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先進国における人間貧困及び社会的排除に関する研究 : 英国とフランスを事例に (山内良一教授 退職記念号)

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(1)

先進国における人間貧困及び社会的排除に関する研

究 : 英国とフランスを事例に (山内良一教授 退職

記念号)

著者

AYE Chan Pwint

雑誌名

熊本学園大学経済論集

26

1-4

ページ

327-348

発行年

2020-03-31

URL

http://id.nii.ac.jp/1113/00003321/

(2)

-英国とフランスを事例に-

AYE Chan Pwint

要  約

 本研究の目的は、先進諸国が抱える貧困及び社会的排除問題についてこれまでの先 行研究を紹介した上で、英国とフランスを事例に人間貧困及び社会的排除の現状分析 を行うことである。そのため、まず、英国とフランスの貧困及び社会的排除に関する 先行研究を紹介した。次に Eurostat(Database)を基に、欧州連合加盟国と比較した 英国とフランスの人間貧困及び社会的排除の実態を述べた。その後、UNDP のデータ を基に、英国とフランスにおける貧困及び社会的排除の現状分析を行った。その結果、 フランスの教育・社会的排除・安全保障・経済指標は他の欧州連合加盟国に比べて低 水準と中水準であること、英国の教育指標と経済指標は他の欧州連合加盟国に比べて 中水準であることが分かった。結果的に、英国とフランスの人間貧困指数は中水準で あることが分かった。また、英国とフランスの教育・安全保障・経済状況は同水準で あるが、保健状況はフランスが英国に比べてはるかに良い状態である一方で、社会的 排除状況については英国よりかなり悪い状態にあることが分かった。フランスでは貧 困削減のために経済施策に加えて、若者の教育及び職業訓練への政策、雇用政策を中 心にした社会的排除に関する対策が求められている。一方で、英国では、貧困削減の ために経済施策に加えて、教育への対策が求められていることが分かった。英国では、 教育の格差(富裕層と貧困層との格差と地域格差)が依然として残されており、経済 格差も大きいため、進学の機会の幅、将来の就職機会の幅に大きな差が生じている。 今後の英国の貧困削減には、教育の格差への対策も求められている。

1. はじめに

 貧困には絶対的貧困と相対的貧困という二種類が存在し、前者は発展途上国型貧困、後者は 先進国型貧困として知られている。世界銀行は成人1人当たりの総支出が1日 1.9 米ドルを下 回る極度の貧困者のことを絶対的貧困者に分類している。世界銀行によると、2015 年の世界貧 困者比率(絶対的貧困率)は 9.9%(約 7 億人)で、10 人に1人が極度の貧困状態にある。地

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域別絶対的貧困率(2015 年)を見ると、東アジア太平洋地域が 2.3%、ヨーロッパと中央アジ アが 1.0%、ラテンアメリカが 3.9%、中東と北アフリカが 4.2%、南アジアが 16.1%、サハラ以 南アフリカが 41.0% で、特に、南アジアとサハラ以南アフリカが極度の貧困に陥る状況にある (World Bank, Database)。

 世界銀行は相対的貧困については、下位中所得貧困ラインと上位中所得貧困ラインを設定し ており、前者は成人1人当たりの総支出が 1 日 3.2 米ドル、後者は 5.5 米ドルで、これらの貧 困ラインを下回る貧困者のことを相対的貧困者に分類している。上述した絶対的貧困率が最も 低い地域はヨーロッパと中央アジアであり、先進国1)が多く占めているこの地域では極度の貧 困者数は少ない。一方で、ヨーロッパと中央アジアの相対的貧困率を見てみると、下位中所得 貧困ラインによる貧困率(2015 年)は 5.4%(約 2,600 万人)、上位中所得貧困ラインによる貧 困率(2015 年)は 14.0%(約 6,800 万人)である(World Bank, Database)。

 今日では貧困問題は決して発展途上国に限った問題ではなく、先進国にも先進国型貧困が潜 んでいる。発展途上国型貧困には、工業化の遅れによる低経済成長に伴う失業雇用問題、低収 入、ワーキングプア、飢餓、社会インフラの遅れによる低人間開発(教育や健康状態)などの 問題が存在している。つまり、発展途上国の貧困とは、物質的な必需品の欠乏だけでなく、基 本的なニーズである医療保健機会や教育機会が欠乏している状態である。これに対して、先進 国型貧困には、格差、子供の貧困、ホームレスやリストラ、虐待やいじめ、自殺や依存症など 社会的排除に関する問題が存在している。つまり、先進国の貧困とは、物質的な必需品の欠乏 に加えて、精神的な苦痛が続き、将来への希望を見いだせないまま、生活が窮乏している状態 である。本研究では、先進諸国が抱える人間貧困及び社会的排除についてこれまでの先行研究 を紹介した上で、英国とフランスを事例に人間貧困及び社会的排除の現状分析を行う。

2. 英国とフランスの貧困及び社会的排除に関する先行研究

 貧困に関する先行研究として、まず、科学的な貧困調査を実施したチャールズ・ブースが挙 げられる。ブースは 1886 年から 1902 年にかけてロンドンにて 3 回の貧困調査を実施した。彼 の調査では、アダム・スミスの貧困の定義に含まれる見苦しくない自立的生活を人間としての 普通の運命として捉え、具体的な内容として生活水準の設定を中心的な課題にした。調査結果 によると、400 万人(100 万世帯)にものぼる大都市ロンドンにおいて、総人口の約 3 分の 1 が「貧困」状態にある(Booth, C.1902-03. 阿部、1997)。また、彼の研究では、貧困発生原因 は浮浪、怠慢、飲酒や無駄遣いなどの個人的要因ではなく、不規則的労働や低賃金という雇用

