千葉工業大学研究報告 N o . 63 2016 69 REPORT OF C . I . T . N o . 63 2016 1.はじめに 装置を設計・開発する際には,その装置がどのような環 境で使われるのかをよく考えなければならない.浴室内で 使われる装置ならば防湿防水設計にしなければならないし, 冷凍倉庫内で使われる装置ならば低温でも安定して動作す る素子のみを使うか,またはヒータを内蔵して一定以上の 研究論文
火星環境模擬チャンバーを用いた探査機器の耐環境試験
Environmental test of onboard hardware using Mars Environmental Simulation Chamber at
Planetary Exploration Research Center (PERC)
キーワード:火星環境模擬チャンバー,装置開発,環境試験,火星探査,火星大気
The Mars Environmental Simulation Chamber at the Planetary Exploration Research Center (PERC) was developed to simulate temperature-pressure conditions corresponding to the surface conditions of Mars (as low as –120°C and 7 hPa, with a major component of CO2).We used the chamber to conduct environmental performance tests on multiple instruments proposed for the next Martian mission. Here, we report the results of these tests, which were conducted in January, 2015.
●
Hiroki Senshu
Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology
Sohsuke Ohno
Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology
Naohito Otobe
Faculty of Science, Fukuoka University
Masa–yuki Yamamoto
School of Systems Engineering, Kochi University of Technology
Makoto Nakayoshi
Department of Civil Engineering, Tokyo University of Science
George L. Hashimoto
Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University
Kazuhiro Umetani
Graduate School of Natural Science and Technology, Okayama University
Kousuke Ikehara
Graduate School of Engineering, Kochi University of Technology
Hiroaki Fujitsu
School of Systems Engineering, Kochi University of Technology
● 千秋 博紀 千葉工業大学 惑星探査研究センター 大野 宗祐 千葉工業大学 惑星探査研究センター 乙部 直人 福岡大学 理学部 山本 真行 高知工科大学 システム工学群 仲吉 真人 東京理科大学 理工学部 はしもと じょーじ 岡山大学 大学院自然科学研究科 梅谷 和弘 岡山大学 大学院自然科学研究科 池原 光介 高知工科大学 大学院工学研究科 藤津 裕亮 高知工科大学 システム工学群 ● 2015年9月18日受付 ● Received:18 September 2015
千葉工業大学研究報告 N o . 63 2016 70 REPORT OF C . I . T . N o . 63 2016 温度を確保できるようにしなければならない.原子炉内で 使われるのであれば放射線に弱い素子は使わないか,弱い 素子を鉛で覆うなどの工夫が必要である.可搬装置ならば, 輸送にも耐えなければならない. 惑星探査で利用する装置を開発する際にも同様に,その 装置が経験する環境についてよく考察しなければならない. 惑星探査では,装置が不調でも修理しに行くことができな い.このため,装置が動作する環境と同等の環境を作り出 し,繰り返し試験を行うことで装置が確実に機能すること, または故障する可能性がある部分はどこで,どの程度酷使 したら故障するのかを確認しなければならない. さらに惑星探査装置の場合には,目的地に到達するまで の過程でも健全性を保てることを確認しておく必要がある. 具体的には,ロケットの打ち上げに伴う振動や衝撃,地 球上空の放射線帯(バンアレン帯)を抜けるときに浴びる 放射線,目的地に到達するまでに浴びる放射線や低温環境, 等々.これらの条件への耐性は,目的地に依らず必要なも の(航行距離によっては時間が異なるかもしれないが)で あり,有償無償は別とすれば,利用可能な試験装置を国内 で見つけることができる. 一方,目的地によってはその環境に特化した耐性試験を 行わなければならない.例えば,月面に着陸し,長時間 の観測を続けるのであれば昼と夜の極端な温度差(昼は 100 ℃以上,夜は –150 ℃以下)に耐えなければならない. 太陽系の一番内側の惑星である水星を探査するためには, 太陽からの強烈な輻射と放射線に耐える必要がある.太陽 から遠く離れた木星を探査する場合には,太陽光発電で作 れる電力に限りがあるため省電力でなければならない.彗 星探査機には,彗星核から放出されたちり(ダスト)が当 たる可能性がある. 火星は,太陽からの距離が地球の場合に比べておよそ 1.5 倍あるため,表面温度は低い.また,大気が薄い(地球の 約 1/100)ため,昼と夜の温度差が大きい.この,薄い大 気は電気回路にとっては厄介で,ちょうど静電破壊が生じ やすい気圧に相当する.このため火星表面を探査する装置 の開発のためには,火星表面環境を模擬できる試験装置を 準備し,相当環境下で装置が正常に動作すること,性能が 出ることを確認する必要がある.しかし後で述べるように, 火星表面での温度・圧力条件は火星大気の主成分である二 酸化炭素の昇華条件に近いため,装置の耐環境試験のため の温度圧力条件を長時間維持するのは容易ではない. 千葉工業大学惑星探査研究センターにある火星環境模擬 チャンバーは,このような困難な条件を実験的に再現でき るチャンバーであり,火星表面の相当環境を達成し装置の 耐性試験を行うことを目的に開発された.本研究では,こ のチャンバーを利用して着陸探査用の火星気象測器の耐環 境試験を行ったので報告する.本報告書では,先ず火星環 境模擬チャンバーの設計と性能を紹介し,続いて 2015 年 1 月 8,9 日に行われた,耐環境試験の結果を報告する. 2. 火星環境模擬チャンバーについて 千葉工業大学惑星探査研究センターには,温度,圧力, 大気組成などの火星表層環境を正確に再現できる大型実験 装置「火星環境模擬チャンバー」が設置されている[1,2]. 当装置は,内径 1000 mm,奥行き 800 mm の円筒形メイン チャンバーと長さ最大 8 m の延長管からなり,メインチャ ンバーの内部には温度と高さを調節することのできる試料 テーブルと雰囲気冷却用のシュラウドが備えられている. 大小 10 個以上の開口部が利用可能であり,温度計,ガス 配管などのフィードスルーを接続することができる(図 1). 地球と比べ大気の薄い火星の表層温度の日変化,季節変 化は非常に大きいため,火星表層環境の正確な模擬のため には常温~ –120 ℃までの温度を再現する必要がある.火 星環境模擬チャンバーは,液体窒素を用いて壁面シュラウ ドや試料テーブルを冷却することで,火星表層の温度環境 を再現する.壁面シュラウドと試料テーブルの温度は独立 に制御することができるため,気温と地表温度が異なる場 合や周囲の環境と火星着陸探査機の温度が異なる場合など を模擬することも可能になっている.液体窒素による冷却 に加え電熱ヒータによる加熱を組み合わせることで,実験 開始後 1 時間以内に高い精度で目標とする火星表層温度に テーブルの温度を安定させることができる. また,チャンバー内の気圧は,気体の流入量と流出量を 同時に制御することで制御する.これにより,チャンバー 外からの大気の流入や内部の吸着成分による組成の変化を 最低限に抑え,火星表層を模擬した温度・圧力・大気組成 を維持できる. 二酸化炭素雰囲気中で –120 ℃までの冷却を行う場合に は,液体窒素の配管が局所的に低温になり,配管の表面で 二酸化炭素の凝結が生じることがある.この凝結による チャンバー内の圧力変化は,チャンバーへの流入量と流出 量の同時制御によって調整される.また,チャンバー内部 の液体窒素配管の十分な断熱と真空引きと冷却の手順の工
なければならないし,冷凍倉庫内で使われる装置な
らば低温でも安定して動作する素子のみを使うか,
またはヒータを内蔵して一定以上の温度を確保でき
るようにしなければならない.原子炉内で使われる
のであれば放射線に弱い素子は使わないか,弱い素
子を鉛で覆うなどの工夫が必要である.可搬装置な
らば,輸送にも耐えなければならない.
