「教育政策論」考
―教育本質への1つの接近の試み―
熊 谷 忠 泰
序,研究の意図と計画
教育の本質を論じる視角はいろいろあるであろう。「本質」を哲学的に解釈して,それ が現象の基底にあり,かつ「特定」現象をそれたらしめているものとうけとめれば,本質 の探求はいきおい抽象的一観念的たらざるを得ない。とうして「本質」は概念化され,現 象を指導する術を失なってしまう。従来の抽出された教育現象に関する哲学的体系化が必 ずしも現実指導性をもつものでなかった所以である。
そこで,本質は現象に内在し,教育は現象であるという側面を強調し,教育現象自体か ら本質が自らにして露呈するという素朴実在論的な考え方が派生してくる。しかし,現象 の集積は所詮「量」の増大にすぎず,それだけではそこからいかなる「質」をも見出すこ
とはできないであろう。
本質はたしかに現象の存在根拠であると同時にまた現象に内在する.従って,具体的現 象に即しながら「内在する存在根拠」を徹逸し,それを具現させることができれば,これ に過ぎるものはないであろう。
そもそも教育現象は単なる「生起」ではなく,理念と現実,価値と実在の切点において 営まれる有意的作用である。従って,その機能的側面からのみみて,教育現象を単なる社 会現象とみることは適切でない。それは,「生起」ではなく有意的営為であり,かつその 有意1生が「生の理念一価値」を志向しているところに特色があるからである。すべての教 育現象はこういうものであろう。
しかしながら,実際には,その「理念」と「価値」の内実が問題である。従来はともす るとそれを「哲学的」なものとのみ思念してきた。無論,両者にはそうした性格もある。
しかし,そうした性格の存在とそれへの限定とは別個の事柄であろう。そこから,従来の 本質観の抽象性と観念性とが必然したものであると考えられる。従って,ここではその「理 念」と「価値」の内実をそれ自体充足的なものとする哲学的立場を再び現実に還帰させ,
むしろ哲学的見地そのものの発現の根基たる「人間的生」の現実のなかから,その現実に 即して充足させていくことが要請される。
そのために,わたしは1つの場を,それも典型的な場を想定する。さきに,すべての教 育現象は理念と現実,価値と実在の切点に営まれる有意的作用であるといったが,この教 育的有意作用,つまり教育現象を造出する高次の機能こそ政策策定作用という現実である と想定するところがら,その政策策定機能を分析し,徹視したいと考える。換言すれば,
教育の理念や価値が最も具体的な相をとって現実と触れ合い,逆に現実を期待する理念や
価値の次元にまで高揚させていく方向や過程,さらにその具体的手段までを含めて策定さ
れる「政策」こそ,現象としての教育を包括的に左右する機能だと考えるからである。よ
きにしろ,あしきにしろ,まさに「教育政策」のなかにはあらゆる教育の重要な要因が含
まれているものであるから,それの構造と機能分析を通して現実に即応した教育作用ない しは教育の実相を窮知することができると考える。もしこの「実相」を本質ということが 許されるならば,そこに現実に即した「本質」を見出すことが出来るだろうと考える。し かしながら,この「本質」は,実在する本質であって,思慕され,欣.求される伝統的 な意味でのそれではない。後者はむしろ「理念」であるというべきである。
現象する教育作用のなかに,あるいは教育作用を包括的に作動させるものとして「政策」
がまずある。政策一つまり広義の教育計画に基づかない教育現象は皆無であろう。この意味 で,政策は方向ないしは期待する次元としての理念を内包し,現実に能動する。思考が現 実を動かし,現象を生む。現象や現実は,その「思考」を凝視しなければならない。そ の思考は何を希求し,如何なる方向に,どのような動機に因って現実を作動させようとす るのか。これは,「政策」の理念と質を示す。しかし,本論の分析はそれを直接の対象と するものではない。むしろ「政策」自体を客観的に,没価値的に,事実として分析しよう
とする。その成立過程と構造を,である。
しかし,この小論の部分においては,とりあえず従来の「教育政策」論の批判的検討に 止めることにしたい。