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形態であると調査結果を経て述べた。  彼の調査は科学的であると評価される一方で、調査方法論に関する分析はほとんど皆無に近 い状態であり、客観性が欠けているという批判受けた(阿部、1997)。また、彼は貧困者がど のような階級であるかを確認するため、階級をカテゴライズしたが、階級関係と経済構造の関 連性や貧困の解決法に関する提案はなされなかった。ブースの影響を受けたシーボーム・ラウ ントリーは地方都市ヨーク市で調査を行い、現実に近い貧困の実態を紹介することを試みた。 これまでの貧困に関する分析では、雇用と所得が重視されていたが、ラウントリーは、1901 年 のヨーク市現地調査を経て、第一義的貧困を所得の低さに、第二義的貧困を消費行動に、それ ぞれ分類した(Rowntree,B.S.1901. 長沼、1954)。彼は、低所得がもたらす貧困と基本的ニー ズを満たすための能力の欠乏がもたらす貧困には大きな違いが存在し、お互い密接に関連して いると述べた。  彼は、低所得がもたらす貧困は、雇用の拡大や所得の増加が実現できれば、貧困から脱却で きる可能性は高いが、基本的ニーズを満たすための能力の欠乏がもたらす貧困は、経済状況な どが改善しても、人間開発水準が低いため、繰り返し貧困に逆戻りしてしまう可能性が非常に 高いと主張した。彼の調査では、絶対的貧困と相対的貧困が初めて提案され、「極貧」と「貧 困」という二種類の貧困形態が確認された。絶対的貧困である「極貧」は慢性的欠乏状態であ り、「極貧」から脱却するには人間開発が極めて重要であるという彼の思想は、貧困削減にお ける人間開発の役割として広まりを見せた。  丸谷(2012)では、英国の社会保障制度と労働支援に関する政策が述べられた。丸谷 (2012)によると、英国では様々な社会保障制度が世界に先駆けて行われてきた。公的な失業 保険制度が世界で初めてつくられたのが英国であり、古くから貧困者向けの救貧法が実施され てきた。しかし、英国では 1979 年から 1993 年まで貧困率が上昇し続け、景気が良くなって きたにも関わらず、貧困率が全く下がらなかった。丸谷(2012)では、労働党が政権をとった 1997 年以降は失業率が下がり、平均所得や中央所得が右肩上がりで国民経済が豊になっていた にも関わらず、貧困率自体は高いところで推移し、格差が拡大していたことが述べられた。  香川(2013)では世界の格差と貧困が取り上げられた。香川(2013)によると、英国は 2010 年制定の貧困対策法で貧困率を 2020 年までに 10% にまで引き下げる目標を設定した。しかし、 緊縮政策に基づく子供手当の 3 年間凍結など、社会保障計画が弱められ、2010 年まで減少傾向 にあった貧困率が 12.1% の横ばい状況となった。香川(2013)では、欧州諸国における緊縮政 策が与える影響、政府の変化、批判などが述べられた。  次に、木戸(2013)では英国の若者の貧困と社会福祉の動向が研究された。木戸(2013)に

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よると、英国では 1997 年に前ブレア労働党政権が誕生したが、それまで 18 年間におよぶ保守 党政権が進めてきた新保守主義的な政策によって貧困と社会的排除が大きな社会問題になっ ていた。当時の英国ではホームレス、思春期の妊娠、青年のニート、養護児童が大きな問題で あった。子どもの時期に養護措置にあったという事実だけで、その後、ホームレス、失業、10 代の母親となるなど人生にマイナスの影響を与えるリスクが高いため、政府は特に、養護児童 に対する取り組みを行った。木戸(2013)では、青年のニート、社会への不参加状態が貧困や 不健康などのリスク要因であることが英国で広く認識されたことが述べられた。  都留(1993)では、フランスにおける貧困者向け社会保障制度である参入最低限所得法の内 容、運営動向や結果などが検討された。都留(1993)によると、フランスでは 1970 年代半ばご ろから失業問題が深刻化し、経済発展のリズムが回復した 1980 年代の 10 年間でも沈静化せず、 1990 年代初頭まで失業率が 10% 近くまで上昇していた。失業者の増加と失業者とその家族の生 活の悪化は、貧困を引き起こす原因の一つとなった。政府は「貧困に抗する戦い」の諸政策を 打ち出し、福利厚生や参入最低限所得法を含む社会保障制度を導入した。都留(1993)による と、失業者に対して安定した雇用が見つかるまで最低限生活を保障し続けるフランスの参入最 低限所得法は貧困を軽減するだけでなく、労働市場で労働者の競争に一定の歯止めをかけるこ とにもなった。都留(1993)では、労働者間の無制限な競争による低賃金や労働条件の低下を 防ぐ意味で、参入最低限所得法は経済的にも大いに意義ある方策であったことが確認された。  樋口(2004)では、欧州諸国の社会政策である社会的排除アプローチが考察され、 このア プローチが現代社会における新たな不平等の理解にとって有効であることが論じられた。樋 口(2004)によると、欧州諸国では失業者に有償労働を強いる政策があり、これは彼らをいっ そう脆弱にし、加えて地域コミュニティにおける社会的ネットワークの構築と文化的アイデン ティティへの支援がそのような経済的側面における破壊的影響力の緩衝材として機能してい た。樋口(2004)では、フランスでは 1970 年代後半から高経済成長が徐々に停滞し始め、失 業率が上昇し、貧困者、精神障害者、身体障害者、自殺志願者、高齢者及び若年ドラッグ中毒 者、アルコール中毒者、社会的逸脱者などが排除された人々として現れたことが述べられた。  また、失業者に加えて、就労しているにも関わらず十分な収入がないワーキングプアも貧困 問題に直面していた(アニープール、2009)。アニープール(2009)は、ワーキングプアある いは非正規雇用は正規労働市場から排除されており、公的支援や労働組合の支援からも排除さ れていたと指摘した。これらを背景に、フランスでは「社会的排除」という概念が広まり、こ の概念が貧困や格差に対する対策としてさらに広まった。高橋(2016)によると、「社会的排 除」とは、社会的に統合され、アイデンティティを確立する慣行や権利において個人や集団が

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排除されることであり、その範囲は仕事への参加以上のもので、住居、教育、健康、サービス へのアクセスといった分野でも排除が現れる。欧州諸国では 1997 年に欧州連合における社会 的排除指標の検討が始まり、2001 年には具体的な指標の定義や方法の取り決めが行われた(高 橋、2016)。2010 年に採択された欧州 2020 戦略では、社会的排除指標が欧州戦略(社会的包 括関連指標)の中心的な取り組みとなった。  欧州連合では、「貧困又は社会的排除のリスクがある市民」という指標を用いて経済的側 面(所得)に加えて非経済的側面から貧困が分析される。European Commission(2014)で は、欧州連合の国ごとの人間貧困指数が算出された。人間貧困指数とは、国連開発計画が毎年 発行する人間開発報告書で算出される指数のことで、1997 年から 2009 年まで世界各国の人間 貧困指数が算出された。人間貧困指数は発展途上国と先進国に分けて算出され、後者は「寿 命」、「知識」、「基本的な生活水準」、「社会的排除」という側面から四つの指標で算出され る。European Commission(2014)では、これらの指標に独自の指標を加えて、欧州連合加盟 国の人間貧困指数を算出した。本研究では、European Commission(2014)の貧困分析を参考 にして、英国とフランスにおける人間貧困及び社会的排除の現状分析を行う。

