「チュートリアル」の経験を積んだ教師の実践的知識
藤田 裕子 要 旨 教師ではなく学習者が学習を管理する自律学習形式の授業に困難を感じる教師は多い。 経験者の実践的知識を知ることは意義があろうが、実践的知識は実践の場で獲得、生成さ れ、領域固有、場面固有に働き、言語化が難しいという。そこで本研究では、自律学習を 支援する授業である「チュートリアル」の担当が長く、関わり方も深い教師2名の授業イメ ージから実践的知識を探り、それらを授業に活かす方策を検討した。その結果、両者の実 践的知識の共通点は、複合的な視点からチュートリアルを捉えていること、学習者の考え や気持ちを尊重し、学習者の気づきを待つことの2点であった。これら2点を授業に活か す方策として、1)授業に対する自分のビリーフを把握すること、2)自分のビリーフとは 異なるものを自分のビリーフに加えること、3)授業を大きな枠組みで捉えること、4)学 習者を信頼することが考えられる。 【キーワード】 実践的知識、PAC分析、自律学習、授業イメージ、日本語の授業 1.問題の所在と研究目的 桜美林大学の日本語プログラムでは、留学生の増加と、日本語力・基礎学力・ニーズな どの多様化に対応するため、自律学習を推進している。その一環として、自律学習を基盤 とした個別対応型の授業である「チュートリアル」を行っている。本プログラムにおける 自律の定義は、学習者が自分のニーズや希望に役立つように、自分の学習をコントロール するための能力であり、何を、なぜ、どのように学ぶかということを自分で選んで決め、 計画を立て、実行し、その結果を自分自身で評価できるような知識やスキルである(齋藤・ 松下, 2004)。 自律性は誰もが初めから持っているものではなく教育の中で育てるものであり、教師は 重要な役割を持つとされる(青木, 2001 ; 梅田, 2005)。しかし、三宅・福島(2005)は日本 語教師歴4年と10年の教師へのインタビュー調査から「チュートリアル」に対する戸惑い を明らかにし、藤田(2009)は日本語教師歴21年目で自律学習を支援する授業を初めて担 当した教師について、1学期終了時は不安が大きく知識を伝達する一斉授業における初任 教師の状態と同様であったと報告している。つまり、教師歴が長い者でも自律学習の支援 は容易ではないと考えられるのだが、それはなぜだろうか。 熟達者はそれぞれの領域では優れた能力を習得しているが、その能力は領域特殊性によ る厳しい制約を受ける(大沢, 1982)。また、教師の実践的知識は実践の場で獲得、生成され、─研究論文─
領域固有、場面固有に働くという(秋田他, 1991)。これらは、ある領域で熟達した能力や 実践的知識は、それ以外の領域では適用範囲が制限されるということであり、教師ではな く学習者が学習を管理する「チュートリアル」のような授業においては、教師がそれまでに 獲得した能力や実践的知識の適用が難しいことを意味する。では、教師が新しい形式の授 業をよいものにするには、経験するしか道はないのだろうか。経験者の実践的知識を知る ことは意義があると考えられるが、実践的知識は論理的な言葉で表現される知識とは異な り、教師が自分の身体を通して直観的に感じるものであり、本人にも自覚されない暗黙知 のような性格を持つ(秋田, 2004)。 そこで本研究では、「チュートリアル」の担当が長く、関わり方も深い教師の授業イメー ジから実践的知識を探る。ただし、実践的知識はその性質ゆえ、すぐに全ての教師に役立 つものではなく、それを共有し交流していくためには具体的な事例を通して理解し、共に 形成していくことが重要であるという(秋田, 2004)。そのため本研究では、特定の教師の 授業イメージとその解釈を提示し、授業を個別具体的および全体的に見ることによって実 践的知識の共有を試み、自律学習を支援する際の示唆を提供することを目的とする。 2.調査方法 2.1 対象授業と調査協力者 本研究の対象授業である「チュートリアル」の目的は学習者が自分の学習を進めることに あり、教師は教授者ではなく学習支援者として手助けを行う(齋藤・松下, 2004)。授業の 流れは基本的に1)個別ニーズの明確化、2)学習目標の設定と学習方法の選定、3)学習計 画の作成・リソースの決定、4)個別の学習、5)学習進捗状況の管理、6)学習成果の評価 となっており、学期中は教師と学習者が学習の進捗状況などについて個別に話す時間(セ ッション)も設定されている。学習者は学習内容・方法・リソース・学習場所などが選択 でき、日本語学習リソースセンター(Center for Japanese Learning Resources, 以下CJL) と教室との行き来も自由である。