論 文
留学生誘致からみた言語教育
−ドイツの言語振興政策を事例にして−
苅 谷 智 子*
1.はじめに
この論文は,留学生誘致という観点から,言 語振興政策について考察するものである。具体 的には,ドイツの留学生政策における言語教育 の位置付けと取組み,さらに外務省やGoethe−
Instimt(ゲーテ・インステイトユート)を中心 とする対外文化政策としてのドイツ語振興を取 り上げ,留学生誘致を促進する言語振興政策に ついて,ドイツの取組みを事例として考察す ることを目的とする。なお,「言語振興政策」
は,「言語普及政策」とほぼ同義ともいえなく はないが,現在ドイツ外務省では,国外におけ るドイツ語教育とその支援活動全般に,普及
(Vtrbreitung)ではなく,振興(F6rderung)と いう用語を使用している。「普及」には,過去 の植民地化政策の一環としての言語政策を想起 されやすい側面もあるため,本論では,第二次
焦点を当てる。
留学生誘致の一環として,非英語圏諸国の高 等教育機関においては,グローバル言語である 英語で学位を取得できる国際課程(International Course)導入の動きが活発である[OECD 2006:294−2951。しかし,提供されている課程 全体からみれば,国際課程は一部であり,各国 語(あるいは公用語)の履修が大半を占めてい るのが現状である(1)。そこで,非英語圏諸国に 留学するには,多くの場合,やはり留学先の言 語を習得する必要がある。留学生誘致には,い わゆる「言葉の壁」を低くするために,入国 前の言語教育が有効な政策の一つとなりうる
[AuswartigesAmt:23]0
本論では,非英語圏諸国において外国人留学 生(以下,留学生)の増加が著しいドイツを一 つの事例として,言語振興政策を取り上げる。
最新のユネスコ統計では,イギリスやオース 世界大戦以後のドイツ語教育とその支援に関す
る対外政策を「言語振興政策」とする。留学生 政策において,ドイツ入国後,国内における言 語教育も重要であるが,本論は留学生誘致の観 点によるため,入国前,つまりドイツ国外にお ける言語教育を中心としたドイツ語振興政策に
トラリア等の英語圏諸国を凌ぎ,ドイツが世界 第2位の留学生受入れ大国に浮上した(表1)。
ドイツ連邦統計局によれば,ドイツでの外国 人学生数(2)はここ10年で約10万人増加してい
る[StatistischesBundesamt2005:35]。一般的に,
留学先を選定する主な要因には,専攻分野の伝
*早稲田大学大学院社会科学研究科 博士後期課程2年
34
銃や質の高い研究・教育,受入国の歴史・文化 の魅力,授業で使用される言語(3),短期間での 学位取得,就職への期待,生活費・学費支弁,
地理的・歴史的関係などが挙げられるであろ う。しかし,そのいずれについても,統計上の 数億からは,留学先の選択にあたり,ドイツが 極めて有利となる要因を特定することは困難で ある【苅谷2007:197−198](4)。そこで,ドイツ における留学生増加には,近年の留学生誘致政 策が大きく関与していると読み取ることもでき るであろう。この論文では,まずドイツの留学 生の現状と,世界におけるドイツ語の地位を明 らかにしたうえで,留学生政策の一環としてド イツ語教育を捉え,その位置付けと取組みにつ いて動向を調査する。また,対外文化政策の枠 組みからも,外国におけるドイツ語振興の新た な展開に着目する。以上により,留学生誘致か らみた有効な言語振興政策について,考察する ことを試みる。
(表1)留学生受入人数・上位10カ国
国 名 留 学 生 数
1 ア メ リ カ 58 2 ,9 9 6
2 ド イ ツ 24 0 ,6 1 9
3 イ ギ リ ス ・ 22 7 ,2 7 3
4 フ ラ ン ス 22 1 ,5 6 7
5 オ ー ス ト ラ リ ア 17 9 ,6 1 9
6 中 国 7 7 ,7 1 5
7 日本 7 4 ,8 9 2
8 ロ シ ア 6 8 ,6 0 2
9 ス ペ イ ーン 5 3 ,6 3 9 ° 1 0 ベ ル ギ ー 4 1 ,8 5 6 出典:UnescoEducationDigest[2006:106LlO7]を
基に作成
なお,ドイツの留学生政策全般に関する先 行研究としては,I11y&Schmidt−Streckenbach
[1987],児玉[1987],江淵[1991],天野[1997,
2006],苅谷[2007]等が挙げられる。また,留 学生の言語教育については,宮崎[20061,ド イツ語圏の言語政策については,高橋[2006]
がある。ドイツの対外文化政策におけるド イツ語振興を扱ったものに,Ammon[1991],
Stark[2002],川島[1995】,川村[2002],平高
[1992],古池[1998]等があるが,いずれも留学 生誘致の観点によるものではない。
研究にあたっては,連邦議会議事録,政府統 計書,関連機関報告書等を主として活用する(5)。
2.ドイツにおける留学生の現状 本章では,ドイツで学ぶ留学生について,各 種統計から現状を述べる。
最新のユネスコ統計によれば,ドイツの外国 人学生(Ausl云ndischeStudierende)は約25万人 であり,10年前に比べ約10万人増加し,ドイツ はアメリカに次ぐ第二の留学生受入れ大国であ る。ただし,ドイツにおける外国人学生の定義 には2つのグループが含まれることに留意しな ければならない。それはBildungsinlander(教 育上の内国人,あるいは教育上のドイツ人)と BildungSauSl云nder(教育上の外国人)である。「教 育上の内国人」とは,主に外国人労働者や避難 民の子女としてドイツ国内で育ち,ドイツ人子 女と同じようにドイツの学校教育で大学人学資 格を得ている外国籍学生である。「教育上の外 国人」とは,ドイツ国外で入学資格を得て,留 学の目的で一時的に滞在する外国籍学生であ る。日本での留学生に関する統計では,後者の グループのみを対象としているのに対し,ドイ
ツ連邦統計局では従来,両者を区別せずに扱っ てきた(6)。一方,2006年度からOECD,欧州統 計局およびユネスコにおいて,計測精度を高め てデータの比較を容易にする目的で,「留学生」
の概念を改定し,「留学生」とは明確な留学目 的で国境を越えた学生を指すこととした。しか
し実際の留学生数の計測は,各国の移民法や入 手可能なデータの制約に影響を受ける。そのた め,国によって特異性があることを認め,「留 学生」の定義を「受入国の国籍を持たない学生」
