二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
著者 松本 直子
雑誌名 文化學年報
号 62
ページ 336‑353
発行年 2013‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027744
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
著者 松本,直子
雑誌名 文化學年報
号 62
ページ 336‑353
発行年 2013‑03‑15
権利 同志社大学文化学会
URL http://doi.org/10.14988/00027744
二 条 城 二 の 丸 御 殿 遠 侍 障 壁 画 に つ い て の 一 考 察
松 本 直 子
は じ め に 二条
城二 の丸 御殿 は︑ 将軍 家の 御殿 建築 とし て遺 され た稀 有な 文化 財で あり
︑寛 永三 年︵ 一六 二七
︶に 制作 され た二
〇
〇〇 面を 越え る障 壁画 は︑ 江戸 初期 狩野 派の 代表 作で ある
︒ これ らの 障壁 画は
︑二 の丸 御殿 の各 棟の 機能 に沿 って 描き 分け られ て い ると さ れ る!
︒ すな わ ち︑ 昇 殿者 の 控 室 とな る 遠侍 には 彼ら を威 嚇す るよ うな 豹虎 を︑ 公式 の対 面所 であ る大 広間 には 将軍 の権 威を 誇示 する 巨大 な松 を︑ 比較 的私 的 な対 面所 であ る黒 書院 には 優美 な花 鳥を
︑将 軍の 居室 に は 落ち 着 い た水 墨 山 水 をそ れ ぞ れ描 い て いる
︒そ の 筆 者 は︑ 狩 野探 幽を 中心 にお おむ ね棟 ごと に分 けら れる と考 えら れて きた が︑ 近年
︑同 じ棟 でも 一部 の部 屋に つい ては
︑筆 者が 異 なる とす る説 も提 出さ れて いる
︒ 本稿 は遠 侍を とり あげ
︑こ れま で様 式分 析と 狩野 派内 部に おけ る序 列か ら考 察さ れて きた 筆者 問題 を再 検討 する ため に
︑先 行研 究で は当 然の 前提 とし て等 閑視 され てき た御 殿の 各部 屋の 機能 に注 目す る︒ 機能 によ るグ ルー プご とに
︑画 面 構成 と様 式に つい て新 たな 要素 を加 えて 分析 する こと によ って
︑遠 侍が
︑個 性の 異な る複 数の 画家 の存 在が あり なが ら も︑ 一人 の総 責任 者的 立場 の画 家に よっ て統 合さ れて いた 可能 性を 指摘 する
︒
― 336 ―
一︑ 遠 侍 の概 要 と 先行 研 究 にお け る 諸問 題 遠侍
は︑ 二の 丸御 殿の 玄関 にあ たる 車 寄を 備 え る建 物 で︑ 二 の丸 御 殿 で は最 大 の 規模 を 誇 る︵ 図1
︶︒ 車 寄 は︑ 遠侍 南 側の 東端 に位 置す るの で︑ 御殿 に入 ると
︑ま ず正 面に くる のは
﹁柳 の間
﹂と なる
︒柳 の間 に西 に接 する のが
﹁遠 侍三 の 間﹂
︑ さら にそ の西 隣が
﹁遠 侍二 の間
﹂で あ る︒ その 北 側 に﹁ 遠侍 一 の 間﹂ が ある
︒こ れ ら 三室 に は 竹林 に 豹 虎 が描 か れる ため
﹁虎 の間
﹂と 総称 され る︒ 遠侍 一の 間の 東側 には
﹁勅 使の 間﹂ があ る︒ 上段 が東 側︑ 遠侍 一の 間に 接す る西 側 が下 段と なっ てお り︑ 画題 は青 楓・ 檜・ 桃で ある
︒こ の勅 使の 間と 南側 の遠 侍三 の間 およ び柳 の間 に挟 まれ るよ うに
﹁若 松の 間﹂ と﹁ 芙蓉 の間
﹂︑ さら に勅 使の 間上 段に つづ く﹁ 帳台 の 間
﹂︑ 現 状 では 障 壁 画が 存 在 し ない
﹁物 置
﹂が あ り︑ 合 わ せ て 十 室 と な る︒
﹁ 柳の 間
﹂﹁ 若 松の 間
﹂﹁ 芙 蓉の 間﹂ は そ れ ぞ れ︑ 障 壁 画 の 主 たる モチ ーフ とな って いる 花木 から その 名が つけ られ てい る︒ 現存 する 江戸 時代 の指 図の 中で
︑二 の丸 御殿 の筆 者名 を記 した も の は二 例が 知ら れて いる
︒ま ず︑ 土居 次義 氏が 紹介 され た宮 内庁 書 陵 部 所 蔵 の﹁ 二 條 御 城 御 指 図
﹂︵ 以 下
︑指 図 1と す る
︶で あ る!
︒ こ れ に 貼付 さ れ た付 箋 で は︑
﹁ 殿上 之 間・ 遠 侍﹂ の 筆 者 と し て﹁ 道 昧
・真 節﹂ の名 が記 され てい る︒ 今一 つは
︑中 井家 文書 に含 まれ る
﹁御 城内 御本 丸二 之御 丸御 殿向 指図
﹂︵ 以下
︑指 図2 とす る︶ で︑ 図 の 遠侍 部分 の上 に 朱 墨 で﹁ 筆者 弟 子﹂ と 記入 さ れ てい
る"
︒資 料 の
図1 二の丸御殿遠侍平面図
― 337 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
時 期 は︑ 土 居氏 に よ れ ば︑ 指 図1 の 附 箋 は 天 明 の 大 火︵ 天 明 八 年
︵一 七 八 八
︶︶ 後 あ ま り 時 を 隔 て な い こ ろ と い う!
