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ジャン・コクトーにおける神話の変容

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Academic year: 2022

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ジャン・コクトーにおける神話の変容

家 山 也 寿 生

(2)

早 稲 田 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科

ジャン・コクトーにおける神話の変容

Les métamorphoses d’une mythologie chez Jean Cocteau

フ ラ ン ス 文 学 専 攻

家 山 也 寿 生

(3)

目次

はじめに ジャン・コクトーと神話 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 5 第一部 古代神話の現代化

序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 10 第Ⅰ章 新たな翻案劇の試み――『アンチゴーヌ』論

1 モダニズムの古 典 回帰 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 12 2 アンチゴーヌ像 の組 成 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 18 3 テキストの改変あるいは翻訳と翻 案 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 24 第Ⅱ章 ナンセンスの極み――『オルフェ』論

1 出 現・斬首・死神 ・天使 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 33 2 発明/捏造された物語 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 39 3 ファルスのエッセンス ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 43 第Ⅲ章 ある母と子の悲劇――『地獄の機械』論

1 縮 小から拡張 へ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 53 2 ギリシア悲劇 とカトリック神学 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 63 3 エディプの受難・哀 れみのジョカスト ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 67 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 75 第二部 仲介者たる天使

序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 78 第Ⅳ章 詩的媒体としての天使

1 飛行・映画・詩――『喜望峰』における天使のフィギュア ・・・・・・・・ 80

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2 煙のなかの天使――『天使ウルトビーズ』読解(ⅰ) ・・・・・・・・・・・・・ 94 3 言 葉のなかの天使――『天使 ウルトビーズ』読解(ⅱ) ・・・・・・・・・ 107 第Ⅴ章 映画的媒体としての天使

1 物語・時間・媒体――『詩人の血』の時間表現 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 122 2 アングルの捕獲――墜落シーンの構図 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 136 3 媒体としての映画――『美女と野獣』制作における時間空間 ・・ 145 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 160 第三部 神話と歴史のはざま

序論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 163 第Ⅵ章 神話の有為転変

1 戯曲から映 画へ――ジャンルを超えるオルフェウス譚 ・・・・・・・ 165 2 オリジネルとオリジナル――中期 の翻案における題材の異同 ・・ 173 3 物語の終わり――歴史の終焉と神話の誕生 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 182 第Ⅶ章 虚実交々の歴史

1 詩 人 の非 今 日 性 ――占 領 下 のコクトー ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 192 2 作り話の使い方――『存在困難』における物語観 ・・・・・・・・・・・・ 207 3 可視と不可視の戯れ――コクトー神話の起こり ・・・・・・・・・・・・・・・ 219 結論 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 238 むすび 自己神話作者

オ ー ト ミ ト グ ラ フ

ジャン・コクトー ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 240

引用原文 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 245

書誌・参考文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 273

(5)

凡例

1. 作品 タイトルは『 』で,新 聞雑 誌記 事や詩篇 のものは《 》で,これらを括 る.

2. 「 」は,本 文 中での引用 指示 や語 句を独立させ文 意を明示 する際 にこれを用 いる.

3. 原書 での« »による強 調 ,および地 の文 での任意の強調には,“ ”を充てる.

4. 原書 中のイタリック表 記(作 品タイトルは除く)は,傍 点 を付してこれに代える.

5. フランス語 原 文の日 本 語訳 は,既にあるものを随 時 参 照しながら,あらたに訳 出 する.

【 な お ,こ の 電 子 版 に は ,学 位 論 文 本 体 に 認 め ら れ た 誤 字 等 の 範 囲 で 訂 正 が 施 さ れ て い る .】

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はじめに ジャン・コクトーと神話

「神 話 mythe」という名 辞 を表 題 に掲 げてなにか書 こうとするならば,まず“神 話 とはなにか”という 定 義の問 題,少 なくともこの言 葉の語 義を大 まかにでも確 認することから始めるのが常 道 であるだろ う。もっともこ れ は,慣 例 と いうよりも普 遍 的 要 請 で あ ると言 ってよい。そ れほど までに「 神 話 」 がカ バーする対 象 は幅 広 く,明 確 な規 定 もなさずにこの言 葉 を軽 々しく使 うことはもはやできない。しか も,神 話 について論 じる言 説 もまた多 種 多 様 ,ときには深 遠 でさえあって,先 達 のさまざまな見 解 に 耳 を傾 ける必 要 がうえの要 請 を後 押 ししていることもある。無 論 そうした手 続 きを取 らないことも可 能 でなくはないが,この場 合 には,「神 話 」なる単 語 をいわば宙 に浮 かせた状 態 で用 いつつ,その適 用 基 準 をみずから確 立 してゆかなければならないだろう。そして,どうやら,ジャン・コクトーと神 話 と の関 わりを考えるうえで求 められる姿 勢がこれなのである。というのも,そもそも,この詩 人が神話 とい う総 称 的 なもの(le Mythe)をはっきりと対 象 化 ・客 体 化 し,きっちりと定 義 付 けようとはしていないか らである――見 方 を換 えれば,今 日 的 な諸 概 念 を解 釈 格 子 としてコクトーと神 話 の関 わりを説 明 す ることに,さしたる有 効 性 は認 められそうにない。かれが行 ったのは,なによりもまず諸 々の神 話 (les mythes)を,詩 や演 劇,さらには映画 の題 材 として取 り込 むことだった。ならば,両 者の関 わりを考え る前 に,かれの諸 作 品 を具 に観 察 する必 要 がある。神 話 的 題 材 の芸 術 的 受 容 を,個 々の作 品 制 作の過 程や一 連の創 作 から認められうる諸 傾 向において観 察しなければならないのである。

その場 合 ,たとえば「ギリシア神 話 のなかの~」といった狭 義の神 話 群 をコクトーが選 んで取 り上 げ ている作 品 に対 象 を限 るならば,“文 学 における神 話 ”という大 きな枠 組 みのなかで,これに寄 与 す る事 例 として論 じてゆくことはできる。アンチゴネーの,オルフェウスの,あるいはまたオイディプスの 物 語 の現 代 的 翻 案 ,それらの一 例 を提 供 することはできる。しかし,モノグラフィックな作 家 研 究 の 見地 からすれば,こうした扱 い方・論じ方 は不 十 分なものと映るだろう。コクトーの連綿 たる創作 活動 との,たとえばその他 の翻 案 作 品 との,関 連 性 が問 われなくなってしまうからである。実 際 ,かれは 神 話 ,とりわけギリシア神 話 ――しかもコクトーが活 躍していた時 代においてはいまだ人 類 学 的な価 値 を帯 びるには至 っておらず,あくまで古 典 的 な価 値 を持 つにすぎなかったギリシア神 話 ――を特 別 扱 いしていたわけではなかった。神 話 の再 説 によって,起 源 への回 帰 や人 間 の秘 められた本 質

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の再 発 見などが促されているわけではなかったのである。翻案 の素材 としては中 世以 降 の伝 説 群も 同 じ水 準 で取 り上 げられており,こうした題 材 選 びの次 元 では,神 話 も伝 説 もあるいはまた昔 話 の 類もみな,広い意味 での「説話la Fable」のもとに総 括 されうるものだった。分類 概 念として今 日用 い られる「神話」を基 準に,コクトーの翻案 作 品を選別してしまうことの難 点がここにある。

また,ひとつのまとまったストーリーをなす神 話 群 だけではなく,神 話 的 なモチーフとしてしばしば 引 き合 いに出 されるものも検 討 に値 する。その最 たる例 が「天 使 」である。だが,もとより聖 書 的 ない し宗 教 的 なフィギュア(形 象 )であるはずの天 使 も,コクトーにおいてはその特 権 的 意 味 合 いを奪 わ れてしまっている。かれがこの架 空 の人 物 像 を現 代 風 に,じぶん流 にさえ取 り込 むことの意 義 を問 おうとするのであれば,図 像学 の伝 統やなにか宗教 学的 考 察などの枠 組 みを取り払ってかからなけ ればならない。さらにはまた,単 なる嘘 偽 りや作 り話 といった俗 っぽい意 味 で用 いられる「神 話 」をコ クトー自 身 も俎 上 に載 せているケースもままあり,この単 語 の語 義 と用 法 から生 じてしまいかねない 混乱に,かれがどのように対応していたのか(あるいは,対 処していなかったのか)という論 点もある。

