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経済学研究の回顧と展望

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Academic year: 2021

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(1)経済学 研 究 の 回顧 と展 望 元 一. 島. 津. 経済学 とは何 か とい う こ とを考 えてみたい時代 にな った。私 の経済学事始 (こ. とは じめ)は 昭和 12年 ,当 時 の第 三 高等学校 二 年生 の時 に,松 岡孝児先. 生 (の ちに京大教授 )の 講義 を受講 して ,限 界効 用 とか ,カ ル テル とか基礎 的な経済学 の初歩 を学 んだ。三高 (第 三 高等学校 )の 三 年生 の時 ,関 西 日仏 学館 で 宮島綱男先生 (当 時 ,関 西大学 理 事 )の フ ラ ンス経済学 の特別講 義 に 出席 させ て頂 いて ,シ ャルル・ ジー ドの『 経済学入 門』 (Chales Gide,Lα ″ιfbι J′ ″zθ ,1922.)の 講読 を うけた。宮 島先生 zご Eε θηθ′ あフ ルθ ′ 蒻ι Aら ι 7カ. は直接 シ ャルル・ ジー ドに師事 され た先生 で ,色 々な エ ピソー ド (た とえば. ,. 甥 のア ン ドレ 0ジ ー ドはだ らしのない奴 だか ら,あ ん な小説 は読 ん で もため にな らん と,伯 父 の シ ャルル 0ジ ー ドが言 った とか )を 話 して頂 いて ,大 変 楽 しい講 義 で あ った。 これが縁 とな って ,京 都 の古本屋 で ジー ドと リス トの ι θグ rι ル s 」 (Charles Gide et Charles Rist,屁 ∫ 共著 にな る『 経済学説史「 グ ι θfbι づ θ s′ Eε θ,2θ ηιグ Dο θ ι rグ π 9zι ,ed.5e,1929.)を 読 み 出 した 頃 ,宮 川 貞 一 郎氏 の名訳. (『. 経済学説史』上・ 下巻 。東京 堂 出版 ,1936.)が 出版 され. て ,こ れ に助 け られ て ,フ ィジオ クラー ト (ケ ネ ー とその グル ープの 自然秩 序学派一一 俗称 0重 農主 義者 )か らジ ョン・ ス チ ュアー ト 。ミル あた りまで 読 んだ頃 ,三 高 を卒業 して ,京 都帝国大学経済 学部 へ 入学 した。 これか ら本 格 的 な経済学 の勉強 をす る こ とにな るが ,京 大 一 回生 の時 に,高 田保馬先生 の極 めて格調高 い,そ して論理 的 に厳密 な「 経済原論」週 二 回 の講 義 に感激 して ,二 回生 にな ると,先 生 のゼ ミナー ル に入れて頂 いた 。 ゼ ミナ ールのテ.

(2) 164. 経済学研究の回顧と展望. キ ス トと して ヒ ックスの. [〕. 価値 と資本」 (J.Ro Hicks,И グ″ αηグ Cψ Jι αι ,. Oxford,1939.,安 井琢磨・ 熊谷 尚夫訳 [価 値 と資本』 1951。 )を 使用 され,ま た これ に 関連 す る数学 の講義を青 山秀夫先生 (高 田先生 の高弟 で 当時 ,助 教 授。現在京都大学名誉教授・ 学士 院会員 )に して頂 いた。 この ヒ ックスの. [」. 価値 と資本』 に出て くるスルー ツキー方程式 とか安 定条. 件 に使 われ る数学 を理解 したいために,当 時 ,中 学校 の数学科教員を対象 と す る高等数学講座 が京 都市左京 区川端丸太 町 の京都教育会館 で毎週夕刻火 木 とあ って,そ. ,. こへ 夏期集 中講座 も含 めて二 年 間お世話 にな った。園正造 先. 生 (京 大 名誉教授 0文 化功労者 )の 代数学 と微 積分。秋 月康夫先生 (京 大 名 誉教授 0群 馬大学長 )の 解析幾 何。杉谷岩彦先生 (三 高教授 )の 積分学 のお か げで ,大 体 当時 の高等学校 の理 科程度 の数学 を学ぶ こ とが 出来 た。 京都大学経済学部 の三 回生 の時 には,高 田保馬先生 のゼ ミナー ルで ,丁 度 その頃 出版 され た先生 の『 新利子論研究』 (昭 和 15年 刊 )を テキス トに,ま ]一. たその主 要 内容が ケイ ンズの利子理論批判 で あ る こ とか ら,ケ イ ンズの 「 θァ 般 理 論』 (J.M.Keynes,■ 物 Gι η″αZ 7・ んι ッ グ αηグ 几あηり , 1941。. θ rι sι ,Jり η2θ フ,ル ι. F■‐. Zι. 1936.塩 野谷九十九訳『 雇用 0利 子 および貨 幣 の一 般 理論「 │. )を 併用 され る こ とにな った。. 当時 としてはいよいよ戦時色 の 強 くな る社 会状況 の 中 で,極 めて純 粋 に ミ ク ロ経済学 (ヒ ックス), マ ク ロ経済学 (ケ イ ンズ )の 勉強が 出来 た こ とは 非常 に幸運 で あ った。勿論 ,日 常 の新 聞や雑誌 ,当 日 寺の ラジオ放送 な どでは 戦争 の危 機感を強 く感 じていた。 そ こへ 或 る朝 ,突 然 ,戦 争が起 ったのであ る。 昭和 16年 12月 8日 。 それ を知 らされた のは繰上 げ卒業 のための大 隅健一 郎先生 (京 大名誉教授 0元 最高裁判事 0学 士 院会員 )の 商法 の試験 の最 中 で あ った。 それか ら三年八 カ月 ,苦 しい戦争 中 の生活が つ づ いた。私 は戦争 中 も 大学 院生 として勉強をつ づ け る こ とが 出来 た。 当時私 は マ ー シ ャル (Alfred Marsha11)1)や ワル ラスを中心 に, 数 理 経済学 の勉強を していたが , 複数 の 教授 か ら「 英米経済学」,「 敵性経済学」,「 個人主 義経済学」を勉強す るの は アナ ク ロニ ズ ム (時 代錯誤 )だ ,な どと言 われて ,も っと戦争 に役立 つ よ う.

(3) 165. な経済学 をやれ とい う こ とだ った ら しいが ,私 には甚 だ迷惑 で あ った。私 は 需要 0供 給 の法則 には敵 も味方 もあ るまい と思 っていたが ,当 時 のイデオ ロ ギ ー 的な「 戦争経済学」 には満足 出来ず ,拙 劣 な当時 の戦 時統制経済 にかん す る諸著作 とか ,ナ チ ス・ ドイツの経 済学 的哲学 的著作 の翻訳 とか,「 アジ アの盟主 日本」 とか ,「 東亜新秩序 」 とか「 大東亜共栄圏」 と言 った宣伝 的 な著書 0論 文 の横行 には全 くうん ざ りしていた。. 幸 か不幸 か ,私 が そのよ うな軽薄な,似 而非 (え せ )哲 学 的な経済学 (?) や イデオ ロギ ーに迷 わ され なか ったのは,何 よ りも高 田保馬先生 をは じめ. ,. 園正造先生 や青 山秀夫先生 の御 宅 へ たびたびお邪魔 しなが ら,学 問 の魅力 と 学者 の生活を教 え られたおかげで あ った と思 う。 それか らもう一 つ は何 時 な ん どき兵 隊 に召集 されて死 ぬか もしれ ない身 だか ら,好 きな学 問をや ろ うと 決心 していた こ とと,そ うい う気持 だか ら,他 の教授 がた に何 を言 われ よ う とも,全 く気 に もとめず に済 んだ こ とだ。 しか し戦後 にな って,戦 争責 任 か ら教授総退 陣 とい う事 件があ って,静 田 均先生 (当 時 ,総 退 陣後 の学部長 ,の ち名誉教授 )か ら退官 された教授 の後 任 と して講 師 に推薦 して頂 いた こ とは,非 常 に うれ しか った。 もう一人 ,私 の学 問 の上 で 忘れてはな らない先生 と して ,三 高 (第 三 高等 学校 )の 折竹 錫 (た ま う)先 生 の御 名前 をあげてお きたい。私 は三高 では文 科 丙類 とい う フ ラ ンス語 を第一語学 とす るクラスで あ ったので,三 高 で三 年 間 ,折 竹先生 と伊吹武彦先生 とオ レス ト・ プ レ ッ トネ ル先生 に週十 三 時間. ,. フ ラ ンス語 を習 ったが,と くに折竹先生 は私 の保証教授 で あ り,ま た三 年生 の時 の クラス担任 で もあ られ たので ,屡 々お宅 へ お邪魔 して は,色 々 と有益 な学 問上 のお話 を うかが った り,私 の所属 した ボー ト部 の運 営 につ いて ご相 談 した り,貴 重 な御 意見 を沢 山聞かせ て 頂 いて ,私 のオヤ ジのよ うな気持 で おつ き合 い させ て 頂 いたが ,三 高卒業後 の大学進学先 を ご相談 した時 ,言 下 に京大経済学部 をおすす め頂 き,も し出来れ ば,高 田保馬先生 のゼ ミナール に入れて頂 くよ うに とい う御指示 で あ った。私 はまだ数 理 経済学 とい う言葉.

