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Title 寺山修司の演劇におけるマッチの灯りに関する考察 ( Digest_ 要約 ) Author(s) DIAZ, SANCHO IVAN Citation 京都大学 Issue Date URL R

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Academic year: 2021

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Title 寺山修司の演劇におけるマッチの灯りに関する考察(Digest_要約 )

Author(s) DIAZ, SANCHO IVAN

Citation 京都大学

Issue Date 2017-11-24

URL https://doi.org/10.14989/doctor.k20747

Right 学位規則第9条第2項により要約公開

Type Thesis or Dissertation

Textversion none

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寺山修司の演劇におけるマッチの灯りに関する考察 (要約) DIAZ SANCHO IVAN

寺山修司は自分の詩、演劇、映画の中でマッチとマッチ箱を頻繁に利用し、そ れらの物体に独特な意味を与えた。一言でいえば、マッチ箱は棺桶の比喩で、人 間と人間とのコミュニケーションの欠如を示唆している。また、棺桶はロビンソ ン・クルーソーの無人島を連想させるものであることから、寺山は『幸福論』の 中で「マッチ箱の中のロビンソン・クルーソー」そして「折りたたみ式の無人島」 という表現を使う。棺桶、マッチ箱そして無人島、それぞれのイメージを重ね合 わせ、孤独の象徴である三角形を組み立てる。棺桶とロビンソン・クルーソーと の関連は 20 代のころの書物『棺桶島を記述する試み』においてすでに見られる。 後に棺桶とロビンソン・クルーソーという2つの要素に、マッチ箱の比喩を加え る。それはジャン・ジュネの作品に影響されたからである。ジャン・ジュネはマ ッチ箱を「ポケットの墓」として喩えていたが、寺山におけるマッチ箱と棺桶の アナロジーはそこに基づいていると言っても過言ではない。 孤独を意味するマッチ箱に対して、一本のマッチはコミュニケーションの比 喩である。寺山の理論においては、コミュニケーションというよりも「出会い」 という言葉が使われているが、その「出会い」自体が彼の演劇論の一つの鍵にな っている。では、一本のマッチと「出会い」は如何なる関わりを持っているのか。 寺山は自分の演劇の出発点が日常生活にあると考える。パフォーマンスの時代 でもあった 60、70 年代では、煙草の火を借りるために街で見知らぬ人に声をか けることは日常的な光景であったに違いない。寺山にとって、「話しかける」と いうシンプルな行為をするだけで、「出会い」が起こり、演劇が始まる。しかも、 その「出会い」は見知らぬ人同士の間で行われるので、偶然で一回しか起こらな い現象である。それを演劇の世界に当てはめると、一回性に基づいた演技によっ て、俳優と観客との「出会い」が起こる。そこでの俳優の役割は、戯曲を無視し ながら、観客との触れ合いを目指すことになる。つまり、俳優は呪術師であるか のように、観客を自分の領域、幻想の領域に引っ張りこむ。結果として、俳優と 観客の区別がなくなり、双方向のフィードバックによって共同体が成り立つ。そ こに寺山の演劇における祝祭的な要素が現れてくる。そして、しばしばその「出 会い」を作るのが、マッチの光である。従来演劇における劇場という孤独のマッ チ箱の中で、俳優と観客はただ一本のマッチを擦るだけで、共同体の幻想を照ら

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し出し、日常生活に溢れていた孤独感は消滅する。このマッチの使い方はとりわ け『盲人書簡』(1974)の中で実践された。そして、マッチ箱がロビンソン・ク ルーソーの物語によって神話化されたのと同様、マッチのためにも新しい神話 が必要となった。それゆえ、寺山は童話「マッチ売りの少女」を取り上げて、自 身の演劇論の中で、たびたび言及している。 そのため、本論は詩から演劇まで、寺山修司の作品全般におけるマッチの表象 を探求し、その作品に断片的に現れる「マッチ売りの少女」という例えの全体像 を追いかけることになる。しかし、本論は寺山修司の作品分析に留まらず、芸術 全般、とりわけ演劇における光の表現を考察するものである。出発点としては寺 山修司が演出した『盲人書簡』を取り上げるが、舞台照明によってその背景に表 れる思考の変化を歴史的な視点からも探求する。また、『盲人書簡』はディドロ の作品のタイトルでもあるため、18 世紀の演劇論までさかのぼり、寺山の演劇 とディドロ時代の演劇が、照明を中心に関連付けられるかどうかを考察する。 寺山修司は、『盲人書簡』の演出として完全な暗闇を取り入れ、観客に盲人の 追体験をさせようとした。実際には、劇場やホールで演出された作品ではある が、寺山の理想に従って舞台のない空間、つまり観客と俳優、「見る者」と「見 られる者」の境界が区別できない場所で行うべきだった。芝居は、見えない状態 で始まる。場内の観客には何本かのマッチが渡され、観客はそれを使うことを強 いられるという参加型演劇としての構想が立てられている。芝居が進むにつれ て、俳優もマッチ、懐中電灯、ランプなど様々な照明道具を使っていく。それら によって、演技が行われる場面が見えるようになる。とはいえ、観客は断片的な 世界しか認識できないので、見るための演劇というより寺山自身が名付けた「見 えない演劇」となる。論者はその「見えない演劇」こそが、17 世紀以降に唱え られた「詩人の不可視化」や「見えない観客」のような概念の延長線にあるとみ て、その関連性を明らかにしようと試みる。 18 世紀の中頃、とりわけディドロやレッシングなどの理論が提唱されて以降は、 舞台上で起こっていることがより重視されるようになり、そのことから、作者と 演劇表現の関係および上演作品と観客との関係においても、美学的な変化がも たらされた。一方では、「詩人の不可視化」が主張され、そのため、レトリック に敬意を払うことを止め、詩的スタイルから離れることが求められた。その結 果、使われる言語は散文調になり、より写実主義的な印象を与えるものとなっ た。他方では、この演劇言語についての概念に合わせるようにして、「見えない