1.政策論の可能性と政策一般の意味
教育政策を主題とした論著は,今日までのところさほど多くはない。僅かに宗像誠也氏 が若干の論著を発表しているのが例示されるケースであるが,単独の,しかも本論で主題 としょうとする意味での「政策論」の実に当ると思われるようなものはまず存在しないと いうべきであろう。
ところで,もともと「政策論」ないしは「政策学」といわれるようなものが果してあり 得るのだろうか。というのは,蝋山政道氏もいわれるように,「何よりも政策はいわば一 種の主観的な価値判断である」①からであるが,そのような主観に基づく政策が客観的な 学問研究の対象となり得るのかという問題を孕むからである。
しかし,この問題については,同氏は次のような理由でその可能性を肯定されている。
すなわち,「政策が主観的な価値判断の所産であることと,その政策を客観的に研究する こととは必ずしも同一ではなく」,従って「研究する者の態度または方法が客観的なもの であれば,その成果には一定の客観的妥当性が認められる」。つまり「政策学の可能性 は,その研究者の態度とその採用する方法如何による」というのである。
尤も,ここで蝋山氏のいわれる「政策学」というのは,恐らく許多の具体的な諸政策を 比較・対照しながら政策の普遍的性格,その具備すべき諸条件,意義などについての一般 的特性を学問的に定立しょうとするもののようであって,必ずしも小論の意図と同一では ない。しかしながち,政策の形成過程およびその構造分析を目指す本論にあっても,政策 学の学問的可能性の存否は必ずしも無関係ではないであろう。
しかも,さらに同氏が,「今世紀に入るに及んで,近代国家の政府が,多かれ少なかれ,
積極的に計画的な政策を樹立し,遂行しなければならなくなったこと」,また「政党など
においても,その政策に総合的・長期的な計画性をもつ必要が生じ,その政策プログラム
は従来のものとは様相を一変しつつある」ことなどから,必然的に,1つには,それらの
複雑な政策または政策プログラムを理解していくためにはどうしても一定の学問的素養を
必要とすること,2つには,一定の政策を遂行・実施していくためには,当然国民や市民
の理解と合意を得なければならないので,そのための世論の啓蒙のためにも政策学の研究 は不可久である②,と論じられている点を勘案し,近時,世界的に教育界における数多く の教育政策策定の実情を省るとき,単に政策理解やその啓蒙という実際上の必要のためだ けでなく,学問的可能性の根拠に立って政策分析の研究を推進するためにも,このことは 必要なことであろうと思われる。
しかし,断っておくべきことは,政策学と政策とは必ずしも同一ではないということで ある。というのは一般にその区別すら明確でないとまでいわれているからである③。宗像 氏によれば,政策学の立場は政策自体を客観的に研究することを目的とする。すなわち,
その任務は,第1段階において記述の確立をすること,第2段階において規範的批判をな すことである。これに対して,政策は,政策そのものの科学的研究の意識がない場合にも 存在しているというのである。そしてさらに,同氏は,村上俊亮氏の研究成果(「シュプラ ンガーの教育政策の基礎について」教育政策研究一三,84頁〜)を援用し,この間の差異を教育 に適用して次のように説明される。教育政策学にあっては,まず「国家と学校との関係を 歴史的・記述的に観察し,比較対象の後にそこにある原理的なものを発見する。つまり構造 理論的研究が必要である」。 しかし「一般に科学的思考にとっての最高問題は,価値設定 の問題であるように,教育政策の領域においても,・…・教育政策の目的設定が至高の問題で ある」。このようにして,政策学研究は,結局は哲学的・思想的立場の問題に入っていく というのである④。