学習目標や学習記録、学習の成果物は各自ファイルに綴 じることになっており、学習者が授業時間の最後にその日の学習についてまとめ、ポート フォリオとして提出すると、教師が次の授業までにコメントを書き込む。評価基準は出席 30%・学習者の自律学習に対する教師の評価50%・学習者の自己評価20%となっており、 クラス一斉のテストはない。 調査協力者は2003年度の授業開講から調査時点の2009年度まで、希望してチュートリ アルを担当している2名である。教師Kは日本語プログラム創設時から勤務する日本語教 師歴22年の教師であり、主に初中級レベルの短期留学生のクラスを担当している。授業開 講前にはコーディネーターの依頼で自律学習に関する英語文献を翻訳して同僚に紹介する など、自律学習の勉強会のリーダー的存在であった。教師Rは日本語教師歴17年半の教師 である。日本語プログラムには7年半在籍し、主に上級レベルの短期留学生や学群生対象 のクラスを担当している。CJLの立ち上げに尽力し、管理者として3年間運営を任されて いた。このように両者はチュートリアルの発展に深く関わってきたと言える。両者とも調
査者より年上で教師歴も長いが、調査者もチュートリアルを担当しているため両者と授業 やその他のことについても話す機会が多く、率直な意見交換ができる間柄であった。 2.2 分析方法
本研究では、PAC(Personal Attitude Construct:個人別態度構造)分析(内藤, 2002) を用いる。PAC分析とは、当該テーマに関する自由連想、連想項目間の類似度評定、類似 度距離行列によるクラスター分析、当人によるクラスター構造のイメージや解釈の報告、 研究者による総合的解釈を通じ、個人別にイメージ構造を分析する方法である。調査協力 者が1名でも分析でき、個々の体験に関する個別のイメージの分析に適しており、調査協 力者自身の見方に沿った変数を取り出すことや、クラスター間の関係に調査協力者のイメ ージや解釈を加えて因果関係の推論をすること、開示されるエピソードや個人独自の意味 内容から構造全体について共感的に理解することが可能である。実践的知識は言語化した 説明が難しく、本人にも自覚されない暗黙知のような性格を持つ。そのため、実践的知識 を導き出すのにPAC分析は有効な方法であると考えられる。 以下がPAC分析の手順である。1)連想刺激を印刷した文章を見せながら、口頭で読み 上げる。「あなたは、実際にチュートリアルを行ってみて、どのようなことを感じたり考え たりしていますか。チュートリアルと他の授業との違いは何でしょうか。チュートリアル を運営していく上で、何が重要だと考えていますか。何を心がけたり、工夫したりしてい ますか。頭に浮かんできたイメージや言葉を、思い浮かんだ順にカードに記入してくださ い。」2)この連想刺激から連想される項目を1枚のカードに1つずつ自由に書いてもらう。 項目数は自由である。3)連想終了後、調査協力者にとって重要であると感じられる順にカ ードを並べ替え、その順位をカードに記入してもらう。4)項目相互を比較し、2つの項目 が直感的イメージでどの程度近いかを7段階で評定してもらう。これを全てのカード間で 行う。5)研究者がカード間の評定結果をクラスター分析(ウォード法)で処理し、分析結 果(図1・2参照)に調査協力者が書いた項目を記入する。6)図に基づいて面接調査を実施し、 図の分け方(以下分けられた項目の固まりを「クラスター(CL)」とする)、各CLから浮か ぶイメージ、CL間の関係、全体のイメージ、各項目の意味とイメージ(+/ 0 /-を感覚 的に評価)1について尋ねる。面接調査において調査者は自分の意見に囚われることなく、 調査協力者が感じることを丹念に聞き、CLのイメージや内容を共に探索する。 3.結果 分析結果を図1および図2に示す。CL数の決定は内藤(2002)に拠る。まず、調査者の思 案的なCL構造の解釈を腹案とし、各CLの項目を順に読み上げ、それらへの調査協力者の イメージや解釈を尋ねる。そして調査協力者によるCLのまとまりが調査者と異なって分 割されたり併合されたりする場合は、調査協力者のイメージに沿ってCLの数を変更し、 総合的に解釈する。本研究ではいずれも調査者の想定したCLの分割と調査協力者の解釈 イメージが一致した。なお、面接の所要時間は両者とも約1時間半である。