以 上のような「神話 mythe」の多義 性を考慮 すれば,コクトーの作 品やかれの思 索においてこの言 葉が指 し示 しうるものをより包 括 的・集 合的 に捉えるべく,もう一 つの「神話 mythologie」を持 ち込 み,

表 題 として掲 げるほうが適 切 であるように思 われてくる。すなわち,ギリシア神 話 やエジプト神 話 など,

ある時代のある地 域に残る神話 や伝 説をまとめて呼ぶときと同じように,コクトーに馴染 みの神話(ス トーリーであれモチーフであれ)や,かれが考 える神 話 (さしずめ,コクトーの神 話 学 ),さらにはかれ 自 身の神 話(エチアンブルの『ランボー神 話』に倣 って),これらすべてを含 む物語 や言 説のまとまり をひとつの「神 話 集 成 mythologie」とみなすのである。実 際,時 代 および地 域 によってではなく,作 家 名 による対 象 の限 定 用 法 はけっして突 飛 なものではない。この使 い方 は,たとえば,“文 学 にお ける神 話”研 究の嚆 矢 とも言えるピエール・アルブィの 1969 年の著書にすでに見 られるものだ。

わたしたちは,マルセル・プルーストの小 説 における神 話 的 ないしは神 話 物 語 的 な舞 台 装 飾の 研 究 や,ジュール・ヴェルヌなりレーモン・ルーセルといった作 家 たちのミトロジーの研 究 を[本 書 のなかで] 夢 見 た。仮 に 『ジャン・コクトーのミトロジー』 という本 を一 冊 書 いても退 屈 はしないだろ う。これら作 家 すべてにおいては,説 話 上 の神 々への参 照 の仕 方 ,受 け継 がれた神 話 群 の用 い 方,かれらの作品 全 体がもつ神 話的 諸構 造,これらを同時に分 析しなければならないであろう。1

アルブィは,個 々の作 家 がもちうる神 話 集 成 をある種 の資料 体 (コーパス)とみなしながら,創 造 行 為 ,とりわけ文 学の場 に再 登 場 する神 話の性 質 と機 能 を明らかにする可 能 性を示 唆している。だが,

1 Pierre ALBOUY, Mythes et mythologies dans la littérature française, Armand Colin, 1969, 1998, p.152.

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今 日 “コクトーのミトロジー”なるものを打 ち出 すのであれば,神 話 的 題 材 の芸 術 的 受 容 として作 品 全 体 を分 析 するだけでは充 分 とは言 えず,さきに述 べたように,「神 話 」に対 するコクトーの考 え,そ して,かれ自 身が時 代 のなかで神 話 的・伝説 的 存 在 となってしまう事 態なども含めて,より広 範 かつ 柔軟 性に富んだ見 地のもとに,ひとつの資 料体 を思 い描かなければならないのである。

そこで,そのような“コクトーのミトロジー”を形 成する契 機となるであろうトピックスへと,さらに思 いを めぐらすならば,以下 のものが挙 げられるだろう。

・ 翻案される神 話的 ストーリーや,個々に言 及される神話 的モチーフ

・ その他の説話 群,およびこれらと狭 義の神話 との共 存関 係

・ 神話 などが描き出す虚 構世 界と歴 史や時代が語 る現実 世界 との対 立関 係

・ コクトーが考える神 話の性質 や役 割

・ 神話 的 存在になろうとするコクトー,そしてコクトー神 話

第 一 ,第 二 の項 目 はそのまま作 品 分 析 の対 象 となり,そこからさらに,アルブィ言 うところの「作 品 総 体 の神 話 的 諸 構 造 」までもが見 出 されることになるかもしれない。第 三 の項 目 は,総 称 的 な意 味 で神 話を考えるための比 較 対照の材 料となり,コクトーの神話 観にも反 映されうるものである。そして,

最 後の項 目 は,一 作 家の人 物 像やその生 涯 が現 代 の神 話 となって語られることの可 能 性 ――その ように語 られるとすれば,どういった状 況 下 で可 能 なのか――に焦 点 を当 てるだろう。しかしながら,

ひとつの“コクトーのミトロジー”を形 作 るうえでは欠 かせないこれらトピックスも,この体 系 を緊 密 かつ 有 機 的 に構 成 する諸 要 素 であるとまでは最 初 から言 い切 ることはできない。もとより,最 初 に仮 設 し たミトロジー=コーパスがかなり実 体の曖 昧 なものである以 上 ,この不 完 全な実 体 のなかに認 められ る諸 要 素 がうまくかみ合 っている必 要 は必 ずしもない。いやいっそ,この資 料 体 は最 初 から最 後 ま で確 固 たる実 体 をもちえず,その内 なる構 成 要 素 の組 み合 わせ方 によって,あるいはそれを眺 める 者の見 る角 度によって,みずからの形 態を変えてしまうものとみなしてしまってもよいのではないか。

だとすれば,有機 的 で決 定 的な,そして最終 的 な形 をもたないその資 料 体をどのような全 体 として 思 い描 き,そして提 示 するのかが問 われることになる。考 えられうるひとつの全 体 像 は,コクトーの創 作 活 動 のクロノロジックな流 れに沿 って形 を変 えてゆくというものである。この場 合 ,かれのミトロジー はそれみずからの発 展 途 上 にあって,原 因 と結 果 の,あるいはまた反 復 と差 異 の連 鎖 のなかで,さ まざまなヴァリエーションを提 供 するものとなるだろう――だが,この場 合 ,そのような形 で把 握しなが ら対 象 の単 一 性 を確 保 しようとする観 察 者 の意 図 も透 けてみえてしまうだろう。もうひとつ考 えられる 全 体 像 は,必 ずしも漸 進 的 であろうとはせず,一 方 では諸 要 素 の連 結 ・集 合 ・重 複 によってとある 形 がなされ,また一 方 ではそれら諸 要 素 間 の矛 盾 や一 部 のものの欠 落 によって別 のある形 がなさ

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れるというものである。この場合 ,コクトーのミトロジーは最後 まで確 定的 となるには至らず,任意 のい くつかの形 態 のもとに現 れるにとどまるだろう――よって,対 象 の単 一 性 を維 持 しようとはせず,かと いって網羅 的 把握さえも試 みようとしない観察 者のアプローチは恣意 的なものになりかねない。

もちろん,最 初 から二者 択一 を迫 るのではなく,上 記ふたつのパターンの併 用 を考えるほうが現実 的 である。その場 合 ,ある全 体 の,時 間 軸 に沿 った変 遷 ,およびその諸 局 面 におけるヴァリエーショ ンとしてコクトーのミトロジーを捉 えようとするアプローチは,そもそもの資 料 体 がおのれの雑 多 な要 素 を最 終 的 にある一 点 へ収 斂 させようとしていたようには見 受 けられないだけに,部 分 的 あるいは 二 次 的 にしか有 効 ではありえない。対 する第 二 のパターンに基 づくアプローチは,これから問 題 とし てゆく資 料 体 の全 体 像 をあくまで潜 在 的 なものとみなしながら,そして第 一 のパターンを部 分 的 に 取り込みながら,いくつかの角度 から捉えられうる形 態 を個々に表 出させてゆくことになるだろう。

本 論 考の表 題である「神 話の変 容 les métamorphoses d’une mythologie」は,以上 のようにつら..

つらと考 えた......

うえで選 び出 されている。あるいは,これらふたつのフランス語 の名 辞 と各 々に付 随 さ せるべき冠 詞 との組 み合 わせから汲 み取 られる意 味 合 いのほうこそが大きな鏡 となって,これから展 開 される考 察 の全 体 を予 め映 し出...

して..

いる..

