1.はじめに
1.1.研究の背景 ─日系自動車部品メーカーの 2 つの課題─
周知のように,戦後の日本経済の発展によって,とりわけ自動車産業は大 きな発展を遂げた。しかし,日本国内の限定された自動車市場はかなり早い 時期に飽和状態となり,これに1985年のプラザ合意を画期とした円高基調 が急速に進展したことにより,日本の主要産業,とりわけ自動車産業は海外 投資を拡大し対応してきた。
こうした基本的な状況の下で,バブル経済崩壊以降の日本の国内市場の伸 び悩みは自動車産業の海外進出を加速させた。日本国内市場の停滞の一方 で,新興国の経済成長はめざましく,2010年には中国が日本のGDPを逆転 し,現在はさらにインド,ロシア,ブラジル等がこれに追随し大きな市場を 形成しつつある。こうした海外市場の拡大は,日本企業にとっても大きなビ ジネスチャンスであり,日本の自動車産業にとって海外市場がますます重要 な位置を占めるようになっているといえよう。
第1表は,日本企業(全体)および日本の自動車産業の海外進出の展開を 示したものである。この表によれば,日本企業全体の海外生産額比率でみて
中国進出日系自動車部品メーカーの 直面する課題と対応
M社の事例を中心に
キーワード:中国,日系自動車部品メーカー,日系完成車メーカー,新エネルギー車,
部品の現地調達
閻 冰
大 島 一 二
107
も,2002年の26.0% から2019年の33.9% へと増加傾向にあることがわか る が,自 動 車 産 業 の 海 外 生 産 台 数 は,2002年 の42.7% か ら2019年 の 66.5% へと大きく拡大している。つまり,日本の自動車産業にとって,海 外市場はすでに国内外全体の3分の2を占めるに至っており,それだけこの 産業にとって,とりわけ海外展開が重要であるということを示している。
こうしたなかで,日本の自動車企業の主要な海外進出先の一つとして,中 国をはじめとするアジア諸国は重要な位置を占めてきた。とくに,2000年 代以降は,多くの人口を抱えているこの地域は,将来の有望な販売市場にな り得ることから,その重要性を拡大させている。
しかし,自動車産業の内部構造をみると,各完成車メーカーの海外進出の 程度は一様ではない。つまり,第2表に示したように,トヨタを例外とし て,概ね生産規模の大きな企業において海外進出程度が高いことがわかる。
このトヨタも,後述するように近年中国等への進出を急速に進めており1), 日本の大手完成車メーカーの海外進出は今後も進展することが予想できる。
これまで,日本自動車企業の海外生産の進展は,主要部品や工作機械の日 本からの輸出も増加させた。さらに自動車産業の場合は,本論文で研究対象 1)トヨタは,中国では中型セダン,SUVの販売が好調であり,2015年にはハイブ リッドシステムの現地生産を開始し,2018年には147万台を販売した。これに よって,これまで4% 台だった中国でのシェアを5% に拡大した。2019年には それまで日系でトップだった日産自動車を上回った。
日本企業全体 自動車産業
海外生産額比率 海外売上高比率 海外生産台数比率
2002年 26.0 27.9 42.7
2005年 29.2 32.0 49.6
2010年 33.3 34.7 57.8
2015年 35.6 39.6 67.3
2019年 33.9 36.2 66.5
第1表 日本企業および自動車産業の海外進出の展開(%)
資料:国際協力銀行(2020)「2020年度わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報 告」国際協力銀行。
108 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第3号
としている,自動車部品メーカーの海外進出も加速させてきた。本論文で研 究対象としている大阪市に本社を置くM社はその典型的な事例であり,これ まで取引先である大手完成車メーカーの中国,アメリカなどへの進出と呼応 して,中国,メキシコ等への進出を加速してきた。
第1図は,自動車部品メーカーから大手完成車メーカーへの部品供給シス テムをM社の事例で示したものである。この図からはM社が日本本社と日本 の他社から部品を調達し,中国の日系大手完成車メーカーに供給するという 緊密な協力体制により,中国において自動車生産が拡大してきたことがわか る。
しかし近年,多くの産業分野で,現地の原材料を利用し,現地の他企業に 部品の生産発注を行う事例が増加し,いわゆる現地調達の動向が急速に一般
M社日本国内工場 M社中国工場 日系大手完成車メーカー中国工場 部品・部品原材料
部品生産 完成車組み立て
部品・部品原材料 他社日本国内工場
中国へ輸出 日系自動車企業へ提供