3.1 教師K 3.1.1 教師KによるCLの解釈 図1は教師Kの分析結果である。図の左端の数字は項目の重要順位、横軸は項目間の距 離2、項目の後の(+/0/-)は各項目のイメージを表す。以下、調査協力者の連想項目 とそのイメージを[ ]、各CLのイメージと全体のイメージを〈 〉に入れ、CLごとに項 目と発話を整理して記載する。なお、本研究をまとめるに当たり、整理した発話が事実や 教師KやRの考えと相違がないかを両者に確認している。 CL1([コミュニケーション]からの6項目): チュートリアルを始めた頃、遅刻や欠席が多い学生がいて、彼に「彼女」との会話を学 習内容にしたいと言われて、最初ふざけてるのかと思ったんです。でも、彼は帰国後 日本語を勉強するかどうか分からないし、「彼女」との会話の上達はニーズに合ってる し、チュートリアルではニーズの尊重とか個別対応が重要ということなのでやらせて みました。タスクシートを作って、彼には「彼女」の言ったことが分かった割合、自分 の言いたかったことが表現できた割合、話した内容と準備を、「彼女」には彼が上達す るのに必要だと思うことを書いて提出してもらったんです。そしたら「彼女」に彼が 日本語学習者だという意識が芽生えて、いい人的リソースに変わっていった。それは 「壁」3を越えることになるし、あの時やめさせなくてよかったと思ったんです。彼に はビリーフを揺さぶられたと思うんですが、「これでもいいんだ」っていう自信にも なりました。 CL2([個人のスタイル]からの5項目): これらは自律学習の勉強中に出てきた概念です。このクラスについて初めて聞いた時、 日本語の弱点補強をするのかと思ったんです。できない子のための補習は休み時間や 授業後では限度があったので、それがクラスになるならいいと思いました。実際はも 図1 教師Kの結果 0 距離 6.16 1) 2) 5) . . . . . . . . . . . . . . . 6) 9) 13) 7) 8) 11) 10) 12) 18) 16) 17) 3) 14) 4) 15) CL1 CL2 CL3 CL4 CL5 コミュニケーション(+) 信頼(+) 尊重(+) ビリーフを越える(0) 自由(+) ゆるさ(0) 個人のスタイル(+) 個別(0) 教師の役割(+) リソースの豊富さ(+) 「しばり」の違い(0) 他律(0) 自立と自律(0) 自律的な学習vs.自律学習(0) 留学生活の一部(+) おもしろい(+) いい経験(+) 楽しさ(+)
っと大きな話でしたが、私も個別に教えたかった。私の教師としての理想を追い求め る時にチュートリアルは必要でした。・・・学生はクイズを嫌がるんですが、結局[しば り]がないと着実に進めないと分かる。そしたら、「評価には関係ないからクイズをや ってみたら」と効果が上がる方法が提示できるんです。クラスに出ることも[しばり] です。マンガを読む人はクラスでやらなくてもいい。でもクラスに来るからネットを 見るとか他のことをするのではなくマンガを読む。クラスでやらなくてもいいことを チュートリアルでやる意味は、クラスに来たから嫌々ながらも少しは勉強したといっ たことにあるんじゃないかと思います。 CL3([他律]のみ): チュートリアルは自律を目指すところだから、対極の[他律]はだめなのか、自律の ほうが[他律]より優れているのかと、そこにぶち当たると思うんです。ある時、経済 的自立に給料をもらうことと資産運用の2つがあるように、「律する」にも2つあると 思ったんです。それで他律的でしたくもない勉強をしているうちに新しいことを発見 したり興味を持ったりすることもあるから、本当の意味での学習には[他律]も大事な んだと分かったんです。私もチュートリアルを担当する前は他律的な授業をしてたん ですが、手応えはあったし、効果も上がってたと思います。だからチュートリアルや 自律学習を受け入れられない人たちは他律的な授業で効果を上げてるからだろうと思 うんです。でも「本当の意味での学習にはどちらも大事だ」とすれば、彼らも今までや ってきたことを否定することなく受け入れられると思います。 CL4([自立と自律]と[自律的な学習vs.自律学習]の2項目): ごちゃごちゃになってたものをこうしたら、すっと腑に落ちたんです。…「自律学習」 という言葉にみんなが影響され過ぎてると思います。だから、まず計画とかニーズの 明確化から入る。でも、それは自律学習という学習の手法で、自律的な学習とは違う。 自律学習は本当の意味での学習の構成要素の1つでしかない。それを理解することが 私たちに必要だと思うんです。「チュートリアル=自律学習」みたいに思ってたりする けど、チュートリアルは自律学習の学習方法を使うクラスであって、自律的になるか どうかは分からない。チュートリアルには個別という面もあるけど、「個別=自律学習」 ではない。チュートリアルには自律学習の面も、個別の面も、大学のクラスという面 もあるわけだから、チュートリアルと自律学習を理解する際にこれらが必要なんだと 思います。 CL5([留学生活の一部]からの4項目): 日本語の勉強だけが生活の全部ではないだろうし、チュートリアルはさらに一部で しょうが、留学してよかった理由にチュートリアルがあったらいいと思うんです。ク ラスでできないからといってその人が留学生活を無駄にしてるわけでもないだろう し、私達から見たら無駄に見えても日本語を使う道に進まない可能性もあるわけだか ら、その長い人生の何ヶ月かに関わって、いい影響や思い出を残す手助けができたら いいなと思います。
