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(1)

大高博美

1.はじめに

入学したばかりの中学一年生に「一番好きな科目は何か?」と聞くと,た いていの生徒はきまって「英語」と答えるそうである。その理由はいろいろ あろう。新しく始まる教科なので皆同様にゼロからのスタートであるという 理由や,彼らにその時点で英語を学ぶことの必要性がかなり自覚されている

という理由,あるいは又,初歩なので理解が容易いという理由等が考えられ る。ところが中学も三年生ぐらいになると,依然として皆が皆英語が好きと いう訳にはいかなくなる。多くの生徒にとって英語は嫌いな科目,あるいは 嫌いでないが不得意な科目になってしまいがちなのである。その主な理由と しては,1)文法がだんだん複雑になって理解が追いつかなくなる,2)単 語の数が多くなりすぎて憶えきれなくなる,の二つが考えられる。一方,普 通,現場の英語教師が克服をめざすのは上記の1)の問題のみであって,2)

の問題は全く考慮されることがない。つまり能動的に学習者に豊富な語彙を

習得させるという語学教育面で,現在の英語教育は無力なのである。勿論中

学校英語においては,一応習得語彙数を制限するという消極的対策は採られ

ているが,学ぶ側の単語の記憶をどうすれば容易にしてやれるかというよう

な積極的な対応策は考えられていない。論議すらされていないのが現状であ

ろう。よってせいぜい教師ができることは,「来週単語の試験をするからそ

れまでにこれらの単語を憶えておくように」などといって生徒の尻を叩くこ

とぐらいが関の山である。一方生徒側はというと,せっせと単語帳を作り記

憶に努めるのであるが,費やす時間と労力の割には憶える量より忘れる量の

方が多いといった感じで,効果は中々上がらない。それは文字対文字による

(2)

記憶に努めているからであり,本来言葉は使われなければ記憶から離れてい くものだからである。又たとえかろうじて憶えていたとしても,それは強固 な記憶とはなっておらず検索(知識を引き出すこと)に時間がかかりすぎ,

実際の会話の時には使えない。又読む時にも,記憶の強固でない単語の意味 の認知には時間がかかり(聴く時にも同様のことがいえる),読んでスムー ズに内容が理解できないという不便が生じることになる。このように記憶に は深さ(強さ)があるというのは,教育上重要なポイントである。教授法の 原理に深く関わってくる問題だからである。

学ぶ側の語棄を効率よく豊かにする教育を「語裳教育」と定義するなら,

これはまだ実践されていない教育分野である。しかし将来においては,広く その有用性と必要性が認められるに違いない分野である。語糞の問題は,外 国語習得の過程において一つの重要な位置を占めるものだからである。有効 な語葉教育は,学習者の英語習得をかなり容易にすることができると期待で きる。後に示すアンケート結果からも分かるように,意識的に語実力を増強 しようとする時にはかなりの苦痛が伴うものだからである。この記憶をする 際の苦痛が少しでも柔らげられるとしたら,すばらしいことであるに違いな い。又,習得が少しでも楽になるということは,その分だけ学習の速度が増 すことに通じ,ひいては学生の英語離れに抑止効果を発揮することにもなる のである。

元来単語の暗記に関して英語教師の側には, r 単語は文中で憶えるべきだ」

という一つの態度がある。この態度の是非をここで論じておくのは意義のあ

ることであろう

o

確かにこれはある意味で一利ある考え方である。普通我々

が辞書一冊を

A

から

Z

までまる詰記しようとしても到底不可能なことである

し,又文を読んで理解することには,単語のもつ意味だけでなく文中での統

語的機能をも認知することになるという益があるからである。更に又,読む

という作業は知識のリハーサルという面ももっていて,既得知識の記憶をよ

り強固にできるという大きな効用もある。このように上記の教えが,読むと

いう作業を既得の知識記憶の強化の為に用いよ,という意味でいっているな

ら問題はない訳である。しかしそれが,読むという作業を新出単語紹介の手

(3)

段(あるいは場)と考えていっているなら,大いに問題になるのである。こ のような態度の教授法は,いたずらに忍耐のみを要求するような学習効果の 低い授業に通ずるからである。つまり,単語の意味を調べながら長文を解読 していくという学習態度が,当然のものとして形成されてしまうのである。

