「働くこと」に対する大学生の意識に関する研究―就職活動過程に着目して― [ PDF
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(2) のではないだろうか。本研究では、 「働く」ということの定. く」ことの想定が、どの想定であるかによって異なると考. 義をしたうえで、就職活動過程における学生の「働く」こ. えられる。すなわち、第 2 章の時点では、(1)「働く」こと. とに対する意識を検討したい。. の想定が「職業生活」であるときは、 「職業生活」に関する 意識をさし 、(2)「働く」ことの想定が「事実としての職業」. <第 1 章 「働く」こととはなにか>. であるときは、 「事実としての職業」に関する意識をさすと. 第 1 章では、尾高邦雄(1995a)『職業社会学』に依拠し、. 考えられるということを示した 。. 職業を職業たらしめる職業の 3 要素について触れた。職業 の 3 要素とは、 「個性の発揮」 、 「役割の実現」 、 「生計の維持」. <第 3 章 就職活動過程における学生の就職希望>. の 3 つである。 職業とは、 「個性の発揮・役割の実現を通. 第 3 章では、就職活動を経験した大学生へのインタビュ. して、生計の維持をする活動」である。社会生活は「他に. ー調査をもとに分析を行い、就職希望の変化過程と最終的. 何ものかを寄与する面」と「他から何ものかを享受する面」. な勤め先の決定に至るまでの経緯を明らかにした。. とに分かれるが、人々は、その個人の持つ「個性を発揮」. より詳細で密なデータを収集するために、インタビュー. することで、社会に対して「何ものかを寄与」している。. 対象者には、あらかじめ適度に筆者とラポールを構築でき. その行為を遂行することが、同時に社会から与えられた「役. ている就職活動経験者をインタビュー対象者選定の基準と. 割の実現」となる。これらを社会から評価してもらい、報. した。また勤め先決定に至る経緯を明らかにするために、. 償を得、それによって暮らしを立てる、すなわち「生計を. 基本的には内定を得ている者をインタビュー対象の条件と. 維持」することが職業なのである。. した。これらを考慮した結果、2010~2011 年にかけて就職 活動を行った男女 9 名の選定に至った。. すなわち、職業は、 「個性の発揮」 「役割の実現」 「生計の 維持」の 3 つの要素を備えた一連の活動である。 「個性の発. 分析の手順は次の通りである。1、インタビューの会話. 揮」 「役割の実現」となる行為は、 「社会に与える」行為で. を録音し、すべてテキスト化、2、テキストを基本的要素. あり、 「生計の維持」は「社会から享受する」活動である。. に分解、3、各要素に対してコード割り振り、4、各コー. この「与える⇒享受する」の連関した活動が職業であると. ドの類似性や重なりを考慮し、概念化できるものを概念化 これを行った結果、合計で 5 つのカテゴリーと 17 の概念. いえる。 しかし、通常我々が「働く」ことと言った際に連想する. が抽出された。以下、カテゴリーごとに記述する。 1、 カテゴリー①就職希望の形成(第 3 節). のは、尾高(1995a)の述べる「職業」だけではないのではな. 就職活動初期の就職希望の形成においては、おおむね 4. いか。すなわち、 「働く」ことと対応する「私生活」の部分 も想定されるのではないだろうか。. つのタイプがあることが分かった。小さいころからの夢や 就職活動を始める前からの就職希望を抱いているタイプ(=. <第 2 章 「働く」ことと私生活>. 夢型)、大学での学業の積み重ねがそのまま就職希望につな. 私生活とは何か。私生活は、 「日々の暮らし」=「生計」. がっているタイプ(=学業積み重ね型)、偶然身の回りで起き. に当たる部分と、自己目的的・非拘束的・物的な報酬を求. た出来事や企業との出会いの中で、その企業の事業内容や. めない活動=「余暇活動」の部分とに分かれる。. 企業の果たしている役割に魅力を感じて就職希望の形成に. これを、1 章と合わせて考えると、個人の生活は、 「社会. 