【土 木 史 研 究 第22号2002年5月 自 由投 稿 論 文 】
首 都 圏 にお け る飛 行 場 と都 市 計 画*
A Study on Arifields and City Planning in the Capital Region of Japan
日 高 直 俊**,手 塚 慶 太***,福 井 恒 明****, 篠 原 修*****,天 野 光 一******
by Naotoshi HIDAKA, Keita TEZUKA, Tsuneaki FUKUI , Osamu SHINOHARA and Koichi AMANC
Abstract: Airports play very important role in the transportation planning in a region. However, it doesn't seem that airport development has been well-correlated with city planning or regional planning in Japan. The purpose of this study is to understand: 1) the process of airport development since the introduction of airplane focusing on the conditions of transportation, 2) characteristics of landuse change of airfield after WWII ,3) history of airport development concept. As a result, the study has shown that there are some clear character-istics of transportation condition according to the era and the main use of airfield , and they affected the change of landuse just after WWII. Also, the study clarified that basic concept of airport development had been kept through WWII.
1.背 景 現 在 、 航 空 は遠 距 離 を 結 ぶ 主 要 な 交 通 、 輸 送 手 段 で あ り 、 空 港 は 各地 域 の 交 通 計 画 上 の 要 と な る 非 常 に重 要 な 施 設 で あ る 。そ の 一 方 で 飛 行 場 は広 大 な 敷 地 を必 要 と し、 飛 行 機 が 発 生 す る騒 音 等 の た め 近 隣 住 民 に と っ て は 迷 惑 施 設 で あ る な ど、 そ の 設 置が 容 易 で な い。 そ の た め 、 空 港 の 整 備 に あ た って は 、 都 市 計 画 や 広 域 計 画 と の 関 係 を 考 慮 した 飛行 場 の位 置 付 け が 非 常 に重 要 で あ る と言 え る。 現 在 の 首 都 圏 の 空 港 お よ び 飛 行 場 は 、成 田 の用 地 取 得 、 羽 田 の 再 拡 張 ・国 際 化 、 第 三 空 港 設 置 な ど の 課 題 を 抱 え て い る 。 米 軍 や 自衛 隊 基 地 周 辺 で は 飛 行 差 し 止 め 訴 訟 な ど も行 わ れ て お り、都 市 と飛 行 場 の 関 係 は良 好 とは 言 え な い 。 これ は 飛 行 場 が 都 市 計 画 との 関 係 で き ち ん と位 置 付 け され て こな か った こ と に一 因 が あ る と考 え られ る。 現 在 、 首 都 圏 に は 羽 田 の 東 京 国 際 空 港 と成 田 の新 東 京 国 際空 港 の2空 港 を は じめ 、 米 軍 基 地 や 自衛 隊 基 地 な ど を 含 め て19の 飛 行 場 が 存 在 し、 そ の ほ とん どは 戦 前 の 飛 行 場 を 前 身 と し て い る。 戦 前 に 約60ヵ 所 あ っ た 飛 行 場 は ほ と ん どが 軍 用 で あ った が 、 終 戦 後 に様 々 な 用 途 に 転 用 さ れ て 都 市 との 関 係 を深 め て い っ た 。 これ まで 都 市 計 画 と 飛 行 場 の 関 係 に 関 す る 土 木 史 的 研 究 は 手 薄 で あ った が 、 今 後 都 市 施 設 と して の 飛 行 場 整 備 を考 え る 際 に、 これ ま で の 飛 行 場 の 立 地 の経 緯 や 都 市 計 画 と の 関 係 で 飛 行 場 が ど の よ う に位 置 づ け られ て き た か を 明 らか に す る こ と が 重 要 で あ る 。 2.目 的 ・対 象 本 研 究 で は 、 首 都 圏 を対 象 地 域 と して 、 飛 行 場 草 創 期 か ら戦 後 の1995年 頃 ま で の 飛行 場 の 立 地 傾 向 と そ の 後 の 変 遷 に つ い て 分 析 す る と共 に、 都 市 計 画 にお け る 飛 行 場 の 位 置 付 け の移 り変 わ り につ い て 明 らか にす る 。 よ り具 体 的 に は 次 の4点 を 目的 とす る 。 1.戦 前 の 飛 行 場 立 地 に つ い て 、 設 置 主 体 や 目 的 、設置 時 期 、規 模 、周 辺 の 交 通 基 盤 整 備 に着 目 して そ の 特 徴 を 明 らか にす る こ と 2.戦 後 の 飛行場 転 用 に つ いて 、 戦 前 の 交 通基 盤 整 備 状 況 に 着 目 して そ の 傾 向 を明 ら か に す る こ と 3.都 市 計 画 に お け る 飛 行 場 立 地 選 定 思 想 の 変 遷 を 明 ら か に す る こ と 4。 以 上1∼3の ま と め と して 、 首 都 圏 にお け る 飛 行 場 計 画 の経 過 を 明 らか にす る こ と 3.既 存 研 究 飛 行 場 の 変 遷 に つ い て は 、 旧 軍 用 地 の 転 用 に 関 す る 観 点 か ら、地 理 学 の 分 野 で い くつ か の 研 究 が な され て い る。 宮 木1)は、関 東 地 方 に お け る旧 軍 用 地 へ の 工 場 進 出 の 実 態 を 明 らか に す る 中 で 、 旧飛行 場 に つ い て 、広 大 な 平 坦 地 が 得 られ 、 道 路 や 鉄 道 が 整備 さ れ て い るた め 大 規 模 工 *k eyword:飛 行 場 、 首 都 圏 、 都 市 計 画 **正 会 員 工 修 大 成 建 設 株 式 会 社 水 戸 ペ デ ス トリア ンデ ッ キ作 業 所 (〒310-0015茨 城 県 水 戸 市 宮 町1-1) *** 正 会 員 工 修 都 市 基 盤 整 備 公 団 (〒102-8201東 京 都 千 代 田 区 九 段 北1-14-6) **** 正 会 員 工修 東 京 大 学 大 学 院 助 手 工 学 系 研 究 科 社 会 基 盤 工 学 専 攻 (〒113-8656東 京 都 文 京 区 本 郷7-3-1) ***** フェ ロー 会 員 工 博 東 京 大 学 大 学院 教 授 工 学 系 研 究 科 社 会 基 盤 工 学 専攻 (〒113-8656東 京 都 文 京 区 本 郷7-3-1) ****** 正 会 員 工 博 日本 大 学 教 授 理 工 学部 社 会 交 通 工 学 科 (〒274-8501千 葉県 船 橋 市 習 志 野 台7-24-1)
