ニングの授業開発に関する研究
著者
横関 理恵
雑誌名
東北大学高度教養教育・学生支援機構紀要
巻
7
ページ
409-418
発行年
2021-03
URL
http://hdl.handle.net/10097/00131249
1 .はじめに
高等教育において豊かな学びを創造するプログラム の一つとして, エンゲージド・ラーニングが多くの大 学で取り入れられている. エンゲージド・ラーニングとは,サービス・ラーニ ング(以下,SL)と同様に,正課の授業で学んだ学 問的な知識や技能を、地域社会の諸課題を解決するた めに組織されたボランティア活動を通して市民的責任 や社会的役割を体験的に学ぶことを目的とした教育方 法である. ここで,本稿で取り上げるエンゲージド・ラーニン グについて整理しておきたい.アメリカ高等教育研究 では,教育中心から学習中心へという学習観の転換を 図るエンゲージド・ラーニング研究が盛んにおこなわ れている(小方,2008:45‐64).エンゲージド・ラー ニングにおいては, 教室の講義や議論よりも,学外 の多様なコミュニティの活動に主体的に携わる学習活 動の方が,学生の人生にとって意味のある学習成果が 得られるという(Dill,2007:187 ‐ 203).これらの 議論は,大学と社会の相互関係が深まること,つまり, エンゲージメントの深まりが,教育の質を高めるとい う主張を導くものである. 2000年代以降,中央教育審議会の答申や文科省の教 育課程改革でも従来の受動的な授業・学習から,積極 的・能動的な授業(アクティブラーニング)が推奨さ れており,この授業形態にエンゲージド・ラーニング は類似しており,このタイプの授業の実施がますます 重要になっている.本稿では、このSLをエンゲージド・ ラーニングと呼ぶこととする。 東北大学においても,課外・ボランティア活動支援 センターによるエンゲージド・ラーニングが正課科目 として実施されている.当プログラムの枠組みはほぼ 完成しているが(藤室・江口2017:2-18), その一方 で,エンゲージド・ラーニングに参加した学生の中に どのような「学び」が形成されたのかについては,必 ずしもまだよくわかっていない.エンゲージド・ラー ニングをより一層充実させるよう,学生がこの授業で 何をどのように学んでいるのかについて把握する作業 が必要となる. 本稿では,その一助となるべく2019年度に行われた エンゲージド・ラーニングの授業で提出された最終レ ポートを素材として,授業を通じて学生が何を学んで いるのかについて検討する.【報 告】
若者・成人の学習支援に関する
エンゲージド・ラーニングの授業開発に関する研究
横 関 理 恵
1)* 1 )拓殖大学北海道短期大学 *)連絡先:〒074-8585 北海道深川市メム4558 拓殖大学北海道短期大学 [email protected] 本稿は,若者・成人の学習支援に関するエンゲージド・ラーニングの授業開発を目的として,筆者が担当した授 業を履修した学生の最終レポートを素材に,学びの諸相を明らかにするものである.ボランティア活動から学生た ちは以下の 4 点を学んでいた.①既存の知識を疑うこと,②試練となる経験を得ること,③夜間中学生が抱く「学び」 に対する思いを知り自己省察を行うこと, ④支援者と被支援者の関係性を再編成することであった. これらの学びは,「アカデミックな能力」や「社会的責任の向上」に至るほど顕在化した結果とはならなかったが, 将来,学生たちは,共生社会の構築する担い手に成長する可能性を秘めている.高等教育を担う教員には学生たち が多様な社会課題に目を向け,自分自身に何ができるのかを考えさせるエンゲージド・ラーニングを導入した授業 開発が求められている.2 .本稿の目的
今回の報告で取り上げるのは, 筆者が担当した授業 「共生社会に向けたボランティア活動-人権・多様性・ エンパワメント」である.本講座は,全学部 1 年生を 対象として開講されている「基礎ゼミ」であり, 各学 部の専門教育に入る前に幅広いボランティア・マイン ドを培うことがねらいである. ただし,それは,プログラム実施者の想定にすぎな い.学生側から見たプログラムの特徴とは何か.特に, 重要と思われる 4 点あげたい. ①他者に貢献するのみならず,大学で学んだ自らの知 識を深めるボランティア活動であること. ②2019年度は 2 つのボランティア団体(自主夜間中学, 野宿者支援)と学生が協働で活動に取り組んだこと. ③プロジェクトは,社会課題に対する取り組みであり, すべての人を排除しない共生社会の在り方を考える 活動であること. ④「振り返り」が設けられていることで, SLを通じ た活動が自分自身や仲間に対してどのような効果を もたらしたのかについて考える機会が組み込まれて いることである. 学習者に焦点をあてた場合,エンゲージト・ラーニ ングの一形態であるSLの核になるのは「体験」と「振 り返り」である(中留・倉本,2001:1-35,小林, 2007:149-155).「振り返り」はSLのフレームワーク を定義する際,とりわけ重要視される諸要素の一つで ある.