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教師の労働負担(5) : 研究枠組みの検討

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教師の労働負担(5) : 研究枠組みの検討

著者 千田 忠男

雑誌名 評論・社会科学

号 71

ページ 47‑165

発行年 2003‑08‑15

権利 同志社大学人文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000004442

(2)

教師の労働負担 ︵5︶

││研究枠組みの検討││

千 田 忠 男

目次

Ⅰはじめに

Ⅱ方法

Ⅲ調査結果の解析

Ⅳ結果の考察

Ⅴ結論

Ⅵ謝辞

Ⅶ資料1︑説明用テキスト

Ⅷ資料2︑調査票

Ⅰ は じ め に

これまでに筆者は教師の労働負担に関する調査研究を行い︑その結果から教育実践そのものの特性︑教育労働におけ

る本来的労働負担の存在︑教師の雇用関係の特徴︑教師の過重な労働負担の実態を説明し︑過重負担軽減の方策等を提

︵1︶案した︒その概要はつぎの通りである︒すなわち第一に︑教育実践そのものは︑端的にいって表現による指導と共感の

― 47 ―

(3)

活動である︒教師はその活動を通じて子どもとユニークな関係をつくるために教育実践の自由裁量性を最大限に活用し

ようとする︒教育実践は教師自身︑子ども︑保護者︑社会によって︑それぞれの評価規準にもとづいて評価される︒教

師はそれらを通じて教育実践の魅力と厳しさを実感する︒こうした事情によって教師は教育実践に全力をあげて努力し

ようとする︒その努力は教育実践における本来的な労働負担ということができる︒

第二に︑個々の教師は教育組織の一端に属して協同的に教育実践をすすめ︑教育組織に特有の課題も担う︒教育実践

における本来的労働負担に教育組織に由来する負担が追加される︒また︑教育行政と教育政策が教育実践そのものと教

育組織のあり方に影響を与え︑それが本来的労働負担を修飾する︒

第三に︑現代の教師は一般的に教育事業体に雇用され︑その際の雇用労働条件が労働負担を最後的に確定する︒現実

の教師は低水準の雇用労働条件によって過重な負担に直面している︒そのために過重な負担を軽減する方策が必要であ

る︒第四に︑過重な労働負担を軽減するためには︑雇用労働条件を改善し︑有効な労働安全衛生活動を展開することが

必要である︒

ところで︑以上のような筆者の説明と提案︵以下自説と略称︶が教師の教育実践および労働負担をどれくらい解明で

きているのであろうか︒この疑問を解くために︑経験豊かな現役教師の意見を知りたいと考えた︒また過重負担に導く

要因の詳細を明らかにして自説をいっそう展開したいとも考えた︒そこで︑自説が労働負担の実態をどれくらい説明で

きているか︑および負担要因の構造を明らかにする上で自説の不足するところは何かについて︑現役教師の視点から指

摘を得るという方法による調査を実施した︒本稿では︑このねらいから実施した調査結果を報告したい︒

これとは別に︑これまでの調査から教師の過重負担とりわけストレスは学校運営と管理職の動向に強く関連するので

はないかという問題意識をもち︑個々の教師のストレスと学校運営との関連を示す基礎資料を入手したいと考えた︒そ

こで︑この問題についての指摘も得る企画を追加した︒本稿ではこの結果についても報告したい︒ 教師の労働負担︵5︶

― 48 ―

(4)

これまでの調査によって︑教師が過重な負担に悩んでいる︑負担軽減策を緊急かつ確実に実施しなければならない︑

過重な負担を軽減するためには実効ある労働安全衛生活動が必要である︑などを相当程度明らかにしてきた︒しかし︑

労働安全衛生活動が実効ある内容で展開されているかどうか︑あるいはその活動が負担軽減の課題に結びついているか

どうかについては︑十分に明らかにしてきているとはいいがたい︒労働安全衛生上の諸問題はそもそも多彩なあらわれ

方をするのであり︑また発生基盤となる職場の状況が多様なことから対策も一律に実施できるわけではない︒問題の性

質や職場状況に合わせて対応しなければならない︒そこで職場ないしは事業所ごとに労働安全衛生委員会を設置して労

使で恒常的に審議する場をもうけることをはじめとする独特の活動が期待されている︒そうしたことを明らかにするた

めには職場の実情に詳しい教師から直接聞くことが重要になる︒そこで︑教育現場における労働安全衛生活

動の実態

を︑現役教師がどのように評価しているのかを明らかにするねらいもふくめた調査を同時に企画した︒本稿ではこの点

も報告したい︒

Ⅱ 方 法

現役女性教師を聴衆とする労働安全衛生活動に関する基礎講座を利用して︑講演会の参加者を対象にした調査を実施

した︒A調査の手順

調査はつぎの手順により実施した︒すなわち第一段階は︑自説をまとめて説明用テキスト素案を作成し︑同時に説明

の感想と学校運営の実態︑労働安全衛生活動の評価等の回答を求める調査票素案を作成した︒第二段階は予備調査と位

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教師の労働負担︵5︶

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置づけて︑説明用テキスト素案を用いて少人数を対象とした説明会をくり返した︒その時同時に調査票素案に回答を求

