<論文>ニックリッシュの「研究対象」についての一考察
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(2) 第61巻 第1号. は じ め に. 本稿では,ニックリッシュの生誕6 0周年を記念して,1936年に出版された, 『ハインリッ ヒ ニックリッシュと彼の著作』(Heinrich Nicklisch und sein Werk, Stuttgart 1 936.) に収められた,3つの論文をほぼ全訳しながら,検討する。 この点,シェーンプルークも紹介しているように,ニックリッシュには,一群の信奉者 が存在した。その内,ハレ大学のシュマルツ(Schmaltz, K.) ,ライプチッヒ商科大学の ザンディヒ(Sandig, C.)と,ベルリン経済大学のシュバイッア(Schweitzer, R.)の寄 稿を取りあげる。 なお,彼らの論文は,派生的な経営(企業)と本源的な経営(家計)の間で行われる価 値の循環を検討することにより,研究対象の共通点を形成している。. 1 シュマルツによる,ニックリッシュの経営の価値の循環の問題の研究 経営経済学に対する価値の循環の問題の意義 1912年から1932年までのニックリッシュの主著の展開に従って,彼の研究活動(Lebenarbeit )を辿るならば,国民経済学と共に,独立した科学になる,経営経済学の展開にわ れわれは係わることになる。このような展開の論理上と体系上の基礎付けは,本質上では, 専門科学の研究対象( Forschungsobjekt )としての企業を放棄し,その代わりに,あら ゆる価値の関係( Wertbeziehung )を有する経営が設定されることに立ち戻ることにな る。その際,2つの可能性のみが存在する。すなわち,専門科学を,技術上の経済学に格 下げするか(herabsinken) ,経営が存在する,経済上の関係の理論(Lehre von den wirtschaftlichen Beziehungen)にするかである。この〈【筆者補足】経済上の関係の理論〉ために は,専門科学は,経済での経営の立場の完全に新しい基礎付け,最終の消費機関,つまり, 家計経営と,派生的な経営としての生産経営の間での関連の明確化が要求されるが,これ については,他の場所で,ザンディヒ(Sandig, C.)が報告する。 〈【筆者補足】われわれ は, この叙述を2で取りあげる。〉経営が基本的に織りなす, 価値の関係のネット, ある いは,価値の循環を,専門科学自体の研究対象にし,これと共に,経営経済学を経済上の Vgl.Sch npflug, F.(1 933):Das Methodenproblem in der Einzelwirtschaftslehre, Stuttgart 1933.;Betriebswirtschaftslehre,2.Aufl., Stuttgart1954. S.215.;参照。大橋昭一・奥田幸助訳 『経営経済学』有斐閣 1970年 191頁. 40 ─ 40( ) ─ .
(3) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). 価値の発生の理論(Lehre von der Entstehung des wirtschaftlichen Wertes)にまで 展開することが重要である。経済上の価値が常に経営により内部で発生するため,このプ ロセス,いわゆる,「経営プロセス」(Betriebsproze )は,ニックリッシュにより,研究 の中心点に据えられた。 経営プロセスは,国民経済上では,経済の分業から,経営経済上では,個別経営(Einzelbetrieb )の課題から生ずる,関係のネットに,市場,より良くいえば,他の経営を介 して,循環上で,経営を含めるために,どこでも,いつでも,経営の境界(Betriebsgrenze) を放棄する,総ての経営の価値の循環(Wertumlauf)での統合(Zusammenfassung) を意味する。このような価値の循環,あるいは,流通(Kreislauf)は,これに基づいて, ニックリッシュが経営経済学の自らの体系( System )を構成し,良くいえば,経営経済 学の完成した体系( geschlossenes System )を構成すべきものである。このような見解 (Auffasung)が専門科学で充分にまだ普及していないため,見解はさまざまな基礎に頼っ 。 ている(zur ckf hren). 組織の技術の意図的な省略により,概念の形成での多様な連続した展開(Fortentwicklung) と,常により多くの原則(Grunds tzliche )を目指す叙述( Darstelling )は,このよう な叙述の理解を困難にしたのかもしれない。また,このような価値の循環の追求が,経営 の境界を越えて,全体経済で,ニックリッシュが,経営経済ではなくて,国民経済の問題 を取り扱うという印象を惹き起こしたのかもしれない。しかし,経済活動が経営でのみ行 われ, このようにしてのみ統一的に見えることが明らかになる瞬間では,他の考察様式 (Betrachtungsweise)が現実をもはや正当には評価しないことが強調されるべきである。 このような基礎により,ニックリッシュは,経営活動の構造(Aufbau)と経過(Ablauf) (経営の「構成(Bau)」と「活動(Leben)」)を完全に統一的に,かつ,論理的に,一貫 して叙述できた。 3つの「経営の要素」, すなわち,労働力,資産と資本は,経営の構造 の叙述のための基礎をもたらし, また, 必然的に, ニックリッシュにより,「均衡問題」 (Gleichgewichtsproblem)と呼ばれる, 「価値関係の調和」の理論(Theorie der“Harmonie der Werth ltnisse” )をもたらした。これに対して,経営の経過の理論(Lehre vom Betriebsablauf )は,経営の「活動」,経営プロセスと成果の構成( Ertragsgestaltung )を論ず る。3つの経営要素の内,労働力が本来の独創的な生産要素として第一位にあることは, Vgl.Schmaltz, K.(1936):Die Erforschung der Wertumlaufsprobleme des Betriebs durch Nicklisch, Stuttgart 1936. S.14. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.14. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.1415.. 41( ) 41 ─ ─ .
(4) 第61巻 第1号. もはや特別な証明を要しない。(これについては,他の場所〈【筆者補足】本稿の3〉で, シュバイッア(Schweitzer, R.)が報告する)。これに反して,資産と資本を経営の要素と して理解することは非常に難しい。このような認識の基礎は,既に,ニックリッシュの主 著の初版(erste Bearbeitung) 〈【筆者補足】つまり,『一般商事経営学』〉に含まれてい たが,そこでは,もちろん,本質上,貸借対照表から説明されていた。これに対して,3 回目の改訂〈 【筆者補足】つまり,第7版の『経営経済』 〉では,両概念が分業型の経済(Arbeitsteilige Wirtschaft)の共通した現象として認識された。 また, 同様の基本的な様式で,このような認識から,「均衡問題」が引き出されるが, この均衡問題を,ニックリッシュは,価値の循環での評価問題(Bewertungsproblem), リスクの問題(Risikoproblem)と安全性の問題(Sicherungsproblem)と解する。以前 は,独立した問題,あるいは,「貸借対照表論」(Bilanztheorie)として現われたものが, ここでは,統一して,「循環の停滞」(Umlaufsst rung )とみなされるが,生産財の価値 の循環(Wertumlauf der Erzeugungsg ter)にも,財務の循環(Finanzumlauf)にも 妥当する。 経営経済学のニックリッシュ流の体系に関して常に繰り返して目につくものは,経営経 済の価値の問題(Wertproblem)と価値の循環論(Wertumlaufslehre)による総ての問 題の展開の完全な統一性である。この統一性は,経営経済学と国民経済学の間での伝統的 な境界の設定が放棄されたことによる。というのは,循環の問題は,特に,経営の境界を 越える限り,常に,全体経済上の関連で獲得され,結果として,ある意味では,個別経営 の価値の循環はそれ自体で,そして,これらの限界を超えると,製造と消費の他の経営で, 今や統一的に見られるため,経営経済上の体系の形成の開始にあった, 「経営学」 (Betriebslehre) と「取引論」(Verkehrslehre)の間での対立に異なる印象を与えるからである。 2つの経営上の基本問題,つまり,経営経済上の価値論と価値の循環論の内,後者の価 値の循環論は,次に述べるように簡単に展開され,この影響下で,若干の重要な経営関係 が叙述される。. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.15. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.15. Vgl.Nicklisch, H.(1912):Allgemeine kaufm nnische Betriebslehre als Privatwirtschaftslehre des Handels(und der Industrie), Leipzig 1912. S.67. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.15. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.15.. 42( ) 42 ─ ─ .
