地域移動が形成する家業継承者の二重の主体性 ─島根県中山間地域の地域内よそ者のライフストーリー分析を通して─
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(2) [村落社会研究 第 26 巻 , 第 2 号 , 2020] 問題点も指摘されてきた (Lin、 2001) 。これに関して、 外部資源流入経路(弱い紐帯の強さ(Granovetter、 1973) )や構造的隙間(Burt、2001)を構築するこ とで集団外部からの資源導入が促進されるメカニズ ムの研究が展開されている。例えば、日本村落研究 学会においては、凝集性を基調とする「村落の論 理」での村落存続の限界と村落社会の論理と異なる 理論で動く外部諸機関の意義が論じられた(佐久間、 1999) 。 地域内よそ者は、無為に外に出て帰ってきた者と は異なる。それは、中山間地域という凝集性が高い 地域で生まれた者が他出し、地域外での経験を身に つけ地元に U ターンすることで、地域社会に外部資 源を流入させるアクターとして機能することを説明 し(樋田大二郎、2015) 、都市での経験を持ち帰っ て地元で起業や家業の変革、地域貢献を行うことを 検討する概念である。つまり地域内よそ者は地元出 身者の強み(地域住民性=同質性)と、外部での経 験を持つ強み(よそ者性=外部性)の双方を時間軸 と地域移動によって獲得したハイブリッドな特徴を 持つ。このため、地域内よそ者は、 「I ターン者(地 域外よそ者)よりも貴重な存在」 (敷田、2009)と される。. 体性として構築される過程を検討する。 地域活性化の主体性を分析した中田英樹は、農村 文化の都市文化に対する相対性を強調し、地域の独 自性を唯一理解する住民と理解不能なよそ者の対立 を強調する(中田英樹、2001) 。これに対して調査 対象地域の家業継承者は、地域住民としてのアイデ ンティティと同時に、よそ者としてのアイデンティ ティも構築していた。このことについて、調査対象 地域での地域活性化のエンジンは、よそ者に不可知 な地域の独自性を共有する同質性に加えて、都市で の経験という外部性の双方を備え合わせた地域内よ そ者性であること、およびその意義を検討する。 本稿の射程は次である。地域活性化研究は、農村 計画、政策論的研究、日常生活の諸相に焦点を置い たものなど広範である。河村によると活性化は「日 常的行為(ルーティーン)によって達成される水準 を超える付加価値的動き」 (河村、1991)と定義さ れる。中田は、この河村の指摘を最も妥当で広く採 用される定義と評価し、地域活性化研究では「論者 各々が対象社会に見いだした『付加価値を達成する 動き』 」が中身と述べている(中田英樹、2001) 。本 稿では、住民運動や行政改革といった文脈での地域 活性化ではなく後述する個々人の中山間地域の地域 活性化の「主体性」に焦点を当て、近年の中山間地 域の地域活性化の議論の中心である過疎化に対峙す る問題を扱う。具体的には、これまでの主体性の議 論を踏まえ、中山間地域の社会変動によって生じた 地域課題が家業継承者それぞれの問題として現出し たことに注目する。そして個人が自身の家業が直面 する過疎に向き合うために構築する主体性を検討す る。. 2)地域内よそ者と主体性 本研究の第 2 の視点は、これまでの地域課題への 取り組みに関わる主体性と主体の越境・多様化の問 題の議論を取り入れることである。 まず、主体性の議論は、地域の社会構造から生じ た課題に対して、どのように向き合っていくかの、 向き合い方を形成する「心意」 (福田他、2014)や 本稿で述べる「アイデンティティ」として行われて きた。こうした課題の解決の際に現れる主体の定義 は、直面している地域課題の解決が契機となって現 れる解決の主体化として共同管理やコミュニティの 側面から論じられたものであり(中田実、1993) 、 本稿もこの議論を踏襲する。ただし、嘉田(1994) が中田実の主体を次のように評して深化を求めた点 に留意する。嘉田は「地域社会」の「主体となる人 の側面、特に文化や社会意識の問題」に焦点を当て て、 「 『主体』形成がテーマであるという著者の主張 に同意しつつも、その主体概念が見えにくい」と評 した。このように、地域課題への取り組みに関わる 主体性に関する議論においては、個人の社会意識と 地域の関係を検討するアプローチの必要性が注目さ れる。. (1)分析の視点 1)地域内よそ者と社会関係資本 本研究の第 1 の視点は、地域活性化のアクターの あり方を説明する概念(理論モデル)である地域内 よそ者の観点から家業継承者の語りを検討すること である。地域内よそ者は、社会関係資本論やネット ワーク論の知見から地域活性化の人材育成を分析す る概念である。そこで、 本稿では他地域の視点、 技術、 価値意識、ネットワークを出身地域に持ち込んで家 業変革と継承を行う者として地域内よそ者を分析す る。 社会関係資本論やネットワーク論では、同質性や 凝集性の高いコミュニティの利点が指摘される一方 で、イノベーションが起こりづらく社会変動に弱い 2.
