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幼稚園を拠点とした自然教育の試み: 沖縄地域学リポジトリ

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Title

幼稚園を拠点とした自然教育の試み

Author(s)

盛口, 満

Citation

沖縄大学人文学部紀要 = Journal of the Faculty of

Humanities and Social Sciences(13): 83-87

Issue Date

2011-03-31

URL

http://hdl.handle.net/20.500.12001/9630

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<実践報告>

幼稚園を拠点とした自然教育の試み

要 約 盛 口 満 幼稚園の卒園者である小学生を対象として、3年間連続の自然教育プログラムを実 施した。骨を教材とした自然教育の結果、参加児童に、プログラムへの積極的な関与 が観察されるという成果を上げることができた。また、幼稚園の卒園者を対象とする という試みから、教育における「場」のもつ働きと意味についても若干の考察を加え る。 キーワード:幼稚園、自然教育 は じ め に 私立・風の谷幼稚園は、1998年に神奈川県川崎市の里山に開校した。都市近郊ではあるもの の、周囲には畑や雑木林が広がっている丘の上という、自然環境に恵まれた立地に設立された

幼稚園である。これは園の創立者であり、園長である天野優子氏の教育理念と深く関わってい

る。園の教育理念を一言で表すと、「人間として誇りをもってしっかり生きていく。そんな力

を持った子どもを育てたい」ということになるが、さらにその「誇り」を得るためには、「自

分の力で自分の生活を維持できる力」「コミュニケーション力j「問題解決能力」の三つの力が 必要とされている繍高2008)。このうち、「コミュニケーション力」には、「他人とのコミュ ニケーション力jだけでなく、『自然とのコミュニケーション力」も含まれている。天野は幼