3. 欧州連合加盟国と比較した英国とフランスの人間貧困及び社会的排除の実態

 ここでは Eurostat(Database)を基に、欧州連合加盟国と比較した英国とフランスの人間貧 困の実態について述べる。 図 1:欧州連合加盟国の相対的貧困率(%、2017) 出所:Eurostat(Database)より作成。

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図 2:欧州連合加盟国における社会的排除の状況にある者(%、2017)  Eurostat によると、欧州連合加盟国では少なくとも約 2,000 万人が相対的貧困者としての 生活している。相対的貧困ラインは、居住国での等価可処分所得の中央値の 60%未満であり、 この貧困ラインを下回る者が貧困者としてみなされる。また、European Commission(2014) に よると、2012 年時点で貧困又は社会的排除のリスクがある欧州市民は 1 億 2,400 万人(24.8%) に上る。図 1 によると、欧州連合加盟国の相対的貧困率(平均)は 10.6% で、10 人に 1 人が 貧困者として生活している。欧州諸国のうちチェコの貧困率は 4.4% で最も低く、貧困率が最 も高い国はルーマニアで、その貧困率はチェコに比べて 4 倍以上高い 19.1% である(図 1)。 Eurostat は所得と雇用指標を用いて複合的に社会的排除の状況にある者の割合を算出して おり、欧州連合加盟国の平均は 22.8% である。そのうちのチェコの社会的排除の状況にある 者の割合は 12.2% で最も低く、社会的排除の状況にある者の割合が最も高い国はブルガリア (38.9%)で、チェコに比べて 3 倍以上高い(図 2)。  次に、16 歳未満の社会的排除の状況にある者(%)を見ると、欧州連合加盟国の平均は 24.2% で、そのうちのチェコの 16 歳未満の社会的排除の状況にある者の割合は 14.3% で最も低 く、16 歳未満の社会的排除の状況にある者の割合が最も高い国はブルガリアで、その割合は チェコに比べて 3 倍近く高い 41.0% である(図 3)。一方で、55 歳以上の社会的排除の状況に ある者(%)を見ると、欧州連合加盟国の平均は 22.4% で、そのうちのデンマークの 55 歳以 出所:Eurostat(Database)より作成。

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図 3:欧州連合加盟国における社会的排除の状況にある者(16 歳未満、%、2017) 図 4:欧州連合加盟国における社会的排除の状況にある者(55 歳以上、%、2017) 出所:Eurostat(Database)より作成。 出所:Eurostat(Database)より作成。 上の社会的排除の状況にある者の割合は 10.9% で最も低く、55 歳以上の社会的排除の状況にあ る者の割合が最も高い国はブルガリアで、その割合はデンマークに比べて 4 倍近く高い 43.2% である(図 4)。

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 英国とフランスにおける貧困の実態をフォーカスしてみると、英国の相対的貧困率(2017) は 7.8% で、欧州連合加盟国の相対的貧困率(平均)10.6% に比べて低い一方で、16 歳未満の 社会的排除の状況にある者は 27% で、平均の 24.2% を上回っている。その他の指標に関して は欧州連合加盟国の平均と同程度である。フランスの相対的貧困率(2017)は 8.0% で、英国 よりやや高いものの欧州連合加盟国の相対的貧困率(平均)10.6% に比べて低く、その他の貧 困関連指標も欧州連合加盟国の平均を下回っている。 図 5:欧州連合加盟国における所得格差(ジニ係数、等価可処分所得)(2017) 出所:Eurostat(Database)より作成。  次に、図 5 の欧州連合加盟国の所得格差(ジニ係数、2017)を見ると、平均は 30.1 で、最も 高いのはブルガリアの 40.2、最も低いのはスロバキア 23.2 である。英国のジニ係数は 33.1 で 平均より高く、フランスのジニ係数は 29.3 で平均よりやや低い。続いて表 1 の性的暴力件数を 見ると、英国やフランスの件数がかなり多く、表 2 の特定の居住を持たないホームレスの数の データからも英国やフランスのホームレス数がかなり高いことが分かる。加えて、表 3 の自殺 年齢調整死亡率(人口 10 万人当たり、男女計 2016)を見ると、英国は平均(11.7%)より低い のに対して、フランスは平均よりも高いことが分かる。  また、表 4 の英国とフランスにおける社会問題の推移を見ると、自殺年齢調整死亡率はフラ ンスでは近年低下してきているが、英国では上昇していること、性的暴力件数は近年かなり拡 大していることが分かる。ホームレス者の推移のデータが入手困難なため、代わりに失業率の

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表 1:欧州連合加盟国における性的暴力件数(2013)

表 2:欧州連合加盟国における特定の居住を持たないホームレス数(人)

注:表 1 の件数を合わせたデータである。 出所:Eurostat(Database)より作成。

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表 3:欧州連合加盟国における自殺年齢調整死亡率(人口 10 万人当たり、男女計 2016) 表 4:英国とフランスにおける社会問題の推移 出所:Eurostat(Database)より作成。