︒ 指 図2 は︑ 天明 の大 火で 焼失 した 本丸 御殿 の画 題と 筆者 名が 記さ れて いる こと から
︑天 明の 大火 以前 に作 成さ れた もの の 写 し と考 え ら れて い る"
︒ い ずれ に し て も︑ 障壁 画 が 制作 さ れ た当 時 の も のと は 言 い難 く
︑ま た 指図 2に つ い て は︑ 朱 墨に よる 筆者 名の 書き 込み が指 図作 成当 初の もの かど うか も判 然と しな い︒ 土居 氏は
︑指 図1 を参 照し つつ
︑現 存作 品と の様 式比 較を 踏ま えて
︑勅 使の 間お よび 虎の 間を 狩野 甚之 丞筆 とし
︑花 木 図を 描く 部屋 のう ち︑ 柳の 間の 筆者 とし て道 昧の 可能 性を 指摘 し︑ 芙蓉 の間 にあ る﹁ 竹雀 図﹂ につ いて 狩野 宗眼 の名 を 挙げ られ た#
︒ 松木 寛氏 は︑ 狩野 派内 部の 序列 に注 目し
︑土 居説 が妥 当で ある と支 持さ れ た$
︒ 一 方︑ 山根 有 三 氏 は︑ 虎 の間 につ いて は土 居氏 に同 意し つつ も︑ 勅使 の間 は狩 野長 信を 主筆 とし 一部 は︑ 左兵 衛筆 とさ れた
%
︒ 土居 氏も 山根 氏も
︑遠 侍の 画家 たち が狩 野光 信︵ 山根 氏は 孝信 にも 言及
︶の 系統 であ ると いう 点に おい ては 一致 して い る︒ それ は︑ モチ ーフ を配 置す る際 にそ れら の前 後関 係を 明示 する こと によ って
︑奥 行感 を描 き出 す点 にあ る︒ 甚之 丞 も長 信も
︑光 信の 影響 下に あっ た画 家で ある から
︑こ の二 人の 違い はさ らに 細か く個 人様 式を 見分 ける ほか ない
︒土 居 氏は
︑帳 台構 付近 に描 かれ た二 本の 楓の 形態 や︑ 襖に 描か れた 檜の 根元 にあ る岩 組お よび 遠侍 三の 間北 側壁 貼り 付け の 岩 組 の形 態
・描 線・ 皴 法が
︑甚 之 丞 筆︽ 帝 鑑図 屏 風︾
︵ 個人 蔵
︶の そ れ ら と 共 通 す る と 指 摘 す る
︒一 方
︑山 根 氏 は︑ 土 居氏 が甚 之丞 説の 根拠 とし てあ げる 帳台 構付 近の 楓図 は︑ 名古 屋城 表書 院三 の間 の筆 者の 作風 と共 通す ると し︑ その 作 者を 長信 の弟 子左 兵衛 とす る︒ 長信 説の 根拠 とし ては
︑襖 に描 かれ た檜
・桃 図や
︑大 床貼 り付 けの 楓図 の﹁ 鞭の しな う よう な弾 力性
﹂が 感じ られ る樹 枝の 曲線 が︑ 長信 の他 の作 例と 共通 する こと を指 摘す る︒ 両者 の見 解の 相違 は︑ どの モチ ーフ に注 目す るか によ ると もい える が︑ それ は要 する に︑ 比較 でき る作 例が 少な いと い う点 に尽 きる
︒こ れは 新た な基 準作 品が 発見 さ れ ない 限 り︑ い かん と も し がた い
︒そ こ で︑ 筆者 を 確 定す る た め に︑ 狩 野派 内部 での 序列 を参 照す るこ とが 重要 視さ れる よう にな った とい える
︒要 は︑ 様式 的側 面と 序列 がい かに 整合 的に
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 338 ―
説 明で きる かに かか って いる
︒そ の点 にお いて は︑ 松木 氏が 提唱 され た白 書院 長信 説を 様式 的側 面か ら実 証的 に論 じら れ た小 嵜善 通氏 の論 考は 序列 から の説 を補 強す るも ので あっ た!
︒ 各筆 者が 担当 した 部屋 と狩 野派 内部 での 序列 を考 える とき
︑前 提と なる のが 各部 屋の 役割
・性 質で ある
︒先 行研 究に お いて は︑ 部屋 の﹁ 格﹂ や﹁ 格式
﹂と いう 言葉 で語 られ る こ とも あ っ たが
︑本 稿 で は これ を 部 屋の 機 能 と言 い 換 え る︒ そ れぞ れの 部屋 の機 能は 建築 内部 での 位置 や座 敷飾 り︑ 天井 の仕 様な どに よっ て決 定づ けら れて いる
︒も ちろ ん障 壁画 そ のも のも 機能 を支 える 一要 素で ある
︒本 稿で は︑ 序列 と様 式の かか わり を明 確に する ため に︑ 機能 面か ら分 類し たグ ル ープ 別に 考察 を進 めて いく
︒ 二︑ 建 築 的特 徴 と 部屋 の 機 能 二の
丸御 殿に おい て床 が一 段高 くな って いる 上段 の間 は︑ 白書 院︑ 黒書 院︑ 大広 間︑ 遠侍 の四 か所 にあ る︒ 上段 の間 は 床・ 棚・ 帳台 構・ 書院 等の 座敷 飾り を備 える
︒二 の丸 御殿 では
︑白 書院 以外
︑上 段に つづ く下 段の 間と の境 界は 上部 に わず かな 垂れ 壁が ある のみ で間 仕切 りは ない
︒上 段に 拝謁 を受 ける 者が 着座 し︑ 下段 には 拝謁 に来 た者 が座 る︒ 上段 の 間 が 下段 よ り も格 式 の 高 い場 所 で ある こ と を示 す の は︑ 床 の高 さ と 座敷 飾 り に限 ら な い︒ 天 井の 造 り にも 違 い が あ る
︒白 書 院︑ 黒 書院
︑遠 侍 で は︑ 上段 の 間 の み折 上 格 天井 と な って い る
︒大 広 間で は
︑上 下 段 と も 折 上 格 天 井 で あ る が
︑上 段の 間は
︑将 軍の 座の 真上 が二 重折 上格 天井 とな って おり
︑下 段よ りも 格式 が高 いこ とが 示さ れて いる
︒ 建 築的 特 徴 が顕 著 な 上段 以 外 の 部屋 に つ いて も
︑部 屋 ご との 機 能 を判 断 す る際 に 指 標 とな る の が︑ 天井 の 仕 様 で あ る
︒二 の丸 御殿 には
︑上 段の 間を 中心 に採 用さ れて いる 折上 格天 井以 外に は︑ 格天 井と 竿縁 天井 があ る︒ 漆塗 りに 飾金 具 で装 飾さ れた 格子 の内 側が 天井 画で 装飾 され た華 やか な格 天井 に対 し︑ すべ て木 製で 彩色 等も ない 質素 な造 りの 竿縁
― 339 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
天 井を 用い るこ とに よっ て︑ 裏方 の部 屋や 廊下 であ るこ とが 示さ れる
︒ その 分か りや すい 事例 が式 台で ある
︒す なわ ち︑ 南側 の式 台の 間は
︑格 天井 に対 の孔 雀を 中心 とす る図 様が 描か れて い るが
︑北 側の 老中 の間 三室 と廊 下は
︑竿 縁天 井で ある
︒そ れに 加え て︑ 長押 の上 の壁 が障 壁画 では なく 漆喰 塗に なっ て いる
︒さ らに 飾金 具も
︑南 側の 括袋 型に 葵紋 が大 きく 刻ま れた 大型 の釘 隠し では なく
︑六 葉型 の小 ぶり なも のが 用い ら れ︑ 差異 がつ けら れて いる こと が分 かる
︒以 上の よう に︑ 建築 的特 徴か ら︑ 式台 の北 側は 裏方 の空 間で ある こと が示 さ れて いる ので ある
︒ そこ で︑ 式台 の障 壁画 に注 目す ると
︑山 下善 也氏 が様 式的 側面 から
︑老 中の 間の 筆者 を興 以と その グル ープ であ るこ と を示 され たこ とで
︑南 側に 接す る式 台の 間の 松図 と筆 者が 異な るこ と が 明ら か に なっ
た!