(4) 166. 経済学研究のLI顧 と展望. も知 らなか ったが ,当 時 ,東 大経済学部 で 大 内兵術教授 な どが追放 された り. ,. 河合栄治郎教授事 件 な どがあ った関係 か ら,折 竹先生 は「 いまの 日本 の経済 学 は形而上学 的す ぎる」 と言 われ ,ま た レオ ン 0ワ ル ラスの 名前 な どを あげ られ た。 フランス語 の大先生 で あ る以上 ,当 然か もしれ ないが,後 年 ,プ レィ 2)壇 の 中 に,ヴ ァ レ リーの レオ ン・ワル ヤー ド版 の「 ポー ル 0ヴ ァ レ リー全集. ラスの 「純粋経済学要論」. ι グ (L60n Walras,彫 πιηιグ'Eε θηοzグ ιfb′ グ 92ι. ‐ 乃′ θ,1874∼ 7.手 塚寿郎訳 =岩 波文庫 ,1965。 )の 書 評を発見 して感激 した こ とがあ ったが ,さ すが折竹先生 も当時す で に数 理 経済学 の こ とをよ くも知 ってお られ た ものだ と感心す る。私 は フ ラ ンス語 を勉強 したおか げて ,ワ ル ラスや パ レー ト3)を 読 む こ とが 出来 ,ま た後 に助教授 にな ったばか りの 頃. ,. 岸本誠 二 郎先生 (の ち京大名誉教授・ 学士院会員 )の おすす めで Fケ ネ ー企 集. 4)こ. の 邦訳を 当時大学 院学生 であ られた菱 山泉氏 (現 京都大学教授 )と 共. 訳す る こ とが出来 た こ とを非常 に仕合せ に思 ってい る。三高入 学後 ,折 竹先 生 が最初 の 時間 に「 君達 は フランス語 を第一語学 として ,集 中的 に勉強 で き る こ とは非常 に仕合 せ だ」 と言 われ た本 当 の 意味が後 にな って ,や っと解 っ たよ うな気 がす る。. 私が京都大学 の経済学部 へ 入学 した当時 ,高 田保馬先生 が「 経 済原論」 の 講 義 で 使用 された先生 の著吉:F経 済学概論」 (昭 和 13年 刊 )の 自序 の 中 に. ,. 私 も含 めて多 くの学生 た ちが暗誦 して いた 次 のよ うな文章 があ る。 「 ……… ただ『 経済学概論』 の 名 を選 んだのには故が あ る。 これ は人正十 五 年九州帝国大学 において ,経 済学 をは じめて担任 した ときの講 義 の題 目で あ る。雨来 白墨 を握 って需給 の 曲線 を描 くこ と十 二 年 ,往 時変革 を思 い し熱 血児 ,理 知 の法則 の 冷 た さになれて ,髪 髪 いつ の 間 にか 白 きを加 えたけれ ど も,学 は遅 々 と して進 まず ,徒 らに往年 を想望 して ,懐 旧の念 にたえぬ 。何 れ の 日か,か の 法文学部 の三 階 の窓か ら見下 した ,筑 前平野 の菜 の花 を忘れ 得 よ うぞ ………. J. 経済学 の最初 の入 門的 な講 義 を先生御 自身 の. FJ経 済学概論. Jを テキ ス トに.

(5) 167. して ,先 生 の充実 した講 義 が聴 講 で きた こ とは大変仕合せ な こ とだ った と思 う。 『 経済学概論』 は の ちに増改訂 されて 1第 二 経済学概論』 (昭 和 16年 刊 ), 『 経済学原 理 』 (昭 和 22年 刊),F経 済学講義』 (上 ,中 ,下 )(昭 和27-30年 ) とつ づ くわ けだが ,こ れ ら一連 の書物 はいずれ も豊富 な内容 が簡潔 に集約 さ れて いて ,キ ビキ ビとした読みやす い文章 で あ ったけれ ども,内 容 は さす が に難 しか った。 た とえば「 経済学概論』 (18頁 )で は. ,. 「 一定 の財 があ る主 体 の欲望 をみた し得 ると認 め られ た る性質 を効用 とい う。 ……一主 体 の所有す る数 量 の 中,最 後 の単位 に見 つ もられ る効用 を ,限 界単位 の効用 ,即 ち即界効 用 (マ ー ジナ ル・ ユ ーテ ィ リテ ィ)と い う」 とい った調子 で議論 が ど しどし進 んでい った。た ちまち核心 に迫 るとい った書 き 方 で ,当 時 として は最高水 準 の学 問を教 えて頂 いたわ けだが ,先 生 が10回 ぐ らい読 みな さい と言 われたよ うに,私 も一字一句 ゆ るがせ にせ ず ,非 常 に時 間 をかけて読 んだ書物 で あ った。 少 くとも戦前 までの経済学 の研究方法 は, リカー ドの『 経済学 および課税 の原 理 5)J とか, Jo Seミ ルの 『 経済学原 理 6)Jと か , ア ル フ レ ッド・ マ ー 」 シ ャル の 『経済学原 理 Jと か,レ オ ン 0ワ ル ラスの IJ純 粋経済学要論 7tlと か V.パ レー トの F経 済学綱要』 とか,ク スー ト・ウ ィクセルの「 経済学講 義め』 な どの マ ス ター ピースを一生懸 命 に勉強 して経済学 の基礎知識 と考 え方 を身 につ け るの が通例 で あ った。 つ ま り江戸時代 か らの訓詰学 的方 法 で あ る。従 って 多 くの理 論系 の経済学者 は同 時 に,経 済学説史 の学者 で もあ ったわ けで あ る。 しか し近 代経済学 の古典 的名著 を読 む場 合 は,語 学 的 に文章 が読 めて も. ,. た とえば限界効用 とか ,弾 力性 とか言 って も,数 学 の微積分 の知識 がなけれ ば,完 全 に理 解 で きない。 リカー ドや Jo S.ミ. /L/ぐ. らいまで は算 数 で充分 だ. が ,マ ー シ ャル以後 にな ると微積分 が必 要 とな り,最 近 では行列・ 行列 式 と か確率論 とか位 相数学 とか ,ほ ぼ理 科系 の学 問 と同様 の水準 が 要求 され るよ うにな った。 しか しそ のために,経 済学 の研 究方 法が割1詰 学 的 な教条主 義的 な,家 元的・ 流派 的学 問か ら,思 考 的 な発 明的 な機能 的な学 問 に進 化 した の.

