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経済格差と税 社会保障負担に関するマイクロ シミュレーション これらのことから, 社会保険料と消費税の負担増加が避けられない現状で, 相対的に負担が大きくなりがちな低所得世帯に対して, 再分配の観点で租税面からなしうることとして, 高所得世帯が恩恵を受けている所得控除の縮減が有効であることが示された

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経済格差と税・社会保障負担に関するマイクロ・シミュレーション

* 1, 2

川出 真清

* 3

要  約

 高齢化と度重なる景気対策で悪化した財政の健全化のために,税収増と社会保険料負担 の増加は避けられない。一方,これらの公的負担増加が低所得世帯への過度な負担となる ことも懸念され,財政健全化を困難にする可能性がある。そこで,本論は「慶應義塾家計 パネル調査(KHPS)」を用いて,所得税,消費税および社会保険料負担を考慮したマイ クロ・シミュレーションを試みた。まず,KHPS の 2009 年から 2012 年調査を用いて,調 査対象である 2008 年から 2011 年の所得に対して,同年度の税制及び社会保険制度を適用 し,租税及び社会保険料負担額をそれぞれ再計算,さらに公的移転額を加えて世帯別の等 価総所得をもとめ,10 分位別に評価した。  次に,2008 年から 2011 年の所得に,2015 年度の税制及び社会保険制度を適用した場合 の公的負担の状況を推計した。その結果,社会保険料の負担増加と消費税率の引き上げが 特に低所得世帯に大きな負担増となっていることが明らかとなった。高所得世帯は負担の 増加額では多いが,負担率の点で見れば低所得世帯に比べて増加幅が限定的なため,所得 に対して公的負担のフラット化が進行していることが確認できた。そして,今後の社会保 険料負担増や消費税率の引き上げの中で,このフラット化が進行してゆくことが予想される。  そこで,政策シミュレーションとして,2015 年度の制度を適用した 2008 年から 2011 年の推計値に対して,(1)給与所得控除の上限引下げ,(2)公的年金等控除の上限引下 げ,(3)社会保険料控除の上限導入,(4)配偶者控除の所得に応じた段階的縮減を設定 し,それぞれ小幅に縮減するケース(「標準ケース」),大幅な縮減を実施するケース(「改 革ケース」)について,影響評価を試みた。その結果,配偶者控除段階的縮減,給与所得 控除または社会保険料控除,公的年金等控除の順で,高所得世帯より大きな負担増をもた らすことがわかった。ただし,どのケースも単独では課税ベースの拡大効果が非常に限ら れるため,特に「標準ケース」では負担額・負担率ともに限定的で,「改革ケース」でも, 負担率は十分上がらないことがわかった。  上記の政策シミュレーションでの税収の増加分を用いて,特に低所得世帯の公的負担率 をどの程度軽減できるかを計算したところ,「標準ケース」をすべて実施した場合では最 も低い所得世帯である第 I 分位の世帯から中位である第 V 分位の世帯に対して,最大で 2%,「改革ケース」では 7.5%程度,公的負担率を引き下げられることがわかった。 *1  本論は科学研究費補助金 基盤研究(C)「財政運営と有権者の価値観に関する実証分析」(課題番号 26380376)の補助を受けて行われた研究である。 *2  また,本論は慶應義塾大学から「慶應義塾家計パネル調査(KHPS)」における個票データの提供を受けた。 *3  日本大学経済学部教授

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Ⅰ.はじめに

 近年,高齢化に加え,度重なる景気対策や東 日本大震災を始めとした自然災害などで財政状 況は悪化の一途をたどっている。一方,高齢化 が社会保険負担を増加させており,公的負担の あり方が社会の重要課題となっている。基礎年 金の国庫負担率引き上げなどを受けた 2014 年 度の消費税率引き上げや,公的年金や健康保険, 介護保険などの保険料率の段階的引き上げな ど,公的負担は増加傾向にある。  所得については,アベノミクスに代表される 経済政策による恩恵が見られる一方,高齢化や 阿部(2008)でも懸念されたような雇用の非正 規化などで特に低所得世帯で社会保険料も十分 納められないなど,北村・宮崎(2012)でも議 論された経済格差が拡大しているとの指摘もな される。税制及び社会保険制度は個別に改革さ れることが多いが,両者を組み合わせた場合, どのような相互効果を持ち,最終的にどのよう な公的負担となるかを検討することが重要であ る。実際,土居(2010),田中他(2013),大野 他(2014), 松 田 他(2014), 八 塩・ 蜂 須 賀 (2014)など,それぞれに注目する制度が異な るが,税制と社会保障制度の双方の関係性に注 目した分析が行われている。  そこで,本論は「慶應義塾家計パネル調査 (KHPS)」を用いて,租税に加えて社会保険 料負担も考慮した個票データによるマイクロ・ シミュレーションを試みた。まず,KHPS の 2009 年から 2012 年調査を用いて,調査対象で ある 2008 年から 2011 年の所得に各時点の税制 及び社会保険制度を適用して,租税及び社会保 険料負担額を求め,世帯別の公的負担額を集計 した。さらに,公的移転額を求めて総所得とし た上で公的負担率を計算し,世帯別の等価総所 得で 10 分位に分けて,分析を試みた。  また,同期間の所得に対して,2015 年度の 税制及び社会保険制度を当てはめることで,仮 想的な公的負担額を推計し,異時点間の制度の 相違による公的負担を比較した。2015 年度は それ以前に比べて,消費税率の引き上げなど, 比較的重い公的負担になっていると考えられる ため,各所得階級で負担率および負担額がどの 程度変化しているかを評価した。なお,所得だ けで見れば,2008 年はリーマンショックに差 し掛かる時期であり比較的所得は高く,2010 年調査である 2009 年やそれ以降は所得が全体 的に低めの時期となる。所得の変動に対して, 税制及び社会保険制度でどの程度負担の差異が 生じるかを評価できることも,個票パネルデー タである KHPS の利点だといえるだろう。  上述の比較分析を踏まえ,高所得世帯の所得 税および住民税負担を増加させることに対象を 絞り,さらに所得控除縮小に限定した制度改革 を政策シミュレーションとして評価した。具体  これらのことから,社会保険料と消費税の負担増加が避けられない現状で,相対的に負 担が大きくなりがちな低所得世帯に対して,再分配の観点で租税面からなしうることとし て,高所得世帯が恩恵を受けている所得控除の縮減が有効であることが示された。ただし, 上記の所得控除縮減のみでは高所得世帯への負担増加に限界があるだけでなく,高所得世 帯でも約半数の世帯には影響がない。したがって,今後の公的負担増に伴う負担のフラッ ト化の中で,部分的な所得控除の縮減だけではその是正効果に限界があり,所得控除全般, そして社会保障を含めた総合的な観点からの公的負担のあり方を検討しなければならない ことも明らかとなった。

