― ―47 第52巻 第1号(2019年12月) p.47~59 目 次 1.はじめに 2.女性労働者が抱える課題~先行研究から~ 3.統計からみる女性労働者の現状 4.日本の雇用社会の方向性 5.これからの女性の働き方 6.むすびに 近畿大学短期大学部准教授 2019年9月25日受理
働き方改革が女性労働者に与える影響
古 武 真 美 抄録 わが国では働く女性が増えている。そんな中、政府主導で働き方改革が進められている。また、これ までの日本の雇用スタイルに変化を与えそうな企業の動き、たとえば、就活ルールの変更、副業解禁な どがある。さらに、終身雇用を維持していくことが難しいといった趣旨の企業経営者の発言もある。 本稿では、働き方改革や企業の動きがこれからの女性労働者の働き方にどのような影響を与えるの かを考察する。 まず、日本の女性労働者が抱える課題を先行研究から抽出する。次に、統計データから現在の日本 の女性労働者の状況を確認する。そして、働き方改革の一環として改正された法律の内容のポイン ト、企業の動き、企業経営者の発言等を整理することで、今後の日本の雇用社会の方向性を探る。そ の上で、これからの女性労働者の働き方を考察する。 キーワード 女性労働者、働き方改革、雇用社会、賃金格差、育児The Effects of Work Style Reform on Female Workers in Japan Furutake, Mami
Abstract
The number of female workers has been on the increase in Japan. In such a situation, the government is taking the initiative in its work style reform. And, there are some company move-ments that will bring changes to a conventional Japanese employee style. For example, they are changes to job hunting rules and the lifting of side jobs. In addition, some presidents said that it is hard to keep lifetime employment.
In this report, the author will consider the effects of work style reform and new movements of companies on female workers.
First, the author extracts the problems that face female workers from previous studies. Second, this paper overviews circumstances of Japan’s female workers from statistical data. Third, the author gets thoughts together such as the contents of law amendments as part of work style re-form, the movements of companies and presidents’ remarks. Finally, the study explores the future direction of employment systems in Japanese society. In addition, it examines the way work style for female employees ought to be in future.
Key Words
1.は じ め に 2019年6月分の総務省の労働力調査によると女 性就業者数は3,003万人となり、これは過去最高で ある。また、男女就業者数6,747万人のうち、女性 が44.5%を占めている。わが国ではこのように働 く女性が増えている中、雇用社会のあり方に影響 を与えると考えられる動きがある。 まず、現在、政府主導で進められている働き方 改革である。働き方改革とは、一億総活躍社会の 実現に向けて、日本企業の労働環境を大きく見直 そうとする取り組みである。働く人々が個別の事 情に応じた多様な働き方を選択できる社会を実現 しようとしており、長時間労働の是正、多様で柔 軟な働き方の実現、雇用形態にかかわらない公正 な待遇の確保等の措置を講じていく。