ジョンソンの 「英語辞書」 と英国人の心
著者 小林 絢子
journal or
publication title
英語英文学研究
volume 2
page range 83‑94
year 1996‑10
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009594/
ジョンソンの「英語辞書」と英国人の心
小 林 絢 子
18世紀中葉のイギリスの社会は、前世紀の名誉革命の後遺症であった Jacobiteの騒乱も平定され、産業革命直前の束の間の安定期を迎えていた。
国語である英語についても、ラテン語崇拝のインクホーン学者達は斥けら れ、英語国民が自信をもって使えるような英語にしようという気運が盛り 上がった。借入語や借入語法の多かった英語にきちんとした指針が求めら れたのもこの時期である。この時代の英語をめぐる英国の事情を英語史家 のA.C, Baugh(1891−1981)は次のように述べている。
The intellectual tendencies ... are seen,quite clearly in the eighteenth−century efforts to standardize, refine, and and fix the English language.玉
Baughのいうように英語を標準化し、固定化するための試みとしては、こ の世紀初めに英語アカデミーの設立が提唱された。しかしJonathan Swift 達の懸命の努力にもかかわらずアカデミーは設立されなかったので、
Samuel Johnsonの「英語辞書」(A Dictionαry of the English Languαge l755)が近代英語の標準化に絶大な貢献をしたことになる。
もちろん、英英辞書はJohnsonの辞書の前にも発行されていた。古くは、
ラテン語一英語、英語一ラテン語の対照表、同じくフランス語一英語、英
語一フランス語のグロサリーは存在していたし、1604年には、初の英英辞 書であるATable Alphαbeticαll(Robert Caudrey編)も出版されてい た。しかし、これ仁は約3000語しか収録されていないし、内容も前述のイ ンクホーン語彙を平易な英単語と定義でおきかえるというくらいのもので あった。その後William BullokarのAn English Expositor(1616;約 6000語)、CockeramのThe English Dictionαrie(1623)が出たが、それ らもグロサリーの延長であった。Nathaniel Baileyの.4n Universαl Etymological English Dictionαry(1721)とその6年後に出た同じく BaileyのThe Universαl Etynzologicαl English Dictionαryは初の語源 辞書として有名である。Baileyの英英辞書であるDictionarium Britannicum
(ユ730)はJohnsonにも大きな影響を与えた。 Johnsonの偉大さはそれら を踏まえた上で、ラテン語への言及を意識的に少なくして(それでも有名 なnetの定義のようなものもあるが)、英語で英語についての定義を初 めて,適切に規定したことにある。また、定義の後に英文学の文献からの 例をつけたことも有名で2、このやり方はThe Oxford English Dictionαry
←OED;ユ884−1928)で拡充されて、今の私達にもその恩恵を与えている。
綴り字の確定の問題もあるが、英国人の心の問題とは直接関係しないので ここでは触れない。
それでは一体「適切な定義」とは何であろうか? 言語というものが社会 的な産物である以上、ある単語の意味とは社会の中の約束事として決めら れているものである、といえる。意味論についても、意味の内在的規則性 をさぐる生成意味論の問題は別としても、個々の単語の意味となると、ど うしても社会的制約を考慮にいれざるを得ない。文法を科学的に記述する という近代の方法論も、語の意味に関する限り、機械的に定義は出来ない のである。そこで、いわゆる「常識的」な定義が定義としてその社会に受 け入れられ、逆にそれが規定となって、移ろいゆく言葉の歯止めとなるの である。集団で辞書を編纂しなかった時代に、OEDよりもユ50年も前に、
日常の英単語の殆ど全てであろうと思われる40,000単語に独力で適切な定 義を与えたJohnsonの勇気と、それが社会に英語の常識として受け入れ
られたことの意義は大きいい。彼の実績を英国人が重く受け止めたと言う ことはとりもなおさず彼の人格識見が人々から敬意をもって迎えられたと いうことである。それではJohnsonの識見とはどんなものであろうか、そ この所を彼の「英語辞書」から探って見たいと思う。
Johnsonの辞書は定義と引用例の適切さの他に、その序文が名文であるこ とでも知られている。序文に書かれている彼の英語に対する考え方が人々 の共感をよび、それが辞書に反映しているから人々に対して説得性を持っ
たのだ。そこでは彼は辞書編纂という仕事を非常に謙遜に規定している。
It is the fate of those who toil at the lower employments of life, to be rather driven by the fear of evil, than attracted by the prospect of good; to be exposed to censure, without hope of praise; to be disgraced by miscarriage, or punished for neglect, where success would have been without applause,
