麻酔導入時の簡単な動作による有害事象発生予防効 果の検討
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(2) 麻酔導入時の簡単な動作による 有害事象発生予防効果の検討. 佐古 沙織 九州大学大学院歯学府. 口腔顎顔面病態学講座. 歯科麻酔学分野. 指導: 横山 武志 教授 九州大学大学院歯学府. 口腔顎顔面病態学講座. 歯科麻酔学分野.
(3) 目次. 発表論文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1 要旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2 序論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4. 第1部 嚥下による fentanyl-induced cough 予防効果に関する後方視的予備研究 1. 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6 2. 対象と方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7 3. 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8 4.考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・10. 第2部 嚥下による fentanyl-induced cough 予防効果に関するランダム化比較試験 1. 緒言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・11 2. 方法・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・12 3. 結果・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・17 4. 考察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・29. 総括・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・38 謝辞・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・39 参考文献・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・40.
(4) 発表論文. 本研究の一部は下記の論文に投稿した。 Swallowing action immediately before intravenous fentanyl at induction of anaesthesia prevents fentanyl-induced cough: a randomized controlled study. Saori Sako, Shouji Tokunaga, Masanori Tsukamoto, Noriko Karube, Jun Yoshino, Naoyuki Fujimura, Kunio Suwa, Takeshi Yokoyama British Journal of Anaesthesia. 1.
(5) 要旨 全 身 麻 酔 の 導 入で は、 喉 頭 展 開 や 気管 挿管 に よ る 刺 激を 軽 減す る 目 的 で 麻 薬 性 鎮 痛薬 の フェ ン タ ニ ル クエ ン 酸塩 ( 以 下 フ ェン タ ニル ) が 頻 用 される。フェンタニルは他の麻薬性薬物と同様に鎮咳作用を有している。 一 方 で 、 フ ェ ン タ ニ ル を 静 脈 内 投 与 し た 場 合 に 、 一 過 性 の 咳 ( fentanyl induced cough: FIC) が誘発される。麻酔導入時に発生する咳は気道内圧 や 頭 蓋 内 圧 を亢 進 させ る な ど 有 害性 が 指摘 さ れ て い る。 わ れわ れ は 、 咽 頭 の 分泌 物 を減 少させ る ため に 嚥下 運動を 行 わせ た 症例 で、 FIC が 少 な い こ と を経験し、嚥下運動が FIC を抑制 するという仮説を立てて、本研 究 を 立 案した。 最初に、後方視的予備研究として 2010 年 10 月〜 2011 年 11 月に、21 ~ 60 歳、American Society of Anesthesiologists (ASA) 分類:Ⅰ~Ⅱの口腔 外 科 手術 症 例の 麻酔記 録 を検 証 した 。フェ ン タニ ル を最 初に投 与 し FIC の 有 無 を記載した症例は 48 例であり、嚥下運動を行わせた症例( S 群) と 行 わ せなかった症例( non-S 群)とに分け、FIC の頻度を比 較した。non-S 群 で は 25 例中 13 例 ( 52.0%)に FIC を 認めたが、 S 群では 23 例中 4 例 ( 17.4% )であった( p=0.017)。 さ ら に 、 九州 大 学病 院 お よ び 社会 医 療法 人 雪 の 聖 母 会 聖 マリ ア 病 院 の 臨 床 試 験倫理審査委員会の承認後(九大院戦研第 758 号・研 13-1201・ UMIN 000012086)、 2012 年 12 月〜2014 年 8 月に、20~64 歳、 ASA 分 類 : Ⅰ ~ Ⅱ の全 身 麻酔 予 定 患 者 を対 象 に、 ラ ン ダ ム 化比 較 試験 を 施 行 し た 。無作為に S 群および non-S 群に割り付け、患者背景に有意な差はなかっ た が 、non-S 群では 100 例中 14 例(40.4%)に咳を認め、 S 群では 99 例 中 40 例 ( 14.0% ) に 咳 を 認 め る と い う 結 果 を 得 た ( p<0.0001; Risk. 2.
(6) ratio=0.35、95%信頼区間;0.20-0.60)。年 齢、性別、体格、喫煙歴等では FIC の発生に有意な 影響は認めなかった。 麻 酔 導 入 時の フ ェン タ ニ ル 投 与は 、 気管 挿 管 に よ る侵 害 刺激 を 抑 え 、 安 定 し た 循 環動 態 を保 つ た め に 優れ た 方法 で あ る が 、咳 を 誘発 す る こ と が 欠 点 で あ る。 有 害事 象 と し て の報 告 もあ る 。 そ の ため 緩 徐投 与 や 、 鎮 咳 薬 を 使用するなどの方法が多数検討されてきた。本研究は臨床研究で、 嚥 下 運 動 が フェ ン タニ ル に よ る 咳を 減 少さ せ る 機 序 は未 だ 明ら か で は な い 。 し かし、簡単で副作用もない嚥下運動で FIC を予防でき ることが示 さ れ た 。このように、患者に負担 をかけることなく FIC を予 防できるこ と は 、 臨床的に意義が非常に大きい。. 3.