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観客」の考えが推進された。それは観客が、上演されている作品の鑑賞に没頭し て、作品が作り出す現実のイリュージョンに夢中になることを意味している。イ リュージョンに関しては、観客が虚構に浸りきることにより、芸術的技巧に注意 を払わなくなるという効果がある。言い換えれば、観客は、芸術作品を見ている ことを意識しなくなるのである。この過程に到達するためには、何よりもまず、 演劇言語固有の芸術記号を、より現実に近い表面上の自然的記号に段階的に置 き換えていくことが必要だった。「イリュージョン」的「写実主義」演劇に向か うために変えるべき点に関しては、18 世紀中盤、フランスで、ラ・モットや続 くディドロ等の著作において最初に理論化された。ある意味、両者とも、ド・ピ ールのような理論家によって提唱されていた、絵画に関する新しい考え方に触 発されたと言えるのである。 そうした中、寺山修司におけるマッチの表象に焦点を当てることによって、論 者は、寺山修司独自の世界観を明らかにし、すでに様々な観点から研究されてき た寺山の演劇論を再検討する。それは、二つのレベルで行う。 まず、演劇に限らず寺山の作品全体において、マッチというモチーフを特定す る。そして、それらの役割を明確にした上で、寺山にとってマッチがどれほど象 徴的な存在だったのかを確かめる。一方、彼の芝居ではマッチが照明道具の一つ となっていたため、演劇史において、その照明の手法を如何に位置づけられるの かを検討する。マッチが照明道具として使われるのは、あまりにも珍しいことで あるため、見過ごされがちである。当然ながら、マッチは火をつけるためのもの であり、何かを灯すためのものではない。しかも、マッチが火を起こすためのも のだからこそ、劇場内でマッチを利用することは、前衛的な趣向を持つ演出家に とっては、ただ戦略的に論争を呼ぶためだと思われるかもしれない。つまり、演 劇でマッチを使うのは一時的で恣意的なものだと考えても当然であろう。しか し、論者にとっては、そのマッチの使い方がただの偶然的な選択に由来し、遊び 心の発想に還元できるとは思わない。寺山の独創性を超えて、その背景に隠され ている時代の空気、芸術の思想、そして時代とともに変遷している光の認識を、 様々な観点から探究すれば、寺山がマッチを使った理由が明らかになる。要する に、本論は芸術の表現に向かって人はどうやって光の現象を知覚するのかを考 察し、ささやかながら光を対象としている認識論である。しかし、それは体系的 には行わず、芸術にて所々に現れている光の表現を分析することによって展開 する。本論の最終目標は、寺山論を超えてバロック絵画によく表象された蝋燭か

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ら、20 世紀の幾つかのパフォーマンスに導入されたマッチまで、その歴史的な 過程を考察し、様々な具体例を挙げながら光や火の知覚について分析する。ま た、それらの作品の時代背景を考慮した上で、その光の使い方を裏付ける思想を 探求する。もちろん、それは一本の論文にはまとめかねるので、本論はより広い 範囲の研究の入り口として考えている。 そのために、最も参考にしている方法論は、バシュラールが発想した人間の想 像力や夢想、イマージュの研究という独特な現象学である。バシュラールを本研 究の出発点を選んだ理由が二つある。まず、コンプレックスを遡る精神分析や伝 記的な解釈を避けるため、バシュラールが提唱した「イマージュの現象学」とい う分析法を参考にする。この考え方に従って、特に、『蠟燭の焔』を参考にした。 この作品の中で、バシュラールは蠟燭の焔がどのように詩の中で表れてくるの か、一つのちっぽけな焔が大勢の夢想家や思想家を魅了するのはなぜなのかを 探求した。要するに、バシュラールの試みは焔やその光は如何なる形で思想を刺 激するのかを明らかにすることであった。それにより、人間、とりわけ詩人はど のように外面的な現象を受け取り、内面的な世界を作り出すのであろう。また、 現代では、蠟燭の必要がない時代になったが、そのような照明技術の進歩は芸術 作品の中で、どうやって変遷するのであろうか。『蠟燭の焔』の中では蠟燭から 電球に至るまでの、照明技術の変遷とそれが人の心理に与えた影響について語 られる。ここでは、バシュラールが取り上げなかったマッチについての考察を行 う。つまり、彼の方法論を援用しつつ、マッチと人の心理の関わりを探求する。 バシュラールが蠟燭の焔を観察することから築いた夢想の世界からは距離を 置くとしても、本研究は、バシュラールの研究を否定するものではなく、火と灯 りに関する考察に焦点を置いた彼の詩のイマージュ研究を継承するものともい える。文学と詩の夢想のモデルからは離れても、マッチは蠟燭と同様に、熱い光 源であり、詩のイマージュの源であることに変わりはない。ここでは、新しいニ ュアンスが加えられて、芸術的創造性の新たな思考の枠組みが明らかにされる こととなる。パフォーマンス的動作によって、火は、思わぬ形で現れ、ほとんど 認識されないうちにすぐに消えてしまう。だからと言って、美学的分析において 深意がないということにはならない。私解ではあるが、寺山の作品の中で、マッ チは芸術的素材として、最大限にその力を発揮した。(そして、それが、マッチ がマッチとして使われなくなる時代の始まりと一致するのは偶然ではない。)そ んな寺山の作品をモデルとして、芸術分野におけるモダニズムからポストモダ

