ポストコロナ時代の国際協力を考える授業
―「国際協力入門」での取り組み―
加 藤 俊 伸
キーワード:授業研究、開発教育、COVID︲19 対策、国際協力第1章 はじめに―ポストコロナ時代の社会
2020 年1月 16 日(木)筆者は「国際協力フィールドワーク(インド)」の 7 回目の授 業を行っていた。これは、2020 年 2 月 5 日から履修学生 7 名を引率してインドのバンガ ロールにて 2 週間のフィールドワークを行う国際協力専攻科目の事前学習の授業である。 すでに第2回の授業においてかなり詳しく途上国一般及び訪問途上国のテロ・治安・疾病 などのリスクコントロールを説明していたが、この時の授業では、年末・年始を含むそれ までの 1 ヶ月間の新たな事象として、近隣諸国からの非イスラム系移民に市民権を付与す る「市民権法改正法」に反対するデモがインドで発生していることと武漢で発生した原因 不明のウイルス性肺炎の 2 点を追加したことを記憶している。その後、1 月 23 日に武漢 市でのロックダウンが行われ、これに伴い、事前学習最終回の 1 月 25 日には、筆者が北 京で経験した1同じコロナウィルスによる SARS 感染拡大の時の対応などを詳細に説明す ることとなった。幸いにもインドへのフィールドワークは飛行機・空港等移動中のマスク 着用などの対策は必要であったが、インドの COVID︲19 感染拡大の前に帰国することが できた。しかしながら、1 月 16 日の時点では、SARS と同程度の感染拡大は想定したが、 これほどまでに全世界に感染が拡大し日本などの先進国も含め各国政府がその封じ込めに 苦労することとなるとは思い至らなかった。 2020 年 10 月現在、COVID︲19 の流行の終息は見えていないが、この感染症のパンデ ミックが社会の大きな転換点となることは間違いない。歴史的には感染症が世界史に大き な影響を与えたものとして、ギリシャ都市国家の衰退、ペストによるモンゴル帝国の分 裂・滅亡、その影響を受けた中世ヨーロッパの荘園制の解体、天然痘感染を伴った 16 世 紀コルテスの中米アステカ帝国、ピサロの南米インカ帝国制服などが挙げられている (W.H. マクニール[1976])。 感染症対策はもともと国際協力の対象となるグローバルイシューの一つであるが、この ような歴史上の転換点において、これにより開発、国際協力の分野においても新しい考え 方や潮流が生まれることは間違いない。自国の感染をコントロールできても、鎖国でもしない限りは他国の蔓延によりリスクは解消しない。自分自身が感染しないことが重要であ るが、同時に周りの人の感染を防止しないかぎりは自分自身ものリスクを解消できないの と全く同様である。このため、世界的に同時に蔓延する状況では、医療物資やワクチンの 確保競争や協力のための医療人材の派遣のリスクなど、自国内のコントロールと他国への 協力をどのようにバランスを取るかの難しいジレンマに陥ることとなる。 本稿では、これらの課題を直接論ずるのではなく、この課題を国際協力の授業において 取り上げ、若い世代の履修学生がどのように考えるか分析するとともに、履修学生の関心 の高い自分事でもあるグローバルな社会問題を取り上げることで、授業においてどのよう な学習効果をもたらすことができるか、自律的な学習につながるかを明らかにすることを 目的とする。 第 2 章では「国際協力入門」の授業全体の概要を説明した上で、「感染症対策」での授 業内容と学生による学習を促すためのレポート課題について説明する。第 3 章では学生の レポートの回答結果とその内容を分析し、第 4 章でその学習効果を評価する。さらに第 5 章で回答結果から今後の国際協力への示唆をまとめる。
第 2 章「国際協力入門」の授業概要と「感染症対策」授業内容