(5) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). 経営上の価値の循環の体系について 家計経営と同様に,製造経営を統合する,価値の循環について,イメージ(Bild)を創 りたければ,ニックリッシュの主著の最後の改訂で,完全な統一された体系(geschlossene Systematik )を見付けられる。 彼はまず内部と外部の価値の循環を区分した。 両者は更 に一連の個々の価値の循環に区分される。ここでは,総ての場合において,経営の境界を 越える(Grenz berschreitung )場合,二重の,対向して流れる価値の運動を確認でき, その際,流出,あるいは,流入する価値と,対応して,流入,あるいは,流出する対価が, 境界を越える瞬間では,常に,価値の均衡の原則(Prinzip der Wertgleichheit)が存在 するという,フォーマルな原則(formales Prinzip)が妥当する。 これに加えて,外部の価値の循環と内部の価値の循環が,「製造価値の循環」( Umlauf der Erzeugungswerte)と「財務の循環」(Finanzumlauf)に区分される。 外部の価値の循環では,個別経営は,常に,他の経営と,しかも,製造経営と家計経営 に結び付いている。まず,製造される財(Erzeugungsg ter)の価値の循環〈【筆者補足】 について見る〉。経営は,他の経営から,原材料,補助材料と経営資材(Betriebsstoff) を手に入れ,貨幣価値を引き渡すが,この貨幣価値は,経営にとっては支出であるが,受 け取る経営にとっては,売上げ,あるいは,給付と引き替えに譲渡される,収入を意味す る。 また,価値の循環は,経営に導入される,労働給付と引き替えの賃金と俸給の支払いで も生ずる。このような労働給付は家計経営に由来するが,家計経営は,賃金と俸給を収入, あるいは,所得として手に入れ,その購買力はこれにより生ずるが,この購買力は,他の 市場で再び,食料,住居,衣料などのための支出として現われる。 その他の価値の循環は,設備の購入で,サービス給付(Dienstleistung)の受け取りで, いずれにせよ,総ての材料価値と,後から経営の生産プロセス(Produktionsproze )に 投入される,サービス給付を含めた,給付価値で,生ずる。 生産プロセス自体には,再び,外部の価値の循環が接続されるが,この生産プロセスで は,製造された価値が他の経営に引き渡され,対価として売上げが入ってくる。また,こ. Vgl.Nicklisch, H.(1 929/32):Die Betriebswirtschaft, Stuttgart 1 929/32. S.105107. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.15. Vgl.Nicklisch, H. 1 929/32. S.112115. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16.. 43( ) 43 ─ ─ .
(6) 第61巻 第1号. こでも, 他の経営が現われ, 価値の循環は,市場,ここでは販売市場を通じて,行われ る。 この外部の価値の循環の本質は,いずれにせよ,これらがいずれかの市場を通じて行わ れること,相手の契約者は常に経営であり,われわれの分業型の経済の多様さでは,しか も正に多くの経営であることにある。 また,これらの特徴は外部の財務の循環に対しても当てはまるが,財務の循環は,参加 資本,あるいは,借入れ資本(Beteiligungs- oder Leihkapital)の形式での資本の調達 (Kapitalbeschaffung)として示される。ここでは,資本は経営に収入として流入し,返 済の流れ(R ckflu )として,いずれにせよ,後のほぼ契約された返済(R ckzahlung) により初めて果たされる,債務(Verpflichtung)を構成する。このため,このような価 値の循環は,正に,借りた資本の返済期限(Fristigkeit)に従って非常にゆっくり行われ る。その間にこのような財務の循環を更に特徴付けるものは,利用と引き替えに,必要経 費(Aufwand)と支出として,同様にまた,この価値の循環に対して計算されるべき,利 子が支払われるべきであるという事実である。 内部の価値の循環は全く異なる特徴を有する。これは,いわゆる生産プロセスに本質が あり,大抵,調達と販売に結合しており,これにより,1つの循環として,経営の他の価 値の循環を補完する。 内部の価値の循環は,また,製造プロセス(Erzeugungsproze ) から構成され, この製造プロセスでは, 他の経営から取り入れられる材料価値,(家計経 営の給付としての)経営での活動の労働給付,土地(Grund und Boden)の利用,参加 資本と借入れ資本の利用,設備(建物)の利用の割当と,特殊なサービス給付(輸送,保 険など)は,継続して行われる「必要経費プロセス」 (Aufwandsproze )の形式で,新し い「生産される価値」に移転されるが,この新しい「生産される価値」は販売過程で売上 げとして実現されるべきである。 また, 内部の価値の循環でも, いわゆる財務の循環が存在する。 継続して発生する, 支出に対して, 生産プロセスのための貨幣処理として内部の財務の循環を意味する,充 分な貨幣性支払手段( liquides Mittel )が存在する時に,内部の生産プロセスはよどみ Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16. この点,資本が集積される企業形態が個人企業から株式会社に変化したため,ニックリッシュ は,自己資本と他人資本という区分から,参加資本と借入れ資本という区分を用いるようになっ た。そこでは,企業は資本を所有せず,総てが家計から導入されるものであり,利用代価を支払 い,いずれ返済しなければならないものとみなしている。 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16.. 44( ) 44 ─ ─ .
(7) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). なく行われうる。 本来, 内部と外部の財務の循環, すなわち, 支払能力に対する配慮 (Liquidit tsf rsorge )は,継続した信用取引を含めた,生産の経過と,資本の調達,あ るいは,資本の返済は,しばしば,相互に混り合う。このため,両者は,また,支払能力 計算(Liquidit tberechnung)と財務計画で表わされるように,それ自体では,1つの統 一体とみなされうる。 それにも係わらず, 関係は,上で簡単に特徴付けられたようであ る。 個別経営から見れば,これにより,全体の価値の循環では,経営の折々の特徴に適合し た価値創造プロセスの部分が問題になるが,その晶化点(Kristallisationpunkt)は「内 部の」生産プロセスで与えられ,その結末は販売市場での製造された価値の実現を意味す る。このような価値創造プロセスは異なる市場の橋渡しをすること( berbr ckung),そ して,このような市場内では,様々な経営の分業として製造される給付の結合(Verkn pfung) を意味する。それ自体で,完成した統一体(geschlossene Einheit) ,つまり,全体を意味 する,個別経営は,他の側では,分業として活動する非常に多数の製造経営と家計経営の 肢体であり,家計経営が製造経営に依存しているように,製造経営は家計経営の存在に同 様に依存している。. 成果の獲得と成果の分配 内部の価値の循環は,その全体の目標設定によれば,成果の獲得を目指す。生産プロセ スで費消された価値は,その業績(Ergebnis) ,生産された価値で,販売市場で実現され るべきであり,その際,既に,維持の法則から, [必要経費としての]価値(Aufwandswert) と生産される価値は,少なくとも,一致すべきである。このため,必要経費プロセス(Aufwandsproze )は,また, 「成果獲得プロセス」 (Ertragerzielungsproze )とも呼ばれる。しか し,既に,必要経費プロセスは,その構造では,ニックリッシュが証明するように,同時 に,たとえ,この成果分配プロセス(Ertragverteilungsproze )が, 時間上で, 売上げ が実際に現われる時に, 初めて最終的に解決されるとしても,「成果分配プロセス」でも ある。これが妥当することは,売上げから,材料の価値,サービス給付,資本の利用に対 する支出,それから,減価償却に対する消耗( Aufwendung ),そして,最後に,経営で 活動する人間の給付に対する支出が支弁されるべきであることから,簡単に認識される。 総ての個々の価値の循環により,停滞(St rung )は考慮されうるが,原材料の給付者が Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.16. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.17.. 45( ) 45 ─ ─ .