ンスの件数がかなり多く、表 2 の特定の居住を持たないホームレスの数のデータからも英国やフラ

ンスのホームレス数がかなり高いことが分かる。加えて、表 3 の自殺年齢調整死亡率(人口 10 万人

当たり、男女計 2016)を見ると、英国は平均(11.7%)より低いのに対して、フランスは平均よりも高い

ことが分かる。

また、表 4 の英国とフランスにおける社会問題の推移を見ると、自殺年齢調整死亡率はフランス

では近年低下してきているが、英国では上昇していること、性的暴力件数は近年かなり拡大してい

ることが分かる。ホームレス者の推移のデータが入手困難なため、代わりに失業率のデータを見る

と、英国の失業は半分まで低下しているが、フランスではほぼ変わらない状況である。要するに、英

国では、全国の相対的貧困率は他の欧州連合加盟国に比べて低いものの若者の社会的排除、

性的暴力やホームレスなどの社会問題が深刻化していることが分かった。フランスでは、相対的貧

困率や他社会的排除などの指標は他の欧州連合加盟国に比べて低いものの英国と同様に性的

暴力、ホームレスや自殺などの社会問題が深刻化していることが確認できた。

表 4:英国とフランスにおける社会問題の推移

出所:Eurostat (Database)より作成。

4. 英国とフランスにおける人間貧困及び社会的排除に対する政策

欧州諸国における貧困の歴史を振り返ってみると、欧州諸国では中世から失業者、病人、孤児

が現れ、加えて精神薄弱者、犯罪者、売春婦など社会から排除された人たちが現れていた(高橋、

1993)。13 世紀の英国では土地なし農民が存在し、全借地農の半分以上が 4 ヘクタール以下の土

地を保有し、多くの場合その土地から収穫される農産物の半分は地主に収めなければならないと

いう貧農が存在していた(高橋、1993)。早坂(1993)によると、農民の半分近くが 3 ヘクタールの土

地経営を行っていたが、こうした経営規模では農民は家族を十分に扶養できなかった。14 世紀初

頭になると、農民の 1 割が貧困状態になり、3 割の農民は規模の小さい零細農家として出現した。

農作を行っていない時期(特に冬期)には、農民は就労を目的に大都市に移動していた。14 世紀

の統計では、少なくとも英国農民の 3 分の 1 が一時的に賃金労働従事していたと予測された(高橋、

1993)。

一方で、英国の大都市では、家族の共同作業によって仕事場を経営する小生産者(手工業など

の家内労働)が多く、16 世紀から 18 世紀にかけて全労働者の 1 割、ロンドンでは 2 割以上を占め

France 16.86 15.75 15.47 14.13 14.14 United Kingdom 6.71 7.22 7.36 7.08 7.35 France 55,556 61,918 66,566 75,190 United Kingdom 110,742 161,698 193,107 219,149 France 5.5 5.9 6.3 6.2 6.3 6.1 5.7 5.5 United Kingdom 5.5 5.4 5.2 4.2 3.7 3.3 3.0 2.8 13.21 7.23 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 失業率 2017 83,502 268,320 性的暴力件数 2013 2014 2015 2016 自殺年齢調整死亡率 2011 2012 2013 2014 2015 2016 データを見ると、英国の失業は半分まで低下しているが、フランスではほぼ変わらない状況で ある。要するに、英国では、全国の相対的貧困率は他の欧州連合加盟国に比べて低いものの若 者の社会的排除、性的暴力やホームレスなどの社会問題が深刻化していることが分かった。フ ランスでは、相対的貧困率や他社会的排除などの指標は他の欧州連合加盟国に比べて低いもの 出所:Eurostat(Database)より作成。 ―336―

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の英国と同様に性的暴力、ホームレスや自殺などの社会問題が深刻化していることが確認でき た。

4. 英国とフランスにおける人間貧困及び社会的排除に対する政策

 欧州諸国における貧困の歴史を振り返ってみると、欧州諸国では中世から失業者、病人、孤 児が現れ、加えて精神薄弱者、犯罪者、売春婦など社会から排除された人たちが現れていた (高橋、1993)。13 世紀の英国では土地なし農民が存在し、全借地農の半分以上が 4 ヘクター ル以下の土地を保有し、多くの場合その土地から収穫される農産物の半分は地主に収めなけれ ばならないという貧農が存在していた(高橋、1993)。早坂(1993)によると、農民の半分近 くが 3 ヘクタールの土地経営を行っていたが、こうした経営規模では農民は家族を十分に扶養 できなかった。14 世紀初頭になると、農民の 1 割が貧困状態になり、3 割の農民は規模の小さ い零細農家として出現した。農作を行っていない時期(特に冬期)には、農民は就労を目的に 大都市に移動していた。14 世紀の統計では、少なくとも英国農民の 3 分の 1 が一時的に賃金労 働従事していたと予測された(高橋、1993)。  一方で、英国の大都市では、家族の共同作業によって仕事場を経営する小生産者(手工業な どの家内労働)が多く、16 世紀から 18 世紀にかけて全労働者の 1 割、ロンドンでは 2 割以上 を占めていた。また 1940 年代と 1950 年代には、失業率が低かったにも関わらず、英国経済に 広範囲な低賃金部門が存在していた(Kincaid, J.C. 1973. 一圓、1987)。当時の英国では事業 体の半数以上が 25 人未満の従業員規模であり、製造業の総労働力 800 万人のうち 4 分の 1 以 上は 100 人未満の事業所で雇われていた。労働組合の組織が比較的に弱く、特に小規模事業所 では、低賃金や労働条件が比較的に劣っていた(Kincaid, J.C. 1973. 一圓、1987)。1970 年代 ごろの英国の産業における平均労働時間は週 44 時間で、1968 年では製造業全労働者の 25% が 交代制の仕事をしていた(Kincaid, J.C. 1973. 一圓、1987)。交代制の仕事は肉体的・精神的に 過重負担を強いるものであったが、基本的な賃金率や追加的な賃金が低かった。  英国の大都市の職業構造には、肉体職業に加えて、上級販売サービス従事者、事務、行政、 技術的職業、専門的及び管理的職業従事者などのホワイト・カラー職業があり、ホワイト・カ ラー職業に就く労働者は、1911 年の全職業人口中の 13% から 1961 年には 30% にまで増加し た(Wedderburn, D. 1974. 高山、1977)。肉体労働者とホワイト・カラー労働者の間に賃金、 所得の安定性、労働時間など労働環境に大きな差が生じていた。リチャード・スケースが行っ た調査によると、工場で働く最高給の筋肉労働者(熟練)の年収は 1,560 ポンドであるのに対