(6) 168. で あ る。 ケイ ンズ がその編集者 で あ った ケ ンブ リッジ・ エ コ ノ ミ ック・ ハ ン ドブ ッ ク・ シ リーズの序文 の 中で , 経済学 とは考 え る方 法 (methOd Of thinking) で あ って,問 題 を入 れ ると解答 が出て くる公式集や 自動販売装置 のよ うな も のではない と言 って い る。 つ ま り経済学 は訓詰 学 やお説教や暗記物や ドクマ ではな く,考 え方 その もので あ る。従 って経済学 には特有 の考 え方 があ る。 こ うい う経済学 の機能性 か ら,経 済学 の国際化が始 まる。す でに 昭和 5年 (1930年 )に は エ コ ノメ トリ ック 0ソ サ エ テ ィ (計 量経済学 会)が 結成 され , 昭和 8釘 1(1933年. )に はその機 関誌 エ コ ノメ トリカ』 (Eε οηθ [」. 7'ι. ,‐. `ι. ε α)が 発 グ. 9)』 刊 され た。 また同 じ年 に,ジ ョー ン・ ロ ビンソンの「 不完全競争 の経済学 10)Jが や エ ドワー ド・ チ ェ ンバ リンの []独 占的競 争 の理 論 出版 され ,さ らに. 昭和 11年 (1936年 )に は ケイ ンズの「 雇用 0利 子 0貨 幣 にかんす る一般理論 (l, 昭和 14年 (1939年 )に は ヒ ックスの F価 値 と資本 tlや シ ュンペ ー ターの大冊 F景 気循環論 i全 二 巻 11)が 出版 され たが ,こ の後 はいよいよ戦 時体制 とな っ. て ,原 書 の輸入 は杜絶 した。 丁度高 田保 馬先生 が京都帝 国大学経済学部 へ 九州帝国大学 か ら転任 されて. ,. 「 経済原論」を担 当 された昭和 4年 (1929年 )か ら,京 大御定年 の少 し前 の. )頃 まで は世 界 的 に経済学 の ヌー ヴ ェル・ バ ー (新 しい波 )の 時代 で ,い わゆ る古典学派 の経済学か ら脱却 して ,新 しい. 日米 開戦 (昭 和 16年 =1941年 グ. よ り現実 的な経 済学 へ と向いつつ あ った時代 で もあ った。 やがて昭和 15年 (1940年 )に な ると,原 書:の 輸入 が とま り,私 も丸善 で シ ュンペ ー ターの. J」. 景気循環論』 (上 ,下 三 巻 )を 16円 (定 価 10ド ル)で 買 って. 以来 ,戦 後 まで新 しい原書を買 う機会 はなか った。 当時 ,青 山秀夫先生 に シ ュンペ ー ターの『 景気循環論』 を買 うべ きか ど うか ,ご 相談 申上 げた ら,全 集 を 買 うつ もりで 買 え と言われ た。 その頃 ,寺 田寅彦全集 ,山 本有 三 全集. ,. 吉 田松 蔭全集 が ,や は りそれ ぐらいの値 段 で 出て いた。 戦 時 中 に入 って ,数 少 い大学 院学生 の友人 と して ,台 湾 か ら留学 して お ら 「コ れた林 (リ ン)海 達君 と一緒 に よ く古本 屋 さんを探 訪 して ,マ ー シ ャルの 貨.

(7) 169. 夕 zθ rθ θ ιαη″ Cθ π′ ,1923.)と か,ケ イ ンズ 幣 0信 用・ 商業』いるηり,(レ ″グ ιο7z几 ら,zι ι αη Rグ br′ ,3,1923。 )の 原書を大阪の の『 貨幣改革論「 」(■ 鶴りε 「 天牛」書店 とか,神 戸 の トーア道路 の書店まで 出かけて買 った。また東大 の赤門前 の古本屋 さんで,当 時東大 の助教授 であられた安井琢磨先生 (東 北 大学・ 大阪大学名誉教授・ 文化勲章受賞者 )の 東大経済学部 の機関誌『 経済 学 論 集 riに 発表 され た「 帰 属 理 論 と限界 生 産 力説 」 (昭 和 9年 4月 号 )以 下. ,. ワル ラ ス 関係 の 有 名 な諸論文 の掲 載 され た バ ック・ ナ ンバ ー を蒐 集 した 。 つ ま り陸 0海 軍 報 道 部 の 喜 ぶ よ うな論 文 や書 物 が 横行 す るな か で ,か え って私 は ,本 格 的 な学 問 が や りた か った。 そ して これ が真 に 国 の た めだ と思 って い た。. しか し第二 次 大 戦 ま で に ケ イ ンズ の『 雇 用・利 子・貨 幣 に 関す る一般 理 論. L』. (1936)や ヒ ック ス『 価 値 と資 本 11(1939),シ ュンペ ー ター『 景 気 循 環 論 』 (1939)が 国 内 に入 って いた に もか か わ らず ,戦 時 中 の 日本 の 経 済 学 界 は全 く見 るべ き も のが な か った。 す で に 1930年 (昭 和 5年 )に は エ コ ノメ トリ ッ ク 。ソサ エ テ ィ (計 量 経 済 学 会 )が 発 足 し,そ の 機 関誌『 エ コ ノ メ トリカ. [‖. が 1933年 (昭 和 8年 )に 発 刊 され て いた に もか か わ らず ,こ の 方 面 で は 当時 の 東 京 商 科 大 学 改 メ東 京産 業 大 学 (現 在 の一 橋 大 学 )の 杉 本 栄 一 教授 の『 理 』 の 中 に ,計 量経 済 学 的 な論 文 が収 録 され て いた 程 度 で あ った。 論 経 済 学 研 究「 また ケ イ ンズ の『 雇 用・ 利 子 ・ 貨 幣 に 関す る一 般 理 論 」 に つ いて も,そ の 15)的. 題 名 の 如 く,雇 用 理 論 と して の ア ル ビン・ ハ ンセ ン. な『 一 般 理 論 』 の理. ´ θRッ ル ′ 解と認識は乏しかった。従ってケインズの「戦費調達論』はあ ι “. ι んθlyhr,1940。. )な どで も殆ん ど問題 に されて いなか った。 つ ま リケ イ ンズ. 理 論 が貨 幣・ 金融論 的 に扱 われて いたのであ る。 と ころが昭和 17年 頃 だ と思 うが ,当 時 ハ ー ヴ ァー ド大学 で講 師を してお られ た都 留重人先生 が交換船秩 父 丸 (?)で 帰朝 されて早 々,毎 日新 聞社発行 の週刊誌『 エ コ ノ ミス ト』 に 「 米 国経済学界 の現状 」 とい うよ うな題 目だ った と記憶 す るが ,米 国 の学界 報 告 のよ うな文章 を発表 された。 それによ ると米 国 では圧倒 的 にケイ ンズ経.

(8) 170. 経済学研究の回顧と展望. 済学 が盛況で ,日 本 の学界事情 とは全 く異 るとい う こ とを教 え られ て ,私 も 驚 いた 。 当時 は戦 時下 で物資不足 と言論統制 のために,出 版物 は用紙 の配給 制 で ,恐 ら く1000部 ぐらいの発行部数 だ った と思 うが ,購 入す るの が大変 で あ った。 私 は幸 い京大 正 門前 の ナ カニ シヤ書店 で主 人が残 しておいて くれた ので ,都 留先生 の米国学会事情 を親 しい先生 がたに吹聴 したが,そ の 中で も 食料難 のために わ ざわ ざ彦根市 の楽 々園 と彦根高商 (現 在 の滋賀大学経済学 部 )で 数 理 経済学会 (?)が 開催 された頃 ,私 は彦 根市 出身 の故 でお手伝 いを していたが ,た また まその 時 ,安 井琢磨 先生 に都 留先生 の帰朝報告論文 によ ると,米 国経済学界 で は ケイ ンズ が大流行 との こ とを申上 げた ら,undenkbar (考 え られない こ と)だ ね ,と お っ しゃった こ とが非 常 に 印象的 だ った。 ケ. イ ンズ経済学 の本格 的な隆盛が は じめて 日本 に伝 え られた のは,こ の『 エ コ ノ ミス ト〔 」の都 留論文 のおか げ で あ った。過 日甲南女子大学 の 図書館 で都 留 先生 の. 1]都. 留重人著作集 :の 中 を探 してみたが ,こ の論文 は収録 されていな. いのか ,み つ か らなか った。 しか しこの時期 に始 めて本格 的 な ケイ ンズ経済 学 の米 国学会 での様子 が都留重 人先生 によ って ,伝 え られた ので ある。だが. ,. 戦 争 中 の 日本 では,そ のよ うな胎動す らみ られ なか った。 当時 ,私 と林 (リ ン)君 とは,大 学院学生 では あ ったが ,特 別研究生 (奨 学金 つ き 0徴 兵猶予 ) で はなか ったので ,雑 用 は免れたが ,苦 しい生活 の 中で 栄養不足 に困 りなが ら,ま た召集令状 の来 るの をおそれ なが ら,コ ツ コツ と数学 の勉強を してい たので ,「 ケイ ンズ革命」 の マ ク ロ経済学 を充分勉強す るだ け の余裕 がなか ったのは残念だが,今 に して思 えば当時 は生 き延 び るだけで精一杯で あ った。 戦争 が終 って も,世 の 中がす ぐに良 くな ったわ けで はない。政 府 が終戦 と 同時 に,「 人心 を一新す るために」生鮮食料品 の統制撤廃 をや ったために. ,. 三 年間 に三 百数十倍 の イ ンフ レが起 り,旧 円封鎖 のモ ラ トリア ム も石炭鉱 山 開発 の傾斜生産方式 も駄 目で ,最 後 は GHQ(総 司令部 )が 招 へ い したデ ト ロイ ト銀行 の ド ッジ氏 (JOSeph M・. Dodge)の 指導 によ る経済九原則. (俗. 称 ドッジ・ ライ ン)と い う強烈 な通貨供給圧 縮策 で イ ンフ レは終燎 したが. ,. イ ンフ レで大部分 の人 々は財産 を失 い,ま た戦後 のヤ ミ成金 も ドッジ・ デ フ.