(8) 第61巻 第1号. 独占権を有し,このための支出が全体経済で可能な成果の格差(Ertragsspanne)を縮少 する時か,あるいは,利子率が高すぎる時などでは,そうである。また,経営自体が独占 権を有し,その給付と引き替えに,他の経営で停滞が発生する程の大きさで〈【筆者補足】 対価を〉受け取る時も,そうでありうる。これと同様に,また,内部経営上では,売上げ から,材料の価値,サービス給付,資本と設備の利用価値の支弁後に,まだ残っている金 額は,そこから,本来の「経営給付」,すなわち,経営で活動する人間の給付に払われる, ファンド(Fond)を意味する。ここに,密接な経営経済上の成果分配が呈示されることに ついては,シュバイッア(Schweitzer, R.)が他の箇所〈【筆者補足】本稿の3〉で展開す る。しかし,もう一度,外部の価値の循環が既に個々の価値の循環でのその発生で,より 広いの意味での成果分配プロセスを規定することと,この領域での停滞は全体経済上での み除外されうることを強調するが,この点をニックリッシュは,最近,彼の小冊子『新し いドイツの経済指導』(Neue Deutsche Wirtschaftsf hrung) ,あるいは,『経済の管理』 (Lenkung der Wirtschaft)で常に繰り返して指摘してきた。. 価値の循環に対する関係での資産の構造と資本の構造 価値の循環の問題の意義を経営の静態的な関係として明らかにするためには,資産の構 造と資本の構造により,より良い具体例を引き出すことはできない。というのは,ここで, 経営の構造の状況(Strukturverh ltnis)が最も良く表わされるからである。われわれが, 経営の構造の状況を,このような考察において,同時に,(本来の創造力のあるもの (Sch pferische)としての労働と共に) ,経営の基本要素と関係させてきたことは,既に述 べた。資産と資本を対比することにより,同時に,製造プロセスの理論でおいてさえ,こ のように具体的に説明されない,経営の活動の価値の運動の二重の性格が指摘される。 資産として,ニックリッシュは,具体的なもの(Konkrete),具体的に引き渡せるもの ( Greifbare ),すなわち,経済上の財の折々の具体的な形式と解するが,これは,そうで なければ,「国民経済上の資本」と呼ばれるものと一致している。これに対して,各財の 「抽象的な価値」は, 経営経済上では, 経営の具体的な価値の総額に対する請求, 経営経 済上の「資本」を意味し,資産と資本は,経営経済上では,等価(wertgleich)であるが, その際,本来の規定するもの(Bestimmende)を資産は指摘する。また,等価性(Wertgleichheit )が総資産と総資本に対してのみ成立し,どのような資産の形式で,特殊な, Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.17. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.1718.. 46( ) 46 ─ ─ .
(9) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). 個別の資本の請求(Kapitalanspruch)を狙うのかを,個別事例では証明されない時でも, 資産の削減と資産の増加は,常に,同時に,資本の減少と資本の増加である。 資産の構造と資本の構造は,貸借対照表に基づいて合目的に明らかにされる。というの は,この貸借対照表が,経営のこのような構造の状況を指摘するためには,良い手段であ るからである。また,「等価性」の原則は,このようにして,具体的に( plastisch )表わ される。資産の構造と資本の構造については,これら両構造が,総ての個々の経営の等価 の状況から推論され,これら価値の循環の特徴から説明されるべき,自らの構造の法則に 従うといえる。 資産の構造と資本の構造は, また,「資本の投下( Kapitalanlage ) 」と 「資本の調達(Kapitalbeschaffung)」のイメージ(Bild)と好んで(gern)呼ばれるが, しかし,その際,最初のケースでは,このような表現様式では,資産で稼働する資本,つ まり,資本の構造で直接的に表わされる,「抽象的な価値」が考えられることが明らかに されるべきである。 資産の構造は,基本的に,そして,主に,経営の特徴,製造の方法と,その製造プロセ スの特殊性により,規定される。このような基本的な状況は,本来,設備資産と循環資本 (Umlaufverm gen)の間でのみ構成される。というのは,資本資産(Kapitalverm gen) (主に,資本参加),これは,最近,経済の編成(Verflechtung)により,総資産の常によ り大きくなる部分を形成するが,現実には,経営の本来の価値の循環にとり,その規模と 制約では,価値の循環から説明されない,異質なもの(Fremdk rper)を意味する。この ため,この基本的な状況は,資産の構造と価値の循環の間での関係の説明では無視されう る。 設備資産と循環資産の間での基本的な状況は,専ら,経営の価値の循環と,経営給付の 特徴(Eigenart)により条件づけられている。ここでは,また,相互に関係した,価値の 循環が決定的である時,2つに区分される。第1の価値の循環は,製造プロセス自体であ り,専ら,循環資産で,つまり,貨幣性支払手段(liquides Mittel)から,材料価値,半. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.18. この点,たとえば,借入金を現金で返済すれば,資産と資本の減少が同時に生じ,商品を掛買 すれば,資産と資本の増加が同時に生ずる。 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.18. この点,たとえば,土地を短期借入金で購入するか,自己資本で購入するのかは,企業の支払 能力に大きな影響を及ぼすため,資本の構造についても注意すべきである。 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.18. この点,たとえば,企業は,資本を企業内で運用すると共に,企業外で運用することにより, 金融資産が増加している。つまり,資本資産(Kapitalverm gen)が増加しているが,その形態 も,出資による資本参加である。しかし,ニックリッシュは,金融資産については,価値の循環 では,大きなウエートを置いておらない。. 47( ) 47 ─ ─ .
(10) 第61巻 第1号. 製品,完成品資材(Fertigstoff) ,債権価値を経て,貨幣性支払手段に再び戻る,循環で 表される。人間の給付,サービス給付と利用は,その際,その都度,材料価値を最終給付 にまで成長させ( zuwachsen ) ,必要経費プロセスでは,段階的に新たに製造される価値 に統合される。資産の構造では,程度(Umfang)の変動,あるいは,スピード(Geschwindigkeit )の変動であれ,このような製造プロセスの総ての変動が現れる。程度の変動は,明 らかに,季節変動と景気変動で現れ,設備資産から見れば,利用度の変動として作用し, また,人間から見れば,操業の変動として作用する。季節と景気の向上は,同様に,循環 資産の増加として現れる。というのは,プロセスが数量上で拡張され,その結果,条件付 けでいえば,循環資産の割合が増加し,設備資産の割合は減少するからである。また,循 環資産の内では,このような数量の変動がそれ自体で変化を表し,このような数量の変動 は,リズムと,製造プロセスの継続期間(Dauer)に左右される。具体例として,自動車 産業についてのみ言及すれば,そこでは,正に,季節の経過内での時点により,原材料, あるいは,半製品と完成品,あるいは,債権,あるいは,貨幣性支払手段などの割合は, 異なる。 ここでは, 最小需要と最大需要の間で特殊な強い緊張が生じうる。循環資産の 個々の資産対象の数量上の最高点が,時間上で順番に生ずるならば,隠されるか,あるい は,ある種の調節作用が生ずる。財務の循環と,潜在的な循環の停滞と,これと共に,均 衡問題に対する関係は,このような関連では,特に明らかである。 製造プロセスの数量上の変動と共に,プロセスのスピードの変動が重要な役割を果たす。 大抵,数量の変動とスピードの変動は併行して経過するが,しかしまた,後者のスピード の変動は,組織の改善において,たとえば,可能であるが,循環資産の個々の構成部分の 転換が加速されるならば,独立して現れる。また,スピ-ドの1回限りの変化は,技術上 の組織での変更により惹き起こされる。スピードの変化は,数量の変化と同様に,循環資 産でのみ現れるが,もちろん,対応する結果を伴う。あるプロセスのスピ-ドが増加すれ ば,これは,同一の販売,あるいは,同一の製造では,少ない資本が拘束され,少ない循 環資産が存在することを意味する。総資産に対する循環資産の割当(Anteil)は減少し, このため,必要ならば同時に現れる数量の増加の結果は,景気の好転の場合のように,部 分的には,再び解消されうる。 資産の構造にとり重要になりうる,第二の価値の循環は,設備資産と関係している。設 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.1819. この点,たとえば,オープンカーが,生産能力を上回る,販売増加を春に示す傾向がある場合, 秋頃から余剰能力を活用して,在庫生産が行われる。 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.19.. 48( ) 48 ─ ─ .