学習は体験それ自体の結果として起こるのでは なく,そのために明確に設計された省察的要素が組み 込まれることで初めて生じるからである(Jacoby, 1996=山田, 2007).学習者は具体的な体験を反省的 に振り返り,そこで観察した出来事を理論的・概念的 に理解した上で,それをもとに再び現場の状況に働き かけながら自らの体験を積み重ねていく.一般的にこ うしたサイクルがSLの学習課程には組み込まれてい る. ところで, SLの教育的意義については,アメリカ を中心にすでに議論の蓄積があり, そこでは,「アカ デミックな能力の獲得」,「社会的な義務や責任感の向 上」などが指摘されている.さらに,より実践的な観 点からは,学びの到達段階に応じて,意図的に「振り 返り」の機会を設けることで,より高い学習効果が得 られるとの報告や, 大学とコミュニティとのパート ナーシップに基づいた実践的な学習が能動的な学びの 増進に寄与するとの報告がある. こうした研究では,プログラムを実施する側が期待 する学びの内容が予め客観的な指標として指定されて おり, それに向けた学生の到達度を見ているものが比 較的に多いようである. 一方で, SLを通じて,学生が何を経験しどのよう な能力を培っているのかを,学生の主体的な側面から 浮かび上がらせようとする研究も少なくない.その一 つにReyers and Rchard(2005)の研究がある.同氏 らは,学生の振り返りのレポートを検討することで, 学生の視点からSLが与える効果について考察してい る.ここで重要なのは,学生が自分自身にとって重要 な学びであったと捉えている出来事やエピソードを積 み上げ式に記述することで,その中身を明らかにしよ うとしていることである.これによって, SLを実施 する側が必ずしも意図していなかったような「学び」 を把握することが可能となっている.本稿で取り上げ る学生は,上記の 4 つの特徴に規定されながら,ボラ ンティア活動に従事してきた. 本稿では,このように大学側とボランティア受け入 れ先の団体で行われる協働的取り組みや, ボランティ ア活動先で出会う人々とともに得た「体験」が与える インパクトに焦点を当てながら,学生がそのプロセス の中で手にした「気づき」や「発見」,「意欲」や「試 行錯誤」そのものを「学び」として捉えておきたい. それらは必ずしもプログラムを実施する側が当初から 想定していた「学び」のみではない.しかし,だから こそ,このような知見の積み重ねが不可欠であるとも いえる.こうした意図せざる「学び」の様相を学生自 身の言葉を通して浮かびあがらせること,これが本稿 の目的である.3 .エンゲージド・ラーニングの実施と分析方法
では,まずプログラムの概要について見ておこう. 今回取り上げるのは,東北大学 1 年生の教育プログラ ムとして開講されている「基礎ゼミ」の内, 筆者が担 当した「共生社会に向けたボランティア活動-人権・多様性・エンパワメント」である.本授業は,前任者 (江口怜氏)が2017年度に初めて開講し, 2 年間担当 した後, 2019年度は筆者が担当した.2019年度に受講 した学生は19名であった. 3.1 エンゲージド・ラーニング授業の概要 以下では, エンゲージド・ラーニング授業の概要を 示したい. まず, 2019年度のシラバスに記した「学習達成目標」 を確認する.(1)ボランティア活動への参加や文献調 査等を通じて, 様々な支援活動の社会的意義を理解す る.(2)「人権」,「多様性」,「エンパワメント」等の 基本的な概念について理解し自他の権利や尊厳を尊重 する意欲と態度を身に着ける.(3)支援対象者(当事 者)や支援者の方と積極的にコミュケーションを取り ながら,「当事者視点」で課題を理解し,課題解決に 向けて, 必要なことを考察する事ができる.(4)「共 生社会」の実現という課題に対して,自分の意見を持 ち,他者に向けて表現することができる. このように本授業は, ボランティア活動を通して, 達成すべき目標設定をして, 社会的マイノリティの人 権擁護に関わるボランティア活動を実施した. 次に, 東北大学課外・ボランティア活動支援セン ターとボランティア受入先との協働体制,プログラム 共同開発, そして, 次年度に向けた振り返りに関わる 部分について説明する.東北大学ボランティア活動支 援センターとボランティア受け入れ先との間で, 当プ ログラムを実施するに当たり, 打ち合わせを綿密に 行った.2019年度は,前年度に引き続き,社会問題に 取り組む団体に協力を依頼した.一つは,成人基礎教 育保障に関わるボランティア団体(自主夜間中学), もう一つは, 野宿者(ホームレス)支援団体である. 各ボランティア受け入れ団体には, 求められる活動 の内容を伺い, 双方の合意のもとで, 授業に協力して いただいた.授業開講の趣旨を説明し,学生たちには 事前学習をおこなわせた後, ボランティア活動の実 施,事後学習, 振り返りを行うことも各ボランティア 受け入れ団体にお伝えする.この教育プログラムは, 東北大学課外・ボランティア活動支援センターとボラ ンティア受け入れ先の団体との協働関係が取り結ばれ て初めて成り立つものである. 