(7) 序論. 全身麻酔の導入・覚醒はよく飛行機の離着陸に例えられる。それは、航空機 トラブルが離着陸時に集中して発生している 1 のと同じく、麻酔管理時にも術中 よりも離陸に相当する麻酔の導入時や、着陸に相当する麻酔からの覚醒時にト ラブルが集中しやすいことを意味している。また、歯科麻酔科が管理する頭頸 部領域の全身麻酔では、気管挿管によって管理されることが多い。麻酔導入時 の喉頭展開や気管挿管は、患者にとって体内環境が大きく変化するだけではな く、強い侵害刺激であり、血圧や心拍数の上昇、不整脈の発生、喉頭痙攣、咳 による頭蓋内圧の上昇など、呼吸器系・神経系・心血管系に有害な影響を及ぼ す。そのため喉頭展開や挿管操作に対する反応を十分に減弱することが求めら れる。特に、冠動脈疾患・喘息・頭蓋内圧亢進・脳動脈瘤などを有する高リス ク患者ではその必要性が高い 2。 現在、一般的な全身麻酔の導入の際に、気管挿管による刺激を軽減する目的 でフェンタニルクエン酸塩(以下フェンタニル)が使用される。フェンタニル はμオピオイドに分類される強い麻薬性鎮痛薬である。心血管機能への影響が 少なく、短時間作用性で効果発現までの時間が短く、効果的に麻酔導入時の侵 害刺激を減弱できるため、高頻度に使用されている薬剤である. 2-5. 。確かに麻薬. 性薬物の性質として、フェンタニルは鎮咳作用を有することが知られている 2-4。 しかし、一方でフェンタニルを静脈内投与した直後に一過性の咳( fentanyl induced cough: FIC)が誘発されることも知られている 6-14。 FIC は頭蓋内圧・腹 腔内圧・血圧・心拍数を亢進させるなどの有害性が指摘されており、動脈瘤の 破裂や不整脈、眼底の点状出血、急性硬膜外血腫、低酸素血症、誤嚥性肺炎な どの合併症も報告されている. 6-9. 。そのため、特に脳圧亢進、脳ヘルニア、脳動. 4.
(8) 脈瘤、頭部外傷、開放性眼球損傷、大動脈瘤、気胸症、過敏性呼吸器疾患を有 している患者では、FIC を予防する必要性がある。FIC の発生を防ぐために、そ の発生機序が検討 10. 11. されているが、いまだ正確な解明には至っていない。FIC. の予防を目的として、様々な薬剤の先行投与 ハフィング指示. 15. 12-14. が試みられており、投与前の. など様々な方法も報告されている。嚥下運動が FIC に及ぼす. 影響について検討したので報告する。. 5.
(9) 第1部 嚥下による fentanyl-induced cough 予防効果に関する後方視的予備研究. 1 緒言 麻酔導入時に喉頭展開を行った際に、咽頭に分泌物が多量にあると挿管困難 や誤嚥の危険性がある。頭頸部領域の手術既往がある患者や、大脳基底核領域 に脳血管障害を有している高齢者では、嚥下反射・咳反射が低下しているため 誤嚥のリスクが高い 16。 その点を考慮し、九州大学病院歯科麻酔科の一部の歯 科麻酔医が、2010 年頃から麻酔導入を開始する直前に患者に嚥下運動を行うよ うに促していた。そして、嚥下運動を行わせた症例では、その実施の有無を麻 酔記録に記載するようにしていた。 麻酔導入時には喉頭展開や気管挿管による侵害刺激を軽減する目的でフェン タニルを投与するが、これは咳を誘発する可能性がある. 6-8. 。実際にフェンタニ. ルを麻酔導入時に投与した症例の半数近くが咳をすることを、われわれは経験 的に認識していた。ところが、嚥下運動を行わせた症例ではフェンタニルを投 与しても咳の頻度が少ないことに気づいた。そこで、嚥下運動が FIC を軽減す る働きに関与しているのではないかという仮説を立て、前向きに検討を実施す る前に、麻酔記録を参照して嚥下運動と FIC 頻度の関連性を後方視的に検討し た。. 6.
(10) 2 対象と方法 対象期間は、嚥下運動を麻酔導入に取り入れ始めた 2010 年 10 月から、この 検討を開始した 2011 年 11 月までとした。対象症例は、同期間に九州大学病院で 気管挿管による全身麻酔下に口腔外科手術を施行した症例とした。対象症例は、 21~60 歳の患者で、American Society of Anesthesiologists (ASA) 分類がⅠ~Ⅱ、 呼吸器系疾患のない患者、麻酔導入時の初回投与薬剤がフェンタニルであった 患者とした。また、麻酔記録に嚥下運動の実施の有無、および咳の有無の両方 が記載されていない場合は除外した。 条件に合った症例は、導入時に嚥下運動を行わせた群(S 群)と導入時に嚥下 運動を行わせなかった群(non-S 群)に分け、それぞれの群で背景因子およびフ ェンタニル投与後の咳の発生頻度を比較検討した。 結果の数値は平均値 ± 標準偏差で示した。統計的解析については、end-point である群間における咳発生の差は Fisher の正確確率検定を用いて検討を行った。 p0.05 を統計学的に有意差ありとした。統計解析ソフト Stata version 13 (Stata, College Station, TX.) を使用した。. 7.
(11) 3 結果 1) 患者背景 麻酔記録を確認したところ、適格条件を満たした 69 例のうち嚥下の指示・咳 の有無が記載された症例は 48 例であった。 以下に対象とする 2 群間の患者背景を示した (Table 1) 。フェンタニル投与量 を含め背景因子に有意な差はなかった。全ての患者においてフェンタニル投与 後に気管支痙攣や低酸素血症、循環動態の変動などの合併症は認めなかった。. Table 1. 患者背景 S (n=23). non-S (n=25). 性別 (男性/女性). 16/7. 13/12. 年齢 (歳). 40.4±12.0. 35.1±9.6. 体重 (kg). 62.1±12.7. 59.6±12.9. 身長 (cm). 167.1±7.6. 163.4±8.2. フェンタニルの投与量 (g/kg). 2.7±0.9. 3.2±1.1. データは各群平均値 標準偏差で表した.. 8.
(12) 2) 咳の発生率 2群における咳の有無を示した(Fig. 1)。non-S 群では 25 例中 13 例(52.0%) にフェンタニル投与後の咳を認め,S 群では 23 例中 4 例(17.4%)にフェンタ ニル投与後の咳を認めた。嚥下運動を行わせた場合、咳は減少しており、統計 学的に有意であった。(p=0.017 / Fisher の正確確率検定). 9.
