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北海道国語教育史稿(五) : 小鮒寛「北見文選」の場合

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Academic year: 2021

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(1)Title. 北海道国語教育史稿(五) : 小鮒寛「北見文選」の場合. Author(s). 岡屋, 昭雄. Citation. 北海道教育大学紀要. 第一部. C, 教育科学編, 37(1): *1-16. Issue Date. 1986-10. URL. http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/5010. Rights. Hokkaido University of Education.

(2)         . 北海道国語教育史稿 ーー− 五 11 小 鮒寛 ﹁ 北 見文 選﹂ の場 合 − ーー‘. 一、小鮒寛 氏 の綴方教育 に果たした役割 小 鮒寛 氏 が国語 教育 、 と りわ け昭和 十年 代 の綴方 教 育実践 に果 た した役割 は、以 下 に述 べる四 つの側面 から分析 でき る。 先ず 最初 に、児童 用 、教師 用 の ﹁ 北 見文 選﹂ の編輯 者 ・発行 者 と し ての小鮒氏 であ る。 児童 用 の ﹁ 北 見文 選﹂ は、昭和 十年九 月 に創刊 され 、昭和 十 二年. 高等科用. 高等科用. 九 月号. 六月号. 五月号. 昭和 十 一年十 月 二十 日発行. 昭和 十 一年 九 月十 五 日発行. 昭和 十 一年 九 月十 五 日発行. 昭和十 一年 六 月 二十 日発行. 昭和 十 一年 五月 二十 日発行. 雄. ◎. 高等科用. 九 月号. 昭. の. 三 ・四年 用. 十 月号. 屋. ◎. 高等科用. 岡. , 樽 の. 一方 、教師 用 ﹁ 北 見文 選﹂ は、昭和 十年 十 月 に創刊 され、 昭和 十. 二年 二月ま で、合 計 十 三回発行 さ れ て いる。 一回 の発行 部 数 は、 三 百 部 で あ った 、 と い う 。. それ は、管内 四三校 に、毎 回 一万発行 ・頒布 したと いう。児童 用 ﹁ 北 見文 選﹂ は、 一、 二年 用 、三、 四年 用 、五、六年 用 、高等 科 用 、以. の教育 文 化を建 設 し ている。 ﹂と、激賞 す る。ち な み に、第 一回目 は、. 来校 し た教育 学者 波 多 野完 治 氏 は ﹁ 東京 でも 見 られ な いよ う な高度. 二番 目 の側 面 は、女満 別 教育 に果 た し た小 鮒 氏 の役 割 であ る。昭. 上 、 四種 類 が発行 され て いた。網走 市 の菊 地慶 一氏 、佐藤 将 寛 氏 の. 昭和 十 三年 十 月 、北 海道 庁視 学佐 々木 毅 一氏 を招 いて開催 さ れ、第. 二月ま で、合計十 二回、十 八 ヶ月間 に十 二回 の発行 と な る。 そし て、. 奔 走 によ って以 下 に述 べる七部 の資 料 が見 つか った、と いう。筆者. 三 回 の女 満別 教育 研究会 は、 ﹃ 女教師 の記録﹄ ︵ 西村書 店 高等科用. 昭和 十年十 一月 一日発行. 昭和十年十 月 一日発行. 学 研究会 の留 岡清 男 の両氏 が講師 とし て来校 す る。. 年︶の平野婦美子氏、﹁ 百万人 の数学﹂ の主唱者今野 一郎、教育科. 昭和 十 五. 和 十 四年 十 月 に開催 され た、第 二回女 満別 教育 研究 会 の講師 と し て. も 菊 地 慶 一氏 か ら お 借 り し て コピ ー さ せ て い た だ い た 。. ①. 高 等 科 用 十一 月号. 十 月号 の.

(3)                                                                                                                                                                 .  . 雄 昭 屋 岡. 教育 ・国語教育﹂ ﹁ 工程 ・綴 目 に挙 げ る ことが でき る のは、 ﹁ 三番. 方 学校﹂ 等 、全 国的 な綴方教育誌上 での活 躍 である。. 二. 調 べる綴方 に実 践﹂ を 発表 す るととも に、同年 八月 、全 日本 綴方 倶. 綴方 学 習 に於 け る考 察点 の問 題﹂ と題 楽 部 主 催 の夏 期講 習会 で、 ﹁ する研究 発表 を す る。. 以 上 、小 鮒 氏 は、郷土 意 識 を中 核 に据 え つつ調 べる綴方 の実 践を. − 年 と ころ で、 こ こで小鮒寛 氏 の経歴 を紹介 し てみよ う。 一九 一− ︵ 明治 四 四年 ︶群 馬 県 に生 ま れ た。父 が刑務官 であ った関係 か ら、. その当時 の こと に ついて小鮒 氏自身 は次 のよう に証言 す る。. す る よ う にな る 。. 昭和 四年 ︶に入学 し た。在 学 一心 で、旭川師 範 学校 に 一九 二六年 ︵. は、文 集 ﹁ 田舎 の子供﹂ を つく り、綴方 教育 の実 践 に力を 入 れま. 深 めなが ら、 子ど も 一人 ひと り の綴文 力を育 てる こと に努力 を傾注. 中 は校 友会 の雑 誌 に詩 を書 いた り、絵 を描 いた り、同人 雑誌 を 発行 ブ ハー 唯 物史観﹄ ︵ した りす る文 学青 年 であ った。ま た、 一方 では ﹃. 集 に対 す る親 切 な批 評 を頂 いた り、休 暇 には、上 京 し て、飯 田恒. 千葉 、東 京 、網走 と転 々と したと いう。家 の経済 が必ず しも富 裕 で. 、﹃ 、﹃ 共産党 宣 言﹄ ︵マルク ス、 エンゲ ルス︶ 資本 論﹄ ︵マルク リ ン︶ 、﹃ ス︶ 芸 術 論﹄ ︵ 薦 原 惟 人 ︶等 の社 会 科 学 関係 の著 書 も 緩 いた。 と. 作 氏 を訪 ね たり 、帰途 、砂 原 に木 村文助 を訪 ね て指導 を 受 け た こ. な か った の で 、 必 ず し も 教 師 に な り た く は な か った が 、 勉 強 し た い. りわ け小 鮒寛氏 の行動 力 ・実 践 力 は師 範 学校 の同級生 のな か ではき. と も あ りま す 。. ママ. 生産 と教 育 を 結 び つ 昭和 八年 一月 に、留 岡 清 男先 生 を 知 り、 ﹃. ママ. し た。飯 田恒 作 、池 田小 菊 、木 村 文助 、中 村 忠 一の諸 氏 か ら、文. 私 は、昭和 六年 に、旭 川師 範 学 校 を卒 業 しま し た。 昭和 七年 に. わ だ って い た と い う 。 そ し て 、 こ の こ と が 後 に 教 師 と な って か ら の. 教育 実践力 と し て開花 す る のであ る。. ママ ママ. 隊 の後 、女 満別 小 学校 に赴任 す る。 そ の理由 は、当時 、父 が網 走刑. で あ り 、 も う 一方 に は 、 自 己 の実 践 を よ り 確 か に す る た め に 、 そ の. もの 以 上 、小鮒氏 の証言 は、氏 の綴方 実 践 の拠 り所 を 明確 にし た.. と啓 発 され、生産主義教育 の実践 にすす みま した。. ’ ▲. け る こと﹄ ﹃ 教育 を科 学 的 に研究 し な ければ な らな いこと﹄ など. 務 所 の刑 務官 と し て勤務 し ていたか ら であ る。当 時 の女 満 別村 は、. 昭和六年 ︵一九三 一︶、旭 川 師 範 学校 を卒 業 し、 軍隊 に短 期 間 入. 人 口四千余 、戸 数 八百 足 らず の米 作北 限 の村 であ った。と りわ け小. 飯 田恒 作 氏 を訪 れた のは、氏 の綴方 力発達 段 階 の研究 に心惹 かれ る. 道 の先 輩 たち の所 を訪 れ て指導 を受 け る行 動 力 ・実 践力 に富 む教師. と と も に 、 そ の 研 究 の方 法 を 教 示 し て ほ し か った か ら でも あ る 。 そ. 鮒 氏 が赴 任 し た当 時 は、冷害 ・凶作 のため に農 民 の生 活 は困窮 のど し か し 、 そ う い う 状 況 の も と に あ って も な お か つ、 教 師 と し て 、. 教 育 ・国語 教育﹂ に し て、小鮒 氏 自身 も 、昭和 十年 、六 月号 雑 誌 ﹁. でも あ った。 ち なみ に、東京 高 等師範 学校 附 属小 学校訓導 であ った. 生産 主義 教 子ど も に希 望 を与 え続 け る綴 方 実 践 によ り所 を 求 め、 ﹁. 芦 田 ・友 納論 争﹂ ﹁ 文 題材 と し て の母﹂ と し て発表 する。飯 田 は ﹁. ん 底 に あ った と い う 。. 育L の実 践 を通 し て成 果を お さめ る。全 国的 な レベ ルにお いても小. 発達段階 を踏 ま え つつ、随 意 選題 と課題 と 子ど も の綴 る力 の実態 に. 以後 の綴方 教育 の問題 に果敢 に挑戦 し、 そ の成 果と し て、綴方力 の. 鮒 氏 の実 践 は卓 越 し て いた。 この こと に ついては別 の機会 に論 及し た い。. 昭和 九年 、六 月号 の綴方 教育 雑 誌 ﹁ 教育 ・国語﹂ に ﹁ 郷土意 識 と.