(9) 171. 島 津 亮 二. レで 裸 にな って ,当 時 の惨胆 た る戦後不況 は 目を覆 うばか りで あった。皮 肉 に も これが朝鮮 動乱 によ る特需 (特 別需要 )で 救 われ ,朝 鮮動乱 の停戦 と共 に再 び金 (か ね )づ ま り不況 とな るが ,や が て講和条約 によ る 日本 の経済解 放 を バ ネに, 日本経済 の高度成 長路線が準備 され つつ あ った。 昭和 20年 代 の 後半 か らは,米 国 の経済学書が続 々 と輸入 され るよ うにな り. ,. 最初 はアメ リカ文化 セ ン ターで ,日 新 しい書物 が沢山閲覧 で きたが ,や がて 個人 的 に も購入 の途 が ひ らけ る こ とにな った。 その頃 の珍 しか った書物 の 中 には,シ ュンペ ー ターの. ラ ンゲ F価 格伸縮性 と雇用. 13)』. ンセ ン『 財政政策 と景気循環 F'ァ. 12)』. , ォ ス カー・. 14)El'ア. ル ヴ ィン 0ハ. FL資 本主 義・ た L会 主 義・ 民主主義. ,サ ムエル ソン「 経済学. 15)』. , F景 気循環 と国民所得. 16)』. , ガル ブ レース. メ リカの資本 主 義 17)「 ]な ど,戦 前 に くらべ て急 に読 む べ き書物 が沢 山現. われた こ とに感激 した。. それ と同時 に私 は昭和二 十 一 年八月 に京都大学経済学部講 師 ,昭 和 三 十 三 年十 二 月 に助教授 に昇進 してか ら,講 義や ゼ ミナー ル を担 当す る こ とにな っ たが,多 くの学徒 出陣 の学生諸粛 が次 々 と帰還 されて ,年 令 的 に数年以上 の ひ らきの あ る諸 粛が同 じクラスに集 って いた。 そのために終 戦初期 の学生諸 君 の 中 には人 間的 に成熟 した優 秀 な人が多 か った。 その 中で学界 へ 残 られた 諸君 の 中 には,文 化勲章受賞者 の現 ロ ン ドン大学教授森 嶋通夫氏 をは じめ. ,. 以下敬称 を略 させて頂 くが ,順 不 同 で思 いつ くまま に書 くと,市 村真 一 ,鎌 倉昇 (故 ),馬 場 IE雄 (故 ),建 元 正弘 ,阿 部統 ,今 川正 ,田 口芳 弘 ,伊 藤史朗. ,. 岡崎不 二 男 ,吉 田靖彦 な どの諸君が 青 山秀夫先生 を中心 に近代経済学研究会 とい う学生 の 同好会 を作 って大学 院 以前 のア ンダー グラデ ュエ イ トの学生時 代 か ら切嵯琢磨 された活躍 ぶ りは正 に壮観 で あ った。 また私 自身 の ゼ ミナー ル で も,そ の後 ,数 学 の勉強会 を上記 の鎌倉昇氏 (当 時 ,京 大経済学部助手り の ち京都大学教授 ,昭 和44年 逝去 )の ほか ,西 川徹氏 (当 時 ,京 大大学院学 生 ,現 在 ,日 立製 作所家電事業本部 デザ イ ン研究所長 ),小 室 直樹氏 (当 時. ,. 大 阪大学大学 院学生 ,現 在 ,政 治学者 ,東 大法学博士 , 評論家 ), 小林清晃.

(10) 172. 経済学研究の回顧と展望. 氏 (当 時 ,京 大経済学部大学 院学 生 ,現 在 ,甲 南大学教授 )の 諸氏 に助 けて 頂 いて ,全 く感謝 にたえない。 また これ らの諸君 と一緒 に勉強 した思 い 出は 非常 に楽 しい もので あ った。 これ らの方 々の おかげで ,私 もまた OR(オ ペ レー シ ョン0リ サーチ)と か ,LP(リ ニ ヤー 0プ ログラ ミン グ)の 勉強が 出 来 た。 と くに数学 は森嶋通夫氏が言 ってお られ たよ うに,40才 で Mathemat‐. ical Deathだ か ら,若 い人に教 えて もらえ た こ とは大変幸せ で あ った。 ちなみに私 自身 のゼ ミナー ル生 の 中 か らは,学 界 に残 って 活躍 してお られ る諸君 は ,牛 嶋 正 (名 古屋市大 ),林 敏彦 (大 阪大学 ),三 木 田辰 兵 (和 歌 山 「i次 (名 古屋市大 ),賀 川昭夫 (東 京経済大学 ),釜 江廣志 (一 橋大 大学 ),辻 丁 学 )の 諸粛が お られ る。 戦後 にな って ,こ れ ら沢 山 の親 しい方 々が経済学者 として 活躍 して下 さる おかげで ,戦 前 の孤独 な学究生活 よ りも,い よいよ華やかな学 究生活を送 る こ とが出来 るよ うにな った。友 あ り遠方 よ り来 る,ま た楽 しか らずや とい う わ けで ,と にか く学 問が面 白 くな り,ま た学 問が進歩す るためには,多 くの 仲間が必要 なので あ る。戦後 ,近 代経済学 の飛 躍 的 に発展 した原 因 の重要 な 一 つ は,こ れを専攻 され る学 者 が増加 した こ とで あ る。 これ は戦前 の孤独 な 大学院学生時代 に,私 が夢 として懐 いていた念 願 で あ った。 と ころで経済学 は欧米 において飛躍 的 に進歩 していた こ とが ,戦 後 にな っ て は っき りわか った。た とえば第一 次大戦後 には,戦 後恐慌 が起 ったが ,第 二 次大戦後 にはそれがなか った。米 国 は マ ー シ ャル・ プ ラ ンをは じめ,各 国 の経済復興 を助 けた。やがて 日本 も合 めて ,世 界 的な高度成 長経済を とげ. ,. また発展途 上国 の 開発援助 も進 んだ。 これ らの政策 的な背後 には経済学 の発 展 と経済政策 の進歩 が ある。 ケイ ンズ経済学 の マ ク ロ的・ 政策指 向的性格 と統計学・ 計量経済学 の発展 とが相即応 して ,さ らに コンピ ュー ターの発達 ,情 報処 理 能力 の進歩 な どが 一体 とな って ,1世 界 的規模 の各 国 マ ク ロ経済政策 の協調 が可能 とな った。 こ うした状 況をふ まえ て ,経 済学 は「 社会科学 の女 王」 (サ ムエル ソン)と 言 われ るほ どの飛躍 的発展 を とげた ので ある。 その根本 は方法的に数学 の導入.