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して、上級管理者の年収は 4,500 ポンドであった(Wedderburn, D. 1974. 高山、1977)。  英国の所得分配に関しては、1950 年代から 1960 年代にかけて上層 1% は、全税込み所得の 約 7% を受け取り、上層 10% では約 30%、下層 30% は 10% をそれぞれ受け取っており、英 国の所得分配は相当集中していた(Wedderburn, D. 1974. 高山、1977)。また 1950 年代から 1960 年代における国民扶助あるいは補足給付基準2)以下の低所得者数は全人口の約 10%(500 万人以上)を占めていた(Atkinson,A.B. 1969. 田中、1974)。英国の所得格差はサッチャー保 守党政権下の 1980 年代を経てさらに拡大し、所得の格差を表すジニ係数は 1979 年の 0.25 から 1990 年代初期には 0.34 にまで拡大した(岡久、2008)。このような状況の中で、1997 年には ブレア政権が成立した。政府は拡大する貧困と社会的排除に積極的取り組み、1998 年には最低 賃金法を制定し、翌年には 20 年以内に児童貧困(約 300 万人)を削減する計画を発表した(岡 久、2008)。  さらに 2003 年に就労税額控除制度、児童税額控除制度、児童給付の増額などを導入した。 ブレア政権は、保守党に比べて再分配的志向へと英国福祉国家を導いたという評価を受けなが ら、ワーキングプア(働く貧困者)の底上げに効果を示した(近藤、2014)。その後、2007 年 に成立したブラウン政権は、子供の貧困法で制定された 2020 年までに子どもの相対的貧困率 を 10% 以下にするという目標を捧げた。しかし、キャメロン政権の緊縮政策によって子供手 当の 3 年間凍結、児童センターの閉鎖などが実施され、社会保障計画が弱められ、2010 年まで 減少傾向にあった貧困率が横ばい状況となった(香川、2013)。現在、英国では欧州 2020 の戦 略の一つである包括的な成長の分野に含まれるワーキングプアや子供の貧困削減を中心に対策 を行っている。  一方で、フランスについて見てみると、1800 年代のフランスでは貧困問題は大きな社会問題 の一つであった。当時は大工業労働者という新しい階級の形成に伴う貧困問題の発生し、労働 者の貧困をめぐる社会問題に直面した(清水、1981)。1841 年にフランスで最初の労働者保護 立法や児童労働制限法が成立した。貧困を解決する基本的な方策を労働者が生活規律を身につ けることに求める研究も現れた(清水、1981)。その後、第二次世界大戦後の 30 年間は著しい 経済成長を成し遂げ、貧困は社会的に大きな議論を呼ぶことはなかった(都留、2000)。  しかし、1960 年代末頃になると、労働力人口において雇用労働者が 6 割以上を占め、平均賃 金の 4 分の 1 に満たない労働者(約 300 万人から 400 万人、労働力人口の 14% から 18%)が 多く現れた(都留、2000)。1970 年代半ば頃には、人口 5 人に 1 人(約 1,120 万人、300 万世帯) が貧困者であるという研究が発表され、貧困問題が社会に再び大きな議論となった。1974 年に 政府は全人口の 5%(約 250 万人)が貧困者であると発表した(都留、2000)。1980 年代に入

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ると、失業者が増加し、149 万人が職を失われ、1987 年のピーク時の失業率が 10.5% にまで上 昇した(都留、2000)。失業者の急増や不安定な雇用が生活をさらに悪化させ、貧困の日常化、 市民権の弱化・剝奪という排除を社会問題化させた。  こうした中、1988 年に社会的排除を解決するための制度である参入最低限所得(RMI)が 導入された。この制度には最低限所得の支給に加えて、住宅や医療といった社会的参入の援 助、職業的参入の援助が含まれている。しかし、この RMI は受給者が就職した場合、就労所 得のすべてが手当てから減額される制度であるため、就職したら世帯収入が減少することが生 じる。そのため、就職せず RMI を受給し続ける人が増加し、受給者の社会復帰の低下が問題 となった(労働政策研究・研修機構、2011)。その結果、少しでも働いた方が収入増につなが るような制度である積極的連帯手当て(RSA)が導入された。RSA は RMI で受給対象とされ なかった低所得者にも支給対象に加える他、就職後も手当の支給を続けた(労働政策研究・研 修機構、2011)。2016 年時点で、約 186 万人が RSA を受給している(厚生労働省、2018)。  フランスでは、公的雇用契約が本格化されたのは 1990 年代以降であり、失業者の増加に よって貧困問題が深刻化した。フランスの貧困が発生した原因の一つは、雇用の不安定化をく い止められない賃労働社会にあると言われている(松原、2012)。フランス政府は、貧困及び 社会的排除の対策として 1988 年に上述した公的扶助制度にあたる参入最低限所得制度を導入 し、翌年には雇用政策として連帯雇用契約を導入した。これによって、フランスでは公的雇用 契約が本格化した(松原、2012)。その後、様々な課題を抱えなからも、2010 年代までは貧困 が徐々に削減していた。2010 年以降は、経済危機の影響で貧困者は再び増加している(西村、 2013)。  フランスでは政府機関において、各種貧困および社会的排除指標が作成されており、相対所 得や生活状態から見る貧困状況が公表されている。2001 年には 20 億フラン規模の貧困・社会 的疎外者対策計画が発表された。この計画は政府が社会的排除者対策として 1998 年から実施 してきた 3 ヵ年計画を引き継いだものである。この計画は、技能や資格のない若者、長期失業 者などを対象に、就職・再就職支援活動を強化して社会復帰を図ること、すべての者が最低限 の社会的権利を享受できるようにすることを目的としたものである(労働政策研究・研修機 構、2001)。また、2018 年に政府は、若者への支援を主とする総額 80 億ユーロの貧困対策を 発表した。貧困地区の学校での無料朝食支給、義務教育の延長、保育所の増設、社会福祉の拡 充などが含まれている。

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AYE Chan Pwint

5.英国とフランスにおける人間貧困及び社会的排除の現状分析

 先述したように、欧州連合では、「貧困又は社会的排除のリスクがある市民」という指 標を用いて経済的側面(所得)に加えて非経済的側面から貧困が分析される。European Commission(2014)は、国連開発計画による人間貧困指数(Human Poverty Index:HPI)の 算出方法に基づいて、欧州連合の国ごとの RHPI(Regional Human Poverty Index)算出し、 貧困分析を行った(図 6)。国連開発計画による HPI とは、国連開発計画が毎年発行する人間 開発報告書で算出される指数であり、1997 年から 2009 年まで世界各国の HPI が算出された。 2010 年以降は HPI の代わりに多次元貧困指数が算出されている。  国連開発計画は HPI の算出方法を発展途上国と先進国に分け、先進国の HPI は「寿命」、 「知識」、「基本的な生活水準」、「社会的排除」という側面から 4 つの指標から算出された。 European Commission(2014)では欧州連合の貧困の現状分析についてこれらの指標に加え て独自に指標を選定して、RHPI を算出した。表 5 は国連による先進国の HPI の算出方法と European Commission(2014)による RHPI の算出方法を表している。

