ウクライナ情勢の研究
—米ロ関係と沖縄への影響—
沖縄県危機管理・安全保障研究シリーズ Okinawa Prefecture Research Paper of Crisis Management and Security Studies
2014 年 4 月
沖縄県
知事公室 地域安全政策課 調査・研究班 Okinawa Prefecture Executive Office of the Governor Regional Security Policy Division
ウクライナ情勢の研究—米ロ関係と沖縄への影響—
知事公室 地域安全政策課 調査・研究班 主任研究員 中林 啓修 要旨 4 月 15 日現在、ウクライナ情勢は国家分裂の可能性を含んだ極めて厳しいものとな っている。ユーラシア大陸の反対側で起きている事象は、一見、わが国、まして一自治 体である沖縄とは無関係に思われるが、国際政治の文脈の上で、沖縄への影響は決して 少なくないと考えられる。 2013 年 11 月 21 日のヤヌコービッチ大統領(当時)による EU との連合協定見送り発 表に端を発した、親西欧派によるデモは、2014 年 1 月に入ると多数の死傷者を出すま でに先鋭化した。 2 月 22 日にヤヌコービッチ政権が崩壊すると、ロシア系住民が多いクリミアでは独 立とロシアへの併合を求める運動が高まり、3 月 1 日にはロシアが軍事介入を決定した。 ロシア軍と思われる武装集団が急速にクリミア半島を掌握する中で、3 月 16 日には クリミア自治共和国でロシアへの併合の是非をめぐる住民投票が行われ、併合支持が大 多数を占める結果となった。 これを受けて、ロシアは3 月 23 日までにはクリミア半島を完全に掌握するに至った。 この間、米欧とロシアとの関係は急激に悪化し、G7 へのロシアの参加の停止が切れ られたほか、相互に要人へのビザ発給停止や試算凍結などの制裁措置がとられた。 その後もドネツク州などを中心にウクライナ東部では親露派の活動家らによる州政 府庁舎の占拠などが続き、ロシアもウクライナ国境に軍を集結されるなど、緊迫した状 態が続いている。 米欧とロシアは共に、決定的な軍事衝突は避けたいと考えているように思われるが、 ウクライナの連邦化を求めるロシアと、ロシア人ら少数派民族の権利拡大を主張する米 欧との間で主張に隔たりが大きい。 ロシアの軍事力を背景としてクリミアがロシアに併合されたことは東欧諸国のロシ アへの不安を一気に顕在化させ、結果として、東欧におけるNATO、特に米軍のプレゼ ンス強化を求める声が高まっている。 米国もこうした声に応えざるを得ない一方、情勢が悪化する中で必ずしも有効な手だ てが講じられていないことで、米国自身の影響力低下も懸念される状況となっている。 米国の影響力低下は、中国が東シナ海でより挑発的な活動を行う誘因となりえる。 また、在欧米軍の削減が難しくなると、米国にとり有利な HNS(思いやり予算)を 提供する日本に基地を維持する誘因が高まり、沖縄の基地負担軽減の停滞も懸念される。 ウクライナ情勢は結果的に、東シナ海での中国の活動活発化や基地負担軽減の停滞と いった沖縄県にとって看過しえない懸念を喚起するものである。 事態の早期収束はこれらの懸念を和らげる上でも重要な意義を持つことから、今秋に 予定されている日露首脳会談について前向きな政府の情勢打開にむけた役割に期待し つつ、不透明化する可能性の高い国際情勢の中で沖縄が直面しうる状況を注視し、沖縄 県が果たすべき役割について、普段に思考していくことが必要だと考えられる。 キーワード:クリミア半島、ドネツク、NATO、在欧米軍、尖閣問題。 以上ウクライナ情勢の研究—米ロ関係と沖縄への影響—
知事公室 地域安全政策課 調査・研究班 主任研究員 中林 啓修 4 月 15 日現在、ウクライナ情勢は国家分裂の可能性を含んだ極めて厳しいものとな っている。ユーラシア大陸の反対側で起きている事象は、一見、わが国、まして一自治 体である沖縄とは無関係に思われるが、国際政治の文脈から考えると、沖縄への影響は 決して少なくないと考えられる。 現在の状況が米国の影響力低下につながる可能性が高いこと、また、在欧米軍の規模 や配置に影響する可能性が高いことから、ウクライナ情勢が今後沖縄の安全保障環境に 影響を与える可能性がある。 以上の観点から、現在のウクライナ情勢についての情報整理と沖縄県にもたらす影響 についての若干の考察を試みる。 なお、本稿2014 年 4 月 15 日時点までの情報に基づいて記述している。 1.ウクライナの概要 ウクライナはロシアの南西に位置し、南東を黒海に面した国である。北から反時計回 りにロシア、ベラルーシ、ポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、ルーマニア、モル ドバと国境を接しており、面積603,700 ㎢(日本の約 1.6 倍)、人口 4,557.4 万人(2012 年5 月時点)となっている1。 人口構成はウクライナ人が77.8%で最大グループとなっており、ロシア人が 17.3%で これに次ぐグループとなっている。その他の民族集団はおしなべて1%未満となってい るが、多くの国と国境を接していることもあって国内には多くの民族が居住している2。 これら民族集団の居住地域に関して、ロシア人は東部に集中的に居住しており、結果 としてロシアの影響が強い東部とウクライナ人中心の西部という構図があり、現在の情 勢を含めて、しばしばウクライナの不安定要素と考えられている(図1 参照)。 ウクライナは、旧ソ連を構成する国家においてはロシア連邦に次ぐ規模を有しており、 軍需産業を含む重工業やセバストポリ要塞に代表される軍事面、あるいは天然ガス供給 のようなエネルギー面でロシアとの関係が非常に深いとされている。 ただし、国内第2 の都市であるハリコフなど工業地帯は国土の東部に集中しておりロ シアとの関係は国内、特に東西で濃淡があり、これが現在の状況にも大きく作用してい ると考えられている(図2 参照)。1 外務省在ウクライナ大使館『ウクライナ概観』1 頁、2013 年 8 月。 2 同上
<図 1:ウクライナ国内のロシア語話者の分布状況>
CNN.co.jp、「地図で見るウクライナ」 (http://www.cnn.co.jp/special/interactive/35044749.html 最終確認 4 月 9 日)
<図 2:ウクライナの輸出入の相手国・地域(2012 年、%)>
服部倫卓、「ウクライナの東西選択と経済的利害」、
『ロシアNIS 調査月報』2014 年 1 月号(Vol.59 No.1)、
2013 年 12 月、11 頁。 20.3 26.3 15.7 18.9 26.8 42.1 58.9 55.8 25.3 32.5 38.5 28.5 52.3 64.6 40.2 28.2 10.8 15.7 37.9 26.8 11.3 4.1 7.0 4.0 12.4 12.4 8.2 14.6 11.1 8.3 29.9 41.1 25.0 12.4 20.5 17.3 22.1 13.9 25.6 32.4 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 東部輸出 東部輸入 南部輸出 南部輸入 中部輸出 中部輸入 西部輸出 西部輸入 ウクライナ全体輸出 ウクライナ全体輸入 欧州 その他 ロシア以外のCIS ロシア
