569 教養知識としての AI ─半導体製造と AI ─
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576 人 工 知 能 35 巻 5 号(2020 年 7 月) 1.フラッシュメモリを支える技術 フラッシュメモリは,電源を切って もデータが消えない不揮発性メモリの一 種で,スマートフォン,SD メモリカー ド,ゲーム機など家庭で身近に使われ る機器に広く用いられているほか,カー ナビゲーションや車載電子装置として自 動車向けに使われていますし,ノートパ ソコンやデータセンターの記憶装置であ る SSD*1としてオフィスでも広く活用 されています.スマホの中で使われてい るフラッシュメモリは 32 ~ 512 GB の容量がありながら,薄さはなんと約 1 mm*2です.フラッシュメモリには小型・ 薄型化,大容量化,高速化の技術が詰 まっています. IoT 時代の到来,クラウドコンピュー ティングの普及,自動運転技術の進展 などにより,人類が生成し,蓄積する情 報量は増加の一途を辿っています.世界 のディジタルデータの総量は 2014 年 に 11.5 ZB*3に到達しました.今後, 2023 年までに 103 ZB へ大幅に増加 するといわれています*4.この急速な時 代の変化を背景に,フラッシュメモリ を利用したストレージ需要は今後,飛 躍的に増加すると予想されています. フラッシュメモリ事業における業務に は,基礎理論の研究,商品企画,製品 の設計,開発,そして評価および量産が あります.この中のさまざまな業務にお いてAI技術が活用されています.例えば, 走査電子顕微鏡(SEM*5)を用いた欠 陥検査のための新たな手法として,半導 体ウェハ上の金属配線のショートや断 線などの欠陥を,回路の CAD レイアウ トを利用して効率的に発見する手法が開 発されています.ウェハ上で CAD レイ アウトと異なっているパターンが欠陥で すが,実際のパターンは CAD レイアウ トと完全には一致しないため,単純に画 像どうしを比較すると欠陥以外の部分を 過剰に検出してしまいます.そこで機械 学習の手法を活用して CAD レイアウト を本物そっくりの SEM 像に変換し,得 られた画像と実際の検査画像を比較する という手法を利用しています. 今回は,フラッシュメモリの製造工 程にて活用されている技術を中心に紹介 します. 2.フラッシュメモリの製造 フラッシュメモリを含む半導体チッ プの製造工程は,電子回路を半導体ウェ ハ表面に形成する前工程と,ウェハを チップに切り出してパッケージとして組 み立てる後工程からなります.図 1 上 部は,フラッシュメモリの前工程の流 れを模式的に表したもので,シリコンイ ンゴットを薄く切断してつくられたウェ ハに対し,さまざまな加工を繰り返し, 最後に電気的なテストを行って,正常
教養知識
としての 連 載折原 良平
キオクシア株式会社
Ryohei Orihara Kioxia Corporation [email protected]
Keywords: fl ash memory, computer integrated manufacturing, clustering, convolutional neural network.
第 7 回
半導体製造と AI
未来を拓くフラッシュメモリ,
その生産を支える AI
Semiconductor Manufacturing and AI
Flash Memory and AI as an Enabling Technology of
Its Production
図 1 フラッシュメモリの製造工程と収集されるデータ
*1 Solid State Drive
*2 キオクシア製のコントローラ内蔵型 のフラッシュメモリ UFS の場合(2019 年 5 月 20 日時点).
