中世英国人の心とことば
著者 小林 絢子
journal or
publication title
英語英文学研究
volume 1
page range 69‑77
year 1995‑07
出版者 東京家政大学文学部英語英文学科
URL http://id.nii.ac.jp/1653/00009584/
中世英国人の心とことば
小 林 絢 子
英国の中世とは英語史の分野では英語の始まりの時代からユ5世紀までを 指すが、ここでは特にその初期を問題にする。そして、今回の課題である
「中世の英国人の心」を理解するには、遺された絵画、彫刻、装飾品、建 造物などを研究する方法もあろうが、ここでは中世以来親しまれている文 学や言葉を通じてその一端を推し量っていきたい。英国の文献はAnglo−
Saxon人の渡来以前はラテン語で書かれたものばかりで、彼らの英国移住 後も特に条令などの法律的な文書、商業上の記録、宗教的お説教はAlfred 大王の時代になるまで殆ど英語では書かれなかった。いわゆる文学といわ れるものも口承で伝えられた時代が長く、書き下ろされた記録といえば、
Bedeがラテン語で730年頃に書いた英国の教会史の中のCaedmon(以下、
OE[古英語]におけるashの文字は便宜上aeとする)の詩の一節(600年 代)が一番古いといわれる位である。それでも、この記録はギリシャ・ロー マを除くヨーロッパの文学の中では古いほうで、日本の文学の始まりと比 べても、 「古事記」や「日本書紀」は700年代初めに書かれているので、
英国人が自分達の気持ちを書き留めはじめたのが他の民族より特に遅いと いうわけではない。
しかし、Caedmonの詩は宗教的な主題の、しかも断片的なものなので、
そこに牛飼いである作者の個人の感情とか意見は読み取れない。そういう
ものがいくばくでも表れている古い英詩といえばやはり Beowulf であ ろう。これは700年代に吟遊詩人が語り伝えていたといわれるが、現存す る写本は古く見積っても900年代末のものである。これはAnglo−Saxon人 の故郷である大陸地方でGeat人であるBeowulfがDane人の王Hrothgar
(以下、古英語におけるthornとethの文字は便宜上thとする)のために 怪物Grendelを退治するという筋の3182行に及ぶ長詩で、そこにはゲルマ
ン民族同士の戦いの有様や、主従についての考え方、宝物への無邪気な執 着などがよく描かれている。しかし、叙事詩である Beowulf のこれらの 特徴は、いわゆる戦記物や冒険小説などと共通している点が多いので、こ
こでは英国の中世人の心を探るのに、何が「描かれていないかjというこ とに焦点をあててみていきたい。
George Sampsonはその著「イギリス文学小史」 (ケンブリッジ版)の 中でこの作品について「そこには喜びとか、光とか、色とかの感じが全く 欠ている」と言っている。1叙事詩にそれを求める事の是非は別としても 確かに Beowulf には色彩感は希薄である。 OE blaec(black)は一回使 われているがく1801行)、まだOE blac(aは長音)が白色の意味にも使 われているし(1517行)、OE brun(brown)もbrun−ecg(bright edge)
(1546行)やbrun−fag(shining)(2615行)のように茶色というよりただ
「輝いている」という意味を持っているだけである。20E grene(green)
はgrowとの関係で当時既に使われていた単語であるにもかかわらずこの 作品には見当らないし、blueが借入されるにはまだ程遠かった。(Redは blodigとかblod−fagと血の色で表されている。) Beowulf にはこのよ うにやや貧しい色彩描写しかなく、つぎにあげるOE graeg(grey)の例 はその代表的なものであろう。
. .. garas stodon,
saemanna searo samod aetgaedere,
70
aescholt ufan graeg;
waepllum gewurthad.
waes se irenthreat
Hwanon ferigeath ge faette scyldas,
graege syrcan, ond grimhelmas,
heresceafta heap? @(underline Kobayashi)
11.328−3353
ModE: _the spears were piled together, the armour of the sea−men,−the ash spear, grey at the tip. The t「・・P・1・di・m・i1 W・・w・11 f・・ni・h・d with w・ap・n・.
