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経営者は本当に事業承継を望んでいるのか ―創業 経営者と承継経営者の意識の違いの調査分析―

著者 安田 武彦

著者別名 Takehiko Yasuda

雑誌名 経済論集

巻 46

号 1

ページ 125‑134

発行年 2020‑08

URL http://doi.org/10.34428/00012009

(2)

東洋大学「経済論集」 46号 2020

経営者は本当に事業承継を望んでいるのか

−創業経営者と承継経営者の意識の違いの調査分析−

安 田 武 彦

1.序論−迫りくる事業承継問題と問題の設定

 日本の高齢化と歩調を合わせ、中小企業の経営者の高齢化が進んでいる。経営者層の年齢の最頻 値は1995年から2018年の23年間で、47歳から69歳へ22年移動した。

 こうした中、2017年10月、経済産業省がとりまとめた「中小企業・小規模事業者の生産性向上に ついて」では、

 「今後10年の間に、70歳(平均的引退年齢)を超える中小企業・小規模企業者の経営者は約245万 人、うち約127万人(日本企業全体の約割)が後継者未定、現状を放置すると2025年までに約650

万人の雇用、約22兆円のGNPが失われる可能性。今後10年の集中的な取り組みが必要。」と指摘し、

「事業承継問題の解決なくして、地方経済の再生・持続的発展なし」としている。

 事業承継問題は地域経済の浮沈をかけた喫緊の課題となっているようである。

 しかし、事業承継は政策的に支援されるべき課題なのだろうか。本論ではこの点について考察す る。

 事業承継できなければ、通常、企業は廃業する。

 「廃業」という言葉は、通常、ネガティブな響きがある。経営が維持できず、撤退するイメージ が通常である。

 しかしながら、「廃業」という言葉を素直に読むと単に「事業をやめること」であり、その理由 は特定されていない。

 果たして経営者が承継をせず、企業が廃業となる場合、経営者は何を考えるのかこれについては、

近年各種のアンケート調査が紹介されている。

 第図は廃業した経営者に対して事業を継続しなかった理由を聞いた結果である(中小企業庁

(2019)。ここで最も多いのは、『もともと自分の代で畳むつもりであった(58.5%)』であり、「事業 の将来性が見通せなかった(41.6%)」、「資質がある後継者候補がいなかった(19.8%)」をはるか

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に超える。

 このことから廃業者の廃業動機は、経済的行き詰まり等ではないことがうかがえる。

 なお、過去のアンケートでも同種の質問がなされているが、自主的廃業との回答結果は、近年 になるほど増しており、現役経営者に同種の質問を行った2016年の日本政策金融公庫の調査iでは、

廃業予定企業の38.2%が「当初から自分の代かぎりでやめようと考えていた。」でトップとなって いる。本調査では承継者決定企業、未定企業、廃業予定企業、時期尚早企業のつについて金融機 関からの借り入れの有無について尋ねているが、決定企業、未定企業、時期尚早企業で「有り」が それぞれ、55.7%、52.6%、41.9%であるのに対して、廃業予定企業では23.2%と低く、その意味 では、回答には裏付けがあり、「当初から自分の代かぎりでやめようと考えていた。」というのが、

「はったり」、「強がり」で片づけられるものはないことがわかる。

 さらに遡ると、「自分の代で事業をやめる」とする企業者は、1996年で17.9%、2007年で24.6%で あり、現在に近づくにつれ事業者の代襲意識が希薄化しつつあるといえるii

 もう一つ重要なことは、廃業者の統計データを見ても、経理的に承継することができる者が多く 存在するということである。『中小企業白書(2017年版)』では(株)東京商工リサーチ「休廃業・解

ⅰ 日本政策金融公庫(2016)「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」

ⅱ 中小企業リサーチセンター(1991)。なお、この背景としては廃業者の高齢化があると思われる。

第1図

資料:中小企業庁(2019)

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経営者は本当に事業承継を望んでいるのか

散企業」動向調査」(各年版)を用いた分析を行っているが、2013年から2015年までの期間で休廃業・

解散した企業のうち、廃業直前の売上高経常利益率が判明している企業(6,405企業)の半数以上

(50.5%)が黒字であった。

 以上のような過去の調査からみて、既成概念であるといってよい「廃業=事業不振」という考え 方は再考の余地がある。事業実施時から一代限りの、いわば「プロジェクトもの」として始めた者 や十分に採算性を保ちつつ自分の代で廃業する(あるいはその予定の)者がかなりの程度存在する のである。

