神戸市外国語大学 学術情報リポジトリ
コルタサルの作品における空白の考察
著者 森川 香織
学位名 博士(文学)
学位授与番号 24501甲第37号 学位授与年月日 2013‑03‑06
URL http://id.nii.ac.jp/1085/00001327/
Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja
コ ル タ サ ル の 作 品 に お け る 空 白 の 考 察
神 戸 市 外 国 語 大 学 大 学 院
外 国 語 学 研 究 科 博 士 課 程 文 化 交 流 専 攻 2012 年 度
森 川 香 織
1 目 次
目 次 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・1
略 号 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・3
序 章 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・5 論 文 の 構 成 お よ び 各 章 の 主 題 と 焦 点 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・7
第 I 部 個 人 的 運 命 の 超 越
序 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・9 第 1 章 変 身
1. 『 引 っ 越 し 』 に お け る 現 実 か ら の 脱 却 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・10 2. 『 山 椒 魚 』 に お け る 自 己 と の 断 絶 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・15 3. figurasと 詩 的 所 有 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・19 第 2 章 夢
1. 『 夜 、 あ お む け に さ れ て 』 に お け る 運 命 の 反 復 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・28 2. 『 水 底 譚 』 に お け る 永 遠 回 帰 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・30
第 II 部 現 実 の 二 重 性
序 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・37 第 1 章 強 迫 観 念 と 現 実 の 変 容
1. 『 昼 食 の 後 』 に お け る 不 吉 な 同 伴 者 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・38 2. 『 動 機 』 に お け る 狂 気 と 秘 密 の 共 犯 関 係 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・45 第 2 章 現 実 の 向 こ う 側
1. 『 バ ッ カ ス の 巫 女 た ち 』 に お け る 語 り 手 と 盲 人 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・51 2. 『 追 い 求 め る 男 』 に お け る 合 理 的 現 実 へ の 反 抗 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・60
時 間 (61) / ス ポ ン ジ ・ ゼ リ ー ・ 穴 ・ 鏡 ・ 言 葉 (66) / 神 ・ 自 己 ・ 仮 面 (68) / 理 性 ・ 道 徳 (71) / 地 位 ・ 名 誉 (72) / 権 威 へ の 屈 服 (73) 3. 非 合 理 的 な も の ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・77
第 III 部 『 石 蹴 り 遊 び 』 に お け る 絶 対 の 探 求
序 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・80
2
第 1 章 あ ち ら 側 か ら ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・83 出 会 い : 驚 き と 世 界 の 解 体 (83) / 蛇 の ク ラ ブ (86) / 超 個 己 (86) / 不 条 理 な 現 実 (88) / 言 葉 (89) / ロ カ マ ド ゥ ー ル の 死 (91) /
彼 岸 の 秩 序 (92) / 対 話 に よ る 真 理 の 創 造 (93)
第 2 章 こ ち ら 側 か ら ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・97 遊 び の 機 能 (98) / 橋 の ゲ ー ム (100) / ド ッ ペ ル ゲ ン ガ ー (102) / 蜘 蛛 の 巣 ゲ ー ム (106) / 再 会 (107)
第 3 章 そ の 他 も ろ も ろ の 側 か ら ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・110 作 品 の “ 開 か れ ” と 諸 レ ベ ル (113) / “ 作 者 の 指 示 ” と “ 指 定 表 ” が 読 者 に 及 ぼ す 効 果 (114) /“ 空 白 ” の 効 果 と 読 者 の 役 割 (117) / 作 者 ・ 作 品 ・ 読 者 (120)
結 論 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・126
引 用 文 献 お よ び 参 考 文 献 一 覧 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・131
3 略 号*
*本 論 考 で 言 及 す る フ リ オ ・ コ ル タ サ ル の 主 な 作 品 は 以 下 の 略 号 で 表 記 す る 。
≪ ≫ は 短 編 の タ イ ト ル 、( )は 初 版 も し く は 所 収 さ れ た 短 編 集 お よ び 全 集 の 初 版 を 表 わ す 。 脚 注 に お い て も 以 下 の 略 号 を 使 用 す る 。
A: ≪Axolotl≫, Obras completas I. Cuentos. (ed. YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp. 499-504. (Final del juego (初 版) 所 収, Buenos Aires, Sudamericana, 1956).
DA : ≪ Después del almuerzo ≫ Obras completas I. Cuentos. (ed.
YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.490-499. (Final del juego ( 第 二 版 ) 所 収 , Buenos Aires, Sudamericana, 1964).
EM: ≪El móvil≫, Obras completas I. Cuentos. (ed. YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.468-474. (Final del juego (初 版) 所 収, Buenos Aires, Sudamericana, 1956).
EP: ≪El perseguidor≫, Obras completas I. Cuentos. (ed. YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.309-363. (Las armas secretas 所 収, Buenos Aires, Sudamericana, 1959).
L: ≪Lejana≫, Obras completas I. Cuentos. (ed. YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.177-184. (Bestiario 所 収, Buenos Aires, Sudamericana, 1951).
LM: ≪Las ménades≫, Obras completas I. Cuentos. (ed. YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.422-435. (Final del juego (初 版) 所 収, Buenos Aires, Sudamericana, 1956).
LN : ≪ La noche boca arriba ≫ , Obras completas I. Cuentos. (ed.
YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.505-512. (Final del juego ( 初 版 ) 所 収 , Buenos Aires, Sudamericana, 1956).
M: ≪Mudanza≫, Obras completas I. Cuentos. (ed. YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.125-134. (Cuentos completos 1 所 収, Madrid, Alfaguara, 1994).
R: Rayuela, Madrid, Cátedra, 16 刷, 2003. (Buenos Aires, Sudamericana,
4 1963).
RF: ≪Relato con un fondo de agua≫, Obras completas I. Cuentos. (ed.
YORKIEVICH, Saúl), Barcelona, Galaxia Gutenberg, 2003, 所 収, pp.485-490. (Final del juego ( 第 二 版 ) 所 収 , Buenos Aires, Sudamericana, 1964).
5 序 章
フ リ オ ・ フ ロ レ ン シ オ ・ コ ル タ サ ル ・ デ ス コ ッ ト(Julio Florencio Cortázar Descotte)( 以 下 フ リ オ ・ コ ル タ サ ル ) は 、1914 年 に ベ ル ギ ー の 首 都 ブ リ ュ ッ セ ル に 生 ま れ 、そ の 後 両 親 の 故 郷 で あ る ア ル ゼ ン チ ン に 戻 る が 、1951年 に は ふ た た び ヨ ー ロ ッ パ に 渡 り 、 以 後 、 他 界 す る ま で フ ラ ン ス を 離 れ な か っ た 。 ア ル ゼ ン チ ン と フ ラ ン ス の 両 国 籍 を も つ 作 家 で あ る 。