めた︒この経過を経て説明用テキスト素案と調査票素案を修正しつつ完成させた︒第三段階は本調査と位置づけて︑完

成させた説明用テキストにもとづいて講座で説明し︑同時に調査票に記入を求めた︒第四段階として調査結果を整理分

析し︑講座主催者側に意見を求めつつ解釈をすすめて考察を加えた︒

第二段階の予備調査は︑京都教職員組合から紹介を得た現職ベテランの小学校教師を対象に︑二〇〇二年六月から一

〇月まで八回実施した︒一回あたりの参加者は四名から二二名であった︒

第三段階の本調査は︑第一二回全国女性教職員学習交流会基礎講座の参加者約一〇〇名を対象として︑二〇〇二年一

〇月に実施した︒このときには約七〇分の説明と三〇分ほどの質疑応答ののちに︑約四〇分をあてて調査票に記入を求

めた︒その際に回答文を研究素材として用いる︑研究論文の一部として全文を紹介する︑研究成果を回答者に何らかの

方法で示したいなどと教示した︒

B予備調査の結果と傾向

予備調査で顕著に見られた傾向はつぎの通りであった︒第一に説明に対する理解については︑教育実践の自由や教育

実践にまつわる魅力と厳しさなどには共感しながらも︑過重な負担の最後的な原因が雇用・労働条件にあるとする部分

への共感は薄いので︑説明の仕方を変える必要があると判断した︒

第二に︑仕事がきついときとして子どもの状況が複雑になっている事情を強調する例が多かったので︑教育課題が困

難になっている事態を細分して検討することが必要であると判断し︑質問票における該当部分を新たに追加した︒

第三に︑学校運営と管理職の動向が労働負担の実態に複雑に影響しているので解析してほしいとする要望が強く出さ

れた︒しかしこれに対する筆者の用意がないのでまず解析素材を入手することが先決と判断し︑実態を指摘してもらう 教師の労働負担︵5︶

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ように調査票の構成を変更した︒

第四に労働安全衛生活動が法令で定める水準にも至らず︑過重負担に

対する有効な活動は行われていないことが明らかになった︒そこで︑労

働安全衛生活動に対する期待はなにかを問う形式の設問が有効であると

判断し︑調査票の構成を変更した︒

これらの傾向と判

断を加味して説明用テキストと調査票を完成させ

た︒C自説の説明と調査票

本調査における自説の説明は︑聴衆の手許に配付した説明用テキスト

に即してすすめた︒説明用テキストは︑教師が直面している過重な労働

負担︑教育実践の特徴︑教師の雇用関係︑過重負担理解の視点と負担軽

減の方策などからなっている︒調査票は回答者の属性︑説明の理解度︑

仕事がきついときの状況︑学校運営との関連︑労働安全衛生活動への期

待︑今後への期待の六項目からなっており︑自由記述文による回答様式

を多用した︒

説明用テキストと調査票の全文を本稿末尾に資料1および資料2とし

て示した︒

図表1 回答者の属性

通勤時間 平均値 33.5分 標準偏差 22.1分 最大値 90分

最小値 3分

1−15分 24

16−30分 16

31−45分 14

46−60分 11

61−75分 5

76−90分 3

不明 0

経験年数 平均値 27.8年 標準偏差 5.43年 最大値 37年

最小値 7年

5−9年 1

10−14年 1

15−19年 2

20−24年 12

25−29年 25

30−34年 25

35−39年 7

不明 0

年 齢 平均値 50.4歳 標準偏差 5.09歳 最大値 60歳 最小値 31歳

31−34歳 1

35−39歳 1

40−44歳 4

45−49歳 22

50−54歳 28

55−59歳 15

60歳 1

不明 1

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教師の労働負担︵5︶

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D回答者の属性と回答文の整理

調査票は七三名から回収できた︒すべて女性で︑年齢の平均値は五〇・四歳︑経験年数の平均値は二七・八年︑通勤

時間の平均値は三三・五分であった︒分布の詳細は図表1に示したとおりである︒

回収した調査票の回答文すべてを解析対象とした︒解析するにあたっては回答に最小限の補正を加えた︒また︑一つ

の記述でありながら内容的に二つ以上に区分できる場合には意味の通るかぎり区分して記載した︒したがって回答項目

は回答例数よりも大幅にふえることになった︒

回答文はできるだけ肯定的に解釈するように努めた︒すなわち表現の不十分さ︑一面性︑誤認識等があったとしても

その表現の背後に存在しているであろう意識状況を洗い出すように努力した︒というのは記述内容に対する弁明ないし

は補足的発言の機会が回答者に与えられていないからである︒

Ⅲ 調査結果の解析

調査票に記入された回答を︑﹁自説に対する理解度﹂︑﹁仕事がきついときの状況﹂︑﹁学校運営との関連﹂︑﹁労働安全

衛生活動への期待﹂︑﹁今後への期待﹂の順で解析する︒

A自説に対する理解

﹁講師の説明はわかりましたか﹂の設問につづいて︑﹁よくわかった︑少しわかった︑あまりわからなかった︑ほとん

どわからなかった︑なんともいえない︑その他﹂の六つの選択肢から選択する形式で回答を求めた︒その結果は﹁よく

わかった﹂とする回答が五四例︑﹁少しわかった﹂とする回答が一六例︑﹁何ともいえない﹂一例︑﹁その他﹂一例であ 教師の労働負担︵5︶

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った︒﹁その他﹂では﹁よくわかったが︑途中わからないところがあった﹂と付記していた︒

共感したところ

﹁講師の説明で︑とくに共感したところはありましたか︒また︑それはどこでしたか?﹂の設問につづけて﹁とくに

共感したところはなかった﹂と﹁とくに共感したところがあった﹂のいずれかを選択するよう求め︑後者の場合に﹁そ

れは︑たとえば﹂として詳細を自由に記述するように求めた︒

回答のうち七〇例が﹁とくに共感したところがあった﹂を選択して︑詳細を記述していた︒

そこで︑共感した内容を五つに区分して列記する︒すなわち︑第一に教育実践そ

のものの特性

︑ 評 価

︑ 魅力と厳し

さ︑自由裁量性を最大限に活用しなければならない事情︑第二に全力をあげることとオーバーワークとはちがうこと︑

第三にストレスや過重負担︑人間らしく働くための条件つくり︑第四に働き方の研究が必要︑第五にその他である︒ま

たそれぞれの区分内で小分類を示した︒回答には通し番号をつけて全文を引用した︒

教育実践そのもの︑評価︑魅力と厳しさ

教育労働の特殊性を強調し︑教育実践が物質的生産労働などとは違う点を指摘した論調に注目している回答が多く見

られる︒︵1︶子どもと教師の関係︒教育という仕事の特殊性︒

︵2︶教育という仕事の中身を理路整然と語ってくれたこと︒

︵3︶教育という仕事の特殊性︑物を生産し利益を追求する仕事とは︑質がちがうという点︑私もほんとにそう思います︒

︵4︶教育に利潤追求関係は成り立たないこと︑教師は子どもの前に立つときはいつも教育実践を遂行していることになる等︒私

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教師の労働負担︵5︶

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たちの言いたいことを︑研究をもとに言って下さっていてうれしく思いながら聞いておりました︒

︵5︶工場の仕事で物をつくっているのと︑生きた人間を目の前にして︑自分の能力を精一杯発揮して︑子どもたちの発達欲求に

答えようとしている仕事への向き合い方︒工場の仕事とはちがうと一言で言っても︑教師仲間以外の人には理解してもらえな

いが︑先生の分析で︑自分自身もすっきりしました︒

ここで興味深いことは︑他の労働特性と比較する際に工場労働を取り上げていることである︒また︑利潤追求の有無

にも注目している︒

しかし実際に見られる各種労働形態の特性は非常に多彩であり︑工場労働︵あるいはその中核であるライン労働︶か

ら教育労働の間にもさまざまな要素が複雑にからみ合った多様な労働形態がある︒また利潤追求についても多様な形態

が存在する︒そうした多様な形態に対して︑回答者は総じて目配りが十分ではないという印象を受ける︒そのことは︑

上記最後の指摘︵回答番号5番︑以下同じ︶が懸念するように︑教師仲間以外の人に理解してもらうためには教師の側

が教師以外の仕事を理解しなければならない︑という単純なことわりにてらしたときに問題となるであろう︒

教育実践の核心は子どものニーズに対しておこなう表現を主とする指導と共感の活動である︑という部分に注目して

いる指摘も多く見られる︒

︵6︶教育実践とはどういう活動か︑子どもとの信頼関係で成立しているということ︒他にもいろいろありました︒

︵7︶教育労働のメカニズム︵本稿末尾﹁資料1﹂の図表8︑教師の働きかけと﹃子どもの目線﹄︱千田︶について︑わかったよ

うな気がする︒

︵8︶教師の労働図1︵﹁資料1﹂の図表8︶はまったくすっきりしてよくわかりやすい︒子どもとの信頼関係なしには教育は成り

立たないのです︒

︵9︶教師は子どもとの間に共感信頼関係を構築するということ︒お互い︑ひとりの人間として認め合い︑信頼する中で種々の活

動︑学級運営等が︑スムースにすすむと思うからです︒ 教師の労働負担︵5︶

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また対象者との間の感情活動を理性的にコントロールする課題について注目する指摘も見られる︒これは︑いわゆる