本論の立場は,しかしながら,宗像氏のいう政策学を目指すものではない。同氏の立場 は,特に「特定」の政策自体を対象とするものではなく,むしろもっと巨視的に,教育実 践ないしは制度の歴史的変遷の過程のなかから「政策」意図を抽出し,そこに政策の構造 理論的な原理または政策価値を見出していこうとされるもののようであるが,本論の意図 は,一般的な政策策定の過程および構造の分析を目指すものである。しかし,そうはいっ ても政策研究は結局は権力構造の摘出につながり,それを微視的に問題とするか,巨視的 に取り上げるかの差異になるわけであるから,両者は窮極において連結することになるで あろうとは予測される。差し当たり,視点の差があるにすぎないといえよう。
では,次に政策とはどのようなものであるのだろうか。
政治学において,政策とは,一般に「政府,団体または個人が決定し遵奉する一定の進 路ないし方法」をさすものとされている⑤。詳言すれば,「政策の本質は,人間生活の一 面たる政治生活における重要なる行動,すなわち目的と手段の結合,すなわち一定の決定 または判断行為であるといえる。それは政治生活における人間的活動の合理化である♂…・
固定した制度や機関の行動としてみるのではなく,人間の政治生活というひろい立場から,
その行動としてうまれてぐる知能的機能の現象として客観的にとらえらるべきである」。
ここから,政策とは,人間の政治生活における行為の合理化を目指して行われる目的と手 段に関する判断行為,端的にいって,人間の政治生活を基盤とする知能的機能現象である
といっことができる。
ついでに,右と同意のものであるが,それを補う意味で蛇足を省みずいま1つの定義を 紹介しておこう。
「政策とは,団体や個入が一定の方向に進む進路や方法のうち,特に政治的決定につい
ていわれるもので,……政策は一定の目的のための手段の合理化や合理的判断の技術的な問
題として考えられ,その実現される目的から切り離して問題とされる傾向があるが,計画
・綱領とは切り離すことのできない密接な結びつきをもつものである。……しかし,政策 は国家についてのみいわれるものではなく,近代社会の発展とともに,国家以外の社会団 体や個人についてもいわれるようになった」⑥(傍点筆者)。前の定義が,蝋山氏によるとド イツ国家学の影響下に主として「国家」の任務に対する指向または主張を表明するものと して用いられたものであるのに対して,後の定義は,英米流の公共政策観つまり策定主 体を必ずしも国家とは考えない立場の差異はあるが,政策それ自体の見方についてはほと
んど変わるところはない。
要するに,政策は,人間の広義の政治生活における公共的活動の知能的合理化機能現象 で,しかもそれを客観的にとらえ得るものと考えることができる。
してみると,対象を限って, 「目的と手段の結合」の内実がいわゆる「教育的なもの」
に関わる場合,政策において,全的な知能的合理化機能現象の中でもとくに「教育的な質 を顕示するものとしての「現象」を認めることができるであろう。つまり,とくに教育理 念一目的を意識し,その理念一目的を達成するための手段を関連的に強く意識することに なるであろう。こうして,政策において理念と現実の「結合;」が露わなものとなる。この 間の事情をいま少し具体的に説明すれば,こうもいえよう。
一般に,教育計画とは「教育現実の所与の基盤に立って確かめられた未来の教育の目標
(到達点)についての観念であり,それによって次に何をするかが準備されるものだ」。
しかし,教育計画は常に必ずしも単数であるとは限らないので,複数の場合にはその中か ら最も合目的的なものが選ばれる。そこで「常に複数に存在している教育計画を価値判断 し,そのうち1つを選択するのが教育政策である」 (F・エディングス:陶治と政策,1965年)
⑦。この表現だけからは,「選択する」ことを指しているのか,選択された「もの」をい うのか,必ずしも分明ではないが,さきの括めの「客観的にとらえ得るもの」の見解に立 てば,当然,後者ということになろう。ともあれ,こうして政策は,知能的合理化・合目 的的な総合的計画性のもとで,1つの最高価値判断の結果,客観的に策定されたものとい える。この策定過程からも推測されるように,1つの政策が決定される場合,専門的に分 化した諸科学の1分野だけでは策定不能であることが明らかとなる。特にある政策が長期 的・総合的なものとなればなるほど益々数多くの科学の諸分野の協力が必要となってくる 改めて,重ねて政策学の樹立が要請される所以である。