2.ヤヌコービッチ政権崩壊までの経緯 1991 年 12 月のソ連崩壊と共に、ウクライナは独立国となった。その後、1994 年 7 月 から2005 年 1 月までの約 10 年間にわたってクチマ大統領が政権を握ったが、後継者と 目された親露派のヤヌコービッチ氏が 2004 年末の選挙で混乱の末に親西欧派ユーシチ ェンコ氏に破れ親西欧派政権が誕生した(オレンジ革命)。選挙に勝利した親西欧派で あったが、内部に多くの派閥を抱えていたことから分裂含みの不安定な政権運営が続い た。また、ロシアとの間で2006 年及び 09 年にはロシアからの天然ガス供給が停止する いわゆる「ガス紛争」が発生するなど外交上も課題を抱えていた結果、2010 年の大統 領選挙では僅差ながら親露派のヤヌコービッチ氏が勝利し、再び親露派が政権を握るこ ととなった。 ウクライナはクチマ大統領時代の 2002 年に EU 加盟を標榜し、この基本方針はユー シチェンコ政権とヤヌコービッチ政権でも維持されていた。 しかし、ヤヌコービッチ政権下でティモシェンコ氏らユーシチェンコ政権の有力者達 が次々と逮捕・起訴されるなどした結果、ウクライナとEU との加盟交渉は難航し、こ れが現在のウクライナ情勢に大きく作用した。 ヤヌコービッチ政権の崩壊とロシアの軍事介入という現在の情勢の発端は、2013 年 11 月 21 日にヤヌコービッチ大統領が予定されていた EU との連合協定締結を見送ると 発表したことにあった。 22 日未明には、連合協定見送りに反発する野党らによるデモが発生し、24 日には 2004 年のオレンジ革命以来最大規模のデモとなった。11 月 30 日には警察による強制排除が 行われたが、その後もデモの規模は拡大を続け、3 日には首都キエフの市庁舎を占拠す るに至ったほか、リビウなど、親西欧色の強い西部の都市にもデモが拡大した。 年末から年始にかけて情勢はやや沈静化したものの、1 月 17 日に議会がデモ鎮圧を 合法化する反デモ法を可決したことで緊張が高まった。 更に、与野党どちらからとも距離をおく極右グループが活動を活発化させたことで情 勢は急激に悪化し1 月 22 日にはデモ参加者 2 名が死亡する事態に至った。これを契機 にデモは西部を中心に拡大していき、西部の8 つの州で州庁舎の占拠などが発生した。 2 月 16 日から 17 日にかけてデモ参加者によるキエフ市庁舎の明け渡しと政権側によ るデモ参加者の釈放が相互に行われて事態打開の兆しがみえたが、18 日になると再び 不安定化し20 日までの間にデモ隊と治安部隊併せて 75 名が死亡するに至った。 デモ隊は 22 日中には大統領府を占拠し国会も掌握するなどし、ヤヌコービッチ政権 は事実上の崩壊に追い込まれた。 2月26日には、政党「祖国」幹部のアルセニー・ヤツェニュク氏を首相とする暫定政 府が発足した。 3.ロシアの介入とクリミア半島情勢 3−1.ウクライナにおけるロシア権益 ウクライナをめぐるロシアの権益についてはクリミアの黒海艦隊やガスパイプライ
ンなどがしばしば指摘されているが3、現在の情勢との関連では次の 2 つが特に重要と 考えられる。 第 1 には、クリミア半島の軍港セバストポリとその周辺に散在する軍事施設であり、 第2 にはウクライナ東部に広がる工業地帯である。これには両地域に多数居住するロシ ア系住民の保護も含まれると考えられる。 クリミア半島の南西端に位置するセバストポリは帝政ロシア以来の軍港であり、ソ連 崩壊後もロシアとウクライナとの協定によって 2017 年までのロシアによる租借および 2045 年までのロシア軍の駐留が認められていた。 ロシアの黒海艦隊は、地中海方面に展開できる数少ない戦力であり、関係が思わしく ないグルジアに対する抑えであるほか、ロシアが強い影響力を持つと考えられているイ ランやシリアにもアクセスできる戦略上重要な部隊であり、これを失うことはロシアの 安全保障上重大な問題となる。 また、セバストポリ以外のクリミア半島にも多数のロシア人が居住しており、1954 年に当時のウクライナ共和国に移管されるまではロシア領であった。このため、ソ連崩 壊とともに独立の機運が生じるなどした結果、ウクライナ国内の自治共和国(クリミア 自治共和国)となった経緯もあった。 ウクライナ東部の工業地域については、ソ連時代から軍需産業を含むソ連・ロシアの 工業の中心地の一つであった。現在でも、ロシア軍の保有する大陸間弾道弾の部品や軍 用ヘリコプターのエンジン、戦闘機用ミサイルなどを製造していることから、ロシアの 軍事戦略上、重要な地域となっている4。 3−2.ロシアの介入とクリミア情勢 ロシアは、11 月 21 日のヤヌコービッチ大統領による EU との連合協定締結見送り表 明以降、150 億ドルの支援を表明するなど、一貫してヤヌコービッチ政権を支える形で 状況に関与してきた。 しかし、2 月 22 日にヤヌコービッチ政権が事実上崩壊すると、姿勢を硬化させ、親 西欧の暫定連立政権が発足した 26 日にはバルト海で海軍主導による大規模な演習を行 うなど示威的な姿勢を示した。 また、東部や南部では親西欧派政権による支配を嫌うロシア系住民による反発が続い ていたが、特にクリミア自治共和国では武装グループが議会庁舎を占拠して帰属を問う 住民投票を求めるなど、緊迫した情勢が発生した。また、武装グループはロシア軍関係 者と思しき武装集団と協力して自治共和国内の空港を支配下においたほか、ロシア軍も 2 月 28 日までにセバストポリ周辺に部隊を派遣するなどの措置をとった。
3 ガスパイプラインをめぐるロシアとウクライナとの直近の関係については、例えば、以下の論 文で指摘がある。 本村眞澄、「ウクライナ: EU 加盟の見直しと天然ガスにおけるロシアとの関係」、石油天然 ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)『資源情報』、2014 年 1 月 7 日公表 (http://oilgas-info.jogmec.go.jp/report_pdf.pl?pdf=1312_out_j_Ukraine_gas%2epdf&id=5041 最終確 認:2014 年 4 月 15 日)
4 Igor Sutyagin and Michael Clarke, “Ukraine Military Dispositions The Military Ticks Up while the Clock Ticks Down”, Royal United Service Institute(RUSI)Briefing Paper, 2014.04., pp6-7.
