Ⅰ.はじめに
近年の行政を中心としたわが国の英語教育改革は、「教育再生実行会議第三次提言」(平 成25年)や、「日本再興戦略」(平成26年)によって多くの議論・提案が行われた。それら によって小学校中学年での英語教育の教科化および必修化、中学・高等学校での教育内容 の見直しに拍車がかかった。さらに、文部科学省の有識者会議による「今後の英語教育の 改善・充実方策について〜グローバル化に対応した英語教育改革の 5 つの提言〜」(平成 26年)では、大学入試の見直し、『学習指導要領』の改訂の方針や英語科目担当教員の質 向上を目指した教員研修や、その前段階となる教員養成についての提言がなされた。本論 文では特に、この提言の中で「学校における指導体制の充実」に挙げられている「教職課 程において英語力・英語指導力を充実する観点から改善」について、文学教育をコア・カ リキュラムと関連させながら、その教育的な意義について論じていくことにする。Ⅱ.コア・カリキュラムと再課程認定
中央教育審議会による答申「これからの学校教育を担う資質能力の向上について〜学び 合い、高め合う教員育成コミュニティの構築に向けて〜」(平成27年)では教育課程・授 業方法の改革としてアクティブ・ラーニングの導入、ICT機器の積極的活用、教科の枠を 越えた学びの創出についての方針が提示されている。そして、外国語教育の充実を図る方 策として「英語教育については、小学校における英語の教科化への対応や中・高等学校の 「話す」「書く」の指導力の向上を図るため、大学、教育委員会等が参画して教員養成・研 修に必要なコア・カリキュラム開発を行い、課程認定の際の審査や各大学による教職課程 の改善・充実の取組みに活用できるようにする。また、小学校中学年の外国語活動導入と 高学年の英語の教科化に向け、音声学を含む英語学など専門性を高める教科の科目ととも に教職に関する科目を教職課程に位置付けるための検討を進めるべきである」(42−43) と指摘され、英語教員養成課程のコア・カリキュラム開発が本格的に始動した1 )。 委託事業の中間報告である『平成27年度「英語教員の英語力・指導力強化のための調査英語教員養成における意義のある文学教育とは
倉 林 秀 男
キーワード:コア・カリキュラム 英語で書かれた文学 文学教育研究事業」シンポジウム─英語教育コア・カリキュラムの策定に向けて─』(東京学芸大 学)(以後、『調査研究事業』)によると、この事業には 2 つの目的があり、ひとつは「小 学校教員及び中・高等学校における英語担当教員の教職課程、現職教員研修のコア・カリ キュラム開発に向けた調査研究を行い、現状・課題等を明らかにすること」(はじめに 『調査研究事業』)であり、もうひとつは、「次期学習指導要領の改訂に向けた英語力・指 導力の向上に資する、教員養成と現職教員研修の一体的なコア・カリキュラムの開発・検 証を行い、全国へ普及すること」(はじめに『調査研究事業』)であるとされている。つま り、コア・カリキュラム策定が、教員研修や教員養成のあり方を大きく変えることにな り、教員養成を担う大学は、コア・カリキュラムにあわせてその大学のカリキュラムの改 正や新規科目設置の検討が急務となった。なぜなら、コア・カリキュラムに沿った教職課 程再課程認定は平成29年度に事前相談が始まり、平成30年度に再課程認定申請、平成31年 度から新カリキュラムが施行されることになっているからである2 )。
Ⅲ.英語教員養成におけるコア・カリキュラム
