授業構想 - 実践過程における教師の構成的行為の教授学的研究(1) : 「つまずき」の教授学的構造分析に基づく教授行為の構成要因の考察
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(2) 134. は, ①1950年代後半の東井義雄の『村を育てる学力』(2) における「教科の論理」と「生活の論理」との対立・矛 宿,それに対する「たぐりよせ」指導の必要性への着目, ②斎藤喜博の『未来につながる学力』(3)以来の「××ちゃ ん式まちがい」に見られる,子どもたちの認識・思考の 特質・独自性への着目と,こうした「つまずき」の論理 を踏まえた授業指導法の必要性の提起から始まり, ③60 -70年代における遠山啓・数学教育協議会の「水道方式」 や板倉聖宣・科学教育研究協議会の「仮説実験授業」等, 民間教育研究団体による教科内容研究・授業研究運動を 通してのカリキュラム改革や教科指導法改善の可能性の着目を経て, ④80年代,一方で認知心理学・教授工学 的なアプローチから教授行為と学習行為の最適化をめざ す「つまずき」研究,授業設計・授業評価運動が展開さ れるとともに, ⑤地方では教授主体と学習主体との人間 的な「呼応のドラマ」として授業成立をめざし, 「つま ずき」を授業展開の核とする新たな授業指導法開発へと 展開されきた。特に後者の視点から, 「つまずき」は「授 業を進行させる原動力としての矛盾に,子どもたちが出 会っている状態」(4)であり,とりわけ授業を認識過程と して見れば, 「子どもが授業で主体的・能動的に学習課 題ととりくむとき,避けてはとおれぬ克服せねばならな い未知・末習と既知・既習とのはざまに足をとられて悪 戦苦闘している状態,或いはその結果」(5)であるとして, むしろ授業過程におけるその積極的な意味が注目されて きたのである。 (釘90年代に入って,授業における「つま ずき」問題は, 「落ちこぼれ」や不登校等,学校・教師 と子どもたちを取り巻くより広範な教育状況との,より 複雑な文脈性・意味連関性において,さらに複合的に把 握する多面的な「つまずき」理解とその的確な対応が求 められるようになってきている。 教育心理学では,授業における「つまずき」を理解過 程の位相性に関する問題として捉えている。北尾倫彦に よれば, ①対象意識化の位相, ②非精緻化処理の位相, ③精緻化処理の位相, ④適用と創造の位相という,理解 過程における4つの各位相の特徴に対応した「つまずき」 の様相が現われるとし,その際,子どもたちは,情意面 では解決不可能な状況に直面して葛藤や緊張,不安に耐 えなければならない立場に置かれることになると指摘し ている。(6)また特に認知心理学においては,佐伯肝によ れば, 「知識表現」及び「知識生成」の問題と関連して, 「っまずき」研究が注目されてきた。(71 教育人間学の視点からは, 「つまずき」は間主観的な 問題性を卒むものとして捉えられてきている。藤田幹夫 によれば,子どものどのような状況を「つまずき」と判 断し,その子どもにどうかかわるか,どんな教育的,人 間的配慮や働きかけをしようとするかについては,状況 の客観的な認識や判断は存在せず,常にその子どもとか. かわる教師や親,大人の主観的判断や想像が媒介的に含 み込まれ,さらには地域や社会の文化的・歴史的な文脈 を背景とした彼らの価値観や世界観,生き方をも反映し ているものだとして, 「子どものつまずきを見てとると いうことは,自分とは切り離されている子どもの状態に ついての客観的判断なのではなく,すでにその子どもと の関わりあるいは間主観性にまき込まれている所で生起 する」としている。(8) このように授業における「つまずき」研究は,さまざ まな観点から,歴史的にも精力的に展開されてきた。し かし,それぞれがある部分的な視野や一面的な視点のみ に限定されがちで,現実の授業実践の展開過程全体に対 する広範な視野に立って,これを複合的・全体的な視点 から深く論究されてきたとは,必ずしも言い難い。した がって,またそうした経緯のために,それらの諸研究の 成果に基づいて,授業における子どもたちの諸々の「つ まずき」を,明確な定義として一義的に規定することは, 困難なことである。ここでは,授業における子どもの 「っまずき」の基本的な性格・特徴を,次のような認識 として捉え,研究仮説として設定しておくことにする。 (1) 「つまずき」は,子どもたちの内面に,或いは行為・ 行動に,そして問主体的な関係性のうちに,何らかの 要因によって生起し, 1つの要因によるよりは,むし ろ複数の諸要因による複合的・重層的な作用によって, 意味関連的・構造的に生起するものである。 (2) 「つまずき」には, ①「わかる」「できる」といった 子どもたち一人ひとりの認識・思考,習熟・練習,義 現・構成といった対象的行為の過程で生起するものと, ②教師と子ども,子どもたち相互が応答的にかかわり 合い,間主体的に共有されるべき合意の形成を追求す るコミュニケーション的行為の過程(集団過程)で生 起するもの, (釦一人ひとりの自我形成や自己実現に向 かう価値葛藤の過程,或いは自己反省的・省察的行為 の過程で生起するものとがある。 (3) 「つまずき」には,単なる認識・思考過程における "ある一点でのずれ"としての「正答とはずれた理解 (答え)」とか, 「期待されている行動が学習者のなか に形成されていないこと」 「学習者の行動が基準に達 することに失敗していること」といった限られた側面 だけでなく,学習活動の複雑で重層的な文脈性や状況 依存性のなかでの"異文脈,異状況の現われ" "ねじ れ"として幅広く奥深い,屈折した意味連関的な繋が りをもって生起するものがある。 (4) 「つまずき」には,教師の持っ価値観・世界観やそ の「つまずき」の文脈性・状況依存性についての教師 の意味連関的な理解との関係で,教師が子どもたちの どのような状態をどのような「つまずき」として捉え るのかに,つねに主観性という問題が含まれる。した.
