公共領域の組織過程論
A Study of Structural Analysis and Management in Public Domain
早稲田大学大学院 社会科学研究科
政策科学論専攻 公共政策研究分野 行政過程論研究
稲生 信男 INO, Nobuo
2008年9月
目 次
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第 1 部 総論
第1章 本論文の問題意識と分析方法の提示 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・1
第1節 本論文の問題意識~新たな組織的形態の必要性 1 第2節 ガバナンス・レジームにおける新たな組織的形態―「公共領域」 3
第1項 組織論の展開(抄) 3 第2項 行政組織における環境変化への対応―「公共領域の組織過程論」 4
(1)行政組織における環境変化への対応 4 (2)公共領域の組織過程論のイメージ 6
第3節 分析方法 8
第2章 公共領域の意義 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・13
第1節 組織の意義 13 第2節 自治体組織の特質と組織の境界 16
第1項 自治体組織の特質 16 第2項 組織の境界 17 第3節 公共領域の導出 21 第1項 ガバナンス・レジームと協働 21
第2項 ガバナンス・レジームにおける組織的事象 23
第3項 公共領域の意義 30 (1)公共領域概念の導入 30 (2)本稿で分析する公共領域の意義 32
第3章 組織間関係における主要パースペクティブ ・・・・・・・・・・・・・・38
第1節 組織間関係論の意義 38
第2節 分析レベル 39 (1)組織間ダイアド 39 (2)組織セット 40 (3)組織間集合体 40 (4)行動セット・モデル 41 (5)組織間ネットワーク 42 第3節 組織間関係の主要なパースペクティブ 44
第1項 組織間関係の基本的とらえ方 44 第2項 組織間関係論の主なパースペクティブ 45
(1)資源依存パースペクティブ 46
i
(2)協同戦略パースペクティブ 47 (3)制度化パースペクティブ 47 (4)ネットワーク・パースペクティブ 48
(5)各パースペクティブの概括的整理 54
第 2 部 公共領域の構造
第4章 公共領域の分析パースペクティブ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・56
第1節 公共領域の特質 56 第2節 組織間関係論と公共領域―援用理論 59
第1項 非営利組織研究―米国における豊富な研究蓄積と背景 59 第2項 非営利組織研究―日本での蓄積の少なさと偏り 60 第3項 公共領域を分析するための理論―非営利組織の組織間関係論の導入 61
第3節 公共領域の分析視座―先行研究のサーベイと整理 65
第1項 公共領域の構造分析の観点 65 第2項 公共領域の構造・過程に関する文献レビュー 66
第3項 分析パースペクティブの体系化と新しいアプローチ 68 (1)体系的整理-グレイ=ウッドならびにレイタンの試み 68
(2)分析視座の新たなアプローチ 72 第4項 各パースペクティブの研究動向―3パースペクティブの結合に向けて 78
(1)資源依存パースペクティブの修正-環境との関係の重視へ 78
(2)ネットワーク・パースペクティブ 82 (3)制度化パースペクティブ(新制度学派組織理論) 96
(4)3つのパースペクティブの結合-マクロ・メゾ・ミクロの統一的な把握106
第5項 協働プロセスや動態の把握 111 (1)協働の形成要因と形成過程の分析枠組み 111
(2)協働の実施段階の分析枠組み 113
第5章 公共領域の構造仮説 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・115
第1節 議論の集約 115 第2節 公共領域の解釈 118 第1項 公共領域の形成メカニズム―形成仮説 119
(1)「公共領域の窓モデル」による形成メカニズムの仮説化 119
(2)公共領域形成のもたらす変化 127 第2項 公共領域の発展メカニズム―深化仮説 132
第3項 公共領域における「埋め込み」の影響―信頼高度化仮説 134 (1)一般の自治体組織における信頼性-公共領域の形成前の状況 134
(2)公共領域形成後の自治体組織における信頼性 135
ii
第6章 川崎市債の公共領域の形成・深化と信頼の高度化 ・・・・・・・・・・・137
第1節 仮説の設定 137 第2節 川崎市の概況-「市場」との協働へ 140
第3節 川崎市債の公共領域の形成 142
第1項 政策的課題 142 第2項 課題解決の政策的代替案 145
第3項 組織および行為者の状況 150
(1)資金課の概要(~平成16年度) 151
(2)制度的環境と模倣的同型化 151
(3)戦略的選択・創案 153 第4項 社会/政治/経済的流れ 156
第5項 川崎市債の公共領域の窓 157 第4節 川崎市債の公共領域の深化 158 第1項 研究会の議論-コミュニケーション経路のフォーマル化 158
第2項 2つの協働形態のフォーマル組織的パターン 160
第5節 川崎市債をめぐるネットワークと信頼 164 第1項 川崎市債の起債運営における互恵的信頼と組織間ネットワーク 164
第2項 データと分析手法 164 第3項 川崎市債の公共領域における関係性と信頼 166
(1)主要な変数の状況 166 (2)川崎市債の公共領域における埋め込みと信頼性 170
第6節 本章のまとめ 175
第7章 PFIをめぐる公共領域の形成と深化 ・・・・・・・・・・・・・・・・179
第1節 本研究の問題意識と仮説設定 179 第1項 PPPおよびPFIに関するこれまでの研究アプローチ 179
第2項 PFIと公共領域-仮説1および仮説2の検討 182 第2節 墨田区体育館PFIにおける公共領域の組織過程 186
第1項 墨田区体育館PFIの公共領域の形成 186 (1)政策的課題-財政的制約と提供サービスの質の充実 186
(2)課題解決の政策的代替案 188 (3)組織および行為者の状況 189 (4)社会/政治/経済的流れ 193
(5)墨田区体育館PFIの公共領域の窓 193
第2項 墨田区体育館PFIの公共領域の深化 194 (1)フォーマル組織としての審査委員会の設置と審査 194
(2)公共領域の深化仮説 198
iii
第3節 東京都がん・感染症医療センターPFIにおける公共領域の組織過程 199
第1項 がん・感染症医療センターPFIの公共領域の形成 199
(1)政策的課題 199 (2)課題解決の政策的代替案 204
(3)組織および行為者の状況 205 (4)社会/政治/経済的流れ 208 (5)がん・感染症医療センターPFIの公共領域の窓 208
第2項 がん・感染症医療センターPFIの公共領域の深化 209
(1)病院事業の再編および施設整備の概要 209 (2)フォーマル組織としての審査委員会の設置と審査 212
(3)公共領域の深化仮説 216 第4節 本章のまとめ 217
第 3 部 公共領域のマネジメント