CL間の比較と全体のイメージ: CL1はチュートリアルを始めてから気づいた大事なことで、CL2はチュートリアル を始める前から思っていた大事なこと。だからポスト(Post)チュートリアルとプレ (Pre)チュートリアル。CL3とCL4はチュートリアルと自律学習の理解に必要なもの。 あとのCL同士はあまり関係ないです。 全体のイメージは〈おもしろい〉、interestingのほうです。私はチュートリアルが好き なんです。「えっ?」と思うことでもやらせてみたら学生からいいフィードバックがあ ったり、だめだった時でも学生が気づいて自分で変えていくのが見られるからです。 その他: チュートリアルを取ったはいいが「何をしたらいいか分からない」という学生に、自 律の必要性を説いたところで振り向いてもらえないだろうと思うんです。私は自分で 考えてビリーフを越えられたわけではなくて、やってみてビリーフを越える大事さが 分かった。では振り向かせるにはどうしたらいいかというと、「これがいいから」では なくて「ここに来たいから」。一番大事なのは信頼関係だと思います。 [ビリーフを越える]が[0]なのは、それが大事な時もあるだろうし、変えてはいけ ない時も変えられないものもあると思うから。[他律]は自律に対して[他律]としただ けです。「他律学習」は「他律的な学習」と同じ意味で、一般的な教師主導型一斉授業や 受験勉強など、「他律による学習」です。 3.1.2 調査者によるCLの解釈 CL1:教師Kは「最初ふざけてるのかと思」うような、自身のビリーフを越える学習内容 やリソースを選択した学習者とのやりとりを通し、支援や学習内容の「壁」を越えていった と考えられる。CL1は教師Kが最初に出会った衝撃的な実践例であり、これにより新たな ビリーフが形成されたと言えるため〈衝撃的な実践から得たビリーフ〉と名づけられる。 CL2:教師KはCL2の項目を「自律学習の勉強中に出てきた概念」としているが、「教師 としての理想を追い求める時にチュートリアルは必要」としており、[しばり]からチュー トリアルの意義も見出すなど、実体験に基づく考えと文献からの概念が融合している。 CL2は〈理想の授業の実現に必要な自律学習の概念〉と解釈できよう。 CL3:教師Kは「本当の意味での学習には[他律]も大事」という結論に至っているため、 CL3は〈真の意味での学習における他律学習の位置づけ〉であると言える。昨今、自律学習 を批判的に論じることは難しくなっている(Pennycook, 1997)。しかし教師Kは自分の疑 問を考え続け、「本当の意味での学習にはどちらも大事」と考えることで、学習の意味や、 チュートリアルや自律学習を受け入れられない教師が自己否定せずに済む方法など、多く の教師が迷うと思われる事項について自分で答えを出している。 CL4:教師Kは「ごちゃごちゃになってた」概念を対立させて考えることによって、学習 の構成と自律学習の位置づけ、チュートリアルの多面性について自分なりに理解している。 CL4は〈真の意味での学習の構成とチュートリアルの多面性〉とまとめられる。
CL5:教師Kは「日本語の勉強だけが生活の全部ではないだろうし、チュートリアルは さらに一部」と捉え、「私達から見たら無駄に見えても日本語を使う道に進まない可能性も ある」と考えて、チュートリアルが留学生の人生におけるいい経験となることを望んでい る。教室内に留まらないこの見方は様々な「壁」を越えた教師だからこそ持ち得ると考えら れ、CL5は〈「壁」を越えて得た視点〉と解釈できる。 全体:18項目中[+]が11項目、[0]が7項目である。教師Kはチュートリアルに対し概 ね肯定的であるが、[0]の項目にチュートリアルの本質的な部分や真の意味での学習に関 わるものが多いため、チュートリアルを無条件に肯定しているわけではないと推察できる。 教師Kは、学習者を振り向かせるには「これがいいから」と教師の考えを説くのではなく、 学習者と信頼関係を築き、学習者が「ここに来たい」と思うことを重視している。また、自 身は「やってみてビリーフを越える大事さが分かった」が、「変えてはいけない時も変えら れないものもある」とビリーフを越えることには慎重であり、自分の成功体験を学習者に 押し付けない姿勢が見られる。