︒重 要 なの は
︑機 能 面 にお い て裏 方の 間で ある 老中 の間 の筆 者が
︑狩 野派 内で も血 縁者 では ない 故に 序列 が低 いと され る興 以が 担当 して いる とい う 点に ある
︒ 天井 の仕 様に 基づ く考 察を もう 少し 続け てみ よう
︒白 書院
︑黒 書院
︑大 広間 では
︑二 の間
︵下 段︶ と三 の間 の天 井画 が 同じ 図様 とな って いる
︵表 1︶
︒ 先に 述べ た大 広間 以外 は︑ 天井 の造 りも 格天 井で 共通 して いる
︒二 の間 と三 の間 は︑ 棟 の南 側に 並列 する だけ でな く天 井画 も共 通す るこ とか ら︑ 機能 の上 でも
︑三 の間 が二 の間
︵下 段︶ に準 ずる 部屋 であ っ たと 考え られ る︒ 上記 の三 つの 棟で は︑ 棟の 北東 に位 置す る四 の間 だけ 天井 画の 図様 が異 なる
︒部 屋の 配置 の上 だけ で なく 天井 のレ ベル でも
︑四 の間 には 異な る機 能が 期待 され てい たこ とが 窺え る︒ それ を裏 付け るか のよ うに
︑白 書院 で は
︑他 の 三室 が す べて 山 水 人 物図 で 統 一さ れ て い る の に 対 し て︑ 四 の 間 の み 花 鳥 図 で あ る"
︒大 広 間 で も
︑一 の 間
︵上 段︶ から 三の 間ま では 画題 と描 き方 に共 通性 がみ ら れ︑ 垂直 面 の 障壁 画 の 上 でも
︑二 の 間 と三 の 間 の連 続 性 が 意識 さ れた 作り にな って いる ので ある
︒ 遠侍 につ いて も︑ 以上 みて きた 他の 棟と 同様 に︑ 天井 の仕 様と 関連 づけ て考 える こと によ って
︑棟 内部 での 機能 の違
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 340 ―
表1 二の丸御殿障壁画画題 ※〈 〉内は、現存しないが「二條御二の丸(御殿御絵 之間書付御座候)」(中井家文書)に記載され寛永当時描かれた画題と判断できるもの、
空欄は寛永期の障壁画が現存せず、かつ同資料に記載がないことを示す。
天井画題 亀甲地大小丸の内に向鶴唐花 亀甲地大小丸の内に向鶴唐花 亀甲地大小丸の内に向鶴唐花 亀甲地大小丸の内に向鶴唐花 金地葡萄
なし(竿縁天井)
なし(竿縁天井)
緑青地格子金中に唐花 緑青地格子金中に唐花 なし(竿縁天井)
〈金地葛の蔓 団扇散墨絵草木〉
なし(竿縁天井)
〈金地葛の蔓 団扇散墨絵草木〉
〈金地葛の蔓 団扇散墨絵草木〉
金地中に花形向孔雀廻り牡丹唐草 なし(竿縁天井)
なし(竿縁天井)
なし(竿縁天井)
〈金地に扇散〉
金地唐花輪 花菱輪違 花菱輪違 孔雀四隅に丸絵唐花 なし(竿縁天井)
〈紫地印金団扇散墨絵〉
なし(竿縁天井)
〈金地草紙散〉
〈金地草紙散〉
〈金地草紙散〉
〈金地草紙散〉
〈金地団扇色々草花木花鳥墨絵或極彩色〉
金地唐花唐草中に折廻り角内に鳳凰 金地稲妻牡丹唐草
金地稲妻牡丹唐草
金地稲妻丸につる菱隅々牡丹唐草 なし(竿縁天井)
〈金青地地花輪違中に唐草〉
〈金青地地花輪違中に唐草〉
〈金青地地花輪違中に唐草〉
〈金青地地花輪違中に唐草〉
緑青地鳳凰唐草金彩色中ニ団扇泥引草木花尽 金地丸尽御絵牡丹折枝唐花色々
金地丸尽御絵牡丹折枝唐花色々 地泥引亀甲緑青六ツ丁子金瓜ノ内ニ唐花
〈地泥引亀甲緑青六ツ丁子金瓜ノ内ニ唐花〉
〈地泥引香図散シ朝顔小鳥〉
〈金地網代蔦つる大小丸ノ内ニ唐花〉
〈金地網代蔦つる大小丸ノ内ニ唐花〉
壁面(長押下)画題 竹虎
竹虎 竹虎 柳に流水 若松 芙蓉・紫陽花
〈梅泥引〉
青楓 桃・檜・海棠 萩
松・花鳥(後補)
芦雁 芦雁 雪中柳鷺
松・錦鶏 松・孔雀 松・孔雀 松・鷹
〈金張付紅梅二根笹〉
〈金張付四季花鳥〉
〈紅梅・根笹〉
〈蘇鉄棕櫚根笹〉
松竹梅・桜・鳥 桜・躑躅・鳥 松・白鷺 菊・流水
〈花鳥〉
牡丹
山水人物 山水人物 山水人物 花鳥 萩
〈若松槙檜泥引〉
壁面(長押上)画題 竹
竹 竹 薔薇 若松・山桜 なし(漆喰壁)
なし(漆喰壁)
青楓 青楓・檜 なし(漆喰壁)
〈丘に躑躅根笹〉
なし(漆喰壁)
〈丘に躑躅根笹〉
〈丘に躑躅根笹〉
松
なし(漆喰壁)
なし(漆喰壁)
なし(漆喰壁)
〈四季遠山並木〉
松 松 松 松
なし(漆喰壁)
〈籬に朝顔〉
なし(漆喰壁)
〈八重一重牡丹〉
〈八重一重牡丹〉
〈八重一重牡丹〉
〈八重一重牡丹〉
〈山槙檜霞棕櫚木色々〉
桜・鳥 桜・楼閣山水 浜松 秋草・扇面散
〈遠山〉
〈藤棚〉
〈藤棚〉
〈藤棚〉
〈藤棚〉
山水 山水 山水 花鳥 石竹
〈岡山ニ若松躑躅泥引霞〉
部屋 一之間 二之間 三之間 柳の間 若松の間 芙蓉の間 物置 勅使の間上段 勅使の間下段 帳台の間 廊下(北)
廊下(東)
廊下(南)
廊下(西)
式台の間 老中一之間 老中二之間 老中三之間 廊下(南)
廊下(西)
一之間 二之間 三之間 四之間 物置 帳台の間 物置 廊下(北)
廊下(東)
廊下(南)
廊下(西)
一之間 二之間 三之間 四之間 帳台の間 牡丹の間 廊下(北)
廊下(南)
廊下(西)
一之間 二之間 三之間 四之間 帳台の間 指出の間 廊下(北)
廊下(東)
廊下(南)
廊下(西)
棟 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 遠侍 式台 式台 式台 式台 式台 式台 大広間 大広間 大広間 大広間 大広間 大広間 大広間 大広間 大広間 大広間 大広間 蘇鉄の間 黒書院 黒書院 黒書院 黒書院 黒書院 黒書院 黒書院 黒書院 黒書院 白書院 白書院 白書院 白書院 白書院 白書院 白書院 白書院 白書院 白書院
― 341 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
い が判 別で きよ う︒ まず
︑勅 使の 間は
︑前 述し たよ うに 上段 の間 が折 上格 天井