第8章 公共領域のマネジメント ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・219
第1節 組織間関係におけるマネジメント論と公共領域 220
第1項 資源依存パースペクティブ 220 第2項 ネットワーク・パースペクティブ 224
第3項 制度化パースペクティブ 225 第2節 公共領域のコミュニケーション―電子政府によるマネジメント 227
第1項 組織間コミュニケーションの意義 227 第2項 公共領域におけるコミュニケーション・マネジメント 228
第3項 電子政府・電子自治体による公共領域のマネジメント 229
第3節 ガバナンスと自治体マネジメントの改革 232
第1項 ガバナンスとNPM 232
第2項 ガバナンス型自治体マネジメント改革―ホリスティック・アプローチ234
第3項 ホリスティック・アプローチにもとづくマネジメント手法 237
第4項 Balanced Scorecard(BSC)によるマネジメント 241
(1)BSCにおける「バランス」の意味 241
(2)戦略マップ 242 (3)行政組織におけるBSCの利用―公共領域のマネジメントへの展開 243
第4節 公共領域のマネジメントへの展開 251 (1)公共領域のマネジメントとBSC再構築の必要性 251
(2)BSCを利用する場合の留意点と対応 252
第5節 公共領域のマネジメント―公共領域の組織過程論への統合 259
第1項 本章のまとめ 259 第2項 公共領域のマネジメント―公共領域の組織過程論への統合 260
iv
(1)公共領域の形成・深化・信頼高度化 260
(2)公共領域の組織過程論 260
第9章 政策過程と電子政府のコンテンツ構造
―環境政策における実証的分析― ・・・・・・・・・・・・・・・263
第1節 本章の問題意識 263 第2節 先行研究・調査 264 第1項 海外における研究動向 264
第2項 国内における電子自治体の研究動向 265 第3項 計量政治学からのアプローチ―議員ホームページのコンテンツ分析 266
第4項 本章での考察内容の決定 266 第3節 公共領域としての電子自治体構築の要素
―環境政策分野における仮説的設定 267
第1項 政策過程への配慮 267 第2項 環境行政での電子自治体のフレーム 269
(1)環境行政での政策過程の特質と「協働」 269 (2)政策的な閉塞性の打破、環境教育 270
(3)環境NPM 271
(4)環境情報 271 第4節 環境電子自治体の機能に関する実証的な検討 274
第1項 本節の目的と分析アプローチ 274 第2項 環境情報マトリクスの構築と分析内容 274
(1)操作化とデータの収集手続 274
(2)分析内容 279 第3項 分析Ⅰ 環境電子自治体の機能の評価―64団体ベース 282
(1)64団体全体の特徴 282
(2)団体類型ごとの特徴と比較分析 283
(3)時系列分析 286 (4)個々の団体のコンテンツ状況 287
第4項 分析Ⅱ 環境電子自治体のコンテンツ構造の規定要因
―47都道府県ベース 288
(1)仮説 288 (2)従属変数および分析手法 289
(3)独立変数 290 (4)分析結果 291 第5節 本章のまとめと考察 293
(1)本章における検討内容 293 (2)分析結果と考察 294
v
第10章 行政経営のBalanced Scorecard(BSC)
-公共領域のマネジメントへの展開を求めて ・・・・・・・・・・・298
第1節 行政経営におけるBSCの活用―先行研究のサーベイ 298 第1項 無形資産の有形資産への転換-「戦略的レディネス」 298
第2項 理論的課題 299
第3項 行政組織におけるBSCの利用 301
第2節 事例分析Ⅰ―行政におけるBSCの構造および運用状況の分析 305
第1項 米国連邦政府機関のケース 305 (1)前提-戦略経営のフレーム 305
(2)ケーススタディ 306 (3)比較と評価 317 第2項 国内の先進的取り組み 318
(1)総説 318 (2)ケーススタディ 318
第3節 事例分析Ⅱ―ガバナンスならびに行政経営システムの観点からの評価 323
第1項 米国連邦政府機関 323 第2項 国内自治体 325 第4節 本章における分析結果の整理と公共領域のマネジメントへの示唆 327
第1項 比較分析のまとめ 327 第2項 公共領域のマネジメントへの示唆 328
結 論
第11章 結 論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・332
第1節 本稿のまとめ 332 第2節 本研究の貢献 336 第3節 今後の課題 339
参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・341
vi
第1部 総 論
第1章 本論文の問題意識と分析方法の提示
第1節
本論文の問題意識~新たな組織的形態の必要性
一国の行政組織のあり方は、すべて統治活動に関連する重要な部分であり、国民 ないし住民の生活を支える柱といえる。辻清明は、行政部門における人事行政につ いて、統治性と割拠性に着目しつつ「人事行政は基盤行政である」(辻, 1991, p.3
-4)と表現した1。国内についてみれば、国家公務員制度と地方公務員制度が、制 度的にも運用面においても、相互に密接な関連性を保ちながら長らく行政システム の基盤をなしてきた。
一方で、現在国内の行政組織あるいは公務員制度は多くの批判にさらされている。
組 織 の 研 究 者 マ ー ト ン は 「 官 僚 制 の 逆 機 能 」 現 象 の 発 現 を 指 摘 し た (Merton, 1957=1961)。マートンは、なかでも、規則への過剰な反応という、手段が目的に 転化した状況、すなわち彼のいう「目的の転換(ないしは置換、転位)」のみられる 状況を析出した。このことは、シャーカンスキー(Sharkansky, 1972)の指摘する、
組織内部の成員が、明示された規則に沿って意思決定をするために、環境からの兆 候を見過ごしてしまい、環境変化が公共政策の形成にもたらす効果を減じてしまい かねないといった指摘にも通じている。
米国の組織論の成果を利用しながら、フランスの官僚現象を分析したクロジェに よると、官僚制は「みずからの誤りを容易に正すことのできないシステム」である とされる(Crozier, 1964)。政治文化と官僚現象とは密接な関係にあり、閉鎖的な 官僚制にとって、現場で生じている問題を組織運営にフィードバックすることが困 難であるとみている。例えば、米国では全ての人が平等に政治的意思決定に参加す ることを前提とするため、権限と手続が重要であり、結果として管轄や手続につい ての紛争が増加する。説得手続も煩瑣をきわめがちで、革新は難しい。フランスで は、孤立を重要視することからインフォーマルな集団を作らない傾向にある。そこ で、ルールによる問題解決を重んじ、ルールへの過剰依存から、事態の柔軟な対応 を困難にする。以上に述べた状況が官僚制の持つ「逆機能」あるいは「悪循環」に ほかならない。
もちろん国民性、政治文化ならびに制度の違いから、上記の議論が日本にただち にあてはまるというものではないだろう。しかし、これらの「逆機能」あるいは「悪 循環」現象については、国内にも散見されるのは事実である。法律・政令・規則・
