問題と目的 1. 人が作り出す物語 人は日々物語を作りながら生きている。これは身の回 りの複数の出来事を関連付けて考えているということで ある。やまだ(2000)は物語を、「2つ以上の出来事をむす びつけて筋立てる行為」とし、また野口(2002)は「様々 な出来事や思いをつなぎ合わせて何らかの結末へと向か うお話」としているが、本研究では物語を「複数の事物 や出来事を関連させて、筋立てられたもの」とする。そ のように考えると、1つ1つの物事について情報を選び、 むすびつけ、理解することは、各々が物語を作り出すこ とに等しい。このように作られた無数の理解の物語はそ の人の主観的な現実を形作る。よって人の作る物語とそ の作り方の様相を詳細に検討することは、「人間がいかに 世界を見ているのか」といった人間そのものの理解につ ながるものである。 2. 物語と現実 物語を作り出して現実を構成するということについて、 先行研究から2つの概念を挙げる。1つ目は物語的思考 である。Bruner (1986/1998)は、人間が「経験を整序し 現実を構成する」思考様式は物語的思考様式と論理科学 的思考様式の2つがあるとした(表1)。 論理科学的思考様式 物語的思考様式 個別の事柄を超えて、 普遍的に通用する真理を求 める 個別の事柄についての 「いかにも起こりそうな」特 定の関連を求める 形式:「誰かが願えば、 (必ず)雨が降る」 形式:「彼が願ったから、 雨が降ったのだろう」 真理を導きだす思考 真実味を導き出す思考 これについてやまだ(2000)が、人は「普段、科学者のよ うな論理-実証モードではなく、物語モードで生きている」 としているように、人は日常的に物事同士の関連につい て、すべてを普遍的な法則性に当てはめようとしている のではなく、そこに確からしいつながりを見出すことに よって、心的な現実の構成をしているのである。 2つ目の概念は社会構成主義である。野口(2002)はこ れを指して「言葉がまずあって、その言葉が指し示すよ うなかたちで世界が経験される」という考え方であると しており、客観的現実は所与の存在ではないということ が主張されている。なお社会構成主義は心の存在も自明 とはしないが、本研究では心的現実がそれぞれに存在し、 それぞれのやり方で現実を経験しているという立場を取 る。 以上のように人が心的現実を構築すべく物事の間を つなぎ物語を作ることについて述べるものは多いが、そ の様相について実際にデータを取って詳細に検討したも のは見当たらない。 3. 理解しがたい出来事と物語 実際に検討するにあたっていかなる時に物語が要請 されるのか考える。Bruner(1990/1999)は、人が人の「行 動の理由」を問うのはそれが当然視されるパターンを逸 脱している時であるとし、それを説明するのが「ストー リー」であると述べている。すなわちパターンからの逸 脱の緩和がストーリーの役割の1つなのである。また Lacan(1964/2000)は「原因という機能には本質的に何ら かの『裂け目』が残されている」としており、これにつ いて内田(2000)は原因を推論するときには必ず「論理の 断絶がある」「何かがうまくゆかないとき、何かがない時 にだけ、物語は語られ始める」としている。このように ある種のわからなさやセオリーからの逸脱、「裂け目」が 物語を要請し、そこで役割を果たすことがある。 本研究中では何かがうまくいかない/うまくつながら ない状況において発動する物語の過程を通して、日常的 な物語の現実構成の在り方を探っていく。 4. 心理臨床における物語 心理臨床の文脈においても「物語」は言及されている。 Spence(1982)は「物語的真実」と「歴史的真実」を区別 し、前者を重視したが、これについて野村(2016)は「社 会が認める客観的な事実以上に、個人が信じる主観的な 現実に積極的に配慮する心理療法全般の態度を示してい るだろう」としている。また河合(2001)は息子を失った 人が仏僧の説く「前世の因縁」という説法に心から納得 し、仕事に励み幸福に過ごせるようになったという話か ら「本人が「納得」したときに、その人は心の傷が癒さ れたと感じる」としている。このように人が自分のやり
心的現実を構成する方略としての物語の様相~物事を筋立てる働きに着目して~
