• 検索結果がありません。

。 トに於ける経済準の構造分株

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "。 トに於ける経済準の構造分株"

Copied!
23
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

ノレトに於ける経済準の構造分株

︑ ︑ j

f

シラセラ!とメンガアの激しい論争の結果として貫

く知られてゐる﹁歴史的経済塑﹂と﹁理論的経済準﹂

の分立が許されるならば︑設で論述せんとする所のも

のは買に前者である︒一方百科帯典的或は総合耽舎皐

的集成であった理論なき膳史記述から︑他方経消息一b

領域にも自然科撃的法則を求め得るとなず思想から大

たる影響を受けたがら︑リツケルトの認識論の助けを

借りて歴史主義の理論中に所謂﹁理論﹄と﹃歴史﹂の融

此の皐抵の最も組織的な著作を私はグムパルトの歴史

的経済墜の雛形とも一氏ふべき﹃経済生活の秩序﹂に見んとするものである︒

グムバルトは消極的には理論経済皐抵の主張する︑

批評及紹介

}If 

山単なる理論と悟史の区別に満足し得なかったこと︑積

極的には雨者の統一は彼の科皐論の論理が要求し・なけ

ればならぬものとする所から︑理論と歴史の融合を企

てる︒而してその際如何にしてこの要求を充さんとす

るか︑換言すれば時間昼間を論じたい経済と︑時と場

所によって著しく制約せられる現賓の経情生活との闘

係が如何にして説明せられるか︒理論的なものは歴史

的経済皐に於て如何たる役割を演ぜしめられるか︒更

にかくして得られた経隣接の構法は如何なる性質を有

するか等の問題を彼の論述に従って考へたい︒

tJ 

Il

l f ニーーー t 

経済畢の問題は経済皐の野象の性質から生十るとし

経済皐の封象は経済生活であり︑更にとれを人聞の枇

舎的存在の一部︑即ち人間の潟す生計上の顧慮から生

(2)

jfff 

やる一切の現象を包含するものと考へる︒そして人間

の待す生計上の顧慮を物質的財貨の調達或は経済と呼

でゐる︒かく経済生活を内容から規定し︑此の人聞の

魚ず生計上の顧慮守分押しで︑経済立構或は経済生活

に於ける精一刷︑形式︑及び投術の三個の構成要素を求

める︒そしてとの三個の要告につ念経験的に考へ得る

場合を求めて理想的経験型を作る設備研究を忽し︑他

方経済生活の系統法︑即ち経済生活の比較的大なる圏

TE

とう﹀経済主偶に於て編れる秩序︑即ち︒晶富山田山?E出向︵技術的編制系統と呼ぼう︶︑及び思想上に於て

g

EE円 明 日

2

分して宮際的系統誌と四十問的或は思想上の系統訟を慌

悶すべからやJ

設では主として科撃的関心を有する篇め最後のもの

即ち科事的臨系に閲して閥献を集中しよう︒

ソムバルトは鰹消生前を文化生活の一部とし︑経済

といふ理念によって経済生活の限界を定める︒その場

ノ、

合の経済といふ理念は一つの空間時間を超越した理性

概念である︒併し﹁経済﹄は経済生活の意味に於ては

昼間及び時聞に束縛せられたる複雑な事宜である︒一

切の文化︑従って経済もまた若し文化が賓際的であ

るならば歴史である︒経済の理念は︑放に常に一定の

謄史的現象中に具鰐化せられる︒抽象的にはハ感念上

を除いて︶如何たる宗教も如何なる謹術も︑如何た

宗教︑一定の墾術︑一定の一言語︑一定の国家が存在す

るが如く︑叉抽象的陀は如何たる経消も存しないで︑

常に只一佃の全く特定的に得られる歴史的に特殊な経

済が存ずるのみである︒

そこで一切の文化科撃の問題は営該文化現象をその

歴史的特殊性に於て把捉する手段方法を見出すととで

調

上に於けるその文化領域の地位を決定するととを知

理念の他の具瞳化から冨別するととを嬰ぶととによっ

て︑一定の文化領域を科事的とすることが出来る︒併し

此の場合は再び限界を定める作用では・なくて︑形成的

(3)