一方我々は,そのような語学学習は多くの忍耐を要求し,又時間がかかって 大変な割には実力がつかないということに経験によって気づいている。読解 は確かに記憶という点で知識のリハーサルとなる面をもつがそれはあくまで 副次的な結果であって,本来は内容を味わって楽しむ時間である。換言すれ ば鑑賞の作業は,ある程度楽しく行える為には記憶の作業から独立しなけれ ばならないのである。これは従来の英語教育に欠落していた態度ではなかろ うか。だからこそ現在,学生は長文を読む為の準備として,単語の意味を調 べることに予習時間の大半を費やさなければならないという事実があるので ある。教える側も学ぶ側も,この点に関しては何の矛盾も感じない。しかし よく考えてみると,言語の習得は辞書を引くことに直接関わっているのでは なく,あくまでそれは単語の意味や発音を記憶したり,その知識を使って読 んだり書いたりする作業に負っている訳である。いくら単語の意味や発音を 調べてみても,実際にそれを憶えて使わなければ実用的な言葉の習得には繋 がらないのである。このような学習方法では,何年英語にかかわっても使え るようにはならない。やはり語実に関する発音や意味の情報は教える側が提 供し,学生には労力の多くをそれらの記憶作業に向わせる方が効率的である。

学生がもっ労力と時間は有限だからである。一方,

I

しかしそれでは学生を

甘やかすことになりはしないか

J

という危倶が生じるかもしれない。辞書を

引く癖をつけさせなければならない,つまり学生の学習態度を受動化させて

はいけないという親心を教える側は抱くからである。確かにある意味ではそ

うであろう。辞書引く手間を惜しむような消極的態度では,将来英語の習得

など望むべくもないといえる。しかしだからといって,能動的学習態度の酒

養という名目の下に,従来のような長文の与え方を毎回している訳にはいか

ない。全体的学習効果という点を考慮、に入れなければならないのである。要

はバランスの問題といえる。従来はあまりにも鑑賞の作業が軽視されすぎて

(4)

いたのである。

先にも述べたように記憶には深さがあり,新しい単語に出会うというのは その深さでいえば最も浅いところに浸かるということである。よって記憶の 行程は,新出単語の紹介は語裳教育で行い,又その一旦得た始まりの記憶を 深めることは読みの作業で行うというふうに,分割が可能ということになる。

むしろこうすることによって,英語の学習はより理想化されうると考えられ る。鑑賞の作業が記憶の作業から分離されることになるからである。つまり それによって,学習をより楽しめる方向にもっていける期待がもてるのである。

ところでこの語葉教育は新出単語の紹介という機能だけではなく,それだ けでかなり強固な長期記憶が可能となるような教育でなければならない。さ もなければ,従来の文字対文字による記憶の域を越えることができず,結局 並はずれた忍耐力をもっ者だけが英語の学習を続けるという現在の傾向は,

今後も変わることがないだろう。

本稿の目的は語業教育の必要性を提唱し,その一つの具体的試みとして視 聴覚教材(パソコン)活用の有用性を示すものである。ここでいう語案教育 はいわゆる「記憶術」のことではない。広義には記憶術も語嚢教育の一部に なりうるが,前者は本来有意味でないものを有意味化するという方略で,例

ケ ン ネ

えば

kennel"

のもつ「犬小屋」という意味を「犬寝る」とこじつけて(有 意味化して)憶える類のものである。一方我々のめざす語裳教育の目的は,

長期記憶がある程度可能になるような方法で学習者に新出単語を紹介し,ひ いては豊富な語棄を習得させることにある。具体的には,従来の入力情報量 の少ない文字対文字による記憶術ではなく,ビデオ使用によって可能となる より多くの入力情報を直接我々の情報処理機構にインプットすることによ り,そこに長期記憶を可能にする大きくて整然とした,意味記憶の情報ネッ

トワークを構築させようというものである。

2 .大学受験生と語集力

語棄の習得に苦しんでいるのは何も中学,高校生ばかりではないが,特に

それを切実な問題として痛感しているのは,何といってもやはり高校三年生

(5)

をはじめとする大学受験生ではないだろうか。現在大学に合格するには4000

"'5000語程度の語葉力が要求されるという。一口に四千語,五千語といって も,実際にそれを憶えるとなれば大変な時間と労力の要ることである。筆者 は受験生の語実に関する意識を調査する為に,翌年に受験を控える100人の 高校三年生にアンケートを行ったJ注)以下がその質問事項とその結果である。