『調査研究事業』に示されている教員養成課程におけるコア・カリキュラムは図 1 に示 す通りである(130−131)。 現行の教員養成課程のカリキュラムとの大きな相違は、教育職員免許法施行規則に定め られているとおり、教科に関する科目の区分が現行の「英語学」、「英米文学」、「英語コ ミュニケーション」、「異文化理解」の 4 分野からそれぞれ 1 単位以上20単位を履修するこ とになっているが、コア・カリキュラムでは「英語コミュニケーション」、「英語学」、「異 文化理解・文学」と 3 分野に再編成され、20単位以上の履修となっていることである。特 に、現行の「英米文学」と「異文化理解」が統合され「異文化理解・文学」となっている 点が大きな変更点である。 そこで、新しく設置された「異文化理解・文学」とはどのような目標と学習項目が想定 されているのかについて『調査研究事業』に従って概観してみる。この科目群の目標は 「世界の文化の多様性及び異文化コミュニケーションの現状と課題について学ぶととも に、英語が話されている国・地域の文化や文学を通じて、英語による表現力の理解を深 め、中学校及び高等学校における英語の授業に資する知見を身につける」(114)とある。 これまでの教職課程における文学はアメリカやイギリスの文学作品を扱うことが前提で あったが、コア・カリキュラムでは「英語が話されている国・地域」となった。さらに、 「英語が使われている国・地域の歴史・社会・文化について理解し、英語で書かれた文学 を学ぶことで、英語教育を通したグローバル人材の育成に資することを目指す」(115)と あるため、これまで行われてきた文学関連の授業の比重を減らし、「実用的・実践的」な 英語の運用能力向上を担保する授業を増やすという意思表示だと考えることができる。 そこで、コア・カリキュラムでは格下げとも考えられる文学の授業のあり方について、教員養成課程においてどのようなことができるのか考えてみたい。
Ⅳ.教員養成で必要とされる文学の授業のあり方とは
本稿では、これまで筆者が桜美林大学文学部の頃よりリベラルアーツ学群へと改組され た今日まで行ってきた文学の授業実践の報告の形式をとりながら、教員養成で必要とされ る文学の授業のあり方について考えてみたい。前述したとおり、文学の授業の目標は ( 1 )英語による表現力の理解、( 2 )中学校及び高等学校における英語の授業に資する知 見を身につけることである。そして、コア・カリキュラムに対応させるためにはこれらの 図 1 教員養成課程コア・カリキュラム目標を達成させるようなカリキュラムデザインが文学の授業にも必要となってくる。 文学作品を大学の授業で扱うことについては、これまで多くの議論がなされてきた。そ れらの多くは一般の英語の授業で文学作品を使うことの有用性などについてであった。例 えば関戸(2011)は文学作品を大学英語の授業で使うことについてこれまでどのように考 えられてきたのか、そして文学作品を使えるかどうかについて論じている。 文学作品を英語の授業で読ませることの「何が」いけなのかという問題をも喚起す る。この問いへの明確な答えはあるのだろうか。あるいは、他の視点、文学作品は英 語・英文学専攻以外の学生には単語が難しすぎるから避けなければならないのか。単 語が簡単ならば英文の理解も簡単かというと必ずしもそうではない。例えば、It is that that is that which I want to say.を学生に「高校生にもわかるように簡潔にこ の文を説明しろ」というと即座に文法的に解説できる学生はほとんどいない。こうし た理由を幾つかあげて多角的に考えてみると、文学作品を使用してはいけない理由は 実は曖昧であるように思える。 次に考えられる批判は、文学作品を扱った授業のやり方、扱い方がいけなのではな いだろうか、という点である。例えば、全員同じテキストの同じページをあけ、一人 一人順番に当てて答えさせ、ほかの当たらない学生は寝ている、そして順番に当てる ので当たらない日は授業に来ない、といった状況への批判である。しかも授業内容は 難しい文学作品の英文を日本語に訳すだけ、試験でも授業で扱ったところを出すので 訳文を闇雲に暗記、もしくは翻訳があるならそれを入手し該当部分を暗記するのが試 験対策、となれば当然、英語教育ではなく暗記のための暗記力教育と批判されても仕 方がない。 しかし、文学作品以外の教材を使ってさえいればこういう状況が許されるわけでも ない。つまり、「文学作品を教材として扱うな」という裏には、一字一句訳すだけの 旧態然とした工夫のない授業、という考えがあり、そうした授業は好ましくないとい う警告に思える。