3.土地利用型農業法人 (1)西部開発農産(表1) 同社の創業者で会長の照井耕一は幼少時に父親を亡くしたため,篤農家のもとで働きながら,定 時制の農業高校で学び,家業である農業を志した12) 。食糧づくりの大切さを心に刻み,営農規模を 拡大し,自立したいと考えるようになったという。1960年代の終わりには,3ha13) の水稲と畜産を 協同で行う組合を立ち上げた(その後,解散)。1970年代に入ると減反政策が本格化したため,転 作地を引き受け(小麦などの栽培),70年代終わりに農地は50ha の規模になった。そして,1986年 に有限会社西部開発農産を3人でスタートさせたのである。 西部開発農産の特徴は,経営理念に謳われているように地域の農作業を積極的に請け負うことで, 郷土の農地保全を図るというところにある。2013年の作付面積は,水稲が148ha,大豆が254ha, 小麦が193ha,二毛作のそばはのべ136ha,飼料米が56ha,キャベツなどの野菜が12ha などとなっ ており,合計で810ha にもなる。このほかに120ha の農地の作業を受託する一方,肥育牛200数十 頭の畜産にも従事している。また,ひまわり味噌の開発,そば,そうめんの加工,米の直接販売, 野菜と大豆の契約栽培を行うなど,2次産業化,3次産業化も試みてきた。しかし,同社の特徴は 何といっても,大規模農場で効率経営を実現していることである。日本の農家(含兼業)の平均経 営面積が1.8ha,ドイツとフランスが40ha 強,米国が180ha14)
であることから,同社の耕作面積は 抜きん出た規模であることが分かる。 農水省の農業指導員などからは適正規模を大きく越えているとの指摘をしばしば受けるという。 例えば,全国平均で米と麦類の平均生産コストは規模の拡大に従って徐々にコストは低下するが,10 ha を越えるあたりからコストは下げ止まるという15) 。つまり,農業機械の導入による生産性向上 は10ha 強の生産規模までは規模の経済性が効いてコストを押し下げるが,それを越えると圃場の 分散や,作付けと収穫時期が決まっていることなどによる非効率性が増し,生産性向上分を相殺し てしまうのである。もちろん,生産品目,圃場の配置,立地の気候等によって,規模の経済と不経 済が均衡する最低水準は異なる。ただ,農業は工業と異なり,自然が相手の生産活動であるため, 年間を通じた作業の平準化が難しい。穀物生産のような土地利用型の農業は広大な農地をカバーし なければならないことから,規模の経済性を享受できる範囲は自ずと限られる。これが,農業指導 員が西部開発農産に対して,規模の不経済を懸念し,問題点として指摘する背景なのである。 照井もせいぜい35km 圏内の農地1,000ha が限界であろうと思っているという。日本で最大級の 表1 (株)西部開発農産プロフィール 1.代表者 照井耕一(会長),照井勝也(社長) 2.所在地 岩手県北上市 3.法人設立 1986年(当初は有限会社として設立) 4.資本金 2,697万円 5.売上高 5.6億円(2012年)
6.農場面積 743ha(そばの二毛作をあわせるとのべ810ha,ほかに作業受託が120ha)。
7.生産品目・事業 稲作,大豆,小麦,そば,キャベツ,飼料米,牧草の生産。畜産物の生産。農産物の 加工など。
六星の事業の最大の特徴は六次産業化である。1981年にもち米の栽培を始め,早くも1982年にか き餅の生産を開始し,1984年には専用の加工工場を建設し,餅の生産も行うようになった。早くか らカビなどの発生を抑制し,品質維持を図るため,オゾン殺菌装置やエアシャワーを導入した。農 家の片手間ではなく,会社の事業として推進するという意思が明らかで,そうした事業へのコミッ トメントが食品加工と直営店の成功につながった。 2013年販売計画では8.7億円の売上げの2.8億円が餅,惣菜が1.4億円,菓子が3,400万円,漬物が 1,500万円となっている(米は2.3億円,野菜は1900万円)。チャネル別では,百貨店などの催事を 含む卸販売が3.7億円,自店舗での販売が3.7億円,ネット販売などが9,000万円となっている。現 在,直営店3店とレストラン1店を展開している。 このように書くと,六星における農業の六次産業化は先を見通した優れた経営戦略が奏功したも のと思われるかも知れない。それは間違っていないが,六次化は農業の制約条件を克服する取り組 みが出発点である点を見逃してはならない。通年雇用の社員による会社であれば,農作業ができな いからといって冬は開店休業というわけにはいかない。米だけでなく,野菜の栽培を拡充したのも, かき餅や餅の生産と販売を始めたのも,冬場の仕事を作り出すためであった。仕事,農地利用,設 備稼働などの平準化対策は農業経営の課題であり,それが工業と大きく異なる点である。六次産業 化の経営戦略が優れていたというよりは,六次産業化の過程で経営資源を蓄積してきたといえるの である。ところで,食品加工と販売が経営の安定化にとって大きく寄与している六星であるが,原 料となる農産物を自社産にこだわる方針は堅持することにしている。企業の成長を最優先すれば, ボトルネックの原料供給を多角化すべきであるが,農業生産法人という自社の存在意義を大事にし たいし,食品加工において大手で競争することも得策でないとの現実的なバランス感覚に基づく判 断といえる。