さらに、学習者からの思いがけないフィードバックや学習 者の変化に授業の意義を見出し、全体のイメージを〈おもしろい〉とするなど精神的な余裕 が窺える。 図の構造を見るとCL1から順にCL5までつながっている。つまり、衝撃的な実践から得 たビリーフに、理想の授業実現に必要な自律学習の概念が加わり、真の意味での学習に至 り、その構成要素として自律学習と他律学習が存在する。教師Kはこのように学習を捉え、 「壁」を越えて得た視点からチュートリアルを見ていると言える。 3.2 教師R 3.2.1 教師RによるCLの解釈 図2は教師Rの分析結果である。 図2 教師Rの結果 0 距離 5.92 . . . . . CL1 CL2 CL3 CL4 自立とは違う「自律」(+) 人生の中で、大学の位置づけ、その中での「日本語」を考える機会(-) 「学習」に対するパラダイムシフト(+) ネットワークを作る場(コアクラスから離れてクラスを越えた)(+) 心理的不安の意識化(+) 自己内省、振り返り(+) 学習者を丸ごと受け入れること(+) 好きなものを好きなだけ、したいだけ選ぶ経験(+) 留学生としての自分を落ち着かせるためのプロセス(+) 一人一人の個性を尊重できる(+) ポートフォリオという自分史へ向かわせる授業(+) これまでできなかったことが先生の手助けでできるようになる(+) 辞書の使い方やこれまでと違う学習方法を発見する機会(+) 個別対応可能(+) 新しい理念を受け入れる1つのチャレンジ(+) 同年代との出会いと時間(経験)の共有(+) 多くの情報を統合する機会(+) わからないリソースとの出会い(+) クラスゲストと話し、友達を作る場(+) 1) 2) 4) 6) 10) 16) 3) 5) 9) 15) 17) 8) 12) 14) 18) 7) 11) 13) 19)
CL1([自立とは違う「自律」]からの6項目): チュートリアルを始めてから、私たちが目指す方向は自律学習じゃなくて、自律じ ゃないかと次第に気づき始めた。日本語教育は大学での一時期だけれども、留学生の 人生につながっていて、大学生として一人立ちする自立とは違った、自分を律する「自 律」が役に立つんじゃないかというビリーフが固まってきたんです。…[自己内省]が 促されるのがチュートリアルの特徴だと思うんですが、セッションで[心理的不安]を 言語化することで対処法が考えられる。それに、ここで友達ができる例が多いんです が、CJLはそういう[ネットワークを作る場]でもあり、個別対応が可能でカウンセリ ングもできる場だと感じてます。 CL2([学習者を丸ごと受け入れること]からの5項目): 違う学習観とぶつかった時に、失敗してもいいからやってみる。学習者は丸ごと受 け入れてもらって、好きなことをやるだけやって気持ちを落ち着かせる。それがこの 授業の役割だと思うんです。ただし、初めに自律を重視する授業だと説明して、学習 記録を書かせて、最終的にポートフォリオを完成させる。ポートフォリオは、後で見 直して、自分がやりたかったことが分かる自分史です。…小説を読むことにしたもの の全然進まなくて、勉強方法をいろいろ勧めても受け入れない学生がいたんです。で もクラスゲストとぺアワークをした日の学習記録に、最初からこの方法でやっておけ ばよかったと思ったこと、今まで自分は親や教師に怒られて仕方なくやってきたと分 かったこと、私が怒らないのに驚いたことが書いてあって、次からは進んで学習する ようになったんです。一人一人の個性を尊重して受け入れることで本人が気づくこと があると思います。 CL3([これまでできなかったことが先生の手助けをもとにできるようになる] からの4項目): リソースの使い方が固まってるように思える学習者に、信頼関係を得た上で基本的 なリソースの使い方を教えると、自尊心が傷つかないし、後は学習方法を自分で発見 できるようになる。教材はCJLにあるよと言うだけでなく、学習者をそれぞれCJLに 連れて行って、これはここにあってこうするんだよと1回見せるだけで全く違う。チ ュートリアルは発見の機会なんですよね。 CL4([同年代との出会いと時間(経験)の共有]からの4項目): チュートリアルには短期留学生、学群生、クラスゲストがいて、学期ごとに全く違 うグループの人たちが出会って経験の共有ができる。同じ勉強をする人たちが[多く の情報を統合する機会]につながる。[わからないリソースとの出会い]は、自分が考 えつかないようなリソース。クラスゲストと出会って予想外に仲良くなるとか。チュ ートリアルはその出会いの場なんですね。 CL間の比較と全体のイメージ: CL1は私が大学という場で行動すべきだと捉えていることで、CL2は私の経験やビ リーフを授業の中で具現化したものです。CL1とCL2を実践したのがCL3。自分を律