至っているタイプ (=出会い型)、就職活動を開始してから、. に与える活動」と、 「社会から享受する活動」に分かれる。. 自分の過去の経験を振り返ったり、行動を振り返ったりし. 「社会に与える活動」のうち、報償が伴う活動の連続=「職. たことで、自分の好みや性格を理解して就職希望の形成に. 業生活」が、普段我々が想定する「働く」こととしてある. つながったというタイプ(=振り返りと自己理解型)である。. のではないか。. 2、 カテゴリー②就職希望の拡散(第 4 節). 尾高のいう(1995a)「職業」は、 「与える⇒享受する」の. 就職活動中期においては、初期の就職希望から変更を伴. 連関した部分が意識される場合の「働く」ことである。し. うケースがみられた。今回の分析からは、就職活動中に自. かし、普段我々が「仕事が忙しい」 「仕事内容は何か」と言. 己分析を続けたり、どの企業もよく見えてしまう等の原因. った際には、その連関⇒の部分は想定されず、 「社会に与え. で、行きたい企業がわからなくなるケース(=迷い)、採用試. る活動」のみが想定されるのではないだろうか。そして、. 験に合格できず、希望を再構成または方向転換せざるを得. 私生活は、この「職業生活」と対立する形で一般に想定さ. なくなったケース(=採用試験不合格)、就職希望としたい仕. れるのではないだろうか。. 事の現状とのギャップの気付きにより、志望の取り下げに. では、 「働く」ことの意識とは何をさすのか。それは、 「働. つながっているケース(=ギャップ)、希望自体が自然と冷め. 2.
(3) て、その希望を取り下げているケース(=希望の冷却)の 4. 第 3 章と同様の手順で分析を行った結果、合計で 5 つの. つの概念を抽出できた。. カテゴリーと 14 の概念が抽出された。以下、カテゴリーご. 3、 カテゴリー③新たな就職希望の形成(第 4 節). とに記述する。 1、 カテゴリー①働くことの活力(第 2 節). また、出会いや振り返りによって、就職活動途中で自分 の興味ややりたいことに気付くケースがみられた。説明会. まずは、 「働く」ことにやる気を出す・精を出すための方. に参加した企業を思い返したり、自分の過去を振り返った. 法についての見解が、カテゴリーとして抽出できた。報償. り等して(=経験の振り返り)、自分の当初から持っていた興. を得ることが「職業生活」の活力であるとする見方 (=能. 味や好みを就職活動途中で再確認するケース(=再度の自. 力・成果に見合った報償の獲得)、やりがいのある仕事をす. 己理解)を、今回の分析から得ることができた。. ることが「職業生活」の活力であるとする見方(=やりがい. 4、 カテゴリー④就職希望の収束(第 5 節). のある仕事をすること)、 「職業生活」ではなく、それ以外. 就職活動の後期になると、学生の就職希望は収束してい. の余暇生活に意義を求め、ストレス発散が活力であるとす. くということが分かった。採用試験を受けながら、不合格. る見方(=ストレス発散)、そもそもストレスをためない仕事. の通知を受けたことによって、元の希望を再確認したり(=. に就くことが「働く」ことの活力だととらえる見方(=好き. 元の希望の再確認)、企業との出会いによって新たな希望の. なことを仕事にすること)が今回の分析から得られた。. 形成につながるケース(=新たな就職希望の形成)、希望の条. 2、 カテゴリー②「働く」ことと余暇(第 3 節). 件を下げたり、取り去るケース(=あきらめ・妥協)等を今回. 次に、 「働く」ことと余暇というカテゴリーを抽出するこ. の分析から得ることができた。. とができた。このカテゴリーに関しては、カテゴリー①と. 5、 カテゴリー⑤会社選択(第 5 節). 同様、 「働く」=「職業生活」として想定されるが、その対. 就職活動の終盤では、学生は実際に会社を選択する。こ. 立概念として、一般に「私生活」の部分が想定されるとい. の場面においては、事業内容にとことんこだわる (=事業. う点がカテゴリー①とは異なる。今回の分析からは、余暇. 