惑星探査で利用する装置を開発する際にも同様に,
その装置が経験する環境についてよく考察しなけれ
ばならない.惑星探査では,装置が不調でも修理し
に行くことができない.このため,装置が動作する
環境と同等の環境を作り出し,繰り返し試験を行う
ことで装置が確実に機能すること,または故障する
可能性がある部分はどこで,どの程度酷使したら故
障するのかを確認しなければならない.
さらに惑星探査装置の場合には,目的地に到達す
るまでの過程でも健全性を保てることを確認してお
く必要がある.具体的には,ロケットの打ち上げに
伴う振動や衝撃,地球上空の放射線帯(バンアレン
帯)を抜けるときに浴びる放射線,目的地に到達す
るまでに浴びる放射線や低温環境,等々.これらの
条件への耐性は,目的地に依らず必要なもの(航行
距離によっては時間が異なるかもしれないが)であ
り,有償無償は別とすれば,利用可能な試験装置を
国内で見つけることができる.
一方,目的地によってはその環境に特化した耐性
試験を行わなければならない.例えば,月面に着陸
し,長時間の観測を続けるのであれば昼と夜の極端
な温度差(昼は 100℃以上,夜は-150℃以下)に耐
えなければならない.太陽系の一番内側の惑星であ
る水星を探査するためには,太陽からの強烈な輻射
と放射線に耐える必要がある.太陽から遠く離れた
木星を探査する場合には,太陽光発電で作れる電力
に限りがあるため省電力でなければならない.彗星
探査機には,彗星核から放出されたちり(ダスト)
が当たる可能性がある.
火星は,太陽からの距離が地球の場合に比べてお
よそ 1.5 倍あるため,表面温度は低い.また,大気
が薄い(地球の約 1/100)ため,昼と夜の温度差が
大きい.この,薄い大気は電気回路にとっては厄介
で,ちょうど静電破壊が生じやすい気圧に相当する.
このため火星表面を探査する装置の開発のためには,
火星表面環境を模擬できる試験装置を準備し,相当
環境下で装置が正常に動作すること,性能が出るこ
とを確認する必要がある.しかし後で述べるように,
火星表面での温度・圧力条件は火星大気の主成分で
ある二酸化炭素の昇華条件に近いため,装置の耐環
境試験のための温度圧力条件を長時間維持するのは
容易ではない.
千葉工業大学惑星探査研究センターにある火星環
境模擬チャンバーは,このような困難な条件を実験
的に再現できるチャンバーであり,火星表面の相当
環境を達成し装置の耐性試験を行うことを目的に開
発された.本研究では,このチャンバーを利用して
着陸探査用の火星気象測器の耐環境試験を行ったの
で報告する.本報告書では,先ず火星環境模擬チャ
ンバーの設計と性能を紹介し,続いて 2015 年 1 月
8,9 日に行われた,耐環境試験の結果を報告する.
2.
火星環境模擬チャンバーについて
千葉工業大学惑星探査研究センターには,温度,
圧力,大気組成などの火星表層環境を正確に再現で
きる大型実験装置「火星環境模擬チャンバー」が設
置されている[1,2].当装置は,内径 1000 mm,奥行
き 800 mm の円筒形メインチャンバーと長さ最大 8 m
の延長管からなり,メインチャンバーの内部には温
度と高さを調節することのできる試料テーブルと雰
囲気冷却用のシュラウドが備えられている.大小 10
個以上の開口部が利用可能であり,温度計,ガス配
管などのフィードスルーを接続することができる
(図 1)
.