最後に実際に授業の構成について詳しく見る.2019 年度,教育プログラムは前期の授業15回で行われた. 授業構成は, ①事前学習, ② 4 回のボランティア活動 への参加(インタビュー調査実施), ③ボランティア 活動の中間報告, ④ボランティア活動終了後の事後学 習である.ボランティア学習を成立させるためには, 森定は, アメリカのSL理論を参照しつつ, 振り返り は「サービス前」,「サービス中」,「サービス後」のそ れぞれの段階で行う必要があると指摘している(森定 2014:90-92).ボランティア活動と正課の授業をつ なぐためには,どの段階で,知識をインプットし,い かなるタイミングで「振り返り」をするのかが課題で ある. 3.2 各段階での授業の内容 以下,各段階のエンゲージド・ラーニングの内容を 簡単にみていく. まず, 事前学習では,ボランティア活動へ初めて参 加する学生にも配慮し「ボランティア活動とは何か」 等を中心に基礎的なことを理解してもらうための講義 を行う.その後,社会問題の解決に向けて取り組んで いるボランティア活動団体の代表者から, 直接, 講義 を受ける.学生は, 社会課題の解決に向けた目標と, その取り組みとを連携させる必要があることを学ぶ. これを終えると, 自主夜間中学グループ, 野宿者支援 団体グループに分かれ,相談し,活動の目的を設定す る. 以上の事前学習を終えて,学生たちは,ボランティ ア活動に参加する.これ以降のスケジュールは, ボラ ンティア受け入れ先と教員とで連絡調整した後, 各ボ ランティアグループの希望を聞いて, 活動日程を調整 する. ボランティア活動中に,「ボランティア振り返りシー ト」を活用して中間報告を行う.この中間報告は,ボ ランティア活動の進捗状況を報告する機会でもあり, また,最初に設定した目標が適切かどうかを再検討す る場でもある.実際に,ボランティア活動に参加する 中で,最初に想定していた活動のイメージとは異なる 現実を体験し目標を軌道修正する場合がある.
こうした微調整を進めつつ, 自主夜間中学グループ の学生たちは, ボランティア受け入れ先でスタッフと して,授業を担当する機会がある.授業の目的, 授業 内容の検討, 教材の作り方など, ボランティア活動の 経験のある現場のスタッフにアドバイスをいただき修 正を加える.その後,現地(自主夜間中学)で授業を 行う. その後, 以上の取組を通して, 学生とボランティア 受け入れ先の協力者, 及び担当教員, TA(ティーチ ング・アシスタント)とともに, 総括的に「振り返り」 を行う.その際, 当初設定したボランティア活動の目 的にどこまで達成できたのかを各グループ全員で振り 返りをして確認する.また, 同時に,「学びの目標」 をどこまで達成できたかについて学生同士で評価しあ う.それらに対して, 受け入れ先の担当者, 担当教員 が, 適宜, コメントを行い, 良かった点の評価や, 改 善点についてアドバイスを提供する.これらの振り返 りを踏まえて,基礎ゼミの学生全員が集う報告会に向 けた準備作業へと移る. 最後に, 学生全員,ボランティア活動受け入れ先, 関心のある学内関係者にも開いて,報告会を行う.学 生にとっては,自分たちのボランティア活動への取り 組みの成果を,他の学生や受入先の担当者に発表する 場となる.これと同時に,受講者にとっては,様々な 角度からのコメントや評価を得られる機会となる. 3.3 分析の方法 本研究で検討の対象となるのは,上記の一連のプロ セスを終えた後に提出された最終レポートである.論 題は「ボランティア活動を通じて学んだことをもとに, 共生社会を目指すためにあなたができることは何か論 じなさい」(2,000~3,000字)というものであった.学 生にとって, このレポートの作成は, 全活動を終了さ せた後の, 最終的な「振り返り」に当たるものである. 今回のボランティアの活動先は, ①自主夜間中学, ② 野宿者支援団体であった.これらの内, 成人基礎教育 の支援活動を行っている団体で学生が何を学んだかを 分析するため, ①のみを対象とした. これらのデータを分析する目的は, 前述したよう に,エンゲージド・ラーニングの学生がどのような「学 び」を形成しているのかを把握することである. そこで,本研究では,こうしたアプローチを重視し て,質的データ分析の手法を用いる.具体的な作業と しては, すべてのデータを精読し頻繁に出てくる言葉 や類似した文節,内容などに注目しながら, それぞれ 小見出しをつける作業を行った.その上で,それぞれ の小見出しを相互に比較検討する作業に入る. こうして,学生のレポートを分析し, そこから浮か び上がるキーワードをもとに整理した.なお, 次節の 記述は, それぞれのキーワードを元に, 著者がレポー トの主要な箇所を引用したものである.はたして, 2019年度のプログラムを通じてどのような「学び」が 形成されているのか.以下,学生の最終レポートから 授業に参加した学生たちの「学び」のそれぞれの様相 を見ていく.