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的には,(1)給与所得控除の上限引下げ, (2)公的年金等控除の上限引下げ,(3)社 会保険料控除の上限導入,(4)配偶者控除の 所得に応じた段階的縮減について,小幅に縮減 するケース(「標準ケース」),大幅に縮減する ケース(「改革ケース」)を考慮した。それぞれ の改革案について,世帯あたりの負担額と負担 率の上昇分を推計し,各所得水準の世帯におけ る公的負担がどのようになるかを計算した。政 策シミュレーションにおける所得控除縮減は近 年の税制改正で試みられている所得控除の縮減 をさらに強化したものであり,所得控除の縮小 は最終的に高い限界税率に直面する高所得世帯 への大幅な税負担の増加となることが期待される。  最後に,前述の政策シミュレーションによっ て得られた税収の増加分が,低所得世帯の公的 負担をどれだけ軽減できるかを検討した。具体 的には「標準ケース」及び「改革ケース」で得 られる各世帯の負担額の増加分を低所得世帯に 傾斜配分して,各所得世帯別の公的負担率がど のようになるかを簡易計算した。所得控除の縮 減によって,低所得世帯の公的負担をどれだけ 軽減可能かについて評価することは,今後の社 会保険料負担や税負担の増加の中で,必要な改 革の規模を知る上で重要であろう。  本論は以下のように構成する。Ⅱ節ではデー タと推計方法,Ⅲ節では 2009 年から 2012 年調 査から得られる 2008 年から 2011 年の所得情報 を用いて,同時期の税制及び社会保険制度を適 用した際の公的負担の割合や金額などを,標準 的な結果として示す。Ⅳ節では同時期の所得に 対して 2015 年度の税制及び社会保険制度を適 用した際の公的負担について,その結果を示す とともにⅢ節の結果との比較を通じて,近年の 公的負担に関する制度改正の課題を評価する。 Ⅴ節ではⅣ節で得られた公的負担における課題 を解決するための政策シミュレーションを示 し,その効果を評価する。Ⅵ節ではⅤ節におけ る政策シミュレーションで生じる新たな公的負 担の増加分が低所得世帯への負担をどの程度軽 減できるかを評価しつつ,再分配効果と本研究 の政策的含意について述べる。Ⅶ節で本論をま とめる。

Ⅱ.データと推計方法

 本論では世帯ごとの所得水準を把握し,税負 担及び社会保険料負担を求めるために「慶應義 塾家計パネル調査(KHPS)」を用いる。KHPS は 2004 年から,同一家計の所得や雇用状況を 始めとして,全国約 4,000 世帯,7,000 人に対 して毎年追跡調査を行っているパネルデータで あり,その規模も大きいことから,我が国にお ける個票分析に大変有用な資料の一つである1)  長期の追跡調査のため,対象となる世帯が減 少してゆくが,適宜,新しい調査対象を追加し, 標本の規模を出来る限り維持するよう設計され ている。なお,配偶者のいる有配偶世帯と,死 離別も含めた無配偶世帯について調査している。  本論では,KHPS は 2004 年よりデータが利 用可能であったが,所得や支出などについて, 精緻な情報が入手可能な 2009 年から 2012 年の 調査に限定した。KHPS は毎年 1 月調査であり, 所得情報については1万円単位で前年所得の情 報が入手できる。なお,消費額は調査当年 1 月 について質問されており,必ずしも所得と消費 1 )標本の脱落を補うため,約 1,400 人(2007 年),その後約 1,000 人(2012 年)を対象に加えている。2015 年末より 2009 年より実施されている日本家計パネル調査(JHPS)と統合し,日本家計パネル調査(JHPS/ KHPS)となっている。

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の時期が揃っていない。両者のずれに関しては, パネルデータであるため過去の回答に遡って調 整することも可能だったが,調査年1年分の消 費額ではないことに加え,新規に加わった世帯 や情報の欠損による標本の縮小を回避する観点 から,調査年 1 月の消費額を前年消費額の推計 に利用した。  また,租税について,国税である所得税は当 年の,地方税である住民税は前年の所得情報を 用いて課税されるが,本論は標本規模を維持す る観点から,所得税も住民税も同一年の所得に 対して課税されるとして計算している。なお, 社会保険料については,個別にその負担額を回 答している場合もあるが,整合性の観点から本 論の枠組みで理論値を再計算し,その計数を用 いることとしている。 Ⅱ-1.所得の計算  所得に関しては「昨年1年間に得た年収」と いう質問事項があり,そこからは「勤め先の収 入」,「自営・事業・内職収入」,「家賃・地代収 入」,「利子・配当金」,「仕送り金・受贈金の受 け取り」,「公的年金」,「企業年金・個人年金」, 「失業給付・育児休業給付」,「子ども手当・児 童扶養手当」,「生活保護給付」,「その他の収入」 といった情報が入手可能である。特に「勤め先 の収入」についてはその後の社会保険料の計算 の際に月収と賞与に関する情報が必要なため, それらの情報を推計する際の補助情報の一つと して用い,その他については回答された計数を 前提に所得の計算をした2)。また,回答者本人, 配偶者,その他家族という区分で質問がなされ ており,それぞれについて,社会保険料負担及 び税負担の計算を行う。以下では,調査年と所 得情報の年の違いの混乱を避けるため調査年で はなく,2008 年から 2011 年といった所得年で の表記に統一する。  「勤め先の収入」については昨年1年間の月 給,賞与総額に関する質問があり,通常は「勤 め先の収入」から賞与総額を引いて 12 等分す ることで月給を求めている。ただし,賞与情報 がない場合には「勤め先の収入」を 12 等分し, 「勤め先の収入」がなく月給,賞与総額の回答 がある場合にはそこから,「勤め先の収入」を推 計している。賞与に関しては年 2 回として,賞 与を 2 等分して求めている。その他家族につい ては,月給,賞与総額の質問がないため,12 等 分したものを月給としている。世帯員の複数が その他家族として就労する場合は,就業者で均 等割して公的負担を求めている。  税制での優遇や「公的年金」,「企業年金・個 人年金」,「失業給付・育児休業給付」,「子ども 手当・児童扶養手当」,「生活保護給付」につい ては,公的移転として総所得に加えている。ま た,すべての所得を合算し,世帯の総所得が 12 万円以下の所得については回答の妥当性の 観点から分析から除外している。 Ⅱ-2.社会保険料負担の計算  社会保険料負担については,公的年金,健康 保険,介護保険,雇用保険の 4 つについて保険 料負担を計算した3)。まず正規雇用者(「常勤 の職員・従業員[正規社員]」かつ従業員規模 が「1~4 人」ではない)については厚生年金, 全国健康保険協会管掌健康保険(介護保険料を 含む),雇用保険に加入しているとの前提で社 会保険料負担を計算し,厚生年金基金には加入 していないとしている。なお,標準報酬月額及 び標準賞与額は各年の規定に従って計算される こととし,保険料率についても毎年のもの(東 京都でかつ隔年の 9 月以降に適用される)を用 いて計算している。 2 )KHPS には退職金に関する質問が別途存在するが,勤続年数がわからず,税額が計算出来ないため所得の 計算から除外している。 3 )KHPS でも一部の社会保険料の実額を聞いているが,大野他(2015)によれば『全国消費実態調査』と『家 計調査』において,理論値に比べて記入値が過少になるとされている。本論も過少な傾向があったが,未記 入のものも散見されたため理論値とした。