つづく3 月 1 日、ロシア軍がクリミア半島で活発に行動するなか、プーチン大統領は 上院の全会一致のもと、自国民保護を目的としたウクライナへの軍事介入を決定した。 ロシア軍と見られる武装勢力は 3 日までにクリミア半島内のウクライナ軍施設や艦 艇を包囲ないし封鎖した。同じ日に現地に赴いていたウクライナ海軍司令官がロシア側 に忠誠を誓うなど、ウクライナ軍内部でも分裂や混乱が見られた。 4 日にはプーチン大統領が記者会見でクリミア半島における緊張状態が解消した旨発 言し、事実上の制圧完了を宣言した。 更に、ロシアの国営天然ガス企業ガスプロムが4 月以降のウクライナ向け価格割引の 廃止を発表し、海軍艦艇2 隻を地中海から黒海に移動させるなど、ロシアはウクライナ 側に対する圧力を強めていった。 6 日にはクリミア半島内のテレビ局が、7 日にはウクライナ軍のミサイル基地がそれ ぞれ武装部隊によって制圧されるなどしたほか、クリミア自治共和国に派遣されていた 国連特使が武装集団によって国外へと退去させられるなどした。 他方、クリミア半島の少数民族であるタタール系に対してはロシア連邦の自治共和国 で、タタール人が多く居住するタタールスタン共和国の大統領などを介して融和を図る など、硬軟お織り交ぜた取り組みを進めた結果、ロシアの介入決定から1 週間でクリミ ア半島はほぼロシアの影響下におかれることとなった。 ロシアによる介入のきっかけとなったクリミア自治共和国の帰属をめぐる住民投票 は、当初、ウクライナ大統領選挙が行われる5 月 25 日に同時実施が予定されていたが、 3 月 1 日にはアクショーノフ自治共和国首相が 3 月末へと前倒し開催を表明し、更に 6 日にはクリミア自治共和国議会によって3 月 16 日実施へと大幅に前倒しされることと なった。 16 日に実施された住民投票では、ロシアへの編入支持が 9 割を超えた。これを受け て、18 日にはプーチン大統領はクリミア自治共和国のロシアへの編入に関する条約に 署名し、下院で演説を行い、クリミア半島をめぐる歴史的経緯や、コソボ独立などを例 にとりクリミアの編入を正当化するとともに、ウクライナの暫定政権およびこれを承認 した欧米諸国に対する批判をおこなった。 ロシア下院は 21 日にクリミア自治共和国を併合する条約を批准した。また、ベラル ーシのルカシェンコ大統領は23 日にクリミアのロシア併合を承認した。 住民投票の結果を受けて、クリミア半島に展開していた武装部隊は 19 日以降、半島 内に残存していたウクライナ軍への圧力を強め、ウクライナ海軍司令部や艦船の占拠な どを進めた。21 日にはロシアのショイグ国防相がクリミア半島内に残留するウクライ ナ軍に対してクリミア半島からの退去を求める声明をだした。この時点で、ロシア国防 省は、クリミア半島に残留するウクライナ軍人のうち約2,000 名がウクライナへの帰還 を希望し、ウクライナ海軍の軍艦67 隻中、旗艦を含む 54 隻を接収したことを発表した。 最終的に、ウクライナのテニュフ国防相代行は 23 日にクリミア半島のウクライナ軍 の撤退を決定する発表を行い、クリミア自治共和国のロシアへの併合は終了した。 また、テニュフ国防相代行は撤退の責任をとる形で25 日に辞任している。
3−3.ロシア介入後のウクライナ国内の情勢 一連のウクライナの政変では、ヤヌコービッチ政権の崩壊とクリミアのロシア併合が 国際社会の主な関心となっていたが、親ロシア派が多いウクライナ東部の情勢もこの間 のロシア・ウクライナ関係および国際関係に大きな影響を与えていた。 ヤヌコービッチ政権崩壊以前には、ドネツクやハリコフなどウクライナ東部の主要都 市では、親西欧派によるデモに対する反発から、当時の野党勢力の事務所への襲撃など が発生していたが、ヤヌコービッチ政権崩壊後には、むしろ東部で反暫定政権を訴える デモが発生するようになった。3 月 3 日にはドネツクで親露派が州政府庁舎を占拠して、 ロシアへの併合を含めた州の将来を決める住民投票を要求した。同様の住民投票を求め る活動はハリコフなどでも発生し、いずれも、親西欧派のグループと激しく衝突した。 3 月 13 日にはドネツク中心部で死者 3 名を出す衝突に発展し、翌 14 日ハリコフでも 2 名が死亡する衝突が発生した。 こうしたウクライナ東部の情勢に呼応して、13 日と 14 日にはロシア軍はウクライナ 国境に隣接する南部軍管区で空挺部隊が参加する大規模演習を実施した。 プーチン大統領は3 月 5 日に行った記者会見の中で、ロシア国外のロシア人の保護を 強調し、ウクライナ東部についても、当面の軍事介入は否定しつつ、将来の介入には含 みを残していた。 13 日から行われた軍事演習はこうしたロシアの姿勢を改めて示すものであったが、 強硬なロシアの姿勢は、後述するような欧米からの反発を招いた他、ウクライナの暫定 政権による対抗的な施策を招くことにもなった。 ウクライナ議会では、5 日に親西欧派の議員らが NATO 加盟のための法案を提出した ほか、11 日にはトゥルチェノフ大統領代行が、弱体化しているウクライナ軍を補完す る目的で、退役軍人らを中心とした国民防衛軍部隊の創設を発表した。 そして、プーチン大統領によるクリミアの併合表明を受けて、19 日にはウクライナ はCIS からの脱退を決定した。 4.ウクライナ情勢をめぐる各国の反応 4−1.EU 諸国および米国の反応 11 月 23 日の連合協定見送りをうけて EU は失望を表明したが、表立った介入は控え てきた。しかし、12 月に入ってデモ排除が本格化すると、ウクライナを訪問中だった EU のアシュトン外交安全保障上級代表やケリー米国国務長官らから自制や憂慮の声が あがった。しかし、加盟国間の足並みの乱れなどから、EU は首脳会議等を通じて明確 なメッセージをだせないまま年末をむかえることとなった。1 月 22 日にデモで初の死 者が発生すると、米欧は強い非難とともに、更なる衝突の回避を促すなどの発言を繰り 返したが、状況の改善にはつながらず、2 月 1 日のミュンヘン安全保障会議とその前後 で行われたEU ロシア首脳会談やウクライナ野党とケリー国務長官との会談でも有効な 措置を講じることができなかった。この間、米国関係者がEU の対応を非難する内容の 音声情報が流出するなど、米欧間の足並みの乱れも露呈した。 2 月 18 日以降、衝突が激化すると、独仏首脳を始めとする欧米の指導者は相次いで