これらの措 置を講じるために法改正もなされている。 次に、就活ルールの変更、副業解禁等といった 企業の動きや、終身雇用についての企業経営者の 発言等である。 本稿では、働き方改革における労働法改正と企 業の動きや企業経営者の発言等を整理しながら、 それらが、働く女性にどのような影響を与えるの か、考察していく。 2.女性労働者が抱える課題~先行研究から~ わが国の女性労働者が抱える課題はいくつかあ るが、本稿では、男性労働者と比較して女性労働 者の賃金が低いという男女の賃金格差の問題と女 性労働者が長く働くときに悩みとなりがちな仕事 と育児の両立という問題の2点を先行研究から考 えてみたい。 まず、一つ目の課題の賃金格差である。賃金格 差についての先行研究は数多く発表されているが、 濱口(2015)は日本の女性労働者がなぜ活躍でき ないのか、という切り口から、歴史を遡り、欧米 諸国と日本の雇用システムの違いを丁寧に分析し た上で、男女労働者間の処遇に隔たりが生じてい る原因を追究している。この処遇にはもちろん賃 金問題も含まれている。そして、日本の男女労働 者間の処遇の問題は、日本固有の雇用システムと 密接に関係しており、賃金については、そもそも 日本と欧米では労働者に支払う賃金の基準の考え 方自体が異なる、という。 具体的には、欧米と日本の雇用システムをそれ ぞれ、ジョブ型社会とメンバーシップ型社会と呼 び、次のように説明している。まず、欧米のジョ ブ型社会とは、「企業の中の労働をその種類ごと に職務(ジョブ)として切り出し、その各職務を 遂行する技能(スキル)のある労働者をはめ込み ます。旋盤操作のできる人、経理事務のできる人、 法務のできる人、といった具合です。」 そして、 「スキルのあるのが採用の前提ですから、そのジョ ブのそのスキルに対応する賃金がはじめから払わ れます。そして、職業資格が上がった等の事情が ない限り、時間の経過だけで自動的に賃金が上が るということは原則としてありません。」 という。 一方、日本のメンバーシップ型社会を次のよう に述べている。「企業とはそこにはめ込むべき職 務の束ではなく、社員(会社のメンバー)と呼ば れる人の束だと考えられています。この『社員』 は、欧米社会と違って特定の職務を遂行するため に採用されるのではありません。さまざまな職務 を企業の命令に従って遂行することを前提に、(今 は特定の職務はできなくても)将来さまざまな職 務をこなしていけそうな人を、新卒一括採用で 『入社』させます。」 そして、「どんな職務をやら されるのかは、入社後配属命令を受けるまで分か らないのですし、配属されてもしばらくは上司や 先輩の指示に従って、仕事を覚えていかなければ ならないからです。そうやって仕事を覚えて一人 前に仕事をこなせるようになると、また別の部署 に配置転換で、新たに仕事を覚えていく」 という ように担当職務は企業の判断で決定され、労働者 は OJT とジョブローテーションを通してスキル を身につけ、長く働くことで様々な職務を遂行で きるようになる。そして、賃金は年功をベースと ― ―48
しつつ、長期間企業に忠誠心を持ち続けることが できるという「能力」と、長時間労働や転勤とい う企業からの命令を素直に受け入れることができ るという「態度」を査定し支払われる。 つまり、日本では、労働者が受け持つ「ジョブ」 ではなく、「年功」「能力」「態度」という、その 労働者が持つ「ヒト」としての要素で賃金が決定 されており、この賃金決定方法は、長期間働くこ とを期待される男性労働者に有利に働き、結婚、 育児等で短期間勤務となりがちな女性労働者には 不利に働くというのである。 次に、二つ目の課題の仕事と育児の両立である。 仕事と育児の両立について考えるとき、育児休業 制度は欠かせない。育児休業に関する先行研究の うち本稿と関連があるものをいくつか挙げる。 古武(2009)は、育児休業法に則り、企業の育 児支援を整備することはもちろん重要であるが、 加えて、育児支援を促進するための要素である社 内風土や上司の理解等が必要であると指摘してい る。具体的には、就業規則等に明記されている企 業の育児支援制度をハード面の支援、就業規則等 には明記されていないが、育児支援を促進する企 業内の要素、働きかけをソフト面の支援とした。 そして、小学校就学前の子どもを持ち、民間企業 に正社員として勤務するオフィスワーカーを対象 に面接調査を実施し、企業の育児支援が有効に機 能するためには、ハード面の支援を整備した上で、 ソフト面の支援を充実させていくことが大切であ ると結論づけている。 