2.教育政策について
ところで,教育政策とはどのようなものであるのだろうか。まず,宗像誠也氏のいうと ころを聞こう。「教育政策についての私の定義一教育政策とは,権力によって支持された 教育理念であるという定義は,教育政策の現実についての定義である」⑧。いまは,この「現 実についての」という断りを括孤に入れて,も少し定義そのものの詳細な説明を氏自身に 聞くことにしよう。
「教育理念」とは,同氏によれば, 「教育の目的と手段と,または教育の内容と方法と
組織についての,かくあるべしという考えの総体」であるという。しかしながら,理念観
に関する氏の特色ある点は実は次のところにある。すなわち,「教育の目的と手段との間
に,また教育の内容と方法と組織との相互間に,当然密接な関係がある」⑨という点であ
る。具体的にいえば,例えば,戦前の教育勅語体制下における教育内容は,それを金科玉
条的に信奉させようとする意図の下に必然的に詰め込み教育方法を要求し,子どもの生活 経験や自発的創意学習を排除するであろうし,さらにこのような教育内容や方法を有効な ちしめるためには,必ずや中央統制的な教育組織や制度を必要とするというのである。
つぎに教育目的が手段と相互関連性をもつという点については,氏は次のように述べて おられる。教育目的を分析的に考察すると,1つは価値観に,2つは能力に関係する。価 値観というのは,道徳とか国家・社会観どに関する問題であって,それは必然的に個人の 政治や権力の在り方に直接関連する問題で,信念,良心,思想,信仰とも関わるものであ る。これに対して,能力は,日常の生活の仕方やその巧劣,技術,職業上の資格などに関 するものであって,直接に政治には関係しない。そして,教育において獲得される能力は,
個人的には読み・書き・計算などといった日常的技能であるが,こと教育全般の問題とな るとそれほど簡単なものではなくなる。つまり,基本的には「生産力の発展段階によって 規定される」⑩という問題が発生し,能力は価値観とからみ合い,教育目的と手段とは不 可分に一体化するというのである。たとえば,資本主義畢生産以前の段階では,国家的に は普遍的な義務教育はさほど必要とはされなかった,というのは,当時は価値観教育と能 力教育とは明らかに分離され,義務教育段階では主として能力教育に重点がおかれていた からである。しかるに今日,生産発展が国の政治の重要課題にまで上ってくると,能力教 育はも早単なる「能力」に止まらず,さらに「能力向上」=「生産向上」という図式が固 定するや,能力教育はすでに政治のプログラムに組み込まれ,その向上を目指す政治的価 値観と密接に一体化して実業教育の発達および義務教育の拡大という事実を生み出してく る。工業の発達は大局的には価値観を媒介として義務教育の拡大と強化を生み出す。教育 の「手段」は,決してその「目的」と無関係ではあり得ないというのである。それ故に,
氏は「科学・技術の教育は資本主義国のアメリカでも,共産主義国のソ連でも,同様に尊 重されるのである」⑪とパラドクシカルに表現されたのであろう。
以上によって,一口に目的といい,手段といっても,極めて複雑な社会的・政治的シス テムの中では深い相関性をもつものであることが判然するが,しかし一般には目的と手段,
内容と方法,価値と現実というようなものは本来的に別個のものと考える通弊がある。権 力はそこを衝いて大衆を利するのであるが,それはともあれ,このような錯綜した諸要素 の総合的な規範的全体像を「教育理念」と称し,その考え得る諸多の一つを権力が選び,
それを支持するとき,そこに教育政策が成立するというのである。
ところで,以上の宗像規定に対しては,すでに海老原治善氏から1つの批判が提起され ている⑫。その批判の主要な点を要約すれば,次の2点に括め得る。
第1は,権力の実体は何かという点である。海老原氏によれば,宗像規定における教育 政策決定の主体は「権加ということになるが,1この考え方は2点においてなお瞬昧であ
るといつ。