場 に 適 して い る こ と に 言 及 し て い る 。 しか し 具 体 的 な デ ー タ に基 づ い た 詳 細 な 議 論 は 行 わ れ て いな い 。 松 山2)3)は 、戦 後 の 旧軍 用 地 の 転 用 につ い て 、転 用 状 況 の 経 年 変 化 を具 体 的 に 分 析 して い る 。 また 、 転 用 に影 響 を 与 え た 諸 政 策 と して(1)国 の 旧 軍 用 地 処 分 方 針 、(2)戦 後 復 興 、産 業 振 興 、地 域 開発 等 に関 わ る 個 別 政 策 、(3)占領 政 策 、 安 全 保 障 構 想 、 の3点 を取 り上 げ 、 政 策 の 転 換 過 程 につ いて 論 じ、 実 際 の 転 用 と の 関 連 に つ い て 分 析 し て い る 。 旧軍 用 地 と戦 後 開 拓 事 業 、 お よ び 旧軍 用 地 と防 衛 施 設 立 地 に つ い て は 詳 細 に論 じて お り、 政 策 の 変 化 と 旧 軍 用 地 の転 用 の 関 係 に つ い て 明 らか に して い る。しか し、 旧 軍 用 地 周 辺 の 交 通 基 盤 につ い て は ほ とん ど触 れ られ て い な い。 以 上 の よ うに 、 既 存研 究 で は 軍 用 飛 行 場 跡 地 を 対 象 と して 、 そ の 転用 状 況 とそ の 背 景 に あ る 諸政 策 の 変 遷 に つ い て の 詳 細 な 分 析 が 行 わ れ て い る 。 た だ 、 戦 前 の 飛 行 場 は ほ と ん ど が 軍 用 で あ っ た こ と も あ り、 交 通 基 盤 施 設 と して の 飛 行 場 に つ い て の 議 論 は 十 分 で は な い。 ま た 、 飛 行 場 の 立 地 選 定 や 飛 行 場 と都 市 の 関 係 に つ い て の 考 察 も あ ま り行 わ れ て い な い 。 3.日 本 航 空 史 概 略 まず 、 飛 行 場 発 達 の 背 景 を 明 らか に す るた め 、 日本 に お け る航 空 史 を概 観 す る 。 (1)世 界 的な 航 空 の 流 れ a)第 一 次 世 界 大 戦 によ る飛 行 機 の 確 立 ラ イ ト兄 弟 に よ る 初 飛 行(1903)の 後 、飛 行 機 の発 展 は 著 し く進 み 、1910年 か ら1914年 に は 欧 米 主 要 各 国 の 軍 隊 に 数 百 機 の 飛 行 機 が 導 入 さ れ て い る4)。 一方 、飛 行 船 は 既 に実 用 化 され て お り、 第 一 次 世 界 大 戦 で は 、 ドイ ツ の ツ ェ ッペ リ ン飛 行 船 に よ る ロ ン ドン空 襲 が 行 わ れ た 。 大 戦 当初 は 飛 行 船 の 性 能 に 飛行 機 が 及 ばな か っ た が 、 大 戦 後 期 ま で に は飛 行 機 が 急 激 な 進 歩 を 遂 げ る。 戦 後 、 各 国 で 航 空 旅 客 輸 送 や 貨 物 輸 送 が 開 始 さ れ た が 、 これ は パ イ ロ ッ トの 維 持 、 航 空 技 術 開発 レベ ル の 維 持 と い う側 面 が あ る と と も に、 第 一 次 世 界 大 戦 に よ って 飛 行 機 の 地 位 が 確 立 した こ と を 表 して い る。 b)第 二 次 世 界 大 戦 によ る ジ ェ ッ トエ ン ジ ン の 開 発 第 一 次 世 界 大 戦 後 の 航 空 輸 送 発 達 に伴 い 、 航 空 機 の 大 型 化 、高速 化 が 図 られ た 。再 度 の 世 界 大 戦 の 勃 発 に よ り、 ジ ェ ッ トエ ン ジ ン の 開 発 に拍 車 が か か っ た 。 実 用 的 な ジ ェ ッ ト機 の 登 場 は 大 戦 末期 にな る が 、 こ れ は 戦 後 、 航 空 輸 送 の 大 発 展 を もた らす ジ ェ ッ ト旅 客 機 の 登 場 に つ な が っ て い く。 (2)日 本 の 航 空 の 流 れ5)6) a)軍 部 に よ る研 究 と技 術 の 輸 入 1909(明 治42)年 、臨 時 軍 用 気 球 研 究 会 が 創 設 され 、軍 部 と 民 間 で 飛 行 機 の 研 究 が始 ま っ た 。 第 一 次 世 界 大 戦 で ドイ ツ に宣 戦 した 日本 は 、 ドイ ツ の 拠 点 で あ った 青 島 に 出兵 した 。 こ の と き陸 軍5機 、海 軍4機 の 飛 行 機 が 参 加 し 、 ヨー ロ ッパ に は遠 く及 ば な い も の の 、 兵 器 と して の 飛 行 機 の実 用 性 を 示 し た 。1915(大 正4)年 に は所 沢 に航 空 大 隊 が 、1916(大 正5)年 に は 追 浜 に横 須 賀 海 軍 航 空 隊 が 置か れ 、研 究 お よ び実 際 の 配 備 の 為 、 大 戦 中 の イギ リス 、 ア メ リカ 、 フ ラ ン ス か ら 飛 行機 を輸 入 し た 。 陸 軍 は1919(大 正8)年 に フ ラ ン ス か ら、海 軍 は1921 (大 正10)年 に イ ギ リ スか ら航 空 教 育 団 を招 聘 し た 。これ を き っか け に 国 内 企 業 に よ る 欧 米 の 機 体 、 発 動 機 の ライ セ ン ス 生産 が 進 め られ 、 輸入 に 頼 って いた 軍 用 機 が 国 内 で も 生産 さ れ る よ う に な っ た 。 b)軍 主 導 の 民 間 航 空 民 間航 空 の 発 達 は 遅 れ て い た た め 、1919(大 正8)年 に 軍 が 主導 し て 民 間 航 空 の 育成 を 図 る臨 時 航 空 委 員 会 が 設 置 さ れ 、1920(大 正9)年 に は 陸 軍 省 の 外 局 と して 航 空 局 が 設 置 され た 。 ま た 、 国 際 航 空 条 約 の 批准 に 伴 い 、1921 (大 正10)年 に 航 空 法 が 公 布 さ れ た(1927年 施 行)。 1927(昭 和2)年 に は政 府 に よ る定 期 航 空 輸 送 が 計 画 さ れ 、 国策 会 社 の 日本 航 空 輸 送 株 式 会 社 が 発 足 す る。 こ れ に よ り国 内 航 空 路 の 整備 が 進 む が 、1935(昭 和10)年 に は 戦 時 体 制 に 移 行 し 、終 戦 ま で 軍 用 定 期 輸 送 と して 運 用 さ れ た。 c)終 戦 後 の 空 白 期 間 1945(昭 和20)年 に終 戦 を 迎 え 、 日本 の 航 空 活 動 は国 内 航 空 会 社 の活 動 お よ び 一 切 の 研 究 活 動 がGHQに よ って 完 全 に禁 止 さ れ る 。1952(昭 和27)年 まで の 空 白 期 間が そ の 後 の 日本 の 航 空 に 取 り返 し の つ か な い 大 き な 遅 れ を 与え る こ と とな る 。 1951(昭 和26)年 に は航 空 機 の 運 航 を外 国 企 業 が 行 い、 日本 側 は営 業 を 担 当 す る 条 件 で 日本 航 空 株 式 会 社 が 発足 した 。1952(昭 和27)年 に は航 空 法 が 施 行 さ れ 、運 輸省 航 空 局 が 設 置 さ れ た 。 接 収 さ れ て い た羽 田 空 港 の 一 部返 還 も 実 現 し、 日 本 航 空 は 自主 運 行 を 開始 す る 。 d)高 度経 済 成 長 期 以 降 の 空 港 整 備 1956(昭 和31)年 に は 空 港 整 備 法 が 公布 さ れ 、返 還 さ れ た 飛 行 場 の 再 整 備 に 加 え 、 一県 一 空港 を 目指 した 第三 種 空 港 の 設 置 が 各 地 で 行 わ れ た 。 ま た 、東 京 オ リン ピッ ク 開 催 を契 機 と し て 羽 田 空 港 の 空 港 施 設 と モ ノ レー ル 、 首 都 高 速道 路 と い っ た ア クセ ス が 整 備 され た 。 昭 和40年 代 に は 、航 空 需 要 の 増 加 、大都 市 圏 の 空 港 整 備 の 行 き詰 ま り、 ジ ェ ッ ト化 と周 辺 地 域 の 市 街 化 に よ る 環 境 問 題 な ど を 背 景 と して 、 計 画 的 な 空港 整 備 を 推 進す る た め 、第 一 次 空 港 整 備 五 箇 年 計 画(1967∼70)が 決定 され た 。こ の 計 画 の も とで 、羽 田 空 港 、伊 丹 空 港 の 整 備 、 成 田 空 港 の 建 設 着 工 、 地 方 空 港 の 整 備が推 進 さ れ た 。続 く第 二 次 空 港 整 備 五 箇 年 計 画(1971∼75)で は 、成 田空 港 の 建 設 、 伊 丹 空 港 の 改 良 を 筆 頭 に 、各 空 港 の 整 備 が 行 わ れ て い く。第 三 次(1976∼1981)で は 、空 港 周 辺 の環 境 対 策 事 業 が 推 進 され 、第 四 次(1981∼1986)で は 、成 田 空 港 の 完 全 空 港 化 、 関西 新 空 港 の 建設 、 羽 田 空 港 の沖 合 展 開 が 三 大 プ ロ ジ ェ ク トと して 挙 げ られ 、 強 力 に推 進 さ れ た 。 4.設 置 目 的 に よ る 戦 前の 飛 行 場 の 類 型