(13) 4 考察 本研究では、S 群で咳の発生頻度が減少しており(p=0.017)、嚥下運動が FIC の軽減に関与するという仮説が支持された。そのメカニズムとして当初は嚥下 運動により咽頭分泌物が減少した結果であることが考えられた。しかし、嚥下 をしていたにも関わらず咳を生じていた患者もおり、FIC と誤嚥の関連性は明ら かではなかった。一般的な咳は、異物や炎症が様々な場所に存在する速順応性 受容器や C 線維終末受容体などの刺激受容体を刺激することによって発生する 17. 。FIC は肺血管に近接する迷走神経 C 線維受容体がフェンタニルからの刺激を. 受け発生するという説がある 18。この場合、静脈内投与されたフェンタニルが組 織の刺激受容体を刺激して咳が誘発されることになる。咳に関連する刺激受容 体は、気管や気管支だけではなく咽喉頭にも存在している。つまり、嚥下によ る咽喉頭の様々な筋群の動きが咳関連回路を先行刺激することで、フェンタニ ルによる刺激伝達が減衰されている可能性がある。すなわち、咽頭分泌物など の誤嚥による刺激で咳に関連する刺激受容体が刺激されるのではなく、嚥下運 動自体が FIC を抑制していることも考えられた。 しかし、本検討では麻酔記録からの後ろ向きの評価であるため、嚥下運動の タイミングや嚥下回数などが統一されていなかった。また、フェンタニルの投 与速度なども症例によって異なっていると考えられた。さらに FIC を生じた症 例でもその程度は記録していないため、嚥下運動と FIC の程度との関連は明ら かではない。そこで、条件を統一したランダム化比較検討を実施した。. 10.
(14) 第2部 嚥下による fentanyl-induced cough 予防効果に関するランダム化比較試験. 1 緒言 嚥下運動が FIC を抑制するという仮説の下に行った後方視的予備研究で、嚥下 運動により FIC の発生が有意に少なかったという結果が得られた。しかし、フェンタ ニルの投与と嚥下運動を促したという以外の条件は各症例で統一されていなかった。 また咳の程度も評価されてはいない。それを受けて、より厳密に嚥下運動と FIC 誘 発抑制効果を検証したランダム化比較試験を施行した。. 11.
(15) 2 方法 対象 九州大学病院および社会医療法人雪の聖母会聖マリア病院の臨床試験倫理審 査委員会の承認後(九大院戦研第 758 号・研 13-1201・UMIN 000012086)、患者か らの書面によるインフォームドコンセントを得て行った。 研究期間は、2012 年 12 月から 2014 年 8 月 とした。九州大学病院(顎顔面外科・ 顔面口腔外科・全身管理歯科・小児歯科)および社会医療法人雪の聖母会聖マリ ア病院の全身麻酔下で手術を予定した患者で、年齢は 20~64 歳で、ASA 分類 I-II の患者を対象とした。フェンタニルにアレルギーを有する患者、喘息の既往を有す る患者、慢性の咳を有する患者、予定手術日前より 2 週間以内に上気道感染症の 症状のあった患者、アンジオテンシン変換酵素阻害薬・アンジオテンシン II 受容体 拮抗薬・気管支拡張剤・ステロイド内服中の患者、その他試験担当医師が不適と判 断した患者は除外した。 第 1 部に示した予備研究の結果では、フェンタニル投与後に咳反射を生じた割 合は S 群で 17.4%、non-S 群で 52.0%であった。しかし、この観察は少人数で行わ れ、後方視的な研究であるため、咳反射の割合の真の差はより小さい可能性がある。 そこで、S 群で咳反射の割合を 20~25%、non-S 群の咳反射の割合を 45~50%と見 込んだ。χ2 検定によりα=0.05 を有意水準として両側検定を行うことを想定すると、 S 群で期待される咳反射の割合が 25%、non-S 群での咳反射の割合が 45%でも 1 群 89 例であれば検出力 80% 以上を確保できる。実施時に被験者が指示を実行 できなかった場合や記録が不完全であった場合が 10% 程度生じる事を見込み、1 群 100 例、2 群で 200 例を目標登録症例数とした。. 12.
(16) 割り付け法 S 群と non-S 群の 2 群に、ブロック化無作為割付法により割り付けた。割付 表は第三者によって作成され、嚥下運動の有無の指示が封入された封筒は当 日の手術予定患者 1 名分のみを前日に可能な限り遅く送付する。事前に複数 人数分を送らないため、担当医師が割付を操作する事は不可能であった。ま た、社会医療法人雪の聖母会聖マリア病院で当試験が行われる際には、指示 内容を九州大学大学院 歯学府口腔顎顔面病態学講座歯科麻酔学分野から予 定日前日に可能な限り遅く知らせることとした。 今回の研究では、被験者は嚥下を指示されたか否かは自覚し、自分が観察 されていることも知っているが、S 群か non-S 群かどうか、何が目的の介入で あるか、どの特定の事象に注目して観察されているかを知らない状況で行っ た。そのため本研究は十分に盲検化されていた。研究計画の性質上、試験実 施者を盲検化することはできなかったが、ビデオ記録をもとに客観的な判定 を行ったため、評価のバイアスは最小限に抑えられると考えられた。. 13.
(17) 実施方法 麻酔導入時、酸素吸入下に静脈路を確保し、鎮痛薬・麻酔薬は通常通り使用 した。S 群にはフェンタニル投与直前に5回以上の嚥下運動を指示し、non-S 群 は運動を指示しなかった。嚥下運動を行う時間に関しては制限を設けず、でき る限り連続的に行うよう指示した。麻酔導入時に被験者を観察、および、ビデ オ記録(デジタル HD ビデオレコーダー,HDR-CX590V,SONY,東京,日本) した。その間、血圧および心拍数、心電図(九州大学病院手術室 Life Scope J, BSM-9100,Nihon Koden,東京,日本、九州大学病院歯科麻酔科外来処置室 Life Scope TR,BSM-6301,Nihon Koden,東京,日本、雪の聖母会聖マリア病院手術 室 Intelli Vue,MP50,Philips,Amsterdam,Nederland)をモニターし記録した(Fig. 2)。 観察期間はフェンタニルの効果発現までの 60 秒と、Tポートからカテーテル までの流入までの猶予を考慮して 90 秒あれば十分と判断し、フェンタニル投与 後 90 秒とした。観察期間中、被験者の顔の下半分から肩までをビデオ録画した。 割り付け状態が分からないよう画像を編集した後に、九州大学病院 ARO 次世代 医療センターより九州大学歯科麻酔科へ派遣されているテクニカルスタッフが、 ビデオ画像から咳反射の有無と咳の回数を判定した。社会医療法人雪の聖母会 聖マリア病院で実施された結果についても、割り付け状態が分からないよう画 像を編集した後に、九州大学病院 ARO 次世代医療センターより九州大学歯科麻 酔科へ派遣されているテクニカルスタッフが、九州大学歯科麻酔科の医局にて 評価を行った。 画像は上記テクニカルスタッフが評価後、速やかに消去した。評価結果の保 管場所は、九州大学歯科麻酔科医局内の鍵付き書棚とし、評価中以外は同所へ 施錠保管した。. 14.