4 .授業に参加した学生たちの「学び」の諸相
4.1 ボランティア活動を経験して既存の知識を 疑う 私たちは日本の教育の現状について, 大学の講義で 学んだことやメディアなどの報道により, 多くの情報 を得る機会がある.それをもとに, 日本の義務教育は ほぼ完全就学を遂げており, 学齢児の義務教育の機会 は保障されているものだと思い込んでいる.そうした 自分自身の理解を見直す経験をしたのが自主夜間中学 でボランティア活動を経験した学生である. 学生たちは,「自主夜間中学」との名称が示すように, 「中学」であるから, 学齢に近い若者が多く学ぶ中学 であると認識していた.しかし,実際に学生がボラン ティア活動を行う中で, 生徒さんの中には, 中高齢者 も多く含まれており, 文字の読み書き, 計算などがで きずに苦労されている方たちの存在を知る.このよう に成人になっても基礎教育を学べる機会を求めている 人々の存在を初めて知ったことを次のように振り返っ ている. 私はこれまで, 当たり前のように義務教育を終え, 高校, そして大学に進学して現在に至っている.正直 なところ, 学習ができる環境に感謝の思いを抱いたこ とは, 恐らく今まで一度もなかっただろう.さらには,学習することの意味や必要性について疑問が生じ, 学 習したくないと思ってしまうことも多々あった.私の ような人も世の中には大勢いるのではないだろうか. 私は, 自主夜間中学の支援者, そして当事者からの 話を聞き衝撃を受けた.第一に,義務教育未修了者が 2010年の時点で12万 8 千人以上いること, 家庭の事情 や戦争などが原因で学びたくても学ぶことができない 人が大勢いることにとても驚いた.自分にとっての常 識が覆された.学習環境が整っていること, そして学 習できることが, いかに幸せなことなのか, というこ とを,ここで初めて知ったのである. また, これまでの日本の教育に対する自分の認識の 在り方にあらためて問いを投げかけた学生もいた. 自主夜間中学のスタッフは皆,生徒さんの興味に合 わせた授業づくりをしており, 生徒さんがひっかかっ たところをゆっくり丁寧に, かつ楽しく教えていた (略)スタッフは「自主夜間中学では普通の中学校と 違って試験に合わせた勉強をする必要がなく, 生徒さ んが学びたいことを時間に関係なくじっくりと学ぶこ とができるので,教えていて楽しい」ともおっしゃっ ていた.この話を聞いて, 私は「学び」の本質が自主 夜間中学にはあるように感じた.学校では, 決められ た授業時間と決められた範囲の学習が行われる.生徒 はその一つ一つを学校のペースで学び,試験を受けて 達成度を測られる.そのため, 一部の生徒は学ぶこと を面倒だと感じてしまう.しかしその一方で,自主夜 間中学に通う人たちは,皆自分の目標があって学習し に来ており, 学ぶことを楽しいと感じている.その点 で,夜間中学には「学びの本質」があると感じられた. 若者・成人の基礎教育を担う自主夜間中学での学び のあり方は一面的には捉えられない.このことを, 学生たちは,自主夜間中学でのボランティア活動経験 から学んでいる. このボランティア経験をした事で, 学生自らが受けてきた「学校教育」についての認識を 客観的にとらえなおす視点を獲得している.また,自 主夜間中学の生徒さんとスタッフとの間で行われる一 連の学習を見学した学生たちは,「学びの本質がある」 と感想を抱くほどインパクトを受けていたことを示す 事例である. 4.2 学生の思考に試練を与える経験-若者・成 人基礎教育の場の創造 自主夜間中学には「学びの本質がある」と学生が述 べている.その学びを作る一助となる活動に学生が加 わる.その時間は「言葉の時間」だ.自主夜間中学で は,すべての教科において「言葉」が重要だと考えて おり,国語力の基礎を学ぶ授業として位置付けられて いる.学生たちは,「論語」,「間違えやすい日本語①(漢 字)」,「間違えやすい日本語②(漢字)」,「意味や使い 方を間違えやすい言葉」,「敬語を学ぼう」,「方言①: 津軽弁講座」,「方言②:南部弁講座」と様々なテーマ を取り上げて授業を担当することに挑戦した.学齢期 に十分に基礎教育を受けられず, 大人になった人々に わかりやすく基礎的な内容を示すには, 何をどのよう に伝える必要があるのかを考えなければならない.そ の際に,学生が自分自身の知識不足に気が付いたり, 授業の進め方への配慮の難しさを感じたりしている. 例えば,「言葉の時間」を担当した学生は, その準備 や授業を実施した経験から学んだことを次のように考 察している. 私は,言葉の時間を担当した.