1 「国際協力入門」の授業概要 筆者の担当する「国際協力入門」の授業は桜美林大学リベラルアーツ学群の社会理解の ための基礎科目である。150 名の履修学生は専攻が決定していない 1、2 年生が大部分であ る。このため、履修学生の社会問題への関心を高めながら、国際協力とは何か、発展途上 国とはどんなところかという基礎的な知識や自分なりのイメージを形成するところから授 業を始めている。到達目標としては、持続可能な開発目標(SDGs)を念頭に、開発途上国 の現状と課題を理解し、有効な国際協力とは何か、自分たちができる国際協力について考 える力を身につけることを掲げている。国際協力、または、開発学は複合的かつ実践的な 学問分野であるので、学生が国際協力分野に限らず、法学、政治学、経済学、社会学、文 化人類学、工学、保健衛生学、国際関係論などの専門分野を選択する際に、自分がどの関 係する分野に関心があるのかを見極めるための参考となることも期待している。内容とし ては、それぞれの国には歴史、文化、地理的条件などの様々な背景があり、どのように発 展するか、途上国政府もそこに暮らす人々も模索していることも踏まえて、通常2以下の通 り、具体的な国、具体的な課題、具体的な協力方法に各回個々にフォーカスして現場での 課題と背景、さらに改善の取り組みについて臨場感を持って紹介しつつ授業を進めている。 第1回 開発途上国とは 第2回 「草原の国」モンゴル 第3回 資源開発と環境 第4回 国際緊急援助隊と復興・防災支援第5回 「幸せの国」ブータン 第6回 感染症対策 第7回 青年海外協力隊 第8回 「チャンスの大陸」アフリカ 第9回 紛争と平和構築 第 10 回 コミュニティで活動する NGO 第 11 回 日系人の多い中南米 第 12 回 中国について考えよう 第 13 回 フェアトレードと民間協力 第 14 回 国際協力への関わり方 なお、当該授業では、ODA、NGO などによるいわゆる援助のみではなく、OOF や民間 協力、さらには海外送金など広義の国際協力も対象としている。実際に先進国から途上国 への資金の流れについて 1990 年は ODA が最も多かったが、2015 年には海外直接投資が ODA の約 6 倍、海外送金が約4倍となっており(World Bank[2017]2)、この資金の流 れにより途上国の貧困人口が著しく減少していることなども、それぞれの協力方法の期待 される役割とともに第 13 回(2020 年春学期は第 11 回)で扱っている。 2 「感染症対策」授業内容 「感染症対策」は第 6 回の授業であり、課題を見る回のひとつである。前年度までは 「エボラ出血熱」と聞いてもおそらく履修学生にとってはどこか遠い国の話と聞こえてい た。このため、筆者が経験した 2003 年の近隣の中国での重症急性呼吸器症候群(SARS) 流行の話をなるべく実体験をもって語ることで自分の周りにも起こり得る話として紹介し ていた。ところが、2020 年3月から日本においても COVID︲19 の感染拡大の影響により 授業も ZOOM でのオンライン授業となり、この「感染症対策」というテーマは学生に とって他人事ではなく自分事となった。このため、授業の構成を大幅に変えるとともに、 履修学生に授業後に「COVID︲19 に対して期待される国際協力とそのために必要なこと。」 というテーマで 2,000 字以上の中間レポートを課すことを試みた。 2020 年 6 月 5 日に実施したこの「感染症対策」の回の講義の構成と内容は以下の通り である。なお、授業はオンラインで実施し、パワーポイントによる説明とチャットによる 質疑応答から構成されている。 (1) 最初に COVID︲19 の全世界の感染状況の概要と各国の対策を説明した。取り上げた 国は、日本、中国、韓国、台湾、ニュージーランド、インド、スウェーデンである。 日本経済新聞の「チャートで見る世界の感染状況;新型コロナウイルス」、外務省の各 国の安全管理情報、各種報道とくに現地在住の日本人の視点からの記事などから、各 国で取られている異なった政策とその政治・経済・文化的な背景などを取得可能な情 報の範囲で紹介した。