幼 少 時 代 か ら 読 書 癖 の あ っ た コ ル タ サ ル は 、 ポ オ の 幻 想 譚 や 英 仏 の ロ マ ン 主 義 や 象 徴 主 義 の 詩 、 デ フ ォ ー や ヴ ェ ル ヌ の 冒 険 小 説 を 読 み ふ け り 、 自 身 も 幼 い 頃 か ら 詩 や 小 説 の 創 作 を 行 っ て い た 。 経 済 的 な 問 題 で 大 学 を 中 退 し た 後 は 教 職 に 就 く が 、 ペ ロ ン 主 義 の 台 頭 と と も に 身 の 危 険 を 感 じ た 彼 は 、 教 職 を 辞 し 、 首 都 ブ エ ノ ス ア イ レ ス に 出 て 出 版 関 係 の 職 に 就 く 。 こ の 頃 か ら 、 文 芸 評 論 を 執 筆 す る 傍 ら 自 ら も 積 極 的 に 短 編 の 創 作 を 行 い 、 さ ら に フ ラ ン ス 政 府 の 奨 学 金 を 得 る た め 仏 語 の 習 得 に も 励 ん で い る 。
フ ラ ン ス に 渡 っ た 後 は 、 妻 の ア ウ ロ ラ と と も に ユ ネ ス コ の 翻 訳 官 と し て 働 き つ つ 、短 編 の 執 筆 を つ づ け る が 、1960年 以 降 は 長 編 小 説 や エ ッ セ ー 集 も 発 表 す る よ う に な る 。 革 命 後 の キ ュ ー バ を 訪 れ た 1961 年 以 降 は 、 政 治 的 な 活 動 に も 積 極 的 に 関 与 し は じ め 、 ラ テ ン ア メ リ カ の 軍 事 独 裁 に 対 す る 抗 議 集 会 や 国 際 法 廷 に も 出 席 し 、1984 年 に 死 を 迎 え る ま で 社 会 主 義 に よ る 解 放 運 動 を 支 援 し つ づ け た 。
作 品 の ジ ャ ン ル と し て は 、1940年 代 の 半 ば か ら 50 年 代 の 後 半 ま で は 短 編 小 説 が 中 心 で あ る が 、1960 年 代 に 入 っ て か ら は 長 編 に も 着 手 し 、十 年 間 に 三 本 の 長 編 小 説 を 発 表 し て い る 。 そ の 後 は 、 ふ た た び 短 編 中 心 の 創 作 が つ づ く が 、 そ の 傍 ら で エ ッ セ ー 集 や 写 真 集 、 旅 行 記 な ど 幅 広 い ジ ャ ン ル で 活 動 を つ づ け た 。 本 稿 で 取 り 上 げ る の は 、主 に 40 年 代 か ら 60 年 代 前 半 の 作 品 で あ る た め 短 編 が 中 心 と な る が 、 最 終 章 で は 1963 年 に 発 表 さ れ た 長 編 『 石 蹴 り 遊 び 』 の 考 察 も 行 う 。
コ ル タ サ ル の 短 編 に つ い て は 、“ 幻 想 的 ” と 形 容 さ れ る こ と が 一 般 的 で あ る 。
“ 幻 想 ” の 定 義 に つ い て は 、 ツ ヴ ェ タ ン ・ ト ド ロ フ が 『 幻 想 文 学 論 序 説 』 の 中 で 、「 テ ク ス ト 内 で 語 ら れ た 超 自 然 的 出 来 事 に つ い て 、作 中 人 物 か 読 者 、あ る い は そ の 双 方 が 、 合 理 的 な 説 明 を と る か 超 自 然 的 な 説 明 を と る か の “ た め ら い ”
6
を 抱 く こ と 」で あ る と 述 べ て い る1。こ の ト ド ロ フ の 定 義 も 、彼 が 同 書 の 中 で 取 り 上 げ た 他 の 評 論 家 の 見 解 も 、 大 筋 に お い て コ ル タ サ ル の 作 品 に 当 て は ま る よ う で あ る2。
一 方 、 ト ド ロ フ は 「 幻 想 的 な テ ク ス ト で 語 ら れ た 怪 奇 的 な 出 来 事 の 本 性 に つ い て 、 読 者 が 抱 く “ た め ら い ” は そ の 出 来 事 を 現 実 に 属 す も の と 認 め る か 、 想 像 力 の 結 実 な い し 幻 覚 の 所 産 と み な す か 、 い ず れ か に 決 す る こ と が で き れ ば 解 消 す る 」。 つ ま り 、「 出 来 事 が 実 在 す る か 否 か を 断 定 で き れ ば 、 幻 想 は 終 わ る 」 と 述 べ て い る3。し か し 、コ ル タ サ ル の 短 編 に 関 し て 言 え ば 、そ こ に 描 か れ た 奇 妙 な 出 来 事 は 、 現 実 で あ る と も 、 ま っ た く の 非 現 実 で あ る と も 言 い 難 く 、 ゆ え に 読 者 の “ た め ら い ” は 容 易 に 解 消 し な い よ う に 思 わ れ る 。 む し ろ 、 彼 の 短 編 を 特 徴 づ け て い る の は 、 読 者 を 混 乱 さ せ 、 し か も そ の 混 乱 を 解 消 す る た め の 決 定 的 な 手 掛 か り を 欠 い て い る こ と な の で あ る 。
本 論 で は そ う し た 作 品 に お け る 決 定 項 の 不 在 を 、テ ク ス ト 内 の「 空 白 」、ま た は 「 問 い 」 と 呼 び 、 主 に そ れ ら の 点 に 焦 点 を 当 て て 考 察 を 進 め る 。 な お 、 こ こ で 使 用 す る「 空 白 」と い う 用 語 は 、テ ク ス ト に 存 在 す る“ 不 確 定 箇 所 ”で あ り 、 読 者 が 埋 め る べ き も の と し て 、ヴ ォ ル フ ガ ン グ・イ ー ザ ー が 用 い た“ ブ ラ ン ク ” と い う 語 を 参 考 に し て い る4。イ ー ザ ー を 参 考 に し た 理 由 と し て は 、近 年 の コ ル タ サ ル 研 究 に お い て 、彼 と H.R.ヤ ウ ス が 提 唱 し た「 受 容 理 論 」や 、ウ ン ベ ル ト ・ エ ー コ の 唱 え た「 開 か れ た 作 品 」の 解 釈 学 に 基 づ く 議 論 が 盛 ん に な り5、そ う し た 研 究 の 中 で も や は り 、「en sus relatos lo fantástico representa un vacío que contradice toda “definitividad” o “hermetismo”; en consecuencia, el lector desempeña una función primordial, al tener que desvelar el sentido más allá de las palabras.」(Goyalde Palacios, 2001:151)( 彼 ( コ ル タ サ ル ) の 短 編 に お い て 、 幻 想 的 な も の と は 、 あ ら ゆ る “ 決 定 論 ” や “ 密 閉 性 ” に 反 す る 空 白
1 ト ド ロ フ, 1999:42, 53-54参 照 。
2 例 え ば 、 カ ス テ ィ ッ ク ス の 「 幻 想 は 、 現 実 の 生 活 の 枠 内 に 神 秘 が 唐 突 に 入 り 込 む こ と が 特 徴 で あ る 」、あ る い は カ イ ヨ ワ の「 幻 想 と は す べ て 、秩 序 と み な さ れ て い る も の の 破 壊 で あ り 、日 常 の 不 動 の 適 法 性 の さ な か に 容 認 し が た い も の が 闖 入 す る こ と で あ る 」な ど の 指 摘 は 、コ ル タ サ ル 自 身 が“ 幻 想 性 ” に つ い て 語 っ た 特 徴 と 一 致 し て い る(Gon zále z Berme jo, 1978:42参 照)。 な お 、 コ ル タ サ ル の 幻 想 性 に つ い て は 本 稿 第 I部 の 序 章 で 詳 細 に 触 れ る 。
3 ト ド ロ フ, 1999:232参 照 。
4 イ ー ザ ー, 2006:304,「 訳 者 あ と が き 」参 照 。な お 、テ ク ス ト の「 空 白 」に 備 わ る「 創 造 的 働 き 」 を 論 じ た 同 書 に お い て 、 イ ー ザ ー が 参 考 に し た デ イ ビ ッ ド ・ ス タ ー ン に よ る 「 空 白 」 の 定 義 は 以 下 の 通 り で あ る 。
「 空 白 と は 物 語 の 中 で 故 意 に 言 わ れ な か っ た 情 報 の こ と で あ る ―(1)一 連 の 出 来 事 の 中 の 欠 け た 一 環 、(2)原 因 あ る い は 動 機 の 不 在 、(3)物 語 の 中 の 出 来 事 に 満 足 の ゆ く 説 明 が 与 え ら れ て い な い こ と 、 (4)聴 衆 の 物 語 理 解 を 試 す テ ク ス ト 内 の 矛 盾 、(5)規 範 か ら の 説 明 の な い 逸 脱 」(同 書 :40)
5 G oy alde P alac io s, 2001:121-159,《El v aivé n in te r pret at ivo: dialéc t ic a e n tre e l aut or, la o br a y e l lec t ro》、 と く に “3. 1. L as teor ías de la re ce pc ión : Jaus s, Ise r, Eco ...”(同 書 :144-156)参 照 。
7
を 表 し 、結 果 と し て 、言 葉 の 向 こ う 側 に あ る 意 味 を 暴 か な け れ ば な ら な い と き 、 読 者 が 最 も 重 要 な 役 割 を 果 た す こ と に な る )( 括 弧 内 引 用 者 )と い う 理 解 が な さ れ る よ う に な っ た こ と が 挙 げ ら れ る 。
こ れ ら の 先 行 研 究 を 踏 ま え 、 本 論 で も ま た コ ル タ サ ル の 作 品 が も つ 不 確 定 箇 所 に 注 目 し 、 そ の 意 味 を 探 る と と も に 、 そ う し た 「 空 白 」 が 読 者 に 及 ぼ す 作 用 を 解 明 し て い き た い 。 な お 、 こ の 問 題 提 起 と 目 的 は 、 最 終 章 で 考 察 す る 長 編 小 説 、Rayuela(『 石 蹴 り 遊 び 』) に つ い て も 同 様 に 適 用 さ れ る 。 コ ル タ サ ル の 長 編 を 短 編 と 等 し く“ 幻 想 ”と い う ジ ャ ン ル で く く る こ と は 難 し い と 思 わ れ る が 、
『 石 蹴 り 遊 び 』 は 短 編 と 同 様 、 数 多 く の 「 問 い 」 を 読 者 に 投 げ か け る も の で あ り 、そ れ ら の 問 い か け に 答 え る と い う 意 味 に お い て 、本 論 の 目 的 は 同 一 で あ る 。 た だ し 、 短 編 を 書 く 場 合 と 長 編 を 書 く 場 合 で は 、 作 者 の 創 作 態 度 お よ び 目 的 は 異 な っ て く る 。 第 三 部 で は こ の 点 に も 着 目 し つ つ 、 短 編 の 場 合 よ り も 明 ら か に 示 さ れ た 作 者 か ら の メ ッ セ ー ジ を 総 括 し 、 本 論 全 体 の ま と め と す る つ も り で あ る 。