アンケート

1.現在の英語の勉強で,あなたが一番大変だと思うのは次の内ど れですか。一つにOをつけてください。

A:文法の学習 B:発音の学習 C:語棄を増やすこと

[ 結 果 ]

( 1

9

人)

8人)

(73人) 2.語実力をつける為にあなたはどんなことをしていますか。次の

内主なもの一つにOをつけて下さい。

A:単語帳を作って憶える。

( 1 1

人) B:市販の単語帳を使って憶える。 (82人) C:特 に 何 も し て い な い 。 (7人) D:上記以外の方法をこころみている。これを選んだ人は以下

にその方法を説明して下さい。 0人)

3.あなたは単語を憶えようとするとき苦痛を憶えますか。

A:はい (82人)

B : 

1 , . . ¥ 1 , . . 、 え ( 1

8人)

4.現在あなたは,自分の語葉力は志望校合格に十分だと思いますか。

A:

はい

(1人)

:いいえ (99人)

(注)このアンケートは.

1988

年1

1

月に名古屋の

ECC

外語学院進学ゼミの協力

を得て,市内の高校三年生を対象に行なったものである。

80%

が女子生徒であった。

(6)

lの質問は,英語の受験勉強に関わる三つの主な学習作業の内, どれがい ちばん大変かという内容である。結果は案の上, c の「語棄を増やすこと」

が全体の役70% でトップである。又質問

4

の「現在自分の語実力は志望校合 格に十分か」には

99%

の生徒が「し功、ぇ」と否定的に答えており,質問の

3

では80% 以上の生徒が「単語を憶えるのは苦痛」と答えている。これらの結 果は,受験生にとって語実力増強がし、かに切実な課題であり,又達成の困難 な問題となっているかを示している。

一方,受験生はどのように語棄を増やす努力をしているのであろうか。こ れに関しては全く予想どおりの実状が分かつた。つまり全員が共通して,文 字を通した意味の記憶を試みているのである。それは例えば

lemon"

とい う英単語を憶える際に,

ilemon=

レモン」というふうに英語文字と日本語 文字を媒介にして意味を捉えるという文字対文字の記憶法である。質問

2

の 結果によれば,自分で作った単語帳や市販されている簡便な辞書の類のもの (その多くは単語が頻度順に並べられている)を使って単語を憶える者がほ とんどである。

受験生は皆自分の力で語嚢教育を実践していることになるが,以上のよう にそれはあくまで文字による理解を通しての記憶である。このような文字を 通しての記憶は,綴りが分かるという点での長所はあるが短所も多い。その 最大のものは,記憶の長期保持があまり期待できないという短所である。し かしこのことは,辞書を引くことが無意味であるという結論に通ずるもので は決してない。辞書は確かに言葉の意味内容を理解する上では,この上なく 便利である。ただあくまで理解と記憶の保持の問題は別だということである。

つまり,繰り返すが,中,高校生のように短期間でなるべく多くの単語を憶 えようとする時には,文字のみを介しての記憶はさほど有効ではないのであ る。本稿で新たな語実教育を提唱している所以である。

文字のみを通しての単語の記憶がいかに非効率的であるといっても,実際

問題として,受験生ばかりでなく外国語を習得しようとする者は皆ある程度

の語糞力をもたなければならない。それもできれば短期間で多くの語棄が身

につくことが望ましい。このような要望に応えられる一つの手段として,語

(7)

葉教育に視聴覚教材(パソコン)を活用することが考えられる。

辞書で憶えた単語の意味はすぐ忘れても,ある経験を通して憶えた言葉の 保持はかなりよい。いわゆる後述のエピソード記憶と呼ばれるものである。

又我々は繰り返し出会った身近なものに関しては,検索がほぼ自動的になさ れる。関連した知識が検索を大いに促進するからである。これらは経験的に 首肯できるものであるが,効果的な語葉教育を探究する上で,その理由を認 知科学的に理解することは意義のあることである。以下最近の認知科学の成 果を踏まえてまず記憶のメカニズムを概観し,次に視聴覚教材がなぜ,どの ように語葉教育に貢献できるかを考えてみる。