(3) 地域移動が形成する家業継承者の二重の主体性 さらに近年、越境の問題が注目されはじめた。前 述のよそ者と厳格に区別される住民の固有性として の主体性(中田英樹、2001)が強調されたが、環境 農村社会学でも、 社会学等のよそ者の議論(2)を経て、 中山間地域の活性化で浮上する社会的主体の連携や 越境、多様化(福田他、2014)が課題となった。そ して、地域活性化の主体形成や、自発性や意欲を高 める要因が論じられるようになった。以上を踏まえ て、本稿では、越境・多様化する主体の意義について、 地域内よそ者の観点から分析を行う。 また、本研究は、こうした主体に関わる議論を踏 まえて、自分の意志・判断で課題を把握し解決への 見通しを持つことを主体性として捉える。さらに、 サラブレッドな(純血で均質な)地域住民性とは異 なる越境性や多様化の側面に注目し主体性をハイブ リッドなものとして捉える。なおかつ、個人の社会 意識や地域との関係に関わる主体性のあり方の解明 を目指す。 具体的には、他出して都市で知識や経験を得た後 にUターンして家業を継承した者に焦点を当て、 (1) 継承に際しての自発性や意欲は必ずしも高くはない こと、 (2)都市に出た者は「よそ者」としての知識 や主体性を習得すること、 (3) 「よそ者」としての 知識や主体性と地域内や家庭内の知識・経験を融合 させることで「地域内よそ者」としての主体性、自 発性が形成されること、 (4) 「地域内よそ者」であ る家業継承者は、地域の状況を踏まえた上で、自分 の意志・判断で地域課題を把握して解決への見通し を持つことができ、冒頭に述べたように少しズラし た家業の継承を行うことを明らかにする。こうした 研究を行うためには、次節のライフストーリー法を 用いることが有効である。. ことおよび、あらかじめ研究者の枠組みで捉えるの ではなく、語りの中で主体性の生成過程を構築する ことを目指したためである。というのも、ライフス トーリー法は、個人の「生きられた経験」 (Schütz、 1932=2006)である主観的現実と時間的パースペク ティブに基づく「時間経験」 (谷、1996)や「時間 のストーリー性」 (桜井、2012、61 頁)を明らかに することを特徴とし、本稿で扱う家業継承者の「主 体性」とその生成過程である地域移動を伴う「時間 経験」を明らかにし越境する主体や地域との関係に 現れる主体の研究に適した方法であるからである。. 2.調査概要 (1)調査対象者とインタビューの方法 島根県の中山間地域にある吉賀町と奥出雲町の 2 町で 2016 年 6 月から 9 月にかけて長期滞在型フィー ルドワークを行った。フィールドワークでは、地域 住民に対して地域活性化意識に関する半構造化形式 のライフストーリー・インタビューを行った。イン タビューでは、地域で生まれて地域で育った高校卒 業以前の期間から始まり、都市への他出、U ターン のきっかけ、U ターン後の地元地域での家業継承 から現在までについて聞いた。滞在型のフィールド ワーク後も断続的に連絡を取り続けた。 本稿では6人を主たる分析対象者とした(3)。6 人 とも実家ないしは実家のすぐ近くに U ターンしてい る点が共通する。対象者の概要は表− 1 および表− 2( 「4. 結果と考察」 )にまとめた。聞き取りは論旨 に影響のない範囲で編集した。. (2)対象地域の中山間地域と 社会的コンテクスト. (2)分析の方法 本稿では、シカゴ学派の都市社会学に源流を持つ 調査手法であり(江頭、2007;桜井、2002、54 頁) 、 個人の語りを対象に個人の主観的現実を社会的文脈 の中で分析するライフストーリー法(桜井、2002、 52 頁 )を採用し た。採用した理由 は、前項の主体性 の議論を踏まえ、 家業継承者の主体 性形成を時間軸と 空 間( = 地 域 移 動)軸で検討する. 調査対象地である吉賀町、奥出雲町の社会的現実 であり人々のライフストーリーの底流を流れる重要 な「社会的コンテクスト」 (桜井・小林 2005、163 頁)は過疎化と奥地性(地理的隔絶性)である。両. 3.
(4) [村落社会研究 第 26 巻 , 第 2 号 , 2020] 町は急激な人口減 少に苦しむ過疎地 18000 吉賀町 16000 域である (図−1) 。 奥出雲町 14000 また、中山間地域 12000 10000 の奥地性は、ライ 8000 フコースを垣間見 6000 た場合、他出や U 4000 2000 ターンといった地 0 1975 1985 1995 2005 2015 2025 2035 域移動を住民に強 〈出典〉〜 2015:国勢調査 2020 〜:社会保障・人口問題研究所推計値 く意識させてい る。実際、高校ま では親元から通えるが、卒業以後はほとんどの生徒 が、進学、就職のために地元を離れて都市に他出す る。そのため、進学、就職、結婚、子育て、介護等 のライフイベントが展開する過程で地元と都市など との間の移動が強く意識される。つまり、奥地性の 高い中山間地域では、内と外の関係が立ち現れるだ けでなく、境界を積極的に越境してきたという意識 上の特徴がある。また調査対象地域では地元出身で はない移住者も受け入れてきた。本稿では、そうし た奥地性が高いと同時に越境性も高い地域の地域移 動を伴うライフストーリーを扱う。 また、町長等の町行政の重要人物(4)の語りによ れば、移動経験が地域活性化に貢献したとされるこ とがある。U ターンした町長が都市での経験を資源 として町の活性化を行ったことが自伝で示されるこ とがよくある。例えば、奥出雲町元町長・岩田一郎 と地域活性化についての記録である長野他(2012) において、岩田氏の語りとして他出先での寮での人 間関係構築や労働で得た経理の感覚が行政改革に役 立ったという話が出てくる。 また両町では、行政上の課題として U ターンを 見越した地域人材育成の重要性の認識が高まってい る。こうしたことを背景に、教育魅力化、高校魅力 化と呼ばれる取り組みが行われ、地域課題の解決を 目指した探求的な学習と将来の地元地域への U ター ンを目指す教育が行われている。この中で、町と県 立高校の連携による地域人材育成の教育改革(5)が 進められている(樋田大二郎・樋田有一郎、2018) 。 農村社会学や教育社会学では、日本の産業化が進 む中で、職業階層の開放性が高まり家業の非継承や 地方郡部から都市部への若者の他出が拡大したこと を明らかにしてきた。本稿の調査地域でも、親は少 子化の中にあっても子どもが望むなら地元へ帰らな いことを肯定する傾向が見られた。この点について は、地方郡部にまで学歴主義が浸透した結果、長子. 相続制が崩れて長子であっても成績が優秀な者の他 出が始まったという指摘がある(天野、 1991) 。また、 農業では家の存続戦略が揺らいだことが明らかにさ れている(牧野、2007) 。特に、1990 年代の島根県 の中山間地域では、大衆教育社会(苅谷、1995)の 到来による加熱した学歴主義的進路指導が生徒を都 市へと他出させる過程が本稿のフィールドである奥 出雲町(吉川調査時は旧横田町)唯一の高校である 横田高校を舞台に描かれている(吉川、2001) 。 このように、学歴主義による都市への人口移動の 拡大、家制度を前提として家業継承意識の弱体化と いう全社会的な傾向がある。こうした中においては、 Uターン家業継承者は、中山間地域の地域活性化に とって重要な存在であることが想定される。さらに、 過疎化・高齢化が進む地域では、人口減少から家業 経営による商店やサービス業の存続が困難化してい る。そうして商店やサービス業が撤退すると、生活 の質が悪化しさらなる人口減少に向かってしまうこ とになる。このような現状があるため、本稿ではあ えて、商店やサービス業に就く方々を取り上げたと いう側面を持つ。これらの点に注目して、U ターン した家業継承者について分析を行いたい。. 20000. 3.ライフストーリー 「2. 調査概要」 で述べた A さんから F さんの 6 人 (表 − 1)のライフストーリーについて紹介していこう。. (1)A さんの事例(美容師) 1) 「自然」な流れで家業を継ぐ A さんは、吉賀町を構成する旧柿木村で生まれ現 在は実家の近くでビューティサロン A を経営してい る美容師である。親族が美容師であり、A さんも美 容師となった。そして、美容師をすることを決めた ことについて親族による「強制」はではなく「自然 な流れ」という表現を使って説明した。その理由と して、幼少期から美容室で遊んで育ったからと語っ た。しかし、そんな A さんも継承に際して都会に他 出を決意した出来事があった。 2)地元を出る転機:技術不足と都市への憧れ A さんは、高校在学時点から通信制の美容学校に 通って美容師の免許を取ろうとしていた。A さんは 旧美容師インターン制度のため、卒業後すぐに松江 市の中心部にある美容室に短期間他出した。その後 すぐに地元に帰って、親族が経営する美容院で美容 4.
