法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.35 44 法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.35 (2020)
原稿受付 2020 年 3 月 15 日
発行 2020 年 8 月 25 日 Copyright © 2020 Hosei University
1.はじめに
気液臨界点は状態式が既知であれば,次の式のよ うに圧力 p の体積 V による 1 次微分と 2 次微分が 0 の点として定めることができる[1]. ∂ ∂ = ∂∂ = p V p V T T 2 2 0 (1) しかし状態式を計算から定めることは容易ではな い.そこで通常の分子動力学シミュレーション (MD)[2]によって体積一定の条件のもとで,ポテ ンシャルエネルギー(Ep)の揺らぎの温度変化を求 める.温度が下がって,安定領域から不安定領域に 入れば構造は大きく揺らぐのでその反映としてポテ ンシャルエネルギーが大きく揺らぐ.この変化から Spinodal 線[3]を決めることができる.Spinodal 線は 安定領域と不安定領域の境界だからである[3]. Spinodal 線において最も高温の点を臨界点と定め ることができる.この論文ではこの方法で臨界点を 近似的に定める.分子動力学シミュレーションのア ンサンブルは体積と温度一定の NTV である. この方法は一般的に安定領域と不安定領域の境界 を定めるのに利用できると期待される.NTV-MD で は温度 T は指定された値の近傍で揺らぐが,今回は 毎ステップごとに速度をスケールしているため,温アルゴンのポテンシャルエネルギーの揺らぎから求めた臨界点
Critical Point of Argon from Fluctuation of Potential Energy
片岡 洋右1)2)
Yosuke Kataoka
1)法政大学情報メディア教育研究センター 2)法政大学生命科学部環境応用化学科
Critical point of argon was estimated from fluctuation of potential energy. Lennard-Jones potential was assumed in molecular dynamics simulation. Ensemble was canonical. Spinodal line was obtained from the temperature-dependence of the fluctuation of potential energy. Critical temperature was assigned as the maximum temperature in the spinodal line in the temperature-density space. The results were compared with the reported equation of state.
Keywords : Critical Point, Spinodal Line, Molecular Dynamics Simulation, Lennard-Jones Potential
度の揺らぎ幅は小さい.また体積 V は指定された値 で一定である.このためこのアンサンブルは統計力 学におけるカノニカルアンサンブルに相当する.こ のため指定された温度体積において構造の揺らぎが 大きいかどうかをポテンシャルエネルギーの揺らぎ から知ることができる.
2.分子動力学シミュレーション
アルゴンの臨界点と Spinodal 線を求めるため NTV 分子動力学シミュレーション(NTV-MD)を行った. 使用したアルゴンの Lennard-Jones パラメータは表 1 に示した[4].ポテンシャル関数 u(r) は次の式(2)に 示した.分子動力学シミュレーションの条件は表 2 に示した.式(2)におけるεはエネルギーパラメータ であり,ポテンシャルの深さに相当する.またσは サイズパラメータであり原子直径に相当する. Lennard-Jones ポテンシャルで多くの液体−気体系 を表すことができるので,具体的な計算はアルゴン 表 1 アルゴンの Lennard-Jones パラメータ Table 1 Lennard-Jones Parameters for Argon[4]ε/J σ/m 1.7258E-21 3.4282E-10
法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.35 45 について実行するが,この論文の方法は多くの液 体−気体系に適用できる. u r r r ( ) = − 4ε σ 12 σ 6 (2)
3.Spinodal 線
密度が 0.5 g/cm3におけるポテンシャルエネルギー の平均値 <Ep> とその標準偏差 MSD (Ep) の温度変 化を図 1 と図 2 に示した.この密度を調べたのは凝 縮相の密度から van der Waals 式の場合の経験則を適 用すると,近似的な臨界密度がこの値になるためで ある.物理学では揺らぎの大きさが問題になるがこ れは標準偏差の 2 乗である.またこの時の圧力 p の 温度変化を図 3 に示した. 図 2 からこの密度では,170 K 付近から MSD (Ep) が大きくなり始めるので,170 K 以上で安定状態で あり,以下では不安定状態と読み取れる.こうした 方法で求められる境界の温度には±5 K 程度の不確 定さがある.図 1 の <Ep> の温度変化と矛盾しない. 図 3 からは Spinodal 点付近では圧力の温度変化に なんら際立った傾向の変化は現れないことが読み取 れる.4.原子配置
上の結論を視覚的に確認するため,図 4 と図 5 に 原子配置の温度依存性を示した. これらの図から T=135 K においては,構造の揺ら ぎが大きいことが分かる.一方 T=170 K では構造の 揺らぎが 135 K の時ほどは大きくない. 図 2 から 135 K におけるポテンシャルエネルギー の標準偏差が 170 K の時と比べ大きいことが確認で きる. 表 2 分子動力学シミュレーションの条件 Table 2 Conditions in Molecular Dynamics Simulationitem value