作用を管む職能を有する所の貫際欣態の上におかれた

理念の助けを借り友ければ友らぬ︒

かくて例へば各科皐から研究せられる共の時々の歴

式の理念を周ひ︑宗教墜は猫簡の理念を用ひ︑護術皐

は様式の理念を用ふるο

同様に経済皐はその材料を盟系に秩序立て得る如き

形成的理念を必要とする︒かくの如き理念は一定の時

の経済生活をその根木的特徴により決定し︑他の経済

時代の経済の姿からそれを巨加し︑それと共に人類経

済一の盤史的時代を匝切るととを職とするものである︒

経済事の様式理念ともいふべきものは経構生活の谷一

躍︑即ちその精榊︑形式︑技術をその特殊性によって

決定L得たければならね︒

かくの如く経消息ゐ論理的要求を述べ︑とれにより

て︑従来経済生活を串的鰭系に編まんとした試みを吟

第一に﹁園民経済﹄といふ形式的理念に従ふ瞳系に矛を向ける︒ワグナア︑シエツフレ︑メンガア︑シユ

モラア︑フイリツポヴイツチ等皆とれに属する︒

批評及紹介

J Y

国民経済といふ理念は経済皐的観察にとっては稔多

いそして快くべからぎるものでるる︒併しとれ等の多

くの事者の国民経済皐酬閥系中に論議してゐるものは︑

﹁園民経済﹄と無関係た市場︑貨幣︑信用︑企業︑景

気.恐慌︑勢質︑地代︑資本利子等の概念である︒又

国民経済といふ理念はそれ日身では全く空虚であるが

故に経済摩の形成的理念たり得たい︒何となれば園民

経消に見る有機韓は如何たる有機能かといふととはそ

の幽民経済といふ概念自らは並べない︒同氏経済恩一者

が経済の世界の本質を認識してゐない限り彼等にと

っても掠経済の世界は理解せられない︒岡民経済之い

ふ概念は経摘の本質に関しては何等説明しない︒﹁園民

念はその結合の種類が明瞭でない︒かhる結合の可能

性は非常に多い︒﹁園民経済﹂は手工業的︑資本主義的

或は枇合主義的基礎の上に存し符る︒従って︑臨系を

構成する理念に望む所の︑一定の経消生活の特殊性を

明瞭にし︑経済事置を腫史上にその正しい地位に置く

ととを可能とするものといふ賠に︑国民経捕といふ理

念は誼合し得たい︒

(4)

jffj 

E

私経済︑園民経済︑世界経済の三位一躍によって盟

系を樹てんとするものがある︒併し此の一二つの概念は

同コ午而に存しない︒即ち私経怖は経験的現宜位︑主有

するものであるが︐他の二概念は純梓に思想上の科準

的総括であるωそして国民経済といふ浬念の場合に一円

った如く世界経済といふ坦念も亦無内容である︒

t−突に﹁生産朕態﹂に従ふ惜系としてアリストテレス

の遊牧民︑農民︑強盗︑漁民︑狩撤兵の生活に封立せし

められる貨幣獲得にたづさはる生活からスミス︑リス

トの野控欣態︑牧畜状態.農耕朕態︑農工朕態︑長工

商扶態の区分︑克にグスクープ・シエlンペルヒの最

も優れたる﹁生産耽態﹂による六仰の型︑即ち狩猶民︑

漁撒民︑牧事或は遊牧民︑定住せる純梓の農耕民︑工

業及商業民︑工業民の構想に議論を向ける︒

そしてシヱlンベルヒの勢作に批評を集中する︒此

の場合には無内容といふ批許は営らぬ︒併し各時代の

経消生活の本質的特徴は思想上の相互の閲連を失って

ゐる︒とれは﹃生産蹴態﹂といふ理念は臨系構成理念

でないことを求すものでるる︒

最後にビユツヒヤアむ﹁販路の長さ﹄といふ・理念に O

よる韓系に偶れる︒ピユツヒヤアは﹁販路の長さ﹂と

1.諸財貨の生産せられる経済ξ同一の経済でその

財貨が消費せられる閉鎖的経済︵純梓な白日生産︑交

換なき経済︶の時代︑

2︑生産しつLある経済から泊費しつLある経済へ

直接引き渡される都市経済の時代︵註文生産︑或は直

3︑諸財貨が消費せられる前に規則的に一連の経済

な通過しなければならぬ国民経済の時代︵商品生産︑

諸財貨流通の時代︶ο

を直別ずるο

ピツヒヤアがなした直分は疋しいとし℃も﹁甑路の

長さ﹄といふ標識は経済生活全憾の航態を示す矯めに

は不誼営である︒市及︑び大市に販費ずる中世諸都市の

布生産者の布︑昔の山地建境地方の小規模の鍛工業の

生産物︑中世の踏山から生産された銀は︑生産維持か

ら消費経済に建ずるのに︑今日工業で生産せられた同

一の諸生産物が仕立塵或は錠前屋︑或は貴金属商に到

る道よりも決して長くもなければ短くもない︒それに

(5)