図 1 火星チャンバー外観.地球と比べ大気の薄い火星の表層温度の日変化,
季節変化は非常に大きいため,火星表層環境の正確
な模擬のためには常温~-120℃までの温度を実現す
る必要がある.火星環境模擬チャンバーは,液体窒
素を用いて壁面シュラウドや試料テーブルを冷却す
ることで,火星表層の温度環境を再現する.壁面シ
ュラウドと試料テーブルの温度は独立に制御するこ
とができるため,気温と地表温度が異なる場合や周
囲の環境と火星着陸探査機の温度が異なる場合など
を模擬することも可能になっている.液体窒素によ
る冷却に加え電熱ヒータによる加熱を組み合わせる
ことで,実験開始後 1 時間以内に高い精度で目標と
する火星表層温度にテーブルの温度を安定させるこ
図1 火星チャンバー外観.千葉工業大学研究報告 N o . 63 2016 71 REPORT OF C . I . T . N o . 63 2016 夫を行うことで,十分な精度で気圧を制御することに成功 した. 3. 火星環境試験 火星環境試験は,2015 年 1 月 8 日および 9 日に行われ た.8 日は火星チャンバーの性能の確認を兼ねて試験的に 温度・圧力を低下させた.9 日は午前中に準備と予備試験 を行い,18 時以降に,本格的な試験を行った.以下では, 9 日午後に行われた試験の結果を報告する. 3.1. 試験概要 図 2,3 にそれぞれ,試験中のチャンバー内の温度,圧 力の時間変化を示す.温度は,火星チャンバーのステージ およびステージ上に設置された各機器に貼付した熱電対の 起電力から計算されたもので,データロガーを用いて 1 Hz でサンプリングした.一方圧力は,火星チャンバーの制御 盤に表示された値を撮影し,試験後に読み取った.このた め,データ点はまばらである. これらの図からわかるように,試験ではおよそ 2 時間半 かけて 6 ステップで温度条件を変化させている.温度を降 下させる際に圧力が急激に減少しているが,これはシュラ ウドに液体窒素を流したことによりチャンバー内の二酸化 炭素の一部が昇華(気体→固体)したためと考えられる. 昇華による圧力低下から回復したのちは,火星表層環境に 相当する 7 hPa を保つように調整した.圧力計を除き,機 器の健全性確認は圧力が安定してから行った. 3.2. 参加装置 試験に参加した装置が火星環境模擬チャンバー内のス テージ上に配置された様子を図 4 に示す. 今回の試験に参加した装置は以下のとおりである. ・O リング(写真左側) ・扇風機(写真左側) ・スピーカー(写真奥側) ・マイク(写真中央) ・放射温度計(写真中央右上) ・温度計(写真の手前.フレームに入っていない) ・気圧計(写真左側.扇風機のうしろ) これらのうち,O リングは火星環境を経験した後でも密閉 性を保てるかどうかを,別の装置で確認するための「相乗 り」であり,今回の報告では省略する.扇風機は,扇風機 自体が低温低圧環境下でも動作することを確認するための ほかに,チャンバー内の空気を撹拌し,冷却の効率を上げ る役割も担っている.それ以外の装置とその結果について は,次節以降で解説する. 3.3. 温度計,圧力計,放射温度計 この節では気象測器と呼ばれている測器群のテストにつ いて報告する.これらの測器は,気象観測を行う目的と同 時に,着陸機が活動した環境をモニタリングするためにも 使用される.そのため,十分な観測能力を持つと同時に堅 牢性も要求される. 今回の試験では,地球上で使用されている物の中から火 星環境でも動作することが期待される測器を選定し,実際 に火星模擬環境において動作することを確認することを目 的とした. 気温と気圧の測定にはそれぞれ,Nakayoshi[3]と栗原 [4]によって開発された測器を使用した.また,放射温度 計は,堀場製作所製の IT–545N からセンサー部だけを取
とができる.
また,チャンバー内の気圧は,気体の流入量と流
出量を同時に制御することで制御する.これにより,
チャンバー外からの大気の流入や内部の吸着成分に
よる組成の変化を最低限に抑え,火星表層を模擬し
た温度・圧力・大気組成を維持できる.
二酸化炭素雰囲気中で-120℃までの冷却を行う場
合には,液体窒素の配管が局所的に低温になり,配
管の表面で二酸化炭素の凝結が生じることがある.
この凝結によるチャンバー内の圧力変化は,チャン
バーへの流入量と流出量の同時制御によって調整さ
れる.また,チャンバー内部の液体窒素配管の十分
な断熱と真空引きと冷却の手順の工夫を行うことで,
十分な精度で気圧を制御することに成功した.
3.
火星環境試験
火星環境試験は,2015 年 1 月 8 日および 9 日に行
われた.8 日は火星チャンバーの性能の確認を兼ね
て試験的に温度・圧力を低下させた.9 日は午前中
に準備と予備試験を行い,18 時以降に,本格的な試
験を行った.以下では,9 日午後に行われた試験の
結果を報告する.
3.1.
試験概要
図 2,3 にそれぞれ,試験中のチャンバー内の温度,
圧力の時間変化を示す.温度は,火星チャンバーの
ステージおよびステージ上に設置された各機器に貼
付した熱電対の起電力から計算されたもので,デー
タロガーを用いて 1 Hz でサンプリングした.一方圧
力は,火星チャンバーの制御盤に表示された値を撮
影し,試験後に読み取った.このため,データ点は
まばらである.
図 2 2 日目午後に行われた試験の温度履歴. 図 3 2 日目午後に行われた試験の圧力履歴.これらの図からわかるように,試験ではおよそ 2
時間半かけて 6 ステップで温度条件を変化させてい
る.温度を降下させる際に圧力が急激に減少してい
るが,これはシュラウドに液体窒素を流したことに
よりチャンバー内の二酸化炭素の一部が昇華(気体
→固体)したためと考えられる.昇華による圧力低下
から回復したのちは,火星表層環境に相当する 7hPa
を保つように調整した.圧力計を除き,機器の健全
性確認は圧力が安定してから行った.
3.2.
参加装置
試験に参加した装置が火星環境模擬チャンバー内
のステージ上に配置された様子を図 4 に示す.
図 4 チャンバー内のステージの様子今回の試験に参加した装置は以下のとおりである.
・O リング(写真左側)
・扇風機(写真左側)
・スピーカー(写真奥側)
・マイク(写真中央)
・放射温度計(写真中央右上)
・温度計(写真の手前.フレームに入っていない)
・気圧計(写真左側.扇風機のうしろ)
これらのうち,O リングは火星環境を経験した後で
も密閉性を保てるかどうかを,別の装置で確認する
ための「相乗り」であり,今回の報告では省略する.
図2 2日目午後に行われた試験の温度履歴.とができる.
また,チャンバー内の気圧は,気体の流入量と流
出量を同時に制御することで制御する.これにより,
チャンバー外からの大気の流入や内部の吸着成分に
よる組成の変化を最低限に抑え,火星表層を模擬し
た温度・圧力・大気組成を維持できる.
二酸化炭素雰囲気中で-120℃までの冷却を行う場
合には,液体窒素の配管が局所的に低温になり,配
管の表面で二酸化炭素の凝結が生じることがある.
この凝結によるチャンバー内の圧力変化は,チャン
バーへの流入量と流出量の同時制御によって調整さ
れる.また,チャンバー内部の液体窒素配管の十分
な断熱と真空引きと冷却の手順の工夫を行うことで,
十分な精度で気圧を制御することに成功した.
3.
火星環境試験
火星環境試験は,2015 年 1 月 8 日および 9 日に行
われた.8 日は火星チャンバーの性能の確認を兼ね
て試験的に温度・圧力を低下させた.9 日は午前中
に準備と予備試験を行い,18 時以降に,本格的な試
験を行った.以下では,9 日午後に行われた試験の
結果を報告する.
3.1.
試験概要
図 2,3 にそれぞれ,試験中のチャンバー内の温度,
圧力の時間変化を示す.温度は,火星チャンバーの
ステージおよびステージ上に設置された各機器に貼
付した熱電対の起電力から計算されたもので,デー
タロガーを用いて 1 Hz でサンプリングした.一方圧
力は,火星チャンバーの制御盤に表示された値を撮
影し,試験後に読み取った.このため,データ点は
まばらである.