 European Commission(2014)の RHPI 分析では、それぞれの欧州諸国が経験した貧困の 絶対的な大きさを表すことができ、それぞれの国の位置づけを確認することができた。欧州 連合統計局が欧州連合加盟国に対して人口規模を基準とした地域区画(地域統計分類単位、 Nomenclature of Territorial Units for Statistics:NUTS)を設定しており、RHPI はこの地域 統計分類単位に関する国内貧困のばらつきを示すことができた。RHPI は貧困リスク率(At risk of poverty:AROP)とは異なり、欧州連合加盟国内の全ての NUTS 地域で算出可能であ り、European Commission(2014)では、欧州連合加盟国 28 カ国の RHPI を算出した。RHPI スコアは 9 から 70 の間で、RHPI が最も低い、つまり貧困が最も少ないのはスウェーデンであ る。RHPI が最も高い国はブルガリアで、欧州連合加盟国内で RHPI スコアに大きな差が存在 していることが確認された。

国連開発計画による人間貧困指数(Human Poverty Index: HPI)の算出式

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5.英国とフランスにおける人間貧困及び社会的排除の現状分析

先述したように、欧州連合では、「貧困又は社会的排除のリスクがある市民」という指標を用いて

経済的側面(所得)に加えて非経済的側面から貧困が分析される。European Commission(2014)は、

国連開発計画による人間貧困指数(Human Poverty Index:HPI)の算出方法に基づいて、欧州連

合の国ごとの RHPI(Regional Human Poverty Index)算出し、貧困分析を行った(図 6)。国連開発

計画による HPI とは、国連開発計画が毎年発行する人間開発報告書で算出される指数であり、

1997 年から 2009 年まで世界各国の HPI が算出された。2010 年以降は HPI の代わりに多次元貧

困指数が算出されている。

国連開発計画は HPI の算出方法を展途上国と先進国に分け、先進国の HPI は「寿命」、「知識」、

「基本的な生活水準」、「社会的排除」という側面から 4 つの指標から算出された。European

Commission(2014)では欧州連合の貧困の現状分析についてこれらの指標に加えて独自に指標を

選 定 し て 、 RHPI を 算 出 し た 。 表 5 は 国 連 に よ る 先 進 国 の HPI の 算 出 方 法 と European

Commission(2014)による RHPI の算出方法を表している。

European Commission(2014)の分析によると、RHPI はそれぞれの欧州諸国が経験した貧困の絶

対的な大きさを表すことができ、RHPI によってそれぞれの国の位置づけを確認することができた。

欧州連合統計局が欧州連合加盟国に対して人口規模を基準とした地域区画(地域統計分類単位、

Nomenclature of Territorial Units for Statistics:NUTS)を設定しており、RHPI はこの地域統計分類

単位に関する国内貧困のばらつきを示すことができた。また、RHPI は貧困リスク率(At risk of

poverty:AROP)とは異なり、欧州連合加盟国内の全ての NUTS 地域で利用可能である。実際、こ

の研究では、欧州連合加盟国 28 カ国の RHPI を算出した。RHPI スコアは 9 から 70 の間で、RHPI

が最も低い、つまり貧困が最も少ないのはスウェーデンである。RHPI が最も高い国はブルガリアで、

欧州連合加盟国内で RHPI スコアに大きな差が存在していることが確認された。

表 5:人間貧困指数の算出方法

出所:European Commission(2014)による。

国連開発計画による人間貧困指数(Human Poverty Index: HPI)の算出式

3

31 4 3 3 3 2 3 1

4

1





P

P

P

P

HPI

国連による人間貧困指数(HPI) European Commission(2014)による人間貧困指数(RHPI)

指標 指標 出生時平均余命 乳児死亡率 教育達成度の低い成人(25-64歳)の割合 就職及び教育又は職業訓練を受けたことがない若者 (NEET:18-24歳)の割合 基本的な生活 P3. 1年以上の長期失業者の割合 長期失業者の割合 P4. 貧困ライン以下(または平均所得の50%以下) で暮らす人の割合 P1.60歳未満で死亡するとみられる人の割合 P2. 機能的識字能力に欠く成人(16-65歳)の割合 等価可処分所得の中央値の60%未満で生活する貧困者 貧困 側面 寿命 知識 社会的排除

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先進国における人間貧困及び社会的排除に関する研究 -英国とフランスを事例に-

表 5:人間貧困指数の算出方法

図 6: European Commission(2014)による RHPI 出所:European Commission(2014)による。 出所:European Commission(2014)による。

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5.英国とフランスにおける人間貧困及び社会的排除の現状分析

先述したように、欧州連合では、「貧困又は社会的排除のリスクがある市民」という指標を用いて

経済的側面(所得)に加えて非経済的側面から貧困が分析される。European Commission(2014)は、

国連開発計画による人間貧困指数(Human Poverty Index:HPI)の算出方法に基づいて、欧州連

合の国ごとの RHPI(Regional Human Poverty Index)算出し、貧困分析を行った(図 6)。国連開発

計画による HPI とは、国連開発計画が毎年発行する人間開発報告書で算出される指数であり、

1997 年から 2009 年まで世界各国の HPI が算出された。2010 年以降は HPI の代わりに多次元貧

困指数が算出されている。

国連開発計画は HPI の算出方法を展途上国と先進国に分け、先進国の HPI は「寿命」、「知識」、

「基本的な生活水準」、「社会的排除」という側面から 4 つの指標から算出された。European

Commission(2014)では欧州連合の貧困の現状分析についてこれらの指標に加えて独自に指標を

選 定 し て 、 RHPI を 算 出 し た 。 表 5 は 国 連 に よ る 先 進 国 の HPI の 算 出 方 法 と European

Commission(2014)による RHPI の算出方法を表している。

European Commission(2014)の分析によると、RHPI はそれぞれの欧州諸国が経験した貧困の絶

対的な大きさを表すことができ、RHPI によってそれぞれの国の位置づけを確認することができた。

欧州連合統計局が欧州連合加盟国に対して人口規模を基準とした地域区画(地域統計分類単位、

Nomenclature of Territorial Units for Statistics:NUTS)を設定しており、RHPI はこの地域統計分類

単位に関する国内貧困のばらつきを示すことができた。また、RHPI は貧困リスク率(At risk of

poverty:AROP)とは異なり、欧州連合加盟国内の全ての NUTS 地域で利用可能である。実際、こ

の研究では、欧州連合加盟国 28 カ国の RHPI を算出した。RHPI スコアは 9 から 70 の間で、RHPI

が最も低い、つまり貧困が最も少ないのはスウェーデンである。RHPI が最も高い国はブルガリアで、

欧州連合加盟国内で RHPI スコアに大きな差が存在していることが確認された。

表 5:人間貧困指数の算出方法

出所:European Commission(2014)による。

国連開発計画による人間貧困指数(Human Poverty Index: HPI)の算出式

3

31 4 3 3 3 2 3 1

4

1





P

P

P

P

HPI

国連による人間貧困指数(HPI) European Commission(2014)による人間貧困指数(RHPI)