な お 、 本 論 中 の 引 用 訳 は 筆 者 に よ る も の で あ る が 、 コ ル タ サ ル 作 品 の う ち 邦 訳 が 出 て い る も の6に つ い て は 、 そ れ ら を 適 宜 参 照 さ せ て い た だ い た 。
「 論 文 の 構 成 お よ び 各 章 の 主 題 と 焦 点 」
本 論 考 は 三 部 構 成 に な っ て お り 、 短 編 七 篇 と 中 編 お よ び 長 編 小 説 各 一 篇 を テ ー マ ご と に 分 け て 考 察 す る 。各 章 の 構 成 と 主 題 お よ び 焦 点 は 以 下 の 通 り で あ る 。
第 I 部 「 個 人 的 運 命 の 超 越 」 は 二 つ の 章 か ら な り 、 第 一 章 は 三 つ の 項 に 、 第 二 章 は 二 つ の 項 に そ れ ぞ れ 分 か れ る 。「 変 身 」と 題 し た 第 一 章 で は 、「 引 っ 越 し 」
(『 も う ひ と つ の 岸 』所 収, 1945)と「 山 椒 魚 」(『 遊 戯 の 終 わ り 』初 版 所 収, 1956)
を 取 り 上 げ 、こ れ ら の 短 編 に 現 れ る 他 者 の 意 味 と そ の 役 割 を 考 察 す る 。「 夢 」と 題 し た 第 二 章 で は 、「 夜 、あ お む け に さ れ て 」(『 遊 戯 の 終 わ り 』初 版 所 収 )と「 水 底 譚 」(『 遊 戯 の 終 わ り 』 第 二 版 所 収, 1964) を 考 察 し 、 こ れ ら の 短 編 に お け る 夢 と 現 実 お よ び 双 方 の 世 界 に 生 き る 者 た ち の 相 関 関 係 に つ い て 論 じ る 。 特 に 、
「 引 っ 越 し 」で は 実 体 の な い 名 前 と し て 現 れ る 他 者 を 、「 山 椒 魚 」で は 主 人 公 の
6 本 論 の 「 引 用 文 献 お よ び 参 照 文 献 一 覧 」(139-140頁 ) 参 照 。
8
不 完 全 な 変 身 の 原 因 を 、「 水 底 譚 」で は 、複 数 の 登 場 人 物 の 個 性 の 曖 昧 さ と 、結 末 で 語 ら れ る algo( 何 も の か )の 正 体 を 、こ れ ら の テ ク ス ト に お け る 空 白 と 捉 え 、 そ の 意 味 を 読 解 し て い く 。
第 II 部「 現 実 の 二 重 性 」も ま た 二 つ の 章 か ら な り 、第 一 章 は 二 つ 、第 二 章 は 三 つ の 項 に 分 か れ る 。「 強 迫 観 念 と 現 実 の 変 容 」 と 題 し た 第 一 章 で は 、「 昼 食 の 後 」(『 遊 戯 の 終 わ り 』 第 二 版 所 収 ) と 「 動 機 」(『 遊 戯 の 終 わ り 』 初 版 所 収 ) を 取 り 上 げ 、 前 者 で は 、 主 人 公 を 煩 わ せ る 不 吉 な 同 伴 者 と 、 そ れ を 周 囲 の 目 か ら 匿 お う と す る 前 者 の 不 自 然 な 挙 動 に 隠 さ れ た 意 味 を 読 み 解 く 。 後 者 で は 、 殺 人 犯 を 追 う 主 人 公 が 捜 査 の 過 程 で 起 こ し た 非 合 理 な 犯 行 の 原 因 と 、 そ の 結 果 と し て 見 出 さ れ た 真 実 の 意 味 を 考 察 す る 。「 現 実 の 向 こ う 側 」 と 題 し た 第 二 章 で は 、
「 バ ッ カ ス の 巫 女 た ち 」(『 遊 戯 の 終 わ り 』 初 版 所 収 ) を 取 り 上 げ 、 儀 式 的 世 界 を 前 に し た 二 人 の 人 物 の 相 違 点 に 着 目 し 、両 者 の も つ 象 徴 的 な 意 味 を 読 み 解 く 。 次 い で 、 中 編 小 説 「 追 い 求 め る 男 」(『 秘 密 の 武 器 』 所 収, 1959) で は 、 主 人 公 と そ の 友 人 と の 対 話 や モ ノ ロ ー グ の 節 々 に 現 れ る 象 徴 的 な 言 葉 の 意 味 を 解 明 し つ つ 、 前 者 の 探 求 の 目 的 と 挫 折 の 原 因 を 探 る 。 な お 、 こ の 章 の 最 後 で は 、 以 上 の 四 作 品 の す べ て に お い て 仄 め か さ れ て い る “ 非 合 理 的 な も の ” の 意 味 を ま と め 、 第 二 部 の 結 論 と す る 。
第 III 部 「 石 蹴 り 遊 び に お け る 絶 対 の 探 求 」 で は 、 長 編 小 説 『 石 蹴 り 遊 び 』 (1963)の 第 一 部 「 あ ち ら 側 か ら 」、 第 二 部 「 こ ち ら 側 か ら 」 お よ び 、73 章 以 下
「 そ の 他 も ろ も ろ の 側 か ら 」 を 各 章 に 割 り 振 り 、 西 洋 的 二 分 法 と 個 人 主 義 の 伝 統 を 克 服 し 、 絶 対 を 掴 も う と す る 主 人 公 の 探 求 を 考 察 す る 。 第 一 章 で は 特 に 、 オ ラ シ オ と 彼 の 恋 人 ラ ・ マ ー ガ の 関 係 、 お よ び “ 蛇 の ク ラ ブ ” の 夜 会 の 場 面 に 焦 点 を 当 て 、 エ ロ テ ィ シ ズ ム と 多 声 的 対 話 に よ る 儀 式 空 間 の 形 成 を 通 し て 、 相 対 的 対 立 の 解 消 を 図 ろ う と す る 主 人 公 の 試 み と 挫 折 を 論 じ る 。 第 二 章 で は 、 パ リ か ら 故 郷 の ブ エ ノ ス ア イ レ ス に 帰 還 し た オ ラ シ オ と 彼 の 旧 友 と の 関 係 、 お よ び 、 前 者 が 後 者 に 仕 掛 け る さ ま ざ ま な ゲ ー ム の も つ 意 味 を 解 読 す る 。 第 三 章 で は 、 本 書 で 用 い ら れ て い る 実 験 的 な 手 法 と 形 式 、 お よ び 作 者 の 代 弁 者 と し て 登 場 す る モ レ リ の 覚 書 を 考 察 し 、 テ ク ス ト の 空 白 を 通 し て 作 者 か ら 読 者 に 向 け ら れ た メ ッ セ ー ジ を 読 み 解 い て い く 。
9 第 I 部 個 人 的 運 命 の 超 越
序
コ ル タ サ ル は 、ゴ ン サ レ ス・ベ ル メ ホ と の 対 談 に お い て 、あ な た に と っ て「lo fantástico」( 幻 想 的 な こ と ) と は 何 で す か と い う 質 問 に 対 し 、 そ れ は 日 常 的 な 生 活 の 中 で 起 こ る 例 外 的 な も の と の 出 会 い で あ る と 答 え て い る7。ま た 、別 の と こ ろ で 、 そ れ は ま っ た く 予 想 外 の と き に 身 に 降 り か か り 、「que me lanza a escribir como la única manera de cruzar ciertos límites , de instalarme en el territorio de lo otro.」(Alazraki, 1994:61)8( あ る 種 の 限 界 を 超 え て 、“ 別 の も の ” の 領 域 に 入 る た め の 唯 一 の 方 法 と し て 、 も の を 書 く よ う わ た し を 急 き 立 て る も の で あ る ) と 語 っ て い る 。
こ れ ら の 言 葉 か ら も わ か る よ う に 、 コ ル タ サ ル に と っ て 幻 想 的 な も の と は 、 日 常 的 な 生 活 の 中 で 遭 遇 し 、 そ の 世 界 か ら の 脱 却 を 促 す 「 例 外 的 な も の 」 で あ っ た 。 そ し て 、 作 者 の 実 体 験 に 基 づ く と 思 わ れ る 多 く の 短 編 に お い て も 、 そ う し た 例 外 的 な も の と の 出 会 い と 、「 あ る 種 の 限 界 」の 越 境 が 描 か れ て い る 。そ こ で 興 味 深 い の は 、 彼 に と っ て 執 筆 と い う 行 為 が 日 常 的 現 実 と は 異 な る 領 域 へ 参 入 す る た め の 方 法 で あ っ た と い う こ と で あ る 。 そ れ は 、「 別 の も の 」、 す な わ ち 他 者 の 領 域 で あ る と 考 え ら れ る が 、 コ ル タ サ ル の 物 語 に お け る 他 者 と は ど の よ う な 存 在 で あ り 、 ま た “ わ た し ” と い か に 関 係 し て い る の だ ろ う か 。
こ こ で は 、 ま ず 「 変 身 」 を 主 題 と し た 短 編 を 考 察 し 、 そ こ に 現 れ る 他 者 の 意 味 と 役 割 に つ い て 論 じ て い き た い 。 次 い で コ ル タ サ ル が figuras( 影 た ち ) と い う 言 葉 で 表 現 し よ う と し て い る 自 己 と 他 者 と の 関 係 性 に つ い て 、 ロ マ ン 主 義 や 象 徴 主 義 の 詩 と 詩 人 に 関 す る 彼 の テ ク ス ト を も と に 考 え て い く 。 さ ら に 、 第 二 章 で は 、「 夢 」が 描 か れ て い る 物 語 を 取 り 上 げ 、そ れ ら の 中 で 表 現 さ れ て い る 夢 と 現 実 の 対 立 お よ び 類 比 関 係 を 考 察 し 、 両 世 界 に お け る 自 己 と 他 者 と の 相 関 関 係 に つ い て 考 え て い こ う 。
7 G on zále z Berme jo , 1978:42.参 照 。
8 Ju lio Cor t ázar, “T he Pre s en t St at e o f F ic t io n in L at in Am er ic a” , J. Alazr ak i / Iv ar Ivas k (e ds . ) T he F inal Island: T he F ictio n o f Julio Cortázar, University o f Ok lahom a P ress, 1978: 28-30.か ら の 引 用 を 借 用 し た 。
10 第 1 章 変 身
1. 『 引 っ 越 し 』 に お け る 現 実 か ら の 脱 却