戦 前 の 軍 関 係 お よ び 飛 行 場 関 係 の 資 料7)∼12)をも と に 首 都 圏 に お け る 飛行 場 そ れ ぞ れ の 立 地 を確 認 し、 設 置 目 的 に よ る 飛 行 場 の類 型 化 を 行 った 。 (1)軍 用 飛 行 場 日本 にお け る 飛 行 機 研 究 の 出 発 点 は 前 述 の通 り 、 陸 海 軍 共 同 で 設 立 さ れ た1909(明 治42)年 の 臨 時 軍 用 気 球 研 究 会 で あ った 。 これ は陸 軍 主 導 で あ っ た た め 、 そ の 後 の 陸 軍 航 空 の 母 体 と な るが 、 一 方 の 海 軍 は 独 自 に航 空 研 究 に 乗 り出 し、 飛 行 場 整 備 に 関 して も別 々 の方 策 を とる こ と とな る。 a)陸 軍 1919(大 正8)年 、臨 時 軍 用気 球 研 究 会 は解 消 され 、陸 軍 航 空 部 と陸 軍 航 空 学 校 が 新 設 さ れ た 。 これ を 出 発 点 と して 、第2次 世界 大 戦 の 終 戦 ま で 、組 織 の 拡 充 が 行 わ れ 、 そ れ に伴 う飛 行 場 の 開 設 も行 わ れ た 。 陸 軍 飛 行 場 は 実 施 部 隊 あ る い は 防 空 部 隊 の駐 屯 地 と し て の 飛 行 場 と 飛 行(航 空)学 校 付 属 飛 行 場 な ど の 教 育 用 飛 行 場 の2種 類 に 分 類 で き る。 実 施 ・防 空 部 隊 用 飛 行 場 は 、 一 本 の 滑 走 路 を 持 つ こ と が 特 徴 で あ る 。 一 方 、 教 育 用 飛 行 場 は 、滑 走 路 を持 た な い 芝 生 で あ る(図1)。 ま た 、教 育 用 飛 行 場 の規 模 は20万 坪 か ら80万 坪 と幅 広 く、大 小 さ ま ざ ま な 飛 行 場 が 設 置 さ れ た 。 b)海 軍 海 軍 飛 行 場 も陸 軍 と 同 様 に 実 施 ・防 空 部 隊 用 飛 行 場 と 教 育 用 飛 行 場 の2種 類 に 分 類 で き る 。 海 軍 の 実 施 ・防 空 用 飛 行 場 も 滑 走 路 を 備 え て い た が 、 陸 軍 と は 異 な り複 数 本 の 滑 走 路 を 持 って い た 。 教 育 用 飛 行 場 も陸 軍 と同 様 滑 走 路 を もた な い 芝 生 が 飛 行 場 で あ った が 、 そ の 一 方 で 規 模 は60万 坪 か ら80万 坪 と 大規 模 な もの で あ っ た 。 (2)民 間飛 行 場 民 間 飛 行 場 は、 官 設 の も の と純 粋 に 民 間 の も の と に 分 け る こ とが で き る。 官 設 飛 行 場 は 、 設 置 主 体 と して 航 空 局 、 東 京 府 、 東 京 市 が あ げ られ る 。 東 京 府 設 置 の も の は 調 布 飛 行 場(竣 工 直 後 に 陸 軍 の防 衛 拠 点 とな る)、東 京 市 設 置 の も の は 砂 町 の 東 京 市 飛 行 場(実 現 せ ず)だ け で あ る。 航空局 設置 の 飛 行 場 は 、 航 空 機 乗 員 養 成 所 の 飛 行 場 と 公 共 飛 行 場 の2 種 だ が 、首 都 圏 に お け る 公 共 用 飛 行 場 は 羽 田の み で あ る。 航 空 機 乗 員 養 成 所 の 特 徴 を ま と め れ ば 、 ほ ぼ1000m× 図-1滑 走 路 を 持 つ 飛 行 場 と 持 た な い 飛 行 場 左 は 柏 飛 行 場7)右 は 三 尻 飛 行 場7)(縮 尺1:75,000) 1000mの 正 方 形 、 面 積 に して 約30万 坪 の芝 生 で あ る 。 純 粋 に 民 間 の 飛 行 場 と して は 、 初 期 の干 潟 ・埋 立 地 の 飛 行 場 、飛 行 機 製 作 会 社 の 飛 行 場 、そ の他 の飛 行 場 の3種 類 に 分 類 で き る 。干 潟 ・埋 立地 の 飛 行 場 は、東 京 湾 岸 の 鶴 見 、稲 毛 な ど に立 地 したが 、1923(大 正11)年 の 関 東 大 震 災 で ほ ぼそ の 姿 を 消 す こ と に な る 。 飛 行機 製 作 会 社 の 飛 行 場 と して は 、1920(大 正9)年 に 閉鎖 され た 赤 羽 飛 行 場 を 含 め る と、赤 羽 、尾 島 、太 田 、宇 都 宮 、昭 和 の5つ で あ る 。赤 羽 、尾島 の 両 飛行 場 は 設 置 時 期 も1917(大 正6) 、 18(大 正7)と 早 く過 渡 的 で あ る が 、太 田 、宇 都 宮 、昭和 の 各 飛 行 場 は1000m以 上 の滑 走 路 を 備 え た 飛 行 場 で あ っ た 。 (3)首 都 圏 に お け る 飛 行 場 設 立 の 起 源 に よる 分 類 以 上 の よ うな 整 理 に よ る と、 首 都 圏 にお け る 戦 前 の 飛 行 場 は 、そ の設 立 起 源 、設 置事 由 に よ り12種 類 に 分 類 で き 、 そ れ ぞ れ の規 模 や 設 備 に傾 向 が あ る。 そ の 分 類 と特 色 を表1に 示 す 。 5.戦 前 の 飛 行 場 立 地 (1)飛 行 場 立 地 の 変 遷 首 都 圏 にお け る 戦 前 の 飛 行 場 の 立 地 につ いて 、 時 期 に よ る特 徴 を分 析 す る(図2)。 a)1911(明 治44)年 か ら1921(大 正11)年 この 時 期 は 、 陸 軍 の航 空大 隊 が 全 国 に配 備 さ れ て い く 時 期 で あ る 。1921(大 正11)年 に 設 置 され た 立 川 は 所 沢 に 比 べ 、 都 心 との ア クセ スが よ い 。 地 価 坪1円 以 下 と い う条 件 に よ り所 沢 に 立 地 した 経 緯 を 考 えれ ば 、 地 価 の 高 い 立 川 に大 規 模 な 飛 行 場 を設 置 で き た こ とは 、航 空 の実 用 性 と 重 要 性 が 認 知 さ れ た 結 果 で あ ろ う。 海 軍 の 飛 行 場 は追 浜 と霞 ヶ 浦 に 立 地 した 。広 大 な 敷 地 、芝 張 、 水 陸 両 用 の 飛 行 場 で あ っ た こ と を考 え れ ば 、 霞 ヶ浦 は 航 空 教 育 の た め に考 え られ た 配 置 で あ る と言 え よ う。 民 間 の 飛 行 場 の 始 ま りは干 潟 を 利 用 す る も の で あ った た め 、 東 京 湾 岸 に立 地 して い る 。 b)1921(大 正11)年 か ら1931(昭 和6)年 こ の10年 間 、陸 軍 飛 行 場 は全 く 増 え て いな い 。 こ の 時 期 は ワ シ ン トン条 約 に始 まる 軍 縮 期 で あ り、軍 事 費 削 減 の 影 響 も あ る と考 え られ る 。海 軍 の 館 山飛 行 場 は1000m ク ラ ス の 滑走 路 を備 えた 近 代 的 な 飛 行 場 で あ り、 実 施 部 表-1首 都 圏 に お け る 戦 前 の飛 行 場 設 立起 源 に よ る分 類 (作 成:手 塚)