︑下 段の 間は 格天 井と なっ てお り︑ 他の 棟 の対 面所 と同 様に 天井 の形 式で 格式 の差 がつ けら れて いる
︒し かし
︑他 の棟 とは 違っ て︑ 勅使 の間 は上 段と 下段 で天 井 画の 図様 を共 有す る︒ この 点に おい て︑ 勅使 の間 の対 面所 が︑ 他の 棟の それ とは 異な る機 能を 果た すこ とが 示さ れて い る︒ それ は︑ 他の 棟の 上段 は︑ すべ て将 軍の 座で ある のに 対し
︑勅 使の 間は
︑将 軍以 外の 者が 上段 に座 する とい うこ と であ る︒ 勅使 の間 に付 属す る帳 台の 間と
︑芙 蓉の 間・ 物置
・東 入側 は竿 縁天 井で あり
︑式 台と 同様 に︑ 長押 の上 の壁 が漆 喰塗 で
︑飾 金具 も小 型の もの にな って いる こと から
︑明 らか に裏 方の 間で ある
︒こ れら の部 屋は 棟の 中央 部分 に配 置さ れて い るた め︑ 外光 の入 りに くい 暗が りの 間で もあ る︒ 勅使 の間 の西 側に ある 遠侍 一の 間か ら柳 の間 まで
︑つ まり 虎の 間三 室と 柳の 間は
︑格 天井 に亀 甲紋 の地 に丸 の内 に鶴 や 唐花 の文 様を 散ら した 同じ 図様 とな って いる
︒ま た︑ この 四室 間の 境界 には
︑そ れぞ れ襖 が嵌 めら れて いる が︑ 上部 は 欄間 にな って いる
︒一 の間 と二 の間 の境 界は
︑彫 刻飛 び入 り欄 間で ある が︑ 遠侍 棟の 南列 にあ たる 遠侍 二の 間か ら柳 の 間に かけ ては
︑竹 の節 欄間 とそ の間 を埋 める 丈の 低い 彫刻 欄間 で装 飾さ れ︑ その 上部 を埋 める もの はな く︑ 空間 がつ な がっ てい る︵ 図2
︶︒ 車 寄︵ 玄関
︶の 近く にあ る虎 の間 は︑ 名古 屋城 にも ある よう に︑ 昇殿 者の 控室 の機 能を 果た す︒ そ の虎 の間 と天 井や 上部 の空 間を 共有 する 柳の 間は
︑虎 の間 と同 様の 控え の間 と考 える こと がで きよ う︒ しか し︑ 垂直 面 の障 壁画 の画 題と 描き 方が 明ら かに 異な る︒ 柳の 間は
︑そ の名 の通 り︑ 水辺 の柳 が描 かれ てい る︒ 北側 の襖 は︑ 雪持 ち の柳 に紅 葉し た蔦 が絡 む秋 冬の 景︑ 西側 の襖 は︑ 若葉 が芽 吹い た柳 に白 い花 を咲 かせ る薔 薇が 添え られ てい るこ とか ら
︑春 夏の 景で ある
︒長 押の 上は
︑三 方と もに 紅白 の薔 薇が 金雲 の間 から 姿を 現す 図と なっ てい る︒ この 部屋 に四 季が 描 かれ てい るこ とは
︑虎 の間 の︽ 竹林 群虎 図︾ に季 節を 示す 要素 が皆 無で ある こと と好 対照 であ る︒ この こと から
︑天 井 画 が 共通 し
︑空 間 も上 部 で 連 続す る と はい え
︑虎 の 間と は 異 な る役 割 を 担っ た の では な い か と推 測 さ れ る
︒あ る い
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 342 ―
は︑ 登城 者の 受け 入れ 側の 部屋 とし て機 能し たの では ない だろ うか
︒ 柳 の間 の北 側に 続く 若松 の間 は︑ 格天 井に 一本 の葡 萄の 蔓が 展開 する とい う︑ 御殿 内で も特 殊な 図様 を持 つ︒ 垂 直 面 は︑ 水 辺 か ら 丘 陵 に か け て 生 い 茂 る 若 松 と︑ 山桜 など の花 が咲 く景 観と なっ てい る︒ 障壁 画の 図 様 が 他 室 と は 異 な り
︑棟 の 内 部 に 位 置 す る と は い え︑ 飾り 金具 は︑ 勅使 の間 から 柳の 間ま でと 同じ 大型 のも ので あり
︑柳 の間 と同 様に 季節 の花 木を 画題 とし てい るこ とか ら︑ 柳の 間の 補助 的な 役割 を果 たす 部屋 と考 えて おき たい
︒ 以 上︑ 他の 棟の 例を みた うえ で︑ 天井 の仕 様を 中心 に建 築的 特徴 から
︑遠 侍内 部の 機能 がど のよ うに 分か れ てい る か を考 察 し て き た 結 果
︑︵ 一
︶勅 使 の 間
︵上 段・ 下 段︶
︑︵ 二
︶虎 の 間︑
︵ 三︶ 柳 の 間 と 若 松 の 間︑
︵ 四︶ 芙蓉 の間 と物 置と 帳台 の間 の四 つに 大別 でき た︒ この グル ープ 分け にそ って
︑次 章で は画 面構 成に つい て考 察す る︒
図2 遠侍二の間から柳の間をのぞむ
― 343 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
三︑ 画 面 構 成 勅使
の間 の上 段と 下段 は︑ 大広 間・ 黒書 院と 同様 に境 界に 間仕 切り がな い対 面所 であ るた め︑ 上段 から 下段 の画 面は 連 続し てい る︒ 上段 と下 段の 境界 付近 は︑ 余白 の金 地や 金雲 によ って 図様 が自 然に つな がる
︒と ころ が︑ 三室 から なる 遠 侍の 虎の 間に おい ても
︑間 仕切 りと なっ てい る襖 を取 り外 すと
︑画 面が 隣り 合う 部分 の図 様が 途切 れな いよ うに 工夫 さ れて いる ので ある
︒具 体的 にみ てみ よう
︒ 一の 間と 二の 間お よび 二の 間と 三の 間の 境に 嵌っ てい る襖 をす べて 撤去 した 場合
︑三 室は 廊下 側に あた る西 側と 南側 で 壁面 が連 続し
︑大 きな L字 型の 空間 がで きる
︒ま ず︑ 西側 の一 の間 と二 の 間の 境界 をみ ると
︑長 押上 貼付 絵は 一群 の竹 の上 部が
︑腰 障子 絵は
︑緑 の 土 坡が 途 切 れず に 続 いて い る
︵図 3︶
︒南 側 の 二の 間 と 三の 間 の 境 界で は
︑長 押上 貼付 絵は
︑境 界付 近は 余白 の金 地が 連続 して いる