して相手との関係を持てるようにすることが自律。それを実践していくのがCL4の中 という感じです。 全体のイメージは〈対話〉。チュートリアルは対話するための人と出会う場。対話す る時に自分を律することも必要だと思うんですね。independent じゃない自律、 autonomyがあることによって初めて対話がうまくできる。その練習の場がチュート リアルかな。 その他: チュートリアルを始める時、「自律」という理念と現実をどう折り合わせるかがチャ レンジでした。それを乗り越えられたのは学生の変化ですね。学期初めは「お金を払 ってるのに先生が何もしないのはどういうことだ」と言っていた学生が、2学期目には クラスゲストと日本映画を翻訳して皆から評価されて、最後には「一人だとやらない けど、ここにいるとやらなきゃいけないと思えるし、一人だとできないことも先生や クラスゲストがいて、その場で解消できるからよかった」と言ってくれました。でも 大人に不信感を持ってるとなかなか変わらないことが多い。そういう時はとにかく待 ちます。寄り添うような感じで相手の話を聞く。おしゃべりをしながら自分で答えを 見つけるんですよね。 [人生の中で、大学の位置づけ、その中での「日本語」を考える機会]が[-]なのは、 チュートリアルは今まで担当教師が替わったり必修から選択になったりして、始めた 時とは随分と変わってきてるので、上級には必要だと思うんですが、他のレベルでは そこまでする必要はないかもしれないからです。 3.2.2 調査者によるCLの解釈 CL1:教師Rは「目指す方向は自律学習じゃなくて、自律じゃないか」と気づき、学習者 の人生において「大学生として一人立ちする自立とは違った、自分を律する『自律』が役に 立つ」と思うようになった。そして「セッションで[心理的不安]を言語化することで対処 法が考えられる」と感じ、そのためCJLにおけるネットワーク作りと学習者への個別対応 が必要だと考えるようになったようである。CL1は「自律」の理念と「自律」を確立するた めの場を表わしているため、〈「自律」の理念と実践の場〉と名づけられる。 CL2:教師Rは学習者が「好きなことをやるだけやって気持ちを落ち着かせる」ことが「こ の授業の役割」としているが、最終的には「後で見直して、自分がやりたかったことが分か る自分史」である「ポートフォリオを完成させ」、「一人一人の個性を尊重して受け入れるこ とで本人が気づくこと」を期待している。このプロセスが教師Rの理想であると考えられ るため、CL2は〈「自律」実現のための理想のプロセス〉と命名できる。 CL3:教師Rは「信頼関係を得た上で基本的なリソースの使い方を教えると、自尊心が 傷つかないし、後は学習方法を自分で発見できるようになる」と述べ、「チュートリアルは 発見の機会」としている。CL3は〈新しい学習方法発見の機会〉と解釈できよう。教師Rは 学習者一人一人にCJLにある教材を見せて学習方法を教えているようであり、ここでも教
師Rが学習者への個別対応を大事にしていることが窺える。 CL4:チュートリアルは「学期ごとに全く違うグループの人たちが出会って経験の共有 ができ」、「多くの情報を統合する機会につなが」り、思いがけない「リソースとの出会い」 もあるという。教師Rはチュートリアルにおける出会いを重視していると考えられるため、 CL4は〈貴重な出会いの場〉と言えよう。 全体:学習者とのやりとり、学習者同士の交流について随所に見られる言及、「autonomy があることによって初めて対話がうまくできる」という発話から、全体のイメージである 〈対話〉と「自律」の強い結びつきが窺える。小説を読むことにしたが全く進まない学習者や、 教師が教えないことに対して不満を持つ学習者との出会いは、教師Rにとって支援や学習 観の「壁」であったと思われるが、それらを乗り越えるのに〈対話〉が重要な役割を果たし ているようである。そして、このような学習者の変化が授業における困難を乗り越える原 動力となっていると考えられる。各項目のイメージは1項目のみ[-]であるが、これは CJLの管理者として関わっていた頃と比べ、現在は立場もカリキュラムも変わり、担当教 師間の認識も異なると感じていることの表れであろう。しかし他の項目が全て[+]である ことから、チュートリアルに対して否定的ではないと推察できる。むしろ以前より離れた ために一歩引いたところからチュートリアルが見えていると思われる。 図の構造を見るとCL1から順にCL4までつながっている。チュートリアルは「自律」の 理念と実践の場であり、そこに「自律」実現のための理想のプロセス、新しい学習方法の発 見や貴重な出会いがある。教師Rはチュートリアルをこのように捉えていると言える。 