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Vol.66 , No.1(2017)055王 征「中国南北朝時代の仏教論書に対する注釈――羽182『誠実論義記巻第四』を中心として――」

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Academic year: 2021

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(1)

中国南北朝時代の仏教論書に対する注釈

―羽

182

『誠実論義記巻第四』を中心として―

王   征

1. はじめに 『成実論』が中国南北朝時代に流行したことはほぼ否定できない 事実である.これはその当時の文献の中に反映されているだけではなく,また現 代の学者の研究においても認められている1).本研究は敦煌写本羽182『誠実論 義記巻第四』を資料とした.この写本は杏雨書屋が所蔵する羽田亨氏旧蔵資料 (羽田文庫,略号「羽」)の一点であり,杏雨書屋(編)[2009–2013]『敦煌秘 』影 片冊三(152–171頁)に写真版が掲載されている.このテキストを取り上げ,次の 諸問題を解明したい. (1)池田将則氏の書誌学的研究を手がかりに,浄影寺慧遠の『大乗義章』との 関係を考察し,新たな 述年代を判定する.(2)注釈文と『成実論』の原文と比 べて,その当時の学僧が『成実論』をどのように理解していたのかを明らかにす る.(3)南北朝時代における経典に対する注釈と論書に対する注釈とでは,注釈 の方法と内容が相違していることを指摘し,その原因を解明する.(4)中国の経 典(儒教および仏教)に対する注釈方法には,「注」と「義疏」という二つの形態 がある.本稿では,上述の写本の研究を通して「義記」という形態が「注」から 「義疏」に至る過程の重要な一段階であることを明らかにする. 2. 羽182から見ている『成実論』の流行 『成実論』に対する注釈書を解読 することは,その当時の学僧がどのように『成実論』を取り扱っていたかという 問題に答えるための有効な方法の一つであろう. 羽182『誠実論義記巻第四』を通読すると,基本的な注釈方法は随文釈義であ り,その内容は分科を中心としていることがわかる.その中には,次のように, さらに考察を加えることのできる箇所が少なくない. 第二問答簡念慧,….「行舎憶念楽」者,都道禅体也.禅能渉境,以之為行,禅棄紛動, 以之為舎,禅縁往事,以為憶念,禅体深適,以之為楽.(40–43)2)

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まず,いくつかの概念の意味と出典について分析したい. (1)禅体.『成実論』には関連する内容が一箇所だけある.すなわち「二禅品 第一百六十六」において「二禅」の根本を解説するときに,「是二禅体一心,無 覚無観者,一心名」(T32, no. 1646, 341b29–c1)とする箇所である.句読においては 「禅」と「体」に区切らなければならないが,その中には禅の根本と同様の意味 が含まれている.羽182には,「禅体」という概念が次の七箇所に見られる.し かし,この七つの「禅体」は,最も関連している「二禅品」ではなく,すべて 「三禅品」と「四禅品」を注釈するときに用いられている.また浄影寺慧遠の 『大乗義章』には次のようにある. 問曰: 一心是其禅体,彼既名禅,何故無体?釈言: 応有,微故不説.何故中間無其余支, 以中間禅求上未得故無喜楽,未得二禅根本定故無其一心.理亦応有,微故不説.(T44, no. 1851, 719b17–21) ここでは,慧遠が「禅体」概念を使用するときに,やはり『成実論』の形を留 めていることを見いだすことができる.つまり「二禅」の根本についていえば, 「一心」がその核心となっている.また,『成実論』を扱う態度から見れば,慧遠 は比較的『成実論』の言い方を厳密に留め,羽183は「禅体」概念の内包と外延 を拡大しているように思われる. (2)渉境と行舎.「禅能渉境,以之為行」の「渉境」という概念は坐禅の過程 において外部の世界に関連することをいっているようである.したがって,ここ では「行」と呼ばれている.しかし,前後の文脈から判断すれば,この箇所の 「行」は,もしかすると動詞に過ぎず,「実践する」という意味に理解した方がよ り適切かもしれない.そうであるならば,羽182の解釈はどこから生じたのだろ うか.筆者は,それは浄影寺慧遠の『大乗義章』に違いないと考える.『大乗義 章』では「行苦」について次のように解釈している. 内心渉境,説名為行.縁行生厭,厭行生苦,故云行苦.(T44, no. 1851, 509b11–12) 形式的に似ているとはいえ,慧遠は伝統的な意味において「行」を用いてい る.すなわち心が外境を攀縁することによって,苦が生じると理解している. 最後に本書の 述年代について,池田将則氏は,この写本の年代は鳩摩羅什が 活躍した時代よりもやや遅いと推測している3).しかし上述のように,注釈者は 直接的に原文を引用するという形式以外にも,概念を借りそれに手を加えるとい