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 また,「契約社員」,「アルバイト・パートタ イマー」,「派遣社員」,「嘱託」については勤め 先収入が 130 万円を超える場合には正規雇用者 と同じ扱いとしつつ,それ以外は国民年金,国 民健康保険,介護保険に別途加入しているとし た。なお,勤め先が公務員である場合,国家公 務員共済に入っているとし,その保険料率等は 加入者が一番多いと考えられる財務省共済組合 の計数を用いた。「仕事についている」との回 答ではない場合で,所得条件から扶養されてい ると推定できる場合には社会保険料は課されな いものとし,そうでない場合には別途,国民年 金,国民健康保険,介護保険に加入していると した。  国民年金については月額保険料を 12 倍して 求め,更に低所得世帯については所得水準に応 じて保険料免除(全額から 4 分の 1 免除)を適 用することとした。国民健康保険と介護保険に ついては地域別で設定され,かつその方式も多 様であるため,資産割などが存在せず,均等割 と所得割で求めることができ,さらに過去の資 料を入手可能な東京都中野区の国民健康保険お よび介護保険制度を適用して,負担額を求めて いる4)。なお,この場合も各年度における減額 規定を用いて,低所得世帯に対しては保険料の 縮減を行っている。社会保険の加入の有無に関 する質問で,加入しているとの回答がない場合 で,かつ正規雇用者ではない場合には社会保険 は未加入としている5) Ⅱ-3.税負担の計算  税負担については所得税,住民税,消費税に ついて求めている。所得税,住民税は,年収の うち「勤め先の収入」,「自営・事業・内職収入」, 「家賃・地代収入」,「利子・配当金」,「公的年金」, 「企業年金・個人年金」,「その他の収入」を課 税対象とした。「勤め先の収入」,「公的年金」,「企 業年金・個人年金」については,給与所得控除, 公的年金等控除といった所得控除を適用してい る。また,「利子・配当金」については 1 万円 単位であることから,税額控除である配当控除 を適用している。その他の所得についてはその まま課税所得として加えた。  その上で,基礎控除,社会保険料控除,医療 費控除,配偶者控除(配偶者特別控除),扶養 控除,寡婦(夫)控除を適用して,課税所得を 求めている6)。税率はそれぞれから得られた課 税 所 得 に 対 し て, 所 得 税 は 累 進 税 率(5 ~ 40%),住民税は定率(10%)の税負担がそれ ぞれ課されている。また,税額控除として,先 に述べた配当控除に加え,それぞれ記入があっ た場合には住宅ローン控除を適用している。  消費税の計算に必要な消費額については調査 当年 1 月の消費額を聞いているが,それを前年 の 12ヶ月間の消費水準を代表していると仮定 し,その 12 倍したものを前年消費額として消 費税額を推計した。その際には,支出項目とし て,「食料費」,「外食・給食費」,「家賃・地代・ 住宅の修繕」,「集合住宅の共益」,「交通費」,「電 気代・ガス代・水道代」,「通信費」,「家具・電 化製品・家事用品」,「衣類・はき物」,「保健医 療費」,「教養・娯楽」,「交際費・小遣い」,「仕 送り金」,「その他の支出」のうちで,消費税課 税対象となると考えられる「食料費」,「外食・ 給食費」,「交通費」,「電気代・ガス代・水道代」, 「通信費」,「家具・電化製品・家事用品」,「衣類・ はき物」,「保健医療費」,「教養・娯楽」,「交際費・ 小遣い」,「その他の支出」に対して消費税が課 されることとした。なお,「家賃・地代・住宅の 修繕」については家賃などが主であると考え, 「仕送り金」については支出が確実ではないた め,消費税の税負担から除外した。 4)旧ただし書き所得への移行も 2011 年の保険料から適用している。 5 )なお,正規雇用者でかつ社会保険加入義務のある事業所が加入せず,個人で社会保険に入っている場合は 存在しないとの前提で計算している。 6)情報がないため,生命保険料控除,地震保険料控除,障害者控除は適用していない。