(11) 島 津 亮 二. 173. が 可能 にな った こ と。 コンピ ュー ターが フルに利用 で きるよ うにな った こ と な どで あろ う。戦後 か ら1950-60年 代 は,経 済学 の発展 が凡 ゆ る社会科学. ,. 人文科学 の 中 で最 も期待 された 時代 で あ る。 こ うした時代状況 の 中で ,経 済 学 に関 して,1969年 か ら,ノ ー ベ ル 0メ モ リア ル賞 (Nobel Memorial Prize. in Economic Science)が 設定 されノ たo 周知 のよ うに ノー ベル賞 は,1901年 か ら物理学 ,化 学 ,生 理学 =医 学 ,文 学 ,平 和賞 の五 部 門 につ いて ,第 二 次大戦 中 を 除 きほ ぼ毎年授与 されて きた。 いわば二 十世紀文化 0文 明 の指標 のよ うな もので あるが ,こ の ノー ベル賞 の 中 に1969年 か ら経済学部門が追加設定 され たのであ る。 これ は経済学 の 国際 化 とい う観点 か らみて も非常 に重要 な こ とで あ って ,戦 時中 の 日本 の経済学 界 のよ うに,国 際的 に通用 しないよ うな 自己満足 的 な経済学 は もはや存在 し ないであろ う。 また各国 の経済学者 が共通 の地盤 に立 って,協 力 し競 争 で き る こ とは,そ の 当時 ,何 とすば らしい こ とで あ るか と感激 した。 しか もその 大 部分 が経済理論 のパ イオ ニ ア的な業績 に対 して与 え られ てい る こ とは,当 然 とはいえ,何 とすば らしい こ とで はないか。 とい うの は,1969年 以前 の 日 本 において は,経 済 理 論 は輸入学 問 と考 え られ ていた らし く,そ の 当時 の経 済学部 門 の学士 院賞 は「 北海道 の ニ シンの経済史」,「 北 7毎 道 の コンブの経済 史」,「 瀬戸 内海 の塩 の経済史」,「 近 江 中江家 の古文書 の研究」 とい った業 績 に限 られ ていたので ある。だか ら経済学 の 中心をなす経済学 の理 論 的研究 に つ いて は, 日本 で は評価 され ないのか と思 っていた のだ が ,ノ ー ベル賞経済 学部 門 の創設 に影響 されてか ,昭 和46年 (1971年 )に は安 井琢磨先 生 が文化 勲章 を受賞 され ,ま た昭和51年 (1976年 )に は森嶋通夫氏 が同 じ く文化勲章 を受賞 され たのでいよいよ 日本 で も理 論 的な経済学 の評価が高 くな った こ と を喜 んだ もので あ る。 と ころで経済学 が ,物 理 学 ,化 学 ,生 理 学 =医 学 ,文 学 と並 ぶ文化 的重要 性 を与 え られた こ とは (平 和賞 は別格 として), 非常 に うれ しい こ とで はあ るが,経 済学部 門 の責 任 の重大性 を痛感せ ざるをえない。 つ ま り経済学 が主 と して数学 的手 法を導入 す る こ とによ って,他 の社会科学 の 中 で,社 会科学.

(12) 経済学研究 の回顧 と展望. 174. の女 王 と言われ るまで にな った こ とは大 いに名誉 な こ とでは あ る。然 し経済 学 が ノー ベル賞 とい うオ リンピ ックの種 目に入 った こ とで 日本 の選手が どれ だ け成績 をあげ られ るのか と思 うと,ま ず経済学 の 国際化が必 要 だ ろ う。 ノー ベル賞経済学部 門受賞者 1969. フ. リ ッ シ ュ. (1895--1973). ア ィ ン ベ ル ヘ ン (1903-―. ). 1970. サ ム エ ル ソ ン. (1915- ). 1971. ク ズ ネ. ッ ツ. (1901--85). 1972. ア. (1921-―. ). ス (1904-一. ). レ オ ン チ エ フ (1906-―. ). ヒ. 1973 1974. ロ. ッ. ー. ク. ュ ル ダ ー ル (1898--1985) エ. イ. ク. (1899- ). (Ragner FRISCH)(ノ. ー ル ウエ ー). (Jan TINBERGEN)(ォ ラ ン ダ) (Paul Ae SAMUELSON)(米 国 ) (Simon KUZNETS)(米 国 ) (Kenneth J.ARROW)(米 国 ) (John R.HICKS)(英 国 ) (WaSSily LEONTIEF)(米 国 ) (Gunner MYRDAL)(ス ェ _デ ン) (Friedrich A.vOn HAYEK) (オ ー ス トリア ). 1975. ク ー プ マ ンス. (1910-). (Tjalling KOOPMANS) (オ ラ ン ダー米 国 ). カ ン トロ ビ ッチ (1912-―. 1976. フ リ ー ドマ ン. 1977. オ. 1978. サ シ. リ. ン (1899--1979). イ. モ. ン (1916-一. ). ュ. ル. ツ (1902-一. ). (1915(1920(1918(1911(1921(1913-. ) ) ) ) ) ) ). ー ー. ミ. 1979. ル. ド. ス. イ. 1980. ク. ラ. イ. ン. 1981. ト. ー. ビ. ン. 1982. ). (1912- ). ス テ ィグ ラー. (1907- ). 1983. ド ゥ ブ ロ ー. 1984. ス. 1985. モ デ ィ リア ー ニ (1918-―. ト. ー. ン. (Leonid KANTOROVICH)(ソ 聯 ) (MiltOn FRIEDMAN)(米 国 ) (Berti1 0HLIN)(ス. ェ ー デ ン). (James Eo MEADE)(英 国 ) (Herbert A.SIMON)(米 国 ) (TheOdOre w.SCHULTZ)(米 国 ) (Sir Arthur LEWIS)(英. 国). (Lawrence R.KLINE)(米 国 ) (JameS TOBIN)(米 国 ) (GeOrge Jo STIGLER)(米 国 ) (Gerard DEBREU)(仏 国 一米 国 ) (Richard STONE)(英 国 ) (Franco MODIGLIANI) (伊 国 ―米 国 ). 1986. ブ キ ャ ナ ン. (1919-). (JameS M.BUCHANAN)(米. 国). さて ここで経済学部門 の ノー ベル賞 を受 賞 され た各経済学者 の業績 を辿 る.

(13) 175. 島 津 亮 二. と,ケ イ ンズ以後 の経済学 の流れがわか って面 白 い と思 うので ,と りあえず 一観表 をかか げ る こ とに したが ,以 下簡単 に説 明 してお こ う。 1969年 受賞 の フ リッシ ュは Econometrics(計 量経済学 )の 命 名者 で あ り. ,. 計量経済学会創 立 の 中心人物 で あ る。 もう一人 のテ ィンベ ル ヘ ン (英 語読 み で はテ ィンバ ーゲ ン)は 実証 的な景気変動 の測定や経済計 画 ,経 済発展論 の 業績 。 1970年 のサ ムエル ソンはケイ ンズ以後 の最大 の経済学者 で あ るが,『 経 済分析 の基礎 経済活動. 18)』. 19)』. (1947),『 経済学』 (1948,1lth ed.,1980),『 線型計画 と. (ド ー フマ ン及 び ソ ロー と共著 ,1958)な どのほか,各 方面 の. 指導 的 な論文 が多 い. (『. サ ムエル ソン論文集 20)』 全 5巻 が あ る)。. 1971年 の クズ ネ ッツは 国民所得統計 の創始者 。 その他 ,生 産統計や経済発 展論 の実証 的研究。 1972年 のア ローは記 号論 によ る『 社会 的選択 と個人 的評 価. 21)』. (1951)。. と くに「 不可能定 理」(impOSibility theorem)に よ る最優 先. 選択や厚生経済学 の最適状 態 に対す る不可能性 を論 じた こ と。 その他 ,数 理 経済学 の各方面 にお ける精密 化 に貢 献 した。 同 じ く同年受賞 の ヒ ックス は. ,. 『 価値 と資本』,に おけるスル ツキー方程式 の導入 と期間分析 によ る動学化。 αJ:酔α,9ι θ θrた ,1941;4th ed。 グ さ らに『 社会会計論』 (Tん θSθ ε “ イ ンズ理 論 の新古典学派 的統合 な ど。. 1971.),ヶ. 1974年 の レオ ンチ ェフは産 業連 関論 の発案。同 じ く ミュル ダ ールは初期 の 景気変動論 と彼 の政治哲学 的な『 アメ リカのデ ィ レンマ. 2助. 』 な どによ る功績 。. また同年 のハ イ エ クは初期 の貨 幣・ 資本 理 論 と徹 底 した彼 の 自由経済論 の 功 績。 38)と ヵ ン トロ ビ ッチは共 に線 型計画 の先駆 的業績 に 1975年 の クープ マ ンス. よ るもので あ り,1976年 の フ リー ドマ ンは マ ネ リズ ム(通 貨供給量制限主義 ) の指導 的役害Jに 対 して の授賞 ,ま た1977年 のオー リン, ミー ドの二 人 は共 に 国際経済学 にお け る近代理論 につ いて ,と くにオー リンは ヘ ク シ ャー理 論 の 発展 , ミー ドの『 国際収支論』 につ いて の貢献 に対 して与 え られた。 1978年 のサ イ モ ンにつ いて は,彼 の社会学 的な貢献 として ,大 規模 な組 織 内 にお ける行政・ 管 理 部 門 の意志 決定 の メカニ ズ ムを明 らか に した こ とによ.