(11) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). 備資産から,利用( Nutzung )は,通常,製造されたもの( Erzeugung )の必要経費プ ロセスに向かうが, これは, 計算上では,「減価償却」と呼ばれ,資産上では,設備資産 の増加した流動化として作用する。また,この関連を,ニックリッシュは,既に,彼の主 著の初版で基本的には明らかにしている。 正に, 設備資産の相対的な額により, 内部の 財務の循環の本質的な部分が構成される,このような流動化は,同様に,新しい投資が, 対応する貨幣性支払手段に繰り返して拘束されない限り,転換資産の割当の増加で効果を 示す。しかし,経済の投資活動が意図的な変動に従うため,通常では,設備の流動化は, デフレーションの時期には,特に強く現れ,このため,設備資産と循環資産の間でのズレ は,このような時点では,上で操業から説明された傾向に対立して経過する。経済の生産 能力が充分あり,人口の増加が停滞し,大きな技術上の発見が衰退すれば,国家の投資政 策が対抗するように作用しない限り,流動化の傾向はしかも長期に持続される。 最後に,なお,資産の構造は,現実ではなくて,純粋な計算上では,秘密準備金の蓄積 (Legung)により影響されうることについて言及すべきである。また,資本資産(資本参 加)の規模の影響は既に述べた。その他,資産の構造は,単に,経営の生産プロセスと, その価値の循環に規定される。 資本の構造は,資産の構造のようには,統一して説明できない。ここでは,国家,業界 (Branche)の資本調達の慣行,管理者(Leiter)の技量(Geschicklichkeit)のような個 別的な観点と,同様な要素が,これらがまたある種の領域で作用できる限り,ある種の役 割を果たす。しかし,他でも,経営の経過の安定性と,経営の総資本の利回りに比べた, 資本・貨幣市場の利子率の大きさが,資本構成を規定する。最後にあげた相違が経営に好 都合なように大きい程,これが,他人資本の導入のための傾向でより大きく作用する。し かし,またここでも,限界,すなわち,経営の経過の安全性(Sicherheit)が存在する。 経営の経過の安全性は,資産の構造と,ここで作用を及ぼす価値の循環が,広範囲に,ま た, 資本構成にとり決定的であることを示す(hei en )。 資産の構造では, 設備資産と循 環資産の間の基本的な関係に本質がある。 資本資産(Kapitalverm gen )(主に,資本参 加)が存在する限り,この資本資産は設備資産に加算されるべきである。上で叙述された, 設備資産の価値の循環は,正に,経営の特色により,非常に長期的であり,設備の更新, Vgl.Nicklisch, H. 1 912. S.193195. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.19. この点,デフレ-ションの状況では,再購入価格を上回る,調達価格に基づいた減価償却が行 われれば,景気が低迷し,新しい投資機会が企業内で少なくなると,手元資金が増加することに なる。 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.19.. 49( ) 49 ─ ─ .
(12) 第61巻 第1号. あるいは,新しい投資により,ある種の逆行(R cklauf)を経験し,このため,設備資産 に投資される資本は,常に,長期に亙り拘束される。循環の停滞に対する安全性は,ここ では,対応する長期の資本の調達,すなわち,主に自己資本,ある種の前提下では,また 長期の他人資本を示唆する。設備資産と,自己資本,あるいは,長期の他人資本の間での このような関係は,好んで,設備の充足(Anlagendeckung)と呼ばれる。私には非常に 好都合に思われる,このような象徴( Ausdruck )では,安全性の要因は特に明確に表わ される。 設備の充足の思考には,資産の構造で,長期に投入される資本は,また長期に亙り調達 されるべきであるという,原則(Grundsatz)が基礎にされる。このような原則は,ある 意味では,また,価値が長期に経営の価値の循環,すなわち,堅固な有高,あるいは,い わゆる経営ファンド(Betriebsfond)の金額に拘束され続ける限り,転換資産に対して妥 当する。今や,長期的に拘束されるものとみなされうる,循環資産の価値の大きさは,し ばしば,既に資産の構造で言及された,価値の循環の総ての変動,つまり,季節変動,あ るいは,景気変動と,設備資産の流動化に左右される。最小の資本需要の点は,循環資産 のこのような部分が常に拘束され続け,これにより,資本として経営に長期に使用される べきであるため,もしかすると,この目的のためには,良い基準ライン( Richtlinie )に なりうる。最小の資本需要と最大の資本需要の間での資本需要の変動は,他人資本により, 調整される。というのは,この場合,逆行(R cklauf)の恐れが価値の循環により生ずる からである。このような解説(Ausf hrung)は,本質上,流動性の問題に該当すること, そして,ここでは,製造財の循環と財務の循環の欲求(Bed rfninis),そして,しかも, 内部の循環とまた外部の循環の欲求が相互に移行する( bergehen )ことは,特別に強調 される必要はない。 同時に,資産の構造と資本の構造の間での関係が共に取り扱われるが, 資本の循環に ついての解説は, これに応じて, 安全性の観点下では,自己資本,あるいは,実際の長 期の他人資本は,最低でも,(その折々の, 減価償却による流動化と,新しい投資により. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.1920. この点,設備の充足をあらわす指標としては,固定資産に対する自己資本の割合である「固定 比率」,固定資産に対する, 自己資本と長期の他人資本の合計である長期資本の割合である「固 定長期適合率」が用いられてきたが,価値の循環を停滞させないため,在庫切れを防止する資材 や商品,支払能力を維持する手元資金,販売活動を促進する売掛債権などから構成される,恒常 的な流動資産が存在するため,この恒常的な流動資産と設備資産に対する長期資本の割合である, 「修正固定長期適合率」がある(参照。拙著(2007)『経営財務概論』改訂版 税務管理協会 2007 年 26頁 2 69270頁)。 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.20.. 50( ) 50 ─ ─ .