配付資料にはわかり やすい日本語を使ったり, 漢字にはルビを振ったり, 生徒さんが一緒に学べるように,クイズを組み込んだ りして工夫した.話すときには,ゆっくりハキハキと した声で話すように意識した.このように,どのよう にすれば相手の方が内容を理解して, 授業を楽しむこ とができるかを考えること, 相手の立場になって物事 を考えることが大切だと学んだ.生徒さんにインタ ビューを行なう上で学んだことは, 相手の方のペース に合わせて, 無理に話を進めない・聞き出さないこと が大切だということだ. また, 別の学生は,生徒が学びたいと思う気持ちを 最大限に生かすことも必要であると振り返る.その上 で,自分ができることを以下のように考えようとして いる.
気が付いたのは, 生徒さんの意欲を最大限生かすた めに, 生徒さんには, 積極的に思考してもらい, 分か る喜びを感じてもらうことが必要だということであ る.スタッフと生徒さんとのマンツーマン授業を拝見 しながら,そこで飛び交う様々な発言に注目してみた. まず,スタッフの発言として,「本当にそうか(合っ ているか)自分で確かめて」,「おー,いいところに気 が付いたね」,「急ぐことはない,ゆっくりでいい」な どがあった.問題を解く際には, 既習の基礎的事項に 照らし合わせて解答を導き出し, その根拠を明確にす るよう促す.そして, きちんと分かったら褒め, 分か らなくても時間をかけて考えてもらう.次に,学習者 の発言として, 「ここで言っていることがよく分から なかったのですが…」などがあった.答えを提示され た際, 説明に納得した際にはよく分かった, よく理解 できたという意思表示をしばしばする. また, 分からないことがあればその場ですぐに尋ね られることも, 1 対 1 の良さである.よく思考し,よ く話すことで, 学習効果を高め ,勉強の面白さを実 感していた.授業のやり方にも興味深いものがあった. まずスタッフと生徒さんは対面ではなく横並び,また は90度の角度で座っており,対面よりも近い距離で授 業を行っている.授業は雑談も交えながら行われ,堅 苦しい雰囲気は全くなかった.おそらく, スタッフた ちもただ授業をするだけにならないように意識してい るのだろう.これらはどのテーブルでも同じであり仙 台自主夜間中学全体としてスタッフと生徒さんの物理 的,心理的な距離の近さを感じた. このように, 自主夜間中学の特徴にある「学びの本 質」といわれるものに影響を与えることは学生たちに とっては難しいことかもしれない.だが, その問題を 入り口にして, 自分自身の学び方や他者との学び合い に引き寄せて考えることで, 今までとは違った視点で 学びの在り方について考えるきっかけを得る.それが 学生自身の中でも必ずしもクリアに自覚されているわ けではないが, その途上にある可能性を秘めている. 若者・成人基礎教育の課題は,切実な問題ではあるが, 明確な回答が用意されてないため,学生たちの思考に 鍛錬の機会を与えるものである. 4.3 夜間中学生の「学び」への思いから導かれ る学生の自己省察 一方で,自主夜間中学で学ぶ夜間中学生の思いに触 れ,学習のあり方に問いを投げかける学生もいた.学 生は, 授業風景を見学させてもらい, スタッフがどの ようにサポートしているのかを学んだ.ある学生は, スタッフと生徒さんの関係性の在り方に対して,次の ように振り返っている. ボランティアスタッフと生徒さんの関係は,先生と 生徒というよりは,友達同士の関係であり,仲が良す ぎるという印象を受けた.そうなると雑談が多くなり, また,生徒さんがスタッフに横柄な態度になる可能性 があるかもしれず, 教える人と学ぶ人との関係性に良 い影響を与えないのではないかと考えるようになっ た.しかし, 何度も訪問する度にそんなことはないと 気づかされた.(略)自主夜間中学で一番印象に残っ た出来事をあげる.50代近くの女性に,高校2年生の スタッフが英語を教えていた時のことだった.最初, 高校生のスタッフは,前回の復習として質問を出した が, それに生徒さんは答えられなかった.その時,生 徒さんは「せっかく教えてもらったのに申し訳ない」 と小声で言っていた.この感覚は僕が塾で抱いた感情 と似ている.僕と同じような緊張感で自主夜間中学の 生徒さんは学んでいるのだ.スタッフと生徒さんはた だの仲良しという関係ではなく,両者の間に信頼関係 を作ることを大切している.学ぶ関係性として理想的 だと感じられるようになった. また,学生はこうした認識に至ることで,夜間中学 の生徒さんがどのような意識をもって学んでいるのか についても関心が及ぶようになっている.ある学生は, 夜間中学生が「言うは易し,行うは難し」という言葉 を使っていたことが印象に残っていると振り返る. 自主夜間中学で出会った夜間中学生から「言うは易 し,行うは難し」という言葉を頂いた.「他人は他人, 自分は自分であり,基礎から学んでいくことが大切で ある.最初から応用を学んでも,何も身につかない. そして, 口だけの人間はよくない.言葉にするだけな