条例などを墨守することから生じる「目的の転換」状況は古くから指摘されていた
1 辻は、日本の官僚制の特色を、①独特の階統制、すなわち階統制と割拠性の併存、② 行動形態の様式、すなわち明治期の特権的性格の残存、③意思決定過程に現れた特色、
すなわち稟議制の慣用の3点をあげて指摘する(辻, 1966, p.97)。
1
ことであるし、行政が外部環境の変化に柔軟に対応していないといった批判もよく 聞かれたところである。
ただし、現在の行政組織ないしは公務員制度にかかる問題の指摘は多岐にわたり 複雑である。たとえば、行政の活動に関する効率性(inputとoutputの対応)や効 果性(outcome)への疑問、公務員のコンプライアンス(法律遵守)への信頼の揺 らぎやモラルハザード現象、あるいは、給与や手当などの待遇の問題など、枚挙に 暇がない。これらの指摘の妥当性については検証の余地がある。しかし、現行の行 政組織が機能不全に陥りかけているという点は、無視することはむずかしい。
こうした行政組織の現状に対する批判に応えるかたちで、公務員をめぐる制度改 革の議論が活発化している。たとえば国家公務員制度について、民間企業並の労使 交渉を認める代わりに身分保障を見直す、といったような論議を例としてあげるこ とができる。しかしながら、行政組織を批判し、制度改革を行うことが、現代的課 題に対応する唯一の道なのだろうか。むしろ、行政組織の機能や役割を正しく認識 し、対応する方途を模索すべきではないか。
この点から行政組織みると、公務員制度あるいは「官僚制」が、明治時代以降の 日本の経済社会の発展に、一定の貢献をしてきた点も指摘されるところである。ウ ェーバーの官僚制観によれば、①権限、②階統制、③専門性、④無私の4点が指摘 される。4 条件を具備した組織が彼のいう官僚制の理念型であり、この装置により 行政は高度の能率、恒常性、精密、規律、信頼性を充足する機能を営むことが可能 となる(辻, 1966, p.92-93)。日本の官僚制が理念型の 4要素をどこまで充足でき たかは議論の余地があるものの、日本における明治期以降の経済社会の発展にとっ て、国と地方の行政組織による「合理性」発揮が、一定の役割を果たした点を無視 することはできないであろう。マートンが一方で指摘した「順機能」により、外部 環境への行政システムの適応と調整が図られてきたことも事実ではなかろうか。
ゴールドナーの研究に示されるように、「合理的体系」として編成された官僚制組 織は常に非合理的な病理現象を生じるというわけではなく、一定の条件の下では非 合 理 な 病 理 の 発 現 を も た ら さ な い こ と も あ り う る 、 と い う 指 摘 も 重 要 で あ る
(Gouldner, 1955=1963)。 よ り 積 極 的 に は 、 仮 に ベ ン デ ィ ッ ク ス (Bendix, 1956=1980)のいうように、ウェーバーの官僚制論では組織成員の服従性と自発性 とが均衡した状態にあると認識されていたとすれば、自発性の向いている方向を明 らかにし、マネジメントすることを通じて合理的体系を保持することも可能である。
ゴールドナーのいうように一定の条件の下であれ、非合理的な病理現象を抑制しな がら、行政組織を合理的に機能させ再生する道が求められる。
それでは再生する道をどのように探るか。もはや、行政組織の抱えるすべての政 策的課題に、行政組織だけで対応していくことは、財源だけでなく、情報やノウハ ウなどさまざまな資源調達の面からみて困難である。しかも、単なる資源調達にと どまらず、政策形成から政策実施に至る、組織過程全般で多様なアクターの関与が
2
求められる。とすると、行政組織の再生には、政策的な課題の性格をふまえつつ、
能力的に、あるいは、規範的にみて、行政組織単独では対応が難しい課題について は、あらたな「組織的な形態」を模索して対応する必要があるだろう。しかも、「規 範的」に検討するだけでは不十分であり、「経験的」に捉えなければならない。本論 文では、かかる困難な作業をすすめる理論的基礎を組織論的視座に求めたい。
そこで次に、行政組織に関連した組織論の展開を素描し、行政をとりまく環境変 化に対応した、あらたな「組織的な形態」である「公共領域」を導出する。
ガバナンス・レジームにおける新たな組織的形態―「公共領域」
第2節
第1項 組織論の展開(抄)
行政組織を、管理者、組織成員、市民や住民といったあらゆる組織との共通の原 理で理解しようと試みたのはバーナードとサイモン以降のいわゆる近代組織論であ る。
村松岐夫の整理によれば、日本の行政学では米国の影響を受けているが、米国の 行政組織論の展開は、3段階に分けて発展したとする(村松, 2001, p.145-148)。
第1段階は、科学的管理法の影響を受けた組織論が行政学に移植されたときであ る。「唯一最善の道」があるとの前提の下で、体系的管理組織論としての構築が行わ れた。その組織論は、ギューリックの理論である(Gulick, 1937)、専門主義、ライ ンとスタッフの分離、管理者の役割としてのPOSDCORBなどの科学的諸原理に代 表される。
第2段階は、労働のモラルを促進する要因として、人間の心理的要素や社会的関 係を重視する人間関係論である。メイヨーらによるホーソン工場での実験により得 られた、人間関係学派の主張の要点は以下のとおりである。
第1に、生産水準が社会的規範により決定されること、第 2に、非経済的な報酬 や制裁が労働者の行動に有意な影響を及ぼし、経済的能率給の効果を制約すること、
第 3 に、労働者はしばしば個人としてではなく、集団の成員として行動すること、
第4に、職場にはフォーマル組織を前提とするリーダーシップだけでなくインフォ ーマルなリーダーシップがあること、等である。
第3段階は、バーナードによる新しい発想の誕生と、それを発展させたサイモン による近代組織論の成立以降である。バーナード=サイモン理論の特徴は、組織に 属する個人の決定行動と組織との関係は複雑であり、組織を所与の実在として分析 するのではなく、個人の行動から、誘因と貢献という視点により、組織を再構成す る点にある。
バーナードは組織をシステムのひとつと捉え、オープン・システム観をとること によって、組織の内的均衡のみならず、システムと環境との間の外的均衡をも考察
3
の対象とする点が、第 2段階までの組織理論との決定的な違いである。このためバ ーナード理論については「均衡理論」とも称される。バーナードは、個人主義と全 体主義、自由意思論と決定論という対概念を、「共に」受け入れようとした。このた め、従来の組織概念に代わって新しい組織のとらえ方ともいうべき「協働」概念を 創出し、「協働」の一構成要素として、純化された組織概念を作り出した。バーナー ドの組織概念を構成する要素としては、①共通の目的、②コミュニケーション、③ 協働意思、がある。個人の意思と行動から組織を構築し、組織活動からの配当とし ての「誘因」の提供と引き換えに組織を構成する個人からの「貢献」を引き出すた めに、「均衡」の必要性を強調しつつ「協働」を上位概念に据えたわけである。