も拘はらやその諸事業はその官時のものであり︑そし

て今日はるん然異った世界に属してゐる︒上衣︑長靴の

如き︑販路の長さは中世と今日とは愛らぬ︒今日に於

ても託代的車輪製活工場は註文労働を供給してゐる︒

しかも︑とれ等は決して重要でたい特殊な現象ではな

い ︒

lンペルヒの場合にが︑ける如くピユツヒヤアの直分した種々異った経済紙態の記述は正しいもので

あったかも知れない︒その場合に彼が注意した労働組

1貨幣及び費本の職能︑牧入及︑ぴ財産の形成︑職業

的分化︑商業の地位︑信用の意味等は﹁販路の長さL

と事も聞係はたい︒かくて彼の構想した型の聞の思想

上の紐帯は﹁販路の長さ﹂ではないととにたる︒設で

も亦﹁販路の長さ﹂は開系構成時念たり得ないととを

知るのみであるυ

ヒルデプラントの宣物経掛︑貨幣経済︑信用桂樹の

調

ゐない︒且つ貨幣経済と信閉経済とは一般に寓別する

ととが出来たい︒貨幣の職能の一たる慣値の尺度とい

ふととは信用が認められると否とに関係ない︒そとで

批評及紹介

貨幣経済の上に於ける現金梯経済と信用経済が認めら

れるに温容左い︒この故に貨幣経済と信用経済の封立

か︿てグムパルトは彼の鰐系構成の理念を掲げ経済

経済現象を鴎系に形成するととの出来る理念は経済

L潤念から喧接比一場ぴき出さなければなら

ね︒そしてその理念は経捕の木質的た特徴を包含し︑

此の個々の特徴を統一的に鯨括ずるものでなければた

らぬ︒加之此の理念段抽象的た思想上の形態を有ずる

理念ではなく具鵠的な隆史的な確定的なものに於ける

此の要求を充すととの出来るものを粧消組織といふ

理念に求むる︒併し経済組織といふも今日何人も認む

る一定の内容はない︒故にゾムバルトは彼の意味する

定義を興へる︒﹃経済組織なるものを私は経済の説本

的要素が一定の姿を一不ず所の︑意味のある統一と考へ

ヴイルトシLヤフヴガ7

そとで最初に得た粧怖といふ概念を形成してゐる三

個の根本的構成要素を役立てる︒そして一五ふ

1L 

(6)

f,!j 

﹁川一定の精神によって支配せられ︑仰一定の秩序及

︑ぴ組械を有し︑同一定の技術を躍用してゐる所の精神

上の乾一と考へられる経済方法である﹂と︒

そして純情組織といふ概念は賢際上︑最高の酬明系形

成的理念に望まれる一切の要求を充すものである︒経

済生活の凡ゆる方面を経済組織中に包含するに十分包

括であり︑同時に鰐系を編まんとする過去の試みに於

て形成的理念であり且つ経済生活の個々の方面に於け

る地伎に特徴を興ふべきであった個別的標識としで十

分その倒きを怨ず︒経消組織といふ枇念は僧面に於て

は︑経済生活の時史的共煙性を把握せんが矯めに十分

であり︑且つそれによって図民経済といふ間念がをの

畑閥系形成的危力をその内に有してゐる如く︑純粋形式

的な理念を表はすととが出来る︒最後に経済組織とい

ふ概念ば最も原始的時代から最高度に稜達した時代に

到る全での考へ得る一一切の経済欣態に十分常筑められ

経済組識は経済生活形成の意味上の可能性と同じ教 る ︒

だけ存ずるものである︒との可能性は最初陀経済の根

本的構成要素の形成可能性によって制約せられ︑更に

O

構成要素の形成可能性の意味上の組合せ可能性によっ

て制約せられるのである︒

かくて彼は考へ得る意味ある経済の姿の可能性に闘Lて概観をm一へ︑その表式によって経済組織の可能た

る範周を見究める︒そして凡ゆる場合悟史的に賢現せ

られる絞湾方法は此の周式中に示される形成可能性の

組合せと考へ得るし︑叉枇曾主義者︑共産主義者或は

無政府主義者等の欲ずる吐舎形象に略一設ずる如き将

来の経済紙態もかくて得た闘式の中に含まれる諸可能

性の組合せ加減によって得られるし︑そして此の可能

性の組合せの可能性以外の経済方法は賓現不可能であ

そとでゾムパルトは彼の分椋から得た経済の三要素

について︑その可能たる場合を考へて第一次的制肢を

経済意時或は経済生活に於ける精神と呼んだ所のも

のは第一に弐の如き可能性そ包蔵してゐる︒第一に人

聞は経簡を替む目的を自己或は他人の得めに使用財貨

を生産する︒換一言ずれば一定の欲望を定足するととに

向って定めるととが出来る︒第二に出来得る限り多く

(7)