ら誰にでもできる.それを実行することが難しい.プ ライドを自分のなかにしまい,こつこつ努力できる人 は,魅力的な人であり,自然と周りに人が寄ってくる.」 とおっしゃっていた.私はこれらの言葉に強く感銘を 受けた. このように, 夜間中学で学ぶ生徒さんの思いを知る きっかけを得た学生は,自分自身の学びに対する思い について省察するようになる.この学生は「確かに有 言実行をすることは難しい.目標を掲げても,それを 達成しようと努力せず,目標を掲げるだけで終わって しまう人も多い.だが,難しいことだからこそ,有言 実行できる人は素晴らしいし,有言実行しようと努力 すると,人間として成長することができるのだろう.」 と振り返っており,自主夜間中学で学ぶ生徒さんの学 びがどのようなものかを考えることが,学生自身の学 びに対する価値観を深める契機へと発展している. 4.4 支援者と被支援者との関係性の再編成 自主夜間中学ボランティア活動に参加した学生は, スタッフの考えを知り,それを深く理解したいとの考 えが芽生えている.ある学生は,そのことを「ボラン ティアはしてあげるものではなく,させていただくも の」という言葉で表現している. 今まで私はボランティアはしてあげるものであると いう考えであったが,スタッフの方によると実際はそ うではないとのことだった.ボランティアはされる人 がいるからこそ成り立つものであるため,「させても らう」という考えが重要だということだ.だからといっ て無理してまでボランティアをするのではなく,自分 ができるときに,できることを,できるだけやればそ れだけでボランティアになるというお話もあった.私 はこの考え方が今までの自分になかったものであった ためとても印象に残った.今まで私がボランティアを やったことがなかったのはボランティアが敷居の高い ものという勝手なイメージを持っていたからだった. そのため,この考え方を持った今ならボランティア活 動に積極的に取り組むことができるように思う. また,こうした認識に至ることで, 支援者側にいる と思い込んでいた自分が被支援者側から得られる恩恵 があることに学生は気が付く.このことは個人の問題 だけに由来するのではない.一般的に考えて, 社会で は,支援する人と支援される人とを別々の立場にいる 人とし,両者を分離する認識がある.重要なのは,こ うした社会にある人々の認識に気が付くことである. ある学生は,自分の中にある支援者と被支援者とを分 けて考えている自らの認識を見つめながら,ボラン ティア活動による支援者と被支援者の関係性の在り方 に目を向けようとしている. はじめの講義では「ボランティア」の定義について 考える機会が与えられたが,「困っている人を助ける」 という支援者視点のみの定義しか考えられなかった. しかし,このように定義したところで「困っている人」 の定義付けもする必要がある.その人が困っているの か,いないのかについては第三者の主観だけでは判断 することができない.つまり,一方的なボランティア は助け合いの意味では成立しないことがわかった私 は,ボランティアというものが,支援者から被支援者 に対する一方的な活動ではなく,支援者も何かしらの 恩恵を受ける,ギブアンドテイクが成り立つ活動なの だと実感させられた. 夜間中学の場が居心地の良い空間であったことに触 れ,この過ごしやすい雰囲気を作り上げていたのが, 支援者と被支援者の間に成り立つ信頼関係だと考える ように変化している.ボランティアをする側,される 側とわけ隔てるのではなく, 時間をかけて,両者をつ なぐ高い信頼関係を構築し「対等な関係が築けている」 ことや,「学習者,支援者の両方がいなければ活動が 成り立たない」ことなど,ボランティアを一方的に押 し付けず,同じ目線で過ごすことが重要であるという 認識に至る.このこと自体が重要な成果であったと思 われる.互いに利益があり対等な立場であるからこそ, 継続的で有意義な活動となる.「与えている,恵んで いる」という意識がある限り, 対等な関係など築ける はずもないということを学生たちは学び,支援者と被 支援者の関係性への認識を再構築しているのである.