1つは,この考え方は,ともすると「超歴史的,しかも弾力性のある定義としてうけと られる可能性がある」⑬点に瞬昧さを残している,というのである。つまり,一口に権力 く
といっても,大は国家権力から小は地方的,地域的,さらにその末端機構における権力と
いうように,まことに多様であり,従って,この規定はその何れにも幅広く適用し得るほ
ど弾力性をもち,それだけに政策の内容に無関係な抽象的非歴史的たるを免れないという
のである(西滋勝氏批判)。そこで,海老原氏は,たとえ宗像規定を正当に解釈して権力の主
体は国家であるとしても,その国家権力の実体を明らかにしなくては無意味であるという。
無論,この間の事情に関して宗像氏が全く無関心であったわけではない。この種の批判 を予期していたかどうかは別として,宗像氏も「権力はなぜある教育理念を支持し,その ような教育を実施しようとするのか」と自問し,この間に対して,「その教育理念が実現 されていけば,それによって権カーおよび権力の基盤にある社会体制一の維持・存続・強 化が期待されるからである。権力は常に自己の維持に役立つ教育を欲し,そのような教育 によって自己を安泰にしょうとする」⑭からであると答えて,権力の目指す政策意図と支 持理念の必然性ならびに権力(国家を代理的に支配するもの)についてふれている。しか しながら,これでもなお海老原氏の指摘する権力実体に適切に応えたとはいえないし,従 って隔靴掻痒の感なきにしもあらずである。そこで,むしろ「権力の基盤にある社会体制」
をこそ分析すべきであったであろう。しかし,これは結果論にすぎない。それ故に,海老 原氏はさらに続けて,「それでもなお疑問はわいてくる。その権力の実体は何か,さらに 社会体制一般に解消するのではなく,その体制の担い手は何かという問題が依然として残 されている」⑮と鋭く追及する。つまり,同氏によれば, 「権力をつき動かし働きかけて いる実体が,何の目的のためにするのかということの統一において政策主体を明らかにし てみることが重要である」からである。
この端的な権力の実体追求の部分から2つ高め這這性の排除の問題に入る。すなわち,
海老原氏によれば,近代の歴史においては宗像氏のいうように単に「権力による社会体制 の維持・存続」ではなくして,反って社会の要求の変化交替によって一つまり,あの階級 が優勢であるか,この階級が優勢であるかによって一国家意思が規定されるが,それは結 局は生産諸力と交換関係との発展によって左右されるものであるから,社会体制の維持・
存続という場合も,「権力」よりは「社会の要求の変化交替」にこそ政策起動の根因を見出 さなければならない。しかも,なおこのことと関連して,同氏は「国家」についてのエン ゲルスの見解一つまり,「国家は……特定の発展段階における社会の一産物である。それは,
この社会が……諸対立に分裂した;・・…すなわち相対抗する経済的利害をもつ諸階級が,自 己及び社会を無益な斗争のうちに消耗させないために,これを〈秩序〉のわくの中に保と うとする外見上社会の上に立つ1つの権力」(「家族・私有財産及び国家の起源」)であると する見解一を採り,このような国家構造の中で国家権力をつき動かす階級実態をつきと めて「権力」の実体を明らかにすべきであると強調する。とりわけて「資本制社会におけ る国家権力を考察する場合,ブルジョアジーこそ政策主導の実体であり,国家は彼らによ る搾取の機関,抑圧の道具であるとする認識を外しては事態の本質をつかめないのではな いか」⑯と疑問を提起し,さらに「近代の代議制国家が福祉イデオロギーによって被支配 階級の合意をつくり出し,それを利用しながらも,資本によって賃労働を搾取するための 道具であり,抑圧の機関となっている本質,そこから導かれる資本家と賃労働者の基本的 抵抗関係にこそ,政策が生み出される根拠を設定しなくては政策の本質は正確に解明され ないのではないだろうか」⑰ともいっている。
こうして,海老原氏は,結局のところ宗像規定は特殊「今日的な一時期」に限って認め
られはするが,本来国家権力が現実の公教育政策に介入してくるのは絶対主義段階以後で
あり,それまでは教会支配,ブルジョアジー個人の家庭教育,そしてその延長としての私