(13) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). 変動する大きさでの)設備資産と循環資産を,季節変動と景気変動により条件とされる 最小の資本需要が問題になる限り, 充足する程の大きさであるべきことに要約されうる (zusammenfassen) 。これを上回り,多かれ,少なかれ,一時的に価値の循環で拘束され る資本の需要は,他人資本,また,短期の資本により充足されうるが,その際,自己資本 と他人資本の間の選択は収益性の問題であるが,自己資本がある種の行き詰まりの期間の ために遊休している限り,短期の他人資本はかなり割高である。 このような解説は,多かれ,少なかれ,工業経営と商業経営に妥当し,銀行経営では, 価値の循環は非常に複雑になり,処理の困難さはしばしば非常に大きく,かつ,微妙であ る。というのは,銀行経営では,流動性の問題と収益性の問題はより密接に関連し,利鞘 はしばしば極端に少なく,問題になり,かつ,流動性が左右される,金額は,大抵,非常 に大きいからである。. 価値の循環でのスピードの問題 また, 価値の循環でのスピードの問題( Geschwindigkeitsproblem )は, ニックリッ シュが最初から注目し,また,今日の知識にとり,既に,自らの主著の初版で,驚く程, 広範囲に説明された, 経営経済上の問題に属する。私〈【筆者補足】シュマルツ〉が最初 の講義( Kolleg )で彼に頼った, 彼の循環計算は,簿記の側面から,この問題を展開 した。循環計算が,彼の叙述の全体系の範囲では,今や,統一されて,価値の循環論(Wertumlaufslehre)に帰属していることは,自明である。ここでは,若干の注意書きが追加さ れるが,これは,この現象の実務の使用可能性での若干の誤解を途中で除外するためには, むしろ適切である。 経営経済上の文献では,今日,総資本,在庫資本,あるいは,有高(Bestand) ,債権, 設備などの転換(Umschlag)について語られる。ニックリッシュの研究に基づいて,異 議の無いように証明されたように,現実には,循環資産に対するスピードの問題のみが存 在する。今や,製造プロセス,あるいは,内部の財務の循環により把握されるものが,ス Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.20. この点,自己資本の運用機会がない時に,他人資本を保有することは,不必要な資本コストを 負担していることになるため,繰り上げ返済をすべきである。 Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.20. この点,たとえば,ニックリッシュは,自らの銀行勤務の経験から,資本と資産の運動,つま り,価値の循環の問題の検討を始めたが,銀行にとり,預金は他人資本であるが,預金が多い程, 信用が大きくなり,預金を集めやすくなるが,運用機会が少なくなり,貸付け金利が低下しても, 預金を一方的に返済できないという問題を抱えていることを認識していた。 Vgl.Nicklisch, H. 1 912. S.218221. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.21.. 51( ) 51 ─ ─ .
(14) 第61巻 第1号. ピードの問題と多少は関係してきた。しかし,循環資産ではスピードの問題の意味では設 備資産のいわゆる転換は存在しないため,総資本,あるいは,より良くは,総資産の資本 の転換は存在しない。また,もちろん,設備資産でも,価値の循環は存在するが,そこで は,循環ごと,あるいは,期間ごとに,利用価値(Nutzungswert)が製造の必要経費プ ロセスに流れるが,しかし,循環は,ここでは,設備のように長い,活動期間を有しない。 販売と設備資産の間での関係は,これにより,ほぼ利用度( Nutzungsgrand )について のみ語られ,そして,また,この関係は制限を有する。同じことは,総資本のいわゆる転 換に対しても妥当するが, 部分的には真の転換,部分的には売上高と設備資産の状況 (Verh ltnis)に関連している。 ここでもまた,問題の明確で,かつ,統一した考察の結果が,経営経済上の価値の循環 から示されるが,われわれは,これをニックリッシュに負っている。 これにより,この研究の業績は,価値の循環から経営の全体の問題を展開できること, また,ニックリッシュが正当にもこの問題を経営経済学の彼の体系の中心に設定したこと を示す。. 2 ザンディヒによる,経営経済学のニックリッシュの 体系における家計と需要の研究 課 題 最近,文献で,家計と需要の関係は経営経済学の研究領域では不適当であるという意見 (Meinung)が現われた。これによれば,家計と需要の研究は,本来の経営経済の思考(Denken) から離れた存在(Existenz)に導き,このため,領域(Rahmen)から離脱する。総ての 経営経済の現象は,企業の観点からのみ理解できる。 ニックリッシュは,家計と需要を経営経済学に取り組んだ,最初の人物であり,彼は, 同時に,余人とは異なり,1912年以降,専門科学(Fach)での観点の統一性を常に繰り返 して強調した人物であるため, ここで, 科学での観点の統一性( Einheit )が破壊される ことなしに,家計と需要の研究が経営経済学の領域で開かれているのかを研究する。 この課題の解決のため,更に影響力を広く及ぼす(ausgreifen)ことが必要であること Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.21. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.21. Vgl.Schmaltz, K. 1936. S.21. Vgl.Sandig, C.(1936):Haushalt- und Bedarfsforschung in Nicklischs System der Betriebswirtschaftslehre, Stuttgart 1936. S.39. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.39.. 52( ) 52 ─ ─ .
(15) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). が証明される。. 開始点としての経営と企業の概念 ① 概念の形成の科学上の合目性 新しい専門科学の代表者として,経営経済学者は,自らの専門科学の対象(Gegenstand) を限定するための努力を,自らのために,常に行う者である。この関連では,今でも,基 礎にされる概念である,経営と企業は,決定的な立場を内に有する。特定の限定に対する 原因は,しばしば,研究者の経歴(Herkommen)と体験の範囲(Erlebniskreis) ,世界 観での基本的立場,特殊な論文のための目標設定,あるいは,多かれ少なかれ偶然の観点, 時折,また,何か他の著者の影響である。 このような概念の形成が継続され,他の問題設定で,その使用可能性が新たに証明され る時,既存の概念の形成の科学上の合目的性が,常に,強調される。新しく視野に現われ る事態(Sachverhalt)と,新しく出現した問題は,概念の体系(Begriffssystem)に, 躊躇なしに,編入されうるべきである。これが可能でなければ,科学の古い道具(Werkzeug) と礎石(Baustein)は崩される。しかも,これにより,基礎にある礎石が問題になり,設 立者(Erbauer)が自ら,かつ,大衆に対して,誠実である時,全体の科学の構造(Wissenschaftsgebaude)は崩壊することがありうる。よく,ケースにより,科学の構造は, 縮小と取り換えにより,更に維持できるが,しかし,明瞭で,かつ,1つの根幹(Holz) による有能な科学の体系であるという要請は,このように時間上で制約された改造(Umbauten) では,最終的には,叶えられない(verlorengehen)。. ② 経営共同体の組織単位としての経営 われわれが,先に言及した観点で,異なる著者の経営の概念を探求すると,総ての一連 の定義が,経営共同体の理念(Idee)に勝利を与える点で,目下の所,失敗していること を知る。このような理念と,1920年以降の経営経済学の文献でニックリッシュの研究によ り導入された,経営共同体という概念の連携(Begriffsverbindung)は,1934年1月20. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.39. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.39. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.39. Vgl.Nicklisch H.(1 922):Der Weg aufw rts ! Organisation, Versuch einer Grundlegung, 2.Aufl., Stuttgart 1922. S.109110.;参照。鈴木辰治訳『組織 向上への道』未来社 1 975年 166 167頁;参照。拙稿(2010)「ニックリッシュの『組織論』についての一考察」商経学叢 第57巻 第1号 2010年 176頁. 53( ) 53 ─ ─ .