逆に言えば、積極的に英語学習に取り組める教材、授業方法であれ ば、その素材は文学作品か否かは問題にならないであろう。(29) 関戸(2011)は大学のライティングの授業で文学作品を用いた英語の授業を行い、その 成果を論じている。しかし、関戸(2011)のような文学作品を大学英語教育で利用する際 の観点は、主に大学の英語のスキルを向上させる授業で文学テクストを教材として利用す ることの価値についてであった。さらに、文学の授業方法論については、経済産業省編著 『社会人基礎力育成の手引き』(河合塾、2010)で、今村楯夫氏が東京女子大学で行ってい た文学の授業を紹介している(242−263)。今村氏は文学の授業に今日でいうところのア クティブ・ラーニングを導入し、優れた指導実績を残している。また、山本ら(2013)で は「ワークショップ型英語教育の実践と理論化」とし、技能統合型の授業について文学テ
クストを利用する事例も提示されている。このように、最近では文学テクストを利用した 英語教育の可能性が論じられているが、教職課程に設置されている文学の授業について、 文学作品を使った学習についての議論はほとんどない。そこで、「英語による表現力の理 解を深め、中学校及び高等学校における英語の授業に資する知見」を得られることを主眼 とした授業とはどのようなものかについて、実践例を通して考えてみたい。
Ⅴ.授業実践例
執筆者が桜美林大学でこれまで行ってきた授業は「20世紀アメリカ文学」、「19世紀アメ リカ文学」、「英米文学(米文学)」、「アメリカ文学研究」と科目名は多様であるが、その 名称からもわかるようにアメリカ文学を扱う授業である。これらの授業ではナサニエル・ ホーソーン、エドガー・アラン・ポー、スコット・フィッツジェラルド、アーネスト・ヘ ミングウェイなど19世紀、20世紀を代表とする作家たちを扱い、それらの作品の書かれた 時代や作家の伝記的事実の理解を深めながら作品を読み解くものであった。当初からどの 時代の作品を読む際にも、文法や表現についての理解を深めるために認知言語学的観点か ら解説を行っていたが、当然「中学校及び高等学校における英語の授業に資する知見」が 得られるかについてシラバスを構築する際には考えることはなかった。 そこで、「英語による表現力への理解を深め、中学校及び高等学校における英語の授業 に資する知見」というものが一体どういうものかの定義がないままシラバスを構築するこ とはできないため、筆者は次のように考えた。「英語による表現力への理解」という曖昧 な定義ではあるが、英語と日本語の差を言語構造的、意味論的、語用論的な観点から違い を認識することで、英語の表現的な特性が見いだせる。この表現的な特性は英語固有のも のであり、日本人学習者にとっては学習によって後天的に習得するものであるため、英語 教師は的確に日本語と英語の差異を理解した上で、中学・高等学校で英語の授業を行う。 そうした資質を身につける授業の一つとして文学の授業があるというものである。この解 釈に従って、実際に「アメリカ文学研究」で行っている授業を紹介する。 この授業では、受講者がエドガー・アラン・ポーの 4 短編を半期の授業で読むことで、 今日のミステリーの源流を知ることや、19世紀のアメリカ社会という外面史を知る以外に、 英語の基本的な文法事項を復習し、テクストの読解を通して多様な英語の表現を知ること を主眼としている。授業で扱う英文テクストは教員が準備するが、比較的入手しやすい翻 訳版を教科書に指定し、英文テクストと翻訳を比較しながらその表現の差異に着目させる ことを目的とした予習を課している。具体的には事前に予習の範囲を設定したワークシート を配布し、ワークシート内の問いに自分なりの解答を持って授業に参加することである。 ワークシートには、段落毎に次のような設問を設けている。ここでは、“The Black Cat” のワークシートを紹介する(図 2 )。なお、テクストのページ数はThe Library of America 版のPoe全集に従っており、翻訳は新潮文庫の巽孝之によるものを利用している。こうしたワークを 4 , 5 題出題しておき、授業では毎回ランダムに 3 〜 4 人程度のグ ループに分け、予習してきたことをグループ内で討議した後、クラス全体で意見を共有 し、最後に教員も交えて全体でディスカッション、教員がさらに説明を加えて理解を促し ていく。主に問題解決型アクティブ・ラーニング形式で授業を展開し、授業の最後に「今 日の授業で一番理解できたところ」と「よくわからなかったところ・質問」をリフレクショ