(5) 地域移動が形成する家業継承者の二重の主体性 師になった。しかし、A さんは、美容師として働き 出してから本格的に地域移動する転機となる出来事 があった。A さんは、地元で美容師として働いてい てある日、都会から帰って来た客の言っていること が分からなく「悔しく」感じる出来事を経験した。. 生じた。2代目は現在の主力商品の饅頭を開発した。 B さんの場合は、他出当初からいずれは地元に帰っ て実家を継ぐことを意識しながら戦略的な他出を 行った。B さんは高校卒業後に都市への他出を計画 し、間を置かず大阪に出た。一度は外に出て「修行」 する必要性があったと語り、洋菓子を作る技術を身 につけるために,都市に出たことを説明した。. A: (都市からの)お客さんから言われたことが、私 は美容師なのに、その美容用語が分からんかったん ですよ。都会で流行っとることなのが、私にはこの 田舎におって、通じてなかったんですよ。すごい ちょっとショック受けて、え、これここにおったら 私ダメだなと思って…. B:結局じゃけ、修行したっていうのは、先を見 る目があったじゃないですけど、いずれお饅頭だ けじゃだめじゃの、とはずっと思いよったんです。 ……それがあって、洋菓子を選んだっていうのは あったんです。和菓子は親父が専門ですけ、何か違 うもんをっていうんで、洋菓子を。. 美容師として生きていこうとする A さんにとって アイデンティティを揺るがす事件であった。 「私は すごい通用せんかったなと思って。ダメだこりゃと 思っ」たと振り返った。このことが、都市で修行を する決意をさせることとなったと語った。A さんは 地元でずっと育ってきて、美容師としてやっていく には、都市社会での経験が必要だと感じた。都市に 出ることを「社会見学」と表現した。A さんは、親 族に秘密で広島から来ていた卸屋に紹介してもらっ て広島での採用面接を 1 人で取り決めて他出した。 3)U ターンのきっかけとしての親の存在 地元に帰るきっかけは、親であった。A さん自身 は、地元に帰るかもっと都会での経験を積むかに悩 んでいることを親に伝えた。A さんの判断を待たず に親はすぐに地元に A さんのために店舗を建設して 帰らざるを得ない状況を作った。A さんはその当時 を「あれよあれよっちゅう間に、いや私はまだ帰る 気はないんだけど……もう父親のその迫力っちゅう か、その準備ができとるから、帰れるんだから、帰 るもんだって」と振り返った。このようにして A さ んは他出を終え現在の美容室を経営している。. こう考え、B さんは大阪の調理の専門学校に進学 した。地元でそのまま家業を継承したのではできな い、家業に関連する領域の学びも行った。B さんは 広島の和菓子と洋菓子の両方を作る大手有名製菓会 社に就職した。まずは、実家の和菓子の勉強をした 後に洋菓子の勉強をしようと考えていたという。 B さんは父親の和菓子の時代を振り返って「時代 背景がすごいええ時代で、作っても作っても足りん ような時代」と語った。そして、B さんは都市で洋 菓子が売れる時代が来ることを体感した。洋菓子の 売れ行きを振り返って「あの頃は洋菓子屋やって、 潰れる店はまずないぐらい、洋菓子すごかったです ね、やっぱりね。洋菓子はすごいええ時代じゃった ですね」と語った。そして、もしも地元に残ってい たら「和菓子のまましかやっていなかった」と語り、 都市に出ることの重要性を語った。 2)U ターンのきっかけ:親の健康状態と技術継承の 時間的制約と地元での経験の重要性 B さんの U ターンの時期を決めたのは A さんと 同じく親の影響であったが、B さんの場合は親の意 向ではなくて親の健康状態であった。B さんは、い つかは U ターンするとは思っていたが明確な時期は 考えていなかった。 「親父がちょっと病気になって、 余命が 3 年とかっていわれ…その関係もあって、帰 らにゃいけん、あったんです。もうちょっとほんと はおりたかったんですけど」と語り、都市でのさら なる経験を積みたいと思ったが、同時に父親から家 業について学びたいという気持ちもあり、地元に帰 ることを決意したという。 家業の主力商品は依然として和菓子でありその習. (2)B さんの事例(菓子職人) 1)U ターン前提の戦略的他出 B さんは、吉賀町の 80 年以上続く菓子店である B 屋本舗の 3 代目にあたる。あんこの饅頭である錦 華饅頭が町の名物として知られる。週末に町外の客 も含め数千個を売り上げることもある。B さんの店 は、初代は学校給食に出すための蒸しパンを作って いた。町内の子どもの数が多いときにはそれで商売 が成り立っていた。しかし、子どもの数の減少や給 食の米飯促進政策の中で家業を変革させる必要性が 5.
