日本 に お け る 『三 国志 』 の 受容 と 「大 三 国 志展 」(73)
日本 に お け る 『 三 国 志』
「 大 三 国 志展 」
の受 容 と
満 田 岡 り
は じ め に一 「 大 三 国 志 展 」 概 観
【 大 三 国志 展 一 悠 久 の 大 地 と人 間 の ロマ ンー 】 は,東 京 富 士 美 術 館 が 企 画 し, 日本 国 外 務 省 ・文 化 庁,中 華 人民 共 和 国(以 下,「 中 国」 と略 す)駐 日本 国 大 使 館 ・中 国 国家 文 物 局 な どの後 援 と中 国 文物 交 流 中 心 の 特 別 協 力 をい た だ い て1,2008年5月 か ら2009年3月 にか け て 日本 全 国7ヶ 所 で 開 催 され た 『 三 国志 』 に 関す る展 覧 会 で あ り,「 大 三 国 志 展 」 実 行 委 員 会(東 京)に は 朝 日 新 聞社 ・NHKプ ロモ ー シ ョ ン ・東 京 富 士 美 術 館 が 名 を連 ね て い た。 日本 で
の 「 大 三 国志 展 」 の 開 催 日程 は 以下 の通 りで あ る。
① 東 京(八 王 子)
② 北 海 道(旭 川)
③ 関西(神 戸)
④ 九州(福 岡)
⑤ 四 国(高 松)
東 京 富 士 美 術 館
平 成20年5月3日(土)〜7月13日(日) 北 海 道 立 旭 川 美 術 館
平 成20年7月24日(木)〜8月24日(日) 関 西 国 際 文 化 セ ン タ ー
平 成20年9月5日(金)〜10月5日(日) 福 岡 ア ジ ア 美 術 館
平 成20年10月17日(金)〜11月16日(日) 香 川 県 立 ミ ュ ー ジ ァ ム
平 成20年11月26日(水)〜12月24日(水)
⑥ 中部(名 古 屋)
⑦ 群 馬(前 橋)
松 坂 屋 美 術 館
平 成21年1月2日(金)〜2月1日(日) グ リー ン ドー ム前橋
平 成21年2月11日(水)〜3月15日(日)
こ の 「大 三 国 志 展 」 は,2008年 が 東 京 富 士 美 術 館 開館25周 年 で あ り,同 美 術 館 の 新 館 オ ー プ ン に加 え て,同 年 が 「 赤 壁 の 戦 い1800周 年 」 で もあ っ た こ とを記 念 して 開催 さ れ た。 さ らに,歴 史 ・文学 ・美術 を包 括 し,現 代 日 本 にお け る受 容 の あ り方 ま で も取 り上 げ た 『 三 国志 』 に 関 す る展 覧 会 は お そ ら く史 上 初 で あ り,中 国全 土 の博 物 館 ・文化 機 関 か ら約150点 の 文 物,そ の う ち 「国家 一 級 文 物 」(日 本 の 「国宝 」 に相 当 す る と され る)は 全 体 の約3 分 の1に 当 た る53点(東 京 展)と い う価 値 あ る 文 物 を多 数 そ ろ えて い た だ い た こ とか ら,中 国 ・三 国 時代 の 出 土 品が これ ほ どま と ま って くる こ と は, お そ ら く今 後 は ない の で は ない か と考 え られ る こ と もこ の 「 大 三 国志 展 」 に 重 要 な 意義 を与 え てい た もの と思 わ れ る。
本 論 文 で は,こ の 「 大 三 国志 展 」 の 開 催 の 経 緯 や 実 際 の展 示 に 向 け て の準 備 に つ い て 総括 し,中 国 側 の研 究 者 との 学 術 交 流 や 中 国 ・台 湾 で の 「 大 三 国 志 展 」 帰 国報 告 展 につ い て紹 介 した 上 で,歴 史展 示 と して の 「大 三 国志 展 」
に対 す る学 術 ア ドバ イ ザ ー と して の 筆 者 の 留 意 点 を示 しつ つ,「 大 三 国志 展 」 の成 果 と課 題 につ い て考 察 した い。
1=「 大 三 国 志 展 」 開 催 ま で の 経 緯 に つ い て
「大 三 国 志 展 」 開 催 に 関す る 初 出 情 報 と して は,創 価 学 会 の 池 田大 作 名 誉 会 長 と中 国 ・王i毅駐 日大使(当 時)の 会 談 を報 じる 『 聖 教 新 聞 』2006年6月 30日 付 け の 一 面 記事 が挙 げ られ る2。
ま た,黄 山 美 術 社 社 長 の 陳 建 中 氏 は2007年7月 の 時 点 で 「三 国 志 を テ ー
マ に した 新 しい タ イ プの 展 示 会 を,東 京 富 士 美 術 館(東 京 都 八 王 子 市)に 協
力 して も らっ て 開催 」3す る と発 言 して お り,こ れ に拠 る と黄 山 美 術 社 か ら
日本 に お け る 『三 国 志』 の 受 容 と 「大 三 国 志 展 」(75)
東 京 富 士 美 術 館 に 『 三 国志 』 に 関 す る展 覧 会 開催 を持 ち か け られ た もの と思 われ る。
そ の後,2006年 秋 か ら2007年6月 に か け て 東 京 富 士 美 術 館 の 野 ロ満 成館 長(当 時)や 学 芸 員 の方 々 に よ る 中 国 で の3回 の 調 査 が 行 わ れ た 。 そ の 際 東 京 富 士 美術 館 の 一行 は約70箇 所 の博 物館 や 遺跡 を訪 れ,16000キ ロの 道 の
りを踏破 され た との こ とで あ る4。