5 .考察
以上が, 2019年度の「基礎ゼミ」の授業で提出され た自主夜間中学のボランティアに参加した学生の最終 レポートから伺える「学び」の様相である.それぞれ の学びは, 多様性が見られたが, 全く独自に見られた ものばかりではなく,共通する特徴がいくつかある. その中で特に重要だと思われる点を前節の中身を踏ま えつつ以下の 3 点に絞ってまとめておきたい. 第一に,ボランティア活動を通して, 学生たちは自 ら受けてきた学校教育を振り返る機会を得ていたこと である.学齢を超過した義務教育未修了者の存在は, 社会的に十分に認知されず, 国・地方自治体は積極的 に公立の夜間中学を開設してこなかった.2016年12月 に「教育機会確保法」が制定され, 政府が公立夜間中 学を各都道府県に最低 1 校設置しようとしているのに もかかわらず未だ 9 都府県に33校しか設置されていな い.当たり前にあると認識していた教育環境が, 社会 全体でみると,そうではないということに気がつく. そして, 学生自身が経験してきた知識注入型の競争主 義的な学びと対極にある自主夜間中学の学びに「学び の本質」を見出している.スタッフが個々人の教育ニー ズに合わせて, わかるまで時間をかけて,教え,生徒 さんは,わかる喜びを得ている様子を目の当たりにし たからであった.これまで受けていた大学までの学校 教育の在り方を客観的に考える契機を学生は得ている. 第二に,自主夜間中学の「学びの本質」には,それ を支えているスタッフの存在があり,その経験知に基 づいた配慮の重要性に学生が気付いたことである. 「言葉の授業」を担当した学生たちは,文字にルビ を振るなど相手の立場に身を置いて教材を作る経験の 中で,生徒さんのニーズに合わせて,授業を展開する ことの難しさを知る.その際に,ボランティアスタッ フに相談し,アドバイスを頂き,学生たちは担当授業 の改善を行っていた. また, 自主夜間中学では, 生徒さんとスタッフとの 間に教師と生徒との関係のように権威性が帯びないよ うに配慮されており,このために和やかな雰囲気が作 りだされていることを学生は学んでいる. このようにボランティア活動で最も重要なのは,学 生自らの認識にインパクトを与える他者との出会いで ある.学生は,それぞれの期間に, 生徒さんから学齢 期に教育を受けられなかった苦労話を聞き, また,自 主夜間中学での学びに対する情熱について耳にする機 会があった.同時に, 自主夜間中学のスタッフからは, 生徒さんの学びたい思いに「寄り添う」活動について 伺う機会もあった.例えば,それは,ルビ振りをする 教材作りのエピソードであり,また,生徒さんとスタッ フの信頼関係を築き上げる際の配慮についてなどであ る. このお話は,大学の講義で教員から聞く話よりも現 実味を帯びて聞こえるものであることは容易に想像で きる.学生たちは,教員とは異なる立場の人々から少 なからず影響を受けつつ,自主夜間中学での具体的な 取り組みについて学びながら,実践に参画する.様々 な人々の思いと支援活動が有機的に作用して,自主夜 間中学の活動が成立していることを,体験的に学生は 学んでいるのである. 第三に,学生たちは,自主夜間中学に通う生徒さん が抱く学びへの思いやそれにこたえようとするスタッ フの思いに接しながら,支援者と被支援者の関係の在 り方,そのものについて再考をする契機を得ていたこ とである.基礎ゼミでは,支援者と被支援者の関係の 在り方を再考することを学生に促すことは企図してい なかった.この点は,学生が自主夜間中学の生徒さん やスタッフとの関わり合いの中から各自で発見した課 題であり,自主的に取り組んだものである.「ボラン ティアはしてあげるものではなく,させていただくも の」という言葉に現れているように,支援者と被支援 者の関係性を問い直す認識が学生の中に芽生えていた. 学生の一人は,「社会的弱者には支援してあげる」 という考え自体が, 支援を受けるべき側にいる人とそ うでない人を分ける「偏見」であると述べた.そのよ うな偏見に惑わされずに,支援者と被支援者という関 係性自体を再構築する必要性を学生たちはボランティ ア経験を通じて認識していたのである. こうした類の言及は,受講者によってその表現を変 えながらも,やはり,各学生に,広く見られることで あったことを明記しておきたい.6 .おわりに