(6) [村落社会研究 第 26 巻 , 第 2 号 , 2020] 得のために U ターンを決意した。 「親父に習える期 間があったもんですけえ、じゃけその間にしっかり ものを習って」と語った。. C さんは、大工で父の経営する C 工務店を継承し た。先の二人と違う点は、C さんの場合は、もとも と父親の仕事を継ぐつもりはなかったということで ある。父親と同じ職業に就くことを決めた後も、地 元に U ターンして家業を継ぐことを目指していな かった。 C さんは、町役場の事務職員採用の内定を得てい たが、外を見たくなって大学に進学した。このとき、 変更先の進路については明確な志向がなかったた め、家業で馴染んでいた分野であった大学の工学部 に進学した。他出時点でも、大工は目指していたが 地元に帰って家業を継ぐという意識はなかったとい う。そして、そのまま中国地方(山陽)の都市で大 手の建築会社に就職した。就職後も地元の家業を継 承することは考えていなかったと語っていた。. 3)地域社会の変化に対応:都市化がもたらす家業へ の脅威と地元への適応 B さんは地元だけではない都市での経験の重要性 をさらに語った。特に、製菓業界においては、現在 は大企業のレシピ開発力の高さが脅威となっている と説明した。 「個人のケーキ屋さんが開発したレシ ピより、大きい会社、大きい企業が専門に研究しよ う思うとって作ったレシピのほうが優れとるんで す」と語り、それまでの家族経営で子から孫へと受 け継がれる技術とともに、大資本の下で開発される 技術を摂取することの重要性も認めた。特に、進出 するコンビニエンスストアに驚異を感じ、 「ひしひ しと感じるんが、…コンビニのスイーツが、…実際 売上げが全然違いますね。…安くておいしいってい うのを作るんですよね」と差別化の重要性を語った。 そして、B さんは、高齢者に受けるケーキの作り方 について語った。 B さんは、こうした社会変動に応じる経営感覚、 例えば、高齢者向けの菓子を売ることを重視すると いったことを都市で働いたときに身につけたとい う。. 2)U ターンの要因としての親の健康状態の悪化: 家業の地域での役割の認識 C さんは、父親と同じ職業に就いたが、実家の工 務店を継承する気は当初はなかった。就職先である 都市の会社を退職するまで帰るつもりはなかったと いう。Bさんの例と同じく C さんを地元に引き戻し た要因は、親族の健康状態の悪化であった。 C:自分の場合はたまたま親父が工務店しとって、 役場の仕事しとったんだけど、途中で病気にかかっ てそれを完成させるために前におった会社を辞めて 帰ったような感じで…. 4)都市での経験(よそ者性)と地元での経験(地域 住民性)の双方の獲得 B さんは、都会で新しい技術や考え方を身につけ ることと同時に、地元での商売の感覚や地元の人脈 を作ることも重要であると強調した。特に後継者に 関しては、インターネットの普及や交通事情の改善 やモータリゼーションの進展を考えて、都市での修 行を早期に終了させて、U ターンし地元にいながら 都市とつながることも視野に入れていた。また、家 業継承のために地元へ帰って過ごす期間について次 世代への継承の事例をあげて、 「都会で修行をするっ ちゅうのはすごい大切なことなんじゃけど、田舎で はよ帰って、人脈を作ったりとかするいうのはすご い大切なことなんですよ」と語り、早期の U ターン で、地元地域に溶け込むことの重要性を示した。こ のように、よそ者としての感覚と、地元住民として の感覚の双方の重要性に関する語りが現れた。. 地域で家業をしている親の健康状態の問題は、家 業の継承を意識化させ子どもを引き戻す要因となっ たという語りが前述のBさんからも得られた。B さ んは、技術の継承の時間的制約から U ターンを決 めたが、C さんの場合は、 「親父がやりかけの仕事」 が意味を持った。B さんにとっては「継ぐほどの工 務店ではない」と当初考えていたと語ったが、 「親 父がやりかけの仕事」という言葉から家業は地域社 会で一定の役割を持ち、その継承は子どもの責務で あるという考えが背景にあることがうかがわれた。 3)都市での経験が家業の変革に役立つ C さんは、都市で得られた人脈と技術の両方が現 在の仕事につながると語った。都市で働いていた会 社との関係は今でも続き、仕事を受注する。そして、 外でしか学べない技術や考え方もあるという。都市 での経験や考えを家業に持って帰るということは C. (3)C さんの事例(大工) 1)家業へと進路が変更され続ける 6.
(7) 地域移動が形成する家業継承者の二重の主体性 さんの工務店の場合でも生じていた。 「ここにおる んだったら、勉強できんことよね。経験できん事だ けど。建築とか建設関係というのは新しいのは都会 じゃないと」と語り、山陽と山陰では技術レベルが 違い、山陽の高いレベルの技術を学ぶことが他出の 重要な意味を持つことが語られた。. ことを考えた。しかし、人口減少の中でそのまま家 業を継ぐことに不安を感じ、家業を変革させるため に新しい技術を身につけることを考えたという。D さんにとって美容師に関わる地域の社会変動は、高 齢化による美容院に来られる客の減少であった。文 字どおり「客が亡くなる」状況だという。また、都 市から拡がる安価な美容室の出現と拡大にも危機感 を抱いた。これまでの美容室のやり方ではやってい けないと感じたことについて次のように語った。. 小括(A 〜 C さんの語りの解釈) 今回の調査では紹介した事例以外にも家業継承を 家制度の絶対の戦略として幼少期から明示的に強制 する事例は見つからなかった。ただし、A さんのよ うに他出を許しつつも機会があれば、地元に引き戻 すことを意図していることが感じられた事例も存在 し、家業継承をさせたい意志は存在していることが 見られた。また、同じ親の健康の問題でも、U ター ンは技術的継承の時間的制約(B)や家業の地元地 域での役割の顕在化(C)といった現れ方をした。 家業の継承が地元地域での経験だけでは困難であ るという認識に関する語りは共通した。例えば、B さんは、父親の代は和菓子であり、自分の代は洋菓 子の必要性があると考えていたり、家業と社会の状 況を指して「時代背景がすごいええ時代」と語られ、 重要なのは家業が社会変動に対応していることであ るという認識をしていた。. D:本当は、それこそ親の美容室をそのまま継ぐの がいいのかもしれないですけど、ご覧のとおり過疎 化の町ですので…今、皆さん、それこそ 1000 円カッ トとかにどんどん行かれる時代ですので、ニーズに 合ってないなと思いますので。で、その訪問ってい う施設、病院、在宅へ向けての出張していくってい う方向性に私単独で変えたので、母はまだ美容室を やってます。 D さんは、 「このまま多分継いでも、先はないなっ ていうふうに思いますので、今来てるお客さんたち も、どんどん年を取っていくばっかりですので」と 家業をそのまま継承することは難しいと語った。D さんは地元で美容師をするにあたり技術を身につけ る必要を感じたという。ターゲットとする顧客を高 齢者に絞り、高齢化で店に客が来ることができない のならば、自分の方から訪問すればよいという家業 の変革を思いついた。 そして、D さんは高齢者を訪問して髪を切るとい う家業の変革のために、ヘルパーの資格を取ること および介護の経験を積むことを考えた。 「ずっとヘ ルパーでいこうっていうわけではなく、介護の仕事 の実績が欲しかった」と語り、戦略的に介護の仕事 についての経験を積むため U ターンしてヘルパー として町外の介護の現場で働き当初の計画どおり1 年間で退社したことを説明した。 「何の経験もない 方だったら、…簡単にけがさしてしまうので、だか ら寝たきりの人を切ったりするには、そういうヘル パーで身につけた技術っていうのは、役立ってます ね」と具体的に訪問介護に必要な技能の重要性につ いて語り、介護の仕事で得た経験が訪問美容師とし て働くことに役立っていることを説明した。. (4)D さんの事例(美容師) 1) 「自然」な職業選択の流れを「水路づける」 D さんは代々美容室を営んできた家の娘である。 地元地域に戻り実家の隣に住み家業を継いだが、訪 問美容師(福祉美容師)という高齢者や病院を訪れ て髪を切るという業態に変革させたケースである。 D さんは、家業についての継承を親から強制され たと感じたことはないが、継承を望まれていたこと を知っていたという。さらに、D さんは継ぐという 強い意識がなかったことも語った。親族が美容師だ から美容師になる、その感覚をさして「自然な流れ」 という表現が現れた。ただし、そうした自然な流れ を支えるために、親による進路の水路づけが行われ たという語りがあった。 「美容学校に進学したら何 でも好きな車を買ってやる」と親に言われたことが 当時高校生の D さんには決定的であったと語られ た。D さんによると、調査地域では、進路と絡めて 車を買うというのはよく聞くという。 2)家業の変革:高齢化と安価な美容室の台頭 D さんは、美容学校を卒業後、都市の美容室で美 容師の修業をする。その後、結婚を機に地元に帰る. (5)E さんの事例(石材職人) 1)違う仕事から家業を継ぐことを決める E さんは父が創業した E 石材店の 2 代目である。 7.