国内生産 海外生産 合計 海外生産比率 トヨタ 3,416 5,638 9,054 62.3 ホンダ 843 4,328 5,171 83.7 日産 808 4,150 4,958 83.7 スズキ 947 2,109 3,056 69.0 マツダ 1,010 478 1,488 32.1 ダイハツ 953 521 1,474 35.3
三菱 619 749 1,368 54.8
スバル 619 369 988 37.3
第2表 日本の自動車産業各企業の海外進出(2019年)(千台,%)
資料:国際協力銀行(2020)「2020年度わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報 告」国際協力銀行。
第1図 M社の自動車部品供給システム
資料:ヒアリング結果に基づき筆者作成。
中国進出日系自動車部品メーカーの直面する課題と対応 109
化するという事態が深化している。
これは,海外市場の発展と新企業の参入などによる競争の激化により,コ スト削減が求められているからであり,また,一部の製品においては,発展 途上国の経済発展と技術向上によって,現地企業でも比較的高品質の部品の 製造が可能となったことも要因の一つと考えられる。
この結果,M社をはじめとする中国に進出した日系自動車部品メーカーの 立ち位置は,現在,徐々に微妙なものとなりつつある。それは,主要取引先 である日系大手完成車メーカーからはコスト削減を要求され,それが不可能 であれば,最悪の場合取引を縮小される可能性があるからである。
しかも,この問題を複雑にしているのは,第1図に示したように,日系自 動車部品メーカーは自動車部品の主要原材料である鉄鋼等の調達に当たっ て,品質維持や納期遵守のため日系大手完成車メーカーから日本からの原料 調達を求められていることであり,当然,中国での現地調達との比較で,高 コスト体質となり,中国の現地同業他社との競争に大きな弱点を抱えている 事情があるためである。
つまり,日系自動車部品メーカーは,このまま利幅は薄いままで,日系大 手完成車メーカーに部品を供給する現在の体制を維持するのか,または,日 系大手完成車メーカーが,現地中国系企業からの部品調達率を上昇させれ ば,ある時期に撤退を余儀なくされるのかという,事態の深刻化が徐々に 迫っているといっても過言ではないからである。
すでに述べたように,現地での趨勢では,中国の自動車産業においては,
中国現地自動車メーカーや日欧米の自動車メーカーとの競争が激しさを増し ており,日本からの部品輸入よりも,部品や製造機械の現地調達が進展して いる。こうしたなかで日系自動車部品メーカーにとって苦しい時期の到来が 目前の状況となっている。
この目前の問題の一方で,自動車部品メーカーには中長期的な大きな課題 も存在している。それは本稿で後に述べる国際経済・社会における自動車の EV車等への転換問題である。つまり,現在のガソリン自動車とEV自動車で
110 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第3号
はそのエネルギー調達構造が大きく異なるため,当然必要な部品が大きく異 なり,従来までの部品供給体制では対応できなくなる可能性が高いためであ る2)。さらに,一部にはまったく不要となる部品も発生し,こうした事態へ の対応として,部品生産体制の再構築,製品全体の見直しが必要となってい るのである。
このように,日系自動車部品メーカーを取り巻く情勢は国際経済の急変か ら厳しさを増し,前述した二点の課題への対応を早急に迫られているのであ る。
1.2 .先行研究
こうした経済背景の中で,日系企業,特に自動車部品メーカーの海外戦略 に関する研究としては,以下のような研究があげられる。
山﨑(2004)3)では,「日本の自動車部品産業は,自動車産業の国際化・高 度化に伴い,ほぼ同一歩調で発展して来た。自動車部品メーカーは自動車企 業に依存関係が強くて,日本自動車産業の世界発展と伴って大きく発展して きた。しかし,世界にもっとも関税が高い自動車産業に対して,現地化の生 産システムを構築する一環として,自動車部品メーカーは現地での生産取り 組みが重要な課題になってきた。また,今後のモジュール化は,部品企業に 対し自動車企業としてのイコールパートナーの役割を期待している」と指摘 している。この指摘はまさに現在のM社の直面する課題を述べたものであ る。
2)これまでのガソリン車との比較で,電気,電池,電気制御は新エネルギー自動車 の中心技術であり,新エネルギー自動車はモーターと関連した部品が重要とな る。例えば電池や電子制御式燃料,熱管理システム,高圧電気部品などが必要と なる一方,バルブ,点火プラグ,スプレー油嘴など一連のディーゼルエンジン関 連部品は不要となる。