(14) 176. る。彼 の主著 は 1行 政 管 理 的行動―― 行政管 理 的組織 にお ける意志決定過程 の研究 23)〔 Iで ぁ る。. 1979年 の シュル ツ につ い て は, 彼 の人 的資本投資論 (InveStment in. Human Capital)或 いは彼 の教育 の経済学 (EcOnOmic Value of EducatiOn) の創案 によ るものであ り,ま た 同 じ くル イス につ いては,彼 の初期 の F経 済 調 査 1918-193924)1と か「 間接費論 の理 論. 26)」. 25)│の. 好著 に加 えて ,と くに『 経済成 長. にお け る ヒ ュー マニ ステ ィ ックな発展途上国に対す る愛 情 の こ も. った経済発 展論 の 功績 で ある。 1980年 の クライ ンは,初 期 の『 ケイ ンズ革命 27)〔 l以 来 ,マ ク ロ経済 モ デ ル によ る景気 予測 に努力 して ,多 数系列 の変動 によ る計量経 済学 的予測法 を確 立 した。 1981年 の トー ビンは米 国 にお け る有力 な ケイ ンジア ンで ,マ ネ タ リズ ムに 対 しては常 に批判 的 で あ り,貨 幣需要 の利子 弾力性 の研究 ,消 費・ 貯蓄 にか んす る実証 的研究 ,支 出決定 にお け る金融 的諸変数 の効果 につ いての分析 な どの研究 によ る。1982年 のステ ィグラー もまた米 国経済学界 の長老 で ,初 期 の『 価格 の理 論 28):以 来 の ミク ロ経済学 的な実証分析 によ る功績。 1983年 の ドゥブ ロー (米 国 で はデブルー)は ア ローや ハ ー ン (Frank Hahn) と共 に一 般均衡 理 論 の精密化 に貢献 した。 と くに彼 の「 存在定 理」(exiStence. theorem)は 有名 で あ る。 1984年 のス トー ンは新 SNA(新 国民経済計算 シス テ ム)の 発案者 として, この システムが先進 工 業 国,国 連 ,. IMF,世. 界銀行 ,OECD(経 済協力開. 発機 1轟 )な どで 使用 されてい る。 1985年 のモ ジ リアー ニ は早 くか ら注 目されて いた経済学者 で あ ったが ,と くに彼 の ライフサ イクル仮説 では,貯 蓄す るのは 自分 の老後 のためで あ って 子孫 にの こすため ではない とい う貯 蓄学説 で あ り,こ れを さ らに拡大 して. ,. 企業 の 価値 (株 価 )は 本質 的 には企 業 の将来利益 に対す る期待値 によ るとい う,現 代 の企業財務 の基礎 理 論 を創案 した。 最後 に昨年 の受 賞者 ブキ ャナ ンは「 公共選択 の理 論」 の開発者 で あ り,こ. ,.

(15) 島. 177. 津. の理 論 か らさ らに制度 的・ デ モ クラ シー 的選択 の理 論 ,つ ま り政策 決定 の メ 〕 カニ ズ ムを解 明 した もの と言 え る。主著 は ゴー ドン・ タ ロ ックとの共著 「合 意 の解析学一一 制度 的 デ モ クラ シーの論 理 的基礎. 29)』. (1962)で ある。. 以上簡単 に1969年 以来 の ノー ベ ル経済学賞 を通覧 したが ,大 別 して,(1)経 済学 の方法論,12)経 済学 の純粋 理 論 ,6)経 済学 の応用 理 論,14)経 済学 の実践 理論,(5)制 度 的経済 理 論 ,な どの単一 的 な もの,複 合 的な ものに分類 で きる と′ 思う。 かつ て. A.C.ピ. グウは経済学者 には 道具 つ くり (t001-maker)と 道具使. い (t001-user)と が ぁると言 ったが ,そ れ と同時 に対象 の選 び方 ,問 題 意識 の適格 さ,な どが必要 だ と思 われ る。 もとよ り有 名 な教科書 な どによ って初歩 的な訓練 を重 ね る必要 が あ ると思 うが ,そ れ以外 に問題把握 の適切 さとい う面 か らは,や は り経済学説史 とか. ,. 経済史 の知識 が必要 なので はあ るまいか。 と くに初歩 的な人 々の場合 ,前 者 ]不. で は,ガ ル ブ レイ スの ‖ 確実性 の時代 30)』 とか ハ イル ブ ロー ナ ーの『 世俗 の哲学者 た ち31)』 が有益 か もしれ ない。 また経済史 とい う点 では 日本 では や は り『 大塚久雄 著作集. 32)』. な どを読 まれ るべ きだが,と くに最近 の経済 問題. を研究す る場合 ,世 界人恐慌 の歴史 ,金 本位制 の歴史 と言 った ものが有益 で あろ うと思 われ る。 とい うのは,現 在 の経済 の仕組 みや制度 は世界大恐慌 の 反省 の上 に構築 された制度 な り仕組 み で あ り,と くに金融制度 につ いて は. ,. 金 本位 制度 を モ デ ル として運営 されてい るか らで ある。前者 につ いて は,フ レデ リック 0ア レン. 33)」. [』. オ ン リー・ イ エス タデイ. とか ,C.P.キ ン ドルバ. ー ガー『 大不況下 の世界 01929-193934)』 な どが役立 つ で あろ う。 また後者 につ いては,ケ イ ンズの『 貨 幣論 35)』 が色 々な詳 しい問題 につ いて教 えて く れ るはず で あ る。 なお最後 に,経 済政策 の歴史 的な変遷 とい う興 味深 い書物 として ,最 近 出 36)!‖ 版 された アーサー 0シ ュレジ ンガー・ジ ュニ アー『 ア メ リカ史 のサ イ クル. (1986)が 面 白 いだ ろ う。 いま欧 。米・ 日の経 済政策基調 は「 保守革命 Jの.