野党側支持を打ち出した。ヤヌコービッチ政権崩壊後は、ウクライナの財政安定化に向 けた協力を表明すると共に、日本や中国、ロシアなどにも支援を呼びかけた。 他方、ロシアの軍事介入については、2 月 26 日に NATO がウクライナの領土一体性 と主権支持を表明し、28 日にはオバマ米大統領が「いかなる軍事介入も代償が伴う」 と警告するなど一貫して否定的な意思表示がされていたが、介入決定を思いとどまらせ るには至らなかった。なお、3 月 1 日の介入決定後、米国は G8 準備会合への参加拒否 などを打ち出したが、軍事的な介入には否定的な姿勢をとっている。 また、2 月 28 日と 3 月 1 日にはウクライナの要求で国連安保理の緊急会合が開催さ れた。 ロシア軍と見られる武装勢力がクリミア半島を急速に掌握する中で、欧米諸国は軒並 みウクライナの暫定政権を支持すると共に、ロシアに対しては、対話による問題解決と 圧力によるロシア軍の行動抑制という二つの政策目標を追求することとなった。 米英は相次いでソチパラリンピックへの政府代表派遣の見送りを表明してロシアへ の抗議の意思を示す一方、3 月 4 日にはオバマ大統領がウクライナへの 10 億ドルの支 援を表明してウクライナの暫定政権支持の姿勢を明確にした。 ロシアの介入決定に対して、旧ソ連であったバルト3 国やポーランドなどの東欧諸国 はロシアに対する警戒感を一層強めた。 こうした背景もあり、米国は 1 月から NATO のローテーション任務の一環でバルト 三国に派遣していた 4 機の F15 からなる空軍部隊を、3 月 5 日までに 10 機の F15 と 1 機の KC135 まで増強した。更に、13 日には、ポーランドへ 12 機の F16 を派遣しポー ランドとの共同訓練を行った。 加えて、ルーマニア及びブルガリアとの共同訓練のために、イージス艦1 隻を黒海に 派遣したほか、地中海での訓練に派遣されていた航空母艦G・H・W・ブッシュの訓練 期間延長を発表した。 NATO も情報収集を目的にポーランドおよびルーマニア上空に空中警戒管制機を派 遣した。 アメリカは早くからウクライナへの軍事介入には消極的な姿勢を示しており、上記の ような軍事的な圧力には自ずと限界があった。 EU 諸国やアメリカのロシアへの圧力は主に政治的・経済的制裁措置に依っていた。 EU は 6 日の臨時首脳会議で第 1 段階:ビザなし渡航交渉の中断、第 2 段階:ロシア 政府幹部のEU 渡航禁止及び財産凍結、そして第 3 段階:武器や資源など指定品目につ いての禁輸措置の3 段階からなる制裁措置を決定し、同日中に第 1 段階を発動した。同 日にはヤヌコービッチ氏らウクライナ旧政権の要人の渡航および財産凍結も発表して いる。その後、EU は、事前に住民投票の無効および結果の受入れ拒否を表明していた にも関わらず、3 月 16 日にクリミアでの住民投票が行われたことを受けて制裁第 2 段 階の発動に踏み切っている。 アメリカも5 日にはロシア側の主張に反論する文書を国務省が発表し、翌 6 日には、 ロシアおよびクリミアの政府幹部に対する渡航禁止や財産凍結といった制裁措置を発 表した。17 日にはプーチン大統領の側近らを制裁対象とする発表を行い、21 日には追 加制裁として銀行関係者らを制裁対象に加えると発表し、更に対象を拡大する可能性に
ついても警告している。 この他、3 月 13 日には OECD がロシアの加盟交渉停止を発表した。 こうした圧力を加えつつ、米諸国は度々ロシアとの対話を試みたが、対話の継続こそ 維持されたものの、ロシアの介入停止など、問題の解決に繋がるような芳しい成果をえ ることはできなかった。 象徴的な出来事として、3 月 15 日の国連安全保障理事会にアメリカが提出したクリ ミアでの住民投票を無効と見なす決議がロシアの拒否権発動によって否決されたこと が挙げられる。 4−2.中国の反応 近年、中国は中央アジアからコーカサスを経て黒海に至る諸国との関係強化を進め、 これらの地域に強い影響力を持つロシアも巻き込んだ「シルクロード経済圏」を提唱し ている。この文脈において、中国はウクライナとの経済関係強化にも積極的であり、中 国企業がウクライナでの自動車売り上げトップになるなど、経済分野でも関係が拡大し ている。12 月 5 日には当時のヤヌコービッチ大統領が習金平国家主席を訪問し、両国 関係の強化で合意するなど良好な関係にあった。 更に、ウクライナは中国に採って軍事面でも重要なパートナーの一つでる。 例えば、2011 年 8 月には中国軍の参謀長がウクライナを訪問し、当時のアザロフ首 相と軍事技術に関する協議を行っている5。中国軍は、重輸送機、大型艦船、防空ミサ イルなどの分野でウクライナに対する関心が高いと考えられており、近年では揚陸用大 型ホバークラフト2 隻を購入し更に 2 隻をライセンス生産する契約を結んでいる。 中国海軍初の空母である「遼寧」もウクライナから購入した中古艦を改修したもので あるほか、中国国内に建設されている艦載機用訓練施設も、クリミア半島におかれた施 設がモデルになっていると見られ、中国海軍の進める近代化・外洋海軍化において、ウ クライナは不可欠なパートナーとなっている6。 加えて運用面での協力もはじまっており、2013 年 11 月 13 日、中国海軍はウクライ ナ海軍との初めての共同訓練をアデン湾で実施している。 このような背景から、中国はヤヌコービッチ政権に対しては好意的な立場にたってい るが、他方、中国は国内にウイグルやチベットなどの独立問題を抱えており、今回のロ シアによるクリミア併合を単純には支持できない事情もあった。 こうした背景から、ヤヌコービッチ政権崩壊後、中国は、内政不干渉、主権尊重、領 土一体性の保持を繰り返し主張している。ロシアへの制裁や批判を評価しないと言明し つつ7、当事者間の協議による問題解決を繰り返し訴えることで、クリミア併合を進め るロシアとも微妙に異なる立場を主張している。 3 月 15 日の国連安保理決議を中国が棄権したことは、こうした中国の姿勢を如実に 表わしているといえよう。
5 山添博史、「ロシアの安全保障における対中関係」、『ロシア・東欧研究』第 40 号、2011 年、 83 頁。 6 田中三郎、「空母遼寧号“青島某軍港”を母港に」、『軍事研究』2013 年、6 月号、56-60 頁 7 「ウクライナ情勢:中国、対露制裁に反対」、毎日新聞、2014 年 3 月 8 日付。
ただし、中国はウクライナ情勢あるいはクリミア情勢に関与することに消極的なわけ ではないように思われる。 事実、ロシアのクリミア介入が決定的となった3 月 1 日以降、中国はロシアだけでな く、米国やドイツ、ポーランドといった関係国との間で習金平主席や王毅外相などによ る首脳外交を積極的に展開している。 また、上記の国連決議が否決された直後には自国の国連代表を通じて①政治的解決の ための多国間枠組みの構築、②多国間枠組み構築までの間の自制、③国際金融機関によ るウクライナ経済の安定の3 本を柱とした提案も行っている8。 この提案は、その後も習金平国家主席がオバマ大統領や潘基文国連事務総長などの各 国首脳と会談した際にも度々言及しており、クリミア問題に関する中国の基本的な方針 となっているものと考えられる。 4−3.日本の反応 ウクライナへの日産などの日系企業 40 社が進出するなど一定の経済関係はあるが、 貿易額は相対的に小さく、ウクライナ情勢がわが国に与える経済的な影響は限定的なも のになると考えられた9。 しかし、近年の日露経済の活性化や2014 年秋にプーチン大統領の訪日が控えており、 北方領土や天然ガス供給をめぐる交渉などが予定されていることから、対露関係につい ては慎重な対応が必要であった。 