の貨幣を獲得するとと︑即ち﹁利得﹂を目的とするこ

とが出来る︒前者をゾムバルトは欲望充足主義と言ひ︑

後者を管利主義といふ︒

第二に経済精神の形成せられる他の可能性は手段選

揮に際して持される態度ーとずる︒査し此の場合経済的

目的を建せんが矯め使用する手段を一々計へ上げふこ

とはその教の無限であるため問題となり得たい︒設で

も二つを封立せしめる︒即ち因襲的態度及合理的態度

とれである︒その手段が承け槽がれたといふ以外何等

の理由たく︑経済を管む場合は因襲的態度であるし︑承

け楠憎がれた手段に封して批判的態度を執り合目的でな

いと判断すれば之をその意見に従って放棄するといふ

如き場合には合理的に経済を替むといふものである︒

第三にそして最後に経済精神の根本的差異は経済生

活にゑ興する個々人の人格相互の態度によって生や

る︒印ち個人主義的か︑或は連帯主義的かの二つにな

る︒専ら自己の利盆から誘導され︑専ら白己白身の力に

惰り︑専ら自己責任感を有ずる場合には個々人相互の

態度は個人主義的︑或は利己主義的である︒﹁紳は自ら

助くる者を助く﹄或はE

円 凶 ︒ 正

門 凶

OE wu

批評及紹介

ゾムバルト﹃経済生活の秩序﹄を評ナ

連帯主義的原理は個人主義的原理に封せられて︑経

済を管みつLある人間は一個人としてどはたく︑より

大たる共同社舎の成員として白畳ずるυその行震は専

ら個人的利益によるのみ友らや︑同時に他人及び彼の

属してゐる集圏の利径を顧慮するととによって決定せ

られる︒従って他人の詩めにも責任を感やる︒一定の時

には他人が自分の詰めに執混ずるととを期待する︒故

に連帯意識は責任意識或は愛情の上に打建てられる︒

それで叉滞情主義と一疋つでもよいだらう︒

経済生活の規律並びに組織の姿として考へられるゾ

ムバルトの形式は弐の如くである︒

経済生活は此の方聞に於ては第一に拘束的である

か︑自由であるかであり得る︒それは人間の経済的行需

が超伺人的規範に服従するか︑或は佃人的叉は集圏的

躍力にのみ服し得るかといふととを意味してゐる︒

第二に経済生活の形式は私経消的であるか或は共同

経済的である︒即ち経済を管む創意︑経済生活の﹁重

賠﹂が︑経済主鰹たる個々の経済に存ずるか︑或は何

等かの集園︵種族︑都市︑閤家︶に存するかである︒

一 一

(8)

私経済共同経済の艶立は自由経構と拘束せられたる

控掛の封立と相交叉する︒共同経済は常に拘束的であ

るが私経済は自由であり且つ拘束的︵中世都市︶の場

私経済的に組み立てられた経済生活は貴族的か或は

民主的とかいふととに上って著しく差異を生やる︒粧

Lるる人間金障の中只少数のものLみが経

掛主酷であり︑大部分の者は経済容館︑師ち少数の経済

主韓の命令を賀行したければたらぬ者共から成立して

ゐる場合は貴族的に組織せられてゐるのである︒之に

反して粧情生活に参興する人問︒多数が経掛主胞から

構成せられる場合には経済は民主的に組織ぜられてゐ

るのである︒民主的経掛朕態は常に所有の八す散を前提

としてゐる︒そして同時に経済主輯は生産に必要たる

生産手段を管理するととが出来る︒併し貴族的粧湾紙

態は︒経済主慢の手中に生産手段が存ずるか︑或は経

済客障の手中に存するか︵荘園粧情︶の二個の可能性

を包摘してゐる︒更に経済主轄と経泊客間関との結びつ

きが強制的か白由協約的であるかの二つを包含する︒

粧満生活は閉鎖的であるか或は分化的である︒凡ゆ

る偶−々の経消は一切の経済行詰をその個別経済内部に

ぞれ異った経済に於て吉行せられる経情歌態との聞に

差別が設けられる︒従って職業・泣き経掛と職業D

した経済との封立を一訴す︒更に設では経済生活の客観

的規律及び組織の原則として埠び欲望充足主義交換主

義とが考へられる︒此鹿では欲望充足主義にあって

は財貨の生産が使用財貨の生産として行はれる経済世

態を示す︒ブムバルトの自給経済に於ても今日に於け

る組合的に組織ぜられた経梼の如く︑枇舎主義的経消

として考へ得る場合に於ても亦同一である︒叉交換経

済といふ言葉は使用財貨としてYは左くて交換財貨即

ち商品として生産せられる経栴股駐を去はすものであ

る︒それにも拘ほらや︑交換経済に於ても経済精神に閲

する歓望充口店主義は考へ得るし賓際にも見得る︒

閉鎖的経情航態と分化的経済紙態との封立と欲望.充

足主義と交換経済との封立とは相一致しない︒交換経

棋は職業分化をその必然的前提とするが︑紋望充足軽

情は職業八刀化の行はれてゐることもそうでたいととも

(9)