(16) 経済学研究 の回顧 と展望. 178. 一 環 と言 われ るが ,何 時 の 日か この 基 調 は変 るだ ろ うと思 わ れ るか らだ 。 それ か らも う一 つ 。現 在 お よ び将 来 の経 済 現 象 お よ び 経 済 政 策 は ,一 国 中 心 で は な く,広 くグ ロー バ ル に 動 いて い くもの と思 われ るか ら, レス タ ー サ ロー の『 ゼ ロ・ サ ム社 会 0解 決篇. 37)』. 0. (1985)の よ うな視 野 の広 い考 え方. が参 考 に な るで あ ろ う。 この 書 物 に はか な りの 批 判 もあ るが ,細 部 は と もか くと して ,大 綱 は間 違 って い な い と思 う。. 註 πグ S q′ Eω η θ ε s,8th 1)Alfred Marshall,Prグ ηε グι. ed。 ,1920;(variOrum edition with annOtations by Co W.Guillebaud,2 vols。 ,1961)(′ 馬場啓之助訳『経済学 原理』全 4冊 ,東 洋経済新報社,1965-67.) J %″ っ′TOme l-2,Bibliothё que de la Rι π 2)Paul Va16ry, ,OEπ υ″s グι 」. P16iade, 1957-60. gπ ι %′ グ 3)VilfledO Pareto,几 化 ηαιZグ 'Eω ″οπJι 」 ,1909。 (OEuvres Complё tes de Vo Pareto,Tome 7,Librairie Droz,Genё ve,1966.). 4)August Oncken ed.,OEα υた s Francfort s/m,Paris,1888。 『 ケ ネ ー全 集』 全. `sη. y, sη α. 3巻 ,有 斐 閣 ,1951-52.)な お経 済 表 の200周 年 記 念 と して ,フ ラ. ンス 国 立人 口統 計 研 究 所 FTαηfθ グ S Oπ. ηθηι Eε ο Jgι ι gα ι ιs ιιP/2Jあ s″ んグ SごιF Ozι. (前 半 の 経済 学 的部 分 の 邦 訳 が 島津 亮 二・ 菱 山泉 訳. ¢y ιtt. (Institute National D'Etudes D6mographiques)が. Lα. グ 」 ワち,s′ οθπ ι ι; tom.I,Pr6face_Ё tudes,Biographie‐. Bibliographie,tom.H,Textes Annot6s,1958。 を 出版 した 。今 後 は これ が オ ン ケ ン版 に代 るか も しれ な い 。な お英 仏 両 語対 照 で ,下 記 の す ば ら しい版 本 が 出た 。 y's Tα らJ`α π Eεθηοηzグ gα ι, edited, with new inaterial, translatiOns and sη α Cπ ι. notes by Marguerite Kuczynski t& Ronald L.NIeek, LondOn: MacMillan,. New York: Augustus M.Kleney Publishers, For the Royal Econonlic Society and the Alnerican Econorrlic Association, 1972.. 5)Da宙 d. ん Ricardo,Oη ι. 3rd ed。 , 1821. (′. `Prグ. ιS cF fbJグ ″ πε″′ グ αzJ Eθ ηθ″y απグ 物 ″αι Jθ η ,1817;. rhe works and Correspondence of David Ricard, ed. by. Po Srara,vol.I,1951)(小 泉 信 三 訳『 経 済学 お よび課 題 の原 理 』岩 波 文庫 ) グ ε %Jグ ι αJ Eω ηθηy,“ ん Sο 解 ι んθづ r 6)JOhn Stuart Mill,Prグ ηθ″ルs(√ 」 `(プ Jι. 閉グ αガοηS″ οSθ ε グ α′」 あ″ノリ,1848,(Ashley's ed.,1909。 )(末 永茂喜訳 均ηJグ ε. 『経済学原理』全 5冊 ,岩 波文庫 ). 7)L6on Walras,Element d'Economie Politique Pure,1874-77,ed.d6f。 , 1926..

(17) 179. 島 津 亮 二. の (手 塚寿郎訳『粋純 経済学要論』上・ 下 (岩 波文庫)の ほか,ジ ヤッフェ教授 各版 照合 の美事 な英訳. sげ. (EZι ttι ηι. ε s,translated by william Jare, λ π Eω ηοπグ. Published for THE AMERICAN ECONOMIC ASSOCIATION and THE ROYAL ECONOMIC SOCIETY by Richard D.Irwin,Inc。 ,1954。 )が あ る。 『著作集 』第 1巻 ,創 文 社 ,1970;Mo Morishima, 研究書 と して は,安 井琢磨先生 の. 77宅 s'Eε οηοπグ ,1977;根 岸隆『 ワル ラス経済学入 門』岩波 セ ミナ ーブ ツクス. ,. “ 1985を すす め る。また ワル ラスか ら荀子 の思想を説 く学習院 大学岡本哲 治教授『天 と人 とFTNI』 芸文 出版 ,1986.が あ る。 ηθり ,translated by Eo Classen, J Eε ο Jε α ππs θπP♭ ι 8)Knut ttricksell,Lι ει Jグ. General. and Edited with an lntroduction by Lionel Robbins, Vol. I―. ε Theory(1934)and V01.H一 Monetary Thenry(1935).C.G.Uhr,Eω ηοπグ γttι ι Dο ε. sげ. ι ″物 ι J,1960。 なお著作集 として ,Sι Jι ε Kη πι W物 たsι ノ. ο響 ηθ′ ηグ θ7耽 ι Eε θ. ιtt θη. 妙 κππιWiεたsι JJ,ed.with an lntroduction by E.Lindahl,. 1958。. θη,1933:2nd.ed。 1969。 9)JOan Robinson,Eω ηοπグ (プ ルηιインειGフ ηηιι グ “ οη,1933; グ ι グ ι グ εG″ ι (ψ ο 几 ゐη ッ lo)Edward Ho Chamberlin,2ι l刀 りιο′ `ノ Jι. Jグ Sι. 8tho ed.1962.(青 山秀夫 先生訳『 独 占的競 争 の理 論』至誠 堂 ,1966.) J,HJsι θrJε αJ,α ηグ Jε α 11)JOSeph Alois Schumpeter,3π sJπ ιssの ダιS一 A πttο πι J ttη α Sι α グ ι sι Jθ α ttsグ. sげ. ι α んι Gψ グ ι. Jグ. Sι. ι ss,V01.I― H,1939。 Prο ε. (吉 田昇 三 監訳. 全 5巻 ,有 斐閣 ,1958-64.) F景 気循環論』 π り ,1942;3rd グ sπ αηグ Dι ttο ε α′ ι α sπ ,Sο θグ 12)JOSeph Alois Schumpeter,G″ グ 0社 0東 全 3冊 ・ 民主主義』 主義 主義 一 会 ed。 ,1950。 畑精 訳『資本 (中 山伊 知郎 Jグ. ,. 東洋経済新 報社,1951-52.) ηι ιグ ″ αηグ E筏 ″りπι ,1944.(安 井琢磨・ 福岡正夫 13)OSCar Lange,PrJε `2ι ″グ Jグ. 訳『価格弾力性 と雇用』 1953) s一Aη 14)Paul Ao Samuelson,Eε θηθ%グ ε. 1980.. ttο rθ グ πε I力 ι 4ν. 4η αttSグ S,1948; 1lth ed。. ,. Twelfth edition has been already published in 1985, jointly by. William Nordhaus as a co‐ author.(第. 6版 以降 ,紙 装 リプ リ トン版 と都留 重人. 先生 の邦訳 (岩 波書店 )が あ る。) 15)Alvin Hansen,3sε αJ R)Jグ の αηグ Bα s″ ιss(秒 εJι s,1941。 (都 留 重人訳『財政政 策 と景気循環』1950). 16)Alvin Hansen,&ι. sグ. ηι,1951. θ夕 θηαZル θ グ ηι s αηJ Aし ι ss(b,ごι. 17)JOhn Kenneth Galbraith,Attι ιttα JZグ ,7乃. rJθ. ι α απ C″ クグ. Jグ. Sπ. : πらι G,η εψ ι. `ノ. ‐ Cο πη 彦. 川健 二郎訳『 ア メ リカの資本 主義』 (ガ ル ブ レイス著 “`r,1952.(新 ニ 作集 )第 1巻 ,TBSブ リタ カ刊 ,1980) εAη αttsグ s,1947.(佐 藤隆 三 訳 18)Paul A.Samuelson,長 zπ グαttJθ ηs 6/Eε θηοπグ.