(2) 次に、重症急性呼吸器症候群(SARS)、エボラ出血熱などの過去の発生状況や終息ま での過程、人類と感染症の戦いともいうべき感染症の歴史や歴史への影響などについ て従来の授業と同様に説明した。履修学生には理科系の学生が少ないことから、この 中には、ウイルスの性質や増殖の仕組みなどの基本的な事項も含めている。 (3) さらに、前年度までは、最も発生の危険性が高いと思われていた新型鳥インフルエン ザと日本での新型インフルエンザ等対策措置法の説明を行っていたが、新型インフル エンザ等対策特別措置法が実際の COVID︲19 対策で適用されることとなったことも紹 介した。 (4) そして、感染症対策国際協力として、JICA などの政府関係機関の事例(ガーナ野口 記念医学研究所の技術協力3)、NGO の事例(国境なき医師団の医療従事者・難民キャ ンプ支援4)、民間企業の事例(住友化学のマラリア対策防虫剤処理蚊帳5)などの事 例を紹介するとともに、WHO の緊急事態宣言や国際的な動きを含めた COVID︲19 の 6 月までの動向を説明した。 (5) 一方で、WHO とアメリカとの対立、アメリカと中国との対立、経済力だけではない 各国の対応力の違い、HIV を例に途上国での治療薬の普及と開発費用を確保するため の知的所有権との関係(TRIPS 協定と公衆衛生に関する WTO 宣言)、制御可能と思わ れていた先進国で感染拡大したことによっておきたマスクの確保などの自国優先の現 象、その一方で、他国に協力しなければ自国に返ってくることなど、様々な国際協力 に関わる課題を投げかけた。
第 3 章 履修学生の反応(課題レポート回答)とその分析
1 課題レポートの回答整理の方法 「国際協力入門」の履修学生 150 名の内、「感染症対策」の授業を受講し「COVID︲19 に対して期待される国際協力とそのために必要なこと。」の課題に対する中間レポートの 提出者は 146 名である。2,000 字以上のレポートに、(1)「COVID︲19 に対して期待され る国際協力」と(2)「そのために必要なこと」の二つの問題に回答する必要があるが、必 ずしも明確に分けられて回答されているわけではなく、筆者もある程度自由な記載を期待 していたため、厳密な区分を特に指定しているわけではない。そこで、筆者がサンプリン グによって回答内容の傾向を把握した上で、事後的に各レポートに記載されている2つの 問題の回答を分け、回答の内容をいくつかに分類して整理する方式を取った。なお、複数 の内容が含まれているものについては重複して数えている。また、明確な内容が記載され ていない場合は数えていない。 2 「期待される COVID︲19 対策国際協力」の回答結果と分析 「期待される COVID︲19 対策国際協力」の回答結果はグラフ 3︲1 の通りである。0 10 20 30 40 50 60 ⑫技術開発(AI等) 3 ⑪自国制御(渡航制限含む) 4 ⑩教育支援(遠隔教育含む) 6 ⑨公衆衛生意識向上 7 ⑧医療関係者の派遣 7 ⑦保健公衆衛生基礎体制整備・人材育成 9 ⑥新たな国際規範・組織の形成 11 ⑤経済的弱者への経済再建支援 12 ④資金援助(インフラ、食糧支援含む) 25 ③医療資機材供与・融通・流通 29 ②知識・経験の共有 36 ①ワクチン・治療薬開発 51
グラフ3-1 ;期待されるCOVID -19対策国際協力
最も人数が多かったのは①ワクチン・治療薬開発であった。COVID︲19 については、 連日 TV 等で報道されており、有効なワクチンと治療薬の開発が期待されており、それを 国際協力によって開発・確保すればよいのではということは妥当な意見であり、当該授業 がなくても最も多いと考えられる。③医療資機材の供与・融通・流通、④資金援助、⑤経 済的弱者への経済再建支援、⑧医療関係者の派遣などは、従来型の国際協力とも言えるも のであり、「感染症対策」授業の事例紹介やそれまでの「国際協力入門」の授業全般を聞 いての反応とも考えられる。ただし、単に医療物資を供与するのではなく、融通や流通の あり方にも言及しているものもあった。⑦国際公衆衛生基礎体制の整備・人材育成、⑨公 衆衛生意識の向上、⑩教育支援などは同じくこれまでの国際協力方式であるが、平時の支 援の重要性を提示している。