(16) 第61巻 第1号. 日の AOG〈【筆者補足】AOG(Gesetz zur Ordung der nationalen Arbeit)であり, 1934年1月20日に実施された,国家労働秩序法〉により,共通の意義(Bedeutung)を 獲得した。 そこで,法律用語での概念の使用により,今やまた,その異なる種類の科学上での適用 が不可能にされることは自明ではない。たとえば,租税法の資産と資本という概念を思い 出すべきである。これに対して,経営共同体では,具体的な科学上の事態(Sachverhalt) が存在するが,事態は討議して片付けるべきではないし,この事態に対して,上の経営共 同体という名前より,適切な名前は存在しないし,事態は,更に,政策上の計画(politisches Programm)の実現(Verwiklichung)を意味する。 このため,自らの,あるいは,他の欲求(Bed rfnis )を充たすために,人間が共同の 労働で活動する限り,今や,このような概念の世界は,科学的な合目的性と永続性を有し ており,経営として,技術上の実行( Vollzug )の場所ではなくて,労働での人間と解す る。人間からのみ共同体は生ずることができる。この共同体は,技術の附属物でなくて, むしろ,技術上の装置の経済上での運動(Bewegung)のための前提である。 共同体の原因は, また, 総ての参加者による共同の目的設定の承認である。 原因は精 神にあり, 技術にあるのではない。 このため,経営の定義には人間が含まれるべきであ り,このため,経営は, ―その最小の単位が問題になる限り―経営共同体の組織単 位と解されるべきである。 ニックリッシュにとり,経営は経済の最小の組織単位である。 最小の単位は, 工具, 資材で装備され,欲求の充足のために人が設定した,目的を実現するために,活動する, 労働の現場での人間である。経営のための特性(Charakteristikum)は価値の循環の現 参照。長 守善著『ナチス経済建設』日本評論社 1939年 251257頁 Vgl.Sandig, C. 1 936. S.40. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.40. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.40. Vgl.Nicklisch, H. 1 922. S.41.;参照。鈴木辰治訳1975. 67頁 Vgl.Nicklisch, H. 1 922b. S.102.;参照。鈴木辰治訳1 975. 156頁 Vgl.Sandig, C. 1 936. S.40. Vgl.Nicklisch, H. 1 929/32. S.166. Vgl.Nicklisch, H.:Wirtschaftliche Betriebslehre, 6.Aufl., Stuttgart 1925. S.36.;Vgl. Sch npflug, F. 1933. S.173.;参照。大橋昭一・奥田幸助訳1970. 155頁;V lker, G.:Heinrich Nicklisch, Grundz ge seiner Lehre, Stuttgart1961. S.11.;参照。渡辺朗訳「ニックリッシュ経 (大橋昭一編著・渡辺朗監訳『ニックリッシュの経営学』同文舘 1996年;Sandig, 営学の基礎」 C.:Heinrich Nicklisch―100Jahre Sein Werk und Dessen heutige Bedeutung, in.ZfB.46.Jg., 1976. S.474.;池内信行著『経営経済学の本質』同文舘 1929年 89頁;大橋昭一著『ドイツ経営 共同体論史』中央経済社 1966年 185頁;田島壮幸著『ドイツ経営学の成立』森山書店 1973年 107頁;吉田修著『ドイツ経営組織論』森山書店 1976年60頁;岡本人志著『経営経済学の形成』 森山書店 1977年 196頁;市原季一著『ニックリッシュ』同文舘 1982年 67頁. 54( ) 54 ─ ─ .
(17) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). 存(Vorhandensein)である。対価を受け取るために,ある種の形式で価値が投入される 。 (hineingeben). そこで,ワンマン経営( Einmannbetrieb )は最小の独立した単位である。しかし,複 数の人間が共同で活動する所で,経営共同体が発生し,そこでの人間が共同体になれるこ とを前提とする。個々の経営は,より大きな単位の経営の領域,結合された経営の領域で は,肢体である。単位の増加により,遡って,大経営に達すると,同時に,統一化と肢体 化(Einung und Gliederung)の問題,合成(Zusammenfassung)と指導(F hrung) の問題が増大する意義を獲得する。これは,経営共同体の自らの,かつ,本来の問題(Problematik)である。 AOG により,このような科学的な思考は,決して,今や,承認(Anerkennung)を見 付けずに,これにより,ほぼ完全にその遮断(Abschlu )を見付けた。反対である。経営 共同体の理念は,総ての「統合された」経営が,経営共同体の名前により,また同時に, 理念の実現のための責任を引き受けさせられる時に,初めて役立つ。経営経済学にとり, これに関してまたなお多くのことが一緒に行われる(mittun)べきである。. ③ 欲求充足経済の組織単位としての企業 経営概念についてのこのような説明(Darlegung)は,企業という概念に関連して決定 的なものとして示される(dartun) ,経営経済上の思考の統一性を証明するためには,必 要であった。 企業として,われわれは,ニックリッシュにより,独立し,かつ,市場リスクを負担す る,派生的な経営を認識する。経営と企業という概念は,同義の意味でも,対立の意味で も使用されない。従って,企業は,特定の経営のための特殊な概念であり,同時に,ある 点では,[等級を表わす]概念( Gradbegriff )である。 独立性,あるいは,市場リスク が,より強く,あるいは,より弱く,特徴付けられる程,本来の経営からの推論(Ableitung) がより広く展開される(fortf hren)程,より大きな,あるいは,より少ない正当性(Recht) を持って,経営は同時に企業になる。ニックリッシュは,これを表わすために,企業概念 の完全なスカラ( Skala )を展開した。このスカラは,ここでの説明に基づいて,更に継 Vgl.Sandig, C. 1 936. S.40. Vgl.Nicklisch, H. 1922. S.5859. S.82. S.87. S.114.;参照。鈴木辰治訳1 975. 94頁,128129頁, 135頁,172173頁;参照。拙稿2010. 160頁 167頁 175頁 Vgl.Sandig, C. 1 936. S.41. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.41. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.41.. 55( ) 55 ─ ─ .
(18) 第61巻 第1号. 続される。 研究のために設定された関連にとり,まず第一に,市場リスクとの関係が決定的である。 このリスクは存続(Bestand)の危険(Bedrohung)を含んでおり,このため,企業にと り特徴的である。存続の恐れ(Gefahr)から,成果についての努力は説明されるべきであ るが,これは,単なる存在の主張(Daseinsbehauptung)を上回る,総ての健全で,たく ましい(kr ftig)有機的組織(Organismus)では,活発である(lebendig)。しかし, 市場リスクは調達側と販売側に従って構成される。 企業は自らの外で1人で活動できず,むしろ,企業は,引き替えに業績と給付を生産す るものに依存し,同様に,その前給付(原材料,補助材料,労働給付,資本給付)なしに は,自らの製品と給付を市場に持ち込む,状態になれない。その際,初めにあげられた依 存関係には非常に大きな意義がある。というのは,この依存関係が,間接的に,また,前 給付する企業のために,構成されるからである。そこでは,他の,われわれにとり重要な, ニックリッシュにより展開史上で( entwicklungsgeschichtlich )説明された,本源的な 経営と派生的な経営の間での相違が生ずる。本源的な経営は家計( Haushaltung )であ る。企業は派生的な経営である。 家計では,自由な決議で,だが,特定の法則性に従って,本来の需要(urspr nglicher Bedarf)が形成される。独立した,派生的な,市場リスクを負担する経営としての企業に 対して,このような需要はその活動(Wirken)の本来の基礎を形成する。企業の需要は, これに応じて,派生的な需要であり,再び,他の企業にとり,労働の基礎を形成する。し かし,企業が本来の需要から離れる程,より多くの派生的な中間機関(Zwischenstell)が 間に入り,これら中間機関は本来の需要の変動に対してより感じ易くなる。中間機関の緩 衝作用(Pufferwirkung)は感度を強める。 経済で,本来の需要の形成が,使用者の自由な決心に基づいて追求される限り,派生的 な経営では,企業家の活動はより活動的になり,しかも,多かれ少なかれ,大きな範囲で, 正に,変動性(Ver nderlichkeit)により,正に,本源的な需要の不安定性度(Schwankungsgrad )により,〈【筆者補足】企業家の活動が活発になる。〉ただ,強制的に確定された本 源的な需要を有する経済では,企業家の活動は問題にならない。 Vgl.Sandig, C. 1 936. S.41. Vgl.Nicklisch, H. 1 929/32. S.170. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.41. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.41. Vgl.Nicklisch, H. 1 929/32. S.103. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.41. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.4142.. 56( ) 56 ─ ─ .