1911(明 治44)年 1921(大 正11)年 1931(昭 和6)年 1937(昭 和12)年 1943(昭 和18)年 図-2首 都 圏 に お け る 飛 行 場 分 布 の 変 遷 (1911∼1943(明 治44∼ 昭 和18)年)(作 成:手 塚 ・福 井) 隊 が 配 備 され た 。 館 山 と呉 の2隊 の 開 隊 に よ っ て 海 軍 航 空 隊 の 全 国 配 備 が 完 了 す る。一 方 、民 間 航 空 で は1928(昭 和3)年 に 日本 航 空 輸 送株 式 会 社 が 設 立 さ れ 、翌 年 に運 行 が 開 始 さ れ た 。 しか し民 間 飛 行 場 の 整 備 が 間 に 合 わ ず 、 立 川 に東 京 飛 行 場 を 併 設 した(1929(昭 和4)年)。 東 京 飛 行 場 はそ の 後1931(昭 和6)年 に 開 場 した 羽 田 飛 行 場 に 移 転 す る。 c)1931(昭 和6)年 か ら1937(昭 和12)年 陸 軍 に も霞 ヶ 浦 と 同 規 模 の 三 尻 飛行 場 が 設 置 され た 。 他 に も水 戸 と 豊 岡 に も教 育 の た め の 飛 行 場 が 設 置 され て い る。 時 期 が 満 州 事 変 か ら 日 中 戦 争 開 戦 ま で と あ っ て 、 航 空機 乗 員 の 大 量 養 成 が 必 要 と な っ て き た こと が わ か る 。 海 軍 で 教 育 用 の 百 里 、 友 部 飛 行 場 を設 置 して い る の も同 様 の 理 由 に よ る と考 え られ る 。 d)1937(昭 和12)年 か ら1943(昭 和18)年 図 中で は 民 間 飛 行 場 とな っ て い る 、東 京 府 が 開 設 した 調 布 、航 空 局 が 開 設 した松 戸 、 印 旛 の3飛 行 場 は 、 実際 に は 陸 軍 の 防 空 拠 点 飛 行 場 と して 使 用 され て い る 。 これ ま で 陸 軍 が 設 置 して き た飛 行 場 は 、 数 は多 い が 都 心 か ら の 距 離 が 遠 く、部 隊 の 配 備 に適 さ な か った か らで あ ろ う。 調 布 の 場 合 は 始 め か ら陸 軍 省 が 設 置 に 関係 し て い る し、 松 戸 や 印旛 に つ い て も陸軍 系 の 航 空 機 乗 員 養 成 所 で ある。 首 都 圏 の陸 軍 飛 行 場 は 、基 本 的 に は積 極 防 空 を 支 え る乗 務 員 養 成 が 目的 で あ っ た。 そ の た め に設 置 し や す い 所 に
図-3首 都 圏 にお け る 飛 行 場 分 布 と そ の 設 立 起 源 (1945(昭 和20)年)(作 成:日 高 ・福 井) 設 置 す る と い う無 計画 な 飛 行 場 配 置 に な った の で あ ろ う。 そ して 、 本 土 防 空 問 題 に 直 面 して 、 東 京府 や 航 空 局 に防 空 用 の 飛 行 場 を作 らせ た とい う こ とで あ ろ う。 e)ま と め 図3は1945(昭 和20)年 時 点 で の 飛 行 場 配 置 図 を 設 立 起 源 別 に示 した も の で あ る。 これ に よ って 、終 戦 ま で の 立 地 傾 向 を考 察 す る。 陸 軍 飛 行 場 は 、 ほ ぼ 関 東 全 域 に わ た っ て 設 置 さ れ て い る が 、特 に多 摩 ・埼 玉 西 部 へ の 集 中 的 な 立 地 が 目立 つ 。ま た 、 三 尻 、 下 志 津 な ど の 飛 行 学 校 周 辺 に分 教 場 が 設 置 さ れ て い る傾 向 が よ くわ か る 。 これ らの 設 置 は太 平 洋 戦 争 開 戦(1941(昭 和16)年)以 降 に増 え て お り、 軍 航 空 の 重 要 性 が 高 ま り、 乗 務 員 養 成 が 進 め られ て い った こ と が 背 景 と して 考 え られ る 。 実 施 防 空 用 飛 行 場 は 都 心 に近 い 位 置 に 目 立 ち 、早 期 に 建 設 さ れ 大 規 模 な 敷 地 を持 つ 所 沢 、 立 川 な ど 、 陸 軍 航 空 の 中枢 部 周 辺 に 設 置 され た も の と 、 1936(昭 和11)年 頃 か らの 都 市 防 空 論 の 高 ま り と共 に首 都 防 空 の た め に東 京 周 辺 に 設 置 され た も の 、戦 争 末 期 に 米 軍 の 九十 九 里 浜 上 陸 に備 え た も の な どに 分 け られ る 。 海 軍 飛 行 場 に つ い て は 、 教 育 用 飛 行 場 は 少 な く、 霞 ヶ 浦 飛 行 学 校 を 中 心 に 分 教 場3ヵ 所 が 配 置 さ れ て い る 。 実 施 防 空 用 の 飛 行 場 は 首 都 圏 南 方 に 多 く、早 い 時 期 の 立 地 が 目立 つ 。 官 設 の 飛 行 場 に 着 目す る と 、 公 共 用 飛 行 場 と し て の 羽 田以 外 は、 乗務 員 養 成 所 と して 、 比 較 的 都 心 近 辺 に 配 置 され て い る。 都 心 か ら20km圏 に あ る 調 布 、松 戸 な ど は、 戦 争 末 期 に は 陸 軍 の 防 空 拠 点 と して 利 用 さ れ る こ と と な っ た が 、 設 置 の 段 階 か ら陸 軍 が 関 わ って お り 、 軍 事 的 性 格 が 強 か っ た と 言 え る。 ま た 、 飛行 機 会 社 付 設 の 飛行 場 は 太 田、 宇 都 宮 に 設 置 さ れ て お り、 戦 前 の 工 業 分 散 政 策 に よ り、 飛 行 機 工 場 を 中 心 と した 都 市 建 設 が 行 わ れ た こ と を 背 景 と し て い る。 そ の 他 の 民 間 飛 行 場 は 河 川 敷 を利 用 した も の な ど 、 規 模 が 小 さ な もの が 多 い。 (2)飛 行 場 周 辺 の 交 通 基 盤 整 備 状 況 次 に 、終 戦 時 に 設 置 さ れ て い た 首 都 圏 の飛 行 場 の う ち 、 位 置 が 特 定 で き た60ヵ 所 を対 象 に 、各 飛 行 場 周 辺 の交 通 基 盤 整 備 状 況 に よ る 分 析 を行 う。 鉄 道 お よ び道 路 整 備 の 状 況 を見 る た め に 、 引 込 線 の 有無 お よ び鉄 道 駅 か ら の距 離 に よ る分 類 と 、 国 道 、 府 県道 へ の ア ク セ ス の 有 無 、 国 道 か ら の距 離 に よ る 分 類 を 行 っ た(表2)。 鉄 道 との ア ク セ ス を見 る と 、鉄 道 駅 か ら2km以 内 な い し は 引 込 線 を持 つ 飛 行 場 が37カ 所 有 り、鉄道 と の ア ク セ ス は 良 好 で あ る こ と が わ か る。 特 に 、 比 較 的 初 期 に 設 置 さ れ た 、 所 沢 、 立 川 、 下 志 津 、 霞 ヶ 浦 、追 浜 な ど 陸 ・海 軍 そ れ ぞ れ の 活 動 の 中心 とな っ て い た 飛行 場 は 鉄 道 、道 路 と も に 交通 基 盤 の 条 件 の よい 立 地 で あ る こ と が 分 か る。 初 期 の 輸 送 手 段 は 鉄 道 だ った た め 、 鉄 道 駅 近 くへ の 立 地 お よ び 引 込 線 の設 置 が 必 要 で あ っ た の も一 因 で あ ろ う。 また 、 横 浜 線 、 八 高 線 、 両 毛 線 、 水 戸 線 を結 ん だ 首 都 圏 の 外 側 を環 状 に 結 ぶ ル ー ト沿 い に は 、追 浜 、 立 川 、 昭 和 飛 行 機 、福 生 、 高 萩 、 児 玉 、 前 橋 、下 館 、友 部 、水 戸 、 表-2首 都 圏の 飛 行 場 の 交 通 基 盤 整 備 状 況 と 設 置 起 源 (作 成:日 高) ■ 陸軍 実施 ・防空用 □ 陸軍教 育用 ●海 箪実施 ・防空用 ○ 海軍教 育用 ▼ 官設 ★工場附属 ☆ 民間そ の他