ヒューマンサービス労働分野に特有の事情であり︑これは易しいことではなく︑いわゆる燃え尽き症候群発症のもっと

も基礎的な要因をなしていると考えられる︒

10︶教師と生徒とのつながりをつくる理性と感性の両面を教師自身がコントロールしなければならない事︒

11︶教師と子どもの関係は信頼と共感の関係の部分をお聞きしながら︑理性で自分自身をコントロールしながら日々︑子どもと

接しているんだと自覚しました︒年をとると信頼関係がスムースにいっているクラスとそうでないクラスとが見えてきます︒

感情をコントロールするのが若い教師にはむずかしいようで︑そのあたりを同僚としてアドバイスしていきたいと思います︒

教育実践における表現活動の特性に注目する指摘も見られる︒

12︶教師は二重化の二重化が必要︒教師の仕事のきびしさ︒

13︶教育実践そのものの︑表現による共感と指導のところです︒障害をもつ子ども達と接していると︑ことばでの表現よりも表

情やからだであらわす思いを︑いかに正確に受けとめ︑それを言語化して子どもに返していくことができるのかが︑いつも問

われているように思います︒その感性をいつも正常に働かせるためには︑疲れていてはできないことであるとも感じています︒

子どもの気持ちがわかったとき︑それを感じてくれる子どもの表情を見たくて仕事をしていると思います︒

これらの意見に追加すれば︑教育実践は表現活動でありながらも指導と共感を重要な柱にすることによってコミュニ

ケーション活動一般から区別される︑と考えられる︒

子どもと教師の関係はユニークな︵世界に一つしかない︶もので︑そのために教育実践の自由裁量性を最大限に生か

さなければならない︑という部分に注目した回答例も少なくない︒

14︶教育活動のユニークな労働︒

― 55 ―

教師の労働負担︵5︶

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︵ 15︶人間関係をつむぐユニークさ︒だからこそ教育の自由裁量が成されなくてはいけないこと︒

16︶子どもと教師がつくる関係は世界にただ一つしかない関係なのだ︑そこに魅力もありきびしさもあるということ︒

17︶教師と子どもの関係は発達要求のある子どもたちの発達を保障するために︑世界でたった一つのユニークな関係をつくって

いくことである︒そのために教育実践の自由が保障されなければならないということ︒

18︶﹁教育実践とはどういう活動か﹂という図1︵﹁資料1﹂の図表8︶についてお話しされたことがとてもスッキリと心に落ち

ました︒また最後にお話しされたように︑その教師と子ども達とのユニークな関係をこわそうとする大きな力の動きが教育全

体をだめにしていると心から感じました︒

教育実践の自由裁量性を最大限に生かすためには教育組織が自治的に運営されなければならないとする提案に対し︑

管理教育に対抗する視点から共感をよせる意見も見られた︒

19︶教育実践の自由をいうなら︑その組織は自主的に運営されなくてはいけないこと︒

20︶教育はユニークなものである︒自主裁量で全力投球する職業に︑おしつけは合わない︒

21︶教師の意識が世界に唯一の人間関係をつくるところに独自性があり︑何ものも抑制できない範疇であるということ︒管理的

教育がすすめられるなか︑勇気を得た︒

22︶教師の仕事は自主的な実践︵自由であること︶だということ︒それを考えると︑現在押しつけられている指導要領にもとづ

く教育内容・指導方法やさまざまな調査や取り組みそのものが大変なストレスです︒

23︶私たちの仕事の実践部分︒とりわけ︑子どもとの関係における活動のこと︑唯一のユニークな活動という点について再認識

した︒そこには行政であっても立ちいることが出来ない︑実践上の自由があるということの誇りを感じる︒まわりからのさま

ざまな制約でこの自由裁量の部分が真に自由でないと感じた時のストレスはたいへん大きい︒

24︶最大限に﹁自由裁量﹂であるべきなのが教育実践の姿だということから︑学校の運営は自治的にやるしかないということに

結びつけてもらったことです︒よく﹁学校の常識は世間の非常識﹂と言われます︒自分でもそう思う部分もあるけれど︑なん

か違うなあ︑でも反論できないということがしばしばあります︒きょうのお話を聞いて胸がスッとしました︒ 教師の労働負担︵5︶

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これらの意見に追加すれば︑ユニークな関係をつくりあげるためには︑教育実践の自由を保証させるだけではなく︑

自由裁量性を最大限に活用するために教師は全力で努力しなければならない︑ということである︒ここに教育実践の魅

力と厳しさがある︒

したがって︑教育実践の﹁魅力と厳しさ﹂を感じとって全力で努力するという論調について共感をよせる指摘も多か

った︒︵

25︶教師と子どもの関係︒全力投球するという本当の内容︒職員室は仕事の場︒教育実践の厳しさ︵身にしみて︶︑他ほとんど︒

26︶教師の労働︵教育実践︶の特色︱﹁魅力と厳しさ﹂というところです︒結構長く教職にある中で

厳しさ の部分を意識す

ることがややうすれてきたことに気づかされ︑衿を正さねばと思いました︒

教育実践に対する評価が︑異なる主体すなわち教師自身︑子ども︑保護者︑社会によって︑それぞれの評価基準にも

とづいて行われること︑そこから情報公開と真摯な討論が必須であることも強調した︒つぎの回答が見られる︒

27︶実践結果の評価︒

28︶評価者四者から評価されている︒

29︶教師・子ども・保護者・地域それぞれが評価する権利があり評価基準が違うということ︒

30︶教育実践に対する評価で四者から評価があるが︑それぞれ評価基準がちがう︑ちがって普通︒

31︶評価は四つある︒今なされようとしている人事考課が教師の自信をつぶすものであること︒

32︶実践への評価についての複雑な問題︑そのズレがストレスに大きくかかわることの問題解決のむずかしさ⁝︒この解決でネ

ックになる自信が自己満足といわれようとも︑教師が教師としてよって立つプライドにかかわるから︵プライドは責任感をと

もなっている意味で使いたいと考えていますが︶︒

説明ではさらに︑教育実践を評価する﹃教師自身﹄も教育組織を構成するかぎりでの当の本人と教育組織を代表する

― 57 ―

教師の労働負担︵5︶

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管理職に分裂して︑両者の間でも評価が異なる場合もありうると強調した︒しかし︑この点にふれる意見は見られなか