2007年6月,筆 者 に 「 「大 三 国 志 展 」 学 術 ア ドバ イ ザ ー」 の打 診 が あ り, 同 年8月 に正 式 依 頼 が あ っ た。 当初 の 依 頼 内容 は,展 示 全 体 の監 修,展 示 内 パ ネ ル で の人 物 紹 介 文 や 図 録5の 巻 末 資料 の一 部(「 『 三 国志 』の 指 導 者論 」〔 仮 題 〕)な どの執 筆 図 録 に論 文 を執 筆 して い た だ く研 究 者 の 方 々 の紹 介 で あ っ
た6。
巻 末 資料 に 関 す るア イデ ア を出 し合 っ た結 果,「 『 三 国志 』 人 物 事 典 」・『 三 国志 』 豆 知 識 ・『 三 国 志 』 年 表 の 執 筆 も追 加 依 頼 さ れ,1週 間か ら2週 間 に 一 回 のペ ース で 美 術 館 に伺 い ,様 々 な 打 ち合 わ せ を行 っ た(2008年 に な っ て か ら,各 パ ー トの解 説 文 も執 筆 す る こ と に な っ た)。 そ の 他 の 打 ち合 わ せ 内 容 と して は,下 記 の 内容 の他 に サ ブ タイ トル 決 定,展 示構 成,ロ ゴの 決 定 な
どが 挙 げ られ る 。
21「 大 三 国 志 展 」 の 準 備 や 広 報 に つ い て
実 は,中 国 文 物 交 流 中 心 副 主任(2009年 当 時)で あ っ た楊 陽氏 に よ る と,「大
三 国志 展 」 の20年 ほ ど前 に も,日 本 で の 『 三 国志 』 に 関連 す る 展 覧 会 の 話
が あ っ た との こ とで あ る。 しか し,日 本 側 の担 当者 が 展 示 予 定 の 文物 を見 て,
そ もそ も三 国 時 代 が 短 い こ とに加 え,戦 乱 の た め,真 に 目を奪 わ れ る よ うな
出 土 文 物 が 少 な い こ と に非 常 に失 望 し,曹 操 の 父 の もの とさ れ る銀 縷 玉 衣 も
早 期 の 文 物 で あ る こ とか ら,日 本 側 が 展 覧 会 の 失 敗 を懸 念 して,計 画 が 中止
に な っ た と され る 。 そ の後,2004年 か ら2005年10月 に か け て韓 国 ・ソ ウ ル
の ロ ッテ ワー ル ド民 俗 博 物 館 で 「 英 雄 時 代 展 」 と題 す る 『 三 国 志 』 に 関す る
展 覧 会 が 開催 され,関 羽 の 大 刀 を複 製 し,来 場 者 が 持 て る よ う にす る な どの
工 夫 が な さ れ,大 量 の ア ニ メ ー シ ョ ンが で き,記 念 品 も多 く作 られ た が,成 功 した と は言 え ず,来 場 者 数 は伸 び なか った,と 楊 陽氏 は述 べ られ てい る7。
こ こ ま で述 べ て きた こ とを展 示 の準 備 段 階 で留 意 した 上 で,東 京 富 士 美術 館 の 学 芸 員 は,で き る だ け多 くの来 場 者 を集 め る とい う こ と も重 要 視 して 展 覧 会 を 企 画 して い た 。 そ の こ とは,筆 者 が 正 式 に 関 わ る 前 の2007年7月 時 点 で の 企 画 書 に も,実 際 の 「 大 三 国 志展 」 と同 じ タイ トルが 記 され てお り,「ロ マ ン系 」 の展 示8を 志 向 され て い る こ とか ら も理解 で きる。
そ の 中 で,現 代 の 日本 に お い て 『 三 国志 』 が 幅 広 く普 及 して は い る もの の, 有 し て い る知 識 は 個 々人 に よ っ て まち ま ち で あ る9こ とや,も と も と東 京 富 士 美 術 館 の 主 な観 客 層 が 『 三 国志 』 に 関連 す る歴 史書 ・小 説 な どに あ ま り興 味 を持 って お られ な い と思 わ れ る40〜50歳 代 の婦 人 で あ る こ とか ら,特 定 の 観 客 層 を想 定 す る こ とが 難 しい と考 え られ て い た。 と もす れ ば,来 場 者 の 大 半 が 歴 史 書 『 三 国 志 』・『 三 国 志 演 義 』 につ い て全 く知 識 の な い 人 々 で あ ろ
う とい うこ と も想 定 され た た め で もあ る。
した が っ て,ま ず 展 示 ・図録(カ タ ロ グ)に つ い て は,先 に述 べ た よ う な, 現代 日本 に お け る 『 三 国 志 』 の 受 容 の 状 況 を考 え,文 章 を簡 潔 で わ か りやす い もの に しよ う とす るの は当 然 と して,『三 国志 』 に全 く知 識 の な い方 や 小 説 ・ 漫 画 しか 知 らな い 方 に も楽 しん で い た だ け る よ う に,最 初 に物 語(小 説)な
どの 展 示 パ ー ト(「物 語 で た ど る 三 国 志 」)を 設 け,次 の パ ー ト(「出 土 品 で た ど る三 国志 」)で 出土 品(史 実 関連)を 展 示 し よ う と構 想 され て お り,筆 者 もそ れ に賛 同 した 。
展 示 の 具体 的 な構 成 を考 え る際 に,中 国 国 家 文 物 局 を通 して お 借 りす る文 物 の 目録 を確 認 しつ つ,学 芸 員 は 東 京 富 士 美術 館 創 立 者 で あ る池 田大 作 氏 の