Mudanza(『 引 越 し 』) は 1945 年 に 書 か れ 、 コ ル タ サ ル の 死 後 に 発 表 さ れ た 十 篇 の 短 編 の う ち の 一 つ で あ る9。作 品 の タ イ ト ル が 示 す と お り 、こ の 物 語 の 主 人 公 は 一 夜 に し て 新 し い 生 活 を 手 に 入 れ る が 、 彼 は 住 所 を 移 す の で は な く 、 も と の 名 前 を 剥 奪 さ れ 、 別 の 名 前 を 与 え ら れ る こ と に よ っ て 新 た な 人 生 を 獲 得 す る こ と に な る 。mudanza と い う ス ペ イ ン 語 に は 、“ 引 越 し ” の ほ か に “ 脱 皮 ” の 意 味 も あ り 、 こ の 物 語 の 趣 旨 に し た が え ば 、 主 人 公 は ラ イ ム ン ド ・ ベ リ ョ ス と い う 名 前 の 皮 を 破 っ て ホ ル ヘ ・ ロ メ ロ と い う 名 の 人 物 に 生 ま れ 変 わ っ た と 受 け と れ な く も な い 。 し か し 、 ラ イ ム ン ド の 名 前 の 変 更 は 本 人 の 意 志 と は 無 関 係 に 、 彼 が ま っ た く 不 可 解 な 出 来 事 に 巻 き 込 ま れ る こ と に よ っ て 実 現 す る の で あ る 。
物 語 の 冒 頭 で は 、 勤 続 年 数 か ら 帰 宅 の 時 間 に い た る ま で 、 主 人 公 の 生 活 が お よ そ 一 頁 半 に わ た っ て 詳 細 に 描 か れ 、彼 の 単 調 な 日 々 の 繰 り 返 し が 強 調 さ れ る 。 国 鉄 の 経 理 部 で 働 く 主 人 公 、 ラ イ ム ン ド ・ ベ リ ョ ス は 、 祖 母 、 母 、 妹 と 四 人 で 暮 し て お り 、 夜 の 七 時 に 仕 事 を 終 え 、 満 員 電 車 で 帰 宅 し 、 八 時 十 五 分 か ら 家 族 と と も に 団 欒 の と き を 過 ご す 。 仕 事 を 始 め て か ら も は や 十 五 年 、 彼 は 毎 日 同 じ 日 課 を く り 返 し て い る 。 ま た 、 ラ イ ム ン ド が 通 勤 に 使 う 電 車 の 中 に は
「permanece y se estanca el mismo aire de encierro sin tiempo de renovarse」
(M:125)( 更 新 す る 時 間 の な い 、い つ も 同 じ 閉 め 切 ら れ た 空 気 が 停 滞 し 、淀 ん で い る ) が 、 息 の 詰 ま る よ う な こ の 空 気 こ そ 、 時 計 の 時 間 と 規 則 に 縛 ら れ た 彼 の 日 常 を 象 徴 し て い る と 言 え よ う 。 し か し 、 そ れ は 彼 と 家 族 に 安 定 を 約 束 す る も の と し て 、「Nada que reprocharse.」(M:125)( 決 し て 文 句 は 言 え な い ) 生
9 1937年 か ら 1945年 に 書 か れ た コ ル タ サ ル の 短 編 は 十 三 篇 あ り 、 そ れ ら は L a otra orilla(『 も う ひ と つ の 岸 』)と い う タ イ ト ル の 短 編 集 と し て 発 表 さ れ る 予 定 で あ っ た 。当 時 の コ ル タ サ ル は 自 身 の 作 品 に 対 し て 自 信 が あ る と も な い と も と れ る 言 及 を し て い る が(Car t ázar, 2 0 0 0 a:1 6 1 , 1 8 7参 照)、
結 局 希 望 に か な う 出 版 社 が 見 つ か ら な か っ た こ と で 発 表 は 見 送 ら れ た(H err áe z, Migue l, 2003:112 参 照)。 こ れ ら の 短 編 の う ち “L lam a e l t elé fo no, De lia”(「 デ リ ア へ の 電 話 」) は 1941年 に チ ビ ル コ イ の 日 刊 紙 El De spe rtar(『 目 覚 め 』) に Julio De n isの 異 名 で 掲 載 さ れ 、“Br uj a”(「 魔 女 」) は 1944年 に ブ エ ノ ス ア イ レ ス の El Correo L ite rario(『 文 学 通 信 』)に 掲 載 さ れ て い る 。さ ら に 、1946 年 に は メ ン ド サ の 雑 誌 Églo ga(『 田 園 詩 』)に“Es t ac ió n de la m ano”(「 手 の 季 節 」)が 発 表 さ れ た 。 未 発 表 の ま ま 残 さ れ た 他 の 十 篇 は1994 年 に Alfagu ar a社 か ら 出 版 さ れ た 全 集 に 収 め ら れ 日 の 目 を 見 る に 至 っ た 。 な お 、2008 年 に は Pu n to de Le ct u r a社 か ら 短 編 集 L a o tra o rilla, (Madrid, P unto de Le c tu r a, 2008)が 出 版 さ れ て い る 。
11
活 で も あ る 。 と こ ろ が 、 ラ イ ム ン ド の 単 調 か つ 安 定 し た 生 活 は 、 そ の 日 、 彼 が 帰 宅 し た 瞬 間 か ら 徐 々 に 変 化 し 始 め る の で あ る 。
家 の 玄 関 で 妹 に 迎 え ら れ た ラ イ ム ン ド は 、 い つ も の よ う に 彼 女 の 頬 に キ ス を す る が 、 そ の 頬 は い つ も よ り ざ ら つ い て お り 、 彼 は ま る で 別 人 の 頬 に キ ス を し た か の よ う な 印 象 を 受 け る 。 こ の 最 初 の 違 和 感 を 皮 切 り に 、 ラ イ ム ン ド は 次 々 と 家 の 中 の 異 変 に 気 づ い て ゆ く が 、 当 然 そ れ ら を 素 直 に 受 け 入 れ る こ と が で き な い 。 そ こ で 、 彼 は 違 和 感 を 払 い の け よ う と 、 納 得 の い く 理 由 を 無 理 に こ じ つ け よ う と す る 。 例 え ば 、 編 み 物 が で き な い は ず の 祖 母 が 編 み 物 を し て い る の を 見 る と 、 仕 事 に 追 わ れ て い た た め に 家 族 の 習 慣 が 変 わ っ た こ と に 気 づ か な か っ た の だ ろ う と 考 え 、 書 斎 に 飾 っ て あ る 肖 像 画 の 手 の 位 置 が 変 わ っ て い る の は 、 シ ャ ン デ リ ア に 反 射 す る 光 の 加 減 に ち が い な い と 考 え る の で あ る 。 と こ ろ が 、 母 親 が 妹 の マ リ ア を ル シ ア と 呼 び 、彼 女 が そ れ に 平 然 と 答 え る の を 聞 い た 瞬 間 、 彼 は も は や 考 え る こ と が 嫌 に な り 、 逃 げ る よ う に 寝 室 に 駆 け 込 む 。
Por eso se había acostado, como si el sueño pudiera interponerse y cerrar un ciclo donde algo se estaba desorganizando y moviendo de un modo que no quería concebir. Todo volverá a estar bien con la mañana.
Con la mañana todo volverá a estar bien. (M:131)
( だ か ら 、 彼 は 眠 り に つ い た の だ っ た 。 何 か が 解 体 し 、 動 き だ そ う と し て い る 不 穏 な 周 期 を 、 夢 が 間 に 入 っ て 閉 じ て く れ る の を 期 待 す る か の よ う に 。 朝 に な れ ば す べ て は も と 通 り 正 常 に 戻 る だ ろ う 。 朝 が 来 れ ば す べ て は 正 常 に 戻 る は ず だ )。
こ こ で 言 わ れ て い る「 何 か が 解 体 し 動 き 出 そ う と し て い る 周 期 」は 、「 更 新 す る 時 間 の な い 閉 め 切 ら れ た 空 気 」 に よ っ て 象 徴 さ れ る ラ イ ム ン ド の 規 則 正 し い 生 活 と 対 照 を な し て い る だ ろ う 。 先 に 述 べ た よ う に 、 彼 の 日 常 は 時 計 の 時 間 ど お り に 進 行 し 、 正 確 で 狂 い の な い 習 慣 が 維 持 さ れ て い る 。 こ れ に 対 し 、 今 彼 を 襲 い つ つ あ る 「 解 体 し 動 き 出 そ う と し て い る 周 期 」 と は 、 直 線 的 に 進 む 時 間 を 否 定 し 、ゼ ロ か ら 生 ま れ 変 わ ろ う と す る 時 を 示 唆 し て い る よ う で あ る 。し か し 、 上 の 文 章 に 示 さ れ て い る よ う に 、 ラ イ ム ン ド は 習 慣 的 な 現 実 を 脅 か す も の と し て 更 新 す る 時 間 を 恐 れ 、 翌 朝 、 す な わ ち 未 来 に 救 済 を 求 め て い る 。 こ の 点 で 、 彼 は 歴 史 と 進 歩 に と り つ か れ た キ リ ス ト 教 徒 、 あ る い は 、 現 代 人 一 般 を 象 徴 し
12 て い る と 言 え る だ ろ う10。
さ て 、 そ の 後 ラ イ ム ン ド は 夢 遊 病 者 の よ う に 家 の 中 を 歩 き 回 り 、 ふ た た び い く つ か の 異 変 に 遭 遇 す る 。 不 安 と 恐 怖 に か ら れ た 彼 は 自 室 に 戻 り 、 か つ て 一 度 も 掛 け た こ と の な い ド ア に 鍵 を 掛 け る が 、 ラ イ ム ン ド の と っ た こ の 例 外 的 な 行 動 は 、 彼 自 身 も ま た 無 意 識 の う ち に 何 ら か の 変 化 を 被 り つ つ あ る こ と の 兆 し と 言 え よ う 。 彼 が 必 死 で 守 り 抜 こ う と し て い る 習 慣 が 、 こ の 瞬 間 に 破 ら れ た の で あ る 。そ し て 、事 実 、翌 朝 目 を 覚 ま し た 彼 を 待 っ て い た の は 、“ 見 知 ら ぬ 妹 ”か ら 手 渡 さ れ た 手 紙 で あ り 、 そ こ に は ま た “ 見 知 ら ぬ 自 分 ” の 名 前 が 書 か れ て い る 。
自 分 宛 て に 届 い た 手 紙 に ホ ル ヘ ・ ロ メ ロ と い う 名 前 が 書 か れ て い る の を 見 た ラ イ ム ン ド は 、 激 し い 違 和 感 に 襲 わ れ 、 一 刻 も 早 く 家 を 出 て も と の 現 実 に 戻 ろ う と す る 。
Mejor salir ya, volver a lo auténtico, a la contaduría, la planilla interrumpida ayer. Café, un cigarro, la planilla, sólido universo.