3)山崎克雄(2004)では,自動車部品産業に関しては,産業規模の割には企業数が 少ない。これは部品産業という位置付けであり,自動車部品に対する「依存性」
が高く,常に関連付随産業として,その枠組みの中で議論されて来た為と考えら れる。しかしながら世界の潮流は,部品メーカーに対し既にグローバルな供給対 応を求めており,且つ又今後のモジュール化は,部品メーカーに対しカーメー カーとしてのイコールパートナーの役割を期待していると指摘している。
中国進出日系自動車部品メーカーの直面する課題と対応 111
次に,中国における自動車産業のEV転換に関する先行研究であるが,高 村幸典・大島一二(2021)では,大気汚染等の環境破壊を背景に,中国で急 速にEV車普及が進められているが,その生産体制の構築はいまだ緒に就い たばかりであることが述べられている。しかしこうした先行研究では,具体 的な完成車メーカー,自動車部品メーカーの取り組みについては述べられて いない。
このように,先行研究では,自動車産業全体,あるいは自動車部品産業全 体が直面する課題をある程度適切に明らかにしているが,こうした大きな課 題にたいして,各産業を構成する個別企業が現地においてどのように対応し ているのかについては十分に検討されていない。そこで本稿では,M社を事 例にこの問題を検討し,問題をより具体的に明らかにしていく。
1.3 .本研究の目的
ここまで述べてきたように,本稿では日本自動車部品メーカーの海外展 開,とくに中国,ベトナム等での取り組みを積極的に行っているM社を事例 として研究を実施する。国内経済,世界経済の大きな変動によって,前述し た二つの大きな課題,すなわち,①部品の現地化趨勢における自動車部品 メーカーのビジネスモデルの転換,さらに,②中長期的かつ世界的なEV転 換への対応について,日系自動車部品メーカーの現地生産体制の構築,経営 戦略の転換,さらに直面する課題の明確化とそれへの対応について明らかに する。そして最後に,M社のような日本企業の海外進出後の展望について議 論したい。
調査にあたっては,2018年7月にM社の本社を訪問し,さらに2021年5 月にM社関係者からのヒアリング調査を実施した。以下の考察は,この際の ヒアリング結果に依拠している。
1.4 .調査対象企業の概要
今回調査対象としたM株式会社(以下M社とする)は,大阪市中央区に本 112 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第3号
社を置く鋼材,鋼管の製造・販売メーカーである。M社の前身は1913年に 創業されたF製作所で,1926年に工場新設とともにM製作所と改称した。第 2次世界大戦後,1947年にM社製作所に改組し現在の会社が設立された。そ の後量産化,市場拡大をすすめ,1962年に超高周波抵抗溶接機を導入し品 質向上をはかった。以降,道路関連製品,グリーンハウス建材なども手がけ ている。特に世界的に自動車用鋼素材を製造,販売している。
自動車用鋼素材では,自動車周りで発生する金属素材ニーズに対し,国内 外での加工基地,およびデジタル化を取り入れた受発注システムにより高度 で効率的な加工物流体制を整え,需要に応じた柔軟な供給体制を実現してい る。また,完成車メーカーなどのニーズに対応し,ブランキング加工事業を 世界各国で展開している。
こうしてM社は,世界各地で自動車関連の金属製品加工,販売を中心に,
世界各地に築いたネットワークを駆使し,国内外の顧客の要望に対応してい る。
現在国内グループ会社と工場は13ヶ所あり,営業所は30ヶ所である。13 の工場を配備した需要地直結の供給ネットワークで,地域の顧客のニーズに 合わせた生産体制をもち,納期への柔軟な対応や迅速な技術サービスなど,
種々の利点がある。また,6主要都市に配置されたM社の販売事務所のほ か,関連会社であるM社の営業所および沖縄M社による販売ネットワーク が,国内の販売サービス体制を支えている。
ヒアリング結果によると,M社の特色としては,①需要地生産体制による 流通コストの削減,②多種製品主義,③高い材料製造加工技術,④自主独立 経営,⑤健全な財務体質,⑥鋼材第一主義,⑦独自販売体制の採用,⑧環太 平洋でのグローバル事業展開,と整理できる。
とくに⑦の独自販売体制の採用とは,製品販売において,「総合商社」と
「M鋼販」の2ルートを通じて行っていることを指す。M鋼販は自社倉庫を もち,在庫管理も行っている。このシステムにより,顧客のニーズや需要動 向・価格動向,とくにホットコイルや製品の需給市況などが的確にM社株式 中国進出日系自動車部品メーカーの直面する課題と対応 113
会社に伝達されるため,市場に敏感な経営戦略を常に立案することができる メリットがある。