置物経済と貨幣経済の封立を考へれば︑閉鎖的自給

経済は常に置物経済であり︑

AA化サられたる欲望充足

軽掛は交換鰹摘の如く︑置物経済か或は貨幣粧捕であ

最後に経済生活の形式は経勝目組織の採用せられる構悲によって根本的に決定せられる︒印ち個別経替の形

式をとるか︑或は吐合的経替の形式をとるかの可能性

そしてグムバルトぼ経消欣態ハ規律及び組織︶に表

はれて来るととの出来る可能性には制限があるととを

L︑現黙を専ら生産並びに消費の構造に向け︑分間

の可能性を度外硯し︑とれは必然的に他の可能性の組

合せから生じ経済鰐茶の本質的構誌にとっては無意義

経消生活の技術の可能性はお一に杭瞬︑的マあるか︑

てゆく離について静的か或は革命的かの均立︑第一ニに

技術はその遂行に際して︑有機的であるか或は有機

的でたいものであるかの封立がある︒

経験的技術は親方から親方へ︑親から子へと個人的

批評及紹介ゾムパルト﹃経済生活の秩序﹄を許す に俸授せられる個人的経験によるものである︒之に反して科事的技術は﹁私は出来る﹂といふととでは・なくて﹃私は知ってゐるLといふととが原理とたる︒従っ

て自然科曲学の進歩と相待って進歩するものであるο

技術と考へられる賀行方法が長い間li高々一世代

中に!ーにか或は叉極めて稀に根本的に建化ずる怒ら

ば技術は静的であり︑反封に貴行方法の頻繁なる費化︑

しかも根本的た費化が遇別であるたらば技術は革命的

T

技術がその目的の震めに生きた有機臨及び自然の有

機的生長過程を利用する場合には︑技術は有機的に行

はれる︒非有機的技術は機械的か無機的であり得る生

産過程が自動的であり即ち機械或は化事によって講さ

れる場合は機械的である︒財貨の世界が生命泣き自然

の富から組立てられる場合︑即ち無機的素材︵磁石

の方法は無機的である︒

かくてゾムパルトは以上考へた経済の構成要素の可

能性の園式を一括して示してゐる︒A精神︵経済意郡﹀

一 一

(10)

ー﹃因襲主義

I F

A

調

日﹃連帯主義

I

F個人主義

形式︵規律及び組織︶

1

v

I

J﹂欲望茄足緩撚 可一交換線涛

III  II  I VI

五有五話再雇術証肩

書機命事験芳論

的 的 的 的 的 的 法 経 経

ーー ) 管 替

無 機 機 械

的 的

三一四

以上の如くして得られた経済の構成要素の形成可能

性の組合ぜ可能性を一件び歴史的た経済組識及び枇曾主

美的経済組織について考へ一定の経消組織の統一を理

解する本質的特徴を高調するととによって理相型た作

り歴史の統一的理解に役玄てんとずるのであるが︑言

はど以上は経済の概念上︵最密た意味でないが︶の理

想型であり︑とれからとの助けによりて件んとせられ

るものは特殊的なものとしての経験型であると言って

用意せられた道具はグムバルトの目的︑即ち悟史の

珂解へ段々と向けられるつ濯に設で彼の名と有名念資

本主義概念が科皐的た構遣を持って去はれるのである

が先づ順序として彼は非資本主義的経済組織を説く︒

一切の非費本主義的経済制織は共通に二うの構成要素︑即ち経糟精紳に闘Lて欲望充足主義︑及び形式に

閲して拘束的である︒他の貼に於ては非資本主義的経

掛組識は構造を異にする︒

ゾムパルトは非資本主義的経済組織を資本主義前の

ものと資本主義後のものとに区別ずる︒前者は自給経

済であるか︑或は交換経済であるかの何れかであり︑自

(11)