六星の2013年6月末の役員と社員数は41人で,社員の平均年齢は33歳となっている。創業者4人 は第一線を退き,現在は非常勤の取締役を務め,社長は東京出身で元サラリーマン,農業経験のな い輕部英俊(創業者の1人の娘婿)が務めている。パートは56人,それと短期パートとアルバイト を餅加工の繁忙期(10月から12月)に20―30人雇用している。しばらく定着率が低かったものの, 近年は定着率が増し,新卒と中途採用を毎年数名採用している。社員は単なる労働者ではないし, 農業経験者であればよいわけではないという。一緒になって会社を発展させ,将来,経営を担うこ とのできる人材を求めている。それは,採用面接において,会社で何をしたいのかを問うているこ とからも分かる。結果的に勉強熱心で,かつ活動的な人ということでほとんどは大卒人材の採用に なるという。実際,社員には農業経験のない人も多いし,首都圏など遠方からの就職も多いようで ある。 六星の特長の第一に「会社」による経営である。第二は六次産業化のモデルケースといえる点に ある。六次産業化のきっかけは仕事の平準化であるが,そのために必要な加工施設,衛生装置への 大胆な投資も特筆に値する。大規模ライスセンターへの投資など,事業規模に比べれば過大ともい える設備投資を先行してきたことは第三の特長といえる。資金調達には苦労したようだが,共同経 営でありながらぶれない経営哲学(根底は会社をつぶせないという使命感)が基礎になってきたこ とが大きかった。大胆な戦略と実直な組織運営がうまくバランスした。また,六次産業化に強みは あるものの,あくまでも農業を基盤にするというバランス感覚に優れている点も評価できる。バラ ンス経営が第四の特長に挙げられる。 (3)新潟ゆうき(表3) 新潟ゆうきの代表取締役佐藤正志は,二十歳で本田技研工業の車両整備子会社に就職し,車両サ ービスと経理,部品販売などの業務を経験した18) 。しかし,家庭の事情で27歳の時に帰郷し,就農 することになったが,その時の生産規模はわずか75a でしかなかった。また,新潟の岩船地区は, 魚沼産コシヒカリの産地である上越地区と異なり,保守的な土地柄で農協の力が強かった。そして, 他地域に比べ小作料が高いこともあり,コストダウンと売値の引き上げが不可欠という厳しい環境 に置かれていた。 新潟ゆうきのモットーは「売れるコメづくり」である。それは農協出荷では農業を維持するため の収入が得られないとの危機感から,佐藤が早くから米の直接販売を行ってきたことが背景にある。 1989年に特別栽培米(特栽米)制度が作られ,無農薬栽培米の直接契約と消費者への直接販売が可 能になった。それまでも,わずかではあるが有機米生産の経験があり,直接販売に比較的容易に踏 表3 新潟ゆうき(株)プロフィール 1.代表者 佐藤正志(代表取締役) 2.所在地 新潟県村上市 3.法人設立 2001年(当初,岩船有機生産者協会として設立) 4.資本金 600万円 5.売上高 2.3億円(2012年)
6.農場面積 法人34ha,41軒の参加農家80ha,同社経由販売の出荷農家110ha。 7.生産品目・事業 米,各種野菜,食品加工,直営店。
かかったという。そして,高島屋植物園がポールセン・ローズを扱うことになり,日本でも普及す るようになった。ポールセン・ローズ社の150年の歴史でブロメリア・ギフは32番目の契約者でア ジアでは初めてだった。その後,韓国と中国,それにマレーシアでも代理店(契約者)が指名され, 日本で進化した栽培技術が活かされることになる。なお,ポールセン・ローズ社は代理店間の競争 (輸出)を禁止しており,市場間の競争は回避されている。ポールセン・ローズの幼苗は欧州から 7割,アジア(中国とベトナム)からは3割となっている。 順調に見えたブロメリア・ギフの花卉事業は,2009年に思わぬ逆風にさらされることになる。管 理ミスが重なり,べと病が発症し,ポールセン・ローズが全滅したのである。栽培技術が十分に確 立しておらず,社員教育も不十分だったにもかかわらず,栽培を任せた経営者の力不足が原因とい うのが細川の反省である。2012年に黒字に回帰し,ようやく2009年の失敗を克服しつつあるという のが現状である。栽培データ(温度,湿度,日照,炭酸ガス濃度など)の分析を深化させ,栽培技 術の精度を高めることが現在の課題となっている。