(18) 15.
(19) データ解析 嚥下運動による咳発生割合の減少の検定はχ2 検定で行った。咳の重症度はス コアリング化し、咳反射までの時間、及び、咳の回数はカテゴリー化して Wilcoxon rank-sum 検定で検討した。血圧、心拍数および経皮的動脈血酸素飽和 度 SpO2 (%) はベースライン値と割付群のダミー変数を説明変数とした共分散分 析 (ANCOVA) により検定した。背景要因の違いによる咳抑制効果の差は、 logistic 回帰における交互作用項の検定によった。すなわち、検討する背景要因 ごとに2値のダミー変数を作成して、咳の発生を依存変数、割付因子、背景要 因、割付因子と背景要因の積を説明変数とした logistic 回帰モデルにより割付 因子と背景要因の積の項を検定した。連続変数である背景要因のダミー変数は、 中央値で2分割したカテゴリーより作成した。ただし、EOS (%) のみは基準値 か否かによって2分割した。全ての検定は両側 P < 0.05 をもって有意と判定し た。統計解析は統計解析ソフト Stata version 13 (Stata, College Station, TX.) によ り行った。. 16.
(20) 3 結果 1) 患者背景 2012 年 12 月から 2014 年 8 月にかけて、対象患者の条件を満たした 229 名が 本研究に登録された。研究内容の説明を受けた後、26 名は参加を拒否した。そ の結果、203 名を無作為に S 群と non-S 群の 2 群に振り分けた。S 群のうち1名 は、フェンタニル投与直後に強い回転性のめまいを訴えたため試験を中止した。 別の 1 名は、フェンタニル投与後に静脈ルートの滴下不良があったため試験を 中止した。non-S 群では、フェンタニル投与後に静脈ルートの滴下不良が 2 名の 被験者に起きたため試験を中止した。他の被験者では問題なく試験が実施でき、 結果として S 群では 100 名、non-S 群では 99 名を対象として解析を行った(Fig. 3)。 試験を実施した患者に、低酸素血症、無呼吸、筋硬直、吐気、嘔吐などの副 作用は認めなかった。患者背景として、年齢、性、Body Mass Index (BMI)、フェ ンタニル投与前の SBP、フェンタニル投与前の DBP、フェンタニル投与前の HR、 フェンタニル投与前の SpO2、術前採血検査時の EOS、内服薬の有無、喫煙歴の 有無を示した(Table 2)。フェンタニルの投与量は、予定手術時間で決定した。 投与量に関わらず、重篤な副作用は認めなかった。. 17.
(21) Enrollment 適格条件を満たした患者 (n= 229). 除外被験者 (n= 26) 説明後拒否される (n= 26) その他の理由 (n= 0). Allocation. ランダム化 (n= 203). S 群 (n= 102) . non-S 群 (n= 101). 試験を全て実施された被験者 (n= 100). 中断・中止. (n= 2). . 試験を全て実施された被験者(n= 99). . 中断・中止. (n= 2). フェンタニル投与後に静脈ルートに滴下. フェンタニル投与後に静脈ルートに滴下. 不良(1名). 不良(2 名). フェンタニル投与後に強い回転性のめま いの訴えあり中止(1名). Analysis 解析実施 (n= 100). 解析実施(n= 99). Fig. 3 : 本研究の流れ. 18.
(22) Table 2. 患者背景. 性別. 男性 女性. S 群 N=100 64 (64.0) 36 (36.0). 年齢 (歳). 20-29 30-39 40-49 50-59 60-6. 27 (27.0) 22 (22.0) 19 (19.0) 20 (20.0) 12 (12.0). 29 (29.3) 24 (24.2) 16 (16.2) 16 (16.2) 14 (14.1). 21.8 (16.3, 31.2). 22.2 (17.1, 32.0). フェンタニル投与前の 収縮期血圧 (mmHg). 124 (99, 170). 126 (92, 184). フェンタニル投与前の 拡張期血圧 (mmHg). 75 (52, 100). 74 (56, 100). フェンタニル投与前の 心拍数 (times/min). 72 (49, 113). 69 (45, 127). フェンタニル投与前の 経皮的動脈血酸素飽和度(%). 99 (95, 100). 99 (95, 100). 2.3 (0.0, 9,0) †. 2.5 (0.2, 12.3) ‡. 2 μg/kg 4 μg/kg. 76 (76.0) 24 (24.0). 68 (68.7) 31 (31.3). 内服薬. 有 無. 5 (5.0) 95 (95.0). 6 (6.1) 93 (93.9). 喫煙歴. 有 無. 46 (46.0) 54 (54.0). 41 (41.4) 58 (58.6). Body mass index (kg/m2). 好酸球(%) フェンタニル投与量. データは人数(%)もしくは中央値(範囲)で示す。 数値データの合計は 100%にならない場合がある。 † n=87, ‡ n=88. 19. non-S 群 N=99 64 (64.7) 35 (35.4).
(23) 2) Primary endpoint Primary endpoint は、フェンタニル投与後の咳反射の有無である。non-S 群は 40.4%(95%信頼区間: 30.7-50.7)、S 群は 14.0%(95%信頼区間: 7.9-22.4)に 咳を認めた。嚥下群では FIC 発生リスクが 75%低下(Risk ratio: 0.35, 95%信頼区 間: 0.20-0.60)している。95%信頼区間は正確法で検定を行った。S 群で non-S 群よりも有意に咳が減少していた (P<0.0001; Chi-square test)。(Fig. 4). 20.