『 三 国志 』 に 関す る著 作 ・ス ピー チ を読 み 込 ん で い た 。 そ の後 筆 者 も加 わ っ
て,池 田大 作 氏 の著 作 ・ス ピー チ に お け る 『 三 国 志』 に関 す る内 容 を精 査 し
た結 果,様 々 な登 場 人物 の 中 で も諸葛 亮 を取 り上 げ た もの が 多 い こ と,特 に
1991年 以 降2007年 まで の新 聞 記事 と な っ た ス ピー チ な ど で は,諸 葛 亮 に関
す る 内容 が ほ とん どで あ った こ とが 判 明 した10。 さ らに,吉 川 英 治 氏 も 『 三
日本 にお け る 『 三 国 志 』 の 受 容 と 「大 三 国志 展 」(77) 国志 』 の末 尾 にあ る篇 外 余録 で
ひ と くち に い え ば,三 国志 は曹 操 に始 ま って孔 明 に終 る二 大 英 傑 の 成 敗 争 奪 の 跡 を叙 した もの とい う もさ しつ か え な い。11
と述 べ て い る よ うに,中 国 ・三 国時 代 の歴 史 的 な 潮 流 を作 り上 げ た 人 物 の 一 人 と して諸 葛 亮 を挙 げ て い る。 以上 の こ と を踏 ま えて,物 語 の パ ー トにつ い て は,2007年7月 付 け の企 画 書 の 段 階 で,東 京富 士 美 術 館 の学 芸 員 か ら,「桃 園 の 誓 い 」「 三顧 の礼 」「 赤 壁 の戦 い」「 星 落 秋 風 五 丈 原 」と題 し,『 三 国志 演 義 』 や 吉 川 英 治 『 三 国志 』(以 下,「 吉 川 『 三 国志 』」 と略 す)の 話 の 展 開 に沿 っ て ま とめ,こ の パ ー トの 「 影 の 主 人 公 」 を諸 葛 亮 と して ま とめ る との提 案 が あ り12,筆 者 も賛 同 した 。
出 土 品 につ い て は,『 三 国志 演 義』 や 吉 川 『 三 国 志 』 な どの 物 語 はお ろか, 陳 寿 『 三 国 志 』 な どの 史 書 と も なか なか 結 びつ か な い もの も多 か っ た こ とな どか ら,池 田 氏 の 著 書 や ス ピー チ の 視 点 と関係 に こ だ わ らず,時 代 順 で は な く,「戦 う」 「 治 め る 」 「 生 き る」 と題 して,当 時 の 武 器 や 生 活 な ど をわ か り や す く伝 え る こ とが で き る よ うに ま とめ る努 力 を した。 また,「国家 一 級 文 物 」 に は,展 示 パ ネ ル にそ れ を示 す マ ー ク を付 け,重 要 文 物 で あ る こ とを わ か り や す く した13。
物 語 の パ ー トの 「 星 落 秋 風 五 丈 原 」 で は,宇 宙航 空研 究 開 発 機i構(JAXA) の協 力 に よ り提 供 して い た だ い た 精 細 な 衛 星 写 真 に基 づ い て,白 色 の 五 丈 原 の ジ オ ラ マ(地 形 模 型)を 制作 し,諸 葛 亮 の 本 陣 の 場 所 や 蜀 漢 ・曹 魏 両 軍 の 動 きを示 す動 画 を コ ン ピュ ー ター で 作 成 して,そ の 五 丈 原 の 地 形 模 型 に真 上 か ら投 射 す る こ とで,五 丈 原 の 戦 い を動 的 に表 現 しよ う と した 。 加 え て,「 星 落 秋 風 五 丈 原 」 の 音 楽 ・歌 と と もに,『 三 国志 演 義 』 で 諸 葛 亮 が 亡 くな った とされ る 日の 星 空 を復 元 した 画 像14と 出 師 の表 を,模 型 の 後 ろの 三 面 の デ ィ ス プ レ イ に交 互 に表 示 す る諸 葛 孔 明 ・五 丈 原 コー ナ ー を設 置 して,諸 葛 亮 の
「 苦 心 孤 忠 」 を観 客 に イメ ー ジ して い た だ くこ とを 目指 した15。
ま た,NHKエ ン ター プ ラ イ ズ の 方 々 との打 ち 合 わせ を した 美 術 館 の 方 々
の アイ デ ア か ら,若 手 俳 優 が 曹 操 ・劉 備 ・孫 権 を演 じた 映像 をNHKエ ン ター
プ ラ イズ に依 頼 して 制作 し,シ ア ター会 場 で放 映 す る こ と と な った 。 これ は, 東 京 富 士 美 術 館 の学 芸 員 が,展 示 室 の モ ノ ・映像 ・文 字 な ど を見 て い た だ く だ け で は,た だ 「 知 る」 だ け で終 わ っ て し まい,実 感 を得 て い た だ くこ と に 限界 が あ る の で は な い か と考 え た こ とか ら,俳 優 が 演 じる"人 物"に 語 りか け させ る 「 番 組 」 を作 ろ う と企 画 され た もの で あ る16。 また,東 京 富 士 美 術 館 の 主 な観 客 層 が40〜50歳 代 の 婦 人 で あ る こ とに 加 え て,「 女 性 を 引 き付 け れ ば,お 子 さ ん や ご 主 人 も来場 され る 」 と考 えて,若 い 女 性 や 主 婦 の 皆 さ ん を対 象 と した 試 み で もあ っ た17。