そのため、ウクライナ情勢についての日本政府の基本姿勢は、米国および欧州諸国と 連携しつつ問題の政治的解決を訴えるというものであった。 例えば、政府とデモ隊との衝突が激しさを増し、死者が発生した2月19日には菅官房 長官が「全ての当事者に対し、暴力を行使せず最大限の自制と責任ある行動を取り、対 話を通じて早期に事態を沈静化するよう強く求める」とコメントしている10。 ロシアの軍事介入決定後も、米国やEU が対露制裁を打ち出した際にも首相が制裁明 言を避けた一方で、経済産業大臣が経済や資源をめぐるロシアとの関係に変更はないと いう趣旨の発言をしていた。 また、クリミアでの住民投票前には、電話による日露外相会談や谷内国家安全保障局 長のロシア派遣などを通じて、ウクライナ暫定政権との直接対話を促すなど、ロシアに 対する姿勢は抑制的であった。 しかし、クリミアでの住民投票実施後は、この住民投票を承認しない立場をとり、18 日には制裁措置としてビザ緩和協定の停止を打ち出した。 制裁措置に踏み切った背景には、尖閣問題を抱える日本として、武力による国境変更 を認めない姿勢を示す必要があったという事情が考えられる。例えば、3月7日に行われ たオバマ大統領との電話会談で、安倍首相はし「力の支配ではなく、法の支配が日本の 理念だ。米国に全面協力する」と述べて、米国の取り組みを支持したが、こうした表現
8 「中国、ウクライナ危機政治解決のため 3 項目提案」、新華社ニュース、2014 年 3 月 17 日付。 9 外務省ホームページ「ウクライナ 基礎データ」 (http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/ukraine/data.html#05 最終確認:2014 年 4 月 15 日) 10 「ウクライナの衝突、「対話で沈静化を」=菅官房長官」、時事通信、2014 年 2 月 19 日付。
を採った理由を、「尖閣を念頭に、ウクライナ情勢でもあえて同じ表現を使った」と説 明している11。 2 月以降、米国の格付け会社が相次いでウクライナ国債の格下げに踏み切ったことか ら、ヤヌコービッチ政権崩壊後のウクライナは深刻な信用低下に陥っており、日本に対 しては、ウクライナの債務不履行(デフォルト)を防ぐために財政面での協力がEU や アメリカから期待されている。 これを踏まえて、については6 日に岸田外務大臣がウクライナ暫定政権に対する経済 支援への参加を表明し、3 月 24 日には安倍首相が G7 緊急首脳会談で最大 1500 億ドル の対ウクライナ財政支援を表明した。 ウクライナのデフォルト回避はロシアにとっても重要であり、財政面での日本の支援 が(例えEU や米国からの要請に基づくものであったとしても)日露関係を悪化させる 可能性は低いが、日本が米国やEU 諸国と同調する姿勢を明らかにしたことから、日露 投資フォーラムへの両国閣僚の参加見合わせなど、日露の要人外交にブレーキがかかっ ており、今秋に予定されているプーチン大統領訪日の可否が注目される。 5.今後の展望 11 月末の親西欧派によるデモ発生に端を発したウクライナ情勢はロシアによるクリ ミア併合にまで発展してもなお収束せず、本稿執筆の時点でも情勢は流動的である。 現在の状況はウクライナの内政とこれをとりまく国際関係が入り乱れたものとなっ ているが、以下、まずはウクライナ国内およびクリミアの情勢について展望を検討し、 次いで、国際的な情勢を検討していく。 5−1.ウクライナ国内の展望 クリミアでは、ロシアの身分証やパスポートの発行、ルーブル通貨の導入が始まり、 30 日からはモスクワ時間への移行も行われた。年金や社会保障制度は 2015 年 1 月にロ シアとの統合が目指されている。 また、東部の主要都市では4 月以降もデモが続き、6 日夜にはハリコフ、ドネツク及 びルハンシクで市庁舎が親ロシア派に占拠された。特にドネツクでは、州政府庁舎を占 拠した親露派が「ドネツク人民共和国」を宣言し、ドネツク州内各地で同様に行政機関 や警察署等を占拠するなど大規模化している。 親露派の中には自動小銃等で重武装したグループも見られ、ウクライナ政府や欧米諸 国はロシアによる関与が見られるとして強く非難している。 4 月 13 日には治安部隊と武装した活動かとの間で銃撃戦が発生し、死傷者が出たこ とから、暫定政権は、刑事責任の免除や5 月 25 日の大統領選挙にあわせたウクライナ の国家像に関する住民投票の実施などを条件に14 日午前 9 時までの武装解除を通告し、 これに従わない場合は軍の投入を表明した。
11 「日米電話会談時 ウクライナ情勢 首相「法の支配が理念」 尖閣巡る中国意識」、読売 新聞朝刊、2014 年 3 月 14 日付。
このように、クリミアのロシア化が着々と進み、東部を中心に社会的な緊迫が続くと 共に、ウクライナ国内では政党間の対立が激しさを増しつつある。 3 月 21 日、ウクライナ暫定政権は EU への加盟の前段階となる連合協定について、政 治協定には署名したものの、物価の急騰を恐れて経済協定については見送りを決定した。 このことについて、多大な犠牲を払いながら十分な成果が得られていないとしてウクラ イナ国内では不満の声が高まっているという12。 その暫定政権内の主要ポストは旧来の野党勢力である「祖国」(ティモシェンコ派) が握っており、善し悪しは別としてもデモを牽引し、ヤヌコービッチ政権を崩壊させた 民族主義政党の出身者は政権内で十分な力を持てていない。 加えて、暫定政権は当初こそ、上記のロシア語を「地域語」とした法律の廃止など、 民族主義的な政策も採っていたが、西欧からの批判もあり、早々に同法の廃止を撤回し ている。 こうした状況に、民族主義政党も現在の暫定政権に対して不満を募らせていると考え られ、現に、クリミア併合を宣言した 3 月 18 日のプーチン大統領の演説を放送したこ とに反発して、極右政党「自由」に所属する国会議員らがこの映像を放映したウクライ ナ国営第1 チャンネルに侵入して CEO を暴行するという事件も発生している。 他方、下野した地域党も党首であるヤヌコービッチが亡命状態にあるため、基盤が弱 体化していると思われるが、この間隙を縫う形で共産党やロシア人政党が台頭してくる 可能性があるという13。 ウクライナ東部および南部の共産党やロシア人政党は、ヤヌコービッチ氏が率いてい た地域党と支持層が重なることから、ヤヌコービッチ政権による弾圧を受けていた14。 しかし、ヤヌコービッチ政権の崩壊によって地域党も多数の離党者を出して下野した 結果、東南部のロシア系住民の受け皿としてこれらの政党の地位が高まっている。 しかも、ヤヌコービッチ政権崩壊後の議会では、ロシア語を「地域語」として保護し ていた法律の廃止を決定するなど、ロシア系住民に対する保護に消極的な政策を打ち出 した。このことが、東部や南部のロシア系住民を心理的に圧迫したと考えられる。 今回、クリミア半島情勢が急変し、ロシアへと併合された背景には既述のような同地 域のロシア権益の存在だけでなく、ウクライナ国内の政党間の力関係が作用していると 考えられる。 このように、現在のウクライナ国内は、暫定政権の求心力が必ずしも強くない中で、 穏健化する政権に対して民族主義政党が不満を募らせる一方で、地域党が弱体化したこ とでロシア系住民がロシア人政党に流れやすい状況にある。 この中で、東部情勢を除いて、今後のウクライナ情勢が大きく動くタイミングがある とすれば、一つには5 月 25 日に予定されている大統領選挙が挙げられよう。 大統領選挙には 23 人が立候補し、現在までに、親西欧派の富豪ポロシェンコ氏の優