(3) 授業構想一実践過程における教師の構成的行為に関する教授学的研究. 135. がって,実践的には,この主観性の介在によって,敬 師の認識・理解,判断・対応が,また子どもたちの認 識・理解や反応もが異なり, 「つまずき」の現象する. ている。したがって,こうした授業成立を規定する諸条 件が,また「つまずき」を生起させる要因として作用し 合うことにもなるのである。. 様相も異なったものとして解釈され得るのである。 (5) 「つまずき」には,解決困難な問題状況における不 安や緊張,葛藤に基づくフラストレーション,失敗によ. ここでは,授業成立を規定する諸条件と授業実践の諸 事例とから,次のような「つまずき」分析の教授学的視 点を提示しておくことにする。2). る否定的評価や挫折感,無気力,自己存在感の喪失とし て獲得された心的蓄積,心的傾向性を反映しているもの. ①教科目標の構造 ②教科内容の構造 ③教材の構造. もある。. 2授業成立の規定条件と「っまずき」の教授学的視点 ところで,研究対象とする,子どもの「つまずき」を 授業におけるものと限定しても,その「つまずき」を生 起させる諸要因を,それぞれの構造的な意味連関ととも に明らかにすることは,必ずしも容易なことではない。 本研究では,授業成立を規定する諸条件と授業実践の 諸事例とから抽出した,次の20の教授学的視点(次元) をもって, 「つまずき」を生起させる諸要因を捉え,そ れら諸要因の構造的な意味連関を明らかにする。 従来,教授学・教育方法学分野において,授業構造・ 授業過程研究は,さまざまな授業モデルを提出し,その 授業成立を規定する諸条件を解明してきた。ここでは, もっとも基本的な授業モデル: 「授業の三角形」 (das didaktischen Dreieck)lsを踏まえて,授業成立を規定 する諸条件を,下図のように捉えておくことにする。. ④教師の教科内容研究,教材解釈・教材づくり ⑤単元構成,授業構成の構想(目標設定や発問の構成, 展開の構想) ⑥授業過程における教師の刻々の働きかけ-教育的タ クト. ⑦授業過程における教師の刻々の評価活動及び事前・ 事後の評価,評定 ⑧子どもたちの既有の価値体系,認識・思考の方法, 構え,知識・技能・習熟の構造,知的興味・関心, 身辺的自立と生活習慣の形成,生活規律や学習規律 に対する構え ⑨子どもたちの自己認識(効力感・向上心,無気力) 自我の形成・発達,自立性の確立 ⑲子どもたちの発達的諸特性(認識・思考,技能・習 熟,表現・構成における) ⑪活動対象と出合った際の,子どもの対象的行為への 必要感や問題意識,問題解決-の見通し ⑫活動対象と出合った際の,子どもたちのコミュニケー ション的行為への必要感や集団思考への信頼感,及 びその展開可能性への見通し ⑬学習活動における,応答的にかかわり合う学習集団 としての応答性・共同性の質,及び共同活動への方 法や構え ⑭子どもの生活世界(学級,学校,家庭・地域社会) を構成している歴史的,社会的,文化的,経済的な 文脈・状況 ⑮子どもたちの教師への信頼感,教師による自己-の 働きかけや評価活動,受容に対する感情や構え ⑬教師の子ども理解(既知・既習や発達特性,発達可 能性への理解,人間性・性格特性,) ⑰学級における子どもたちの社会的関係性,学習集団 の質やその発展可能性への教師の理解. --授業成立を規定する諸条件‥-‥-‥-‥-‥一一-. これらの授業成立を規定する諸条件は,極めて多岐に わたって存在し,歴史的・社会的な文脈性をもって相互 に作用し合いながら,実際には目に見えない形で,授業 の成立に多様な影響を与え,規定要因として機能してき. ⑬教職専門性を踏まえた教師の授業観・指導観(教育 戟),世界観や人間観,子ども観,発達観 ⑲教師自身の人間的特性,教師の抱える歴史的,社会 的,文化的,経済的な文脈・状況や教師の置かれる 立場・役割-の認識や自覚 ⑳教師の教職専門性に対する意識や自覚.
(4) 136. Ⅲ 「つまずき」の教授学的分析 (1)教科目標の構造に内在する要因 各教科の目標及び内容は,わが国では,学校教育法に 基づき,学習指導要領として官報で告示される。この学 習指導要領における各教科の目標は,総括的な教育目標 を踏まえて,校種別に,また学年別に設定され,教科内 容編成の基準線を示すものでもある。この教科目標及び 教科内容編成の基準線は, ①子どもの成長・発達と教育 の論理, ②教科内容に関わる各専門科学・芸術分野の論 理, ③教科内容編成と授業指導法の論理, ④歴史的及び 政治的,経済的,文化的,社会的な諸要求や諸動向, ⑤ 教育実践の諸成果と反省を踏まえて設定される。したがっ て,この教科目標及び教科内容編成の基準線の設定にあ たっては,さまざまな視点からの多様な論理や諸々の要 求が交錯し合い,閲ぎ合い,多くの対立・矛盾を学みな がら,あるものは切り捨てられ,あるものは切り結ばれ て所を得るというような形で,何とか1つに縛られてい るのである。したがって,教科目標の構造及び教科内容 編成の基準線設定の論理の内に,子どもたちの「つまず き」要因が内在し得るのである。 第1の要因は,子どもの成長・発達と教育の論理に内 在する。将来社会の課題をどう捉え,次世代の国民に必 要な資質・能力をどう考えるのか。公教育制度における 子どもの成長・発達,次世代の国民形成をどう考え,そ の課題に学校教育はどう応えるのか。そのために学校教 育,特に教科教育は,どこに力点を置いた授業指導を行っ ていくべきなのか。将来社会を託される国民の形成にとっ て,また子どもたち1人ひとりの健やかで豊かな成長・ 発達にとって,何が重要な教育的価値であり,何が教育 可能なのか。こうした学校教育,教科教育についての課 題と展望の捉え方に「つまずき」要因は内在し得るので ある。 第2の要因は,教科内容に関わる各専門科学・芸術分. 野の論理,及び教科内容編成と授業指導法の論理に内在 する。教科内容に関わる各専門科学・芸術分野は,それ ぞれが急速な変化・発展を遂げている。そうしたなかで, どんな概念や原理を核にして教科目標の構造化を構想す るのか,どの分野のどの内容により高い価値を認めて教 科内容編成の基準線を設定するのか,さまざまな論理が 絡み合い,さまざまな構想がぶっかり合う。こうした諸 論理の展開の内に「つまずき」要因が内在している。 第3の要因は,歴史的及び政治的,経済的,文化的, 社会的な諸要求や諸動向に内在する。学習指導要領に示 された限られた授業時間数の枠をねらって,教科内容に 取り込ませようとする,さまざまな諸要求が交錯し合い, 閲ぎ合う。こうしたなかで国際的な諸動向をも視野に入 れ,教科目標,教科内容編成の基準線が設定されるので ある。しかし,こうした対立・矛盾に「つまずき」要因. が内在しているのである。 (2)教科内容の構造に内在する要因 一般に教科内容と教材とは区別され,それぞれ相対的 に独自な体系を成している。個々の教材は,ある教科内 容の体系のなかで別の異なる位置づけを得ることもでき るし,またその教科内容の習得にとって,より適切な別 の教材と入れ替えられたり,その組み合わせや配列を変 えて位置づけられたりすることが可能だからである。教 科内容の構造に内在する「つまずき」要因は,教科内容 編成の基準線を示す教科目標に基づいて,人類の文化遺 産から精選する教科内容編成とそれらを体系的に構造化 する配列をめぐる過程で取り込まれる。 その第1は,教科内容の編成にあたって,教科目標の 教科内容編成の基準線に従いながら,その背後にある学 問や科学・技術,芸術の体系から,具体的に何をどう取 り上げてくるのかという点に内在する。学問や科学・技 術,芸術の論理を教育の論理に媒介させて教科内容とし て取り出し体系化するさい,どれだけの範囲からどれだ けのものをどのように汲み出してくるのかという,具体 的な教科内容編成の過程で, 「つまずき」要因が入り込 んでくるのである。その第2は,教科内容そのものの系 統的・構造的な展開のあり方,つまり教科内容の構成の 視点と配列の仕方に内在する「つまずき」要因である。 それは,ある教科内容を設定するとき,それをどんな教 材単元に具体化するかを構想しながら,どんな纏まりと して,どう順序立てて系統的に配列するか,所要授業時 間数をどの程度とし,さらにどの学期・学年,学校段階 に配当するかといった点に関して内在し得る要因である。 そして第3は,教科内容のもっ,認識や習熟,表現の 形成といった陶冶的側面のみでなく,世界観や自然観, 思想性,人間性の形成といった訓育的側面をも視野にお いた教科内容の選択・設定,配列に関して内在し得るも のである。 (3)教材の構造に内在する要因 教材となる具体的な教育的素材は,教科内容との関連 で教材という位置づけを得る以前から,すでに1つの文 化財,芸術作品として独立したテクスト性を持っている。 すなわち教材は,一面では教科内容の本質をもっとも典 型的に反映した具体として,教科内容との系統的な意味 連関のなかで選択され位置づけられるものである。しか し他面では,その文化財,芸術作品としての独立した意 味や価値は,そうした教科内容との一面的な関連性のみ において,必ずしも尽きるものではない。 1つの文化財, 芸術作品として,他の多様な意味連関からも解釈され意 味づけられる可能性を秘めているのである。 したがって,教材の構造に内在する「つまずき」の要 因は,まず第1に教科内容と教材との意味連関による結 びつき方に含まれる。これは,教科内容という「見えな.