こ の 映像 を作 成 す る に 当 た っ て の 注 意 点 と して は,物 語 だ けで は な く出土 品 の 展 示 もあ る こ と か ら,『 三 国 志 演 義 』 や 吉 川 『 三 国 志 』 な どで は な く, で きる 限 り歴 史書 『 三 国志 』 及 び斐 松 之 注 に 沿 っ た 人 物 紹 介 を心 が けた こ と が挙 げ られ る 。 また,こ の 映像 の 主 人 公 た ち の 中 で,五 丈 原 の 戦 い の 時 点 で 存 命 だ っ た の が孫 権 の み で あ る こ とか ら,孫 権 の 映 像 で 五 丈 原 の 戦 い を取 り 上 げ た が,「 孫 権 か ら見 た五 丈 原 の 戦 い」 とい う描 き方 は 初 め て で は な い か
と考 え る。
そ の他,シ ア ター 会 場 で は,映 画 『レ ッ ドク リフ』Part1のCMや 日中合 作 ア ニ メ 「三 国演 義 」 の パ イ ロ ッ ト版 も放 映 され た 。 また,八 王 子 展 の み で あ る が,NHKエ ン ター プ ラ イ ズ が 制 作 した 映 像 に 出演 した 若 手 俳 優 と筆 者 との トー ク シ ョー を シア ター 会 場 にて4回 開 催 し,さ ら に二 胡 の コ ンサ ー ト や 『 三 国志 』 に関 連 す る落語 会 な ど も開催 す る な ど して 集客 に努 め て い た。
加 え て,展 示 に 関 す る音 声 ガ イ ドも作 成 され,希 望 者 に機 器 を レ ン タ ルす る形 で提 供 され た 。 ち な み に,展 示 室 内 に も映 像 に出 演 した 若 手 俳 優 が 『 三 国志 』 に 関 す る 名所 を案 内 す る よ う な映 像 を流 して,ナ ビゲ ー ター 役 とす る 案18も あ っ た が,こ れ は実 現 し なか った 。
そ もそ も東 京 富 士 美術 館 の企 画 を担 当 され た 方 々 には,「この 「 大 三 国 志展 」
の展 示 ・図録 を見 れ ば,展 示 開 始 時 点 で の 日本 にお け る 『 三 国 志 』 の 受 容 に
つ い て 網 羅 で きる 」 もの に し よ う とい う狙 い が あ っ た。 そ こで,最 初 は 日本
で の 『 三 国志 』 に 関 す る小 説 ・マ ンガ ・ゲ ー ム な ど を網 羅 して 展 示 す る こ と
日本 に お け る 『 三 国 志 』 の 受 容 と 「大 三 国 志 展 」(79) を企 画 した が,展 示 ス ペ ー ス が足 りな くな る こ と な どの 事 情 に よ り,小 説 は 吉 川 『 三 国志 』,マ ン ガ は横 山光 輝 『 三 国志 』 や 『BB戦 士 三 国伝 』19の み と な り,ゲ ー ム は 取 り上 げ る こ と を断 念 した 。 ま た,図 録 に は展 示 物 の画 像 ・ 映像 な どのDVDを 付 け加 え る こ と も企 画 した が,こ れ も諸 事 情 か ら実 現 し な か っ た。
こ の よ う な様 々 な ア イデ ア を 実 行 し,わ か りや す い 展 示 を 目指 す 一 方 で, 筆 者 が 危 惧 した の は,展 示 の 文 章 な どを簡 潔 に しす ぎ る と,多 数 来 場 す る こ とが 予 想 され た 「『 三 国 志 』 マ ニ ア 」 と称 す る こ とが で き る よ う な非 常 に 詳 しい フ ァ ンの 中 に は,「 この 程 度 の 文 章 しか 書 け な い の か 」,「水 準 が 低 い 」 と評 価 し,し か も(全 てが 妥 当 な もの とは 限 らな い で あ ろ う)そ の 評価 をイ ン ター ネ ッ トの ホ ー ムペ ー ジ や プ ロ グ で発 表 され て し ま う可 能性 が 高 い こ と で あ っ た 。加 えて,「 歴 史 と文 学 の 両 面 か ら 「三 国 志 」 の世 界 を総 合 的 に 紹 介 す る"世 界 初"の 試 み 」20と さ れ る この 展 覧 会 を,中 国 史 を は じめ とす る さ ま ざ ま な学 問分 野 の研 究 者 が多 数 鑑 賞 す る こ とが 予 想 され て お り,そ の よ う な研 究者 の 方 々 の評 価 に耐 え う る展 示 を作 りあ げ る必 要 もあ っ た21。
そ こで,展 示 パ ネル な どの 文 章 は で きる だ け簡 潔 に ま とめ22な が ら も,研 究 者 や 熱 狂 的 な フ ァン に もあ る程 度 満 足 して い た だ け る水 準 の 内容 を随所 に 散 りば め る こ と に留 意 した 。 同様 に,図 録 の 「『 三 国 志 』 人物 事 典 」 も,最 新 の研 究 成 果 をお さ えつ つ,わ か りや す さ や読 み やす さ を考 え,最 初 に そ れ ぞ れ の 人 物 の 性 格 な どを ワ ンフ レー ズ で ま とめ,一 人 当 た り200字 前 後 で紹 介 し よ う と した。
「 大 三 国 志 展 」 の広 報 に関 連 して,研 究 者 の 中 に も 自 らの研 究 成 果 の 公 開
な どを ホ ー ムペ ー ジや プ ロ グ(Weblog)で 行 う方 々が 増 えて きて お り,一 般
で も 日記 な ど と して プ ロ グ を運 営 す る人 々が 増 え て い た こ とか ら,筆 者 自身