(8) [村落社会研究 第 26 巻 , 第 2 号 , 2020] る」 「横着」と旧来の職人像との差異化 E さんも含めて家業継承者が職人としての自分の パーソナリティのことを「怠ける」 、 「横着」といっ た否定的な表現をする場面に何度か出会った。これ は、先代や古くからの職人仲間と差異化して自身の ことを語るときに現れる表現である。多忙化する業 界をめぐる状況や本人のパーソナリティからする と、勤勉に働いているにもかかわらず現れるこの表 現は、家業を合理化することを意味している。古く からのやり方に固執する職人と対比して社会状況に 合わせて家業を変革させるときにそれを正当化する 場合に使う表現であり、次のように自身を批判する 表現をとりつつ家業の合理化をする場面で現れる。 「まあ悪く言えば、怠けるですわね。それはもうそ うじゃなくて、横着いうこと言うと、逆にいいよう に言えば、段取りよく、…そういうことによって効 率的になるわけです」と語り、さらに合理化のため の試行錯誤を肯定する言葉として「三日坊主」とい う表現を用い、変革に対して抵抗感がないという自 身の違いを認識していた。 こうした自身の性質は都市で身につけたと語られ るケースが見られ、他の職人の後進性や非合理性を 批判して自身の都会での経験に基づいた先進性を指 す語りとして解釈された。. E さんの場合は、地元から他出した先の松江で、家 業とは全く違うことをしている点が A 〜 D さんと は異なる。親からの家業継承の希望を知っていたが、 本人は違う仕事がしたくて都市では寿司屋をした。 また、将来地元に戻るつもりはなかった。親族は E さんの地元居住と家業の継承を希望していたが、E さんは地元居住も家業継承も他出時には考えていな かった。E さんの U ターンのきっかけも親族の健 康問題である。父親が病気になったという知らせを 聞き、 「長男であれなもんで」と表現し、U ターン を決めたと語った。他出前の家業手伝いの経験は U ターンのイメージをスムーズにしたという。 2)家業をめぐる社会状況の変化 E さんは、職人を取り巻く状況の変化を語った。 まず、高度経済成長期の地方開発の時代には、ダム 建設を中心とした公共事業による需要で潤ったとい う。しかし、今はそういった需要が少なくなり、さ らに主力の墓石に関しては、今は客が質は悪いが安 価な中国製品に満足してしまうという。E さんは、 それに対して、自分の家業の差別化を意識し、機械 化を進めるのは前提としつつも、さらにその先の職 人としてのこだわりを持つことの重要性を語った。 3)都市での異業種経験が家業継承に変革を与える E さんも、時代に合わせて家業を変革させた。そ して、その家業の変革は、都市での経験が役に立っ たという。都市の寿司屋での接客は、職人気質を変 革させた。職人気質とはいっても父の代と比べて客 に納得のいく説明が必要な時代となったことを語っ た。その上で、寿司店の経験が役に立ったという。. 5)次世代への継承の葛藤 さらに、E さんは既に子どもに家業の継承をさせ ることを意識している。子どもを都市に送り出し石 材の学校に通わせながら都市の石材店で働かせてい る。昼に仕事をしながら夜は学校に行き、学校の期 間が3年間、その後1年のお礼奉公があるという。 しかし、その後地元に戻ってこさせるかどうかにつ いては葛藤がある。E さんは「まあ人口が大体減り ますんでね。そやからほかのことをしても、あまり だめだと思うんですけどね。 」と語り、次世代への 継承については困難さを強調した。子どもが家業を 継承することを目指してはいるが、その困難さも認 識している。家業を継がせることを子どもに明確に 強制しない理由は、家業の継承を妨げる社会状況を 認識していることがうかがえた。. E: (寿司屋の経験が役立っていると)僕は思って ます、はい。やっぱお客さんとの話で、気遣いなが ら話せんいけんですけん。それが身についたかなと 思ってね。やけん、別に回り道してもよかったかな いう、初めから父の跡を継いどったら、そういうの ができなかったかもしれんです。 このように E さんは客とのコミュニケーションの 重要性を認識し、そのまま跡を継いだら今の家業の 形にはならず、 「回り道してもよかったかな」と都 市での異業種の経験を肯定した。E さんは、 「営業」 をして以前よりも広範囲で商売を行っている。. (6)F さんの事例(料理人) 1)都市での修行と U ターン F さん(6)は、F 旅館を経営する和食の料理人であ る。何世代にも亘って旅館を経営してきた家に生ま れ、現在は、夫婦で旅館を経営している。料理人に. 4)社会変動に対応した家業の合理化としての「怠け 8.