給経済は民主的であるか︑或は貴族的であるο民主的特徴を有ずる原始的血族同館︑及び村落維持の典型主

︑貴族的特徴を有する古代ギリシャ及びロ!?の一 京 L

横大自給経済及び険洲中の荘園経済の典型︑資本主義

Jd

A

Jある手工業の典型を掲げる︒

初期日給経済︑原始的血族園鰹の経済は自然民族︵未

聞民族︶に建保してゐるものがら︑不完全ながら悶念

上初み立てるととが出来る︒原始的諸血故国酬臓の経済ll

遊牧生活方法︑及び主要友先占的経済に於て

l!著しく共産主義的特徴を有してゐた︒凡ゆる場

合最も重要なる生産手段には共有制が存し︑そして消

費も亦本質的に﹃共産主義的﹂なものであった︒分業

は清々男子の労働と拙女の附労働との聞に存ずるのみで

ある︒一切の構成員は同躍である︒経済精神は欲望充

足主義の外︑同襲主義及び連帯主義に主って支回せら

れる︒技術は経験的︑静的︑有機的なものである︒

村落経済の組立は一唐明瞭に知るととが出来る︒と

れは原始的に共同に所有ぜられたる移住地を個々の家

族に分配した定住農耕者の経捕である︒との経済の組

立てられてゐる基礎珂念は﹃食﹂といふことである︒

批評及紹介ゾムバルト﹃経済生活の秩序﹄を評ナ 師ち個々の農民経消の範聞は彼女が﹁その夫を養ふ﹂印ち一つの農民の家族がその蹴労働力をその樫消内部に於て肝ひ︑生計の粗を獲得し得るだけの大さでなければならぬのである︒凡ゆる聖家族は此の要求を充す利用地を保有してゐる︒会樫の耕地の巾個々の出家族に興へ・ないで︑一部は屡々村落会館の共有に蔑される︒此の部分は多一く共同に経済を侍む場所多くは放牧地の如︿牧畜を行ふ場所となってゐる︒私有地にならぬ個々の耕作も亦ll仮令各農民から個々に賓行せられるもi

村の長老の設ける共同計書に従つてなされるが牧益

は個々の農民の所有に師し︑そして消費は個々の家計

に於て行はれる︒従って村落経済は私経済と共同粧済

の混合物である@入品村落共同躍は経済上白︑王的である

即ちその綿惜の財貨の需要たその村落経済の範園内に

於て充足するο間得せらるべき生詫物の範聞はその経

済の範固に従って決定せられる︒工業的生産物は凡ゆ

る農民経済に於て一緒に題現せられる︒家屋の建築

衣服︑武器及び控身具の生産︑食物の調達は農民自給

経済の部分をなすものである︒そとで職業分化は根本

的には存したい︒只鍛冶屋の一如き特殊の勢働者のみが

三一五

(12)

;1,¥; 

l<f サ 〉

存するととがある︒併し彼等も亦︑同時に物質的財貨

を補償せられる代りに︑共同瞳の官吏としてその職龍

を瞥む限り︑自給経済的組機中に一部として編み込ま

粧情精神は慾堅充足主義︑因襲主義︑連帯主義によ

って決定せられ︑技術は前の一型の如く経験的︑静的︑

比較的多くの生産的勢働者を自身に従属せしめ︑そ

し寸彼等を支配者向家計の矯めに働かせる桜に経済主

鰻が樺カと宮を十分所有してゐるたらばその時には貴

族的に組撒せられたる自給経済である︒との自給経済

的結合中には外来人が入り込む︒此の敢にとの場合で

Q損大自給粧捕の

前提は︑勢働者のその主人に劃して受くる或る強制的

閥係である︒分業ば強大自給経済に於ては蹟い範聞に

於て可能でるる︒撹大自治経消が経済単位としず考へ

られる友ら︑非常に大規検のものTあるが︑とれは私

経済的組織を成してゐる︒揖大自給経済は経替組織的

には枇曾的たものL

貴族的自給蛭消の隈史的典型たるギリシャ及びロ1

φ片 付 ︒

44 HH go HH PR

は大たる自給経梢にロードベルトスの興へた名桶であ

る︒それはロ

1

7の帝政時代に完成骨られ︑康い土地

所有と多数の奴隷の所有を基礎とする︒とれ等の奴隷

の集固は一つの閉鎖的草位をたす支配者の消費経済の

内部に於て総べて泊費し議される所の原料を生産し工

業的生産物を生産し︑個人的勤労を矯す詩めに大規模

に相識守られてゐるのである︒g

巳 阿 世 品

E 日出国−

E 2

E Z

円﹃綿べてのものが自家ε

産せられる﹂のであるoJYムバルトは突にピユツヒヤ

ρ1マの領地の組給に開ずる記遣を典型として引

中世の荘園経桝が最もよく代表してゐる所の.そし

て貴族的自給経済の型は芽働力が純粋な奴隷関係市﹂な

く領主的従属の闘係にあるといふ酷と︑生産は一般

的に領主の経備に於て総括せられたいで部分的には

賦役︑及び租税義務を負捨してゐる諸粧消印札於て得さ

れるといふ勤とに土って︑古代の大白給経済と区別せ

られるc荘園経消の基礎は同殺に一卒中にまとめられ

た大土地所有及び諸侯の邸宅に於て話される大たる統

(13)