*3 1 ZB = 1 000 000 000 TB
*4 IDC Worldwide Global DataSphere Forecast, 2019-2023(Doc#US44615319,
577 教養知識としての AI ─半導体製造と AI ─ に動作していることを確認します.この 一連の流れが前工程です. 加工には,ウェハに膜を付ける成膜工 程,写真と同様な技術を使ってウェハ に回路を転写するフォトリソグラフィー 工程,薬品や荷電粒子を使って膜を除 去するエッチング工程などがあり,図 1 の中では「製造」と示されています.こ れらはすべて製造装置の中で自動的に 行われます.製造工程の間には検査工 程があり,所望の加工が行えているかを チェックします.図 1 の中で「検査計測」 と示されている部分がこれに当たります. 図 1 上部で,グレーの矢印がループを 描いているのは,これらの工程を繰り返 しながら製造が行われることを表してい ます. キオクシアの四日市工場や北上工場 では,ウェハが工程間を搬送装置によっ て運ばれることにより生産が進んでいき ます.このように自動化された生産ライ ンからは大量のデータが収集され,品質 や効率の改善に用いられます(図 1 下 部). 3.生産への AI の活用 フラッシュメモリ製造における競争力 確保にはローコスト化が必須であり,そ のために重要な施策の一つが生産上の課 題の早期発見・解決による品質確保です. その実現には,上記のように,大量のデー タを収集し,品質監視と課題解決を行 う技術者に提供する情報システムを構築 し,それに基づき品質を確保することが 有効です.しかし,生産規模の拡大に伴 い,データ解析の自動化が求められるよ うになりました.ここでは AI を活用し た取組みを 2 件ご紹介します. 3・1 歩 留 新 聞 前工程の最終段階である電気的テス トにおいては,ウェハ上のチップが全数 検査され,不良チップがウェハ内にどの ように分布しているかのパターンが得ら れます.このパターンと,ウェハを加工 した製造装置の使用履歴が不良の原因 解析の出発点となります.以下の技術 開発によりこの作業の支援を行っていま す. ● ウェハマップパターンのクラスタリ ング:不良の発生状況を俯瞰するた め,ウェハマップパターンのクラス タリングを行います.クラスタリン グとは,大量のデータが与えられた とき,それらを教師なしで類似の データ群にグループ分けする技術 です.データ規模は月に 20 万ウェ ハに及ぶため,技術者にタイムリー な情報を提供するためにはクラス タリングの高速化が必須です.ク ラスタリングアルゴリズムとして scalable k-means++を採用するこ とにより,従来に比べて 72.5 倍の 高速化を達成しました.k-means はよく知られたクラスタリングアル ゴリズムですが,クラスタリング結 果は初期セントロイドの選び方に依 存します.k-means++はこれを解 決しようとしたものですが,セン トロイドを逐次的に選んでいくた め,並列化が困難でした.scalable k-means++では並列化できるよう 工夫がなされています. ● パターンマイニングによる原因装置 の推定:あるウェハマップクラスタ に属するウェハの使用履歴に多く含 まれ,それ以外のウェハにはあまり 含まれない製造装置が不良原因の候 補となります.パターンマイニング アルゴリズム FPGrowth により装 置の組合せの出現数を高速にカウン トし,χ2 乗(χ2)検定に基づく ランキングを行うことで不良原因候 補とその確からしさを算出しまし た.大量のデータから,所定の条 件に合ったものを抽出するのがパ ターンマイニングで,スーパーマー ケットの POS データから併売行動 を発見するのに使われた apriori ア ルゴリズムがよく知られています. FPGrowth は,FPtree というデー タ構造を用いることにより,apriori よりも高速にパターンを抽出するこ とができます.しかし,必要なメモ リ量は大きくなります. ● CNN*6によるウェハマップ分類: 過去に発生したウェハマップの再発 を監視するため,あらかじめ登録し た典型ウェハマップ群への分類を行 います.この問題は,ウェハマップ をベクトルと考えれば,ベクトル空 間に表現されたデータの多クラス分 類問題と考えることができます.深 層学習出現以前には,この問題には SVM*7が広く使われていました. SVM は,データを高次元の特徴空 間に写像したうえで線形識別するこ とにより分類を行う方法です.この 問題に,CNN の適用を試みました. SVM による分類精度(F1 スコア) が 0.884 であったのに対し,5 層 の CNN を用いることで 0.920 へと 向上しました.CNN は画像認識に おいて高い性能を発揮することが知 られていますが,入力次元数がたか だか数百であるウェハマップの分類 においても有効であることがわかり ました. ● 歩留解析情報を 1 か所にまとめた ポータル「歩留新聞」:これらの情 図 2 「歩留新聞」サンプル画面