塚本(2017)は1995年の育児休業制度の改正が 女性労働者の賃金に与えた影響を分析している。 具体的には、20~44歳の男女間における影響の実 態を分析し、1995年の法改正後において、女性労 働者の賃金が上昇し、男性労働者の賃金が減少し た可能性があるという結果を得ている。その原因 として、他の研究結果も踏まえた上で、「例えば、 女性労働者が育児休業制度を取得し欠員が出た際 に、育児休業制度を取得する可能性の高い女性労 働者を採用するのではなく、男性労働者を採用す ることによって補充していた場合、女性労働者数 が減少し、結果として貴重となった女性労働者の 賃金が上昇し、男性労働者数が増加、賃金が減少 する可能性がある」 と指摘している。 樋口・坂本・萩原(2016)は、女性の結婚、出 産、就業に経済的制約、時間的制約が与える影響 について、パネルデータを使用し、分析を行い、 明らかにしている。分析結果をいくつか抜粋して みる。女性労働者の結婚後の継続就業率について は、夫の所得が低いほうが高く、本人の時間当た り賃金が高いほうが高く、本人の学歴が高いほう が高く、育児休業の取りやすい企業に勤めている ほうが高い。女性労働者が出産する確率は、もと もと休日における夫の家事・育児時間の長い世帯 において高い。女性労働者の出産後の継続就業率 は、夫の所得の高い世帯において低く、本人の時 間当たり賃金率の高いほうが高く、育児休業制度 の利用しやすい企業で高く、保育所定員にゆとり がある地域で高い。出産後の再就職率は、夫の家 事・育児時間が長いほうが高い、となっている。 家庭内での夫の家事・育児分担についての先行 研究として、永井(2001)、遠藤(2003)、 橋 (2011)、乾(2011)、久保(2017)などがある。 ここでは、比較的新しい久保(2017)の研究に ついて概観する。本研究では、保育園児の保護者 である共働き夫婦を対象に調査を行い、夫の家事・ 育児分担を促進するための要因を整理し、さらに、 夫の家事・育児の分担状況を検討している。 そして、夫婦の家事・育児分担に影響する要因 については、調査結果を次の6つの仮説 をベー スに分析している。6 つの仮説とは、学歴、収入 などの社会的資源の差が少ないほど夫は家事を行 う「相対的資源仮説」、夫の労働時間が短く、妻 の労働時間が長いほど夫は家事を行う「時間的制 約仮説」、性別役割分担意識が弱いほど夫は家事 を行う「性役割イデオロギー仮説」、家事・育児 量が多いほど夫は家事を行う「ニーズ仮説」、 親 ― ―49
など夫婦以外に家事・育児を行ってくれる者がい るほど夫は家事を行わない「代替資源仮説」、夫 婦の情緒関係が強いほど夫はより家事を行う「情 緒関係仮説」である。 分析結果として、相対的資源仮説、時間的制約 仮説、性役割イデオロギー仮説、情緒関係仮説が 支持されている。 3.統計からみる女性労働者の現状 前述2.の女性労働者が抱える課題について、 現在の状況を統計から俯瞰したい。 賃金格差 厚生労働省の賃金構造基本統計調査 より、1997 年から直近の2018年まで約20年にわたる男性労働 者および女性労働者の賃金の推移、そして、男女 労働者間の賃金格差をみてみる。なお、この統計 データには短時間労働者は含まれていないため、 フルタイムで働く男女労働者のデータである。 まず、男性労働者および女性労働者の賃金推移 である(図表1)。図表1をみると、男性労働者 の賃金は、この20年程あまり変化なく、大体320.0 ~340.0千円の間を横ばいに推移している。 一方、女性労働者の賃金を同様にみてみると、 ほぼ右肩上がりで上昇している。具体的な賃金額 をみると、1997年には212.7千円であったのが、2018 年には247.5千円になっており、20年程で34.8千円 増加している。 男性労働者の賃金額が変化しない中、女性労働 者の賃金が上昇しているため、男女労働者間の賃 金格差は縮小してきている。男性労働者の賃金を 100として、女性労働者の賃金をみた場合(図表 2)、1997年は63.1%で、男性労働者の賃金の6割 程度だったのが、2018年には73.3%と10.2%もそ の差は縮まっている。 ― ―50 【図表 1 男性労働者および女性労働者の賃金推移】 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より筆者作成