3 .記憶のメカニズム

視聴覚教材がなぜ語索教育に役立つのかを理論的に理解する為に,ここで はまず記憶のメカニズムというものを概観しておく必要がある。

我々が記憶というものを解明しようとする時,大脳を構成するこユーロン (一個の神経細胞)の働きを考えない訳にはいかない。しかし大脳はあまり にも構造が複雑であり,それについて現在までに分かっていることはわずか である。よって現在のところ記憶のメカニズムを知る手がかりとしては,情 報処理アプローチが試みられている。このアプローチは,事実あるいは我々 の経験的知識といった情報が,記憶のシステムで処理されてどのように貯蔵,

忘却,再生されていくかを扱うものである。つまりニューロンの個性といっ た細かい事実を積みあげて上へ登っていくボトムアップというアプローチの 逆として,脳のグローパルな性質をあれこれ考えて,それから細かい方に下 っていくアプローチである。

外界からのさまざまな情報はまず感覚登録器

(sensorysystem)

に入力さ

れ,そこで神経パルスに変換される。この神経パルスに変換された情報は感

覚バッファーと呼ばれている。次に感覚バッファーにストアされた信号は意

味のあるパターンに記号化される訳であるが,すべての情報がパターン化さ

れるのではない。自己の側の脳(情報処理機構)が内蔵する分節化された情

報に結びつけて解釈できる信号だけが,意味あるものとしてパターン化され

(8)

るのである。我々は常に,自己の意識を構成する適切な意味をもっ情報(知 識)と結びつきができる信号だけを知覚し,又はその部分のみを意味づけし ているからである。このことは,母音や虹が物理的には連続する変化であっ ても,我々にはそれらが不連続なものとして(つまり分節化して)捉えられ るという事実から明らかであろう。一方,パターン化された情報に対して,

感覚バッファーの中で記号化されなかった信号はバッファーからすぐに消え てしまう。外部から情報が連続的に絶え間なく入力されてくるからであり,

又そうでなければ我々の神経はたちまち衰弱してしまうことになるからである。

記憶には短期記憶と長期記憶がある。短期記憶は脳の中で作られる瞬間的 なイメージの記憶で,それは神経回路に一種の動的な状態として記憶されて いると考えられている。短期レベル内の情報は,リハーサルによって長期記 憶に移すことができる(精微化リハーサル)。一方これに対して,長期記憶 は回路を構成するニューロンの聞のコネクションが一定の値をとるように固 定化(自己組織化)したものであると考えられている。そこには我々の過去 の経験や学習などから形成された知識の体系が記憶される。先に言及した外 界からの情報を処理する為の情報もこの長期記憶の中の知識データの中にあ る。具体的にこの情報の中には,さまざまな感覚的イメージ,音の列,抽象 的概念,音色感覚といったプログラムが含まれている。そして又,この長期 レベル内の記憶は再構成がなされて,検索しやすいように体系化がなされて いると考えられる。この体系化がなされていなければ速やかな検索は不可能 だからである。更に,この体系化が整然となされればなされるほど,検索は 容易になると考えられる。よって記憶の深さとは,現在までのところよくは 分かっていないが,一応この知識(情報)の体系化の程度に関係があるので はないかと考えることができる。つまり,外界からの情報が既得知識と結び っく時,この情報の量が多いほど大規模な大系化が可能になり,その結果記 憶が長期化するのではないかという推論である。この点に関しては再び後述 する。

次に,実際

lemon"

という英単語を憶える時のことを例に採り,その際

どんな情報が入力(自己組織化)されるのかみてみよう。

(9)

まず我々がこの時記憶しなければならないものに,次の三局面のものがあ ることは明らかである。

1) 11imanl

という音素及びその配列,アクセントの位置,音節数(リズ

)

)この単語はrI

+e+m+o+nJ

と綴られるということ

J

)この単語の意味は,日本語での「レモン」を表象するものに相等する と L 、うこと。

1  )に関するものは音韻論的知識, 2) に関するものは文字論的知識,そし て

3

)に関するものは意味論的知識として記憶される訳であるが,これが可 能になるのは,すでに述べたとおり,我々の側に外界からの信号を処理する 為の分節化した情報があるからである。上記の

1) ‑3)

の知識が認識され る(つまり外界の情報と内部の情報が結びつく)為には,具体的にどんな情 報が内蔵されていなければならないのだろうか。以下にみてみよう。

まず

1

)に関しては

11

, f : ,

m

, a ,

n

, • ・・/等の音素単位,三レベルのストレス単

位(第一,第二及び無強勢),音節構造の単位(ここでは c v

CVC)

り情報 がある。

2)

