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1. はじめに

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Academic year: 2022

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6.論 文 2010-June No.9

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滋賀大学 教育学部 教授 堀越 昌子

1. はじめに

滋賀の伝統食品としてまず第一にあがってくるのがフナズシである。湖北の出身であり、小さい頃より、フナズシに 馴染んできた者として、また食領域を研究の対象とする者として、フナズシは魅力ある研究対象である。

日本を含む東アジアから東南アジアにまたがるアジアモンスーン地域では、「米と魚」が食の柱である。高温多雨の 風土で稲が生まれ、多様な淡水魚が育ってきた。この地域は、同時に野菜や豆類、芋類、果物、きのこ類に恵まれ、

世界有数の豊かな食構成となっている。この地域のもう一つの注目すべき特徴は、微生物資源が豊富なことである。

地球上で最も多様な発酵食品が存在する。魚が乳酸菌で魚醤、塩辛、ナレズシ類になり、米が麹黴、酵母で酒にな り、さらに酢酸菌で酢になる。野菜は乳酸菌で漬物になる。大豆は納豆菌で納豆に、また麹黴で味噌、醤油になるな ど、多彩な発酵食品が産み出されてきた。暑くて湿気が多く、生ものが腐りやすい条件を逆に巧みに利用して発酵食 品がつくりだされてきた。

ナレズシは「肉類を澱粉質のものを使って発酵させたもの」と定義されており、モンスーンアジアで最も発達した加 工法である。モンスーンアジアのナレズシは、ほとんどが魚を米で発酵させたものである。魚醤や塩辛類の種類も多 彩である。獣肉加工では、ミンチ肉に糯米を加えて発酵させることで、酢っぱいソーセージにして、熱帯の気候下でも 保存できるようになる。

モンスーンアジアにおける食品の発酵過程では、多くの微生物が関与する。乳酸菌、麹黴、酵母、納豆菌などの微 生物が、単独でまた複合して食品素材に働き、多様な発酵食品が作り出される。発酵食品の多くは、独特の強烈な 味と臭気を持っていることが多い。また食品素材や棲息する微生物の違いによって、できあがった発酵食品は、地域 ごとに微妙に差異があり、それぞれ個性ある香り・匂い・味が醸し出される。それらの強烈な味と匂いは慣れるまで は敬遠されるが、一旦好きになると、やみつきになるおいしさである。

2. 琵琶湖のナレズシ文化

琵琶湖の周囲は稲作地帯が広がっている。食生活は豊かな米と淡水魚の組合せを軸に構成されており、栄養的に バランスのとれた優れた食事パターンが形成されている。日本の農村では、タンパク質とカルシウムと脂質が不足し ていたが、琵琶湖周辺では湖魚を食べることによって、それらの供給がはかれ、人々の健康に大きく貢献してきた。

湖魚は刺身、なます、煮魚、飴煮、豆煮、焼魚、ナレズシ、鍋、味噌汁などにされ、多様な淡水魚利用文化が形成さ れてきた。とりわけ琵琶湖周辺のナレズシ文化は、他に例のないユニークさを持っている。琵琶湖周辺では、獲れる 魚のほとんどがナレズシにされる。ニゴロブナ、ゲンゴロウブナ、ホンモロコ、ビワマス、イサザなどの固有種の魚か ら、コイ、アユ、ウグイ、オイカワ、ハス、ナマズなどの魚までナレズシにされる。湖魚はそれぞれ大きさも肉質も違っ ており、できあがりの味にも個性が出る。ナレズシには1年近く漬ける本ナレズシと、2 週間から 4 週間ほどで仕上げ る生ナレズシもある。

どうして滋賀の地で高度のナレズシ文化が形成されてきたのか。その答えは「琵琶湖があったから」であり、「豊富 な湖魚資源があったから」である。淡水魚は海産魚に比べて保存がきかない。その淡水魚の優れた保存方法が、乳 酸菌を増殖させるナレズシ発酵法であった。琵琶湖での漁獲量には季節変動があり、春から夏にかけて集中して魚

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がとれる。それらをご飯の好きな乳酸菌で発酵させ、酸漬けにして保存する。ナレズシにすると季節性のある魚を一 年中にふって食べることができる。発酵させることで骨が頭から尾まで丸ごと食べられるようになる。ナレズシは良質 のタンパク質源、脂質源であり、同時に良質のカルシウム給源となっている。