,と言 うべきかもしれない。いずれにせよ,本 論 考 を構 成 する三 つのパートは,それぞれが,ジャン・コクトー作品 において想 定 されうる“とある”神 話 集 成 の,

性 質 の異 なる“複 数 の”――ここでは三 つの――形 態 を捉 えることを目 的 としている。すなわち,第 一 のミトロジー形 態 は,狭 義 の神 話 である古 代 ギリシア神 話 ・悲 劇 に含 まれているいわば養 分 を吸 収 しながら,コクトーがそれら物 語 をじぶん流 に翻 案 してみせることで形 作 られたもの,端 的 に言 え ば,伝 統 と革 新 とのせめぎ合 いから生 じた形 態 である。第 二 のそれは,天 使 のモチーフに関 わって いる。戯 曲版・フィルム版 いずれの『オルフェ』にも天 使 とみなされる人 物が登 場していることもあって,

とかく擬 人 化 された姿 かたちでばかり理 解 されてしまうこの架 空 の存 在 だが,コクトーは,それ本 来 の仲 介 者 としての役 割 を,主 に詩 作 とフィルム制 作 の局 面 で活 用 してもいる。この点 に注 目 し,第 二 のミトロジー形 態 は,創 造 行 為 全 般 で「天 使 」という媒 体 が果 たす役 割 のもとに立 ち上 げられる。

そして最 後のそれは,神 話 と歴 史 との対 立 において捉 えるべきものである。古 代 ギリシア神 話・悲 劇 を題 材 としたあとも翻 案に取り組 むコクトーは,着 想 源をもはや古 代 神 話にではなく,中 世の伝 説 か ら近 世 の歴 史 物 へと求 めてゆく。つまり,創作 の次 元 で虚 構の質 は神 話 的 なものから歴 史 的 なもの へ変 化 しており,この移 行 にあわせて題 材 の扱 われ方 を見 極 める必 要 がある。その一 方 で,ナチス 占 領 下 から第 二 次 大 戦 後 にかけて激 変 する時 代 状 況 に直 面 していたかれの思 索 の次 元 でも,歴 史 との二 項 対 立 という文 脈 で神 話 の意 義 や重 要 性 が増 している。第 三 の形 態 は,創 作 と思 索 との 両面 で,歴史 や時 代の概 念と対峙させながらコクトーが提示 する神話のあり方のうちに現れる。

だが,これら三 形 態 は潜 在 的 なひとつの神 話 集 成 のいわば化 身 (avatar)にすぎず,肝 心 の本 体 の把握 を可 能にしてはくれないだろう。なぜなら,「神 話mythe」があまりにも可 塑 的だからである。

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第一部

古代神話の現代化

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序論

文 学 作 品 による神 話 の再 説 について論 じようとするとき,その当 事 者 には,たとえしかじかの神 話 を語 り直 そうとする作 家 たちの理 解 のし方 に個 体 差 があるとしても,神 話 への畏 敬 の念 はかれらの あいだで共有されていると考え,よって神 話によせる忠誠 心のようなものを大 前 提としたうえで,個 々 の作 品 に込 められた高 邁 なテーマを最 終 的 に捉 えようとするものではないだろうか。しかし,こうした 従 来 型 の読 解 手 法 は,コクトーのように神 話 的 題 材 の現 代 化 に取 り組 むも,表 現 様 式 を優 先 する あまり,物 語 内 容 に対 しては思 慮 に欠けているようにみえるケースには,必 ずしも十 全 に機能 しては くれない。実 際 ,古 代 ギリシアの物 語 群 から題 材 を借 りた作 品 が二 十 世 紀 ,両 次 大 戦 間 のフランス 文 学 ,とりわけ演 劇 において多 くみられたのは周 知 のことで,こうした動 向 を把 握 し評 価 しようとする 考 察 もはやくから間 欠 的 にみられたのだが1,そういった議 論 における争 点 は,もっぱら神 話 的 主 題 が含 み持 つところの永 遠 の問 いかけ,それがあるからこそいつの時 代 の人 間 にも問 題 提 起 として働 くようなメッセージ性 であり,時 代 のなせる業 か,いきおい行 き着 く先 は人 間 存 在 の諸 問 題を神 話の 普 遍 性 のなかで探 求 する類 となってしまう。よって,同 時 代 の思 潮 に逆 行 するようなコクトーの神 話 再 説 の試 みなど,第 一 次 大 戦 後 のフランス文 学 ・演 劇 界 に先 鞭 をつけるものであったとしても,相 対 的 に み れ ば か な り 一 過 性 の も の と み な さ れ る こ と と な る 。 今 日 の い わ ゆ る 文 学 神 話 (mythes

littéraires)研 究 においても,コクトー作 品 で取 り上 げられた神 話 をめぐって果 敢 に論 じて成 功 して

いる例 はなきに等しく,その背 景 には,こうした伝 統 的 な研 究 姿 勢にうまく同 調 できないでいるか,さ もなくば,それに対 する反 定 立 ――たとえば,文 学 作 品 を通 して語 り継 がれる神 話 なるものの生 命 力 は,物 語 内 容 への作 家 個 人 の理 解 度 や尊 重 の度 合 いに左 右 されるのではない……といったア

1 Cf. Cahiers du Sud, numéro spécial : « Retour aux Mythes Grecs », août-septembre 1939 ; Jean THOMAS, « Les Mythes antiques dans le théâtre français contemporain », in Lettres d’humanité, tome 3, 1944, p.148-157 ; Jean-Paul SARTRE, « Forgers of Myths : the young playwrights of France », in Theatre Arts, vol. XXX, n° 6, juin 1946, repris dans Un théâtre de situations [1973], sous le titre : « Forger des mythes », Gallimard, folio/essai, 1992, p.57-69 ; Julien GRACQ, Le Roi pécheur, José Corti, 1948, « Avant-propos », p.7-17 ; F. JOUAN, « Le retour au mythe grec dans le théâtre français contemporain », in Bulletin de l’Association Guillaume Budé, 3e série, n° 2, juin 1952, p.62-79 ; Jacqueline de ROMILLY, « Légendes grecques et théâtre moderne », in Mercure de France, tome 321, mai-août 1954, p.71-87 ; Pierre BOYANCE, « Les mythes antiques dans la littérature contemporaine », in Bulletin de l’Association Guillaume Budé, 4e série n° 2, juin 1960, p.169-182.

(12)

ンチテーゼ――を打ち出してこれを例 証 できないでいるか,いずれかの困 難が考 えられる。

無 論,これらの困 難を助 長してしまいかねない要 素 は,コクトーの創作 活動 およびそれを研 究する 側 そのもののなかにも認 められなくはない。たとえば,そもそもその全 貌 を徐 々に明 らかにしながら 築 き上 げられていったコクトー作 品 の世 界 ,その片 鱗 にすぎない神 話 なるものの意 義 は,この第 一 部 で論 じる三 つの作 品 が断 続 的 に書 き継 がれた 1920 年 代 から 1930 年 代 初 頭 という段 階 ではまだ まったく不透 明 であった,という点が挙 げられる。以下 ,個々に解 説 と分 析 を加えてゆき最 後に全体 を通してみれば明 らかとなるであろうが,この時 期 のコクトーは神 話 の翻 案 によって独 自の劇 作 術や 舞 台 様 式 を確 立 していったのであり,実 験 的 ないしは試 行 錯 誤 の段 階 にあった。そうやって,表 現 力 の面 で着 実 に実 力 をつけてゆく段 階 にあったのである。し かも,『アンチゴーヌ』,『オルフェ』,

『地 獄 の機 械 』を古 代 の悲 劇 や神 話 を扱 った一 連 の“古 代 ギリシアもの”とみなしてみても,並 行 し て多 彩 かつ精 力 的 な創 作 活 動 を続 けていたコクトーの作 品 全 体 のなかでは,これら三 作 も同 時 期 のほかの作 品 群 との関 連 のなかでは相 対 化 されてしまう。コクトーの動 向 全 般 やその他 の作 品 を まったく考 慮 に入 れず,ただ三 つの作 品 を扱 うだけでは,不 充 分 な結 果 を招 きかねないという配 慮 も働 くのである。作 家 研 究 内 部 からのこうした要 請 に対 処 できる下 地 を整 えなければ,前 段 に述 べ た「文 学 神 話 」研 究 への参入 なり挑 発 を試 みるにはまだまだ時 期 尚 早 と判 断 せざるをえなくなる。こ うして,神 話 研 究 という見 地 からも作 家 研 究 という見 地 からも,初 期 コクトーの翻 案 作 品 に関 するま とまった見 解や評価 を呈 することは,どれほど暫定 的であろうとしても,ますます困 難となってしまう。