の プ ログ を作 成 し,そ こで 「 大 三 国 志 展 」 の準 備 状 況 な どを部 分 公 開 し,展
示 計 画 に関 す る意 見 を募 る こ と を提 案 した と こ ろ,美 術 館 の ホ ー ムペ ー ジ に
リン クす る 「 「 大 三 国志 展 」 プ ロ グ」 を設 置 して い た だ くこ と にな っ た 。 こ の プ ロ グ は,窓 口 に な る ペ ー ジ か ら館 長 ・研 究 者 ・愛 好 家 の 三 人 の プ ロ グ に入 る よ う な シ ス テ ム に な り,文 章 の分 量 は1画 面 か ら2画 面 で,で きれ ば1画 面 以 内 とす る こ と,館 長 プ ロ グ は準 備 の た め の 旅 行 記 で,2週 間 に1 回の 更 新 と な る こ とが 決 め られ た 。 加 えて,愛 好 家23の プ ロ グ は主 に 『 三 国 志 』 に まつ わ る イベ ン トや ニ ュ ー ス な どの紹 介 を 主 な役 割 と し,筆 者 が 担 当 した 研 究 者 プ ロ グ は 『 三 国志 』 に 関連 す る事 柄 を研 究者 の視 点 か ら述 べ て い くこ と とな っ て,2007年11月7日 に オ ー プ ン した24。
実 際 の 研 究 者 プ ロ グ で は,後 漢 末 期 か ら三 国 時代 の 人物 の紹 介 や 赤壁 の 戦 い な どの 三 国 時 代 の 有 名 な戦 い につ い て の研 究 者 の視 点 か らの解 説 な どの 記 事 を書 くこ と と な っ た。 準 備 状 況 の部 分 公 開 につ い て は,先 述 の 五 丈 原 の ジ オ ラマ の 紹 介 を させ て い た だ い たが,展 示 計 画 へ の意 見 募 集 は諸 事 情 に よっ て で きな か っ た。 さ らに,プ ロ グ の 内容 を ま とめ て 出 版 す る企 画 もあ っ たが,
これ は 実現 しな か っ た。
3:「 大 三 国 志 展 」 の 総 括 一 「 大 三 国 志 展 」 学 術 討 論 会
「 大 三 国 志 展 」 の 入 場 者 数 は 全 国7会 場 で 合 計101万 人 以 上 と な り,特 に 東 京 と神 戸 は29万 人 を突 破 す る な どの 成 功 を収 め た 。
この 展 覧 会 を総 括 す る 「 大 三 国志 展 」 学 術 討 論 会 が2009年3月14日 に東 京 富士 美 術 館 会 議 室 にお い て 開催 され た。
中 国 か らは以 下 の 方 々が 「 大 三 国志 展 」 学 術 交 流 団 と して 参 加 され た25。
羅伯健 団長(中 国文物交流 中心主任) 高大倫先生(四 川省考古学研 究院院長) 馬宝烈先生(遼 寧省博物館館 長) 師建民先生(甘 粛省博物館)
日本 側 か らは,東 京 富 士 美 術 館 の 野 口満 成 館 長 と主 事(学 芸 員)・ 学 芸 員
日本 に お け る 『 三 国 志 』 の 受 容 と 「大 三 国志 展 」(81) そ れ ぞ れ1名 に加 えて,筆 者 が 参 加 した 。 通 訳 は黄 山美 術 社 社 長 の 陳建 中氏 が 担 当 して くだ さ った 。
討 論 会 の最 初 に,野 口館 長 ・羅伯 健 団 長 か らの 挨 拶 が あ り,そ の後,高 大 倫 先 生 と馬 宝 烈 先 生 の発 表 が あ っ た。
高 先 生 は 「 民 問 三 国 ・ 文 学 三 国 ・ 文 献 三 国 ・ 考 古 三 国」 と題 して 発 表 され た。
まず 四 川 大 地 震 に よ る四 川 省 の遺 跡 の 破 壊 状 況 を,写 真(パ ワ ー ポ イ ン ト) を使 っ て紹 介 して い た だ い た が,そ こで は 「地震 が起 こ った 地 帯 が 諸葛 孔 明 の 北 伐 ル ー トと重 な る」 との お話 も され て い た 。
民 間 伝 承 にお け る 『 三 国志 』 につ い て は,諸 葛 鼓(諸 葛 孔 明 が 軍 で使 った と され る銅 製 の 太 鼓)や 武 侯 欺 馬 石(南 征 軍 が 休 ん だ と され る場 所 の 崖 に宋 代 に刻 まれ た 文 章 が あ る)と い っ た諸 葛 孔 明 の南 征 に 関す る もの を紹 介 され た 。 ち な み に,高 先 生 の ご実 家 は諸 葛 孔 明 の南 征 の ル ー ト沿 い に あ る との こ とで あ っ た。
さ らに,『 三 国 演 義 』 が 中 国 の著 名 人 に与 え た 影 響 や 陳寿 『 三 国 志 』 の概 説 が あ っ た上 で,考 古 学 か ら見 た 『 三 国志 』 に つ い て述 べ られ たが,「『 三 国 志 』 を本 当 に 知 る に は 考 古 学 上 の 成 果 を学 ばね ば な らな い」 とい う趣 旨 の お話 も され て い た。
次 に,〜京山 昭 覚 三 国軍 屯 遺 趾 を写 真 で 紹 介 され た 。 こ こ は2000年 に発 見 さ れ た 諸 葛 亮 の南 征 関連 の 遺 跡 で 印 や 土 器 が 出 土 して い るが,(こ の 発 表 の 時点 で は)ま だ 発 掘 され て い な い との こ とで あ った 。