4.考察 以上が教師KとRの授業イメージとその解釈である。ここから導き出される実践的知識 は個別性の高いものであるが、共通点も見られる。本節ではその共通点を自律学習支援の 際の実践的知識と考えて検討し、次に自律学習を支援するための示唆を提供したい。 共通点の1点目は、複合的な視点からチュートリアルを捉えている点である。まず、両 者は「自律」を自分の体験を踏まえて他の概念と明確に分けて考えている。教師Kは最終的 に真の意味での学習と自律学習・他律学習の関係について自分で答えを出し、他の教師が 自己否定せずに済む方法を考え出している。一方、教師Rは担当教師間の認識の異なりを 受け止めつつも、[自立とは違う「自律」]を挙げ、さらに目指す方向は自律学習ではなく学 習者の自律であるとしている。また、両者は教師が学習者と個別に向き合うことも学習者 がクラスで学ぶことも重視し、チュートリアルを自分の理想の実現の場として捉えている。 教師Kは個別に教えるという希望をチュートリアルで実現しつつ、学習者がクラスに来て 学習することに意義を見出している。教師Rは個別の〈対話〉によって学習者が心理的不安 をなくし新しい学習観にチャレンジすることを重視しつつ、学習者同士がクラスで情報交 換して学んでいくことにも価値を置いている。 2点目は、学習者の考えや気持ちを尊重し、学習者の気づきを待っている点である。両 者は学習者との信頼関係を大事にしている。教師Kは学習者がチュートリアルの意義を見
出せない場合、自律の必要性を説いてビリーフを変えるのではなく、学習者と信頼関係を 築き、学習者が自分の意思で授業に取り組めるようにすべきだと考えている。教師Rも学 習者の信頼を得た上で、学習方法を発見できるよう導いている。また、両者は自分の考え を学習者に押し付けず、学習者の気づきを重視している。教師Kは学習者の意思を尊重し たためにその時学習がうまくいかなくても、後で学習者自身が気づいて修正していけばよ いと考え、教師Rも学習者の個性を尊重して受け入れ、好きなことをやるだけやる経験や ポートフォリオの振り返り、教師との対話から学習者が気づきを得ることに期待している。 さらに両者は学習者の人生を見据えてチュートリアルを捉えている。教師Kは学習者のニ ーズや帰国後の日本語学習状況から学習内容やリソースを許容し、チュートリアルを留学 生の人生のほんの一部であると考え、留学生活の捉え方が教師と学習者では異なる可能性 も考慮している。一方教師Rは「自律」が留学生の人生に役立つと考え、彼らの人生におけ る日本語教育やチュートリアルの位置づけを行っている。そして両者は、長い目で見た学 習者の変化を自分がチュートリアルを続ける原動力としている。 冒頭に、自律学習の支援が容易ではない理由として、教師がそれまでに獲得した能力や 実践的知識の適用が難しいことを挙げた。しかし見方を変えると、「自律」と他の概念が明 確に分けられておらず、どこに向かうべきなのか、何を重視すべきなのか、どこまでを視 野に入れるべきなのかが不明であるために、教師が自分の力を発揮できないことが自律学 習の支援を困難にしているとも捉えられる。 では、教師は自律学習を支援するために具体的にどのようにすればよいのか。本研究の 結果から考えられることの1つ目は、複合的な視点から授業を捉えられるようになるため、 「壁」を越えることである。そこで第一に、授業に対する自分のビリーフを把握することで ある。「自律」や他の概念と自分の思いや考えをつき合わせ、何が同じで何が異なるのかを 検討することで自分のビリーフが明確になる。そうすれば何が「壁」になっているのかが分 かるであろう。第二に、自分のビリーフと異なるものを自分のビリーフに加えることであ る。自分のビリーフとは異なる教育方法を実践するのは易しいことではない。自律学習に 関して言えば、教師の存在意義や学習とは何かという問い、授業方法・評価方法への疑問 などから、その導入に抵抗を感じる教師も少なくないと思われる。しかし自分のビリーフ を見直し、多様な考えをうまく取り入れられれば授業を見る視点が増える。これは木原 (2008)が指摘する教師の授業力量形成のアプローチ、すなわち教師が新しい授業力量を身 につける際、それ以前に獲得してきた授業力量と新しい授業力量の間に接点、融合点を見 出すアプローチに近い。自分のビリーフを変えるのではなく、視点を増やすと考えれば案 外楽に「壁」は越えられるかもしれない。 2つ目は、学習者を待てるようになるため、精神的な余裕を持つことである。そこで第 三に、授業を大きな枠組みで捉えることである。教師は教室内を中心に考えがちであろう が、教師が関われるのは学習者の人生から考えればごく短期間に過ぎない。また、自分の ビリーフと異なる教育方法を受け入れられないことは、教師だけでなく学習者にも生じ得 る(齋藤・松下, 2004)。このようなことを認識し、教室内や授業期間のみで学習者を判断
