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『介護漂流 認知症事故と支えきれない家族』
(山口道宏編著 現代書館)
斎 藤 やす子
星槎大学紀要(Seisa Univ. Res. Bul.)共生科学研究 No.12 156〜158(2016)
星槎大学共生科学部
「団塊の世代」(昭和22年〜24年生まれ)が75歳以上になる2025年には、都内の高齢者(65 歳以上)の4人に1人(315万人うち77万人)は要介護者となり、介護職員が3万6千人 不足するという。
著者はいう。ひとが老いて介護が必要になった時、その求めに応じ「在宅」と「施設」を行っ たり来たりできる条件はなく、そこに「迷惑をかけたくない」という気持ちから生じる気兼ね、
萎縮、遠慮があったなら、それは明らかに高齢者福祉施策の不具合を意味する。ひとが年を とることは罪なのか、必要とする家族がいなければ孤立するしかないのか。家族がいない世 帯が増えてくる時代に「在宅で老いる」とは何を意味するのか。「在宅介護」は何を目指すのか、
「在宅介護」の条件とは何か、と。
第1章では、本書のタイトルともなった「介護漂流 認知症事故と支えきれない家族」に ついて、認知症JR鉄道事故訴訟に最高裁が初判断を下した――家族責任なし、監督義務なし、
JR逆転敗訴――が確定するまでを、念入りな取材によって明らかにしていく。
2007(平成19)年12月、愛知県大府(おおぶ)市のJR東海道線共和駅で、近所に住む
91歳の認知症の男性が線路内に入り、列車にはねられ死亡した。男性には「認知症」があり、
ふだんは85歳の妻と嫁の二人が「在宅」の介護に当たっていた。この日、男性はデイサー ビスから帰宅後、三人でお茶を飲む。側にいた妻がまどろんだその時、男性は外出した。30 分後、嫁が男性の不在に気づき、近所を探すも見つからなかった。5時47分頃、隣駅の共 和駅で事故は発生し、男性は即死だった。上下34本の運休などで最大2時間1分の遅れが 生じた。JR東海は「当該家族が注意義務を怠ったから」と、遺族に損害賠償を請求した。
1審ではJR勝訴で720万円の支払い命令が下された。判旨によれば、家族の予見可能性 への認識不足ということで、「ヘルパーなどのサービスをもっと利用すべきだった」という。
賠償を求められた長男は「家族でやれることはすべてやってきた」と肩を落とした。「認知 症の人と家族の会」からも判決への怒りの声が寄せられた。「縛り付けておけというのか、
閉じ込めておけというのか、一瞬も目を離さずに行動を監視することなど不可能だ」と。
遺族は控訴した。
続く2審判決では「同居の妻には賠償責任 控訴審 長男への請求棄却」として妻に賠償 額が半分の359万円の支払いの判決が下された。「家族の会」からは1審と比べ「徘徊を防 がずJRに損害を与えたのは家族の責任」と断じた1審判決と何ら変わっていないことを指 書 評
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摘、「家族にとっては、裁判所が認知症の人と介護の実態に目をつぶり、二度にわたって家 族を責めたと感じる非情な判決」、と見解を発表した。
こうして、事故から9年たった2016年3月1日、最高裁は介護する家族に賠償責任があ るかは生活状況などを総合的に考慮して決めるべきだとする初めての判断を下した。そのう えで今回、妻と長男は監督義務者にあたらず賠償責任はないと結論づけ、JR東海の逆転敗 訴が確定したのである。
筆者は「本判決は画期的なものだった。」としながら、「24時間の見守りが必要な場合に はどんな体制が可能か」など、「ことの本質はJRと当該家族の個別の問題ではない」にも かかわらず、「社会的な介護体制への視座と成すべき方途への積極的な提言は持ち越された」
と批判する。なぜ、「在宅」で介護なのか、なぜ介護家族の負担が大きいのか、そしてなぜ、
結果として家族が責められるのか、は不問のままだと言及する。
本書は、この象徴的な出来事に始まり、在宅介護の現場にも広く取材し、在宅介護の現状、
ヘルパーの高齢化、高齢者の単身化といった「綱渡りな在宅」から「漂流する介護」の実態 に迫る。
「(うちに)帰りたいけど帰れない」「(施設や病院に)入りたいけど入れない」は、一見し て対照的にみえる両者だが、同根だ、と著者はいう。生活を支援するとはサービスの連続し た提供に他ならないが、前者は医療機関から在宅へ、退院後の生活面は「ご自身で」という 考え方である。しかし、我が国の在宅サービスは時間刻みの細切れ介護である。となれば家 族がいない「うち」への復帰はなおのこと不安が増幅する。
「介護でお宅を訪問するとき、とても時間を気にします。以前は1回の訪問が90分ありま したが、60分に。それがいまは45分ですから」と都内のベテランヘルパーがいう。2012年 からは、ヘルパーによる生活援助サービスの時間区分は60分から45分に単位を縮小してい る。15分の差は大きい。調理、掃除、洗濯、買い物など在宅生活の基礎部分を45分で支え るため、ヘルパーが作業項目を組みわせて担当する。「人の暮らしの支援にパーツごとでは おかしい」とケアマネは指摘する。
後者の「入りたいけど入れない」は、施設入居の待機である。介護保険法が改定され、
2015年4月から特養入所が原則として「要介護3以上」になった。ある政令都市の担当者は「い まですら当市で5,000人の待機者がいます。うち1,500人が要介護1もしくは2のかたです。
これら待機されているかたに制度が変わったのでもう入れませんと言えますか。」と声をあ げる。
入所待機と並行して「介護離職」の問題がある。無職で介護している人は226万人、働き ながら介護する人は290万人で、後者では「働き盛り」といわれる40代〜50代が170万人 と6割を占め、男性はうち4割である。男性の在宅介護者が増えているという。未婚者の増 加や頼れる兄弟が身近にいないことが背景にあると分析されるが、家族介護は無年金者をつ くらないか、介護者は気がつけば無年金や低年金をつくることにならないかと、社会構造の あり方を問うている。
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おわりに著者は、「在宅介護」の要件とは「介護の社会化」だから「家族依存を止めよ」
と指摘するも、同時に当該家族には「孤立しない、させない」ために以下の知恵袋を持つこ とを勧めている。
1.「家族の会」など介護するうえでの悩み、相談ごとなどを共有する場所を持つ。
2.積極的に医療・福祉の専門家に尋ね、相談し、知識、情報提供を得る。
3.なにより「閉じこもらない」ことが肝要。知識、情報、技術はすべて「外」にある。
私は現在、父を「在宅介護」中である。まさに渦中である。本書に出会ったことで、介護 についての不安は、介護についての無知と遠慮、孤独が引き起していることを痛感した。
――本書は介護に関わる煩雑、複雑な制度や介護保険、地域包括ケアシステムなどに関連 した今日的なテーマについて網羅し、それらの経緯を取材による実態を挙げながら解説して いることで、介護を担う家族や福祉を学ぶ学生にも役立つ。何よりそこから、私たちは尊厳 ある生活を保障するために自己決定できる環境づくりの一員であることの自覚と「世代を超 えた連帯」の重要性について知るのである。多くの人と共有したい、一冊である。