(4)                                                                                         . 北海道国語教育史稿 −− 5 −−. 即し て実践 した人 と し て、も っと高 い評 価 が与 え られ てよ いと考 え る。. と ころ で、小鮒 氏 は、児童 作 品 二百 四十網 の綴方 を 分析 し て次 の ﹁ワ タ シ ハ、 オ カ ア サ ン ニ、 セ ン セ イ ノ ユウ ユト ラ 、 キ キ. よう な結 論を出 す。 尋 一. ナサイ 、ト ユ ハレ マシタ﹂ と いう受動的 な態 度 が見 られる。 ﹁何 でも 買 って く れ る 母 ﹂﹁よ く 世 話 を し て く れ る 母 ﹂と い っ. 尋 二 母 の仕事 を理解 しようと す る傾向 が色濃 く見 られ る。 尋三. ﹁ 世 の中 に事 実を軽 んず る。学 問 はな いはず であ る。と ころが 、. 学 問 の修 養を積 ん で事 実 が わ か らな くなる のは不 思議 であ る。私. は実 際家 が、事実 の意 味 づ けが出 来 れば 、 それ はり っぱ な学 者 で. あ ると思 ってゐる。事 実 を読 む こと が寧 ろ根本 的 な学 問 であ る。. 実 際 家 が毎 日児童 に接 し てみ て、児童 が わ か らな か った り、毎 日. 児 童 の 文 を 読 ん で ゐ て 、 児 童 の文 が わ か ら な か った り す る の は 、. 寧 ろ悲 惨 であ る﹂ と飯 田恒 作 先生 は言 ってお られ るが 、綴 方 教育. 人 に与 へたとき な警告 であ る。実証的綴方 に近 くあ るも のとし て、. 飯 田恒 作 ﹃ 数 ・国 ︶小 鮒 寛 ﹃ 文 題材 と 見方 の展 開 と綴 方 教育﹄ ︵. 次 の論文 を挙げ る こと が出来 る。. 母 の性質 を と りあげ るよ う にな る。. し ての母﹄小鮒寛 ﹃ 教 ・国 ︶木村詩 ﹃ 文 題材 と し て の機械﹄︵ 子供 ・. た風 に、母 の愛情を中 心 に綴 るも のが多 くな ってくる。 尋四. 母 の性 質 や仕 事 ︵ 働 き ︶を深 く表 現 し ようと す る傾 向 が見. 分析等 も考 え られ るだ ろう。 にも か かわ らず 、小 鮒 氏 が 、以上 のよ. でき な い。語藁 の発達 、文 の連 接 関係 、思考 ・認 識 の発達 に即 し た. 児童 のも つ社 会 認識力 、児童 の言 語 化 す る能 力 の調査 研究 が必要だ. が緊要 と と らえ、 し たが って、文 題材 に対 す る教師 の研究 の深 さ、. 以 上 、小鮒 氏 の実 証的 綴方 教育 論 の骨 子 に ついて紹 介 し た。 つま り、小 鮒氏 は、文 題材 と児童 のも つ社会 認 識力 と の相 関関 係 の究 明. 線筆者︶. 観察 ・指導﹄︵ 実験︶田中幸 ﹃ 児童 の文は何を語るか﹃ ︵ 叢書︶︵ 傍.    . 尋五. られ、母 への協 働者 と し ての自 己を意識 し てく る。 尋六以後 、今 ま での傾向 がま すま す深 ま ってく る。. うな実 証的 ・科 学的 な理論 を背 景 に踏 ま え た綴 方 実 践 を 目指 し て い. と主張 す る のであ る。. 以 上 の ことを も って、 す ぐ に綴方 の発達 段 階を把 握 したと断 言 は. た こと は特 筆 し て よ い。. 人 が毎 日 の実 践 に埋没 し てしま って、理論 と実 践 の止揚統 一によ る. いず れ にしろ、小 鮒 氏 の研究 熱 心 さ に驚 く とと も に、現在 の実 践. 教育 力 の練磨 を怠 って いる現実 を 見 る に つけ ても 、 ひた すら に実践. 十 月号 ︶. の冒頭 に ﹁ 実 証的 綴方 教育論﹄ を 発表 する。 そし て、 そ こに ﹁ 想像. さ らに、百田宗治編 集 の綴方 教育雑誌 ﹁ 昭和 十年 工程L︵. が 観 察 に 服 従 す る こと で あ る 。 ﹂ と 思 い き った 書 き 方 を し て い る 。. の完 成 を求 め つつ、 それ と同時 に、実 践 理論を中 広 く探 し求 め た小. 4 北海 道 の巻﹂ には小鮒氏 の ことを次 のよう に紹介 す る。. オ ホ ツ ク の海 の匂 ひ が か す か に す る あ た り ま で な ほ 北 上 す る. 人鳥 歌. 全 日本 綴 方 と ころ で、 ﹁ 工 程﹂ に毎 月 のよ う に掲 載 さ れ て いる ﹁. 鮒 氏 の気醜 に感嘆 す るほかな い。. 次 に小鮒氏 の主 張 する実証的綴方教育論 の骨子を紹介 する。 私 の意 図 す る実証的綴方教育論 と は、作 品 の実 証的 研究 、即ち 、 現実 の材 料 =作品 を集 め てき て、 これ に立 脚 し て理論 を検査 し、 或 は新 し い理論 を うち立 てる方法 であ って、 そ の特 徴 は、想 像 が 観察 に服従 す る こと であ る。︵ 中略 ︶. 三.

(5)      .  . 雄 昭 屋 岡. 綴方 指導 、第 二は ﹁ 北 見文 選﹂ の活 動 、第 三 は雑誌 への論文 発表 、. ついて紹介 し ておき た い。論告 の内容 は、前文 と、 それ に続 く第 一 か ら第 六 ま で具体的 な活 動を あげ る。第 一は、学級 児童 に対 し ての. 小 鮒 寛氏 に対 し てど のよ うな論告 求刑 が あ った のか、 そ の内 実 に. 年 と な る。 これ は坂本亮 人 、酒匂 清 一と とも に最も重 い刑 であ った。. 氏 は公判審 理 にお いて求刑徴 役 五年 、判決 は徴 役 二年 、執 行 猶 予 五. 躍 であ る。 そ のため に、北 海道 綴方 教育連 盟事件 に連 座 す る。小鮒. いて略 述 した。 四番 目 にあ げ られ る のは北 海 道 綴方 教 育 連 盟 での活. 女満 別 教育 の中 心を にな い、全 国的 の綴方 教育雑 誌 等 での活 躍 に つ. 北 見文 選﹂の発刊 、 以上 、小鮒寛氏 の綴方 教育 に果 たした役割を 、﹁. 観 であ る。. 全 国 同志 の関心下 にあ るだ け に是非 の論 はあ っても そ の実 践 は偉. 理解 さ せ、 そ こから子供 の意欲的 な生活 開 発を は じめ る仕 事 が 、. と、北 見 の女 満 別校 に小鮒 寛 が ゐる。農村 の生産 形態 を子供 達 に. 其 の間之 が指 導 に係 る優秀 作 品 又 は右 共 同調査 の結 果、或 は綴方. 其 の他概 ね之 に類 す質 問 乃至 指導 語 を 発 す る等 各種指 導 を加 へ且. 好 い表 現 は好 い生 活 か ら生 れる﹂ の表 現 で何 ん な こと が判 る か﹂ ﹁. 此 の点 の調 べが足りな い﹂ 査 せ しめたろ外 、前示指導 過程 に於 て ﹁. と し て児童 を し て資本 と生 産若 く は職業 の関係等 を仔 細 に共 同調. 調 べる綴方L の精 叙 資 料 り のま ま に調 査或 は観 察 情 叙 せ し め、 ﹁. 労働 場面 乃至前 示各 生活 場面 に取材 し て課題 し其 の生 活 現実 を在. 等 生産 的 私 の仕 事﹂ ﹁ 父 母 の働 き を 考 へる﹂・ 私 の家﹂ ﹁ き の文﹂ ﹁. 父﹂ ﹁ 生活 の自覚L ﹁ 働 蒔付日記﹂﹁ 発動機﹂ ﹁ の職業﹂ ﹁ 職業調﹂ ﹁. 私の家 米﹂﹁ 甜菜﹂﹁ 二学年男女児童に対し其 の綴方教育に当り ﹁. レタリ ア教育 理論 を把 握 す るや昭和 八年 十 月 よ り同十 年十 月頃 迄 の間右奉職校 に於 て其 の担任 せ る尋常科第 五 、六年 、高等科第 一、. 生 活 主義 綴 方﹂ なるプ ロ 育 を意 図 せ る所 謂 ﹁ 調 べる綴方﹂ 乃至 ﹁. 設 に志 向 乃至結 果 す べき意 欲性 乃至協 働 性等 の左 翼的諸 性格 の培. 四. 第 四 は、講演 や研究 発表 の印刷 物 配布 、第 五 は、北 海 道 綴方 教育 連. 家 計 の説 明 の所 は特 に光 っ 作 品 に対 す る批 評文等 を編輯 し之 に ﹁.  . 盟 の結 成と活動 、第六 に、教科研北海 道支部 の結 成 に ついて、以上 、. て いる そ れ は何 故 か、夫 れ の分 る人 は綴 方 はも う真 物 にな って居. 此 此 の点 を じ っと考 へて書 け﹂ ﹁ 此 の点 を も っと詳 しく書 け﹂ ﹁ ﹁. それぞれ に ついて詳細 に事実 をと りあげ 、論告 する。. 前半 の父 の働 く様 子 を読 ん で居 ると強 く訴 へて来 る、 る のだ ぞ﹂ ﹁. ﹁ 之 が 生 活 現実 を 在 り のま ま に調 査 或 ひ は観 察 叙 せ し め之 に文. 係 あ る生 活 場 面 に取材 せ し む る様 題 材 の方 向 を指 示 し て課 題 し. 貧窮生 活 乃至之等 に関 児童 に主 と し て生 産的 労働場 面 、家 庭 の ﹃. く て、逆 に職業 が個人 に対 し て持 つ意味 を 君達 の 一人 一人 に対 し. 身 で習 ふ筈 であ る。職 業 が社会 に対 し て持 つ意味 を調 べる の でな. 為 に職 業 調を す る の ではな い、職業 が大 切 であ ると云 ふ こと は修. 農 村 と甜 菜 と会 社 と の関係 が書 か れ てあ 係 を書 いた のは よ いL ﹁ 職 業 が大 切 であ ると 云 ふ事 を 学 ぶ る。其 の 一つを 拾 って見 ろ﹂ ﹁. 産 業 組 合 と の関 読 ん で見 て強 く響 いて来 る言 葉 を拾 って見 ろL ﹁. 話 、書直 し、合 評 、鑑賞 等 の指 導 を加 ふ る過程を 通 し資本 主 義社. て持 つ意 味を 調 べようと す る の であ る。職業 調 がど ん な事 に役立. ここで、第 一の学級児童 に対 し ての綴方指導 に ついて紹介 す る。 小 学校教 育 の諸 教科中 綴方 科 が、特定 の教科書 なく教師 の創意. 会 の矛盾自覚 に資 し或 は之 に資 す べき批 判精 神を 酒養 し て階 級意. つか、 それ は君達 が よく知 って いる筈 だ﹂等 資本主 義社会 の諸 矛. を比較 的 自由 に発揮 し得 る特質 あ る に着 眼 し之 が教育 指導 に当 り. 識 を誘致醸 成 す ると共 に、︲ 資本 主 義社会 変 革 乃至共 同主義 社会 建.