(24) 3) Secondary endpoints Secondary endpoints は、咳反射までの時間、咳の重症度、循環動態のフェンタ ニル投与前から投与後への変化量、動脈血中酸素飽和度のフェンタニル投与後 の変化量とした。. a) 咳発生までの時間 咳が発生するまでの時間は、両群間に統計学的有意差は認めなかった(P=0.83; Wilcoxon rank-sum test)。(Fig. 5). 21.
(25) b) 咳の重症度(Agarwal らの分類) 重症度は Agarwal らの分類 11 に従い、1-2 回の咳発生を mild、3-5 回の咳発生 を moderate、6 回以上の咳発生を severe とした。 重症度に関して、両群間の重症度に統計学的有意差は認められなかった(P=0.29; Wilcoxon rank-sum test)。(Fig. 6). 22.
(26) c) フェンタニル投与前後の収縮期血圧および拡張期血圧、心拍数、SpO2 の変 化量. 収縮期血圧において、S 群でフェンタニル投与前より 2.02 mmHg 上昇(95% CI; -0.04 mmHg, 4.09 mmHg)し、non-S 群よりも上昇傾向を示した(P=0.05; Analysis of covariance)。拡張期血圧において、S 群ではフェンタニル投与前より 2.54 mmHg 上昇(95%CI; 0.59 mmHg, 4.49 mmHg)し、non-S 群よりも拡張期血 圧は統計学的に有意に上昇傾向にあった(P=0.01; Analysis of covariance)。心拍 数では、両群間に統計学的有意差は認めなかった。(P= 0.97; Analysis of covariance)。SpO2 において、S 群ではフェンタニル投与前より 0.26%上昇(95%CI; 0.01%, 0.51%)し、non-S 群よりも SpO2 は統計学的に有意に上昇傾向にあった (P=0.04; Analysis of covariance)。(Table 3). Table 3. フェンタニル投与前後の収縮期血圧および拡張期血圧、心拍数、SpO2 の変化量 S群. non-S 群. N=100. N=99. 0.85. -1.13. (-0.56, 2.26). (-2.71, 0.451). 1.98. -0.61. (0.50, 3.46). (-2.02, 0.80). -0.45. -0.52. 0.10. (-1.70, 0.79). (-1.95, 0.91). (-1.78, 1.97). Endpoint. 投与前からの変化量 収縮期血圧 (mmHg) 拡張期血圧 (mmHg) 心拍数(times/min). 0.18 -0.07 (-0.01, 0.37) (-0.26, 0.12) データは平均差 (95% 信頼区間)で示す。 SpO2 (%). ¶ Analysis of covariance. 23. 2群間の差 ¶. P. 2.02 (-0.04, 4.09). P = 0.0544 ¶. 2.54 (0.59, 4.49). P = 0.0108 ¶. 0.26 (0.01, 0.51). P = 0.9171 ¶ P = 0.04 48¶.
(27) 4) Secondary analysis Secondary analysis では、嚥下運動による咳リスク抑制効果に関連していると 考えられる背景因子について検討した。 因子として、年齢/性別/BMI・内服薬の有無・喫煙歴の有無・フェンタニル投 与前の収縮期血圧および拡張期血圧、心拍数、SpO2・術前採血検査の EOS を挙 げた。. a) 年齢/性別/BMI S 群、non-S 群ともに、年齢・性別・BMI における嚥下による咳リスク低減効 果は統計学的に有意な関連を示さなかった(各々、P=0.65、P=0.31、0.57; Logistic regression)。(Table 4) Table 4. 嚥下運動による咳リスク抑制効果に関連因子(年齢、性別、BMI) S 群. 関連因子. non- S 群. 咳をした人数 / 合計人数. 咳への相対危険度 (95% 信頼区間). 年齢(歳). 交互作用の 検定結果 0.65. 20-37 38-64. 7/46 7/54. 24/52 16/47. 0.33 (0.16, 0.69) 0.38 (0.17, 0.85). 性別. 0.31 男性 女性. BMI (kg/m2) 16.3-22.1 22.2-32.0. 8/64 6/36. 28/64 12/35. 0.29 (0.14, 0.58) 0.49 (0.21, 1.15). 10/54 4/46. 22/48 18/51. 0.40 (0.21, 0.77) 0.25 (0.09, 0.67). 0.57. 24.
(28) b) 内服歴 S 群、non-S 群ともに、内服歴における嚥下による咳リスク低減効果は統計学 的に有意な関連を示さなかった(P=0.63; Logistic regression)。(Table 5) Table 5. 嚥下運動による咳リスク抑制効果に関連因子(内服薬) S 群. 関連因子. non- S 群. 咳をした人数 / 合計人数. 咳への相対危険度 (95% 信頼区間). 内服薬. 交互作用の 検定結果 0.63. 有 無. 1/5 13/95. 4/6 36/93. 25. 0.30 (0.05, 1.89) 0.35 (0.20, 0.62).
(29) c) 喫煙歴の有無 S 群、non-S 群ともに、喫煙歴における嚥下による咳リスク低減効果は統計学 的に有意な関連を示さなかった(P=0.21; Logistic regression)。(Table 6) Table 6. 嚥下運動による咳リスク抑制効果に関連因子(喫煙歴) S 群. 関連因子. non- S 群. 咳をした人数 / 合計人数. 咳への相対危険度 (95% 信頼区間). 喫煙歴. 交互作用の 検定結果 0.21. 有 無. 4/46 10/54. 17/41 23/58. 26. 0.21 (0.08, 0.57) 0.47 (0.25, 0.89).
