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建造物の保護・活用と歴史研究

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Academic year: 2021

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著者 米崎 清美

出版者 法政大学史学会

雑誌名 法政史学

巻 52

ページ 68‑73

発行年 1999‑09‑30

URL http://doi.org/10.15002/00011369

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歴史研究と文化財(建造物)というと、まず思い起こされるのが、法隆寺創建論争である。法隆寺がかって再建されたものか、明治後期から大正期にかけて、喜田貞吉と関野貞らにより争われたものである。周知のごとく、この論争では、法隆寺の再建、非再建が日本書紀の記述をめぐり行われた。また、高校の歴史の教科書では、文化の項目に時代を代表する建造物が必ずといってもよいほど掲げられている。文化財指定を受けた建造物が、当時の建築様式Ⅱ文化様式の代表とされているのである。以上の例からもわかるように、文化財そのものの研究は歴史研究に密接に結びついている。文化財を研究すること はじめに 法政史学第Ⅱ十二号

建造物の保護・活用と歴史研究

自体が歴史研究の目的になっている(広義の歴史学)のである。また、前者については、文化財が史料批判の素材にもなること、つまり文化財が歴史研究(狭義の歴史学)の手段になることをもうかがうことができる。このような文化財と歴史研究との関係は、建造物だけでなくいかなる文化財でも成り立つものといえよう。以上の点を念頭におきつつも、小稿では、特に、文化財(建造物)の収蔵、保存、展示という筆者の博物館活動で得た経験を紹介してみたい。歴史研究と文化財を考える素材になれば幸いである。

一建造物の保存

建造物を文化財として保護、保存していこうとする取り

米崎情実

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ノ、ノ(

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組みは、昭和二五二九五○)年、文化財保護法が制定された当初から行われた。有形文化財という項目の中の「建造物」として保護活動が実施されたのである。平成二(一九九九)年五月一一一一日の官報告示によって追加された二件を含めて、近世以前は一一○二○件一一一四一九棟が指定されており、神社五四八件一○六九棟、寺院八一一六件一○七三棟、城郭五二件一一一一一四棟、住宅九二件一四七棟、民家三一五件六四○棟、その他一八七件二五六棟という内訳である。近代では、一五七件二四四棟が指定を受けており、{示教一一一一件一一一一棟、住居四二件八八棟、学校三一件五六棟、文化一七件二六棟、官公庁一九件二四棟、商業・業務一一一件一一一棟、その他一二件一四棟、近代化遺産二構、という内訳である。圧倒的に、近世以前、しかも寺社建築が多いことがわかる。もともと、文化財保護法が、明治三○□八九七)年の社寺宝物保存法を基礎とするものであったため、寺社の占める割合が大きいのは当然のことといえるかもしれない。また、近代の建築物が文化財の対象として、認識され、保存活動が始まったのは、近年のことだからなのである。しかし、近年の指定件数だけをみると、近世以前よりも近代の方が多い。また、近代の中にも近代化遺産という項目が設けられ、建造物の範嶢に

建造物の保護・派川と歴史研究(米崎) 収まらない多様な文化財を保護、保存しようとしている。積極的かつ早急に近代の建築物、近代化遺産を保護、保存していこうとする動きが高まっている。さらに、昭和五○二九七五)年の文化財保護法改正の際、伝統的建造物群の指定制度が採用された。この制度は、建造物単体にとどまることなく、周囲の環境と一体をなして歴史的風致を形成している伝統的な建造物群で価値の高いものについて、歴史的環境をも含めて保護していこうとするものである。平成二(一九九九)年五月一一一一日の官報告示により選定された地区を含めて、現在、四八市町村五三地区が選定されている。建造物を保護する動きは、国レベルだけでない。都道府県市区町村などさまざまな自治体で取り組まれている。そして、それら自治体においても、近年、近代建築の調査、保存活動が進みつつある。さらに、指定制度のみならず、より柔軟な登録制度もつくられ、建造物をめぐる文化財保護制度は整備されつつある。