本稿では,東北大学の全学教育で提供しているエン ゲージド・ラーニングの授業「基礎ゼミ」を取り上げ, そこに参加した学生にどのような「学び」が形成され ているのかに着目してきた.以上の分析の結果をもっ て,この授業の学びの成果とするのは,前述した先行 研究で示された教育的意義と比較すると些細な点に留 まっている.確かに「アカデミックな能力の獲得」や 「社会的責任の向上」といった言葉で明確に整理でき るほど, 顕在化した結果には至らなかった.しかしな がら,それぞれの教育的意義に関係する要素の萌芽と でも呼べるものが,学生の認識に生まれていることは, 学生の「学び」にとっては決して小さなことではなく, これから進展する可能性を秘めていると考えられる. では,授業担当者はこの学びの萌芽をどのように発 展させるよう働きかけるのがよいのか,そのヒントも また,学生のレポートの記述にある.「社会問題を他 人事と捉えず,親身になって考え,自分を基準とした 視点を取り除き,多様性を認める共生社会をつくるこ とが必要だと思う」.この点は, 多くの学生のレポー トに書かれていた.また,「自分自身でできることを できる時にやらせていただく」とも書かれている.こ の2点は,社会問題を自分の課題として引き付けて考 えている.そして,その解決に向けて,無理なく,主 体的に関与するという市民性が,学生の中に自然発生 的に芽生えつつあることを示唆するものである.この ような学生たちの認識の変化を土台にして, 新たな社 会問題に対抗するボランティア団体とのエンゲージ ド・ラーニング授業の開発を継続的に行うことが必要 である. 学生のこうした意識の変化を受け止め,育成してゆ くために,授業プログラムをいかに開発すべきか.こ うした課題への応答は,学生の授業での学びの中にあ るように思われる. 学生たちのレポートには,「学びはそもそも講義に より一方的に伝達されるものではなく,ある社会問題 に関与(エンゲージド)しながら,主体的・探求的に 行われるもの」とある.言い換えると,学習者それぞ れが社会の課題に対して主体的に学び,その解決に向 けて,広く対話を重ね,その過程で学んだ内容を共有 し,ボランティア活動を行う.その活動が他者と自分 にとってどのような価値があるのか省察を行い,不備 があれば改善するということを繰り返して,はじめて 学んだ内容が経験的に理解できるようになる.このよ うな学生の体験的・省察的な「学び」の在り方から, 教員は何を学び新たな教育実践を構築していくのか. 高等教育に携わる私たち自身の学びの成果もまた問わ れている. 謝辞 本稿で取り上げた授業を実施する上で,ご協力を 賜ったすべての個人・団体の皆さまに心より感謝申し 上げたい.また,学生ボランティアを受け入れてくだ さった仙台自主夜間中学代表中澤八榮様,レポート類 の分析を快諾してくれた学生には深く感謝を申し上げ たい.なお,本稿は,東北大学高度教養教育学生支援 機構「2019年度教育開発推進費(個人申請)」事業名「子 ども・若者の貧困解消に向けた学習支援に関するエン ゲージド・ラーニングの授業・教材開発」(代表者: 横関理恵)の助成による研究成果である. 参考文献 David D. Dill, “Are Public Research Universities Effective Communities of Learning? :The Collective Action Dilemma or Assuring Academic Standards,” in Future of the American Public Research University, eds., Roger L. Geiger, Carl L. Colbeck, Roger L. Williams and Christian K. Anderson(Rotterdam: Sense Publishers, 2007), pp.187-203. 江口 怜(2020)「社会的マイノリティとの「対話」に向 けたボランティア学習」佐藤智子他『多様性が拓く 学びのデザイン』赤石書店,pp.52-80. 藤室玲治・江口怜(2017)「サービス・ラーニングを通し てつちかう<地域の視点>と<人権感覚>:東日本大 震災以降のボランティア活動支援と市民性教育の可 能性」東北大学課外・ボランティア活動支援センター 『2016年度課外・ボランティア活動支援センター紀要』, pp.2-18. 五島敦子(2012)「21世紀における大学と社会―EngagedUniversity」『UEJジャーナル』第 9 号, pp.1-6. 伊藤 篤(2007)「福祉教育・ボランティア学習における
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