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森鴎外文芸評論の研究(六) : 「『志がらみ草紙』の本領を論ず」の論理

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森鴎外文芸評論の研究(六)

-「﹃志がらみ草紙﹄の本領を論ず」の論理

本稿は、本来ならば﹃樟蔭国文学﹄第1 9号に掲載した「﹃幽玄論 争﹄の論理と方法」の続稿を発表しなければならないのであるが, たまたま﹃国文学 解釈と鑑賞﹄臨時増刊号「鴎外の断層撮影像」に 執筆した「石橋忍月と鴎外」に関連して'「﹃志がらみ草紙﹄の本領 を論ず」の問題が浮かび上って来たので'「幽玄論争」については 言串断Lt副題に示したようなテーマを取り上げることにした。 「﹃志がらみ草紙﹄の本領を論ず」はt s・S・S・の署名で﹃しが らみ草紙﹄創刊号(明SS・S・g3)の巻頭に発表さ哲ルいわば ﹃しがらみ草紙﹄の刊行のことばである。目次は「柵草紙の本領を 論 ず ︰ -・ S ・ S ・ S ・ 」 と 表 記 さ れ て い る 。 こ の 「 S ・ S ・ S ・ 」 は , いうまでもなく﹃しがらみ草紙﹄の発行者たる「新馨社」の頭文字 であるが'実際に執筆したのが鴎外であることは'のちに鴎外の評 ( 注 2 ) 論集﹃月等﹄に収められていることから判断してもへ間違いあるま

い。﹃月等﹄に収録するに当って'鴎外は表題の表記を「しがらみ 草紙の本領を論ず」と'しがらみ草紙という固有名詞に付してあっ た括弧をはずして表記している。(目次は「柵草紙の本領を論ず」 と'初出の目次における表記と同じになっている)本文は,初出に なかった句点が文末に使用され'読点もふえ、若干はその位置が変 っている。引用をあらわす括弧は省略されることが多く,副詞,揺 続詞'代名詞等の送り仮名も省略される傾向にある。逆に動詞等に 一部分送り仮名がふえているところがある。初出の用語が数箇所変 更され'著るしい変改としては初出文が三箇所'数行にわたって削 除されあるいは書き替えられている。これらの問題をも含めて,戟 外の意図と論理を解明してみたい。 論は次のように始まっている。 西撃の東漸するや初めその物を侍へてその心を侍へず撃は則ち 格物窮理'術は則ち方技兵法、世を挙げて西人の機智の民たる ヂ ヒ ヲ リ ー チ ス

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/ ヽ ■ フ 一 ■ . ヽ 論集﹃月等﹄に収められていることから判断しても'間違いあるま 格物窮理'術は則ち方技兵法、世を挙げて西人の機智の民たる を知て'その徳義の艮たるを知らず況やその風雅の民たるをや   人の所謂「僧湖亀山に好封を輿へたり 是に於てや世の西撃を奉ずるものは唯々利を是れ囲り財に非れ  この文章は必ずしも論理的でもないし,また現象を正確に把握し ば喜ばず椅桐の崇幹も轟寵の竿節も一たび薪とせられては復た 黄衣の舌'縞裳の肉を芙る事を免かれず天下の人士は殆ど婿に 彼のプラトーが政策を撃ばんとせり夫れプラ--は詩人を知る が故にこれを逐ほんと欲し嘗時の人は知らずしてこれを逐ほん と欲す'その源は同じからずと雌もその掃する所は茸に一轍に 出でんとせり この〓早は鴎外による'明治初年代の西欧文化輸入の状況の要約 であると言えるであろう。わずか十一行にまとめているということ もあって'大雑把になっている。歴史的にくわしく検討すれば'必 ずしも正確な要約とは言い難い面もあるように思われるが'ここで 鴎外の言わんとしているのは'西欧文明輸入の頭初は専ら実利につ ながるものが主として輸入され、精神文明特に文学芸術が意識的に 除外されて来たということにあったようである。論の導入部である 上'後の論と直接関わりを持つこともないようなので'この部分の 細かい分析は省略して'先に進みたい。第二段落は次のように述べ られている。 今や此方輝は一韓して西方優美の文学は'その深遠の哲理と共 ママ は我虞に入り来れり而してその文学の種属を問へば寓情詩あり 叙事詩あり又た戯曲あり固より一億に局せずと雄も叙事詩中の 一鉢にして挽今'西欧諸州に盛行する小説を以てこれが主とす 鳴呼'明治の天地は小説の天地となり「小説熱」の語は近代西 ているともいい難い。「西方優美の文学は--我彊に入り来れり」 という。「西方優美の文学」とは、表現が暖味である。「西方」の文 学は優美だというのか、西方の文学の中で、優美なものが「我転に 入り来」 ったのかもはっきりしない。もし前者だとすれば鴎外の西 欧崇拝のための先入観であろうLt後者だとすれば'当時の文学界 の情勢を正確に把捉していなかったことになるだろう。「その深遠 の哲理と共」 にという表現もよ-わからない。「その」は何を指し ているのか。「西方」なのか「西方優美の文学」なのか。「西方」を 指しているとすれば'「深遠の哲理」は「優美の文学」と対をなし' 対等になるとともに単に対句表現としてあまり意味はないことにな る。「西方優美の文学」(あるいは'もっと簡単に「文学」と言った 方がよいのかもしれない) を指しているとすれば'「優美」の文学 は「深遠の哲理」をも伴っていたということになり'益々狭い現象 ということになってしまう。実情とは離れてしまうであろう。だい いち、「哲理」とは何なのか'どういうものなのか。それが「深遠」 であることが'どのような働きをなすのか'いかにも意味ありげな ことばであるので、具体的に理解できな-ても'何となくわかった ような気になって読み過してしまう。厳密な意味での論を立てよう という意思がないのではないかと言えるようなことばの使い方であ る 。 これに続-「その文学の種属を問へば寓情詩あり--西欧諸州に