サイモンは、バーナードの理論を受け継ぎつつ、より緻密で体系的に組織論を展 開したとされる。サイモンは、人間の「包括的合理性」に疑問を呈し、「限界のある 合理性(bounded rationality)」によるものと位置づける。そして「限界のある合 理性」を克服するための意思決定システムについて考察を行った。その意思決定モ デルは、第 1 に、選択肢を探索ないし作成、第 2 に、「満足できる」か「十分によ い」という満足基準を満たす選択肢を選ぶ、第3に、満足水準は、選択肢が容易に 得られなければ緩やかに低下し、逆であれば緩やかに上昇する、というものである。
包括的合理性ないし完全合理性に基づく意思決定モデルである「最適化モデル」に 対して、「充足化モデル」と呼ばれる(橋本, 2005, p.70, 72)。
近代組織論は、組織現象を考察する際に「個人」を起点としている。そして組織 外の環境との相互交渉を不可欠の事象とみる。外部環境に対して開かれた組織であ ることを前提に、相互交渉過程についての考察を深化させたのが、ローレンスとロ ーシュのコンティンジェンシー理論である。彼らは、組織が環境との相互作用を通 じて生存するオープン・システムであり、環境の要請に適合した組織構造を設計す ることによって、環境に適応する、とみる(Lawrence and Lorsch, 1967=1977)。
そこでは、環境の不確実性が強調されている。組織規模の拡大、技術の複雑化や多 様化、あるいは、課業環境の変動幅の拡大によって、組織をとりまく環境の不確実 性は増加する。そこで組織は、不確実な環境あるいは環境の変化に対して対応を迫 られる。
そこで次に、以上の議論を行政組織に展開し、行政組織の環境変化への対応をみ てみたい。
第2項 行政組織における環境変化への対応―「公共領域の組織過程論」
(1)行政組織における環境変化への対応
行政における環境変化への対応につき、1990年代以降の潮流を大掴みして整理す るといくつかのアプローチが存在している。
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大きな影響を及ぼしたのは「新公共管理(NPM: New Public Management)」論 である。NPM論は、もともと 1980年代半ば以降、英国やニュージーランドなどの アングロ・サクソン系諸国を中心に行政実務の現場を通じて形成された革新的な行 政運営の理論である。中心となるのは、民間企業における経営理念や手法等を可能 なかぎり行政の現場に導入することで行政部門の効率化を図ることである。内容的 には、①業績と成果による統制、②市場による統制(市場メカニズムの活用)、③顧 客主義への転換、④ヒエラルキーの簡素化、といった4つの柱に整理されるのが一 般である(たとえば、大住, 2002, p.12)。
国内でも、環境変化に対応して、NPM 論にしたがった動きのほか、さまざまな とりくみがみられる。
NPM論に関連した動きとしては、事前の予算策定に重点をおいた行政運営から、
事後の業績測定(Performance Measurement)やプログラム評価に重点をおいた行 政運営へ、足取りは重いものの、移行しつつある。行政評価ないし政策評価の立法 化も行われた2。有識者や市民などの第三者による外部評価を取り入れている自治 体もみられ、客観的な業績測定を行おうとする取り組みも出つつある。業績測定の 結果と予算配分をむすびつける団体もある。庁内分権をめざすために、「枠配分」予 算をとりいれて財政部局の統制を弱め、各部局の自立性を高めようとする団体もめ ずらしくなくなっている。市場メカニズムの活用としては、いわゆるエージェンシ ー化などをあげることができるだろう。
また、組織改革により従来の縦割りの弊害を克服したり、能力に応じて適正な人 員配置を行ったりする人事マネジメントでの改革の動きもみられる。このほか、公 共サービスの担い手自体を変えていこうとする議論も盛んになっている。最近では、
住民参加やNPOとの連携あるいは協働といった、いわゆる外部マネジメントを重視 した改革を含むようになっている。行政組織だけでなく、ステイクホルダー(利害 関係者)3 を含めて体系化していこうとするマネジメントの萌芽がみられる。
経営学からのアプローチをさらに強めた戦略経営の発想もある。戦略経営では、
組織のミッションを前提に、中長期的なビジョンを経営トップが策定し、一般的に はトップダウンで、個々の組織行動に展開していく。戦略経営の要は、現在の組織 の水準(売上げ水準、利益水準など)と、目標とする水準との間のギャップを把握 し、ギャップを解消することに向けた道筋すなわちロジックを設定して行政運営を 行うという点にある。もとより行政部門では、利潤、あるいは付加価値の最大化を
2 「行政機関が行う政策の評価に関する法律」(平成十三年六月二十九日法律第八十六 号)。
3 フリーマンによれば、利害関係者とは、「組織目的の達成に影響を与えることができ る、あるいは、組織目的の達成によって影響を受ける集団・個人」と定義づける(Freeman, 1984, p.60-64)。一般的には、株主、供給業者、政府機関、消費者団体や業界団体を含 み、これらのステイクホルダーは、投票パワー、経済的パワー、政治的パワーを内包し た、さまざまなパワーをもつ(Schwenk, 1988=1998, p.52)。
5
前提としていないことから、「戦略」にせよ、「経営」にせよ、民間企業における戦 略経営と同等というわけではない。
以上にあげた行政における環境変化へのアプローチ例は、相互に排他的なもので はなく、行政が必要に応じて使い分けたり、組み合わせて活用したりすることが可 能である。
ところで、こうした行政組織による環境変化へのアプローチを組織形態の側から みると、以下のようになる。すなわち、多様な主体の参画による取り組みの増加に よって、現在の行政組織の枠組み自体が流動的になっている。組織の外縁は広がり をみせているほか、流動的になっている。そこで、従来は、制度あるいは理念とし てはともかく、まるで行政をとりまく外部環境の一部であるかのように捉えられて きた国民ないし住民、NPO、あるいは、企業といったステイクホルダーを、政策的 課題解決のための議論の過程や、公共サービスを提供していく際の担い手の一部と して取り込んだ概念を新たに規定しなければならないだろう。
この新しく規定された組織的形態が、本論文で考察する「公共領域」である。第 2章でくわしく論じられるものの、以下に概略を述べておきたい。
(2)公共領域の組織過程論のイメージ
公共領域の主体は行政組織や、市民あるいは住民だけではない。政策的な課題に 応じて、企業、専門家や市場関係者を取り込む4。公共領域では、内包する組織的 形態自体が、政策的な課題に対応して変化する。
例えば、「官」と「民」とが対等な立場で競争入札に参加し、価格と質の両面で最 も優れた者が、そのサービスの提供を担っていくこととする制度である、「市場化テ スト」を実施する場合には5、一定の条件を前提として、公共領域が「形成」され る場合がある6 , 7。
市場化テストは、行政が財政再建を果たさなければならないという政治的・経済 的・社会的要請に対応して、行政にかかるコスト低減を図るため、公共サービスを