︒腰 障子 貼付 絵 につ いて は︑ 三の 間側 は長 押上 と同 様に 何も 描か れて いな い金 地が 右端
︵西 端︶ に くる が
︑二 の 間側 は
︑画 面 の 左端
︵東 端
︶ま で
︑竹 の 葉 叢 が 宙 に 浮い たよ うに 描か れて いる ため
︑や や連 続性 が途 切れ てい るよ うに 見え る
︒こ の葉 叢 は︑ 二 の間 の 東 側右 端 に 嵌 る襖 か ら 連続 す る 図様 で あ る が︑ 画 面の 周辺 部を 中心 に修 理の 際に 補わ れた 部分 が多 く︑ 当初 から この よう に 見 え てい た か ど う か 注 意 が 必 要 で あ る︒ 少 な く と も
︑一 の 間 と 二 の 間 は
︑完 全に 図様 が連 続し てお り︑ 二の 間と 三の 間も 長押 上で は間 違い なく
図3 遠侍一の間・二の間西側壁面 部分
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 344 ―
連 続し てい る︒ 虎の 間は
︑天 井画 の図 様が 共通 する こと に加 え︑ 垂直 面の 障壁 画に つい ても
︑単 に画 題を 共通 させ るだ け にと どま らず
︑部 屋の 境界 を越 えて 図様 が連 続す るの であ る︒ こ のよ う な 工夫 に つ いて は
︑大 広 間 の一 の 間 から 三 の 間 の長 押 上 貼付 絵 に みら れ る こ とを 鬼 原 俊枝 氏 が 指摘 し て い る!
︒大 広間 では
︑長 押の 下の 戸襖 の図 様は つな がら ない が︑ 虎の 間に おい て は︑ 長 押上 貼 付 絵だ け で なく 腰 障 子 絵に 関 して も連 続性 が明 らか であ る︒ とも あれ 両者 とも に︑ 三室 を一 堂と して 使用 する 場合 に備 えて 画面 が構 成さ れて いる の であ る︒ これ が御 殿障 壁画 にお ける 初出 であ るか どう かは
︑先 んじ て建 造さ れた 御殿 の多 くが 焼失 して いる ため 明ら か にし えな いが
︑担 当者 の異 なる 棟に おい て同 じ方 針が 貫か れて いる とい うこ とは
︑狩 野派 内部 にお いて 一つ の方 式と し て確 立さ れて いた とみ るこ とが でき よう
︒ 遠 侍虎 の間 にお いて
︑さ らに 興味 深い のは
︑図 様の 連続 性を 保と うと いう 意識 が廊 下側 の壁 面に 限ら ない こと であ る︒ 一の 間と 二の 間の 境界 にあ る襖 のみ を撤 去し た場 合︑ 一の 間の 東側 壁面 と二 の間 東側 襖が 隣り 合わ せに なる が︑ 竹林 と上 部の 金雲 は自 然に つな がっ て いる よ う に見 え る︵ 図4
︶︒ た だ し 画面 の 中 ほど に 展 開す る 金 雲 のつ なが りは 途切 れる ので
︑廊 下側 ほど 明確 に図 様を つな げて いる わけ では ない が︑ 一見 した だけ では それ ほど 不自 然に みえ ない よう にな って いる
︒ま た︑ 襖を すべ て撤 去す るの では なく
︑中 央を 開い た状 態に した 場合 の見 え方 も計 算さ れて いる
︒二 の間 と三 の間 境の 襖は
︑二 の間 側の 中 央 の襖 が 両 端の 襖 の 上 に重 な る よう に 開 くの で あ る が︑
︵ 図2
︶に みる よう に︑ 向か っ て左 か ら 一番 目 の 襖 の左 端 に 描か れ た 金雲 と 左 か ら二 番目 の襖 の金 雲は
︑上 部で 違和 感な くつ なが り︑ 雲の 下か らの ぞく 竹の 枝は
︑左 端に 描か れた 竹の 枝の よう に見 える
︒左 から 四番 目の 襖に 描か れた 虎は
︑左 から 三番 目の
図4 遠侍一の間東側壁面・二の間東側襖 部分
― 345 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
襖 が上 に重 なる ため 姿を 消す
︒こ れを 三の 間側 から みる と︑ 三の 間の 中央 二枚 の襖 にそ れぞ れ描 かれ た豹 虎の 姿が
︑前 肢 や尾 の先 を除 いて ほぼ 隠れ る︒ 一の 間と 二の 間の 境界 の襖 につ いて も︑ 中央 二枚 の襖 は二 の間 側に 嵌め られ てい るた め
︑開 くと それ ぞれ に描 かれ た虎 が両 端に 移動 し︑ 向か って 右端 の襖 に描 かれ た竹 林は
︑端 に交 差し なが ら生 える 二本 を 残し て隠 れる
︒こ の部 分の つな がり は竹 が途 中で 切れ た よ うに 見 え るた め 不 自 然さ は 否 めず
︑左 端 の 襖に つ い て も︑ 左 から 二枚 目の 襖が 重な るこ とに よっ て土 坡が 途切 れる
︒た だし
︑左 から 二枚 目の 襖の 左端 から 虎の 頭の 部分 にか けて は
︑修 理時 に紙 ごと 取り 換え られ てい るた め︑ 元の 図様 も現 状と 同じ であ った かは 留保 しな けれ ばな らな い︒ この 面を 一 の間 側か らみ ると
︑向 かっ て左 側か ら二 枚目 の襖 に描 かれ た竹 林が 完全 に消 え︑ 左か ら三 枚目 の襖 に描 かれ た虎 の姿 が ほぼ 消え る︒ この よう に︑ 図様 のつ なが りが 途切 れた り︑ 不自 然に なる 部分 も若 干あ ると はい え︑ 上部 にほ ぼ平 行に 展 開す る金 雲︑ 各襖 の中 央付 近に 合わ せて 描か れた 豹虎 の 配 置︑ 画面 の 大 部分 が 金 地 金雲 と な って い る こと に よ っ て︑ 襖 を開 いて も図 様が 大き く分 断す るこ とは ない ので ある
︒こ のよ うな 工夫 は︑ 河野 元昭 氏が 名古 屋城 上洛 殿に おい て指 摘 さ れ た﹁ 隠現 効 果﹂ に 当て は ま る であ ろ う!