(9) 地域移動が形成する家業継承者の二重の主体性 なることを決めて他出したが地元に帰って家業を継 ぐことまでは考えていなかった事例である。また、 子どもは都市に出て同じく料理人を目指して修行し ているが、家業を継ぐかは不明である。 F さんは高校卒業後、料理人になることは決めて いた。地元を出てまず、専門学校の学費を稼ぐため に大阪で2年程度フリーターをする。そして、大阪 の専門学校に入った。地元を出ることについても、 料理人となるためには必要だと感じていた。F さん は修行のため、都市の店を何店舗も渡り歩いている。 料理人の世界では、今何店舗目かといった意識があ り、複数の店舗での修行をして料理人として完成さ れていくという。F さんが表現するところでは、 「他 人のめし食ってこいや」である。また F さんの場 合も、親族の健康状態を理由に家業の継承を決め U ターンしている。もともと U ターンするかどうかは 決めかねていた。F さんは、親が入院したという話 を聞き病院に行くと、 「余命半年の死刑宣告」を受 けて家に帰ったという。. りに現れていた。この後、ABCDEF(以下、敬称略) および、その他の者の聞き取りを補助的に用いて 1. よそ者性、2.地域住民性、3.地域内よそ者性、4. U ターンを巡る葛藤、5.家制度、6. 「自然な流れ」 とやりたいこと、の各項目の考察をする。 第一に、よそ者性の獲得である。都市でのよそ者 性の獲得の重要性を認識し、振り返って家業継承を その延長線上に捉える語りが見られた。このことは、 他出先での経験と家業の革新に関する語りとして表 − 2 のようにまとめられる。他出経験になんらか の意味を見いだし、現在の家業への影響を具体的に 語っており、都市での経験をもとに他の住民と自身 の中に異化できる部分があることを認識するケース が見られた。例えば、E は職人気質の変化や他の職 人と自身の職人としての考えの違いを都市での経験 と結びつけた。また、中山間地域で生じる社会変動 と家業の関係を認識する視点を都市での経験をもと に構築したことがうかがわれた(B の大企業のレシ ピや D の廉価なサービスの拡大や E の中国製品の 拡大) 。都市での経験は、均質で凝集性が高い地元 住民としてのものとは異なるアイデンティティ(よ そ者性)を構築したことが推察される。 第二に、地域住民性の育成である。よそ者性のみ ではなく、地域住民性の重要さも語られ、多くのケー スで地元的な人間関係の作り方と商売のあり方が重 視された。家業継承はそのままでは困難だが、変革 のためのよそ者性のみでは家業の継承がうまくいか ないことを認識していたことが注目される。 第三に、地域内よそ者性である。家業継承者は、 上述のよそ者性と地域住民性の両者を組み合わせる ことが、社会変動に対応した家業継承につながると 解釈される語りが見られた。そして、両者の融合を どのように行うかは葛藤の対象となり得ていた。つ まり、都市的考えを導入して家業を変革的に継承す る葛藤に関連して、よそ者性と地域住民としての感 覚(地域住民性)を融合した家業継承を行ったこと が語られた。また、その双方を身につけるための U ターンの時期が葛藤の対象となっていた(B の技術 的継承のタイムリミットや次世代の継承時期の語り 等) 。ほかにも、D の家業をそのままの形で継承し ないことへの抵抗感の語りや E の家業の合理化への 変革を批判的な言葉(怠け者や三日坊主)を使いな がら慎重に肯定することなどもこのことに関連して いると考えられる。もう一例あげよう。筆者は、奥 出雲の名産の雲州算盤の生産会社を親から継承した 社長にインタビューを行った。戦後、奥出雲では算. 2)都市での経験が家業を変革させる F さんも、都市での経験を元に家業を変革させた。 もともと旅館は女性が切り盛りする家庭料理・田舎 料理を出していたが、F さんは、田舎料理の要素を 残しながら料亭での経験を生かし都市的な男性料理 人の料理を持ち込んだ。 F:普段食べにきてくれる人、みんな田舎の人。仕 事師さんも、…田舎料理じゃない。おなかいっぱい になる料理が食べたいでしょう。安くても何してで も。そうすると、主眼が田舎料理じゃなくて、そこ そこ格好の取れた料理を出したほうがいいという答 えが私には出たもんで… F さんの「答え」は地元の都市化の中での人々の 食に対する好みの変化に対応することであった。. 4.結果と考察 家業継承者は都市でのよそ者として獲得した主体 性、地域内よそ者として獲得した主体性を持って都 市化、近代化、高齢化や人口減少といった過疎化に 関わる地域社会の変動に対峙していた。こうした地 域内よそ者性は、地域構造から生じた地域の問題が 家業に関わる問題として現れ、そうした問題に立ち 向かうための家業変革の主体性として継承者達の語 9.
(10) [村落社会研究 第 26 巻 , 第 2 号 , 2020] が U ターンのイメージを円 滑なものとしたことである。 また、U ターンのきっかけ は、親を要因とすることが 見られた (全ケース) 。U ター ンを決めていたかどうか、 他出先では同業種かどうか、 家業継承意識があったかど うかにかかわらず、U ター ンの早期化が親に関わる要 因によって生じた。親の影 響 の 現 れ 方 は、 本 人 が U ターン時期を悩んでいたときの親による説得(A) 、 親の健康状態(BCEF)があった。まず親の健康状 態の悪化については、自分が家業を継ぐ者であると いう意識を顕在化あるいは強化させた可能性を示唆 する語りがみられた。また、家業の技術継承の時間 的制約としての意味を持った者(B)や親世代の地 元地域での家業の役割の継承の意味を持ったケース (C)がみられた。その中では、家業の具体的な内容 と関連させて語られ、同じ U ターン促進でも違った 意味を持っていた。 最後に、U ターンと家業継承を「自然な流れ」と する語りが存在したが、文字どおり全ての面で「自 然」とは言い難かった。このことについて、聞き取 りを進めると親の側も子どもの側も家業を継承させ るか/させないか、するか/しないかの交渉の葛藤 が存在することが示唆された。例えば、他出はさせ たが、一定の時間のみを前提とし、本人を強力に引 き戻したケース(A)や本人の意志が尊重されつつ も誘導がうかがわれた語り(D)が見られた。次世 代への継承も、本人の幸福のために本人の意志を強 調する語り(F)や今後も進む社会変動を理由に家 業継承の困難についての語りも見られた。家業継承 はどの家でも本音では願っていることがうかがえた が、明確に強制できないのは、家業継承をさせるこ とが子どものやりたいことや幸せにつながるか自信 が持てないという葛藤があるからだろう。地元に 帰ってこないで都市で働くことも含めて子どもの将 来の選択肢を増やすと同時に、家業変革の資源を獲 得した上で U ターンして継承して欲しいという二つ の意図・戦略が存在する可能性が示唆された。. 盤の需要の消長にあわせて生産方法の近代化が行わ れた(高橋、1975) 。需要減少をうけて雲州算盤の 生産業者は急減しているなかで改革の必要があっ た。こうした流れの中で、経営改革をするために都 市的合理性の感覚を古い体質の職人に持ち込むこと に若かった跡継ぎの社長が取り組んだ。これまでの やり方に敬意を払いながらの改革には苦労したと 語った。 第四に、U ターンの意志や時期を巡る葛藤が見ら れた。表− 1 に示されるように、他出時の U ター ン時期の展望と実際の時期は異なった。他出したま まの者についての聞き取りは今回の対象外であるこ とには注意が必要だが、本稿では扱わなかった家業 継承者以外の者も含めて、他出時に U ターンの意志 がなかったのに U ターンしたり U ターンの時期が 他出時の想定よりも早期化したりする場合が多かっ た。さらには、地元に帰ることを納得するしないに かかわらず「もっと外にいたかった」という語りが 共通していた。さらに、他出時に U ターンを決めて いた者とそうでない者に分かれた。U ターンと家業 継承を前提に短期間他出した者(A)や家業の継承 を前提に戦略的に他出し U ターンをした者(B)も いた。しかし、他出先での職業は異業種を選んだ者 (E)や、将来の U ターンを積極的に考えていなかっ た者も多い。他出→ U ターン→家業継承は必ずしも 確定的に予定されているとは言い難かった。このこ とは、不安定化した継承が結果的に異質性獲得に寄 与した可能性も示唆する。 第五に、U ターンへと向かわせた要因として家制 度に関わる語りが現れていた。まず、家業の手伝い の経験の影響があった。しかし、家業の手伝いの経 験があっても、前述のように他出時から U ターン を決めていた者とそうでない者に分かれていた。た だし、共通したのは、他出前の家業の手伝いの経験. 5.結語 本稿では、大半の者が一度は町外に他出する中山 10.
