中国史いろいろ 正史『三国志』
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図書館員の文献紹介と 資料の活用
戸田奈緒子
長大な中国の歴史の中、我々日本人に馴染 みの深い時代と言えば、古くは吉川英治等の 小説、あるいは横山光輝の漫画、最近では映 画やゲーム等と、様々な媒体での展開を見せ る三国時代でしょう。これらの多くは、一般 的には羅らかんちゅう貫中 あるいは施し耐たい庵あんの手によって明 代に成立したといわれる、『三国志演義』を元 に物語を展開しています。
演義、とは白は く わ話(口語)小説の一種です。『三 国志演義』は宋代に娯楽として流行した、盛り 場で物語を聞かせる話芸「説話」の題目「説せつ三さん 分ぶ」、また元代に刊行された絵物語である『全ぜん 相そう
三国志平へい話わ』、雑劇(戯曲)などを取り入れ つつ、荒唐無稽さを取り除いた通俗歴史小説 です。小説ですから創作要素は多々あるもの の、正史『三国志』から大きく逸脱してはお らず、小説が低俗な読み物とされていた当時、
珍しく知識人からの評価を得ました。現在の 中国では正史『三国志』と混同しないように、
基本的に『三国演義』と呼ばれています。
正史とは、中国の歴代王朝に「正しい歴史」
と認められた歴史書のことです。清の乾けんりゅう隆帝てい が定めたものを総称して、二十四史といいま す。正史のうち、司馬遷の『史記』、班はん固この『漢書』
など当初は個人が作ったもの(=私撰)でした が、唐の太たいそう宗皇帝が宰相の房ぼう玄げん齢れい等に『晋しん書じょ』 の編纂を命じて以降、国家事業となりました。
やはり私撰であった『三国志』を正史としたの も、唐の太宗時代です。余談ながら、最後の王 朝である清に関しては、『清史稿』といって「稿」
がつく通り2018年現在、編集中であり未完成で す。その『清史稿』あるいは中華民国時代に 新しく編集された『新元史』を含めて二十五史、
両方含めて二十六史ということもあります。
これら正史の特徴は、紀伝体という記述様式 です。紀=本ほん紀ぎ(皇帝や王の一生を年代順に 記したもの)伝=列れつでん伝(官僚や武将などの伝記)
から一字ずつ取ってそう称されます。対して、
年代順に記述していく様式を編年体といいま す。『三国志』に出てくる関羽が愛読していた という『春秋左氏伝』は、元は孔子が編纂し たと伝えられる、編年体の『春秋』に注釈が
施された書です。
『三国志』の著者である陳ちん寿じゅは、三国時代末 期~晋代の人です。陳寿は蜀の遺臣ですが、正 統な王朝は後漢の献帝から禅譲を受けた魏で あるとし、曹操や曹そう丕ひに本紀を立て、蜀の劉 備は呉の孫権同様に列伝に記しています。もっ とも、孫権が「孫権伝」であるのに対し、劉 備や息子の劉禅はそれぞれ「先主伝」「後こう主しゅ伝」
と題されており、他にも様々な形で蜀漢への 特別扱いが見て取れるのは、広く指摘されて います。
陳寿の記した『三国志』は、優れた歴史書 として名高いのですが、表(年表)や志(天文・
礼楽・地理等の記録)がなく、また信憑性の薄 い異説などを排しているため文章が非常に簡 潔です。そういった現在には残っていない書物
(佚いつ本)を使って、南北朝時代に裴はいしょうし松之が注釈 を付け、大量のエピソードや批評等を追加し ています。この注込みで、『三国志』は名著と 言われているのです。
また、『三国志』の日本人への馴染み深さを いえば、卑弥呼が治めた邪馬台国の記述があ る、「魏志倭人伝」も、まさに『三国志』の一 部分です。正確には「魏書」の「烏う丸がん鮮せん卑ぴ東とう夷い伝」
の中の倭人条といいます。ただ、記述通りだと 太平洋の真ん中に行き着いてしまうため、今 も位置論争が絶えません。
原文は当然のことながら漢文ですので、三 国時代に興味を持っても、現在の中国語とも 違いますし、普通に読むにはなかなか敷居が 高いでしょう。そこで、本学図書館の蔵書に もある訳書を読んでみるのも良いのではない でしょうか。巻数は多いですが、「魏書」「蜀書」
「呉書」にそれぞれ分かれているため、興味の ある所から読むことも可能です。
■参考文献
今鷹真,井波律子,小南一郎訳 『正史 三国志』
全9巻(ちくま学芸文庫)
とだ なおこ(司書・管理運営課)
文献紹介(1)