このように、いままでで最も差が小さく、約 10:7という日本の男女労働者間の賃金格差であ るが、世界からみると見劣りがする。独立行政法 人労働政策研究・研修機構(2018)が、日本・ア メリカ・イギリス・ドイツ・フランス・スウェー デン・韓国の2016年の男女間賃金格差を比較して いる。それによると、日本の男女賃金格差は韓 国の次に大きい。そのほかの国は男性の賃金100 に対して女性の賃金は80%超となっており、まだ まだ日本の男女労働者間の賃金格差は大きい。 M字カーブ わが国の女性の年齢階級別労働力率の推移をみ てみる。その際、約30年前、男女雇用機会均等法 が施行されてからまだ年数が浅い1988年から10年 ごとのスパンで変化を追ってみる。日本の女性の 働き方は、出産、育児期に一旦働くことをやめ、 その後子供の手が離れる頃から再び働き始めると いう特徴を持っている。これをグラフに描くと、 育児期に労働市場から退出している期間が凹みと なるため、M字のような形となり、日本の女性の 働き方はM字カーブを描いているといわれる。こ のように女性労働者が育児期に一旦仕事を中断す る理由の一つとして、仕事と育児の両立が困難で あることが考えられている。 M字カーブの形は年数を経てどのように変化し ているのだろうか。1988年にはM字の底は50.9% で あった の が、1998年 に は55.8%、2008年 に は 64.9%、2018年には74.8%と底が浅くなってきて おり、解消する方向に向かっているようである。 また、M字の底を形成する年齢層をみると、1988 年には30歳代前半であったが、徐々に高年齢層に 移動し、2008年からは30歳代後半となっている (図表3)。 M字カーブの底はずいぶん浅くなってきたが、 諸外国と比べてどうだろうか。独立行政法人労働 政策研究・研修機構(2018)によると、2016年の 統計では、欧米諸国においてはすでにM字カーブ が解消されており、グラフは台形を描いている。 ― ―51 【図表 2 男女労働者間の賃金格差】 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」より筆者作成
このことから、まだ日本の女性労働者にとり仕事 と育児の両立は道半ばの状況だと考えられる。 育児負担 育児の負担の状況をみてみる。まず、育児休業 取得率である。2018年度の育児休業取得率をみる と女性は82.2%、男性は6.16%となっている。男 性労働者の取得率は6年連続の上昇である。とは いえ、まだ10%にも達していない。 さらに共働き世帯における夫婦別の育児や家事 に費やす時間を5年ごとに行われている総務省の 社会生活基本調査でみてみる(図表4・5)。ち なみに、本統計での共働き世帯には正社員だけで なく非正規で働く労働者も含まれている。2016年 の調査結果によると1週間平均の育児、家事に費 やす時間は、男性31分、女性4時間12分で、女性 が男性の8倍程度の時間を育児、家事に費やして いる。しかし、約20年前の1996年当時、男性10分、 女性3時間54分で約23倍の差があったことを考え れば、夫婦間での女性の負担は軽くなってきてい るのかもしれない。一方、仕事等の時間は2016年 で男性8時間31分、女性4時間44分となっており、 男性は女性と比較すると仕事に大半の時間を使っ ている。 そして、育児に手がかかる小さい子供を持つ家 庭の場合の育児にかかる時間もみてみる(図表6・ 7)。6 歳未満の子供を持つ世帯の場合、育児に 費やす時間は2016年において妻3時間45分、夫49 分である。ただし、この調査結果には共働き世帯 と専業主婦世帯の両方が含まれている。所要時間 ― ―52 【図表 3 女性の年齢階級別労働力率の推移】 総務省「労働力調査」より筆者作成
の推移をみると、1996年には妻2時間43分、夫18 分であったことを考えれば、夫婦間での負担割合 はバランスがよくなってきているのかもしれない。 少しずつ男性の育児参加が広がる様子が見受け られるが、国際的にはまだ十分とは言えなさそう だ。総務省の平成28年社会生活基本調査に6歳未 満の子供のいる夫婦の家事関連時間数をアメリカ と日本を比較したデータが紹介されているが、そ れによると、夫が育児に費やす時間数はアメリカ 1時間20分で日本49分と比較すると、約1.5倍もア メリカの夫の方が時間を費やしている。 4.日本の雇用社会の方向性 日本の雇用社会はこれからどのように変化する のだろうか。その方向性を法改正と企業経営者の 意見から検討してみる。 ― ―53 【図表 4 共働き世帯における夫婦別の育児や家事に費やす時間(夫)】 総務省「社会生活基本調査」より筆者作成 【図表 5 共働き世帯における夫婦別の育児や家事に費やす時間(妻)】 総務省「社会生活基本調査」より筆者作成