(6)                 . 北海道国語教育史稿 −− 5 −−. 盾 、自 覚 に資 す べき之 に類 す る各 種 指導 語 乃至 評語 を附 し た ろ児 田舎 の子供﹂ 第 三、 四及 五 号を各 作成 し て、之 を其 の発 童文 儀 ﹁. 生活主 調べる綴方﹂乃至 ﹁ 行 の都度担任児童に配布する等前示 ﹁. 二、﹁北見文選﹂ に ついて. 小鮒 寛 氏 は、昭和 十 一年 九 月 一日発行 の ﹁ 工程﹂ ︵ 第 二巻第 九 号 ︶. ﹁ 北 見文 選﹂ 発行 の目的 に ついて次 のよ う に述 べる。. に ﹃ 北 見文 選﹄ の組 織 と経 営 を 語 る﹂ を 執 筆 し、 ﹁ 北 見 文 選﹂ 発行.  . ・ ー目的を 、同人自身 の理論 的 、実 践的 な成 長 に置 く こと も いい. 以下略︶ 義綴方﹂ 教育 を実 践 しーー ー ︷. の左 翼活動 を企 て コミ ンテ ル ン並 び に日本 共産党 の目的達成 に資 す. 小 学校 教育 の分 野 に於 て各 種 践 の充 実 を示 すも の であ り、決 し て ﹁. が、 それ よ りも 、も っと重 要 な事 は、 そ の地 域 の子供 と 一般教 育. の目的 と 、 その内容 、発行部 数等 に ついて紹介 す るo. る﹂ も の で な か った こ と は 明 白 で あ る 。 つま り 、 児 童 の 綴 方 力 の発. 大衆を組 織づ け る ことだ と思 ひま す。. 以 上 、検事 の論告 文 を抄 出 し たも の であ るが、小鮒 寛 氏 の綴方 実. 達 に着 目 し、生 活 と表 現力を止 提統 一し つ つ、人 間と し て の完 成 を. 連帯 性 を育 て、互 いに話 し合 い、助 け合 って 一つの文章 を作 り上げ. に認識 す る力 を啓 培 す る こと に つなが ると いう信 念 があ った れば こ そ であ る。 したが って、共 同 で調査 す る綴 方行 動 を 通 し て、集 団 の. それを文 章 と し て練 り上 げ て いく こと が、 子ども たち が生 活 を 正確. でき る、と確 信 し、自 分 たちが生 き て いる土俗性 にか かわ り つ つ、. 産主 義 的 綴方﹂ こそが、 子ど も たち の未 来 の幸福 を保 障 す る ことが. 下略︶. 明 断 性 を も ち、応 用 性 を も つも の であ ると考 へる か ら です。 ︵ 以. て ゆ く と こ ろ か ら 生 れ る も の で あ って 、 そ れ は そ れ と し て客 観 的. て子供 達 が新 し い生活 を表 現 し た か の綴方 の表 現 の技 術 を 理解 し. よ いと思 ひま す。実 践 を指 導 し得 る理論 と いふも のは、如何 にし. 技 術 が 問題 と され てゐな いな らば 、 それ は遊 び であ ると言 っても. け にとど ま り、指 導 方 法 と し て客観 的 明断性 、応 用性 を 具備 し た. が 、 それ だ. て い く こ と の意 味 を 発 見 す る の で あ る 。 つま り 、 自 分 の生 き て い る. 右 の引 用 か らも 分明 な如 く、地域 の子ど も と 一般 教 育大 衆 を組 織. 同人 誌 によ る綴方 思索 の無 限 の探究 もあ っても い. 生 活 を見 つめ、 そ の現実 認 識を 媒介 にし つ つ、 それを発展 させ る筋. づ け る こと に目的 を据 え、綴方 の指 導 方法 の明断性 、応 用性 を 具備. 生 調 べる綴方﹂ ﹁ 目ざ す綴方教育 を 目ざ す の であ る。だ から こそ、 ﹁. 道 ・展望 を 発見 させるダ イ ナ ミ ックな綴方 実 践を推 進 したと ころ に. し た技 術 が問 題と され な ければ な らな い、と意外 な感 も抱 く の であ. と ころ で、 ﹁ 北 見文選﹂ の内容 に ついて次 のよう に述 べる。. があ ると把握 できる。. るが、綴方 教育 を 、表 現技 術 の指 導 を位 置づ け て いると ころ に特色. 小鮒寛氏 の真価 があ る。 北 見文 選﹂ に つい 以 下、小鮒 寛 氏 が発刊 し た児童 用 、教師 用 の ﹁ て論 及 し た い。. 同人誌 の経済的基 礎 に ついては、私 の編輯 し てゐる ﹃ 北見文 選﹄. の組 織 を と ほ し て説 明 し て ゆ く こ と に し ま す 。. 北 見文 選 は毎 月刊行 し てゐま す。北 見文 選教師 用 は毎 月 三百部 、. 五.