図 2 2 日目午後に行われた試験の温度履歴. 図 3 2 日目午後に行われた試験の圧力履歴.これらの図からわかるように,試験ではおよそ 2
時間半かけて 6 ステップで温度条件を変化させてい
る.温度を降下させる際に圧力が急激に減少してい
るが,これはシュラウドに液体窒素を流したことに
よりチャンバー内の二酸化炭素の一部が昇華(気体
→固体)したためと考えられる.昇華による圧力低下
から回復したのちは,火星表層環境に相当する 7hPa
を保つように調整した.圧力計を除き,機器の健全
性確認は圧力が安定してから行った.
3.2.
参加装置
試験に参加した装置が火星環境模擬チャンバー内
のステージ上に配置された様子を図 4 に示す.
図 4 チャンバー内のステージの様子今回の試験に参加した装置は以下のとおりである.
・O リング(写真左側)
・扇風機(写真左側)
・スピーカー(写真奥側)
・マイク(写真中央)
・放射温度計(写真中央右上)
・温度計(写真の手前.フレームに入っていない)
・気圧計(写真左側.扇風機のうしろ)
これらのうち,O リングは火星環境を経験した後で
も密閉性を保てるかどうかを,別の装置で確認する
ための「相乗り」であり,今回の報告では省略する.
図3 2日目午後に行われた試験の圧力履歴.とができる.
また,チャンバー内の気圧は,気体の流入量と流
出量を同時に制御することで制御する.これにより,
チャンバー外からの大気の流入や内部の吸着成分に
よる組成の変化を最低限に抑え,火星表層を模擬し
た温度・圧力・大気組成を維持できる.
二酸化炭素雰囲気中で-120℃までの冷却を行う場
合には,液体窒素の配管が局所的に低温になり,配
管の表面で二酸化炭素の凝結が生じることがある.
この凝結によるチャンバー内の圧力変化は,チャン
バーへの流入量と流出量の同時制御によって調整さ
れる.また,チャンバー内部の液体窒素配管の十分
な断熱と真空引きと冷却の手順の工夫を行うことで,
十分な精度で気圧を制御することに成功した.
3.
火星環境試験
火星環境試験は,2015 年 1 月 8 日および 9 日に行
われた.8 日は火星チャンバーの性能の確認を兼ね
て試験的に温度・圧力を低下させた.9 日は午前中
に準備と予備試験を行い,18 時以降に,本格的な試
験を行った.以下では,9 日午後に行われた試験の
結果を報告する.
3.1.
試験概要
図 2,3 にそれぞれ,試験中のチャンバー内の温度,
圧力の時間変化を示す.温度は,火星チャンバーの
ステージおよびステージ上に設置された各機器に貼
付した熱電対の起電力から計算されたもので,デー
タロガーを用いて 1 Hz でサンプリングした.一方圧
力は,火星チャンバーの制御盤に表示された値を撮
影し,試験後に読み取った.このため,データ点は
まばらである.
図 2 2 日目午後に行われた試験の温度履歴. 図 3 2 日目午後に行われた試験の圧力履歴.これらの図からわかるように,試験ではおよそ 2
時間半かけて 6 ステップで温度条件を変化させてい
る.温度を降下させる際に圧力が急激に減少してい
るが,これはシュラウドに液体窒素を流したことに
よりチャンバー内の二酸化炭素の一部が昇華(気体
→固体)したためと考えられる.昇華による圧力低下
から回復したのちは,火星表層環境に相当する 7hPa
を保つように調整した.圧力計を除き,機器の健全
性確認は圧力が安定してから行った.
3.2.
参加装置
試験に参加した装置が火星環境模擬チャンバー内
のステージ上に配置された様子を図 4 に示す.
図 4 チャンバー内のステージの様子今回の試験に参加した装置は以下のとおりである.
・O リング(写真左側)
・扇風機(写真左側)
・スピーカー(写真奥側)
・マイク(写真中央)
・放射温度計(写真中央右上)
・温度計(写真の手前.フレームに入っていない)
・気圧計(写真左側.扇風機のうしろ)
これらのうち,O リングは火星環境を経験した後で
も密閉性を保てるかどうかを,別の装置で確認する
ための「相乗り」であり,今回の報告では省略する.
図4 チャンバー内のステージの様子千葉工業大学研究報告 N o . 63 2016 72 REPORT OF C . I . T . N o . 63 2016 り出してチャンバー内に入れた.以下では,それぞれのセ ンサーの特徴を短く述べる. 気温センサーは,色の異なる複数のグローブを用いるこ とで,その放射特性の違いから放射の影響の補正をする. 通風機構や放射シールドを備えないでもよいことは,火星 上で気温を測定する上で利点となる.また,風の影響につ いても,出力が既知のヒータを内蔵したグローブにより風 による熱伝導量を測定することで補正することができる. 気圧センサーは経年変化が少なく打ち上げ時の振動にも強 い水晶振動子の摩擦を利用したセンサーである.栗原[4] が製作した気圧計は温度依存性を補正するための温度セン サーを内蔵していたが,温度依存性は振動子の振動周波数 が温度に依存することを利用して補正することもできる. 振動数を利用した温度依存性の補正を実証するため,今回 の実験では水晶振動子の振動数を周波数カウンタで計測し た. 放射温度計は,対象物から放射される赤外線を計測する ことで対象物の温度を推定する.センサー前面には温度の 測定に必要な赤外線のみを透過するレンズがはめ込まれて いる.火星環境ほどではないが,–50 ℃まで測定すること の出来る製品である.市販品のエレキ部は低温に耐えない ことが分かっているので,センサー部だけをチャンバー内 に設置した. 測定の結果 チャンバー内のように風も太陽放射もない状況下では, 2 色のグローブセンサーの熱電対はほぼ同じ値を出力する と考えられる.違いはチャンバー壁面からの赤外放射によ るものであるが,低温で放射される波長域での 2 色のグ ローブセンサーの吸収率の差は小さく検出は出来ないだろ うと予測していた.しかし,周囲の温度と共に変化するよ うな赤外線放射を検出できた(図 5).この結果には,グロー ブセンサーの K 型熱電対とチャンバー内外の接続コンタ クトが異なる金属であったために,チャンバーの内外温度 差に比例するような誤差が含まれている.