水 戸 南 とい った 飛 行 場 の 立 地 が 見 られ る。 この ル ー ト上 に は、 陸 軍 相 模 原 造 兵 廠 な どの 物 資 補 給 基 地 も立 地 して お り、 鉄 道 を介 した ネ ッ トワー ク が 形 成 され て いた と推 測 され る。 また 、道 路 の 整 備 状 況 につ い て 見 て み る と、甲州 街 道 、 中 山 道 、 陸 羽 街 道 、 陸 前 浜 街 道 な ど の 主 要 国 道 か らの連 絡 が 容 易 な 位 置 に 立 地 して い る 飛 行 場 が24カ 所 とな っ て お り、 また ほ とん どの 飛 行 場 に お い て府 県 道 に よ る ア ク セ ス が 整 備 さ れ て い る。 戦 後 、国 道16号 線 に指 定 さ れ る こ と とな る 、東 京 都 心 か ら30km圏 の 環 状 道 路 計 画 は、戦 前 の軍 事 都 市 を 結 ぶ 軍 用 ・産 業 道 路 計 画 で あ っ た と言 わ れ て い る13)。先 に 述 べ た 鉄 道 輸 送 ル ー ト と 同 様 に 、 陸 軍 相 模 原 造 兵 廠 が この ル ー ト上 に立 地 して お り、 追 浜 、 立 川 、 昭 和 飛 行 機 、 福 生 、狭 山 、豊 岡 、柏 、下志 津 、木 更 津 の各 飛 行 場 も 連 な っ て い る 。 次 に 、 設 置 主体 別 に見 て み る 。 ま ず 陸 軍 飛 行 場 で あ る が 、実 施 ・防 空 用 の 飛行 場 は鉄 道 ア クセ ス 、 道 路 ア クセ ス に優 れ て い る 傾 向 が あ る。 従 来 あ った 府 県 道 や 町 道 を 分 断 す る形 で 立 地 す る も のが こ こ で 挙 げた35事 例 中21 事 例 あ る 。道 路 整 備 が す で に 行 わ れ て い る場 所 に 立 地 し、 道 路 と直 接 接 続 を 図 る た め に道 路 の 付 け替 え を 行 っ た も の と考 え られ る(図4)。 ま た 、飛 行 場 の 拡 張 に 伴 い 隣 接 す る道 路 の 付 け 替 え が必 要 とな っ た 所 沢 の例 も あ る 。 海 軍 飛 行 場 で は 、特 に鉄 道 との ア ク セ ス に 優 れ て い る。 香 取 、 茂 原 、 藤 沢 は 九十 九 里 浜 、 相 模 湾 か らの 米 軍 上 陸 作 戦 の 対 応 策 と し て 終 戦 間 際 に 設 置 され た も の で あ り、 急 造 した に も か か わ らず 基 盤 整 備 レベ ル は 高 い 。 こ う し た 戦 争 末 期 の急 造 飛 行 場 の 建 設 に お いて は 、 か な り強 引 な 用 地 買 収 ・接 収 が 行 わ れ た も の と考 え られ る 。 官 設 飛 行 場 で は 、 公 共 用 飛 行 場 で あ った 羽 田 と都 市 計 画 決 定 さ れ た 調布 の 基 盤 整 備 レベ ル が 高 い。 乗 務 員 養 成 用 の 飛 行 場 の う ち 、 松 戸 は 陸 軍 の 軍 用 軌 道 に 接 して 設 け られ 、 防 空 拠 点 と し て用 い られ た が 、 古 河 、 印 旛 、 鹿 島 の3カ 所 は 基 盤 整備 レベ ル が 低 い こ とが 分 か る 。 6.戦 後 の 変 遷 と 交 通 基 盤 と の 関連 戦 前 に供 用 され た 飛行 場 は 、 終 戦 後 様 々な 用 途 に転 用 さ れ て い く。松 山2)3)は 転用 の 時 代 区分 を次 の3期 に 分 け て い る。 図-4県 道 の 付 替 を行 っ た 飛 行 場 左 は宇 都 宮 飛 行 場7)右 は水 戸 飛 行 場7)(縮 尺1:75000) 第1期:1945∼1960(昭 和20∼35)年/農 地 、 米 軍 用 地 へ の 転 用 第2期:1960∼1975(昭 和35∼50)年/工 業 用 地 、 自 衛 隊 用 地 へ の転 用 第3期:1975(昭 和50)年 ∼/大 規 模 再 開発 用 地 、公 用 ・ 公 共 用 地 へ の 転 用 こ こで は こ の 時 代 区 分 に従 い 、 各 飛 行 場 の 交 通 基 盤 整 備 状 況 と転 用 さ れ た 用 途 の 関 係 に つ い て分 析 す る 。 (1)第1期:駐 留 軍 の 接 収 と 農 地 転 用 前 章 で 整 理 した 飛 行 場 の交 通 基 盤 整備 状況 をベ ー ス に、 1950(昭 和25)年 時 点 の転 用 状 況 を表 した の が 表3で あ る 。 これ に よ り 、 米 軍 に接 収 され た の は全 て 鉄 道 駅 か ら 2km以 内 に 立 地 す る 飛 行 場 で あ っ た こ とが わ か る 。 横 田 で の 引 込 線 延 長 、 羽 田で の 引 込 線 新 設 な ど を 見 て も、米 軍 の 物 資 輸 送 にお い て 鉄 道 は 不 可 欠 な もの で あ り、 引込 線 が 敷 設 され て い る 飛 行 場 お よ び 鉄 道 路 線 に 近 く 、 引込 線 の 建 設 が 容 易 な 飛 行 場 を接 収 し た と考 え ら れ る。 道路 整 備 に つ い て も 、 国 道 との ア ク セ ス が 可 能 な 飛 行 場 を接 収 す る 例 が 多 く 、接 収 後 の 道 路 整 備 も行 われ た 。例 え ば、 首 都 建 設 緊 急 整 備 事 業 計 画 の 中 で 日米 協 力 を うた い 、東 京 港 整 備 、 東 京 港 と 立 川 ・横 田 等 の 基 地 を 結 ぶ 軍 用 道路 の 整備 事 業 計 画 が80億 円 の規 模 で 策 定 され て お り、 一部 施 行 され て い る14)。 地 理 的 分 布 か ら は 、 都 心 に 近 い空 港 が接 収 さ れ て いる と言 え るが(図5)、 そ れ に加 え 、飛 行機 工 場 で あ っ た昭 和 飛 行 機 、 宇 都 宮 南 、 太 田 の 接 収 を 行 い 、 飛 行 機 工 業の 解 体 を 徹 底 させ た こ とが わ か る 。 こ う した 接 収 を 受 け な か っ た 飛 行 場 跡地 は 、 基 本 的 に 農 地 に 転 用 さ れ 、 主 に開 拓 入 植 者 の 受 け皿 と な った 。 (2)第2期:自 衛 隊 用 地 ・工 業 用 地 へ の 転 用 1960年 代 以 降 、米 軍 用 地 の 接 収 解 除 に よ り、 米 軍 用地 の い くつ か は 飛 行 場 や 自衛 隊 用 地 に 転換 し て い る 。また、 農 地 の 再 買 収 に よ り 自衛 隊 基 地 の 建 設 を行 お う とす る動 き が 起 こ った 。 こ の 背 景 と し て は 米 軍 の 占 領 政 策 の 転換 と 、自衛 隊 の 設 置 と い う時 代 背 景 が 考 え られ る 。また 、産 業 再 配 置 政 策 や 首 都 圏 整 備 法 で の 市 街 地 開 発 区 域 の指 定 を 受 け 、 農 地 か ら 工 業 用 地 へ の 転 換 も行 わ れ て い る 。 