(5) 授業構,Vr実践過程における教師の構成的行為に関する教授学的研究. 137. いもの」を,子どもたちの学習活動の対象となる教材と いう「見えるもの」 -と具体化するuOさいに,教材が教. 歴史的・社会的・文化的な背景に規定された生活経験の 世界と,未知・末習の教科内容・教材の本質的な意味や. 科内容の本質をなす重要な要素を的確に反映させたもの になっているか,適切な教材として位置づけられている かどうかという点に関するものである。. 価値とを結ぶ,契機としての教材構成,教材づくり構想 (-既知と未知との問に意味連関の文脈的繋がりを切り 結ぶ「通路」を開く)という,教師の構想力に内在する ものである。 第3は,子どもたちの学習活動と教科内容・教材の本 質とを媒介する教材構成・教材づくり構想が,実際の授 業展開過程を想定した確かな見通しの下に構造化されて いるかという点に内在するものである。子どもたちの学 習活動と教科内容・教材の世界とを媒介する,確かな授 業展開の見通し(意味連関の文脈的繋がり)を開くよう に,各教材相互の関連性や教材・教具の全体的な一貫性, 統一性の確立が必要である。こうした授業展開過程を見 通した各教材相互の関連性や教材・教具の全体的な一貫 性・統一性のあり方を構想する教師の構想力に内在する 「っまずき」要因である。 (5)単元構成,授業構成の構想(目標設定や発問の構成, 展開の構想)に内在する要因 子どもたちは,主体的・能動的な学習活動への参加に よって,はじめて学習主体として自立し,価値の高い学 習経験を得ることができる。この一纏まりの学習経験を, 具体的にはその学習活動の展開を,どのように1つの単 元として,或いは1時間の授業過程として構想するかが,. その第2は,教材の本質が,その教育的素材の持つ文 化財,芸術作品としての最も深い意味を捉え,最も高い 価値を汲み出すような意味連関の文脈で位置付けられて いるかという点に関するものである。例えば,文学性の 高い文芸作品が,単なる-篇の「読み物」として軽く扱 われ,かえって子どもたちの貴重な文学体験の機会を虚 しくさせ,その作品固有の価値をも幻滅させ,本質的意 味を学び取れないままにしてしまうという「つまずき」 を生起さる事例も見られる。 第3に教材の陶冶的側面のみでなく,教材の訓育的側 面にも「つまずき」の要因が内在している。子どもたち の世界観や自然観,思想性,人間性の形成にかかわる教 材の訓育的側面の意味や価値が無視されたり,見誤られ ることなく,十分に検討されるべきである。 (4)教師の教科内容研究,教材解釈・教材づくりに内在 する要因 いかに優れた教科内容,教材であっても,その本質的 な意味や価値は,そのまま自動的に子どもたちに伝達さ れていくものでもなければ,子どもたちの自発的な学習 活動に委ねられて自然に習得されるものでもない。教師 の優れた教科内容研究と深い教材解釈,適切な教材づく りとに基づく,授業展開を見通した教師の働きかけを媒 介にしてはじめて,教科内容・教材の本質に至る子ども たちの学習活動が展開され得るのである。 したがって,第1は,こうした教師の教科内容研究や 教材解釈における誤りや不十分さに「つまずき」要因が 内在し得るのである。具体的には, ①教科内容研究・教 材解釈の視点や方法の誤り, ②教科内容・教材の論理や 構造の誤解, (診観察や実験,調査,資料活用,等を授業 に位置づける際の,予備実験や予備調査による前提条件 の検討や条件設定・準備物の不備, ④史料や文学作品, 芸術作品,等の社会的,歴史的,文化的な諸文脈の検討 不足, ⑤言語や音楽,造形・美術,等の教材解釈にあたっ て,感受性豊かな解釈ができない,等がある。教科内容 研究や教材解釈は,授業における教師の働きかけの重要 な起点になるだけに,その誤りや不十分さば,他の諸要 因とも複合的に関連し合いながら, 「つまずき」の生起 にとって大きな影響力を持つことになる。 第2は,子どもの生活経験の世界と教科内容・教材の 世界との問,すなわち「現下の発達水準」と一歩上位の 「可能的発達水準」としての学習課題との間を媒介する, 教師の教材構成,教材づくり構想に「つまずき」要因が 内在し得るのである。子どもの既知・既習の学習経験や. 授業の性格や質の高さ,その成否を左右する重要な点で ある。つまり,それは,教科内容・教材の本質的な意味 や価値を,自らの主体的な教材解釈・教材づくりを介し て,教師にとっての「教えたいこと」として明確に把握 するとともに,それをどう子どもたちの「学びたいこと」 -と転化させ,意欲的な学習活動を喚起するように構造 化するかということである。このような教師の行う単元 構成,授業構成の過程に「つまずき」要因が内在し得る のである。具体的には, (》単元目標及び各授業の本時目 標の設定, ②習得すべき中心的概念の選択と構造化, ③ 主要な学習過程の想定, ④主要な発問の設定と学習活動 の展開予想, ⑤主要な学習活動のための材料,道具・装 置,参考資料,等の準備, ⑥教師の応答的働きかけの構 想, ⑦評価活動の観点及び方法の設定,等が,それぞれ に「つまずき」要因を内在し得るのである。特に,授業 展開の核となる発問がどう構成され,実際の授業過程が どう展開されるかという点は,子どもたちにとって,授 業に主体的・能動的に参加し得るか否かという極めて重 要な問題性を含むものである。 発問の構成のあり方に内在する「つまずき」の第1の 要因は,発問の内容が①教科内容・教材の本質を捉える 方向性と射程を持ち, ②十分に限定された③具体的な根 拠に基づいて, ④子どもたちの知的興味・関心に迫り, ⑤探究的な深まりや表現的な豊かさのある学習活動を喚.