なお、公衆衛生意識の向上や教育支援などには、次の質問の 「何が必要か」にも関係するが SNS や情報通信などの利用なども考えての記載もあった。 ②知識・経験の共有が多いのも理解できるが、授業の中で各国の政策の紹介、新たなウ イルスの発見とその情報共有の過程、第4回の復興支援の授業で四川大地震直後の「阪 神・淡路大震災の復興資料」の中国への贈呈など、授業での教員のアナウンス効果が多少 あると考えられる。⑥新たな国際規範・組織の形成はグローバルな危機の前に有効なグ ローバルなガバナンスが必ずしも十分でないことに思い至ったということだろう。⑪の自 国制御も自国優先とも考えられるが、国際協力の前提として自国が制御できなければ他国 に悪影響を与えるという現実的な意見であるとも言える。 3「COVID︲19 対策国際協力に必要なこと」の回答結果 回答結果はグラフ 3︲2 の通りである。0 5 10 15 20 25 30 35 ⑧失敗から学ぶ能力 1 ⑦各国の基本的人材 1 ⑥リーダーシップ 1 ⑤関係機関(国、国際機関、NGO、企業)の協力 4 ④民間協力・民間連携 7 ③協力・連帯意識 13 ② 情報伝達・共有 14 ①国家間の信用・信頼 30
グラフ3-2;COVID19 対策 国際協力に必要なこと
結果として、①の国家間の信用・信頼が最も多く、これが国際協力の前提であることが グローバルな危機において最も顕著となったと多くの学生は考えている。一方で、③協 力・連帯意識など個人としての認識の重要性を挙げる学生も多くいた。また、②情報伝 達・共有は上記のいずれにも関わるものであり、正確な基本情報の必要性、連帯や危機感 の共有のための SNS や YouTube での発信の重要性を指摘する学生も多数存在した。また、 国家間の協力のみでなく、⑤関係機関の協力として、国、国際機関、NGO、民間企業等 などの様々な主体間の協力や、それ以上に④民間協力・民間連携を挙げる学生が多くい た。国境を越えた協力には民間の方が取組み易いと考えたのである。その他では、各国の 基礎的人材、失敗から学ぶ学習速度のスピード6があり、リーダーシップは比較的少なかっ た。また、地球温暖化問題と同様に「共通だが差異のある責任」を言及した学生もいた。 4 結果分析 ある学生がレポートの中で「私が今まで生きていた中でこんなにも世界中が同じ問題に 対して同じ熱量で対処しようとしているところを見たことがない。」と指摘している通り、 図らずも COVID︲19 の世界的なパンデミックは全人類が関わるグローバルイシューであ ることを疑いなく我々に突きつけることとなった。 レポートの「期待される COVID︲19 対策国際協力」において、様々な種類の国際協力 の意見があったことから、現在の COVID︲19 対策の課題の投げかけにより、多くの学生 が、自分の問題と社会的な問題、さらにグローバルな課題とのつながりが意識され、自分 なりに考えることができたと理解できる。一方で、「COVID︲19 対策国際協力に必要なこ と」の明確な回答の数が比較的少ないことは、課題を自分事として捉えた上で、課題の背 景や構造分析などさらに自分なりに考えるという段階に全ての学生が至ってはいないこと も示している。とくに、この課題はこれまでの概念や常識を疑って考える必要もあり難しいものであるが、逆にそれがより思考を深めることとなる。この二つの質問を相互に繰り 返す中で求められる現在の COVID︲19 に対応した新たな国際協力を考えることに至ると 考えられる。2 番目の「COVID︲19 対策国際協力に必要なこと」についての回答数や回答 内容の質の向上、すなわち思考の深化を促すには、全体の結果をフィードバックの上、啓 発のためのコメントを追加してレポートの再提出を求めることが効果的かもしれない。
第 4 章 学習効果の評価