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う形式によって注釈を行っている.このことは,たとえば『成実論』,あるいは 『大乗義章』といった,いくつかの著作が中国の学 によって頻繁に参照されて いたことを示している. 3. 注,義記と義疏 経典を注釈するという行為は,中国古代の学術の発展に おける主要な方法ということができる.その中でも「注」という形式が早い段階 に出現し,その後,「義疏」という形式が登場することは,また「一大事因縁」 であると思う. 結局のところ「義疏」あるいは「疏」とは何であろうか.牟潤孫氏は「疏」の 独立性を強調している4).その後,牟潤孫氏が特に関心を持った問題は,「義疏」 という形態が仏教の講経から生じた可能性が高いとされる.また,古勝隆一氏は 儒家の「義疏」は仏教よりも早い段階に現れたはずであるとしている5) では,「義記」とはどのように理解するべきかであろうか.また「注」や「義 疏」とはどのような関係にあったのだろうか.菅野博史氏は道生の『妙法蓮花経 疏』を研究し,道生の経文の標出方法が法雲とは異なることと指摘している6) 前掲の引用文からもわかるように,羽182の注釈方法は,『成実論』について の詳しい分科を提示し,その原文を標出するときには「……以下」という省略的 表現を用いるというものである.したがって,菅野氏の見方によるならば,この 「義記」は,経文を完全に体現するという「注」の特色を残しつつも,同時に原 文のすべてを列挙せずに,省略という方法を用いていることは,「義疏」と似て いるといえる.この他,「義記」は講経と密接に関連するとともに,書物になっ た後はすべて単行本の形式で流行している.したがって,「義記」という注釈の 仕方は「注」から「義疏」に至る過程の重要な一段階であると考えることができ る. 「義記」という注釈の仕方の流行時期に関しては,2016年6月版のCBETAを用 いて文献検索してみると,次の二つの注目すべき特徴を見いだすことができる. (1)最も初期である法雲の『法華義記』以外では,浄影寺慧遠と署名された著作 が多数を占める.(2)現存する半数弱の「義記」は敦煌文献に残されている. (1)については,本稿の考察と合致する.すなわち,羽182の注釈の仕方は恐 らく浄影寺慧遠の著作をある程度参考にしたものである.(2)については,敦煌 写本が伝世文献の欠落を補うことができるだけではなく,さらに「義記」型の注 釈書は,その当時,我々の想像を上回るほど多くの数が存在していたことを説明 している.南方の方が比較的速やかに「義疏」型の時代――経文の意味につい

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て,注釈者自身の考えを述べることをより重視する時代に入るが,北方では依然 として多くの「義記」型の注釈書が存在していた.もしかすると北方の手堅い学 風と一定の関係があるのかもしれない. またもう一つ別の問題も残されている.羽182と比べれば,『法華義記』は原 文の意味を解説する部分がかなり多い.これはまた他の敦煌写本の『成実論』注 釈書において同様に現れていることである.筆者の推測によれば,これはおそら く原文の内容によって決まるものである.言い換えると,『成実論』・『雑阿毘曇 心論』・『大智度論』のように,それ自体がすでに詳しく概念を解釈した論書で は,実際にさらに解説する余地はあまり残されていない.これによって,ある程 度,どうしてこれらの論書がその当時きわめて重視されていたにもかかわらず, それらに対する注釈書が伝えられなかったのかということを解釈することができ るかもしれない. 4. 結論 本稿の出発点は,これまでただ一部の人しか取りあげたことがない敦 煌写本であり,その注釈対象も一般的にあまり注目されることのない『成実論』 である.しかし筆者が抱いている関心は,ある程度の普遍性を有する問題であ る. (1)注釈書を研究することを通じて,南北朝の人がどのように『成実論』を理 解していたのかを解明し,注釈書における他の著作の引用を分析することで,著 者の教養や知的背景を明らかにした.少なくとも本文の分析からみれば,浄影寺 慧遠の著作が羽182に対して多くの影響を与えている. (2)初期中国注釈書の文体の問題に関しては,「注」と「義疏」の間の関係性 についてはあまり言及できなかった.これはちょうど本稿が扱った羽182という 「義記」型において体現されている.「義記」は「注」における解釈と原文の緊密 な関係を受け継ぎ,また「義疏」型のように講経に起源を持つなどの特色を含ん でいる. (3)『成実論』のように,仏教概念を体系的に説明した経論を注釈する場合は, 実際には創造的な発想が発揮されにくいものである.言い換えると,対象とする 経論の内容と形式によって,その注釈の内容と形式はある程度決定されると考え ることができる. 1)湯(1983, 515),船山(2007, 111–135)参照.   2)括弧内の数字は写本に対応す る行数を表示する.本稿が引用する羽182『誠実論義記巻第四』の翻刻文は,池田

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(2014)を参照した.ここに謝意を表する.   3)池田(2014)参照.   4)牟 (2009, 88–155)参照.   5)古勝(2006, 93–138)参照.   6)菅野(2005, 19– 36)参照. 〈一次資料〉 武田科学振興財団杏雨書屋 2010「誠実論義記巻第四」『敦煌秘 : 杏雨書屋蔵 影片冊三』 武田科学振興財団,152–171. 〈参考文献〉 古勝隆一 2006「釈奠礼と義疏学」『中国中古の学術』研文出版,93–138.   船山 徹 2007「梁の開善寺智蔵の『成実論大義記』と南朝教理学」『江南道教の研究』京都大学 人文科学研究所,111–135.   池田将則 2014「天津市藝術博物館舊藏敦煌文獻『成實 論疏』(擬題,津藝024)と杏雨書屋所藏敦煌文獻『誠實論義記』卷第四(羽182)」『杏雨』 17: 316–397.   菅野博史 2005「初期中国仏教の経典注釈書について」『大乗仏教思想 の研究: 村中祐生先生古稀記念論文集』山喜房仏書林,19–36.   牟潤孫 2009「論儒 釈両家之講経与義疏」『注史斎叢稿(増訂本)』北京: 中華書局,88–155.   湯用 彤 1983『漢魏両晋南北朝仏教史』北京: 中華書局. (2017年中国国家社科基金青年項目17CZJ005による研究成果の一部) 〈キーワード〉『成実論』,注釈書,敦煌写本,『大乗義章』,「義記」型 (中山大学副研究員) 新刊紹介 清水俊史 著

阿毘達磨仏教における業論の研究

説一切有部と上座部を中心に

A5版・530頁・本体価格13,000円 大蔵出版・2017年9月

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