内容の追求)、内定者や社員の雰囲気で会社を差異化し、最. の程度に関する希望(=余暇の程度)、余暇の利用のしかたの. も自分に合っていると思ったところへ決定する(=社員・内. 希望(=余暇の過ごし方) 等の概念が抽出された。. 定者の雰囲気)、自分にとっての働きやすさや福利厚生の制. 3、 カテゴリー③「働く」ことと家庭(第 3 節). 度で会社を選択する(=福利厚生)、会社の立地で会社を選択. カテゴリー②「働く」ことと余暇の概念の未来的な予測. する(=会社の立地)等により、会社選択に至っているという. として、カテゴリー③「働く」ことと家庭というカテゴリ. ことが今回の分析から得られた。. ーを抽出することができた。今回のインタビューでは、結 婚後働き続けるかどうかといった勤続希望概念が確認でき. 分析の考察として、主に次の 2 点を挙げたい。. た(=結婚後の勤続希望)。また、仕事と家庭のバランスにつ. ① 就職活動の過程においては、 「職業生活」のうちの一. いての意見 (=仕事と家庭のバランス)も見られた。 4、 カテゴリー④「働く」ことの目的(第 4 節). つひとつの「報償を伴う社会寄与行為」についての希 望が収斂していくということが分かった。. そして、 「何のために働くのか」という、 「働く」ことの. ② しかし、最終的に勤め先を決定する際、 「報償を伴う. 目的というカテゴリーを抽出できた。このカテゴリーにお. 社会寄与の行為」の希望だけでなく、 「職業生活」に. ける「働く」ことの想定は、尾高(1995a)の述べる「職業」. 対する時間的展望(勤続の希望)、対人的な願望(社員内. であると考えられる。すなわち、 「与える⇒享受する」の関. 定者の雰囲気)、さらには、 「私生活」に関する希望(余. 係性を想定している。今回の分析からは、親からの経済的・. 暇の希望、立地の希望等)が関係しているということ. 精神的自立も含めた総合的な自立のためととらえている場. が分かった。. 合(=親からの自立) 、生計に維持のためには必要不可欠だ ととらえている場合(=生計維持の手段) 、社会と関わるた. <第 4 章 大学生の「働く」ことに対する意識>. めに重要な手段であるとする場合(=社会と関わる手段) を. 第 3 章での分析により、就職活動の最終局面では、 「職業. 得ることができた。 5、 カテゴリー⑤人生観と「働く」こと(第 5 節). 生活」の希望や、それに対応する「私生活」の希望が勤め 先選びに影響を及ぼしているということが判明した。そこ. 「どんな人物になりたい」や「どんなことを成し遂げた. で、第 4 章では、就職活動の最終場面に作用していた「働. い」等の未来で成し遂げたい「行為」の希望と「働く」こ. く」こと全般に対する考え・見解について、第 3 章で扱っ. との関係についての見解も、今回のインタビューから得る. たインタビュー内容を再度分析した。. ことができた。すでに決まっている人生の目標を達成する. 3.
(4) 一手段として仕事をとらえているケース (=人生の目標達. 接の要因ではないと考えられる。大学生の就職活動過程に. 成手段としての仕事)、仕事の位置づけが人生の目標探索手. 着目した時、実際の勤め先選びになると、 「余暇の過ごし方」. 段としてとらえられているケース(=人生の目標探索手段と. や「人間関係」等の概念が影響していた。そこに折り合い. しての仕事)、また、興味のむくままに仕事をしたい、場合. をつけて勤め先を選択している。フリーターの場合、もし. によっては仕事を辞めてもいいと考えるケース(=興味のひ. くは、 「仕事」希望よりも私生活の希望が優先されるため、. とつとしての仕事)が、今回の分析から得られた。. 正規就労から遠ざかる結果になっているのではないだろう か。すなわち、 「仕事」の希望と「私生活」の希望に折り合. 本章での分析によって、 「働く」ことを考えるとき、 「職. いをつけるか否かが正規就労につけるか否かの分かれ目に. 業生活」 「余暇生活」 「日々の暮らし」 「家庭生活」の 4 つの. なっているのではないかと考えられる。. 領域が基本的に想定されていることが分かった。また、そ. 以上を通して、今後の課題を以下のように挙げた。. れらをすべて合わせた「人生」という領域も想定される場. ①. 