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ニズムへの変遷のあゆみを理解する上で、マッチが照らす灯りがどのような新 しい道を指し示してくれるのか楽しみである。マッチの炎は、ときには蠟燭の古 典主義に相対するものとして、またあるときには、蠟燭を継承するものとして、 一つの時代を代表するものとなった。その時代は産業革命に始まり、(日本では 19 世紀末から)1970 年代に終わりを迎える。 バシュラールはその現象学的な方法を裏付けるために文学の中に出てくる光 についての言及を例としてあげているのに対して、論者は文学の例を出しつつ も視覚芸術に着目する。本論で視覚芸術と呼んでいるのは、観察者の視覚を前提 として成り立つ絵画、舞台と映画のことであり、そこで観察される光という要素 に焦点をあてる。広義にはそれらの芸術を全部「場面」、いわゆる「シーン」と して考慮する。言語学用語を借りれば、そうした研究を「共時的に」行いながら、 時代を遡って「シーン」における光の現れ方を「通時的に」も探求する。それは、 近代の芽生えとされているルネッサンスにおける絵画に現れる建築的な「シー ン」から、バロックの悲劇的な「シーン」を通して、20 世紀の映画、パフォー マンスや寺山修司が創造する「舞台を超える演劇」の「シーン」にまで及ぶ。そ うすることによって、光と「シーン」の問題とともに、光に関連しているいくつ かの課題もまた現れてくる。 その一つは遠近法の問題である。当然だが、作品に向かってその外にいる作者 あるいは観察者の位置が、解釈上重要な役割を果たす。しかも、観察者の物理的 な位置だけではなく心理的な観点を考慮するのも不可欠である。観察者の「位 置」によって、「シーン」の背景にある思想、または作者の「立場」が明らかに なる。それと同時に、光という現象に対しての認知が固定され、時代的な要素が 露呈する。その歴史的過程において思想の大きな転換として現れるのは、ギリシ ャ演劇を論拠するニーチェの論文『悲劇の誕生』である。ギリシャ演劇に対する ニーチェの独特な「遠近法」の思想なしには、近現代演劇の成立はなかったと言 っても過言ではない。そうした中、ギリシャ演劇の特徴であるコーラス(合唱団) という演出の仕組みが、様々な形で再現されることによって主要な役割を果た すようになる。 時代が進むにつれて芸術における遠近法の問題はもう一つの問題に帰着する。 それは、窃視、覗き見、いわゆる voyeurisme の問題である。原則として、つな がりのない問題に見えるが、遠近法を精神の領域上で検討すると、20 世紀以降 の「シーン」の考え方に興味深い展開を起こす。なぜなら、観察者の立場は物理

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的に変わらなくても、空間の知覚が劇的に変わるからである。すなわち、作品に 対して観察者は外的な立場を失って、ある意味で覗き見になることによって作 品の内的な領域に吸い込まれる。作品との距離が縮小され、観察者は危険な領域 に置かれることになる。作品の一部になるともいえよう。こうした心理的な過程 を考える時、窃視の新しい定義を確立する。 本論は、近代から 20 世紀半ばにかけて芸術における光の認知と、それに関わ る遠近法且つ窃視の問題を探求し、絵画と映画、演劇とパフォーマンスなどを、 蝋燭とマッチの比較により光という観点から考察する。最終的には、モダニズム からポストモダニズムへの変遷というより広い領域の研究に貢献するという目 標もある。そうした中、寺山修司の作品がモダニズムとポストモダニズムの境界 線に跨っていると考えられるため、寺山修司の作品、とりわけ彼の演劇に焦点を 当てる。寺山修司の演劇論の中に散在する、「見る者」と「見られる者」の立場、 「遠近法」的な問題(カメラ・オブスキューラの再考によって現れてくるのだ が)、コーラスの復権、覗き見等のテーマ全てをマッチの光を辿りながら一つの 線として追跡する。光の研究であるが、暗闇の研究でもある。それは、暗闇は光 の不在とも言えるからである。

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