(6) 138. 起し得るものになっている'か,また発問の形式が①単に 教師の直接的な問いかけの形だけでなく, ②子どもたち の発達水準や発達特性,興味・関心の所在,学習活動の 流れに即して,環境構成や教材・教具の構成を媒介にし た間接的な問いかけの形をも生かされているかといった 点にかかわって存在する。 第2の要因は,発問が持ち得る「ゆさぶり」 「指さし」 といった諸機能が十分に発揮されるように構想されてい るかという点にかかわって存在する。例えば, 「否定発 問」 「類比発問」 「限定発間」といわれるような発問の機 能白Dが,子どもたちの学習活動にリズムや減張を与えた り,認識・思考に焦点化や明確化,方向づけの契機を与 えたり,対立・分化を生起させたりし得るといった性質 香,十分に活用するように構想されているかということ である。 また第3の要因は,実際の授業展開の過程で,子ども たちの生きいきとした学習活動における探究的で応答的 な,興味・関心や問題意識の流れに対応して,発問の本 質的性格を損なうことなく,どこまでその学習活動に適 した問いかけのヴァリエーションを刻々に用意し得るか という点にかかわるものである。指導案に書き込まれた 発問は,あくまで事前の構想であって,実際の授業展開 に際しては,子どもたちの生きた認識・思考にかかるよ うな問いかけが刻々に再構想されるように,その可能性 に開かれた構想でなければならないからである。 第4の要因は,子どもたちの認識過程の合法則性に即 して,発間展開が系統的・系列的に構成されているかと いう点にかかわって存在する。例えば, (彰「導入」場面 で,いきなり「本時の目標」を"裏返しにした"主要発 間がなされ,本時1時間を通して,目標に到達させよう とするような学習活動の展開構想が十分なされていない 場合や, ②事実認識から関係認識,さらに意味連関の認 識・価値認識へと,つまり「具体から抽象へ」という教 授原理に即した展開をせず,いきなり「なぜ, ○○は, ∼なのだろうか。」 「どうして, ∼なるのだろう。」と抽 象的・論理的な認識・思考を要する発問を連発してしま う場合等に見られるものである。 (6)授業過程における教師の刻々の働きかけ-教育的タ クトのあり方に内在する要因 授業過程における教師の刻々の働きかけ-教育的タク トは,教科内容・教材の本質を習得させるべく,探究的 で応答的な学習活動を成立させるために,教師が全力を 注いで行ってきた事前準備によってこそ,はじめて的確 で効果的なものとして発揮される。この教育的タクトは, 授業における教師の媒介的な働きかけの中核をなすもの で,例えば, ①「正答をゆさぶる」タクト, ②「っまず きを拾う」タクト, ③「対立-否定を出す」タクト, ④ 「ねうちづけ(指導的評価)をする」タクト, ⑤ 「班に. 媒介する」タクト, ⑥「からみ合い(集団思考)をつく る」タクト等が類型的に挙げられる。apしかし,これら は,どれも刻々に変化する状況と絡み合った文脈性を的 確に捉えた「すばやい判断と決定」が要求されるもので あり,それゆえにまた「つまずき」の要因もそこに内在 し得るのである。 まず第1の要因は,教師が,予想外の子どもたちの反 応(沈黙をも含む)に出くわしたとき,瞬時の判断とし て,彼らの認識・思考,表現を背後から規定している状 況性・文脈性としての構造的な意味連関を捉え損なうこ とにある。事前に1つの発問に対する幾っかの反応予想 をしていても,それらを超えた独自な発想や個性的な考 え方を出されたとき,教師の方が意表を突かれ,驚いて 躊躇し,誤った判断・対応に陥ってしまうからである。 第2の要因は,指導案等において,事前に構想してい た活動(観察や実験,調査,資料検討,実技や実習,等) を予定どおり実施させるため,或いは予定していた"正 答"へと導くために,学習活動の探究的・応答的な展開 を強引に切り結んで方向転換させてしまうことにある。 子どもたちの多様な意見や意欲的な取り組み,独創的な 発想や拘りが,簡単に切り捨てられたりすることによっ て, 「つまずき」が生起することになる。 第3の要因は,教師自身の日課(ルーティンワーク) 化した教授活動への構えのために,子どもたちの主体性 や能動性を喚起する,創造的な教師の刻々の教育的タク トによって,子どもたちの学習活動に適切なリズムや滅 張を与えたり,認識・思考に明確な焦点化や方向づけの 契機を与えたり,生き生きとした全員参加の対立・分化 を生起させたりすることができず,子ども不在の,授業 展開のパターン化やマンネリ化に陥り,緊張感や集中力 の持続性を欠いた単調で平板な授業展開になったり,逆 に忙しく強引で,伝達主義に陥り,ゆとりを持ってじっ くり考えたい子どもたちが自然体で参加できない授業展 開になってしまうことにある。 第4の要因は,学級のすべての子どもたちの多様性や 多面性が十分に考慮されないために,それぞれの感じ方, 考え方,わかり方,でき方の違いを生かし,生き生きと した対立・分化から共感・統一へと1人ひとりの個性的 な認識を深め,表現を豊かに育てていく弁証法的で劇的 な授業展開の過程を創造的に組織していく教師の刻々の 教育的指導性が十分に発揮されず,子どもたち相互が深 くわかり合い,豊かに自己表現し合えるような「場」が 切り開かれないままに,授業が皮相的に,そして形式主 義的に流れてしまうことに内在する。 第5の要因は,学級教授組織という社会的・集団的な 関係性のなかで,率直に自己を開いて主体的に学習活動 に参加していくことのできない子どもたちに対して,応 答的な教師一子ども,子ども一子ども関係を切り結び,.
(7) 授業構想一実践過程における教師の構成的行為に関する教授学的研究. かかわり合いを組織し,全員参加の学習活動をめざして いくような教師の刻々の組織的な働きかけが十分になさ れず,授業への不参加や「落ちこぼれ」状態を等閑にし ていまうことに内在する。 (7)授業過程における教師の刻々の評価活動及び事前・ 事中・事後の評価,評定のあり方に内在する要因 授業過程における教師の評価活動は,従来,何が真・ 善・美であるか,何が正しい意味,正しい論理であるか というように,価値や意味,真理,真実を探究しようと する子どもたちの学習活動を方向づけ,主体的・能動的 な取り組みへの努力と意欲,構えを励まし援助する教育 活動において,本質的で,不可欠なものとして位置づけ られてきた。 これに加えて1960年代以降,教授工学(Instructional Technology)におけるシステム論的アプローチの考え 方から, ①目標と評価の一体化による教授活動の目標指 向性が強化され, ②学習過程のスモール・ステップ化 標準化によって学習成果の"歩留まり"や確実性が高め られ, ③設計-実施一評価-フィード・バックという授 業過程のシステム化のなかで,事前評価(「診断的評価」) ・事中評価(「形成的評価」) ・事後評価(「総括的評価」) を位置づけ,授業指導に対する制御・管理概念の導入と 効率化,教科内容の完全習得が図られてきた。しかし, こうした授業指導に対するシステム論的な制御・管理概 念の導入と効率化,教科内容の完全習得は,同時に「つ まずき」要因も内在しているのである。 第1の要因は,教授活動の目標指向性の強化によって, ① 「正答主義」が加速され, 「正答」だけを求める教師「正答」しか答えられない(「誤答」を恐れたり,忌むべ きものとする)子ども関係が形成されること, ②目標と して測定・評定され得るものだけ(例えば,学習結果と しての知識や観察可能な行動)が重視され,目標となら ない価値や測定・評定できない価値は切り捨てられ,千 どもたちの,測定・評定され得る目先の異体的な目標・ 価値への指向性が強化されること, ③授業過程での豊か な学習経験や深い興味・関心と結びっいた,真実感のあ る学習内容の習得そのものが目的化されず,学習結果へ の優れた評定の獲得が目的化されること,等に内在して いる。 第2の要因は,学習過程のスモール・ステップ化,標 準化によって, ①個々の授業E]標が限定的に設定され, そこに内包される価値や意味が宜弱化・軽薄化され,敬 師の働きかけや学習成果への期待も限定的なものとなり, ②学習過程における積極的な試行錯誤や創意工夫の余地 が狭められ, 「つまずき」も限定的に標準化され,子ど もたちの認識や思考,感覚,表現までもが標準化されて しまう, (参学習成果への点数化,偏差値化の導入が容易 となり,学習成果に市場原理が影響しやすくなってしま. 139. い,評価の持っ「外発的な動機づけ」 (成果や努力,意 欲,構え,等に対する称賛,叱噂激励,促進の作用)も, この市場原理の中で作用してしまうこと,等に内在して いる。 第3の要因は,授業過程のシステム化による,授業指 導に対する制御・管理概念の導入と効率化によって, ① 授業の持っ歴史的,社会的,文化的な文脈性や状況依存 性への配慮が軽視され,こうした文脈性・状況依存性に 基づく優れた教育実践の遺産や教育方法の豊かな創意工 夫や独自性が生かされずに削られたり, ②授業指導法の 効率化がマニュアル化を進行させ,さらにそのマニュア ル化は授業実践の全国的な画一化や平板化を進展させ, 測定・評定は容易でも,子どもたち1人ひとりの豊かな 認識や思考,感覚,表現を大切に捉え,生かして育てる ことはなされなかったり, (診教科内容の完全習得をめざ す学習過程の細分化,スモール・ステップ化のために, 子どもたちの成長・発達の変化を捉える視野が狭まり, 細切れ的な測定・評定が重ねられることによって,授業 過程が硬直化され,学習活動-の共同的参加が保障され ず,授業指導の個別化や分断化に陥ってしまうこと,等 に内在している。 (8)子どもたちの既有の価値体系,認識・思考の方法や 構え,知識・技能・習熟の構造,知的興味や関心, 身辺的自立と生活習慣の形成,生活規律や学習規律 に対する構え,等に内在する要因 授業に参加する子どもたちは,それぞれに異なる生育 史を背負い,異なる資質・能力を形成しながら成長して きている。したがって,まず第1の「つまずき」要因は, こうした生育過程での個々の生活経験,学習経験におけ る諸々の相違点のなかに,学習活動に対する知的興味や 関心の持ち方,その拡がり方や深まり方,対象への着眼 の仕方,かかわり方,問題に対する感覚や発想の仕方, 等についての相違を生起させるものとして内在している。 第2の要因は,既有の価値体系や認識・思考の方法や 構え,知識・技能・習熟の構造そのものに内在している。 そこには,学習活動を展開するにあたっての不十分さ, 未熟さ,偏り,狭さ,歪み等があり,授業において問題 となる状況・文脈に,必ずしも的確に対応できなかった り,異状況・異文脈の対応を示したりすることになる。 第3の要因は,子どもたち1人ひとりの生育過程での 個々の生活経験,学習経験を通しての,身辺的自立や生 活習慣の形成状況の相違,社会的・集団的な関係性にお ける生活規律や学習規律に対する構えの相違,等に内在 している。. (9)子どもたちの自己認識(効力感・向上心,無気力), 自我の形成・発達,自己存在感・自己実現,自立性 の確立,等に内在する要因 第1の要因は,初めて出合う学習課題や問題状況に対.
