあるのであるが︒ ﹁竹を四本立て︑薦をかけ﹂ただけのその住居は︑同時に聖なる空間を表示する︑その異形の風体はまた︑異装する神に他ならない︒こうして︑その中に潜在する超能力により異常な事業を完遂してゆく︒ ﹁ぼく﹂の劣等ぶりの中にも︑常人を超えた何ものかが潜んでいるかに感じられる︒かすかながらも︑そこに︑ものぐさ太郎の片鱗を認めることができるであろう︒ しかし︑ ﹁ぼく﹂が現代小説の主人公たり得ているのは︑このような度はずれた劣等性のためだけではない︒この劣等性と不可分に結びついている独特の心的世界を領有しているからである︒ 服装検査で︑ ﹁ぼく﹂のポケットからは﹁思いがけないものばかりが︑ひよいひょいととび出して︑担任の清川先生やぼく自身を驚かせるのだ﹂が︑ ﹁そんなとき.清川先生はもうおこりもせず︑分厚いめがねの奥から冷たい目つきでじっとぼくの顔を見﹂る︒ すると︑ぼくはくやしい気持ちにも︑悲しい気持ちにも︑なるこ とができず︑ただ心の申をからっぽにしたくなって︑目をそらせ ながら. ﹁まあいいや︑どうだって﹂ と︑つぶやいてみるのである︒ここに形象化された﹁ぼく﹂の心は︑中学生を允じうがせるに十分な凄みをもって迫ってくる︒中学生が未だかつて一度も想像したことす
らない心的風景に︑小説を通して接したのである︒このような瞬間を︑
教室では大切にしたいと考える︒この場面から︑清川先生と﹁ぼく﹂
との間の深い断絶を読みとらせるのは容易である︒しかし.そこから︑
清川先生に代表される学校社会の冷酷性を引き出し︑そこに注意を集
中し過ぎると︑ ﹁ぼく﹂は一転して殉教者に変じ︑劣等者から英雄へ
の道を歩きはじめることになる︒この小説は︑そうした道をも断った申
で話を展開していることに注意する必要があろう︒
この小説のクライマックスは︑末尾の段にあることは否定し得ない
事実である︒馬は︑ ﹁弓なりにへこんだところ﹂へ人を乗せて曲芸を
演じた︒その背は奇型であった筈だが︑その奇型が有用に転じたので
あった︒ ﹁ぼく﹂にも︑自分の心を奇型とする認識がある︒
他の生徒たちが︑郊外の作業で木の根を撃ったり︑もっこをかつい
で働いている時︑
ぼくは︑われしらず赤土の上に腰をおろしてほおづえをつきなが
ら︑遠くを流れている大きな川の背にちかぢかと日を反射させて
いるありさまを︑いつまでもながめているといったふうだった︒
これを見答めた先生に︑理由を尋ねられて答えられずに殴打されるの
だが︑ ﹁ぼく﹂にしてみれば︑ ﹁われしらず﹂そうしてしまうので.
どうしょうもないことだったのだ︒先のポケットの件でも.出てくる
品物が︑先生ばかりでなく︑ ﹁ぼく自身を驚かせるのだ﹂と述べてい
るのと軌を一にするところである︒このような風変りな心を抱く人物
として﹁ぼく﹂は描かれている︒いってみれば︑奇型の﹁心﹂である︒
奇型の背を持つ馬に拍手したのは︑それが︑この奇型の﹁心﹂と同一
視されていたためと解したい︒
馬はこの奇型の背を有用に転じた︒ ﹁ぼく﹂の奇型の心の特性は何
かを更に求めなければなるまい︒殴打事件の引用文を読むとわかるよ
うに︑ ﹁われしらず﹂ぼんやり眺める﹁ぼく﹂の目を通して描かれた
情景は非常に新鮮である︒そういえば︑この﹁ぼく﹂は眺めることの 好きな少年として描かれている︒ けれども︑ぼくは︑教室の中にいるよりは︑かえってだれもいな い廊下にひとりで来ているほうが好きだった︒ 実際︑ぼくは何ごとによらず︑ただながめていることが好きだっ たのである︒この作品の中に不意に現われるみずみずしい風景描写は︑この目で把えられた世界なのである︒この眺めるという行為は.この少年の心の本質をなす特性である︒中学校において落伍者となったのも︑この心のためである︒少年はこの心を改めることなく︑奇型のままで有用に転ずる道を見出しつつあったのである︒行為者でなく傍観者︑更に言えば観察者の自覚であるが︑安岡章太郎は︑恐らく自分の作家としての誕生の秘密を︑この小品を通して語っているのであろう︒不思議な心のために落伍者となった少年の︑その奇型の心に対する自負と誇持がこの結びを明るいものにしていると解したい︒
結
び
小学校の童話︑物語の段階から中学校の小説へと︑学習の自然な展
開が予想されるが︑この結果明らかになったものは︑作品中に盛られ
た人間観︑世界観の大きな落差︑断絶であった︒小学校の物語の世界
は︑堅固な日常的感覚︑常識的道徳に守られ︑それに導かれながら展
開してゆくのに対して.中学校の小説には︑この日常的人間観︑世界
観への深い疑念と批判を内在させ︑それを作品成立の契機としている
ものが多いからである︒︐
またこれに取り組む生徒の側は︑想像力の助けを借りて直観的に新
しい人間像を把握し得ても︑意識化の段階でこれを小学校の物語のレ
一九
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二〇
ベル.常識的人間観.道徳といった粋内に封じ込めようとする傾向が
強い︒中学校における小説の指導に当っては.小学校の物語との関連
を重視し︑生徒のこうした傾向をチェックしながら︑慎重な配慮の下
に教材分析を行い︑指導計画をたてる必要があると考える︒
参 考 文 献
﹃小学校新国語六年上﹄ ︵光村︶
同指導書︵光村︶
﹃中等新国語二﹄ ︵光村︶
同指導書︵光村︶
﹃中学校国語二﹄ ︵学校図書︶
同指導書︵学校図書︶
﹃中学校国語二﹄ ︵教育出版︶
同指導書︵教育出版︶
﹃申学国語5﹄ ︵日本書籍︶
同指導書︵日本書籍︶