ま た,M社 の 海 外 事 業 と し て は,1972年 イ ン ド ネ シ ア 社 株 式 会 社
(ISTW)の設立をはじめ,1978年にアメリカ,2003年にインド,2006年に 中国,ベトナム,2012年にメキシコへ進出した。現在,海外グループ会社 は12社である。
2 .中国の自動車産業の発展と日系企業の進出 2 .1.中国の自動車産業の発展
周知のように,中国自動車産業の生産台数規模から見ると,2009年以降 中国の自動車の生産,販売台数は急速に拡大し,世界有数の水準に達してい る(第2図,第3表参照)。中国汽車工業協会4)のデータによると,2020年 の中国の自動車生産台数は2522.52万台に達し,2位アメリカの882.24万
4)「中国汽車工業協会」とは,1987年5月北京に設立された,自動車(オートバイ を含む)の完成車,部品および部品,自動車の製造および運営に従事する企業,
機関,組織で構成される社会組織であり,世界自動車工業連合会の常任理事組織 である。
生産数(万台)
1 中国 2522.52
2 アメリカ 882.24
3 日本 806.76
4 ドイツ 374.25
5 韓国 350.68
6 インド 339.44
7 メキシコ 317.66 8 スペイン 226.82 9 ブラジル 201.41
10 ロシア 143.53
第3表 各国の自動車生産台数(2020年)
資料:国際自動車工業連合会(OICA)の発表データから筆者作成。
114 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第3号
台,3位日本の806.76万台,4位ドイツの374.25万台などに大きな差をつ けて第1位となっている。
このように,比較的順調に中国の自動車生産台数は増加してきたが,2020 年2月には新型コロナウイルス感染拡大の影響で,生産台数は若干減少を余 儀 な く さ れ た。し か し,2020年4月 前 後 に は 早 く も 回 復 基 調 に 復 帰 し,2021年全年では自動車生産台数は2601万台に回復した。このように,
中国の自動車生産,販売は順調に拡大しており,世界の自動車産業の重要な 構成部分となっていることがわかる。
今後の中国経済の持続的な成長と,「小康社会」5)の全面的な建設の実施に 伴って,住民所得の継続的な増加は消費構造の質的な変化をもたらすと予想 される。この過程で,自動車購入も今後も継続的な増加が予想され,現在以 上に,家族旅行,自動車での旅行などの需要が中国自動車業界の発展をもた らすと考えられる。
すでに述べたように,中国の年間自動車生産台数は近年約2300〜2600万
5)中国における「小康」とは,「いくらかゆとりのある」という意味である。中国 では,2000年に小康社会を「基本的に」実現したとされる。しかし,新しい目 標では2020年に小康社会を「全面的」に実現しなければならないとされている。
第2図 中国の自動車生産台数の推移
資料:中国汽車工業協会(2021)より筆者作成。
中国進出日系自動車部品メーカーの直面する課題と対応 115
台に達しており,1000人あたりの自動車保有台数も,20年前の約10台から 現在の約180台に急増している。とはいえ,現在,先進国の1000人あたり の自動車保有台数がすでに500〜800台のレベルにあることを勘案すれば,
人口規模,地域構造,資源環境の国別の相違を考慮しても,中国は将来的に は,さらなる自動車購買需要が存在すると考えられる。
2 .2 .中国の自動車産業の質的転換
このように,中国の自動車産業は急速な発展をとげてきたが,それと同時 に,さまざまな問題が発生していることも周知の事実である。つまり,大都 市における深刻な交通渋滞問題,排気ガスによる大気汚染や二酸化炭素排出 による環境問題,エネルギー問題などの一連の社会問題が発生し,中国社 会・経済が直面する大きな課題となっている点である。
こうした状況への対応として,中国においても,資源の節約,省エネル ギー,環境改善などを目的として循環型経済への転換が急速に叫ばれるよう になった。こうした動向の中で,自動車産業は,低公害車,新エネルギーを 利用した自動車,自動車の軽量化などの発展の新しい方向への転換が求めら れている。この転換を実現するため,中国で生産を行う完成車メーカーは,
中長期的な戦略の転換を求められ,新エネルギー車の生産・販売および普及 に向けた施策を推進している。こうした動向により,第4表に示したよう に,2020年の中国における新エネルギー自動車生産,販売台数は2016年よ り大幅に増加していることがわかる6)。
こうした状況を,藤原(2017)7)では,「中国市場において,新エネルギー
6)中国汽车零部件工業有限公司「中国汽车行業現状及未来趨勢」http://yueyang.