(8) 140. する戸惑いや勘違い,不安や葛藤,誤解や不慣れによる 失敗,解決不可能状態に対するフラストレーション,杏 定的な結果や評価による挫折感や自信喪失,等による既 有の生活経験や学習経験において獲得された,子どもた ち1人ひとりの心的蓄積,心的傾向性にかかわる「つま ずき」要因である。特に,近年,教育心理学的には,効 力感や向上心,無気力や自己存在感の喪失は,生活経験 や学習経験を通じて獲得される性格のものであることが. く」ooといった特徴を持つ「一次的ことば期」と,小学 校中学年期以降の「ある事象や事物について,それが実. 注E]されてきている。 第2の要因は,学級教授組織という社会的・集団的な 関係性のなかで,教師一子ども,子ども-子ども間に, 温かい愛情と深い思い通りを込めた人間的なかかわり合 い,支え合いの関係が創造的に構築されることもなく,. された「書きことば」をも加えた「二次的ことば期」へ. 寄方なき孤独感や挫折感, 「からかい」や「無視」 「いじ め」,等による自己存在感の喪失,無気力の獲得,等に 内在する。 第3の要因は,自らの生きる目標や希望,学ぶことの 意義や目的,学習活動の進め方や展望を見失い,学習活 動に対する「わからない」 「できねい」 「付いていけない」 焦りや挫折感を味わい,無気力・無関心に陥ってしまう といった点に内在する。 (10)子どもたちの発達的諸特性(認識・恩考,技能・習 熟,表現・構成における)に内在する要因 第1の要因は,子どもたちの認識・思考に関する発達 的特性に内在するものである。例えば,滝沢武久は,東 井義雄の授業実践における「つまずき」の構造を,ピア ジェやワロンの心理学的な知見に基づいて,次のように 分析している。u3そこでは,子どもの「児童心性特有の つまずき」として, (丑混同心性によるつまずき(どんな ものでも区別なしに,十把-からげにまとめてしまう混 同心性によるつまずき), ②知覚体制によるつまずき (知覚した「形」に対する分析的態度の欠如によるつま ずき。目-シロ,莱-クルマ,右-イシ,材-ムラ,等) ③デカラージュ(発達的ずれ)によるつまずき(一度習 得した同じ種類の知的操作を,他領域の事柄に応用でき ないことによるつまずき), ④魔術心性によるつまずき (現象を自己から切り離し,対象化して客観的に捉える ことができず,感性的認識と理性的認識とのあいだの移 行段階でのつまずき), ⑤具体的な思考によるつまずき (子どもが具体的思考の段階にあるとき,具体的な事実 に縛られたままで,これから解放されないことによるつ まずき),等が挙げられている。 第2の要因は,子どもたちの言語獲得及び言語使用に 関する発達的特性に内在するものである。例えば,岡本 夏木は,ことばの発達を,幼児期(4歳頃)から小学校 低学年期にかけての「主として現実的な生活場面の中で, 具体的な状況と関連して用いられ,そうした場の状況的 文脈や行動文脈に支えられてその意味を相手に伝えてい. 際に生起したり存在したりしている現実の場面を離れた ところで,それらについてことばで表現することを求め られる」「ことばの文脈そのものにたよるしかない」u9と いった特徴を持っ「二次的ことば期」とから捉え,具体 的な現実の状況に強く依拠した「話しことば」中心の 「一次的ことば期」から,現実状況から相対的に切り離 と発達していくとしている。 (ID活動対象と出合った際,子どもの対象的行為-の必 要感や問題意識,問題解決への見通しの持ち方に内 在し得る要因. 授業において,子どもたちは,探究したい問題事象や 表現したい主題,イメ-ジと出合うことによって,はじ めて主体的・能動的な学習活動を自立的に展開するよう になるのである。こうした対象的行為に対する必要感や 問題意識,問題解決-の見通しを,子どもたち自らはど のようなものとして抱き,思い描くのか,その持ち方に 「っまずき」要因が内在し得るのである。 第1の要因は,対象的行為への必要感の抱き方に内在 している。対象的行為への動機となる必要感には,教師 や子どもたち相互の直接的,或いは間接的な働きかけに よる外発的動機づけとして触発されるものと,子ども自 らが活動対象のもっ不思議さや面白さ,美しさ,素晴ら しさといった,探究・表現活動-の知的興味や魅力を喚 起する諸要素と直接出合うことによる内発的動機づけと して喚起されるものとがある。対象的行為-の必要感の 抱き方は,学習の主体となる子どもたちがその対象とど れだけ深く出合うか,どのように自らのものとして問題 を受け止めるかによって,全く異なってくる。そして, その出合いのエネルギーの大きさやかかわりの深さが必 要感の強さに反映され,一方では探究の粘り強さ,表現 の豊かさに現われるとともに,他方では「つまずき」要 因を内在することにもなるのである。 第2の要因は,対象的行為に対する問題意識の抱き方 に内在している。授業において子どもたちが同じ対象に 出合っても,彼ら1人ひとりがどのような問題意識を抱 くかは,各々が自ら何に問題を意識し,どこに問題意識 の焦点を合わせるか,問題を捉える認識・思考の枠組み, 或いはその前提となる知識構造のあり方によって,全く 異なってくる。教師の個々の発問やその系列的展開によっ て,彼らの問題意識の焦点はその授業過程における認識・ 思考の文脈性に即して,外発的には限定的に絞り込まれ るように方向づけられはしても,やはり1人ひとりの抱 く必要感や認識・思考の枠組み,或いは知識構造のあり 方の相違によって,個々の問題意識の焦点には必然的に "ずれ"が生じる。そこに「つまずき」要因が内在し得.