*6 Convolutional Neural Network *7 Support Vector Machine
578 人 工 知 能 35 巻 5 号(2020 年 7 月) 報を 1 か所にまとめ,歩留解析業 務に必要な情報を簡単に参照できる ようにした Web ポータル「歩留新 聞」を開発しています(図 2).こ れにより,1 件当たりの不良解析に 要する時間が約 1/3 に短縮されま した. 3・2 欠陥 SEM 画像の自動分類 工程間の検査の中には,ウェハ上の 欠陥のミクロな様相を SEM により観察 し,所定のカテゴリーに分類することが 含まれます.SEM 画像は 1 日に 30 万 枚撮影されており,欠陥の種類によって は原因工程を絞り込むことができるので 重要な検査です.従来は解析者が分類機 能をもつツールを用いて半自動で行って いましたが,ツールが苦手とする欠陥カ テゴリーが多く,人間の負荷が高いの が課題でした.ここに CNN を用いるこ とにより,自動化可能な欠陥カテゴリー が大幅増加し,人間の負荷を約 2/3 に 減少させることができました. 4.お わ り に 上述のとおり,半導体製造においては 効率化によるコストダウンが必須であ り,キオクシアでも,機械学習をはじめ とする AI 技術を活用してフラッシュメ モリ生産の効率化に努めてきました.生 産上の課題は数多く,すべてを解決する ことは困難ですが,大量のデータを背景 にこうした課題に取り組むことは,デー タマイニングの実践として興味深いのは もちろんのこと,未知の不良発生メカニ ズムを解明する科学的関心も満足されま すし,改善効果はコストダウンを通じて 利益に直結するので,ビジネスメリット に悩むこともありません.AI 研究者諸 兄の技術の適用先として,頭の片隅に 置いていただければ幸いです. 2020年 6 月 8 日 受理 折原 良平(正会員) 1988年 筑 波 大 学 大 学 院 工学研究科電子・情報工 学 専 攻 博 士 前 期 課 程 修 了. 同 年,( 株 ) 東 芝 入 社.2019 年東芝メモリ株 式会社(現 キオクシア株 式会社)入社.現在,同 社デジタルプロセスイノベーションセンター 技 監.1993 ∼ 95 年 University of Toronto, Department of Industrial Engineering客員研 究員.2010 年より電気通信大学客員教授.発 想支援技術,類推,機械学習,データ・テキス トマイニングの研究に従事.2009 年度本学会 論文賞,2010 年度本学会功労賞,2012 年度情 報処理学会活動賞,2016 年度本学会現場イノ ベーション賞金賞受賞.2015 年度情報処理学 会フェロー.2018 ∼ 19 年度本学会副会長.博 士(工学). 著 者 紹 介 櫻井 翔(正会員) 2014年東京大学大学院工 学系研究科先端学際工学 専攻博士課程修了.東京 大学大学院情報理工学系 研究科特任研究員,首都 大学東京システムデザイ ン学部特任助教を経て, 2016年電気通信大学大学院情報理工学研究科 情報学専攻特任助教(現職).博士(工学).メ インの研究分野は VR,HCI,認知心理学.人 間の情報処理メカニズムを利用して身体性を拡 張する VR【Metaphysical VR】の研究に従事. 本学会編集委員.国内外の学会にて,漫画家・ イラストレータとしても活動中. 宮本 道人(正会員) 1989年東京生まれ.東京 大学大学院理学系研究科 物理学専攻博士課程修了. 博士(理学).筑波大学シ ステム情報系研究員,変 人類学研究所スーパーバ イザー,株式会社ゼロア イデア代表取締役.開かれた科学文化をつくる べく研究・評論・創作.国際マンガ・アニメ祭 REIWA TOSHIMAマンガミライハッカソンに て原作担当漫画プロトタイプ「Her Tastes」が 大賞および太田垣康男賞を受賞.編著評論集『プ レイヤーはどこへ行くのか』(南雲堂,2018), 対談連載「VR メディア評論」(日本バーチャ ルリアリティ学会誌,Vol. 24, No. 2, 2019),共 著短 小説「呑み込まれた物語」(『現代思想 2019年 8 月号』掲載)など.本学会編集委員. Twitterアカウント:@dohjinia