(18) 180. 経済学 研究 の 回顧 と展 望. 『 経済分析 の基礎』勁草書房 ,1967). 19)P.A.SamuelsOn,R.Dorfman and Ro M.S010w,Lル ιαγ319g′ η′′ ′ Zli22g α 2`J Eω ηθηι ブ εttη αttsグ s,1958.(安 井琢磨・ 福岡正夫 0渡 辺経彦 0小 山昭雄訳『線型 ,ι. 計画 と経済分析 』上・ 下 ,1977). 20)Po A.SamuelsOn,T/2ι vol.I一. 6ノノ ιε `″. IV, 1966-78.. 5ε Jθ η. `び. ε Iセち ρ. `お. &“ ノ五。Sα ′ ″zι お0″. び. ,. 21)Kenneth J.Arrow, Sο εグ αJ Cん θJε ιαηど 」 レどJυ Jグ παJア αノ z″ s,1951; 2nd ed. 1963.(長 名寛 明訳『社会的選択 と個人 的評価』, 日本経済新 聞社 ,1977). ZD〃ι′ ′ ′ ″′ 22)Gunnar Myrdal,■ ″ 4′ ι″たα′ α; ,ι. 7■ ιAlgrθ. Iり りわ ′ ι たノ Zグ 5α ′. 力 ルんル ′ ′ ′. ′ Dι ,7ι ο ε ηり ,1944. ‐ ′ ι ノ が5″ ηι ノ 23)Herbert A.Simon,4ノ ′ υιB`乃 αυノ θ′ ;■. r Dι. _A々 た 7g Sttι ι εノ sJο ″ ぁ ァリ ∂ η 4ご 7ん ノ が ηノ sι κ αι ノ (),lgα ′χαι Jο η , 1947. `ss ―1989,AHen&Unwin,1949. ′ ι Jε S“ rυ (り ,19ゴ δ 24)Arthur Lewis,κ εθηο′ PrOθ. J′. zノ. 7/・. 25)Arthur Lewis,Oυ ιr/7ι αノ Cθ ∫ιs,1949. ` 26)Arthur Lewis,多 ιοり,げ だεοηθπ G“ ω″ん,1955。 2R′υOttι グ 27)Lawreoce R.Klein,■ らιKcν ″ι α′ οη,MacMillan,1947,2n(l ed。 Jε. sノ. 1966。. ,. (篠 原 三 代平・ 宮沢健 一郎 『 ケ イ ンズ革命』 1952). 28)G}eoorge Jo Stigler, 7秘. ιT/2ι οり げ. ε ι, 1942; 3rd ed。 , 1966. ` (Ъ ″ ′, ん9gノ ε ゞ ι αι 乃 ′ ノαι ノ οηs げ “ υι寄ノ んligα ηPrass,1962. 奴 げ Aク ε fprノ. 29)JameS M.Buchanan, T/2ι Cα ″ιs げ Jε. 働 ηゞ ι ″ι Jο α ′Dι 777θ εた り ,榜 Jι. 30)J.K.Galbraith,■ 物. Z′. zι. 7ι. ″ι 4gι げ レ Zε ι ηり,1977.(都 留重人監訳『不確実性 の α′. 時代』単行本 ,1978,『 ガル ブ レイス著作集』第 6巻 ,1980). 31)Robert Heilbroner,T/2ι. lttζ ο 羽 ″ P/2〃 οsψ んι″ S,5th ed。 ,1980。 本書 の第 3版 につ いて は浜 田清夫訳『 経済思想 の流れ』 (原 書房 )1970。 が あ る。. 32)大 塚久雄『大塚久雄著作集』第 1-10巻 (1969-70),新 編追加第 11-13巻 「ι Sι ιdαν: Aη 33)Frederick Lewis Allen, Oη 妙 ン 7・. fψ. r′. (1986). ′ ι αιf■ sι οり げ ι 乃 `. ゴ92θ 's.,1931.(藤 久 ミネ訳『 オ ン リー・ イエス タデ イ 。1920年 fい ア メ リカ』研 究社 ,昭 和50年 ). Dψ κθSSノ ο″ゴ929-■ 989,University Of CalifOrnia Press,1973.(石 橋和彦・ 木村一朗訳『大不 況下 の世界』東大 出版. 34)Charles Eo Kindleberger, T/ι θWo7ザ ″ j″ 会 ,1982). 35)Jo M.Keynes,4 rrcα. rJsι. θκAん 2の ,,2. vols。. ,1930; T乃. (′. (乃 〃ι ε たご Iy′ 力 Jι ttgゞ. ゼ Keν ηιs,v01.5&6,1971. げ あんηAttγ ηα′ ダι s 9/4“ ιrブ ε αη〃 Jsι οり ,HOughtOn Mifnin, ,T/2`の ア 1986.(米 国 では シュレジンジ ャーと発音す る) I Sο ノ り_S′ ″′ ι ι; Bι ι ι ι ノ ο′ 〃グdi22g α 17θ フ 37)Lester C.Thurow, Tttι Zι ′ Cι α ブノ‐ ss 36)Arthur Schlesinger,Jr。.

(19) 181 z Eε ο ηθ′ ル ,zι rノ σ α′ り,,SimOn and Schuster 1985。. (金 森久雄監訳『 ゼ ロ・ サ ム社. 会 ,解 決編』東洋経済新報 社,昭 和61年 ) οη,John αι グ θη α″グ スι Jθ ε ι ゴ わグ 38)To C.Koopmans(ed),Aε ι ″ 五″αttS′ Sθ √P“ ごπε Wiley,1951,reprinted by Yale University Press,1972.な おカ ン トロビ ッ チの主著 につ いては,青 山学院大学 の 吉 田靖彦教授 が ロ シヤ語原典 か ら訳 された 『 社会主義経済 と資源配分』 (倉 J文 社・ 昭和40年 )が あ る。 「 文献余録 」 中級以上 の経済学研究 のために は, 数理経済学 の勉 強 が必 要 と思 われ る の で ,参 考 ´Eσ θ″ο′ ″グ Sι S, んα″ Jε α J 4′ zα 妙5J5ル ′ R.D.Go Allen,M物 んι′. 文献をあげて お くと,. MacMillan,1938。. (高 木秀玄訳 ,有 斐閣 ,昭 和29年 )は や さしいが , もう少 し上級程. グ ε αJ αJ MCι /2ο グsの βMattι ″確ι 度 では, Alpha C.Chiang, F/zι ηグαηzι η″. McGrawHill,3rd ed。 ,. 1984。. ποπJε s, Eε ο. 本書 の 第 2版 (1967)に は,大 住栄治氏 ほか 3氏 の共 訳. (マ グ ロウ ヒル好学社昭和55年 )が あ る。. なお経 済学事典 につ いて は,私 が杉本俊朗 0阿 部統 の両氏 と共 に編 集 した平凡社『経 済学事典』 (昭 和29年 )以 来 ,岩 波『経済学辞典第 2版 』 (昭 和54年 ), 東洋経済新報社 『 経済学大辞典』 (第 二 版・ 全二巻 ,昭 和55年 )の ほか ,国 際的 には, David Lo Sills ` rη α /2ι Sθ ε グ ed.,ル ι ttJο η Z9′ グ αJ Sθ グ zε ι,VOl.18(9 bks),CrOWWell αJ E72の ε αげ ι zι. `グ. `′. conier&R/1acMillan lnc., 1968, reprinted 1972.が 定の 動 ι屁. “. R4碑卸ι′ 4Dグ θιあηα7. あ り, さらに本年 10月 発売予. 6/Eε οηο%グ εS,edo by Eatwell,J。. ,. M.Milgate,&Po Newman,4 vols,MacMillan/Maruzen,1987.は ノーベル賞受 賞者 10人 を含 む一流経済学者 が執 筆陣 で ,有 名 なパル グ レーヴの全訂新 版 であ る。 さらに数理経済学 にかんす る最新最高 レベルの便覧 と して , Kenneth Jo Arrow& zο ″ Jθ s,3 vols,EIsevier, んι ι グ ε ι αJ Eε ο′ M.D.Intriligator ed。 ,■Lη ″bο θたs9/Attι ル′. Netherland,1981.が 利用で きる。 'ア なお最近 は『 ケ イ ンズ全集』,『 サ ムエル ソン論文集』,『 ヒ ックス論文集』,『 ロー著 作集』な どの出版 がつづ き,こ れか らの経済学研究 は非 常 に便利 にな った 。いま経済学. が面 白い。否 ,こ れか らの経 済学 が面 白 い。.

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参照

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