または「他国でその課程以前の教育を受けた学 生」のいずれでもよいとしているのが現状であ る[OECD2006:289]。このような経緯をふま えつつ,また,留学生誘致という視点では「教 育上の外国人」が対象となることにも配慮し,
以下,本論ではドイツの「留学生」を「教育上 の外国人」,「外国人学生」を「教育上の外国人」
および「教育上の内国人」と定義する。なお,
「教育上の内国人」については,移民政策や異 文化理解教育などのスキームで扱うほうが望ま しいとも思われる。
外国人学生(約25万人)のうち,「教育上の 内国人」は24%である[StatistischesBundesamt 2005:36](7)。従って,本論の留学生の定義によ
れば,ドイツの留学生受入数は世界第4位とな る。しかし,1994年以降10年間に,「教育上の 外国人」が2倍となったのに対し,「教育上の 内国人」は横ばい状態で推移しており,学生数 が急増しているのは「教育上の外国人」である ことがわかる(図1)。その点で,留学生政策 の考察にドイツの事例を扱うことは一定の意義 があると考えられる。
また,留学生の内訳において,中国人留学生 の増加が顕著であるが,ブルガリア,ポーラン
(図1)ドイツ国内の外国人学生推移1981−2005
※各冬学期の在籍者数(例えば1980=1980!1981冬 学期)
出典:HochschulstandordDeutchland2005[Stadsdscb Bundesamt2CX)5:35]およびWissensdl癒welto鐙とn 2006(http://wwwissenschaft−Welto晩n.de/
2007年12月9日アクセス)を基に作成
ド,ロシア,ウクライナ等,中・東欧出身者が 多いのも特徴である(表2)。中・東欧の学生 にとって,旧ソビエト連邦の崩壊後において は,新しい留学先として,ドイツが有力な選択 肢の一つになったともいえる(8)。
(表2)ドイツ国内の留学生・出身国 上位10カ国
国 名 留 学 生 数
1 中 国 25 ,9 8 7
2 ブ ル ガ リ ア 12 ,4 6 7
3 ポ ー ラ ン ド 12 ,2 0 9
4 ロ シ ア 9 ,59 4
5 モ ロ ッ コ 6 ,98 6
6 トル コ 6 ,5 8 7
7 ウ ク ラ イ ナ 6 ,5 3 2
8 フ ラ ン ス 5 ,5 1 2
9 カ メ ル ー ン 5 ,2 4 5
1 0 ス ペ イ ン 4 ,1 4 8
出典:Hochschulstandord Deutschland2005
[StatistischeBundesamt2005:37]
36
さらにここ数年では,EUのエラスムス計画 により,城内の学生移動が促進されている(9)。
2004/2005冬学期に当制度を利用して留学した 学生数は,ヨーロッパ31カ国で144,032名,そ のうち,ドイツに留学した学生数は17,㌘2名で
ある[DAAD200鋭63圭
3.世界におけるドイツ語の地位 本章では,グローバル化が進む現代の世界に おいて,ドイツ語がどのような地位にあるの か,母語話者数,個人間のコミュニケーション,
学術言語,国際機関の連用言語,そして外国語 としての各側面から論じる。
ドイツ外務省によれば,約1億2500万人がド イツ語を母語あるいは第2外国語として使用し ており,ドイツ語母国話者は,ドイツ以外にも 主にオーストリア,スイス,ベルギー,ルクセ
ンブルク,イタリア,リヒテンシュタインに存 在し,ドイツ語はこれらの国家や地域の公用語 になっている。さらに,公用語の地位はない が,フランスのアルザス地方,デンマークの北 シュレスヴイヒ地方,中・東欧の多くの国々に
ドイツ語やその方言を母語とする人々がいる。
その他,北米,南米,オーストラリア,ナミビ ア,南アフリカ等でドイツ系住民が今なおドイ
、膿を話⊥ヱ吏_る上飯島_20随⊥1qLこれ_らの 母語話者数からみると,ドイツ語は世界の言語 の中で,10番目である(表3)。
また,インターネット上の使用言語につい て,2004年9月の言語別オンライン人口の調査 では,英革,スペイン語,中国語,日本語に 続き,ドイツ語は5番目に位置しているが(10),
これがドイツ人同士のコミュニケーションであ るか,他言語話者との国際コミュニケーション
であるかは,定かではない(11)。
個人間のコミュニケーションにおける言語選 択状況を正確に把握することは難しいが,アモ ン(Ammon)[1992:41−46]は,ドイツ語母語 話者と他言語話者の間のコミュニケーションで 使用される言語の多くは英語であり,ドイツ国 内での同様のコミュニケーションにおいてす ら,その傾向があると指摘している。
第二次世界大戦前の中・東欧地域では,ドイ ツ語がリンガ・フランカ(linguafranca:世界共 通語)であったが,ナチスの行為と敗戦の結 果,その地位は大きく低下した[Nelde1984:3]。
現代のグローバル化社会においては,当地城を 含み,英語が最も使用されるリンガ・フランカ といえるであろう。しかし,今なお,中・東欧 地域での非母語話者同士の間で,ドイツ語が英 語・ロシア語よりも共通語としての主要な役割 を担っている場面があるという[Ammon1990:
67−81】。
(表3)世界の母語話者数・上位10言語
(単位:100万人)ヰスイス・ドイツ語を含む
国 名 留 学 生 数
1 中 国 語 1,2 0 5
2 ス ペ イ ン語 3 2 2 .3
3 英 語 3 0 9 .4
4 __ ヱ _ラ_ビ ヱ 語 _− ___ 2 0 6 _−
5 ヒ ン デ イ 一語 18 0 .8
6 ポ ル トガ ル 語 17 7 .5
7 ベ ン ガ ル語 17 1 .1
8 ロ シ ア 語 14 5
9 日本 語 12 2 .4
10 ドイ ツ 語 ネ 10 0 .4
出典:Listofmostspokenlanguages[Ethnologue:
2005]を基に作成
学術言語としてのドイツ語の地位について
は,Debus,Kollmann&Poerksen[2000]などのよ
うに,近年様々な議論が行われている。第二次 世界大戦前まで学術分野でのドイツ語の地位は 高かったが,次章で触れるように「ドイツ語は すでに世界の学術言語ではないが,文化やビジ ネスの面では重要である」(12)との位置付けが妥 当であろう。自然科学を例にとれば,ドイツ語 で発表される論文は世界で3番目に多いとはい え3%にすぎず,80%を占める英語に大きく水 をあけられている[平高2005:54】。