稚園を設立するにあたり、「自然の中で子どもたちが遊ぶこと」「自分は自然のなかの一部とい

うことを感じ取れる子どもにすること」が大切であると考えていたと語っている(注1)。ま

た、風の谷幼稚園を設立するまでの幼稚園教員としての体験から、自然が身近にない環境下で

の子育ては、ややもすると「自然が好き」といいつつも、実は自然を見て楽しむだけに終わり

がちであり、「自然に対して観光者、傍観者的視点を持つ子どもに育ちかねない」という危倶

をもつに至ったという。そのため風の谷幼稚園を設立するにあたっては、できるだけ自然環境

に恵まれた立地を選び、さらに教育活動の中に、野原や雑木林での遊びのほか、畑仕事や動物

の飼育などの、自然体験活動を積極的に取り入れている。

ところが、このような自然教育を幼稚園で行っても、やがて卒園した園児らは、「普通」の

小学校に進学することになる。現在の児童数は、3歳児2学級(48名)、4歳児2学級(64名)、

5歳児(64名)であるが、卒園者は30校ほどもの多数の小学校に分かれていく。このため、天

野は、卒園者対象の自然教育プログラムを企画・実行するに至った。著者が関わることになっ

た、この「風の谷幼稚園・同窓自然教室」(以下、自然教室と略す)の内容を紹介すると共に、

これからの教育を考える上で広く参考になると思われる、「場」の教育についての考察を行い

たい。

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沖縄大学人文学部紀要第13号2011 1.科学教室のプログラム概容 自然教室のプログラムは2伽群より開始された。 風の谷幼稚園の卒園者は闘窓会があり、小学校1年生で菅平、2年生は丹沢で合宿を行って いる。自然教室は、この同窓会の小学校1年生から3年生までに呼びかけ、3年単位で行うこ とになった(つまり、1年生で参加した児童は終了時には3年生、3年生で参加した児童は終 了時には5年生になることになる)。現在は、第1期の科学教室が、3年園を迎えてプログラ ムを終了し、次の教室の児童を募集しているところである。 第1期の自然教室のプログラムは以下のようであった 1回目'2008年冬『骨の学校」 2回目・2008年夏「虫の学校」 3回目・2008年秋「木の実の学校」 4回目・2009年夏「海の学校」 5回目・2010年冬「化石の学校」 6回目・2010年夏「漂籍物の学校」 にのうち、2回目の『虫の学校jのプログラムは、昆虫写真家である安田守氏が担当し たが、残りの5回は著者が担当した) プログラム1回目、「骨の学鋤は小学校1年から3年までの卒園者を風の谷幼稚園の講堂 に集めて行われた.参加した児童は、皆、卒園者であるから、特に学年が一緒である鳩合は、 お互いに顔見知りであり、そこここで、声をかけあう姿が見られた。そのため、日常的に行わ れている学校の授業ほどではないが、『気心のしれた間柄」でプログラムを行うことが可能と なった。1回目の?プログラムは、幼稚園を教室にして、授業と実習を組み合わせ、さらに周囲 の雑木林でのフィールドワークも組み込んだ。同様の、授業と実習、またはフィールドワーク を組み合わせたプログラムは、『虫の学樋「木の実の学校」「化石の学校』でも行った。一方、 聡の学校』及び「漂着物の学校』は、バスを借りて、神奈川及び茨城の海岸部に出かけるフィー ルドワークを中心としたプ画グラムであった。参加人員は、おおよそ毎回、釦名から棚名程度 であった。 2.プログラムの内容と児童の感想 全体のプログラムの導入部にあたる、1回目のプログラムは3部構成とした。このうち、第 1部は、骨鰯授業を行った。今回のプログラムを始めるにあたって、それまでの著者の教育経 験から、骨己を教材に扱うことが、身近な自然に「気づく」ために、有効であると考えたためで ある憾口別08)。また、骨を教材に扱うことで、プログラム全体に関わることになる著者 の、児童による位置づけ(『骨が好きな変な先生」鋤を確立することを試みた。その後、第 2部では、フライドチキンを児童一人ひとりに配布し、昼食と一緒に食ぺながら、その中の骨 を取り出す実習を行い、第3部は昼食後、風の谷幼稚園周辺の自然へのフィールドワークを行っ た。 この第1回目のプログラム終了後の児童の感想を紹介する。 『わたしは、うまのまえあしとうしろあしのゆぴが二本あるとおもっていました。でも、 はじめて一本だとわかりました。おかあさんにもはなしてみました。おかあさんもしら