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Ⅲ.標準結果

 Ⅱ節で述べた方法によって,個々の世帯の公 的負担及び公的移転を計算し,総所得を世帯員 数の平方根で割った等価総所得別に集計を行っ た。また,その際には各年の等価総所得による 10 分位を用いて,その分位ごとで集計した。 なお,各分位の等価総所得及び総所得の平均値 を表 1 及び表 2 に示した。等価総所得で見た表 1からは,KHPS のデータでは 400 万円未満の 世帯が集中していることがわかる。これは世帯 員を調整していない表 2 を見ると明らかであ る。また,表 1 及び表 2 の両者から,2008 年 は所得が高い時期であり,各分位の平均所得も その他の年に比べて高めになっていることがわ かる。一方で,2011 年は東日本大震災の年で もあり,所得は低めになっている。各年の所得 については若干の変動があるものの,概ね安定 しており,KHPS の所得データは安定している と考えられる。  図 1 には世帯所得別のヒストグラムを示し た。国民生活基礎調査の各年資料などと比べ, 平均所得が 686.5 万円,中位所得で 600 万円な ど,両者とも 150 万円程度高く,全体的に高所 得世帯が多めになっている。なお,課税後の所 得である可処分所得は図 2 に示されており,平 均所得が 573.9 万円,中位所得で 513.4 万円で あり,100 万円程度低下している。  次に,2011 年の所得データを示す 2012 年調 査による所得税,住民税,消費税,公的年金, 健康保険,介護保険,雇用保険について,総所 得との比で求められる公的負担率を,図 3 に示 した7)。図 3 からは所得税,住民税,公的年金 については所得に対して累進的,健康保険と雇 用保険は所得に対して中立的,消費税と介護保 険は所得に対して逆進的な負担構造となってい る。また,所得税は住民税に比べて,低所得で は低い負担,高所得では高い負担となっており, 公的年金と健康保険は低所得と高所得の両端で 部分的に負担率が低下する形となっている。負 表1 等価世帯所得分位別の等価総所得の平均値[万円] 2008 2009 2010 2011 I 123.21 115.88 119.81 118.79 II 203.88 195.99 201.84 198.25 III 253.17 244.03 249.72 245.41 IV 303.03 288.38 293.97 287.23 V 352.06 337.07 342.01 331.64 VI 412.44 390.09 393.31 380.67 VII 490.52 459.83 462.32 446.89 VIII 581.69 548.32 555.16 531.24 IX 732.97 673.74 688.27 654.37 X 1,316.61 1,129.61 1,165.53 1,069.63 表2 等価世帯所得分位別の総所得の平均値[万円] 2008 2009 2010 2011 I 200.72 187.71 190.13 186.20 II 332.73 328.33 329.68 318.45 III 428.91 411.20 422.22 407.42 IV 519.15 496.84 498.32 476.35 V 603.19 574.84 591.02 576.05 VI 693.87 666.85 658.66 642.21 VII 827.49 765.15 793.09 762.33 VIII 949.00 891.58 912.32 895.62 IX 1,143.85 1,083.60 1,082.04 1,048.27 X 1,920.03 1,591.62 1,695.29 1,557.65 7 )大野他(2013)では『全国消費実態調査』,『家計調査』,『国民生活基礎調査』の 3 つについて,公的負担 率の比較を行っており,本論はそれにならった。なお,本論の結果は大野他(2013)でもそれぞれの資料で 結果がわずかに異なっているが,大きく外れたものとはなっていない。

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担率はそれぞれ最大 6%程度となっているが, それが累積した場合に全体としてどのような構 成となるかを示したのが図 4 である。図 4 から は低所得世帯である第 I 分位で負担割合が大き いのは消費税と健康保険料であり,高所得にな るにしたがって消費税率の負担割合が減り,代 わって,所得税と住民税,そして公的年金の負 担割合が増加している。したがって,公的負担 図1 世帯所得のヒストグラム(横軸:総所得[万円],縦軸:世帯数,ラベル:構成比) 図2 世帯所得のヒストグラム (横軸:可処分所得[万円],縦軸:世帯数,ラベル:構成比)

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の中でも毎年の生活に必要な負担が大きく,高所 得になるにしたがって,再分配的な要素や老後に 備えた負担が大きな割合を占める事がわかる。  また,第 X 分位は所得税と住民税により負 担率が突出しているが,その他の分位について は,20%程度が上限と考えられる。総所得に占 める租税と社会保険料それぞれの負担率は所得 水準にかかわらず,公的負担の重さと捉えるこ とができ,低所得世帯には消費税や健康保険料 が大きな負担となって現れ,高所得世帯には所 得税と住民税がそれに当たると考えられる。  なお,表 3 には 2011 年における各分位別の 平均公的負担額が示されており,所得税や住民 税などは低所得世帯がほとんど負担しておら 図3 等価世帯所得分位別の公的負担率(対総所得比,所得:2011 年,制度:2011 年) 図4 等価世帯所得分位別の公的負担率の構成(対総所得比,所得:2011 年,制度:2011 年)

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ず,高所得世帯では第 X 分位で所得税や住民 税を合わせて,一世帯あたり 205 万円負担する など大きな差がある。ただし,消費税は第 I 分 位でも 10 万円,公的年金,健康保険,介護保 険などの社会保険も 5 万円前後の負担をしてお り,項目によってその負担額にばらつきがある。  表 4 には 2011 年の各世帯所得分位別の一世 帯あたりの公的移転所得額と公的負担を合わせ た純受取額を示している。表 4 からは公的移転 所得では年金所得がその大半を占め,低所得世 帯だけではなく高所得世帯も比較的大きな移転 を受けていること,さらには,公的年金は第Ⅰ 分位では他の世帯に比べて金額で見れば半分程 度しか受け取れていないことがわかる。そのた め,公的純受取額から見ても第 I 分位は純移転 が第 II 分位よりも小さくなっている。  所得税と住民税,公的年金については所得階 層間で税負担が累進的であるといえるものの, 消費税,健康保険料,介護保険料は低所得世帯 への負担が重いことがわかる。一方,消費税率 の引き上げを始め,継続的に社会保険料が増加 傾向にあることから,公的負担の増加が各所得 分位に与える影響を評価することは有益であろ う。そこで,2008 年から 2011 年の所得に 2015 年度の税制及び社会保険制度を適用した場合の 公的負担について,Ⅳ節で評価を試みる。 表3 等価世帯所得分位別の公的負担の平均額(万円,所得:2011 年,制度:2011 年) 所得税 住民税 消費税 公的年金 健康保険 介護保険 雇用保険 I 0.21 0.57 10.38 5.01 7.35 2.07 0.12 II 0.98 2.56 13.05 11.53 11.69 3.82 0.45 III 1.96 4.96 15.32 18.30 15.29 4.22 0.85 IV 2.73 7.01 16.74 22.27 19.94 4.40 1.09 V 5.29 11.74 17.19 31.38 25.42 4.31 1.58 VI 7.29 15.60 20.14 37.96 27.77 4.62 1.87 VII 13.83 22.89 20.41 43.97 35.71 4.92 2.22 VIII 18.09 28.45 23.77 52.84 41.02 5.79 2.74 IX 31.15 38.67 24.11 58.86 46.88 6.22 2.85 X 123.50 81.97 27.32 71.43 58.03 7.06 4.17 表4 等価世帯所得分位別の公的移転の平均額(万円,所得:2011 年,制度:2011 年) 公的年金等 失業手当 児童手当等 生活保護 純受取 I 51.94 1.29 7.16 6.24 40.93 II 97.98 1.06 7.80 0.91 62.80 III 111.23 1.44 8.12 1.40 61.06 IV 119.75 1.09 7.13 0.06 53.35 V 92.11 2.47 9.22 0.00 6.34 VI 85.97 1.87 8.44 0.00 -19.70 VII 97.38 1.56 6.74 0.00 -39.57 VIII 98.82 1.88 5.21 0.00 -67.39 IX 109.29 0.49 4.99 0.00 -96.08 X 104.29 0.85 3.15 0.00 -253.96

