― 1 ― 実践報告
マラヤ大学における SEND プログラムの実践
―学生、教師それぞれの協働的学び―
ウー ワイシェン・木村 かおり
要 旨
マラヤ大学(UM)の学生は、2013年に参加したSENDプログラムによって、日本 へ行く機会を増やしている。またUMに訪れた早大生と共に文化活動を作り出していく ことで、日本人とのコミュニケーションの取り方に気づき、さらに日本語学習のモチ ベーションを向上させている学生もいる。このようなSENDプログラムをUMにおい て実施すること、学生がプログラムに関わり、活動に参加することには、教員や学生に 協働的な学びをもたらし、UM、早稲田大学間、教員間においての学術交流、さらに ASEAN諸国間における日本語教育地域共同体の形成への橋渡しという意義があると考 えられる。
キーワード
マラヤ大学 協働的学び ASEAN 日本語教育の地域共同体
1.マラヤ大学におけるSENDプログラムの実施概要
1.1 SENDプログラム参加形態と参加者
マラヤ大学(以下UM)は2013年度よりSENDプログラムに参加し、同年早稲田大学 夏の短期プログラムに自学の学生を(以下UM学生)派遣した。さらに、翌年の2014年 2月には初めて、早稲田大学からSEND学生(以下早大生)を受け入れた。
マラヤ大学での早大生の役割は、次の3つである。UM言語学部日本語専攻の1年生の 授業において日本語母語話者ゲスト、大学共通教育の選択科目としての初級日本語レベル 1とレベル2では教育実習生、正規授業時間外の「課外活動」と称する文化交流活動にお いては共同主催者という役割である。この課外活動に参加するUM学生には、言語学部日 本語専攻の学生のみならず、少数ながらも選択科目としての日本語を履修する医学部、歯 学部、工学部、または経済・経営学部、イスラム研究学部といった理系・文系学部の学生 がいる。
1.2 早稲田大学夏の短期プログラムへの参加とUM学生の経験
2013年の夏、短期プログラムに参加したUM言語学部日本語専攻の学生たちの日本体 験は3週間であったが、彼らの学習態度を変えるのに十分な時間であったようである。こ れらの学生は、長期日本留学経験がない学生であった。UM言語学部での授業で、同じク
― 1 ― 実践報告
マラヤ大学における SEND プログラムの実践
―学生、教師それぞれの協働的学び―
ウー ワイシェン・木村 かおり
要 旨
マラヤ大学(UM)の学生は、2013年に参加したSENDプログラムによって、日本 へ行く機会を増やしている。またUMに訪れた早大生と共に文化活動を作り出していく ことで、日本人とのコミュニケーションの取り方に気づき、さらに日本語学習のモチ ベーションを向上させている学生もいる。このようなSENDプログラムをUMにおい て実施すること、学生がプログラムに関わり、活動に参加することには、教員や学生に 協働的な学びをもたらし、UM、早稲田大学間、教員間においての学術交流、さらに ASEAN諸国間における日本語教育地域共同体の形成への橋渡しという意義があると考 えられる。
キーワード
マラヤ大学 協働的学び ASEAN 日本語教育の地域共同体
1.マラヤ大学におけるSENDプログラムの実施概要
1.1 SENDプログラム参加形態と参加者
マラヤ大学(以下UM)は2013年度よりSENDプログラムに参加し、同年早稲田大学 夏の短期プログラムに自学の学生を(以下UM学生)派遣した。さらに、翌年の2014年 2月には初めて、早稲田大学からSEND学生(以下早大生)を受け入れた。
マラヤ大学での早大生の役割は、次の3つである。UM言語学部日本語専攻の1年生の 授業において日本語母語話者ゲスト、大学共通教育の選択科目としての初級日本語レベル 1とレベル2では教育実習生、正規授業時間外の「課外活動」と称する文化交流活動にお いては共同主催者という役割である。この課外活動に参加するUM学生には、言語学部日 本語専攻の学生のみならず、少数ながらも選択科目としての日本語を履修する医学部、歯 学部、工学部、または経済・経営学部、イスラム研究学部といった理系・文系学部の学生 がいる。
1.2 早稲田大学夏の短期プログラムへの参加とUM学生の経験
2013年の夏、短期プログラムに参加したUM言語学部日本語専攻の学生たちの日本体 験は3週間であったが、彼らの学習態度を変えるのに十分な時間であったようである。こ れらの学生は、長期日本留学経験がない学生であった。UM言語学部での授業で、同じク
233 SENDプログラム最終報告書
特集:SENDプログラムの「実践報告」