った︒

教育労働の特殊性を生かすために教育条件︑労働条件を良好な水準にしなければならないとする意見も少なくなかっ

た︒︵

33︶教師が生徒のニーズを受けとめて指導することと︑信頼︑共感を達成するための条件が︑労働条件と基本︵学級定員︑持ち

時間︶の教育条件︒

34︶教師の仕事はユニークな仕事だということ︒子どもとの間に世界に唯一の関係をつくるということ︒今クラスは三八人︵一

学期は三九人︶です︒果たして︑三八人とのあいだに信頼︑共感の関係をつくることが出来るでしょうか?やっぱり︑今の四

〇人学級を変えなくてはできないと思いました︒

全力の努力とオーバーワーク

教師の多くは︑現実には過重な負担になやんでいる︒ここでジレンマに直面する︒

もし過重負担が教育実践に本来的につきまとうものであるならばいわば宿命として受け入れるほかなく︑教師をつづ

けるかぎり過重負担に悩みつづけなければならない︒そうではなく︑解決できる他の原因によって生じているならば︑

その原因を解決するという見通しを持つことができる︒この問題をどのように解くか︒これに対して筆者は︑教育実践

の時々刻々に全力で努力することと︑過程全般を自己犠牲的な努力でしのいでオーバーワークになることとは違うとい

う考え方を示した︒この点に注目した回答が多かった︒

35︶全力投球とオーバーワークのちがい︒

36︶オーバーワークと十分な努力のちがい︒

37︶全力投球とオーバーワークはちがうということ︒ 教師の労働負担︵5︶

― 58 ―

(14)

︵ 38︶教師の全力投球とオーバーワークは違うということ︒

39︶﹁オーバーワーク﹂と﹁全力をあげて努力する﹂は違う︒

40︶オーバーワークと全力をあげて努力することとは違うという話︒

41︶オーバーワークと全力での教育実践とのちがいは︑納得できた︒

42︶オーバーワークと全力をあげて努力することがイコールではないということ︒

43︶オーバーワークと全力とのちがい︑あいまいになっているところがすっきりした︒

44︶﹁オーバーワークを重ねる﹂ことと﹁全力で教育実践に立ち向かうこと﹂とは違うということ︒

45︶全力投球するということとオーバーワークはちがう︑ハッキリと区別しなければいけないということ︒

46︶オーバーワークと全力投球とは違うというところが納得できない部分もあったが︑最後のまとめのお話でよくわかりました︒

47︶全力をつくすとオーバーワークとの関係︑目からウロコでした︒全力をつくしながらきょうのボチボチ⁝の気持ちを忘れず

にやっていきたい︒

48︶全力投球することとオーバーワークになることの違いについて︒同じで連続性があると思っていたが︑その違いについてわ

かりやすく説明してくれたこと︒

日常的にオーバーワークを迫られるとするならば︑その原因は劣悪な労働条件であると強調したが︑その点に注目し

た指摘も見られる︒

49︶オーバーワークは劣悪な労働条件から︒

50︶オーバーワークについて︑劣悪な労働条件のこと︒

51︶オーバーワークと全力をあげることは違う︒労働条件の劣悪さ︒

52︶全力投球がオーバーワークになるのは︑労働条件が劣悪だからである︒

53︶オーバーワーク︵劣悪な労働条件︶と教育実践の全力投球は違うこと︱新しい見方︒

54︶全力投球をするのは教師の宿命︑オーバーワークは労働条件問題と区別すること︒

― 59 ―

教師の労働負担︵5︶

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︵ 55︶オーバーワークと全力投球は違う︒オーバーワークは劣悪な労働条件から生まれるということ︒

56︶全力でやることが本来で︑オーバーワークは劣悪な労働条件からくるという話も全くその通りだと思いました︒

57︶教師の労働の特性として子どもとの関係で︑全力投球する特性があるということ︒それならばオーバーワークになるのは教

育・労働条件に問題があるという明快な答え︒

58︶ 日々全力で教育実践に立ち向かう

それは教師の普通の姿だが︑自己犠牲的な努力と劣悪な労働条件がオーバーワークにつ

ながるという話︑まるで私の生活そのものだと思いました︒

59︶﹁図3合法則性の破たん﹂︵資料1の図表

10︑合法則性の破たん︱千田︶の

の状態︑特に

について︵個々人が犠牲的

な努力を尽くして︑教育実践の合目的的側面がかろうじて合法則的に展開されているとき︱千田︶は実感もある︒

60︶子どもたちのためにということで︑全力で仕事をしている︒たとえば給食の時間を五︱一〇分で終え子どもの作文にコメン

トを入れたり︑ひとり一人にひと言ずつ連絡帳に書いてあげたりする︵特に一年担任の時など︶︒

61︶オーバーワークと全力投球は違う次元の問題であるということ︒時々︑自分勝手にやっている仕事︵本人は大切と思ってい

るが︶を︑人にさせられているようにいう人がいて﹁違うな﹂と思っていた︒あやふやさがはっきりした︒

62︶オーバーワークと全力で仕事することのちがい︒授業の準備で勤務時間がのびてもあまり苦になっていません︒でも︑時間

数を三年前にさかのぼって計算させられたり︑四月に四領域︵福祉・環境など︶の年間計画を出さされたりして仕事をするの

はとても疲労感がつのります︒二五人学級のときは時間内に丸つけも終わりました︒三七人ではいつもつみ残しています︒

オーバーワークによる悪影響がでるので︑改善の方向も考えなければならないとする意見も見られる︒

63︶オーバーワークは重大な結果をまねく︒

64︶オーバーワークは劣悪な労働条件で起こる︒授業時間を減らすように世論に働きかけよう︒

65︶全力をあげて努力する子どもとの関係と︑オーバーワークとのちがいを一人ひとりが考えなおして整理すること︒労働条件

の改善とオーバーワークの点の関係︒

66︶オーバーワークしている同僚に対して管理職から配慮するよう申し入れ︑それを業務日誌に書き入れるようにさせること︒ 教師の労働負担︵5︶

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︵ 67︶オーバーワークと全力をあげて努力をすることの違いを話されたこと︒自分の考えを︑認められた気持ちになれた︒労働条

件がよくなれば︑全力で仕事をしてもオーバーワークにはならないことがわかった︒

68︶全力投球とオーバーワークは違うこと︒具体的な日常の仕事の中で考えてみなければと思いました︒オーバーワークになら

ないような児童数︑担当時間︵授業︶のことなど︑説得力のあるデータを早くほしいと思います︒

69︶自分の働き方を客観的に見て整理はできたが︑ではオーバーワークをどうそぎ落とすか︑とてもむずかしい︒ディスクワー

クの教材準備や研究︑対生徒との触れあい︵指導︶の他に夜﹁先生助けて⁝﹂とか学校での訴えに対する対応︒この労働︵?︶

の部分は断れない︑代われないものだと思うので︑先生の言うことはわかったけれど︑一歩進めない︒

この最後の意見︵

69番︶は﹁オーバーワークをどうそぎ落とすか︑とてもむずかしい﹂と述べている︒これに対する

筆者の説明は﹁展望は実態の中にある﹂というものであった︵﹁資料1﹂E項2小節

︶︒オーバーワークは現実的で平

凡な理由によって発生しているので︑原因を特定して効果的な対策を順次重ねるほかないからである︒この単純な事情

が実現しにくいところに教師の労働負担問題の複雑さがあらわれていると考えられる︒

ストレス・過重負担︑人間らしく働くために

教師は実際には過重な負担にあえいでいること︑深刻なストレスと蓄積疲労によって過労死の不安が生じているこ

と︑過労死の発生要因を考えるときは働き方にも注目すべきであることなども強調した︒回答では︑過重負担とりわけ

深刻なストレスの原因とその影響に注目した意見が多く見られる︒

70︶過重負担は重大な結果をまねく︒

71︶精神的ストレスがやめる一番の理由︒

72︶ストレスの原因について話していただいたところがその通りだと思いました︒

73︶過重負担は重大な結果をまねくということ︒それが︑教育実践と教育事業に影響がでる︒

― 61 ―

教師の労働負担︵5︶

(17)

︵ 74︶教育活動の本来的な労働負担に加えて本来的でない負担や教育政策が負担増大させていること︒

75︶過労死事例の一般的な規則性︵資料1の図表

13︑過労死事例に見られる一般的な傾向︱千田︶はわかりやすいと思います︒

76︶長時間労働には耐えられるが︑精神的ストレス︵人間関係︶に耐えられないでやめたいと思うようになるという話︒

この最後の意見︵

76番︶は︑人間関係の破たんによってもたらされるストレス状態が教師にとってはきわめて深刻で

あることを示すものとして︑注目される︒

過重負担とりわけ深刻なストレス状態から脱却して人間らしい教育労働を願望しなければならない事情を説明した

が︑その点にふれる回答例も多かった︒

77︶過労死を防ぐための道筋︒

78︶ 人間らしく働きつづける!