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盛行する小詮を以てこれが主とす」という文章は、当時の文壇の状 況を観察した上で書いているようにも見える。しかし、この文章 は'具体的な例を示していないだけに'必ずしも実情を把捉しない でも書き得るであろう。ごく一般的な傾向を頭の中でまとめ上げた と言える。 このあとに続く、「鳴呼、明治の天地は--好封を輿へたり」と いう部分は'のち﹃月等﹄に収録するに当って全面的に書きかえて いる。﹃月琴﹄文では次のようになっている。 夫れ小詮の盛んなること、固より喜ぶべしと雄'此詩健は1定 したる風格あるに非ざるを以て'無能の徒'亦能く琴に倣ひ、 蓬に瓦釜雷鳴の有様となりたり。 書きかえたものは'内容的に見て全-異ったものとなっている。で はなぜ'初出の本文を捨ててしまったのだろうか。「明治の天地は 小説の天地となり」が誇張された表現であることも確かである。し かし'そのあとに出て来る「小説熱」という語が問題である。この ことばは「近代西人の所謂﹃作詩炎﹄に好封を輿へたり」と'ヨー ロッパの知識をふりまわしたかった鴎外が'小説盛行の傾向を勝手 に要約して、「作詩炎」に対置したのではなかろうか。「小説熟」と いうことばの使われた(というより使われなかったと言うべきかも しれないが) 実情が、のちに鴎外が書き直した原因ではなかろう か。つまり鴎外は、この段落も十分に文壇を観察し、その実態を把 握して書いたのではなくどうやら頭の中だけで作り上げてしまっ た状況だけで執筆したように思われるのである。 さて、次に第三段落が続く。 然るに我邦の文学界には外より来れる分子既に甚だ多し古'搾 教の入るや重罪を経たるを以て印度の文学はこれと倶に来らず 濁り支那の文学は、その政治風教に件ひ来りて大に国風の趣味 を変動せり宜なるかな今の文学者には歌人あり詩人あり国文を 菩-するものあり漢文を菩-するものあり展片仮名麓に長ずる ものあり言文1致健を得意とするものあり本国'支那'西欧の 種々の審美撃的分子は此間に飛散せり此混沌の状は決して久き に堪ふべきものにあらず余等はへ その澄清の期の近きにあるを 知る而してこれを致すものは批評の1道あるのみ この章段の前半は'当時の文学界の状況の叙述であって'鴎外が 当時の文学界をこのようにとらえたというに過ぎない。しかし'後 半は問題がある。「本国'支那'西欧の種々の審美撃的分子は此間 に飛散せり」と言う。「審美撃的分子」 とはどういうものなのか。 鴎外は説明抜きで'彼の知識の中にある術語をそのまま投げ出して いるに過ぎないので'読む方には必ずしも理解できない。「飛散せ り」も同様で'この1句だけではどのような状態なのか'具体的な 状況把捉はむつかしい。しかも'これに続く「此混沌の状は決して 久きに堪ふべきものにあらず」という鴎外の意見は'いささか論理 が飛躍しているのである。和漢洋の文学が混在併存している状態を 「審美撃的分子」 が 「飛散」していると勝手に言い換えた上で'そ の状態を「混沌の状」ととらえるのは'鴎外の単なる思い込みに過 ぎない。意識的にこのように叙述したとすれば'論理のすりかえで