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ラスの中に日本留学経験者がいると、日本語での発言にそれほど積極的ではなかった彼ら が、短期プログラムに参加後は、授業で積極的に日本語で意見を発言するなど、日本語で の発話が多くなった。また、人前で自分自身や自分の大学について紹介することも以前よ り自信があるように見えた。
また、UM大学共通教育選択科目日本語レベル2を履修していた理系学部生学生にとっ ては、3週間の滞在期間中に見た日本、体験する全てが興味深かったようである。帰国後、
留学体験発表の場で、この学生は、広範囲にわたって使用可能で、切符購入の手間を省く ICカードから感じる日本の公共交通機関の便利さ、スーパーなどで販売されている多種多 様な弁当とその包装、商品の展示の仕方や、店頭での現金の支払いと釣銭を渡す時に使用 されるキャッシュトレイ(カルトン・会計盆とも呼ばれる)などによって表現されている 現代日本のビジネス文化などを語り、日本文化を授業で学ぶ日本語主専攻の学生とは違う 視点を提示した。
1.3 UM主専攻授業、選択科目授業、課外活動における早大生とUM学生の参加と経験 UM日本語専攻の授業では、早大生に1年生の授業の会話活動に参加してもらい、ロー ルプレイの練習相手になってもらったり、早大生、UM学生が互いにインタビューを行っ たりした。また、選択科目の授業では、ひらがなとカタカナの導入を教育実習として行っ てもらったが、その中では、ひらがな・カタカナカルタのアクティビティで早大生とUM 学生が一体となって教室が笑いに満ちた一幕もあった。これは、早大生とUM学生の年齢 が近いため、親近感を感じ、学生と学生の間に自然と連帯感が生まれ、授業内活動がより 活性化し、教師が行う授業と違う授業が生まれたためだと考えられる。
一方、正規授業が終わって夕方に行われる課外活動では、普段の授業では実施が難しい ような文化活動を行ってもらった。例えば、年賀状、消しゴムはんこ、折り紙、ちぎり絵・
書道などがあった。一方、日本の四季に沿って文化活動を行う年もあった。節分のお面づ くりと豆まき、七夕の短冊飾り、月見の白玉だんごづくりなど、常夏のマレーシアにいな がらも日本の四季折々を感じられた気もしたようである。体験型の文化活動のうち、早大 生(院生)による体験型の茶道では、茶室で行われたわけではないものの、茶道の作法な どを教えてもらい、リラックスした雰囲気での体験を通じて、日本文化への理解が多少深 まったのではないかと思われる。また、UM言語学部に飾る日本語の掲示板づくりも資料 探しから仕上げるまでのプロセスが UM 学生と早大生の交流を深めた活動の一つとなっ た。
このような文化活動は早大生だけ、あるいはUM学生だけが一方的にテーマを決めて実 施するものではない。どのような文化活動をするのかは、UMに派遣される予定の早大生 チームが決定し次第、SENDプログラム活動用のフェイスブックのアカウントなどのSNS を通じて両学の学生たちがオンライン上のやり取りが何度か重ねながらディスカッション をした上で、双方で決めていくものである。活動のテーマと各活動の担当者を決めたのち、
どのように実施してどのようなものが必要かといった材料(食品の場合はハラールかどう か)、備品の準備と調達(マレーシアでも入手できるなら現地調達)についてUM学生と 早大生が平等に分担して活動の準備を進めていった。
234
早稲田日本語教育学 第21号
― 3 ― 2.SENDプログラムを実施する意義
以上報告したSENDプログラムの活動は、学生、教員に何をもたらし、どのような意義 を持つのか。SEND プログラムを実施する意義を「学生の学び(学生の声から)」、「学生 の学び(教育担当者の視点から)」、「教員個人にとっての学び」、「教師間および大学間にお ける意義」という4つの観点から述べる。
2.1 学生および教員にとっての意義
まず、「学生にとっての学び」という観点から見ると、SEND プログラムによって、授 業内・授業外において生身の日本語母語話者との接触機会が設けられたと言える。インター ネットが発達し、無料の映像電話ソフトで日本人と手軽に会話できてしまう時代になった とはいえ、マレーシアに居ながらパソコンの画面ではなく、実際に対面して会話を進めら れるということはUM学生にとって魅力的だと考える。教科書から覚えた日本語の語彙・
文法・会話の表現を日本人の相手を目の前にしてリアルタイムで駆使し、相手に分かって もらえたことと、早大生の日本語を聞いて分かったことから生じる達成感によってUM学 生の日本語学習意欲の上昇につながったと考える。