12 羽場久美子氏(青山学院大学 国際政治・経済学部教授)へのヒアリングによる(2014 年 3 月26 日実施)。 13 松里公孝、「ウクライナ政治の実相を見誤るな」、『ロシアNIS 調査月報』2014 年 1 月号(Vol.59 No.1)、2013 年 12 月。 14 同上、7-8 頁。
勢が伝えられている。この他の有力候補として「祖国」のティモシェンコ氏そして、地 域党のドブキン氏の名前が挙っている。 本命視されているポロシェンコ氏が勝利した場合、政党基盤が弱い同氏は首相を排出 し、議会を押えている「祖国」に対抗する必要が生じる可能性がある。 国民の人気をポロシェンコ氏と2 分している政党「ウダル」の党首クリチコ氏はポロ シェンコ支持を打ち出しているが、ウダルは議席で「祖国」に及ばないため、議会では 混乱も予想される。 場合によっては、ヤヌコービッチ政権崩壊直前に、政権弱体化を狙った野党共闘によ って実現した、憲法修正(これによって大統領権限が弱められた)を破棄するといった 手段におよぶ可能性もあり、この場合、そもそも今回の一連の国内情勢の意味が根底か ら問われる状況にもなりかねない15。 また、極右政党の動静にも注目が必要であろう。歴史的に、ウクライナではソ連成立 後もモスクワに対する武装抵抗運動が存在しており、現在のウクライナの極右勢力は、 1942 年に結成され、ソ連および当時ウクライナを占領していたナチスドイツとも戦っ ていたウクライナ蜂起軍にモチーフを求める傾向があるという。こうした極右勢力は、 キエフでのデモでは、反ロシアを掲げつつ、当時の野党勢力とも協働せずにデモの過激 化を煽動し、その後の衝突を招いたと考えられている。 特に西部の極右勢力は西欧や北米のウクライナコミュニティからも主に経済的な支 援を受けている可能性が指摘されている16。ウクライナ暫定政府も極右勢力の解体に乗 り出しているが、その正否は不透明であり、極右勢力の伸張がウクライナ政府による抑 制的な対応を難しくする懸念や、極右勢力が武装集団化してロシア人を襲撃するなどの 事態が発生することでロシア軍のウクライナ東部への介入が現実化する危険性も残さ れている。 5−2.ウクライナをめぐる国際情勢の展望 3 月 24-25 日にオランダのハーグで開催された第 3 回核セキュリティサミットにあわ せて、関係国間で活発な首脳外交が行われた。この一環として、ロシアとウクライナ暫 定政権との初の外相会談も実現し、両国間での偶発的な戦闘発生による危機の深刻化を 防ぐ緊急会議設置などが話し合われたという。 しかし、本稿執筆の時点でも、憲法改正を通じたウクライナの連邦化を求めるロシア と、同じく憲法改正ではあってもロシア人等少数民族の権利拡大にとどめたい米欧諸国 との間では隔たりが大きいと考えられ、その実現性や効果は不明である17。 他方、ロシアを除くサミット参加国(G7)は、6 月に予定されていたソチでの G8 を ボイコットしてブリュッセルでG7 首脳会合を開催することを確認し、①ウクライナの
15 服部倫卓、「ウクライナのユーロマイダン革命」、『ロシアNIS 調査月報』2014 年 4 月号(Vol.59 No.4)、2014 年 3 月、92-94 頁。 16 「ウクライナ危機の本質は… 作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏」、産經新聞東京朝刊、 2014 年 3 月 7 日付。 17 「ロシア:クリミア編入 露ウクライナ、初の直接対話」、毎日新聞夕刊、2014 年 3 月 25 日 付。
主権および領土的一体性への支持、②クリミアでの住民投票の無効、③追加制裁の用意 そして、④G8 へのロシアの参加停止の 4 点を柱とするハーグ宣言を発表した。 また、国際連合総会は 27 日の本会議でロシアによるクリミア併合を無効とする決議 を賛成100、反対 11、棄権 58 で可決している。 しかし、このような国際社会の意思表示をもってしても、ロシアがクリミアについて 翻意する可能性は非常に低いものと思われる。 ロシアがクリミアを併合したことは国際社会に強い衝撃を持って迎えられており、ロ シア自身は否定しているものの、ウクライナ東部でも同様の事態が発生することが懸念 されている。東西冷戦終結後、世界各地で民族紛争が頻発し、新興の独立国が誕生して きた。その意味で、「武力による国境変更」は冷戦後にいくつも存在してきた。 しかし、国連安保理の常任理事国の地位にあるような大国が、既述のようなウクライ ナの国内事情はあるにせよ、国連憲章が禁じる「武力による威嚇」と見なされうる行動 を伴って領土を拡張したことは、冷戦後の国際秩序を大きく動揺させかねない事態だと 受け止められている。 この文脈において、ウクライナ国内の混乱とクリミア自治共和国でのロシア編入に向 けた運動に適切に対処できず、ロシアによるクリミア併合を許したことは、米国にとっ て大きな打撃となることが予想される。 モルドバの沿ドニエストルやグルジアの南オセチアのようなロシアやウクライナ周 辺のロシア人居住地域では、今回のクリミア併合によりロシア編入の機運が高まる可能 性があり、それらの地域を含む近隣諸国はロシアの動向に神経を尖らせている。 ウクライナ国境に多数のロシア軍部隊が集結していることもあり、もともとロシアに 対する警戒心が強いバルト三国や東欧諸国では、NATO による集団防衛の強化を求めて おり、米国もそうした声を無視できない状況にある。 オバマ大統領は3 月 26 日の EU との首脳会談後の記者会見で NATO の強化について 発言し、東欧諸国への NATO 軍などの常駐、危機管理計画の改定、演習向上や適切な 域内派兵を柱とするNATO の強化を表明し、加盟国にも応分の負担を求めた。 国際的には、ロシアが孤立感を深めているようにも見えるが、シリアのアサド大統領 がロシア支持を表明し、イランもロシアとの関係をアピールしている点は重要である18。 なぜなら、シリア問題(特に化学兵器の廃棄問題)やイランの核開発問題は米国にと っても重大な関心事であり、自国の威信がかかった問題だからである。 既に、シリアからの化学兵器搬出のための NATO とロシア軍との協力は停止されて いるほか、イランの核開発問題をめぐる交渉も、交渉自体は継続されているものの、ロ シア側代表が米国の意向を必ずしも支持しないことを示唆するなど、先行きの不透明さ が増している19。
