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武蔵型板碑の終焉と中近世移行期の墓制変化

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Academic year: 2022

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人間科学研究 Vol. 27, Supplement(2014)

修士論文要旨

 中世の石造物である板碑は、地域ごとの様相を持ちなが ら全国に広く展開していたことが今日までに明らかにされ ているが、なかでも関東一帯で隆盛をみた武蔵型板碑は高 度に規格化され、14世紀を中心に著しい流行をみた。板碑 の造立主旨は追善・逆修などの作善が主であるが、14世紀 後半以降においては個人の戒名などを銘文中に刻み属人的 な性質をもつものが目立つようになり、人骨や蔵骨器を伴 う例があることも発掘調査などを通して明らかになった。

このため、後期の板碑は葬送墓制の中で近世墓標に連なっ ていく役割を担っていた可能性が考えられるが、16世紀末 には造立が終焉してしまい、時期の上では近世墓標に必ず しも連続しない。本研究では、こうした問題意識から、板 碑の造立終焉の原因とその社会経済史的背景について考察 を行った。

 武蔵型板碑の造立終焉の問題を巡ってはこれまでにも 千々和實氏などが議論しており、信仰の変化や位牌などへ の代替、政権による禁止などの原因が考えられてきたが、い ずれも充分な説明をなしているとは言い難い。特に終焉に 向かっていく過程での物質的側面の変化や造立主体となっ た人々の変化については、なお再考の必要があるだろう。

 東京都内の武蔵型板碑は今日までに12,000基以上が確認 されているが、この内で紀年銘の明らかなものを取り出す

と下のグラフのような基数の推移を描く。板碑終焉の画期 としては、1430年代に基数が一度底を打ち再増加に転じて いる時期と、1480年代頃からの急激な減少に向かう時期は 特に注目に値する。

 これらのことをふまえ、本稿では板碑の造立が最も早く に終焉する多摩川左岸地域の中で狛江市をフィールドとし て調査・検討を行った。この中で、紀年銘の遺存している 資料を頼りに製作技法および形態を精査してみると、全体 として年代を追うごとに製作技法が簡略化し、彫刻につい ても大型のものが見られなくなることが確認できた。特に、

板碑の側面角の鋭角化と背面の押し削りの省略に見られる 15世紀の製作技法簡略化の様相は1430年代を境に、はっき りとした変化を読み取ることが出来た。このことから、15 世紀以降の板碑は供給者である宗教者や石工の腐心によっ て、造立を促す対象が下位の社会階層にまで拡大されなが ら命脈を保ったものと推測できる。

 社会史上の画期である中近世移行期の中で戦国時代は、

半士半農化した地侍たちの台頭の時期であったことを池上 裕子らが指摘しており、板碑も1430年代を境に在地領主か ら地侍たちへ造立の主体を変化させていったと考えられる。

この地侍たちは、勝俣鎮夫が指摘するように、しばしば非 武装化されることを嫌い、土地に侵入してきた戦国大名に 対して積極的な主従関係を求めて被官化した。戦国権力の 伸長を背景として、造立主体となっていた地侍たちが自ら の生活や生命を保証するものとして戦国権力との主従関係 を選択し、遠方の寺院や漂泊する聖たちを顧みなくなった ことによって板碑造立は終焉を迎えたのであろう。そして このことによって、中世的な石造物造立を伴う葬送墓制の 風習は終焉を迎え、16世紀後半から17世紀にかけてのさか んな寺院の中興・開基と近世墓標の受容の準備段階が生ま れたのだと結論付けたい。

武蔵型板碑の終焉と中近世移行期の墓制変化

―多摩川左岸地域を中心に―

Extinction of building Itabi in terminal middle age -A case study in the east side of the Tama-

相場  峻(Shun Aiba)  指導:谷川 章雄

【都内板碑の造立基数の推移】

参照

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