また,二酸化炭 素が主成分の薄い雰囲気下でのグローブセンサーと周囲の 空気の間の熱交換係数などが不明なため,ここでは赤外線 放射の強度までは解析出来ず定性的な確認のみにとどまっ た.しかし,2 色のグローブセンサーの温度変化の差は赤 外放射によると考えるのが自然であり,放射を測定するこ とは出来る事が確認された. 気圧は,火星条件に近づけていく途中と,火星条件から 常圧に戻す途中にデータを取得することで,広い圧力範囲 の計測をおこなうことができた.また,冷却時にチャンバー 内の二酸化炭素が昇華したことで,真空に近い状態の圧 力でのデータも取得できた.火星環境に近い 0.5–0.7 kPa 辺りでは,温度依存性の補正を内蔵の温度計を使う方法 から水晶振動子の周波数を使う方法に切り替えることで, RMS エラーが 1/10 程度まで小さくなった.まだ残ってい るばらつきは,周辺環境の乱れによるものと考えられる. 乱れの影響はある程度の時間平均をとることで取り除くこ とができると考えられる.以上より,重量と電力において 周波数カウンターを利用することが許されるならば,水晶 振動子の周波数を使って温度補正をおこなうのがよいこと がわかった. 今回実験に使用した民生品の放射温度計は,工場で行わ れた較正試験に基づいて測定値を変換し対象物の温度を出 力する.今回の実験環境は較正試験が行われた環境と大き く異なるため,出力された温度はそのままでは対象物の温 度となりえないが,–50 ℃までであればセンサーは動作す ることが確かめられた.また,–50 ℃から –100 ℃までの 温度においてもセンサーからの信号は出ていることが確認 された.ただし実験で使用した放射温度計の測定範囲は –50 ℃までであったため,対象物体の温度に対応した信号 が出力されているかどうかを確認することはできなかった. 今回の実験では火星環境下でセンサーが動作することが確 認されたので,次回はセンサーからの信号を直接読み出し
扇風機は,扇風機自体が低温低圧環境下でも動作す
ることを確認するためのほかに,チャンバー内の空
気を撹拌し,冷却の効率を上げる役割も担っている.
それ以外の装置とその結果については,次節以降で
解説する.
3.3.
温度計,圧力計,放射温度計
この節では気象測器と呼ばれている測器群のテス
トについて報告する.これらの測器は,気象観測を
行う目的と同時に,着陸機が活動した環境をモニタ
リングするためにも使用される.そのため,十分な
観測能力を持つと同時に堅牢性も要求される.
今回の試験では,地球上で使用されている物の中
から火星環境でも動作することが期待される測器を
選定し,実際に火星模擬環境において動作すること
を確認することを目的とした.
気温と気圧の測定にはそれぞれ,Nakayoshi[3]と
栗原[4]によって開発された測器を使用した.また,
放射温度計は,堀場製作所製の IT-545N からセンサ
ー部だけを取り出してチャンバー内に入れた.以下
では,それぞれのセンサーの特徴を短く述べる.
気温センサーは,色の異なる複数のグローブを用
いることで,その放射特性の違いから放射の影響の
補正をする.通風機構や放射シールドを備えないで
もよいことは,火星上で気温を測定する上で利点と
なる.また,風の影響についても,出力が既知のヒ
ータを内蔵したグローブにより風による熱伝導量を
測定することで補正することができる.
気圧センサーは経年変化が少なく打ち上げ時の振
動にも強い水晶振動子の摩擦を利用したセンサーで
ある.栗原[4]が製作した気圧計は温度依存性を補正
するための温度センサーを内蔵していたが,温度依
存性は振動子の振動周波数が温度に依存することを
利用して補正することもできる.振動数を利用した
温度依存性の補正を実証するため,今回の実験では
水晶振動子の振動数を周波数カウンタで計測した.
放射温度計は,対象物から放射される赤外線を計
測することで対象物の温度を推定する.センサー前
面には温度の測定に必要な赤外線のみを透過するレ
ンズがはめ込まれている.火星環境ほどではないが,
-50℃まで測定することの出来る製品である.市販品
のエレキ部は低温に耐えないことが分かっているの
で,センサー部だけをチャンバー内に設置した.
測定の結果
チャンバー内のように風も太陽放射もない状況下
では,
2 色のグローブセンサーの熱電対はほぼ同じ
値を出力すると考えられる.違いはチャンバー壁面
からの赤外放射によるものであるが,低温で放射さ
れる波長域での
2 色のグローブセンサーの吸収率の
差は小さく検出は出来ないだろうと予測していた.
しかし,周囲の温度と共に変化するような赤外線放
射を検出できた(図
5).この結果には,グローブセ
ンサーの
K 型熱電対とチャンバー内外の接続コンタ
クトが異なる金属であったために,チャンバーの内
外温度差に比例するような誤差が含まれている.ま
た,二酸化炭素の薄い雰囲気下でのグローブセンサ
ーと周囲の空気の間の熱交換係数などが不明なため,
ここでは赤外線放射の強度までは解析出来ず定性的
な確認のみにとどまった.しかし,
2 色のグローブ
センサーの温度変化の差は赤外放射によると考える
のが自然であり,放射を測定することは出来る事が
確認された.
図 5 赤と青は2つのグローブ球で計測した温度.マゼンタ の線はその2つの変化率の違いから計算された周辺からの 放射量気圧は,火星条件に近づけていく途中と,火星条
件から常圧に戻す途中にデータを取得することで,
広い圧力範囲の計測をおこなうことができた.また,
冷却時にチャンバー内の二酸化炭素が昇華したこと
で,真空に近い状態の圧力でのデータも取得できた.
火星環境に近い
0.5-0.7 kPa 辺りでは,温度依存性の
補正を内蔵の温度計を使う方法から水晶振動子の周
波数を使う方法に切り替えることで,
RMS エラーが
1/10 程度まで小さくなった.まだ残っているばらつ
きは,周辺環境の乱れによるものと考えられる.乱
れの影響はある程度の時間平均をとることで取り除
くことができると考えられる.以上より,重量と電
力において周波数カウンターを利用することが許さ
れるならば,水晶振動子の周波数を使って温度補正
をおこなうのがよいことがわかった.