gov.cn/tzcjswj/uploadfiles/201710/20171016093725228.pdf および,「2020年我国 新 能 源 汽车 销量创 历史 新 高」http://paper.cnii.com.cn/article/rmydb̲15824̲
298908.html。
7)藤原智生(2017)において,「中国は乗用車の生産台数の一定割合を新エネ車と する目標を課す「乗用車企業の平均燃費と新エネ車クレジットの並行管理弁法」
を2018年4月1日より施行したこと,その弁法では,部品メーカーにもその戦 略を踏まえた対応が必要になると指摘した。
116 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第3号
自動車の開発・生産に向けた動きが急速に進み始めた。特に,2017年6月 以降,完成車メーカーによる電気自動車(EV)を中心とする新エネ車の開 発・生産に向けた新戦略や提携の発表が相次いでいる。」と述べている。
このように,中国の新エネルギー自動車(主にEV自動車)の普及は急速 に進展しており,2008年当時のわずか899台から,2020年の販売台数は実 に136.7万台に達した。
2012年に中国国務院は「省エネ及び新エネルギー自動車産業発展計画
(2012〜2020)」を発表し,2015年9月に国務院は「電気自動車充電インフ ラ建設加速に関する指導意見」及び「自動車産業中長期発展計画」を発表し た。そして,中国政府は新エネルギー自動車の購入に対して補助金制度政策 を発表したが,これは,新車購入1台当たり約3.3万元〜19万元の補助金 を支給するというものであった。また,新エネルギー自動車に対して北京 市,上海市などで実施されている「ナンバープレート発給規制政策」8)での適 用外とする措置などが実施され,EV車等の普及を促進する政策も実施され た。
こうした,中長期的なEV車,低公害車等への転換の流れの中で,完成車 メーカーは,短期的に生産・販売の戦略立案の際,従来型のガソリン車,
ディーゼル車と新エネ車とのバランスについての戦略が必要となる。そのな かで,必然的に,自動車部品メーカーにも大手完成車メーカーの戦略を踏ま えた対応が必要となった。
このような中国の自動車政策の転換を背景に,中国に進出している日系自 動車企業も対応を示している。
トヨタ自動車は2016年から「カローラ」「レビン」等のプラグインハイブ リッドカー(PHEV車等)の現地生産を進め,2018年から中国市場に投入 8)「ナンバープレートの発給規制政策」とは,中国の一部の都市において,乗用車 のナンバープレート発給を新規に申請する場合,原則として,抽選やオークショ ンへの参加が必要となる措置である。ナンバープレートの新規発給を制限するこ とで当該地域の自動車数の増加を抑制し,大気汚染の改善や交通渋滞の緩和等に 繋げることを目的としている。ここ数年北京市,上海市,広州市,天津市,杭州 市等の大都市地域で導入されている。
中国進出日系自動車部品メーカーの直面する課題と対応 117
している。さらに,同社は2019年から中国でEVの量産を始める方向で検討 し,2020年4月からトヨタ社初の中国産EV「CHR」,レクサスブランド初 のEV量産車「UX300e」を発売し,2020年5月からは電気自動車の新モデ ル「イゾア」を投入し,EV市場に本格参入している(湯進(2020)9))。
日産自動車は17年8月,フランスのルノー,東風汽車集団と共同でEVの 開発を行う新たな合弁会社を湖北省十堰市に設立し,2019年に生産を開始 し,中国向けEVとして「シルフィゼロ・エミッション」を投入した(湯進
(2020))。
本田技研工業も,2018年に中国向けEVを,広汽本田汽車,東風本田汽 車,本田技研科技(中国)の3社が共同で開発し,広汽本田汽車,東風本田 汽車の両合弁会社のブランドから「XNV」を投入した(湯進(2020))。ま た,中国IT大手のNeusoftと提携し,バッテリーマネジメント技術,車両 データのクラウド管理,コネクティビティー技術などの開発を行うとしてい る。
このように,日系大手完成車メーカーの新エネルギー車対応は急速に進展 しており,日系自動車部品メーカーもこれへの対応を余儀なくされる状況で
9)湯進(2020)「中国EV市場攻略でトヨタが本腰 日産は生産増強,ホンダは多種 展開」『エコノミスト』2020年6月29日。
2016年 2020年 増加率%
台数(万台) 生産 販売 生産 販売 生産 販売
総計 51.7 50.7 136.6 136.7 264.2 269.6 純電気(EV) 41.7 40.9 110.5 111.5 264.9 272.6 燃料電池(FCEV) 0 0 0.1 0.1
プラグインハイブリッド カー(PHVまたはPHEV)
9.9 9.8 26 25.1 262.6 256.1 第4表 2020年中国新エネルギー自動車生産,販売台数
資料:中国汽车零部件工業有限公司 「中国汽车行業現状及未来趨勢」http://yueyang.