41.働き方改革関連法のポイント 働き方改革関連法が2019年4月から順次施行さ れている。これは政府主導で進められている働き 方改革の趣旨に則った改正である。働き方改革を 政府は一億総活躍社会実現に向けた最大のチャレ ンジと位置づけ、多様な働き方の実現、格差の固 定化の回避、成長と分配の好循環の実現のため、 働く人の立場・視点で取り組むとしている。 そして、働き方改革の意義として、図表8に示 す点を掲げている。 この意義を読むと、働き方改革は働く人の立場 で取り組まれるもので、労働制度の改革、企業文 化・風土の変革、労働生産性の改善、賃金の上昇、 心豊かな家庭生活等、労働者にとって魅力的なキー ワードが並んでいるのがわかる。本稿では、働き 方改革の一環として、2018年7月に成立し、2019 ― ―54 【図表 6 6 歳未満の子供を持つ世帯の夫婦別の育児や家事に費やす時間(夫)】 総務省「社会生活基本調査」より筆者作成 【図表 7 6 歳未満の子供を持つ世帯の夫婦別の育児や家事に費やす時間(妻)】 総務省「社会生活基本調査」より筆者作成
年4月から順次施行されている働き方改革関連法 に着目し、主な改正内容を次の~のとおり整 理してみる。 時間外労働の上限規制(施行日2019年4 月1日、中小企業は2020年4月1日) 時間外労働の上限について、月45時間、年360 時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場 合でも年720時間、単月100時間未満、複数月平 均80時間を限度に設定する必要がある。改正前 は時間外労働の上限が大臣告示によるもののた め、行政指導での対応となり、実質無制限に時 間外労働が行われることもあった。しかし、今 回の改正で時間外労働の上限は法律に根拠を持 つものとなり、これを超える時間外労働はでき なくなる。 これまでも36協定を届け出たからといって、 無制限に残業が可能になるわけではなかった。 しかしながら、納期のひっ迫、繁忙期というこ とで残業時間が増える場合もある。そのような 時、企業は36協定の特別条項を活用し、残業時 間を一時的に延長することが可能であった。こ の特別条項付きの36協定を締結できるのは1年 のうち6ヵ月という回数規制はあったものの、 この期間については残業時間の上限規制に捉わ れず働かせることができた。このような状況を 改善するために36協定による残業規制を厳しく したものである。 年5日間の年次有給休暇の取得(施行日 2019年4月1日) 使用者は、10日以上の年次有給休暇が付与さ れるすべての労働者に対し、毎年5日、時季を 指定して年次有給休暇を与えなければならない、 とされた。つまり、年10日以上の年次有給休暇 の権利がある労働者について、最低でも1年に 5日は年次有給休暇を現実に取得させることが 使用者に義務づけられた。 本来、年次有給休暇は労働者が請求する時季 に与えることとされている。これは、労働者が 具体的な日を指定し、取得を請求した場合には、 使用者は時季変更権による場合を除き、指定さ れた日に年次有給休暇を与える必要がある、と いうものである。しかし、年次有給休暇の取得 そのものが、労働者に委ねられていることから、 労働者によっては取得請求をしない者もあり、 日本では取得率が低く、 かねてから、年次有 給休暇の取得促進が課題となっていた。そこで、 労働者の一定日数の年次有給休暇の取得を使用 者に義務づけることにしたのである。 ― ―55 出所:首相官邸サイト(閲覧日 2019/06/16) https://www.kantei.go.jp/jp/headline/ichiokusoukatsuyaku/hatarakikata.html) 【図表 8 働く人の視点に立った働き方改革の意義(基本的考え方)】 ・日本経済再生に向けて、最大のチャレンジは働き方改革。働く人の視点に立って、労働制度の抜本改革を 行い、企業文化や風土も含めて変えようとするもの。働く方一人ひとりが、より良い将来の展望を持ち得 るようにする。 ・働き方改革こそが、労働生産性を改善するための最良の手段。生産性向上の成果を働く人に分配すること で、賃金の上昇、需要の拡大を通じた成長を図る「成長と分配の好循環」が構築される。社会問題である とともに経済問題。 ・雇用情勢が好転している今こそ、政労使が 3 本の矢となって一体となって取り組んでいくことが必要。こ れにより、人々が人生を豊かに生きていく、中間層が厚みを増し、消費を押し上げ、より多くの方が心豊 かな家庭を持てるようになる。