(11) 地域移動が形成する家業継承者の二重の主体性 間地域の家業継承者のライフストーリーを分析し た。具体的には、地域移動、不安定化する家業継承、 家業変革に関する語りから、地域内よそ者性がどの ように構築されるかを検討した。 冒頭で触れた「跡継ぎは少しズラしてする」とは、 家業の変革に際しては、外で身につけた経験(よそ 者性)とともに、地元地域の考え方や価値観を理解 していることや地元のネットワークを利用できると いう地元住民であることの強み(地域住民性)を組 み合わせ同時に生かすこと(地域内よそ者性)を 意味する。 「帰ってきても仕事がない」は調査対象 地域でよく聞く言葉であるが、家業継承者は、親世 代と同じことをしても、都市のやり方をそのまま地 元地域に持ち込んでもやっていけないと認識してい た。こうした中で、家業継承者には、地域移動を経 て地域内よそ者として家業の変革に寄与する主体性 が形成されていたことが示唆された。 また、地域内よそ者は、単に U ターン者であるこ と“のみ”から捉えるべきではないだろう。という のは、移動経験と時間経験の中で地域内よそ者性が 構築される過程で U ターンの意思と時期や都市と地 元地域への考えや家業への考えややりたいこと等、 様々な葛藤が見られたからである。ここでは、地域 住民性とよそ者性の両者を地域にあわせて高度に融 合させた主体性が地域内よそ者性として見られた。 さらに、地域移動を通じたよそ者性の獲得と地域 住民性との融合は対象地域では現在の過疎の文脈を 超えて汎時代的な変革的家業継承の主体性形成のあ り方の可能性がある。こうした汎時代的なハイブ リッドな主体性は、もともと地域移動が戦後早い時 期から行われてきたこの地域の家業継承の変革に影 響を与えていたが、現在の過疎化の中での家業継承 の場面では地域活性化に関わる主体性として構築さ れたと解釈されうる。 先行研究では、よそ者に対して不可知な地域住民 のサラブレッドな主体性(住民の固有性)を対置し た(中田英樹、2001) 。これに対して家業継承者を 対象にした本稿のライフストーリー法による知見 は、家業の革新や継承の文脈での地域活性化の主体 性はハイブリッドな存在である地域内よそ者性で あった。本稿では、こうした性質が、過疎の社会状 況下で生じる問題に向けられ地域内よそ者の主体性 として構築されることに注目した。こうしたハイブ リッド性に関わる性質こそが対象地域の住民の固有 性の一側面と強調され位置づけられる。 これまで、限界集落の存続は村落内部の論理では. もはや不可能であるという議論(佐久間、1999)が なされてきた。対象地域の奥出雲町でも自助自立路 線ではなく外部の援助の必要性が主張された(長野 他、2012) 。こうした中で、地域内よそ者の越境の 議論は、地域活性化の実効性についてさらなる検証 の必要性を残しつつも、住民自身が外部性を持ち込 み融合するという分析視点を提供した。地域内よそ 者の主体性は地域活性化の主体性の一つのタイプと して位置づけられるとともに、過疎化と奥地性を社 会的コンテクストとする中山間地域のコミュニティ の地域人材の論点の一つとなりうるだろう。 本稿の限界と可能性については次のとおりであ る。地域住民内のよそ者性の育成の過程は、情報通 信機器の発達や I ターン者との接触等他にも想定で きる。本稿の射程は本人の地域移動に着目した主体 形成に限られた。 本調査では、住民が幅広い職業で他出経験を現在 の仕事や生活に持ち込み地域的価値の客体化や、他 出地域での価値と融合をする営為が見られた。地域 内よそ者性による分析は家業継承以外の場面・人に も有効であろう。家業継承者以外の他出経験と地域 的価値の融合過程・方法についてはさらなる検討を 行いたい。地域内よそ者は地域移動と他出経験を含 むライフコースを前提とした対象地域での地域人材 育成を検討する端緒となるだろう。冒頭で述べたよ うに現在、両町では子どもの他出と将来の U ターン の可能性を踏まえて、他出前までに地域で行われる 地域人材育成の教育改革(高校魅力化(樋田大二郎・ 樋田有一郎、2018) )が議論され地域による教育への 介入度が高まっている。住民のライフストーリーの 分析を進め、他出前の若者に地域がどういった地域 人材育成を行えるかについて、地域と人材と教育を 結ぶ政策的、教育的文脈で今後の研究課題としたい。 〔謝辞〕 本稿は日本村落研究学会第 66 回大会発表をもとに追加 の調査を行い内容を発展させた。査読者、編集委員会、大 会発表時およびその後も指導頂いた先生方から多大な助言 を得た。地域人材育成研究会 (代表・樋田大二郎) のメンバー からも助言を得た。調査に関わった住民に深謝する。次の 助成を受けた。「むら研究会」 基金若手研究活動補助制度 (H30 大会参加) 、JSPS 科研費 JP19K13889。. 注 (1)中山間地域について、島根県では、農政上の用語として 拡大する前から、伝統的に平野部の沿岸部に対して、中. 11.