次に,国際機関における運用言語としての採 用については,ドイツ政府が近年関心を持ち,
ドイツ語の地位向上に努めている課題である。
しかし,1970年代はドイツ語振興に消極的であ り,Stark[2002:52−56]は,政府がドイツ語を国 連の公用語にする提案を積極的に行わなかった 事実について,批判している。また,EUでは 各国の国家語と同様にドイツ語も公用語である が,EU諸機関における作業言語としてのドイ ツ語の扱いは異なっている03)。ドイツ外務省 は,「EUの諸機関において,ドイツ語は,英 語に次ぎ,またフランス語と並んで,最も重 要な作業言語である。」としているが(14),アモ ン[2005:3−29]は,EUにおけるドイツ語の地位 は,英語・フランス語と同列ではないと指摘す る。ほとんどのEU機関では,英語・フランス 語・ドイツ語の3つを作業言語に規定している にもかかわらず,実際の3言語の使用頻度は 同レベルではないからである。例えば,欧州 委員会で2001年にドイツ語で作成されたオリ ジナル文書は4%に過ぎなかったが,フラン ス語は28%,英語は59%であり[Schaerer2003:
4],ドイツ語の地位を物語っている。この理由
6 0
5 0
4 0
. 3 0
2 0
1 0
0 1
5 1%
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・・段
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国 母 語
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謂斗瑞 1 ソ.. ミ
瀾 鵜 沼
9 紹
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′ l 。 V
B 詔 、6 班 聞
英 語 ドイツ 語 フランス吉吾 弔明囁き . 机− イン語 呑。 朴 が蠣吾 ロシア害吾
(図2)母語または外国語として話せる言語 出典:SpecialEumbarometer243/SumarylEuropean
Commission2006:4]を基に作成
には,EUの主要な機関がフランス語圏におか れていること,EU内の学校でドイツ語学習者 数がフランス語学習者の約1/3,英語学習者の 約1/6に過ぎないことなどが考えられる[平高 2005:54]。しかし,2005年のヨーロッパ特別世 論調査(SpecialEurobarometer:243)では,EU 内において,ドイツ語が英語に次いで話者の多 い言語との結果が出ており(図2),EU諸機 関でのドイツ語の地位は,実情に見合っている とはいえないであろう。
最後に,「外国語としてのドイツ語(Deutsch alsFlemdsprache:DaF)」に着目する。ドイツ 外務省年鑑によれば,2005年現在のドイツ語学 習者は約1670万人で,その多くは中・東欧が 占め,特にロシア,ポーランドには550万人の 学習者がいる。地域別に割合を示したものが,
(図3)である。EUの45%に次いで,独立国家 共同体(GUS)(15)の割合は35%にのぼり,全 学習者人口の3割を占めている。また,EU内 の学習者数は総じて増加傾向にあると分析して いる。
因E〕
田ヨーロッパ(EUを除く)
□GUS 日アフリカ ロ南・東アジア 国北米・南米 悶オーストラリア・ニュー
ジーランド g中近東
(図3)ドイツ語学習者の地域別分布(%)
出典:BerichtzurAnswirtigenKulturpolitik
[2005/2006:22]を基に作成
本章では,様々な側面からドイツ語の実像を 明らかにしたが,現在のところ,ドイツ語が英 語に次ぐ国際語の地位を得ているとは言いが たいであろう。一方,EU内に絞れば,ドイツ 語は英語に次いで話者が多いにもかかわらず,
EU諸機関での地位は実情に見合っていない。
国連でも公用語ではなく,国際語としての地位 の低さが浮き彫りになった。また,EU内では,
外国語としての話者数も,英語に続き,第二 位である(図2)。最近のフランスとの協力関 係に見られるように(16),戦略的な広報と相手 国の協力により,二国間の文化交流を通して,
ヨーロッパにおいては,ドイツ語学習の消極的 な傾向に終止符を打ったとの評価は妥当であろ
1[血痺Amt12㈲7:_2召。
4.ドイツの留学生政策における言語振興 本章では,ドイツの留学生政策,現在進行中 の新制度について,ドイツ語教育の振興を中心 に取り上げ,その位置付け,実施状況を探る。
2000年10月,「教育計画・研究振興のための 連邦・州委員会:BLK」は協調行動枠組とし
て InternationalesMarketing鮎rdenBildungs−
undFbrschungsstandortDeutschland (ドイツを
教育・研究拠点とするための国際マーケテイン グ)を採択した。委員会には,DAAD,ドイ ツ学術振興会(DeutscheFbrschungsgemeinscha丘:
DFG),アレクサンダー・フォン・フンボルト 財団(AlexandervonHumboldt−Stifhlng),ドイ ツ学長会議(Hochschulrektorenkonferenz:HRK)
など,ドイツの高等教育に関わる22の主要な組 織が出席し,優秀な頭脳をめぐる国際競争に積 極的に参加する姿勢を表明した。
この枠組に沿って,2001年に次の3つを柱と するプロジェクトが開始された。「Hi!Potentials
−InternationalcareersmadeinGermany」では,
留学生の法的,社会的権利改善を目指した枠 組みを構築し,「GATE−Germany」では世界各 国でのドイツ留学フェア,各高等教育機関の 国際マーケテイング支援を展開し,「Campus−
Germa叩」では包括的なドイツ留学の情報提供 を行うための媒体を整備した。上記の全開連組 織の協力により,これらの大規模なドイツ留学 キヤンペ一.ンが展開されている。
現在は3番目の行動プログラムである「国際 的な高等教育への道:DAAD2004−2010」が稼 動している。このなかでDAADは,ドイツを 教育・研究拠点とするためには,言語面での 奉利息汲況を克服する_必要_がある__と_して,_「外 国語としてのドイツ語」の振興を重点項目の一 つに挙げた。同時にドイツ語はすでに世界の学 術用語ではないが,文化やビジネスの面では重 要であり,ドイツ語を習得することは外国人に とって有益な価値があると訴えている。また,