(7)                                                         .  . 昭 雄 屋 岡. の ではあ りま せん 。毎 月 八十 円、 一年 で九 百 円 から の金 を 、綴方. うご か し てゐ る の ですが 、此 の金 は教育会 か ら出 し て貰 ってゐる. う に編輯 して あ りま す。 そし て、印刷其 他 で毎 月 八十 円近 い金 を. れ て居 り、各 部 四頁 で、 そ のま 教室 に持 ち込 ん で使 用 し得 るや. 児童 用 は、尋 一尋 二用、尋 三尋 四用 、尋 五尋 六用 、高 等 科 用 と滑. で四十 頁位 、頁 数 の多 い時 は八十頁位 にし て活版 でや ってゐま す。. 児童 用 は 一万部 印刷 され てゐま す。文選教師 用 は、頁数 の少 い時. の綴方指 導力 のみな らず 、 子ど も の生活 台 そ のも のを高 め る ことを. 見文 選﹂ に講座 の欄 を設 け て、 一般 教師 に綴方 教育 に関心を も たせ る こと であ った り、同人 の研究 を誌 上 に掲載 す る こと によ って教師. 北 師 の綴方指導 力をど う創出 す るか、と いう こと であ った。それが ﹁. う育 成 す るか、 そし て、 一番 緊要 な課題 と し て捉 え て いる のが 、教. 方 を中 心 に据 え、 その綴方 を通 し て、文章 表 現力 、生活 認識 力を ど. 見文 選﹂ の発行 の目的 、内 実を なし ているも のは、 子ど も たち の綴. 生 き る行 動 のプ リ ンシプ ルを つく る こ と に懸 命 で あ った 。つま り ﹁北. みな らず 、冷静 に現実 の生 活状 況 にか かわ り つつ、 子ど も が未 来 を. 六. の研究 だ け の為 に出 し てく れ る教育 会 は何魔 へ行 った ってあ ると. 目 的 に し た の であ る 。. は思 へま せん。 ﹃ 北 見文 選﹄ は、北 見教育会 綴方 研究 部 の仕事 と し てき てゐま. 北見文選﹂ ︵ 十 一月 ・十 二月合併 昭和十 一年十 二月 一日発行 ﹁ 号︶ 特 集. すが、実 質 は同人 誌 です。文選を支持 し てく れ てゐ る 一万 の児童 が 一人 一銭 づ つ出 し てく れ てゐ る の で、 ﹃ 北 見文 選﹄ は毎 月刊 行. 文 選批 判﹂ を以 下 の六 佐 呂 間村 綴 方 教育 検 討 ︶ で、 ﹁. され る の です。だ か ら、北 見文 選 は、文 集 と同人 誌 とを 一緒 にし. 綴方教師 と し ての自信 と拝持 が伏見 え る のみか、郷土 の生 活 と密 着. 北 見文 選L の批 判 は好意 的 であ るが、 以 上 、松山 氏 の 一年 間 の ﹁. いのもあ る︶取扱 いが 一般 児童 へ地に つかな いのもあ る。. ◎. 4、指導者 とし ての教師 が、 よりよく勉 強 し て来 た こと 。 但 し北 見 とし ては であ る。勿 論低 5、児童 文 のレベ ルが高度 で ︵. のか な が らも 、 う か ゞ は れ る 。. 3、生活 環境 が、郷土 と緊密 に結 び つき、 そ こに建 設 の燭光 が ほ. れ る。. 概念文が漸次駆遂 され て、来 た こと。 1、 ′ 2、児童 の生活 姿勢 が、漸次 、真 剣 にな り つ あ る こと が観 取 さ. ママ. は次 のよう に 一年 間 の成 果 に ついて概括的 に述 べる。. 北 見文 選﹂ の編 集 の援 助 を し て いた松 山氏 任 の大 塚 氏 と と も に、 ﹁. 松 山 一雄 、岩 田要吉 、石 山音 二郎 、山 崎巌 、浅 氏 が書 く。大 塚 盈、. 野寛 、伊藤 誠 一、以上 の七名 であ る。 そ の中 で、主 任 小鮒 氏 、副主. た や う な も の です 。. 郡 単位 、或 は 県単 位 の文 集 と し ては、 か う 峯 地光 重 先 生 は、 ﹃ 文 選 には北 見管内 児童 の作 品を発表 する。. で す ね ﹄ と 言 って く れ ま し た 。. の. 毎 月発行 し て、子供 には毎 月読ま せ る。. した形態 のも のが い の. 文 選 に発表 した作 品 の解説 は、文 選教師 用 に のせ、 一般 の 一通 り の指 導 は出 来 る. 同人 の研究物 を文 選誌上 に発表 する。. 生 、百田宗治先生 に何 回と なく書 いて頂 きま した。. 講 座 を設 け て、 一般 の関心を高 め る。今 迄 に、飯 田恒 作先. や う に し てあ る 。. 教師 は、 そ の解 説 を読 んだ だ け で. ◎. ◎ ◎. と 、 ま あ 、 こん な仕 組 で す 。. 右 の引 用 からも、分 明 の如 く、小 鮒 氏 の綴方教 育 に対 す る情 熱 の.

(8)                                                                                                                                                                 . 北海道国語教育史稿 −− 5 −−. した綴方実 践 が根 づ いた ことを意味 す る。 と ころ で、昭和 十年 十 月 に創 刊 され た ﹁ 北 見文 選﹂ は昭和 十 二年 二月号を も って休 刊 と な り、以後 発刊 さ れる こと はな か った。 つま. 一月号. 全頁. 四十頁. 後 記 に次 のよ うな ことば が 見 え る。 ﹃ 来 月 は北 見綴 方 人 名 簿 を 特輯 す る一 4、昭和十 一年. 森田. 政井. 誠 一. 正夫. 三郎. 特輯J綴⋮ 方教育と児童の生活真実﹄. 伊藤. 外吉. り 一年 五 ヶ月 の短 期間 であ ったが生活綴 方 教育 史 上 に残 る充 実 した. 瀬 戸牛小学校長. 大谷. 寛. 児童 の生 活 日誌 か ら. 野付牛 町西小学校. 小鮒. 盈. 解説. 子 供 の労 働 と 綴 方 教 育. 雄武校. .. 生 活断片. ﹃ 蘭芽 青 々﹄. バンガセイ/\. 大塚. 成 果を 収 めた雑 誌 と し て燦 然 と輝 いて いる。 入江 道夫著 ﹃ 児童 生 活. 遠軽校. 松山. 作 品が性格 研究 、性格指導 に役立 った実例. 一九 七 九年 ︶ にも 、 ﹁ 北 見文 選﹂ はと り上. 尋 一、 尋 二 の指 導 者 へ. げ ら れ、と りわ け、佐 々井 秀 緒 著 ﹃ あ ゆ み出 版 生活 綴 方 生 成 史﹄ ︵. あゆ み出版 詩 形成 史﹄ ︵. 尋 三 、 尋 四 の指 導 者 へ. 寛. 慶介. 一雄 尋 五 、 尋 六 の指 導 者 へ. ′. 遠藤. 小鮒. 一九 八 一年 ︶は、 ﹁ 北 見 文 選﹂ を 取 り上 げ 、特 に、児 童 用 の ﹁ 北見 ー 刀. 文選﹂ は現在広 く作成 され ている 一般文 集 の先駆的 なも の であ掛 、 と高 い評価 を し て いる。 十月号 ︵ 創 刊号 と推定 ︶ 未 発見 十 一月号 全 頁 二十頁. と ころ で、現存 す る ﹁ 北 見文 選﹂ の目次を掲載 する。 1、昭和十年 2、昭和十年. 高等科の指導者 へ. タイ ト ルが ﹁ 北 見綴方 教育 ・北 見文 選附 録 ﹂ と な っている。. 農地校 長. 野付牛大尋常小学校綴方研究部. 渚 滑 小 、網 走 女 子小 、以 久 科 校 、湧別校 、津 別校 、小清水 校 、. 編 輯者 の言葉 ︵ 投稿作 品 の批 評を以 下 の十 一校 に ついて書 く 。. 吾 が校 に於 ける綴方施設経営. 経営報告. 山村 ・漁村 の子供 を語 る﹂ 特輯 ﹁ 松樹美代治. 多 作主義 の綴方 留辺薬校長. 北 見 の特 殊性 と綴方教育 ーー小鮒寛 山村 児童 の生活を語 る. 及川. 一雄. 慶治. 紋別校 ・. 松山. 漁村 児童 用 の生活を語 る 尋 一、尋 二 の指 導者 へ 尋 三 、 尋 四 の指 導 者 へ. 二月号. 全頁. 児 童 作 品 に対 す る 私 の態 度. 特輯 ﹃ 児童文の学年的特質﹄. 5、昭和十 一年. 飯田. 恒作. 五十頁 ︵この号 よ り目次 つく ︶. 古 樋 教授 場 、上 常 呂校 、遠 軽 校 、雄 武校 、相 内校 ︶ H ・K生 と. 尋六 、尋六 の指導者 へ. 武. 高等科 の指導者 へ. 奥津. あ る。 美 瑛校. 未 発見 ︵ 前 月号十 月号 の小鮒氏 の編 集. 実 践報告. 十 二月号. 私 の児 童 詩 教 育. 編集後 記 3、 昭和 十 年. 七.