図 2 “The Black Cat”のワークシートの一部
ンシートに記入・提出で授業が終わる。次の授業の冒頭部分でこのリフレクションシート に書かれている質問内容についてクラス全体で問題を共有した後、簡単なディスカッショ ンをしてから教員が説明を加えていく3 )。この流れを図示すると図 3 のようになる。
そこで、授業の要となるワークシートについてその一部を紹介しておこう。ワークシー トの設問のタイプは次の 3 つである。①語彙に関すること、②文法に関すること、③作品 解釈に関わることである。例えば、上掲のワークシートの 1 つ目の設問「For the most wildのwildの意味は原文と翻訳ではニュアンスが異なっているので、その違いを考えな さい」は、語彙に関する設問である。この設問に答えるためには、図 4 にあるように本文 と翻訳を比較するだけでは解決しない。 多くの学生達はwildが翻訳では「悪夢」と訳されていて、それぞれのニュアンスが違 うという指摘するのだが、その理由について要領を得た答えを提示できる者はほとんどい ない。そこで、英和辞典だけではなく彼らの持っている電子辞書やスマホを利用して、 Longman社の英英辞典も調べてみるように促すと、その違いに気がつく学生も出てくる。 英英辞典によると、wild は感情や行為を表す際にも使われ、感情の場合は自らが制御 できないぐらいの強い怒りや幸福、興奮などを表し、行為であれば、自らが制御できない ぐらいの暴力的な行為を意味するということである(図 5 )。そうすると、「悪夢」と翻訳 されているが、違うのではないだろうかという疑問の声が上がってくる。そこで、ここで のwildは「感情」と「行為」ではどちらが適しているのかについて考えさせ、グループ 毎に意見を出してもらう。この語彙に関するタスクの目的は、英語の表現をしっかり理解 するには英和辞典だけではなく、必ず英英辞典を確認するという習慣を身につけさせ、英 語表現を定着させることである。さらに、「homely narrative which I am about to penの 意味は?」という問いは文法と語彙に焦点を当てたものであるが、これは英英辞典を調べ るのではなく、関係代名詞のwhich、be about toという表現、penが動詞で使われている ことに文法的に気がつくかどうかという 3 つの観点から理解させるものである。こうした 形式の問いは、主に中学校・高等学校の学習指導要領に記載されている文法項目に意識し
て作成しているため、英語教員として知っておかなければならない語彙項目や文法事項の 復習を目的としている。
さらに、「Mad indeed would I be to expect it.を文法的に説明しなさい」や「I would unburthen my soul.とはどのようなことを言っているのだろうか?」については、文法 事項の復習であるが、前者は倒置、後者は仮定法過去に気がつくことが最初のステップで ある。その後の議論では「なぜ、ここで倒置が使われているのか?」、「どうして仮定法過 去なんだろう?」という教員側からの問いかけでさらに学生達に議論をさせる。つまり、 通常の語順ではなく、あえて倒置させるには意味があり、その意味4 )を考えることが、 テクストの理解を深めることになる。文構造を理解するためではなく、表現技法としての 倒置や仮定法過去の理解は「英語における表現力の理解」につながると考えている。 そして、「このパラグラフの中で翻訳としておかしい箇所を挙げなさい」という問いが、 一番重要なものであると筆者は考えている。