_ Whence have ye brought these plated shields, these hauberks, grey and visored helmets, this pile of battle−
shafts? 4
この場合greyはashの色を表しているが、 Oxford English Dictionary によると当時の英国人は日光に照らされていない海や空の色の状態をおし なべて表す単語としてgraegと考えていたようである。
Grey: The adjective denoting the colour intermediate between blue and white, or composed of a mixture of black and white with little or no positive hue. Said of sea, sky and cloud not illuminated by the sun.5
色彩描写における曖昧性以外に、中世英国人の心が、文学にあまりはっ きり表されていない状況を他の現象にも求めてみよう。彼らが遺した叙情 詩をみてみると、もっと一般的に彼らが心の描写を直接的に行うことをた
7ユ
めらっためではないか、と思われる箇所が見出だされる。 Beowulf と同 時代に流布し、Leofric(一一1072)によってExeter寺院に寄贈された写本の 中には有名な叙情詩が多いが、中でも The Wanderer はゲルマンの故国 を追われた流浪の民の嘆きが述べられているものとしてよく知られている。
しかし、全体としてはここにはubi sunt formulaが多く、過去の主君や 友人の行方を追ったり、宮廷生活への追慕の念を記すのに急である。そし てその合間に、己が心を表すことを厭う、ないしは諌める言葉が散見され
る。6
...Nis nu cwicra nan
the ic him modsefall minne durre
SWeOtUle aSeCgan. IL 9−11
ModE:There is now none of the living men,
to whom I should dare to speak openly my inmost heart.
_Ic to sothe wat
thaet bith in eorle indryhten theaw,
thaet he his ferthlocan faeste binde,
healde his hordcofan, hycge swa he wille.
11.11−14
ModE:Iknow for a truth,
it is in a man a noble virtue
that he should bind fast his thoughts of mind,
guard his treasure−closet,1et him think as he wil1.
72
For thon dolngeorne dreoringe oft in hyra breostcofan bindath faeste
ll.17−8 ModE:Therefore, those eager for glory often bind fast, a dreary thought in their bosoms.
このような、自分の心を余り表したくない、または、表すべきではない、
どいう心構えは、文学からは多少飛躍するが、当時の英語の構造的な面に も表れているように思うので、次にOEの文法の例を挙げてみよう。
例えば、主語の問題を取り上げてみても、日本語では今も昔も「私」と いう言葉はできるだけ使わないというのは周知の通りである。ある外国人 が日本人は会話の中で主語を出さずに30分も話しつづけることが可能だっ たと観察して驚いていたという話もある。自分のことはなるべく際立たせ ないでおく方が賢明だし安心感がある。それに伴って、相手を指す主語も 状況から分かる限りできるだけ省略する。相手をembarrassさせない為で あろう。このふたつの場合は相手と自分が対面ないし対話をしているのだ から、これらの省略は比較的たやすいであろう。しかし3人称となると、
文章の中でも会話の中でも、その人のことをはっきり主語にして話さない と困る場合がぐっと増えてくる。その時、日本語では2度目以降も代名詞 を使わないことが多く、例えば「課長が言っていた」という場合、次もそ の次も「で、課長は出かけたんだ」 [でも課長に言ってやったよ」などと その人の称号を繰り返す。 「彼は」とか「彼女は」は余り使わない。英語 では初めに例えばthe managerとその人のことを呼んだとすると2度目 3度目はhe, his, himで受けるか、小説のように技巧を要する場合はthe bossとかthe big manとか読者がわかる範囲で、場面々々で言い換え
るということをやったりする。そして、現代英語では3人称の主語は略さ れない。それでは古い文法ではどうだったのだろうか。
結論からいうと古い英語ではそれらは略されてもよかったのだ、という より、詩を朗唱しているうちに自然にheを繰り返すのをやめてもだれも とがめなかっただろうし、そのために理解が困難になったりもしなかった のだ。3人称の主語を略す頻度が高いということは、その文章がそれだけ 周りの状況に依存している度合いが高いといえる。上述したように、1人 称2人称の主語の省略が対話という状態ではたやすかったのと同じである。
現代のように複雑な情報が早い速度で伝わる社会におけるよりも、昔の悠 長な語り口の話の中においてのほうが主語が略される度合いが多いのも当 然のように思われてくる。
英語は日本語と比べると文章構成が論理的にできていて、必ず主語と述 語があるように言われている。そして現代英語を見る限り大体そうだとい うことは上述した。けれど、英語がもっと論理的だったら、というと漠然 としているが、ラテン語のように動詞の語尾活用がもっと完全だったら、