1 自律的学習能力獲得の過程 著者の担当する全ての授業の総体における最終的な目標としては自律的学習能力の獲 得、すなわち、持続的な学習態度・習慣を身につけることを目指している7。実際に、著 者は前述の「国際協力フィールドワーク」の授業を通じて、この能力獲得への学生の学習 過程を分析した。その中で、気付き、省察、抽象的概念化の学習過程を経ることで、深く わかったという成功体験8が、他の社会問題に対しても関心を高め、自律的に同様の学習 過程を繰り返すという持続的な学習態度・習慣を身につけることができるようになること を指摘した(加藤[2020]35︲37)。また、この学習過程において、国際協力という分野は 途上国と日本との違いが気付きを促しやすく、抽象的概念化にも有利であることも言及し た。 2 啓発―内発的動機付け 一方で、このような現地にまで行く「国際協力フィールドワーク」に参加する学生は、 国際協力に関心のある学生であり、このような社会問題に対する関心を一般の学生に対し てどのように促すかがもう一つの教育上の課題である。 『論語』の「不憤不啓、不悱不発」「知りたい気持ちがもりあがってこなければ教えな い。言いたいことが口まで出かかっているようでなければ導かない。」(井波律子[2014] 102 頁)と言われるが、「国際協力入門」の授業においては、授業の内容を自分事として 捉え「憤する」ことは多くの学生にとっては一般的には難しい。このため、入門の授業に おいては、とくに途上国の人になって想像して考えることの必要性を指摘しつつ、動画や 写真や自身の経験談などの教材や教授法を工夫することでこれまで対応している。 一般に、授業場面における学習者の内発的動機づけについて、学習者自らが奮い立って 内発的動機づけを起こすことは非常に希であるが、動機づけを規定する要因として、第一 に学習者の授業内容に関わる基礎知識・学力、学ぶことの重要性の認識、第二に、学習者 の興味 ・ 関心をひく課題や教材、第三に教師の教え方が指摘されている(溝上[1996] 188 頁)。この指摘に沿って考えれば、COVID︲19 を含む「感染症対策」の授業は、学生 にとって報道等から一定程度の基礎知識があり、自分や家族の問題として重要性は十分に 認識し、関心の最も高いテーマでもあるので、第一と第二の条件は十分に満たされている。また、生活条件は大きく異なる部分もあるが、危機意識や懸念は多くの部分で共有で きるので、途上国の人の立場になって考えることも比較的容易である。「COVID︲19 対策 国際協力に必要なこと」において、多様な回答があったことのみからでは、内発的動機付 けがより促されたと結論づけることは難しいが、上記の論理とレポート内容、チャットを 含む反応から、内発的動機づけが高かったと言える。 3 自律的学習能力獲得へ向けて 「国際協力入門」においても第2章1に記載の通り、有効な国際協力とは何か、自分た ちができる国際協力について考える力を身につけることを目標に掲げ、「国際協力入門」 科目の最終レポートとしてその課題を課しており、可能であれば国際協力フィールドワー クと同様の抽象的概念化までに至る成功体験とそれによる自立的学習能力の向上を図りた いところである。しかしながら、「COVID︲19 対策国際協力に必要なこと」の明確な回答 の数が半分程度であることは、前述の通り改善の余地があるものの、当該科目のみで一挙 に自律的学習能力獲得までを目指すことは難しいことも示している。この点はアクティブ ラーニングを大学4年間のカリキュラム・ディベロップメントとして考える(溝上[2014] 125)ことと通じている。 本科目が入門の授業であることを考えれば、COVID︲19 対策を国際協力の課題として 取り上げることは、グローバルイシューを自分の問題として捉えられたこと、多くの学生 においてできる限り自由に考えを深める端緒となったという成果によって、他の課題以上 に一定の学習効果はあったと考える。
第 5 章 おわりに―当該授業からの示唆