立学校教育または企業立教育形態が一般的であったわけであるから,そうだとすれば,教
育は「ブルジョアジーによる教育支配の主要形態としての国家権力による公教育」⑱とし て把握するのがより本質的であるという見解に立ち,従って政策主体に関する宗像規定は 不徹底であるというのである。こうした観点から,政策研究の主要課題に関しても,宗像 氏が「教育政策研究の……重要でまた学問的に興味ある題目は……権力の欲するところと 民衆の要求するところの照応関係の分析」⑲にあるというのに対して,海老原氏はむしろ
「階級支配に基づく資本と労働を基軸とする分析視点」⑳にこそ重点をおかなければなら ないと結論する。
次に,宗像規定に対する海老原批判の第2点は,政策目標および対象把握の瞬昧さであ るが,同時にこの点は,上記政策主体把握の不徹底性から必然したものでもある。
まず,政策目標樹立の瞬昧性については,先の宗像規定における価値観的立場と能力観 的立場との分離,つまり同時把握が全くなされていないことを衝く。すなわち,宗像氏は 能力の説明に関して,「能力というのは……必ずしも直接に政治あるいは統治とつながら ない。……価値観と不離な関係にあるわけではない」⑳といっているが,しかし海老原氏 は,「本来,教育政策の目標は,両者の統一としてあるはずであるから」1つの教育理念 の中に「両者が含まれていなければ教育理念とはいい難い」⑫といい,両者の同時把握の なかに全き教育理念の成立を強調する。
ここから,政策適用対象の問題についても,海老原氏はその適用対象を広く解し, 「資 本制社会の全発展過程を展望のうちに含めれば,政策の対象を未成熟世代の教育にのみ限 定せず,労働者階級を核とする国民的諸階層も教化の対象として把握することが……重要 である」㊧と批判している。海老原氏は,教育目的としての価値観と能力観とを一体的・
同時的に購えるだけでなく,さらに国家権力による国民の教育,ひいては意識支配は,教 化政策と教育政策の2領域の一体的把握を強調し,主張するのである。
3.両者の批判的検討
宗像規定(「教育政策」,教育大学講座7,教育行財政:東京教育大・金子書房)が最初に発表さ れたのは昭和26年であって,その後,新しい論著によってその表現に若干の変化はあった が殆ど趣旨一貫して今日に至った。海老原論文は昭和40年に発表され,主として昭和33年 の宗像規定(共立講座・世界の教育1:日本の教育政策)を対象として論の展開が行われている。
無論,宗像規定は終始一貫しているので,海老原批判の実質についてはとくに異を唱える 必要はない。
ただ,後の宗像規定に「私の定義一は……現実についての定義である」という釈明がつ いたことには一応の関心を寄せておいてもよいであろう。
海老原氏はこのことに関して,「一貫する教育裁判に代表される国家権力への斗いの実 践が,政策主体一国家権力説となって結実したのではないか」⑳と推測している。確かに そうした側面もあったであろう。しかし,昭和26年版の宗像規定をみると,それよりもむ しろ占領軍軍政下の圧倒的な「権力」の強大さと,それによる日本国家権力の「質の急変」
という「事実」が宗像氏をしてそう確信せしめたのではないであろうかと想像される。その 頃宗像氏はこう書いている。「教育政策の変化とは何を意味するだろうか。それは教育の 目的,教育の方法,教育の制度組織の,全面的な変化を意味するd 「われわれが教育政策 という場合には,国全体の教育の方針,というようなものを念頭においているのである。
それならば国全体の教育の方針が大きく変化するということはどんな場合に起ることだろ
ヒ
うか。……それが一変するのは,性格の違う政府が国政を担当する……すなわち権力の性 格が変化するときに……起るのである。……それは……占領軍の下において政治する性質 の権カ……いなむしろ日本を統治する真の権力はその占領軍自体にほかならない」㊧。氏 にとっては敗戦による権力の質の急変こそが政策転換の最大かつ唯一の根因と観じられた ので,そうした事実の中に政策主体を見出していったのであろう。これは確かに氏の主観 であるかも知れない。しかし,いま一つ,氏のいうところを聞こう。