 そして政策上、肝心なことは、こうした結果については事業承継に対する政策の臨み方を考える に当たり念頭に置かなければならないということである。当初から自主廃業型の経営者にとって事 業承継施策は必要ではないのかもしれないのである。

 であるとすると事業承継推進を基本とした現在の中小企業政策は基本的な考え方について転換を 図らなければならなくなるかもしれない。

 但し、事業承継をしないという選択(廃業の選択)については、単純集計の結果のみで解釈する ことには慎重にならなければならない。

 本論は先行アンケートから得られる結果について独自に行ったWEB調査により考察を深めよう とするものである。

 まずアンケートの紹介から始めることとする。

2.経営者は、本当に事業承継を望んでいるか

⑴ 調査概要と分析の方向

 以下では、独自の調査を紹介する。

 調査は、2019年月から月にわたり、東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県の都県の成人男女

(20歳から59歳まで)の会社員(正社員、派遣社員・パート・アルバイト)、経営者、自営業者、計

716人を対象に回答者自身の仕事観について行われたWEB調査である(実施機関は(株)マクロミル、

以下、「WEB調査」という。)。

WEB調査においては、回答者の個人の基本的属性(年齢、性別、学歴)、現在の就労形態(給与 所得者、経営者)、経営者の場合についての事業設立者か承継者か)、就労組織(会社)の規模(正 規従業員数)、現在の幸福の程度(金銭面、仕事面、生活面、それらの総合)等について質問をし ている。また、「子供に自分と同じ仕事に就かせたいか否か」などについても問うている。

 分析の前にWEB調査のサンプルについてその基本統計量について記述すると第表のとおりで ある。

(5)

第1表 回答者の属性

⑴ 性別

男性 女性

496 220

⑵ 年齢層区分

20歳代 30歳代 40歳代 50歳代

66 128 234 286

⑶ 就労形態

(給与所得者)会社員 経営者

うち創業経営者 うち承継経営者

405 73 238

⑷ 学歴

大卒・大学院 その他(高卒等)

408 308

⑸ 就労先企業従業員規模

(人企業) 〜20人 21〜50人 50〜300人 301人以上

176 120 64 57 101 196

⑹ 幸福度

よくあてはまる どちらかというと

あてはまる どちらとも

言えない どちらかというと

あてはまらない あてはまらない 仕事面で現在幸福 50 252 190 134 90

金銭面で現在幸福 35 152 238 164 127

生活面で現在幸福 74 295 205 87 55

総合的に現在幸福 84 318 180 75 59

 本論では本データを用い、まず、幸福度と個人の就労形態(事業を自身で切り盛りする「経営者」

か、労働契約のもと、勤労する「給与所得者」か)の関係について、個人の属性、就労環境(就労 先の企業規模)等を考慮しつつ見ていくこととなるiii。別の言い方をすると、「経営者は、人に雇わ

ⅲ 幸福という抽象的な概念を用いることは既に多くの先行研究において定着している。こうした幸福学的ア プローチとして先行的なものは、世界価値観調査(World Value Survey)がある。本調査の詳細については、

http//:www.worldvaluesurvey.org 参照。

例えば、安田(2006)は、引退企業経営者(約4,000サンプル)を用い、Sample Selection Model により、引 退後企業の存廃と存続後の経営状況を分析しているが、そこでは、概ね、事業承継の過程では経営状況が

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経営者は本当に事業承継を望んでいるのか

れているよりも幸せなものであるのか」という問いに対する回答を試みることとする。

 なお、経営者といっても、自分で事業を始め、代表として事業を営んでいる「創業経営者」と自 身以外が事業を引き継いで、代表として事業を営んでいる「承継経営者」では状況が異なるであろ う。そのため、この問いについては、創業経営者と承継経営者を分けて考えることが必要である。

 また、当然のことながらこの問いに関する回答は経営者個人の属性により影響される。個人の抱 く幸福度は、性別、年齢、教育水準等に影響されると考えられるからである。

 さらにまた、就労する企業が大企業なのか、中小企業であるのかということも幸福感に影響があ ると関係がある可能性もある。

 こうして経営者というものは幸せなのかという問いについて検討したのち、本論では第の問い に取り掛かる。

 それは、「経営者はという職に携わる者は、他の職業人に比べ自分と同じ仕事を自身の子供にし てもらいたいものなのか」という問いである。

 ここで注意しなければならないのは、経営者に対して直截的に「事業を承継させる意思があるか 否か」と尋ねているのではないということである。そうした質問では、経営者の中での事業承継意 思(希望)があるのかどうかは明らかになっても、経営者は(そうではない者に比べ)、仕事が世 代を超えたものであることを望んでいるのか否かという点については明らかではないからである。