gov.cn/tzcjswj/uploadfiles/201710/20171016093725228.pdf および、「2020年我国新能源 汽车销量创历史新高」http://paper.cnii.com.cn/article/rmydb̲15824̲298908.html か ら筆者作成。
118 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第3号
ある。
3 .M社の中国展開と課題 3 .1.M社の海外展開
M社は海外市場への展開に当たって,まず,1978年12月にアメリカ,カ リフォルニア州に子会社を設立した(開設当初の従業員67人),アメリカ進 出の主要な目的は,自動車用部品の製造・販売で,アメリカでの自動車関連 事業を拡大するためである。株主はメタルワン,三菱UFJ銀行,三井住友銀 行等であり,年間73900MTの製品を生産し,2019年の売上高は6.9億ドル である。
さらに,2003年11月にインドで子会社を設立した。インド進出の主要な 目的は,日系自動車関連企業のインドへの進出に伴って,自動車,バイク,
建築材料などの現地での生産,販売を行うためである。現在の従業員は109 人である。株主は豊田通商等,年間28500MTの製品を生産している。2019 年の売上高は5.6億ドルである。
一連の海外市場への進出にあたって,豊田通商株式会社,伊藤忠丸紅鋼鉄 グループ,メタルワン,三菱UFJ銀行,三井住友銀行などの海外展開してい る会社との合弁事業が多い。自動車用部品の製造・販売を行う海外現地法人 を設立し,自動車部品関連事業を拡大している。とくに,新市場開拓の重点 国のひとつである中国において,今後更に成長が見込まれている関連分野自 動車での事業拡大を進めてきた。
中国においては,各種自動車関連製品を製造・販売し,2005年に中国広 東省佛山市に,すでに進出している日系完成車メーカーの工場拡張に対応し て,自動車部品の新工場の建設を進めた。
また,中国事業の進展と呼応して,2012年にはメキシコで子会社,工場 を設立した(従業員74人)。株主は伊藤忠丸紅鋼鉄グループ,豊田通商,
MKKUSAで あ る。年 間1100MTの 製 品 を 生 産 し,2019年 の 売 上 高 は 2.4億ドルを達成,営業利益は0.4億ドルであった。
中国進出日系自動車部品メーカーの直面する課題と対応 119
さらに,2015年には豊田通商と共同で,フィリピンに子会社を設立し,
自動車メーカーへの部品供給を拡大させている。
3 .2 .M社の中国戦略の展開
前述したように,M社は,自動車生産における新規市場開拓の重点国のひ とつである中国において,今後更に成長が見込まれている自動車分野での事 業化を目指し子会社を展開してきた。
周知のように,1970年代末の改革開放政策への転換以降,中国経済は,
これまでにない急速な成長段階に入ったが,その中で中国の自動車産業も大 きく発展した。とくに,2002年にWTO加盟を契機に,中国の自動車産業の 発展を促進した。この後,すでに述べたように,自動車生産はさらに大幅に 拡大し,前述のように2010年代末には生産台数は年間2000万台を超えた。
こうした中国自動車産業の大きな発展の中で,日系自動車メーカーの中国 現地生産はゼネラルモーターズやフォルクスワーゲンなどの欧米企業よりや や遅滞していたが,乗用車では1995年のスズキ自動車と長安汽車の合弁企 業 設 立 が 初 と な り,そ の 後 大 き く 進 展 し た。1998年 に は 本 田 技 研 工
第3図 中国における日系大手完成車メーカーの資本関係
資料:「SPEEDA総研資料」から作成。
https://jp.ub-speeda.com/ex/analysis/archive/53/
120 桃山学院大学経済経営論集 第63巻第3号
業,2001年には日産自動車,2002年にはトヨタ自動車が中国で現地法人を 設置した。現在3社の日系大手完成車メーカーの中国市場の資本関係は第3 図のようになっている。
中国における日系完成車メーカーは主に,天津市,広東省広州市,江蘇省 蘇州市(及びそれらの周辺地域)の3つの地域に生産拠点が集中している。
特に合弁の際に現地の自動車企業との提携が可能である地域,また地元政府 が自動車メーカー,中小部品メーカーに対して進出優遇策を提供する地域が 多かった。その中で,日系大手完成車メーカー3社とも広州市に生産拠点を 設立している。この広州市以外にも,トヨタ自動車は天津市,吉林省,四川 省に進出し,日産自動車は内陸部の河南省,遼寧省,湖北省に進出した。本 田技研工業は主に広東省(広州,佛山,恵州),湖北省で生産拠点を拡大し ている。
こうした一連の日系完成車メーカーの中国への進出と共に,M社は2005 年から中国に進出した。2005年4月,M社グループの海外事業の展開の一 環として,今後とも成長が見込まれる中国市場において各種自動車関連部品
第4図 日系大手完成車メーカーの現地生産状況
資料:「SPEEDA総研資料」から作成。