(9)                                                                                                                    . 児 童 の詩 と 成 人 の詩. 児童文 の新方向 岡山 入江. 高畑. 百田. 道夫. 稔. 宗治. 尋 三 、 尋 四 の成 導 者 へ. 、尋 尋二 二 の指 導 者 へ 尋 尋 一 一、. 小鮒. 、松 山. 大塚. 寛. 一雄. 盈. 八. 光重 東京. 1 く. 峯地 文助. 解説. 鳥取 木村. 盈. 峠﹂ を中 心 に 文集 ﹁. 高 等 科 の指 導 者 へ. 要吉 、伊藤. 経営報告. 鴻舞校. 瀬戸牛校. 橋本. 石田. 富. 静夫. 実践報告. 北海道. 大塚 一雄. 尋 五 、 尋 六 の指 導 者 へ. 松山 寛. 尋 一、 尋 二 の指 導 者 へ. 解説 尋 三 、 尋 四 の指 導 者 へ 小鮒. 一雄 、岩 田. 我 が校 における綴方 科 の経営. 児 童 詩 への道. 松山. 幸 三、玉山音 二郎. 誠 一. 尋 五 、 尋 六 の指 導 者 へ. 高等科 の指導者 へ 取材 の角度 寅雄 、佐藤. 遠軽小学校. 子供 の組 織 活 動 を 語 る﹄ と いう こ の号 で注 目 し た いのは、 ﹃. 編輯後記. い る 。︶. 筆 者 注 、生 活 童 話を書 いて 正雄 さんと スキ ー﹂ 渡 辺寅 雄 ︵ ﹁. 渡辺. 寛. 編輯者 の言葉 ︵ 東 京 高師 の飯 田恒 作先 生 、詩 人 の百 田宗治 先. 小鮒. 雄. 生 に書 いても ら った こと、峰地 光 重 、高 畑 稔 、木 村 文 助 、入江. 網走校 綴方 研究部. 昭. 道夫 の四氏 を ﹃ 綴方教育 界 の大家 、新 進 であ り、現実 に日本 の. 勢 と いうも のが明瞭 でな いのは残念 です。 これ等 の作 品 には、. 凶作 に取材 した作 品 も可成 見受 け られま すが 、児童 の生 活姿. あげ て、子供 の生 活 を組 織 づ け た生 活 記 録を 発表 し て下 さ い。. なければ な らな いの です。脚 下 に投 げ出 され てみ る問 題を拾 ひ. ー ー あ らゆ る場合 を 通 じ て共 同 の精 神 を具現 し てゆ く こと で. 原稿募 集を し て いる こと であ る。次 にそれを紹介 し ておく。. 生活 の実 体 を観 察 す ると いふ態度 が殆ど 見当 らなく て、人 達 の. て い る 小 鮒 氏 の次 の こ と ば に注 目 さ せ ら れ る 。. 綴方 界 を背 負 って立 ってゐる人達﹄ と紹介 す る。◎ と し て書 い. 屋 岡. 話 し に言 葉 だ け によ って綴 ってき た作 品 が多 い。だ か ら児童 の. す。 ︵ 以 下略 ︶. 、 そ れ に よ って 、 生 活 の. 方法 を学 び 、共 同を 具現 す る機会 を掴 む であ らうと考 へる の で. 、 る と いふ の では あ りま せ ん が 子供 は. 実 はあ る の です。勿論 、 それだ け で不幸 な 子供 の生活 が楽 にな. 不 幸 な 子供 の月謝 を支 払 ってや った と いふ事 作 す る な ど ー ー・. 中略 ︶ ︵ . ーー 土 地 を か り て耕 ー ー教 師 の提 案 に よ り 子供 達 が働 い て ・ 全頁. 五八頁. 感 性 が 鈍 ら さ れ る の で は な い か と 思 は れ る こ と さ へあ り ま す 。. ︵ 以下略︶ 6、昭和 十 一年. 四月号. 綴方教育と大衆性﹄ 特輯 ﹃ 百 田 宗治. 真実 の言葉. 第 二講. 小鮒. 寛. 綴方教育 と大衆 性.

(10)                                                                                                                   . 北海道国語教育史稿 −− 5 −−. 7、昭和十 一年 五月号. 全頁. 特輯 ﹃ 児童詩 の新方向﹄ 低学年 の詩 の観方 と取扱 ひ方. ニ七頁 一 百田. 申 されま せん。 ︵ 中略 ︶. 全 道 に誇 る に足 る綴方 組 織を も つ、北 見文 選 の支持 を御 願 ひ 致 します。. 児 童 詩 の新 方 向. 児童散 文 詩 是非. 坂本. 吉田. 亮人. 下 精 精二 二 日下 日. 磯長 長 磯. 謙 一 く. 武 武雄 雄. 瑞穂. 位 ほし いと、私 は何時 も 思 ってゐま す。 さう な れば 、管内 の水. 指 導案 を掲載 した ことを強 調 し、今 後 とも継 続 し て いき た い. 編集後輯. て い る 。 一年 分 、 六 ヶ 月 、 三 ヶ 月 の前 納 を 呼 び か け て い る 。. 銭 と な って いる。教師 用 は、 一ヶ年前 納 の場合 は、八十銭 とな っ. ず しも安 定 し て いな い。 ち な みに、教師 用 は 八十 銭 、児童 用 一. 宗治. 問 題 性 を め ぐ って. 稲村. 誠 一. 準 が、ぐ っと高 ま ってく るし、私達 の業 績 も天下 に輝 く時 です 。. 以 上 の こと か ら も 分 明 の如 く、 ﹁ 北 見文 選﹂ の経 営 基 盤 は必. 児童詩 の新方向 ー ー 深 さと児童 性 ー ー・. 伊藤. 寅雄. そ の為 には、 や は り、 一人 でも多 く の仲 間を育 てるよ り外 に道. 生活 の全体的条件 と し ての方法 におけ る行 動性 と意識性. 尋 一、 二 の指 導 者 へ. 渡辺. 寛. 賢造. はな いの ですこ. と述 べる。 さ ら に、 ﹁ 全 国 に呼 号 し得 る実 践 家 を 、北 見 に十 人. 尋 三 、 四 の作 品 を 見 て. 江田. 解説. 尋 五 、 尋 六 の指 導 者 へ. 小鮒. 以 上 、小鮒 氏 の悲 願 と も 思え る叫び は、 一方 では、小 鮒 氏 の. ,. 盈. 理想 と 現実 のギ ャ ップ 、 つま り協力 が得 られ な いこと、実 践者. 高 等 科 の指 導 者 へ. 大塚. 一雄. ・. 松山. 低 学 年 五 月 の指 導 策 中 学 年 五 月 の指 導 策. の育 た な い こ と への苛 立 た し さ も あ る の だ ろ う 。. 八三頁. 外吉. 全頁. 大谷. 六月号. 綴方教育 に於 け る実 践 の性格. 綴 方 教 育 と 実 際 家 の錯 覚. 水野. 高畑. 飯田. 静雄. 稔. 恒作. 松樹 美代治. 高 学 年 五 月 の指 導 策. 8、昭和十 一年. 特輯 ﹃ 綴方 に於 ける実践 の性格﹄. 北見文選の維持会を募る 次 のよ う な文 言 が 見 え る。 ﹁ 北 見 文 選﹂ の発行 ・経 営 の状 況 が. 巻 頭言. 綴方 教育 に於 け る実践 の性格. 教科主任 健在 な りや. 苦 し いことを示 す。 北 見文 選 は、発刊 早 々七千 の児童 の支 援 を得 、間 も なく 一方 を突 破 し て、現在 に至 りま した。 これ は各校 長先 生 の御援 助 と 研究部 員各位 の御 霊力 によ る こと は申 すま でもあ りま せん。 御座 いま すが、 それ にし ても、不 凶 の為 か誌 代 の回収 は、発行. ー ー, 綴方教育 に関 す る感想 ー ー・. 私 信 に代 へて. ーー 小鮒寛氏 への公開状 ーー 部 数 の約 八割 位 に て、経済 的 に安 定 の状 態 にあ ると は、決 し て. 本 年 は、益 々北 見文 選 の大 衆 化を 図 る べく目 下 、計 画 中 では. 九.