キーワード:物語,心的現実,物語的思考 人間共生システム専攻 臨床心理学指導・研究コース 田中 良人 表 1:2つの思考様式(Bruner(1986)を参考に筆者作成)方で筋をつけ、意味を持った物語を作るなどして心的現 実を構成していくこと、臨床家がそれを重視すべきであ るということが様々な立場から言われてきた。ただ心理 臨床では、➀自分自身に深く関わる物語を作り出すこと ➁日常的に形作ってきた物語の再編成の場であることと いう2点において日常の物語生成とは異なる。本研究で は、基本的には人が日常的に行う物語生成について扱う が、臨床場面における物語生成を念頭においた基礎的な 研究としても位置付け、示唆を得ることをも目指す。 5. 本研究の目的 本研究の目的を、人がどのように物語を生成して心的 現実を構成するのか、一見つながらない出来事と出来事 の間に筋を立てて納得しようとする過程を通して、その 様相についての知見を得ることとする。 方法 1. 方法の検討 (1) 刺激の提示 本研究では出来事同士をつなぐ物語化の在り方につ いて見るため複数の出来事を協力者の手でつないでもら う課題性が必要となる。よって1つの出来事と、それと 直接つなぎ難いもう1 つの出来事を提示してつなぎ合わ せてもらうという方法をとる。しかし日常的に全く関わ りの無い2つの出来事をつなぐ必然性はないため、今回 は4コマ漫画の1コマ目と4コマ目を用い、これらをつ なぐ形で物語を作ってもらうこととする。 (2) 刺激の選定 条件を➀その話そのものが知 られていないこと➁話数が多い ものとし、植田まさし『かりあ げクン』を採用。刺激はキャラ クターの数や会話の有無など異 なる5つを選定した(図1は刺 激➀~➄のうちの➀)。 (3) 刺激の特徴(割愛) 各刺激それぞれの特徴につい ては割愛する。 (4) 物語の表出方法 物語を協力者によってどのよ うに表出してもらうかということについては、生の感覚 に近い表現を採るため、語ってもらうこととする。 2. 実施 調査協力者:大学生/院生8名であった。・倫理的配慮 として、任意性・データの利用可能性・個人情報の保護・ 調査後の連絡についてお伝えした。なお、本研究は所属 機関の倫理審査を経ている。 調査手順としては、「これらがつながる物語を考えてくだ さい。元の物語を当てるクイズというわけではありませ ん。あなたの納得できるようなお話を作ってください」 などと教示し、刺激5つを提示するごとに反応してもら い、その後半構造化インタビューを行った。インタビュ ーについては、感想やどのように考えたかを中心に全体・ 各刺激について、それぞれ聴取した。 3. 分析 以下の3段階を経た。 (1)刺激ごとの物語について、その刺激から得られる物語 の筋のバリエーションを集計 (2)協力者ごとの物語の作り方について、それぞれの物語 の作り方についてまとめる (3)人の物語の作り方についてのバリエーションを抽出 結果と考察 1. 刺激ごとで見た物語の筋 5つの刺激から作られた協力者8人(A~H)分の物語 のうち、刺激➀から作られた物語の筋を図2に示す 以下、図中の分岐についての説明(図1・2参照)を加え る。 (1) E―その他協力者(1コマ目の解釈) E のみ「αが健康診断の結果を受け取っている」とし、 その他の協力者は「αが健康についての本を読む」とし た。E は以後独自の筋を形成する(図2左)。 (2) DG―その他協力者((1)のあと、4コマ目まで) DG が「αが心臓を動かすとよいと知る」→「βにそ れを伝える」→「βが急にαを驚かす」→4コマ目「α 『運動して(心臓を動かすってこと)だ』」(図2右)と展開 する。一方ABCFH は「(本の影響で)運動する」とした。 このうちABC がメインルートであり、「疲れる」→「そ の状態を勘違いされ、からかわれる/心配される」→「α 『運動して(こうなってるん)だ』」という流れを経てい 図1:刺激➀ 図2:刺激➀から作られた物語の筋