ま た,四 川 省 考 古 学 研 究 院 が 成都 武侯 祠 博 物 館 と協 力 し,諸 葛 孔 明 の 南征 ・ 北 伐 に 関 す る遺 跡 を3年 が か りで 発 掘 す る 計 画 が あ っ た が,(こ れ も この 発 表 の時 点 で は)大 地 震 で ス トップ して い る と述 べ られ て い た 。 た だ,計 画 が な くな っ た わ け で は な い の で,こ れ か ら再 開 す る 努 力 を した い,と も話 され て いた 。
四 川 の 遺 跡 で は墓 葬 も重 要 で あ り,三 国 時代 の もの で は 楽 山麻 浩 崖 墓 が あ
り,こ こ に は蜀 漢 の年 号 が 刻 ま れ て い る だ け で な く,仏 像 も刻 まれ て い る と
紹 介 され た 。
加 え て,最 近 の 中 国 で の 「 三 国 熱 」 に は 日本 か らの 影 響(日 本 へ 行 っ た留 学 生 が 日本 の小 説 ・漫 画 『 三 国 志』 を持 ち 帰 った こ とか ら始 ま る)が 非 常 に 強 い の で は な いか,と の 見 解 を示 され た。
続 い て,馬 宝 烈先 生 は 「 仇 英 《赤 壁 図 》簡 析 」 と題 して 発 表 され た 。パ ワ ー ポ イ ン トを使 用 しつ つ,仇 英 の 「 赤 壁 図 」 と蘇 試 の 「 赤 壁 賦 」・『 後 赤 壁 賦 』 との 関 連 に つ い て 述 べ られ た 後 で,現 存 す る仇 英 の 《赤 壁 図 》 は,上 海 博 物 館 の も の と2007年 に オ ー ク シ ョ ンに 出 て き た もの,そ し て遼 寧 省 博 物 館 の もの と三 つ あ る との こ とで,書 か れ た 年 代 の 順 はオ ー ク シ ョ ン版(35歳 頃 の 作 品),上 海 博 物 館 版(45歳 頃 の作 品),そ して 遼 寧 省 博 物 館 版(50歳 頃 の 作 品)で あ る との こ とで あ った 。
日本 側 か ら は,東 京 富 士 美 術 館 の 学 芸 員 が 展 示 の様 子 を ス ラ イ ドで示 しな が ら,展 示 にお け る具 体 的 な注 意 点 な どを報 告 さ れ た。 そ の 内容 を踏 まえ た 上 で,筆 者 が 日本 で の 『 三 国 志 』 に 関す る研 究 状 況 や 日本 で の 『 三 国志 』 の 受 容 の あ り様 をお 話 し,こ こ まで 述 べ て きた よ うな 「 大 三 国志 展 」 準 備 段 階 で の 留 意 点 ・工 夫 点 につ い て解 説 した 。
そ の 上 で,中 国 側 か らの 「 大 三 国志 展 」の総 括 と して,ま ず 高 大 倫 先 生 は 「 大 三 国 志 展 」 の ス タ ッフが 三 国時 代 の歴 史 や 小 説 に 関す る研 究者 の 意見 を聞 き (少 な く と も四 川省 で は そ の よ う な展 示 は ない),研 究 史 の 詳細 を踏 ま えた 上 で,鑑 賞 者 層 につ い て も正 確 に把 握 し,配 慮 した展 示 を心 が け た こ とや,展 示 の 前 半 部 分 で物 語 を語 る雰 囲気 を作 って 鑑 賞 者 を ひ きつ け(中 国で は"国宝"
を 出す こ とだ け で ひ きつ け る),物 語 か ら歴 史 へ と い う流 れ をつ くっ て い た こ と(中 国 で は単 純 に歴 史 の流 れ に沿 っ て 「 一 直 線 」 に展 示)を 長所 と して 指 摘 して い た だ い た。 ま た,記 念 品 ブ ー スが 良 い ア イ デ ア だ と も述 べ て お ら れ た 。
続 け て,羅 伯 健 団長 は 「 鑑 賞 者 層 が 『 三 国志 』 に どの よ う に触 れ て い る か」
な どの 社 会 的背 景 を含 め た様 々 な要 素 を考 え た展 示 テ ー マ の 選 択 が な され た
こ と な ど を指摘 され,学 術 的 に最 先端 の もの と定 着 してい る もの を使 い 分 け,
歴 史 と文 学 を結 び つ け て 展 示 され て い た こ とが 成 功 の要 因,と 述 べ られ た 。
日本 にお け る 『 三 国志 』 の受 容 と 「大 三 国志 展 」(83) さ ら に,中 国で は一 般 的 に 「 科 学 的 」展 示 を心 が け,文 物 で 貫 こ う とす る ため, 面 白 く紹 介 す る こ とが 難 しいが,こ の 「 大 三 国志 展 」 で は歴 史 と文 学 を結 び つ けた と こ ろ が"新 しい"試 み で あ り,シ ル ク ロ ー ドに 関 す る展 覧 会 な どで も参 考 に した い とも述 べ られ た 。
以上 の よ う に,予 定 の 時 間 を大 幅 に超 過 す る ほ どの 熱 の こ も っ た議 論 が 交 わ され,有 意 義 な討 論 会 とな っ た 。
4=「 「 大 三 国 志 展 」 帰 国 報 告 展 」 に つ い て
日本 で の 高 評価 な どの 成果 を受 け て,2009年4月 以 降 上海 ・武 漢 ・ 杭 州 ・ 北 京 ・鄭 州 ・台 北 ・成 都 を1年 か けて 巡 回展 示 した26。 中 国 ・台 湾 で の 開 催