指標 指標 出生時平均余命 乳児死亡率 教育達成度の低い成人(25-64歳)の割合 就職及び教育又は職業訓練を受けたことがない若者 (NEET:18-24歳)の割合 基本的な生活 P3. 1年以上の長期失業者の割合 長期失業者の割合 P4. 貧困ライン以下(または平均所得の50%以下) で暮らす人の割合 P1.60歳未満で死亡するとみられる人の割合 P2. 機能的識字能力に欠く成人(16-65歳)の割合 等価可処分所得の中央値の60%未満で生活する貧困者 貧困 側面 寿命 知識 社会的排除  本研究では、英国とフランスに潜む人間貧困を表すため、国連開発計画の人間開発指数の算 出方法を用いる。国連開発計画は、HPI とは別に人間開発指数を国毎に算出しており、1990 年 より「人間開発報告書」で毎年発表している。人間開発指数は出生時平均余命、教育年数、一 人当たり GNI という指標から算出される。本研究では、国連開発計画の HPI ではなく、人間 開発指数の算出方法を基に、現状分析を行う。その理由は、比較的に経済社会発展段階が近い 欧州連合加盟国の基準から見て、英国とフランスの人間貧困状況はどの程度であるかを確認す ることができるためである。

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国連開発計画による人間開発指数の算出方法 本研究で用いる HPI 算出方法  欧州連合の各報告書では、欧州連合加盟国の貧困及び社会的排除について住宅、雇用、収入 などの側面から詳細に分析され、貧困率も算出されている。しかし、英国とフランスの貧困及 び社会的排除の現状について欧州連合加盟国を基準にした HPI を算出し、比較的に経済社会 発展段階が近い欧州連合加盟国の基準から見て、英国とフランスの人間貧困状況はどの程度で あるかを確認する研究はまだ少ない。したがって、本研究では、欧州連合加盟国を基準にした 英国とフランスの貧困及び社会的排除の現状分析を行う。  本研究で用いる指標は、保健指標(ⅰ)出生時平均余命(年)、(ⅱ)乳児死亡率(出生 1,000 人当たりの乳児死亡数)、(ⅲ)保健への総支出(対 GDP 比、%)、教育指標(ⅰ)中等教 育を受けた人口(25 歳以上)、(ⅱ)教育への総支出(対 GDP 比、%)、社会的排除指標(ⅰ) 労働力人口比率(15 歳以上の人口に占める労働力人口の割合、%)、(ⅱ)就職及び教育又は職 業訓練を受けたことがない若者の割合(15 歳~ 24 歳、%)、(ⅲ)失業率(%)、安全保障指標 (ⅰ)殺人率(10 万人当たりの殺人件数)、(ⅱ)自殺件数(10 万人当たりの自殺件数)、(ⅲ) 自然災害によるホームレスの数(100 万人当たり、人)、経済指標(ⅰ)一人当たり GNI(PPP、 米ドル)である。  本研究における指標の評価は、国連開発計画における人間開発指数の評価方法に基づいてい る(超高人間開発(VH) 0.800 以上、高人間開発(H)0.700 ~ 0.799、中人間開発(M)0.550 ~ 0.699)、低人間開発 0.550 未満)。また、本研究で用いる指標の定義は、国連開発計画の人間 開発報告書に基づいており、各指標のデータは 2017 年のものである。各指標の指数は 0 から 1 の間に示され、1 に近いほど状態が良く、0 に近いほど状態が悪化していると評価する。  表 6 と図 7 は欧州連合加盟国を基準にした英国とフランスの人間貧困指数を表している。表 6 と図 7 によると、英国の社会的排除指数は超高水準、保健指数と安全保障指数は高水準、教 育指数と経済指数は中水準である。特に、保健指標の出生時平均余命、社会的排除指標の労働 力人口比率や失業率、安全保障指標の自殺件数は超高水準である。一方で、教育指標の教育へ の総支出は低水準、保健指標の乳児死亡率、教育指標の中等教育を受けた人口、社会的排除指 標の就職及び教育又は職業訓練を受けたことがない若者の割合、安全保障指標の自然災害に

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先進国における人間貧困及び社会的排除に関する研究 -英国とフランスを事例に- 表 6:欧州連合加盟国を基準にした英国とフランスの人間貧困指数 図 7:欧州連合加盟国を基準にした英国とフランスの人間貧困指数 出所:UNDP(2018)のデータを基に筆者が算出したものである。 出所:表 6 に基づいている。 15 たことがない若者の割合(15 歳~24 歳、%)、(ⅲ)失業率(%)、安全保障指標(ⅰ)殺人率(10 万 人当たりの殺人件数)、(ⅱ)自殺件数(10 万人当たりの自殺件数)、(ⅲ)自然災害によるホーム レスの数(100 万人当たり、人)、経済指標(ⅰ)一人当たり GNI(PPP、米ドル)である。 本研究における指標の評価は、国連開発計画における人間開発指数の評価方法に基づいて いる(超高人間開発(VH) 0.800 以上、高人間開発(H)0.700~0.799、中人間開発(M)0.550~ 0.699)、低人間開発 0.550 未満)。また、本研究で用いる指標の定義は、国連開発計画の人間開 発報告書に基づいており、各指標のデータは 2017 年のものである。各指標の指数は 0 から 1 の 間に示され、1 に近いほど状態が良く、0 に近いほど状態が悪化していると評価する。 表 6:欧州連合加盟国を基準にした英国とフランスの人間貧困指数 出所:UNDP(2018)のデータを基に筆者が算出したものである。 側面 指標 英国 評価 フランス 評価 出生時平均余命 0.841 VH 0.963 VH 乳児死亡率 0.677 M 0.762 H 保健への総支出 0.790 H 0.984 VH 健康指数 0.769 H 0.903 VH 中等教育を受けた人口 0.638 M 0.645 M 教育への総支出 0.543 L 0.521 L 教育指数 0.591 M 0.583 M 労働力人口比率 0.889 VH 0.428 L 就職及び教育又は職業訓練を受けたことがない若者の割合 0.585 M 0.526 L 失業率 0.934 VH 0.639 M 社会的排除指数 0.803 VH 0.531 L 殺人率 0.758 H 0.689 M 自殺件数 0.829 VH 0.623 M 自然災害によるホームレスの数 0.629 M 0.991 VH 安全保障指数 0.739 H 0.768 M 一人当たりGNI 0.590 M 0.594 M 経済指数 0.590 M 0.594 M 0.698 M 0.676 M 健康 教育 社会的排除 安全保障 経済 人間貧困指数