ということ︒

79︶人間関係破壊による精神的ストレスには﹁いやし活動﹂が必要であること︒

80︶人間関係のストレスは毎日感じながら生活しているが︑それを話せる仲間がいることで落ち込まないでいられる︒

81︶ もっとも強烈なストレスは人間関係が破壊されたと感じるとき⁝

︒むずかしい生徒との対応がつづいても他の教員と協力

して︑相談しながらやれる時はさほどのストレスに感じないでつづけられる︒︵私は養護教諭なのでクラス担任と協力し合える

関係がないと生徒を間において特にうまく対応することができにくい︶︒

過労死予防にむけて︑安全配慮義務違反を主張する意義にふれた回答も見られる︒

82︶﹁安全配慮義務違反﹂について︑これはできます︒

83︶過労死︑過重になっている職員がいる時に私達が校長に対してすべきこと︒

84︶気くばりの労働安全衛生の大切さという点についてよくわかった︒組合として運動としてやることと︑ひとりでもやれるこ

とがあること︒ 教師の労働負担︵5︶

― 62 ―

(18)

︵ 85︶過労傾向にある人のことを︑管理職に﹁援助せよ﹂と言い︑業務日誌に書かせるとか︑他の人が支援していく様︑声かけす

ること・職場同僚の人間関係の崩壊が一番ダメージを与えるとか︒

86︶﹁︵資料1の図表

13︑過労死事例に見られる一般的な傾向︱千田︶﹂︒過労死予防のための校長交渉の際に︑校長の

業務日誌

に要求があったことを書き入れてもらうこと︒これからは目の前で書き入れてもらおうと思いました︒

説明で︑ひとつのありうる例として︑過労死の危険が迫っているような働き方をしている事態を眼前にしたとき管理

職に﹁ただちに安全配慮義務を果たしてください﹂と緊急避難的に応援の手配をとるよう要請し︑さらに︑要請があっ

たことを業務日誌に書き留めるよう求める︑という提案をした︒これらの意見は筆者のこの提案にふれたものである︒

働き方の研究が必要

オーバーワーク︑過重負担︑ストレスなどは実際の働き方に強く関連するので︑働き方を教育条件と労働条件に結び

つけて調査研究しなければならないと強調した︒そうした課題の研究が必要であるとする点に共感をよせる意見も多か

った︒︵

87︶教師が雇用されること︒労働条件と組合の関わりが今さらながらに考えることができました︒

88︶教育実践について深く研究されている点︒現場の教師の声を吸収する点はとても頭が下がります︒

89︶先生の研究も進めていただきたいですが︑教師自身がもっともっと科学的に理論的に議論していかねばなりませんね︒

90︶労働研究の分野で︑教員の分野に踏み込んで調査研究をしていただき︑ありがたく思います︒よりいっそう研究をおねがい

します︒

91︶私達が置かれているいろんな勤務条件を非常に科学的に分析して受けとめられている研究姿勢に共感できた︒今まで︑感覚

的でややあいまいの所もある︒

92︶教師の仕事︵特に小学校︶の特徴について︑理論的に話を展開されあらためて︑自分のやっている仕事の意味を整理できた

― 63 ―

教師の労働負担︵5︶

(19)

こと︒小学校教師について︑理解と共感をもち︑よりよい状況をつくるために研究されている先生︵強い味方︶がいることを

強く思いました︒

ストレスをはじめとする過重負担を︑教育実践の遂行過程に分け入って吟味して︑教育実践で発揮する能力の限界を

リアルに見て︑雇用される関係をも加味して仕事を合理的に設計するという研究枠組みを強調した︒この構造が理解さ

れていると判断できる意見である︒

また︑研究の具体的な課題にふれる意見も見られる︒とりわけ︑一クラスの子ども人数を適正に配置する点に関する

研究を求める意見が強く示されている︒

93︶子どもの数︵一クラスの︶を科学的に決定していくこと︒

94︶労働条件をととのえるということで一クラスの人数など科学的実証が必要であること︒

95︶教員の仕事内容の特殊性︒まだ仕事内容が科学的に解明されていないこと︵何人が適正か︶︒

96︶三五人学級要求等︑具体的な実験などをして科学的に数値を出していったらいいということ︒

97︶教師の労働条件を科学的に研究し裏付けをだす必要性があるところ︒﹁例1︑クラスの子どもの数﹂など︒

98︶空間的にみた過密性を示すためにクラスの生徒数を︑人間の能力の限界からみた上限以下にしなければならない︒四〇人も

一クラスにいるととてもきちんとした指導できない︒︵学力差も激しい︶予算との兼ね合いもあるので︑せめて三五人にしてほ

しい︒先生も言われましたが︑科学的に何人が適当かとの研究をだれかにやってほしいものです︒

この最後の意見︵

98番︶に追加すれば︑クラスの適正な人数を労働科学的に吟味するとき︑労働能力と遂行過程から

みて﹁適正な上限を定めることができる﹂ことに留意しなければならない︒しかしながら︑適正な上限を労働科学的に

検討した研究が見あたらないことも事実である︒

労働条件とりわけ長時間労働の原因を研究するように期待する意見も見られる︒ 教師の労働負担︵5︶

― 64 ―

(20)

︵ 99︶﹁適正な授業時間は午前中でしょう﹂ということなどです︒

100︶持ち帰り仕事を持ち帰り仕事と確認するのがむずかしいという点︒

101︶私達の労働条件は教育条件に直結する問題なので︑労安法を武器にして︑運動を進めていく方法をさぐりたいと思いました︒

102︶超過勤務をせざるを得ない理由︒それを減らしていくために︑やはり︑とことん議論していく必要があることを特に最近感

じ考えていました︒

ここで示されている研究課題を列記すれば︑一クラスの適正人数︑教師の労働条件︑授業の適正な持ち時間数︑持ち

帰り仕事の正確な把握等である︒

その他

103︶議論のスキルの重要性︒

104︶議論のスキルを身につけなければならない︒

105︶うーん︑やはり大学の先生との差は大きい︒

106︶一七歳一八歳は親にたてつくのが仕事︒おしめをかえてやったんだぞ!