交 通 基 盤 整 備 と転 用 との 関 係 を表 した表4で は 傾 向が 読 み と りに く い が 、道 路 整 備 が 進 み 、 旧飛 行 場 周 辺 の局 所 的 な ア クセ ス の 良 否 が 転 用 に 与 え る影 響 が 小 さ く なっ た も の と考 え られ る 。 図6を 見 る と、農 地 の ま ま 残 って い る の は広 域 的 な 交 通 ネ ッ トワ ー ク か ら見 て 不 便 な 場 所 で あ る 傾 向 が 見 られ る 。 (3)第3期:接 収 解 除 と公 共 用 地 へ の 転 用 こ の 時期 に は 米 軍 用 地 の 返 還 が 行 わ れ る が 、 接 収 して い た 米 軍 用 地 は 比 較 的 都 心 に 近 く ア ク セ ス の 条 件 が よ か った た め 、 返 還 され た 時 点 で す で に 周 囲が 市 街 化 され て い る ケ ー ス が 多 く 、 返還 さ れ た 土 地 を再 開 発 用 地 と し た り、 公 園 な ど の 公 共 用地 とす る こ とが多 い(立 川 、柏 な ど)。 こ う した 場 合 には 、も は や そ の場 所 の 交 通 基 盤整 備 レベ ル の 問 題 よ りも 、そ の 場 所 が 高密 な 都 市 の 中 に残
表-3首 都 圏の 飛行 場 の 交 通 基 盤 整 備 状 況 と 戦 後 の 転 用 (1950年 時 点)(作 成:日 高) ■米軍 用地 ● 自衛隊用地 □工業用地 ○農地 ▽住宅地 ・官庁 ★飛行場 ☆公園緑地(無 印)そ の他 表-4首 都 圏 の 飛 行 場 の 交 通 基 盤 整 備 状 況 と戦 後 の 転 用 (1 975年 時 点)(作 成:日 高) ■米軍川地 ● 自衛隊用地 □工業用地 ○ 農地 ▽ 住宅地 ・官庁 ☆飛行場 ☆ 公園緑地(無 印)そ の他 表-5首 都 圏 の 飛 行 場 の 交通 基 盤 整 備 状 況 と 戦 後 の 転 用 (1995年 時 点)(作 成:日 高) ■米軍用地 ● 自衛隊用地 □工業用地 ○農地 ▽住宅地 ・官庁 ☆飛行場 ☆公園 緑地(無 印)そ の他 1950年 時 点 1975年 時 点 1 995年 時 点 図-5,6,7首 都 圏 の 飛 行場 の 転 用 状 況 (作 成:日 高 ・福 井)
され た 空 地 と して の 位 置 付 け が 絶 対 的 に強 く な る 、 か つ て 飛行 場 で あ っ た 経 緯 と は切 れ て し ま った と言 い 換 え る こ と も で き る 。(表5、 図7) 7.飛 行 場 の 立 地 選 定 思 想 の 変 遷 (1)戦 前 の雑 誌 記 事 にみ る論 点 「都 市 問題 」 「都 市 公 論 」 誌 上 に掲 載 され た航 空 関 連 の 記 事 ・論文 は 、1929年 に は じ ま り1939年 ま で の10年 間 に24点 を数 え る。 執筆 者 は 航 空 局 、陸 軍 関 係 の執 筆 者 が 多 く、 啓 蒙活 動 を 行 って い た も の と考 え られ る。 これ ら の 記 事 と 国 内航 空 再 開 後 の比 較 的 早 い時 期 に出 版 さ れ た 航 空 に関 連 す る 書 籍 の 論 点 を大 ま か に 整 理 した のが 表6 で あ る。 戦 前 の 記 事 の 傾 向 を ま とめ る と、 以 下 の通 りで あ る。 1.都 市 にお け る航 空 港 の 重 要 性 は昭 和 初 期 か ら主 張 さ れ て い た。 2.防 空 の 重 要 性 を主 張 す る 軍 関 係 者 に対 し、 民 間 航 空 の重 要 性 を 主 張 す る 勢 力 が あ っ た 。 3.海 外 の事 例 を 引 用 し、 航 空 整 備 の 遅 れ を訴 え る 姿 勢 が あ った 。 4.立 地 選 定 に関 して 、具 体 的 に は 、都 心 か らの 距 離 、他 の 交 通 機 関 と の 関係 、用 地 取 得 の 困 難 さ 、騒 音 問題 、 周 辺 障 害 物 の 規 制 な ど が論 じ られ て 。 5.都 心 か らの 距 離 に つ いて は概 ね20kmを 、所 要 時 間 は 30分 を限 度 と して いた 。 6.他 の 交 通 機 関 と の 関係 に つ いて は、 高 速 鉄 道 、 幹 線 道 路 と の連 絡 の 必 要 性 が 重 視 さ れ て い た 。 一 方 、 国内 航 空再 開 後 の 書 籍 に よる と 、 航 空機 の ジ ェ ツ ト化 、 大 型 化 に伴 い 、 空 港 に 要 求 さ れ る規 模 が大 き くな り、 都 市 の 発 展 に伴 い 、 年 々 空 港 の立 地 選 定 が難 し くな っ て い る 状 況 が見 て 取 れ る。 交通 網 整 備 の 観 点に よ る議 論 が 大 勢 を 占 め る 中で 、 八 十 島 ・古 池 が 隣 接 地域 の 土 地 利 用 に言 及 し、都 市 全 体 の な りた ち と 空 港 の 関係 に つ いて まで 意 識 して いる こ と に注 意す べ き で あ ろ う。 (2)都 市 計 画 の 中 の 飛行 場 戦 前 か ら戦 後 に か けて 、国 土 計 画 、 地方 計 画 、 首 都 圏 計 画 な の で 広 域 的 な 計 画 にお い て 飛 行 場が 取 り扱 わ れて き た 。 そ れ ぞ れ にお け る飛 行 場 計 画 を概 観 す る。 a)帝 都 の飛 行 場 計 画(都 市 計 画 東 京地 方 委 員 会,1938) 15) 東 京 地 方 委 員 会 で は、 か な り古 くか ら帝 都 の 飛 行 場 計 画 と い う題 目 が 掲 げ られ て い た が 、 飛 行 場 は 一 都 市 にひ とつ あ れ ば 足 りる も の だ との 認 識 で あ った よ う で あ る。 しか し、ニ ュ ー ヨー ク の地 方 計 画(1929(昭 和4)年 のも の)の 情 報 を得 て 、ニ ュー ヨー ク 地 方 計 画 区 域 内 に16力 所 の 飛 行 場 が あ り、さ らに16を 加 え る 計画 で あ る こ とを 知 る に 至 り、 飛 行 場 計 画が 促 進 され る こ と に な っ た 。 当 初 の地 方 委 員 会 案 は都 心 か ら20km付 近 に6飛 行 場 計 画 と い う も の で あ り、 逓 信 省 、 陸 軍 の 各 当局 と調 整 の 上 、砂 町 、羽 田(拡 張)、 調 布 、浦 和 付 近 、朝 霞付 近 、船 橋 付近 の6力 所 が 選 定 さ れ た 。 そ の 後 、 船 橋 は 逓 信 省 に よ り松 戸 に設 置 され 、朝 霞 は 不急 で あ る と の 理 由で 除 外 さ れた 。 1938年 に 東京(砂 町)、 調布 、浦 和 の3飛 行 場 案 が 承 認 さ れ た 。 表-6航 空 に関 す る戦 前 の雑 誌 記 事 及 び 戦 後 か ら1965(昭 和40)年 まで に 出 版 され た 書 籍 の 主 な 論 点(作 成:福 井)