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た状況だけで執筆したように思われるのである ナ「、LV ' J T 1 7 T u E I J E わ い ナハ I . . . U t t 三 日 ある。和漢洋の文学が混在していることが'なぜ「混沌」と言える のか。少なくとも論理的な説明はなされていない。また'この「混 沌の状」がどうして「決して久しきに堪ふべきものにあらず」なの か'納得がゆかない.鴎外の1人合点にすぎないと言えよう。「べ き」 ということばにごまかされている感じである。しかし'この 「べき」をどのような意味にとるにしても'論理的なつながりは見 出せないであろう。 「その清澄の期の近きにあるを知る」 のは'前を受けての言い換 えであるが'これに続く「そのこれを致すものは批評の1道あるの み」という考え方も'かなり独断的であると言える。他の考え方も あり得るからである。少な-とも澄清を致すものが批評でなければ ならないという説明が必要であろう。また'文学界の澄清を致すも のが批評だけだという考え方は'のちの部分の論理の展開とも矛盾 することになる。(後述) 以上のように見てくると'この章段の論述はかなり強引なようで ある。鶴外は批評の必要性を述べるために'当時の文学状況と結び つけようとして'無理を重ねている。 第四段落は左のようである。 夫れ批評は定に止むべからず然れども古人も「文人相軽」と云 ひ「文士傾乳」と云ひしが如-今の所謂批評家といふ者は徒ら に相警暫し、その相殊れる趣味を以て相殊れる文章を議し人を して霞滑に迷ひ酸崩を鎗らしむるもの比々'皆な是れなり而れ ども余等の見る所を以てすれば是れ未だ曾て'その眼の高から ざるに由らずんばあるべからず(中略)余等'平生こゝに慨す † マ ると巳に久し故に迫造子の小説神髄'牛峰居士の美辞撃の出づ るや我邦挽解家の馬めに此文学上の奨棺を得たるを質したり奈 何せん器械'既に備れども能-運用の妙を悟るものな-徒らに 人をして陳を得て局を望む想あらしむるとを 冒頭の「夫れ--」は前段を受けたものだから特につけ加えて論 評する要はないが、これに続-当時の批評家に対する見解は問題が 残る。「今の所謂批評家といふ者」とは具体的にどういう人々を念 頭に置いているのであろうか。「今」 の範囲をどのように限定すれ ばよいのか疑問である。明治2 2年頃'「今の批評家」といえば'読 者にはまず最初に石橋忍月'続いて内田不知庵が思い浮ぶにちがい ない。そのほか'山田美妙'坪内造造、石橋思案'徳富蘇峰'巌本 善治、依田学海、森田恩軒、そして鴎外自身も当然入るであろう。 その他にも、まだ幾人かの名前を挙げることは可能であろう。それ では、この忍月以下の人々は 「相讐警」していたのだろうか。「人 をして樫洞に迷ひ酸崩を琴bL」めたのだろうか。また「その眼の 高からざる」状態であったのだろうか。 明治22年には'鴎外と巌本善治を中心として'「文学と自然論争」 が行われ'また巌本善治と内田不知庵を中心に「小説論略論争」が 行われている。こういう論争などを 「相讐警」 と称したのだろう か。それとも別な事例について言いたかったのだろうか。「人をし て澄滑に迷ひ酸繭を鉛らし」めたと鴎外が判断した具体的な例は挙 げられていない。このような判断は主観が入るということもあって