修士・博士課程では英語で学位を取得できる国 際課程が増加しているものの,ドイツの大学で はまだほとんどがドイツ語での履修を要するこ
とから,ドイツ語振興の必要性を指摘したもの である。当プログラムにおいてDAADは,「外 国語としてのドイツ語」振興のツールとして,
国外でのドイツ語学習およびドイツ語テスト の支援に言及している。具体的には,Goethe−
Institutとの連携による新しいドイツ語プログ ラムの開発や,オンラインのドイツ語講座(一 般および専門用語対象)運営の強化を目標に挙 げた。併せて,入学要件のためのドイツ語テス
ト開発も需要が高く,分野別のテスト,オンラ インのテスト等の支援を提案した。
当プログラムにおけるその他の項目には,
「専門的な高等教育マーケテイング」を主軸と して,回内外で展開する国際プログラムの設 置,開発途上国との連携による現地大学への援 助,留学生の入学・生活支援強化 外国人研究 者を優遇するための移民法改正要求がある。
これら国際マーケテイングの協調行動やEU 統合に沿って,高等教育大綱法改正(国際化を 基軸とした再編)が行われ,新制度が実行段階 に移されている。
まず,留学適正試験およびドイツ語統一試 験(留学生試験の統一化)が,留学希望者と
受入れ大学双方の利便化のため導入され,学 部への入学選考の際に,適正試験TbstAS(Tbst 窺rAuslandischeStudierende)が活用されること
となった。(ただし,現在のところ,受験を必 須とするか推奨とするかは大学により異なっ ている。)またドイツ語統一試験については,
1tstDaFが導入された。英語を母国語としない 人々の英語運用能力を測る試験であるTOEFL をモデルに作られたドイツ語検定試験で,ドイ ツ留学を希望する学生が,高等教育機関への入 学に必要なドイツ語検定試験として自国で受験
することができる。ヨーロッパ言語共通参照枠 組(17)で規定されたレベルに基づく試験のため 汎用性が高く,2005年には75カ国・320会場で 試験が開催された[AusWartigesAmt2007:22]。
留学生誘致を狙いとして,試験のオンライン化 開発も進んでいる。
また,ドイツの従来の学位(D車om,M癖S随r)
は,2010年までにすべて学士・修士に置き換え ることが目標とされ,現在45%が切り替えられ ている。Diplom,Magister取得には6年程度要 したが,学士の規定在学期間は3年であり,約 半分に短縮される。
留学手続きの簡略化においては,アシスト
(assist:Arbeits−undServicestelle蝕・Internationale Studienbewerbungen)が誕生した。アシストと は,留学希望者の増加にともなう高等教育機関 の事務処理の負担を軽減し,また留学希望者の 便宜をはかるために,2003年11月に設置された 組織である。各高等教育機関に代わって書類不 備や入学資格について審査するサービスを有料 で行う。
また,情報発信の充実化においては,前出の 2つのプロジェクト(GATE−Germany,Campus−
GemaW)により,ドイツ留学に関する情報の発 信,およびドイツにおける各高等教育機関の魅 力紹介など広報の体制を強化した。
外国におけるドイツ語振興の必要性は,近 年の留学生政策において明確に位置付けられ るようになった。ドイツ語講座の提供だけで なく,入学要件を満たすドイツ語統一テスト の開発と,世界各国で受験できるような環境 整備にも力を入れている。「講座と試験開発」
の両輪により,留学生誘致を狙いとする「外 国語としてのドイツ語」の振興が大きく前進
40
したといえよう。
5.対外文化教育政策におけるドイツ語 振興の経緯と現状
本章では,ドイツの対外文化教育政策の枠組 みから言語振興を取り上げ,システム,戦後の 経緯,現状,関連組織について論じる。
5−1.対外文化教育政策の定義とシステム 古池[1991:53]は,「対外文化政策(Ausw誠ige
‰1turpolitik)」について,「文化の分野におけ る外国との諸関係の処理,文化交流はドイツで は連邦,州,市町村,公的交流機関,民間な ど多くの手によって担われているが,その中 で,外交の一環として国家の助成によって実 施される分野」と定義している。なお,従来 は「対外文化政策」という言葉が一般的であっ たが,2001年,ドイツ連邦政府は,対外文化政 策における予算の半分を教育分野(主にドイ ツ語振興,在外ドイツ学校助成)が占めるこ となどを考慮し,外務省の文化部門を対外文 化教卓政策局(Abteilung蝕AuswartigeKultur−
undBildungspolitik)に名称変更し[Deutscher Bundestag2001:4](18),併せて「対外文化教育政 策(AuswartigeKultur−undBildungspolitik)」と 同語を使用するようになったため.本論も 同様とする。
ドイツの対外文化教育政策の大きな特徴の一 つは,政府が直接携わるのではなく,他の複数 の自立した伸介組織に文化交流の実施を委託し ていることである。外務省の役割は,政策立案 や関連機関との調整である。一例として,各種 の機関が,相互調整を図るために自ら設けてい る国際協力連合会(VIZ)を通じて,定期協議
と計画検討会議を行っている。また,国外にお いては在外公館が,現地の各種機関の支部と調 整・協力を維持している[ibid∴54]。日本のド イツ大使館文化部部長として1992年〜1996年ま で駐在したクライン[2002:100]は,この独立性 のあるシステムが成果をあげており,ドイツの 対外文化教育政策の成功の基盤と評価してい
る。
1990年代以降,クラインによれば,対外文化 教育政策における3つの重点は一貫して「学術 交流(特に人材交流)」「国外にあるドイツ学校 の支援」「外国語としてのドイツ語教育の振興」
であるといえよう[ibid.:102]。また,ドイツ語 振興の重要性については,「言葉を知る,とい うことはそれを話す人々の文化や,文化の内に 備わっているものに直接親しむことである。そ れがドイツに対して持つ否定的なイメージを刷 新することにつながる。経済や技術が発展しよ うと,親しみを持たれるとするならばそれほと りもなおきず文化を通してなのである。そして その親しみを獲得することが,購買や投資とし てのドイツに友好な決定を促す要素ともなり,
産業の立国ドイツを確固たるものにする。」と 説明している[ibid.:103−104]。ここから,言語 と文化は不可分であるという思想を,政策上の 理念として読み取ることができる。