︒ 河 野氏 は
﹁﹁ 隠 現効 果
﹂は 上 洛 殿障 壁 画 以前 に は ほと ん ど な いよ う に 思 われ る"
︒﹂ とさ れる が︑ 名古 屋城 上洛 殿障 壁画 より 数年 さか のぼ る二 の丸 御殿 にお いて 既に みら れる ので ある
︒ この よう な工 夫は
︑花 木図 を描 く他 の部 屋に おい ては 見ら れず
︑虎 の間 に特 化し てい る︒ 勅使 の間 が対 面所 とし て一 続 きの 画面 構成 をと って いた こと は先 に述 べた とお りで ある
︒そ れで は︑ 柳の 間・ 若松 の間 と芙 蓉の 間・ 帳台 の間 のそ れ ぞれ にお いて 画面 構成 に目 立っ た特 徴は 見ら れな いの であ ろう か︒ まず 後者 は︑ 前述 した よう に裏 方の 暗が りの 間で あ るた め︑ 襖の 開閉 時の 見え 方を 考慮 する 必要 がな い︒ 前者 につ いて は︑ 長押 の下 の建 具を 取り 払っ ても 室内 に置 いて 画 面が 破た んな く展 開す ると いう 共通 点が ある
︒む しろ
︑柳 の間 にお いて は︑ 長押 の下 に登 場し た薔 薇と いう モチ ーフ が 生か され てい ると はい え︑ 長押 の上 と長 押の 下で 別々 の画 面が 展開 して いる よう に見 える
︒こ れは
︑長 押の 下か ら上 ま で伸 びる 巨木 を描 かな い故 にお こる こと であ り︑ 黒書 院に おい てみ られ る手 法で ある
︒そ の効 果は 圧迫 感の ない 親し
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 346 ―
み のあ る空 間を 作り 出す 点に ある
︒若 松の 間も 金雲 を駆 使し なが ら丘 陵を つな げて はい るも のの
︑若 松や 春の 花木 が群 生 する 景観 は力 強さ では なく 優美 さを 感じ させ る︒ いず れも
︑比 較的 狭小 な部 屋に 描く 際の 工夫 とい えよ う︒ 以上
︑画 面構 成の 特徴 を機 能に よる グル ープ 別に まと める と︑
︵ 一︶ 勅使 の間 は︑ 対面 所と して 一続 きの 画面 を持 つ︒
︵二
︶虎 の間 は︑ 三室 を一 続き の空 間と して 使用 する た めに
︑部 屋 の 境界 を 越 え て図 様 が 連続 し
︑襖 の 開放 時 も 画 面が 破 たん しな いよ うな 工夫 があ る︒
︵ 三︶ 柳の 間と 若松 の 間は
︑圧 迫 感 のな い 画 面 作り と な って お り︑ 長 押の 上 下 で 別画 面 が 展 開し て い るよ う に も 見え る
︒︵ 四︶ 芙 蓉の 間
・帳 台 の間
・物 置 は︑ 使 用 時の 見 え 方は と く に 考 慮 さ れ て い な い︑ と なる
︒次 章で はグ ルー プ別 に様 式的 特徴 から 筆者 問題 につ いて 言及 する
︒ 四︑ 様 式 的特 徴 素地
に金 雲が 展開 する 芙蓉 の間
・帳 台の 間︵ グル ープ
︵四
︶に 含ま れる
︶を 除く と︑ 遠侍 では
︑金 地の 上に 金雲 が展 開 した り︑ 金雲 同士 が重 なり あっ たり する ため
︑縁 に沿 って 盛り 上げ 胡粉 が施 され てい る︒ 現状 では
︑盛 り上 げ胡 粉ご と 剥落 して
︑金 雲の 周辺 部は 白く 見え てい ると ころ が多 く な って い る︒ 剥 落し た 部 分 では 下 書 きの 墨 線 がみ え る た め︑ こ こで 言及 する 各部 屋の 金雲 の形 の特 徴を より よく とら える こと がで きる
︒ 前章 でみ たと おり
︑虎 の間
︵グ ルー プ︵ 二︶
︶ にお い ては
︑画 面 の 上部 や 下 部 に帯 状 に 展開 す る 金雲 が
︑図 様 の 連続 性 を保 持す る役 割を 果た して いる
︒同 じよ う な 形態 を 持 つの が 勅 使 の間
︵グ ル ー プ︵ 一︶
︶の 金 雲 であ る
︒よ り 詳 しく 金 雲の 形状 をみ ると
︑一 つ一 つの 細か い曲 線は
︑切 れ込 みが 浅く
︑あ まり 盛り 上が らず やや 扁平 な形 をし てお り︑ かつ 一 つの 曲線 が長 く大 振り であ る︵ 図5
︶︵ 図 6︶
︒全 体的 な雲 の形 も︑ 丸み を帯 びた 大き なも くも くし た雲 では なく
︑盛 り 上が りは 控え めで
︑と ころ どこ ろく ぼみ なが ら横 長に 広が り︑ 盛り 上が りの 合間 に凹 型の よう なく ぼみ の部 分が ある
― 347 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
の が特 徴的 であ る︵ 図2
︶︵ 図 4︶
︒ そ れに 対 し てグ ル ー プ︵ 三︶ に相 当 す る 柳の 間
・若 松 の間 の 雲 は
︑一 つ 一 つ の 細 か い 曲 線 は︑ グ ル ー プ︵ 一︶
︵ 二︶ 同 様に 切れ 込み が浅 く︑ あま り盛 り上 がら ない が︑ 曲線 が小 ぶり で細 かく 描か れて いる 点が 異な る︵ 図7
︶︵ 図 8︶
︒全 体 的な 雲の 形も
︑盛 り上 がり が丸 みを 帯び
︑合 間の 凹 型 のく ぼ み も小 さ い も のが 多 い︒ 柳 の間 の 方 は︑ より 個 性 的 で︑ 半 円を 繰り 返す よう な雲 の形 をと って いる
︵図 9︶
︒ 興味 深 いの は
︑若 松 の間 の 金 雲 の下 書 き 線が 露 出 して い る 部 分を 観 察す ると
︑通 常の 墨線 に加 え朱 墨で も輪 郭線 が引 かれ てい るの であ る︒ 同一 人物 の訂 正か もし れな いが