に関しては

26

の文字単位の情報がある。

3

)に関してはさまざ まな意味記憶の情報がある。例えば「卵形である」とか「黄色い」等の視覚 的情報,

i

食べると酸っぱい」という味覚的情報,

i

ザラザラしている」とい う触覚的情報,そして又「芳香がある」などの嘆覚的情報や「さわやか」な どというイメージ的情報もある。更にギュッと絞る時の音なども情報の一部 となっているだろう。しかしこれら

3

)に関する情報は,すべての人間の情 報処理機構に皆等しく内蔵されている訳では勿論ない。例えばレモンを見た ことしかない人には,視覚的情報しか存在していないことになる。意味が厳 密には人それぞれによって異なるといわれる理由がここにある。又一方,

3) 

に関する情報の内どれか一つでも内蔵されていれば,レモンの認識は可能と いうことになる。

4 .なぜ語集教育に視聴覚教材か

以上から,単語を憶えるといっても,実際そこには多くの情報を動員する

(10)

複雑なプロセスがあることが分かった。そして長期記憶における深さという ものは,結局神経回路(情報処理機構)の中で自己組織される情報の大系化 の度合によっているのではないかという推論も得た。この推論を更に合理化 する為に,以下エピソード記憶と意味記憶を比べて記憶の深さというものを 更に考えてみる。

記憶というものを長期対短期で分類して考える方法に対して,もう一つの 分類法がある。エピソード記憶対意味記憶という分け方である。エピソード 記憶というのは,

I

三年前加藤君の家に遊びに行った時大きな地震があった」

とか「長崎へ修学旅行で、行った時食べたあそこの庖のチャンポンは美味かっ た」というような,空間的時間的に定位できる個人的な記憶(自伝的記憶) である。一方意味記憶とは,

I

北海道では酪農が盛んである」とか「水は水 素と酸素とから成る」というような,誰もがもっているもの,いわゆる知識 といわれるものである。タルビング

CE.Tu1ving

1972)

によれば,エピソー ド記憶は時系列的,空間的な繋がりの中で貯蔵されたものである為に,長期 記憶内の意味ネットとは異なった組織化がなされているという。つまりエピ ソード記憶と意味記憶では貯蔵の組織化が異なるということである。さてこ こで一つ疑問に思うのは,組織化の違いがなぜ記憶の長期保持に影響するの かという点である。エピソード記憶は意味記憶よりも長期記憶化され易いし,

又意味記憶もエピソード記憶と結びつければ長期記憶化され易くなるのであ る。例えば我々の頭の中にある母国語の単語は,普通意味記憶として分類さ れるが,元来はどの単語もエピソード的状況で学習され長期記憶内に収まっ たものである。又前出の「北海道では酪農が盛んである」という意味記憶も,

実際に北海道で酪農の現場を見学することにより一層の長期記憶が可能にな る。一方,文字対文字の記憶は,意味記憶の創出を短期レベルでは可能にし ても,それを長期レベルで維持することは難しい。受験生が苦痛を感ずる所 以である。

以上の事実は,すでに述べたように,理解と長期記憶が別の次元にあり,

又記憶の深さを決定する要因が入力される情報の種類の量にあるということ

を支持するものであるように思える。エピソード的状況で学習するというこ

(11)

とは,一時に最大量の情報が外界からの情報と内部の情報との間で自己組織 化されることであると考えられるからである。つまり結果として大規模な大 系化が行われるからである。一方,文字対文字による記憶の保持が悪いのは,

以上の情報量が少い為に長期記憶内にある意味ネットとの結びつきが弱いか らである考えられる。この時外界からの情報(刺激)によって活動させられ る内蔵された情報は,わずかに視覚上の文字単位だけである。広義には文字 を読むということもある時空間の中でなされる訳だから,本来エピソード的 なはずである。しかしこの場合,時空間に関連して存在できる他のさまざま な情報(例えば色,形,動き等)は全く記憶のプロセスに関わっていない。

ここに,文字対文字による記憶が長期記憶を可能にできない理由があるので あろう。記憶の深さというものは,エピソード的状況というよりも,正確に は結局入力される情報量に依っているからである。