5−2.戦後の言語振興政策
戦後のドイツでは,ナチスの犯罪と戦争に よって損なわれたドイツのイメージの刷新,失 われた信頼の回復,新たな威信の獲得が急がれ た。そのためには,音楽,美術,文学といった ドイツの伝統的精神文化の紹介を通じて,そ の人文主義が生き続けている「もう一つのド
イツ」の姿に改めて目を向けてもらう[古池 1991:57]ことが,戦後の対外文化教育政策の発 端となった。外務省に対外文化政策局が設置さ れたわずか2年後の1953年には,ドイツ語教 育機関であるGoethe−Institutの最初の在外支部 が,アテネに開設されている。
1967年11月,「世界におけるドイツ語の状況 に関する報告書」において(19),言語振興政策 について,戦後初めて政府の見解が表明され た。そこでは外国におけるドイツ語振興の強化 は,文化政策活動の重点項目であるという立場 が取られている。しかし,1970年代にはプラン ト政権の下,ドイツ語振興の位置付けが大きく 後退し,1970年12月,外務省の「対外文化政策 に関する指導原理」において(20),ドイツ文化 の提供は相手国の言語を用いればよいという消 極的な見解を示した。ドイツ語が外国で影響力 を行使するための媒体となってはならないとの 立場で,文化交流の政治的意味を払拭する配慮 がなされた[Stark2000:98,高橋2006:132]と いえる。しかし,この基本原則をはじめとして 対外文化政策のあり方が活発に議論されるよう になり,1970年代には「広義の文化概念」,「パー トナー的協力」,「分権的組織体制」の3つを特 徴とする「リベラルな原則」【川村2002:33]が 確立され,現在の対外文化教育政策の基調を成 す理念として継承されている(21)。
1980年代のコール政権下では,再びドイツ語 の地位を取り戻すことが表明され,1985年9月
「世界におけるドイツ語に関する報告書」にお いて(22),言語と文化は不可分であるという視 点から,対外文化政策の主要項目として,ドイ ツ語振興が改めて強調されるにいたった。さら に,国際会議および国際機関における公用語・
作業言語としてのドイツ語の地位向上に努める ことが提言され,それらは現在の政策において も優先課題である。1990年代に入ると,中・東 欧諸国がドイツ語振興の重点地域として注目さ れた。これは旧ソ連の崩壊とともにロシア語に 代わって,英語とドイツ語の需要が拡大した ことに対する措置である[平高2005:55]。シュ レーダー政権下では,21世紀に向けて外務省 により「2000年構想」が発表され(23),続いて 2002年に「21世紀の対外文化政策」が連邦議会 で採択された(24)。「世界平和に貢献するための 文化政策」が新しい柱となり,異文化間の対話 を機軸に,民主化や紛争予防のた釧こ文化交流 を活用するというコンセプトが導入された。ま た,ドイツを世界の経済的・学術的拠点とする ためのグローバル戦略において,言語振興を重 点項目に挙げており,これはBLKの提言(4 章)と合致するものである。さらに,具体的な
目標として「ドイツ語を英語に次ぐ第二の外国 語とすること」を掲げた。
5−3.現状と伸介組織
連邦政府は,ドイツ語を英語に次ぐ第二の外 国語にするためのアプローチとして,他のドイ ツ語圏諸国とともに,国際機関や国際会議での
ドイツ語の地位向上に努めることを宣言してい る。さらに2000年には,フランスとも「独仏共 同言語協定(Gemeinsamedeutsch−fran2,6sische Sprachenweisung)」に署名し,国際会議等にお
ける運用言語や作業言語について,EUの拡大 に伴い,英語に対してドイツ語・フランス語が 不利な地位にならないよう,言語政策上の相互 援助を規定した。
また,外国語としてのドイツ語教育につい
42
て,連邦政府は,EU諸国内の学校におけるド イツ語授業の増加を目指している。なおEU は,複言語主義(phr山ngu址sm)の言語観の もと,「母語以外に少なくとも2つ以上の外国 語を話せるようになること」をEU市民の具 体的な到達目標としている(25)。ドイツの言語 教育政策もこれに沿うかたちで,EU諸国の学 校システムにおいて,まず少なくとも2つの 外国語学習を促進することを目標に掲げ,そ の文脈において,ドイツ語学習者数の確保を 目指すというものである。またEU統合によ り形成されつつあるヨーロッパ単一労働市場 において,ヨーロッパ市民は,より良い就職 の機会を得るために外国語を学習するように なった。2005年のヨーロッパ特別世論調査
(SpecialEurobarometer:243)によれば[European
Commission2006:5],言語学習の動機は実用 的な利益と関連する傾向が明らかになった。
具体的には,出張などを含め仕事で使うため
(35%),外国で就職するため(27%),自国で より良い仕事に就くため(23%)などが上位を 占める。学術分野だけでなく経済界において も,言語振興が人材の確保につながることは着 目すべきである。人材が集う経済的立地として の側面が強化されれば,逆にまた言語の振興が 加速するであろう。なお,外務省予算の文化部
で政策が実施されるが,実施段階では多くの仲 介機関が携わる。そのうち,ドイツ語の振興に 直接関わるのは,Goethe−InstitutとDAAD(ド イツ学術交流会),在外ドイツ学校である。ま ず,GoetheJnstitutは,世界81カ国に142の支 部がある公益法人で,ドイツ最大の仲介機関で ある。その活動はドイツ語講座の提供だけでな く,ドイヅに関する文化プログラムや図書館で の情報提供,ドイツ語教師の育成,各種ドイツ 語試験の実施に及ぶ。ドイツ国外で約175,000 人,国内では約25,000人が当機関のドイツ語講 座を受講している。なお,国外における活動に はドイツ政府の助成があるが,国内の機関は独 立採算として受講料収入で運営されている。詳 細の活動については次章で触れる。
次にDAADは,約80年前に設立され,ドイ ツと諸外国間の高等教育における交流活動を展 開してきた歴史ある国際交流機関である。ドイ ツの諸高等教育機関が共同で運営する組織で,
連邦,州,EUから助成を受けている。留学生 受入れ助成及びドイツ入学生派遣助成と,ドイ ツ語・地域研究の振興を主な事業としてきた。
90年代以降は,高等教育の国際化促進,中・東 欧と開発途上国の学術振興が目標に加わった。