正社員と非正規社員の間の不合理な待遇 禁止(施行日2020年4月1日、中小企業は 2021年4月1日) 同一企業内において、正社員とパートタイム 労働者、有期雇用労働者、派遣労働者等非正規 労働者の間で、基本給や賞与などの個々の待遇 ごとに不合理な待遇差が禁止される。また、非 正規労働者から待遇について使用者に説明を求 めることができるようになり、使用者は求めに 応じて説明をしなければならない、とされる。 2018年度の総務省「労働力調査」によれば、 非正規労働者は2,120万人で労働者のうち、約4 割を占めている。また、非正規労働者の内訳を みると、大半が女性である。非正規労働者は正 規労働者と比較して、低賃金、教育訓練の機会 が少ない等、処遇面で格差が問題となっている ことから、本改正が行われた。 42.経営者の考え方 労働者を実際に雇用する企業はどのように考え ているのか。ここでは、今後の日本の雇用社会に 変化を与えると考えられる近年の企業経営者の意 見や企業の動きを紹介する。 就活ルール廃止 2018年10月、経団連の中西会長は定例記者会 見で就職活動の採用面接解禁日などを定めた就 活ルール「採用選考に関する指針」を2021年春 入社の学生から廃止することを正式に表明した。 指針廃止の背景要因は、「経団連に入ってい ない外資系企業や情報技術(IT)企業などの抜 け駆けが広がり、人材獲得への危機感を抱く会 員企業が増えたためだ。中西氏は会見で『会員 企業はものすごく不満を持ちながらも(指針を) 順守してきた』と話した。」 ということである。 本指針が廃止されることによりこれからの企 業の採用活動は次のように変化するのではない か、と指摘されている。一つは特定の時期を 決めずに一年を通して各企業が自由に学生を採 用する通年採用の拡大である。もう一つは、就 業体験(インターンシップ)を通じた採用活動 の広がりである。というのは、本指針にインター ンシップについて採用選考活動とは関係ないこ とを明確にする必要があると明記されていたが、 本指針そのものが廃止されることから規制がな くなるためである。 終身雇用維持の難しさ 日本自動車工業会の会長であるトヨタ自動車 社長の豊田章男氏は、2019年5月「雇用を続け る企業などへのインセンティブがもう少し出て こないと、なかなか終身雇用を守っていくのは 難しい局面に入ってきた」と述べた。 そして、同時期2019年5月に経団連の会長で ある日立製作所会長の中西宏明氏は、終身雇用 について「働き手の就労期間の延長が見込まれ る中で、終身雇用を前提に企業運営、事業活動 を考えることには限界がきている。外部環境の 変化に伴い、就職した時点と同じ事業がずっと 継続するとは考えにくい。働き手がこれまで従 事していた仕事がなくなるという現実に直面し ている。そこで、経営層も従業員も、職種転換 に取り組み、社内外での活躍の場を模索して就 労の継続に努めている。利益が上がらない事業 で無理に雇用維持することは、従業員にとって も不幸であり、早く踏ん切りをつけて、今とは 違うビジネスに挑戦することが重要である。」 とコメントしている。 代表的な日本企業のトップが揃って日本企業 の特徴とされる終身雇用について維持が難しい との見解を発表したということは、今後、さら に雇用の流動化が加速するのではないだろうか。 副業解禁 企業が従業員の副業を解禁する動きが広まっ ているという。 ― ―56
日本経済新聞社が東証一部上場企業など大手 企業に対して2019年3~4月に実施したアンケー ト調査によれば、回答を得た約120社のうち5 割近くの企業が従業員に副業を認めていること がわかった。認める理由としては、社員の成長 やモチベーション向上につながる、社員のセカ ンドキャリアの形成につながる、新規事業開発 や本業の強化が上位の理由として挙がっている。 副業については、すでに政府も解禁を進めて おり、厚生労働省が示すモデル就業規則でも 「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」 という文面を2018年1月に削除している。 また、副業解禁を2016年にスタートしている 大手製薬会社ロート製薬の山田邦雄会長は、「日 本は人口減少ですし、一部にはキラキラと光っ ている若者軍団もいるけれど、大勢は受け身だっ たりする。その一部はイケイケ人材をどこかの、 特に大手企業なんかが囲い込んで、しかも『活 用できていない』のは『社会的悪』だと思うん ですよ。」 と、一社が人材を囲い込む働かせ方 について問題が生じている可能性を指摘してい る。 5.これからの女性の働き方 ここまで考察した働き方改革のポイントおよび 企業の意識から、女性労働者に対して今後どのよ うな影響がでるのか考えてみる。 男女間の賃金格差の縮小 就活ルールが新規一括採用から通年採用にシフ トしそうである、終身雇用も難しくなるという。 