この最後の意見︵

106番︶は︑説明として﹁仕事とは一般に︑その人のおもいを傾けて継続する活動という性格をもっ

ている﹂と述べ︑そのたとえとして︑子どもは思春期以降に親に反抗するが︑それも子どもなりに必死の活動であると

説明したことに由来している︒

疑問に思うところ

﹁講師の説明で︑疑問や納得できないところはありませんでしたか?また︑それはどこでしたか?﹂の設問に対して

― 65 ―

教師の労働負担︵5︶

(21)

﹁疑問や納得できないところはなかった﹂と﹁疑問に思うところがあった﹂のいずれかを選択して︑後者の場合に﹁そ

れは︑たとえば﹂として詳細を自由に記述するように求めた︒回答のうち﹁疑問や納得できないところはなかった﹂が

二七例︑﹁疑問に思うところがあった﹂が二五例であった︒

﹁疑問に思うところ﹂の記述内容については︑つぎの七つに区分して以下に列記する︒すなわち︑第一に教育実践そ

のものの特性︑評価︑魅力と厳しさ︑自由裁量を最大限に活用しなければならない事情︑第二に全力をあげることとオ

ーバーワークとはちがうこと︑第三にストレスや過重負担︑人間らしく働くための条件つくり︑第四に教育事業と雇用

関係︑第五に学校運営と管理職の動向︑第六に展望と科学的研究︑第七にその他である︒

教育実践そのもの︑評価︑魅力と厳しさ

教育実践そのものに関連する疑問をみると︑教育実践の評価に関する部分に集中していることが特徴的であった︒

107︶教育評価のあり方について︒

108︶教育の成果はすぐ目には見えないもの︒物つくりとちがってそれを評価できるものなのでしょうか︒評価するならば︑どの

ように考えているかということと︑どのように指導したかというだけの結果では︑個人を評価できないと思うのだが︒

109=︶障害児学校の場合︑教育活動介護となってしまいがちな面もある︒それと教育活動の中味として意味づけしていくこと︒

子ども達とのユニークな関係づくりのために︑医療︑介護︑保育の側面もとらえていかなければならないと考えています︒こ

れからも私達の課題だとは思っています︒

オーバーワーク解消の道筋

先に見たように︑教育実践に全力で努力することと自己犠牲的な努力でオーバーワークになることとは違うとする点

に共感したという回答例が多かった︒しかしさらに踏み込んで︑オーバーワークを解消する道筋や教育政策との関わり 教師の労働負担︵5︶

― 66 ―

(22)

などについて︑多くの疑問が出された︒

110︶全力とオーバーワークの違い︒最後にオーバーワークは労働条件が悪い所で︑とあったが︑私は全力というのは個人差があ

ってもお互いに共感できても︑オーバーワークは個人差がわかりにくいものと感じる︒

111︶働き過ぎが体によくないとわかっているのに︑セーブできない私達の現実がどこから来ているのか︒人間としてのきまじめ

さ?ガンガンやるのが快感?つまり︑自分で何ていい教師なのだろうと自分に酔っているのかな︒

112︶全力投球とオーバーワークの関係は労働条件の劣悪なところというのは理論ではわかります︒でも今は︑労働条件が劣悪な

のでオーバーワークにならざるを得ない実態を全力投球との関係でどう見て実行すればいいのでしょう︒

113︶オーバーワークは劣悪な労働条件から来ることは納得︒ただし︑自らの意志での全力投球ではなく︑大きな枠組みをつくり︑

教員にも子どもにも過剰な個人競争を強いるシステムに組み込まれてきている部分の分析が足りないように思う︒業績を求め︑

個人あるいは学級学校︑市町村そして県単位での数字上の競争が強いられる中にあって︑内からわきでた全力投球ではない部

分がひろがりつつあるのが実情である︒

114︶即効薬はないと知りつつ︑オーバーワークを減らす具体的な手だてはまだこれからだとおっしゃられましたが︑ぜひ現場の

においがそのまま伝わるような手だてが見つかりましたらお教え下さい︒仕事はみんなで分担したらいいのですがね⁝︒どう

してもできる人に集中してしまいます︒

できないやつにはやらせない

というのではなく︑やらせるのが管理職だろう⁝等と

思ったりすることが最近多い︒だいたい

できないやつ

が管理職になっているからこうなるのです︒劣悪な労働条件は無能

な校長・教委がひいては国がつくるのです︒

これらの意見に共通することとして︑今すぐにオーバーワークを解消したいとする要求が強烈で︑解消の道筋を熱心

に模索していることである︒また

110番の意見では﹁オーバーワークは個人差がわかりにくい﹂として︑それを推測する

手がかりは何かという問題を提起している︒いずれも注目すべき意見である︒

― 67 ―

教師の労働負担︵5︶

(23)

ストレスや過重負担︑人間らしく働くための条件つくり

過重負担や深刻なストレスというが︑その事態を正確に把握することは容易なことではない︑働き方と心身の不調と

を結びつける深め方が不足しているという意見も少なくなかった︒

115︶過労死をつかむというのが︑同じ職場にいてもとてもむずかしいと思いました︒

116︶ストレスって人間関係とか理由が言い切れる場合に︑何となく気が重いとかいう風に表れたとき︑それはストレスとして症

状にでているのか?モヤモヤもストレスになっているのか?

117︶︵過労やストレスの︶解決策にアロマテラピー︵いやし︶の方法があるのも加えてほしい︒また︑寝る前に自分で自分をほめ

るもう一人の自分が自己のフルネームで﹁○○さん︑今日一日よくがんばったね︑○○さんえらいよ﹂とかそういう方法もあ

る︒

ストレス︑過重負担対策の具体的なイメージを求める立場からの疑問も多く示されている︒

118︶疑問ではないですが︑もっと労安法を職場に根付かせていく具体的な話が聞きたかった︒

119︶過労死を予防する手だて︑について管理職だけでなく同僚も大きな責任があるということをもう少し具体的に聞きたかった︒

120︶﹁仕事の面で危険な状態にある人に対して有効な支援︑応援をフォーマルに組織しないのは安全配慮義務違反である﹂という

点についてもう少しくわしくうかがいたかった︒危険な状態という認識が私のものとは違っていた︒私の学習不足を感じたの

で︒

121︶過重負担について︑具体的な﹁緊急対策﹂はなんでしょうか︒現場の声をきいて何かお考えやヒントがあれば︒特に京都は

兵庫より高学年でも専科教員がいなくて中間管理職が兵庫より多いようにきいています︒そのことが若年者や早期の退職者が

多かったり︑現職死亡が多発したりすることと関係あると思います︒

122︶管理職に安全配慮義務について指摘し要請があったと業務日誌に書いてもらうというのは﹁あっ︑そんな方法があったんだ﹂

と新鮮でしたが︑これから人事考課がすすむ中︑そうされてはつらいと本人が思う場合が多いのではないでしょうか︒なぜな

ら仕事山積みの人に対し﹁あの人はヨウリョウが悪い﹂﹁力量がないからいつもバタバタしている﹂という見方もあるからで 教師の労働負担︵5︶

― 68 ―

(24)