一的消費経済を形成せんとする比較的多数の人々

設でも再びグムバルトは個々に得られた荘園経済の

経済的構造の型を挙げた後︑資本主義前の貴族的自給

経済と民主的自給経済とは著しくその特徴を異にする

襲主義︑連帯主義によって魂を入れられ︑技術も同一

に経験的︑静的︑有機的であると・言ってゐるω

手工業︑上速のものと同一精神により︑同一技術を

標識としてゐる資本主義前の交換経済は手工業であ

手工業者は成醍その生産物を他の生産物と或は貨幣 る ︒

と交換するが︑併し彼はその粧消上の行同局在するに営

って.利相官追究によって決定ぜられるのでは友く︑そ

の身分相躍の生活︑その﹁会﹂苧得るため白努力即ち

欲望充足主義によって決定せられるのである︒

国襲主義の原則は手工業に於ては最も純粋に表現せ

られる︒即ち手工業に於てけ個人的に瞳得した知識の

個人的停授といふ仕方が親方から弟子に謹られる︒

同様に連帯主義が手工業の構成一要素である︒他の人

批評及紹介

々を保澄し︑会曜の名巷及び繁柴の見地に於てその態

度を執る義務に闘し︑中世の吋業組合法中に明瞭にそ

それから技術は因襲主義に経験的技術が従ひ︑食と

いふことの中に表はれる苧等の努力に静的技術が従び

個人的見地に従って生やる手工業の職業分化は有機的

技術を必然的に前提ずる︒

m菜︑経済組織は形式に閲しては弐の構成要素と

結びついてその特徴をなす︒即ち︑1︑経済秩序はその精神に従って拘束的たものであ

る︒個々の経済主障の行持は買い範閏に亘って客観的

規範に従ひ︑﹁食﹄の支持の昂めの努力と最も密接に結

2︑根本的に私経済的に組立てられる︒消費は徹底

的に︑そして生産も本質的に個々の経済に於て港行ぜ

られる︒併しながら村落経消に於けるが如く︑手工業

的経済に於ても亦共同経済の集合生産の遺物が保管せ

られてゐる︒村落共有地に於ける共同鰻共有地経捕と

同業組合︵或は都市︶によって替まれる施設の集合的

利用とは相通やるものがある︒

(14)

3︑手工業は農業的経済の如く民主的である︒各経

済は相並んで存在し︑経済客躍として一生涯従属する

棋に決定せられた人がない︒

4︑職業分化の問題に闘しては手工業は濁特白地位

一方に於ては手工業は他の経済組織︵例へば資本主

義的経済組織︶に於て分れてゐる非常に多くD職能を

kの経済生活が自ら執行するから︑職能分化D

付いては非常にその瑳建の程度の低いととがその特徴

他方に於ては職業分化は手工業︑即ち管業的手工業

に於ては高度に︑しかも仕事の分化︑即ち同一の特殊

行箆を糟結的に執行するといふ形態に建してゐる︒如

何たる仕方で仕事の分化が行はれるかに従って再び手

工業の特徴が示される︒一つの統一の下に専門化せら

れた附労働の集合物は常に個人的色彩を有する︒即ちそ

の附労働の集合物は一つの生々とした人格性の溢れと見

られるものである︒此鹿にその特徴がある︒

5︑経替の構造は手工業的職業分化と均衡のとれる

ものでたければたらぬ︒手工業に矛盾たく営絞る経管

形態は皐猫粧皆︑家族経皆︑職人経替で︑即ち小経替

である︒併しながら手工業的組織に於ても大経皆は考

へ得るし︑賢際にも存在した0

6︑併しながら手工業の組織は交換経済であって︑

個別的経済は根本的には自己の消費するものを生産し

ないマ︑その経済の泊費しないものを生産し︑各経済

の特殊の給付を交換するといふ閲係で共存する組織で

ある︒かくて瑳展した手工業経済は貨幣経済である︒

併し上の如く各経済の関係する仕組の可能性は種々

ある︒それに従って共の如き手工業を区別するととが

a︑賃銀手工業者及び債格手工業者或は購買手工業

者︒此の二つの手工業の形態の差は前者にあっては消

費者が︑後者にあっては生産者が原料を提供するとい

b.手工業者が戸々について仕事を管むか︑或は一

つの同一の場所に糟躍的に仕事をするかによって︑そλ\技手工業者︑及び定住手工業者︒投手工業者が同時に賃銀手工業者の時には膨応部と主一口はれる︒

c︑地方的需要の篤めに生産する手工業者︑及び大

(15)