4 専門家には、学識経験者、弁護士・公認会計士、設計会社、建設会社、運営会社やコ ンサルタントなどを含む。市場関係者には、銀行・証券会社などの金融機関、個人投資 家・機関投資家やアナリスト等を含む。
5 「競争の導入による公共サービスの改革に関する法律(いわゆる公共サービス改革 法)」(平成十八年六月二日法律第五十一号)。
6 一定の条件の内容については、第5章で「公共領域の形成仮説」として詳細に議論す る。公共領域は、4つの流れが合流することで「形成」される。
7 組織の発生形態としては、①生成する、②形成する(ないし「形成される」)、③編成 する(ないし「編成される」)、の 3類型を想定しうる。公共領域の発生は人為的に行わ れることから②ないし③になじむ。もっとも、③は、古典的組織理論でいう権限の分配 による組織編成という文脈で使われることから、公共領域の発生は②によるとするのが 妥当である。
6
提供する際に競争原理を導入しようとするものである8。具体的には、ある公共サ ービスの提供について、行政と民間とが対等な立場で競争入札に参加し、価格と質 の両面で最もすぐれた者が、そのサービスの提供を担う仕組みである(内閣府公共 サービス改革推進室, 2006, p.7)。
行政単独では充足することがむずかしい資源の安定的な調達の必要性が高まり、
政策的代替案としての市場化テストが行われ、行政と民間の創意工夫が発揮され、
相互に協働する場面がみられるならば、公共領域が出現をみるだろう(公共領域の
「形成」)。このような新たな組織的形態を前提に展開される公共領域の組織過程は 複雑で、流動的である。市場化テストの例でいえば、「市場」が行政過程に加わるこ とで、発生するさまざまな経済的なリスクを分配し分担する仕組みも必要となる。
発生した経済的損失について、行政が全てを負担し内部化することは従来よりも減 少する。いいかえれば、形成された公共領域の活動を担う主体が、合意にもとづく 契約ないし約款など、精緻な規範に沿って分配し分担する。
そして、形成された公共領域は、行政と民間とがコミュニケーションをつうじて 交流を重ね、相互に信頼関係を形成しつつ新たなフォーマル組織的な形態を内包し、
発展を遂げていくこともありえる(公共領域の「深化」)。かかるフォーマル組織的 形態は、インフォーマルなコミュニケーション経路があり、さまざまな交渉が行わ れることで、より強固に展開される。
一方、公共領域の形成と深化は別の観点からとらえることもできる。行政組織を 核に、政策的課題の解決にむかって相互に協働する過程は、協働に携わる組織ない し行為者の間の結びつきであるネットワークによって支えられる。ネットワークの 内部で、行政組織を中心として相互にコミュニケーションが図られ、お互いの信頼 が形成、維持、および、強化される(公共領域の「信頼高度化」)。行政組織以外の 組織あるいは行為者の間でネットワークが形成される場面もある。相互に結びつき を強めることで信頼関係は強固になる。加えて、日本の自治体組織は、良くも悪く も、国の制度によって規定されている面も、行政と、住民や企業等の組織やアクタ ー間の信頼と関係がある。
しかしながら、公共領域の形成・深化と信頼の高度化は、常に順調にすすむわけ ではない。公共領域には、関与主体が多様化すると同時に、異なる価値観や異なる 意味が投入される。住民の参加や、競争原理の導入といった、多様で異質な外部環 境を内包することにより、関与するアクターの間でコンフリクトの発生などの「逆
8 海外では、公共サービスの効率化および質の向上を目指し、米・英・豪等で市場化テ ストを実施しており、スウェーデンでは地方において実施している。特に、米・英では、
政権交代を超えて継続している。一方、仏・独においても競争による公共サービス効率 化が図られている。健全なる競争の導入に伴う公共サービスの効率化、質の向上、担い 手の多元化、行政府の生産性向上と規模の最適化、国民や納税者の立場に立った公共サ ービスのあり方等、多様な価値観と目的を包含しているが、競争環境に置くことでより よい公共サービスの実現を目指していることが共通した理念となっている。ただし、海 外におけるNPMのとらえ方は、必ずしも効率化志向が中心というわけではない。
7
機能」的状況が起こることも容易に予想される。政策的課題を解決するという公共 的な事柄に関係しながら、組織文化の違いや、個々人の考え方の相違があるからで ある。環境変化に適応して形成される公共領域であるものの、単独であれば保持で きるはずの行政組織の持つ予測可能性を損ない、不確実性を増してしまうこともあ りえる。
こうして、行政システムの効率化を意図した、市場規律への過度の期待は、アク ターである行政組織との摩擦を生む。また、「市場の失敗」に加えて、市民や住民も 時としてきまぐれで利己的な存在であるとともに、組織力に弱いということなどか ら、「ボランティアの失敗」といったことも起こりうる。市民セクターの担う機能に 過大な期待を寄せることは、規範的要請と、実態や現象面との不適合を生じかねな い。
行政組織との間の摩擦、「市場の失敗」や「ボランティアの失敗」によるさらなる 機能不全の発生を回避し、機能する公共領域とするには、新たに形成し深化をみる 組織的形態における調整メカニズムの解明、すなわち「公共領域のマネジメント」
論の構築は不可欠である。
とくに、行政組織を核にして協働をすすめる際、他の組織や行為者との間でどの ように関係をとりむすぶのか(規範の形成、契約の締結、合弁事業化するなど)、ど のように信頼関係を構築していくのか、どのようにコミュニケーションを図ってい くのか、が重要である。さらに、行政組織「全体」との関係で、協働現象をどのよ うに行政活動にとりこんでマネジメントしていくのかは、ガバナンス・レジームを 実質化するために問われる課題である。
分析方法 第3節
本論文では、前述した問題意識の下で増加しつつあるとみられる、新しい組織論 的実在としての「公共領域」を分析の対象とする。公共領域の構造とマネジメント のあり方を明らかにすることを構想する。ここで、組織における構造については、
「(複数の)個体が作動する関係の組み合わせ」であるとか(White, 1950, p.26. 括 弧内は筆者が付加)、「『安定的』な『要素の連結パターン』」であると定義される(桑 田・田尾, 1998, p.58)。公共領域は組織的現象であることから、公共領域における 構造とは、複数の組織あるいは行為者の安定的な連結パターンである。
アプローチとしては、公共領域における組織的現象を、行政学における組織の作 動、政策形成・政策立案および行政管理等の知見を前提に、バーナード理論を嚆矢 とする近代組織論と、組織論の発展した組織間関係論に主に依拠して解釈しようと する。多様な参加者からなる公共領域の構造と組織過程を分析したうえで、有効か つ能率的な形成・発展に向けたマネジメントの端緒を、ホリスティック・アプロー チにしたがいつつ考察していく。
8
ここで公共領域概念は、行政組織を中心に考察するものである(「狭義」の公共領 域。詳しくは第 2 章)。行政組織の資金調達や「市場化テスト」など、協働をめぐ る諸現象については、国と自治体とで、「協働」の基本的な考え方に差はないと考え ている。そこで、公共領域概念については国および自治体のいずれの組織形態にも 適用が可能である。行政組織には、国の組織および自治体組織のいずれも含む。