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Ⅳ.2015 年度の公的制度による評価

 2009 年から 2011 年の各世帯の所得に対して 2015 年度の税制及び社会保険制度を適用した 場合の負担を求める。まず,それまでの制度と 特に変更された点について述べておく。所得税 については 2015 年から課税所得 4,000 万円超 について,40%から 45%へと税率が引き上げ られることとなった。また,2013 年より給与 所得控除に上限が設けられ,控除上限額が 245 万円となっている。また,同年には復興特別所 得税が所得税額の 2.1%分だけ課されている。 さらに,消費税率が 5%から 8%へと 2014 年度 より引き上げられている。  社会保険料については保険料率の 2015 年計 数への変更と東京都中野区の健康保険料の算定 基準が住民税方式から簡便化された旧ただし書 き方式へと変更された。なお,公的移転所得に ついては今回の分析が,基準とする 2009 年か ら 2011 年の所得データに 2015 年の税制及び社 会保険制度を当てはめることが目的であるた め,同期間における移転額をそのままとした8)  その結果のうち,相対的に公的負担は低く, 所得水準が最も高い 2008 年と,相対的に公的 負担は高く,所得が最も低い 2011 年の結果を 表 5 および表 6 に示した。まず,両者共通の結 果としては,高所得世帯に限っては所得税およ び住民税の負担が減少していることがあげられ る。年少扶養控除廃止,給与所得控除の上限導 入や最高税率の引き上げ,更には復興特別所得 税の導入にもかかわらず減少に転じている。こ の結果は,田近・八塩(2006)や松田他(2014) で指摘された社会保険料増加による課税ベース の縮小が原因である。表 7 は所得分位を第 I 分 位から第 III 分位までと,第 VIII 分位から第 X 分位までに分けたうえで,所得税と住民税の増 減額で区分したものであるが,どちらで評価し ても 8 割程度の世帯で所得税と住民税の税負担 は減少している。社会保険料は 2008 年では約 2%,2011 年では約 1%だけ,その負担率が上 昇している。一方,所得税および住民税では社 会保険料控除があり,社会保険料の増加が所得 税や住民税の減税につながる。なお,課税所得 4,000 万円超のため税負担が増加する世帯は, 2008 年の個票では 3335 世帯中 3 世帯,2009 年 では 3117 世帯中 0 世帯,2010 年は 2959 世帯 中 1 世帯,2011 年では 2796 世帯中 2 世帯と極 めて少ない。土居・朴(2011)でも指摘されて いるように,最高税率の引き上げ効果は極めて 限定的である。  2008 年では第 VIII 分位以下,2011 年では第 V 分位以下の所得税負担が増加している。これ は特定扶養控除と年少扶養控除廃止と復興特別 所得税が原因である。このことから,すべての 世帯で税負担は本来増加しているはずである が,高所得世帯は社会保険料負担の増加によっ て,高税率で課税される部分が縮減されて恩恵 を受けていることがわかる。  一方,消費税率の引き上げ効果がすべての世 帯で確認できる。ただし,消費税に関する評価 を試みた八塩・長谷川(2009)でも指摘された ように,その効果も第 I 分位の約 2.9%から第 X 分位の約 1.1%へと,所得に対して逆進的な 負担増加が生じている。  年度別の特徴としては 2008 年では 2011 年に 比べて社会保険負担率の上昇幅が大きい。これ はまず 2008 年のほうが社会保険負担が低いこ とが大きな要因である。 8 )年金生活者等支援臨時福祉給付金,臨時福祉給付金,子育て世帯臨時特例給付金が適用されていないため, 厳密な意味での 2015 年度の総所得を計算していない点に留意が必要である。