(11)                                                                                                                                             .  . 雄 昭 屋 岡. 高 学 年 詩 指 導 の焦 点. 綴方教育 論 に関 す る二三 の批判. 小鮒君 への答 へ 解説 尋 一、 尋 二 の指 導 者 へ 尋 三 、 四 の作 品 を 見 て 尋 五 、 尋 六 の指 導 者 へ. ・. 二. 十. 氏 の性 格 ・特 徴 お よび 、当 時 の綴方 教育 の状 況 が わか る の で紹. 宗治. 百田. 介 す る。. ら専攻 科 に参 りました。. 作品 ﹁ 機 械﹂ ー ー結 論 はれ るが 、 こ の程度 の こと な ら今 更 。 ﹃. 綴方 科 学 の樹 立﹄ この項 で積極 的 な示唆 を与 へたも のと 思 ﹃. には実 践的 な魅力 は感 じな い所以 。. それ かと い って積極 的 な示唆 のな いのが私 及び それ以 下 の大 衆. ﹃ 科 学的 綴方 は科 学 的方 法 を も っか﹄ 文 の いふ所 は分 るが、. ママ. ママ. 放 し にし て失 礼 な者 に拘 らず あ りが たうござ いま し た。 四月 か. 小 鮒 君 、北 見 文 選 心 か ら感 謝 しま す。 ﹁田舎 の子供L も貰 ひ. 小坂佐久馬. 佐々木秀緒 一. 寅雄. 伊藤 ′ 誠 渡辺 寛. 盈. ′ 小鮒. 大塚. 一雄. ・ 玉山音 一 ﹂郎. 低 学 年 六 月 の指 導 案 松山. 高 等 科 の指 導 者 へ. 中 学 年 六 月 の指 導 案. 作品合評. を語 る﹄ あ る方 法論 の提示 だが、 乙れだ け では試 論 。現在 の先. ど うも大 し た教示 にはならな い。 た ゞ そ の意 図 には全 く賛 成 ・. と いふ よ り と我 が 国 の研 究 では これ以 上 のも の 生 の研究 ー ー, 秀明. 芸術 科 学 の方 法 と 綴 方 全 国 に完 成 を みる のが ま た れ る位 だ 。 ﹃. 僕 の友達 津別 尋常 高等 小学校 尋 五 幾世橋 幸雄 の作 品を 政井 三郎 、佐藤 幸 三、岩 田要 吉 、棚 川音 一、飛 田仁 、. 野村. 寛. を すぐ示 せと いはれ ても示 されな いが、 一般教育 大衆 の私 には、. 尋 三指 導 詩 作 品. 小鮒. 以上 五氏 が批 評 す る。. 文 題 材 と し て の母. 稔 、米 子市 啓 成 小学 校 ・佐 々井 秀緒 、山 形市 安 孫 子栗 夫 、鳥 取. 綴方人 通信﹂と し て、遠軽校 ・ 生徒 だ、と断 っている。さら に、﹁ 伊藤 誠 一、. 斜 里校 ・玉 山音 二郎 、 岡山 県英 田郡西粟倉 校 ・高 畑. 田仁 は か つて小鮒 氏 が受持 った子ど も で現在 は、名寄 中学校 の. 合 評 のうち、棚 川音 一は、小鮒 氏 の担 任 し て いる子ど も 、 飛. 生 活 の形 態 に つく綴方﹂ が 分 らな い。勿 論 北 方性 も分 らな い。. 社会 つく綴 方﹄ の実 証主 義 と 実 証 的 綴方 の区 別 は分 る。 がへ ﹁. 社 会 生 活 の形 態 に 工 程 を よ ま な いか ら何 と も い へな いが。 ﹃. 文 の選択 と いふ こと は慎重 に考 へた い。. う に簡 単 に理論 で片 づ け る のにも不安を感 ず る。論 断 す る児童. たゞ郷 三平 氏 の所論 に賛成 す るわ け でも な いが 、あ な た のや. 科学 の領域﹄ 之 は教 へられたの もう 一回 よん でみる。. 県西伯郡像子校 ・妻尾輝雄、釧路市柏木町湖畔住宅 ・坂本亮人、. 私 の人 生 観 が確 立 し てゐな いか らだ 。あ なた方 のかう言 ひ切 れ. 編輯後記. 根室町花咲小学校 ・大酢栄 一、和歌山県峰口小学校 ・二浬章三へ. る言動 が羨ま し い。. 実 証的 綴方 に賛 意 を表 す る。 し かし それは完成 させな け れば. 以上 九名 の書簡 が掲載 され て いる。 以 上 の書 簡 のう え で、山形市 ・安 孫 子栗夫 氏 のも のが 、小鮒.

(12)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               . 北海道国語教育史稿 −− 5 −−. 多 く の試 論 と 同 一に 見 ら れ る だ ら う 。. ′. 以 上 、 小 鮒 氏 の論 客 と し て の横 顔 と 、 次 々 と 新 し い 理 論 に 挑 戦 す る 小 鮒 氏 の面 目 躍 如 た る も の が あ る 。. 編 集 後 記 には、七 月号 、 八月号 は休 刊 しま す。学期末 で手 が 全頁. 六 六頁 松樹. 美代治. とあ る が 、 そ の他 の 理 由 が あ る と 思 わ れ る 。 廻 り ま せ ん 。︲ 八月臨時 号. ﹃ 教 育 を 見 直 す﹄. , 9 、 昭 和 十 一年 特輯. 特輯. ﹁私 の綴 方 教 室 設 営 ﹂. 岩田. 松山. 誠 一. 要吉. 一雄. 子 供 の生 活 姿 態 を 見 つめ て. 伊藤. 解説. 私 の綴方教室 設営. ー ー ︵綴 方 の 一指 導 面 ︶ー ー. 尋 一、 二 の作 品 批 評. 玉 山 音 二郎. 要吉. 玉 山 音 二郎. 盈. 五 二頁. 岩田. 高 等 科 の指 導 者 へ. 全頁. ﹁ 端 野 村 児 童 文 集 ﹂ の発 行 と 今 後 の方 針 斜 里校 綴 方 系統 案. 一、 序 二 、教 育 と信 念 性. 十 月号. 編輯後記. 四 、 生 活 の教 育. 大塚. 一雄. 私 の綴方指導形態 私 の綴 方 指 導 の形 態. 松山. 特輯. 六 、 教 育 の三 つ の原 理. 新 た な る生 活 への開 墾. 五、生活 の相. 1、 1 昭 和 十 一年. 三 、 教 育 と生 活. 、. 七 、指 導 精 神. 伊藤. 寅雄. 誠 一. 解説 尋 一、 二 作 品 批 評. 渡辺. ーー ︵ 私 の綴 方 指 導 形 態 ︶ー ー. 尋 三 − 四 の作 品 を み て. 玉 山 音 二郎. 八 、職 員 と 児 童. 、終 り に 十一. 五 、 六 の指 導 者 へ. 寛. 九 、 意 図 す る 教 育 の相. 別表 ︶ ず 附録 ︵. 小鮒. 正路. 十 、 各 科 への希 望. 編輯後 記. 奈良. 六 一頁. ﹁教 育 を 見 直 す﹂ に寄 ず. 角 野 米 次 郎 、 五 井 浩 一郎 、 福 光 良 橘. 読後感想 三点. ﹃ 局外者 の ﹁ 教育 を見直 す﹂ 人 への関 心﹄ に謝 す. 高 等 科 の指 導 者 へ ・. 全頁. 小野. 茂明. 松樹美代治. 教育を見直 す﹂ 人 への関 心 局外者 の ﹁. ﹁ 此 の書 の校正 を し なが ら、幾 度 か私 は興 奮 す る自 分を感 じ た。教 育 者 の正常 な感情 を 喚起 す多 く の文字 面 にぶ つか って、 繰 返 し 繰 返 し 読 ん だ り し た こ と 、 小 鮒 氏 が 書 く よ う に、 松 樹. 九 月号. 氏 の学 校 づ く り の気醜 が横 溢 し て いる書 であ る こと は言を僕 た な い。. ・. m、昭和十 一年. 十 一.

(13)                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                . ﹁教 育 を 見 直 す ﹂ を 読 ん で 鎌 田 栄 一郎. 尋 一、 尋 二 児 童 文 の特 質. 松山. 伊藤. 大塚. 寅雄. 一雄. 誠 一. 盈. 十二. 尋 一、 尋 二 児 童 文 の特 質. 渡辺. 静夫. 七 八頁. 尋 三 、 尋 四 児 童 文 の特 質. 玉 山 音 二郎. 吉田. 寛. 全頁. 尋 三 、 尋 四 児 童 文 の特 質. 小鮒. 誠 一. 二月号. 尋 五 、 尋 六 児 童 文 の特 質. 伊藤. 寅雄. 特輯. 3、 1 昭 和 十 二年. 高 等 科 児 童 文 の特 質. 渡辺. 信 一. 綴方科指導案 .. 玉 山 音 二郎. 高田. 尋 三 、 四 の作 品 を み て. 正之. 児 童 の手 本 研 究 に就 い て. 寛. 尋 五 、 六 の指 導 者 へ. 神馬. 寛. 生 活 組 織 の学 習 訓 練. 一雄. 高 等 科 の作 品 を 見 て. 小鮒. 神馬 寛. 正之. 佐 呂間村綴 方 教育 検討. 綴 方 座 談 会 の計 画 と 反 省 小鮒. 綴 方 座 談 会 の感 想. 浅野. 松樹美代治. 笠井. 尋 一、 二 の指 導 者 へ. 解説. ー ー 佐 呂 間 村 綴 方 教 育 座 談 会 の こと ー ー. 座 談会 感 想. 渡辺. 伊藤. 寅雄. 誠 一. 西校作 品 二篇. 文 批 正 の実 際 報 告. 北 見 算 術 研 究 部 の方 に. 四 年 一組. 小池. 水野. 橋本. 三郎. 重蔵. 義雄. ー ー 主 と し て算 術 教 授 に 関 し ・ー ー・. 二 ・三 の覚 書. 感 想 に代 へ て. 正由. 北 見 綴 方 の新 展 開. 特輯. 2、 1 昭 和 十 一年. 編輯後記. 松山. 巌. 文 集 可言. 八 八頁. 感想断片. 山崎. 寛. 全頁. 昭 綴 方 は 一体 何 を 指 導 す る. 小鮒. 寛. 十 一月 ・十 二 月 合 併 号. 屋 綴 方 教 育 は生 活 を 指 導 す る. 小鮒. 一雄. 雄. 岡 湖 ﹄ に つい て 佐 呂 間村 文 集 ﹃. 松山. 、. 武 士校文集批判 尋 一、 二 の作 品 批 判. 僕 の か は い い兎. 解説. 尋 三、 四 の作品を み て. 玉 山 音 二郎 寛. 岩 月 ノブ 子 小鮒. 六 ノ三. 尋 五 、 六 年 の指 導 者 へ.. 一雄 、 岩 田. 誠 一. 要 吉 、 玉 山 音 二郎. 高 等 科 の指 導 者 へ 盈 、松 山. 寛 、伊藤. 文 選批 判 大塚. 巌 ー浅 野. r. 次 に文 選 の刊 行 に つ い て で す が 、 印 刷 イ ンキ 代 や 紙 代 は 三 割. ◇. 次 の文 言 に注 目 さ せ ら れ る 。. 編輯後記. 楽 し い我 家 ′. 山崎 編輯後 記.