東 京 飛 行 場 計 画 は都 市 計画 決 定 さ れ た もの の 、 戦 局 を 中 心 と した 社 会 情 勢 の 変 化 に よ り、 物 価 の 高 騰 、 資 財 の 不 足 とい った 状 況 に陥 り、用 地 の 埋 立 て が 完 了 し な い ま ま終 戦 を迎 え る 。 調 布 飛 行 場 は 陸 軍 の 防 空 拠 点 と して 建 設 が推 進 さ れ 、1941年 に竣 工 す る.浦 和 飛 行 場 は 、首 都 北 方 の 防 空 上 の 役 割 を期 待 され て い た が 実 現 せ ず に 終 わ る 。 本 計画 で 注 目す べ き は 、高 速 道 路 と飛 行 場 の 関 係 付 け が 明確 に な さ れ て い る点 で あ る(図8)。 都 心 と飛 行 場 の み な らず 、 飛 行 場 同 士 も環 状 道 路 で 結 ばれ て い る 。 こ う した 計 画 を行 った 背 景 に は 、1930年 頃 か ら各 誌 で 盛 ん で あ っ た 、都 市 と飛 行 場 の 議 論 が 影 響 し て い る の で あ ろ う。 b)大 東 京 地 方 計 画(都 市 計 画 東 京 地 方 委 員 会,1940-1941)16) 大東 京 地 方 計 画 は 、石 田14)に よ れ ば 関 東 地 方 大 東 京 地 区 計画(1940)と 関 東 地 方 計画(1941)と い う、 都 市 計 画 東 京 地 方 委 員 会 で 検 討 され て い た 一 連 の もの で あ る 。 「今 後 の 東 京 計 画 」の 「交 通 関 係 施 設 」の 項 目 に飛 行 場 計 画 が 挙 げ られ て お り、そ の 内 容 は 「帝 都 の 飛行 場 計 画 」 と一 致 して い る 。 この 計 画 にお い て は 、 交 通 、 保 健 、 財 政 、防 空 上 の問 題 か ら過 大 都 市 抑 制 論 が展 開 さ れ て お り、 工 業 都 市 の 適 当 な 分 散 が 必 要 で あ る と述 べ られ て い る。 こ う した 考 え方 は 太 田 ・大 泉 、 相 模原 な どの 軍 需 工 業 都 市 の建 設 に つ な が って い く も の で あ り、 飛 行 場 設 置 を 伴 う飛行 機 工場 を 中 心 と した 工 業 都 市 開 発 と して 、 都 市 計 画 が 飛 行 場 に影 響 を与 え て い る 一 例 とい うこ とが で き る。 c)大 東 京 整 備 計 画(東 京 市,1942) 大 東 京 整備 計 画 は 、 東 京 市 市 長 室 企 画 部 都 市 計 画 課 で 検 討 され た も の で あ る 。 そ の 内容 は 文 化 、 産 業 、 交 通 な ど多 岐 にわ た る が 、 飛 行 場 につ い て は 既 設 の もの 、 計 画 決 定 され た も の に つ い て 調 査 が 行 わ れ 、 飛 行 場 配 置 図 が 作 成 され て い る の み で あ る。 d)中 央 計 画 素 案 ・同 要 綱 案(企 画 院,1943)17) 案 路 道 度 速 高 都 帝 図-8帝 都高速度道路 案15) 中央 計 画 素 案 は 内地 、朝 鮮 、 台 湾 を含 む 日本 の 全 領 土 を対 象 とす る 総 合 計画 で あ り、 重 点 事 項 と して 重 要 産 業 立 地 の 適 正 化 や 、 動 力 及 び交 通 施 設 の総 合 的 整 備 、 地 方 区 域 及 び 地 方 計 画 設 定 方 針 の確 立 な ど を行 って い る。 航 空 に つ い て は 内 外 地 にお いて 整 備 す べ き飛 行 場 を 定 めて お り、関 東地 方 で は 東 京 飛行 場 、砂 町 飛行 場 の 二 つ が 「甲 種 」 に 指 定 さ れ 、 拡 張 が 行わ れ る こ と とな って い る。 ま た 、 重 要産 業 で あ っ た航 空機 工 業 に つ いて は防 空 上 分 散 配 置 を指 導 して お り、太 田、 宇 都 宮 を具 体 的 に挙 げ て い る こ と か ら、 これ ら の地 区が 日本 にお け る航 空 機 産 業 の 中 心 地 で あ っ た こ とが 分か る。 e )東 京 市 の 防空 都 市 計 画(未 定 稿)(東 京市,1943) こ の 計 画 は 、文 字 通 り防 空 を 大 目的 と して い る が 、 飛 行 場 計 画 に 関 して は防 空 よ りも む し ろ将 来 の 交 通 手 段 と して 重 要 で あ る こ と を 説 いて い る 。 北 方 の 飛 行 場 と して 葛 飾 方 画(水 元)、 戸 田 町 付近 を 候 補 と して 挙 げ て い る。 北 方 の 飛 行 場 と して はす で に地 方 委 員 会 の 浦 和 案 な ど が 検 討 され て い た が 、 こ の頃 に は 立 ち 消 え とな って い た よ うで あ る 。 f)帝 都 復 興 改造 試 案(石 川栄 耀,1946)18) 将 来 の 航 空 を考 え れ ば 、進 駐 軍 が 整 備 しつ つ あ る羽 田 の 他 に 、 砂町 地 先 の 海 岸 を埋 め 立 て て 飛行 場 を作 り 、高 速 道 路 で 都 心 と結 ぶ 必 要 が あ る と 述 べ て い る 。 前 述 の 「帝 都 の 飛 行 場 計 画 」の考 え方 が 踏 襲 され て い る計 画 で あ ろ う。 当時 、砂 町 の 事 業 は埋 め 立 て 途 中で 中 止 さ れ て い た の だ が 、石 川 は事 業 の 再 開 を 計 画 して いた こ と が 分 か る.砂 町 の 計画 に つ いて は 「都 市 計 画 及 び 国 土 計 画 」19)で も 示 され て い るが 、 現 実 的 には 実 現 の 可 能 性 は 低 か った と思 わ れ る。 g)日 本 都 市 計 画 学 会 の 研 究(日 本 都 市 計 画 学 会,1955-1959) こ の 研 究 は 日本 都 市 計 画 学 会 の 大 都 市 問 題 委 員 会 が 行 っ た 研 究 で あ る 。「大 都市 及 び周 辺 都 市の 適 正 規 模 並 び に 施 設 の 計画 基 準 に 関 す る研 究 」20)は都 市 外 周 部 の 計 画 的 開 発 、工 業 的衛 星 都 市 の 積 極 的 開発 が 挙 げ られ て い る。 交 通 計 画 の 中 で 空 港 ・航 空 は扱 わ れ て い な いが 、 港 湾 問 題 の 中で 空港 建設 の 問 題 が 取 り上 げ られて い る。 東 京 を 中 心 とす る 国 際空 港 の 位 置選 定 に あ た り、東 京 湾 の 埋 立 地 が 最 適 で あ る と され て い る。 東 京 湾 の埋 立 地 と して 砂 町 飛 行 場 の 計 画 が 思 い起 こされ る が 、す で に都 市 計 画 決 定 さ れ て お り、位 置 選 定 の段 階 で は な い。 砂 町 の 計 画 が 事 実 上 無 くな っ て お り、新 た に 空 港 用 地 の選 定 を 行 っ て い る 段 階 だ と推 測 され る 。 都 市 計 画 学会 で 新 空 港 の 議 論 が 行 わ れ る 前 に 出 さ れ た 1957(昭 和32)年 の 第1次 首 都 圏 基 本 計画 で は新 空 港 の 具 体 的 な 案 は 示 さ れ て お らず 、 国 際 空 港 ・港 湾 と都 心 を 結 ぶ 連 絡 道 路 の 整 備 を 重 点 項 目 と して あ げ て い る に 過 ぎ な い 。 1959(昭 和34)年 に 「大 都 市 開 発 の 形 態 とそ の 都 市 計 画 的 手 法 に 関 す る 理 論 的研 究 」21)が 発 表 され て い る 。 こ こで は 東 京 都 区 部 の 将 来 あ る べ き姿 を具 体的 な パ タ ー