3. フナズシ

滋賀を代表するナレズシの代表格が「フナズシ」である。琵琶湖産のフナズシは強烈な臭さで定評がある。土産に 持っていって「腐っているのではないか」と捨てられてしまった経験を持つ人は多い。「これが本当に食べものか?」と 思わせるほどの臭さである。しかし滋賀県民はこのにおいと個性的な味をこよなく愛し、継承してきた。琵琶湖の湖 魚を発酵させて、ナレズシに加工する文化はまだ健在である。おもしろいのはそれぞれの家でフナズシの漬け方や 味にこだわりがあることである。「手前味噌」ならぬ「手前ずし」で、我が家のものが一番おいしいと思っている。店頭 売りのフナズシは一般にマイルドな味であるが、家々で漬けたものは強烈な風味のものが多い。漬ける時の飯量や 塩分に差があり、その後の温度管理や水管理、漬ける期間にも差があるので、漬けあがったフナズシは、さまざまな 味とにおい・かおりを持つようになる。塩辛さ、酸っぱさ、発酵臭に微妙な違いができるのである。それらのにおい成 分を分析してみると有機酸やエステル、アルコールなどの芳香成分のほかに、ケトンやアルデヒドなどの腐敗臭・生 臭さに近い成分が検出される。それらの成分スペクトルが家ごとに違っているのである。その個性的な味とにおい・

かおりが忘れられない我が家の味となっているのである。

日本では、現在、野菜や果物までも個性的なえぐみや酸っぱさが嫌われて、マイルドさや甘さだけが追求されてい る。地域で代々伝わってきた個性的な在来野菜が消えていき、平均的においしく、どこでも栽培しやすい品種に収斂 してきている。個性的な野菜がたくさんあったのに、そういった在来品種は残念なことにどんどん消えつつある。食べ なくなった途端にその作物の遺伝子は失われてしまう。

加工や調理によって得られる味・におい・かおりも文化である。長年かかって蓄積してきた文化の厚みや多様性を 喪失していくことは大きな損失である。家庭の味・おふくろの味は飽きがこないのに、画一的な加工食品の味はすぐ 飽きる。食べ物の多様な味・におい・かおりが、食の豊かさとおいしさを保証してくれている。画一的でなく、多様な幅 を持った「味・におい・かおり」が大事なのだと思う。没個性のものだけ

が生き残っていくことほど味気ないことはない。それぞれの地域にしか ない個性的な「味・におい・かおり文化」を若い世代に継承していくこと が、将来の食の豊かさを保証し、食の楽しみにつながっていくと思う。

滋賀では正月のご馳走にフナズシが並ぶ。夏に飯漬けしておいたフ ナズシを正月に口明けして賞味する。フナズシは客呼びの日のもてな し料理であり、ハス、オイカワなど雑魚のナレズシ類も祭日に合わせ て仕込まれる。滋賀のナレズシは、晴れ食のご馳走、客呼びのご馳走 として位置づけられてきた。ナレズシは神社の祭の神饌にもなってい る。神社の行事にナレズシが多く登場するのは、滋賀の大きな特徴で ある。琵琶湖周辺では半農半漁で生計を立ててきた。水田でとれる米 を使って湖魚を発酵させるナレズシは、半農半漁の生業を象徴する食 品であり、その長い歴史が、ナレズシを神社の神饌として登場させた と考えられる。

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4. フナズシの整腸作用と抗菌力

滋賀県民がどの位フナズシを愛好しているかを質問紙法で調査し、地域別に比較した結果では、フナズシへの嗜 好や摂取頻度には顕著な地域差が認められた。湖北、湖西地域がフナズシを好んでいる率が最も高く、新住民の多 い湖南が一番低かった。フナズシの摂取頻度に関しては、湖北が他の地域を圧倒して高く、週数回食べるが 11%、

月数回が 30%を占めていた。滋賀県全域では週数回 4%、月数回 13%であった。半数の人が年に数回の頻度でフナ ズシを食べていることがわかった。しかし都市部の若い世代では、フナズシを食べたことのない人が次第に増えてお り、滋賀大学でもフナズシの味を知らない学生が大半を占めている。

フナズシの効能に関しては、「お腹をこわした時に食べるとよい」、「腸の善玉菌を増やしてくれる」、「免疫力をあげ る」、「風邪をひいた時によい」、「冷え性によい」、「高血圧によい」、「疲労回復効果」、「二日酔いに効く」、「母乳がよ く出る」などが民間伝承として語り継がれている。

このようなフナズシの効能は何に由来するのか、整腸作用はどのように仕組みで起こるのであろうか。研究室では、

フナズシの抗菌性をバレイショ菌および大腸菌を使って、ゲル拡散法で追跡してきた。その結果、フナズシと発酵飯 は、雑菌の繁殖を抑制し、高い抗菌性を持っていることを確認することができた。

現在、伝統野菜中の生理活性物質が次々と発見され、その効能が科学的に証明されつつある。フナズシについて も今後、民間伝承されてきた効能について、科学的に証明される日が近いと考えている。

≪参考文献≫

◆ 『フナズシの謎』サンライズ出版(1995)

◆ 『湖漁と近江のくらし』サンライズ出版(2003)

◆ 『食品と熟成』光琳 第 10 章 9 節 pp.349-354 (2009)

参照

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