(30) フェンタニル投与前の収縮期血圧および拡張期血圧、心拍数、SpO2. d). S 群、non-S 群ともに、フェンタニル投与前の収縮期血圧および拡張期血圧、 心拍数、SpO2 における嚥下による咳リスク低減効果は統計学的に有意な関連を 示さなかった(各々、P=0.35、P= 0.38、P= 0.92、P= 0.39; Logistic regression)。 (Table 7). Table 7. 嚥下運動による咳リスク抑制効果に関連因子 (フェンタニル投与前の収縮期血圧、拡張期血圧、心拍数、SpO2). 関連因子. S 群. non- S 群. 咳をした人数 / 合計人数 フェンタニル投与前の収縮期血圧 (mmHg) 92-124 8/54 23/45 125-184 6/46 17/54 フェンタニル投与前の拡張期血圧 (mmHg) 52-74 6/44 75-100 8/56. 咳への相対危険度 (95% 信頼区間). 交互作用の 検定結果 0.35. 0.29 (0.14, 0.58) 0.41 (0.18, 0.96) 0.38. 24/51 16/48. 0.29 (0.13, 0.64) 0.43 (0.20, 0.91). フェンタニル投与前の心拍数 (回/分) 45-69 6/47 71-127 8/53. 19/51 21/48. 0.34 (0.15, 0.78) 0.35 (0.17, 0.70). フェンタニル投与前の SpO2 (%) 95-98 3/31 99-100 11/69. 14/33 26/66. 0.23 (0.07, 0.72) 0.40 (0.22, 0.75). 0.92. 0.39. 27.
(31) e). 術前採血検査時の EOS S 群、non-S 群ともに、術前採血検査時の EOS(%)における嚥下による咳リ. スク低減効果は統計学的に有意でなかった (P = 0.44; Logistic regression)。Table 8 では基準値による層間分けを、Table 9 では母数をほぼ 1:1 となる人数で層間分 けを行っている。. Table 8. 嚥下運動による咳リスク抑制効果に関連因子(EOS:基準値分配) S 群. 関連因子. non- S 群. 咳をした人数 / 合計人数. 咳への相対危険度 (95% 信頼区間). EOS (%). 交互作用の 検定結果 0.84. ≤ 4% < 4%. 9/68 3/19. 25/65 11/23. 0.34 (0.17, 0.68) 0.33 (0.11, 1.01). Table 9. 嚥下運動による咳リスク抑制効果に関連因子(EOS:分母による層間分け) S 群. 関連因子. non- S 群. 咳をした人数 / 合計人数. 咳への相対危険度 (95% 信頼区間). EOS (%). 交互作用の 検定結果. 0.44 0-2.4. 7/50. 15/41. 0.42 (0.19, 0.92). 2.5-12.3. 5/37. 21/47. 0.27 (0.11, 0.66). 28.
(32) 4 考察 全身麻酔導入時において、薬物投与や喉頭展開、気管挿管等の刺激によって、 患者は循環動態および呼吸器機能に大きな変化をきたしやすい。麻薬性鎮痛剤 であるフェンタニルは、受容体に作用して強力な鎮痛作用を示し、喉頭展開や 気管挿管による有害刺激による循環動態の変動を防ぐ作用がある。特に、脳動 脈瘤・腹部動脈瘤・眼球外傷・頭部外傷など腹腔内圧および脳圧等の上昇を避 けるべき既往を有する患者にとっては、非常に有用な薬剤である 2。また、麻薬 性薬物であるフェンタニルには鎮咳作用があり、気管挿管時の咳反射を抑制す ることがよく知られている。しかし、その一方で静脈投与直後に一過性に咳 (Fentanyl-induced cough: FIC)を誘発することが報告されている 6。時に、FIC は爆発的なこともあり、頭蓋内や腹腔内、眼球内の圧を上昇させ眼底の点状出 血 6 や、急性硬膜外血腫形成. 19. 、誤嚥性肺炎 8、低酸素血症 7 を引き起こしたと. の報告があり、すみやかな治療を必要とすることがある。 われわれは、嚥下運動が FIC を抑制するという仮説を立て、第 1 部では後ろ 向きに予備検討を行い、第 2 部ではランダム化比較検討を行った。第 1 部では 48 人の麻酔記録から抽出を行い、non-S 群に対し S 群は有意に FIC が抑制され ている(P=0.0168;Fisher の正確検定)という結果を得た。また、第 2 部でも 199 人を対象に前向きに検討を行った結果、non-S 群に対し S 群は有意に FIC が抑制 されていた(P<0.0001;Chi-square test)。すなわち、この仮説は十分証明された。 FIC 発生メカニズムは、過去の文献で様々な議論がなされている。例えば、フ ェンタニル投与を静脈内投与することにより、気管支肺胞組織内でヒスタミン の放出が促され、H1 受容体の活性を介し、速順応性受容器の興奮がより増強さ れ咳反射を生じやすくなる 9 と報告されている。しかし、フェンタニル投与後の 血漿ヒスタミン値はモルヒネを静脈内投与したほど上昇しない. 29. 3. といった報告.
(33) や、50g のフェンタニルを皮内投与してもヒトの肥満細胞(皮膚内)でのヒス タミン遊離は顕著ではなかった 18 という報告がある。われわれの研究(第 2 部) でも、Allergy 性の可能性を考慮し術前検査時の EOS の高低による FIC 発生リス クの可能性を検討したが、否定的であった(Table 8, 9)。また、フェンタニルが αアドレナリン受容体に作用する事で気管支平滑筋を収縮させ、気管壁の変形 を引き起こし迷走神経の求心性経路を介し咳を生じさせる場合. 10. や、肺血管に. 近接する迷走神経 C 線維受容体をフェンタニルが刺激することで、肺の化学反 射が起こり咳を生じる. 18. という説も提唱されている。今回の研究でも FIC 発生. メカニズムは明確にはなっておらず、今後の解明が求められる。 今回の研究では、嚥下運動により FIC が抑制された。予備研究の際も、嚥下 運動により咽頭分泌物が減少した結果、誤嚥が予防されたのではないかと考え ていたが、本研究で喉頭展開した際に咽頭部に分泌物を認めても咳をしない症 例もあり、分泌物の存在と咳の間には相関がないように思われた。また、フェ ンタニル以外の薬剤で麻酔導入を行う際には通常咳反射は認められない。そこ で、われわれは咳反射と嚥下運動が近似回路を有していることに注目した。そ れを示唆する 1 つ目のポイントとして、呼吸中枢パターン生成機構と嚥下中枢 パターン生成機構が解剖学的に重なり合っていることである(Fig. 7)。呼吸中枢 には特定な神経核はなく、DRG(背側呼吸ニューロン群:主に弧束核の腹側側を 中心に柱状に分布する)と、VRG(腹側呼吸ニューロン群:延髄腹外側の後顔面 神経核・疑核・後疑核・腹外側の網様体を中心に柱状に分布する)が基本的な吸 息-呼息の呼吸パターンを作り出している。特に、吸気性の呼吸運動は VRG に より横隔神経運動ニューロンへ伝えられている 21。一方で、嚥下中枢の中枢パタ ーン生成機構は呼吸中枢に比べ未解明な部分が多いが. 22. 、嚥下関連ニューロン. (Swallowing-related neuron)は弧束核とその周囲の網様体・後顔面神経核背内側. 30.