文化財が現地保存を原則とすることはいうまでもないが、現地保存が不可能な場合には他の場所へ移動せざるを 二建造物の保護、活用と博物館

六九

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えない。博物館は恰好の収蔵場所である。しかし、建造物の場合、物理的に大きいため、他の博物館資料のように容易に収蔵することはできない。博物館にも相当な敷地面積が必要である。ところが、近年、野外展示施設を設けている博物館も少なくない。なかには建造物を主に保存、展示している野外博物館がある。さて、博物館の建設が進むなか、野外博物館もつぎつぎに建てられていった。昭和三○年代から四○年代前半にかけては、大阪府豊中市の日本民家集落博物館、愛知県犬山市の博物館明治村、神奈川県川崎市の川崎市立日本民家園など特徴ある野外博物館が開設した。これらの博物館では、全国的に貴重な歴史的建造物を移築復原している。当時、日本は高度経済成長の最中にあり、景観の変貌や生活様式の変化とともに、多くの文化財が失われていった。このような社会変化のなかで、失われゆく建造物を保存する施設として、野外博物館が建設されていったのである。文化財の対象の変遷とともに、博物館に収蔵される建造物も変化を遂げていった。昭和五○年代以降設立された野外博物館は、それ以前に設立された博物館とは、趣を異にしている。北海道札幌市の北海道開拓の村、東京都小金井市の東京都江戸東京博物館分館江戸東京たてもの園、東京 法政史学第汀十二号

都府中市の府中市郷土の森を代表として掲げることができよう。それらの博物館では、対象とする範囲は異なるものの、地域にとって価値の高い建造物を移築保存していることが特徴である。北海道開拓の村では開拓時代の民家やさまざまな商店を展示している。江戸東京たてもの園では、銭湯や関東大震災復興期に建設された商店建築、郊外住宅など大正末期から昭和初期の建造物を、府中市郷土の森では学校や町役場、郵便取扱所などを移築している。いずれも、従来の文化財の範鴫では決して保存対象とは考えられなかった近代の建造物を収蔵、展示している。さらに、それら博物館では、建造物の移築復原だけでなく、建造物内部での展示や建造物をさまざまな普及事業の場とするなど、文化財をめぐる活用も活発に行われている。昭和三○年代、四○年代に開設された博物館においても、近年一層建造物内での展示や普及事業の活動が活発になっている。例えば、かつての商店の様子を再現することをはじめとして、商店のなかでの伝統工芸の実演、萱葺き民家でのうどん造りや民話語り、郊外住宅でのコンサートなどである。いわば、建造物を展示するのみにとどまらず、建造物にふさわしい形で活用することによって、地域の生活を再現しているのである。 七○

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文化財の保護、活用の面において歴史研究は欠かすことはできない。まず、建造物を文化財として指定するために、対象の価値付けは不可欠だからである。価値付けには、建造物自体の価値、建造物をめぐる社会的価値などがある。勿論、その両者どちらかというものでもない。そして、その基礎にあるものが建築史、歴史学など広義の歴史研究といえる。そして、近年の建造物をめぐる保護対象の広がりとともに、建造物に関わる歴史研究の範囲も広がっている。特に、建造物をめぐる社会的価値の場合、それぞれの地域性の中で発揮されることが多く、今後の建造物の保護、保存においても、ますますきめ細かな地域史の必要性が求められている。次に、建造物を博物館に移築復原、さらに展示する際の

、、、歴史研究がある。移築復原は、文化財の保存を図ること力できる一方、多くの情報を失うことも事実である。たとえ現地保存であっても、都市計画や開発などとともに周辺環境は日々変化を遂げており、文化的価値を凍結することは 三収蔵建造物と歴史研究l江戸東京たてもの園を事例としてI

建造物の保護・活用と胚史研究(米崎) 不可能である。そのため、さまざまな手法を用いて、周辺環境も含めて調査をし、記録しておくことが肝要となる。まして移築となるとなおさらである。では、以下収蔵建造物をめぐる保存、活用と歴史研究の関わりについて、江戸東京たてもの園の事例を二件紹介しよう。①昭和八(一九一一一三)年創建醤油店港区白金に所在した醤油店は、出桁造りという商店の伝統的な建築様式が特徴である。張り出した桁の上に乗る大きな梁は、どっしりとしており、見応えがある。この醤油店は、移築にあたり創建当初に復原している。また、復原とならんで、かつての醤油店の内部を再現している(情景再現展示)。この醤油店の場合、店内を創建当初に再現することは困難だったため、昭和三○年代後半の店内の様子を再現している。商店を再現するため、演示具そのものが多量に必要である。にもかかわらず、昭和初期の醤油の樽や瓶など創建当初の資料は、稀少性があり、それ自体で保存すべき博物館資料である。さらに、情景再現展示の場合、通常のいわゆる屋内型の博物館と比べて、展示環境は劣悪なものとなる。博物館として保存すべき資料とは範囑の異なる展示用の資料(演示具)を収集しなければならな