以 上 の観 点 から考 えて,個 別 の作 品 論 として設 けられた三 つの章 からなるこの第 一 部 は,必 ずし もそれらのみで最 終的 な総 括に向 かおうとするものとはなりえない。いくつものジャンルを叉 に掛 ける コクトーであっただけに,とりわけ多 産 であった1920 年代のその他の作 品群 にも任意に言 及すること もまた必 須 であり,そのための記 述 が単 に網 羅 的 あるいは散 漫 なものにならないようにするには,あ る種 の三 部 作 という形 でこれから論 ずる三 つの戯 曲 を主 軸 に据 え,その枠 内 にとどまりつつも,この 十年 余 りのあいだにものされた多 様な諸 作品 への目 配りも疎 かにはできないように思 われる。あるい はまた,翻 案 作 業 の現 場 をここで実 地 に検 証 し,細 々と書 きとめておいた事 柄 が準 備 的 な考 察 と なって,1930 年 代 半 ば以 降もさらにコクトーが続 けてゆく翻 案作 品 について論じてゆく際 の参考 とも なるであろう。いずれにおいても,以 下 の続 く三 つの章 は,コクトーその人 を論 じるためではなく,な によりもまず,かれの作 品 そのものをどのように読 むことができ,またテキストに即 して如 何 に語 りうる かというアプローチのあり方 への問 い,これに対 する実 践的なひとつの答えとなるだろう。

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第Ⅰ章 新たな翻案劇の試み ―― 『アンチゴーヌ』論

第 1節 モダニズムの古 典 回 帰

ジャン・コクトー は,どの ようなきっかけ から 古 代 ギ リ シア神 話 の翻 案 および 舞 台 上 演 を企 図 す るに至 り,なぜオイ ディプス王 の娘 にまつわる悲 劇 が計 画 の筆 頭 に挙 がったのであろうか。1928 年 にようやく刊 行 された『アンチゴーヌ』所 収 の《覚 書 》には,この疑 問 については『ジャック・マリタ ンへの手 紙 』 ですでに触 れ たと述 べられている1。確 かに,二 年 前 に出 版 されていたこ の評 論 文 には次 のようなくだりがある――「わたしは自 分 の公 民 精 神 を野 放 しにしてきました。ですから,わ たしの公 正 さは先 入 観 なしに形 づくられます。ところで,わたしはいつも本 能 に後 押 しされて法 に 楯 ついています。それこそ が,『アンチゴーヌ』翻 訳 の秘 めたる理 由 です。秩 序 に対 してわたしの 抱 く愛 情 がこの言 葉 に惰 性 的 に付 与 される意 味 の恩 恵 をこうむるようなことがあれば,わたしはこ れ を忌 み 嫌 う でし ょう」2。トマス派 の 神 学 者 に 宛 てて 真 摯 に 語 り かけら れ て いる にもか かわら ず , 第 一 次 大 戦 後 の時 代 の寵 児 たるコクトーのイメージに引 きずら れてその神 妙 な口 調 がどこ か空 虚 に響 いてしまうこの書 には,それでもやはりかれ独 特 の美 学 や倫 理 観 が随 所 に垣 間 見 られ,う えの引 用 文 においても,慣 例 化 ,制 度 化 し た秩 序 に甘 んじ ようとしない姿 勢 が察 せられなくはな い。法 に屈 せず,死 者 となった兄 ポリュネイケスの弔 いをじぶんひとりで執 りおこなおうとする,そう し た覚 悟 のア ン チゴ ネ ー に共 感 を 抱 き, かの 女 を 手 本 とし な がら ,コク トー は みず から の 行 動 原 理 を規 定 しているかのようである。実 際 ,その思 いの表 れであるかのように,『アンチゴーヌ』初 版 本 には,物 語 中 のヒロインの台 詞

« Non ; je sais que je plais où je dois plaire. »

が表 紙 タイト ルの右 下 に添 えられており,国 家 の法 以 上 に遵 守 しなくてはならぬ固 有 の秩 序 ,身 内 の死 者 に 対 する礼 節 をこそ拠 り所 としてわが身 の犠 牲 も辞 さないかの女 の頑 なな意 思 を,作 者 は,この同 音 反 復 的 な一 節 の引 用 によってじぶんでも引 き受 けようとしている。

し かし ながら ,アン チゴ ネーの言 動 に共 鳴 するコクト ーに依 拠 し て,かれの道 徳 観 全 般 がす で

1 Antigone précedé de Les Mariés de la Tour Eiffel, Gallimard, 1928, p.152. なお,ソフォクレスの原 作 および一

般 に 用 い られ る 固 有 名 詞 “ アンチ ゴネ ー” を,ジャ ン ・コ クト ーの翻 案 作 品 および そのヒ ロイ ンと混 同 し ないため に ,後 者 に関 しては“アンチゴーヌ”という表 題 および呼 称 を採 用 する。

2 Lettre à Jacques Maritain, in Poésie critique, t. II, Gallimard, 1960, p.47.

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にこ の作 品 に反 映 し ているとみなす,あるい は,『 アンチゴーヌ』 に作 者 の倫 理 的 指 針 の 芽 生 え ばかりを認 めるだけでは適 切 でない。そもそも,さきに触 れた《覚 書 》は,その末 尾 に1926年 という 執 筆 年 を 示 し て おり ,『 マ リ タン への 手 紙 』 よ りも 後 , な んら かの 機 会 にし たた めら れ た 事 後 的 な 雑 文 なのである。レーモン ・ラ ディゲとともに古 典 様 式 への回 帰 を標 榜 し ,貴 重 な――同 時 代 へ の美 学 的 表 明 としても,そしてやがては秩 序 と無 秩 序 の均 衡 をこそ自 身 の方 針 にしてゆくこ とに なるコクトー個 人 にとっても有 意 義 な――成 果 をあげた時 期 が過 ぎて,はや数 年 が経 っていた頃 のことである。第 一 次 大 戦 後 の多 産 な,騒 々しい時 代 は 1923 年 末 にラディゲをさらった死 ととも に幕 を閉 じていた。遺 された詩 人 は,聖 アウグスティヌスの告 白 に倣 って説 明 に換 えるならば,ま さに「この悲 しみのため,[かれの]心 は,まったく暗 黒 となり,何 処 を眺 めても,目 に見 えるものは,

ただ死 のみであった」3。だからこそ 1926 年 のコクトーにとって,四 年 前 に上 演 さ れた『アンチゴー ヌ』は,秩 序 と死 者 のために生 きる姿 勢 をさらに際 立 たせうるものと映 ったにちがいない。つまり,

「秘 めた理 由 」が本 当 に当 初 から意 図 して秘 められていた理 由 だったのかという疑 いが残 る。本 当 のところ,潜 在 的 にくすぶっていたやもしれぬ動 機 を1922 年 の翻 案 劇 のうちに後 から見 出 した コクトーはおのれ自 身 の境 遇 に重 ねてこそ自 作 を解 釈 するに至 ったのではないか,そう考 えてみ る余 地 さえ残 るのである。しかも,この「秘 めた理 由 」は,他 方 に“公 然 たる”理 由 の存 在 を前 提 と しているからこそ ありえるものだ。いわゆる狂 乱 の時 代 にふさわし い表 向 きの理 由 も残 されている 以 上 ,コクトーによって事 後 的 に付 された動 機 をめぐっては,かれがアンチゴネーの悲 劇 に当 初 から そ の 倫 理 的 価 値 を認 めて いた の か,そ れと も後 々に 見 出 し え たの か と いっ た疑 問 につ いて は,そのあいだの経 緯 も定 かならぬゆえに,決 定 的 な解 決 を見 ることはないであろう。

対 して,すでに表 明 されていた動 機 に関 しては,やはり独 特 な言 葉 遣 いでコクトーはこう述 べて いる――「 わたし は前 衛 への機 械 導 入 (

machinisme d’avant-garde

) に苛 立 っていた。新 し さ は ニ ューヨークを話 題 にするこ とにあるのではないこ とや,どこ かの黒 人 のように機 械 に目 を瞠 るの では な く, 機 械 を 手 本 とし て役 立 て た芸 術 家 の 手 に 掛 かれば , かつて のど ん な傑 作 も 信 じ が た い若 さを取 り戻 しうること,それを例 証 しようとわたしは望 んでいた。何 百 年 という歳 月 がつねに傑 作 の 一 部 分 を そ うさ せ てし ま う 朽 ち た 素 材 を 取 りの ぞ き, 一 言 も 歪 めるこ と な く, 現 代 のリ ズム で

『アンチゴ ーヌ』を翻 案 しなければならなかった。[ …] 思 うに,そ の活 気 に満 ちた展 開 をもって作 品 を復 元 することこそ,この悲 劇 作 品 への奉 仕 となるのだ」4。「秘 めた理 由 」に読 まれうる倫 理 的 性 格 とは対 照 的 に,ここでは 『アンチゴーヌ』の様 式 美 が前 面 に打 ち出 されている。一 個 の生 命 体 とみなされた作 品 は,原 作 にこびりついている「朽 ちた素 材 」を滅 し去 ることで,「信 じがたい若 さ 」 を 取 り 戻 し , か く し て 「 活 気 に 満 ち た 展 開 」 を 獲 得 す る 。 そ の た め に 芸 術 家 の な す べ き こ と ,

3 聖 アウグスティヌス,『告 白 』上 巻 ,服 部 英 次 郎 訳 ,岩 波 文 庫 ,1976 年 ,100 頁 。

4 La jeunesse et le scandale [1925], in Œuvres complètes de Jean Cocteau, t. IX, Marguerat, 1950, p.319.

(15)

ジャン・コクトーが採 った方 策 とは,「 現 代 のリズム」 にあわせて古 典 を翻 案 するこ と,同 時 代 から み て 冗 長 な 部 分 や 色 褪 せ た 虚 飾 を 削 ぎ 落 と す こ と , そ し て 作 品 を 「 縮 小 , 凝 縮 , 練 磨 す る

réduire, concentrer, décaper」ことであった(そのうえ で,こうした試 みが機 械 の斬 新 さにばかりう

つつ..