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 次に,公的負担率の上昇が期待される高所得 世帯である第 X 分位は 2008 年でも 2011 年で も社会保険料の負担率が第 IX 分位よりも低い だけでなく,消費税率引き上げに伴う負担率の 上昇も最も低く,所得税や住民税の負担が減少 すらしている。それに比べて,低所得世帯は公 的負担のほぼすべての項目について負担率が上 昇しており,低所得になるにつれて全負担率が 上昇してゆく傾向にある。理由としては,消費 税が低所得世帯に重く,社会保険料負担は世帯 の所得水準にかかわらず,ほぼ均等な負担とな ることがあげられる。当然,本分析では取り入 表5 等価世帯所得分位別の公的負担の変化率(所得:2008 年,制度:2008 → 2015 年)   所得税 住民税 消費税 公的年金 健康保険 介護保険 雇用保険 公的負担 I 0.06% 0.14% 2.88% 0.46% 0.75% 0.24% -0.01% 4.88% II 0.10% 0.23% 2.43% 0.70% 1.36% 0.26% -0.03% 5.09% III 0.14% 0.28% 2.19% 0.77% 1.27% 0.22% -0.03% 4.84% IV 0.18% 0.31% 1.98% 0.90% 1.16% 0.18% -0.04% 4.67% V 0.22% 0.25% 1.76% 0.92% 1.06% 0.16% -0.05% 4.34% VI 0.17% 0.10% 1.65% 0.99% 1.04% 0.17% -0.08% 4.05% VII 0.14% 0.02% 1.55% 1.00% 1.05% 0.14% -0.09% 3.83% VIII 0.04% -0.04% 1.48% 1.00% 1.01% 0.14% -0.11% 3.53% IX -0.08% -0.12% 1.32% 1.01% 1.12% 0.16% -0.11% 3.31% X -0.19% -0.14% 1.05% 0.83% 1.14% 0.12% -0.16% 2.65% 表6 等価世帯所得分位別の公的負担の変化率(所得:2011 年,制度:2011 → 2015 年)   所得税 住民税 消費税 公的年金 健康保険 介護保険 雇用保険 公的負担 I 0.02% 0.03% 2.94% 0.21% -1.08% 0.18% -0.01% 2.91% II 0.00% 0.00% 2.39% 0.35% 0.32% 0.20% -0.03% 3.26% III 0.01% 0.00% 2.19% 0.44% 0.66% 0.16% -0.03% 3.44% IV 0.01% -0.01% 2.04% 0.47% 0.73% 0.14% -0.04% 3.34% V 0.00% -0.02% 1.85% 0.55% 0.65% 0.09% -0.05% 3.08% VI -0.02% -0.05% 1.75% 0.61% 0.65% 0.09% -0.07% 2.97% VII -0.01% -0.04% 1.62% 0.60% 0.62% 0.06% -0.08% 2.77% VIII -0.05% -0.07% 1.54% 0.62% 0.66% 0.06% -0.09% 2.69% IX -0.07% -0.08% 1.37% 0.60% 0.63% 0.06% -0.09% 2.43% X -0.10% -0.10% 1.10% 0.55% 0.65% 0.06% -0.13% 2.02% 表7 等価世帯所得分位別の公的負担の増加額構成(所得:各年,制度:各年→ 2015 年) 所得税と住民税の増加額 第 I~III 分位 計 第 XIII~X 分位 計 2008 2011 2008 2011 増加 10 万円以上 3.90% 0.12% 8.73% 1.19% 増加 10 万円未満 24.08% 10.53% 12.34% 10.39% 不変 0.00% 0.00% 1.50% 2.99% 減少 10 万円未満 53.95% 59.29% 77.43% 85.42% 減少 10 万円以上 18.08% 30.06% 0.00% 0.00%

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れられていない公的負担の上昇に合わせて,児 童手当(旧子ども手当)や消費税率引き上げに 対する給付措置が取られているため,直ちに格 差を助長していることにはならないが,税制や 社会保険制度では高所得世帯への公的負担強化 が有効に機能しないことがわかる。また,図 5 は 2015 年の税制および社会保険制度を 2008 年 から 2011 年所得に適用した公的負担率と, 2008 年度から 2011 年度の公的負担率の世帯所 得分位別平均値に前者の第 X 分位の負担率の 平均上昇率である 2.4%分だけ上方スライドさ せたものであるが,公的負担率の傾斜が以前は 所得に対して比較的累進的であったにも関わら ず,2015 年の制度を適用すると累進性が緩和 してしまう。これは少子高齢化による所得に対 して均等な社会保険料負担の増加と,低所得世 帯に負担が重くなる税制により所得に対して累 進的な公的負担構造がフラット化していること を表す。したがって,低所得世帯に負担の大き い消費税率の引き上げと,社会保険料負担の増 加を通じた課税ベースの侵食による高所得世帯 の税負担の軽減が税の再分配機能を弱めてゆく ことが確認でき,今後もその傾向がさらに進む と考えられる9)  これらは近年注目される公的負担の格差是正 機能が弱まっていると解釈することもでき,税 制・社会保障制度それぞれの低所得世帯対策だ けでなく,総合的な対応が必要だろう。そこで, 本論では,2015 年の改正ですでに行われたも のの,その効果が必ずしも高所得世帯に影響し たとはいえない最高税率の引き上げ以外の方法 で,本来期待される高所得世帯に負担を促す政 策シミュレーションを行う。 図5 制度の相違と所得分位別の公的負担率(対総所得比,制度:2015 年,平均は各年制度を適用した平均) 9 )田近・古谷(2005)や八塩・蜂須賀(2014)で指摘される公的年金等控除を通じた,高齢化による所得税 の課税ベースの侵食も進んでゆくと考えられ,今後,多方面からの課税ベースの侵食が進んでゆくことに留 意が必要である。

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Ⅴ.政策シミュレーション

 前節で高所得世帯の公的負担の増加が想定さ れる制度改正にもかかわらず,実際には機能し ていない可能性が示された。田近・八塩(2006) では一部の所得控除を全廃した際の効果を評価 しているが,本論では高所得世帯に限定して租 税負担を増加させることが期待できる政策シ ミュレーションを試みる。具体的には,増税効 果が十分ではない所得税率の引き上げではな く,課税ベースである課税所得を増加させるた めの政策シミュレーションとした。2015 年度 の制度を適用した 2008 年から 2011 年の推計値 に対して,(1)給与所得控除の上限引下げ, (2)公的年金等控除の上限導入,(3)社会 保険料控除の上限導入,(4)配偶者控除の所 得に応じた段階的縮減の4つの所得控除を実施 した場合に,所得税の負担率および負担額がど のように変化するかを推計する。その際,過去 の制度改正に付加する形で小幅に縮減するケー ス(「標準ケース」,以下「A」と表記),大幅 な縮減を実施するケース(「改革ケース」,以下 「B」と表記)を用いる。  表 8 には政策シミュレーションの一覧が示さ れている。まず,(1)給与所得控除の上限引 下げについては,現在 240 万円の上限が設定さ れているが,それを 2017 年以降の上限となる 220 万円としたもの(給与 A)とさらに縮減し て 180 万円としたもの(給与 B)を用いた。 (2)公的年金等控除の上限導入については, 所得控除額に上限がない形となっている公的年 金等控除について,2015 年において 65 歳以上 に適用される所得控除の最低額である 120 万円 としたもの(年金 A)と,更にそれを引き下 げ て 80 万 円 と し た も の(年 金 B) と し た。 (3)社会保険料控除の上限導入については, これまで社会保険料控除には上限がなかったこ とから,比較的高めの 150 万円(社保 A)と 低めにおいた 100 万円(社保 B)を用いた。 (4)配偶者控除の所得に応じた段階的縮減に ついては,現在,配偶者特別控除だけが配偶者 所得に応じて縮減されることとなっているが, 本人の所得に応じて配偶者控除と配偶者特別控 除両者が縮減されることとした。例えば,合計 所得金額 800 万円以上から所得が 1 万円上昇す るごとに 1.65 万円だけ配偶者控除が減少し, 1000 万円で 0 となるもの(配偶 A),更にその 縮減の開始金額を 400 万円に引き下げて上限を 600 万円としたもの(配偶 B)を用いた。なお, 配偶者特別控除についてもその控除税額を最大 値として,最高所得で 0 となるように線形で縮 小する。  その結果について,各年の所得税と住民税を 合わせた租税負担率の上昇幅の世帯あたり平均 を表 9,租税負担額の世帯平均を表 10 に示し た。表 9 および表 10 からは低所得世帯にはほ ぼ影響を与えないにもかかわらず,すべてのシ ミュレーションで高所得世帯の負担が増加して いることがわかる。しかしながら,年金 A に ついては高所得世帯への負担がほとんどないこ とがわかった。負担率で見れば,配偶 A,給 与 A,社保 A の順で高所得に負担が重くなる が,負担額で見れば,給与 A,配偶 A,社保 A の順である。負担率が各世帯の総所得比で 小さな値に留まったとしても,特に高所得世帯 の場合にはわずかな負担割合の増加でも負担額 が大きくなるからである。なお,負担率ではい ずれも,百分の一パーセント水準ほどしか負担 増をもたらさない。  次に,改革ケースを見てみると,十分の一パー セント水準で負担を増加させることが可能とな る。負担率で見れば,配偶 B,社保 B,給与 B の順で高所得に負担が重くなるが,負担額で見 れば,給与 B,社保 B,配偶 B の順である。