そして、法改正で時間外労働の制限が厳しくなり、 自社で雇用する労働者を限りなく働かせることは できなくなる。いままでの日本の正社員雇用とい えば、学校を卒業したばかりの真っ白な人材を企 業はまとめて採用し、仕事を通して教育し、いろ んな仕事につかせながら一生面倒をみる、賃金は 年功で上昇していく、企業の指示で職務の変更、 長時間労働をさせる、というメンバーシップ型社 会であった。しかし新規一括採用、終身雇用、長 時間労働がなくなれば、メンバーシップ型社会は 成り立たない。したがって、日本も少しずつジョ ブ型社会に移行していくと思われる。 口(2015)によると、日本の男女間の賃金格 差には、メンバーシップ型社会であることが大き く影響しているという。すなわち、メンバーシッ プ型社会の賃金の決定方法は、年功をベースとし つつ、長期間企業に忠誠心を持ち続けることがで きるという「能力」と、長時間労働や転勤という 企業からの命令を素直に受け入れることができる という「態度」を査定するという方法であった。 この賃金決定方法が同じ企業に長期間、あらゆる 指示を快く受諾しながら働ける男性正社員には有 利に働いていたというのである。 ジョブ型社会にシフトすると、この男性正社員 に有利に働く賃金決定システムが機能しなくなる であろう。さらに、正社員と非正規社員の間の不 合理な待遇禁止という法改正もあり、純粋に、就 く仕事に対して賃金が支払われるようになってい くだろうから、男女間の賃金格差は縮小していく と考えられる。 短いスパンでの就業の広まり 終身雇用が保証されなくなるということは、途 中で退職、転職しながらキャリアを継続する働き 方が増えると予想される。企業も必要に応じて、 必要なタイミングで労働者を募集し、中途採用の 労働者を受け入れることが一般的になっていくだ ろう。 日本では、女性労働者の勤続年数は男性労働者 のように長くない。それは、女性が家庭の事情 などにより一旦退職するケースが多いからだとい われる。そして、女性労働者は、家庭の事情、た とえば、夫の転勤や出産、育児などで仕事を一旦 退職し、次に職を求めるとき、現状では非正規労 働者になりがちである。これはメンバーシップ ― ―57
型社会では、途中から正社員として入ることは困 難なためである。 しかし、退職、転職を繰り返す、という短いス パンでの就業が男性労働者にとっても一般的な働 き方になれば、家庭の事情に応じ、働き方のペー スを変えるという女性の働き方は特殊ではなくな る。すなわち、短いスパンでの就業が一般的な正 社員の働き方となっていく。そうすると、女性が 出産等で退職し、再就職する際、正社員として働 くという選択がしやすくなるだろう。 共働き夫婦の家事・育児負担の平等化 ジョブ型社会にシフトするならば、男女労働者 間の賃金格差が縮小するだろう。 相対的資源仮説では、所得差が少なくなるほど 家事分担が平等化する。久保(2017)によれば相 対的資源仮説は支持されていることから、男女労 働者間の賃金格差が縮小することにより、共働き 夫婦の家庭内の家事・育児負担は平等化が進むと 考えられる。 さらに、年次有給休暇の取得の義務化、長時間 労働の抑制という法改正がある。この法律が遵守 されれば、男性労働者の仕事以外に費やせる時間 が増加することになり家事・育児負担の平等化促 進に有効に働くだろう。ただし、副業解禁により、 仕事の掛け持ちをすることが考えられ、家庭での 時間を増やせないケースもあるだろう。 6.む す び に 本稿では、政府主導の働き方改革および企業経 営者の考え方、企業の動きが女性の働き方にどの ような影響を与えるのか、を考察した。ただ、こ れらの影響はすぐに表れるものではない。時間を かけて少しずつ女性の働き方は変化していくので はないか、と考えられる。そういう意味では、本 稿では漠然と女性の働き方の方向性を列挙したに 過ぎない。 今後の課題として、実際に女性の働き方がどの ように変化するのか、企業はどのように動くのか、 統計データ等を活用しながら追いかけてみていく 必要があると考える。 (注) 総務省「労働力調査」 (https://www.stat.go.jp/data/roudou/index.html) (閲覧日2019年8月8日) 濱口桂一郎『働く女子の運命』文藝春秋、2015年、16 ページ。 濱口桂一郎『働く女子の運命』文藝春秋、2015年、16 ページ。 濱口桂一郎『働く女子の運命』文藝春秋、2015年、16 17ページ。 濱口桂一郎『働く女子の運命』文藝春秋、2015年、17 ページ。 塚本美嘉「育児休業制度が女性労働者の雇用環境に与 える影響の分析」『財政経済理論研修論文集』、2017年、 324ページ。 