(M:133)
( 早 く 家 を 出 て 、 経 理 部 と 昨 日 や り 残 し た 仕 事 の あ る 本 当 の 世 界 に 戻 ら な け れ ば 。 コ ー ヒ ー と タ バ コ と 請 求 書 の あ る 、 あ の 堅 実 な 世 界 へ )。
こ こ で も 、 や は り 習 慣 的 で 堅 実 な 世 界 こ そ 本 当 の 現 実 で あ る と 信 じ 、 そ の 秩 序 が 解 体 し 、 変 容 し つ つ あ る こ と な ど 受 け 入 れ ら れ な い 主 人 公 の 動 揺 が 示 さ れ て い る 。 し か し 、 彼 が 本 当 に 恐 れ て い る の は 、 周 囲 の 現 実 が 変 容 し つ つ あ る と い う こ と だ け で な く 、 そ れ に 応 じ て 自 分 自 身 の 同 一 性 に も 危 機 が 迫 ろ う と し て い る こ と で あ る 。
Él siente ahora como un peso en los hombros(...); como si los zapatos no acabaran nunca de anudarse y el lazo de la corbata fuera una
larguísima tarea sin sentido. (M:133)
( 彼 は 、 肩 に 重 荷 を 背 負 っ て い る よ う に 感 じ は じ め た ( 中 略 ); ま る で 、 靴 ひ も が い つ ま で た っ て も 結 べ な い よ う な 、 ネ ク タ イ を 結 ぶ の に 意 味 も な く 手 間 取 っ て い る よ う な 感 じ で あ る )。
10 エ リ ア ー デ, 1963:208参 照。
13
こ こ で 主 人 公 が 感 じ た 違 和 感 と は 、“ 自 分 は ホ ル ヘ・ロ メ ロ と い う 名 前 を 与 え ら れ た が 、 実 質 は ラ イ ム ン ド ・ ベ リ ョ ス の ま ま で あ る ” と い う 自 己 同 一 性 の 矛 盾 か ら 生 じ た も の で あ ろ う 。 つ ま り 、 彼 は 自 我 を 奪 お う と す る も の に 対 す る 恐 怖 と 抵 抗 、 す な わ ち “ 私 ” と “ 他 者 ” と の せ め ぎ 合 い を 感 じ て い る の で あ る 。 と こ ろ が 、 そ の 矛 盾 は 直 後 に 調 和 へ と 変 化 し て ゆ く 。 主 人 公 が ホ ル ヘ ・ ロ メ ロ と し て の 生 を 受 け 入 れ る こ と に よ っ て 、“ 私 ”と“ 他 者 ”と の 対 立 は 解 消 し 、両 者 の 和 解 が 成 立 す る の で あ る 。 し か し 、 な ぜ ラ イ ム ン ド は と つ ぜ ん 自 己 同 一 性 を 揺 る が す 脅 威 で あ っ た も の に 屈 し た の で あ ろ う か 。そ の 理 由 を 考 え て み よ う 。 手 紙 の 宛 名 を 見 て 取 り 乱 し た ラ イ ム ン ド は 、 会 社 に 行 け ば も と の 現 実 に 戻 れ る と 信 じ 、 急 い で 家 を 出 て い こ う と す る 。 し か し 、 つ ぎ の 瞬 間 、 玄 関 の 扉 が 外 側 か ら 開 き 、 眼 前 に 妹 の マ リ ア が 現 れ る 。 そ こ に 、 ル シ ア が 駆 け つ け 、 フ ラ ン ス 語 の 家 庭 教 師 と し て マ リ ア を 彼 に 紹 介 す る 。 マ リ ア か ら 差 し 出 さ れ た 手 を 見 た ラ イ ム ン ド は 一 瞬 た め ら う が 、 結 局 そ の 手 を 握 り 返 し て し ま う 。 そ の 瞬 間 、 彼 は マ リ ア の 兄 、 す な わ ち ラ イ ム ン ド ・ ベ リ ョ ス で あ る こ と を や め 、 ホ ル ヘ ・ ロ メ ロ に 生 ま れ 変 わ る の で あ る 。
こ の 場 面 で 、 主 人 公 が ラ イ ム ン ド ・ ベ リ ョ ス と し て の 生 を 放 棄 し た 理 由 は 述 べ ら れ て い な い が 、 彼 は 玄 関 の 扉 越 し に 差 し 出 さ れ た 妹 の 手 を と る こ と が 、 自 分 の 人 生 を 決 定 的 に 変 え て し ま う で あ ろ う こ と に 、 う す う す 気 づ い て い る 。 そ れ に も か か わ ら ず 、 彼 は 差 し 出 さ れ た 妹 の 手 を 拒 む こ と が で き な い 。 こ の こ と か ら 、 ラ イ ム ン ド の 変 身 に は 、 近 親 相 姦 と い う 禁 忌 の 侵 犯 が 関 係 し て い た の で は な い か と 思 わ れ る 。
肉 親 で あ る マ リ ア と 結 ば れ る こ と は 、 明 ら か に 社 会 的 タ ブ ー を 侵 す こ と で あ る 。 し か し 、 主 人 公 が 置 か れ た こ の 状 況 に お い て 、 そ れ は 単 な る 違 反 行 為 で あ る ば か り で な く 、自 分 が“ 見 知 ら ぬ 誰 か ”、す な わ ち“ 他 者 ”で あ る こ と を 受 け 入 れ る こ と で も あ る 。 し た が っ て 、 こ の “ 危 険 な ” 兄 妹 間 の 結 び つ き に よ っ て 暗 示 さ れ て い る の は 、 伝 統 的 な 社 会 か ら の 追 放 で あ る と 同 時 に 、 新 し い 人 間 と し て 生 ま れ 変 わ る た め の 通 過 儀 礼 で あ る と 言 え よ う 。 物 語 の 最 後 で ホ ル ヘ に な っ た 主 人 公 は 、 言 葉 に な ら な い ほ ど の 深 い 調 和 と 喜 び を 感 じ て い る が 、 彼 を そ の 解 放 へ と 導 い た の が 、 マ リ ア の 差 し 出 し た 右 手 だ っ た の で あ る 。
以 上 の よ う に 、『 引 っ 越 し 』に お け る 主 人 公 の 変 身 に は 、習 慣 的 な 現 実 か ら の 脱 却 と い う 意 味 が 込 め ら れ て い る が 、 そ れ を 実 現 に 導 い た の が 兄 妹 間 の 近 親 相
14
姦 で あ っ た こ と は 示 唆 的 で あ る と 言 え よ う 。 近 親 相 姦 と い う 主 題 に つ い て は 、 コ ル タ サ ル の 、 と り わ け 、 初 期 の 作 品 に お い て し ば し ば 指 摘 さ れ る 点 で あ り 、 こ の 物 語 だ け に 限 定 し た 話 で は な い 。例 え ば 、Casa tomada(『 占 拠 さ れ た 屋 敷 』)
11で は 、 兄 妹 の 住 む 屋 敷 に 謎 の 物 音 が 闖 入 し 、 ふ た り の 平 穏 な 生 活 が 奪 わ れ て ゆ く 。
こ の 物 語 の 意 味 を め ぐ っ て は さ ま ざ ま な 解 釈 が な さ れ て き た が 、 そ の 中 で も
“ 謎 の 物 音 ” の 正 体 な い し は 象 徴 的 意 味 を 、 兄 妹 間 の 近 親 相 姦 と 結 び つ け て 論 じ て い る 研 究 者 は 少 な く な い 。 ガ ル シ ア ・ カ ン ク リ ー ニ は 、 ふ た り の 生 活 を 脅 か す 物 音 が 暗 示 し て い る の は 、 外 部 か ら の 非 難 の 声 や 視 線 で あ る と 解 釈 し て お り12、カ ス ト ロ・ク ラ レ ン も ま た 、社 会 的 規 律 に 違 反 す る ふ た り の 近 親 相 姦 が 、 許 さ れ ざ る 関 係 と し て 断 罪 さ れ て い る の だ と 記 し て い る13。 さ ら に 、 ア ン ト ニ オ ・ プ ラ ネ ル や エ ド ゥ ア ル ド ・ ゴ ン サ レ ス は 、 こ の 物 語 を 失 楽 園 の 編 曲 と み な し 、 社 会 的 な 掟 を 破 っ た た め に 、 楽 園 を 追 わ れ た 兄 妹 の 物 語 で あ る と 解 し て い る14。 こ れ ら の 研 究 を 参 考 に し て も や は り 、 コ ル タ サ ル の 作 品 に お い て 、 近 親 相 姦 と い う 社 会 的 違 反 行 為 が 、 失 わ れ た 楽 園 の イ メ ー ジ と 結 び つ い て い る こ と が わ か る だ ろ う 。
さ ら に 、以 上 の こ と を 裏 づ け る の が 、1949 年 に 出 版 さ れ た 戯 曲 Los reyes(『 王 た ち 』)で あ る 。ギ リ シ ャ 神 話 を パ ロ デ ィ ー 化 し た こ の 物 語 の 中 で も 、コ ル タ サ ル は 兄 妹 間 の 秘 め ら れ た 恋 を 扱 っ て い る 。 半 人 半 獣 の ミ ノ タ ウ ロ ス と 妹 の ア リ ア ド ネ は 互 い に 恋 心 を 抱 い て い る が 、 ア テ ナ イ の 人 々 か ら 恐 れ ら れ て い る こ の 怪 物 は 、 テ セ ウ ス と の 戦 い に 敗 れ 、 暗 い 迷 宮 の 奥 で 息 絶 え て し ま う 。 彼 の 死 と と も に 、 迷 宮 に 送 り 込 ま れ た 生 贄 た ち は 解 放 さ れ る が 、 そ の う ち の ひ と り で あ る ツ ィ タ ー 弾 き は 、 物 語 の 最 後 に 暗 示 的 な 一 言 を 残 す 。
Tendremos que mentir, continuamente mentir hasta pagar este rescate. (Cortázar, 1949a:76)