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人によって評価が異なるだけに'鴎外の言うことだけでは判定し難 い。まして具体例がないのでは説得性はない。 「今の所謂批評家」を鴎外が「その眼の高からざる」と言うのは' 坐-筋違いである。鴎外自身の批評が批評と言えないようなもので ( 注 3 ) あったことは'別に論じているのでここでは省略するが'他を顧み て大口を叩けるような立場ではなかった筈である。もっとも'鴎外 自身にその自覚はなかったかもしれないが。 以上の鴎外の発言はともか-として'そのあとへ 「余等平生こ∼ に慨すると巳に久し故に遥遠子の小説神髄、牛峰居士の美辞撃の出 つるや我邦接触家の馬めに此文撃上の奨椿を得たるを賀したり」と 続く内容は'論理的につながらない。﹃小説神髄﹄﹃美節撃﹄の出た のは明治1 8年である。「平生こゝに慨すると巳に久し」 という表現 は'明治1 8年以前'それもかなり前からという感じが強い。とする と「今の」批評家の大部分はこの鴎外の慨嘆の対象にはならない。 大部分が明治1 8年以後に文壇に登場しているからである。そして明 治1 8年以前'それもかなり早-から批評家として認められ'明治22 年の段階でやはり批評家として評価されていた人がいたであろう か。かりに数人居たと仮定しても'例外的な ( 注 4 所謂批評家」などと1般化できるとは思え.櫛i.鴎外は'実際を見 ようとしないで「文人相棒」「文士傾乳」 などということばをひけ らかして舞文をたのしんでいたのであろう。 第五段落がこれに続く。 余等は固より小説神髄と美節撃との論ずる所を以て1々醇の醇 ) i B 在 で あ っ て ' 「 今 の なるものなりと云はず而れども今の文学界に此等の書を出せる は偶然に非るを知る何となれば今の詩文空白はんと欲するもの は邦人の歌論と支那人の詩話文別にのみ揺るべきにあらず西欧 ボ エ チ ツ ク 文学者が審美撃の基地の上に築き起したる詩学(余等は散らに 「レト-ツク」 の語を避けたり) を以て準縄となすとの止むべ からざるを知ればなり ここでは'﹃小説神髄﹄や﹃美辞撃﹄ が 「醇の醇なる」ものだと は言わないと一応の留保をつけた上で'これらの理論書が世に出た 必然性を説こうとしている。「何となれば」と続くので'いかにも 論理的にその必然性が導かれているように結党を起こすのである が、接続語がつないでいるこの二種類の文章には因果関係は見られ ない。「今の詩文を--詩話文別にのみ掠るべきにあらず」と言う。 自明のことのように 「べき」 でごまかしてしまっているが'何放 「--・詩話文別にのみ凌るべき」 ではないのかの説明がないのであ る。また「西欧文学者が--詩学(中略)を以て準縄となす」こと の「止むべからざる」なのか'単に「知ればなり」ではわからない のである。ここには西欧の文学理論が東洋のそれよりすぐれている という先入鬼が存在して'自明のものと思わせてしまっている。し かし'この部分も自明のこととしてではなく 1応の検討が必要で あろう。とすれば'後半は前半の理由を示していることにはなら ず'「何となれば」ということばではつながらないのである。 その上'「邦人の歌論」「支那人の詩話文則」「西欧文聾者が審美 撃の基地の上に築き起したる詩学」のいずれもが、具体性を欠いて