(34) の網様体・疑核にある 21 報告されている。だが、依然 in vivo には、実際の呼吸 中枢・嚥下中枢の惹起神経核・ニューロン群は特定されていない。. 31.
(35) Fig. 7:越久仁敬. 嚥下と呼吸の神経調節機構. 嚥下医学 2013; 2(1): 47-52 より抜粋 XIIn:. 舌下神経核、XII:. 舌下神経根、S: 弧束核、DRG: 背側呼吸ニューロン群、AMB: 疑核、. Inspiratory preMNs;吸息性前運動ニューロン、preBötC:延髄腹外側の網様体に存在する呼吸ニューロン群. 32.
(36) 咳反射と嚥下運動の回路の近似性を示唆する2つ目のポイントとして、咳反 射と嚥下運動は必要な神経線維が共通していることが挙げられる。嚥下運動は、 口腔、咽頭、喉頭などの粘膜内に存在する末梢感覚器(味覚、触覚、圧覚など) に刺激が加えられることによって、上喉頭神経や舌咽神経、三叉神経を介し、 上述した嚥下中枢が興奮し、その後三叉神経、顔面神経、舌下神経、迷走神経 (咽頭枝、反回神経)などの遠心性神経を経て様々な筋群を動かす。様々な筋 群が動くことで、さらに粘膜や深部受容器の新たな興奮が引き起こされていく (末梢性フィードバック機構)17, 23-27。 咳反射は、求心性には舌咽神経、迷 走神経(上喉頭神経など)を介し、上述した呼吸中枢が興奮し、その後横隔神 経や顔面神経などを経て呼吸筋を動かし、咳となる 28。 以上のことから、われわれは、嚥下運動させることによって生じる求心性の 上喉頭神経(迷走神経の1枝)の反応性減退および嚥下運動による口腔内・咽 喉頭部における上喉頭神経に感覚入力を行う末梢感覚器の反応性減弱、もしく は延髄内の感覚入力野・出力野の閾値上昇または反応性減退が起こることで、 FIC に関与する神経インパルスの伝導および受容器反応の減弱が生じている可 能性があるのではないかと考えている。この仮説は、Tshubouchi らの、アトロピ ン硫酸塩 0.01 mg/kg の単回投与と 0.01 mg/kg/hr 持続静脈内投与 を行った群と、 アトロピン硫酸塩 0.05 mg/kg の単回投与と 0.05 mg/kg/hr の持続静脈内投与を行 った群の両者ともに、アトロピン硫酸塩を投与していないコントロール群に比 べ咳反射の回数が顕著に抑制されたという結果. 29. に矛盾しない。しかし、Phua. らの、フェンタニル投与する1分前に副交感神経遮断薬(アトロピン硫酸塩) 0.001 mg/kg を投与しても FIC 予防効果はなかったという報告 30 には矛盾してい る。Tsubouchi らのアトロピン硫酸塩使用量は通常臨床的にヒトに用いる量に比 べ多く、Phua らの使用量に比べても多いことは歴然としている。また、Tsubouchi. 33.
(37) らの研究対象はイヌであり、散瞳・口腔乾燥・嚥下障害といった副作用も出現 している. 29. 。これらのことから、アトロピン硫酸塩を使用して FIC を抑制する. にはヒトでの通常使用量では少なすぎる可能性がある。しかし、過剰量の薬剤 の使用は患者の身体的負担に繋がるため、アトロピン硫酸塩を FIC 予防に使用 するという方法は、実際の臨床では難しい。 その他にも様々な研究者が、より安全に麻酔導入を行うために数多くの FIC 予防方法を提唱している。Horng らは、フェンタニルを投与する 30 秒前に 0.06 mg/kg のロクロニウム臭化物を先行投与させる方法を提唱している。確かに FIC 予防効果があり(p<0.05;Chi-square test)、副作用もなかった. 12. 。 しかし、過去. の報告には筋弛緩薬を先行投与させた際に、筋弛緩作用により眼瞼下垂・複視・ 嚥下困難・低酸素血症などの合併症が報告. 15. されており、慎重な使用が求めら. れる。また、ミダゾラムと塩酸デクスデメトミジンを併用した方法で十分に咳 が抑制できたと報告 13 されているが、これらはフェンタニルを投与する 12 分前 からの事前投与が必要で、かつ、一部では呼吸抑制も認めている。このように 時間のかかる導入方法は人的かつ時間的な負担の増加につながる。さらに副作 用の問題もあるため臨床的には実施が難しい。 今回行った予防方法には二つの大きな利点がある。一つは、余計な薬剤を必 要としないことである。そのため、麻酔導入前の麻酔科医や看護師の薬剤の準 備の負担にならず、コストもかからない。余計な薬剤を使用しないので、他剤 による副作用の心配がない。もう一つは、嚥下運動を行うことで咽頭部および 口腔内の唾液が少なくなり、喉頭展開時に咽頭内の視野が得やすいことである。 気管挿管時の視野の確保は麻酔導入時の安全性の向上にもつながる大事な要素 である。また、嚥下運動は、人間本来の自然な運動の一種であるため、嚥下障 害や知的障害等がなく、コミュニケーションがとれれば誰でも行える動作であ. 34.