( 私 た ち は 嘘 を つ か な け れ ば な ら な い だ ろ う 。 こ の 救 出 の 代 償 を 払 い 終 え る ま で 、 い つ ま で も 嘘 を つ き つ づ け な け れ ば な ら な い だ ろ う )。
11 Casa tom ada(「 占 拠 さ れ た 屋 敷 」) は 、1951年 に 出 版 さ れ た 短 編 集 Be stiario(『 動 物 寓 意 譚 』)
所 収 の 短 編 で あ る が 、1946年 に は す で に ホ ル ヘ ・ ル イ ス ・ ボ ル ヘ ス が 編 集 長 秘 書 を 務 め て い た 雑 誌 Los Anales de Bue no s Aire s(『 ブ エ ノ ス ア イ レ ス 誌 』) で 紹 介 さ れ て い る 。
12 G arc ía Canc lin i, 1968:22.参 照 。 13 Cas t ro -Klaré n, 1986:182-183.参 照 。
14 P lan ells, 1979:84. 及 び 、Go n zále z, 1973:511参 照 。
15
こ の 台 詞 は 、 解 放 さ れ た 生 贄 た ち が 帰 っ て ゆ く ア テ ナ イ の 現 実 が 、 嘘 に 塗 り 固 め ら れ た 偽 り の 世 界 で あ り 、そ の 逆 に 、「 悲 し く も 善 良 な 怪 物 」ミ ノ タ ウ ロ ス が 閉 じ 込 め ら れ て い た 迷 宮 が 真 実 に 満 た さ れ て い た こ と を 暗 示 し て い る 。 換 言 す れ ば 、 社 会 的 に 危 険 視 さ れ 、 隔 離 さ れ て い る 闇 の 中 に こ そ 真 実 が 潜 ん で い る こ と を 示 唆 し て い る の で あ る 。
こ の こ と か ら 、 コ ル タ サ ル の 作 品 に お い て 、 社 会 の 掟 に 反 す る 違 反 行 為 、 と り わ け 近 親 相 姦 は 、根 源 的 で 真 正 な 生 の イ メ ー ジ と 結 び つ い て い る と 言 え よ う 。
『 引 っ 越 し 』 の 結 末 に お い て 、 玄 関 の 扉 越 し に 交 わ さ れ た 兄 妹 の 握 手 も ま た 、 そ う し た 真 実 の 世 界 へ の 移 行 を 象 徴 し て い る の で あ る 。 マ リ ア と 結 ば れ る こ と に よ っ て 罪 を 犯 し た ラ イ ム ン ド は 、 名 前 を 剥 奪 さ れ 、 習 慣 的 な 現 実 か ら 追 放 さ れ る 。 し か し 、 そ の 制 度 化 さ れ た “ 偽 り の ” 現 実 の 向 こ う 側 に こ そ 真 の 生 が 存 在 し 、 彼 は そ こ で ホ ル ヘ ・ ロ メ ロ と い う 新 し い 人 間 に 生 ま れ 変 わ る の で あ る 。
2. 『 山 椒 魚 』 に お け る 自 己 と の 断 絶
『 引 っ 越 し 』 の 中 に 名 前 だ け 登 場 し た ホ ル ヘ ・ ロ メ ロ の よ う に 、 コ ル タ サ ル の 作 品 に は 他 者 で あ り 自 己 で も あ る 存 在 、 す な わ ち “ 分 身 ” を 扱 っ た 作 品 が 少 な く な い 。『 引 っ 越 し 』は コ ル タ サ ル の 短 編 の な か で は 初 期 の も の で あ り 、死 後 に な る ま で 発 表 さ れ な か っ た 作 品 だ が 、1951 年 に 出 版 さ れ た 彼 の 最 初 の 短 編 集
15の 中 に は 、Lejana(『 遠 い 女 』) と い う 、 や は り 主 人 公 か ら 分 身 へ の 変 身 を 描 い た 物 語 が 含 ま れ て い る 。 し か し 、『 引 っ 越 し 』 と 『 遠 い 女 』 の 大 き な 違 い は 、 前 者 に お い て 、 主 人 公 が そ の 分 身 へ 移 行 し た と こ ろ で 物 語 が 終 わ っ て い る の に 対 し 、 後 者 で は 、 主 人 公 と 分 身 と の 和 解 が 一 瞬 の も の で あ り 、 そ の 後 す ぐ に 両 者 の 決 別 が 描 か れ て い る こ と で あ る 。 と り わ け 、 こ の 物 語 の 結 末 を 印 象 づ け て い る の は 、 主 人 公 に な り 変 わ っ た 分 身 ( ブ ダ ペ ス ト に い る 乞 食 娘 ) が 、 前 者 を 橋 の 上 に と り 残 し て そ の 場 を 立 ち 去 る こ と だ が 、 こ の こ と は 、 自 己 と 他 者 と の 和 合 が 不 可 能 で あ る こ と を 示 唆 し て い る だ ろ う 。 で は 、 結 局 、 和 解 で き な い 他 者 と の 関 係 性 を 描 く こ と に 何 の 意 味 が あ る の だ ろ う か 。 こ れ か ら 見 て い く Axolotl(『 山 椒 魚 』)で は 、こ の 点 に 注 目 し て 主 人 公 の 変 身 の 意 味 を 考 え て い こ う 。
15 Be stiario(『 動 物 寓 意 譚 』), Edito r ial Su damer ic an a, Bu eno s Aire s , 1951.の こ と 。
16
物 語 の 前 半 で は 、主 人 公 で あ る“ ぼ く ”が 山 椒 魚 に 変 身 し た 経 緯 を 回 想 す る 。 山 椒 魚 に 特 別 な 関 心 を 寄 せ て い た 主 人 公 は 、 毎 日 の よ う に 水 族 館 に 通 い 、 水 槽 を 食 い 入 る よ う に 見 つ め て い た が 、 や が て 、 水 槽 の 中 に 閉 じ こ め ら れ て い る 山 椒 魚 と 自 分 と の 間 に 深 い 絆 を 感 じ る よ う に な る 。
comprendí que estabamos vinculados, que algo infinitamente perdido y distante seguía sin embargo uniéndonos. (A:500)
( 無 限 に か け 離 れ 、 失 わ れ て し ま っ た 何 か に よ っ て 、 ぼ く た ち は 今 も 結 び つ い て い る の だ )。
主 人 公 は 、 山 椒 魚 の う ち に 潜 む 神 秘 に 分 け 入 ろ う と 、 水 槽 の ガ ラ ス に 貼 り つ き 、 触 れ そ う な ほ ど 近 く か ら 山 椒 魚 の 顔 を 見 つ め る 。 す る と 、 次 の 瞬 間 、 彼 の 眼 に ガ ラ ス の 外 側 に い る 自 分 自 身 の 顔 が 映 し 出 さ れ る 。 し か し 、 男 は す ぐ に そ の 場 を 去 っ て ゆ く 。
そ の 後 、 男 は 水 族 館 に 姿 を 見 せ な く な り 、 山 椒 魚 は か つ て 自 分 と 彼 と を 結 び つ け て い た 何 か が 永 遠 に 失 わ れ て し ま っ た こ と に 気 づ く 。
los puentes están cortados entre él y yo, porque lo que era su obsesión es ahora un axolotl , ajeno a su vida de hombre. (A:504)
( ぼ く と 彼 と の 間 に 渡 さ れ た 橋 は 断 た れ て し ま っ た 。 と い う の も 、 か つ て 彼 に 取 り つ い て い た も の が 、 今 で は 人 間 の 生 活 と は 無 縁 な 一 匹 の 山 椒 魚 に な っ て い る の だ か ら )。
水 槽 の 中 に 閉 じ 込 め ら れ た 山 椒 魚 は 、 ガ ラ ス の 外 側 に い る 男 に 自 分 の 思 い を 伝 え た い と 願 う が 、 そ れ を 表 現 す る 術 を も た な い 。 結 末 で は 、 言 葉 を も た な い た め に 、人 間 と の 絆 を 永 遠 に 失 っ て し ま っ た 山 椒 魚 の 絶 対 的 な 孤 独 が 語 ら れ る 。
以 上 が 『 山 椒 魚 』 の 概 要 だ が 、 こ の 物 語 に お け る 変 身 の 特 異 な 点 は 、 コ ル タ サ ル の 多 く の 短 編 に 見 ら れ る よ う な 、 結 末 に お け る 逆 転 劇 が す で に 冒 頭 で 起 き て し ま っ て い る 点 で あ る 。 こ の 物 語 の 変 身 は 、 最 初 の 段 落 に 置 か れ た 一 文 ―
「Ahora soy un axolotl.」(A:499)( 今 や ぼ く は 山 椒 魚 に な っ て い る )― に よ っ て す で に 結 論 づ け ら れ て い る 。 水 槽 の 内 側 に い る 山 椒 魚 ( = ぼ く ) と 、 外 側 に い る 人 間 ( = 彼 ) と が 、 も と は と い え ば 同 一 の 存 在 で あ る こ と が は じ め に 示
17
さ れ て い る の で あ る 。 こ の 点 で 、 コ ル タ サ ル の 『 山 椒 魚 』 と カ フ カ の 『 変 身 』 と は 、 冒 頭 に お け る 突 然 の 変 身 と い う 展 開 は 似 て い て も 、 ま っ た く 異 な る 意 図 で 書 か れ た と 言 わ な け れ ば な ら な い 。