18 例えば、「ウクライナ アサド大統領 露支持を表明 プーチン氏に電報」、読売新聞朝刊、 2014 年 3 月 7 日付、「イラン、ロシアに接近 欧米との核協議に影響も」、朝日新聞朝刊、2014 年3 月 19 日付、「露、クリミア併合 米露の溝、中東にも波紋 核協議や化学兵器」、産經新聞 東京朝刊、2014 年 3 月 20 日付。 19 「NATO 露と協力縮小 ウクライナ緊迫 海上共同警備 停止」、読売新聞朝刊、2014 年 3 月6 日付、「ロシア:クリミア編入 露外務次官「イラン核交渉に悪影響」 欧米の対露制裁
このように、ウクライナの混乱とロシアのクリミア併合は、米国にとって、在欧米軍 の負担増と安全保障上の重要課題(シリア問題とイランの核開発問題)での失点を招き かねない大きなリスク要因となっている。 ただし、かつての東西冷戦下と異なり、現在の国際社会では相互依存の度合いが高ま っており、米露が単純な冷戦関係に入るとは考えにくい。 3 月 26 日に行われた訪欧総括演説で、オバマ大統領は米国及び欧州は「強く責任あ
るロシア」(strong and responsible Russia)を求めている旨発言している20。
この「強いロシア」という表現はプーチン大統領をはじめ、ロシアの首脳が好んで用 いる表現であり、オバマ大統領があえてこうした表現を用いたことは、ロシアとの関係 継続を望む一つのサインと考えられる。 実際、自国を含む新興国の発言権拡大を狙うロシアと、増資に伴う対ウクライナ支援 の拡大を狙う米国といった思惑の違いはあるにせよ、両国は IMF 改革では利害の一致 がある。 また、4 月 11 日に閉幕した G20 財務相・中央銀行総裁会議では、米欧とロシアも賛 成する形で、ウクライナへの財政支援をうたった共同声明が採択されている。 ロシアも、3 月 1 日のクリミアへの介入決定後、ルーブルは大きく値を下げており、 経済的な苦境に立たされている。加えて、クリミア併合に伴い、インフラ整備や生活物 資の供給、社会保障などで多額のコストが発生することも予想されており、これ以上の 介入は現実的ではないようにも思われる。 これまでのところ、米露両国が対話継続で一致しているのは、こうしたそれぞれの事 情から全面対決にまで状況を発展させたくない(できない)両国の思惑の一致があると 考えられる。 とはいえ、2008 年の南オセチア紛争以降、ロシア軍は自国領内や同盟国内で発生し た小規模な武力紛争や体制転換に伴う地域情勢の不安定化への対処に注力しており、ウ クライナ情勢が緊迫する直前の2013 年 9 月から 12 月にかけても、ベラルーシと合同に よる4 年毎の大規模軍事演習を実施している21。 また、陸軍及び海軍の参謀長にはそれぞれ南オセチア戦争の現場指揮経験者と、ウク ライナ情勢に明るい人物が在職している22。 以上から、ロシアはプーチン大統領が挙げた条件においてウクライナに軍事介入する 能力は十分に有していると考えることができる。 ウクライナは NATO 加盟国と地続きで接しているほか、ロシアから欧州に向かう天 然ガスパイプラインの通過ルート上にあることなど、2008 年の南オセチア紛争とは異 なるデリケートな地政学的条件もある。南オセチア紛争においても、ロシアの軍事介入 の直接的な原因はグルジア軍による南オセチア州、特にロシア系住民への攻撃であった
けん制」、毎日新聞朝刊、2014 年 3 月 21 日付。
20 ホワイトハウス HP 内、“Remarks by the President in Address to European Youth”
(http://www.whitehouse.gov/the-press-office/2014/03/26/remarks-president-address-european-youth 最 終確認:2014 年 4 月 15 日)
21 小泉悠「ロシア軍秋期大演習「ザパード 2013」」、『軍事研究』2013 年 12 月号、2013 年 11 月。
ことから、ウクライナ側がこれ以上、ロシア系住民やロシア権益を攻撃しない限りロシ アの対応は抑制的なものに留まることが予想される。 しかし、プーチン大統領はロシア上院に対して、ウクライナの「社会、政治状況が正 常化するまで」の期間のウクライナ領内のロシア人保護を理由にウクライナへの軍事介 入を説明していることから、暫定政権が宣言したドネツク州での軍による親露派活動家 の排除が実行された場合だけでなく、暫定政権への不満を高めている極右勢力がウクラ イナのロシア人を襲撃するなどの事態が発生することでロシア軍の介入が現実化する 危険性も依然として高いレベルで残されていると考えられる23。 6.沖縄県への影響 既述の通り、ウクライナをめぐる今回の一連の状況は、東西冷戦終結後に大国が初め て武力による国境変更を行った事例として注目されており、今後の国際秩序に与える影 響について懸念がもたれている。 深刻な財政難に直面している米国は、懸案となっているシリア情勢やイランの核開発 問題などに独力で対処する余裕はなく、ロシアの協力を必要としている。 同様に、まさしく財政上の制約からロシアによる軍事介入に対して軍事的に対応する ことは物理的にも困難な状況にあるが、ロシアがクリミアを併合したことで東欧諸国の 対露不信は極めて高い状況にあり、在欧米軍の削減には踏み切れず、むしろ(他の加盟 国の協力をもとめつつ)NATO の強化に動かざるを得ない状況にある(表 1 参照)。 <表1 東欧における米軍、NATO 軍の増強状況> バルト3 国向け:防空部隊のローテーション配備の増強 1 月-4 月:米空軍(F15C4 機→F15C10 機+KC135) 5 月-8 月:ポーランド空軍のみ→ポ空軍、英空軍、デンマーク空軍 ポーランド向け 在欧米空軍F16 部隊(12 機)の訓練展開(3/13-4 月中旬まで) ルーマニア・ブルガリア向け 米軍F16 部隊の長期展開(4/14 以降-2017 年まで?) 米イージス艦増派、海兵隊の増派(175 名→計 440 名) NATO 保有 AWACS 派遣 各種報道等をもとに執筆者作成
23 英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)が 4 月 4 日に発表したレポートによれば、ウクライナ 国境付近に展開しているロシア軍に関し、今後想定されるシナリオとして①ウクライナがロシ アのクリミア併合を受け入れたのちに撤退、②ウクライナ東南部の世情不安を理由に軍事介入 に踏み切り、クリミアからドネツクを経てロシアへと至る「回廊」を確保、③②と同様に理由 で介入し、ウクライナ南東部を分離させる、④沿ドニエストルからクリミア、ドネツクを経て ロシアに至る回廊を確保する、という4 つのシナリオが示されている。
Igor Sutyagin and Michael Clarke, “Ukraine Military Dispositions The Military Ticks Up while the Clock Ticks Down”, Royal United Service Institute(RUSI)Briefing Paper, 2014.04., pp3-5.