(38) る。 これまで提言されている予防方法の一つに、フェンタニル投与前にハフィン グをさせておくと FIC 抑制に有効であったという報告. 14. がある。この方法も余. 計な薬剤を使用せず、簡便に施行できる。我々の研究に組み合わせるとさらに 良い結果が得られる可能性がある。しかし、ハフィングを行うこと自体に、腹 圧および胸腔内圧上昇が起こるので、注意が必要である。. 今回、Secondary endpoints として、咳反射までの時間、咳の重症度、循環動態 のフェンタニル投与前から投与後への変化量、動脈血中酸素飽和度のフェンタ ニル投与後の変化量について検討を行った。 FIC 発生のタイミングであるが、多くはフェンタニル投与後 1 分以内に観察され ることが多い 31。本研究でも、FIC の発生は 60 秒以内に集約しており(Fig. 5)、 過去の報告に矛盾しなかった。そのため、フェンタニル投与後 1 分間は十分な 注意が必要だと思われる。 咳の重症度に関して、有意な結果は得られなかった(Fig. 6)。スコアの上では有 意な差を認めなかったが、回数に関しては嚥下群で有意な減少を認めている (P<0.0001;Wilcoxon rank-sum test:未掲載)。 循環動態に注目しフェンタニル投与前から投与後への変化量を検討した際に、 収縮期血圧・心拍数では有意差を認めなかったが拡張期血圧には有意差を認め た(Table 3)。しかし、その変化は嚥下群で平均 + 1.92 mmHg(95%CI; 0.50, 3.46)、 非嚥下群で平均 – 0.61 mmHg(95%CI; -2.02, 0.80)であり、臨床的には注視すべ き上昇・下降ではなかった。また、同様に動脈血中酸素飽和度のフェンタニル 投与後の変化量に関しても統計学的に有意差が認められているが、変化は少な く臨床的に意義はないと考えられる。. 35.
(39) 本研究では、Secondary analysis として、嚥下運動による咳リスク抑制効果に 関連していると考えられる背景因子(年齢/性別/BMI・内服薬の有無・喫煙歴 の有無・フェンタニル投与前の収縮期血圧および拡張期血圧、心拍数、SpO2・ 術前採血検査の EOS)について検討を行った。 過去の文献 32 において若者・非喫煙者は FIC のリスクが高いと報告されている が、本研究では年齢/性別/BMI・喫煙歴ともに FIC への関与が認められなか った(Table 4, 6)。この違いは、サンプルサイズなどが結果に影響していると推 察されるが、何れにしよ、リスク因子としてあまり重要ではないと考えられる。 また、除外項目にない薬剤の内服歴に関して検討を行った(Table 5)が、いず れも有意な結果を得ることはなかった。これは、今回の内服薬に除外項目の薬 剤以外の内服薬に咳の抑制・誘発に関与する効果を認めなかった。咳の誘因と なることが明らかでない薬剤について過剰な注意は必要ではないと考えられる。 フェンタニル投与前の収縮期血圧および拡張期血圧、心拍数、SpO2 に関しては、 いずれもリスク因子として認められなかった(Table 7)。これより、フェンタニ ル投与前の vital sign で FIC 発生予測を行うことは難しいと考えられる。. 今回の研究は臨床研究であるがために、いくつかの制約が存在する。 第一に、本研究の被験者は日本人だけである。FIC はヨーロッパ人種よりアジア 人種や中国人に多く発生している可能性があると報告されている 31。そのため、 嚥下運動による FIC 抑制効果がアジア人種以外でも十分な効果を得られるかど うかを検証する必要がある。第二に、被験者が成人に限られている。今回は被 験者に小児が含まれていないため、成人未満を対象とした際に同様の結果が得 られる確証はない。また、FIC は小児・若年者で頻発するとの報告 33 や、臨床現 場においても FIC 発生は成人よりも小児の方がより頻発している印象がある。. 36.
(40) そのため、小児に対する予防効果の検証が必要である。 嚥下運動による FIC 予防効果は検証できたが、なぜ抑制されたのか明確なメ カニズムは立証されていない。そのため、今後は、嚥下運動がなぜ FIC を十分 に抑制できたかという基礎的な解明も必要である。 結論として、フェンタニルを静脈内投与する直前にしっかりと嚥下運動を自 発的に行わせることで、他の薬剤を併用することなく、効果的に、簡単かつ安 全に FIC を抑制することができた。. 37.
(41) 総括 本研究により、嚥下運動が FIC を抑制し得るという結果を得た。安全な麻酔 導入には患者の循環動態の安定が欠かせない。ゆえに、時に起こり得る FIC を 抑制する事は麻酔管理において重要である。また、他の薬剤を併用することな く効果的にフェンタニルを使用でき、より安全な麻酔導入が行えることは患者 にとって非常に有用である。 今回得られた知見によって、より安全な麻酔管理が期待される。今後は、さ らに小児における FIC 予防効果の検討を進めたい。. 38.
(42) 謝辞 本研究を行うにあたり、終始ご懇篤なご指導とご高配を賜りました九州大学 大学院歯学研究院 歯科麻酔学分野 教授 横山武志 先生に心より厚く御礼申し 上げます。本研究を遂行するにあたり、ご指導、ご助言、ご校閲を賜りました 帝京大学 教授 諏訪邦夫 先生に深く感謝申し上げます。統計解析に関し、ご指 導、ご協力頂きました九州大学病院 メディカル・インフォメーションセンター 講師 徳永章二. 先生に深く感謝申し上げます。周術期管理に関し、ご指導、. 御協力を頂きました九州大学大学院歯学研究院 顎顔面腫瘍制御学分野 教授 中村誠司 先生、九州大学大学院歯学研究院 口腔顎顔面外科学分野 教授 森悦 秀 先生、社会医療法人雪の聖母会聖マリア病院 幸 先生、社会医療法人雪の聖母会聖マリア病院. 中央手術センター長 麻酔科部長. 吉野淳. 藤村直 先生、. そして本研究にご協力下さいました先生方に深謝いたします。 また、歯科麻酔学分野の教室員の皆様からは、いつも温かく励ましていただ き、多くの刺激や示唆を得ることができました。心より感謝いたします。. 39.
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