6つの仮説については、稲葉昭英「どんな男性が家事・ 育児をするのか?―社会階層と男性の家事・育児参加 ―」、 渡辺秀樹・志田基与師編『階層と結婚・家族』 (1995年 SSM 調査シリーズ、第15巻)1995年 SSM 調 査研究会、1998年、1 42ページにて、整理されてい る。 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」平成9年~平成 30年 (https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou. html)(閲覧日2019年8月2日)。 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2018)「デー タブック国際労働比較(2018年版)」。183ページ、 第 511表。 日独立行政法人労働政策研究・研修機構(2018)「デー タブック国際労働比較(2018年版)」。53ページ、表2 5。 総務省「平成28年社会生活基本調査」 (https://www.stat.go.jp/data/shakai/2016/kekka. html)(閲覧日2019年8月3日)。 厚生労働省「平成30年就労条件総合調査の概況」によ ると、年次有給休暇の取得率は51.1%であった。ちな みに、政府は2020年までに取得率を70%にする目標を 掲げている。 経団連が就活ルールを廃止した後は、政府主導でルー ルを決める方向性が示されていたが、2019年4月19日 日本経済新聞朝刊1面によると、経団連と大学側は新 卒一括採用を見直し、通年採用を進めていくことで合 意した、それを受け政府は2022年春から順次通年採用 を広げていく方向性のようである。 2018年10月10日日本経済新聞朝刊1面。 ― ―58
2018年10月10日日本経済新聞朝刊1面。 日本経済新聞電子版2019年5月13日 (https://www.nikkei.com/article/ DGXMZO44743460T10C19A5L91000/ )(閲覧日2019 年8月5日) 日本経済団体連合会 H.P. 会長コメント2019年5月7 日 (https://www.keidanren.or.jp/speech/kaiken/2019/ 0507.html)(閲覧日2019年8月5日) 2019年5月20日日本経済新聞朝刊1面。 日経電子版 WOMAN SMART 2018年7月11日 (https://style.nikkei.com/article/ DGXMZO32289130X20C18A6000000/ )(閲覧日2019 年8月5日) 厚生労働省「賃金構造基本統計調査」 (https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/chinginkouzou. html)(閲覧日2019年8月7日) 総務省「労働力調査」 (https://www.stat.go.jp/data/roudou/index.html) (閲覧日2019年8月7日) 参考文献 濱口桂一郎(2015)『働く女子の運命』文藝春秋。 古武真美(2009)「女性オフィスワーカーが望む育児支援」 『近畿大学短大論集』第42巻第1号、1327ページ。 塚本美嘉(2017)「育児休業制度が女性労働者の雇用環境 に与える影響の分析」『財政経済理論研修論文集』313 330ページ。 樋口美雄・坂本和靖・萩原里紗(2016)「女性の結婚・出 産・就業の制約要因と諸対策の効果検証」『三田商学 研究』第58巻第6号、2957ページ。 独立行政法人労働政策研究・研修機構(2018)「データブッ ク国際労働比較(2018年版)」。 永井暁子(2001)「夫の育児遂行の要因」岩井紀子編『現 代日本の夫婦関係』文部省科学研究費基盤研究(A) 家族生活についての全国調査報告書 No.23、185195 ページ。 遠藤理子(2003)「共働き世帯の家事分担―保育園児のい る核家族・フルタイム共働き世帯の場合―」『京都社 会学年報』第11号、57156ページ。 橋桂子(2011)「子どものいる正社員夫婦にみる夫の家 事分担:職場風土の観点から」『生活社会科学研究』 第17号、2339ページ。 乾順子(2011)「正規就業と性別役割分業意識が家事分担 に与える影響:NFRJ08 を用いた分析」『年報人間科 学』第32号、2138ページ。 久保桂子(2017)「共働き夫婦の家事・育児分担の実態」 『日本労働研究雑誌』No.689、2017年12月、1727ペー ジ。 ― ―59