情報量の点からいえば,実際の体験を通して語棄を増やすことが一番効率 的ということになるが,この完全なエピソード的状況というものは誰にでも,

いつでも, どこでも可能になる訳ではない。又完全なエピソード的状況を作 らなくても,入力情報量を増やせばその分だけ記憶は深まることになるので ある。例えば先の「北海道で酪農が盛んである」という知識は,実際の経験 を通してほどではないにせよ,写真を見ることだけによってもある程度長期 記憶化させることが期待できるのである。

本稿が語葉教育に視聴覚教材の導入を提唱するのは,以上の理由に依る。

視聴覚教材を使うことによって,かなり多くの情報提供が可能になると考え られるからである。文字対文字の時の記憶に比べると,視覚に加わって聴覚 も参加でき,この二感覚がさまざまな情報を提供できるのである。視覚一つ をとってみても,文字対文字の記憶の時に比べると,情報は文字という一種 類ではなく色,形,動作,方向,順番,強弱等さまざまな次元のものが考え

られる。

5 .ビデオをどう使うか

ビデオ(視聴覚教材)を使うことの最大の利点は,視覚と聴覚の二感覚を

(12)

通して多くの情報を多面的に提示できるという点にある。それは目に見える 有形な者の名称(名詞)だけにとどまらず,動作や感情表現,あるいはストー リー性をもたせることなどにより提示範囲を動詞,形容詞,副詞等にまで広 げることができる。

品詞の内,代名詞,前置詞,冠詞等は全体の量も少く,文法の時間に十分 カバーできると考えられるので,以下では主に名詞,動詞,形容詞,副詞の 導入法を考えてみる。

a)

名詞

名詞にはいろいろな種類があるが,ここではまず有形の名詞と無形の名詞 の二つに分けて考えてみる。有形の名詞は視覚化しやすいから問題は少ない。

映像とともにスペルとその発音を提示すればよい。例えば

opossum"

を辞 書で引くと, r フクロネズミ:米国東部産;危険にあうと死んだふりをする」

(Shogakukan PROGRESSIVE English ‑]apanese Dictionary)

とあるが,

実際にその動物の映像を見せれば,知識はより正確になり,記憶もより長期 化されると考えられる。ただし「人にあうと死んだふりをする」なども

opos sum"

の意味の一部となる重要な情報であるから,それらも映像で見せる際 に予備知識として与えられるべきであろう。

一方無形の名詞(抽象名詞)の視覚化は有形の名詞ほど提示が易しくない が,ストーリー性の導入で可能となる。この時は日本語の提示も必要である。

例えば

love"

という抽象語を視覚化して表現するには,誰かが異性の友達 を想い浮べて赤面するシーンを見せてもよいし,ハートのシンボルで表象し でもよい。ただこの場合必ずrI

ove=

愛」という日本語の翻訳を明示する必 要がある。学習者にターゲットの単語をはっきりさせたいからである。文,

ストーリー性のものの表現はアニメーションを用いた方がよい場合も考えら れる。強調したい部分の誇張が可能となるからである。

b)

動詞

動詞は非動作のものを除けば,大変視覚化しやすい。例えば

run"

とい う動詞を提示する時は,誰かが走っているところを見せることになる。ただ

この場合下確「け准仔由f7ì動作マt、ゴ~z.-A、r-_“……:四四"爪 1 ..J-~い‘、_

(13)

になるが,このへんの知識は文法の時間に与えておけば問題はないであろう。

勿論原型と進行形を並列して提示してもよい。一方,

envy"

like"

等の 非動作動詞も日本語の相等語を示しながら,ストーリー性のある表現をすれ ば提示が可能となる。

さて,動詞は意味だけでなく統語的機能をももっているが,この知識も語 葉教育で与えることが期待できる。例えば

send"

という三項動詞は, r

かが誰かに何かを送る」というふうに三つの命題項(深層格)を要求する動 詞であ。これは,この知識がないといくら意味を知っていてもその動詞は使 えないというくらい重要なものである。動詞それぞれのもつこのような統語 上の知識は,単純な文を示すことで与えることができょう。ただしこの場合,

文を作る要素となる名詞類は,学習者にとって既得のものでなければならな い。又,語葉教育の目的はあくまで豊かな語裳の取得にある訳で,作文教育 ではないから,提示される文はその動詞が下位範時化する命題項の種類を明 示できるだけの単純なものでよい。

c)

副詞

副詞には

slowly"fast"

のように適当な動詞とともに示せば提示が簡単 なものもあるが,一方では

possibly"