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い。そこで、比較的人手が容易で、なおかつ現在とは異なる生活様式を持っていた昭和三○年代後半という再現年代を設定することとした。それでも、さまざまな機関や個人の協力を得て、醤油瓶や酒瓶、缶詰のラベルなどについては、複製を製作することとした。展示にあたっても、収集あるいは複製を製作した演示具を無闇に陳列すれば良いというものではない。展示には、調査が必要となってくる。かつての所有者からの聞き取りや写真資料などから復元することとした。また、本事例の場合、展示できない情報について、店内及び江戸東京たてもの園の映像コーナーで視聴できるようになっている、映像ソフトを製作することができた。たとえ、映像を製作しなくても、展示としては現れない醤油店の立地、創建当初の町内の様子など、建造物及び内部展示に関連するさまざまな情報は、前提として調査記録しておかなければならない。また、この醤油店に隣接して建てられている袖蔵の内部では、醤油の生産、消費、種類、流通などについて、パネルを中心とした展示を行っている。②昭和一一一一(’九三八)年創建郊外住宅地の写真館板橋区常盤台から移築した写真館は、建築様式からすると、店舗併用住宅としか位置づけはむずかしいが、写真館 法政史学第H十一面ワ

としては古くからのスタイルを持つものであった。本事例の場合、収蔵の価値は、どちらかというと建築様式そのものよりも、写真館としての形態、常盤台という立地に重きが置かれた。この写真館の場合は、演示具が醤油店ほど多くはなかったため、内部展示を創建年代とほぼ同様のものとすることができた。所有者からの聞き取りや写真資料に基づいて写真館の様子を再現している。現在の写真館ではフラッシュなどの機器の発達により、外光を取り入れることはない。ところが、かつて写真館は、季節や時間により照度が左右されにくい北側から採光していた。この写真館の場合も二階にスタジオがあるが、北側全面と屋根北側は明かり取りになっており、大きな曇りガラスがはめ込まれている。このような写真館のスタイルは、写真が日本に輸入され、写真館が登場して以来、照明機器が発達するまで続いてきた。また、この写真館が所在した板橋区常盤台は、昭和初期、現在の東武鉄道により開発、分譲された郊外住宅地であった。郊外住宅地は、主に、大正期から昭和初期にかけて、鉄道開発とともに行われた住宅地開発によって生まれた。田園調布や国立を代表として掲げることができる。郊外住宅地は、大正期から昭和初期にかけて、東京への人口

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集中、職住分離によって生まれたもので、近代東京の歴史を考える上で欠かせない歴史事項である。そのため、本事例の場合、写真館の立地などをめぐる調査は、収蔵の価値づけとの関連から、特に重要なものだった。郊外住宅地をめぐり、都市問題、都市計画、郊外住宅地における町内会の形成、運営など幅広い歴史研究の課題を見いだすことができる。また、当時、生活改善が提唱されており、リビングルーム中心の間取り、暗くじめじめとした台所からリビングに結びついた明るいキッチンヘ、さらにそのキッチンを支える水道、電気、ガスの普及といった生活様式の変革期でもあった。この暮らしの変化は、従来の戸主を中心とする「家」から夫婦に子供、夫婦の両親による一家団藥の「家族」中心の暮らしへ、という変化でもあった。多くの郊外住宅地は、このような生活改善の思想を取り入れた設備と間取りをもっていた。写真館の場合、このような生活改善の結果の近代都市生活の具体的事例としても見ること 醤油店と写真館は、いずれも東京の地域史、生活史にとって重要な建造物といえる。前者は東京のいわゆる下町と呼ばれる商店街に、後者はいわゆる山の手といわれる住宅地に、かつて存在した風景を切り取ったものである。こ ができるのである。

建造物の保護・活用と雁史研究(米崎) 建造物の収集には、建造物自体の価値づけがある。建造物の保護の対象の広まりは、建造物に対する歴史的価値づけの広がりも意味している。さらに、博物館の展示では、建造物をめぐるさまざまな歴史的情報を来館者に提供することによって、より魅力有る展示物になるのである。今後の未知なる研究のためにも、建造物をめぐる保護・活用において、ますます歴史研究の必要性が求められている。 れら建造物の収蔵が図られたことにより新たな歴史研究の可能性が残されたことになろう。

おわりに

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