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なかったといっていました。とてもホネのべんきょうになりました」(Y・M1年) 「ホネのこと、たくさん教えてくれてありがとう。たのしかったです。ぼくもこれからホ ネをあつめて先生みたいになりたいです」(F・M1年) 「どんぐりがおいしかったです。リスになったみたいでまた食べたいです。ホネを見て肉 食とかがわかって、タヌキの頭がちいさかったのと、クジラのホネが重かったのがびっ くりしました。ヘビのホネが小さいホネがたくさんでてるのがすごかったです。足のホ ネはなんぼんあるのかどうぶつによってちがうのはしらなかったです。にんげんとコウ モリがいっしょなのがびっくりしました。いろいろなホネが見れてよかったです」(Y・ K 2 年 ) 「ホネの学校にいっていろんなことがわかりました。ウマの足のホネが1本とか。それに フライドチキンがホネの勉強になるなんてしりませんでした。とてもおもしろかったで す」(M・S2年) 「たのしかったです。いろいろとしらなかったことをおしえてくれてうれしかったです。 どうぶつのホネをいろいろさわれておもしろかったです。ヘビのホネやネズミのホネを さわれてうれしかったです。ネズミのしたい(注。リスの剥製のこと)をみてびっくり しました。さいしょはさわるのがいやだったけどさわってみたらいがいとふわふわで形 がかわいかったけど目がくりぬいてあってちょっとこわかった。またおくんきょうした い で す 」 H ・ T 2 年 ) 「さいしよは、ホネなんかきょうみなかったけど、このじゆぎようをうけたらホネのこと がおもしろいと思いました。学校よりずっとおもしろかったです」(K・’3年) 「ネズミやリス.のゆぴの数をしることができて、ぺんきようだけど楽しかった。いろいろ なホネが見れておくんとうなのにぺんきようもしておもしろかったです。わたしの学校 でもこういうぺんきようがあればいいです」(Y・S3年) 「ホネのことがいろいろと知れて、たのしかったです。いがいなところでも、ホネはみつ かるのだなあと思いました。さっそく、鳥のホネ(注・フライドチキンのこと)はコレ クションにしました」(T・M3年) この感想に見られる、『最初は骨になんか興味はなかった」というのは、ほかの児童たちに とっても、正直な気持ちだったのではないだろうか。そのように思っていた児童たちだが、プ 画グラム終了後には、骨に強い興味を示したことが、感想からうかがえる。実際、参加した児 童、総計46人の全員の感想に、骨の授業については肯定的な感想が書かれていた。中には、児 童が持ち帰ってきたフライドチキンの骨の処理に当惑したという、保謹者からの文章が添付さ れていたものもあった《授業中、処理の仕方は口頭で説明はしたが、うまく伝わらなかった)。 また、児童によって、具体的に興味がひかれた骨や剥製には違いがあることも、感想文からう かがえる。 予測どおり、初回のプログラムの教材を骨にしたことは、児童のプログラム全体への興味付 けにも役立ったと考えられた。逆に、予測外だったのは、当初、考えていたよりも、児童たち が骨に強い興味を持ったということであった。 このことに気づいたのは、第4回の「海の学校」におけるフィールドワーク時であった。こ のプ回グラムでは三浦半島臆ある三戸浜でおこなわれた。川崎からの車中では、著者による、 海の動物の骨の授桑を行った。海岸においてのプログラムは、第1部の潮溜まりの生き物でミ ニ水族館を作る、第2部の海の生き物についての授蕊第3部の漂着物さがしという3部構成