のような視覚化が大変しにくいもの もある。よってこの場合もストーリー性のある表現で提示することになるが,

中には不可能に近い,あるいはそうしても無意味のものなどもあろう。しか し副詞の数を視覚的に表現できうるものだけに限定しでも,この語宗教育の 価値が半減するものではない。辞書中の全単語を網羅しようとする必要はな いのである。

d)形容詞

形容詞の場合も副詞の場合同様に,視覚化しやすいものとしにくいものが ある。

red"

big"

,あるいは

round"

などの色や形に関するものは前者 であり,

abnoxicous

dangerous"

などの抽象的性質や状態等を表わすも のなどは後者である。しかし後者の場合も,前出のもの同様,ストーリー性 や感情表現などを導入することで提示は可能となろう。

形容詞の導入で注意しなければならないことは,それが名詞の前で使われ

(14)

るのか,

be

動詞の後で使われるのか,あるいは又そのどちらでも使われる のかという点である。形容詞によって違いがあるので,これらの知識を提供 することも語葉教育に与えられた責務の一つであろう。

6 .最後に

視聴覚教材で表現できるものには確かに限界がある。例えば

here"

, 

yesterday" 

at this time"

などの

deictic

な意味をもっ単語などは,ビデ オで表現するのは相当難しいことであろう。これらの単語は元来視覚的な情 報に直接結びつくものではないからである。しかし不可能なことではない。

例えば

yesterday"

を視覚的に表現するには,カレンダーの日付を提示しな がら今日との関連を示すことによって可能になるだろう。我々が「昨日」と いう概念、を習得する時,多分にこのカレンダー上の視覚情報がエピソード的 状況のー要素として関わっている可能性が十分考えられるのである。

日常会話で使われるような単語をはじめ,中学校英語で現われる単語など には,かなり視覚化して表現できるものが多い。この語実教育は,初級のレ ベルでこそ最大の効果を発揮できるものといえる。

どんな単語であれ,画面に現われるスペルはある一定時間提示されなけれ ばならない。スペルを認知し記憶するには,誰しもある程度の時間を必要と するからである。又,この時実際に紙と鉛筆でスペルの練習をすれば,効果 は一層上がるであろう。更に又,コンビュータを使えば機械が学習者のスペ ルをチェックすることができるので,時々フィードパックしながら進行する プログラムを作るのもよいだろう。

この語案教育ではスペルの教育とともに,発音教育も徹底して行える。こ れは視聴覚教材による語葉教育がもっ一つの大きな利点である。ただしこの 場合,スペル同様発音は一回きりではなく,スペルが画面に残っている限り は繰り返されるべきである。ゆくゆくは自動音声認識‑処理機の発達で,機 械が学習者の発音もチェヅクできるようになるであろう。

最後に,視聴覚教材による語裳教育がもつもう一つの利点を挙げるなら,

それは経済効率ということになろう。つまりこの教育は機械相手の学習であ

(15)

る為に,プログラムのソフト作製までは教育者側の手と時間を必要としても,

‑iiでき上ってしまえば後は学習者にまかせっきりにできるのである。 LL を使って一斉に授業として行うことも勿論できる。(学校においての語葉教 育ではこれが必要である。)ただ単語帳のように手軽に乗物の中で使うとい う具合にはいかない。しかし学校や家での暇な時間には十分利用できるもの である。この場合,持ち歩くのは単語帳に代わってフロッピーディスクとい

うことになる。

パソコンが日常機器の一つになりつつある今日,以上のような語葉教育誕 生の可能性は一層強まっているといえる。ゆくゆくはこの語葉教育と並行し て,文法教育もコンビュータで行われる日が来るのではなかろうか。

参 考 文 献

太田信夫

1984  I

あなたの頭の中で単語はどう覚えられているか

JP.  45‑45 

~国文学』

学燈社

大 島 尚編

1986

~認知科学』新曜社 クラッキー(箱田裕二,中溝幸夫訳)

1982 

『記憶のしくみ

1.IU

サイエンス社 清 水 博

1987 

~生命システムと情報~

NHK

市民大学講座 波多野誼余夫

1988 

~知力をさぐる~

NHK

市民大学講座

波多野誼余夫編

1982 

~学習と発達』認知心理学講座 4 東京大学出版会 関 l 一博

1983 

~認知科学への招待~

NHK

ブ、ソクス

ロフタス・ロフタス(大村彰道訳

1980

~人間の記憶』東京大学出版会

参照

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