 これに対して本論で検討することは経営者という「存在」は、他の職業人と比べ、とりわけ、世 代を超えた自身の携わってきた事業(仕事)継続意思(希望)が強いのかということである。

 こうした点に着目するのは、もし経営者が給与所得者と比べ、仕事へのこだわりを有していない ならば、とりわけ経営者について事業承継の環境を整える意義を改めて問うことが必要になりうる からである。そして、前節までの既存のアンケートからは、廃業者に聞く限りでは、仕事へのこだ わりが強いわけではないことが示されている。

 給与所得者として働く者を含め、携わる仕事の世代を超えた継続を望んでいるのかを問うため、

本論では「子供に、現在している仕事と同じ仕事に就かせたいか」を程度別に尋ねている。

 なお、この問いについても結果についての解釈には、個人属性(性別、年齢、学歴)と就労先規 模を考慮する必要がある。

⑵ 計測モデル

 前項をもとにして以下のつの被説明変数(のリッカート指数)を被説明変数、説明変数

としO-Probit回帰分析を行う。

よい企業が生き残るが、親族承継の場合、その傾向が弱まる(悪い企業が生き残る)ことが報告されている。

(7)

 ① 被説明変数

  ⒜ 仕事面で幸福(.よくあてはまる.どちらかというとあてはまる

   .どちらともいえない .どちらかというとあてはまらない .あてはまらない)

  ⒝ 金銭面で幸福(同上)

  ⒞ 生活面で幸福(同上)

  ⒟ 総合的に見て幸福(同上)

  ⒠ 「子供に、現在している仕事と同じ仕事に就かせたいか」

   (.是非就かせたい .どちらかというと就かせたい     .どちらともいえない .全く就かせたくない)

 ② 説明変数

  ⒜ 就労先企業規模ダミー(従業員人(経営者のみの一人企業)、同人、〜20人、

      50〜300人、301人以上について=、21〜50人規模=)   ⒝ 経営者年齢と経営者年齢の二乗

  ⒞ 性別(男性=、女性=)

  ⒟ 学歴(大卒、大学院=、その他=)

  ⒠ 創業経営者ダミー(創業経営者=、給与所得者、承継経営者=)   ⒡ 承継経営者ダミー(承継経営者=、給与所得者、創業経営者=

 この中で本論で注目するのは、前述までで示したように⒠、⒡である。

5.計測結果とその含意

⑴ 様々な面からの幸福度についての分析

 以上の計測モデルの結果については第表に示したとおりである。

 最初のⅠ〜Ⅳ列は、被説明変数を幸福程度にした場合の結果である。

 Ⅰ〜Ⅳ列をみていくと、まず観察されるのは、個人の属性のうち、各種の面から見た幸福度に対 して有意な正の相関を有しているのは、学歴ダミーである。つまり、より高次の教育を受けている 者が他の条件を制御した場合、高い幸福感を示すというものである。

 性別で見ると男性に比べ女性の方が総じて幸福感が高く、金銭的幸福度(Ⅲ)を除くⅠ、Ⅱ、Ⅳ の計測で正の有意性を示している。女性の社会進出は1984年の改正男女雇用関係均等法以来、30年 余の時間が経過しているが、なお、先進国においては発展途上段階にあるといえる。こうした中、

給与所得者としてであっても、経営者としてであっても、望んで、そして就労の機会が得られるこ とによる幸福感は、女性の場合、男性に比べ大きいのかもしれない。

(8)

経営者は本当に事業承継を望んでいるのか

 但し、注意しなければならないことは女性について金銭面での幸福感について正、負いずれの有 意性が観察されないということである。つまり、就労女性は仕事や生活に面では幸福感が高いもの の、金銭の面では幸福感が高いとは必ずしも言えないということである。この結果については、今 回の調査において女性の場合、正社員以外の派遣やパートが多い可能性があること、正社員であっ ても女性の場合、昇進や昇格が遅れがちであり結果として収入が低くなってしまうこと等の原因が 考えられ、更なる精査が必要である。

 幸福感に対して何らかの影響を与えると考えられる年齢については、その二乗を含め特に有意 な関係が示されなかった。この結果を見る限り、「若いから幸せ」とか「年をとるのは不幸なこと」

ということは無いようであるiv

 次に就労先の企業規模を見ると、従業員50〜300人、301人以上の大規模企業層で幸福感が有意に

iv OECDの調査(2000)によると、日本は高齢者の気持が若者と比べネガティヴにならない例外的な国であ

る。

第2表 計測結果

総合的幸福度

(Ⅰ) 仕事の幸福度

(Ⅱ) 金銭の幸福度

(Ⅲ) 生活の幸福度

(Ⅳ) 子供に同じ職業に 就かせたい(Ⅴ)