and diligence without reward.3
そして彼は辞書編纂家はそのような不幸な人種に属するといっている。
辞書が当時の文法書と同じように、ともすれば人々の言語に対して善悪の 判断をし、規制を行うと考えられてきた時代にあっては、Johnsonの辞書 のやや主観的な定義もゆるされたらしい。例えば、oatsについて A grain,
which in England is generally given to horses, but in Scotland supports the people と定義したことはあまりに有名であるが、この定義
は改良されてOEDにも採用されている。 OEDでは「人や馬に供される 穀物」4と何気なく変えてあるが、やはりJohnsonの定義を踏まえている。
以下、Johnsonの辞書の中から主観的と思われる定義をもう少し拾ってみ
よう。
まず、動物や生き物の定義が、Johnsonの友人の生物学者達の助けを借り たといわれているにしては、客観的、科学的でないものが多い。
aSS: (ユ)An animal of burden, remarkable for sluggishness,
patiepce・hardiness・coarseness of food・and long life・
(2)Astupid, heavy, dull fellow;adolt.
(2)の定義は人間にあてはめた拡張的なものなので妥当なものとしても、
「ロバ」を動物として(ユ)のように説明するのはいかがなものであろうか。
goose:(1)Alarge waterfowl proverbially noted, I know not
why, for foolishness.
「アヒル」についてその愚かさだけが強調されている。
salamander:An animal supposed to live in the fire, and imagined to be very poisonous, Ambrose Parey has a picture of the salamander, with a receipt for her bite; but there is no such creature,
the name being now given to a poor harmless msect.
sheep:(1)The animal that bears woo1;remarkable for its usefulness and innocence.
toad:An animal resembling a frog;but the frog leaps,
the toad crawls:the toad is accounted venomous,
I believe truly.
ここでは「カエル」と「ヒキガエル」の違いが、 「飛び跳ねること」と
「這うこと」の違いや、毒の有無で定義されている。
tadpole:Ayoung shapeless frog or toad, consisting only of abody and a tail; aporwiggle.
「オタマジャクシ」は、「カエル」や「ヒキガエル」の胴体と尾だけから 出来ていて、まだ形をなしていないもののように表現されている。
whale:The largest of fish;the largest of the animals that inhabit this globe.
クジラは魚類ではない。しかしOEDも「魚のような哺乳類」(any of
the larger fish−like marine manimals of the order catacea )とは定 義している。
生き物の定義以外で主観的と思われる定義を含む単語は次のようなもので ある。なお、これらの単語には客観的定義も並列されている場合が多いの で、そういう場合は当該の主観的定義の番号を付した。
abominable:(3)In low and ludicrous language, it is a word of loose and indeterminate censure.5
言語に 10w という等級をつけているが、これは後述のように辞書には編 者の判断も入れるという当時の風潮からいってやむをえないと言える。
desperate: (5) It is sometimes used in a sense nearly ludicrous, and only marks any bad quality predominating in a high degree.
OEDにはこの意味は採用されていない。 ludicrousはJohnsonがしばし ば使った「好ましくない言語クラス」を示す形容詞である。
fortuneteller: One who cheats common people by pretending to the knowledge of futurity.
OEDのfortuneteller
て冷静、客観的である。
の定義は One who tells fortunes. ときわめ
instincted Impressed as an animating power, This, neither rnusical nor proper, was perhaps introduced by Bentley.
to moralize: (2)In Spenser it seems to mean, to furnish with manners or examples.