カ フ カ の 物 語 に お い て 、 虫 に 変 身 し た 主 人 公 の ザ ム ザ は 、 長 年 養 っ て き た 家 族 に 見 捨 て ら れ 、 暗 い 部 屋 の 中 で 無 残 に 息 絶 え る ま で 虫 の ま ま で あ る 。 彼 は 人 間 の 思 考 を 保 持 し て お り 、 人 間 と し て の 生 を 振 り 返 る が 、 最 後 ま で 元 の 姿 に 戻 る こ と は な い 。 つ ま り 、 こ こ で 語 ら れ て い る の は 、 意 思 の 疎 通 を 欠 い た 冷 酷 非 情 な 現 実 で あ り 、 そ こ に 生 き る 人 間 の 疎 外 で あ る 。 し か し 、 カ フ カ は そ う し た 不 条 理 な 人 間 の 生 を 、“ 虫 け ら の よ う な ” と は 言 わ ず 、“ 虫 の 生 ” と 直 接 的 に 表 現 し て い る 。 そ し て 、 こ の 説 明 を 一 切 省 い た 隠 喩 に よ り 、 彼 は 人 間 と 虫 と の 境 界 線 を 取 り 払 い 、 ふ た つ の も の を ひ と つ に す る 。 ザ ム ザ は 人 間 で あ る と 同 時 に 虫 で あ り 、 人 間 と し て 思 考 し な が ら 虫 と し て 死 ぬ 。 彼 の 変 身 は 完 全 で あ る 。
一 方 、 コ ル タ サ ル の 主 人 公 も ま た 、 あ る と き 突 然 、 山 椒 魚 に 変 身 す る が 、 彼 の 変 身 は ザ ム ザ の そ れ に 比 べ る と 不 完 全 で あ る 。 と い う の も 、 こ の 物 語 に お い て は 、 ふ た つ の 異 な る 生 が 一 瞬 交 差 し た 後 、 再 び ふ た つ に 分 断 さ れ る か ら で あ る 。
Veía muy de cerca la cara de un axolotl inmóvil junto al vidrio. Sin transición, sin sorpresa, vi mi cara contra el vidrio, en vez del axolotl vi mi cara contra el vidrio, la vi fuera del acuario, la vi del otro lado del vidrio. Entonces mi cara se apartó y yo comprendí. (A:503)
( ガ ラ ス に く っ つ い て じ っ と し て い る 山 椒 魚 の 顔 を 、 ぼ く は 触 れ そ う な ほ ど 近 く か ら 見 つ め た 。 転 移 も 驚 愕 も な く 、 ぼ く は ガ ラ ス に 押 し つ け ら れ て い る 自 分 の 顔 を 見 た 。 山 椒 魚 で は な く 、 ぼ く 自 身 の 顔 が 水 槽 の 外 に 、 ガ ラ ス の 向 こ う 側 に 押 し つ け ら れ て い る の を 見 た の だ 。 そ の と き 、 自 分 の 顔 が ガ ラ ス か ら 離 れ た の で 、 ぼ く は す べ て を 理 解 し た )。
こ の よ う に 、 山 椒 魚 を 観 察 す る 人 間 で あ っ た 男 は 、 あ る 瞬 間 に 水 槽 の 内 側 に い る 山 椒 魚 と 入 れ 替 わ り 、 か つ て の 自 分 を ガ ラ ス の 外 側 に 見 る 立 場 に 立 っ て い る 。 こ れ は つ ま り 、 人 間 と 山 椒 魚 と の 和 解 が 一 瞬 し か 持 続 せ ず 、 両 者 の 結 び つ き が た ち ま ち 断 た れ て し ま っ た と い う こ と で あ る 。 水 槽 の 外 に い る 「 自 分 の 顔 が ガ ラ ス か ら 離 れ た 」 と い う 描 写 は 、 山 椒 魚 に 変 身 し た “ ぼ く ” が 人 間 界 と の 結 び つ き を 失 っ た こ と を 示 し て い る だ ろ う 。 し か し 、 こ こ で 興 味 深 い の は 、 主
18
人 公 で あ る “ ぼ く ” が 山 椒 魚 に 変 身 し た 後 も 、 ガ ラ ス の 外 側 に は 依 然 と し て 人 間 の “ ぼ く ” が 存 在 し つ づ け て い る こ と で あ る 。 つ ま り 、 カ フ カ の 主 人 公 は 虫 と 同 化 し 単 一 の 存 在 に 変 わ る が 、 コ ル タ サ ル の 物 語 で は 、 人 間 と 山 椒 魚 が 立 場 を 入 れ 替 え た だ け で あ り 、 合 一 は 果 た さ れ て い な い の で あ る 。
さ て 、 コ ル タ サ ル の 物 語 に お け る 、 こ う し た 二 項 間 の “ 交 替 ” は 、 先 に 触 れ た 『 遠 い 女 』 の 結 末 で も 起 こ っ て お り 留 意 す べ き 点 で あ ろ う 。 水 槽 の 内 側 に 移 行 し た “ ぼ く ” の 眼 に 映 っ た の は 、 今 や 手 の 届 か な い 世 界 の 人 と な っ た 自 分 自 身 の 姿 で あ る 。 両 者 は い ず れ も “ ぼ く ” で あ る が 、 異 な る 身 体 に 分 裂 し 、 互 い を 他 者 と し て 見 つ め る こ と し か で き な い 。 そ し て 、 共 通 の 言 葉 を も た な い 彼 ら は 、 意 思 を 疎 通 し 合 う こ と も で き ず 、 見 出 さ れ た 絆 を 失 っ て ゆ く 。 よ っ て 、 水 槽 の 内 側 の “ ぼ く ” が 置 か れ た 「 最 終 的 な 孤 独 」 と は 、“ 彼 ”( = 自 己 ) と の 関 係 を 断 た れ た 絶 望 的 な 状 態 を 表 わ し て い る と 言 え よ う 。
Y en esta soledad final, a la que él ya no vuelve, me consuela pensar que acaso va a escribir sobre nosotros, creyendo imaginar un cuento va a escribir todo esto sobre los axolotl. (A:504)
( も は や 彼 は 帰 っ て こ な い 。こ の 最 終 的 な 孤 独 の 中 で 、ぼ く の 慰 め と い え ば 、 彼 が ぼ く た ち に つ い て 何 か 書 い て く れ る だ ろ う 、 物 語 の ひ と つ も 思 い つ い た つ も り に な っ て 、 ぼ く た ち 山 椒 魚 の こ と を 書 い て く れ る だ ろ う と 考 え る こ と だ け な の だ )。
男 が 水 槽 の 前 に ほ と ん ど 姿 を 見 せ な く な っ た と き 、 山 椒 魚 は も は や “ 彼 ” と の 和 合 と い う 望 み が 断 た れ て し ま っ た こ と を 知 る 。 し か し 、 こ の 場 面 で 注 目 し た い の は 、 山 椒 魚 が 自 分 に つ い て 何 か を 語 っ て 欲 し い と 望 ん で い る こ と で あ ろ う 。な ぜ な ら 、“ ぼ く ”と“ 彼 ”と が 根 源 的 に ひ と つ の 存 在 で あ る な ら ば 、他 者 を 忘 却 す る こ と は 自 己 を 喪 失 す る こ と で あ り 、 逆 に 、 他 者 を 救 う こ と は 、 自 分 自 身 を 救 う こ と で も あ る か ら で あ る 。
こ の よ う に 考 え る と 、『 山 椒 魚 』の 結 末 で 求 め ら れ て い る 言 葉 と は 、自 己 と 他 者 と の 失 わ れ た 絆 を 取 り 戻 す た め の 手 段 で あ り 、 引 き 裂 か れ た 両 者 の 間 を 繋 ぐ た め の 橋 で あ る と 言 え よ う 。人 間 と 山 椒 魚 の 絆 は 一 瞬 で 消 え 去 り 、結 局“ ぼ く ” と“ 彼 ”と が ひ と つ に な る こ と は な い 。し か し 、山 椒 魚 は 、“ 彼 ”の 言 葉 が 失 わ れ て ゆ く 関 係 を 繋 ぎ と め 、「 最 終 的 な 孤 独 」か ら 救 っ て く れ る こ と を 願 っ て い る 。 な ぜ な ら 、 言 葉 は 消 え ゆ く も の を 形 象 化 し 、 記 録 す る こ と に よ っ て 、 そ れ ら を
19
忘 却 か ら 救 い あ げ る か ら で あ る 。 し た が っ て 、 こ の 物 語 の 結 末 に お い て 山 椒 魚 が “ 彼 ” に 求 め て い る の は 、 言 葉 を も た な い 自 分 に 代 わ っ て そ の 存 在 を 伝 え 、 忘 却 と い う 虚 無 か ら 救 っ て ほ し い と い う 願 い に ほ か な ら な い の で あ る 。
3. figurasと 詩 的 所 有
以 上 の 考 察 か ら 、“ 変 身 ”を テ ー マ に し た コ ル タ サ ル の 作 品 を 通 し て 、以 下 の 三 つ の 特 徴 を あ げ る こ と が で き よ う 。
一. 自 己 と 他 者 と の 根 源 的 な 同 一 性 が 前 提 と さ れ る 。 二. 主 体 と 客 体 の 交 替 が 起 こ る 。
三. 言 葉 の 限 界 と 必 要 性 が 示 唆 さ れ る 。
第 一 の 点 に つ い て 、『 引 っ 越 し 』の 中 で 、ホ ル ヘ・ロ メ ロ 宛 て の 手 紙 が 主 人 公 で あ る ラ イ ム ン ド ・ ベ リ ョ ス の も と へ 届 い た こ と は 、 後 者 が い か に そ れ を 不 可 解 に 感 じ よ う と も 、 両 者 の 同 一 性 を 示 し て い る 。 ま た 、『 遠 い 女 』 や 『 山 椒 魚 』 で は 、 物 語 の 中 で は っ き り と 主 人 公 と 他 者 と の 同 一 性 に 言 及 さ れ て い る 。
Conociéndolo, siendo él mismo, yo era un axolotl y estaba en mi mundo.