を抜 かす同 時 代 人 へ の間 接 的 な教 訓 となりえるとの示 唆 も含 まれている) 。テキストの細 か な分 析 に取 り組 む本 章 第 3節 に先 んじて言 及 しておくと,『アンチゴーヌ』における登 場 人 物 たち の台 詞 に はたし かに 無 駄 がなく ,どれ もみ な簡 潔 で ある。「 展 開 の極 端 な 速 さ

extrême vitesse

de l’action

」(

A,307

5というプロローグの言 葉 が示 すように,悲 劇 的 結 末 の衝 撃 は事 の深 刻 さに

おける以 上 に,場 面 の展 開 速 度 において際 立 つにちがいなく,そ うし た傾 倒 は,ちょうど同 じ 時 期 に執 筆 された物 語 『山 師 トマ』の鮮 やかな文 体 にも当 てはまる。いずれの作 品 においても研 ぎ 澄 まされたスタイルとしての簡 素 さや洗 練 に対 するコクトーの志 向 がうかがわれる。

ならば,かれの発 言 をもとに確 証 しうるこれら 二 種 類 の,倫 理 的 および美 学 的 なきっかけを 『ア ンチゴ ーヌ』 執 筆 の起 こ り と みなし てよ いだ ろ う か 。 も ちろ ん 答 が“ 諾 ” であ って も構 わな い が, 作 者 に よ って 加 え ら れ た 説 明 や 解 説 の みに テキ スト 作 成 の 動 機 を 認 める にと どめ , ゆえ に作 者 の 占 有 物 でし か あ りえ な い 限 り にお い て作 品 の広 が りが 否 応 な く 狭 めら れてし ま うこ とのな い よ う,

以 下 の論 述 ではほかの生 成 要 因 をさらに求 め,それらをテキスト分 析 の一 助 としたい。

ジャン ・コクトーに関 するいくつかの伝 記 によると,かれは 1921 年 秋 頃 にレーモン・ラディゲから 勧 めら れ て,ギリ シア悲 劇 の翻 案 を計 画 するこ とになったという6。古 代 ・ 古 典 への回 帰 は,当 時 の前 衛 運 動 ないしモダニ ズムとともに,第 一 次 大 戦 中 からフランス文 学 ・芸 術 の一 翼 をなす動 き であった7。有 象 無 象 の作 家 たち芸 術 家 たちが盛 ん にアイ ディアを競 い合 い, いわば百 花 繚 乱 の様 相 を呈 していたこの頃 の文 芸 活 動 において,『エッフェル塔 の花 嫁 花 婿 』で新 奇 な舞 台 芸 術 を打 ち出 したばかりにもかかわら ず,『アンチゴーヌ』に始 まって,『大 股 開 き』,『山 師 トマ』 ,さ らには詩 篇 『平 調 曲 』と,次 々に作 品 をものしてゆくコクトーの擬 似 古 典 主 義 的 傾 向 が,ラディゲ の存 在 感 も 手 伝 って ,周 囲 の注 目 を 浴 び るム ー ヴ メントのひ とつ とな ってい っ た。けれ ども,こ こ で 『アンチゴーヌ』を当 時 の芸 術 動 向 全 体 のなかに置 き直 してみるのは,そこからコクトー独 自 の,

しかしいまだ熟 しきってもいない芸 術 理 念 を部 分 的 に引 き出 し,かれになり代 わってそ の理 念 を

5 以 下 , 本 章 で 『 ア ン チ ゴ ー ヌ 』 か ら 引 用 す る 際 に は , そ の 直 後 に 略 号 「A」 を 添 え て , プ レ イ ヤ ー ド 版 戯 曲 全 集

(Théâtre complet, Gallimard, Bibliothèque de la Pléiade, 2003)の該 当 頁 番 号 を指 示 する。

6 Jean-Jacques KI H M, Elizabeth SP R I G G E, Henri C. BE H AR, Jean Cocteau : l’homme et les miroirs, Éditions de la Table ronde, 1968, p.137. また,フランシス・スティグミュラーによると,コクトーは,1922 年 2 月 頃 に『アンチゴーヌ』

の 執 筆 計 画 に つ い て オ ネ ゲ ル に 語 っ て い た と 言 う が (Francis ST E E G MU LLE R, Cocteau [1973], Bucher/Chastel, traduit par Marcelle Jossua, 1997, p.216),伝 記 作 者 はその根 拠 となる資 料 を挙 げずにすませている。

7 1920 年 代 前 半 の 芸 術 全 般 に お け る 古 典 主 義 回 帰 の 動 き に 関 し て は 次 の 文 献 を 参 照 。Michel CO L LO MB, La Litterature Art Déco, Méridiens Klincksieck, 1987 ; Éliane TO N N E T-LA C R O I T, Après-guerre et Sensibilités littéraires (1919-1924), Publications de la Sorbonne, 1991.

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完 成 さ せようとするためではなく,より身 近 なとこ ろで,これまであまり明 示 されるこ とのなかったあ る関 連 性 をエリック・サティの交 響 劇 『ソクラテス』とのあいだに認 めるためである。

“ あまり…なかった”,すなわち唯 一 ささ やかな指 摘 がオルネラ ・ヴォルタによってなされている。

音 楽 家 と詩 人 の交 流 をたどったその著 『サティとコクトー・理 解 の誤 解 』には,こ う書 き記 している

――「 『 ソ クラ テス』 に着 想 を得 て 古 代 ギリ シアを 現 代 化 し よ う とし たコクト ーの アイ ディア は といえ ば,かれはこれを用 いてふたつの戯 曲 ,『アンチゴーヌ』と『オルフェ』にほどなくして取 り組 んだ」8。 サ テ ィ 関 連 の 豊 富 な 文 献 渉 猟 と 事 実 関 係 の 的 確 な 叙 述 に 裏 付 けら れて い る 著 者 の 努 め て 平 明 な評 伝 スタイ ルは,し か しながら 上 記 引 用 箇 所 においてコクトー研 究 の側 から閲 するに,その 内 容 を 認 定 す る 十 分 な 根 拠 に 欠 き , 心 なら ず も 文 体 の 平 易 さ を 濫 用 し て い る。 翻 案 計 画 の時 期 が明 示 されていないうえ に――やがて 『オルフェ』 となる戯 曲 に関 しては,1922 年 の段 階 では いまだそのアイディアさえ受 胎 告 知 のモチーフのままだったはずである――,作 品 の選 択 理 由 に 関 する補 足 説 明 も加 えられていないからである。この不 正 確 さを補 うことはジャン・コクトーを研 究 する側 にもいまだ叶 わないものの,ヴォルタのスケッチ風 の記 述 がもつ弱 みは,『アンチゴーヌ』の 着 想 源 を『 ソクラ テス』に求 めるかの女 の指 摘 の正 当 性 までをも奪 うものではない。ひとまずそ の 調 査 成 果 の恩 恵 にあずかり,楽 曲 の制 作 と演 奏 の経 過 を以 下 に整 理 してみる9