initial configuration FCC number of molecules 864
ensemble NTV
velocity control Nose method boundary condition periodic
cut-off distance half of cell length
time step dt 1 fs
number of steps 1,000,000 potential function Lennard-Jones
application SCIGRESS-ME[4]
-6.5
-6
-5.5
-5
-4.5
-4
-3.5
-3
100
120
140
160
180
200
(Ep/1e-18)/J
(<
E
p
>
/
1
e
-18
)/
J
T/K
d=0.5g/cm
3 図 1 密度が 0.5 g/cm3におけるポテンシャルエネルギー の平均値 <Ep)> の温度変化Fig. 1 <Ep> vs. T Plot at d=0.5 g/cm3
0
5
10
15
100
120
140
160
180
200
(MSD(Ep)/1e-20)J(M
S
D
(E
p)
)/
1
e
-1
8
)/
J
T/K
d=0.5g/cm
3 図 2 密度が 0.5 g/cm3におけるポテンシャルエネルギー の標準偏差 MSD (Ep) の温度変化Fig. 2 MSD (Ep) vs. T Plot at d=0.5 g/cm3
図 3 密度が 0.5 g/cm3における圧力 p の温度変化 Fig. 3 P vs. T Plot at d =0.5 g/cm3
法政大学情報メディア教育研究センター研究報告 Vol.35 46
5.臨界点
密度が 0.6 g/cm3以上の場合のポテンシャルエネル ギーの標準偏差の温度変化を図 6 に示した.また, 密度が 0.5 g/cm3以下の場合は図 7 に示した. これらの図から求めた Spinodal 線を図 8 に示し, Kolafa と Nezbeda の状態式[5]と比較した.今回得られ た Spinodal 線は状態式の結果[5]と良く対応している. 臨界温度は Spinodal 線における最高温度である. このようにして得られた結果を表 3 で状態式の結果 と比較した.一般に臨界温度を定めるのは容易では ない.臨界点近傍における圧力の等温線を精度よく 求めるには分子数を十分大きくとる必要がある.こ こでは 864 個という小さな系で状態式の結果に近い 臨界温度を得たという点で注目に値する.6.まとめ
NTV アンサンブルでの MD から得られたポテン シャルエネルギーの標準偏差の温度変化から,安定 領域から不安定領域へ変わる点(Spinodal)を定め た.Spinodal 線の最大温度として臨界温度を決めた. この方法は相互作用の詳細には依存せずに,一般的 に利用できる方法である. 表 3 アルゴンの臨界定数 Table 3 Critical Constants of ArgonMD Kolafa & Nezbeda[5] Lofti et al[6]
Tc/K 170 167 163
dc/(g/cm3) 0.5 0.51 0.5
pc/atm 66 44 51
図 4 密度が 0.5 g/cm3,T=135 K における原子配置の 時間変化,左と右では時間が異なる
Fig. 4 Atomic Configuration at T=135 K, d=0.5 g/cm3, Left and Right Figures Correspond to the Different Time
図 5 密度が 0.5 g/cm3, T=170 K における原子配置の 時間変化,左と右では時間が異なる
Fig. 5 Atomic configuration at T=170 K, d=0.5 g/cm3, Left and Right Figures Correspond to the Different Time
図 6 密度が 0.6 g/cm3 以上の場合のポテンシャル エネルギーの標準偏差の温度変化
Fig. 6 MSD (Ep) vs. T Plot d>0.5 g/cm3
2
4
6
8
10
12
14
16
18
80
100 120 140 160 180
200
0.08
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
(M
S
D
(E
p)
/
1
e
-2
0)
/
J
T/K
図 7 密度が 0.5 g/cm3以下の場合のポテンシャル エネルギーの標準偏差の温度変化Fig. 7 MSD (Ep) vs. T Plot d<0.6 g/cm3
図 8 赤は MD による Spinodal 線 Fig. 8 Red is Spinodal Line by MD
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参考文献
[1] 片岡洋右.熱力学と分子動力学シミュレーション による粒子系の相転移.法政大学,2018,博士論 文.[2] Allen, M. P.; Tildesley, D. J. Computer Simulation of Liquids. Clarendon Press, Oxford, 1989.
[3] 片岡洋右.分子動力学法による液化過程と spinodal 線.法政大学計算科学研究センター研究報告. 2019, 34, p. 9-15. [4] SCIGRESS-ME .富士通.http://www.fujitsu.com/jp/ solutions/business-technology/tc/sol/sgme/summary/, (参照 2020-06-22).
[5] Kolafa, J.; Nezbeda, I. The Lennard-Jones fluid: an accurate analytic and theoretically-based equation of state. Fluid Phase Equilibria. 1994, vol. 100, p. 1-34. [6] Lofti, A.; Vrabec, J.; Fischer, J. Vapour liquid equilibria
of the Lennard-Jones fluid from the NpT plus test parti-cle method. Molecular Physics. 1992, vol. 76, p. 1319-1333.