(19) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). しかし,派生的な,市場リスクを負担する経営としての企業は,同時に,経済では独立 した単位であるため,次のことが生ずる。すなわち,企業は,自由な需要充足経済の組織 単位である。自由な需要充足経済の範囲での,企業の互いの立場,また,企業の全体と家 計の全体の間での状況については,ここでは,詳細に言及しない。 全体では,ニックリッシュにより展開された,経営と企業の概念の見解は,あらゆる種 類の経営での経済活動者の研究に対して成立する(Raum geben)ことが証明される。経 営経済学はこの基礎に国民経済のあらゆる細胞(Zelle)での経済活動者を包括する。経営 経済学は,立場では,国民経済学と区別される。経営経済学の立場は,統一体としての, 細胞(Zelle) ,経営である。その際,一般の経営,特殊な経営(企業,家計),全く特定の 経営が研究の開始点として選ばれても,同じである。. 経営経済学の領域での家計 ① 経営経済学の独立した研究領域としての本源的な経営(家計の経営経済学) 家計は経営であり,しかも,これは本源的な経営である。これら家計は,総ての他の経 営と同様に,価値の循環を示す(aufweisen) 。家計の対価を獲得するために,価値の循環 では給付される。経済と経済活動者(Wirtschafter)の概念は,本来,家計に,しかも, 自らの需要の製造を伴う家計(閉鎖された家計経済)に由来し,今日でもまだ,排他性 (Ausschlie lichkeit)によりとりあえず変化した,経済の総ての発展段階として,農業経 営では,あたかも,このような領域に対してのみ妥当性を有するとして,使用されている。 (農場(Bauernhof),経済活動者(Wirtschafter) ,農場経営者(konom),経済補助者 ( Wirtschaftsgehilfe )の代わりに,経済( Wirtschaft )が〈 【筆者補足】使用されてい 。 る。〉). 家計は,総ての他の経営と同様に,特殊な課題を有する人間,簡単には,家計を前提と する場所の人間により,構成される。このような肢体経営から,正に,体質(Veranlagung) , 見解(Einsicht) ,教育,あるいは,生の本能(blo er Instinkt)に従って,家族の絆, あるいは,家族の連携(Familienanschlu )により統合される人間は,多かれ少なかれ, 完全な経営共同体を発生させる。これに反して,経営共同体をここで経営に係わらせるこ と,経営経済上の研究の独立した対象になりうること,家計の経営経済学での基本的な要. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.42. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.42. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.42.. 57( ) 57 ─ ─ .
(20) 第61巻 第1号. 求が,総ての他の特殊経営学と同様に,同様な科学的な基礎に基づいて構成されるとは言 えない。 いずれにせよ,基礎にされる経営概念では,家計経営学の科学上の統一性が経営経済学 の範囲では確保される。家計の経営経済学は,専門科学の,全く人為的な拡張ではなくて, むしろ,経営経済学への本源的な経営の必要な組み入れとなりうる。. ② 経営経済上の研究領域としての,本源的な経営と派生的な経営の間での関係(経営 経済的な市場論) 自由な需要充足経済の組織単位としての企業についての説明(Darlegung)は,ニック リッシュが既に彼の主著の第1版で家計に出会った,過程で示した。彼は,企業から始め て,本源的な経営の需要が派生的な経営の本源的な活動の基礎であることを認識した。こ れにより,彼にとり,後に,両経営の間での関係(Beziehung)が重要になった。 しかし,他の経済単位に対する企業の関係の全体性はその市場とみなすべきであるため, このような関係の研究は,経営経済的な市場論に属する。①で,家計を,家計の観点 で研究されることは,ここ(②)で,家計が,販売を探求する企業の観点から研究され ることである。しかし,このような研究は,実践では,家計の経営経済学の実際に現存す る分野(Gebiete)に,既に利用可能な研究業績が存在する時に,初めて実行できる。 更に,研究されるべき関係が二重であることは注目に値する。関係は,いずれにせよ, 本源的な経営の観点から研究されるべきであるが,この側面から,今まで更に研究されて いない。あるケースでは,われわれは,これを,家計を目指す企業の販売市場分析により, 行ったが,他のケースでは,家計経営の調達市場分析により行われた。. 経営経済学の領域での需要の研究 最近,文献上で取り扱われる需要の研究は,先に言及された関係の全体によれば,部分 に該当する。需要の研究は,家計を目指す企業の販売市場分析の部分である。これらに対 しては,先の節で語ったことが妥当する。すなわち,適切な研究成果が家計の経営経済学. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.42. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.42. Vgl.Nicklisch, H. 1 912. S.4244. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.43. Vgl.Sandig, C.(1 934):Bedarfsforschung, Stuttgart 1934. S.3132. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.43. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.43.. 58( ) 58 ─ ─ .
(21) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). の領域では存在しない限り,企業は,成果についての展望(Aussicht)を有して,経営さ れえない。このような成果がなければ,これがまず第一に創造されるべきである。 本源的な経営に対する派生的な経営の強い依存は,これらの間での関係を特に重要な研 究領域にする。この領域での研究が初めて開始された。科学と同様に,目指す企業にとり, 生ずる困難は,次の問題にある。すなわち,どこから,需要の判定のための最善の基礎は 獲得されるのか。これについての意見は分かれている。著者〈【筆者補足】ザンディヒ〉 は,ニクリッシュに従って,消費についての目録の利用に賛成してきた。 需要,その特徴と,その変化の知識に基づき,最後に,知識を考慮した,販売政策(Absatzpolitik)が形成される。その販売政策は,数量政策,品種政策と価格政策である。本源的な 経営の需要を, 派生的な経営の完全操業(Vollbesch ftigung )のための手段として考察 することは,関係ない。このような見解は逆立ちしている。ここから,全体としての経済 にとり,長期に亙って,良いことが引き出されないことは,明白である。派生的な経営は, むしろ,その政策では,数量,品種と価格により需要を正しく評価できる。今や,派生的 な経営は,肢体,国民経済の細胞(Zelle)としての機能を充たせる。 しかし,派生的な経営が需要の調査の成果に基づいて,需要を正当に評価した政策を行 うならば,経済全体はより簡単に管理されうる( lenken ) 。純粋な利己心から経済が常に 繰り返して均衡から外れることを惹き起こすことと,企業はこれに共同するが,洞察の不 足,伝統主義(Traditionalismus)の多用,展開を維持するように前進することはもはや 避けられないことではない。需要を正当に評価する,経済の管理に派生的な経営がみずか ら徹底すれば,経済の管理の問題はより簡単に解決されるであろう。. 経営経済学での立場の統一性 経営経済学者の専門分野(Feld)が,経営で経済することより,広く向けられているこ とを説明(Darlegung)は示す。そこでは,あらゆる経営経済上の現象が企業からのみ理 解することはできない。というのは,このような企業は,より大きな関連での肢体である ため,経営のネットでの肢体である。大きな産業と,特に,計算制度から始める者は,こ れを簡単に見逃す。しかし,彼は,一度も,個別の商業経営に立ち止まる必要はない。流. Vgl.Sandig, C. 1 934. S.40f. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.43. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.43. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.4344. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.44.. 59( ) 59 ─ ─ .