図5 赤と青は2つのグローブ球で計測した温度.マゼンタの 線はその2つの変化率の違いから計算された周辺からの 放射量 図6 周波数計を利用して温度補正を行った後の圧力計の出力今回実験に使用した民生品の放射温度計は,工場
で行われた較正試験に基づいて測定値を変換し対象
物の温度を出力する.今回の実験環境は較正試験が
行われた環境と大きく異なるため,出力された温度
はそのままでは対象物の温度となりえないが,-50℃
までであればセンサーは動作することが確かめられ
た.また,-50℃から-100℃までの温度においてもセ
ンサーからの信号は出ていることが確認された.た
だし実験で使用した放射温度計の測定範囲は-50℃
までであったため,対象物体の温度に対応した信号
が出力されているかどうかを確認することはできな
かった.今回の実験では火星環境下でセンサーが動
作することが確認されたので,次回はセンサーから
の信号を直接読み出して温度の測定が可能であるこ
とを調べる実験を行う予定である.
最後に,ヒータを内蔵したグローブセンサーを用
いた風速の測定について述べる.地球上ではヒータ
を内蔵したグローブセンサーを用いることで風速の
測定がされているので,それと同様の手法によって
火星上でも風を検出できるかどうかを確認する実験
をおこなった.図7はチャンバー内に設置した小型
のファンの近くに置いたヒータ内蔵グローブセンサ
ーの熱伝導率の時間変化を示したものである.ファ
ンの動作によってわずかに熱伝導率の上昇が表れて
いることから,風があれば検出はできていることが
わかる.しかし,非常に薄い大気での上昇量は地上
に比べると小さく,風速の測定のためにはさらなる
センサーの改良を検討する必要があると思われる.
図7 加熱されたグローブ球を利用して風の検知実験を行っ た結果.赤の枠内で FAN を動作させた.わずかに熱伝導率の 上昇が見られる.3.4.
マイク
火星は,地表面気圧が地球の
1/100 程度とはいえ
大気を有する惑星であり,音波の伝搬が可能である.
我々は火星着陸機・ローバーによる探査において,
ダストストーム,ダストデビル,地表面現象,放電,
流体現象,ガス放出等の検出のため,複数のマイク
搭載を提案してきた
[5].例えば地球の成層圏・中間
圏のような希薄大気中における圧力変化もマイクに
より検出可能である
[6]が,火星大気中でのマイク稼
働における問題点は,夜間の極低温と,大気が
CO
2を主成分とする相違にある.本実験では,
-120℃ま
での過酷条件下のマイク動作状況のチェックに主眼
を置くとともに,
7 hPa,CO
2雰囲気
100%での動作
を確認した.
搭載機器開発用に,
MEMS 型微小マイク素子およ
び一般的なコンデンサ型マイク素子を選定し,今回
の試験用
BBM に両者を用意した.ともに低周波特
性の良い素子を選定し,さらにこれらを
4x4 アレイ
配置することで低周波側の感度アップを実現した.
音波は低周波ほど大気粘性による減衰の影響を受け
ず遠距離伝搬できる特性を有すため,低周波特性の
良い計測器を得ることは,大気中でのリモートセン
シング距離を延ばすことに繋がる重要な観点であり
100 Hz(一部条件では10 Hz)レンジまで試験した.
今回の実験では,
MEMS 型マイクアレイ,コンデ
ンサ型マイクアレイの両者を
2 段のボードに実装し
試験テーブルに載せて試験し同条件でのデータ比較
を実施した.音波入力のため,チャンバー内部に直
径
16 cm のスピーカーを振動伝達に配慮するため凧
糸にて吊り下げ設置し,
100, 200, 400, 500, 1000 Hz
のサイン波を一定音圧で送信した.結果は,図
8 の
ように得られた.まず
7 hPa,CO
2雰囲気
100%,
室温
23℃の条件にて十分稼働することを確認した.
次に,火星夜間地表面の最低気温にマージンを加え
た低温試験条件として
-120℃まで徐々に温度を低下
させつつ,
7 hPa 条件が達成された時点での測定を
図6 周波数計を利用して温度補正を行った後の圧力計の出力千葉工業大学研究報告 N o . 63 2016 73 REPORT OF C . I . T . N o . 63 2016 て温度の測定が可能であることを調べる実験を行う予定で ある. 最後に,ヒータを内蔵したグローブセンサーを用いた風 速の測定について述べる.地球上ではヒータを内蔵したグ ローブセンサーを用いることで風速の測定がされているの で,それと同様の手法によって火星上でも風を検出できる かどうかを確認する実験をおこなった.図7はチャンバー 内に設置した小型のファンの近くに置いたヒータ内蔵グ ローブセンサーの熱伝導率の時間変化を示したものである. ファンの動作によってわずかに熱伝導率の上昇が表れてい ることから,風があれば検出はできていることがわかる. しかし,非常に薄い大気での上昇量は地上に比べると小さ く,風速の測定のためにはさらなるセンサーの改良を検討 する必要があると思われる. 3.4. マイク 火星は,地表面気圧が地球の 1/100 程度とはいえ大気を 有する惑星であり,音波の伝搬が可能である.我々は火星 着陸機・ローバーによる探査において,ダストストーム, ダストデビル,地表面現象,放電,流体現象,ガス放出等 の検出のため,複数のマイク搭載を提案してきた[5].例 えば地球の成層圏・中間圏のような希薄大気中における圧 力変化もマイクにより検出可能である[6]が,火星大気中 でのマイク稼働における問題点は,夜間の極低温と,大気 が CO2を主成分とする相違にある.本実験では,–120 ℃ までの過酷条件下のマイク動作状況のチェックに主眼を置 くとともに,7 hPa,CO2雰囲気 100 % での動作を確認した. 搭載機器開発用に,MEMS 型微小マイク素子および一 般的なコンデンサ型マイク素子を選定し,今回の試験用 BBM に両者を用意した.ともに低周波特性の良い素子を 選定し,さらにこれらを 4×4 アレイ配置することで低周 波側の感度アップを実現した.音波は低周波ほど大気粘性 による減衰の影響を受けず遠距離伝搬できる特性を有すた め,低周波特性の良い計測器を得ることは,大気中でのリ モートセンシング距離を延ばすことに繋がる重要な観点で あり 100 Hz(一部条件では 10 Hz)レンジまで試験した. 今回の実験では,MEMS 型マイクアレイ,コンデンサ 型マイクアレイの両者を 2 段のボードに実装し試験テーブ ルに載せて試験し同条件でのデータ比較を実施した.音波 入力のため,チャンバー内部に直径 16 cm のスピーカー を振動伝達に配慮するため凧糸にて吊り下げ設置し,100, 200,400,500,1000 Hz のサイン波を一定音圧で送信した. 結果は,図 8 のように得られた.まず 7 hPa,CO2雰囲気 100 %,室温 23 ℃の条件にて十分稼働することを確認し た.次に,火星夜間地表面の最低気温にマージンを加えた 低温試験条件として –120 ℃まで徐々に温度を低下させつ つ,7 hPa 条件が達成された時点での測定を実施し,低温 化での音波検出性能も確認できた.MEMS 型,コンデン サ型ともに,動作に問題はなく,すべての周波数の入力信 号を問題なく検出し火星大気模擬環境下で使用可能である ことが実証された. 温度条件の遷移時には CO2凝結による一時的な低圧力 状態へのオーバーシュートが発生した.この際に経験した 1 hPa 条件下では,MEMS 型マイクの応答においてのみ ノイズフロアが極端に上昇する異常が見られた.オーバー シュート状態から戻る過程では,4 hPa 以上で通常の応答 に戻ることが再現された.搭載機器用の素子選定時には注 意を要する項目である.実際の火星探査では,惑星間航行 時の高真空に加え,到着後は約 25 時間の昼夜熱サイクル が繰り返されるため,疲労による素子の破断等が懸念され 図6 周波数計を利用して温度補正を行った後の圧力計の出 力
今回実験に使用した民生品の放射温度計は,工場
で行われた較正試験に基づいて測定値を変換し対象
物の温度を出力する.今回の実験環境は較正試験が
行われた環境と大きく異なるため,出力された温度
はそのままでは対象物の温度となりえないが,-50℃
までであればセンサーは動作することが確かめられ
た.また,-50℃から-100℃までの温度においてもセ
ンサーからの信号は出ていることが確認された.た
だし実験で使用した放射温度計の測定範囲は-50℃
までであったため,対象物体の温度に対応した信号
が出力されているかどうかを確認することはできな
かった.今回の実験では火星環境下でセンサーが動
作することが確認されたので,次回はセンサーから
の信号を直接読み出して温度の測定が可能であるこ
とを調べる実験を行う予定である.