ゑる市場を目あてに生産する手工業者ο

祉食主義的経済組織︑世曾主義的経済組織は街宣際

的には詮明せられ得たい賠に上越の組織と根本的に異

Dであり︑反資本主義的︑或は資本主義の後に来

る経済組織であると解せられる︒故に純粋の思想上の

隈系中に組み立てられる経済的態度の色々た特徴が如

何たる範固まで矛盾なくゆくか︑或は概念上の綜合が

如何たる範固まで非現宜的即ちユlトピイであるかに

ついては確言し得たい︒経済のユlトピイは雨立し難

き諸嬰因を有する経済組織である︒枇合主義的経済組

織は従来考へられてゐるが如く︑本質的に昼想的であ

4

第一に経済精神に闘しては指導的理念として︑a

︑ 一

切の資本主義前の経済組織と同様に欲望充足主義を一

致して主張し︑貨幣利得の詰めではたく︑使用財貨の

生産といふことを強調する︒b︑合理主義を見んとす

る︒費本主義前の経済組織と異る︑e︑連帯主義を考

へる︒資本主義前の経済組織に於ては自然の共同圏躍

的感情から流れ出づる蓮帯意識を人工的に新しく作り

出すととは経情上の枇曾主義の解決し友ければたらぬ

批評及紹介

ゾムパルト﹃経済生活の秩序﹄を評す 困難な問題であるο

技術に闘しては資本主義前の経済組織と反自に資本

主義的技術を高調するととを共通に主張する︒即ちそ

とでは科皐的︑革命的︑非有機的である︒かLる技術

が吐舎主義的秩序と結び付くといふ仮定は明に枇舎主

義的経済組織の宰想的性質を曝露してゐる︒何となれ

ばその形式は静的技術とのみ結びつき得る様に考へら

れてゐるからである︒更にその理由は枇舎主義的経済

組織は総べて︑全経済を一つの計霊的統制の下に治く

といふ意味に於て︑拘束的たものであり︑一居徹底し

た職業分化の行はれる場合であり︑これに従って生十

・る大経醤的組織であり︑欲望充口広経済︑及び共同経済

の行はれる場合でなければたらぬととになる︒即ち生

産と需要との一設を闘る局めに計霊的に生産と消費を

指定するといふ回定的組織が選まれる︒併しながらと

れは他の理由一般から静的技術の場合にのみ存L得ると彼の立場から批許してゐる︒

主義の共通に有する要素であって枇舎主義全部の主張

する経済組織ではない︒そこで彼はその以外のものを

(16)

if!j 

E

次に費種として拐げる︒

ー︑指導の重駐が中央政府にるるか或は自治暗に移

されるかによって︑中央集権的︑及び地方分擢的批命日

2︑貨幣を周ひるか否かに従って貨幣経済的及び質

物経消的批舎主義的軽減組織︒

3.金生産物から制人の受取る分前が︑その給付に

従ふか︑或は需要に従ふかにょっと封民的︑及び共産

主義的批曾主義経済組織︒前者の場合には寸何日値﹄を

定めるととが合まれてゐる︒

かくの如くグムバルトは彼の資本主義に封立する手

工業及吐曾主義の粧蹄組織の型を示した後伎の長年の

研究の中心をなす資本主義の型を比較的詳しく描いて

彼は資本主義とは以下の諸特徴をなす一つの特定の 費本主義

典型的経済組織台あると言ふ︒

−精神︑経消意向は失の様忙定められる︒a支配的危経済主義は管利主義である︒叫営利主義の

特徴は経酒生活の直接目的が人聞の欲望充足に非やし

て︑専ら貨幣額の増殖であるといふ賠に一不される︒か

Lる目的決定は資本主義経済組織に内在するもO

る︒従って常利目的︵企業資本額の経済行篇による増

大︶を資本家的経済の客観的目的として示ずととが出

来る︒併し個々の経済主躍の主観的目的決定は必︑ずし

も客観的目的と一致するを常としないο

費本主義の支配せられる第二の経済主義は︑b個人

主義である競争主義とも一吉はれる︒個人主義は個々の

経済主障が専ら自分明りでやってゐると感守る精神把

持を意味する︒各人は自分のみを信じ︑自分のカの

みを信頼する︒経済生活に参興ずる人々の幸幅︒或は

苦痛を顧慮するととはなく個人はその活動範園をそ

の意志とその絶封樺に一致するだけ横張ずる︒個人は

如何怒る助力も︑援助も︑如何伝る要求をも期待しな

い︒誌では活動の自由といふ範園に於て意味せられた

自由主義は民主的自給経済︑印ち手工業︑近世吐曾主

義の組織と略々五反封に平等の原則を無脱して貫現せ

られてゐる︒給付及び反対給付の完全なる一設といふ

第三の経済主義は経済的合理主義であるο資本主義

参照

関連したドキュメント

この小論の目的は,戦間期イギリスにおける経済政策形成に及ぼしたケイ

[Publications] Asano,T.: &#34;Liposome-encapsulated muramyl tripeptide up-regulates monocyte chemotactic and activating factor gene expression in human monocytes at the

当第1四半期連結累計期間におけるわが国経済は、製造業において、資源価格の上昇に伴う原材料コストの増加

bridge UP, pp. The Movement of English Prose, Longmans. The Philosophy of Grammar. George Allen &amp; Unwin. A Modem English Grammar on Historical Principles, Part IV.

国連海洋法条約に規定される排他的経済水域(以降、EEZ

経済学研究科は、経済学の高等教育機関として研究者を

同総会は,作業部会はニューヨークにおける経済社会理事会の第一通常会期