なお,ボンに本部を置き,14の国外拠点と45の インフォメーションセンター,元奨学生の協会 門の半分以上(2億ユーロ)が,対外的なド
イツ語振興に計上され,現在,ドイツ語振興の 重点地域には,中・東欧をはじめとするヨー ロッパ,北米および開発途上国が挙げられてい
る(26)。
さて,ドイツの対外文化教育政策の大きな特 徴の一つは,先述のように,分権的組織体制で ある。政策の所管は外務省であり,政府の予算
等により,世界中にネットワ・−クを展開してい る。ドイツ語振興部門では,外国の大学へのド イツ語教育専門家の派遣を中心に活動してい る。
最後に在外ドイツ学校は,外国に在住する ドイツ人子女の学校として1878年に設立され たが,併せて外国における最初のドイツ語普 及を行った機関でもある。2004年度では世界
に117校が点在し,約1,700人のドイツ人教師が 派遣されている。また,約15,000人の学生が 受験するドイツ語デイプロム試験(Deutsches Sprachdiplom)を実施している。この試験に合 格すれば,ドイツの全大学への入学語学試験を 免除されるシステムになっており,留学生誘致 に貢献する重要なツールとみなすことができ る。在外ドイツ学校の中央本部は連邦内務省に あるが,在外ドイツ学校の運営には外務省文化 予算の3分の1が助成されている。
次章では,ドイツ語振興に最も関連のある Goethe−Institutの活動に焦点を当てる。
6.考察 −Goethe−lnstitutの取組みから ドイツでの学業には多くの場合,ドイツ語能 力が欠かせないため,各国においてドイツ語 の学習を可能にすれば,ドイツ留学を希望す る学生の増加にらながる[Ausw云rtigesAmt2007:
24]。世界81カ国・142箇所のGoethe−Institut は,ドイツ語・ドイツ文化の発信拠点として機 能しており,海外拠点での地道な活動の積み重 ねが現在の留学生獲得に結晶されていること は,改めて注目すべきであろう。例えばポーラ ンドでは,戦後の早い段階から,未来へ向けて 新しい友好関係を構築するための能動的な活動
が息長く展開され,ドイツ統一・旧ソ連崩壊 を機にワルシャワ,続いてカルカウにGoethe−
Institut支部が開設された。また,政府の助成 を受けているものの,独立機関という性質を生 かし,時に自己批判的な文化紹介も行われてき たことが,信頼性・受容性の高い活動として根 付いたのではないだろうか。前出の「パート
ナー的協力」,「分権的組織体制」といった「リ ベラルな原則」が成果に結びついたといえる。
現在は,Goethe−Institutの限られた予算を有効 に活用するために,重点地域政策が取られてお り,中・東欧地域が筆頭に挙げられる。一方,
国別の留学生数を見ると,同地域の諸国が上位 に並んでおり(p35,表2),言語振興が留学生 誘致の促進に関与した事例と捉えてよいであろ
う。
2002年の「21世紀の対外文化政策」に則 り,世界の平和・民主化に貢献するという文 脈において,Goethe−Institutの活動にも「イス
ラムとの対話」という新しい柱が加わった。
2005年8月にはGoethe−Institutによる初めての
「DialogpunkteDeutsch(ドイツ語・対話の拠点の 意)」がイラクに開設された。また,2006年には アブダビにGoethe−InstitutとDAADの合同事務 所が新設され,今後もGoethe−Institutはテヘラ
ン,アルジェ等に設置される予定である。その 他新しい試みとしては,トルコのムスリム指導 者にドイツ語講座を提供する企画が実施されて いる。一方的な文化紹介や言語教育ではなく,
双方向の文化交流と長期的な対話のための言語 振興が動き始めており,今後の動向が注目され
る。
また,EU内の他の文化交流機関と施設を共 同で運用するという形の連携が世界各地で進ん でいる。例えば,ストックホルムでは2005年 4月にスペインのInstitutoCervanteSとGoethe−
Insthtが同じ敷地内で共同開設された。同 様に,2005年7月にグラスゴーではAmance Ffancaiseと,キエフではBritishCouncilと会館 を共有して設置された。川村[2005:26]はこの 傾向について,基本的にはナショナルな独自性 が尊重されており,コスト面などメリットのあ る部分での「ヨーロッパ化」が進み,政府とは
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活動スパンの異なる文化交流機関が柔軟に連携 し,スケールメリットに基づく効率化を図るも のである,と分析している。さらに,GoetheT Institut事務局長Dr・Knoppは,これらの連携に
よって,単なる経費節約だけではない効果がも たらされたとし,相互協力により文化交流が強 化されたと評価している[Goethe−Institut2007:
6]。例えば,独仏は,他国における共同の文化 イベントを,2006年には61カ国で86プロジェク トも開催するにいたった。また,独仏間での就 職の機会拡大を狙いとして,両国に独仏語での バイリンガル授業を行う姉妹校設置(80校),
独仏の大学人学資格(アビトゥアとバカロレ ア)の両方を取得できるシステム導入(60校)
を進めている。グローバル化社会において,非 英語圏諸国である2国間相互の言語教育の連携 は,将来の人材交流,留学生誘致を狙うモデル 事業として今後も拡大するであろう。
また,連邦政府は,国際機関や国際会議での ドイツ語の地位向上に努めることを宣言してい るが,そのアプローチは,国連やEU諸機関等 への直接的な働きかけだけではない。Goethe−
Institutは,ドイツ語を話す職員を増やすため に,EU職員向けに,2005年に6つのドイツ語 講座を提供した[AuswartigesAmt2007:24]。ア モンは,次のように主張している。
「EU諸機関でドイツ語が主要な作業言語の 機能を担えば,外国語としてのドイツ語学習へ のさらなる動機付けになると考えられる。逆 に,外国語としてのドイツ語が幅広く学ばれれ ば,EU作業言語としてドイツ語の地位強化を 促すことにもなる。このような観点から,ドイ ツ語は,外国語学習とEU作業言語の両レベル で同じように振興されなければならないだろ
う。」[アモン2005:19】
言語政策を考えるとき,このように,一つの 言語において多面性があることに気付く。言 語には「国際語」(共通語として国境を越え広 く使用される言語),「外国語」(学習対象とし ての言語),「少数言語」(ある国家内でのマイ ノリティの母語),「国家語」(国家の公用語)