しかしながら、本論文では、自治体組織を分析の対象として議論をすすめる。な ぜならば、公共領域概念の中心となる協働現象については、国よりも、自治体レベ ル、すなわち、都道府県あるいは市町村のレベルのほうが、具体的に観察可能であ る場合が多いからである9。例えば、電子政府を通じた行政と市民との協働による 政策形成を考えてみると、市民に身近な政策課題は国よりも自治体のほうが多い。
自治体レベルで考察を行う方が、電子政府の枠組みを使って種々の議論を展開しや すいものと考えられる。次章以下の説明および分析については、適宜、都道府県と 市町村を使い分けて論じていく。
本稿における考察の流れは以下のとおりである(論文体系については、後添の図 1-1を参照)。3部で構成する。
第1部 総論
第1に、本章(第1章)では問題意識と分析方法を提示しているところである。
第2に、近代組織論の祖といわれるバーナード理論等を参照しつつ公共領域の内 実を明らかにする(第2章)。バーナードのいう「協働」「(フォーマル)組織」「オ ープン・システム」などの主要概念や「組織の境界」からみた、自治体組織の特徴 について確認する。つづいて、従来の自治体組織を超える、あらたな組織的現象と しての公共領域の意義と特質を明らかにし、公共領域を規定する。そのうえで、公 共領域を分析する視座として、組織論の一分野としての組織間関係論を導出する。
第3に、組織間関係論の内容ならびに到達点を概括する(第3章)。公共領域は、
多様な主体からなる一つの組織的形態であり、多様な主体の緩やかな連合体である 点に、組織間関係論を参照する意味がある。組織間関係の分析レベルおよび組織間
9 自治体組織(地方自治法〔昭和二十二年四月十七日法律第六十七号〕上では「地方公 共団体」と称されている)には、普通地方公共団体と特別地方公共団体とがある。普通 地方公共団体には、都道府県及び市町村があり、特別地方公共団体には、特別区、地方 公共団体の組合、財産区及び地方開発事業団がある(地方自治法第 1条の3)。
本稿で論じる公共領域の核となる行政組織には、国と、上記自治体組織のすべてを含 みうる。ただし、以下の論述における例示にもとづく説明、あるいは事例分析では、
自治体組織をとりあげることとし、かつ、自治体組織のなかから、都道府県と市町村 レベルから適宜選択して記述することにしたい。
9
関係論の基本的なパースペクティブ(分析視座)を整理する。
以降、組織間関係論を基礎に検討をすすめていく。ただし、公共領域がどのよう に形成され、どのような内容を持っているか、といった構造(ただし、本稿で使用 する構造という用語には、本来の意義としての比較的静的な「安定的な要素の連結 パターン」という意義に加えて、このパターンが形成されていくプロセスとしての、
公共領域が形成し深化していく動態を含むと考える)の側面と、どのように公共領 域を適切に運営していくかといったマネジメントの側面と、2 つのアプローチが考 えられる。そこで以下、両者を区分する。前者の公共領域の「構造」の側面は第 2 部で、後者の公共領域の「マネジメント」の側面は第3部で検討する。
第2部 公共領域の構造
公共領域の構造の側面については以下の 2 段階で理論的な整理をおこなった後、
ケーススタディにより実証的に検証する。
まず、組織間関係論を掘り下げ、公共領域の構造(・過程)分析を行う視座を規 定する(第 4 章)。公共領域の特質をあげたうえで、組織間関係の分析パースペク ティブを体系化しているグレイ=ウッド(Gray and Wood, 1991)やレイタン(Raitan, 1998)らを参照しつつ、公共領域の分析視座を整理する。そのうえで、組織間関係 論の分析パースペクティブのなかから、資源依存パースペクティブ、ネットワーク・
パースペクティブおよび制度化パースペクティブの3つを析出する。つづいて、こ れらのパースペクティブの研究動向を詳細にとらえ、3 つのパースペクティブを結 合することで、公共領域の構造について、ミクロ・メゾ・マクロの統一的な分析視 座を得ることが可能である点をあらたに明らかにする。
最後に、協働の形成要因と形成過程、ならびに、協働の実施段階の分析枠組みを 提示し、公共領域の過程、すなわち、動的プロセスを分析することが可能なフレー ムを明らかにしていく。
以上の検討により、公共領域の構造(と過程)を解析する基礎を提示する。
次に、(前章で用意された)公共領域の構造(と過程)にかかる分析視座を集約し、
公共領域を解釈して構造と過程を説明する仮説を提示する(第 5 章)。手順として は、まず前章で議論された諸理論を集約し、つづいて公共領域の解釈を行う。公共 領域の解釈については、2つの側面に分けて考察する。
過程の側面については、公共領域の生じる局面と公共領域が発展していく局面を 仮説化する。それぞれ「公共領域の形成仮説」および「公共領域の深化仮説」と称 する。
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構造的側面としては、公共領域が形成した後の内実を、「埋め込み」理論にもとづ く信頼理論によって「信頼高度化仮説」として仮説化する。
以上の第2部の仮説についてはケーススタディをおこない、作業仮説にもとづき 実証的に検討する。ケースとしては、地方債マーケット(第6章)および PFI(Private Finance Initiative. 第7章)を選択する。前者の地方債マーケットについては、川 崎市の地方債をめぐる公共領域をとりあげる。後者のPFIについては、墨田区の体 育館PFIおよび東京都の病院 PFIをめぐる公共領域をとりあげる。
第3部 公共領域のマネジメント
公共領域のマネジメントの側面については以下のように理論的な整理を行った後、
実証的に検討するとともに、日米の行政におけるマネジメント動向にかかる比較分 析を行い、公共領域のマネジメントのあり方についての示唆を得る。
公共領域のマネジメントについては、3点にわたり検討する(第 8章)。
第1に、組織間関係論におけるマネジメントの考え方について整理を行った上で 公共領域との接点を求める。第 2に、近代組織論の成立要件にもなっていたコミュ ニケーションを公共領域に展開して議論する。公共領域のコミュニケーションの特 質をふまえ、「量的能力」と「質的能力」の重要性を指摘したうえで、有力なツール としての電子政府のあり方を規範的かつ仮説的に提示する。第3に、ガバナンス・
レジーム下における公共領域の包括的マネジメントのあり方を議論する。ホリステ ィック・アプローチの重要性を抽出し、当アプローチにもとづく代表的なマネジメ ン ト 手 法 を 整 理 し た う え で 、 公 共 領 域 を 含 み う る マ ネ ジ メ ン ト 手 法 と し て 、 Balanced Scorecard(BSC)の優位性を指摘し、内容を整理する。
最後に、公共領域の構造分析とマネジメントを統合した、「公共領域の組織過程論」
として整理をおこなう。
以上が第 3 部の理論編である。以下、上記の理論について実証的な検討を行う。