1 若い世代の特徴的意見 グラフ 3︲2 の結果から、COVID︲19 対策として国としても個人としても連帯の意識が 必要であり、それを促進するためには SNS や YouTube をあげる意見が比較的多かったこ とが特徴的である。逆に言えば、若者は SNS や YouTube を介して共感を得ていることを 示している。とくに COVID︲19 下において、大学への登校制限などから友人との直接会 話機会が減る中で、媒体としての影響力は拡大している。一方で、SNS や YouTube は自 分の身近なことを取り上げ、それぞれが自分好みのものを視聴する傾向があり、自分の属 するコミュニティの連帯は促すが、社会や世界全体としては分断を促す危険性も存在す る。SNS 普及によって、選択的情報接触が社会の分断を招くのか多文化共生も含めた連 帯を促すのかは今後の国際協力を考える上でも重要なテーマであり、専門分野の研究のさ らなる発展を期待したい。 一方、国際機関や政府の役割への期待以上に、民間企業への期待が高いことも興味深 い。筆者の「国際協力入門」の授業においても貧困削減における民間協力の大きなインパクトについては授業のテーマの一つではあるが、それは第 13 回の授業において話すこと としており、この段階では言及していない。150 名の履修学生の内、履修前から一定程度 国際協力に関心が高かった学生は 3 割程度と思われ、国際協力を一般的に行うのは国際機 関、政府機関、NGO といった先入観もない学生も多い。このため、「期待される COVID ︲19 対策国際協力」で最も回答の多い、ワクチンや治療薬の開発には民間協力が必要で、 国としての制約の多い政府や国際機関なども介在せずに民間企業同士で協力を行うのが効 果的と自由に考えたのかもしれない。 2 国際協力への示唆 グラフ 3︲1 の「期待される COVID︲19 対策国際協力」で、「知識・経験の共有」が二 番目に多かったことは、教員によるアナウンス効果があるのかもしれないが、COVID︲19 が世界に蔓延した状況で、感染の拡大を抑えるためにはどんな手段が有効か、感染した場 合の治療の方法、いかなる人が感染しやすいか、重症になりやすいかなど、まさに個人の 感染予防としても知りたい知識や経験が、国境を越えて共有できることが国際協力として 多くの学生に認識されている。 とくに、この「知識・経験の共有」については、単に経済的に余裕のある先進国から途 上国へ向かう一方的な国際協力ではないことも強調したい。科学的分析を含めた情報収 集、対策の試行と検証、他国への発信などのガバナンスの高い国が先導することとなる。 その前提となるのは情報の公開性であり、一方で、国際機関等がこれらの発信を検証する 機能を担う必要もある。情報発信の主体として、学生のコメントのように時に各国政府に 限定する必要はなく、研究者、個人が発信し、企業が対策手段を提供することも考えられ る。 SDGs の制定の過程を国際協力の実務家の立場から見ていた際には、17 の目標と 169 の ターゲットはあまりに多く、途上国が国としてのアクションプランを制定する過程で開発 戦略が分散してしまわないかと考えていた。しかしながら、SDGs の現在の広がりを見る に、途上国への国際協力において民間協力が果たす役割が増した今日において、SDGs の 意義は企業の ESG 投資の促進や個人の行動などが大きなインパクトを生むのではないか と考えるようになった。今回の COVID︲19 の状況により、図らずも気候変動以上に個人 とグローバルな課題が直接につながっており、新たな協力の枠組みを構築する必要がある ことは明らかである。 注 1 筆者は 2003 年の中国での SARS 流行時に北京の JICA 中国事務所にて国際協力活動等に従事。 2 通常 14 回の授業の授業構成であるが、2020 年度春学期は COVID︲19 による緊急事態宣言発令 とオンライン授業準備等の影響で学期開始が遅れ、12 回の授業構成となった。このため、新た に追加課題として履修学生に COVID︲19 に関する中間レポートを課したという背景もあった。 3 JICA が協力したガーナ野口記念病院でガーナの PCR 検査の 8 割を実施している等。https://