合があった。. 研究上の今後の課題. 今回の研究は、就職活動の経験者を研究の対象としたた. 以上のことから、 「働く」ことに対する意識は、次の4つ. め、低学年次の者や就職活動を経ないで就職する者につい. の部分から成り立つと考えられる。. ては明らかにできなかった。それらの対象を考慮したうえ. ①. 「働く」こと=「職業生活」と想定されるとき(対とな. で検討してみることも今後重要であると考えられる。. る余暇生活、日々の暮らし、家庭生活が想定される). ②. ⇒「労働観」 「勤労観」(働き方に関する意識) ② ③ ④. 調査方法に関する今後の課題. 就職活動の終了後に回想してもらう形でインタビューを. 働く」=「報償を伴う社会寄与行為」と想定されると. 行ったため、インタビュー対象者が就職活動の内容を思い. き⇒「仕事観」(どんな仕事がしたいか等の見解). 出せない箇所が何度かあった。そのため、就職活動の過程. 働く」=事実としての「職業」. で複数回の面接を通した継続調査を行うことが適切であっ. ⇒「職業観」(働く目的に関する見解). たと考えられる。. 「働く」=人生の一部. ③. ⇒人生観(人生の中での仕事の位置づけ). 対象者選定に関する今後の課題. インタビュー対象者の全員が今回のインタビューでは 「仕事」に対する希望を確定させていた。しかし、小さい. <終章 終わりに>. ころからの夢を貫き通した例など、特異な例があったため、. 就職活動過程において、大学生は、 「職業生活」を構成す. 夢をあきらめた例や、就職活動中に「仕事」希望が絞られ. る一つひとつの「報償を伴う社会寄与の行為」=「仕事」. なかった例について今後明らかにする必要がある。また、. について考えている。就職活動の過程では、自分の就きた. 文系の対象が経済系と教育系のみであったり、理系の対象. い「仕事」の希望が収斂されていくということが、インタ. 者も全員が推薦形式によらない就職先決定であるなど、対. ビューの分析により明らかになった。しかしながら、就職. 象者のバラエティーに欠けていたと考えられる。就職活動. 活動の最終場面の勤め先選びとなると、 「職業生活」 「余暇. における就職希望の変化は、分野ごとの労働市場の需給バ. の程度」 「家庭生活への願望」等の働き方のスタイルへの希. ランスにも影響されると考えられる。その点を考慮する視. 望や、もともと持っている人間関係の好みなどが影響して. 点が今回の研究では足りなかった。今後は、その視点を考. いることが分かった。これらの結果から、大学生の「働く」. 慮した状態で調査を行うことが必要であると考えられる。. ことに対する意識は 4 つの領域からなるといえる。 〇「職業生活」に関する意識(働き方についての考え方). 3、主要参考文献. 〇「仕事」に関する意識(仕事に対しての希望). ・尾高邦雄(1995a) 『尾高邦雄選集第一巻 職業社会学』. 〇「職業」に関する意識(働く目的についての考え方). 夢窓庵. 〇「人生観」(人生の中での「仕事」の位置づけ). ・久木元真吾(2003)「やりたいことという論理―フリータ ーの語りとその意図せざる帰結―」 『ソシオロジ』第 48. 序章で触れた「やりたいこと」志向は、上記の「仕事」. 巻第 2 号、pp.73-89. に関する意識に当たると考えられる。 「やりたいこと」志向 がフリーターの正規就労を遠ざける要因であるいう指摘が. ・杉村芳美(1997)『良い仕事の思想 新しい労働倫理のた. あるが、 「仕事」へのこだわりがあっても、大学生は実際に. めに』中公新書. 内定を得、就職先を決定できている。すなわち、 「やりたい. ・日本労働研究機構(2000)「フリーターの意識と実態―97 人のヒアリング結果より―」調査研究報告書 No.136. こと」へのこだわりが強いことは、正規就労を遠ざける直. 4.
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3 学位の授与に関する事項 4 教育及び研究に関する事項 5 学部学科課程に関する事項 6 学生の入学及び卒業に関する事項 7