最後に,ヒータを内蔵したグローブセンサーを用
いた風速の測定について述べる.地球上ではヒータ
を内蔵したグローブセンサーを用いることで風速の
測定がされているので,それと同様の手法によって
火星上でも風を検出できるかどうかを確認する実験
をおこなった.図7はチャンバー内に設置した小型
のファンの近くに置いたヒータ内蔵グローブセンサ
ーの熱伝導率の時間変化を示したものである.ファ
ンの動作によってわずかに熱伝導率の上昇が表れて
いることから,風があれば検出はできていることが
わかる.しかし,非常に薄い大気での上昇量は地上
に比べると小さく,風速の測定のためにはさらなる
センサーの改良を検討する必要があると思われる.
図7 加熱されたグローブ球を利用して風の検知実験を行っ た結果.赤の枠内で FAN を動作させた.わずかに熱伝導率の 上昇が見られる.3.4.
マイク
火星は,地表面気圧が地球の
1/100 程度とはいえ
大気を有する惑星であり,音波の伝搬が可能である.
我々は火星着陸機・ローバーによる探査において,
ダストストーム,ダストデビル,地表面現象,放電,
流体現象,ガス放出等の検出のため,複数のマイク
搭載を提案してきた
[5].例えば地球の成層圏・中間
圏のような希薄大気中における圧力変化もマイクに
より検出可能である
[6]が,火星大気中でのマイク稼
働における問題点は,夜間の極低温と,大気が
CO
2を主成分とする相違にある.本実験では,
-120℃ま
での過酷条件下のマイク動作状況のチェックに主眼
を置くとともに,
7 hPa,CO
2雰囲気
100%での動作
を確認した.
搭載機器開発用に,
MEMS 型微小マイク素子およ
び一般的なコンデンサ型マイク素子を選定し,今回
の試験用
BBM に両者を用意した.ともに低周波特
性の良い素子を選定し,さらにこれらを
4x4 アレイ
配置することで低周波側の感度アップを実現した.
音波は低周波ほど大気粘性による減衰の影響を受け
ず遠距離伝搬できる特性を有すため,低周波特性の
良い計測器を得ることは,大気中でのリモートセン
シング距離を延ばすことに繋がる重要な観点であり
100 Hz(一部条件では10 Hz)レンジまで試験した.
今回の実験では,
MEMS 型マイクアレイ,コンデ
ンサ型マイクアレイの両者を
2 段のボードに実装し
試験テーブルに載せて試験し同条件でのデータ比較
を実施した.音波入力のため,チャンバー内部に直
径
16 cm のスピーカーを振動伝達に配慮するため凧
糸にて吊り下げ設置し,
100, 200, 400, 500, 1000 Hz
のサイン波を一定音圧で送信した.結果は,図
8 の
ように得られた.まず
7 hPa,CO
2雰囲気
100%,
室温
23℃の条件にて十分稼働することを確認した.
次に,火星夜間地表面の最低気温にマージンを加え
た低温試験条件として
-120℃まで徐々に温度を低下
させつつ,
7 hPa 条件が達成された時点での測定を
図7 加熱されたグローブ球を利用して風の検知実験を行った 結果.赤の枠内で FAN を動作させた . わずかに熱伝導 率の上昇が見られる. 図8 MEMS 型(上)およびコンデンサ型マイク(下)による 音波検出時のダイナミックスペクトル(7 hPa,–120 ℃, CO2大気).1000,500,400,200,100 Hz の各固定周波数サ イン波をアナログ信号発生器により順次手入力した.実施し,低温化での音波検出性能も確認できた.
MEMS 型,コンデンサ型ともに,動作に問題はなく,
すべての周波数の入力信号を問題なく検出し火星大
気模擬環境下で使用可能であることが実証された.
温度条件の遷移時には
CO
2凝結による一時的な低
圧力状態へのオーバーシュートが発生した.この際
に経験した
1 hPa 条件下では,MEMS 型マイクの応
答においてのみノイズフロアが極端に上昇する異常
が見られた.オーバーシュート状態から戻る過程で
は、
4 hPa 以上で通常の応答に戻ることが再現され
た.搭載機器用の素子選定時には注意を要する項目
である.実際の火星探査では,惑星間航行時の高真
空に加え,到着後は約
25 時間の昼夜熱サイクルが繰
り返されるため,疲労による素子の破断等が懸念さ
れる.この試験の後,長期の高真空試験,試験温度
幅を何度も往復させる熱サイクル試験を実施した.
CO
2大気中の音波伝搬の距離減衰特性に関するデー
タは,
平成
27 年度内にJAXA の大型チャンバー内に
て取得予定である.