1916 年 9 月 ポリニャック大 公 妃 から曲 の依 頼 を受 ける。サティはプラトン『対 話 篇 』からその断 片 をつなぎあわせて歌 詞 をなす。

1917 年 1 月 『 ソ クラ テ ス』 の 作 曲 に 専 念 する 。「 古 代 ギリ シ アの よ うに 白 く 純 粋 な」作 品 を思 い描 く。

1918 年 4 月 作 曲 は 滞 ら ず に 進 捗 し , ジ ェ ー ヌ ・ バ ト リ が 曲 の 一 部 を 大 公 妃 に 披 露 する。サティ曰 く,「現 代 的 な感 性 を持 ちつつ古 典 主 義 の簡 素 に戻 る趣 向 です。わたくしはこの良 きしきたりへの回 帰 を,立 体 派 の友 人 たちに負 っています」。

1918 年 6 月 25 日 バトリが,じぶんの邸 宅 でサティのピアノ伴 奏 にあわせて作 品 全 体

8 Ornella VO LTA, Satie/Cocteau, les malentendus d’une entente, Le Castor Astral, 1993, p.75. なお,直 接 の影

響 関 係 を 指 摘 し ては いないが ,『アンチ ゴーヌ』の 上 演 をき っかけ に 『ソク ラテス』 を 想 い 起 こし ていた 当 時 の劇 評 と し て,次 のものもある。Maurice BR I LL A N T, « Les Œuvres et les hommes », in Le Correspondant, le 25 janvier 1923, t.290, p.367.

9 年 譜 作 成 に は以 下 の資 料 に 拠 った 。Satie/Cocteau, op.cit.; Lettre d e Satie à Valentine Hugo, datée du 6 janvier 1917, et celle de Satie à Henry Prunières, datée du 3 avril 1918, toutes deux reproduites dans Erik SAT I E, Correspondance prèsque complète, réunie et présentée par Ornella Vorta, Fayard/Imec, 2000 ; オルネ ラ・ヴォルタ,『書 簡 から見 るサティ』,田 村 安 佐 子 ・有 田 英 也 訳 ,中 央 公 論 社 ,1993年 。

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をヴァランティーヌ・ユゴーら数 人 を前 にして朗 唱 する。

詳 細 時 期 不 明 ポリニャック大 公 妃 邸 にてオラトリオ形 式 で演 奏 される。

1919 年 3 月 21 日 アドリエンヌ・モニエの「本 の友 」書 店 にて『ソクラテス』朗 読 会 , プ ロ グ ラ ム に コ ク ト ー が 開 会 の 辞 を 草 す 。 詩 人 は 『 パ リ ・ ミ デ ィ 』 紙 連 載 記 事 にもこの催 しについて書 き記 す。

1920 年 2 月 14 日 ピアノ演 奏 による最 初 の公 演 会 ,国 民 音 楽 協 会 にて。

1920 年 6 月 7 日 オーケストラ版 の公 開 演 奏 ,同 じく国 民 音 楽 協 会 にて。

作 曲 家 が 1918 年 4 月 からすでに古 典 主 義 の簡 素 さを念 頭 においていたことは注 目 に値 する。

しかもその手 本 をサティは「立 体 派 の友 人 たち」,たとえば 『画 家 とモデル』(1914 年 )で逸 早 く古 来 の 技 法 に 回 帰 し てみ せ たピ カソ に求 め てい た だろ う。し て みれ ば,キ ュビ スム の画 家 たち お よ びサティの戦 時 中 からの創 作 活 動 こそその後 の古 典 主 義 的 傾 向 を予 告 するものである。よって

「 本 の友 」 書 店 での 演 奏 会 は, 古 代 ギリ シアの 新 し いイ メージ,おそ ら く はサ ティがイ サド ラ ・ダ ン カンの舞 踏 に負 っている「白 く純 粋 な」女 性 像 や,簡 素 で透 明 感 に満 ちた様 式 美 を披 露 する絶 好 の機 会 であったはずだ。クローデル,ジッド,フランシス・ジャムらが顔 を揃 え,ヴォルタがそこに フ ァ ル グ , ヴ ァ レ リ ー , ジ ョ イ ス ら の 姿 も 認 め て い る こ の リ サ イ タ ル , そ の 開 催 の 辞 で コ ク ト ー は ,

「 『 ソ クラ テス』 の素 朴 さ は なにか 昔 の素 朴 さ への 回 帰 で はな く, 今 日 の あら ゆ る洗 練 に よって 豊 かにさ れた新 し い素 朴 さ の活 用 である」1 0と作 品 を評 し ,さらに『パリ ・ミ ディ』 紙 連 載 記 事 初 回 分

(1919 年 3 月 31 日 付 )には,「『ソクラテス』は[ストラヴィンスキーの『狐 』と]コントラストをなすであろ う。多 彩 色 の率 直 さ の後 につづく,そ れと は別 の 真 っ白 な率 直 さ である。 サテ ィは 新 たな 素 朴 さ を発 明 している。透 明 なメロディーが体 の線 を露 わに見 せている。皺 のよらない衣 服 のように,苦 悩 は皺 を刻 んではいない」1 1と言 い表 し ている。詩 人 は,『 ソクラ テス』 の研 ぎ澄 まさ れた簡 素 さ , 真 っ白 な率 直 さ,透 き通 った,ゆえに純 粋 な雰 囲 気 を的 確 に捉 えていたのであった。だからこそ より一 層 ,この楽 曲 のスタイルがかれをして『アンチゴーヌ』の「縮 小 ,凝 縮 ,練 磨 」に導 いたという 見 方 は正 鵠 を射 ているようにも思 われる。しかしながら,やはりそれだけでは二 つの作 品 の近 しさ を十 分 には証 明 しえないだろう。両 者 を隔 てる約 三 年 (1919 年 ~1922 年 )が,『ソクラテス』 と 『ア ンチゴ ーヌ』 を一 本 の直 線 で結 ぶにはいささ か長 すぎる時 間 の空 白 だから である――なお,こ の 期 間 のコクトーの演 劇 活 動 については,第 Ⅱ章 第 3節 に詳 述 の機 会 を譲 る。

ところで,『ソクラテス』の制 作 と公 表 の経 過 をもう一 度 たどり直 しみると,この小 品 が置 かされた 境 涯 にあらためて気 づかされる。エドモンド・ド・ポリニャック大 公 妃 の依 頼 によるこの「交 響 劇 」は,

1 0 « Préface de Socrate », reproduite dans Satie/Cocteau, op.cit., p.134.

1 1 La Carte blanche, in Œuvres complètes de Jean Cocteau, t. IX, op.cit., p.72

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いわばサロン芸 術 の産 物 である。プライヴェートな要 望 から生 まれた作 品 は,当 然 ながら誰 よりも まずその依 頼 者 のために披 露 されると,やがて「 本 の友 」 書 店 という特 殊 なサークル内 で公 開 の 機 会 を与 えられ,最 終 的 には「劇 」 という性 格 が奪 われたまま国 民 音 楽 協 会 での「演 奏 」 会 を迎 え て い る 。 ヴ ォ ル タ に よ れ ば , 「 こ の 作 品 が 大 公 妃 の レ セ プ シ ョ ン の な か で 演 奏 さ れ ね ば な ら な かった以 上 ,最 小 限 の演 出 にとどめることが課 された」1 2のだった。『ソクラテス』は性 質 上 あくまで 音 楽 作 品 であり, 演 劇 に は属 し え ないさ だめにあっ た。コクトーもやはりそ のこ とを見 抜 いて いた のであろ う,「 現 代 劇 の制 約 にほと んど 従 っていない 依 頼 の例 外 的 性 格 をか ん がみて,交 響 楽 の案 は留 めておくようサティに告 げた」と,さきの開 催 の辞 でしっかり述 べている。

『 ソ クラ テス』 を 擁 するエ リ ック・ サテ ィに 対 し て 劇 場 進 出 の意 欲 に 待 っ たを 掛 けたの は,「 現 代 劇 の制 約 」 を楯 とするジャン・コクトー本 人 だった。ピカソ ,サティとの共 同 制 作 である『 パラ ード』