コミュニケーションについては電子政府をとりあげ、環境政策分野におけるホーム ページのコンテンツ構造、および、構造を規定する要因を実証的に分析するととも に、政策的含意を得る(第9章)。BSCについては、近時の議論を整理したうえで、
米国連邦政府機関および国内の自治体における BSC の比較分析を行う。BSC 自体 の構造およびガバナンスや他の行政経営システムとの関係について検討する。その うえで、公共領域のマネジメントに資するBSC活用の方途を考察する(第10章)。
11
第4章 公共領域の分析パースペクティブ 本章では組織間関係論を公共領域の構造分析
(過程分析を含む)に導入するための理論的整理 をおこなう。第1に、公共領域の特質と非営利組織 との類似性を明らかにする。第2に、非営利組織の 協働的提携にかかる先行研究を体系的にレビュー する。第3に、先行研究のなかから協働現象の分 析に適するパースペクティブを、①資源依存/② 制度化/③ネットワークの3パースペクティブとして 抽出し、相互の関係を検討し「結合」が可能である ことを示す。第4に、協働のプロセスにかかる分析 視座についてサーベイする。なかでも「協働の窓 モデル」に注目する。
第5章 公共領域の構造仮説
本章では第4章で用意された公共領域の構造に かかる分析視座を集約し、公共領域を解釈して過 程と構造を説明する仮説を提示する。
過程については、公共領域の生じる局面を「公 共領域の形成仮説(仮説1)」、公共領域が発展し ていく局面を「公共領域の深化仮説(仮説2)」とす る。構造については、「埋め込み」アプローチに着 目し、公共領域のネットワーク構造が、アクターの 信頼に影響する機構を「信頼高度化仮説(仮説 3)」として構築する。
第8章 公共領域のマネジメント
本章では公共領域のマネジメントについて理論的に 検討する。第1に、第4章でとりあげた組織間関係論の 3つのパースペクティブにおけるマネジメントの考え方 について整理をおこない、公共領域との接点をもとめ る。第2に、組織成立の要件でもあるコミュニケーション を、組織的形態としての公共領域に導入するととも に、電子政府による公共領域のマネジメントに展開し、
そのあり方を議論する。第3に、ガバナンス・レジーム における公共領域の包括的マネジメントについて検討 する。アプローチとして、ホリスティック・アプローチによ るBalanced Scorecard(BSC)へ最終的に注目し、行 政組織におけるBSCの活用方途をみる。そのうえで公 共領域のマネジメントを考察する。
第6章 川崎市の公共 領域の形成・深化と信 頼の高度化
川崎市の地方債をめぐ る公共領域を対象に、
第5章の仮説1~3につ いて実証的に検討をお こなう。
第7章 PFIをめぐる公 共領域の形成と深化 墨田区および東京都病 院経営本部のPFIをめ ぐる公共領域を対象に、
第5章の仮説1~2につ いて実証的に検討をお こなう。
第9章 政策過程と電子 政府のコンテンツ構造 本章では第8章で論じ た公共領域のマネジメ ントのうち、第2のコミュ ニケーション・マネジメ ントに関して電子政府 をとりあげ、環境政策分 野におけるホームペー ジのコンテンツ構造、
および、構造を規定す る要因について実証的 に分析をおこなう。
第10章行政経営のBSC 本章では第8章で論じた公 共領域のマネジメントのう ち、第3のBSCをとりあげ、
行政組織におけるBSCの活 用等に関する文献サーベイ を前提に、米国連邦政府機 関および国内の自治体にお けるBSCの比較分析をおこ なう。
BSCの視点や戦略マップ の内容と運用方法につき分 析するとともに、ガバナンス および他の行政経営システ ムとの関係について評価を おこなう。
第11章 結論
本稿の総括をおこなう。
第2部 構 造 第1部 総論
第3部 マネジメント
第1章 問題意識と分析方法 本稿の問題意識と、あらたな組織的 概念としての公共領域の組織過程
―構造分析とマネジメント―につい て考察する旨規定するとともに、本 稿の全体像を概観する。
第2章 公共領域の意義
Barnardの組織論等をもとに、自治体組織の環境に開かれた特質 および組織の境界概念を論じ、ガバナンス・レジームにおける「協 働」がもたらす組織的現象を、あらたに「公共領域」として導出する。
第3章 組織間関係における主要パースペクティブ
公共領域は一般の組織論の域を超えることから、本稿では組織間 関係論を参照する。そこで本章では、山倉(1993)に依拠し、組織 間関係論の内容と近時の理論的到達点について概括する。
実証 実証
実証 比較分析
図 1-1 公共領域の組織過程論―論文体系図
12
第2章 公共領域の意義
本章では、組織にかかる基本的な理論あるいは命題をもとに自治体組織を論じ、
そのうえで公共領域の内実を明らかにする端緒を得る。まず、主要な組織概念を確 認する。つづいて、自治体組織の特徴を、環境に対して開かれていることに注目し つつ、明らかにする。そのうえで、従来の自治体組織の特徴を超える、あらたな組 織的現象としての公共領域の意義と特質を、組織の境界概念の射程との関係をふま えて論じ、公共領域を規定する。
第1節
組織の意義
近代組織理論の創始者はバーナードである10。バーナードは、それまでの古典的 組織論のフォーマル組織と、新古典的組織論のインフォーマルな人間関係概念とを 統合した。組織を人間の協働システムないし協働体系とみることにより、近代組織 論の基礎を築いたといわれている11。
バーナードの基本的な出発点は、企業、政府、大学や労働組合などの多様な人間 の集合状態に対して共通する特徴を指摘する点にある。そこでバーナードは、これ らの集合状況を「組織」とせずに「協働体系(cooperative system)」とした。「協 働体系とは、少なくとも一つの明確な目的のために2人以上の人々が協働すること によって、特殊の体系関係にある物的、生物的、個人的、社会的構成要素の複合体 である」(Barnard, 1938= 1968, p.67)。各協働体系に差異が認められるのは、この 定義のなかの、目的や各構成要素、ならびにそれらの特殊な体系的関係のありよう に違いがあるからである。協働体系のなかの一つの体系であり、「2人以上の人々が 協働する」という表現に含まれる体系を「組織」という。すなわち「組織」とは、
「2 人 以 上 の 人 々 の 意 識 的 に 調 整 さ れ た 諸 活 動 や 諸 力 の 体 系 」 で あ る (Barnard, 1938=1968, p.75-76)12。
本論文でバーナードの組織の定義に着眼するのは、第1にそれが比較的少数の変 数しか含まないために高い操作性を持つこと、第2に広範な具体的状況に妥当する 本質的な概念であること、第3にその概念的枠組みと他の体系との関係が有効かつ
10 バーナード以前の管理論は、伝統的管理論と呼ばれる。伝統的管理論では、管理を 計画、組織化、命令、調整、ならびに、統制の過程と捉えており、管理に資するさまざ まな原則を管理の過程に分類し体系づける。管理原則学派あるいは管理過程学派とも称 されるこの学派の特徴は、管理とは人に仕事をさせるという点にある。
11 なお、バーナードをシステム論者と位置づけることについては異論がある。例えば、