日程 は以 下 の 通 りで あ る。
①上海
②武漢
③杭 州
④北京
⑤鄭州
⑥台北
⑦ 成都
上海 図書館 湖北省博物館 良渚博物館 国家大劇 院 河南博物 院
台湾 国立歴史博物館
2009年4月13日 〜5月17日 2009年5月28日 〜8月7日 2009年9月15日 〜11月15日 2010年1月15日 〜3月15日 2010年4月1日 〜5月15日 2010年6月5日 〜9月5日 四 川 博 物 院(旧 ・四 川 省 博 物 館)
2010年9月28日 〜11月28日
タイ トル は 各 地 で 微 妙 に異 な っ てお り,上 海 で は 「中華 智 慧 的文 化 符 号 一
「 大 三 国志 展 」 帰 国 匪報 展 」 累 武 漢 ・杭 州 で は 「千 古 英 雄 一 「 大 三 国志 展 」 帰 国 薩 報展 」28,北 京 で は 「 赤 壁 懐 古 一 「 大 三 国志 展 」 帰 国匪 報 展 」29,鄭 州 で は 「英 雄 時 代 一 「 大 三 国 志 展 」 帰 国 匪 報 展 」30,台 北 で は 「 英 雄 再 起 一 大 三 国特 展 」,成 都 で は 「 大 三 国志 展一 蜀 漢 巡礼 」 とい うタ イ トル に な った 。
こ れ らの 「 「 大 三 国 志 展 」 帰 国 報 告 展 」 に対 して,東 京 富 士 美 術 館 か らは
五 丈 原 の地 形 模 型 をは じめ とす る諸 葛 亮 ・五 丈原 コ ー ナ ー な ど数 点 を出展 し,
上 海 で は正 子 公 也 氏 に よる 諸葛 亮 な どの絵 画 も展 示 され た との こ とで あ る。
物 語 のパ ー トと歴 史 のパ ー トに 分 け る とい う展 示構 成 は中 国 各 地 や 台 北 で の 「 大 三 国志 展 」で も継承 され て い た よ うで あ る。 た だ,台 北 で の 展 覧 会 で は,
「 生 活 経 濟 」,「英 雄 堀 起 」,「工 藝 技 術 」,「職 孚 軍 事 ⊥ 「文 化 藝 術 ⊥ 「後 世 典 故 文 創 」 とい う6つ の パ ー トに分 け られ て お り31,諸 葛 亮 の3D映 像 も映 さ
れ て い た32と の こ とで あ る。
また,展 示 され て い る 文物 で あ るが,日 本 で の 「 大 三 国 志 展 」 にお い て 中 国側 か ら提 供 い た だ い た もの は,全 て の 会場 で ほ と ん ど展 示 され て い た。 物 語 のパ ー トに つ い て,日 本 で の 「 大 三 国志 展 」 にお い て 日本 国 内 の 博 物 館 等 か ら出 品 して い た だ い た もの は,中 国 ・ 台 湾 に は出 品 され て い な い。 したが っ て,物 語 の パ ー トの 展 示物 は新 た に 中 国側 で 出品 され た もの もあ る33。
日本 で の 「大 三 国志 展 」 の"成 果"は 帰 国報 告 展 で も活 用 さ れ た よ うで, 台 北 で の展 覧会 で は 宣伝 にあ た って,著 名 人 ・芸 能 人 な どが 多 数 参 観 してお り34,ト ー ク シ ョー も開 催 され35,『 三 国志』 に関 す る コ ン ピュ ー ター ゲ ー ム と も連 携 して い た よ うで あ る36。 また,成 都 展 で は易 中天 氏 に よ る 『 三 国志 』 に 関す る講 座 が 開 催 され37,『 三 国志 演 義 』 や 『 三 国 志』 に 関 す る コ ンピ ュ ー ター ゲ ー ム に基 づ い た 諸葛 亮 や 関 羽 な どの コス チ ュー ム プ レ イ を してお られ る人 々が 開会 式 に参 加 して い た こ と も興 味 深 い38。
5=筆 者 個 人 の 「 大 三 国 志 展 」 に お け る 留 意 点
一 「 歴 史 学 と"商 品 化 さ れ た 虚 構 の 過 去"の 狭 間 」
『 北 京 週 報 日本 語 版 』2009年4月10日 の 記 事 ・「1700年 の 時 を超 え る文 物 と映像 大 三 国 志展 」39に お い て,沈 伯 俊 氏(四 川省 社 会 科 学 院研 究 員 ・中 国 『 三 国演 義』学 会 常務 副会 長)は 「「 三 国 の歴 史 の発 展 を取 っ掛 か りに して, そ れ を敷 術 した もの を主 な 内容 と した 」 こ の よ う な展 示 は 非 常 に面 白 い が, 文 化 界 ・ 博 物 館 界 で は極 め て珍 し く,や む を得 な い苦 衷 が あ る とす ら言 え る」40
と述 べ て お り,加 え て 以 下 の よ う な,極 め て 妥 当 な もの だ と思 われ る見 解 も
示 され てい る。
日本 にお け る 『 三 国志 』 の受 容 と 「 大 三 国志 展 」(85)
「 三 国時 代 が184年 の黄 巾 の乱 か ら始 ま り280年 で終 わ っ た とす る と, わ ず か100年 足 らず だ が,こ の100年 間 に は 次 々 と戦 乱 が 発 生 し,残 さ れ た本 当 の 三 国 時 代 の 文 物 は少 ない う え に も少 な い。 博 物 館 の純 粋 な文 物 とい う視 点 か ら見 る な ら,こ の よ うな 三 国 文 物 展 を開 催 す るの は とて も居 心 地 の悪 い こ とで,は なか ら開 催 な ど考 え られ な い とす ら言 え る。 」41