ン と して3案 を提 示 して い る。 そ の うち の 一 案 で は 、 晴 海 埠 頭 南 部 に 国 際 空 港 を建 設 し 、 羽 田 は 国 内 専 用 に 、 厚 木 を 極 東 向 け 飛行 場 に 、 貨 物 専 用 空 港 と して 竹 の塚 空 港 の新 設 、 立 川 空 港 の 使 用 を考 え て お り、軍 事 は 横 田 の み に留 め る と い う考 え を 示 して い る 。 国 際 空 港 を新 設 して 羽 田 を 国 内専 用 に す る とい う 考 え は 、そ の後 の 成 田 空 港 新 設 、 羽 田の 国 内 専 用 化 に つ な が る 計 画 思 想 で あ る と言 え よ う。 また 、 当 時 駐 留 軍 が 使 用 して い た厚 木 、立 川 と い っ た 既 存 飛 行 場 を 公 共 用 飛 行 場 と して 使 うべ き だ とい う考 え は 、都 市 計 画 の 立 場 か ら、 米 軍 の 占 領 政 策 、 日本 の 外 交 政 策 と 関 わ る 提 言 を 行 っ て い る こ とが 興 味 深 い。 h)新 東 京 国 際 空 港 の 選 定(首 都 圏 整 備 委 員 会 ・首 都 圏 協 会,1964)22) 新 東 京 国 際 空 港 の 選 定 に あ た っ て は 、 千 葉 県 浦 安 沖 、 茨 城 県 霞 ヶ浦 付 近 、 千 葉県 富 里 村 付 近 が 候 補 地 と して 挙 げ られ 、 主 と して 他 の 飛 行 場 と の 管 制 上 の関 係 、 気 象 条 件 、 建 設 工 事 上 の 問題 、 都 心 と の 連 絡 上 の 問 題 が 検 討 さ れ た 。 浦 安 沖 は 羽 田 との 、 霞 ヶ 浦 は百 里 と の 管 制 上 の 問 題 か ら選 定 さ れ ず 、富 里 村 付 近 が 選 定 され た 。 都 心 か ら の距 離 が 浦 安 の4倍 以 上 も あ る 富 里 案 を適 当 と し て い る こ とか ら、 管 制 上 の 問題 が 最 重 要 検 討 項 目で あ っ た こ と が 分 か る。 浦 安 と羽 田 を 同 時 に 使 用 す る場 合 、 羽 田 の 能 力 が6分 の1ま で 低 下 して し ま う と い う記 述 か ら も、 こ の 問 題 の重 要 性 が わ か る 。 i)ま とめ これ まで 見 て き た広 域 的 な 都 市 計 画 ・地 域 計 画 に お け る 飛 行 場 計 画 に つ い て ま とめ る と以 下 の よ う にな る 。 1.「 帝 都 の 復 興 計 画 」で 考 慮 さ れ て い た 、規 模 、都 心 か らの 距 離 、交 通 連 絡 、周 辺 環 境 な ど の位 置 選 定 の 方 針 は 戦 後 の 計 画 に至 る ま で 踏 襲 さ れ て い る。 2.具 体 的 な 飛 行 場 の 位 置 選 定 に お いて は 、浦 和 、戸 田 、 葛 飾 、竹 の塚 な ど、東 京 東 北 部 の 計 画 と、砂 町 、晴 海 、 浦 安 な ど の 湾 岸 地 域 の 計 画 が 特 徴 的 で あ る 。 3.「 帝 都 の 飛 行 場 計 画 」お よ び 「大 都 市 開発 の 形 態 とそ の 都 市 計 画 的 手 法 に 関 す る理 論 的 研 究 」に お い て は 、 具 体 的 に 飛 行 場 の役 割 を 指 定 して い る。 4.羽 田 飛行 場 だ け で は容 量 不 足 で あ る とい う認 識 は 戦 前 か ら あ り、 そ れ に対 処 す る た め の 新 飛 行 場 の 案 や 計 画 は幾 つ か あ っ た が 、そ れ ら は実 現 せ ず 、成 田 空 港 の 設 置 を待 た な け れ ば な ら な か った 。 5.飛 行 場 整 備 を 交 通 網 整 備 の 一 環 と して捉 え る 論 点 が 多 い 中で 、八 十 島 ・古 池 は都 市 計 画 の 中 に 飛 行 場 を位 置 づ け る論 点 を提 供 した 。 8.研 究 成 果 本 研 究 の 成 果 は 以 下 の よ う に ま とめ られ る 。 1.戦 前 の 飛 行 場 の 立 地 の特 徴 を 、 陸 軍 、 海 軍 、 民 間 な どの 設 置 主体 、設 置 時 期 、鉄 道 、道 路 な ど の 周 辺 交 通 基 盤 に着 目 す る こ とで 明 らか に し た 。 2.戦 後 の 飛 行 場 転 用 につ い て 、 終 戦 直 後 に接 収 され た 箇 所 が 交 通 基 盤 の条 件 の 良 い と ころ で あ る こ とを示 した 。一 方 、そ の 後 の 転 用 に つ い て は 局 所 的 な 交 通基 盤 の 条 件 だ け で は十 分 に 説 明 で きず 、 広 域 的 な 交通 基 盤 の条 件 を含 めた 検 討 が 必 要 で あ る こ と を示 した 。 3.戦 前 か ら1965(昭 和40)年 頃 ま で の 雑 誌 記 事 お よび 文 献 の 検 証 に よ って 、 飛 行 場 立 地 選 定 思 想 の 移 り変 わ りを 明 らか に した 。 4.戦 前か ら新 東 京 国 際 空 港 選 定 に 至 る 首 都 圏 の 主 要な 飛 行 場 計 画 を 概 観 した 。 9.今 後 の 課 題 本 研 究 で は 、 飛 行 場 立 地 に お い て 既 存 の 交 通 基 盤 整備 が 与 え た 影 響 は 明 らか に した が 、 そ の 交 通 基 盤 を 全体 の 交 通 シス テ ム と して 論 じて い な い 。 そ の た め 、 戦 後 の飛 行 場 立 地 の 変 遷 に つ いて 、考 察 しき れ な い部 分 が 残 った 。 広 域 的 な 交 通 シ ス テ ム の 中 で 飛 行 場 立 地 を 捉 え る こ とを 今 後 の 課 題 と した い 。 参 考 文 献 1) 宮 木 貞 夫: 関 東 地 方 に お け る 旧 軍 用地 の 工 場 地 への 転 用 に つ い て, 地 理 学 評 論, 1964 2) 松 山 薫: 関 東 地 方 にお け る 旧軍 用 地 の 転 用 に つ いて, 東 京 大 学 修 士 論 文, 1995 3) 松 山 薫: 第2次 世界 大 戦 後 の 日本 に お け る 旧 軍 用地 の 転 用 に 関 す る地 理 学 的 研 究, 東 京 大 学 博 士 論文, 2000 4) 日本 航 空 協 会: 日本 航 空 史 明 治 ・大 正 編, p179, 1956 5) 日本 航 空 協 会: 日本 航 空 史 昭 和 前 期 編, 1975 6) 日本 航 空 協 会:日 本 航 空 史 戦 後 編, 1992 7) 水 路 部:陸 軍 航 空 基 地 資 料 第 一 本州 ・九 州, 1944 8) 氷 路 部: 航 空 路 資 料 第 三, 1943 9) 第 一 航 空 軍 司 令 部: 飛 行 場 記 録 内 地, 1944 10) 第 一復 員 局: 本 土 にお け る 陸 軍 飛行 場 要 覧, 1945 11) 試 製 基 地 要 図, 防衛 庁 防 衛 研 究 所 蔵 12) 防 衛 研 修 所 戦 史 室: 旧海 軍 常 設 航 空 隊 の 史 実, 1974 13) 多摩 の 交 通 と都 市 形 成 史 研 究 会:『多 摩 鉄 道 と まち づ く りの あ ゆ み 』, 1995 14) 石 田頼 房: 日本 にお け る 市 街 化 抑 制 の た め の 地 域 制 の 発展-1945年 まで-, 都 市 計 画 と居 住 環 境, 1978 15) 石 川 栄 耀: 帝 都 の 飛行 場 計 画, 公 園緑 地, 1939 16) 高 橋 登 一: 大 東 京 の都 市 計 画 と地 方 計 画 に つ い て, 都 市 問題, 1939 17) 酉 水 孜 郎:『 資 料 ・国 土 計 画 』, 大 明 堂, 1975 18) 石 川 栄 耀:『 都 市 復 興 の 原 理 と実 際 』, 1946 19) 石 川 栄 耀:『 都 市 計 画 及 び 国 土 計 画 』, 産 業 図 書, 1954 20) 日本 都 市 計 画 学 会 大都 市 問 題 委 員 会: 大 都 市 及 び周 辺 都 市 の 適 正 規 模 並 び に 施 設 の 計 画 基 準 に関 す る研 究, 都 市 計 画, 1955 21) 日本 都 市 計 画 学 会 大都 市 問 題 委 員 会: 大 都 市 開 発 の 形 態 とそ の 都 市 計 画 的 手 法 に 関 す る理 論 的 研 究, 都 市 計 画, 1959 22) 首 都 圏 整 備 員 会 ・首都 圏 協 会: 新 東 京 国 際 空 港 の選 定, 首 都 圏 研 究, 1964