(1917 年 5 月 18 日 初 演 )が舞 台 芸 術 の領 域 に一 騒 動 を巻 き起 こしたとはいえ,“立 体 派 的 ”とも

“ 超 ・ 現 実 主 義 的 ” と も 形 容 さ れ た こ の バ レ エ は , 画 家 と 作 曲 家 , そ し て バ レ エ ・リ ュ ス の 主 宰 者 ディアギレフの意 向 によって,結 局 は詩 人 のアイディアを十 分 に汲 んだ作 品 には仕 上 がらなかっ た。コクトーはその後 ,フラ テリーニ兄 弟 らサーカスの道 化 役 者 を出 演 者 とするパントマイム・バレ エ『屋 根 の上 の牡 牛 』(1920 年 2 月 21 日初 演 )やスウェーデン・バレエ団 による『エッフェル塔 の花 嫁 花 婿 』(1921年 6月 18日初 演 )によって,あたかもディアギレフの呪 縛 から逃 れるかのごとく突 拍 子 のない舞 台 表 現 で演 劇 の刷 新 に努 めてゆく。そうした回 り道 を経 た後 で,ギリシア悲 劇 翻 案 と いうパフォーマンス,ある種 のどんでん返 しを仕 掛 けることになるのだった。中 期 的 な展 望 に立 ち,

戦 後 間 もない頃 では「古 代 ギリシア的 な」様 式 が完 全 に新 しい演 劇 形 式 で受 け入 れられる時 宜 にいまだないことをコクトーは見 通 し,いずれ機 が熟 したときにその実 現 をみずからの手 で遂 げよ うとする意 欲 を裡 に秘 めつつ,サティの野 望 を巧 みに牽 制 していたのかもし れない。そのすれ 違 いからであろうか,1920 年 11 月 にコクトーからあるオペラ・コミック(『ポールとヴィルジニー』)の作 曲 依 頼 を受 けながら も,返 事 をうやむやにし たまま最 後 までそ の仕 事 に着 手 せず,音 楽 主 導 の 舞 台 表 現 を目 指 し たサテ ィは,『 メデュー サの罠 』 ,『 エキセントリ ックな美 女 』 ,『 メルキュール』 , そして『休 演 』(上 演 年 月 は順 に 1921 年 5月,同 年 6月,1924 年 6 月,同 年 12月)といった諧 謔 的 なバレエ作 品 を手 掛 けてゆくのだった。

切 り詰 め たテキストとい い,舞 台 上 での身 振 り 手 振 りを最 小 限 に抑 え る登 場 人 物 たち といい ,

『アンチゴーヌ』の様 式 は 『 ソクラテス』の影 響 なしには考 えられず,翻 案 劇 に取 り組 もうとするコク トーがサティの「交 響 劇 」の洗 練 された,簡 素 なスタイルを思 い起 こさなかったはずはない。しかし,

作 曲 家 のアイディアをたし かに受 け継 ぎ,すぐさま翻 案 と舞 台 化 に取 り組 むにはまだなにかが足

1 2 Satie/Cocteau, op.cit., p.73.

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りなかった。三 年 の空 白 を埋 めるような要 素 が芽 生 え てきたとすれば,それはなにであっただろう か。たとえば,『アンチゴーヌ』において「簡 潔 さ」と表 裏 一 体 をなす「速 さ」の表 現 の模 索 ,あるい はアンチゴネーに代 表 される女 性 像 の具 体 化 を促 すような機 運 ,あるいはまたより実 際 的 ななん らかの事 情 あってのことだったのであろうか。

第 2節 アンチゴーヌ像 の組 成

プラトンの対 話 篇 三 作 『饗 宴 』,『パイドロス』,『パイドン』の抜 粋 からなる『ソクラテス』を歌 うのは,

複 数 の男 性 ではなく,もっぱらひとりの女 性 であった。この優 雅 な異 化 作 用 は,依 頼 者 であるポ リ ニ ャック大 公 妃 の サロン においてかの 女 みず から 歌 詞 の朗 唱 に興 じ ていた だくとい うそ の場 の 事 情 に 端 を発 し て いるの みなら ず,舞 踏 家 イ サドラ ・ダ ン カンの躍 動 感 あ ふれ るダ ンスに想 を 得 てサティが,「 白 く純 粋 な」 作 品 を思 い描 いていたのだから 女 の属 性 を帯 びたギリシア的 雰 囲 気 を想 像 していたということとも無 縁 ではない。ならば,“古 代 ‐純 白 ‐女 ”というこの主 題 系 の由 来 を 問 い直 し,かれの想 像 力 を芸 術 家 のオリジナリティなる固 定 観 念 から解 き放 てみる余 地 もあるが,

このアプローチをいまは『 アンチゴ ーヌ』 を企 てたコクトーに当 てはめてみたい。実 際 ,戯 曲 のヒロ インを演 ずるジェニカ・アタナシウもまた不 動 の姿 勢 を保 つのであるから,そうした演 出 を試 みるコ クトーの脳 裡 に,『 ソ クラ テス』 の舞 台 上 に立 ちつくす 独 唱 歌 手 の姿 が 思 い浮 かんで いたには ち がいない。し かし 本 当 にそ れだけなのか。アンチゴ ネ ーという古 代 ギリ シアの女 主 人 公 の鮮 烈 な イメージを1922年 に打 ち出 すことには,明 白 な私 生 児 性 ――サティの楽 曲 に想 を得 たのだから,

コクトーもまた女 性 を主 人 公 にし た作 品 を選 んでいる,あるいは,『アンチゴ ーヌ』と題 するからに は 主 人 公 は 当 然 ながら 伝 説 上 の あの ヒ ロイ ン でし か あ りえ な い とい っ た 自 明 の 理 に 依 拠 す る 私 生 児 性 ――とは異 なる,同 時 代 的 な女 性 像 の形 成 とどこかで連 動 していたことはないのだろうか。

悲 劇 のヒロインの登 場 は,時 代 とは関 係 のない単 なる偶 発 的 出 来 事 にすぎないのだろうか。

たとえば,1916 年 1 月 ,英 仏 共 同 出 版 の雑 誌 『明 日 』に寄 稿 した記 事 の終 わりをロマン・ロラン は次 のように結 んでいる――「 敵 対 し あう汝 の兄 弟 たちが苦 し む時 にはもはやかれら を区 別 し た りはせず,憎 しみをこそ拒 む永 遠 のアンチゴネーよ,戦 時 下 において生 きいきとした平 和 たれ」1 3。 戦 争 反 対 を 掲 げるこ の 作 家 は, 過 酷 な時 代 にこ そ 逞 し く 生 き る現 代 女 性 の 理 想 像 , 平 和 を 象 徴 する女 の代 表 として,「永 遠 なるアンチゴネー」というイメージを提 示 する。これこそ,サティがそ の極 貧 に あっ て「 交 響 劇 」 の作 曲 に 専 念 し て い た 境 遇 と は ま った く 次 元 を 異 に する 同 時 代 , 第 一 次 世 界 大 戦 下 の ヨー ロ ッパに おける“ 戦 争 の つ く る女 性 像 ” の 一 例 で あり , 平 和 主 義 の 型 に

1 3 Romain RO LL A N D, « À l’Antigone Eternelle », in Demain, n° 1, jan. 1916, Slatkine Reprints, t. I, 1971, p.21.

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はめて鋳 造 された女 性 像 の典 型 であった。戦 時 下 にあっては男 女 両 性 の役 割 分 担 が明 確 にさ れ,女 性 の表 象 に担 わさ れるイ デオロギー的 性 格 も浮 き彫 りにさ れていたのだった1 4。この傾 向 は 大 戦 直 後 に も み ら れ る 。 祖 国 の 犠 牲 と な っ て 死 ん だ 兵 士 た ち の た め に , 勝 利 の 女 神 ミ ネ ル ヴァ,でなければフランス共 和 国 を象 徴 する女 性 マリアンヌであるにちがいない立 身 像 のモニュメ ントがフランス全 土 でおよそ三 万 箇 所 ――その巨 大 な一 体 が凱 旋 門 のアーチの下 に――設 置 さ れた例 が想 起 される。あるいはまた,戦 争 中 から愛 国 主 義 者 たちによって守 護 神 として崇 められ ていたあのオルレアンの乙 女 ,かの女 の列 聖 式 が 1920年 5 月 16日 ,教 皇 ヴェネディクトゥス十 五 世 によってローマで執 り行 われると,モーリス・バレスの提 案 を受 けて,オルレアン解 放 の日である 5 月 8 日 に続 く日 曜 を,ジャンヌ・ダルク記 念 日 として共 和 国 が毎 年 式 典 を催 すという以 前 からの 法 案 がついに可 決 される動 きもあった。平 和 主 義 的 な対 応 にせよナショナリズム的 なそれにせよ,