る。 2. 協力者ごとで見た物語の作り方の特徴(割愛) 協力者 A~H について、それぞれの作成した物語➀~ ➄からその作り方の特徴を考察した。ここでは割愛する。 3. 物語作成のアプローチのバリエーション 協力者の物語の作り方を、(1)基本的な物語作成のア プローチ (2)刺激外の要素の持ち込み方 という2つの 視点から改めて見直し、(3)物語作成のアプローチの在 り方 を 2 つのまとめとして記述する。 (1) 基本的な物語作成のアプローチ 大きく2 つに分けられた。 i) トップダウン的アプローチ これはまず物語の流れ、もしくはテーマを導入してか ら細かな要素を決定していくものである。 ii) ボトムアップ的アプローチ これは刺激中の1つ1つの情報を解釈し、それらをつ なぎ合わせることによって最終的に物語にしていくもの である。 iii) 例外的アプローチ(協力者 G) これは刺激中の情報を材料として、「可能性としては 低」くても自分の満足できるような筋を探し出すもので ある。これは上の2 つのような最も妥当な筋を導き出す アプローチではない、自分の満足できるものを導き出す という点において例外的である。 (2) 刺激外の要素の持ち込み方 刺激外の要素は3種類得られた。 i) 協力者自身に由来する情報 これは自分自身の思想・経験・言われたことや聴いた ことを物語に入れたり、作成の際に使うものである。実 際的には目の前の物から一部を自分と重ね、それを通し て物語を作る在り方である。 ii) 刺激中のキャラクターについての情報 これは刺激に共通して現れるキャラクターを同一人 物とする協力者が、他刺激から情報を持ち込むものであ り、実際的には刺激を超えて存在する「所与のそのキャ ラクター(人)の物語」を作る在り方である。 iii) 調査外に由来するメタ情報 これはその刺激からだけでは出てこないはずの調査 の枠組みの外から持ち込まれた情報を持ち込むもので、 その場のものについての法則や一般的理論を用いて、普 遍的な方向へ物語を向けていく在り方である。 iv) 各協力者における刺激外要素の用い方 表2 より、3要素から1つだけ用いる協力者が比較的 多いことがわかる。3つそれぞれ、協力者自身への指向・ 所与のキャラクタ―性という個別性への指向・法則性と いう客観性への指向とそれぞれ指向性が異なり、組合せ づらいためではないかと思われる。 (3) 物語作成のアプローチの在り方 表3にあるように、 2つのアプローチと 3つの刺激外要素の 組合わせについてそ れぞれのバリエーシ ョンのアプローチに ついて記述する。 i) トップダウン×自身 そこにある情報から自身の経験等を想起、そこからテ ーマや流れを導入する。これは自分の経験をなぞること ができるが完全に自分の話になってしまう可能性もある。 ii) トップダウン×キャラクター 流れを作る際、キャラクター性を無視できない。その キャラクター(人)の個性の分、物語は広がりもすれば制 限もされる。 iii) トップダウン×メタ情報 物語そのものに関するメタ情報、すなわち“よくある 物語の筋”が持ち込まれる。その状況を“よくある話” として理解するものである。 iv) ボトムアップ×自身 個々の情報の解釈/接続に自らの経験等を用いるもの である。複数の情報に共通するような経験や知識を用い ることで、それらをつなぎ物語を作ることができる。 v) ボトムアップ×キャラクター キャラクターの行動などにそのキャラクターについ ての知識を適用するものである。そのキャラクター(人) と物語を作る側の抱くキャラクター像との間の差に苦労 する可能性が考えられる。 vi) ボトムアップ×メタ情報 刺激中の情報についてメタ情報を用いて絞り込んで 解釈するものである。メタ情報は“一般にこうである” という情報であるため、物語を作る側による差はその情 報を知っているか否かのみである。すなわち、これを突 き詰めれば物語は個別性を持たないセオリーになり得る。 総合考察 表 2 刺激外からの要素 表3 基本的な物語の作り方と 刺激外からの要素
1. 理解しがたいものへのアプローチ 本研究において示したことは以下の2点である。1 点 目はつながりが理解しがたい出来事同士をつなぎ合わせ ようとするときに、人が実際にいかなる方略を持って物 語を生み出すのかということであり、2点目はそこから 導き出される物語がいかに多様であるかということであ った。また具体的な物語作成の2種のアプローチとして 、筋を先に求めるトップダウン的なアプローチと、個別 の情報1つ1つの解釈を先にするボトムアップ的なアプ ローチが見いだされた。さらにそこに外から持ち込む要 素として、【協力者自身に由来する情報】【刺激中のキャ ラクターについての情報】【調査外に由来するメタ情報】 が挙げられ、これらの視点から多様な基本的姿勢の在り 方を見た。 人が日々の“つながらないこと”を理解しようとする とき、多様な方略をもって“いかにもありそうな”筋が 通っている物語を作るということが示唆された。