(12) [村落社会研究 第 26 巻 , 第 2 号 , 2020] 国山地側の平野部と山間部の中間の地域を指す。農政に 留まらず政策上、研究対象上、特に地域活性化の対象地 域を指す語として広く用いられる。中山間地域の語の曖 昧さは、岡橋(2000)を参照されたい。 (2)越境、相補的関係、既存住民と異なる視点を持つ U・I ター ン者の参画可能性が注目された(本田、2016 等) 。 (3)本稿ではまずは、親のやり方と子のやり方の違いの比較 がしやすいという意味で 10 数名いた家業継承者を扱う こととし、特に 6 名を主たる対象とし残りの家業継承者 の聞き取りも補助的に用いた。家業の有無にかかわらず、 調査全体では、吉賀町約 40 人、奥出雲町約 50 人のデー タが得られている。本稿で扱わなかった者も他出経験と 地元地域経験の融合が「日常的行為によって達成される 水準を超える付加価値を達成する動き」の源泉になる語 りは多く見られた。家業継承以外の場面での地域内よそ 者性の検討は稿を改めたい。 (4)エリート・オーラルという特権的な公人等の語り“のみ” に注目する手法は議論がある(桜井、2012、12 頁) 。 (5)吉賀町の教育魅力化の地域人材育成はサクラマスプロジェ クト(ドリームプログラム)と称す。サクラマスは降海 して母川回帰した巨大な降海型ヤマメである。 (6)次世代継承など F さんのさらに詳しい聞き取りは樋田有 一郎(2018)を参照されたい。. 過疎地の活性化に果たす高校教育の役割、青山学院大学 教育人間科学部紀要、5:1-18 樋田大二郎・樋田有一郎、2018、人口減少社会と高校魅力化 プロジェクト:地域人材育成の教育社会学、明石書店 樋田有一郎、2018、包丁に込めた子どもへの思い、早稲田大 学教育学会紀要、 (19):111–118 本田恭子、2016、地域住民組織と住民の自発的な河川管理が 築く相補的関係の可能性、 村落社会研究ジャーナル、 23(1) : 1–12 嘉田由紀子、1994, 中田実『地域共同管理の社会学』 、村落社 会研究、1(1):54–55 苅谷剛彦、1995、大衆教育社会のゆくえ : 学歴主義と平等神 話の戦後史、中央公論社 河村能夫、1991、地域農林業・農村の変貌と活性化の基本課題、 農林業問題研究、27(4) 吉川徹、2001、学歴社会のローカル・トラック : 地方からの 大学進学、世界思想社 Lin, Nan. 2001, Social Capital : A Theory of Social Structure and Action. Vol. 19. Cambridge University Press = 2008、 ソーシャル・キャピタル : 社会構造と行為の理論、筒井 淳也他訳、ミネルヴァ書房 牧野修也、2007、農家後継者の「教育戦略」 : 農村市民社会を 目指して、ハーベスト社 長野忠・ 「奥出雲からの挑戦」出版会、2012、奥出雲からの挑 戦 : よみがえった過疎の町、文藝春秋企画出版部 中田英樹、2001、開発理論としての《活性化》言説の構造分 析試論:言説空間において住民はどのように主体たり得 ているか、村落社会研究、7(2):1–12 中田実、1993、地域共同管理の社会学、東信堂 大野晃、2005、山村環境社会学序説 : 現代山村の限界集落化 と流域共同管理、農山漁村文化協会 岡橋秀典、2000、中山間地域研究と農村地理学 : 地域学的アプ ローチからの一考察、広島大学文学部紀要、60: 113–138 佐久間政広、1999、山村における高齢者世帯の生活維持と村 落社会 : 宮城県七ヶ宿町 Y 地区の事例、村落社会研究、5 (2):36–47 作野広和、2006、中山間地域における地域問題と集落の対応、 経済地理学年報、52(4): 264–282 桜井厚、2002、インタビューの社会学 : ライフストーリーの 聞き方、せりか書房 桜井厚、2012、ライフストーリー論、弘文堂 桜井厚・小林多寿子、2005、ライフストーリー・インタビュー : 質的研究入門、せりか書房 Schütz, Alfred, 1932, Der Sinnhafte Aufbau Der Sozialen Welt,Vienna: Springer Vienna = 2006、社会的世界の意味 構成 : 理解社会学入門、佐藤嘉一訳、木鐸社 敷田麻実、2009、よそ者と地域づくりにおけるその役割にか んする研究、国際広報メディア・観光学ジャーナル、9 : 79–100 高橋一郎、1975、機械化に伝統技法を生かす雲州算盤、53–64 、 『日本の郷土産業』5 中国・四国、日本地域社会研究所、 新人物往来社 谷富夫、1996、ライフ・ヒストリーを学ぶ人のために、世界 思想社. 参考文献 天野郁夫、1991、学歴主義の社会史 : 丹波篠山にみる近代教 育と生活世界、有信堂高文社 Burt, Ronald S., 2001,“Structural Holes versus Network Closure as Social Capital.”In Social Capital: Theory and Research, edited by Nan Lin, Ronald S. Burt, and Karen S. Cook, 31–56. Sociology and Economics, New York: Aldine de Gruyter Clausen, John A., 1986, The Life Course: A Sociological Perspective. First. Prentice Hall = 2000、ライフコースの 社会学、佐藤慶幸他訳、早稲田大学出版部 江頭説子、2007、社会学とオーラル・ヒストリー:ライフ・ ヒストリーとオーラル・ヒストリーの関係を中心に、大 原社会問題研究所雑誌、 (585):11–32 Elder, Glen., H, and Janet Zollinger Giele, 1998, Methods of Life Course Research : Qualitative and Quantitative Approaches, Thousand Oaks, Calif ; London: Sage = 2003、 ライフコース研究の方法:質的ならびに量的アプローチ、 正岡寛司他訳、明石書店 福田恵、山下詠子、柴崎茂光、佐藤真弓、土屋俊幸、2014、 越境する山村研究の現在、 村落社会研究ジャーナル、 21(1) : 37–50 Granovetter, Mark S., 1973,“The Strength of Weak Ties.” American Journal of Sociology 78(6), University of Chicago Press : 1360–1380 樋田大二郎、2015、離島・中山間地域の高校の地域人材育成 と「地域内よそ者」 : 島根県の「離島・中山間地域の高校 魅力化・活性化事業」の事例から、教育研究 : 青山学院 大学教育学会紀要、 (59): 149–162 樋田大二郎・樋田有一郎、2014、地域人材育成の教育社会学:. 12.
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