(3)In Prior, who imitates the foregoing line (from Fairy Queen),it has a sense not easily discovered, if indeed it has any sense.
To moralizeについては、現代と同じ意味は(1)で出ているが6、(3)は定 義とはいえないのではないだろうか。
puritan:Asectary pretending to erninent purity of religion.
OED 2ではこれを歴史や服装習慣などを含めて細かく定義している。
Johnsonの時代には英国国教会派にとっては、まだPuritansはseparatist の印象が強く、前者は後者が堕落したものと映ったのであろう。
regret:(3)Dislike, aversion. Not proper.
republican:One who thinks a commonwealth without monarchy the best government。
熱心な王党派であるJohnsonにとっては非君主制には嫌悪を感じたであろ うが、regretにnot properの意味をもたせることはOEDはしていない。
この(3)の定義に最も近いものをOEDで見てみてもdislike, disinclination,
aversion(OED 5)とあるのみである。
she:(2)It is sometimes used for a woman absolutely, with some degree of contempt.
確かに独立用法的にsheを使えば強調にはなるが、この言葉が軽蔑的響 きを持つとすれば、それは今なら非常に限られた状況の下でということに なるであろう。
このようにJohnsonの主観的、時には感情的といえなくもないような 定義は、現代の文法の客観的基準からいえば望ましくないであろう。しか
し自らを1exicographerと認め、その仕事を前述のように謙遜に規定した 有名な事実からもわかるように、彼は無自覚に私見を取り入れたのではな
く、辞書にも限界があることを深く認識していた。
The imperfect sense of some examples I lamented, but could
not remedy, and hope they will be compensated by innumerable passages selected with propriety, and preserved with exact−
ness, some shining with sparks of imaginations and some replete with treasures of wisdom.7
とJohnsonが言うとき、自分の与えた定義への自負と共に、自分の力の 及ぼない所はそれを認めるという彼の潔さを私達は感ずる。ある婦人が itchという言葉の定義がよくわからず、彼にたずねたところ、実は自分も わからないのです、と答えたという話を弟子のBoswel1がしているが、
その話の他にもJohnsonの「英語辞書」にはそれに類する毅然とした姿 勢が散見される。
このようなJohnsonの「知らないものは知らないと隠さずにいう」とい う姿勢を彼の辞書の中に見てみよう。特に女性用語、婦人に関する単語に はその傾向が顕著である。例えばstamnel ([主として赤色の]ウールか リネンの下着)について彼はOf this word I know not the meaningと いっているし、spot(3)ではIknow not well the meaning of spot in this place, unless it be a scandalous womanと言い、更にadisgrace to her sexとつけ加えている。 OEDはspotのところを「汚点のある入」
としか定義していない。trot(2)についてはAn old woman, In contempt.
Iknow not whence derivedと言っている。その他tickleについては Iknow not whence to deduce the sense of this wordと言ってから、
Tottering;unfixed;unstable;easily overthrownなどの意味を与えて いる。tatterdemalion(ぼろの服をきた人)についてもTatter and I know not whatとしている。
以上に見られるようにJohnsonの定義は自身のおかれている環境、そし て時代の制約を当然もっていた。彼は当時の文化、社会、宗教など広い分
野における知的指導者であり、時代の良識を代表する教養人だった。現代 のように限られた分野の専門家ではなく、広く啓蒙的な役割を担っていた。
その自覚とよせられた期待に応える姿勢から、彼の「英語辞書」には彼の 英語の大家としての「判断」が数多く見いだされる。
spinny:Isuppose small, slenderといったあとでAbarbarous wordとつけ加えている。 to keenについてはTo sharpen. An unauthor−
ized word といっているし、 informa1はOffering an information;
accusing. A word not used と断定している。 to let(8)の定義のTo more than permitにも少し個人的判断が感じられる。
JohnsonによってAbad wordときめつけられたものには以下のものが
ある。
spelt:To split;to break. A bad word.
to period:To put an end to. A bad word.