図 8 MEMS 型(上)およびコンデンサ型マイク(下)によ る音波検出時のダイナミックスペクトル(7 hPa,-120℃, CO2 大気).1000, 500, 400, 200, 100 Hz の各固定周波数 サイン波をアナログ信号発生器により順次手入力した.4.
まとめ
千葉工業大学惑星探査研究センターの火星環境模
擬チャンバーを利用して,火星環境(-80℃以下,7
hPa)の環境を再現し,その環境化でも装置が動作す
ることの確認(環境試験)を行った.その結果,今
回参加した装置は火星でも動作する,という感触を
得たが,装置を模擬環境に晒す時間が限られていた
事,また火星の昼夜周期が再現できたわけではない
ことから,さらに追加試験を行い,装置の堅牢性と
精度を確認する必要がある.
なお,火星表面の温度・圧力条件は地球の成層圏
の条件によく似ていることが知られている.このこ
とから,火星環境模擬チャンバーは地球の成層圏で
動作する装置(気球搭載用の装置など)の動作試験
にも利用できるはずであり,惑星探査研究センター
ではそのような応用も始めているところである.
謝辞
実験の実施にあたっては,岡山大学自然科学研究
科プロジェクト支援経費(研究)を使用しました.
マイクや放射温度計は
JAXA 火星着陸探査WG経費
を使用して作成・購入しました.また同経費を使用
して実験を実施しました.気圧計は鉄道総合技術研
究所が所有する測器をお借りしました.
参考文献(1) Ohno, S., Namiki, N., Ishibashi, K., Kobayashi, M., Arai, T., Senshu, H., Wada, K., Yamagishi, A., Miyamoto, H., Komatsu, G. and Matsui, T., Development of Mars Environment Simulation Chamber at Planetary Exploration Research Center, Chiba Institute of Technology, LPSC XXXXI, 1754, 2010.
(2) 大野宗祐,火星の表層環境模擬実験装置,地質学雑誌 118 (10), 689-693, 2012.
(3) Makoto Nakayoshi, Manabu Kanda, de Dear Richard, Globe Anemo-radiometer, BOUNDARY-LAYER METEOROLOGY vol.155 2, 209-227, 2015. (4) 栗原 純一, 村田 功, 佐藤 薫, 冨川 喜弘, 阿部 琢美, 気球搭載用水晶摩擦気圧計の開発と BU30-5 号 機による性能実証試験 (大気球研究報告), 宇宙航空 研究開発機構研究開発報告, vol.8 43-56, 2009. (5) 山本 真行, 佐藤 光輝,高橋 幸弘,石坂 圭吾,小郷 原 一智,鴨川 仁,宮本 英昭,阿部 琢美,火星ロー バー搭載電磁波・音波計測による火星ダスト環境下放 電観測の検討, 宇科連 58 予稿集, 1H15, 長崎, 2014. (6) Daiki Kihara, Masa-yuki Yamamoto, Takatoshi Morinaga, Ayano Hatakeyama, Yudai Manabe, Jun-ichi Furumoto, Takumi Abe, In-situ measurement of acoustic wave propagation characteristics in middle and upper atmosphere by PDI on-board S-310-41 sounding rocket, Trans. JSASS, 12, No. ists29, Pm_1-Pm_6, 2013. This document is provided by JAXA.
千葉工業大学研究報告 N o . 63 2016 74 REPORT OF C . I . T . N o . 63 2016 る.この試験の後,長期の高真空試験,試験温度幅を何度 も往復させる熱サイクル試験を実施したい.CO2大気中の 音波伝搬の距離減衰特性に関するデータは,平成 27 年度 内に JAXA の大型チャンバー内にて取得予定である. 4. まとめ 千葉工業大学惑星探査研究センターの火星環境模擬チャ ンバーを利用して,火星環境(–80 ℃以下,7 hPa,CO2 主成分)の環境を再現し,その環境下でも装置が動作する ことの確認(環境試験)を行った.その結果,今回参加し た装置は火星でも動作する,という感触を得たが,装置を 模擬環境に晒す時間が限られていた事,また火星の昼夜周 期が再現できたわけではないことから,さらに追加試験を 行い,装置の堅牢性と精度を確認する必要がある. なお,火星表面の温度・圧力条件は地球の成層圏の条件 によく似ていることが知られている.このことから,火星 環境模擬チャンバーは地球の成層圏で動作する装置(気球 搭載用の装置など)の動作試験にも利用できるはずであり, 惑星探査研究センターではそのような応用も始めていると ころである. 謝辞 実験の実施にあたっては,岡山大学自然科学研究科プロ ジェクト支援経費(研究)を使用しました.マイクや放射 温度計は JAXA 火星着陸探査 WG 経費を使用して作成・ 購入しました.また同経費を使用して実験を実施しました. 気圧計は鉄道総合技術研究所が所有する測器をお借りしま した. 参考文献
⑴ Ohno, S., Namiki, N., Ishibashi, K., Kobayashi, M., Arai, T., Sen-shu, H., Wada, K., Yamagishi, A., Miyamoto, H., Komatsu, G. and Matsui, T., Development of Mars Environment Simulation Chamber at Planetary Exploration Research Center, Chiba In-stitute of Technology, LPSC 41st, 1754, 2010.
⑵ 大野宗祐,火星の表層環境模擬実験装置,地質学雑誌 118 (10), 689–693,2012.
⑶ Makoto Nakayoshi, Manabu Kanda, de Dear Richard, Globe Anemo–radiometer, BOUNDARY–LAYER METEOROLOGY vol.155 2, 209–227, 2015. ⑷ 栗原 純一,村田 功,佐藤 薫,冨川 喜弘,阿部 琢美,気球搭 載用水晶摩擦気圧計の開発と BU30–5 号機による性能実証試験 (大気球研究報告),宇宙航空研究開発機構研究開発報告,vol.8 43–56,2009. ⑸ 山本 真行,佐藤 光輝,高橋 幸弘,石坂 圭吾,小郷原 一智, 鴨川 仁,宮本 英昭,阿部 琢美 , 火星ローバー搭載電磁波・音 波計測による火星ダスト環境下放電観測の検討,宇科連 58 予稿 集,1H15,長崎,2014.
⑹ Daiki Kihara, Masa–yuki Yamamoto, Takatoshi Morinaga, Aya-no Hatakeyama, Yudai Manabe, Jun–ichi Furumoto, Takumi Abe, In–situ measurement of acoustic wave propagation char-acteristics in middle and upper atmosphere by PDI on–board S–310–41 sounding rocket, Trans. JSASS, 12, No. ists29, Pm_1– Pm_6, 2013.