(14)                                                              . 北海道国語教育史稿 −− 5 −−. 0. ひえ ぬ き. 凶作が続 く の で. 方 値 上 げ さ れ た し 、 経 営 が 苦 し く な って き ま し た の で 、 四 月 か. ら休 刊 にな る かも しれま せん。 回収 つかな い誌 代 の整 理を した. 父 は 考 へて ゐ る 。. ◇. 高 一男. 演口. と 、 な ほ水 田 に力 を いれ て ゐ る 。. 父 は、おれ は来年 も稲 を つく るぞ. いと 思 って ゐ ま す 。. 文 選 は休 刊 し ても、何等 か の形 で又出 しま す。腹案 はあ るが、. ひえ の種 を落 し てはだ めだ. と 、毎 日 ひえ ぬ き を し て ゐ る 。. 急 が しく て着手出来 な いでゐると い った気持 もあ る のです。 以上 、教師 用 ﹁ 北見文 選﹂ の目次 を中 心 にし て、内容 を紹介 した。. だ ま って ゐ ら れ な い 。. 僕 は、父 の働 く様 子を見 て、. 百 田宗 治 、飯 田恒作 、高 畑稔 、水 野静 夫 、鈴 木 道太等 、全 国的. 此 の頃 は、僕 と弟 と 、. ここで、教師 用 ﹁ 北 見文 選﹂ の果 たした役割 に ついて論 及 した い。 に著 名 な綴方 実 践 者 の論文 を数 多 く掲 載 す る ことが でき、 一地方. 秋 お こし も し て ゐ る 。. 歳丸. 次 の小 鮒氏 の ことば に、生 活 綴方 教師 と し ての本 領 が示 され てい. の教 育 雑 誌 と し て は 、 こ れ ほ ど の充 実 し た も の は 少 な い。 し か も 、. ー ー た し か十 一月 も近 い頃 であ ったと 思 ふ。十 日ば か り休 ん で. る の では あ る ま い か 。. 北 見地 方 と いう農村 を背 景 と した綴方 教 育 理論 と し て実 証的 綴方. ゐ た子供 が、学校 を やめ て、網走 に奉 公 に行 くと いふ ことを 聞 い. 一月号 ︶に小鮒寛 氏 が、. 北 見と いう地域 の教育文 化 の発展 に寄与 し た こと。. 教 育 、調 べる綴 方 、生 活主 義 教育 を主 唱 した。 そ の出 発点 を示 す. た の で、 西女 満 別 ま で、 子供 に会 ひに行 った帰 途 、急 に ﹁ひえ ぬ. 子供 の労働 と綴方教育﹂︵ ﹁ 昭和 十 一年. 立 場 と し て、父 母 たち の労働 に子ど も たちをど う か か わ らせ る か. き﹂ の作者 、潰 口歳 丸 に会 ひたく な って立 寄 ってみ た。 日曜だ っ. ⑭. に つ い て次 の よ う に提 言 す る 。. れ に適 応 す る教育 を打 ち立 てる こと に、私 は、何 の不安 も感 じ な. 供 の意 欲 の強 烈 さ の必然 を 知 り、 この子供 の行 動 を 理解 し て、 そ. に悦 び 、 子供 は、 それ に満 足 し てゐ る現実 の深 さ にふれ、 この子. な ら ぬ の だ か ら 困 る で せ う ﹂ と 言 ふ と 、 ﹁と れ る か 、 と れ な い か. 出 来 よ うが 、来 年 もど うだ か判 らな いのに、水 田を作 らなければ. が ﹁ 来年 は必ず と れ ると いふ こと が判 ってゐ て作 るな ら、我 慢 も. た の で、演 口は田 圃 で、稲 たぱ ねを し てゐ た。私 も手伝 った り し て、潰 口 の父親 と も話 し合 ってみた。話 が 凶作 の こと にな り、私. ーー 子供 が働 く こと に、喜 び を感 じ、父 親が それを見 て、大 い. い 。 む し ろ 、 そ こ に主 力 を そ そ ぎ た い 。 子 供 の 労 働 と そ れ に よ っ. よ り、本 腰を 入 れ てか. 傍点 筆者 ︶ てみた りした。 ︵.  . 私 は恥 か し い気 が し たが、 これが北 見 の農 民精 神 な のだ と考 へ. らな け れば 、百姓 は出来 ま せん よ﹂ と 、. て獲 得 され る生 活認識 の正 し さ、生 活意 欲 の強 烈 さが 、児 童文 の. 涜 口の父親 は言 った。  . 新 し い精 神 と し て生 かさ れ る こと によ って、農村 児童 文 は、 現実 に押 し進 められ る であ らう。 ︵ 傍点 筆者 ︶ 以上 の提言 の実際 の例 とし て次 の詩 を挙げ る。. 十三.

(15)                .  . 昭 雄 岡 屋. が ら綴方 実 践 が な され ている こと であ る。 そし て、 この小 鮒 氏 の考. 以 上 、小 鮒氏 の ことば でも わ か る如 く 、地域 と密 接 にか かわ りな. き方 によ り望 みを か け られ るも のと考 へられ る。構 成 人 員. 相 当 重 要 性 を帯 び た学 習と し て研究 の余地 を 有 ち、随 分導. 精 神 が行 はれ る。 リ ーダ ー の活 躍 など も自 ら生 れ てく る。. 十四. え方は、松樹美代治氏が留辺藁小学校 の校長から女満別小学校の校. 5、 統 導 学 習 ー ー 教 師 が表 立 って特 に中 心を な す学 習 で、前 の. す る も の な ど 、 こ れ も 重 要 性 を も った 学 習 であ る 。. い。学級自治会 の部 と の連 絡 など も面白 い。 4、協働 学 習 ー ー 学 級全 員が協働 す る学 習 で各自 各 分 団 の発表 、 それ の批 判補 足 、討 議、或 は特 に此 の形態 を と る ことを要. の配 置 など の各 方 面 か ら最 も効 果的 に工夫 され ねば なるま. 教育 を 北 見文 選﹂ は、全頁 、松樹 校 長 の ﹁ 八 月号 ﹁. 長と し て着任 した昭和 十 一年 四月 か ら、 さ ら に大 き く飛 躍 す る ので あ る。. 昭和 十 一年 女 満 別教育﹂ と し て全 国 の耳 目を あ つめ る こと になる。 く成 長 し、 ﹁. 協 働 学 習 の中 に属 す べきも の であ るが、 それ は児童 が表 立. 見直 す﹂ で占 め られ て いる。松 樹氏 の撒 いた 一粒 の種 はやが て大 き それが前掲 の波多 野完治氏 の激賞 と なる のであ る。 し たが って、松 樹氏 の主 唱 する教育 は、今 日か ら考 えれば当 然 の. 以 上 の五段 階 の学習 は、松樹 氏 も説 明 し て いる如 く、要 は、教師. ち、 これ は教師 が表立 つを主 と す る。勿 論 それ には教師 の. が、 子ど も の学 ぶ意志 に点 火 し つ つ、 子ど も自 ら の意 志 ・意 欲 ・学. こと な のだ が、自 発性 、社会 性 の原 理 に立 ち なが ら、意 図 す る教育 生 活 計画 、学級主 義 、自治会 、児童 を生活 す る機会 を得 さ せな いと 成 長 ・発 展 しな いと いう現在 でいうトポ ス論 、所 謂 、現地 教育 ・ケ. び方 を育成 す ると ころ に特 色 があ る。 したが って、教 室実 践 と いう. 参 加 、 これ には児童 のいろ いろな形 の参加 が なく てはな らぬ. ルシ ェンシ ュタイ ナ の主 張 す る自 我表 現と し ての作業 教育 、生活 の. 授業 をダ イ ナ ミ ック に把握 し、真 剣 に自 らを育 てる場 と し て認識 す. の相 と し て、生 活 の指 導 ・価値 の体 験 、単 純 化 の教育 、生 活 の粟、. 在 り方 の体得 と、 そ の成 果 の練成 への着 目、学 習形態 、学 習姿 態 へ. る子ども の学 ぶ主体性 を尊重 する ことと な る。. さ て学 習 は生 活 であ ると いふ建 前 か ら、当然 こ こに生 活 の相 と. こ こ では、学 習形態 ・学 習姿 態 に ついて述 べる。学 習形 態 に つい. の重 視 と な る の であ る 。. て松樹氏 は次 のよう に述 べる。 主 と し て自 分 だ け の力 で学 習を 進 め、他 の学 1、独 自学 習 ー ー・. 各 科 の学 習と が結 び つかねば な らぬ。 即ち生活 の相 と学 習 の相 と. 学 習姿態 に ついて松樹 氏 は次 のように述 べる。. 習 の基 礎 と な るも の であ る。辞書 、参考 書 、参考 資 料 が用. が組合 はされ、そ の学 習 の項 目が各学年 の程度 に応 じ て取捨 され、. 更 に取 捨 さ れ たも のが 三期 区 分 と な って系 統 づ け ら れ る の であ る。 これを私 は学 習姿態 と名 づ ける。 即ち次 の如 くな る。. 意 さ れ ねば な ら ぬ 。. 2、 互 助 学 習 ーー 二人 或 は幾 人 かが 各 目 の力 を特 寄 りお互 の足 らざ ると ころを補 ひ合 ふも の であ る。辞書 其 他 が用意 され る こと 同 前 。. 3、 分 団学 習 ー ー 定 め られ た ろ学 習 分 団 に於 て前 の互助 学 習 の.