To periodとは周期的と言う意味から動詞の「終らせる」という意味が 派生したのであり、それがなぜ「悪い」のかは不明である。OEDには
「終らせる」という定義だけでその単語自体の善悪の記述は過去の記録と してもない。8
youthy:Young;youthfu1. A bad word.
この単語についてはOEDには「年に似つかわしくなく、若ぶった」とい う意味があり、Johnsonを踏まえてやはりabad wordと述べている。9 また、woundy (意味は excessive )もJohnsonによってAlow bad
wordとされているがOEDでは形容詞としてはvery, extremely とい う意味があるのみで善悪、高低の判断はしていない。
talent:(3)Quality;natureは An improper and mistaken use とコメントされているが、ここにはしばしば Johnsonの批判の的となっ ているJonathan Swiftの用例があげられており、今回もSwiftの使い 方がまちがっている、という彼の個人的判断らしい。
Johnsonはこのように個人の該博な知識を駆使して、英国民に語の定義を 与え、用例を多方面から提示して、その適切な用法を教えたが、同時に、
冒頭に述べたように、自身の判断を常に謙虚に省みていた。英語アカデミー の設立を提唱したSwiftとちがって、言語は移ろいゆくもの、と考え、
辞書編纂家が言語を規定してはいけないといつも自制していた。このバラ ンス感覚の良さがJohnsonの辞書を支えているといえるのではないだろ うか。一見客観的知識の集大成であるような辞書というものにもこのよう な人間性のあらわれる余地が残されているのだ。そこに言語というものの 奥行きの深さと複雑さを感ずる。JohnsonやBailey の成果をふまえて 出来た辞書の金字塔であるOEDの序文にも以下のようなユーモアをこめ た自戒が述べられている。
If there is any truth in the old Greek maxim that a large book is a great evi1, English dictionaries have been
steadily growing worse ever since their inception more than three centuries ago.10
「大きな本はgreater evilであると言うなら、辞書は(近年厚くなる一 方なので)悪くなりつつある」というのである。Johnsonの「英語辞書」
の序では辞書の完壁さという事より、その時点で成し遂げた事への評価が
期待されていること 1を考え併せると、大労作の完成にあったてもこのよ うな警句が述べられるような心のゆとりをイギリス人はJohnsonと共に 持ちつづけている、と得心させられるのである。
注:
1
9自りQ
4
﹁Dハ0
78
9
A.C. Baugh, A History of the English Language, Routledge&
Kegan Paul Ltd., London,1974, p.307.
同書 p.328.
Samuel Johnson, A Dictionαry(ゾthe English Lαnguαge Vo1.1,
W.Strahan, London,1755, Reprinted from the first edition in l983, by Yushodo Press, Tokyo, p.3.
E.L. McAdam and George Milne, Johnson s Dictionαry:AModern Selection, Redwood Burn Ltd., Great Britain,1982, p.3.
A.H. Murray et a1. The Oxford Engtish Dietionary(=0班)),
Clarendon, Oxford,1888−1933, s.v. OAT(pl. oats)The grains of a hardy cereal forming an important article of food in Inany countries for men and also a chief food of horses;usually collectively, as a species of grain.
Johnson, s.v. ABOMINABLE(1)Hatefu1, detestable;(2)Unclean.
同書 s.v. TO MORALIZE(1)To apply to moral purposes;to explain in a moral sense.
Johnson, McAdam, p.22.
OED s.v. obs. To bring to a termination; put a period to;
to end, conclude; to dissolve.
OED s.v.. Having or affecting the character of youth: usual!y connoting a youthful appearance or behaviour inconsistent wi・th
01
ーユthe person s years.
OED Vol.1, P. vii。
In this work, when it shall be found that much is omitted, let it not be forgotten that much likewise is performed.
Johnson, McAdam, pp.28−9.