の4つの側面がある。言語政策の議論におい ては,一つの言語あるいは異なる言語の多面 性や関連性に留意する必要があるだろう【木村 2007:7]。多言語社会においては,「少数言語」
と「国家語」,「国際語」と「少数言語」,「国際 語」と「国家語」のそれぞれは相互に関連して いる。「国際語」と「外国語」の性質を考慮す れば,なぜ英語以外の言語を学ぶのかが明確と なり(27),「外国語としてのドイツ語」の振興に 追い風を加えることになるであろう。ドイツ 語が「少数言語」である地域(主にGUS,中・
東欧地域など)においては,「外国語としての ドイツ語」の振興が進めば,「少数言語」の地 位が維持・強化される可能性を秘めている。連 邦政府がEUの諸機関におけるドイツ語の使用 を推奨し,「国際語」として地位の向上に尽力 していることは,アモンの主張のとおり,翻っ て「外国語としてのドイツ語」の振興につなが るであろう。ドイツ語の振興が進めば,結果と
して,教育研究市場・労働市場において,外国 から人材が集うことになる。そして国際競争力 に富む教育研究市場・労働市場となれば,ます ますその流れに弾みをつけるという循環が生じ るであろう。このようにして,異なる側面での 言語政策全てが有機的なつながりを持つように 設計できれば,同時に留学生誘致とも相互作用 を発揮することになるのである。
7.結論
より多くの留学生を誘致するため,非英語圏 諸国の高等教育機関では英語で履修できる国際 課程を増設する傾向にあるが,そこには限界が あり,多くの場合,留学先の言語習得が必要で ある。そのため,留学生誘致には入国前の言語 教育が有効な政策となる。つまり,「外国語と
してのドイツ語」を振興する目的の一つは,「優 秀な人材の確保」であるといってもよい。海外 拠点としてのGoethe−Institutの地道な活動の積 み重ねが,現在の留学生獲得に結晶されている といえよう。世界81カ国・142箇所のGoethe−
Institutは,ドイツ語・ドイツ文化の発信拠点 として機能している。戦後,未来へ向けて新し い友好関係を構築するための能動的な,かつ自 己批判的な文化紹介が実を結び,「リベラルな 原則」が時を経て功を奏したと評価できるであ ろう。限られた予算を有効に活用するために,
重点地域政策が取られており,中・東欧地域が 筆頭に挙げられるが,同地域からの留学生数に 比例している事実を見れば,その政策を肯定的 に評価できると同時に,言語振興は留学生誘致 に貢献する要素であると再確認できるであろ う。
本論では,ドイツにおいて,自国を教育・研
は,自国の言語による履修の意義を見直すべき であろう。なぜなら,言語と文化は一体であ
り,自国の言語を習得した留学生が増加するこ とこそ,文化そのものの持続可能性につながる からである。
対外文化教育政策の枠組みにおいても,言語 振興は重要な柱と位置付けられるようになっ た。戦後はドイツ語・文化広報により,戦争の もたらした否定的なイメージの払拭が狙いとさ れてきたが,21世紀の課題として,9.11テロ 後の世界平和に貢献するという文脈において,
特にヨーロッパとイスラムの対話に焦点を当て たプロジェクトを展開しつつあることは特筆す べきであろう。
「外国語としてのドイツ語」を振興するにあ たって,ヨーロッパ次元での言語教育理念(複 言語主義)の枠組みで,特にEU市民に対し,
ヨーロッパ単一労働市場を視野に入れたドイツ 語学習の必要性を強調することも有効であろ う。そして,今後はさらに,英語に対抗して非 英語圏諸国同士が連携し,相互の言語・文化を 振興する風潮が強まると予想される。
また,言語振興政策のもう一つの重要な課 題として,連邦政府は,EUの諸機関における ドイツ語の使用を推奨し,「国際語」としての 地位を向上することに尽力している。それは,
究拠点とするため,留学生誘致を視野に入れた ドイツ語の振興が進められていることを論じ た。ドイツ語講座の提供やドイツ語講師の派遣 が主な事業であるが,入学要件を満たすドイツ 語統一試験の開発と留学希望者が自国で受験で きる環境整備も鍵となる。なお,国際課程につ いては時代の要請であるが,グローバル化時代 であるからこそ,留学生誘致に取り組む際に
翻って「外国語としてのドイツ語」の振興につ ながるであろう。言語の多面性に着目し,各側 面からの言語政策全てが有機的なつながりを持 つように設計できれば,同時に留学生誘致とも 相互作用を発揮することになるのである。
なお,今後の言語振興政策に関する研究につ いては,他の対外文化教育政策も調査して全体 像を捉え,他方において,諸外国で展開される
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個々の文化交流事例を検証することも必要であ ろう。
〔投稿受理日2007.09.21/掲載決定日2007.11.29〕
注
(1)リンガ・フランカ(hngua丘anca=世界共通語)
である英語の浸透により,一般的に英語圏諸国の ほうが留学生誘致に有利であるといえる。そのた め,非英語圏諸国では,英語で授業を行う国際 課程(InternationalKurs)を設置するようになっ た。OECDの調査では,英語コース導入が顕著な のは北欧諸国で,そのほとんどが「多くの教育プ ログラムが英語で行われている」に分類されてい る。一方,チェコ共和国,フランス,ドイツ,日 本,韓国等は「一部の教育プログラムが英語で行 われている」にとどまっている。また,ギリシャ,
イタリア,メキシコ,スペイン,ブラジル,ロシ ア等は「英語で行うプログラムはまったくない,
あるいは,ほとんどない」とされている[OECD
2006:294−295]。
(2)「留学生」と「外国人学生」の定義については,
2章で述べる。
(3)「授業で使用される言語」については,注(1)に 述べたとおり,一般的に英語圏諸国のほうが有利 であるため,非英語圏諸国では,英語で授業を行 う国際課程を設置するようになった。ただしドイ ツではまだ一部で導入されているにすぎない。具 体的には,ドイツの大学で提供されている履修課 程11,672のうち国際課程として,英語で学位を取 得できるコースは460プログラムである(2007年1 月現在)。また,現在のところ,ドイツ語が英語に 次ぐ国際語の地位にあるとはいいがたいであろう
(詳細は3一章で述べるうー。