2016年2月の受け入れにはBuddyシステムを導入した。6名の早大生に対し、3名の UM学生のBuddyが付くという形である。早大生がクアラルンプール国際空港から宿泊 先のインターナショナル・ハウスに到着した初日の案内から帰国の見送りまで、UM学生 は早大生とたくさんの時間を共に過ごしていた。UM学生のレポートには「授業で学んだ 敬語表現を実際に使ってみたが、年齢が近いため敬語はよそよそしく感じるから不自然だ と早大生に指摘してもらい、勉強になった。」というエピソードが書かれていた。この時、
UM 学生たちが学びたいと思ったのは、「正しいことば」ではなく、コミュニケーション 上の問題の乗り越えるためのものであった。学生たちは、「もっと日本人の考え方や文化に ついて知りたいと思うようになった」ということである。このように、SENDプログラム に関わり、現実の日本人と交流することで、学生たちは言葉の問題だけではなく、コミュ ニケーション上の問題の乗り越え方を学んでいくようである。
次に、教育担当者の視点から捉えるSENDプログラム実施の意義について述べる。それ は、UMの日本語コースの教員だけでは実現できない日本文化・日本社会や日本語学習環 境を創造するということである。学生にとって、より理想的な日本文化・日本社会や日本 語学習環境がSENDプログラムの存在によってある程度補完されていると考える。
最後に、教員個人の学びの観点からSENDプログラムを実施する意義を捉えると、「UM 学生・教員が日本人学生と協働的に学ぶ機会」の創出だと言える。UMの非日本語母語話 者の教員は、日本語母語話者、つまり早大生との日本語での会話の機会を得、また、日本 人教師も教育実習を指導することを通して、共に省察し、早大生と協働的に学ぶ機会を得 ることができる。
2.2 教師間および大学間における意義
UM の学生が早稲田大学に行って、現地のプログラムに参加するだけでなく、同時に、
235 SENDプログラム最終報告書
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UMにおいても、早大生を受け入れるSENDプログラムの実施において、UMと早稲田の 教師が共同でプログラム内容を考えるというやり取りがある。このようなやり取りは、UM と早稲田の教師間、UMと早稲田大学間の学術研究、学術交流を促すことにつながる。さ らに、このようなプログラムの実施が大学間の学術研究、学術交流を促すことにつながる のであれば、プログラムだけでなく、UMの日本語コース、ひいては日本・日本語学習が 言語学部や大学にも認められることになる。
また、現在、日本・日本語学習活動を通じた学術交流の動きが、ASEAN間で見られる ようになっている。SENDプログラムを受け入れ、実施することが「早稲田大学⇔ASEAN の大学」というような交流に限らず、ASEAN諸国間の学術交流や情報交換による日本語 を学ぶ学生同士、日本語を教える教員の交流を進め、ASEANにおいて日本語教育の地域 共同体の形成を促している。
3.今後の課題と結語
SENDプログラムによって、UM学生が短期で日本へ行く機会は増えた。しかし、日本 とマレーシアのアカデミックカレンダーのずれや、言語学部日本語専攻の学生は、長期の 留学をより望むというニーズのずれがある。また、日本とマレーシアの物価の歴然とした 差といった経済的な状況から、短期・長期プログラムに限らず、ほとんどのUM学生は学 費・宿泊費・生活費などの諸費用がカバーできるような奨学金があるプログラムでの留学 を志望しているという金銭面の問題も残っている。これらの点は、今一度、対応、対策を 考えるべき点であると思われる。
また、早稲田大学とASEAN諸国の大学間のつながりができ、教師間の交流が盛んになっ たといっても、教師間、大学間での学術研究が、十分に進んでいるとは言い難い。サバティ カルのみならず、互いの教員が短期招聘で訪問し合い、学術交流を進めることを積極的に 考えるべきではないだろうか。まずは、諸大学の教員がそれぞれの専門、または関心に沿っ たフォーカスグループ、あるいはスタディグループとしての研究会・勉強会の実施から考 えていくのもいいのではないだろうか。
日本人学生とASEANの学生が協働的に学ぶことを目指すプログラムを作ろうとするこ とで、そこに教師の学びが生まれるような進化するプログラムを今後も期待する。
(うー わいしぇん マラヤ大学言語学部)
(きむら かおり マラヤ大学言語学部)
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早稲田日本語教育学 第21号