山口善昭によると、故山本安二郎はシステム論者ではないと主張していたとする(山口, 1997, p.93)。本稿では、一般的なとらえ方にしたがう。
12 正確には、ここでいう組織とは、フォーマル組織に該当する。
13
有意義に定式化できるからである(稲葉, 1979)。
ここで、バーナードによると、組織は、相互に意思を伝達できる人々がおり、そ れらの人々は行為を貢献しようとする意欲をもって、共通目的の達成をめざすとき に成立する。具体的には、組織の成立のための必要十分条件としては、①協働意欲
( 貢 献 意 欲 。willingness to serve)、 ② 共 通 目 的 (common purpose)、 ③ 伝 達
(communication)、の 3 つをあげることができ、これらを組織の 3 要素という
(Barnard, 1938=1968, p.85)。
バーナードの組織のとらえかたの特徴は、以下の3点である。
第1に、組織を構成する要素は人間そのものではなく、人間が提供する活動や力 である。個人と、個人の活動や行動を区別することが本質的な特徴である。この特 徴から、組織の成立には個人から組織に必要な活動を引き出すことが必要となる。
動機付け(motivation)が組織論の主要なテーマとなる。
第 2 に、組織を構成する諸活動や諸力は、システム(system)、すなわち体系と して互いに相互作用をもつことである。一般的にシステムとは「相互作用をもつ要 素の集合」であると定義される。システムは相互に作用し影響を及ぼし合う性質を もつために、ひとつひとつの要素に分解して単体に還元できない、全体としての特 性をもつ(Lange,1965; Bertalanffy, 1969, p.55)。
ボールディングは、システムを体系的に分類した。このなかで、組織は「社会シ ステム」に属するシステムとして、複数の人間が分業関係にある組織レベルである とする(Boulding, 1956; 桑田・田尾, 1998, p.21)13。技術的かつ機械的合理性を 求める内部構造を持ち、環境との相互作用を有するオープン・システムとしての側 面、動機的かつ認知的有機体としての側面、利害関係の異なる人間どうしの社会的 相互作用の側面を併有する。ベルタランフィによると、組織としての「社会-文化 システム」(ボールディングの社会システムにほぼ同義)は有機的組織体の個体群で あ り 、 文 化 の よ う な な ん ら か の シ ン ボ ル に よ り 決 定 さ れ た 共 同 体 で あ る
(Bertalanffy, 1969, p.29)14。
組織は、合理的な内部構造をもとに、環境との間で社会的な相互作用を行う。し かも、そのような相互作用の結果、組織には文化が形成されてくる。こうして、シ ステムとしての特性を発揮し、組織は、個人の活動の総和以上の成果を達成するこ とができる。
第3に、組織を構成する諸活動は、意識的に調整されることである。意識的な調
13 ボールディングは、システムを 9分類する。すなわち、①静的構造、②単純な動的 システム、③サイバネティック・システム、④オープン・システム、⑤遺伝-社会シス テム、⑥動物システム、⑦人間システム、⑧社会システム、⑨超越的システム、である。
⑨に近づくほど高度のシステムとなり情報やイメージの役割が増してくる。
14 シャインは、文化(の本質)とは、「集団として獲得された価値観、信念、仮定であ り、組織が繁栄をつづけるにつれてそれらが共有され当然視されるようになったもの」
とする(Schein, 1999=2004, p.22)。
14
整が、人間の提供する諸活動を、ひとつのシステムとしている。
組織は、計画や組織構造、コミュニケーションや権威を通じた影響プロセスなど、
意識的な調整を行う手段をもつ。したがって、組織への参加者の行動は、意識的な 調整と評価できる限り、参加者の個人的な行動とは異なる。担い手が特定の個人で あっても、担い手の行動は個人的なものではなく、組織的な行動である15。組織が 個人の活動の総和以上の成果を達成するのに、意識的な調整は不可欠である。
以下では、特にことわらない限り、一般的な用語法にしたがい、バーナードのい う協働体系を組織とよぶ。
15 なお、一定期間以上、経験を共有した人々からなる集団では、各人の行動が無意識 的で暗黙的な調整によって、体系的な相互作用を生じさせることもみられる。この無意 識的に調整される諸活動の体系をインフォーマル組織という。一方、意識的に調整が行 われる組織を、これとの比較で、フォーマル組織という。
15
第2節
自治体組織の特質と組織の境界
公共領域という抽象的対象を組織論的視座から分析するにあたっては、「どこまで が対象となるか」を慎重に見極めたうえで、議論することが求められる。境界概念 をもとに組織と各参加者との関係について検討しなければならない。本節では、公 共 領 域 を 論 じ る 前 提 と し て 、 自 治 体 組 織 の 特 質 を ふ ま え た う え で 、 組 織 の 「 境 界
(boundary)」概念を考察する16。
第1項 自治体組織の特質
自治体組織は、環境との関係からみると、国と比較してオープンな組織である。
ここでは、もっぱら市町村レベルを念頭に、特徴を3点あげておく。
第1に、活動自体の開放性である。企業では外部環境に対しては上層部だけが対 応するか、窓口を特定化して対応する傾向にあるのに比し、自治体ではほぼすべて の構成単位が、潜在的に対外交渉をうけて立つことを求められる可能性を持つ(村 松, 1983, p.19)。市町村の職員についてみれば、住民や地方議会の議員から絶えず 何らかの影響力が及ぼされる。国や都道府県からもさまざまなかたちでの交渉を求 められる。同時に、個々の職員が、相当な裁量権をもって住民に対応している。意 思決定は、外部環境と近接したところで即時即応的に行われる(田尾, 1990, p.122)。
第2に、正当性の面における開放性である。自治体は民主主義の学校として、民 意を忠実に反映することが存立基盤であり、一定の権力行使の正当性を与えられる。
組織の内部と外部環境とが連動し、互いに資源依存とパワーの行使等によって生存 していく存在である。
第3に、サービス提供機関としての開放性である。一般に、サービスは生産され ると同時に顧客の手のなかで消費がおこなわれる(Sasser, 1976)。また、サービス を提供する組織では、組織の成果についての客観的統制が難しい。したがって、サ ービスの生産、消費や評価の局面に、外部のステイクホルダーの関与が必要となる。
自治体は行政サービスを提供するために、これらの議論があてはまる。特に、住民 票発行など窓口業務や福祉サービスに代表されるように、住民に身近な存在といわ れる市町村では、開放的性質が顕著に表れやすい。
それでは環境に対してオープンであるということはどういうことなのか。どこま でが行政組織で、どこから先が新たな組織的な現象として捉え直す必要があるのだ ろうか。
前提として、組織の境界概念を議論しておく。次に論じたい。
16 もっとも、境界概念は確定することは難しいし、また恣意的になる可能性もある。
そこで、公共領域の意義を考察するための基礎的検討にとどめる。
16