www.jica.go.jp/topics/2020/20200527_01.html 4 国境なき医師団は武漢の病院に医療防護具供与など 37 ヶ国で医療従事者支援を中心に活動して いる。また、感染蔓延が懸念される難民キャンプで活動を継続。https://www.msf.or.jp/news/ detail/headline/coronavirus.html 5 マラリア対策として住友化学が防虫剤処理蚊帳「オリセットネット」を開発(工場の虫除けの 網戸の応用)。国際機関等を通じて 80 ヶ国以上に供給。 https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1 709/201709_04.html 6 https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60467?page=4 (2020 年 10 月 25 日現在)を参考に学生が指摘。 7 「学士力」の 3. 態度・志向性の (5) 生涯学習力「卒業後も自律・自立して学習できる。」や 4. の 統合的な学習経験と創造的思考力「これまでに獲得した知識・技能・態度等を総合的に活用し、 自ら立てた新たな課題にそれを適用し、その課題を解決する能力」(中央教育審議会[2008]12 ︲13)を形成することにつながる。 8 具体的な成功体験として、アクティブラーニングの「認知プロセスの外化」にも当たる「発展 研究論文」を完成させることを設定している。 参考文献 井波律子[2014]『論語入門』岩波書店 加藤俊伸[2020] 「海外サービスラーニングにおける学習成果発現の過程と教員の関与― フィリピン、インドでの国際協力フィールドワークの実践から」『桜美林大学サービ スラーニングの実践と研究』第 1 号 34︲41 頁 中央教育審議会 [2008]「学士課程教育の構築に向けて」 溝上慎一[1996]「大学生の学習意欲」『京都大 学高等教育研究』第 2 号 184︲197 頁 溝上慎一[2014]『アクティブラーニングと教授学習パラダイムの転換』東信堂
William H. McNeill[1976]PLAGUES AND PEOPLES, W.W.Norton (佐々木昭夫訳[1985] 『疫病と世界史』新潮社)
World Bank [2017] Migration and Remittance Brief 27 , FIGURE 1.1. Remittance Flows to Developing Countries Are Larger Than Official Development Assistance and More Stable Than Private Capital Flows
外務省 「海外安全情報;各国感染症危険情報、現地大使館・総領事館等からの安全情報」 https://www.anzen.mofa.go.jp/ (2020 年 10 月 25 日現在) 国境なき医師団 「新型コロナウイルス感染症への MSF の対応」 https://www.msf.or.jp/news/detail/headline/coronavirus.html (2020 年 10 月 25 日現在) 日本経済新聞 「チャートで見る世界の感染状況;新型コロナウイルス」 https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-chart-list/ (2020 年 10 月 25 日現在) JICA 「【新型コロナに挑む JICA 帰国研修員:日本での学びを活かし、各国で大活躍!】 第 1 回 ガーナ:感染症対策の最前線、野口記念医学研究所で奮闘」 https://www.jica.go.jp/topics/2020/20200527_01.html (2020 年 10 月 25 日現在) JICA 「事業と社会貢献を両立し一世紀 住友化学」 https://www.jica.go.jp/publication/mundi/1709/201709_04.html (2020 年 10 月 25 日現在)