(4)上記(3)以外には,世界大学ランキングによる 評価[NEWSWEEK2006:41],学位取得の難易度 lOECD2006:56],就業率[OECD2006:118−119]
などがあるが,いずれも留学生誘致に有利な数値 は見当たらない。詳細は[苅谷2007:197−198]を参 照。
(5)具体的には,AuswartigesAnt(ドイツ外務省),
DeutscheBundestag(ドイツ連邦議会),Statistisches Bundesamt(ドイツ連邦統計局),DeubdlerAkademischer AnstauschDienst(DAAD:ドイツ学術交流会),
Goethe−Institut,OECD,Eurostat(欧州統計局),
ユネスコの報告書・統計資料・議事録等を資料と する。
(6)最近は,「教育上の内国人」と「教育上の外国人」
を区分した統計も発表している。
(7)その国籍上位5カ国は,4分の1を占めるトル コを筆頭に,クロアチア,ギリシャ,イタリア,
ポーランドが続く。
(8)2007年4月20日,E岨AD東京事務所Dりansen所 長とのインタビューより。
(9)「エラスムス計画(TheEuropeanCommunity ActionSchemefortheMobilityofUniversitYStudents:
ERASMUS」は,国際競争力向上のための人材交 流促進を目的とし,参加国は31カ国で,①学生・
教員の交流促進②教育プログラムの共同開発支援,
③ヨーロッパ単位互換制度:ECTSの導入を柱と する。
㈹ GlobalResearchHPwww・global−reSearCh.biz/
globstats(2007.9.3アクセス)
的 アモン[19?2:17]は,言語間のコミュニケーショ ンが異なる国家の成員間で生まれるなら,これを 厳密な意味での「国際コミュニケーション」と定 義している。また,そうしたコミュニケーション が一つの言語で起こる場合,その言語を「国際語」
(internationallanguage)としている。「国際語」と
「リンガ・フランカ」は同義で使用されることもあ る。
仕g) AufdemWegzurinternationalenIlochschulen
drittesAktionsprogrammdesDAAD2004−2010
㈹ EU全加盟国の公用語はEUの公用語の地位を得 ているが,EU理事会規則第1号(1958年4月15日)
により,各機関は職務で使用する言語(作業言語)
を規定できる。1言語(英語)のみ,または5言 一語を規定する一機関−もーあ音が「多−く−は英語;−ドイーツ
語,フランス語の3つである。
a4)http://m・auSWaertiges−amt・de/diplo/de/Auss enpolitik/Kdturpolitik(2007年8月25日アクセス)
06)独立国家共同体(GUS:GemeinschaftUnabhhgiger Staaten)とは旧ソ連の12カ国で形成された綾やか な国家連合体。トルクメニスタンが準加盟国に なったため,現在の正式加盟国は11ヶ国。
㈹ 詳細は6章で述べる。
仕1)ヨーロッパ言語共通参照枠組(CommonEuropean FiameWOrkofReferencefbrLanguages)は,言語能
力基準,言語学習・教育に関連するヨーロッパ共 通のガイドラインであり,1996年にヨーロッパ評 議会(CouncilofEurope)が策定した。ヨーロッパ 内のどこへ行っても言語能力を証明できることと,
多言語ともレベルを比較できることなどから,国 内外の就職活動で採用担当者が参照することが想 定される。
胸 現在の文化部局の名称は,文化・コミュニケー ション部局(Abtehlng蝕KidturundKommunikadon)
であり,そこに属する第600課(Refbrat600)が 対外文化教育政策の戦略と計画(Strategieund
Planung窺rausw云rtigeKultur−umdBildungspolitik)
を担当している。
仕9)BerichtderBundesregierung1967.DieSituationder
deutschenSpracheinderWelt・DeutscherBundestag・
Drs.W2344.30.11.1967
個 AuswartigesAmt1970・LeitsえtzeRirdieauswartigen Kul血・POhtik,Bonn
糾「広義の文化概念(eⅣeiterterKdm血e許i餌」とは,
対外政策で扱う「文化」を学術,芸術,思想など の狭い意味の文化に限らず,現代史や今日の社会 間凰 技術などにも広げた捉え方である。「パー トナー的協力(partnerschaftlicheZusammenarbeit)」
とは,一方的なドイツ文化の発信ではなく,相 手国との協議のうえ,共通する問題にも取り組 むという双方向の交流を指す。「分権的組織体制
(Mittlerorganisation−System)」とは,政策の所管 は外務省であり,政府の予算で政策が実施される が,実施段階では多くの仲介機関が携わるシステ ムで,事業の企画は現場の裁量が大きい。事業に 政治的影響力が及ばないよう留意されている[川村
2002:33]。
Czg)BerichtderBundesregierungderdeutscheSprachein def却ゐIt一週85TDeutsched3undestagDrsiO/3784「3T9i 1985
幽 Ausw云rtigesAmt2000.Ausw云rtigeKulturpolitik−
KonzeptlOn
糾 Ausw互rtigeKulturpolitik飽rdas21・Jahrlmndert・
DeutscherBundestag,Drs14/5799
㈲ 多言語主義(mdtu軸uahsm)が,特定の社会の 中で複数の言語が共存することを重視するという 考え方であるのに対し,複言語主義とは,個人の 言語体験の中で複数の言語知識やそれに付随する 文化が相互に関連・作用する点を重視するもので
ある。[国際交流基金,2005:38,237]。
e6)http://www・auSWaertiges−amt・de/diplo/de/
Aussenpolitik/Kulturpolitik(2007年8月25日アクセ ス)
帥 例えば,ドイツの文化や社会を研究するために は,英語よりもドイツ語で学ぶほうが適している。
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