︑あ るい は遠 侍 棟の 主担 当者 が助 手の 描い た線 を訂 正し たと いう 想像 もで きる
︒と いう のは
︑金 雲の 形を 詳し くみ ると
︑こ のよ うに 部 屋ご との 差異 もあ るが
︑基 本的 な作 り方 は共 通し てい るよ うに 思わ れる から であ る︒ それ は︑ 他の 棟の 金雲 と比 べる と 明ら かで ある
︒例 えば
︑大 広間 の雲 形の 線は
︑切 れ込 みが やや 深く 曲線 がも っと 丸み を帯 び︑ 全体 的な 雲の 形も 盛り 上 がり が大 きく 丸み を帯 びて いる
︵図 10︶︒
また
︑雲 の縁 全 体に 盛 り 上げ 胡 粉 を 施さ ず
︑金 地 と重 な る とこ ろ の み 盛り 上 げて いる 点も 遠侍 とは 異な る︒ 遠 侍に 戻 っ て︑ グル ー プ︵ 四︶ の 金雲 に つ い ても 確 認 して お き た い︒ これ ら は 縁に 盛 り 上げ 胡 粉 を 施 さ な い お か げ で
︑縁 周辺 がほ とん ど剥 落し てい ない ため
︑下 書き から 細か い曲 線の 特徴 をみ るこ とは でき ない が︑ やは り切 れ込 みは 浅 めで やや 扁平 であ り︑ 全体 的な 形を 作る 際 に凹 型 の 窪み が 登 場す る 点 で は他 の 部 屋と 共 通 す る︵ 11図
︶︒ な お︑ 芙蓉 の 間と 帳台 の間 の金 雲は ほぼ 同じ よう な形 をと って おり
︑両 者は 一筆 と考 えら れる
︒な お︑ これ らの 間に ある 金雲 が描 か れな い画 面は
︑転 用さ れた もの と判 断で きる ため
︑こ こで は考 察か ら外 す︒ 以上
︑金 雲の 形態 を観 察し た結 果
︑グ ル ープ
︵一
︶︵ 二
︶は
︑ほ ぼ その 特 徴 を 共有 す る こと か ら︑ 同 一筆 者 と 考 えら れ る
︒グ ル ープ
︵三
︶の 二 室 は︑ それ ぞ れ 異 なる 筆 者 が想 定 で きる
︒︵ 四
︶の 二 室 も
︑同 じ 筆 者 の 手 に な る で あ ろ う︒ 柳 の間 に関 して は他 には ない 個性 が感 じら れる が︑ それ 以外 の部 屋で は︑ 金雲 の基 本的 な作 り方 が共 通す るた め︑ 遠侍
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 348 ―
図5 遠侍一の間南側襖 部分
図6 遠侍勅使の間(下段)南側壁貼付 部分
図7 遠侍柳の間北側襖 部分 図8 遠侍若松の間北側壁貼付 部分
図9 遠侍柳の間北側長押上貼付 部分
図10 大広間一の間東側長押上貼付 部分
― 349 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
図11 遠侍帳台の間東側壁貼付
図12 《桜・桃・海棠図屏風》部分 伝狩野長信筆 出光美術館蔵
図13 遠侍勅使の間下段西側襖 部分 図14 遠侍勅使の間上段東側大床貼付
部分
図16 《帝鑑図屏風》右隻部分 狩野甚之丞筆 個人蔵
図15 名古屋城表書院 二の間西側襖 部分
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 350 ―
障 壁画 の制 作に あた って は一 人の 総責 任者 的立 場の 画家 がい たと 想定 した い︒ それ が誰 にあ たる かに つい ては
︑棟 内部 で も っ とも 重 要 な機 能 を も つ勅 使 の 間を 担 当 した 者 と み るべ き で あり
︑土 居 氏 の甚 之 丞 説 をと り た いと 思 う
︒こ こ で は
︑樹 木の 形態 から 山根 氏の 説を 再検 討し
︑土 居説 を補 強し たい
︒ 山根 氏は
︑勅 使の 間の 筆者 を樹 枝の 形態 から 長信 とさ れた が︑ 私見 では
︑勅 使の 間の 樹木 には
︑長 信の 描く 樹枝 とは 決 定的 に性 質が 異な る部 分が ある
︒う ねう ねと 曲線 を描 く幹 や枝 は確 かに 長信 作品 と勅 使の 間で 共通 して みら れる
︒し か し
︑山 根 氏が 提 示 され た 長 信 作品 の 樹 枝は
︑い ず れ も素 直 に 伸 びて い る︵ 12図
︶︒ 勅 使 の間 の 樹 枝 は そ う で は な く︑ 二 本の 枝が 最初 伸び てい た方 向と は逆 に 曲が っ て 交差 す る 箇所 が 非 常 に多 い の であ る
︵図 13︶︵ 図 14︶︒
長信 作 品 に は︑ こ のよ うな 複雑 な枝 ぶり は見 られ ない
︒む しろ
︑枝 同士 の曲 線的 な交 差が みら れる のは
︑名 古屋 城表 書院 二の 間の 障壁 画 であ る︵ 15図
︶︒ 興 味深 いこ とに
︑こ の筆 者に つい て山 根 氏は 甚 之 丞説 を 提 示 され て い るの で あ る︒ 土居 氏 が 提 示さ れ た甚 之丞 の基 準作 とさ れる
︽帝 鑑 図屏 風
︾の 松 には
︑今 述 べ たよ う な 樹 枝の 特 徴 がみ ら れ る︵ 16図
︶︒ た だ し︑ 樹種 の 違い によ るの か︑ 勅使 の間 で執 拗に 繰り 返さ れ る ほど 顕 著 では な い︒
︽ 帝 鑑図 屏 風︾ が 漢画 主 題 であ り
︑松 も 車 輪松 を 描い てい るよ うに
︑必 然的 に硬 い形 態を とる のに 対し
︑勅 使の 間は
︑ど ちら かと いえ ばや まと 絵に ひき つけ られ てい る と い う違 い も 考慮 す べ き であ ろ う︒ 金 雲に つ い ても
︽帝 鑑 図 屏 風︾ と遠 侍 は その 特 徴 が共 通 し
︑な か で も グ ル ー プ
︵四
︶と の親 近性 が感 じら れる
!