本当は主語など要らないわけである。例えばamoとラテン語でいえばこ れはもう1人称単数現在で「私は愛する」という意味だということが主語 がなくてもわかってしまう。ラテン語の系統でなくてもドイッ語でも、例
えばliebstといえば「お前は愛する」に決まっている。ただ、ドイツ語 では主語をつけることになっているのでdu liebstというのである。ここ は印欧語の屈折語尾について語る場ではないが、古期英語では一応、ドイ ツ語と同じ位は動詞の語尾で主語の人称はわかったのである。別に主語は なくてはならいわけではなかったのだ。例えば 先程来例にあげている
Beowulf の原文と現代英語訳を比べてみると、
Oft Schyld Schefing sceathena threatum,
monegum maegthum meodosetla ofteah,
egsode eorlas, syththan aerest wearth feascheaft funden; he thaes frofre gebad,
74
weox under wolcnum weorthmyndum thah,
oth thaet him aeghwylc ymbsittendra ofer hronrade hyran scolde,
gomban gyldan; 11.4−ll7
ModE:Often Scyld shefing took mead−benches away from troops of foes, from many peoples. He terrified the nobles, after he was first found helpless;he met with cosolation for that, increased under the heavens and throve in honour, until each one of those who dwelt around, across the whale s road, had to obey him, and to.pay him tribute.8 (underline.Kobayashi)
下線部にあるように現代英語では人称代名詞を補っている。
日本語でも3人称主語の省略は現代よりやはり中世のほうが頻繁に行な われていた。例えば「源氏物語」の空蝉の巻の一節では現代文だったら主 語が必要と思われる所が7カ所も省略されている。
「あはつけし」とは^思しながら、まめならぬ御心は、
これも、え思しはなつましかりけり。^見給ふ限りの 人は、うちとけたる世なく、ひきつくろひ、そばめた るうはべをのみこそ^見給へ、かくうちとけたる、人 の有様、垣間見などは、まだ、^し給はざりつる事な れば、何心もなう、さやかなるは、いとほしながら、
^ひさしう見給はまほしきに、小君出でくる心ちすれ ば、^やをら出で給ひぬ。9
(^印の所が略)
このように主語の有無ということを考えても、日本でも英国でも昔の人 のほうが、語り手の語り口やリズムやまたはその物語の舞台というような 周囲の状況にたよっていたといえるであろう。つまり人間の心情として、
曖昧な言い方が好まれた場合もあったわけで、又それを許す環境も存在し ていたのであろう。色彩表現の曖昧性から、人の心情の吐露へのためらい、
その一部とも考えられる文法的主語の省略の傾向を概観したが、それらの 複合した、慎み深くも複雑な中世英国人の心を私は日本人にも共通したも のとみて、これからも探求していきたい。
注
1
9臼つσ4rOρ070◎Qゾ
George Sampson,4頁。 Perhaps because it has no sense of joy or colour, the greatest of Old English poems has never really entered into the being of the Englishmen...
Fr. Klaeberの解釈による。 Fr. Klaeber,308−310頁。
Fr. Klaeber 13頁。
John R CIark−Hal1訳 36−37頁。
The Oxford English Dictionαry Grey A−1の項。
Dorothy Whitelock,160−161頁。
現代英語は鈴木重威訳 3頁。
Fr. Klaeber 1頁。
John R Clark−Hall訳 20頁。
山岸徳平校注 『源氏物語』 1ユ3頁。
参考文献
Clark−Hall, John R. tr. Beoωulfαπ4 the Finnsburg Frαgment, George Allen and Unwin,1972年。
76
Klaeber, Fr. ed. Beoωulfαnd the Fightαt Finnsburg, D.C. Heath,
Lexington, Massachusetts,1950年。
Murray, A.H.他 The Oxford English Dictionαry, Clarendon, Oxford,
1888−1933年。
Sampson, George The Coneise Cαmbridge History of English Literαture,
第3版Cambridge University Press, London,1970年。
鈴木重威 『古代英詩: 哀歌』 研究社 1976年。
Whitelock, Dorothy rev. Sωeet s Anglo.Sαxon Reαder in Proseαnd Verse, Clarendon, Oxford,1978年。
山岸徳平 校注 『源氏物語 1』 日本古典文学体系 14 岩波書店
1985年。