他方,販売データの分析を強化し,注文栽培の 比率を高めることで,付加価値の積み増しを目指している。 細川の最大の強みは人脈形成と活用能力であり,知己を通して貴重の情報へのアクセスに成功し たことである。学ぶことが好きで,経営コンサルタントや企業経営者の講演会やセミナーに足繁く 通い,多くの知己を得てきた。このことが第一の特長である。第二の特長はサラリーマン経験もあ り,ビジネス感覚に優れていること,決断力があること(生産品目の改廃など),学習能力に優れ ていることが挙げられる。確かに,組織能力を十分に引き上げることができなかったことは反省点 であるが,経営の近代化に努め,徐々に成果に結びつけている点は高く評価できる。 (4)京丸園(表8) 代表取締役の鈴木厚志は父親の手掛けるみつば栽培とは異なる洋ランの栽培を学び,5年挑戦し たがなかなかうまく行かず,25歳の時の家業を手伝うようになった23) (1990年)。ただ,みつばの 生産に集中するのではなく,ニッチともいえる(ミニ野菜の)姫みつば,姫ねぎ(芽ねぎ)の水耕 栽培を開始した。しかし,それから5年ほどは生産が安定しなかったという。転機になったのは, 次の2つの出来事である(1995年)。経営講座に出席し,経営理念と経営目標というゴールなしに 事業を行うのは単なる彷徨であり,経営とはゴールから逆算して事業を計画することであるという ことを学んだ。経営のいろはを知らなかったことを悟り,「笑顔創造」という経営理念はこうした 経験を通じて,制定された。もう1つは,ちょうどその頃,障がい者との出会いであり,障がい者 表8 京丸園(株)プロフィール 1.代表者 鈴木厚志(代表取締役) 2.所在地 静岡県浜松市 3.法人設立 2004年 4.資本金 800万円 5.売上高 2.65億円(2012年)
6.農場面積 水耕94a,田畑120a(水稲70a,野菜50a)。
7.生産品目 水耕 京丸姫みつば,京丸姫ねぎ,京丸姫ちんげん。
営学の前提とするのも誤りであるし,ましてや企業経営の現場においては別次元の行動原理が存在 するように思われる。経営においては,一定の売上げと利益創出によって,株主や社員に報いつつ, 事業を継続,拡大することこそが目標なのではないか。また,経営破綻した場合,農地が放置され るなどの懸念があるとすれば,それは税制を含む制度設計によって,経営の主体が変わっても,農 業自体は継続できるような仕組みを作ることが重要である。確かに,会社も,そして市場も取り扱 いを誤れば,社会が蒙る被害は甚大である。しかし,だからといってそれらを利用しないことによ る弊害はそれ以上である。よく切れる包丁でも,怪我をすることなく,芸術的な料理を作れるよう に,われわれも会社と市場の力を農業に最大限活かすことができるよう,知恵を絞り,さまざまな 工夫を凝らすべきだし,それは十分可能なのではないだろうか。 謝辞:調査にご協力戴いた日本農業法人協会・鈴木一寛常務理事,全国農地保有合理化協会・深谷成夫審理役,高崎経済 大学・吉田俊幸名誉教授(前学長),農業法人8社の創業者,経営者の方々に感謝し,衷心より厚く御礼申し上げます。 注 1)本稿は平成25年度専修大学研究助成を得て行われた調査に基づく,研究成果の一部である。記して感謝の意を表しま す。 2)ステロタイプな表現ではあるが,「迷走した農業政策」といわざるを得ない。農地集約,農業の自立,競争力の強化 などの必要性は意識されてきたが,既得権の破壊は不可能に近く,結果的に緊急避難的な政策が実に長期に亘って維持 されることになった。 3)民主主義国家にあっては,選挙における農業団体の支援,農民票の行方に関心が高いという意味でセンシティブとい う点も見逃せない。しかし,本論の関心領域とは異なるし,政治のみが要因とも考えられない。 4)ミクロ経済学では,効用の最大化行動について無差別曲線を用いて分析する。しかし,食料は必要量が満たされなけ れば人は生存できないため,無差別曲線で説明できない領域がある。生源寺眞一(2013)『農業と人間』岩波書店,第 1章「フード・セキュリティ」を参照されたい。 5)例えば,ロシアの縫製業グロリア・ジーンズは典型例である。軽工業は元々競争力が著しく低く,1990年代のカオス 化した社会(政治,経済両面)にあり,かつ通貨高による輸入の増大という環境のなか,ほぼ壊滅した。しかし,同社 は国内に生産を残しつつ,競争優位を維持している。
義に捉えることが重要である。
12)2013年7月18日に同社を訪問し,照井耕一会長へのインタビュー調査を実施した。ほかには同社に関する報告書,同 社ウェッブサイトを参考にしている。敬称略。
13)1a は約10m×10m,1ha はその100倍で約316m×316m である。10a が約1反,1ha は約1町となる。