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配偶者控除では負担率が高い割には負担額は少 ない。これは配偶者控除が非常に高い所得の世 帯の負担増加よりも高所得世帯全体への幅広い 負担になっているからだと考えられる。しかし ながら,全体の負担率の上昇が十分の一パーセ ント台にとどまることは,所得税制において, 所得控除の縮減で課税ベースを広げることに一 定の限界があるといえるだろう。  負担額からも「標準ケース」では課税ベース の拡大効果が非常に限られるため,十分な負担 とはいえない。その原因として,所得控除の削 減が一部の世帯の税負担上昇にしかならない事 が考えられる。表 11 では上位 3 分位である第 VIII 分位から第 X 分位において,実際に税負 担が上昇した世帯の割合を示しているが,個別 の所得控除を縮減しても 80%以上の世帯には 表9 等価世帯所得分位別の政策シミュレーションによる所得・住民税負担率の変化(対総所得比,年平均)   給与 A 年金 A 社保 A 配偶 A 給与 B 年金 B 社保 B 配偶 B I 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% II 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.04% 0.00% 0.00% III 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.06% 0.00% 0.00% IV 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.08% 0.00% 0.00% V 0.00% 0.01% 0.00% 0.00% 0.02% 0.08% 0.02% 0.02% VI 0.00% 0.01% 0.00% 0.00% 0.05% 0.07% 0.06% 0.06% VII 0.00% 0.01% 0.00% 0.01% 0.10% 0.06% 0.13% 0.13% VIII 0.01% 0.02% 0.02% 0.03% 0.14% 0.10% 0.18% 0.18% IX 0.02% 0.01% 0.03% 0.07% 0.20% 0.07% 0.24% 0.24% X 0.08% 0.01% 0.06% 0.12% 0.29% 0.07% 0.30% 0.30% 表8 政策シミュレーションの一覧   給与所得控除 公的年金等控除 社会保険料控除 配偶者控除 標準 (A) 上限を 220 万円 上限を 120 万円 上限を 150 万円 合計所得金額 800 万円から 1000 万円まで段階的に縮減 改革 (B) 上限を 180 万円 上限を 80 万円 上限を 100 万円 合計所得金額 400 万円から 600 万円まで段階的に縮減 表 10 等価世帯所得分位別の政策シミュレーションによる所得・住民税負担額の変化(万円,年平均)   給与 A 年金 A 社保 A 配偶 A 給与 B 年金 B 社保 B 配偶 B I 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.01 0.00 0.00 II 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.13 0.00 0.00 III 0.00 0.00 0.00 0.00 0.00 0.23 0.00 0.01 IV 0.00 0.01 0.00 0.00 0.02 0.35 0.03 0.14 V 0.00 0.03 0.00 0.00 0.16 0.41 0.17 0.49 VI 0.00 0.07 0.01 0.00 0.46 0.46 0.54 1.03 VII 0.02 0.06 0.05 0.07 1.04 0.47 1.35 1.82 VIII 0.09 0.19 0.22 0.43 1.66 0.83 2.09 2.34 IX 0.35 0.13 0.52 1.04 2.73 0.72 3.33 2.86 X 3.56 1.11 3.01 3.28 8.06 2.20 7.88 4.40

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影響がなく,すべての控除を縮減しても約 75%の世帯には所得控除の影響は出ていない。 また,「改革ケース」でも個別の縮減では 5 割 程度の世帯は所得控除の影響を受けておらず, 多くの高所得世帯に負担を広げるためには規模 に加え,複合的な所得控除の縮減が必要である。