戦 争 は,神 話 や伝 説 から格 好 の女 性 像 を借 りきたって人 々をそのシンボルのもとに連 帯 させる,

そうしたイメージ操 作 を促 す大 きな出 来 事 でもあったのである。

他 方 ,戦 争 が神 話 ・ 伝 説 から モチー フを借 りて 作 りあげてい た表 象 と は一 転 し て,“ 狂 乱 の時 代 ” の消 費 社 会 においてはモダ ンな女 性 のあり方 もまた急 速 に形 作 られてゆく。短 く刈 った髪 , 薄 い胸 ,スポ ー ツで 鍛 え た身 体 ,タ バコやア ルコー ル,男 性 的 な立 ち 居 振 舞 いとい った 要 素 は 世 の女 たちを現 代 のアン ドロギュノスに変 貌 させていった。そしてこの風 俗 の移 り変 わりと呼 応 す るエ ポ ッ ク・ メ イ キ ン グ な 文 学 的 出 来 事 に , ヴ ィク ト ー ル ・ マ ル グリ ット の 大 衆 小 説 『 ギ ャ ルソ ン ヌ』

(1922年 7月)があった。若 い女 たちの生 活 様 式 にひとつの模 範 を提 起 したこの作 品 の社 会 的 反 響 は,作 者 から レジョン ・ドヌール勲 章 の資 格 を剥 奪 したものの,「 ギャルソン ヌ」と呼 ばれる娘 た ちの出 現 に一 役 買 った。作 品 の描 写 はもちろん主 人 公 の外 見 の変 化 に限 ら ず,精 神 面 にも向 けられている。レオン ・ブルム著 『 結 婚 について』(1907 年 ) の思 想 を受 け継 いで造 形 されたモニ ク・レルビエの人 生 行 路 とは,たとえ一 度 は良 俗 に反 しても,自 立 し た女 の生 活 を貫 きとおし ,さ まざまな困 難 の末 に最 良 の夫 に出 会 うにいたるヒロインの物 語 であった。とはいえ,「“ギャルソン ヌ”なる言 葉 それ 自 体 はさ まざまな解 釈 に応 じている。すべてのコノテーションの探 索 から出 発 し て,どのようにひとつの同 時 代 の神 話 が大 衆 文 化 のマグマから噴 出 し,社 会 生 活 のすべての表

1 4 Voir Françoise TH E B AU D, « La Grande Guerre, le Triomphe de la division sexu elle », in Histoire des femmes en Occident : le XXe siècle, sous la direction de François Thébaud, Plon, 1992. もっと通 俗 的 な例 はといえば,

ケニス・E・シルヴァーによって今 日 に知 られるところとなった週 刊 誌 『銃 剣 』 1918年 4 月18日 号 掲 載 のコント《マリアン ヌとゲルマニア》であろう。作 者 のリュシアン・メティヴェLucient Métivetは,普 仏 戦 争 以 後 のフランスとドイツがたどっ た 歩 み を ,好 対 照 な気 質 と 容 姿 を も つ ふ た り の 女 性 の 誕 生 から成 長 に ま で なぞらえ て,風 刺 的 に ,ユ ー モ ラス に 描 い てい る 。こ こ で は 神 話 的 フ ィ ギ ュ ア と み なす に は 国 家 の 擬 人 化 が 行 き 過 ぎ てい る も の の ,狩 り に 関 わ る モ チ ー フ 群 からし て, マリ ア ン ヌ は 女 神 デ ィ ア ナ を 思 わ せ る 。Kenneth E. SI LV E R, Vers le Retour à l’ordre. L’avant-garde parisienne et la Première Guerre mondiale [verdion originale : Esprit de Corps. The Art of the Parisian Avant-Garde and the First World War, 1914-1925, Princeton University Press, 1989], Flammarion, 1991.

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れに借 りきたりつつ構 成 されるかが分 かる」1 5と述 べるクリスチーヌ・バールがモード,イデオロギー,

セクシャリティーなどの多 角 的 ・複 合 的 観 点 からその著 書 を構 成 しなければならなかったほどに,

同 時 代 とその仮 象 との照 応 関 係 は密 接 で,むしろマルグリットの小 説 のほうがひとつの大 きな社 会 の変 化 を顕 在 化 させる要 素 にすぎなかったとも言 える。それだけに,こ うした時 代 背 景 を克 明 に描 きあげるには本 論 があまりに不 充 分 であるこ とを承 知 し つつ,それでもなお戦 中 戦 後 のフラ ンスにおいて現 実 の女 たちとそのイメージが大 きな変 貌 を遂 げていった時 代 状 況 のなかに『アン チゴーヌ』を置 いてみると,作 品 の違 った側 面 が朧 気 ながらも浮 かびあがってくる。

ジ ャ ン ・ コ ク ト ー の 創 作 活 動 の 現 場 で は , す で に 『 エ ッ フ ェ ル 塔 の 花 嫁 花 婿 』 の た め に ジ ェ ル メーヌ・ タイ ユフェー ルが「 六 人 組 」 の仲 間 たち ととも に曲 を提 供 し ,イ レーヌ ・ ラ グが舞 台 背 景 を 画 くといった協 力 はあった。けれども,1922 年 の戯 曲 のためにガブリエル・シャネルがデザイナー と し て 一 肌 脱 い だ こ と は , 芸 術 と モ ー ド の 共 同 作 業 と い う 点 で 興 味 深 い 。 1917 年 頃 に ミ シ ア ・ セールを 介 し て知 り合 った シャネ ルにコクトーが 衣 裳 製 作 を依 頼 し た理 由 ―― 「 かの女 がフラ ン スの一 流 婦 人 服 デザイナーだからであり,小 さな仕 立 屋 で服 を着 るオイディプスの娘 たちなど想 像 できないからです」1 6は,たしかにこれをユーモア抜 きに額 面 通 り受 けとるならば,取 るに足 らな い,軽 薄 にさ え 映 るものではある。だが,ファッション 界 の動 向 とい う見 地 から みると,ふたりの 組 み合 わせには,シャネル・モードとその根 底 にある女 らしさの移 り変 わりに対 するコクトーの鋭 敏 な 反 応 がうかが われ る。戯 曲 のヒロイ ンは,スコットラ ン ド毛 織 物 のマントで全 身 を ゆったり と覆 って いる。タータン チェックのそ のマン トが翻 されると,ウール地 のド レスの白 がひときわ鮮 やかに映 え る。古 代 ギリシアの王 族 に身 分 相 応 な重 みを備 えながら,これら 衣 装 には,虚 飾 を排 し たシャネ ル ら し い ス タイ ル が 活 かさ れ お り , 戯 曲 の 簡 潔 さ に 応 じ て い る。 原 作 の 縮 約 を 企 画 し て い たコ ク トーのほ うが,シ ャネ ルに 代 表 さ れるモ ードの簡 素 化 傾 向 と 期 を一 にし て い るようにさ え 映 る。 か の女 ひとりに的 を絞 って――つまり,ポワレやヴィオネ の功 績 にここでは目 をつぶって――あえて 一 般 化 するなら ば,ガ ブリ エル ・シ ャネ ルが 服 飾 史 の なかで 果 たし た役 割 とは , 色 彩 , 装 飾 , 素 材 ,シルエット,あら ゆる面 で既 成 の様 式 を一 掃 し たこ と,そし て男 子 服 の諸 要 素 をも大 胆 に取 り入 れ,機 能 性 と簡 素 さ,丈 夫 さ を発 揮 さ せたこ とであった。そ うし たモードの変 遷 には,銃 後 で 日 常 生 活 を支 え て きた 女 たちが 伝 統 的 なフェミ ニ テ から 解 放 さ れつ つある とい う社 会 動 向 が 背 景 としてあった。端 的 に言 ってしまうと,シャネル・モードとは服 装 という換 喩 によって表 現 された,

既 存 の女 らしさからの解 放 だった。戦 争 が終 わった時 ,慣 習 にとらわれない風 潮 のなかで,自 由 に,軽 快 に 行 動 し よう と 欲 し たブ ルジョ ワ階 級 の 若 い 女 性 たち は, シ ャネ ル が 生 み 出 す スタイ ル にじぶんたちの主 張 と生 活 様 式 を見 出 し たのである。こ うし たファッション 界 の動 向 に,『 ソクラ テ

1 5 Christine BA R D, Les Garçonnes. Modes et fantasmes des Années folles, Flammarion, 1998, p.8.

1 6 La Jeunesse et le scandale, op.cit., p.320.

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