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余等は固より小詮神髄と美軒撃との論ずる所を以て1々醇の醇 撃の基地の上に築き起したる詩学」のいずれもが'具体性を欠いて いるために'それぞれを検討することもできないししていない。ま してや比較してその差異や共通点などを見ることもできないのであ る。まさに机上に空論を展開しているという感がある。 これに続-第五段は'後半に鴎外の隠された意図があるようであ る。次のように始まる。 論者或は日-今の小説を論ずるもの多-標準を西欧諸国に取る その論語愈々博-してその意見愈々狭し寧ろ'これを凡理に徴 するとの確なるに若かずと余等は此般の言を聞く毎に未だ曾て 剖斗折衡の政に想到らずんばあらず若し論者の意を弘めてこれ を言へば菅に審美撃と其一部なる詩学のみならず道学も哲学も 悉-これを凡理に徹して可なり何を苦てか復た専門特科を設-るとをなさんや この段は長過ぎるので'ここで一応切って検討してみる。「論者 或は日---若かず」までは'鴎外は「現代諸家の小説論」でさら に-わし-引用しているが'「女撃記者」 すなわち巌本善治の「小 ( 注 5 ) 説諭略」の冒頭近-に出て来る意見である。この部分は特に取立て て問題にするほどのことはないようである。これに続いて'論は次 のように屈折してゆ-0 蓋し奨棺もこれを用ゆると、その法を得ざる時は丞矯のカを見 るに由なし人あり詩学の法則を知らず、縦令これを知るも'こ れを運用すると能はざるときはその輿や'浴飴の水と倶に兄を 溝聖に棄てんとす余等は詩学の運用を妨ぐるものを求めて偏聴 と成心とを得たり古人云-無偏聴。無成心。公而生明。則日義 心始。轟心之極。幾於無心。と二者は特に心盲無学の徒のこれ あるのみならず世の聾者も亦たこれあり例之ば停奇の精髄を論 じてア-ス-テレスの罪過論を唯一の規則とするは既に偏蹄の ママ 請を免れず況やこれを小説に施用せんとするをや又や小説の意 匠を詮て孔丘の恩無邪説をのみ遵奉する或は成心の娯なきにあ らず況やこれを推して情詩の一腰に及ぼし彼も卑僅なり此も世 教に益なしと塗抹し去らんとするをや このあたりは'ヨーロッパの文学理論を基準に批評を行いなが ら'誤って適用した場合について論じているのだが'一体何のため に誤って適用した場合の弊害を'それもここだけ具体例を挙げて述 べたてているのだろうか。「蓋し--由なし」 と'せっかくの基準 もその適用が妥当でないと効果を発揮しないと念を押してから'鴎 外は得意の仮定と比聡と引用とで論をすすめる。「人あり-︰・棄て んとす」の前半は仮定である。このような論議に仮定を持ちこむこ とは'あまり意味がない。具体性を欠-だけでなくどのような設 定も可能になり論拠にならないのである。従って説得性を欠くこと にもなる。後半は比職である。説明の手段としては有効であり得て も'論証の役には立たない。 この仮定と比聡に続いて'「余等は--得たり」という。「偏聴」 と「成心」がどのようにして「運用を妨ぐるもの」として得られた のかは'説明がない。説明がない限り「運用を妨ぐるもの」として 必然的に得られたのかどうか'また 「妨ぐるもの」 が「偏聴」と 「成心」 だけなのかどうかもわからない。つまり'この文は前文に

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っながる論理性がないと言わなければならない。この文はどうや ( 注 6 ) ら'直後の「無偏聴。--幾於無心。」 を引用するために加えたも ののようである。そしてまた、この「偏聴」「成心」は'「例之ば」 以下で生きてくるのである。 「例之ば」以下の前半に出て来る、「ア-ストテレスの罪過論を唯 1の規則とする」者は'(厳密に言えば'「唯1の規則」という言い 方は'必ずしも正し-はないのであるが)当時の評論家の中では' ( 注 7 ) まず石橋忍月が思い浮かぶ。これを読めば'名指しでなくてもだれ にでも忍月が攻撃されていることがわかる仕掛けである。しかも名 指しでないだけに忍月としては反論しにくいという構造になってい る。忍月がむきになって反論したとすれば'いやあれは頭の中で考 え出した1例に過ぎないのだと逃げを打つことが出来'しかも'何 か思い当たるところがあるのかと反撃できるという'巧妙な方法に なっているのである。その上'後半の「成心」の例も一般論のよう な形式をとり'前半の「偏聴」と対をなしている。より1層忍月が 反論しにくいようになっているのである。 「例之ば」以下は'﹃月等﹄ に収録された際、削除されてしまっ て'代りに「是れその流毒の深き所以なり。」 という文が置かれて いる。すでに明治二十九年の段階では鴎外にとって忍月は攻撃すべ ( 注 8 ) き対象ではなくなっていたわけである。しかし、「例之ば」以下を 削除してしまうことは'論をより抽象的に'骨組みだけにしてしま うことになり'益々論そのものに対する理解も行き届かなくなると 言えるであろう。 さて、次にいよいよ最後の段を取り上げることになるが'長過ぎ るので二つに分けて引用してみる。まず'前半は 鳴呼、我混沌たる文学世界も'その蕩清の期は魔に近きに在る べし余等が「志がらみ草紙」の潜行を企てしも亦た柳か審美的 の眼を以て天下の文章を評論しその虞贋を較明し工魔を披別し て以て自然のカを助け蕩清の功を速にせんと欲するなり と、﹃しがらみ草紙﹄発行の趣旨を述べる。「鳴呼、我混沌たる--在るべし」は'第三段落から直接につながる論旨と言えよう。とこ ろが'よ-検討してみると'第三段とは矛盾しているのである。第 三段落の結びは「これ(文学界の澄清)を致すものは批評の一道あ るのみ」と、批評そのものが文学界を澄清すると述べ'批評の役割 を極めて大き-評価しているのに対し、ここでは「自然のカを助け 蕩清の功を速にせんと欲するなり」と'文学界を蕩清するのは自然 であって、「しがらみ草紙」 の役割 (つまり批評の働き) は'「自 然」 の 「カを助け」 る補助的なものとなってしまっているのであ る。同じ論中において'同じ「批評」 の働きを論じ'しかもその 「批評」 の役割の大きさがまるでちがうという矛盾をおかしてしま っているのである。 ここにおいても'鴎外の論旨ははっきりしているようでいて、き わめて唆味である。「天下の文章を評論し」と言うが'「文章を評 論」するとはどういうことなのか。「評論」と「批評」は同じ意味 で使われているのか'ちがう意味なのか。また「その虞贋を較明 し」というが'文章の虞贋とはどういうことなのか。具体的には全