(9) 授業構想一実践過程における教師の構成的行為に関する教授学的研究. るのである。 第3の要因は,問題解決への見通しの抱き方に内在し ている。問題意識の抱き方や問題を捉える認識・思考の 枠組みのあり方とも密接に関連しているが,問題の何に 着目し,どこに解決の糸口を見出だすか,どんな知的操 作を重ねて行けば1つの問題解決に至ることができるの か,こうした問題解決の過程をイメージし,予め試行的 な対象的行為過程を構想する仕方,つまり問題解決への 見通しの抱き方に,子どもたち1人ひとりの個性的な相 違が見られ,そこに「つまずき」要因が内在し得るので ある。 (12)活動対象と出合った際,子どものコミュニケーショ ン的行為への必要感や集団思考への信頼感,及びそ の展開可能性への見通しの持ち方に内在する要因 授業における学習活動は,学級教授組織という社会的・ 集団的な関係性において展開されるためのみならず,宿 動における文化的共同性という学習の本質的性格のため にも,教師一子ども,子ども相互間のコミュニケーショ ン的行為を不可欠とするものである。ところが,子ども たちの文化的価値ある探究・創造活動への共同参加とい う,本来,学習の持っべき本質的性格が,授業で今日ま すます貧弱なものになってきている。ここに「つまずき」 要因が内在し得るのである。 第1の要因は,活動対象と出合った子どもたちに,彼 らの必要感に支えられた文脈的にも状況的にも妥当な場 面で,質の高いコミュニケーション的行為の展開の「場」 をどう切り開くかという問題に内在している。往々にし て教師は, ①子どもたちの1人ひとりの独自な対象的行 為とその個別的成果のみを強調し過ぎたり, ②コミュニ ケーション的行為を教師からの伝達・注入主義的なもの に一面化してしまったり, ③子どもたちのコミュニケー ション的行為への自然な必要感や必然的な問題意識の展 開過程を無視し切り捨てたり, ④逆に,子どもたちにとっ ては,不自然で不必要なコミュニケーション的行為の 「場」を設定してみたりすることによって,子どもたち の対象的行為とコミュニケーション的行為との相互媒介 的な結合とその展開が生みだす集団思考の豊かな可能性 を十分に生かし切れなくしてしまう場合が少なくない。 そこに「つまずき」要因が内在し得るのである。 第2の要因は,子どもたち相互の集団思考に対する信 頼感のあり方である。子どもたちが,学習集団として応 答的にかかわり合うコミュニケ-ション的行為に主体的 に参加することを通して, 1人ひとりのどうしても「わ かりたい」 「知りたい」こと,本当に探究し解明したい ことをめぐって,本気で自分の考え方,感じ方をぶつけ. 141. なる。そして,こうした自らが受け入れられ,しかも相 互媒介的な応答的かかわり合いによって,質の高い知的 な共同作業に主体的に参加したという,一体感,充実感 溢れる学習経験の積み重ねによって,学習集団としての 集団思考に対する信頼感が形成され,高まってくるので ある。ところが,子どもたちは,今日,一般に諸々の利 害関係,人間関係の諸文脈に絡め取られ,自ら殻に閉じ 篭もらざるを得ない状況に置かれている。ここに「つま ずき」の要因が内在し得るのである。 第3の要因は,集団思考の展開可能性への見通しの持 ち方に内在するものである。子どもたち1人ひとりが, 主体的・能動的に学習活動に参加し,個性的で多様な考 え方,感じ方を出し合い,ぶつけ合う集団思考の過程で, 仮に厳しい意見の対立や分化があっても,やがて必ず価 値ある教科内容・教材の本質を追求し,解明していくな かで共感的にわかり合えるはずだという確信に支えられ ることによって,集団思考の展開可能性への見通しの持 ち方が極めて積極的・肯定的なものとなり,学習活動へ の共同的参加の意欲や粘り強く取り組む構え・態度の形 成を促すものとなる。ところが, ①焦点も定まらず,噛 み合わない討論や, ②個性的で多様な意見を切り捨てる 「正答主義」的な問答, ③勝つか負けるか,正しいか誤 りかという結果のみを争う論議の展開では,子どもたち の学習活動への参加意欲は萎え,自信喪失に陥らせてし まうことにもなるのである。 (13)学習活動における,応答的にかかわり合う学習集団 としての応答性・共同性の質,及び共同活動への参 加の方法や構えに内在する要因 授業は,子どもたち一人ひとりが学習主体として応答 的にかかわりながら意欲的・能動的に学習活動に参加す ることによって,はじめて成立する。しかし,この子ど もたちの間には,生活世界でのかかわり合いを通して編 み上げられた幾重もの人間関係の網が覆いかぶさるって いる。そうしたなかには,差別や支配,いじめ,対立, 競争といった葛藤要因も埋め込まれており,教師の授業 指導における,子どもたち全員参加の学習活動を支える 民主的で共同的な関係性を構築する学習集団づくりの取 り組みが不可欠である。子どもたちの学習参加に対する 「っまずき」の第1の要因は,こうした学級における人 間関係のあり方(共同性の質)に内在するものである。 また,開かれた民主的な人間関係が形成されつつある としても,子どもたち一人ひとりがいきなり学級の全員 に向かって,自分の心情や考え,意見を率直に物怖じせ ずに表明できるわけではない。授業は,しばしば,こう. らの殻に閉じ篭もることなく,身を開いて生きいきと仲. したちからの弱い子,内気な子,あれこれじっくりと考 えようとする子たちを置き去りにして,活発な能動性を 発揮する子たちの勢いに流されがちである。これに対し. 間とのコミュニケーション的行為に参加してくるように. て,どのようにちからの弱い子たちを支えながら全員参. 合うことができると確信できたとき,子どもたちは,自.