「 実 は,三 国 時代 を純 粋 に 史 学 的 な 文 物 の 視 点 か ら見 る と,見 る べ き も の は とて も少 な い と言 え る。 しか も,三 国 時代 の 文 物 は 決 して 際 立 っ た もの で は な い。 三 国 時代 に残 され た 文物 は 基 本 的 には 漢 代 の ス タ イル を踏 襲 して い る うえ,今 な お残 っ て い る もの は とて も少 ない 。 成 都 の 武 侯 祠 も含 め て本 当 の文 物 は非 常 に少 な い 。 三 国 に 関 す る展 示 に は何 らか の あ い ま い さが つ き もの だ。 た とえ ば,今 回 の展 示 で は,後 漢 の 一 部 の 品 も三 国 の 文物 と され て い る。」42
(「 大 三 国志 展 」 に 関 わ っ た 者 で は あ るの だが)研 究 者 で あ る 筆 者 自 身 も, 沈 氏 の 見解 の よ うな理 由 で,こ の よ うな展 覧 会 につ い て は考 え も しな か っ た。
さ らに,金 子 淳 氏 は 「ロマ ン系 」 の展 示 に よ って 提 示 され る歴 史 につ い て,
「あ る 特 定 の 人 物 や 事 件 に照 準 を合 わせ,そ こか ら立 ち上 が る 「 物 語 」 へ の
接 近 とい う形 を と」43り,「歴 史上 の人 物 を現 在 の 会社 組 織 や家 族 に見 立 て て,
理 想 の 上 司 像 や 配 偶 者 像 に なぞ らえ て理 解 す る とい う受 容 者 側 の行 為 も,ま
さに この 「 物 語 性 」へ の接 近 と して理 解 す る こ とが で き」必 るが,そ の 「 物 語 」
は 「「『 今 』 とい う時 間 に連 続 す る過 去 で は な く,そ こか ら切 り離 さ れ た だ懐
か しが られ る た め に あ る虚構 の 過去 」で あ り,… …,そ の 「 虚構 の 過去 」が 「 情
報 的 商 品 と して 誰 にで も消 費 可 能 に な っ た 」 」45も の で あ っ て,「 す な わ ち購
入 すべ き 「商 品 」 で あ り,懐 か し さや ロマ ン な る もの は,過 去 に対 す る感 覚
の あ り方 とい う よ り,歴 史 とい う 「 商 品 」 を消 費 す る際 の 一 つ の形 態 に過 ぎ
な い とい う側 面 が あ る 」妬 と指 摘 す る。 加 え て,金 子 氏 は そ の よ う に"商 品
化 され た歴 史"が 表 象 す るの は 「 現 在 の 価 値 観 に よっ て フ ィル タ リ ン グ さ れ た要 素 に基 づ い て構 築 され た歴 史像 で あ り,そ こで 提 示 され た参 照 枠 は,来 館 者 の 受 容 す る歴 史 像 を も規 定 し うる構 造 とな っ て い る」47と 指 摘 し,こ の
よ う な ロ マ ン系 の 展 示 にお け る 「 「 物 語 」 が博 物 館 と して い か に 表 象 され, そ し て 来 館 者 に よ っ て どの よ う な歴 史像 と して 受 容 され 得 るか,と い う こ と」 娼 に つ い て考 え な けれ ば な らな い と も述 べ てお られ る。
この よ う な問 題 が あ る中 で,東 京 富 士 美 術 館 の皆 さ ん を は じめ とす る 「 大 三 国志 展 」 の 企 画 立 案 に関 わ られ た 全 て の 方 々 の発 想 と 「 勇 気 」 が あ っ た れ ば こそ,今 後 の 中 国 関 連 の展 示 に大 き な影 響 を与 え る展 覧 会 を 開催 す る こ と が で きた の で あ る。
そ の 前提 の 上 で あ るが,こ こ まで 紹 介 した沈 氏 の 「 三 国時 代 の文 物 か ど う か も は っ き りし ない 文 物 や 前 後 の時 代 の文 物 も多 く,三 国 時代 の文 物 展 を 開 催 す る こ とな どは なか ら考 え られ な い 」とす る見 解 や 金 子 氏 の 見解 が示 す 「 歴 史 学 が扱 う"『今』 とい う時 間 に連 続 す る歴 史"と 虚構 の 過 去 で あ る"商 品化 され た歴 史"の 狭 間」 の 問 題 こそ が,「 大 三 国志 展 」 の準 備 にお い て 筆 者 が最 も注 意 を払 っ た こ とで あ った 。
「 大 三 国 志 展 」 で は,『三 国 志』 を も とに した物 語 や マ ンガ,コ ン ピ ュー ター ゲ ー ム に触 れ て い る も の の歴 史 書 『 三 国志 』 や 歴 史 上 の 三 国 時代 そ の もの に 興 味 の な い 方 々か,『 三 国 志 』 に 関 す る これ らの もの 全 て に も触 れ た こ との ない 方 々が多 数 来場 され る こ とを想 定 す る以 上,"物 語"の モ デ ル と して も と も と存 在 す る 『 三 国 志 演 義』(当 然,こ の物 語 自体 が 元 末 明 初 以 降,儒 教 の 「 義
の