『教育行政学序説 増補版』 (昭和44年版)において,氏に対する裁判姿勢の矛盾とい う批判一同時にこのなかに「教育政策」論への批判への批判をこめて一に対して,氏はデ
・ファクトとデ・ジュレとを明らかに区分し,「私が,教育政策とは権力によって支持さ れた教育理念であり,……というのは,存在についての現実科学的な定義である」⑳と述 べ,例えば教育裁判において権力批判を行うのは法規範による主張であって,従って事実 定義と規範的要請とは明確に区分すべきであることを論じておられるが,この立論趣旨を 理解すれば,政策規定はあくまでもデ・ファクトであるべく,「要請」であってはならな としていることと解される。敗戦というあの強烈な衝撃的体験とこの冷徹な現実対応とい う姿勢のなかから,頑なまでに当初の主張を崩さない氏独自のあの政策定義が成立・定着 してきたのではないであろうか。
ところで,何故,宗像氏の「現実的定義」に関してこれほどまでの関心と紙幅を費して きたのか一それは,やがて明らかになるはずである。
さて,もしわれわれが宗像規定における「体験」と「デ・ファクト論」とを看過して,
直裁に規定に接すれば,あるいは海老原氏(平物勝氏とも)のいう「超歴史性」という批判 をそのまま首肯する結果となるかも知れない。たしかに宗像規定には,それ自体としては そういわれるほどの隙と姿勢とがある。
第1に,この規定のなかには少くとも「教育」を構成するすべての要素が包含され,そ れ故に特に「政策」策定の余地が明確でない。換言すれば,規定が,規定としての制限範 囲(外延)を示しておらず,それ故に「定義」としての完全な機能を果していず,単に権 力の「行為」を表示しているにすぎない。成程,こうした行為の「表示」は,それなりに 政策の一面を示しはするが,しかし,「定義」とまではいえないであろう。そこに,規定 者の本意への誤解が発生し,本来,最も現実的・歴史的であったはずの意図が「超歴史」
的とすら評されるに至ったのである。この漠然性を明確にすべきであった。
第2に,政策把握が巨視的すぎるのではないかという疑問がある。政策は,その都度あ る。無論,長期的展望に立つそれもある。しかし,必ずしも懸る時代,早る期間を通観し なければ「政策」が明らかにならないというものではないであろう。
しかしながら,必ずしも宗像規定は「超歴史的」ではない。その本意からいえば,最も
「事実的」ですらある。しかし,海老原氏のいう通り,汎一般的に「権力」こそが政策主 体だといい通す限りは,権力の実質が明確にならない以上「超歴史的」と評されても止む
を得ない面がある。この点に関して,すでに筆者も「権力の基盤iにあ、る社会体制の分析」
が要求される所以を述べておいた。
それは,近代の歴史においては,事実上ブルジョアジーであることも肯定できる。この
限りにおいて海老原批判は正鵠を得ている。だが,同時にそれと関連してここになお若干
のことを付記しておきたい。
その1つは,規定への接近についての両者の態度の相違である。宗像氏にあっては,上 記のごとくあくまでも政策の「現実についての定義」の規定であって,この限りにおいて
「形式的」たちざるを得なかった。これに対して,海老原氏は,いわゆる「科学的」に歴 史過程の分析を通し,そこにおける「近代」の歴史的・社会的・経済的実体把握を経て実 質的な権力主体を明らかにしなくてはならないという論理で接近した。そこで氏は,教育 政策をこう定義する。 「近代資本主義社会を前提としての,教育政策とは,総資本一ブル ジョアジーの利益の実現の現実的代行機関である国家権力が,普遍人間的解放を目指し,
全面的に発達した人間への教育を要求する労働者階級の要求に対決し,その労働者階級を 中核とする国民諸階層自身の教化,およびその次の世代を対象に,労働能力の基礎陶冶,
体制維持イデオロギーおよび軍事能力の形成を意図的計画的にめざしてとる教育上の,行 政措置の体系である」⑳(傍点筆者)。接近の仕方の当否については,さし当たりここで は論じないことにしょう。しかし,このことと関連して,ここから2つ目の問題が発生す
る。