す︒

この最後の意見︵

122番︶についてみれば︑過重負担は教師の生理的心理的余力が少なくなっているときに発生しやす

いという事情をみないで︑教師の教育的力量がないから生じるのだと主張する管理のあり方を指摘している︒さらに吟

味しなければならない重要な課題である︒

労働条件をめぐる共通理解に関する疑問も示されている︒

123︶他の職種︱小学校のみでなく︑中︑高︑障害児学校︑特に宿直勤務をしていて過労死をした寄宿系職員︵教員・指導員︶の

ことにもふれて欲しかった︑範囲がせまい︒

124︶教師の場合︑労働負担などの一般的水準を考えるとき︑能力回復︑能力向上をする時間も労働時間になると思うし︑次の仕

事の準備に要する時間も労働時間になると思う︒

125︶教員が職員室にいる時間︱手まち時間という位置づけでしたが︑ちがうと思います︒職員室にいる時間は︵子どもにとって

のやすみ時間や下校後︶プリントや宿題の採点や職員の打ち合わせや会議をする時間︵小学校の場合︶︒

126︶私達の労働が世間に知らされていないのは私たちのせいではない︒労働基準法も労安法も守られず︑働かされている︒頭の

中には常に教育実践の相手である子どものことがあるので︑賃金も含めて働かされ方まで考える余裕がない︒休憩がとれない︑

息をするのも忘れる程など⁝どうやったら世間に分かってもらえるのですか︒

127︶話の内容についてはうなずけるものであったが︑現実の直面していることとの間にギャップを感じました︒八時間の時間を

すごす場所は教室であり職員室であるのですが︑休憩室・休養室が設置されていません︒労働基準で︑このようなことが許さ

れるのでしょうか︒また︑休息・休憩がしっかり保障されていません︒これらは教育の特殊性ということで片づけられてしま

っているように思います︒大きな問題だと思うのにたたかうことができないはがゆさを感じています︒

最後の意見︵

127番︶に追加すれば︑これまで︑教師の過重負担は教育実践の特殊性から生じるのだから宿命として受

― 69 ―

教師の労働負担︵5︶

(25)

け入れなさいという主張が強かったと考えられる︒それに対して筆者は︑まず教育実践の特殊性を示し︑つぎに特殊性

を生かすために労働条件を改善しなければならない事情を明らかにし︑最後に特殊性にかかわりなく︵それを超えて︶

労働条件を向上させなければならないという順序で説明した︒しかし現実には︑

127番の意見に見られるごとくに︑休憩

室もなく︑休息休憩時間の配慮もなく︑労働基準法違反がまかり通っている︒これは﹁教育の特殊性ということで片づ

けられて﹂はならないのであるが︑実際には教師の相当部分がそうした主張に巻き込まれていると指摘している︒深く

吟味しなければならない重要な課題である︒

教育事業と雇用関係

教師の労働条件を考えるときに︑教師の雇用関係と雇用労働条件︑雇用関係から生じる指揮命令権と教育組織の自治

的運営との関係などについて︑十分な吟味が必要であることを強調した︒それについての疑問が示された︒

128︶﹁雇用労働関係﹂という意味がよくわからなかった︒

129︶﹁教育事業﹂ということばは︑どうしてもなじめない︒教育は﹁事業﹂でないと思っていますので︒

130︶雇われている以上働くもの同士の協同と対立があると言われましたが︑﹁対立﹂は困難な問題と思います︒﹁対立﹂が人間関

係を巻き込むと悲劇になります︒往々にしてそうなりがちです︒議論のスキルの習得とともに︑根本的に日本人の持っている

対人感覚にある弱点︱意見の違いを人間の否定につなげる傾向を︑克服して行かねばならないと思うときがあります︒

これらの意見については相当に考えさせられる︒まず︑教師が雇用関係のもとで働くかぎり労働組合を結成する意義

があると説明しているが︑

128番の意見から見る限りでは筆者の説明が伝わっていないと考えられる︒

また︑

130番の指摘によれば︑意見の違いを人格の否定につなげる傾向があるとされる︒もともと︑雇用労働者の能力

は雇用されなければ無用であり︑雇用されているときには雇い主の指揮管理活動に従順になる以外に生かす道がないと 教師の労働負担︵5︶

― 70 ―

(26)

いう論理は︑雇い主が被雇用者に対して用いる常用手段である︒そこで︑教育組織における教育実践の自由と教育組織

の自治的運営の重要性を十分に認識できていなければ︑人格を否定しがちになるであろう︒それがさらに日本文化に特

有の対人感覚に結びつけばいっそう広く展開されるであろう︒こうした傾向についてはいっそう詳細に吟味しなければ

ならない︒

学校運営と管理職の動向

教育実践において子どもとのユニークな関係をつくるために︑教師は自由裁量性を最大限に生かさなければならな

い︑そのために自治的に組織運営を進めなければならない︒また︑雇用関係から生じる指揮命令権とどのように調和さ

せるかという問題が生じる等と強調した︒この点について︑職員会議︑管理職の動向などにかかわるつぎのような疑問

が示された︒

131︶管理職が教師としての立場を放棄して︑相談するとかえって混乱してしまうことがしばしばおきています︒

132︶ 議論の力量をつむ

︒よくわかるのだが︑職場のおとなしい人を見ていると︑人といさかいを起こさない方がストレス回避

になっているような気がします︒

133︶話の内容についての疑問ではないのですが︒教師が自分の働き方について﹁子どものため﹂の殺し文句で

労働者 という

側面をどうしても後ろにおいてしまう人が多いのはどうしてでしょうか︒軽やかに︑割り切ってさっさと仕事をしている人も

いるのに⁝︒どこがちがうのだろうと思ってしまうことがあります︒そこを見て管理職が﹁仕事が遅い﹂とか言うこともあり︑

協同できにくい面もあるなあと思うときがあります︒男の人はあまり文句を言わずに働いている人が多くて︑過労死する人に

男性が多いのはそんな面があるのでしょうか?

この意見︵

133番︶にも考えさせられる︒第一に︑子どものためにと考えるのが教師で︑仕事がきついというのは労働

― 71 ―

教師の労働負担︵5︶

(27)

者であるという図式が背後にあるようにも思える︒しかし実際には主体はひとつであり︑雇用された教師と

いう主体

が︑一面では示された教育条件の下で教育実践を合法則的に展開し︑他面では示された労働条件の下で負担の限度内で

能力を合法則的に発揮する︒この二つの側面のいずれかが破たんすれば主体も破たんする︒上記の意見を見る限り︑こ

うしたことに関する筆者の説明がなお不十分であったと判断される︒

第二に︑仕事がきついというのは教師としての能力がないかあるいは怠け者だからだとする風潮があって︑協同でき

にくい状況があるとしている︒この点に関して筆者はまったくふれていなかった︒今後の課題である︒

展望と科学的探求

働き方を実際に研究することはたやすいことでない︑どのようにすすめればよいのかという点の疑問もみられる︒

134︶教師の評価については必要ではあるが︑実際には教師を選別する働きをするものになっています︒外国では学校評議会制度

がとり入れられ︑教育内容や条件をよくしている国があると聞いたことがあるのですが︵スウェーデン?︶︒世界の取り組みに

学びながら運動をくんでいくことも大切だなと感じています︒

135︶﹁ほんとうに経験した者が︑その経験をみずから研究する﹂という活動が求められるといわれた︒しかしむずかしい︒なぜな

らレイプされた者がそのことを話する時︑さらにつらい体験を想起しつらさが倍増するのと一緒︒もう忘れたい︑なかったこ

とにしたい︑言いたくない︒プライドがあるから︒この研究はむずかしい︒

この

134番の意見も重要である︒教育実践の評価が教師の選別に利用されるというのである︒そうであるならば︑教育

実践を向上させることにつなげる本来的な評価と︑教師の選別に利用する恣意的な評価とを区別することが必要にな

り︑区別する基準が問題になる︒筆者の説明はこの点にふれることがなく︑今後の課題である︒

また︑ほんとうに経験した者がその経験をみずから研究する活動は︑調査研究の方法的鍛錬の少ない者がおこなう場 教師の労働負担︵5︶

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(28)