せず、その人生までも視野に入れて学習者に向き合うことが望まれる。そして最後に、学 習者を信頼することである。青木(2001)は、学習者は教師が考えるよりも賢い選択をする 能力を持っており、選択に失敗してもそこから学べるため、信じて任せることは教師にと っては難しいが大切であると述べている。教師に精神的な余裕があれば、学習者も安心し て授業に臨めるのではないだろうか。 以上のことに留意し、実践を積み重ね、さらに実践的知識を共有していくことで自律学 習の支援が容易になると思われる。 5.今後の課題 今後、より多くの知見を得て実践に役立てるため、以下3点を課題としたい。第一に、 自律学習を支援する授業に対する教師たちの実践的知識を比較・検討することである。教 師KやRとは異なる考えや経験を持つ教師の授業イメージから、より豊かな実践的知識が 導き出せれば、授業実践の際の留意点が多く得られ、洗練もされるであろう。第二に、授 業イメージの変容と教師の実践的知識の形成の関係について追究することである。縦断的 調査を丁寧に行うことで、教師の成長に関する知見が得られると考えられる。最後に、こ のようにして得られた知見の実証研究を行うことである。これらの研究は教師に対する支 援を行う上で重要な資料となりうるだろう。 付記 本研究は、桜美林大学言語教育研究所より研究運営助成を受けたものである。 注 1.各CL内、また全体の+と-が拮抗するほど葛藤状態が強い(内藤、2002)。 2.項目間の類似度判定の際、尺度の端(1や7)につけるか中央(4)につけるかの傾向には 個人差があるが、他人との比較ではなく同一人物内での相対距離が意味を持つため、 絶対距離よりも相対距離の方が解釈に貢献する(内藤、2002)。 3.知識伝達型・教師主導型の授業とは異なるチュートリアル実践時の様々な問題や困難。 「支援の壁:(教師の考えとは異なっても)学習者の考えを尊重して支援する・チュー トリアルの目的が十分理解できていない学習者を支援する」「学習内容の壁:学習者が 教師の予想を越えた学習内容を選ぶ」「評価の壁:各学習者の学習内容や方法が異なり、 テストもない状態で評価を行う」「リソースの壁:各学習者に合ったリソースがない」 「学習観の壁:学習者が教師に教えてもらいたい・一人で学習したくないと考える」な どがある。(桜美林大学日本語プログラム「グループさくら」、2007)。
参考文献
Pennycook, A. (1997) Cultural alternatives and autonomy. In P. Beson & P. Voller (eds.) Autonomy
and Independence in Language Learning. London: Longman, pp. 35-53
秋田喜代美(2004)「熟練教師の知」梶田正巳編著『授業の知─学校と大学の教育革新』有斐 閣、pp.181-198 秋田喜代美・佐藤学・岩川直樹(1991)「教師の授業に関する実践的知識の成長─熟練教師 と初任教師の比較検討─」『発達心理学研究』2(2), pp. 88-98 青木直子(2001)「教師の役割」青木直子・尾崎明人・土岐哲編『日本語教育学を学ぶ人のた めに』世界思想社、pp. 182-197 梅田康子(2005)「学習者の自律性を重視した日本語教育コースにおける教師の役割─学部 留学生に対する自律的な学習コース展開の可能性を探る─」『言語と文化(愛知大学語 学教育研究室)』12, pp. 59-77 桜美林大学日本語プログラム「グループさくら」編著(2007)『自律を目指すことばの学習』 凡人社 大沢啓子(1982)「熟達者─初心者の差異」波多野誼余夫編『学習と発達(認知心理学講座第 4巻)』東京大学出版会、pp. 135-153 木原俊行(2008)『授業研究と教師の成長』太洋社 齋藤伸子・松下達彦(2004)「自律学習を基盤としたチュートリアル授業─学部留学生対象 の日本語クラスにおける実践─」『Obirin Today』4, pp. 19-34 内藤哲雄(2002)『PAC分析実施法入門「改訂版」─個を科学する新技法への招待─』ナカニ シヤ出版 藤田裕子(2009)「自律的な日本語学習を目指した授業に対する教師のイメージ─経験年数 による比較─」『桜美林言語教育論叢』5, pp. 17-34 三宅若菜・福島智子(2005)「自律的な学習を基盤とした個別対応型日本語授業に関する一 考察─教師の役割を手がかりに─」『日本語教育論集(国立国語研究所)』21, pp. 45-53