(16)                              . 北海道国語教育史稿 −− 5 −−. 以上 、小鮒 氏 は地域 に子ど もを か かわ らせ た労働 と綴方 教 育 の立. と で あ る 。 併 し 、 私 は こ こ で原 理 の 問 題 を 追 求 し よ う と し て ゐ る. には、小 鮒 氏 の主 張 の高 さと 、 ﹁ 北 見文 選﹂ の購 読 者 の レベ ルの市. ま り経済 的 に行 きづ ま ったと いう こともあ る であ ろうが 、も う 一方. 刊 に な った の か を 問 題 に し な け れ ば な ら な い であ ろ う 。 金 銭 的 、 つ. 北 見 文 選﹂ は、 なぜ 一年 五 ヶ月 で廃 ◎ 、① ② にも か か わ らず 、 ﹁. な い だ ら う か 。 児 童 の生 活 に 深 さ が 足 り な い か ら だ と も い へる だ. 現 が それ に比 例 し てゐな いと いふ事実 に ついて考 へて見 る必要 は. てお り、又 よ い題材 を参 ってゐ ると思 は れ る事 にも拘 は らず 、表. て痛 切 に感ず る の であ る。作 品 を 見 ると 、真 に力 強 い生 活 を持 っ. 育 はな いと思 ふが併 し事実上 、表 れ た作 品 を 見 て、現実 問題 と し. の では な い。現在 大 な り小 な り生 活指 導 を指 導 原 理 と な い綴方 教. 離 と いう こと は考 え られな い であろ う か。 発行所 は、北 見教育 会綴. らう。ー ー・そ の反省 か らし て生活 の深 さを要 求 す る こと は生活指. 場 の獲得 と そ の延長線上 にあ る女満 別教育 に ついて述 べた。. 方 科研究 部 網走 郡女 満別 小 学校 と奥 付 け には書 か れ て いても小 鮒寛. 導 の重 要 な点 であ らう。ー ー, だが、 それよ りも直 接 な癌 は表 現能. 指 導 原 理 を失 はな い限 り に於 て、方 法 は自由 に考 へられ て い ∼. 力 の不 足 と いふ こと で は あ る ま い か 。. 人 の先 生 方 、 そ れも 、 ﹁ 北 見文 選﹂ に直 接原 稿 を 執 筆 し たり、 児童. と思 ふ。概 念 にと らはれず に勇敢 に真実 に研究 を進 める べき では. 氏 ひ と り に 負 う 所 が 大 き か った と い え る の で は あ る ま い か 。 ﹁ 北見. 北 見文 選﹂ の作品 を も と にし て解説 した先生 方 であ る。 そ の中 用 ﹁. な いだ ら う か 。. 文選﹂ ︵ 昭和十 一年 十 一月 ・十 二月合併号︶の ﹁ 文選批判﹂ に七. の 一人 松 山 一雄 氏 は次 のよ う に ﹁ 北 見文 選﹂ の 一年 間 の成 果 を報告. さ ら に、伊藤 誠 一氏 は、次 のよ う に小鮒 寛 氏 の ﹁ 北 見文 選﹂ への. さ す限 り、大 いに小 鮒 君を支 持 し て、彼 に十分働 か せなければ い. 然 し、我 々は、何 はともあ れ、教育 に志 す限 り、綴方 教育 に樟. こと が 必 要 であ る 。. 大 衆 化 を狙 へぱ 狙 ふ程 、出 来 るだ け やさ しく、 一般的 にと いふ. う も な い。 常 述 語 み た い な も の が 、 ぞ ろ り と な ら ぶ 。. も と て も わ か ら な い 。 注 解 を つけ て貰 っ て も 、 な か な か わ か り さ. 難 解 を か こう者 は、部 員以外 の者ば か り ではな い。我 々部 員 に. と い ふ こ と であ る 。. 動 を 念 願 と され る小鮒 君が 、非常 に難 解 迂遠 な理論 を 提唱 され る. られ る事 であ るが 、折角 、大衆 性 を モ ット ーと し て文 選 の普 及活. 協力を よび かけ る。 ー ー 只、よ く聞 く こと で、 又事 実 さ う した傾向 も多 分 に見受 け. す る。 ママ 1、概念文 が漸 次駆遂 され て、来 た こと。. 2、児童 の生活姿 勢 が、漸次 、真 剣 にな り つ あ る こと が看 取 さ れる。. 3、生 活 環境 が 、郷土 と緊密 に結 び つき、 そ こに建 設 の燭 光 が ほ のか な が ら も 、 う か ゞ は れ る 。. 4、指導者 と し ての教師 が 、よ りよく勉 強 し てき た こと。 5、児 童文 の レベ ルが高 度 で ︵ 但 し北 見 と し ては であ る。勿 論低 い の も あ る し ︶ 取 扱 ひ が 一般 児 童 へ地 つか な い の も あ る 。 い は ね ば な ら な い﹂ と し て 、 感 じ た. 北 見 だ け でこれ程大 き い綴方 雑 誌 を も っ ま た、玉山 音 二郎 氏 は ﹁ と い ふ こと は真 に力 強 い こと. こと の断 片 と し て ﹁五 ﹂ に 、 次 の よ う に書 く 。. 綴方 であ る以 上 、も っと表 現を重 視 す る必要 が な いかと いふ こ. 十五.

(17)                                                                   . 今 や北 見 の教育 は、全国的 に問題 を提示 しよ うと し てゐ るし、. け な い。 其 の点 ま だ 、 部 員 の協 力 が 足 り な い様 に 思 ふ 。 其 の価 値 を 間 は れ よ う と し て ゐ る 。. 全 国 の水準 これも小 鮒 君 の仕事 の賜だ 。彼 の 口癖 の様 に いふ ﹁ 、 に達 す る﹂ それも 、も う間近 だ らう。 この様 に対外 的 にも 亦 実 、 質的 にも、北 見 の綴方教育 が向 上 し発 展 し つ あ る のも 、小鮒 と 以下略 ︶ 彼 の事業的手腕 による文 選 があ るが故 にだ。 ︵ 北見文 選﹂ は、小鮒氏 の熱意 ・ 以上 の ことか らも わ かるよう に、﹁ 綴方 教育 への思 い入れ によ って成 り立 って いた所 が大 き か った。だ か ら、小 鮒 氏 の理論 と実 践 が難解 だ と批 判 す る部 員 、部外 者 が いた と し ても 不 思 議 では な い。. 北 見文 選﹂ に果 た した役割 を 過小評 だ か らと い って、小 鮒 氏 の ﹁. 昭. 見 の綴方実践 者 が 、理論 と実 践 を止 揚統 一し た実力 を つけ て いた ら. 価 す る も の で は な い。 し か し 、 小 鮒 氏 の み な ら ず. 雄. 屋 と 惜 し ま れ て な ら な い。. 、 も っと 多 く の北. 岡. おわ り に 北 見文選﹂ を中 心 にし て述 べた。まだ 、児童 今 回 は、小 鮒 氏 の ﹁ 女 北 見文選﹂に ついて、小鮒 氏 の綴方実 践 の形成 過程 、さ ら に ﹁ 用 ﹁ 満別教育﹂ と小鮒 氏 と のか かわ り に ついて別 の機会 に論 及 した い。. 注. ①. 小鮒. 月号. 土 は明 る い﹄ 寛 ﹃. ︲. 十六. 東 洋書館. 工程﹂ 昭和十年七 ﹁. ﹁ 工程﹂ 昭和十年十 一. 昭和 二七年. 一ー二頁. −四〇頁. 1. 全日本綴方人鳥断 北海道の巻﹂ 六六頁 ﹁. 月号. 実証的綴方教育論L の 小鮒−寛 ﹁ ◎. 二月. 十 一月 ・十 二月合併 号. ④ ﹁ 小鮒寛予審終結決定﹂ 釧路地方裁判所 工程﹂ 昭 北見文選の組織と経営を語る﹂ 二十頁 ﹁ ﹁ ◎ 小鮒 寛 ﹁ 和十 一年九月号 北見文選﹂ 昭和十 一年十 文選児童文批判﹂ 七三頁 ﹁ 回 松山 一雄 ﹁. 一年 一月号. 本学教授 旭川分校︶ ︵. ﹁ 北見文選﹂ 昭和十 一年. 生活綴方生成史﹄ 二七 一頁 昭和五六年 あゆみ出版 の 佐々井秀緒 ﹃ 北見文選﹂ 昭和十 ◎ 小鮒 寛 ﹁ 子供の労働と綴方教育L 二三頁 ﹁. 八月号 同右 五 二 五三頁. ◎ 同右 二 一頁 教育を見直 す﹂ 五 一頁 回 松樹美代治 ﹁ 回.

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