https://jp.ub-speeda.com/ex/analysis/archive/53/
中国進出日系自動車部品メーカーの直面する課題と対応 121
の製造・販売および鋼帯の加工・販売を行なうため,中国広東省佛山市にM 金属制品(佛山)有限公司を設立した。出資比率はM社35%,豊田通商株 式会社10%,株式会社メタルワン5%,LARGE CROWN LIMITED(台 湾:チ ャ ン イ ー・ス チ ー ル の 子 会 社)35%,CHUNG MAO TRADING
(SAMOA)CORPORATION(台湾:チャイナ・スチール・グローバル・
トレーデイングの子会社)15% である。開設当初の従業員数は200名,生 産能力は鋼材・鋼帯合計年産量は約10万トンであり,2006年3月から生産 を開始した。さらに,天津市・長春市地域における需要に対応するため,天 津市において,M社金属制品(佛山)有限公司 100% 出資の子会社,M金 属制品(天津)有限公司を設立し,M社の製造販売を拡大した。また,中国 内陸部の日系自動車企業に製品を提供するため,湖北省武漢市にM金属制品
(佛山)有限公司の武漢工場を設置した。ここまで,比較的順調に中国展開 を進展させてきたといえるだろう。
3 .3 .M社が直面する課題
3 .3 .1.日系大手完成車メーカーの現地化戦略への対応
現在,M社は,現地の子会社を生産拠点として,主にトヨタ自動車,本田 自動車,マツダ自動車などの日系完成車メーカーを中心に,鉄鋼の自動車ボ ディー,シート,エンジンまわりのパイプなどの製品を提供している。前述 したように,M社の製品はすべて日系自動車企業が指定する日本産原料を利 用しており,日本と同水準の設備,技術を活用し,高品質で,多様な製品を 安定的に供給している。
しかし,近年,M社にとって経済環境は厳しさを増している。それは,前 述した①日系完成車メーカーの製品価格の値下げ要求と,②近年の鉄鋼価格 の高騰,の二つの問題により収益が急速に悪化しているためである。今後,
これ以上の収益率悪化が続けば撤退も考慮すべき状況であるという。
まず,①の問題は,日系大手完成車メーカーが,毎年5% 程度の部品価格 の値下げ要求がなされていることによるものである。これは,中国国内の自
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動車企業他社との競争激化に起因するものである。さらにこの問題を難しい ものにしているのは,近年の大きな問題である②の鉄鋼価格の高騰である。
日本経済新聞によれば10),鉄鋼価格は2021年に入り,1か月程度で13% 上 昇し,およそ12年ぶりの高値を付けたという。主力部品の主原料となる鉄 鋼の価格上昇により,M社のコスト削減は達成困難な課題となっている。
また,前述したように,M社の原料は基本的に日本から輸入したものであ り,当然生産コストも中国原料を使用している他の中国国内企業より高くな る。これに加えて,中国経済の発展に伴って中国企業の技術力が高まってい るため,日本産との品質格差も縮小しているのが実態である。
いうまでもなく,M社もこうした事態を予想して,10年程前から中国市 場調査を継続して実施してきた。つまり,M社製品の中国での市場開拓,新 製品の現地販売可能性に関する調査である。しかし,参入企業が多くコスト 競争が激しい中国市場において,M社の新規事業の優位性は乏しく,事態を 打開する新製品の開発には至っていない。
3 .3 .2 .EV転換への対応
もう一つの課題は,前述した中国全体で進行している,EV車などの新エ ネルギー自動車への大きな転換への対応である。前述のように,EV車はエ ンジンやトランスミッションなど複雑な精密部品で構成される内燃機関と異 なり,モーター,バッテリー,インバータの基幹技術の組合せで車を駆動さ せるため,M社の得意とする自動車部品のかなりの部分が使用されなくなる 可能性が高いのである。
こうした事態への対応としては以下の2点があげられる。①新エネルギー 自動車の発展を前提とした新製品,新部品の開発。②自動車関連部門以外の
10)「鋼材価格,異例の高騰 熱延鋼板,流通市場で12年ぶり水準」『日本経済新聞』
2021年2月6日では,「自動車や家電に使う薄鋼板(薄板)など鋼材の一般流通 市場で,異例の高値が続いている。東京地区の熱延鋼板の流通価格は現在1トン 8万8千円前後と前月末比で6% 上昇。今年だけで1万円(13%)上がり,およ
そ12年ぶりの高値を付けた。」という。
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製品開発。とくに②については,すでにベトナム子会社においては建材の生 産販売の実績があることから,検討の余地があると考えられる。
ただ,EV車を主力とする新エネルギー車への転換は,世界各国で基本方 針が示されたものの,現実にどの程度の速度で進展するのかについては,中 国のみならず,先進国においても不明点が多い。このため現在のところ,こ の課題については,いま少し時間的な余裕が残されていると考えられる。
4 .まとめにかえて