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沖縄大学人文学部紀要第13号2011

であった。このうち第1部の潮溜まりの生き物探しが児童たちの興味を強く引くことは予測し

ていたのである戯それ以上の傭熱が、第3部の漂着物探しで発揮されるというのは、予測外

であった。しかも、漂着物探しに児童が夢中になったのは、海鐸で骨が見つけられたからであっ

た。この海岸で見つかったのは、主にコイやボラなど魚の骨と、トビ、ハシボソミズナギドリ

といった鳥のバラバラになった骨であったのだが、著者も驚くほどに、児童は骨探しに夢中に

なり、またじつによく骨を見つけ出していたのであった。また、2回目以篠プログラム外で

見つけた脅などを、プログラム時に持ち込み、著者に鑑定を求める児童も二、三見られるよう

になった。

このように自然教室に参加した児童たちが、思っていた以上に骨に強い関心を持ったことか

ら、}第5回目及び第6回目のプログラムを、急逢、骨に関連することに組み替え、児童たちの

関心をさらに発展させることを戯みた。

第5回目のプログラムは、第1部力牝石についての授業、第2部が化石のレプリカ作り、第

3部肋3バラバラの骨から動物を復元する実習、第4部が骨を使ったアクセサリー作りという内

容とした。また、第6回はフィールドで本格的に骨を採集することを目的とし、茨城県の波崎

海岸にフィールドワークにでかけた(ハシポソミズナギドリや淡水魚のハクレン、鯨類のスナ

メリ等の骨を採集することができた)。このいず執のプログラムも、またしても予想を上回る 児童の取り組みを見ることができた。 3.『蝿』の教育への考察

先に紹介した、第1回目のプログラムの感想文中にある、側強だけど楽しかった」という

一雷は、このようなプログラムの必要性を、児童の雷葉で端的にあらわしているものと思える。 このプログラムの圃的は、骨を知ることが目的でも、理科を学ぶことが目的でもなく、『自然 はおもしろい』、ひいては『知るということはおもしろい」ということ感じてもらうことを目 的としている。また、そのためにはできるだけ実物に触れるということをプ画グラムの基本軸 においている。これは、理科を学ぷこと自体がこのプログラムの目的ではないものの、児童た ちが理科を学んでいく上で、このプログラムの経験が、学びの基礎を形作るのに役立つと考え ているからである。これは、現代社会の中では、噸利になりすぎて“もの”が見えなくなる くらしにおかれた子どもたちが、理科に本質的な興味をもたない」状態にあると考えられるか らであり(盛岡裏削01)、さまざまな教育現鳴での実践において、箸者もこのことを強く感 じているからである轍口2帥7)。 プログラムの企画者である天野は風の谷幼稚園の広報麓に、次のような文章を魯いている 性2)。 「21世紀は、夢と希望に溢れた時代になると期待していました。しかし、現実は20蝋紀の “つけ”を背負った重たい時代になっています。この現実の中を子どもたちはどう生き ていくのだろうかと考えれば考えるほど明るい気持ちにはなれないでいます。しかし、 この現実を否応なく生きていかざるをえないのが、子どもたちなのだから、それなら宮 らの手で、夢と希望につながる価値観を生み出し、この流れを変えていく力を子どもた ちの中に育ててやることが、私たちの責務ではないかと思うようになりました(後略)』 この天野の文章にある、自らの手で価値観を生み出すことのシミュレーションが、例えば、 フライドチキンの中にも進化を物語る骨が隠れていることに気づく作業や、海岸でゴミにまじっ

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て落ちている骨に価値を見出す作業ではないかと考えている。 今回のプログラムは、骨を主軸としたことで児童たちに学びの成果をあげたのではあるが、 それに加えて、このプログラムが幼稚園の卒園者対象であったことが特筆に価すると考えてい る。これまで、えてして小学校は中学校への通過点、中学校は高校への通過点、高校は大学へ の通過点であり、大学は就職の門口であるというように捉えられがちであった。ところが今回 のプログラムは、このような考え方に対して、逆の考え方にたつものである。つまり、小学生 は、幼稚園の卒園者であって、卒園者としなら幼稚園の教育の範畷に入るものであるという考 え方である。いいかえるなら、このプログラムに参加した小学生にとって、風の谷幼稚園は自 らが巣立った鴫』であり、卒業後も卒園者としてその『場」に所属し続けているということ である。このような考え方は、学校を、通過「点」としてではなく、「場」として位置づけな おす試みであると考える。むろん、このような考え方が有効であったのは、児童たちが体験し た風の谷幼稚園での日常が、児童たちにとって、大切な「場」であったからにほかならない。 すなわち今回のプログラムが児童たちに有効な学習効果を上げているということから、幼稚園、 小学校にかかわらず、学校を学びの「場」として再認識し、学校や授業の中で「場」作りを賦 みることは、学校の学びの可能性を広げることにつながるであろうと考えられる。 謝 辞 このような貴重な教育実践の機会を与えてくださった天野優子氏に深く感謝する。また、プログラムの 実行にあたっては、風の谷幼稚園・卒園者の保霞者である長井泉氏ら多くの方々にご協力をいただいた。 特にフィールドワークにあたっては、児童らの安全管理などに多大な労力をさいていただいたことを記し て感謝したい。 注 天野優子鱒演会より『風の谷幼稚園広報誌風つ子15号』(2伽4) 天野優子「風の谷を巣立っていった子どもたちのお母さんへ」『風の谷幼稚園広報誌風っ子第11 号』(2003) 参考文献 瀬高郁子(2008)rs歳の誇りあの風の谷の子どもたち』コンテンツ・ファクトリー 盛口褒(2001)r"もの”にこだわる化学一高校は小.中.高の中継ぎ」『理科を変える、学校が変わる』 最首悟ほか縞七つ森書館,pp.216-237 盛口満(2007)「理科の授業と生活体験一夜間中学及びフリースクールの授業実践から見えてきたこと」 『沖縄大学人文学部紀要』第10号.pp、157-170 盛ロ満(2008)「身近な自然としての骨」『小児歯科臨床』1猪3号;pp.27-31

参照

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