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' ′ 一 ナ し ー ノ し い い ナ り ん Y .   ヰ 言えるであろう。 t t t t p -わからないのであるo わかるのは'﹃しがらみ草紙﹄の発行を企 てた意気込みだけである。そして、後半は次のように続く。 抑も余等はこれを聞く古の文士には昔時の馨馨を抱て知を千載 の下に求むるものあり故に馬適は書を著して名山に戒ずと云ひ 欧陽公は先生の境を畏れず却て後生の笑を惰ると云ふ是れ皆な 時啓を地て千載の下に期する所あるなり'否'或者は更に1歩 を進めたり、栗は時人の寂歩を紳ぜざるが馬めに認めて済度す べからざる衆生なりとせず自ら奮て之を長育し其噂癖を更め其 好何を変じ其地位をして己れが地位に近づかしめんとせりレツ シソグの侍奇「エミリヤ'ガロツチ-」を作るや時人これを許 して兄の長ぜんとを慮りて裁したる過寛の新衣なりと云へり亦 た此意のみ世間多少の文人詞客に寄語す請ふ其生卒菰蓄し抱負 する所を害して之を新馨牡に投ぜよ余等不敏と雄も馨望の馬め に弦せられず時倍の馬めに動かされず勉めて公明正大の心を取 輿挙措の問に存ぜんとす「しがらみ草紙」の作れる豊、他あら ん や この部分もややわかりに-い。「余等はこれを間-」 という「こ れ」とは何なのか。「古の文士には--」なのか。「古の文士には--期する所あるなり」は'要するに昔の文人は評価を死後に求めた ということであろう。「或者は-︰・近づかしめんとせり」 は、評価 を死後に求めるような迂遠なことをせず'同時代人に求めることが できるように'同時代人を啓発したということになろうか。だが次 の   「 レ ツ シ ソ グ の -云 へ り 」   と は 、 ど う つ な が る の だ ろ う か 。 し」というが・文章の虞贋とはどういうことなのか。具体的には全 「時人これを評して--云へり」 という同時代人の ﹃エミ-ヤ、ガ ロツチ-﹄ に対する評言が、的に射ているということなのだろう か。「亦此意のみ」という「此意」とは'「寂歩を押ぜざるが病めに \ ・・・・・・近づかしめんとせり」ということなのだろうか。然りとすれば 「兄の長ぜんとを--新衣なり」は'﹃エミ-ヤ'ガロッチ-﹄に対 する先々を見通した評価ということになる。しかし'「過寛の」な どということばがあって果して高い評価と言えるのだろうか。 しかも'この部分が何ゆえにこの位置に置かれているのかも疑問 である。「世間多少の文人詞客に--」 は'直接には「蕩清の功を 速にせんと欲するなり」 につながるであろう。「抑も」以下は「欲 するなり」につながって﹃しがらみ草紙﹄発行の意義づげをしよう という意図なのであろうが'この二つの部分を脈絡のあるものとし ている接続語はない。それぞれが独立したものとなってしまってい る。従って'「抑も」以下が「欲するなり」につながっているとは' 論理的には言えないのである。読者の方で意を汲むしかないので' 筋道立った論と言うには'問題が残るであろう。 その上'「世間多少の文人詞客に--」 とのつながりも全-わか らない。文人詞客とは正当な評価のできる、啓発された存在なの か。あるいは'「寂変を紳ぜざる」 者であって'これらを啓発する ために﹃しがらみ草紙﹄に寄稿させようとしているのか。 第四段落では'「古人も﹃文人相軽﹄と云ひ--今の所謂批評家 といふ者は徒らに相讐警し」 と言っている。「批評家」と限定して はいるが、引用文が「文人」 「文士」 とあるのだから'当時「世間