(22) 第61巻 第1号. 行に拘束された製造経営(modegebundener Industriebetrieb)での依存性の体験を更に 強調する。 このため,経営経済学は,その研究領域にあらゆる経営を関係させるべきである。経営 経済学に唯一の立場のみが存在するとしても,経営経済学という専門科学は〈【筆者補足】 内容や意義では〉乏しくはない。 また, これは全く問題でない。偶然の研究(zuf llige Untersuchung)のあらゆる多様性では,立場の統一性(Einheit)を保証することが主要 な課題である。しかし,統一性は経営にある。 そこで,〈【筆者補足】多様な〉……経営経済学者の研究の立場が可能である。 個々のケースで,再び,次の研究が可能である。すなわち, a)経営の個々の様式での構造と経営内部での過程 b)どのような様式でも他の経営に対するある種の経営の関係 c)国民経済の領域での,総ての経営の全体に対する個々の種類の経営の関係 しかし,常に,経営が研究の開始点と基準点である。これが行われ,個々の研究でも, 最終の単位が,常に,経営経済学が考察する,全体になれば,家計調査と需要調査の経営 経済学への参入により,1つの統一体(eines)になる。専門科学はより豊かになり,それ 自体で,完全に,かつ,普遍的になる。観点の統一性の破壊については語れない。最初に 設定された問題は,これにより,明白に肯定的な意味で答えられる。 経営経済学者が,企業の活動を,経営の特別な種類として制限することが少なくなれば, 科学に必要な総ての関連の中立化はより完全になり,これに対して,経営経済学はより 多く洗練され,どのような者も「金儲け論」となることを止める。 経営経済学の道(Weg)は前進する。ニックリッシュの争う余地のない功績の1つは, 将来のこのような道を証明し,最初のものとして描かれたこととして残る。. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.44. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.44. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.44. Vgl.Nicklisch H.:Grundfragen f r die Betriebswirtschaft, Stuttgart 1928. S.45.;参照。 木村喜一郎訳『経営経済原理』文雅堂1930年911頁;拙稿(2009)「ニックリッシュの『経営経 済原理』についての一考察」商経学叢 第56巻第2号 2009年 896頁 Vgl.Sandig, C. 1 936. S.44. Vgl.Sandig, C. 1 936. S.44.. 60( ) 60 ─ ─ .
(23) ニックリッシュの「研究対象」についての一考察(牧浦). 3 シュバイッアによるニックリッシュの成果分配論の形成. 前書き 1920年に,ニックリッシュにより,著書『組織論』が出版された。この著書は,ニック リッシュが,ドイツ観念論(Idealismus)の哲学の良い理念(Ideengut)から引き出され る(sch pfen ) , 経営経済学の体系を構築しようとしたことを指摘する。ニックリッシュ は,これにより,当時支配的な唯物的な思考方針(materialistische Denkrichtung)に 反対していることを自覚していた。だが,彼は論争( Kampf )を回避しなかった。 反対 に,通説に迷わず,彼は自らの道を歩み,規範的な個別経済学の一貫した基礎構造(Grundbau) の創造者(Schp fer),経営経済の思考方針の精神的な指導者(F hrer)になったが,思 考方針は,彼の反対者,実在論者(Realist),経験主義者(Empiriker)とは異なり,経 営の本質(Sein)の単なる説明に制限することを拒否した。 彼の経営の把握には有機的な性質( organische Natur )がある。彼は,初めから,人 間を経営の中心点に,経営共同体を経営経済上の思考の中心点に設定した。ほぼ20年古い 〈【筆者補足】1915年に公開された〉が,以下の公式化は,最も良く,経営経済的な思考の 方法(Art),ニックリッシュが経営経済的な思考を奨励し,教える方法を直観的に理解さ せる(veranschaulichen)。すなわち, 「経営は,道具,材料を装備された,作業場所での 。 人間であり,自らの欲求の充足のために設定した,目的を実現するために,活動する」. そして,「このため,(われわれの専門科学は当時まだ,代表者により,呼ばれていたよう に,)私経済学の主唱者は,その著書では,主に,人間と,全体に対する個人と個々の人 間集団の関係の観察,調査と説明は最も特殊な課題であるとみなしていた。そして,この ような基礎に基づいて,義務の概念と,純粋な人間性(Menschentums)を,総ての他の 科学でと同様に,うまく展開した。というのは,実践的な活動(Leben)のこのような領 域(Gebiet)では,物質上で不充分な行為(Handeln),純粋に義務に基づく行動(Tun) が,総ての他の行動と同一の意義を有するからである。このような共同体の考察により, また,われわれ私経済学者は義務の教育者(Lehrern der Pflicht)になる」 。そして, Vgl.Schweitzer, R. 1 936. S.24. Nicklisch, H. 1 925. S.36. Nicklisch, H.(1 915):Rede ber Egoismus und Pflichtgef hl, in.ZfHH. 8.Jg., 1915. S.1 04 左.:参照。森哲彦訳「ニックリッシュ 利己心と義務感」名古屋市立女子短期大学研究紀要 第 56集 1996年19頁;渡辺朗訳「利己主義と義務感」 (大橋昭一編著・渡辺朗監訳『ニックリッシュ の経営学』同文舘)1996年 123124頁. 61( ) 61 ─ ─ .
(24) 第61巻 第1号. 「義務の最も深い本質は, それが, 全体に対する個人の最も純粋な関係を含み,表現する ことにより,明らかになる。個人は全体による生活を歓迎し,活動に全体の恩義を感ずる。 個人は全体の肢体である。そして,彼らの行動と活動(Tun und Lassen)は,全体性に 対する個人のこのような関係により支配されているに違いない。これは義務の概念に存在 する」 。 このように, ニックリッシュは雑誌「商業学と商事実践」で1 915年8月に書い た 。 ニックリッシュにとり,経営と倫理( Ethik )の間に,第一位の関係が存在すべきこと は決して疑しくなかったため,彼は,当時,経営経済学者の中で,哲学者として彼を嘲る ことができると考えられることに我慢すべきであった。彼の基本的な態度が最高の現実と の類似性(die allergr. te Wirklichkeitsn he)を早急に獲得することは予想されなかっ. た。今日,われわれは,経営学が,経営で活動する,人間の意識と意識の内容をまた特に 配慮してきたことを硬く確信している 。. ニックリッシュの基本概念論での成果概念 10年前〈 【筆者補足】1926年〉に, 一度,経営経済学の基本概念を統一するという任務 が委員会に与えられた。この委員会は,経済性のための国家管理委員会(Reichskuratorium f r Wirtschaftlichkeit)での専門用語のための会議と呼ばれた。そして,その議長(Leiter)はニックリッシュ自身であった。それにも係わらず,あるいは,全くこのため,この ような試みは無意味な企てであった。基本的に,異なる経営経済の思考方針が対比された ため,合意に到達できなかった。経営の出来事を経営共同体の立場から見る者は,経営経 済上の考察で,開始点として,企業家の観点のみを認める者とは,概念上では統一して公 式化できなかった 。 ニックリッシュの成果概念についての説明の開始には,3つの命題(Satz)が設定され うる。つまり, 1.成果は,常に,源泉(Quelle)に対する関係を有する。 2.成果は対価(Gegenwert)である。 3.成果は差異(Differenz)である 。 Nicklisch, H. 1 915. S.1 02 右.;参照。森哲彦訳1996. 1 6頁;渡辺朗訳1996. 119頁;Vgl.R K.(1936):Nicklisch und die normative Betriebswirtschaftslehre, Stuttgart 1936. S.6. Vgl.Schweitzer, R. 1 936. S.24. Vgl.Schweitzer, R. 1 936. S.24. Vgl.Schweitzer, R. 1 936. S.25. Vgl.Schweitzer, R. 1 936. S.25.. 62( ) 62 ─ ─ . le,.
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