こうした米国の状況を踏まえると、沖縄および沖縄をめぐる安全保障環境について、 次の2 点が懸念される。すなわち、東シナ海での中国の活動活発化と基地負担軽減の停 滞である。 以下、順を追って説明する。 6−1.東シナ海での中国の活動活発化についての懸念 3月23日付の人民網(人民日報オンライン版)日本語版では、「中国はロシアの強硬な 外交を真似る必要はない」とする論説記事を掲載している24。 この記事では、中国と欧米諸国との関係を、「敵でもなければ友人でもなく」、「相互 に警戒し、予防しあいながら、協力できる面も幅広い」と評価している。 そして、中国の国内世論を「中国もロシアの強硬な外交手段に倣うべきだという人は 多く、こうした人々は中国が周辺国との摩擦を処理する上でさまざまなことを考慮し過 ぎ、態度がはっきりしないことに不満を抱いている」と分析した上で、「東アジアでは 事態をやり過ごしていく必要があり、これは時間がかかり、爽快なやり方でもないが、 中国の国益を最大限に実現することができる」と主張している。 しかし、中央アジアからコーカサスを抜けて黒海に至る「シルクロード経済圏」を主 張し、資源外交を展開する中国としては、内陸側で武力を行使してまで領土を拡張する 動機は乏しい。 人民網の論説に見られるような主張は、チベットや新疆ウイグルを抱える国内事情に 配慮して、世論を説得する目的で行われていると考えるべきであり、現在のところ無人 であり、領有権を主張している尖閣諸島に対してまで当てはまるかは不透明である。 むしろ、国際社会における米国の影響力低下は、中国が軍事的により積極的な行動に でる誘因をもたらすと考えられる。 例年、終戦記念日(8/15)や盧溝橋事件発生日(9/18)、国慶節(10/1)が重なる夏か ら秋にかけては、日中両国のナショナリズムが高まりやすく、2012 年以降は日本政府 による尖閣諸島国有化(9/11)が加わり、両国にとって難しい時期となっている。 沖縄県としては、尖閣諸島をめぐる今春から今夏にかけての中国の動向を注意深く見 守るとともに、万一の不測の事態に備えて県民の安心・安全を守れるよう危機管理上の 準備を進める必要がある。 6−2.第 2 の懸念(基地負担軽減の停滞) 3 月 11 日付の星条旗新聞によれば、米空軍は 2015 年からの 5 年間で 500 機の航空機 を退役させることを提案しており、この中には、海外展開するF15 戦闘機 21 機も含ま れているという25。
24「中国はロシアの強硬な外交を真似る必要はない」、 人民網日本語版、2014 年 3 月 23 日付。 (http://j.people.com.cn/94474/8575870.html 最終確認:2014 年 4 月 15 日)
25 “Nearly half of Air Force’s planned F-15C Eagle cuts could come from overseas”, Stars and Stripes, 2014.03.11
従前であれば、米国のリバランス政策と相まって、英国レイクンヒースに展開する F15 飛行隊一個を解隊すると考えることができたが、米国は NATO の強化を主張せざる を得ない状況にあり、在欧米軍の削減もすぐには実現しにくい状況が生じている。 例えば、ルーマニア政府は、自国に展開する予定の米空軍の F-16 部隊について、早 速2017 年までの展開を求めているという26。 他方、中国を国際秩序に組み入れることを目的としたリバランス政策の維持は、米国 にとっても死活的な課題であり、欧州でのプレゼンス維持のためにアジアでのプレゼン スを犠牲にはしにくいと考えられる。 そのため、米国にとり有利な HNS(思いやり予算)を提供する日本に基地を維持す る誘因が高まることも予想される。 沖縄県としては、こうした状況が発生した結果、沖縄の基地負担軽減が停滞すること がないよう、引き続き、米国の安全保障政策を見守り、わが国政府に対する働きかけを 継続して行く必要がある。 7.おわりに 今回のウクライナ情勢について、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)のエーヤー ル博士(Eyal. Jonathan,)は、「ウクライナ情勢の帰結は、新しい冷戦の始まりではない だろうが、間違いなくポスト冷戦時代の終わりであり、未知への跳躍となるだろう」と 述べている27。 本稿冒頭でも述べたが、地理的に遠いウクライナは一見、沖縄とは無関係に思われ ており、県内の報道等を見ても、事実関係を報じた記事がほとんどとなっている。 しかし、ウクライナ情勢は国際政治の大きな転換点になる可能性のある重大な出来事 であり、その意味で沖縄への影響は決して少なくないと考えられる。 さて、政府は今秋に予定されている日露首脳会談について前向きな意向を維持してい る。本稿では、試みに2 つの懸念事項を指摘したが、事態の早期収束はこれらの懸念を 和らげる上でも重要な意義を持つ。 ウクライナ情勢の打開にむけた政府の役割に期待しつつ、不透明化する可能性の高い 国際情勢の中で沖縄が直面しうる状況を注視し、沖縄県が果たすべき役割について、普 段に思考していくことが必要だと考えられる。 以上
rseas-1.272303#.UzilotxJM-o 最終確認:2014 年 4 月 15 日)
26 “U.S. to send F-16 jets to Romania for exercises”, Reuters, 2014.04.07.
(http://www.reuters.com/article/2014/04/07/us-romania-usa-jets-idUSBREA360LX20140407 最終確 認:2014 年 4 月 15 日)
27 Eyal. Jonathan, “Europe and Ukraine: All Change”, RUSI newsbrief, 2014.
(https://www.rusi.org/go.php?structureID=articles_newsbrief&ref=A533161CE30A52#.U0zmLl5JM-o 最終確認:2014 年 4 月 15 日)
なお、引用部分の原文は“The showdown over Ukraine may not unleash a new Cold War, but it certainly marks the end of the post-Cold War period and a leap into the unknown.”となる。