Ⅵ.再分配効果と政策的含意

 前節の政策シミュレーションでは所得税およ び住民税の負担増加が,限界はあるものの高所 得世帯から一定の税収を得られることを明らか にした。特に「改革ケース」では一世帯あたり 数万円の税収を得ることができるため,増収分 を再分配に活用することも考えられるだろう。 そして,低所得世帯にとってはたとえ数万円の 所得移転でも十分な格差是正効果を持つと考え られる。そこで,政策シミュレーションによっ て得られた税収を集計して,それを第 I 分位か ら第 V 分位まで,線形(比率としては第 I 分 位:第 II 分位:第 III 分位:第 IV 分位:第 V 分位=5:4:3:2:1)で傾斜的に配分す ることを考える10,11)。そのうえで,2008 年から 2011 年の一世帯あたりの分位別所得の平均値 で除した割合から,各政策シミュレーションに よって可能となる公的負担の軽減率を概算で求 めた。その結果をまとめたのが表 12 である。 表 12 からは「標準ケース」では配偶 A が第 I 分位の世帯の負担を 0.84%引き下げるのを筆頭 に,1%未満の負担軽減にとどまることがわか る。ただ,仮にすべての政策が実施されたと仮 定して,簡易集計すると最大 2.02%の軽減が可 能となる。一方,「改革ケース」では配偶 B の 表 11 所得控除縮減による所得税と住民税の増加した高所得世帯割合 第 XIII~X 分位 計 給与 A 年金 A 社保 A 配偶 A 全部 A 増加 10 万円以上 2.94% 0.96% 2.14% 8.58% 13.60% 増加 10 万円未満 10.42% 3.11% 9.92% 7.28% 11.49% 不変 86.64% 95.90% 87.93% 81.14% 74.88% 減少 10 万円未満 0.00% 0.03% 0.00% 0.00% 0.03% 減少 10 万円以上 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 第 XIII~X 分位 計 給与 B 年金 B 社保 B 配偶 B 全部 B 増加 10 万円以上 19.38% 6.38% 20.34% 24.46% 42.00% 増加 10 万円未満 24.63% 9.07% 25.10% 20.59% 21.08% 不変 55.99% 84.11% 54.56% 54.95% 36.89% 減少 10 万円未満 0.00% 0.44% 0.00% 0.00% 0.44% 減少 10 万円以上 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 0.00% 10 )なお,各世帯がほぼ同数となる 10 分位での世帯区分であることから,すべての世帯の所得税と住民税の増 加分の和をとって,各世帯に配分することで,税収中立の計算となる。 11 )田近・八塩(2006),白石(2009),田近・八塩(2010)や高山・白石(2010)をはじめとした給付付き税 額控除を中心とした低所得世帯への所得移転を想定している。なお,田近・八塩(2008)や鎌倉(2010)に あるように,給付付き税額控除のような直接的支払いの他,税額控除で残った部分をバウチャー化することで, 社会保険料支払いに限定して充てる国も存在している。

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実施だけで「標準ケース」をすべて実施したの に相当する再分配効果を持つことがわかる。「改 革ケース」で最も効果的なのは全体的に負担額 の増加をもたらす社保 B であり,第 I 分位の 公的負担を 2.68%縮減できる。なお,「改革ケー ス」をすべて実施すると,第 I 分位の公的負担 を約 7.53%縮減できる。図 6 では,「標準ケース」 の全部,「改革ケース」の全部,そしてⅢ節の 標準結果およびⅣ節の 2015 年制度による結果 の各平均による,世帯所得分位別の公的負担率 の平均値を示している。図 6 からは,所得控除 縮減によって得られた税収を低所得世帯に配分 することで,時間を通じた所得水準別の公的負 担のフラット化を食い止め,さらに再分配効果 を高めることができることがわかる。 表 12 政策シミュレーション別の公的負担率の改善幅(対総所得比)   給与 A 年金 A 社保 A 配偶 A 全部 A I 0.70% 0.28% 0.66% 0.84% 2.02% II 0.33% 0.13% 0.31% 0.39% 0.94% III 0.19% 0.08% 0.18% 0.23% 0.56% IV 0.11% 0.04% 0.10% 0.13% 0.31% V 0.05% 0.02% 0.04% 0.05% 0.13% 給与 B 年金 B 社保 B 配偶 B 全部 B I 2.46% 1.01% 2.68% 2.28% 7.53% II 1.15% 0.47% 1.25% 1.07% 3.52% III 0.68% 0.28% 0.74% 0.63% 2.07% IV 0.38% 0.16% 0.41% 0.35% 1.16% V 0.16% 0.07% 0.17% 0.15% 0.49% 図6 所得控除縮減と再分配による所得分位別の公的負担率の変化

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Ⅶ.まとめ

 本論は「慶應義塾家計パネル調査(KHPS)」 を用いて,租税に加えて社会保険料負担も考慮 した個票データによるマイクロ・シミュレー ションを試みた。まず,KHPS の 2009 年から 2012 年調査を用いて,当時の税制及び社会保 険制度を適用して,租税及び社会保険料負担額, 公的移転額をそれぞれ再計算し,等価総所得に よる 10 分位別の公的負担を集計した。その結 果,低所得世帯ほど,消費税および健康保険料 の負担比率が高く,高所得になるにつれてそれ が低下し,代わって所得税,住民税,公的年金 負担が増加することを確認した。  また,2008 年から 2011 年の所得に対して仮 想的に,2015 年度の租税及び社会保険制度が 適用された場合の公的負担を推計した。その結 果,社会保険料の負担増加と消費税率の引き上 げが特に低所得世帯への大きな負担となってい ることが明らかとなった。高所得世帯は租税の 負担額が大きく増加するものの,特に社会保険 料控除が社会保険の負担増を相殺してしまうた め,所得税や住民税の実質的な税負担の軽減を 通じて,公的負担全体で見れば非常に小さな上 昇に留まる。また,所得税の最高税率の引き上 げは該当する世帯が極めて限られるため,全体 的な影響はほとんどなかった。これらは今後の 社会保険料負担増や消費税率の引き上げの過程 で,所得に対する公的負担のフラット化をもた らす要因になると考えられる。  このフラット化を食い止めるため,高所得世 帯への税負担の増加を目的として,政策シミュ レーションとして,高所得世帯の負担増をもた らす所得控除の縮減を既存の制度改正に付加す る形で小幅に実施するケース(「標準ケース」), 大幅に実施するケース(「改革ケース」)につい て推計した。「標準ケース」では課税ベースの 拡大効果が非常に限られるため,十分な税収が 得られないこと,「改革ケース」でも,高所得 世帯の租税負担率はそれほど上がらないことが わかった。また,そこで得られた税収を低所得 世帯に配分すると,「標準ケース」では税収の 少なさから限定的だが,「改革ケース」では低 所得世帯の公的負担率を大きく下げられること がわかった。  これらの結果から,今後,現状の低所得世帯 への負担を軽減するため,再分配の観点から一 定規模の所得控除の縮減が有効であることが示 された。一方,公的負担が増加する中で,一部 の所得控除,また一部の高所得世帯だけに的を 絞った所得控除の縮減だけでは限界があり,全 世帯を視野に入れた所得控除全般,さらには社 会保険制度を含む総合的な観点からの負担構造 を再検討する必要があるだろう。  なお,KHPS はパネルデータであり,中澤他 (2014)で議論されたような所得変動につい て,個票データを異時点間で評価することがで きるという利点がある。しかし,本論では 4 年 平均を用いるなど分析に留まっており,今後の 課題としてパネルデータの特性を活かすための フレームワークを検討する必要がある。

参 考 文 献

阿部彩(2008)「格差・貧困と公的医療保険: 新しい保険料設定のマイクロ・シミュレー

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参照

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