(A:504)
( ぼ く は 彼 を 知 っ て お り 、 彼 自 身 で あ り な が ら 、 山 椒 魚 に な り 、 自 分 の 世 界 に 閉 じ 込 め ら れ て い た )。
Anoche la sentí sufrir otra vez. Sé que allá me estarán pegando de nuevo. (L:183)
( 昨 夜 ま た 、 彼 女 が 苦 し ん で い る の を 感 じ た 。 向 こ う で 私 は ま た 殴 ら れ て い る の だ ろ う )。
こ の 点 、 す な わ ち 、 互 い の 分 身 で あ る 自 己 と 他 者 と が 異 な る 領 域 に 引 き 裂 か れ て い る こ と は 、 コ ル タ サ ル が 他 者 を 扱 う 場 合 に 見 ら れ る 大 き な 特 徴 で あ る 。 こ こ で 見 た す べ て の 短 編 に お け る 主 人 公 と そ の 分 身 と は 、 い ず れ も 空 間 的 に 異 な る 場 所 に 存 在 し 、 完 全 に 意 思 の 疎 通 を 欠 い た も の た ち で あ る 。 し た が っ て 、
20
マ ッ ク ・ ア ダ ム や ア ラ ス ラ キ が 指 摘 し て い る よ う に16、 コ ル タ サ ル の 作 品 に 現 れ る 他 者 、 あ る い は 分 身 と 、 ス テ ィ ー ヴ ン ソ ン の 『 ジ キ ル 博 士 と ハ イ ド 氏 』 や ド ス ト エ フ ス キ ー の 『 二 重 人 格 』 に お け る 分 身 と は 性 質 が 異 な る と 言 え る 。 こ れ ら の 作 品 に お け る 分 身 は 、 心 理 学 的 に 説 明 さ れ う る 分 裂 症 的 な 他 者 で あ る の に 対 し 、 コ ル タ サ ル の そ れ は 、 ひ と り の 人 間 が も つ ふ た つ 、 あ る い は そ れ 以 上 の 人 格 を 表 わ し て い る の で は な く 、 文 字 通 り 、 見 ず 知 ら ず の 他 者 た ち な の で あ る 。 で は 、 コ ル タ サ ル は な ぜ 一 見 無 関 係 に 思 わ れ る こ れ ら の も の た ち の 間 に 同 一 性 を 見 出 し た の だ ろ う か 。
そ の 理 由 と し て 、 マ ッ ク ・ ア ダ ム は 、 コ ル タ サ ル が 転 移 や 輪 廻 転 生 の 思 想 に 強 い 関 心 を 抱 い て い た こ と 、ま た そ れ ら の 思 想 が コ ル タ サ ル の 言 う figuras( 影 た ち ) に つ い て の 考 え の 基 盤 と な っ て い る 点 を 指 摘 し て い る17。 コ ル タ サ ル に よ れ ば 、figuras と は 、 個 人 と 非 論 理 的 に 結 び つ い た 他 者 た ち の こ と だ が 、 彼 は 幼 い こ ろ か ら 、 ひ と り の 人 間 は 個 人 的 な 運 命 の ほ か に 、 う か が い 知 れ な い 他 者 た ち の 運 命 を も 同 時 に 背 負 っ て い る の で は な い か と 感 じ て い た18。 換 言 す る な ら 、 コ ル タ サ ル は 、 他 者 の 運 命 を 共 有 す る 限 り に お い て 、 自 己 と は ま た 他 者 で も あ る と 考 え て い た の で あ る 。
さ ら に 、 他 者 に 関 す る コ ル タ サ ル の 考 え に 注 目 す る な ら 、1940 年 代 か ら 50 年 代 に 書 か れ た い く つ か の 詩 論 を 再 考 す る 必 要 が あ ろ う 。 作 家 と し て の 本 格 的 な 活 動 を 始 め る 以 前 か ら 欧 米 の 詩 を 愛 読 し て い た コ ル タ サ ル は 、 キ ー ツ や ラ ン ボ ー を は じ め と す る 詩 人 に つ い て の 論 考 を 多 く 書 き 残 し て い る 。な か で も 、「If a Sparrow come before my window I take part in its existence and pick about the Gravel」( 雀 が 窓 辺 に 来 れ ば 、わ た し は そ れ と 一 体 と な っ て 砂 利 を つ つ く ) と い う キ ー ツ の 手 紙 の 一 節 は 、 コ ル タ サ ル が し ば し ば 引 用 し て 論 じ る も の だ が 、彼 は こ こ に 表 れ て い る“ カ メ レ オ ニ ス モ ”19、あ る い は“participación”
16 Mac Adam, 1971:57及 び Alazr ak i, 1976b:179参 照 。 17 Mac Adam, 1971:56参 照 。
18 H ar s s, 1966:278参 照 。 さ ら に 、 ジ ョ ア ン ・ ハ ー ト マ ン も ま た コ ル タ サ ル の 言 う figu r as に つ い て 次 の よ う に 説 明 し て い る 。「L a ide a qu e Cor t ázar v ien e a e x pr es ar de las “ fig ur as ” e s qu e el de s t in o de c ada hom bre, s in que é l lo se pa, e s t á u n ido en e l t iem po y en e l es pac io al des t ino de otr os hom bre s, o fig ur as, e n u n a ser ie in finit a de co nc ate n ac io ne s.」 (Jo an H ar t man, 1969:343)
( コ ル タ サ ル が “fig ur as” に よ っ て 表 現 し よ う と し て い る 考 え と は 、 一 人 の 人 間 の 運 命 は 、 た と え 彼 が そ れ に 気 づ い て い な く て も 、 時 空 を 超 え て 他 者 た ち の 運 命 と 、 あ る い は 無 限 に 広 が る 連 関 の な か で 影 た ち の そ れ と 結 び つ い て い る と い う こ と で あ る )。
19 コ ル タ サ ル に と っ て 理 想 的 な 詩 人 の 性 格 と は 、 キ ー ツ の 書 簡 に 記 さ れ て い る 「 詩 的 性 格 」 と ほ ぼ 一 致 す る 。 参 考 の た め 、 コ ル タ サ ル が キ ー ツ 論(Co r t ázar, 1946:47)と エ ッ セ ー 集(Cor t ázar, 1967:211)の 中 で 訳 出 し て い る 箇 所 の 一 部 を 取 り 上 げ て お こ う 。 「 詩 的 性 格 は 実 態 で は あ り ま せ ん 、― そ れ は 自 我 が あ り ま せ ん 、 ― 一 切 で あ り 、 無 で あ り 、 ― 性 格 が あ り ま せ ん 、― そ れ は 光 と 影 と を 享 受 し ま す 。( 中 略 )イ モ ー ジ ェ ン と 同 様 に 、イ ヤ ゴ ー を も 喜 ん で 想 像 し ま す 。徳 の 高 い な 哲 学 者 に 衝 撃 を 与 え る も の が 、 カ メ レ オ ン の よ う な 詩 人 に は 、喜 び で す 。( 中 略 )詩 人 は 、あ ら ゆ る 生 物