正規従業員(人) -0.202

(0.191) -0.321*

(0.190) -0.439**

(0.191) -0.490**

(0.192) -0.208

(0.198)人 0.035

(0.179) 0.019

(0.179) -0.066

(0.179) -0.129

(0.179) -0.121

(0.186) 同21〜50人 0.333*

(0.198) 0.179

(0.197) -0.023

(0.198) 0.123

(0.198) 0.058

(0.204) 同51〜300人 0.406**

(0.178) 0.347**

(0.177) 0.259

(0.177) 0.295*

(0.178) 0.136

(0.183) 同300人以上 0.472***

(0.163) 0.169

(0.162) 0.398**

(0.162) 0.378**

(0.163) 0.186

(0.167) 経営者年齢 0.002

(0.037) 0.022

(0.037) 0.059

(0.037) 0.017

(0.037) -0.029

(0.034) 経営者年齢 0.000

(0.000) 0.000

(0.000) 0.001

(0.000) -0.002

(0.000) 0.000

(0.000) 学歴(大卒以上)ダミー 0.199**

(0.083) 0.203**

(0.083) 0.227***

(0.083) 0.311***

(0.083) 0.174**

(0.086) 女性ダミー 0.477***

(0.100) 0.345***

(0.099) 0.116

(0.098) 0.283***

(0.099) -0.030

(0.102) 創業者ダミー 0.401**

(0.178) 0.360**

(0.177) 0.354**

(0.176) 0.378**

(0.177) 0.222

(0.184) 承継経営者ダミー 0.581***

(0.170) 0.773***

(0.169) 0.557***

(0.168) 0.528***

(0.169) 0.357**

(0.174)

LRχ 38.47*** 38.24*** 36.82*** 49.53*** 16.99

(注)1.*10%水準、**=5%水準、***=1%水準

2.調査票の設計から、−は肯定度の高さ、+は否定度の高さを示すことに注意。

3.サンプル数は716

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正が多くなり、正規従業員のいない「一人企業」で金銭面、生活面で有意に負の結果となっている。

働く場として大企業、中小企業を比較した場合、大企業については「仕事の幅の広さ」や「知名度」

が指摘され、中小企業については「一人で多くの仕事を任せられる(裁量の広さ)」や「社長との 距離の近さ」等がそれぞれあげられるが、総体として見ると大きな企業の場合の方が各方面の幸福 感が高いようである。

 最後に本論の一番注視する変数である創業経営者ダミーと承継経営者ダミーについてみると、い ずれの変数でもすべての幸福度の視点から正の有意性が観察された。つまり、経営者は押しなべて、

給与所得者に比べ幸福感が強いと言えるのである。経営者というと従業員に対する雇用面の責任、

自身で決断を行わねばならない精神的プレッシャー等様々な精神的負荷が想像できるが、事業の選 択の自由、裁量権の広さや仕事が完遂したときの達成感、昂揚感等が負荷を凌ぐものがあるという ことであろう。

⑵ 「子供に同じ仕事に就かせたいか」についての分析

 ここまでで経営者が仕事、金銭、生活等の面で給与所得者に比べ肯定感が高いことがわかった。

そうであれば、このような仕事に子供にも就かせたいと考えることが自然であろう。

 本当にそうであろうか。この点を探るのが次の段階である(第表の第Ⅴ列)。

 ⑴で用いたのと同じ説明変数を用いたO-Probit分析の結果では、承継経営者においてはそうした ことが当て嵌まる(つまり、承継経営者ダミーは有意に正)である。

 しかし、創業経営者については有意性が示されなかった。つまり、自身で事業を始めた者の「継 がせたい」感は給与所得者の場合と違いはないということである。

 この結果については様々な解釈が可能である。ただ、創業経営者は苦労が多くとても子供に同じ ことをさせたくないという解釈は幸福感についてのⅠ〜Ⅳの分析から採りにくい。自身については 幸福感を感じているが、子孫にはやらせたくないという解釈は矛盾であるからである。

 自身の幸福に関する結果とⅤ列の結果を整合的に捉えるならば、①自分はたまたま幸運だったの で現在にたどり着いているが、子供は(同じことをさせても)同じような状況になるとは限らない、