今回の 結果はあくまで刺激に対してその「裂け目」をつなげる ように指示をする方法によって得られたものであり、協 力者たちの中でできた物語は自分の作りだしたものと自 覚されていると思われる。しかしながら今回協力者たち が発したような“なぜこうなるのか”“なぜこんなことを 言うのか”という問いが日常の中でも物語を要請し、当 たり前のように物語作成の過程を経るとき、その人がそ うだと思う現実(=心的現実)は作り出されるのではない だろうか。 2. 物語的思考様式と論理科学的思考様式の再定式化 の可能性 今回考察の最後において物語を突き詰めるとセオリ ーになってしまうと述べた。これは、Bruner(1986/1998) の「論理科学的思考様式」を「物語的思考様式」の極端 な例に位置付けられる可能性を示唆しているとも考える ことができる。もっとも、Bruner(1986/1998)はこれら2 つの思考様式を指して、「その二つは(相補的ではあるけ れども)おたがいに還元されえない。一方の様式を他方 へ還元しようとしたり…(中略)…する試みは、必ずや思 考の豊かな多様性を捉えそこなうことになる」とその可 能性を否定している。今回このような結果を得たところ で、確かに今実用的な意味は見い出すところには至って おらず、Bruner の言うようにこれらを無理につなげよ うとすることは好ましからざる結果を招く可能性もある が、実際にデータを取ったことによって新たな可能性が 生まれたことは意味があるのではないかと思われる。 3. 深い納得を生む臨床の物語 問題の部分で述べたように、今回の方法は協力者自身 と直接関わりのない刺激を用いたため、臨床場面のよう な自分に深く関わる物語を見ることは困難であると想定 された。その中において協力者G は“つながりの良い、 筋が通る物語”ではなく“自分にとって良いと感じる物 語”を好んで語っている。ここから考えるに、真に納得 できる「自分の物語」はこの方向性にあるものなのでは ないだろうか。臨床場面で生成されるその人自身に深く 関わる納得の物語は、だれが聞いても筋が通っていると 思うようなものではなく、その人自身がその物語の中に いるからこそ、ある種の説明不可能性を持つようなもの なのではないだろうか。そうであるならば、臨床場面に おいて、言葉だけでなく相手と深いところで関わり、そ の物語の生成の過程に伴っているからこそ、セラピスト はこのような物語の深い納得について共感しうるだろう。 このような点から考えても、人の孤独な人生の物語に伴 い、その過程を共にするのが心理臨床の過程だと言える。 主要引用文献
Bruner, J. (1986). Actual Minds, Possible Worlds. Harvard University Press. 田中一彦(訳) (1998) 可能世界の心理. みすず書房
Bruner, J. (1990). ACTS OF MEANING : Four Lectures on Mind and Culture. Harvard University Press, Cambridge. 岡本夏木・仲渡一 美・吉村啓子(訳) (1999) 意味の復権.ミネルヴァ 書房.
河合隼雄 (2001). 〈総論〉 心の現象と因果律.河合隼雄 (編)講座心理療法7 心理療法と因果的思考.岩 波書店.
Lacan, J. (1964). LE SEMINAIRE DE JACQUES LACAN. Editions du Seuil. 小出浩之・新宮一成・ 鈴木國文・小川豊昭(訳)(2000) 精神分析の四基本 概念. 岩波書店 野口裕二 (2002). 物語としてのケア ナラティヴ・アプ ローチの世界へ. 医学書院. 野村晴夫 (2016). クライエント・ナラティヴと心理療法 の多元性. 大阪大学大学院人間科学研究科紀要 42, 255-272.
Spence, D.P. (1982). Narrative truth and historical truth : Meaning and interpretation in psychoanalysis. Norton.
内田樹 (2003).映画の構造分析.晶文社.
やまだようこ (2000). 人生を物語ることの意味 -な ぜライフストーリー研究か? 教育心理学年報 39, 146-161.