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多少の文人詞客」もこれに入るのではないか。とすれば「其生卒藩 著し抱負する所」を「害して之を新馨牡に投」ぜしめたなら'やは り「細管警」 することになりはしないだろうか。﹃しがらみ草紙﹄ はそういう文学界の誤りを修正するために発行すると言わぬばかり の論なのであるから'投書を求めるということ自体が矛盾を含むこ とになるのである。 右のように'論の構成を細か-検討して見ると'鴎外の論は'論 などという筋道立ったものではな-、思いつきを連ねて内容の乏し いことばで飾り立てたに過ぎないのではないかとさえ思えるのであ る。新時代の新雑誌の創刊のことばとしては'あまりに空虚であっ て'批評の持つ意味や役割などを理解し得ていなかったのではなか ろうか。 坪内遣迄は'﹃しがらみ草紙﹄第三号に'「志がらみ草紙を讃みて 恩ふ所偉いふ」という感想を寄せている。この文章の中で避蓬は鴎 外の「現代諸家の小詮論を讃む」に対して'「先づ時弊のあるとこ ろを察して富樫の急務を霧へらるべき」であるのに「重に講義めく 調子にて論を結ばれし」は「物足らぬ心地す」と評している。この 評言は'鴎外の論が'﹃しがらみ草紙﹄ を代表する社説であったな らばということなのであるが'﹃しがらみ草紙﹄ の果すべき役割と 鴎外の意図との畢敵をはっきりと指摘していると言うべきだろう。 そしてその率雛は創刊のことばである 「﹃志がらみ草紙﹄ の本領を 論ず」における論旨の混乱として'すでに見ることができたのであ る 。 1 2 3 4 5 6 7 8 注 本文の引用は、すべて ﹃しがらみ草紙﹄ 創刊号に拠る。傍 点'傍線の類はすべて省略した。ルビのみ'必要な場合に限 り残した。変体仮名はすべて通行の字体に直した。 ﹃ 月 琴 ﹄   所 収 の 本 文 は ' す べ て 初 版 本 ( 明 2 9 ・ 1 2 ・ 1 堂)に拠る。 「作品批評における鴎外の批評意識」 (﹃森鴎外 - 初期文芸 評論の論理と方法﹄昭5 5・9'桜楓社。なお、初出は﹃樟蔭 国 文 学 ﹄ 第 1 7 号 ) 0 そもそも文芸評論そのものの存在さえ'あったかなかったか 判定がむつかしいくらいであったと言えよう。 「 小 説 論 略 」   は   ﹃ 女 学 雑 誌 ﹄ 第 百 七 拾 七 戟 ( 明 2 2 ・ 8 に掲載されている。無署名。 こ の 漢 文 は ' 「 森 鴎 外 集 I 」   ( ﹃ 日 本 近 代 文 学 大 系 1 1 ﹄ 9'角川書店)の三好行雄氏の執筆になる頭注には'﹃孟子﹄ の「尽心篇」からの引用だとしているが'「尽心篇」 には見 当らないようである。 このほか'富田精1氏によれば(﹃近代文芸評論史 明治篇﹄ <昭50・2'至文堂>一八〇ページ) 「忍岡隠士と名のる評 衣(久松定弘?)」も'忍月より一層杓子定規的だという。 忍月は明治24年8月に内務省試補となり'ほぼ文学活動をや める。

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