②自分の能力であれば可能であったが、子供では同じようにふるまうことは無理であろうと考えて いるのかが有力であろう。

 なお、承継経営者が継がせようという意識が強い(承継経営者ダミーの係数が有意に正)という 事実は、企業経営が世代を重ねるごとに安定化し、経営者の能力にかかわらず事業を継続できると 現在の経営者(承継経営者)が考えているならば、①、②とも整合的である。

 この辺りを深堀するにはさらなる本WEB調査の精査が必要である。そしてWEB調査では回答者 の人生観に係る問題(人生を自由に動かせると思うか、その程度。これまでの人生が順調であった

(10)

経営者は本当に事業承継を望んでいるのか

か、今後の予想)も問うている。この部分を見ていくことにより、創業経営者の「思い」、それと は違うかも知れない承継経営者の「思い」をうかがい知ることができると期待されるが、それは次 の課題である。

 いずれにせよここまでで言えることは、少なくとも創業経営者については先行調査研究で示され た「事業は代限り」という廃業者の廃業理由が後付けのものではないということである。創業経 営者の「継がせる」感は給与所得者が同じ仕事(または会社)に子供もついてほしいと思う感覚と 有意な差がないのである。

6.まとめと更なる課題

 本稿では中小企業の経営者の高齢化が進み、事業承継が中小企業及び政策において大きな課題と されるようになった背景を踏まえ、まず先行調査研究から、廃業してしまった元経営者の廃業理由、

廃業時の収支状況をみた。

 そこからうかがえることは、廃業が必ずしも経営上の挫折や事業承継者の不在によるものではな いということであった。しかし、既に廃業した者を調査したのであれば、回答が後付けであること が否定できず、現役経営者が子孫による事業の継続についてどのように考えているのかは明らかで はない。

 そのため本論では、子息による事業継続に対する意識について独自のWEB調査を行い、その結 果得られた一次データについて計量分析を行った。ここから導き出されたことは、経営者は総じて 給与所得者に比べ自身の仕事に対する肯定感が強いが、承継経営者と違い創業経営者は自身の事業 を子孫に継がせたいと思っているというわけではないということであった。

 何故、創業経営者と承継経営者で違いが出るのかということについては、幾つかの仮説が立てら れるが、それを検討するためには調査の深堀が必要であり、課題である。

 中小企業政策的に見ると、ここまでの結論は事業承継支援政策についてある論点を提起する。

 それは、事業承継支援策は承継を妨げる要素の除去に注力し範囲を限定するべきであるというこ とである。何も経営者であれば一般に事業を自身の引退後も継続したいと思っているわけではな い。これは承継する相手候補の有無以前のものである。候補がいる、いないではなく、そもそも事 業を自身の生計を立てる仕事として捉えている者が多いのである。

 そうした引退前提の経営者が率いる企業の中には、経済全体にとってあるいは地域経済において 欠くべからざる貴重な経営資源を有するものも、もちろんある。そして廃業によるこうした企業の 経営資源の散逸を避けるためには後継者育成、事業承継を政策的に促進するべきであるという見 方もある。しかし、個別企業についてどの存在が経済にとって必要不可欠(indispensable)な存在 かということは誰にも分らない。そういう存在として個別企業を捉えるべきは経営者自身やその企

(11)

業に関心を持つ金融機関や取引関係者であり、彼らは本当に必要不可欠と判断すれば、こうした

going concernが廃業企業について事前事後的に措置を講じるであろう。

 また、本論の範囲を超えるが事業承継のハードルが低くなるということは、経済全体の新陳代謝 を悪くするという点についても注意する必要がある。それは廃業によるマクロ経済の産業構造の転 換が事業承継により阻害される可能性が高くなるからである。事業承継を第二創業と位置づけ、新 たなイノベーションを期待する考え方はあるが、アネクドート以外で事業承継がイノベーションを 生むということが実証は筆者の知る限り、存在しない。

 また、事業承継についてはこれが何をもたらすのか、それが注目される割には研究が進んでいな い分野である。

 この分野について地道な研究が進むことを期待して本論を終える。

(参考文献)

OECD(2020), How's Life ?

池田謙一(2016)『日本人の考え方 世界の日との考え方』2016年勁草書房

国民金融公庫総合研究所編(1991)『世代交代期を活かす 後継者難を乗り越える中小企業』、1991年 中小企 業リサーチセンター

中小企業庁編(2019)(2020)『中小企業白書』(各年版)

日本政策金融公庫(2016)「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」

 (https://www.jfc.go.jp/n/release/pdf/topics_160201a.pdf)

安田武彦(2006)「小規模企業経営者の世代交代は適切に行われているか」『企業研究』第10号 pp.13-34 中央 大学企業研究所

参照

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