合には非常な困難にあたることになろう︒そうしたときには専門家との協同的な協力関係をつくることが必要になる︒

そうしたことも提唱したつもりであったが︑この意見︵

135番︶を見るかぎり説明が不足していた︒

その他

136︶ありません︑私はおっしゃる通りの厳しさだと思いました︒

137︶大体理解できたような気がするのですが︑細部において十分に理解していないような気もします︒

B﹁仕事がきつい﹂とき

﹃仕事がきつい﹄と感じた時の状態を︑課題の状況︑働きぶり︑心身の状況という三つの側面から回答を求めた︒

課題の状況

﹁﹃仕事がきつい﹄と感じたときの経験をお聞きします︒﹃仕事がきつい﹄ときの状況としてつぎのどれがあてはまり

ますか?もっとも強くあてはまる項目を二個まで選んで︑その内容を説明してください﹂との設問は︑例示を選択する

回答部分と︑その内容に関する自由記述とからなっている︒八つの選択肢と回答例数は図表2のとおりである︒

教育実践のむずかしさを訴える例が三八例ともっとも多く︑ついで多忙・長時間労働を訴える例が二七

例と多かっ

た︒それぞれの自由記述を以下に列記する︒

なおこの設問は︑教師の仕事を教育実践そのものの﹁むずかしい﹂側面と生理心理的な﹁きつい・しんどい﹂側面の

両面から検討するという筆者の説明を前提にしている︒

― 73 ―

教師の労働負担︵5︶

(29)

教育実践のむずかしさ︵教科の教育実践や学級運営︑子どもの指導など︶

教育実践のむずかしさを指摘する例がもっとも多く︑内容も多彩であ

ったので︑四つの柱に区分して示す︒すなわち︑教科や授業実践のむず

かしさ︑学級運営のむずかしさ︑子どもや生徒指導のむずかしさ︑校務

分掌などが重なって生じるむずかしさである︒

まず︑授業における教科指導のむずかしさ︑準備や専門的力量を向上

させる点での困難さについてつぎのような指摘がみられた︒

138︶教科指導の内容を検討する時間がとれず︑積み上げができない︒

139︶小学校の場合︑教科が無く︑そ

れぞれの専門的力量をつけるのが本当

に大変なこと︒

140︶児童が年齢よりも幼くなっていて︑

自分中心の考えがなかなか抜けな

いため友達と仲良くくらすことを教えても︑

時間がいくらあっても足り

ず︑教科指導の時間がとられること︒

141︶現在定時制高校で社会科を担当

していますが

︑ 生徒の多様性に対応し

つつ教科として﹁これだけは教えたい﹂

ということを授業の中に盛り込

む事の困難さ︒

二〇〇二年度の特別な事情として新指導要領による総合学習の導入な

どで教える内容が変わり︑授業のイメージつくりが間に合わない等の指

摘もみられた︒

図表2 「仕事がきつい」ときの状況

回答例数 38例 24例 20例 27例 8例 4例 14例 4例 追加注;これらの選択肢は(1)課題の特性に由来する困難(選択肢1−3)、(2)課題 の分量に由来する困難(選択肢4)、(3)能力水準が種々の理由で低下するときに課 題の質と量が能力の限界を超えてしまう困難さ(選択肢5−7)という構成になってい る。

選 択 項 目

1 教育実践の難しさ(教科の教育実践や学級運営、子どもの指導など)

2 保護者や地域の方々と連携をつくる難しさ(保護者との対立など)

3 職員会議や学校行事など学校運営の難しさ(管理職との対立など)

4 仕事が生活時間をうばってしまう問題(多忙・長時間労働など)

5 家族・家庭生活、友人関係の難しさなどが重なって(親の介護など)

6 職業生活の見通しの難しさなど(教師を続ける見通しがなくなるなど)

7 病気や体力的低下などが重なって(慢性的な病気など)

8 その他

教師の労働負担︵5︶

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(30)

︵ 142︶今年度から教育課程が新しくなり︑子どもたちに指導する内容が変わったこと︒

143︶総合など訳のわからん教科が入ってきて授業に入るまでに︑たくさんの準備時間︵教師側の︶を要する︒

144︶本来の授業だけでない選択授業︵週三時間︶総合学習など準備が間に合わない︒劣悪な新指導要領のもとで子どもへの指導

がむずかしくなっている︒

145︶新学習指導要領が実施され︑教科書の内容が大幅に変わった︒教科時間数が減ってしまった︒必要な内容をこの時間内でこ

なすことに無理を感じる︒

児童生徒の学習意欲を引き出す授業実践に困難を感じる指摘も少なくない︒

146︶子どもの様子︑人の話を静かに聞けない子の増加︒中学校で働いているが︑勉強に全く興味を持っていない子どもが多い︒

147︶三五人の子どもたちと信頼関係をつくるのに時間がかかる︒すぐ結べる子と︑一年間かかる子︑信頼関係が結べないまま授

業はつづけなければならない︒子どももいらだち︑教師もいらだってくる︒なるべく教材のおもしろさで楽しさに引き込んで

行こうとするが︑心ない言葉︵本当は助けをよんでいるのであるが︶に傷つく自分の未熟さに落ち込んでしまうことが多い︒

しかし︑その他の子どもたちにいやされてつづけている︒

148︶授業妨害など︑子どもの指導に精神的に疲れ果てています︒話してもその時︵瞬間的に︶理解してくれますが︑持続しない︒

次の時間にまた︑いろいろやってくれる︒指導にのらない子の心をどうつかんでいったらいいのか︱中学二年生になって︑ぽ

っと入った学年ですので︑子どもとの関係がまだつくれず困っています︒

149︶二四人の子供達の中に自閉の子が一人います︒最近︑自傷行為や他傷行為が頻繁になり︑授業が中断します︒因果関係を知

ったら何か手だてが見つかるかとずいぶん観察したけれどなかなかわかりません︒その間にも日はすぎていきます︒この子も

大切にしたいが︑他の子の発達も保障しなくてはなりません︒大人の手はギリギリですが︑やむなくSOS

を だ し たときは

空き時間の先生に助けてもらっています︒しかし長くつづけばその先生の労働超過にもなります︒障害児が普通学級の中で発

達していくことは否定しませんがその負担はあまりにも大きく︑担任一人におわされています︒

150︶昨年は六年生を担任していました︒中学受験にむけて塾へ通い熱心に︵?︶勉強する子がいる一方で︑全く勉強しようとい

― 75 ―

教師の労働負担︵5︶

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