本稿では,日本国内市場の停滞,世界経済の発展を背景に,日本企業の海 外進出戦略について,日系自動車部品メーカーM社を事例として,これまで の中国でのビジネスモデルの転換の必要性,およびEV車をはじめとする新 エネルギー車への対応について述べてきた。
前述したように,中国の自動車産業の大きな発展と,参入企業の増大によ る競争の激化を背景とした現地化によるコスト削減は大きな課題であり,こ れに日本企業も巻き込まれる事態となっている。しかし,中国に生産拠点を 持つ日本企業は,人件費と原材料の高騰,日本からの原料輸入によるコスト 高などにより製品価格を抑制することは難しく,中国での新たな市場開拓も 容易ではない。本稿で述べてきたように,M社を代表とする自動車部品産業 はこうした課題がとくに深刻である。
こうしたことから,日系企業,特に自動車部品メーカーの一部には,中国 において新規事業に取り組む企業もみられる一方で,東南アジアのベトナ ム,インドネシア等への生産拠点の移転・拡大を計画する企業もみられる。
実はM社のベトナム事業は,この一つの事例である。そこで,今後の研究課 題として,この中国市場におけるM社の動向を引き続き注視するとともに,
東南アジア等での事業展開について明らかにしていきたいと考える。
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Challenges and Responses Faced by Japanese Auto Parts Suppliers Expanding into China
Focusing on the Case of Company M
YAN Bing OSHIMA Kazutsugu
As is well known, the post-war development of the Japanese economy has led to significant growth, especially in the automobile industry.
However, the limited automobile market in Japan became saturated at a very early stage, and the rapid appreciation of the yen, which was triggered by the Plaza Accord in 1985, caused Japanʼs major industries, especially the automobile industry, to expand their overseas investments.
Looking at the overseas expansion of Japanese companies (as a whole) and the automobile industry, the overseas production ratio of Japanese companies as a whole has been on an upward trend from 26.0% in 2002 to 33.9% in 2019, while the overseas production ratio of the automobile industry has expanded significantly from 42.7% in 2002 to 66.5% in 2019.
The ratio of overseas production in the automobile industry has expanded significantly from 42.7% in 2002 to 66.5% in 2019. In other words, for the Japanese automobile industry, overseas markets already account for two- thirds of the total, which indicates that overseas expansion is that much more important for this industry.
In this context, this paper studies the overseas expansion of a Japanese auto parts manufacturer, especially Company M (headquartered in Osaka City), which is actively engaged in China and Vietnam, as a case study, and examines the challenges faced by Japanese auto parts manufacturers such as Company M and their responses.
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