この問いに答えるには学生は繰り返し英語と 日本語のテクストを読まなければならず、その過程において内容理解をし、語彙や語法に 関する知識だけではなく、文法に関する知識などを総動員して自分なりの解答を導き出す ことになる。これまで予習として英文を読んで、その内容についてディスカッションをす るという授業を行っていたが、そのときは学生に物語内容について質問をすると、何とな く読めたけれど、実は理解できていないという場面に何度も遭遇した。それは語彙や語 法、文法に関する知識の欠如によるものであったり、わからなかったり、曖昧であったり する箇所を文脈から推論してしまうことが主な原因であることがわかった。そこで、正確 図 5 LONGMANの英英辞典での“wild”の定義
にテクストを理解させるための一つの教育的な方法として、翻訳を利用してその中にある 誤訳を見つけるというタスクを導入した。タスクの導入意図は誤訳を学生が提示し、その 誤訳の構造を共有すると考えていたが、学生が誤訳だと指摘する箇所が学生の誤訳であ り、翻訳が正しいということもある。これもこのタスクの成果として大きな収穫であっ た。何故学生が誤訳だと思ったのかについて全体で議論をしたり、教員がさらに解説を加 えたりすることで、より正確に英文テクストを理解することができるようになったからで ある。 ポーのテクストは今日の学生達が慣れ親しんでいる英文と比較して難解と感じられる が、様々なタスクを通じてテクストを何度も読むことで、読む度ごとに理解度が増してい くと考えている。そして、「英語による表現力への理解を深め、中学校及び高等学校にお ける英語の授業に資する知見」を養うために、文学テクスト利用の一例を提示できたと思 われる。しかしながら、この授業方法にもデメリットもある。それは完全に学生の予習が 前提となっており、その予習を怠っている学生が参加すると、グループでの活動が停滞し てしまう。また、グループ活動が活発になると、当初予定していた時間内に終えることが できない。 もちろん、こういったデメリットについては、教育的な指導をすることで解決すること もできるが、後者については、なるべく多くの意見を出してもらい、全体で共有するとい う活動を行っているため、授業進度がシラバス通りにならなくても、得られる成果はそれ 以上であると信じて思い切って潤沢に時間を使う方に舵を切るという決断を必要に応じて しなければならない。
Ⅵ.おわりに
本稿はコア・カリキュラム導入を見据えて、これまで大学で行われてきた英米文学の授 業が、今後どのように教職課程を履修している学生に資するものになるのかということを 筆者の授業実践例を紹介することで考察してきた。コア・カリキュラムにおける文学の授 業の目標は( 1 )英語による表現力の理解、( 2 )中学校及び高等学校における英語の授 業に資する知見を身につけることである。これらの目標はもちろん文学の授業だけで達成 されるべきものではなく、英語教員養成課程において、全体的な英語力の質を担保する技 能統合的スキル系科目などとの連携の中で効果を発揮するものである。また、文学作品を 通じた異文化理解については課題が残るため、今後も引き続き授業について検証していく 必要がある。註 1 ) コア・カリキュラム策定に伴い、文部科学省は東京学芸大学に対して「英語教員の英語力・指導 力強化のための調査研究事業」を委託している。 2 ) 第192回国会における文部科学省提出法律案による。 3 ) このような授業における教員の役割や学生同士のディスカッションのもたらす効果は東京女子大 学今村楯夫名誉教授の授業実践例に負うところが大きい。また、翻訳を使った授業方法について は、東京工業大学の上西哲雄教授にご教示頂いたことを参考に筆者がアレンジしている。 4 ) ここでの「意味」とは語彙の辞書的な意味ではなく、小説内でどのような意味を持ち、効果を生 み出しているかということである。 使用テクスト
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