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よるホームレスの数、経済指標の一人当たり GNI は中水準であることが分かった。結果的に、 欧州連合加盟国を基準にした英国の人間貧困指数は中水準であることが分かった。  フランスについては、保健指数は超高水準、教育指数、安全保障指数、経済指数は中水準、 社会的排除指標は低水準であることが確認できた。特に、保健指標の出生時平均余命や保健へ の総支出、安全保障指標の自然災害によるホームレスの数は超高水準である。その一方で、教 育指標の中等教育を受けた人口、社会的排除指標の失業率、安全保障指標の殺人率と自殺件 数、経済指標の一人当たり GNI は中水準、教育指標の教育への総支出、社会的排除指標の労 働力人口比率、就職及び教育又は職業訓練を受けたことがない若者の割合は低水準であるが分 かった。結果的に、欧州連合加盟国を基準にしたフランスの人間貧困指数は中水準で、英国よ りやや悪い状態にあることが分かった。 図 8:英国とフランスの人間貧困及び社会的排除の状況 出所:表 6 に基づいている。  図 8 を見ると、英国とフランスの教育・安全保障・経済状況は同水準であるが、保健状況は フランスの方が英国よりはるかに状態が良く、社会的排除状況については英国よりフランスの 方がかなり悪い状態にあることが分かった。したがって、フランスでは貧困削減のために経済 施策に加えて、若者の教育及び職業訓練への政策、雇用政策を中心にした社会的排除に関する 対策が求められている。一方で、英国では、貧困削減のために経済施策に加えて、教育への対

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策が求められている。英国の教育は地域(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北ア イルランド)によって学校制度や教育改革が異なっており、歴史的に階級意識が強く、教育 の格差(富裕層と貧困層との格差と地域格差)が依然として残されている(武村、2015)。ま た、経済格差も大きいため、比較的に教育の質がより高い私立学校への進学率が低い(武村、 2015)。結果として、将来の就職機会の幅や生産性に大きな差が生じることとなる。表 6 で示 したように、英国の義務教育である中等教育を受けた人口指数は、フランスよりやや低く、欧 州連合加盟国と比較すると、中水準に留まっている。今後の英国の貧困削減には、教育の格差 への対策が求められている。

6.おわりに

 本研究では、先進諸国が抱える貧困及び社会的排除問題についてこれまでの先行研究を紹介 した上で、英国とフランスを事例に人間貧困及び社会的排除の現状分析を行った。その結果、 欧州連合加盟国の中で英国とフランスの貧困及び社会的排除の現状がどのような位置づけにあ るかを確認することができた。また、貧困及び社会的排除の緩和に向けて、どの分野の対策が 求められているかを確認することができた。英国とフランスの貧困の構造的分析やより詳細な 現状分析を今後の課題として進めていきたい。

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(23)

A Study on Human Poverty and Social

Exclusion in Developed Countries

-The Case of United Kingdom and France-

Abstract

 This study attempts to verify the current situation of human

poverty and social exclusion in the developed countries, especially

for the United Kingdom and France. In this study, importance of

research works on poverty in developed countries, concept and

literature review are examined in section(1)and section(2).

Section (3) discussed the actual situation of human poverty and

social exclusion in the United Kingdom and France compared to the

European Union member countries using by Eurostat (Database).

In section (4), policies for poverty eradication and human security

in the United Kingdom and France are described. Analysis of human

poverty and social exclusion in the United Kingdom and France, the

results and conclusion are given in section (5) and (6). This study

could verify that (a) in France, education indicator, social exclusion

indicator and economic indicator are at the low level and the

medium level among the European Union member countries, (b) in

the United Kingdom, education indicator and economic indicator are

at the medium level among the European Union member countries,

(c) education, human security, and economic indicator in the United

Kingdom and France are at the same level, (d) health indicator

of France is much better compared with the United Kingdom, (e)

social exclusion indicator of France is in bad condition than the

United Kingdom. Besides this, this study verified that (a) in order

to reduce poverty and social exclusion in France, policies for youth

education and training, as well as social exclusion policies especially

better employment opportunities are required, (b) in the United

Kingdom, inequality of education and large economic disparity

remain. As a result, there will be in difference in the opportunities

for education continuance and future employment opportunities. In

order to reduce poverty and social exclusion in United Kingdom,

policies for educational disparities are also required.

図 2:欧州連合加盟国における社会的排除の状況にある者(%、2017)  Eurostat によると、欧州連合加盟国では少なくとも約 2,000 万人が相対的貧困者としての 生活している。相対的貧困ラインは、居住国での等価可処分所得の中央値の 60%未満であり、 この貧困ラインを下回る者が貧困者としてみなされる。また、European Commission(2014) に よると、2012 年時点で貧困又は社会的排除のリスクがある欧州市民は 1 億 2,400 万人(24.8%) に上る。図 1 によると、
図 3:欧州連合加盟国における社会的排除の状況にある者(16 歳未満、%、2017) 図 4:欧州連合加盟国における社会的排除の状況にある者(55 歳以上、%、2017)出所:Eurostat(Database)より作成。 出所:Eurostat(Database)より作成。 上の社会的排除の状況にある者の割合は 10.9% で最も低く、55 歳以上の社会的排除の状況にあ る者の割合が最も高い国はブルガリアで、その割合はデンマークに比べて 4 倍近く高い 43.2% である(図 4)。
表 2:欧州連合加盟国における特定の居住を持たないホームレス数(人)
表 3:欧州連合加盟国における自殺年齢調整死亡率(人口 10 万人当たり、男女計 2016) 表 4:英国とフランスにおける社会問題の推移 出所:Eurostat(Database)より作成。 ンスの件数がかなり多く、表 2 の特定の居住を持たないホームレスの数のデータからも英国やフラ ンスのホームレス数がかなり高いことが分かる。加えて、表 3 の自殺年齢調整死亡率(人口 10 万人当たり、男女計 2016)を見ると、英国は平均(11.7%)より低いのに対して、フランスは平均よりも高いことが分かる。 また、
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