(10) 142. 加の学習活動を組織し,応答的で共同的な学習活動を創 造していくかが,重要な授業指導の課題である。そこで, 第2の要因は,教師の指導性のもとに組織される学習活 動,特に班を媒介とした学習活動の応答性,共同性の質 に内在するものである。 さらに,学習は子どもたち一人ひとりの主体的・能動 的な活動を通して成立するが,その学習活動における主 体性・能動性が高まれば高まるほど,自らの問題意識や 関心,独自な発想にこだわってこれを自主的により深く 探究したいという意欲や廠望が高まってくる。こうした なかで教師による一元的な学習課題-の方向づけや教師 主導の授業展開の進捗スタイルを外れ,或いはそれを超 えて,子どもたち自身が学習主体として独自に,共同し 合いながら学習活動を展開するようになる。第3の要因 は,こうした学習主体としてのまさに主体的・能動的な 学習活動の展開が,子どもたちに対してどこまで保障さ れ得るかという,学習活動の独自性,高次な共同性に対 する開放性・解放性の質に内在するものである。 (14)子どもの生活世界を構成している歴史的,社会的, 文化的,経済的な文脈・状況に内在する要因 人間は,自らが生まれ育った生活世界との,ことばや 語り口,表情や身ごなし,しぐさ,等のその世界に固有 のシンボルや習慣を媒介とする,絶えざる相互交渉を通 じて生活経験・学習経験を重ね発達してくる。この成長 発達の基盤となる生活世界において共有されている固有 のシンボルや習慣には,その世界のあり方を性格づける 歴史的,社会的,文化的な文脈性が担われており,その 世界内で成長・発達する子どもたちは,その歴史的,社 会的,文化的な文脈性に規定された状況のなかで,自ら の人間的諸能力,人格的特性を身につけてくる。ところ が,学校教育が子どもたちに対して提供し,そこへの参 加を要求する学校文化の世界は,必ずしも子どもたちの こうした生活世界と共通のシンボルや習慣,或いは歴史 的,社会的,文化的な文脈性を持った世界ではない。そ うした生活世界と学校文化の世界との矛盾・ずれに,シ ンボルや習慣の理解や表現,自己実現にかかわる「つま ずき」の要因が内在しているのである。 第1の要因は,地域文化の世界と学校文化の世界との 矛盾・ずれに内在している。地域固有の歴史的,文化的 な伝統や言語,神話・伝承,習慣,社会的構造,地域の 生活感情や廠い,要求といった,その地域固有の歴史的, 社会的,文化的な文脈・状況と学校教育が提供,或いは 要求する学校文化との矛盾・ずれに内在するものである。 例えば, 「村を捨てる学力か,村を育てる学力か」 (東井 義雄)と言われたような,地域に根ざした,地域のため の教育要求と制度化された国家の教育要求との矛盾・ず れである。 第2の要因は,子どもたちの各家庭の願いや考え方,. 感じ方,在り方(生活世界)と学校文化の世界との矛盾・ ずれに内在している。各家庭の歴史的,社会的,文化的 な文脈や経済的状況,教育に対する考え方や願いは,ま さに千差万別であり,各家庭そのものに諸矛盾を抱えて いる場合も少なくない。 第3の要因は,子どもたち一人ひとりの希望や願い, 考え方,感じ方,在り方(生活世界)と学校文化の世界 との矛盾・ずれに内在している。今日の学校教育現場で は,受験競争,暴力や非行,いじめ,不登校,無気力・ 無関心,自殺,等のさまざまな形で,子どもたちの希望 や願い,考え方,感じ方,在り方と学校文化の世界との 矛盾・ずれが顕在化してきているO (15)子どもたちの教師への信頼感,教師による自己への 働きかけや評価活動,受容に対する感情や構え,等 に内在する要因 人間的な信頼関係は,教育的関係の本質的基礎を成す ものである。教師に対する子どもたちの信頼感は,幼児 期から少年期,青年期-と向かうにつれて,自我が形成 され,確立されるとともに,幼児が両親に対する時のよ うな,無条件の一体的な被包感から,相対的に独立した 主体一主体関係における人間同士の「当てにする-当て にされる」という, 「要求と尊敬の弁証法」によって捉 えられるより普遍的な信頼感へと発展していくことが重 要である。 そうしたなかで,第1の「つまずき」要因は,子ども たちの発達可能性を信じる温かい教師の「まなざし」の 範囲内で,教師の働きかけが掛けられ,子どもたちの活 動が受けとめられていると,子どもたち自身に実感でき るかどうかという点にある。温かい愛情と深い思いやり の満ちた教師の「まなざし」の範囲に入れないという, 疎外感や孤独感,寂しさ,挫折感が「つまずき」要因と なる。 第2の要因は,教師の働きかけや諸要求に対する,千 どもたちの応答的な諸活動やその成果についての教師の 表情や反応,受容や評価に現われる,教師自身のものの 見方や感じ方,考え方,態度が,子どもたちの感情や精 神的安定性, 「教師に見られている"わたし" 」への自 己認識や構えの形成に与える影響に内在している。教師 の(否定的な) 「役割期待」に対応するように,子ども たちは(否定的な) 「役割演技」を獲得してしまうので ある。 第3の要因は,自我の形成,確立にともなって,相対 化される教師と子どもとの主体一主体関係において,敬 師の学級経営の仕方や授業展開の仕方,指名や評価活動 の仕方,等に現われる教師の教育理念や教育観,教育的 な判断や態度によって,これに対する違和感や反発,嫌 悪感,等の否定的な感情や構えを抱かせてしまうことに 内在している。.
(11) 授業構想一実践過程における教師の構成的行為に関する教授学的研究. (16)教師の子ども理解(既知・既習や発達特性,発達可 能性への理解,性格特性・人間性)に内在する要因 教育的指導は,子どもたちの既知・既習の生活経験や 学習経験を踏まえて,一歩上位の発達可能性を実現する 未知・末習の学習課題の習得に向けて発動されるもので ある。しかし,教師が,この子どもたちの既知・既習の 状況をどう捉え,その発達特性や発達可能性をどう把握 し,彼らの性格特性や人間性をどう理解するかによって, 教育的指導として発揮される諸機能やその性格に,大き な相違が生まれ,このことが「つまずき」要因となり得 るのである。 まず第1の要因は,既知・既習の生活経験や学習経験 の把握の仕方に内在する。授業という学習活動の「場」 で,本当に必要な既知・既習事項の本質的性格とその水 準の明確な把捉が,教師によって十分になされないとい う点に, 「つまずき」要因が内在する。 第2の要因は,子どもたちの発達特性や発達可能性に 対する理解や態度に内在する。本時学習目標に対して, 「ここまでならできる。」 「Aのアプローチは無理かもし れないが, BやCのアプローチなら,きっとできるだろ う。」 「こんな発想も出るかもしれない。」という,子ど もたちの多様で個性的な見方や感じ方,考え方,わかり 方をできるだけ具体的に想定し,さらに多面的な学習活 動の展開可能性,及びその成果としての豊かな発達可能 性に対する十分な展望を持っておくことが重要である。 ところが,往々にして,豊かな教職経験を持っはずの教 師のなかには,かえって子どもたちの発達特性や発達可 能性に対する,タイプ化或いはパターン化された類型的 理解が予断や偏見として成立し, 「このタイプの子はこ こまでしかできないだろう。」とその発達可能性に限界 枠を設定するラベリングを行ってしまう者もある。こう した発達特性や発達可能性に対する理解や態度に, 「つ まずき」要因は内在する。 第3の要因は,子どもたちの性格特性や人間性を,教 師はどう理解し,どう受け止め,どう教育的に働きかけ ていくのかという点にある。ある状況・文脈のなかで, 子どもたちが一人ひとりどんな見方や感じ方,考え方, わかり方をするか,どんな思考・判断を行い,どんな行 為・態度をとるのかは,その子どもたちが,個々の生育 史のなかで,どんな生活経験を経て,どんな習慣形成を 行い,どんな関係性を築き上げながら生きてきたかとい う点に依拠する所が大きい。こうした生育史における個 性的な生き方のなかで,子どもたちは,自らの性格特性 や人間性を培ってくる。こうした子どもたち一人ひとり の性格特性や人間性を,どう捉え,教師としてどう働き かけ,どうかかわり合っていくのか,ここに「つまずき」 要因が内在する。 (17)学級での子どもたちの社会的関係性,学習集団の質. 143. やその発展可能性への教師の理解に内在する要因 学級の子どもたちの間には,教師が意識すると否とに かかわらず,さまざまな社会的関係性が形成されている。 しかも,それらの社会的関係性は,はじめから決して開 かれた民主的なものではなく,むしろ弱肉強食的な,支 配一被支配の力関係として生み出されてくる。したがっ て,子どもたち一人ひとりを学習主体として主体的・能 動的に学習活動に参加させていくためには,学級の全員 に開かれ,恐れることなく自分の考え,意見を出し合え る民主的な関係性へと力関係を組み替えていく取り組み が継続的に展開される必要がある。 そこで,第1の「つまずき」要因は, 「間違いではな いか。」 「笑われ,馬鹿にされるのではないか。」といっ た不安感や緊張感から,自分の考え方,感じ方,わかり 方を,弱肉強食的な支配一被支配の力関係のなかで,主 体的・能動的に発表することができないという,現実の 学級の社会的関係性を,教師が十分に把握しているかど うかという点に内在する。 「間違い」や「つまずき」を 提出することが,むしろ「切り捨てる論理」として,そ の子に否定的に作用する場合が少なくないからである。 第2の要因は,教師の実践姿勢のうちに,学級という 社会的関係性のなかで, 「わからない」 「できない」子ど もたちを置き去りの"お客さん"にしてしまうことなく, どの子も共に学び生活する主体としてかかわり合う関係 杏,授業における応答し合う学習集団として創造しよう とする,学習集団づくりへの十分な理解が成立している かどうかに内在する。 第3の要因は,班を,学級での応答的にかかわり合う 関係の基本的単位(拠点)として捉え,授業における民 主的関係性の構築へと,既存の力関係を組み替えていく 学習集団づくりの取り組みが絶えず継続的に展開されて いるのかどうか,学習集団の質の高さと全員参加の民主 的なかかわり合いづくりへの発展可能性が,教師によっ て十分自覚的に展望されているかどうかに内在している。 (18)教職専門性を踏まえた教師の授業観・指導観(教育 鶴),世界観や人間観,子ども観,発達観に内在す る要因 一般に,教師の力量は, ①幅広い一般教養と②専門領 域における深い専門的知識,優れた技能, ③教育に対す る深い理解と優れた実践能力といった視点から捉えられ るが,こうした教養や見識,能力の欠如,未熟さ,歪み, 硬直化に,子どもの「つまずき」の要因が内在し得るの である。 政治,経済,社会,文化の急速な変化・発展に対応し て生涯学習の必要性が叫ばれる今日,教師の教育観,世 界観や人間観の基盤を形成する広い視野と豊かな教養が 教育専門職の基礎として,また職務遂行上の必須条件と して,ますます重要な意味を持ってきている。社会の変.