︒ お わ り に 遠侍
は︑ 建築 的特 徴か ら︵ 一︶ 対面 所と して の勅 使の 間︑
︵ 二︶ 昇殿 者の 控室 とし ての 虎の 間︑
︵三
︶昇 殿者 の受 け入 れ 側の 場で ある 芙蓉 の若 松の 間︑
︵ 四︶ 裏方 の間 の 芙蓉 の 間・ 帳 台の 間
・物 置 の 四つ の 機 能に 分 か れ︑ それ ぞ れ の 機能
― 351 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察
に あわ せて 画面 が構 成さ れて いる こと が確 認で きた
︒ま た様 式的 特徴 から
︑甚 之丞 が勅 使の 間・ 虎の 間の 筆者 であ るだ け で な く︑ 芙蓉 の 間・ 帳 台の 間 も 甚 之丞 ま た はそ の 強 い影 響 下 に ある 画 家 が想 定 で きる
︒若 松 の 間 はや や 個 性 が 異 な り
︑柳 の間 はよ り異 質で ある が︑ 機能 の面 から 柳の 間は 虎の 間と 関係 が強 く︑ 柳の 間と 若松 の間 には 画面 構成 に共 通性 が みら れた
︒以 上の こと から
︑遠 侍障 壁画 の制 作に あた って は︑ 甚之 丞が 主要 な役 割を 果た し︑ 別の 個性 を持 つ画 家が 補 助的 に柳 の間 の制 作に あた った と考 えた い︒ それ が道 昧で ある かど うか を判 断す る材 料を 持た ない が︑ ほぼ 土居 氏の 説 を補 強す る結 論と なっ た︒
! 註 武 田 恒 夫
﹁ 広 間 の 荘 厳
﹂﹃ 姫 路 城 と 二 条 城
﹄ 日 本 美 術 全 集 第 一 八 巻
︑ 学 習 研 究 社
︑ 一 九 七 九
"
土 居 次 義
﹁ 障 壁 画
︵ 一
︶ 二 の 丸 御 殿 遠 侍
︑ 白 書 院
﹂﹃ 元 離 宮 二 条 城
﹄ 小 学 館
︑ 一 九 七 四
# 谷 直 樹 編
﹃ 大 工 頭 中 井 家 建 築 指 図 集
│ 中 井 家 所 蔵 本
﹄ 思 文 閣 出 版
︑ 二
〇
〇 三
$
︵ 注"
︶ 土 居 氏 論 文
%
︵ 注#
︶ 解 説 参 照
&
︵ 注"
︶ 土 居 氏 論 文
︑ 武 田 恒 夫 氏 も
︵ 注!
︶ 論 文 等 で 土 居 説 を 支 持 さ れ て い る
︒ ' 松 木 寛
﹃ 御 用 絵 師 狩 野 派 の 血 と 力
﹄ 講 談 社 選 書 メ チ エ 三
〇
︑ 講 談 社
︑ 一 九 九 四
︑ 一 五
〇 頁 ( 山 根 有 三
﹁ 歌 舞 伎
・ 花 鳥 図 屏 風 の 筆 者 に つ い て
﹂﹃ 國 華
﹄ 一
〇 九 三 号
︑ 國 華 社
︑ 一 九 八 六 年
︵ 山 根 有 三
﹃ 桃 山 絵 画 研 究
﹄ 山 根 有 三 著 作 集 六
︑ 中 央 公 論 美 術 出 版 社
︑ 一 九 九 八 に 収 録
︶ 山 根 有 三
﹁ 狩 野 長 信 の 作 品 研 究
﹂︑ 山 根 有 三
﹃ 山 根 有 三 著 作 集 六 桃 山 絵 画 研 究
﹄︑ 中 央 公 論 美 術 出 版 社
︑ 一 九 九 八
︑ 山 根 有 三
﹁ 狩 野 興 以 の 法 橋 時 代 の 画 風 に つ い て 名 古 屋 城
・ 二 條 城 障 壁 画 筆 者 の 再 検 討 を 背 景 に
﹂﹃ 國 華
﹄ 一 二 六 四 号
︑ 國 華 社
︑ 二
〇
〇 一 ) 小 嵜 善 通
﹁ 二 の 丸 御 殿 白 書 院 障 壁 画 の 筆 者 に つ い て
﹂︑
﹃ 國 華
﹄ 一 三
〇
〇 号
︑ 國 華 社
︑ 二
〇
〇 四
* 山 下 善 也
﹁ 二 の 丸 御 殿 に お け る 狩 野 興 以 の 役 割 老 中 の 間 と 黒 書 院 の 障 壁 画 を め ぐ っ て
﹂﹃ 國 華
﹄ 一 三
〇
〇 号
︑ 國 華 社
︑ 二
〇
〇
二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察 ― 352 ―
四
! な お
︑ 白 書 院 は
︑ 中 井 家 文 書 の
﹁ 二 條 御 二 の 丸
︵ 御 殿 御 絵 之 間 書 付 御 座 候
︶﹂ が
︑ 上 段 と 二 の 間 を
﹁ 西 湖 図
﹂ と し
︑ 三 の 間 を
﹁ 仙 人 山 水
﹂ と し て い る と こ ろ か ら
︑ 今 日 に 至 る ま で
︑ 一 の 間
︵ 上 段
︶ と 二 の 間
︵ 下 段
︶ は
﹁ 西 湖 図
﹂︑ 三 の 間 は
﹁ 山 水 人 物 図
﹂ と さ れ
︑ 重 要 文 化 財 の 指 定 名 称 も そ の よ う に な っ て い る
︒ し か し
︑ 三 の 間 に 描 か れ た 人 物 の う ち
︑ 林 和 靖 と 朱 買 臣 は
︑ 西 湖 に 深 く か か わ り の あ る 人 物 と し て 選 ば れ て い る よ う に も 思 わ れ る
︒
"
鬼 原 俊 枝
﹃ 幽 微 の 探 究 狩 野 探 幽 論
﹄ 大 阪 大 学 出 版 会
︑ 一 九 九 八
︑ 八 三
〜 八 七 頁
# 河 野 元 昭
﹁ 探 幽 と 名 古 屋 城 寛 永 度 造 営 御 殿
﹂ 上
・ 中
・ 下
﹃ 美 術 史 論 叢
﹄ 二
・ 四
・ 六
︑ 東 京 大 学 文 学 部 美 術 史 研 究 室
︑ 一 九 八 六
︑ 一 九 八 八
︑ 一 九 九 二
︑ 一 三 六
〜 一 三 七 頁
$
︵ 注#
︶ 一 三 七 頁
% 一 方
︑ 名 古 屋 城 表 書 院 二 の 間 の 金 雲 は
︑ 西 側 襖 に つ い て は 二 条 城 遠 侍 と の 類 似 性 を 認 め う る 範 囲 内 に あ る が
︑ 東 側 襖 は や や 異 質 で あ る
︒ ま た 樹 枝 も
︑ 二 条 城 勅 使 の 間 ほ ど 交 差 す る 部 分 が 多 く は な い
︒ 図 版 出 典
︵ 図 1
︶︵ 図 2
︶︵ 図 3
︶︵ 図 4
︶︵ 図 9
︶︵ 図 10
︶︵ 図 13
︶︵ 図 14
︶ 元 離 宮 二 条 城 事 務 所 提 供
︵ 図 12
︶﹃ 館 蔵 名 品 選
﹄ 第 三 集
︑ 出 光 美 術 館
︑ 一 九 九 六
︵ 図 15
︶﹃ 本 丸 御 殿 の 至 宝 重 要 文 化 財 名 古 屋 城 障 壁 画
﹄ 図 録
︑ 名 古 屋 城
︑ 二
〇
〇 七
︵ 図 16
︶﹃ 桃 山 絵 画 賛 歌
﹄ 図 録
︑ 京 都 国 立 博 物 館
︑ 一 九 九 七
― 353 ― 二条城二の丸御殿遠侍障壁画についての一考察