(12) 144. 化・発展に,教師としていっそう主体的に対応し,自ら の資質・能力の再開発・再活性化に積極的に努めること が求められている。第1の要因は,こうした教師の教育 戟,世界観や人間観の基盤となる一般的な教養のあり方 に内在するものである。 第2の要因は,教科内容・教材に関する専門的な知識. 第1の要因は,教職の歴史的,社会的,文化的,経済 的地位及び専門性評価に対する,社会的承認や支持と教 師自身の自覚に内在する。かつて日本の教師は,社会的 にも,文化的にも,経済的にも比較的高い地位を得ると ともに,信頼と敬愛を得,威信を保持してきた。ところ が,特に60年代以降,高度経済成長,高学歴化,さらに. や技能のあり方に内在している。教科の専門分野に関す る知識・情報,技術の進歩・発展には急速な歩みが見ら れる。こうした専門分野に関する教師の知識・情報や技 能の不十分さは,教科内容・教材の解釈や理解を狭く浅 い,偏ったものとし, 「指導書」や「指導事例集」等に. 80年代以降,情報化,国際化の進展するなか,教職は, 社会的,文化的,経済的な地位向上の流れから取り残さ れ,その専門性の開発,高度化の面でも十分な進展が見 られず,次第にシャドーワーク化(社会的な注目度,魅 力の低い, "日陰にある"職種)になってきた。その結. 頼った一面的で,硬直化した授業を生みだしたり,子ど もたちの豊かな学習活動を十分に深化,発展させること. 果,保護者や地域社会の人々からの信頼や敬愛が得難く, 威信が薄れてきたり,協力や支援が得られにくくなって きた。こうした諸点が,教師の教育実践の姿勢や方法, 条件に,さまざまな影響を及ぼしてきている。 専門家養成教育一般(医療従事者,薬剤師,エンジニ ア,経営者の養成教育等)の制度改革や教育課程の高度 化改革が進む時代状況にあって,教師も教育専門職とし て,日々,探究的に漸進的に専門的職務内容・職務執行 方法の高度化と改善の要請に応えていく必要に迫られて いる。第2の要因は,こうした動向に対して,教育実践 の陥りがちなマンネリ化やパターン化,平板化のなかに 内在し得るのである。 第3の要因は,こうした養成制度の高度化(履修課程 の長期化),教育課程の高度化に伴う実践的力量の専門. ができなかったりする。 第3の要因は,直接,教師の授業観・指導観(教育観) にかかわる,教育学及び関連諸科学の知見に対する広く 深い理解の不十分さやある特定の分野の科学的知見のみ に対する一面的な過剰な信頼に内在するものである。こ うした教育学及び関連諸科学に関する見識の不十分さに よって,誤った教育実践が生みだされたり,ある事象に 全く反対の判断,対応がなさせてしまうのである。 (19)教師の人間的特性,教師の抱える歴史的,社会的, 文化的な文脈・状況や教師の置かれる立場・役割へ の認識や自覚,等に内在する要因 子どもたちにとって,最も身近に接する教師の人間的 特性は,直接的にも間接的にも,計り知れない大きな影 響を与えている。子どもたちと対面し,応答的にかかわ り合ううちに,人格特性や行動特性,生活態度や習慣, 趣味や特技といった教師の人間的諸特性が"持ち味"と して,さまざまに作用している。ところが,こうした教 師の人間的諸特性に対して,どうしても"反りが合わな い" "馴染めない"子どもたちには,それが「っまずき」 の要因ともなり得るのである。 第2の要因は,教師も生活世界のなかで生きる一人の 人間として,その世界の歴史的,社会的,文化的な文脈・ 状況に規定されて教育実践を行っており,そこに「つま ずき」要因が内在している。教師が自己の置かれる立場 や状況をどう捉え,役割意識(責任感や使命感,倫理観, 職務内容の理解)をどう自覚しているのか,どのような 対子ども関係,対保護者関係,対同僚関係をもって接し ているのかといった点が,子どもたちに対する"まなざ し"や"ことば掛け" "語り口" "表情" "応答の構え" 等の相違となって現われたり,教育実践における教師と しての認識や思考,判断,評価,等の相違となって現わ れたりする。こうした点が,子どもたちの「つまずき」 要因となり得るのである。 位0)教職の専門性に対する意識,自覚,等に内在する要 因. 性充実をめぐる社会的諸要求に対して,さまざまな研修・ 研究の機会を主体的・能動的に活用する教師自身の生涯 研修への自覚と柔軟な自己研修の態度の保持が必要であ る。ところが,こうした自らの教職専門性の充実・発展 に向けての,専門職としての自覚や態度(使命感や責任 感)の不十分さに内在し得るのである。 Ⅳおわりに 以上,授業における子どもの「つまずき」の諸要因を, 教授学的視点から検討してきたが,こうした「つまずき」 諸要因は,同時にまた,授業における教師の教授行為の 構成にもかかわる重要な意味を持っものでもある。では, 教師は,これら「っまずき」の諸要因を,実際の授業構 想一実践過程においてどう認識し,それらの意味連関的 構造や相互連関的作用を踏まえながら,的確な教育的指 導性を発揮するために,どう自らの教授行為の構想に結 びっけていくのだろうか。例えば, H.Weckの示した 「授業における教授行為の構造」モデル鵬は,吉本均も述 べるように「教授行為をどう計画し,どう展開するかと いう一点に,すべての授業構成要素がかかっていく」こ とをよく表現しているが,一方「『教える』という教授 活動-行為の持っ創造的で生産的な役割に注目しなけれ ばならない」unという点では,このモデルの「目標-内.
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